【昼下がりのもこさん】
最近の私、藤原妹紅には悩みがある。ダイエットがうまくいかないとか、好きな殿方がいて告白しようか迷っているとか、そんな若い娘が持つような甘酸っぱいものではない。もっと事務的というか、生活臭にあふれる少しばかり色褪せたような悩みだ。
自然現象ではない。人為的なものだ。
「なあなああっきゅん。もうさっきからずっと自分の筆を右手で酷使し続けているじゃないか。もっとこまめに力をヌかないと健康に影響が出やしないか? なんなら私が手伝うぞ!」
「…いえ、この原稿は私が個人的に取り組んでいるものですから」
簡潔に述べると、食費が厳しいのだ。
別に私はご飯を食べなくても大丈夫だが(死なない)、今現在迷いの竹林にある私の家に居候している二人の少女(?)はそうもいかない。
「じゃあせめて『按摩』でもしてやろうか? なぁにこれでも紅魔館とこの門番にイロイロ教わったことがあってな。テクニックには自信があるんだ」
「……いえ、長時間机に向かうのは慣れてますから」
一人は私の大切な友人で、人里で寺子屋の教師をしている上白沢慧音。
もう一人は稗田家の九代目当主であり、『阿礼の子』稗田阿求である。
阿求とは最近知り合ったばかりだが、インドアな外見とは裏腹になかなかアグレッシブな性格の子で、初対面でいきなりメンマを投げつけてきたのは私的にベリーグッドだった。
おもしろい子は大好きなのだ。
「でも気持ちイイんだよ? 一度味わったら『ひゃめぇえええええ!! もう堕ちまひたかりゃぁああああああ!! 屈服しまひゅぅうううううう!!』ってなっちゃうくらいドハマリしちゃうんだよ?」
「…………(ビキビキ)」
「どうかしたか? やっぱり溜まってるんじゃないか? 顔が引き攣ってるぞ? それとも生理k」
「ウォダラァアアア!!!」
我が友のしつこすぎる優しさに、右手をガオンしただけで空間を削り取っちまうんだぜーダボが! みたいな雄叫びとともに放たれたのは、渾身の左ストレート。
腰を入れた良いストレートだ。良いストレートは正義だ。正義はストレートなのだ。実はくせっ毛がコンプレックスで、毎朝毎晩手櫛アイロン(便利)でストパーをかけているのは内緒である。
「遅いッ」
「カウンター!?」
いかんいかん。話が逸れた。鈍い音とともに阿求の口から何か赤いものが飛び散ったが、今大事なのは食費、目下の難題は今夜の三人分のおかずだ。
「…なーもこ。あっきゅんが白目剥いて動かないんだが」
まぐろとか食べたいなぁ。何時だったか八雲のが
『筍ありがとうございました。これはお礼ですわ』
と持ってきてくれたのを思い出した。式神のお嬢ちゃんが迷ってたもんだから、道案内したついでに筍を何本か持たせたのだ。そんなに気にしなくてよかったのに。以外に義理堅い奴なのかもしれなかった。
ちなみに狐の式には『国を差し上げます』と言われたが丁重にお断りした。
「マグロ!? 成る程そういうプレイもアリだな。では早速」
穏やかな夏の昼下がりである。
【夕ごはんのもこさん】
「「「いただきます!」」」
日は西に、月が東に昇る。我が家のちゃぶ台には素麺がのぼった。
この間人里に散歩に行った時、ふと目に留まって買っておいたものだ。安いし美味いし、なによりまっすぐだ。
三人仲良く一つのちゃぶ台を囲む。とてもいい。
「は!? なんで!! なんで素麺にマヨネーズなんですかこの雑食淫乱ホルスタイン教師!! キモいです速やかに私の視界から消えてください!」
「マヨ様を馬鹿にするな!! マヨ様を馬鹿にするな!! マヨ様は偉大なんだぞ! そういうあっきゅんだってなんだ!? 素麺に納豆だと!? 理解しがたい!!」
「てんめェ納豆様を馬鹿にすんな!! 納豆様を馬鹿にすんな!! 納豆様は気高いんだぞ!!」
出汁の効いたつゆに、カボスを少しだけ搾り、ほんのり山葵を溶かしこむ。私ブレンド。えもいわれぬ爽やかな香が、ツンと私の鼻をくすぐった。たまらないなぁ。
「妹紅さんはどっちですか!? この牝牛みたいな白濁液ぐっちゃぐちゃの素麺より、納豆様素麺ですよね!? そうですよね!?」
