Coolier - 新生・東方創想話

無縁塚にて

2013/07/05 22:56:28
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森近霖之助 ナズーリン

原稿用紙18枚相当
注意 残酷死体の描写アリ 


 今年も秋がきた。もうすぐ彼岸となる。
 いつものように、朝早くから無縁仏の弔いの用意を始めた。
 無縁塚へと赴きながら、考え事をした。
 魔法の森の瘴気を越えながらのことだ。
 幻想郷は、植物の野心がとても強い。
 まず、群生地が多い。
 無名の丘の鈴蘭。
 太陽の丘のひまわり。
 再思の道と無縁塚にまたがる彼岸花。
 人妖に毒する魔法の森。
 ふかい霧で迷わす竹林。
 しかも、どれも結界のように人妖を陥れる。
 ひとたび迷い込めば、出ること叶わず
 毒、瘴気、疲労に心身を蝕まれ
 末路は植物の肥やし、ということも珍しくはない。
 特に、魔法の森と無縁塚はその傾向が顕著だ。
 人も妖も恐れて近づかない。

 禍々しい瘴気溢れる魔法の森を抜け、再思の道へと入った。
 魔法の森の暗いほどの木々はなりをひそめる。
 ここに群れるのは、木ではなく花だ。
 赤い彼岸花が、わずかに道を残し、世界を埋め尽くす。

 再思の道の名は、無縁塚から幻想郷に入った外来人に由来する。
 無縁塚は、幻想郷の内と外に加え、冥界とまでつながりやすい。
 結界が極めて不安定で、ただいるだけで危険な場所だ。
 そんなところだからか、外来人が迷い込むことがある。
 そのうちの多くは大結界の性質上、
 幻想になりかかっているもの、そして生きる希望を失っているものだ。
 彼らはふらふらと幻想郷の中心へと向かって歩く。
 が、不思議と再思の道の途中で引き返すのだそうだ。
 このことから、再思の道は再思の道という名で呼ばれる。

 しかし、自らのいた場所へ戻れるものは少ない。
 なぜなら、幻想郷の主が彼らを受け入れる理由は
「……それはそれは残酷な話……妖怪が、人をとって食う自由のためだ」
 無縁塚を囲う木々の間の道を通り抜けながら、森近霖之助はそう呟いた。


「おはよう霖之助」
 霖之助が振り向くと背後には見慣れた少女がいた。
 癖のあるセミロング、真紅の瞳、後ろ手に持ったダウジングロッド。
 長い尻尾で妖怪ネズミのはいったバスケットを器用にもっている。
「おはよう、ナズーリン……いつから背後に?」
「再思の道の途中からだね。なにをぶつぶつ言ってたんだい」
「……口にでてたかい?」
「まあね。で、なんなんだい」
「……おさらいだろうね……無縁塚と……再思の道と」
 ふうん、とナズーリンは鼻を鳴らした。
「最後のは私にとっても大事なことだよ。私のネズミたちは人肉が好きなんだからね」
 ナズーリンの尻尾が提げるバスケットの中から、ネズミの声がした。
「幻想郷の主には、感謝してるよ」
 感謝するつもりは毛頭なさそうな、皮肉っぽい言い方だった。

 無縁塚には無秩序に死体が散らばる。
 自らの衣服で首を吊ったとしても、人食いの妖怪が食い散らかす。
 無縁塚や再思の道には妖は近寄らないが、常にというわけでもない。
 人食いの自由を謳歌したい妖は、毒や結界の不安定を覚悟で外来人を待ち受ける。
 そして運悪くはちあわせた外来人は、彼らの自由の餌食になる。
 腕しかないもの、足しかないものなど珍しくもなく、
 首からうえだけがないものや、残虐に弄ばれて食いちぎられた跡があるもの。
 彼岸の毒で倒れたらしく、屍食いの妖すら手をつけなかったらしい綺麗なもの。
 死体にはよく会うが、霖之助はまだ生きている外来人には会った事がなかった。

