――――――――人が妖怪に食われたのを見たのは、これが初めてだった。
夏の夜の寝苦しさに負け、夜の散歩と洒落こんだまではよかった。
清らかさと涼しさを求めて、不用心に人里から離れたのも、まあそこまで悪い判断じゃなかったと思う。
夜には霧の出ない湖で、水面に映る月と星空を見て一人孤独に浸りたいと自己陶酔を爆発させたのは仕方ない。
運がなかったのは、道中でやけに深い闇を見つけたこと。
間違えたのは、辺りに漂う異臭に気付かぬふりをしてその闇の側を通ろうとしたこと。
不覚だったのは、前方の深い闇から聞こえる咀嚼音を聞き届けて足を止めてしまったこと。
迂闊だったのは、咀嚼音でその闇が何であるか察しがついたにも関わらず、すぐに回れ右で立ち去らなかったこと。
そんな原因が重なりに重なって、深い闇が辺りと同じ闇に変わった時、俺は、ほんの目と鼻の先に食い散らかされた人間と食い散らかした妖怪の姿を認めてしまった。
「ん~、今日は満足…………あれ? もう一人いた?」
でも、本当はそんな事は問題じゃないんだ。
「まあ、まだ食べられるし………いいか、ねえねえ、そこのあなた」
むせ返る独特の錆びた鉄の匂い。
ちょうど電灯が当たるみたいに、月に照らし出された散乱している肉片たち。
惨状の中心に居座り、口元を血で染めた金髪の人喰いの妖怪が、牙を向く。
普通の人間なら卒倒してもおかしくないだろう、そのあんまりな状況を目の前にして。
「あなたは、食べてもいい人類?」
――――――――辺りに散らばる肉片がスゴク美味そうだ、なんて思うことの方が、よっぽど大問題だろう。
「変な人間もいたもんだねー」
恐る恐る、指先に濡らした血に口をつける。
口をつけるまでの異常な高揚感とは裏腹に、今までの経験と想像の通り、それは鉄の味しかしなかった。
ああ、なるほど、これっぽっちの血だけじゃあ、ただの消毒の延長線だ。
もっともっと一度にたくさんの血を啜ってみないと。
真夏の暑い日に、喉の乾きを潤すために水を飲むように、勢い良く。
「それ、俺も食べてもいい? って、人間が人間を食べたいなんて、聞いたことないなー」
出来るだけ血の匂いの濃い場所へ行く。
ああ、気持ち悪い。咽る咽る咽る。
あまりの血の匂いの濃さに頭がクラクラする。
不快さを我慢して、派手にぶち撒けられた血溜まりから、血を掬い取る。
綺麗な渓流の水を飲む時のように、ズズと僅かに口元から漏らしながら一気に飲み干す。
粘着く液体が喉に絡みついて、思わず咳き込んだ。
「ウェップ、マッず!」
血液というやつは喉越しが最悪のようだ。
水みたいに飲み続けるなんてことが許されてはいないものらしい。
――――――――ああ、だけど、このマズさや喉越しの悪さは癖になりそうだ。
「…………ホントに変な人間だなー」
金髪の人喰い妖怪が唸る。
いかんいかん、いつの間にか意識の内から外していた。
こんな側に人喰い妖怪がいるのに、俺はどうかしている。
チロチロと血を啜っている場合じゃないだろうに。
一部とはいえ湧いた欲求を満たしたおかげか、熱に浮かされたような高揚感が次第に収まっていく。
「なあ、あんた妖怪だろ、ひとつ教えてくれよ」
「なんか関わらない方がいい気がするなー」
「人間の肉ってさ、やっぱ生で喰うのが一番イケるのか?」
「…………さあ、そのまま以外で食べたことないから他の食べ方がどうとかわかんない」
