霊夢と別れた後、私は妖怪の山に向かった。あの天狗の記者に会うためだ。 狼の連中が通せんぼをしていたが、要件を真面目に話すと、意外と容易に通してくれた。
「射命丸に依頼があるんだ」
「依頼か? ちょっと待て」
狼たちは、あれやこれやと話し込んでから「通れ」と短く言葉にして道を開けた。
射命丸の家に通されるまで、見張りはついていたが、それ以外に山に用事もないので、私はおとなしく従うことにした。
「射命丸サマ、客人です」
白狼天狗が、慇懃な言葉使いと一緒に扉を叩くと、気怠そうな声が聞こえてきた。
「だれですぅ?」
「森の魔法使いです、霧雨魔理沙」
「あぁ、魔理沙さん?」
「はいはい、通してください」と文が玄関に出てくる。
「よう」
「はぁ、おはようございます」
どうやら、寝不足なのか、それともあの学級新聞の製作に追われていたのか、あまり綺麗な格好とは言えない様子で、ぼりぼりと頭をむしりながらやってきた。
「まぁ、上がってください」
「珍しいですね、神社以外で会うのって」
「そうだな」
「で、この清く正しい、射命丸文になにかご用件でも?」
私は、この天狗の記者に里の噂になっている、風見幽香の情報を聞くためにやってきたのだと伝える。 この長寿妖怪で新聞記者なんて酔狂に及んでる奴なら何か知ってるに違いないと思ったからだ。
しかし、文の反応は芳しくなかった。
「あぁ、あの人のことで」
「そうそう、何か知ってるんだろ?」
「はぁ」
あいまいな生返事をしながら、文はネタをとどめておく手帳を眺めたりしていた。
「なんだよ?」
「はぁ、まぁ・・・・・」
「はっきりしないな」
「知ってることだけは知ってます・・・・」
「たぶん、魔理沙さんが知って面白い話でもないですし」と、気が進まなそうなやる気のない態度だった。 しかし今は私がこいつに誠意を見せなければならない立場だ。
きっとこいつは出し惜しみしてるんだな、と私は思った。
「そういうなって! ちゃんと礼もするぜ?」
「礼ですか」
「えぇっと、そうだな。 この金なんかどうだ?」
私は巾着袋から一粒金を取り出した。 魔法の研究には欠かせない金属だが、なかなかどうして、普通の社会にも使える価値のある金属だ。
文は、「そこまでしてくれるなら」と私の質問にぽつぽつと答え始めた。
「大体は、魔理沙さんの調査と同じ内容ですよ」
「ほうほう」
私はその答えにかなり満足した。 つまりは、里で噂される風見幽香の悪党ぶりは事実と言うわけだ。
「謎の妖怪にやられた人の生き残りが、こぞってあの太陽の畑で消える。 それは確かです」
「幽香が引き込んでるのか?」
「大体の人はそういいますね」
だが、あの大妖怪に面と向かって文句を言ったり、喧嘩を売る奴はいない。だから事件も終わらないということだ。
他の妖怪退治も、太陽の畑に向かっては消えるらしい。 状況証拠はほとんどそろったと言っていい。 あとは現場を押さえて、奴を退治するしかないってわけだ。
「本気ですか?」
「何が?」
文は、大きな目をぱちくりとして、私をじろじろと見る。 なんだこいつは。
「前々から、あることなんですこんなことは」
「何?」
「風見幽香に、太陽の畑に向かって消える人々は、今に限った事じゃありません。 昔から定期的に居るんです。 なにも今に限って退治しようなんて・・・」
私は、やはりこいつも妖怪なんだなと思った。 結局妖怪にとって、人間てのはただの飯のタネに過ぎないんだ。
「やっぱり、お前も妖怪だな文」
「はい?」
「まぁいいさ、文にも写真くらいは収めてもらうぜ」
私は、文を連れて風見幽香の住まいに向かう。 退治した時に状況写真くらいはほしいからな。
それに、無辜の里の人間を殺して回る妖怪がいるなんて、とても許されるわけがない。 私だって、伊達や酔狂で魔法使いをしてるんだ。 いまその能力を使わないでいつ使うと言うのだろう?
生返事でしぶしぶついて回る文と一緒に、私は空へと飛びだした。
「いませんね」
「みたいだな」
少し日が傾いてきた頃に、太陽の畑についた。 いまではもう誰もやってこないさびしい場所だ。
「あの子以外は」
「・・・・・おう」
ひまわりの前に一人ぽつりと横たわっている子供がいる。 さすがにこのときは心臓が激しく鳴った。 あれは、子供だ。
「写真撮るのか?」
「いえ、やめましょう」
文がすぐにふいっとそっぽを向いて別の場所に歩き去る。 ぴくりともしない子供を務めて視界に入れないようにして、私は向日葵の根元を探るべく、腰を下ろした。
かばんに入った小さいスコップを握って、向日葵の根元をざくざくと掘り進める。
里のうわさが正しいならば、この根元には必ずあるはずなのだ。
がりっと、硬いものを削る音がした。
「・・・・・」
私は文を呼び出した。
文がやってくるまでに、小さな指輪と、首飾りも見つけた。
「あやや」
文が、とくに驚いた様子でもないのに、驚いたしぐさで言った。
「仲睦まじそうですね」
「・・・・・・」
そこにあったのは、窪んだ眼窩と、白い骨、土に帰らなかった髪の毛や服がそのまま残っていた。
「花の妖怪か」
服装から察するに、女。 小さい女の子と、大人の女性。 いつ埋められたのかはわからないが、相当昔だろう。
その二人は、身を寄せ合いながら静かに眠っていた。
* ****************
向日葵の花よ 幽華に咲き誇れ 中花
一面見渡す限りの草原がある。 空と地面の間には僅かな、山の起伏。
――なんてきれいなんだろう。
風が草を撫でて消えていく、その瞬間に囁く草の音がとても素敵だった。
まだ幼かった私は、宝物を独り占めした気分だった。
