51
「あ、見て見て妖夢、流れ星」
「はいはい、見ましたよ」
「あーあ、願い事するの忘れちゃった」
「……幽々子様、そんなものは私が叶えて差し上げます」
「あら、えへへへ、ありがとね妖夢」
「というやり取りを藍様と紫様がしていたそうです」
「余計な事言わなきゃ完璧だったのに……」
◆
52
「藍様藍様! このケーブルなんて言うか知ってますか?」
「カテゴリー5eだろ?」
「!?」
「じゃ、じゃあこのコネクタなんて言うか知ってますか?」
「RJ-45だろ?」
「!?」
◆
53
よい子の童話。
『青ずきん』
昔々あるところに、青ずきんと言う仏教徒がおりました。
青ずきんは飲む打つ買うと三拍子そろった大層な破戒僧で、いつも寺のクルーを困らせていました。
当の本人はそれを指摘されると、『買い』はしないわよ、と見苦しい言い訳をするばかりなのですが、正直他のクルーも似たり寄ったりです。
ある日、寺の住職が青ずきんを呼び出してこう言いました。
「雲居、ちょっとお使いをお願いします」
「うげ、めんどくせ」
「マミゾウさんが無断で寺を脱退して逃亡したと情報がありました、連れ戻してきてください、生死は問いません」
「……ういっす」
「麻酔銃です、使い方はわかりますね」
「弾は何すか?」
「エトルフィン入りの大型獣用です、誤射した時は諦めてください」
「あ、拮抗剤持ってますんで大丈夫です」
長物のライフルを手にしながら物騒な会話をするヤクザどもでしたが、当人たちは至って真剣です。
そして話を終え、青ずきんは新調したばかりの法衣に着替えると、ナイフ、ランプ、ライフル、そして僅かばかりの路銀をカバンへ詰め込んで寺を後にすることにしました。
「情報によるとマミゾウさんは現在魔法の森に潜伏しているそうです」
「あー、あそこっすか」
「いいですか、寄り道をしてはいけませんよ、それから森には怖いオオカミを捕食するレベルの怪物がうようよいるので気を付けてください」
「マミゾウさん大丈夫っすかね」
「情報自体がデマの可能性も否定しきれません、続行不可能と判断したら迷わず帰還なさい」
「了解でっす」
下手くそな敬礼をする青ずきんは、明らかに森の危険性を理解していません。
どう見ても軽く考え過ぎなのですが、住職はさして気にした様子もありませんでした。
初めからそこまでの期待はしていなかったからです。
「いいですか雲居、森に入ってから進行方向に『左、左、まっすぐ、右』と進むと宝物がありますが、寄り道をしてはいけませんよ」
「押すなよ! 絶対押すなよ!!」
「……そういう訳ですので」
「はーい、いってきまーす」
青ずきんは元気な返事をすると、死地に赴く兵士の如き確かな足取りで魔法の森へと歩き出します。
しかし青ずきんは気付きませんでした。
青ずきんが去った後、住職が1人でほくそ笑んでいたことに。
「……さて、厄介者も追い出したことですし、焼肉でも食べ行こっかな♪」
何のことはありません。
クルー全員破戒僧だっただけの話です。
To Be Continued.