「さしずめ火車だな」
 台車で首なし男の死体を運ぶ霖之助をみてナズーリンは言った。
「もうすぐ焼いてしまうぞ。ネズミの分はとったのかい?」
「とった、とった」
 ナズーリンはバスケットの中に視線をやりながら言った。
「腹いっぱいさ。おかげさまで」

 紫がストーブに補給してくれる液体と同種のものを死体の山にかける。
 死体は浅く広く掘った穴の中に寄せて置かれている。
 彼岸花に延焼でもしたらコトだからだ。
「好かない匂いだよ」
 声の方向をみると、ナズーリンがた茣蓙(ござ)を敷いてあぐらをかいていた。
「僕も好きではないね」
 紫が調達してくれるこの燃料は、燃やすのにかけては逸品だが、匂いが鼻につく。
 あまり鼻のきかない自分でもそうなのだから、
 ネズミの妖怪であるナズーリンはもっと鼻につくだろう。
 手早く着火すると、煌々と火葬が始まる。
 人の脂が焼ける音と匂いが充満する。
 煙から逃れるように霖之助は風上に向かった。
 風上には茣蓙に座るナズーリンがいた。
「おつかれさん、店主殿」
 ナズーリンが茣蓙を軽く叩き、座るよう促した。

「ダウジングの方はどうだい、ナズーリン」
「進展なし、かな。必ずなにかがあるとは思うんだが」
「そうか……君のおかげで彼岸が楽になった。僕としては助かってるよ」
「死体とガラクタを片付けてくれるというなら、手伝わない理由がないね」
 ナズーリンは間を置いてナズーリンは自信ありげにいった。
「ゴミを除ける。お宝さがしの基本さ」
「無縁塚のお宝……興味はあるな」
「必ず埋まっている。楽しみにしてくれたまえ」
「見つかったら、是非教えてくれ」
「売らないよ?」
「かまわないさ。僕も非売品をたくさんもってる」
「店主殿、売れない商品は不良在庫と呼ぶのだよ」
「売れてはいるよ……ただ現金払いがないだけさ」
「売れないより悪いだろう! もっていかれてるだけじゃないか!」
「いや、草取りや雪かきさせたり、物々交換とか、支払い自体はあるんだよ」
「君の店では貨幣経済は衰退したのかい。まぁ、店主殿がいいなら」
「たまにだけどね」
「やっぱりだめじゃないか!」
 ナズーリンが声を荒げる一方で、霖之助は霧雨の剣を思っていた。
 物々交換もそんなに悪くはないのだけれどな。

「ところで、君が無縁塚にいついて結構たったけど、体はだいじょうぶなのかい」
「ああ。どうやら私は彼岸花も無縁塚も平気だ」
「驚いたな……毒にやられると思ったんだが」
「予想が外れて残念かい?」
 足を組みなおしながらナズーリンは言った。
「残念ながら、私のダウジングへの情熱はそんな程度じゃ消えないってことだよ」
「無縁塚と再思の道が平気なのは僕のほかは冥界の連中ぐらいだと思ってたよ」
「確かに、このあたりをうろつくのは人食いを除けばそれくらいだね」
「……八雲紫ですら、このあたりには近づかない。それくらい危険なところだ」
「来る理由がないだけだろう? ここには花と桜と死体と道具しかない」
 ナズーリンは無縁塚の端に鎮座する紫の桜をみあげながらそう言った。
「理由なら、一応ある……いや、あった」
「ほう? その理由は?」
「道具の方は、無縁塚にくる人はいないからいい。けど、死体の方はそうはいかない」
「『成る』からか。死体が妖怪に」
「死体が妖怪化すると、人食いになる。それも満たされることのない荒ぶる妖に」
「化け猫とかかい」
 ナズーリンは面白そうにいった。
「確かに、ああいう手合いは一匹いれば人里ひとつ鏖殺するなんて、朝飯前だろうね」
「そうなれば、人妖の均衡は崩れる。幻想郷は滅びるだろう」
「死体が妖怪化するから。それが理由かい? 少し弱くないか?」
「弱くはないと思うが……」
「いやいや。あの巫女をみくびっているよ。あんな手練れは私は他に知らない。
弾幕ごっこなんてもので保護しなくても、あの巫女に敵う妖などいないと思う」
「そうか……僕はあの子が異変で戦う姿を知らないんだ。強いとは聞いてたが、そんなにか」
「強いよ。しかし、知らないのか。意外だね」
「僕がみるのは、練習とか、服の修繕だの針の補充だの新しい御祓い棒を注文しにくるところだけだよ」
「……支払いは?」
「ない」
「……」
「……」
「僕の店でなにか異変があったら、かけつけてくれたからそれでいいさ」
「霖之助くん」
「なんだい」
「君は商売向いてないと思うよ」
「……ほっといてくれ」