草原の片隅には、家がある。 小屋と言った方がいいのだろうか。ツタが屋根を覆った、幾分使われていない寂しげな小屋が私を見ていた。
私はすぐにここで暮らすことを思いついた。
まだ幼かった私は、一人でいる事に疑問を持たなかった。
寂しいな、と思った。 じっと瞼を閉じていると、草の声が聞こえる。
瞼を開けると、ツタに覆われていた家は、鮮やかな色の花に覆われていた。 ツタの一つ一つから花が開いている。
そうして何日か暮らしていると、不思議なお客さんがやってきた。
二人の女性だった。 一人は髪の毛に白が混じった背の高い女性。 もう一人小さくて、その大きな女性にくっついて俯いていた。
まだ幼かった私は、その二人が何者であるかなんて知らなかった。
その二人はただ草原に向かって並んで座っているだけで何もしようとしない。 私は不思議だなと思うだけで、その二人に何もしようとは思わなかった。
幾日か過ぎると、その二人は死んでいた。
まだ幼かった私は、死ぬということに何の頓着も持っていなかった。
二人の体を眺めながら、さてどうしようかと考えた。 直ぐに素晴らしい方法を思いついた。遠くを眺める二人の仲はとてもよさそうだった。 現に今も仲がよさそうに二人で眠っている。
だったらこのままにしてあげよう。 私は急いで小屋に戻ってスコップやらバケツやらを持って来る。 穴をあけてこの中に二人を入れるのだ。
まだ幼かった私は、墓を作ってあげるということがどういう事なのか知らなかった。
二人の体を地面に埋めてあげる。 少し盛り上がった地面を見てるとちょっと満足した。 ここにも私以外の住人が増えたのだろうか。
だが私はここで致命的な間違いに気が付いた。
もしかすると、二人を何処に埋めたのか分からなくなるんじゃないだろうか? 今から下手に石を乗っけたり、杭を突き刺すと二人の体を潰しかねない。
ちょっと考えると、私は素晴らしい解決策を思いついた。 花を植えればいいのだ。 二人の体を潰さない方法だ。
それに花は綺麗じゃないか。
私は急いで里に向かって走った。 花の種を買うためだ。
まだ幼かった私はどんな花が咲くのか知らなかった。
花の種は高かった。 思えば値段を吹っかけられたのだろうが、そんなことは私は知らない。 それを二人の上に載せて、じっと瞼を閉じる。
瞼を開くと、そこには二つの黄色の花が咲いていた。 まるで太陽の様に力強い花だ。 いつも太陽の方を向いている花だと言うから、私はピンときて買ったのだ。
きっと二人は、太陽を眺めつづけるのだろう。 二人で仲良く眠りながら。 眠りながら太陽を眺めつづけると言うのも変な話だけれども。
私にも、そんな人が誰かできるだろうか? ちょっとだけそんなことを思った。
幼い私には、トモダチなんて言葉知らなかった。
それから、また太陽が昇ったり下りたりした。 私は二人の世話をしながら暮らしていた。 そしたら大変なお客さんがやってきた。
朝起きると、二人の花がメチャメチャにされていた。 そこにいたのは、怖い顔をした男だったと思う。
そいつは、顔を皺くちゃにしながら大声を上げて掴みかかった。
私は人殺しなのだそうだ。とんだ早合点だ。
私は殴られて、転げまわった。
花の近くに二人の指輪とか、首飾りを目印に置いておいたのが不味かったのかもしれない。
私はただ、二人に仲良くしてもらいたかっただけなのに。
男の人は、刃物を抜いてやってきた。
気が付くと、その掴みかかってきた男はバラバラになって転がっていた。
生臭い匂いと、嗅いだこともないような鉄の匂い。 私は思わずゲェゲェと唸った。 喉の奥から気持ち悪さがこみあげてくる。
誰彼かまわず、傷つけたい気持ちでいっぱいだ。 ごろりと横たわる彼の目が私を恨めしそうに見ていた。
地面をめちゃくちゃに殴りつけると、拳から血が吹き出る。 痛いのを忘れるためにもっと打ちつけた。
暫くしてから、はっと我に返ると、辺りはひどく荒れていて、空気も張りつめているような気がする。 私もひどく憔悴している気がした。 気味が悪い。
早く、終わらせないとと思った。
すばやく小屋に逃げ帰って、スコップとバケツをつかむ。 血の匂いを我慢してなんとか男の人を埋め終えることが出来た。
ちょっと頭に来ていたけど、自分が男の人を死なせてしまったことを後悔していた。 綺麗な花を植えてあげれば、彼は許してくれるだろうか?
ちょっと考えてから、二人の女の子と同じ花を植えた。 もしかすると二人の夫とお父さんだったのかもしれない。 今になっても、彼らがどんな関係だったのかは分からない。
それから、また私は草原でのんびり暮らした。 たまに面白いものが落ちている場所にも行く。
そこにいくと、ヒトも落ちている。 大抵はイヌとかカラスに荒された後だ。
――こんな風に朽ちていくなんて
私は彼を拾い集めて、荷車に詰めて持って帰る。 地面に埋めて花を植えるためだ。
そんな風に、しばらく暮らしていると、少しずつ、草原の色が変わってきていた。 青く静かだった場所は太陽の花で鮮やかに賑やかになっていく。 誰一人として喋ったりはしないけれど、私は前の様に寂しいとは思わなかった。
そんな、朽ちた死体を集める、なんて私の作業を誰かが見ていたのだろう。 確かに、あまり褒められた行為でもないし、きっと見た人は気持ちが悪いと思うに違いない。
里に出かけた時に、ふと誰かが囁いたのだ。
――あぁ、人殺しの花の妖怪
その時は、ひどく落ち込んだけれど、誰かを責める事なんてできなかった。
里で出版される本、表紙には「幻想縁起」。 私の評価は「最悪」。
いつからこうなったのだろう? しばらく里に顔を出せないままみんなの世話をしていたと思う。
けど、私は思い直した。 これが一番良い事なんじゃないか?