◆
54
「おい物部」
「なんだ蘇我」
「お前太子のあんな顔見たことあるか?」
「あるわけなかろう、まるで大福の如くとろけておる」
「……幸せそうだよな」
「諦めよ、我らにあんな顔はさせられん」
「……」
「パパ! 見て見て、新しい希望の面見つけてきたの! もう前のは要らないもん!」
「おー、こころはいい子でちゅねー、パパ感激でちゅ」
「もう、子ども扱いしないでよ! 私もう大人なんだからね!」
「ぐふふふ、そうでちゅねー、大人でちたねー」
「むー、そんなこと言うパパ嫌い!」
「え? あ、ま、待ってこころちゃん行かないでー!」
「……幸せそうだな」
「……うむ」
◆
55
よい子の童話。
『青ずきん』
魔法の森に入ってすぐのこと、青ずきんは広めの道にぶち当たりました。
舗装こそされていませんが、明らかに人の手の入った道です。
「あれ? こんな道あったかな」
青ずきんの記憶では、魔法の森に獣道以上の道は無かったはずです。
「ま、いっか」
しかし青ずきんは気にすることなく歩を進めました。
青ずきんには本能的に思考することを嫌う習性があった為、いともたやすく考えることを放棄します。
都合のいいファンタジーこそが、青ずきんの信じる現実だったのです。
道沿いにしばらく進むと、分かれ道が見えてきました。
青ずきんは迷うことなく左に曲がります。
さらに進むと、またも分かれ道が見えてきました。
青ずきんは迷うことなく左に曲がります。
もっと進むと、またも分かれ道が見えてきました。
青ずきんは迷うことなく直進しました。
この時点で明らかにUターンしていますが、青ずきんにはそれを疑問に思う程の思考能力がありません。
親が見たら泣くでしょう。
その後、またも分かれ道を発見した青ずきんは、迷うことなく進行方向に対して右に曲がります。
さらに少し進むと、そこには仮面を被った数名の妖怪達がいかがわしげな物品を並べながらニタニタと嗤い合っている姿がありました。
「……?」
青ずきんは不思議に思いながらも彼らに近寄り、何をしているのかと尋ねました。
あまりにも迂闊です。
「やあ盟友、あんたもこういうのが好きなのかい?」
「こういうのって、どういうの?」
「文字は読めるね?」
「……う、うん」
その言葉と共に、妙な仮面をかぶった河童が1冊の本を青ずきんに手渡しました。
それは本と言うより冊子に近く、とにかくやたらと薄いです。
「……うほっ!?」
青ずきんは驚愕しました。
そこに描かれていたのは、青ずきんが大好きな海賊の漫画の主人公たちだったのです。
海の男である彼らが、偉大なる航路の航海中にどのような形で若きパトスを処理するのかを赤裸々に綴ったそれらの文献は、青ずきんにとって見たことのない未知の領域でした。
しかし、青ずきんは疑問に思いました。
この漫画、出てくるキャラクターは紛れもなく悪魔の実の能力者たちなのですが、絵柄がどう見ても偉大なる漫画家Mr.オダの物ではないのです。
強いて言うなら、月に代わってお仕置きする美少女戦士の漫画の初期の絵柄に似ていると青ずきんは思いました。
「こ、この本って、まさか」
「……私が描いたのさ、こっちもどうだい?」
「うっほ、うほほほ!」
続けて見せてもらった本には、寺の住職が絶賛していた忍者の漫画の主人公たちが描かれていました。
彼らが住む隠れ里の路地裏で、夜な夜などのような行為が行われているのか、主人公の余りあるチャクラをいかにして体外に排出するのか、そして多重影分身の有効な使用方法はなにか、などが事細かく記載されています。
なぜ男キャラしか登場しないのか。
そんなことは青ずきんにとってどうでもいい事でした。
それどころか望ましい事でした。
「こ、こんな文化があったとは」
「……盟友、気に入ったんなら1冊買ってってくれないかい?」
「え? これ売り物だったの?」
「ちょっとくらい読んだっていいさ、買ってくれたら次の執筆もまた頑張れるってもんよ」
「……うーん、買いたいのは山々なんだけど、ちょっと高くない?」
「しょうがないんだよ、山の印刷所に無理言って少数ロットで刷ってもらってるんだから」
「うーん」
「今ならこっちのテニス漫画の奴も付けるよ、いや、テニヌか」
「……も、もう1声っ」
「えー?」
青ずきんは少しでも多くの譲歩を引き出そうと散々迷うフリをしましたが、河童も然るもの、それ以上の上乗せはしてきません。
仕方がないので、青ずきんはその条件で本を買いました。
108種類の波動球がどのような形で放出され、またどのような場所に注ぎ込まれるのかが気になって仕方が無かったからです。
わかりきった事ですが、青ずきんに自らの欲望に打ち勝つという選択肢は最初からありませんでした。
ページ数の割にやたら高額だったその本を大切にしまうと、青ずきんは河童や他の妖怪達に別れを告げます。
「またね、盟友」
「ええ、また、盟友」
謎の妖怪達に手を振って別れを告げ、青ずきんはまた歩き出しました。
To Be Continued.
