(1)
フランドール・スカーレット様
はじめまして。私は古明地こいしと言います。
地霊殿に、姉とペットたちと住んでいます。
フランドールさんもお姉さんがいるそうですが、どんな方ですか?
私の姉は動物好きで、内気な人です。あと、人の心が読めます。
フランドールさんは、ペットは飼っていますか?
今回の手紙と一緒に、姉のペットの写真を封筒に入れておきます。
よかったら、見てください。
お返事いただけると嬉しいです。
それでは。
古明地こいし
***
ある日、お姉様が一通の手紙を私に手渡した。
「フラン、あなたお友達がいないでしょう?」
「ええ…。」
「知り合いに、ちょうどフランと同じくらいの…妹さんがいるのよ。」
「…。」
「部屋に帰ってこれを読んでご覧なさい」
お姉様はいつも一方的に私に話をする。
私がぼんやりと頷いて手紙を受け取ると、お姉様は何やらそれだけで満足したように、廊下を戻っていった。
お友達。
ふと食事を持ってくる咲夜たちの顔が思い浮かんだが、多分違うのだろう。
お姉様はいつも彼女たちをシヨウニン、と呼ぶ。
部屋に戻って手紙をかさかさと開ける。
薔薇模様の便箋に、緑色のインクで書かれた文字。
「フランドール・スカーレット様へ…。」
思えば、誰かが私に手紙をくれるなんて初めてだった。
それ以前に、私はずっと一人ぼっち。
急に情けないほど寂しくなったが、気持ちを抑えて手紙の文字を読み進めた。
「はじめまして、わたしは…」
その手紙は結構簡潔で、読み終わるのに一分もかからなかったと思う。
しかし、私にとって―この手紙というものは何もかもが新鮮で、何回も、何回も繰り返し音読した。
手紙の文字を言葉にすると、なんだか私の心はくすぐられているような、不思議な感覚に陥った。
この「こいし」という人が、私のためだけに書いてくれた手紙。
「こいし」はどんなことを思って書いたのだろう。
「こいし」は、お姉さんに私の名前を聞いたのだろうか。
―これから、名前だけではなくて。私のことを、もっと知ってくれるだろうか。
「よしっ」
お姉様が用意してくださった机の前に座り、羊皮紙を取り出す。
前に教わったとおりに、羽ペンを黒いインクに浸ける。すかさず、紙にペン先を押し付ける。
「字…あまり書いたことがないから慣れないわ…」
力加減が難しく、ペンがぽきりと折れてしまったり、文字が潰れてしまうことがたくさんあった。
それに、人に向けた文章とはどうやって書けばいいのだろうか。
なんだか自信がなくなり、一回取り出した羊皮紙を引き出しにしまう。
私は人と話したことさえあまりない。
さっきまで意気込んでいた気持ちが、しゅるしゅるとしぼんでいく。
しかし。
「こいしがお返事を待っているわ。」
そうだ。こいしが、返事を待っている。
誰からでもない、私からの返事を。
そこで、私はこいしからの手紙をもう一回声に出して良く読み、なにを書けばいいのか考えた。
「こいしはお姉様とペットについて聞きたいみたいだわ。でも…ペット?ペットってなにかしら…」
すると、それに応えるようにひらり、と封筒から2枚のシャシンが出てきた。
「…わあ、」
そこには、私が今までズカンでしか見たことがない動物たちが、いきいきとした姿で写っていた。
「これはなにかしら、ミミがネコ…に似ているけれど…しっぽがふたつあるわ。…こっちは足がみっつあるわ!」
そうだ。この子たちのことを聞こう。
この子たちの名前はなんていうのか。この子たちはどんなことをするのか。どんな生き物なのか。
「なんだかわくわくするわ…。」
今度こそペン先は羊皮紙の上を滑りだし、不器用ながらにも一通の手紙が出来上がった。
(2)
こいしへ
はじめまして、お手紙ありがとう。
とっても、うれしかった。
シャシンも、ありがとう。
このこたちは、なんていうお名前なのかしら。
あと、こいしとわたしはおともだちになるのだから
わたしのことはフラン、で良いわ。
フランドール・スカーレットより