この場所は、ヒトが暮らすためにはあまりに危険すぎる。
あの本が出版された後に、この場所に来る人間はほとんどいなくなったのだ。 この場所にやってくる人は、いつも死にたい人だ。 あの二人がそうだったのかもしれない。 けどそうなる前にこんなさびしい場所なんかじゃなくて、もっと行くべき場所があるはずだ。あんな風に悲しそうに死ぬことも無くなる。 私に殺されることもない。 わたしも、彼らがやってきたら、ひどいことをしてしまうだろう。 癇癪を起した私自信、こんな私が嫌いだった。 嫌いだから、もっと当り散らして、もっと自分が嫌いになる。 こんなことはやめにしたい。
私は彼らの世話をして静かに暮らす。これでいいじゃないか。
私は、彼らの評判の通りに振る舞うように心がけた。 私に名づけられたのは「風見幽香」 だれがそう呼び始めたのかは分からないけれど、そう名乗る。
それから、人間には冷たくて、いつもヒトを傷つける事ばかり考えている悪い奴。一人でいつも不敵に嗤っていて、何を考えているか分からないお高い女。
そんな風に振る舞い始めてから、やってくる人は本当にいなくなった。
だけど、たまに妖怪退治と名乗るひとが稀にやってくる。
大抵はひどくおどしてあげれば帰っていくけど、死ぬまで頑張る人もいる。 その人をまた埋めて、花を植えると、また噂が立ち始める。
――あの花の妖怪は、ヒトの死体を栄養に強くなるんだ、あぁ、おぞましい
私は本当に自分が悪い妖怪で、本当に好きで人を殺している気味の悪い妖怪なんじゃないかと思い始めた。
そう考えるしかなかった。
気が付くと、一面の草原は、一面の向日葵に変わっていた。
――なんてきれいなんだろう。
最近近所に住み始めた、道具屋のお兄さんにたまに会いに行く。 気性荒く振る舞うことに私も慣れ始めた。
けど、その道具屋のお兄さんは、そんなことはどうでもいいらしく、考えるのも億劫な様子で、淡々と仕事を請け負ってくれる。
先日、日傘の修理を頼んだ。 それを受け取る日だったのでおめかしして店に入ると、黒い帽子を被った女の子がいた。
私にちょっかいを掛けてくる数少ない女の子だ。
けど、そんな彼女の様子もなんだかオカシイ。
私はすぐに気が付いた。
――あぁ、またか
里で向けられる、私への奇異の視線。 この女の子にも向けられる日がいつか来ると思っていた。 私は無言で店の主人が日傘を持ってきてくれることだけ願った。
もうたくさんだ。
彼らのような、変わった人々のことは嫌いじゃない。 けど、こういうほどよい関係というのは何故か長続きもしない。 たまの遊びに付き合ってもらうこともあったが、こういう目を向けられてしまえばそれまでだ。
日傘の出来が、あんまりにもあんまりな出来だったので、うんときつく睨みつけてから私は家を出た。店のお兄さんは、かなりがっかりした様子で肩を落としている。その仕草にクスリと笑えるが、あれを受け取ったら、女の子として守っていた最後の防御壁が崩れ去るんじゃないかと思った。
家に帰ると、お客さんがいた。
初めてのお客さんを思い出す。 小さな女の子が向日葵の前でじっと座っている。
ひやりと心臓が冷える様な感覚。
私は、自分に言い聞かせた。 私は恐ろしい妖怪、風見幽香、ヒトを食い殺す花の妖怪。 不敵に嗤いながら女の子を家に引っ張って、うんと脅してやった。
ぶるぶると震える女の子に、ちょっとほっとする。
人間のことはよくわからないけど、こんな場所に来る前に行くべき場所があるはず。
だけど、私の行いはどうやら徒労に終わった。
明日も、またその次も、女の子は同じ場所に座っていた。 何度か話しかけて、同じように脅すのだけど、女の子はニコニコしながら座っているだけ。 もう意味が分からない。
この場所にいると死んでしまうのに。
また、あの日の様に小さい体を地面に埋めるのだろうか? あの日のと同じように、私はこの女の子の縁者に恨まれたり、誰かに殴られて、酷く傷つくのだろうか?
前の住まいでは、自分を含めて、あまりにロクデナシばかりで、どいつもこいつも自分以外のことは考えてなくて、非難や後悔なんて感情とは無縁だった。 ひょっとすると、私はちょっとだけあの脆い、不思議な関わり合いに興味が有ったのだと思う。 けど、私が輪に入ろうとすると、手を握った相手は壊れるし、奇異の目でみられるしで、気持ちの良いことは多くもない。 だからつかず離れずのこの距離がちょうどいいと思っていたのかもしれない。
それでも問題はいつでも起こる。 今がそうだ。
私は、何故人間が私の花畑にやってくるか、調べようと思った。 まさか花の蜜に人間が誘われるわけでもないだろうし。
里に出かけて、尋ねて歩く。 どの話もヘンテコな話ばかり。 中には「あの花畑には人を惑わす妖気がある」とかいうのもあった。 私はそんな不気味な花を育てた覚えはない。
ただ、今回に限った原因ならわかった。 どうやら、ヒトを襲う強い妖怪が居るらしいのだ。 それに襲われた生き残りが私の花畑に向かっては消えるらしい。
相変わらずなんで私の花畑にやってくるのかはさっぱりわからないが、とにかくその人喰い妖怪を殺さない限り、私の畑にかけられた怖い噂話は消えないみたいだ。
その妖怪を殺せば、あの女の子も自分の家に帰るだろう。 私はその旨を女の子に伝えるために家に帰った。
その女の子は、相変わらず花畑の前にじっと座っていた。 いつもと違うところは、その体が倒れていることだった。
女の子の顔は青ざめていて、ハエが近くで何匹か飛んでいる。 体もなんだか、硬くて女の子の体とは思えない。
私は、また家に帰って、スコップとバケツを取ってきた。 それから女の子のために穴を掘って、女の子を埋めた。
それから向日葵の花を載せて、瞼を閉じる。 瞼を開くと、小さいながらも力強い蕾が伸びている。
これから、彼女は永遠に太陽を眺めて眠るのだろう。 眠りながら太陽を眺めると言うのも変だけど。
明日から、その妖怪を探しに行こう、少し盛り上がった土を眺めて考えた。
「見つけたぜ」
背後から女の子の声がする。
後ろを振り返ると、黒い帽子を被った女の子と、紅い六角帽子を頭に乗せた女の子がこっちを見ていた。
「噂は本当だったんだな」
あぁ、そういうことか。
私はもう、言い訳を考えるのも億劫だった。 幽かに拳が震えるが、それはあの子にはどんなふうに映っただろう?
「おい、文」
「はぁ、なんでしょう?」
「何でしょう? じゃねぇよ。 写真はとらないのか?」
「はぁ」
天狗の記者はなんとなな、あいまいな生返事を返して、カメラをいじっている。 どうやら、写真を撮る気はないらしい。
私は思い切って話すことにした。
「どうしたのよ? 貴女の大好きなスクープじゃないの」
「はぁ、スクープですか」
天狗の記者は、ぼけっとした表情で、あの子の花を見た。
「キレイだとは思いますけど、面白い記事になりそうにないので」
別に、いいです。 とぼそぼそと話してからカメラをまたいじり始めた。 どういう風の吹き回しだろう?
「まぁいいや、おい幽香さんよ」
「なにかしら?」
「こちとら、伊達や酔狂で魔法使いしてるわけじゃねぇ。 里の無辜の女の子を殺す妖怪、そいつを目の前にして何もしないわけにはいかないからな」
「ふぅん」
そうか、やっぱり。
「里でどんな話を聞いてきたのかは知らないけど、私はただこの子が無縁仏になるのが可哀そうだからお墓を作っただけよ」
「へぇ、そうかい」
黒い帽子の女の子は、鋭い気配を漂わせて言った。
「悪いが、向日葵の畑をちょいと調べさせてもらったぜ、良くそんなことが言えるな。 どの向日葵も人の骨が埋まってやがる」
「そう」
私が里に出かけている間に、花を荒したのか? ふと、頭に血が上る。 その様子を機敏に嗅ぎ取ったのか、目の前の二人の顔も引きつったものになった。
なるほど、今度はこの女の子を殺さないとだめなんだろうか? この女の子にまたひどく傷つけられないと駄目なんだろうか?
「魔理沙さん、今日はこのくらいで帰りませんか?」
「聞けば、その女の子の縁者もつい最近妖怪に襲われて身寄りがなかったとさ。 向日葵の肥料には人の体がそんなにいいのか?」
「何が言いたいの?」
「どうもこうもねぇ! ちょっとは知った仲だと思ってたが、お前を退治してやる!」
気迫を吐いて、黒い帽子を被った女の子は、魔女らしく箒に飛び乗って舞い上がった。
何故だろう? 私はただ、良かれと思ってしているだけなのに、どうしてこうも嫌われるのだろう? 人間や、社会と相性が悪いのだろうか?