「いいやもこはそんな、薄い本で御都合主義に出現する触手みたいないやらしいネバネバにつつまれたバッドスメル素麺など見向きもしないね!! な、もこだってやっぱりまろやかテイストで香り高いマヨネーズ様素麺だよな!?」
賑やかな食卓。ここ最近は毎日である。
普段一人でご飯を食べる私にとっては、もったいないくらいの幸せの時間だ。
二人のおわんの中がパンデミックを起こしている。
「あ! どさくさに紛れて私のおっぱいを触るんじゃないあっきゅん! まだもこが食ってるでしょーが///////」
「あんたが無理矢理私の手を谷間に突っ込んでるだけですよ!? 離せ離せHA☆NA☆SE☆ 生暖かくて気持ち悪い!」
必死に抵抗する阿求だが、悲しいかな、慧音の方が何倍も力持ちなのだ。
そのままズブズブと谷間に飲み込まれていく。
あれは慧音のスキンシップみたいなものらしく、私もよくやられる。
胸に手を突っ込むなんて恥ずかしい気もするが、慧音があれをするのは決まって心を許した相手だけだということを知っているので、悪い気はしなかった。
むしろお互いに体温を分け合っているみたいで、とても落ち着くのだ(慧音は何故かいつも息が荒いけど。暑いのかな)。
いつもそのまま一緒にお昼寝してしまい、半日は潰れてしまうので、屋台(焼鳥)を出す日は遠慮してもらっている。
「うわ、うわあわわわ。慧音だめです!! それ以上というか下はだめですって!! 洒落になんないですって!!」
「ふふふ。あっきゅん顔が真っ赤だよー? そんなに私のスベスベお腹が気に入ったのかなー? そ・れ・と・もぉ……もっと『下』に興味があるのかn」
「ギャース!?!?」
「ヒギィ!?」
下っ端吸血鬼が波紋疾走を叩き込まれたかのような悲鳴が上がり、居間が一瞬眩い閃光に包まれる。この霊気は……霊夢んとこの退魔符か。
どうやら追い詰められた阿求が、懐に忍ばせていたらしい札を慧音の顔面に張り付けたらしい。
普通の雑魚妖怪なら、それだけでナムサーンアンドゴーツーエイキッキだが、半獣の慧音の場合、白目を剥いて気絶する程度ですむようだった。
「はぁ…はぁ…んっ…ったく…この痴女が…ここはあんだーえいちーんの殿方でも安心して見ることのできるからこその『創想話』でしょうが!! 危うく夜伽行きするところです!!」
時々阿求はよくわからないことを喋る。なんだか違う世界の住人とでも話をしているかのようで、とてもおもしろい。
「…モノローグだけで会話する妹紅さんも人のこと言えないでしょう?」
おもしろいなぁ。
【鈍感もこさん】
夜も更け、あたりは風に揺れる竹の静かな声と、遠くの池から聞こえてくるらしい蛙の声しか聞こえなくなった。
静かな夜だ。
そういえば、この間『蛙って美味しいのかしら』とふいに思い立ち、大蝦蟇の池まで行って蛙をハントしたところ、天から無数の鉄の輪(と何故か地霊殿の無意識少女)が降り注ぎ、大根よろしく輪切りにされた。
リザレクションした後、なんか小さくて変な帽子をかぶった幼女に小一時間お説教を喰らった。
正直、見た目と声が可愛すぎてあまり怖くなかった。迫力もなかった。
「ん? なにか言ったかもこ。幼女がなんだって?」
いや、なんでもないよ慧音。ただ静かな夜だなって。
「ああ…そうだな。いい夜だ。今私たちがこうして仲良く風呂に入っているこの瞬間にも。どこかで男女の営みが行われているのだな。イイ夜だ。」
「………」
ははは。慧音はホント冗談が面白いなぁ。私は正直人と(もちろん妖怪とも)話すのがそこまで上手くない。いつも無口になってしまう。でも目を逸らすのは失礼だし、無言で見つめることにしてる。
この前何故か話しかけてきてくれた(ふんわりと霊夢の札の気配がした)複数の中年の男の人たちがいたのだが、これまた何故か怯えて逃げられてしまった。
『ひ、ヒィ!! 殺さないでくれぇ!!』
『スジモンの目つきをしてやがるゥ!!』
『だれだよこんな人殺しみたいな目ェした女ヤろうなんて言った奴!?』
遠くで彼らの叫ぶ声が聞こえた。正直泣いた。慧音がうらやましい。
「………あの」
蚊の鳴くような声が、私の胸元あたりから聞こえた。