◆
56
「……よっし、でーきた」
私は基盤からハンダゴテを遠ざけ、コテ台に戻した。
サビ避けとしてコテ先に少量のハンダを塗付し、電源も切る。
そして今しがた完成した芸術品を眺め、様々な角度から気の済むまで見つめた。
素晴らしい、まさにパーフェクト。
至福の瞬間。
完成品を前に、それを眺めながら飲むコーヒー。
うーん、最高だね。
「にとりやっほー、遊びに来たよ」
そんな休日、私の自宅兼作業場に訪れる者がいた。
約束の時間にはちょっと早かったけど、まあいっか。
「およ、これはこれは八雲様、LANケーブルネタはどうだった? ウケた?」
「んーん、向こうの方が1枚上手だった」
「それは残念、コップはあっち」
「安い豆は口に合わないんでね」
「ひゅー、かーっこいー」
おませな猫ちゃんは肩をすくめると、私の肩にあごを乗せて作業台を覗き込んでくる。
「なに作って……なにこれすげぇ!!」
「ひゅいっ」
耳元で大きい声を出さないでよ。
鼓膜が破れるかと思ったじゃないか。
「え? え? うっそ、これはんだ付け?」
「うん、『自由の女神』」
「はんだ付けってあんまりやった事ないけど、3次元に盛れるものなんだね」
「他にもあるよー、ほらこれ石仮面ならぬハンダ仮面、こっちは初音さん、そんでもって1/50スケール神奈子様」
「粘土でやりなよ」
「え? 粘土ってハンダで加工できるの?」
「……いや、もういいよ」
◆
57
「お姉ちゃん助けて」
「あら、どうしたのこいし、眠れないの?」
「うん、眠れないの」
「そう、子守唄を歌ってあげるわ」
「うん」
ねんねんころりよー。
おこーろーりーよー。
「……ダメだよお姉ちゃん、全然眠れないよ」
「うーんどうしましょう、そうだ、あったかいミルクを淹れてあげるわね」
「さっき飲んだよ、でも眠れないの」
「そう、なら眠くなるまでお姉ちゃんと……」
「眠れないの」
「そうね、じゃあ」
「眠れないの」
「……こいし?」
「眠れないの! 眠れないの! 目が閉じられないの!!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい」
「見えるの! みんなの心が見えるの! 楽しいの! 嬉しいの! 心の中に希望があるの! 目が閉じられないの! こんなの要らない! 助けてお姉ちゃん!!」
◆
58
わちきは思うのだ。
最高の食事とは最高の素材と最高の調理があって初めて成り立つものなのだと。
転じて、最高の驚愕とは鋼の心を持つ人が寿命が縮むほど驚くこと。
今日のターゲットは花の妖怪、風見幽香。
最強にして最恐の野良妖怪と称されるあの妖怪なら、きっとわちきの腹を永遠に満たすほどの驚愕を御馳走してくれることだろう。
「これ、失敗したら死ぬかな」
死と隣り合わせ。
その感覚がわちきを興奮させた。
本作戦に複雑な仕掛けは存在しない。
飛び出して大声で叫ぶ、これだけだ。
山と積み上げてきた失敗達が教えてくれた教訓。
変にギミック仕掛けても不発に終わるだけ。
風見幽香の留守を狙い、太陽の畑にある家に侵入し、ターゲットの帰宅を待つ。
どちらかというと問題は脅かした後に無事逃げ帰ること。
食事の瞬間はどうしても無防備になるし、コンマ数秒動きが止まる。
その時間に立ち直られたら終わりだ。
「ククククク」
ヒリヒリするような緊張感の元、わちきはその時を待った。
待って待って待って……、日が暮れるまで待ち続けて、やっと風見幽香が帰ってきた。
さあ、おかえりと言ってやろう。
「じゃあ、メディスンも紅茶でいい?」
「うんっ、ミルクたっぷりでね!」
「はいはい」
近い。
もう声が聞こえる距離。
どうやら1人ではないらしい。
でもそんなの関係ねぇ。
「あ、鍵どこだっけ」
「出る時ポッケに入れてたよ?」
「あ、ほんとだ、すごいわメディスン」
「んふふー」
微笑ましい会話が聞こえてきてから、さらに数秒の後。
ガチャリ、と音を立ててドアが開いた。
さあ、ほのぼのした日常パートは終わりだ。
いざ尋常に、勝負っ!