***
姉にフランドールさんの事を聞いたのは、ちょうど一週間前だった。
姉は珍しく、「人に会ってくるわ」と地上へと旅立ち、たくさんのお土産話を私にしてくれた。
その中にあった、フランドールさんのお話。
「こいし。ちょっと聞いてくれる?」
「なになに?お姉ちゃん。また地上の話をしてくれるの?」
「ええ。あのね、地上に紅魔館という館があるのを…こいしは知ってる?」
「コウマカン…?」
知らない名前だった。こうま…どんな字を書くのだろう。
「そう。今回は、そこの当主のレミリア・スカーレットさんにお会いしてきたの」
「レミリアさん…?」
レミリア…中々聞きなれない響きである。
「吸血鬼の貴い血筋の方でね。とても緊張したわ…まあ、考えていることはお見通しだったけど…」
「へえ、どんなことを考えていたの?吸血鬼の貴族の方だから、きっとやんごとないんだろうなあ」
「…八割方、私が持っていった茶菓子のことを考えていらしたわ。」
思わず吹き出してしまった。
そういえば、姉はお茶と一緒に飲むお菓子にうるさいことを思い出す。
その日も、どこかから高級な茶菓子を取り寄せて、これがいいかしら、それともこっちかしら。と吟味をしていた。
置いていかれた茶菓子は、無意識に食べてしまったがどれも素晴らしく美味しいものだった。
「…なんだかとっつきやすいかもしれないね。」
「それでね。レミリアさんには妹さんがいらっしゃるの。」
「へえ!なんだかスカーレット家に興味が湧いてきたわ、妹さんの名前はなんておっしゃるの?」
「フランドール・スカーレットさんよ。」
「ふらんどーる…。」
また、聞きなれない響き。でもなんだか…昔絵本で読んだ、お姫様の名前みたいに素敵な響き。
「レミリアさんに聞いたのだけれど…フランドールさんは、ずっと紅魔館の地下にいるのよ」
「え!?地下?私たちと同じだね、お姉ちゃん!」
なんだ。吸血鬼のお嬢様って言うから、どんな方たちだと思ったら。お話の中のスカーレット姉妹は、とてもとっつきやすい。
「地霊殿みたいなところがあるのかしら?」
「…それがね、違うのよ。」
姉の表情が曇った。
「フランドールさんの能力は、あらゆるものを破壊してしまうというものなの」
「え…?」
「だから、地下に…言い方は少し悪いけれど幽閉されているのよ」
「え…っ」
「その能力のせいでお友達もいないのですって。…こいし、もしよかったらフランドールさんにお手紙を書いてはくれないかしら?」
「うんっ、私書くよ!お手紙書く!わたし、フランドールさんとお友達になるの!」
「ありがとう。じゃあ、これ。」
姉は黄色い薔薇模様の美しい便箋と、真っ黒な羽ペン、緑色のインクを差し出した。
「書く事は自由でいいわ。…よろしくね。」
「わあ、綺麗な便箋!きっと喜んでもらえるわ。ありがとう、お姉ちゃん。」
早速、机に向かって手紙を書き始める。
「最初だからちょっと緊張するわ…」
でも、聞きたいことはたくさんある。そして、教えたいこともいっぱいあった。
「フランドールさんはペットは飼っているかしら?」
吸血鬼と聞いて、蝙蝠でも飼っているのかしら…と想像すると興奮してくる。
「…!そうだ!お燐とお空の写真を同封したら、喜んでもらえるかもしれないわ!」
すらすらと文章を書き終えると、本棚に仕舞われていたアルバムを取り出してペラペラとページをめくる。
「…これは…人型のときだからダメだわ。こっちは…お燐が半目でちょっと不細工な顔で写ってるからダメ。
…!!これ!これはどうかしら。お燐もお空も、ちゃんと全身が見えるし、とても可愛い顔をしているわ。」
二枚の写真を抜き取ると、封筒に入れて封をした。
薔薇が描かれた切手を丁寧に貼ると、ポストに滑り込ませた。
「はやくお返事が来るといいな。」
そして数日後。
「お姉ちゃん!フランドールさんからお手紙がきたよ!」
地霊殿の地獄ポストの中をごそごそと探る毎日。
今日、ついにフランドールさんからお手紙がきた!