それとも、私が自覚していないだけで、私は本当に悪い奴なのだろうか?
「幻想郷最強の妖怪なんて自惚れてるみたいだが、この魔理沙さまがお前を退治してやる!」
「あら、私は自分が最強だなんて自惚れてないけど、少なくとも、人間の女よりは強いわよ? かなりね」
「うわっ!」
天狗の記者が、あわてて飛び去るのが合図になった。
魔法使いが、魔砲を構える。 このままではあの火砲が後ろの女の子やみんなに直撃するだろう。 私も上空に飛びあがった。
どかんと空を震わせる衝撃と一緒に、砲弾が飛んでくる。私はそれを腕で、ばちんと弾き飛ばした。
「ちっ」
女の子の悔しそうな真摯な舌打ちが聞こえる。本気の攻撃だったのかもしれない。
私はやっぱり人間とは違うと思った。 あんな凄そうな魔法も、私の拳は壊れない。 たぶん、いくらあの女の子が頑張っても私はあの子を撫でるだけでばらばらにできるのだろう。
「まだまだ!」
「死なない間に帰ったらどう?」
「うるせぇ!」
幻想郷では相当早い部類になるのだろう、彼女の箒の突進も、まったく脅威に感じない。 魔法使いもそれが分かってるのになんで引いてくれないんだろう?
私は、すっと手を魔法使いの頭に伸ばした。 この手を引けば、色々な事に決着がつく。 頭に指を立てて、力をちょっと込めるだけだ。
たったそれだけのことに、ずいぶんと心の準備がいる。 もしかしたら、私は彼女が会心の動きでそれを避けてくれるのを期待していたのかもしれない。
だけど、彼女は私の腕の動きに全然目の焦点が合ってない。 どうして?
「魔理沙さん!」
天狗の記者が私と帽子の女の子の間に割って入った。 距離がぐんと離れる。 もう随分と帽子の女の子が離れてから私は指に力を入れた。 がちんと指と指との間で音がする。
「あら、すばしっこいわね」
「よくそんなこと言えますね?」
「そのまま抱えてどこか行きなさいな、今日は気分じゃないの。 見逃してあげてもいいわよ」
「おい、射命丸! 離せ!」
私の想いとは裏腹に、天狗の記者はあっさりと帽子の女の子を解放してしまった。 もう、たくさんだ。
「ムカつくぜ、やっぱり、調子に乗りやがって。 強かったら何をしてもいいのかよ!?」
「さぁ? 幻想郷はそういう風にできてるんじゃないの?」
別に妖怪と人間の関係を指してそう言ったわけじゃないけど、彼女はそういう風に捉えたのだろう。 もう終わりにしよう。
「こんなモン!」
すごく怒った顔で、私を睨みつける。 小さくて柔らかそうな拳には例の店のお兄さんが作った魔法を握りしめていた。
「こんな気味の悪い花なんて、吹っ飛ばしてやる!」
「あっ」
女の子は、彼等に向かって虹色の火砲を打ち込んだ。 いま日傘はないから、あんな大きな魔法を受け止めることは出来ない。 それに、あまりに大きくて腕では弾き返そうにない。
花の下に埋まってる、彼等はどうなるんだろう?
私は、虹色の光の中に飛び込んだ。
* *********************************
「な、なんだよ?」
幽香は凄まじい火砲を食らい、花畑のなかにぶっ倒れている。 いまなら、楽に決着がつくだろう。
あの風見幽香の悪名に終わりが打てるのだ。
しかし、魔理沙はこの風見幽香の奇行が理解できなくて、震えた声でつぶやくだけで何もできないでいた。
「なんのつもりだ?」
「そんなにその花が大事か?」
風見幽香は黙ったままでいるが、気を失ったというわけではなく、半目を開いて魔理沙のほうを見ている。
「なんだよ、その眼」
そろそろ、夕暮れ、魔理沙の小さな影が背丈よりも長くなる頃だ。 どのくらい魔理沙はそうしていただろうか。 幽香は無感動な顔で、じっと魔理沙を見ているだけだった。
「貴女の勝ちよ」
ふと、幽香がそんなことを言った。
「ほら、すること済ませなさいよ」
「うっせぇ、とっとと立てよ」
幽香は黙って大の字のままで横たわっている。 もうしゃべる気はないらしい。
「いみわかんねぇ・・・」
何故、幽香はわが身が危険にさらされるのを承知で、魔砲の目の前に飛び出したのだろう? それに、なんで立ち上がって攻撃してこないのだろう? 何もかもが不思議だった。
「私を退治するんでしょ?」
何故、自分の死を願うようなことをいうのだろうか?
「いいから立てよ」
「・・・・・」
もしかすると、自分は、何かこの噂話の審議を根本から勘違いしてるのではないだろうか? そんな疑問が魔理沙の脳裏に浮かんだ。
もしかすると、悪者は実は私のほうで、この目の前の大きな背中の女はちっとも悪くなくて、無実の罪を着せられたんじゃないだろうか?
そう思った。
「気合いがないなら、最初からこんなマネするんじゃないわよ、クソガキ」
ようやく、幽香は苦い顔をして毒を吐く。
片膝をついて、ふらふらと立ち上がって、魔理沙や文に見向きもしないで彼女の住まいに向かう。
「・・・・・」
魔理沙は、今までの気焔もどこかに飛んでしまっていった。 胸の悪い後悔や、罪悪感が広がる。 なんだろうか、この気持ちは? 確かに自分は悪い妖怪を退治しにやってきただけなんだ。 人の敵をやっつけにきたつもりだった。
――まるで、悪者は私みたい
幽香のふらつく足元に目をやると、右の足首から先が無かった。
「あ」
「魔理沙さん」
なにか言葉をかけようとしたが、とても言葉にできなかった。
文が、ちょっと優しげに声をかけてくれるのに心を救われた気がする。
「写真とります?」
「・・・・・」
文の言葉を無視して、魔理沙は箒にまたがった。
この胸糞悪い罪悪感をなんとかするには、あの兄貴分に相談するしかないと思った。
なんで今の今まで彼に相談するというアイディアがなかったのだろう?