「おっどろけぇ―――っ!!!」
風見幽香の真正面に飛び出し、その顔面の間近であらん限りの大声を張り上げた。
「……っ」
ターゲットが怯んだことを確認し、大きく口を開ける。
さあ、いっただっきまーす。
瞬間、脳を揺さぶる至高の味が舌の上に転がり込む。
膨大な量だ、1口では飲み切れないほどの。
ものすごく驚いてくれたらしい。
食い放題だ!!
「……うん?」
しかし、なんだこれ。
多いんだけど、薄い。
非常に薄い。
水でも飲んでいるかのようだ。
「あー! 泥棒だー!!」
「し、しまった!」
飲み切れないほどのばく大な驚愕と、ありえないほどに薄い味に困惑し、逃走するのを忘れていた。
早く逃げないと肥料にされる。
大急ぎで出口を突破しようとして、床に大きく踏み込む。
しかし踏み込んだ瞬間、わちきの前にドサッ、と音を立てて風見幽香が倒れてきた。
「……?」
「……?」
わちきともう1人とが、揃って動きを止める。
風見幽香が。
最強にして最恐の野良妖怪が。
「きゅう」
泡を吹いて気絶していた。
「お、驚きすぎぃ―――!?」
「幽香ー!!」
聞いたことがあった、風見幽香のように長生きした妖怪は強い、そしてあまり戦わない。
その意味を今日知った。
逆だ。
逆なんだ。
長生きしてるから強いんじゃない。
強くて臆病だからこそ、長生きできたんだ。
少なくてもこの風見幽香はそうなんだ。
「幽香っ、幽香ぁー!! 死んじゃだめー!!」
「……」
だからってノミの心臓にもほどがある。
こんな繊細な奴だったのか。
その後、風見幽香が起きるまでの間、つきっきりで看病する羽目になった事は言うまでもない。
◆
59
よい子の童話。
『青ずきん』
ホクホク顔で森を行く青ずきん。
早く帰ってカバンの中の本が読みたくて仕方がありません。
そんな青ずきんでしたが、当初の目的を忘れたりはしませんでした。
脱走兵を連れ戻すべく、魔法の森の奥深くにまで進んで行きます。
そのまましばらく歩いて行くと、青ずきんの前に小さな人影が近付いてきました。
それは森に住む悪い魔女でした。
人形遣いの方ではありません、白黒の方です。
危うく正面から出くわすところでしたが、青ずきんはその優れた動物的本能から悪い魔女の持つ潜在的な戦闘能力を見抜き、とっさに茂みに隠れました。
青ずきんは大型動物捕獲用のライフルを手にしてはいましたが、彼我の実力差がこんなもので埋められる規模ではない事も一目見て理解しました。
「わーりばしーもー、割り放題ー」
「……」
青ずきんは茂みの中でじっと息を殺し、悪い魔女が通り過ぎるのを待ちます。
幸いにして悪い魔女が青ずきんに気付くことは無く、無事にやり過ごす事が出来ました。
「……」
念のため青ずきんはその場にさらに1時間ほど潜み続け、匍匐前進で茂みの中を300メートルほど進んでからやっと道の方に姿を現しました。
新調したばかりの法衣は泥だらけになってしまいましたが、命には代えられません。
悪い魔女をやり過ごした青ずきんは、さらに森の奥へと入って行きます。
住職から託された指令を全うするその日まで、青ずきんが歩みを止める事はありません。
その先に待ち受ける数々の試練、困難、そしてラブロマンス。
笑いあり涙ありの絵物語にして壮大な茶番。
それでも青ずきんは負けません。
自分の帰りを待つ、仲間たちのために。
「私たちの冒険はこれからだ!」
頑張れ青ずきん。
寺の命運は君の手にかかっている。
民明書房刊『青ずきん』より 作・絵:封獣ぬえ
◆
60
「打ち切り喰らった」
「そうかえ」
了
「あ、見て見て妖夢、流れ星」
「はいはい、見ましたよ」
「あーあ、願い事するの忘れちゃった」
「……幽々子様、そんなものは私が叶えて差し上げます」
「あら、えへへへ、ありがとね妖夢」
「というやり取りを藍様と紫様がしていたそうです」
「余計な事言わなきゃ完璧だったのに……」
◆
52