「あらこいし…良かったわね。なんて書いてある?」
赤い封蝋が付いた、白い封筒。
そこには多少不格好な文字だが…確かに、「古明地こいしへ」と、黒いインクで書いてあった。
「ふふ、この文通はね。フランドールさんと私の秘密なの。」
「あら…。そうね、お部屋でゆっくり読みなさい。」
「はーい!」
パタパタと音を立てて部屋に戻る。
はぁ、はぁと息が上がる。
嬉しい。嬉しい。この中の手紙には、何が書いてあるのだろう。
封蝋を削り取ると、急いで文字が書かれた便箋を取り出した。
そこには。
「古明地こいしへ…」
ところどころ、文字の線が震えている。
インクがひどく滲んでいる箇所もあった。
しかし。
「一生懸命書いてくれたんだわ…!」
私は多幸感に包まれる。気分が高揚する。
「吸血鬼のお嬢様が、初めて書いた手紙は私宛なんだわ。」
文章はとても短いものだったが、感謝と興味に溢れていた。
その事が、なによりも嬉しい。
それに。
「フラン?フランで良いのかしら!」
おともだちになるのだから、わたしのことはフランで良いわ。
とても驚いた一文だった。意外だった。
貴族はとてもプライドが高そうなのに。
私はますますフランのことが気に入ってしまった。
「すぐにお返事を書くわ!」
今度はピンク色の薔薇模様の便箋を取り出す。ちょっとした変化をつけて、楽しんでもらおうという狙いだった。
「フランへ…と…」
(3)
フランへ
お返事ありがとう。とても嬉しかったわ。
お言葉に甘えて、フランと呼ばせてもらうわね。
猫の方はお燐で、烏はお空という名前よ。
二人は地霊殿でよく働いてくれるわ。
この子たちはね、人間の姿にもなれるのよ。
今度は、その写真を同封するわ。
私、フランとお友達になれてとっても嬉しいわ。
これからも、よろしくね。
フランも地下にいるのかしら?
私も、地下にいるわ。
地霊殿は地熱でいつも暖かいけれど、もうすぐ冬。
暖かくして、風邪をひかないようにね。
お返事待ってるわ。
こいしより
***
「古明地さんからお手紙が来たわよ」
地下室に現れたお姉様が、手紙を差し出した。
「フラン、あなた…ちゃんとお手紙書けたのね、すごいじゃない」
お姉様に褒められる。
「ええ…文字は難しいけれど、頑張って書いたわ」
「そう…お友達になれそう?」
「ええ。もう、お友達よ」
「なら良かったわ。それじゃあ、また書けたら言って。咲夜が取りに来るわ」
数回の言葉のやり取り。姉は表情をあまり動かさなかったが、私は喜びと驚きで百面相をしているだろう。
こいしからお手紙が来た。それに―お姉様から、褒められた。
以前に、お姉様から褒められたことなんてあっただろうか。いや、記憶にはない。
顔が緩む。笑顔になる。
この気持ちはなんだろう?凍りついていた心に血が集まり、ぽかぽかと温まるのを感じた。
かさり、と封筒を開ける。
今度は、ピンクの薔薇模様。こいしは薔薇が好きなのかしら?