ふむ、じゃあ先達に習って取り敢えず俺も生で喰ってみるかね。
未だ明ける様子のない熱帯夜。
暗い闇の中で、俺は、食い散らかされた人間の肉片を一片掴む。
掴んだ部位が、人体のどこの部分かわからない。
ぐずぐずと爛れたそれの傷口に齧りつく。
――――――――旨い。
美味しいなんて、美しい味だなんて表現じゃあ、全然相応しくない。
――――――――旨い。
ポロポロと涙が溢れる。
一度は収まりかけた熱が体の内から再び湧き上がる。
血を啜った時の比じゃない。上手く言葉じゃ言い表せない。
とても悔しいが、この感動を持て余す。
「ア――――アあ、ああああアあああああアああああああああああああああア」
「うわあ…………もう十分食べたし、今日はもう帰ろ帰ろ」
金髪の人喰い妖怪が去っていく気配がするが、そんなのに構っている場合じゃない。
月明かりに照らしだされながら、熱い熱い夜の中で、意識が飛ぶまで俺は叫び続ける。
ひょっとしたら、その叫び声はもうずっと昔何処かで聞いた赤ん坊の鳴き声に似ていたのかもしれない。
目が覚めると、もう日がずいぶん高い所まで昇っていた。
辺りを見渡すと、金髪の人喰いが居ないことを除き、昨夜と変わらない光景が広がっている。
人を形作っていたものが散乱していて、辺り一面真っ赤に染まっていた。
何も変わっていない。
あの熱い夜と変わっているのは――――――
「う、ゲゲェェ……ウ、ゴホッゴホッ」
俺の中にある正気だけだ。
もうこんな所にはいられない。
あと一瞬でも長くいたら気がどうにかなる。
昨日、あんなに魅力的に見えた肉片は、なんだか気味の悪い恐ろしいものにしか見えない。
あんなに気に入っていた血溜まりは、俺を掴んで離さない底なし沼のようだ。
「う、うあ、うああああああああああ」
怖い。気持ち悪い。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
走る走る走る。
逃げる逃げる逃げる。
途中何度もつまづき転びそうになったが、速さを変えることなく走り続ける。
とにかく家へ。我が家へ。
俺は、一心不乱に、惨状から逃げ出した。
普段は生活するのに不便な人気のない立地が幸いしたのか、誰にも見つからずに我が家へたどり着くことが出来た。
さすがに血まみれの状態で誰かに見つかれば、詰問は避けられない。
そうすれば、だいぶ面倒なことになっていただろう。
「何なんだよ、まったく………」
とりあえず、体中に纏わりつく血と汗を流そう。
普段はどうとも思わない井戸から汲んだ水が、やけに気持ちよく感じた。
洗い流された血が地面を薄い赤色で化粧をする。
自分を飾っていた何かが祓われるような感じがして、俺は次第に落ち着いていった。
昨日のアレは決して夢じゃない。夢じゃないけど、きっと何かの間違いだ。何かが間違っているんだ。
いつもよりじっくりと時間をかけ湯浴みをすると、すでに日が西側へ傾きつつあった。
もう数刻もすれば、鈴虫たちが囀り始めるだろう。
ふと、今日はまだ郵便受けを覗いていないことを思い出す。
人里の外れにある家で気ままな一人暮らしをしている身としては、朝の早い時間に配達される手紙が生死を分けることもある。
「……今日は一通だけか」
知らぬ名の御仁からの手紙だ。
達筆で、どこか堅苦しい感じの字。役人だろうか?
上白沢――――――?