「……ともかく君が心配せずとも里の守りは強い。守護者もいるし、寺もあることだしな」
「寺といえば、君自身は寺に身を置いているわけではないんだな」
「そうだね。ご主人様が住職と懇意だから、寺の連中と行動をともにしたことはあったが」
「君自身は寺と無関係、と」
「その通りさ。それに、人肉好きなネズミがうろつくような寺に、人は寄り付かないからね」
「……」
「なんだその目は。家出した小娘をみているような目だぞ。やめてもらおう」
「すまなかった」
「人食いはネズミのサガだ。かわいいだの可哀想だの思ってると痛い目をみるよ」
「痛い目にはあいたくないな。しかしネズミは可愛いと思うが」
 霖之助はそう言いながら、掌のなかのネズミをなでた。
 ナズーリンはバスケットと霖之助のもつネズミを交互にみてからネズミを霖之助から奪いかえした。
「いつのまに私のネズミを盗った?」
「君が紫の桜をみあげたときだね。その子ちょっと太りすぎじゃないかな」
「無縁塚に越してきて以来、好物に困らないからね」
「なるほどね」
「そんなことは問題じゃないのだよ。普通ネズミは慣れない者には噛み付くものだ」
「慣れていれば噛まないんだろう」
「そんな慣らしの時間なんて与えていないぞ」
「最近の無縁塚参りにはずっといっしょだったじゃないか」
「ネズミは警戒心がつよい。そんなことでは慣れない」
「白状すると、触ったのは今日が初めてではないんだ」
「一体いつのまに」
「君はごくまれにバスケットを置いてダウジングに夢中になるときがあるだろう」
「たしかにある」
「僕がその子に触ったのはそんなときだ。秋口だがひどく冷えた日で、バスケットの中で凍えていた」
「……それで」
「手を近づけたら、怯えながらもすりよってきてね」
「うん」
「両の掌でつつんで、あたためてやった」
「そうして懐かれた」
「そういうことになるね」
「きみたちがそんな関係だったなんて……」
 ナズーリンはネズミと霖之助を交互にみて呟いた。
「不潔」
「まあ、人食いネズミを素手ではね」
「きみもだぞ、こんな男に心を許すんじゃない」
 ナズーリンはネズミをバスケットに戻しながら言った。
「こんな男とは随分だな」
「対価を払えない少女に肉体労働を強要するじゃないか」
「対価を払わない少女の方が多勢なんだけどね」
「でも、その気になれば支払いを強要できるだろう」
「君のいうところの他に知らないほどの手練れに?」
「……」
「それに、荒事は好きじゃない」
「……よし、こんな男は撤回しよう」
「それはなにより」
「かわりにかわいそうな男と呼ぶ」
「痛い目をみるよ」
「みないね。私は強いから」