にこにことしながら、手紙の文字を目で追う。
こいしは字がとても上手い。見習わなくては。
―今回も、封筒の中にはシャシンが入っていた。
赤い髪を三つ編みにした、ネコのミミが頭についている女の子と、真っ黒な髪と真っ黒な翼を持つ女の子が笑顔で写っている。
「このポーズは何かしら?指を二本立てているわ。…なんだか、楽しそう」
シャシンに写る二人のポーズを真似る。
「…もしかしたら、このポーズは元気が出るまじないのようなものかしら。」
また引き出しから羊皮紙を一枚取り出す。
前に手紙を書いてから、ずっと文字の練習をしていた。
その成果が出たのか、今度はすらすらと言葉にしたい文字が溢れて出てくる。
特に練習した文字列は、「古明地こいし」だった。
「古明地こいし」という文字列でいっぱいになった羊皮紙は、なぜか捨てられずに全部とってある。
こいしと文通を始めたら、なんだか私にも居場所が出来始めた。
もしかしたら、こんな私でも誰かに必要とされているのかもしれない。
こんな能力でも、こんな人格でも。現にこいしは、私の手紙を待っている。
そのことを考えると、突然目から何かが零れ落ちた。
慌てて羊皮紙をどかそうとしたが、ぽたぽた、と何滴か落ちてしまった。
「とうめい…?」
私は、目から血が出てしまったのだと思っていた……しかし。
この雫は透明で。舐めてみたら、ちょっと塩辛かった。
「なにかしら、この水は」
こいしに「ペット」の事を聞いたので、私は自分も「ペット」が飼いたくなった。
どうやら「ペット」とは、可愛がっている動物のことをいうらしい。
ズカンをぺらぺらとめくっていると、トリという可愛らしい動物が載っているのを見つけた。
「こいしはネコとトリを飼っていたわね…私も、トリが欲しいわ」
そこに。
トン、トン
ノックの音。
「妹様、お食事ですよ」
ちょうどよく、咲夜が夕飯を地下室に運び入れてきた。
「咲夜!」
「はい、なんでしょう?」
「私、トリが欲しいわ。」
「鳥…?鶏肉でしょうか、今日のお食事も……ですが…」
咲夜は心底申し訳なさそうな顔で言った。
「トリニク?違うわ。私はペットが欲しいの」
「ペットですか。…そう言えば、今日の昼間、門番が怪我をした鳥の雛を保護したそうですわ。
ペットにするには、もしかしたらすぐ死んでしまうかもしれませんが…妹様、よろしかったら手当をしてあげてはくれませんか?」
「する!私、その子を元気にしてあげるの!」
「承知いたしました。すぐに地下室に連れて参ります」
咲夜は優雅に礼をすると、館へと戻っていった。
正直、こんなにすぐペットが飼えるなんて思っていなかったのでとても嬉しい。
名前を考えなくては。ズカンの次は、ジショだ。
どんな名前にしよう―
トントン。
「失礼します。連れて参りました。」
「…!!わあ…!!」
そこには、鳥かごに入った黄色い鳥の姿があった。
「黄色くて、まあるくて。お月様みたいだわ。」
「妹様…素敵な表現をなさいますね」
「でも、首のあたりが赤いわ」
「ここを怪我しているのです。…少しパンを取って参りました。これをちぎって…こうやって…」
咲夜の細くて真っ白な指が、パンを小さくちぎっていく。
「妹様が食事を与えてみますか?」
「うん!やってみたい!!」
パンくずを受け取ると、私はそっとトリの小さな嘴に近づけた。
しかし。
「あれ…?食べないよ?」
「もしかしたら食欲がないのかもしれませんね」
「食べないと、元気になれないよ?」
「ふふ、気長にあげてください…パチュリー様から、鳥についての本をお借りしてきましたわ。
ここに飼い方が書いてあります。参考になれば良いのですが…」
「ありがとう咲夜!」
「それでは、お食事が済みましたらまた来ますわ。ごゆっくり。」
「うん!またね!」
私は今日のご飯を食べると、本とトリを夢中で見比べた。
「ご飯はパンくず… あ!この子、雛のうちから育てて懐くと自分から手に乗るのね!」
「手乗り」という魅惑的な響き。
鳥籠の中のトリは、少し震えていた。まんまるくて、弱々しい命。
「名前はなんにしようかしら。さっき思ったけど…まあるくて、黄色い…この前百科事典で見た月というものに似ているわ。
…そうだ!名前はツキにするわ!」
ツキ、ツキ。その名前を舌の上で転がす。とても甘美な時間だった。