今さっき起こった出来事を彼に相談したら、怒られるだろうか? きっと怒られて拳骨をもらうだろう。
魔理沙はそう思って、箒を精一杯飛ばして古道具屋に急いだ。
黄金色の花畑が、魔理沙の後ろで寂しそうに夕暮れ色に染まっていた。
「射命丸に依頼があるんだ」
「依頼か? ちょっと待て」
狼たちは、あれやこれやと話し込んでから「通れ」と短く言葉にして道を開けた。
射命丸の家に通されるまで、見張りはついていたが、それ以外に山に用事もないので、私はおとなしく従うことにした。
「射命丸サマ、客人です」
白狼天狗が、慇懃な言葉使いと一緒に扉を叩くと、気怠そうな声が聞こえてきた。
「だれですぅ?」
「森の魔法使いです、霧雨魔理沙」
「あぁ、魔理沙さん?」
「はいはい、通してください」と文が玄関に出てくる。
「よう」
「はぁ、おはようございます」
どうやら、寝不足なのか、それともあの学級新聞の製作に追われていたのか、あまり綺麗な格好とは言えない様子で、ぼりぼりと頭をむしりながらやってきた。
「まぁ、上がってください」
「珍しいですね、神社以外で会うのって」
「そうだな」
「で、この清く正しい、射命丸文になにかご用件でも?」
私は、この天狗の記者に里の噂になっている、風見幽香の情報を聞くためにやってきたのだと伝える。 この長寿妖怪で新聞記者なんて酔狂に及んでる奴なら何か知ってるに違いないと思ったからだ。
しかし、文の反応は芳しくなかった。
「あぁ、あの人のことで」
「そうそう、何か知ってるんだろ?」
「はぁ」
あいまいな生返事をしながら、文はネタをとどめておく手帳を眺めたりしていた。
「なんだよ?」
「はぁ、まぁ・・・・・」
「はっきりしないな」
「知ってることだけは知ってます・・・・」
「たぶん、魔理沙さんが知って面白い話でもないですし」と、気が進まなそうなやる気のない態度だった。 しかし今は私がこいつに誠意を見せなければならない立場だ。
きっとこいつは出し惜しみしてるんだな、と私は思った。
「そういうなって! ちゃんと礼もするぜ?」
「礼ですか」
「えぇっと、そうだな。 この金なんかどうだ?」
私は巾着袋から一粒金を取り出した。 魔法の研究には欠かせない金属だが、なかなかどうして、普通の社会にも使える価値のある金属だ。
文は、「そこまでしてくれるなら」と私の質問にぽつぽつと答え始めた。
「大体は、魔理沙さんの調査と同じ内容ですよ」
「ほうほう」
私はその答えにかなり満足した。 つまりは、里で噂される風見幽香の悪党ぶりは事実と言うわけだ。
「謎の妖怪にやられた人の生き残りが、こぞってあの太陽の畑で消える。 それは確かです」
「幽香が引き込んでるのか?」
「大体の人はそういいますね」
だが、あの大妖怪に面と向かって文句を言ったり、喧嘩を売る奴はいない。だから事件も終わらないということだ。
他の妖怪退治も、太陽の畑に向かっては消えるらしい。 状況証拠はほとんどそろったと言っていい。 あとは現場を押さえて、奴を退治するしかないってわけだ。
「本気ですか?」
「何が?」
文は、大きな目をぱちくりとして、私をじろじろと見る。 なんだこいつは。
「前々から、あることなんですこんなことは」
「何?」
「風見幽香に、太陽の畑に向かって消える人々は、今に限った事じゃありません。 昔から定期的に居るんです。 なにも今に限って退治しようなんて・・・」
私は、やはりこいつも妖怪なんだなと思った。 結局妖怪にとって、人間てのはただの飯のタネに過ぎないんだ。
「やっぱり、お前も妖怪だな文」
「はい?」
「まぁいいさ、文にも写真くらいは収めてもらうぜ」
私は、文を連れて風見幽香の住まいに向かう。 退治した時に状況写真くらいはほしいからな。
それに、無辜の里の人間を殺して回る妖怪がいるなんて、とても許されるわけがない。 私だって、伊達や酔狂で魔法使いをしてるんだ。 いまその能力を使わないでいつ使うと言うのだろう?
生返事でしぶしぶついて回る文と一緒に、私は空へと飛びだした。
「いませんね」
「みたいだな」
少し日が傾いてきた頃に、太陽の畑についた。 いまではもう誰もやってこないさびしい場所だ。
「あの子以外は」
「・・・・・おう」
ひまわりの前に一人ぽつりと横たわっている子供がいる。 さすがにこのときは心臓が激しく鳴った。 あれは、子供だ。
「写真撮るのか?」
「いえ、やめましょう」
文がすぐにふいっとそっぽを向いて別の場所に歩き去る。 ぴくりともしない子供を務めて視界に入れないようにして、私は向日葵の根元を探るべく、腰を下ろした。
かばんに入った小さいスコップを握って、向日葵の根元をざくざくと掘り進める。
里のうわさが正しいならば、この根元には必ずあるはずなのだ。
がりっと、硬いものを削る音がした。
「・・・・・」
私は文を呼び出した。
文がやってくるまでに、小さな指輪と、首飾りも見つけた。
「あやや」
文が、とくに驚いた様子でもないのに、驚いたしぐさで言った。
「仲睦まじそうですね」
「・・・・・・」
そこにあったのは、窪んだ眼窩と、白い骨、土に帰らなかった髪の毛や服がそのまま残っていた。
「花の妖怪か」
服装から察するに、女。 小さい女の子と、大人の女性。 いつ埋められたのかはわからないが、相当昔だろう。
その二人は、身を寄せ合いながら静かに眠っていた。
* ****************
向日葵の花よ 幽華に咲き誇れ 中花
一面見渡す限りの草原がある。 空と地面の間には僅かな、山の起伏。
――なんてきれいなんだろう。
風が草を撫でて消えていく、その瞬間に囁く草の音がとても素敵だった。
まだ幼かった私は、宝物を独り占めした気分だった。
草原の片隅には、家がある。 小屋と言った方がいいのだろうか。ツタが屋根を覆った、幾分使われていない寂しげな小屋が私を見ていた。
私はすぐにここで暮らすことを思いついた。
まだ幼かった私は、一人でいる事に疑問を持たなかった。
寂しいな、と思った。 じっと瞼を閉じていると、草の声が聞こえる。
瞼を開けると、ツタに覆われていた家は、鮮やかな色の花に覆われていた。 ツタの一つ一つから花が開いている。
そうして何日か暮らしていると、不思議なお客さんがやってきた。
二人の女性だった。 一人は髪の毛に白が混じった背の高い女性。 もう一人小さくて、その大きな女性にくっついて俯いていた。
まだ幼かった私は、その二人が何者であるかなんて知らなかった。
その二人はただ草原に向かって並んで座っているだけで何もしようとしない。 私は不思議だなと思うだけで、その二人に何もしようとは思わなかった。
幾日か過ぎると、その二人は死んでいた。
まだ幼かった私は、死ぬということに何の頓着も持っていなかった。
二人の体を眺めながら、さてどうしようかと考えた。 直ぐに素晴らしい方法を思いついた。遠くを眺める二人の仲はとてもよさそうだった。 現に今も仲がよさそうに二人で眠っている。
だったらこのままにしてあげよう。 私は急いで小屋に戻ってスコップやらバケツやらを持って来る。 穴をあけてこの中に二人を入れるのだ。
まだ幼かった私は、墓を作ってあげるということがどういう事なのか知らなかった。
二人の体を地面に埋めてあげる。 少し盛り上がった地面を見てるとちょっと満足した。 ここにも私以外の住人が増えたのだろうか。
だが私はここで致命的な間違いに気が付いた。
もしかすると、二人を何処に埋めたのか分からなくなるんじゃないだろうか? 今から下手に石を乗っけたり、杭を突き刺すと二人の体を潰しかねない。
ちょっと考えると、私は素晴らしい解決策を思いついた。 花を植えればいいのだ。 二人の体を潰さない方法だ。