目をやると、赤紫色の毛玉…ではなく。普段小柄な身体をさらに小さく折りたたんで、湯船に半分顔を出している阿求だった。いつもの髪飾りは外しているようだった。
どうかしたのだろうか。顔がだいぶ赤いところを見ると、のぼせてしまったようだ。そんなに熱い湯にはしてないハズだったんだけどなぁ…。
「どうしたあっきゅん、のぼせたのか」
「違いますよ…まずこの状況がおかしいでしょう……!」
状況。えーと、つまり。今この状況のなにがおかしいのだろうか。
少しばかり古いタイル貼りの我が家のお風呂。そこに私と慧音が阿求をはさむ形で隙間なく収まっている。
いたって普通だ。
「お、お二人は気にならないんですか?」
「よく分からないなあっきゅん。いくら三人で入るのが初めてだからって、そこまで緊張する必要もなかろう」
そうなのだ。
夕ごはんの後、突然慧音が
『せっかく皆が一つ屋根の下にいるのだから一緒に風呂に入りたい』
と声高々に宣言したのだ。
まあ少し狭いけど、慧音と二人でならよくやっていることだし、小柄な阿求が一人くらい入っても問題はないだろう。
思えばあの時から阿求はものすごい抵抗を見せていた気がする。あんまり暴れるものだから、慧音に手刀を叩き込まれて気絶、そのまま脱衣所に連行されたのである(山賊が町娘を攫うような光景だった)。
「だっ…だだだだだって…!」
大きな瞳をギュッとつぶり、真っ赤な顔で小刻みに震えながら阿求が叫んだ。
「私は男ですッ!!!!」
カポーン
「? 知ってるがそれがどうかしたのか?」
あっけらかんと慧音が答える。
見た目こそ十代の少女といったふうだが、確かに阿求は男性だ。
稗田の家系では初となる、男の『阿礼乙女』として生まれたのだ。何年か前に、ブン屋の新聞(よく燃える)にでかでかと取り上げられていたのを憶えている。
なんでも地獄の閻魔が、
『たまにならショタっ子もいいですね、白です』
と、是非曲直庁にかけあったらしい。結果は十王満場一致の白。かくして今の阿求が完成したわけである。見た目は本当に女の子しにか見えないが。
「あいつらこそ地獄に落ちるべきですよ!! と、とにかく年若い男女が同じ湯に浸かるなんて不健全です!! 」
目つぶっててください! と浴槽から出ようとする阿求だったが、
「ガッチリほーるど!」
「うにゃあ!?」
しかし まわりこまれてしまった !
慧音の程よく筋肉のついたしなやかな腕が、阿求の腰に素早く絡みついて固定した。暴れる阿求。盛大なしぶきがあがった。慧音が阿求を正面から抱っこする形で湯の中に連れ戻したのだ。
賑やかだなぁ。
「うわあああああああああはなせええええええええええはなしてえええええええええ」
「心地いい感触よ…うりうりうりうりうりうりWRYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
慧音のうりうりに翻弄され、周りがすっかり見えなくなっているらしい阿求。何故そんなに抵抗するのかはとんと見当がつかないが、なんだかおもしろそうだ。
私も混ざることにした。これくらいのおふざけなら許される間柄だしね。
「ひゃああああああああああ!? ちょっ、妹紅さんまでダメです!! ダメ…あ、すっごいやわらかじゃなくてえええええええええ」
賑やかだなぁ。ふふふ。
【風呂上り、幸せのもこさん】
風呂上り、夜風が静かに流れる我が家の縁側。やっぱり蛙の声が聞こえる。
「だ……めです…そんな……とこ…いじんないで……」
下から阿求のうめき声も聞こえる。膝枕というやつだ。
やっぱり熱かったのか、あの後阿求は目を回して倒れてしまった。慌てて脱衣所に連れ出して介抱しようとしたが、慧音曰く。
『思春期男子特有の発作』
だから心配ないとのこと。ひとまず安心した。
柔らかい阿求の髪をなでながら、団扇で軽く煽いでやる。
「……けーね……もこーさん……(にへら)」
少し表情が柔らかくなったかな? 汗も引いてきてるし。よかったよかった。
「もこー布団の準備できたぞー」
奥から少し眠そうな声の慧音が歩いてきた。すでに寝間着に着替えている。目が合うと、何故かクスリと笑った。?