「藍様藍様! このケーブルなんて言うか知ってますか?」
「カテゴリー5eだろ?」
「!?」
「じゃ、じゃあこのコネクタなんて言うか知ってますか?」
「RJ-45だろ?」
「!?」
◆
53
よい子の童話。
『青ずきん』
昔々あるところに、青ずきんと言う仏教徒がおりました。
青ずきんは飲む打つ買うと三拍子そろった大層な破戒僧で、いつも寺のクルーを困らせていました。
当の本人はそれを指摘されると、『買い』はしないわよ、と見苦しい言い訳をするばかりなのですが、正直他のクルーも似たり寄ったりです。
ある日、寺の住職が青ずきんを呼び出してこう言いました。
「雲居、ちょっとお使いをお願いします」
「うげ、めんどくせ」
「マミゾウさんが無断で寺を脱退して逃亡したと情報がありました、連れ戻してきてください、生死は問いません」
「……ういっす」
「麻酔銃です、使い方はわかりますね」
「弾は何すか?」
「エトルフィン入りの大型獣用です、誤射した時は諦めてください」
「あ、拮抗剤持ってますんで大丈夫です」
長物のライフルを手にしながら物騒な会話をするヤクザどもでしたが、当人たちは至って真剣です。
そして話を終え、青ずきんは新調したばかりの法衣に着替えると、ナイフ、ランプ、ライフル、そして僅かばかりの路銀をカバンへ詰め込んで寺を後にすることにしました。
「情報によるとマミゾウさんは現在魔法の森に潜伏しているそうです」
「あー、あそこっすか」
「いいですか、寄り道をしてはいけませんよ、それから森には怖いオオカミを捕食するレベルの怪物がうようよいるので気を付けてください」
「マミゾウさん大丈夫っすかね」
「情報自体がデマの可能性も否定しきれません、続行不可能と判断したら迷わず帰還なさい」
「了解でっす」
下手くそな敬礼をする青ずきんは、明らかに森の危険性を理解していません。
どう見ても軽く考え過ぎなのですが、住職はさして気にした様子もありませんでした。
初めからそこまでの期待はしていなかったからです。
「いいですか雲居、森に入ってから進行方向に『左、左、まっすぐ、右』と進むと宝物がありますが、寄り道をしてはいけませんよ」
「押すなよ! 絶対押すなよ!!」
「……そういう訳ですので」
「はーい、いってきまーす」
青ずきんは元気な返事をすると、死地に赴く兵士の如き確かな足取りで魔法の森へと歩き出します。
しかし青ずきんは気付きませんでした。
青ずきんが去った後、住職が1人でほくそ笑んでいたことに。
「……さて、厄介者も追い出したことですし、焼肉でも食べ行こっかな♪」
何のことはありません。
クルー全員破戒僧だっただけの話です。
To Be Continued.
◆
54
「おい物部」
「なんだ蘇我」
「お前太子のあんな顔見たことあるか?」
「あるわけなかろう、まるで大福の如くとろけておる」
「……幸せそうだよな」
「諦めよ、我らにあんな顔はさせられん」
「……」
「パパ! 見て見て、新しい希望の面見つけてきたの! もう前のは要らないもん!」
「おー、こころはいい子でちゅねー、パパ感激でちゅ」
「もう、子ども扱いしないでよ! 私もう大人なんだからね!」
「ぐふふふ、そうでちゅねー、大人でちたねー」
「むー、そんなこと言うパパ嫌い!」
「え? あ、ま、待ってこころちゃん行かないでー!」
「……幸せそうだな」
「……うむ」
◆
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よい子の童話。
『青ずきん』
魔法の森に入ってすぐのこと、青ずきんは広めの道にぶち当たりました。
舗装こそされていませんが、明らかに人の手の入った道です。
「あれ? こんな道あったかな」
青ずきんの記憶では、魔法の森に獣道以上の道は無かったはずです。
「ま、いっか」
しかし青ずきんは気にすることなく歩を進めました。