 火葬が終わり、埋葬が終った。すっかり夕方になってしまった。
 焼かれた死体に土を被せて、大体人数分の手ごろな岩を重ねて塚とする。
 墓地は巨大化を続ける一方で、小さくなることはない。
 彼岸花もまた同様で、年々強まっていく気がしてならない。
 ナズーリンが宝の気配を感じるのも、わからなくもない。
 彼岸花の紅い毒によって荒らされることのない無縁塚には、
 魔法の森、あるいは竹林のように、なにか輝くものを隠している。
 これからさき、何かが起こる。
 そういわれても、納得はできた。

「道具はまた今度かな、店主殿」
「今日はもう遅いからね。夜が明けてからにするよ」
「……ときに店主殿。ひとつ聞いてもいいだろうか」
「答えられる質問ならね」
「店主殿は、なぜ無縁仏を弔いはじめたんだい?」
「それはもちろん、僕は幻想郷を気に入っているからさ」
「人妖の均衡に貢献するというわけかい」
「ただ均衡があるだけでは僕は満足しない。人間に平和に暮らしてもらいたい。
厄から平和になるために流し雛が、
赤子の間引きのおぞましさから平和になるために鈴蘭が貢献してきたように、
無縁仏から平和になるために、人間と妖怪のハーフが貢献してもいいだろう」
「人間は縁を切ったものを任せた先からも縁を切るだろう。
たとえそうして縁を切ったものを任せる先がなければ自分たちは平和になれないとわかっていてもね。
赤子へのとどめを鈴蘭畑に任せ、自分たちはのうのうと涙する男女のようにね。
それでもやりつづけるのはなぜだい」
「平和に暮らしてもらいたい子がいてね」
「面倒だね」
 ナズーリンは笑って言った。
「ああ」
 霖之助も笑って答えた。
「ままならないね、全く」
ご感想お待ちしています。
7月7日追記
ご感想ありがとうございます。楽しく読ませてもらいました。
ご感想を参考に概要を追加しました。
クシキ
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コメント



0.760簡易評価
2.80非現実世界に棲む者削除
うーん、しみじみとした話ですね。
楽しそうな会話をしているのに何故か雰囲気が重く感じてしまう。
もう少し明るい話題を増やしたほうがよかったと思います。

太陽の丘?太陽の畑じゃないですか。
あと竹林に霧は出ないし、霧の湖と勘違いしたのでしょうか。
「同じ形の竹ばかりで迷う迷いの竹林」みたいな感じで表記したほうがよろしいかと思います。

点数はこれからの期待を込めて。
頑張ってください。
3.80奇声を発する程度の能力削除
何処となくしんみりした感じでした
7.100名前が無い程度の能力削除
淡々とした話の雰囲気が二人に合っていて良いですね
この二人の組み合わせの話はもっと見たい
9.90りんご削除
落ち着いた雰囲気の会話が素敵でした。これからもがんばって下さい。
10.無評価名前が無い程度の能力削除
こういう単にダラダラ書くのを駄作というのでは?悪いけど評価に値しない。
11.80名前が無い程度の能力削除
いつもの世間話、という感じが出ていますね。
描かれている場面もそれ以上でもそれ以下でもなく、お互いに考えていることも言葉以上のものでもない。
どことなく似た者同士、ちょくちょくこんな会話をしているんでしょう。
ヤマ場のある話ではないですが、二人が話している様子がありありと浮かびました。
12.80名前が無い程度の能力削除
淡々した語り口が舞台によく合っていて素敵でした。そういえば、墓地ではどんな話をしていても不思議と「会話が乾いている」気がします。場所的なものですかね?
あと、縁と霖之助のくだりは色々と考えさせられました。人の世は本当にままならぬものですね。
18.100名前が無い程度の能力削除
少なくともただの百合百合ちゅっちゅごときよりは遥かに評価に値する、以上
19.80tのひと削除
こうりんとナズーリンの会話がいいですね。
何気無いやり取りが雰囲気にあっているので、とても良かったです。
ナズーリン好きと言うのもあるのですが。
25.703削除
ナズーリンと霖之助かー。このSSを読むとなかなか相性が良さそうですね。