「妹様?お食事は済みましたか?」
扉の外から咲夜の声がした。
「うん!ごちそうさまでした」
失礼します、と咲夜が扉を開けて部屋に入る。その手には―
「カメラ!!」
「ええ。お嬢様からお借りしてきたのです。宜しかったら記念に―と思いまして。」
「撮る!私が撮るわ!ねえ、咲夜。この子ね、ツキって名前になったの。よろしくね」
「まあ…月、ですか。美しいお名前ですね」
「ふふふ、ありがとう!ほーら、ツキ。こっち向いて?」
震えるツキをあまり刺激しないよう、少し離れて撮る。
じいい、とすぐにシャシンがカメラから出てくる。
「もう一枚…あと二枚撮るわ!」
「あら、どうするのですか?」
「こいしにね、あげるの!」
「古明地様ですか?」
「うん!あとはね…はい!咲夜にあげる!」
「私に…?」
「そう。みんなに見せてあげてね?この子の命の恩人の美鈴にも!」
「ええ。承知致しました。…妹様、ありがとうございます。」
「いいんだよ、私こそだよ。咲夜、ありがとう!」
咲夜は、とても驚いた顔をしていた。
多分、私が最近変わったからだろう。戸惑っていたが、すぐに笑顔になった。
「それでは妹様、おやすみなさいませ。月のこと、よろしくお願いしますね。」
(4)
こいしへ
こいし!聞いて。私もペットを飼い始めたの。
名前はツキ。
事典で見た、月というものに似ているから。
トリだけど、飛べないわ。首のところを怪我しているの。
でも、大丈夫。私がずっと一緒にいて、ずっと看病しているの。
こいしにも見せたいから、シャシンを撮ったわ。
よかったら、受け取って。
こいしは地上に出るのかしら?地霊殿は暖かいみたいだけど
外は寒いと、この前門番が言っていたわ。
風邪なんかひかないようにね。
フランドール・スカーレット
***
それから、私の日課は地獄ポストの周りをうろうろすることと、ペットたちの写真を撮ることになった。
フランから来た手紙を見返すと、束になるほど来ていてびっくりする。
最初はぶっきらぼうささえ感じた文章が、最近は字もとても綺麗になり、感情表現も豊かになっていた。
それに、最近ペットを飼い始めたらしい。
毎回手紙に同封されている、ふわふわの小鳥。
首から血が出ていたので、少し心配していた。…それに、お姉ちゃんから聞いたフランの能力。
しかし、その心配は杞憂だったらしい。今では壁に貼ったツキの写真の数は、七枚にも及んでいる。
「ふふ、」
フランからの手紙を読むと、思わず笑みが溢れる。
それにしても、今日は地霊殿が一段と暑い。
この前お姉ちゃんが導入したという、冬に備えた床暖房のせいだろうか。
「フランにお返事を書こうっと。」
机に向かおうとすると、体がぐら、と揺れた。
「え…?」
頭が重い。関節が痛い。体が、とても熱い。
「もしかして…」
そこで、意識が唐突に途切れた。
***
最近、こいしから手紙が来ない。
それに、ツキの様子がおかしい。
私は、とても不安になっていた。
もしかしたら、こいしは私にお手紙を書くのに飽きてしまったのかもしれない。
そしてツキは、もうすぐ「壊れて」しまうのかもしれない。
その事を考えると、私の手は自然と動き、色々なものを破壊していた。
壁。家具。扉。
ぼろぼろになった部屋に一人立ち尽くす。
「…私を一人にしないでよぉ、」
自然と、また目から水がぽろぽろと伝い落ちていった。
この前は、あったかい気持ちになったら出てきた水。
今日のそれは、ひどく冷たいものだった。
「しょうがないよ」
私の中の、もうひとりの私が囁く。
「私は、もともとひとりだったじゃない。」
「私は、ずっとひとりだったじゃない。」
「私は、これからもひとりなのだから。」
「…ち、ちがう!!こいしは、こいしはちょっと忙しいだけだもん!
ツキだって、ここまで生きた!大丈夫、だいじょ、ぶ…!!」
「それはどうかな」
「本当は自分でも気づいてるんでしょう?」
「う、うるさい!うるさいッ!!黙れ…!!」
メキ…手に触れる、冷たい感触にふと、我に返る。
「え…?」
それは、
***
(5)
こいしへ
こいし。ツキがね、こわれちゃったの。
さみしい。かなしい。
ねえこいし、わたし、こいしにあいたい。
***
私は高熱を出していた。
完全に油断をして、風邪をひいていたのだ。
「あ…!」
フランへ、手紙書かなくちゃ…!