青ずきんには本能的に思考することを嫌う習性があった為、いともたやすく考えることを放棄します。
都合のいいファンタジーこそが、青ずきんの信じる現実だったのです。
道沿いにしばらく進むと、分かれ道が見えてきました。
青ずきんは迷うことなく左に曲がります。
さらに進むと、またも分かれ道が見えてきました。
青ずきんは迷うことなく左に曲がります。
もっと進むと、またも分かれ道が見えてきました。
青ずきんは迷うことなく直進しました。
この時点で明らかにUターンしていますが、青ずきんにはそれを疑問に思う程の思考能力がありません。
親が見たら泣くでしょう。
その後、またも分かれ道を発見した青ずきんは、迷うことなく進行方向に対して右に曲がります。
さらに少し進むと、そこには仮面を被った数名の妖怪達がいかがわしげな物品を並べながらニタニタと嗤い合っている姿がありました。
「……?」
青ずきんは不思議に思いながらも彼らに近寄り、何をしているのかと尋ねました。
あまりにも迂闊です。
「やあ盟友、あんたもこういうのが好きなのかい?」
「こういうのって、どういうの?」
「文字は読めるね?」
「……う、うん」
その言葉と共に、妙な仮面をかぶった河童が1冊の本を青ずきんに手渡しました。
それは本と言うより冊子に近く、とにかくやたらと薄いです。
「……うほっ!?」
青ずきんは驚愕しました。
そこに描かれていたのは、青ずきんが大好きな海賊の漫画の主人公たちだったのです。
海の男である彼らが、偉大なる航路の航海中にどのような形で若きパトスを処理するのかを赤裸々に綴ったそれらの文献は、青ずきんにとって見たことのない未知の領域でした。
しかし、青ずきんは疑問に思いました。
この漫画、出てくるキャラクターは紛れもなく悪魔の実の能力者たちなのですが、絵柄がどう見ても偉大なる漫画家Mr.オダの物ではないのです。
強いて言うなら、月に代わってお仕置きする美少女戦士の漫画の初期の絵柄に似ていると青ずきんは思いました。
「こ、この本って、まさか」
「……私が描いたのさ、こっちもどうだい?」
「うっほ、うほほほ!」
続けて見せてもらった本には、寺の住職が絶賛していた忍者の漫画の主人公たちが描かれていました。
彼らが住む隠れ里の路地裏で、夜な夜などのような行為が行われているのか、主人公の余りあるチャクラをいかにして体外に排出するのか、そして多重影分身の有効な使用方法はなにか、などが事細かく記載されています。
なぜ男キャラしか登場しないのか。
そんなことは青ずきんにとってどうでもいい事でした。
それどころか望ましい事でした。
「こ、こんな文化があったとは」
「……盟友、気に入ったんなら1冊買ってってくれないかい?」
「え? これ売り物だったの?」
「ちょっとくらい読んだっていいさ、買ってくれたら次の執筆もまた頑張れるってもんよ」
「……うーん、買いたいのは山々なんだけど、ちょっと高くない?」
「しょうがないんだよ、山の印刷所に無理言って少数ロットで刷ってもらってるんだから」
「うーん」
「今ならこっちのテニス漫画の奴も付けるよ、いや、テニヌか」
「……も、もう1声っ」
「えー?」
青ずきんは少しでも多くの譲歩を引き出そうと散々迷うフリをしましたが、河童も然るもの、それ以上の上乗せはしてきません。
仕方がないので、青ずきんはその条件で本を買いました。
108種類の波動球がどのような形で放出され、またどのような場所に注ぎ込まれるのかが気になって仕方が無かったからです。
わかりきった事ですが、青ずきんに自らの欲望に打ち勝つという選択肢は最初からありませんでした。
ページ数の割にやたら高額だったその本を大切にしまうと、青ずきんは河童や他の妖怪達に別れを告げます。
「またね、盟友」
「ええ、また、盟友」
謎の妖怪達に手を振って別れを告げ、青ずきんはまた歩き出しました。
To Be Continued.