それに花は綺麗じゃないか。
私は急いで里に向かって走った。 花の種を買うためだ。
まだ幼かった私はどんな花が咲くのか知らなかった。
花の種は高かった。 思えば値段を吹っかけられたのだろうが、そんなことは私は知らない。 それを二人の上に載せて、じっと瞼を閉じる。
瞼を開くと、そこには二つの黄色の花が咲いていた。 まるで太陽の様に力強い花だ。 いつも太陽の方を向いている花だと言うから、私はピンときて買ったのだ。
きっと二人は、太陽を眺めつづけるのだろう。 二人で仲良く眠りながら。 眠りながら太陽を眺めつづけると言うのも変な話だけれども。
私にも、そんな人が誰かできるだろうか? ちょっとだけそんなことを思った。
幼い私には、トモダチなんて言葉知らなかった。
それから、また太陽が昇ったり下りたりした。 私は二人の世話をしながら暮らしていた。 そしたら大変なお客さんがやってきた。
朝起きると、二人の花がメチャメチャにされていた。 そこにいたのは、怖い顔をした男だったと思う。
そいつは、顔を皺くちゃにしながら大声を上げて掴みかかった。
私は人殺しなのだそうだ。とんだ早合点だ。
私は殴られて、転げまわった。
花の近くに二人の指輪とか、首飾りを目印に置いておいたのが不味かったのかもしれない。
私はただ、二人に仲良くしてもらいたかっただけなのに。
男の人は、刃物を抜いてやってきた。
気が付くと、その掴みかかってきた男はバラバラになって転がっていた。
生臭い匂いと、嗅いだこともないような鉄の匂い。 私は思わずゲェゲェと唸った。 喉の奥から気持ち悪さがこみあげてくる。
誰彼かまわず、傷つけたい気持ちでいっぱいだ。 ごろりと横たわる彼の目が私を恨めしそうに見ていた。
地面をめちゃくちゃに殴りつけると、拳から血が吹き出る。 痛いのを忘れるためにもっと打ちつけた。
暫くしてから、はっと我に返ると、辺りはひどく荒れていて、空気も張りつめているような気がする。 私もひどく憔悴している気がした。 気味が悪い。
早く、終わらせないとと思った。
すばやく小屋に逃げ帰って、スコップとバケツをつかむ。 血の匂いを我慢してなんとか男の人を埋め終えることが出来た。
ちょっと頭に来ていたけど、自分が男の人を死なせてしまったことを後悔していた。 綺麗な花を植えてあげれば、彼は許してくれるだろうか?
ちょっと考えてから、二人の女の子と同じ花を植えた。 もしかすると二人の夫とお父さんだったのかもしれない。 今になっても、彼らがどんな関係だったのかは分からない。
それから、また私は草原でのんびり暮らした。 たまに面白いものが落ちている場所にも行く。
そこにいくと、ヒトも落ちている。 大抵はイヌとかカラスに荒された後だ。
――こんな風に朽ちていくなんて
私は彼を拾い集めて、荷車に詰めて持って帰る。 地面に埋めて花を植えるためだ。
そんな風に、しばらく暮らしていると、少しずつ、草原の色が変わってきていた。 青く静かだった場所は太陽の花で鮮やかに賑やかになっていく。 誰一人として喋ったりはしないけれど、私は前の様に寂しいとは思わなかった。
そんな、朽ちた死体を集める、なんて私の作業を誰かが見ていたのだろう。 確かに、あまり褒められた行為でもないし、きっと見た人は気持ちが悪いと思うに違いない。
里に出かけた時に、ふと誰かが囁いたのだ。
――あぁ、人殺しの花の妖怪
その時は、ひどく落ち込んだけれど、誰かを責める事なんてできなかった。
里で出版される本、表紙には「幻想縁起」。 私の評価は「最悪」。
いつからこうなったのだろう? しばらく里に顔を出せないままみんなの世話をしていたと思う。
けど、私は思い直した。 これが一番良い事なんじゃないか?
この場所は、ヒトが暮らすためにはあまりに危険すぎる。
あの本が出版された後に、この場所に来る人間はほとんどいなくなったのだ。 この場所にやってくる人は、いつも死にたい人だ。 あの二人がそうだったのかもしれない。 けどそうなる前にこんなさびしい場所なんかじゃなくて、もっと行くべき場所があるはずだ。あんな風に悲しそうに死ぬことも無くなる。 私に殺されることもない。 わたしも、彼らがやってきたら、ひどいことをしてしまうだろう。 癇癪を起した私自信、こんな私が嫌いだった。 嫌いだから、もっと当り散らして、もっと自分が嫌いになる。 こんなことはやめにしたい。
私は彼らの世話をして静かに暮らす。これでいいじゃないか。
私は、彼らの評判の通りに振る舞うように心がけた。 私に名づけられたのは「風見幽香」 だれがそう呼び始めたのかは分からないけれど、そう名乗る。
それから、人間には冷たくて、いつもヒトを傷つける事ばかり考えている悪い奴。一人でいつも不敵に嗤っていて、何を考えているか分からないお高い女。
そんな風に振る舞い始めてから、やってくる人は本当にいなくなった。
だけど、たまに妖怪退治と名乗るひとが稀にやってくる。
大抵はひどくおどしてあげれば帰っていくけど、死ぬまで頑張る人もいる。 その人をまた埋めて、花を植えると、また噂が立ち始める。
――あの花の妖怪は、ヒトの死体を栄養に強くなるんだ、あぁ、おぞましい
私は本当に自分が悪い妖怪で、本当に好きで人を殺している気味の悪い妖怪なんじゃないかと思い始めた。
そう考えるしかなかった。
気が付くと、一面の草原は、一面の向日葵に変わっていた。
――なんてきれいなんだろう。
最近近所に住み始めた、道具屋のお兄さんにたまに会いに行く。 気性荒く振る舞うことに私も慣れ始めた。
けど、その道具屋のお兄さんは、そんなことはどうでもいいらしく、考えるのも億劫な様子で、淡々と仕事を請け負ってくれる。
先日、日傘の修理を頼んだ。 それを受け取る日だったのでおめかしして店に入ると、黒い帽子を被った女の子がいた。
私にちょっかいを掛けてくる数少ない女の子だ。
けど、そんな彼女の様子もなんだかオカシイ。
私はすぐに気が付いた。
――あぁ、またか
里で向けられる、私への奇異の視線。 この女の子にも向けられる日がいつか来ると思っていた。 私は無言で店の主人が日傘を持ってきてくれることだけ願った。
もうたくさんだ。
彼らのような、変わった人々のことは嫌いじゃない。 けど、こういうほどよい関係というのは何故か長続きもしない。 たまの遊びに付き合ってもらうこともあったが、こういう目を向けられてしまえばそれまでだ。
日傘の出来が、あんまりにもあんまりな出来だったので、うんときつく睨みつけてから私は家を出た。店のお兄さんは、かなりがっかりした様子で肩を落としている。その仕草にクスリと笑えるが、あれを受け取ったら、女の子として守っていた最後の防御壁が崩れ去るんじゃないかと思った。
家に帰ると、お客さんがいた。
初めてのお客さんを思い出す。 小さな女の子が向日葵の前でじっと座っている。
ひやりと心臓が冷える様な感覚。
私は、自分に言い聞かせた。 私は恐ろしい妖怪、風見幽香、ヒトを食い殺す花の妖怪。 不敵に嗤いながら女の子を家に引っ張って、うんと脅してやった。
ぶるぶると震える女の子に、ちょっとほっとする。
人間のことはよくわからないけど、こんな場所に来る前に行くべき場所があるはず。
だけど、私の行いはどうやら徒労に終わった。
明日も、またその次も、女の子は同じ場所に座っていた。 何度か話しかけて、同じように脅すのだけど、女の子はニコニコしながら座っているだけ。 もう意味が分からない。
この場所にいると死んでしまうのに。
また、あの日の様に小さい体を地面に埋めるのだろうか? あの日のと同じように、私はこの女の子の縁者に恨まれたり、誰かに殴られて、酷く傷つくのだろうか?