「ふふふ。今のもこはフワフワのもこもこで羊さんみたいだな」
は! ガバッと、自分の頭に手をやる私。そうだった。いつもなら風呂上りには髪を乾かして、ついでに手櫛で伸ばしてストレートにしてしまうのだが、今夜は阿求のこともあってすっかり忘れていた…。
いつもならサラサラとした感触の長髪は、まさしく羊のようにもこもこと膨らんでしまっていた。
よ、よしてくれ慧音、見ないで。とても恥ずかしい。
「フワフワな羊さんもこも可愛いぞ」
ボンッ! 文字通り顔から火が出る。嗚呼、いけない、死ぬほど恥ずかしい、死なないけど。こんな顔誰にも見せられない。ううう。
「もしゃもしゃー」
頭をもしゃもしゃされる。ついでに阿求ももしゃもしゃされた。うめき声復活。
しばらく二人してもしゃもしゃされた。慧音の手は、少し体温が低くて、でもとても優しかった。
しばらくして。
「今日もありがとうな、二人とも」
ポツリと、慧音の口から言の葉が漏れた。
こちらこそ。わたしもポツリとつぶやいた。
「……もうちょっと落ち着いてくれたら、こちらこそって言ってあげます」
いつの間にか起きていた阿求も囁く。
あ、今『こちらこそ』って言った。
「……今のはノーカンです!」
プイ、とそっぽを向く阿求。しかし口元が確かに笑っていたのを、私は見逃さなかった。
「また明日も」
「よろしく」
よろしく。
短い夏の幸せは、賑やかにもうちょっとだけ続くらしかった。ふふふ。
最近の私、藤原妹紅には悩みがある。ダイエットがうまくいかないとか、好きな殿方がいて告白しようか迷っているとか、そんな若い娘が持つような甘酸っぱいものではない。もっと事務的というか、生活臭にあふれる少しばかり色褪せたような悩みだ。
自然現象ではない。人為的なものだ。
「なあなああっきゅん。もうさっきからずっと自分の筆を右手で酷使し続けているじゃないか。もっとこまめに力をヌかないと健康に影響が出やしないか? なんなら私が手伝うぞ!」
「…いえ、この原稿は私が個人的に取り組んでいるものですから」
簡潔に述べると、食費が厳しいのだ。
別に私はご飯を食べなくても大丈夫だが(死なない)、今現在迷いの竹林にある私の家に居候している二人の少女(?)はそうもいかない。
「じゃあせめて『按摩』でもしてやろうか? なぁにこれでも紅魔館とこの門番にイロイロ教わったことがあってな。テクニックには自信があるんだ」
「……いえ、長時間机に向かうのは慣れてますから」
一人は私の大切な友人で、人里で寺子屋の教師をしている上白沢慧音。
もう一人は稗田家の九代目当主であり、『阿礼の子』稗田阿求である。
阿求とは最近知り合ったばかりだが、インドアな外見とは裏腹になかなかアグレッシブな性格の子で、初対面でいきなりメンマを投げつけてきたのは私的にベリーグッドだった。
おもしろい子は大好きなのだ。
「でも気持ちイイんだよ? 一度味わったら『ひゃめぇえええええ!! もう堕ちまひたかりゃぁああああああ!! 屈服しまひゅぅうううううう!!』ってなっちゃうくらいドハマリしちゃうんだよ?」
「…………(ビキビキ)」
「どうかしたか? やっぱり溜まってるんじゃないか? 顔が引き攣ってるぞ? それとも生理k」
「ウォダラァアアア!!!」
我が友のしつこすぎる優しさに、右手をガオンしただけで空間を削り取っちまうんだぜーダボが! みたいな雄叫びとともに放たれたのは、渾身の左ストレート。
腰を入れた良いストレートだ。良いストレートは正義だ。正義はストレートなのだ。実はくせっ毛がコンプレックスで、毎朝毎晩手櫛アイロン(便利)でストパーをかけているのは内緒である。
「遅いッ」
「カウンター!?」
いかんいかん。話が逸れた。鈍い音とともに阿求の口から何か赤いものが飛び散ったが、今大事なのは食費、目下の難題は今夜の三人分のおかずだ。
「…なーもこ。あっきゅんが白目剥いて動かないんだが」
まぐろとか食べたいなぁ。何時だったか八雲のが
『筍ありがとうございました。これはお礼ですわ』