◆
56
「……よっし、でーきた」
私は基盤からハンダゴテを遠ざけ、コテ台に戻した。
サビ避けとしてコテ先に少量のハンダを塗付し、電源も切る。
そして今しがた完成した芸術品を眺め、様々な角度から気の済むまで見つめた。
素晴らしい、まさにパーフェクト。
至福の瞬間。
完成品を前に、それを眺めながら飲むコーヒー。
うーん、最高だね。
「にとりやっほー、遊びに来たよ」
そんな休日、私の自宅兼作業場に訪れる者がいた。
約束の時間にはちょっと早かったけど、まあいっか。
「およ、これはこれは八雲様、LANケーブルネタはどうだった? ウケた?」
「んーん、向こうの方が1枚上手だった」
「それは残念、コップはあっち」
「安い豆は口に合わないんでね」
「ひゅー、かーっこいー」
おませな猫ちゃんは肩をすくめると、私の肩にあごを乗せて作業台を覗き込んでくる。
「なに作って……なにこれすげぇ!!」
「ひゅいっ」
耳元で大きい声を出さないでよ。
鼓膜が破れるかと思ったじゃないか。
「え? え? うっそ、これはんだ付け?」
「うん、『自由の女神』」
「はんだ付けってあんまりやった事ないけど、3次元に盛れるものなんだね」
「他にもあるよー、ほらこれ石仮面ならぬハンダ仮面、こっちは初音さん、そんでもって1/50スケール神奈子様」
「粘土でやりなよ」
「え? 粘土ってハンダで加工できるの?」
「……いや、もういいよ」
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「お姉ちゃん助けて」
「あら、どうしたのこいし、眠れないの?」
「うん、眠れないの」
「そう、子守唄を歌ってあげるわ」
「うん」
ねんねんころりよー。
おこーろーりーよー。
「……ダメだよお姉ちゃん、全然眠れないよ」
「うーんどうしましょう、そうだ、あったかいミルクを淹れてあげるわね」
「さっき飲んだよ、でも眠れないの」
「そう、なら眠くなるまでお姉ちゃんと……」
「眠れないの」
「そうね、じゃあ」
「眠れないの」
「……こいし?」
「眠れないの! 眠れないの! 目が閉じられないの!!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい」
「見えるの! みんなの心が見えるの! 楽しいの! 嬉しいの! 心の中に希望があるの! 目が閉じられないの! こんなの要らない! 助けてお姉ちゃん!!」
◆
58
わちきは思うのだ。
最高の食事とは最高の素材と最高の調理があって初めて成り立つものなのだと。
転じて、最高の驚愕とは鋼の心を持つ人が寿命が縮むほど驚くこと。
今日のターゲットは花の妖怪、風見幽香。
最強にして最恐の野良妖怪と称されるあの妖怪なら、きっとわちきの腹を永遠に満たすほどの驚愕を御馳走してくれることだろう。
「これ、失敗したら死ぬかな」
死と隣り合わせ。
その感覚がわちきを興奮させた。
本作戦に複雑な仕掛けは存在しない。
飛び出して大声で叫ぶ、これだけだ。
山と積み上げてきた失敗達が教えてくれた教訓。
変にギミック仕掛けても不発に終わるだけ。
風見幽香の留守を狙い、太陽の畑にある家に侵入し、ターゲットの帰宅を待つ。
どちらかというと問題は脅かした後に無事逃げ帰ること。
食事の瞬間はどうしても無防備になるし、コンマ数秒動きが止まる。
その時間に立ち直られたら終わりだ。
「ククククク」
ヒリヒリするような緊張感の元、わちきはその時を待った。
待って待って待って……、日が暮れるまで待ち続けて、やっと風見幽香が帰ってきた。
さあ、おかえりと言ってやろう。
「じゃあ、メディスンも紅茶でいい?」
「うんっ、ミルクたっぷりでね!」
「はいはい」
近い。
もう声が聞こえる距離。
どうやら1人ではないらしい。
でもそんなの関係ねぇ。
「あ、鍵どこだっけ」
「出る時ポッケに入れてたよ?」
「あ、ほんとだ、すごいわメディスン」
「んふふー」
微笑ましい会話が聞こえてきてから、さらに数秒の後。
ガチャリ、と音を立ててドアが開いた。
さあ、ほのぼのした日常パートは終わりだ。
いざ尋常に、勝負っ!
「おっどろけぇ―――っ!!!」
風見幽香の真正面に飛び出し、その顔面の間近であらん限りの大声を張り上げた。
「……っ」
ターゲットが怯んだことを確認し、大きく口を開ける。
さあ、いっただっきまーす。
瞬間、脳を揺さぶる至高の味が舌の上に転がり込む。
膨大な量だ、1口では飲み切れないほどの。
ものすごく驚いてくれたらしい。
食い放題だ!!