ああ、なんだ、寺子屋の先生からか。
ずっと先生としか呼んでなかったから、名前なんて覚えてなかったぞ。
結構前に四年ほど読み書きそろばんを習って、それきりだったな。
俺と同じ時期に辞めた人間は、寺子屋から去った後も時々交流しているみたいだが…………まあ、俺には関係ない。
…………ふむ、どうやら向こうは俺のことをキチンと覚えているらしい。
とはいえ、さすがに今更同期の人間と一緒に親睦を深めようなんて、そんな気はサラサラない。
だが、この機会に先生とは一度会ってみてもいいかもしれない。
わずかにある記憶の中では、先生は面倒見の良い人だったはずだ。
まあ、わざわざ疎遠になった元教え子に手紙を送って来るくらいだ。それは間違いないだろう。
昔話に花を咲かせつつ、恩師に今の悩みを聞いてもらうというのは、人との接触が乏しい俺としては優先順位を高くすべきだ。
それに、先生の血や肉片は一体どんな味がするのかにも興味が――――――――――
「――――――――――ッ! ダメだダメだダメだ!」
なんだ、今の思考は。
これじゃあまるで異常者じゃないか。
どうするにせよ、手紙の処置なんて明日でも出来る。
俺はきっと疲れてるんだ、今日はもう頭を休めよう。
このまま起きていてもきっと録な事にならないだろう。
気付けば日は地平の彼方に消えて、鈴虫たちがリーンリーンと鳴いている。
生暖かい風が頬を撫でる。湿った空気は、咽るほどの草木の匂いを運んできた。
………………………ああ、これは早く寝た方がよさそうだ。
――――――――――今宵もきっと、昨日みたいな熱帯夜になるだろうから。
「―――――――――な」
息が止まった。
満天の星空と輝くばかりの月の下。
気がつけば、俺は家じゃない何処かにいて―――――
「うわ、昨日の変な人間だ」
また、金髪の人喰い妖怪の食事現場に出くわしていた。
何が何だかわからない………………いや、わかっている。
昨日と同じく寝苦しさを感じた俺は、外に涼みに出て、気分の赴くままに散策して、昨日と同じ場所で人喰い妖怪に再会したんだ。
他でもない、自分自身の行動だ。わからない筈がない。
だが、全く現実感がなかった。まるで夢の中を泳いでいるようにして現実を生きているみたいで…………。
その時、金髪の人喰い妖怪が自身の指先に付いた血をチロリと舐めとった。
ドクンと、心臓が派手な音を立てる。
血液が沸騰する。
喉が熱い。
指先が震えている。
「ん~、狩り場を変えるべきだったかなあ。え~と、あなたは食べるべきじゃない人類みたいだから、もうわたしに近づかないでね」
これはあげるよ、と今まで食べていたモノを俺へ投げてよこす。
所々噛み千切られてはいるが、それは明らかに五本の指が綺麗に揃った人間の手だった。
「ヒッ!」
ヒヤリと背筋に冷たいものが伝う。
昨日とほぼ同じような状況なのに、俺の心の高揚が全く違う。
先程までの血液の熱さがどこかに行ってしまった。
気づくと、金髪の人喰い妖怪はフヨフヨと漂いながらこの場を去ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよっ!」
震えた声が出た。
せっかく見逃してくれているのに、わざわざそんなことをするなんて酷い自殺行為。
だが、俺はそうせずにはいられなかった。
「なあ、あんた人食いだろう! なら、あんたもこんな気分になったりすんのか?」
「……? 悪いけど何言ってるか―――――」
「昨日と全然違うんだよっ! 昨日はあんな簡単に血を啜って肉を齧れたのにっ! 今は出来ないんだっ! 今だってコレに喰い付きたいって思ってんのに、気持ち悪くて出来ないんだよっ!」
どうにもならないもどかしさを、ぶちまける。
我ながらなんとも情けない姿である。
「それって、人間は同属を食べるようにはなってないんじゃないかな」
僅かな思案の仕草を見せた後、その妖怪は告げた。
「それでも! 喰いたいんだよ俺は! どうしても!」
だがそんな事はどうでもいい、と熱にうなされたような、心の底からの嘆願だった。
どうしたってんだ俺は。今日はやけに言葉に感情が篭ってるじゃないか。
「そんなこと言われても…………あ、そっか。ねえねえ、じゃあこれでも食べる気がしないか確かめてみて」
は? と声を出す暇も無く、辺り一帯が一瞬にして暗闇に落ちた。
あんなに輝いていた星と月は全く見えなくなり、手元さえ見る事がおぼつかない闇の中。
「――――――――――」
おそらく状況から考えて金髪の妖怪の能力だろう。
だが、これが一体なんだって―――――
「ほら、どう? 食べられる?」
「喰えるかなんてそんなの―――――あっ」
抵抗なく喰えた。
言うまでもなく、旨い。
極上の肉の味。
さすがに以前のように涙こそ流さなかったが、感極まる味だ。
「ング、喰えた。さっきまであった嫌悪感も、まるでない」
「ああー、やっぱりね。やっぱり倫理観って強いなー」
闇が晴れる。
空には、満天の星空と輝くばかりの月が再び姿を表した。
「ど、どういうことなんだ?」
「んー、まあ今度から人間を食べる時は、もっと暗い夜にするのがいいよってことかな」
金髪の人喰い妖怪はそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに今度こそ背を向けてこの場を去ろうとする。
いや、このまま行かせてなるものか!