と持ってきてくれたのを思い出した。式神のお嬢ちゃんが迷ってたもんだから、道案内したついでに筍を何本か持たせたのだ。そんなに気にしなくてよかったのに。以外に義理堅い奴なのかもしれなかった。
ちなみに狐の式には『国を差し上げます』と言われたが丁重にお断りした。
「マグロ!? 成る程そういうプレイもアリだな。では早速」
穏やかな夏の昼下がりである。
【夕ごはんのもこさん】
「「「いただきます!」」」
日は西に、月が東に昇る。我が家のちゃぶ台には素麺がのぼった。
この間人里に散歩に行った時、ふと目に留まって買っておいたものだ。安いし美味いし、なによりまっすぐだ。
三人仲良く一つのちゃぶ台を囲む。とてもいい。
「は!? なんで!! なんで素麺にマヨネーズなんですかこの雑食淫乱ホルスタイン教師!! キモいです速やかに私の視界から消えてください!」
「マヨ様を馬鹿にするな!! マヨ様を馬鹿にするな!! マヨ様は偉大なんだぞ! そういうあっきゅんだってなんだ!? 素麺に納豆だと!? 理解しがたい!!」
「てんめェ納豆様を馬鹿にすんな!! 納豆様を馬鹿にすんな!! 納豆様は気高いんだぞ!!」
出汁の効いたつゆに、カボスを少しだけ搾り、ほんのり山葵を溶かしこむ。私ブレンド。えもいわれぬ爽やかな香が、ツンと私の鼻をくすぐった。たまらないなぁ。
「妹紅さんはどっちですか!? この牝牛みたいな白濁液ぐっちゃぐちゃの素麺より、納豆様素麺ですよね!? そうですよね!?」
「いいやもこはそんな、薄い本で御都合主義に出現する触手みたいないやらしいネバネバにつつまれたバッドスメル素麺など見向きもしないね!! な、もこだってやっぱりまろやかテイストで香り高いマヨネーズ様素麺だよな!?」
賑やかな食卓。ここ最近は毎日である。
普段一人でご飯を食べる私にとっては、もったいないくらいの幸せの時間だ。
二人のおわんの中がパンデミックを起こしている。
「あ! どさくさに紛れて私のおっぱいを触るんじゃないあっきゅん! まだもこが食ってるでしょーが///////」
「あんたが無理矢理私の手を谷間に突っ込んでるだけですよ!? 離せ離せHA☆NA☆SE☆ 生暖かくて気持ち悪い!」
必死に抵抗する阿求だが、悲しいかな、慧音の方が何倍も力持ちなのだ。
そのままズブズブと谷間に飲み込まれていく。
あれは慧音のスキンシップみたいなものらしく、私もよくやられる。
胸に手を突っ込むなんて恥ずかしい気もするが、慧音があれをするのは決まって心を許した相手だけだということを知っているので、悪い気はしなかった。
むしろお互いに体温を分け合っているみたいで、とても落ち着くのだ(慧音は何故かいつも息が荒いけど。暑いのかな)。
いつもそのまま一緒にお昼寝してしまい、半日は潰れてしまうので、屋台(焼鳥)を出す日は遠慮してもらっている。
「うわ、うわあわわわ。慧音だめです!! それ以上というか下はだめですって!! 洒落になんないですって!!」
「ふふふ。あっきゅん顔が真っ赤だよー? そんなに私のスベスベお腹が気に入ったのかなー? そ・れ・と・もぉ……もっと『下』に興味があるのかn」
「ギャース!?!?」
「ヒギィ!?」
下っ端吸血鬼が波紋疾走を叩き込まれたかのような悲鳴が上がり、居間が一瞬眩い閃光に包まれる。この霊気は……霊夢んとこの退魔符か。
どうやら追い詰められた阿求が、懐に忍ばせていたらしい札を慧音の顔面に張り付けたらしい。
普通の雑魚妖怪なら、それだけでナムサーンアンドゴーツーエイキッキだが、半獣の慧音の場合、白目を剥いて気絶する程度ですむようだった。
「はぁ…はぁ…んっ…ったく…この痴女が…ここはあんだーえいちーんの殿方でも安心して見ることのできるからこその『創想話』でしょうが!! 危うく夜伽行きするところです!!」
時々阿求はよくわからないことを喋る。なんだか違う世界の住人とでも話をしているかのようで、とてもおもしろい。
「…モノローグだけで会話する妹紅さんも人のこと言えないでしょう?」