前の住まいでは、自分を含めて、あまりにロクデナシばかりで、どいつもこいつも自分以外のことは考えてなくて、非難や後悔なんて感情とは無縁だった。 ひょっとすると、私はちょっとだけあの脆い、不思議な関わり合いに興味が有ったのだと思う。 けど、私が輪に入ろうとすると、手を握った相手は壊れるし、奇異の目でみられるしで、気持ちの良いことは多くもない。 だからつかず離れずのこの距離がちょうどいいと思っていたのかもしれない。
それでも問題はいつでも起こる。 今がそうだ。
私は、何故人間が私の花畑にやってくるか、調べようと思った。 まさか花の蜜に人間が誘われるわけでもないだろうし。
里に出かけて、尋ねて歩く。 どの話もヘンテコな話ばかり。 中には「あの花畑には人を惑わす妖気がある」とかいうのもあった。 私はそんな不気味な花を育てた覚えはない。
ただ、今回に限った原因ならわかった。 どうやら、ヒトを襲う強い妖怪が居るらしいのだ。 それに襲われた生き残りが私の花畑に向かっては消えるらしい。
相変わらずなんで私の花畑にやってくるのかはさっぱりわからないが、とにかくその人喰い妖怪を殺さない限り、私の畑にかけられた怖い噂話は消えないみたいだ。
その妖怪を殺せば、あの女の子も自分の家に帰るだろう。 私はその旨を女の子に伝えるために家に帰った。
その女の子は、相変わらず花畑の前にじっと座っていた。 いつもと違うところは、その体が倒れていることだった。
女の子の顔は青ざめていて、ハエが近くで何匹か飛んでいる。 体もなんだか、硬くて女の子の体とは思えない。
私は、また家に帰って、スコップとバケツを取ってきた。 それから女の子のために穴を掘って、女の子を埋めた。
それから向日葵の花を載せて、瞼を閉じる。 瞼を開くと、小さいながらも力強い蕾が伸びている。
これから、彼女は永遠に太陽を眺めて眠るのだろう。 眠りながら太陽を眺めると言うのも変だけど。
明日から、その妖怪を探しに行こう、少し盛り上がった土を眺めて考えた。
「見つけたぜ」
背後から女の子の声がする。
後ろを振り返ると、黒い帽子を被った女の子と、紅い六角帽子を頭に乗せた女の子がこっちを見ていた。
「噂は本当だったんだな」
あぁ、そういうことか。
私はもう、言い訳を考えるのも億劫だった。 幽かに拳が震えるが、それはあの子にはどんなふうに映っただろう?
「おい、文」
「はぁ、なんでしょう?」
「何でしょう? じゃねぇよ。 写真はとらないのか?」
「はぁ」
天狗の記者はなんとなな、あいまいな生返事を返して、カメラをいじっている。 どうやら、写真を撮る気はないらしい。
私は思い切って話すことにした。
「どうしたのよ? 貴女の大好きなスクープじゃないの」
「はぁ、スクープですか」
天狗の記者は、ぼけっとした表情で、あの子の花を見た。
「キレイだとは思いますけど、面白い記事になりそうにないので」
別に、いいです。 とぼそぼそと話してからカメラをまたいじり始めた。 どういう風の吹き回しだろう?
「まぁいいや、おい幽香さんよ」
「なにかしら?」
「こちとら、伊達や酔狂で魔法使いしてるわけじゃねぇ。 里の無辜の女の子を殺す妖怪、そいつを目の前にして何もしないわけにはいかないからな」
「ふぅん」
そうか、やっぱり。
「里でどんな話を聞いてきたのかは知らないけど、私はただこの子が無縁仏になるのが可哀そうだからお墓を作っただけよ」
「へぇ、そうかい」
黒い帽子の女の子は、鋭い気配を漂わせて言った。
「悪いが、向日葵の畑をちょいと調べさせてもらったぜ、良くそんなことが言えるな。 どの向日葵も人の骨が埋まってやがる」
「そう」
私が里に出かけている間に、花を荒したのか? ふと、頭に血が上る。 その様子を機敏に嗅ぎ取ったのか、目の前の二人の顔も引きつったものになった。
なるほど、今度はこの女の子を殺さないとだめなんだろうか? この女の子にまたひどく傷つけられないと駄目なんだろうか?
「魔理沙さん、今日はこのくらいで帰りませんか?」
「聞けば、その女の子の縁者もつい最近妖怪に襲われて身寄りがなかったとさ。 向日葵の肥料には人の体がそんなにいいのか?」
「何が言いたいの?」
「どうもこうもねぇ! ちょっとは知った仲だと思ってたが、お前を退治してやる!」
気迫を吐いて、黒い帽子を被った女の子は、魔女らしく箒に飛び乗って舞い上がった。
何故だろう? 私はただ、良かれと思ってしているだけなのに、どうしてこうも嫌われるのだろう? 人間や、社会と相性が悪いのだろうか?
それとも、私が自覚していないだけで、私は本当に悪い奴なのだろうか?