「な、なあっ! 俺の家に肉に合う酒があるんだが、どうだ、コレを肴に一杯やるってのは!」
「お酒…………そういえば最近飲んでない……」
「な、なんならとっておきを出してもいい! 外の世界から流れ着いた珍しいのもいくつかあるんだ!」
「むむむー」
結局、数分程唸ってから、金髪の人喰い妖怪は酒の誘惑に負けたらしい。
キラキラと煌く星空に照らしだされながら、俺と金髪の人喰い妖怪は二次会会場へと足を運んだ。
金髪の人喰い妖怪は、ルーミアという名前らしい。
今後も、ルーミアとは懇意にしていたい。
いわば、彼女は先輩なのだ。
人喰いとして、学ぶべき事は多いだろう。
「これは人間を観察して食べ続けてきたから言えるんだけどねー」
「うんうん」
「人間の倫理観って意外と強いというか、一種の雁字搦めの鎖みたいなのもなのよ」
「ほうほう」
「だからねー、それを引き千切るには、要は如何に勢いつけるかだと思うのよ。きっと勢いがあれば問題ないと思うのよ」
「ふむふむ」
「あー、それはわかってないね、わかってない顔だねー」
「そんなことはないさ」
「じゃあ、そのごちそう、今ここで食べてみて」
「おやすい御用」
バラバラになった人間の肉片を一つ掴んで口を付ける。
匂いと感触を楽しみ齧り付こうとして―――――――あ、ダメだ、これはダメだ。
「う、アあ……ガカ」
さっきと同じだ。
なんでだ? なんでこんなに不快感がする?
俺は、目の前にある肉に齧り付きたいのに、何かがそれを邪魔している。
ぐずぐずとウネっている傷口が気持ち悪い。
肉と脂肪の色合いなんてもうサイアクだ。
アレ? 肉片ってこんなにまずそうだったっけか?
「ねー? 難しいでしょ? じゃ、これでどうかな?」
―――――――瞬間、辺りが暗闇に落ちた。
泣き子も凍る丑三つ時だが、月明かりが強いため良好だった視界が完全に闇に閉ざされる。
「さ、この状態で食べてみて」
目の前さえ不確かだからだろうか、気持ちの悪い傷のウネりも色合いも見えないお陰で、今度はさほど抵抗なく齧りつくことが出来た。
「…………なんでだ、さっきは喰えなかったのに」
「それが倫理観だよ。意外と強いって言ったでしょ。自分と同じようなカタチをしたのモノを食べるっていうのは、一度や二度振り払ったってすぐに鎖に絡め取られる。しばらくはそんな感じが続くよー」
慣れればどうってことないけどね、とルーミアは事も無げに言ったのが聞こえた。
そう言えば、一昨日一番最初に肉片を口にした時も暗くて、口にするモノが録に見えてなかったっけ。
なるほど、これは確かに先達の言うとおりだ。
「…………なあ、本当に勝手な願いだと思う。だけどさ、悪いが慣れるまで俺と一緒に人間を狩ってくれないか? 俺に出来る事ならなんでもするし」
「んー、まあ少しの間ならいいかな…………うん、偶にはそういうのもいいかもね」
戯れに乗ずるような声色で艶やかにルーミアは告げた。
妖怪は見た目に寄らないんだな~。
ああ、それはともかく、素晴らしい。
今日、俺の人生最良の日は更新された。
出来れば、この高揚をこれからもずっと持ち続けられますように。
気付けば昼で、ルーミアはもういなかった。
そういえば酒盛りの途中、薄れる意識の中で、住処へ帰るルーミアを見送ったような気がする。
「―――――――づっ!」
気持ちが悪い。
だが、前日に俺を襲った嫌悪感ほどじゃあない。
やはり、ルーミアとの語り合いが功を奏したようだ。
アレのおかげで、自分なりの折り合いを付けられたような気がする。
出来れば、今日もルーミアと会って、色々と語りたい。
そうすることで自分の常識の変質に慣れていくつもりだろう? とわずかに残っている常識が俺に警告する。
そうだ―――――――ああ、そうだ。
これで俺はつまらないしがらみから解放されて、誰にも束縛されない化け物になれる。
「く、クク―――――く」
笑いが止まらない。