おもしろいなぁ。
【鈍感もこさん】
夜も更け、あたりは風に揺れる竹の静かな声と、遠くの池から聞こえてくるらしい蛙の声しか聞こえなくなった。
静かな夜だ。
そういえば、この間『蛙って美味しいのかしら』とふいに思い立ち、大蝦蟇の池まで行って蛙をハントしたところ、天から無数の鉄の輪(と何故か地霊殿の無意識少女)が降り注ぎ、大根よろしく輪切りにされた。
リザレクションした後、なんか小さくて変な帽子をかぶった幼女に小一時間お説教を喰らった。
正直、見た目と声が可愛すぎてあまり怖くなかった。迫力もなかった。
「ん? なにか言ったかもこ。幼女がなんだって?」
いや、なんでもないよ慧音。ただ静かな夜だなって。
「ああ…そうだな。いい夜だ。今私たちがこうして仲良く風呂に入っているこの瞬間にも。どこかで男女の営みが行われているのだな。イイ夜だ。」
「………」
ははは。慧音はホント冗談が面白いなぁ。私は正直人と(もちろん妖怪とも)話すのがそこまで上手くない。いつも無口になってしまう。でも目を逸らすのは失礼だし、無言で見つめることにしてる。
この前何故か話しかけてきてくれた(ふんわりと霊夢の札の気配がした)複数の中年の男の人たちがいたのだが、これまた何故か怯えて逃げられてしまった。
『ひ、ヒィ!! 殺さないでくれぇ!!』
『スジモンの目つきをしてやがるゥ!!』
『だれだよこんな人殺しみたいな目ェした女ヤろうなんて言った奴!?』
遠くで彼らの叫ぶ声が聞こえた。正直泣いた。慧音がうらやましい。
「………あの」
蚊の鳴くような声が、私の胸元あたりから聞こえた。
目をやると、赤紫色の毛玉…ではなく。普段小柄な身体をさらに小さく折りたたんで、湯船に半分顔を出している阿求だった。いつもの髪飾りは外しているようだった。
どうかしたのだろうか。顔がだいぶ赤いところを見ると、のぼせてしまったようだ。そんなに熱い湯にはしてないハズだったんだけどなぁ…。
「どうしたあっきゅん、のぼせたのか」
「違いますよ…まずこの状況がおかしいでしょう……!」
状況。えーと、つまり。今この状況のなにがおかしいのだろうか。
少しばかり古いタイル貼りの我が家のお風呂。そこに私と慧音が阿求をはさむ形で隙間なく収まっている。
いたって普通だ。
「お、お二人は気にならないんですか?」
「よく分からないなあっきゅん。いくら三人で入るのが初めてだからって、そこまで緊張する必要もなかろう」
そうなのだ。
夕ごはんの後、突然慧音が
『せっかく皆が一つ屋根の下にいるのだから一緒に風呂に入りたい』
と声高々に宣言したのだ。
まあ少し狭いけど、慧音と二人でならよくやっていることだし、小柄な阿求が一人くらい入っても問題はないだろう。
思えばあの時から阿求はものすごい抵抗を見せていた気がする。あんまり暴れるものだから、慧音に手刀を叩き込まれて気絶、そのまま脱衣所に連行されたのである(山賊が町娘を攫うような光景だった)。
「だっ…だだだだだって…!」
大きな瞳をギュッとつぶり、真っ赤な顔で小刻みに震えながら阿求が叫んだ。
「私は男ですッ!!!!」
カポーン
「? 知ってるがそれがどうかしたのか?」
あっけらかんと慧音が答える。
見た目こそ十代の少女といったふうだが、確かに阿求は男性だ。
稗田の家系では初となる、男の『阿礼乙女』として生まれたのだ。何年か前に、ブン屋の新聞(よく燃える)にでかでかと取り上げられていたのを憶えている。
なんでも地獄の閻魔が、
『たまにならショタっ子もいいですね、白です』
と、是非曲直庁にかけあったらしい。結果は十王満場一致の白。かくして今の阿求が完成したわけである。見た目は本当に女の子しにか見えないが。
「あいつらこそ地獄に落ちるべきですよ!! と、とにかく年若い男女が同じ湯に浸かるなんて不健全です!! 」
目つぶっててください! と浴槽から出ようとする阿求だったが、
「ガッチリほーるど!」
「うにゃあ!?」
しかし まわりこまれてしまった !