「幻想郷最強の妖怪なんて自惚れてるみたいだが、この魔理沙さまがお前を退治してやる!」
「あら、私は自分が最強だなんて自惚れてないけど、少なくとも、人間の女よりは強いわよ? かなりね」
「うわっ!」
天狗の記者が、あわてて飛び去るのが合図になった。
魔法使いが、魔砲を構える。 このままではあの火砲が後ろの女の子やみんなに直撃するだろう。 私も上空に飛びあがった。
どかんと空を震わせる衝撃と一緒に、砲弾が飛んでくる。私はそれを腕で、ばちんと弾き飛ばした。
「ちっ」
女の子の悔しそうな真摯な舌打ちが聞こえる。本気の攻撃だったのかもしれない。
私はやっぱり人間とは違うと思った。 あんな凄そうな魔法も、私の拳は壊れない。 たぶん、いくらあの女の子が頑張っても私はあの子を撫でるだけでばらばらにできるのだろう。
「まだまだ!」
「死なない間に帰ったらどう?」
「うるせぇ!」
幻想郷では相当早い部類になるのだろう、彼女の箒の突進も、まったく脅威に感じない。 魔法使いもそれが分かってるのになんで引いてくれないんだろう?
私は、すっと手を魔法使いの頭に伸ばした。 この手を引けば、色々な事に決着がつく。 頭に指を立てて、力をちょっと込めるだけだ。
たったそれだけのことに、ずいぶんと心の準備がいる。 もしかしたら、私は彼女が会心の動きでそれを避けてくれるのを期待していたのかもしれない。
だけど、彼女は私の腕の動きに全然目の焦点が合ってない。 どうして?
「魔理沙さん!」
天狗の記者が私と帽子の女の子の間に割って入った。 距離がぐんと離れる。 もう随分と帽子の女の子が離れてから私は指に力を入れた。 がちんと指と指との間で音がする。
「あら、すばしっこいわね」
「よくそんなこと言えますね?」
「そのまま抱えてどこか行きなさいな、今日は気分じゃないの。 見逃してあげてもいいわよ」
「おい、射命丸! 離せ!」
私の想いとは裏腹に、天狗の記者はあっさりと帽子の女の子を解放してしまった。 もう、たくさんだ。
「ムカつくぜ、やっぱり、調子に乗りやがって。 強かったら何をしてもいいのかよ!?」
「さぁ? 幻想郷はそういう風にできてるんじゃないの?」
別に妖怪と人間の関係を指してそう言ったわけじゃないけど、彼女はそういう風に捉えたのだろう。 もう終わりにしよう。
「こんなモン!」
すごく怒った顔で、私を睨みつける。 小さくて柔らかそうな拳には例の店のお兄さんが作った魔法を握りしめていた。
「こんな気味の悪い花なんて、吹っ飛ばしてやる!」
「あっ」
女の子は、彼等に向かって虹色の火砲を打ち込んだ。 いま日傘はないから、あんな大きな魔法を受け止めることは出来ない。 それに、あまりに大きくて腕では弾き返そうにない。
花の下に埋まってる、彼等はどうなるんだろう?
私は、虹色の光の中に飛び込んだ。
* *********************************
「な、なんだよ?」
幽香は凄まじい火砲を食らい、花畑のなかにぶっ倒れている。 いまなら、楽に決着がつくだろう。
あの風見幽香の悪名に終わりが打てるのだ。
しかし、魔理沙はこの風見幽香の奇行が理解できなくて、震えた声でつぶやくだけで何もできないでいた。
「なんのつもりだ?」
「そんなにその花が大事か?」
風見幽香は黙ったままでいるが、気を失ったというわけではなく、半目を開いて魔理沙のほうを見ている。
「なんだよ、その眼」
そろそろ、夕暮れ、魔理沙の小さな影が背丈よりも長くなる頃だ。 どのくらい魔理沙はそうしていただろうか。 幽香は無感動な顔で、じっと魔理沙を見ているだけだった。
「貴女の勝ちよ」
ふと、幽香がそんなことを言った。
「ほら、すること済ませなさいよ」
「うっせぇ、とっとと立てよ」
幽香は黙って大の字のままで横たわっている。 もうしゃべる気はないらしい。
「いみわかんねぇ・・・」
何故、幽香はわが身が危険にさらされるのを承知で、魔砲の目の前に飛び出したのだろう? それに、なんで立ち上がって攻撃してこないのだろう? 何もかもが不思議だった。
「私を退治するんでしょ?」
何故、自分の死を願うようなことをいうのだろうか?
「いいから立てよ」
「・・・・・」
もしかすると、自分は、何かこの噂話の審議を根本から勘違いしてるのではないだろうか? そんな疑問が魔理沙の脳裏に浮かんだ。
もしかすると、悪者は実は私のほうで、この目の前の大きな背中の女はちっとも悪くなくて、無実の罪を着せられたんじゃないだろうか?
そう思った。
「気合いがないなら、最初からこんなマネするんじゃないわよ、クソガキ」
ようやく、幽香は苦い顔をして毒を吐く。
片膝をついて、ふらふらと立ち上がって、魔理沙や文に見向きもしないで彼女の住まいに向かう。
「・・・・・」
魔理沙は、今までの気焔もどこかに飛んでしまっていった。 胸の悪い後悔や、罪悪感が広がる。 なんだろうか、この気持ちは? 確かに自分は悪い妖怪を退治しにやってきただけなんだ。 人の敵をやっつけにきたつもりだった。
――まるで、悪者は私みたい
幽香のふらつく足元に目をやると、右の足首から先が無かった。
「あ」
「魔理沙さん」
なにか言葉をかけようとしたが、とても言葉にできなかった。
文が、ちょっと優しげに声をかけてくれるのに心を救われた気がする。
「写真とります?」
「・・・・・」
文の言葉を無視して、魔理沙は箒にまたがった。
この胸糞悪い罪悪感をなんとかするには、あの兄貴分に相談するしかないと思った。
なんで今の今まで彼に相談するというアイディアがなかったのだろう?
今さっき起こった出来事を彼に相談したら、怒られるだろうか? きっと怒られて拳骨をもらうだろう。
魔理沙はそう思って、箒を精一杯飛ばして古道具屋に急いだ。
黄金色の花畑が、魔理沙の後ろで寂しそうに夕暮れ色に染まっていた。
しかもなんか無性に性格が荒いような気が。
あとやっぱり幽香は純情で優しいですね。
ただ「魔法使いしてるわけじゃねぇ」の「じゃねえ」の部分は「じゃない」が適切じゃあないかと思います。
語気を強めているのだとしたら、!を付けたほうがよろしいかと思います。
あと今さらですが、花映塚は存在しません。
細かいことばっかり言ってすみません。
ですが続編は期待していますし、応援してもいます。
次回作、待ってます。
花映塚は幻想郷の地理として指摘しております。原作としてではありません。
花が咲き乱れる場所という意味で、名付けたのなら納得します。
あと、伯狼天狗の伯は白です。
再コメ、失礼しました。
なるほど、求聞史記で確認して、太陽の畑があるはずなのに?と混乱しておりました。 そういう場所はあるということですね。 誤字の指摘ありがとうございました。
>8さん
ほんとに魔理沙には損な役回りをさせます。 後編ではちゃんと見せ所を用意してあるので
ご期待ください!