「……うん?」
しかし、なんだこれ。
多いんだけど、薄い。
非常に薄い。
水でも飲んでいるかのようだ。
「あー! 泥棒だー!!」
「し、しまった!」
飲み切れないほどのばく大な驚愕と、ありえないほどに薄い味に困惑し、逃走するのを忘れていた。
早く逃げないと肥料にされる。
大急ぎで出口を突破しようとして、床に大きく踏み込む。
しかし踏み込んだ瞬間、わちきの前にドサッ、と音を立てて風見幽香が倒れてきた。
「……?」
「……?」
わちきともう1人とが、揃って動きを止める。
風見幽香が。
最強にして最恐の野良妖怪が。
「きゅう」
泡を吹いて気絶していた。
「お、驚きすぎぃ―――!?」
「幽香ー!!」
聞いたことがあった、風見幽香のように長生きした妖怪は強い、そしてあまり戦わない。
その意味を今日知った。
逆だ。
逆なんだ。
長生きしてるから強いんじゃない。
強くて臆病だからこそ、長生きできたんだ。
少なくてもこの風見幽香はそうなんだ。
「幽香っ、幽香ぁー!! 死んじゃだめー!!」
「……」
だからってノミの心臓にもほどがある。
こんな繊細な奴だったのか。
その後、風見幽香が起きるまでの間、つきっきりで看病する羽目になった事は言うまでもない。
◆
59
よい子の童話。
『青ずきん』
ホクホク顔で森を行く青ずきん。
早く帰ってカバンの中の本が読みたくて仕方がありません。
そんな青ずきんでしたが、当初の目的を忘れたりはしませんでした。
脱走兵を連れ戻すべく、魔法の森の奥深くにまで進んで行きます。
そのまましばらく歩いて行くと、青ずきんの前に小さな人影が近付いてきました。
それは森に住む悪い魔女でした。
人形遣いの方ではありません、白黒の方です。
危うく正面から出くわすところでしたが、青ずきんはその優れた動物的本能から悪い魔女の持つ潜在的な戦闘能力を見抜き、とっさに茂みに隠れました。
青ずきんは大型動物捕獲用のライフルを手にしてはいましたが、彼我の実力差がこんなもので埋められる規模ではない事も一目見て理解しました。
「わーりばしーもー、割り放題ー」
「……」
青ずきんは茂みの中でじっと息を殺し、悪い魔女が通り過ぎるのを待ちます。
幸いにして悪い魔女が青ずきんに気付くことは無く、無事にやり過ごす事が出来ました。
「……」
念のため青ずきんはその場にさらに1時間ほど潜み続け、匍匐前進で茂みの中を300メートルほど進んでからやっと道の方に姿を現しました。
新調したばかりの法衣は泥だらけになってしまいましたが、命には代えられません。
悪い魔女をやり過ごした青ずきんは、さらに森の奥へと入って行きます。
住職から託された指令を全うするその日まで、青ずきんが歩みを止める事はありません。
その先に待ち受ける数々の試練、困難、そしてラブロマンス。
笑いあり涙ありの絵物語にして壮大な茶番。
それでも青ずきんは負けません。
自分の帰りを待つ、仲間たちのために。
「私たちの冒険はこれからだ!」
頑張れ青ずきん。
寺の命運は君の手にかかっている。
民明書房刊『青ずきん』より 作・絵:封獣ぬえ
◆
60
「打ち切り喰らった」
「そうかえ」
了
特に小傘と幽香の話が好きです
せっせと書いてるぬえを想像したら和んだのでちょい甘めの点数をどうぞ。
狐面のこころちゃんから着想を得たのか
小傘さん大勝利して良かった 努力が報われて良かった(小並感)
でも美味しい。なすみたいなお味。
作者の中の、深くて暗い心の闇を心配している風を装いつつ、次回作も気長に待つ所存。
BLネタも悪くないし、命蓮寺のクルーという表現が何か シュールで面白かった。
でも、何発かあたっちゃったから仕方ないね
まあそんな事よりアンタの作風は相変わらずでなによりなにより
個人的には58が好きでした。