慧音の程よく筋肉のついたしなやかな腕が、阿求の腰に素早く絡みついて固定した。暴れる阿求。盛大なしぶきがあがった。慧音が阿求を正面から抱っこする形で湯の中に連れ戻したのだ。
賑やかだなぁ。
「うわあああああああああはなせええええええええええはなしてえええええええええ」
「心地いい感触よ…うりうりうりうりうりうりWRYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
慧音のうりうりに翻弄され、周りがすっかり見えなくなっているらしい阿求。何故そんなに抵抗するのかはとんと見当がつかないが、なんだかおもしろそうだ。
私も混ざることにした。これくらいのおふざけなら許される間柄だしね。
「ひゃああああああああああ!? ちょっ、妹紅さんまでダメです!! ダメ…あ、すっごいやわらかじゃなくてえええええええええ」
賑やかだなぁ。ふふふ。
【風呂上り、幸せのもこさん】
風呂上り、夜風が静かに流れる我が家の縁側。やっぱり蛙の声が聞こえる。
「だ……めです…そんな……とこ…いじんないで……」
下から阿求のうめき声も聞こえる。膝枕というやつだ。
やっぱり熱かったのか、あの後阿求は目を回して倒れてしまった。慌てて脱衣所に連れ出して介抱しようとしたが、慧音曰く。
『思春期男子特有の発作』
だから心配ないとのこと。ひとまず安心した。
柔らかい阿求の髪をなでながら、団扇で軽く煽いでやる。
「……けーね……もこーさん……(にへら)」
少し表情が柔らかくなったかな? 汗も引いてきてるし。よかったよかった。
「もこー布団の準備できたぞー」
奥から少し眠そうな声の慧音が歩いてきた。すでに寝間着に着替えている。目が合うと、何故かクスリと笑った。?
「ふふふ。今のもこはフワフワのもこもこで羊さんみたいだな」
は! ガバッと、自分の頭に手をやる私。そうだった。いつもなら風呂上りには髪を乾かして、ついでに手櫛で伸ばしてストレートにしてしまうのだが、今夜は阿求のこともあってすっかり忘れていた…。
いつもならサラサラとした感触の長髪は、まさしく羊のようにもこもこと膨らんでしまっていた。
よ、よしてくれ慧音、見ないで。とても恥ずかしい。
「フワフワな羊さんもこも可愛いぞ」
ボンッ! 文字通り顔から火が出る。嗚呼、いけない、死ぬほど恥ずかしい、死なないけど。こんな顔誰にも見せられない。ううう。
「もしゃもしゃー」
頭をもしゃもしゃされる。ついでに阿求ももしゃもしゃされた。うめき声復活。
しばらく二人してもしゃもしゃされた。慧音の手は、少し体温が低くて、でもとても優しかった。
しばらくして。
「今日もありがとうな、二人とも」
ポツリと、慧音の口から言の葉が漏れた。
こちらこそ。わたしもポツリとつぶやいた。
「……もうちょっと落ち着いてくれたら、こちらこそって言ってあげます」
いつの間にか起きていた阿求も囁く。
あ、今『こちらこそ』って言った。
「……今のはノーカンです!」
プイ、とそっぽを向く阿求。しかし口元が確かに笑っていたのを、私は見逃さなかった。
「また明日も」
「よろしく」
よろしく。
短い夏の幸せは、賑やかにもうちょっとだけ続くらしかった。ふふふ。
けしからん!もっとやれ!
そして地味に痴女率の高いもこけね
しかしどんな経緯で同居することになったんだ…
また書いてください。
阿求が男という設定は斬新すぎて初めて見ました。アリ……なのかなぁ。