そのまま顔に笑みが貼りきつそうだ。
さあ、今宵もきっと暑い夜だ。忙しくなるぞ。
――――――――――それから幾夜も、俺はまるで病んだように、ルーミアと熱い夜を駆け抜けた。
「先に行ってるね~、この辺危ないから。ちょっと早く終わらせるね」
そう言うと、ルーミアは夜空を滑空する。
それとは対照的に、俺は地を駆ける。
もう慣れたもんだ。綺麗に整頓された木々の間を調子よく駆け抜ける。
結局、生きている人間を狩るのはルーミアの領分となり、俺はその辺に転がっている死体を喰えるかどうか確かめたり、ルーミアの狩った人間を俺の家まで運搬することが主な役割となっていた。
お陰で我が家は血化粧でちょっと猟奇的な趣きになっている。
どうしても、血が拭い切れないのだ。
まあ、個人的には気に入っているんだが。
「スゲェ、スゲェ、スゲェスゲェスゲェスゲェよ! なんだよこれ! ハ、ハ―――――サイコーじゃないか!」
ルーミアが、見事に人間を狩った。
狩られた人間は、二十代くらいの女で片腕が吹っ飛び、茫然自失となっている。
見慣れない服を着ているから、多分外来人だろう。
なんとも運のないことだ。
その不運さが、またイイ。
ストレスが多ければ多いほど、味わい深くなるからだ。
きっと上質な味がすることだろう。
ああ、いかん、ヨダレが出た。
「う~、味見するなら早くしてね。獲物は多いけど、この辺ホントに危ないんだってば」
あいよわかったよ了解だよ。
「いただきます」
喰らう。
展開された闇の中。
腕を無くして息も絶え絶えな獲物を手探りで捕まえて、血と肉で口内をひたすら満たす。
闇の中じゃあ、誰も見ちゃいない。
他人はもちろん、この闇を出しているルーミアにも、闇の中で喰らっている俺自身ですらも。
見えないから、なんでも口にできる。見られていないから、なんでも口にできる。
以前、ルーミアが、どうして人間に人間が食べられるんだろう、と言った。
どうしてこうなったのか、その答えは永遠にわからないままでいいと思う。
医者に見てもらえば、原因はわかるかもしれない。
精神疾患だったかもしれないし、肉体的に少しまっとうな人間じゃなかったのかもしれない。
たとえそれで現状が変わらなくても、こうなった過程が明らかになれば安心はするだろう。
けれど、俺自身がそれを望まない――――――――だって、そんなの無粋じゃあないか。
俺はただ、あの夜に、ニンゲンが美味そうだと思ったに過ぎないんだから。
「く、カガ――――グチャグギャガガギギギギギギギギギギギギィギャ」
「もう少し綺麗に食べなよー」
――――――――いつか誰かがその闇を祓うまで、俺は病んだように血と肉を喰らい続ける。
今日は新月。
ルーミアの闇も今宵ばかりは休暇を取るらしい。
仲のいい妖怪たちとどっかにある屋台でささやかな宴会をするそうだ。
ルーミアだっていつまでも新入りのお守りはしていられないだろう。
この暗さなら別に一人でも問題ない。
いい加減ルーミアの闇に頼らずに、人間としての倫理や罪悪感なんて、一片も残さず捨てるべきだ。
人喰いとして、そろそろ独り立ちもしなけりゃならないし、ちょうどいい夜なんだろう。
さあ、今日もサクサクッと狩って、赤い赤い血と肉で口内を満たそうか!
…………お、なんだ、お嬢ちゃん、綺麗だけど変な服だなそれ。
こんな闇の中でも目立つくらいの紅と白なんてさ、なんだかおめでたい…………え、まさかアンタ巫コッッッッ――――――――――――――――――――――――
正体は倫理観ですか。家庭でニワトリを〆てた世代の人はあまり鶏肉を好きじゃないって聞いたことがあります。
では、逆に精肉されてればなんでもいけるのか?
なんて考えながら読んでましたw
ラスト2行まではけっこう楽しかったです。これからも期待してます。
ルーミアがドン引きする人間というのも珍しくて面白かったです。
しかし妖怪になりかけている人間の末路とはこんなものか……。