しかし、体が動かない。こんな熱を出すのは、初めてだった。
「こいし、おとなしくしていなさい」
「おねえちゃ、…でも」
「今無理をしてはだめよ…こんな高熱、私も初めて見るわ」
「でも…フランが…」
「フランドールさん…?そういえば、あなたに手紙が来ていたわよ」
ごそ、と引き出しを探ると、そこにはフランからの手紙。
「あれ…?わたし、まだおへんじ…」
お姉ちゃんが手紙を手渡す。
赤のインク…?珍しい…と思ったが、それはインクではなかった。
「血…!」
慌てて、中身を取り出し、読む。
「…!!」
「どうしたの…?」
「フランが!!フランが、私…フランのところにいかなきゃ!!」
「こいし!いけないわ、今動いてはだめ…!」
「私、紅魔館に行ってくる!!」
「え…?」
次の瞬間、私の体はベッドから消えていた。
***
ここは、どこだろう―
無意識が爆発して、私は飛んだ。ひたすら、飛んだ。
しかし、どこかで力尽きてしまったみたいだ。
周りには空まで届くような竹。ここは、竹林か―
地面に横臥している。呼吸が荒く、喉がヒューヒューと鳴っている…
「フラン…月…」
「…月?」
「…!?」
人がいる。
ぼんやりとする視界に、長い銀髪の人が映る。
「ひどい熱だわ…ウドンゲ、解熱剤は持っていたかしら」
「はい、師匠!ちょうどありますよ!」
「水をあげて、飲ませて。」
「…はい、お水です!飲めますか?」
「あ…」
錠剤を水でごくり、と飲み込む。
「ありがと、ございます…あの…紅魔館って…どっちですか…?」
「紅魔館ですか?それなら…湖の向こうで―」
「あなたこのまま行くつもり?いけないわ。永遠亭に運ぶわよ」
「はい! よ、っと…!あれ?この子軽いですね?」
「…!?ウドンゲ、あなた今…」
「え?あれ…?さっきの女の子…おぶったはずなのに…」
「…消えてしまったわね…」
***
「フラン!!フラン、いますか!!」
さっきの二人組は誰だったのだろう。水分を摂って、薬を飲んだら少し楽になった。
親切な人たちだ。永遠亭、と言っていたな…あとでお姉ちゃんにも報告しないと。
その前に。
私は紅魔館にたどり着き、門番の人に通してもらおうと必死だった。
「妹様に御用ですか…?申し訳ないんですが、今妹様は――」
その瞬間。
ごごごッ……!!!
「え…!?」
紅魔館が揺れている。それは目を疑うような光景だった。
「みんな消えちゃえばいいんだあッ!!」
咆哮にも似た、悲痛な叫びが聞こえる。それに、悲鳴。
「わっ…!すみません、ちょっと今紅魔館は取り込み中です!…!ひゃっ!」
窓ガラスが割れ、私と門番さんに降り注ぐ。
「危ない!!」
その時、時間が停止した。いつの間にか、私はメイド服を着た女の人に抱きかかえられていた。
「大丈夫ですか…?」
「あ、ありがとうございます…わっ、門番さんは!?」
「あれは少し体が強いから大丈夫ですわ。こいし様、お怪我は?」
「大丈夫です…って、え?私の名前を…?」
「私は紅魔館の主、レミリア様にお仕えするメイド、十六夜咲夜です。レミリア様からお聞きしましたわ。
―こいし様が、紅魔館に向かってらっしゃると。」
お姉ちゃんだ。お姉ちゃんが緊急連絡をしてくれたのだろう。
そして―
「もしかして、今の絶叫…フランですか…?」
咲夜さんがこくり、と頷く。「もう、妹様は暴走してしまって…レミリアお嬢様でも手がまったくつけられないのです」
「そうですか…なら、私が止めてきます!」
「しかし…!こいし様、いくらあなたでも…!無理です、おやめください…!」
「大丈夫です。私、フランに会いに来たんです。」
それに…。
「私、とっても強いんです!」
***
びゅん、と空に急上昇する。
真っ暗な夜。月は雲に隠れ、明かりがない。
漆黒の夜空。そこに、フランは浮かんでいた。
「ひっく…ひ、っく…」
膝を抱え、血で汚れた顔、体。
フランの無意識を操り、そっと近づく。
「…今度は、だあれ?」
…近づいた、はずだった。
「え…?」
体が、ぐるんッと反転する。
ものすごい力で、地面にむかって投げられたと理解した時は遅かった。
「ぐッ!!」
私は思い切り、背骨を打ち付けた。
体がこわばる。一瞬、死が脳裏をよぎったがここで怯んではいけない。
「私に壊されにきたの!?…命知らずね!!…誰かわからないけど…いいわ、殺してあげる!!」
完全に精神が崩壊している様子だった。怒ったような、笑っているような―そして、泣いている、その顔。
恐怖してはいけない。だって、この子は、私のお友達。
***
私はふと、昔のことを思い出した。
お姉ちゃんに、叱られた思い出を。
その時、お姉ちゃんは私をぶった。とても、痛かった。
怒鳴りも、罵倒もしなかったが、ただ一発。頬を叩いた。
お姉ちゃんは静かに怒っていた。
「こいし。こいしは悪いことをしたわ。」
「な、なんでぶつの!?お姉ちゃん、ひどいよ!」
「こいし。私も痛いわ。痛みを与えるということは、覚悟をすることよ」
「………。」
「こいしは、覚悟せずに人を傷つけた。痛みを与えた。…人に痛みを与えるときはね、自分の中で覚悟を決めなければいけないの」
その時初めて私は気づく。―姉の手が、赤く腫れていることに。
「おねえちゃん…」
「人の痛みをわからない。そんな人に、こいしはなってほしくないの」
「…ごめん、なさい」
素直にそう謝る。一言で、お姉ちゃんは私を許してくれた。
「叩いてごめんなさい。こいし…」
赤く腫れた手で、私の頭を撫でながら…
***
「ふん…しぶといわね…すぐ、壊れない…」
私はフランに両手で首を掴まれていた。
ぐ、と力がどんどん入っていく。苦しい。
「あ……」
「気に入ったわ。私のおもちゃにしてあげる。壊れるまで、思いっきり遊んであげる!」
今度は、思い切り空へ向かって打ち上げられる。
今だ。覚悟を決めろ。
私は、無意識を開放した――――
***
お姉様。私、死んじゃうのかしら。
このいきなりやってきた、黒い帽子を被った少女の弾幕に焼かれて。
その弾幕は、正確に心臓を狙ってきた。
ギリギリで避けたが、危なかった。
体勢を崩したその時、思いっきり足を撃ち抜かれた。
「グッ…!」
普段ならすぐに再生するはずの体が熱い。炎で焼かれているような気分。
「ああッ…!!」
地面に落ちた私はのた打ち回った。苦しい。苦しい。
…もしかしたら、この少女は死神なのかもしれない。
手がつけられなくなった私を、お姉様に命令されて、殺しにきたのだろう。
意識が朦朧とする。そんな中で、優しい思い出が蘇ってきた。
やっとできた友達にも―もう、お手紙、書けないや。
そう思った、その瞬間―
私の体はふわり、と何かに抱きかかえられた。
***
「フラン。私、こいしだよ。」
「…こいし…?」
「さっきはごめんね。痛かったよね。ごめんね。」
ス、とこいしが私の頭に手をかざす。すると、静かに私の足が再生を始めた。
「え…?」
「今、フランの無意識に働きかけたよ。治癒が促進する」
意識が徐々にはっきりとしてくる。目の前のこいしは、ボロボロだった。
「こいし…!?わたしが、わたしがこんなにこいしを傷つけてしまったの…!?」
こいしは困ったように笑っている。
「ごめん、ごめんなさい…!わたし、こいしに飽きられちゃったって思って…それで…ツキも、壊しちゃって…」
「フラン。そういう時は、悲しけど死んじゃった、って言うんだよ。」
ぼろぼろのこいしが私の手を引く。
「お墓を作ろう」
***
ツキの小さく、硬った体を土に埋めた。
じ、と閉じられた小さな瞳を見つめると、目からまた水が出てきた。
「こうして、こう…」
こいしがツキを埋葬した。その手つきは、どこか手馴れていた。
「こいしは、前に…ペットを埋めたことがあるの?」
「うん…結構飼ってるからね。動物は寿命が短いんだ…」
でもね。
「お姉ちゃんが言ってたの。タマシイは、ずっと一緒なんだよ。って」
その時。周りがぱあ、と明るくなった。
「こいし…あれは、なに…」
「フラン。あれが、月だよ。」
雲が割れて、月明かりが一面に降り注ぐ。
「あれが、ツキのタマシイ?」
そう言って、私は目から出る水を抑え切られなかった。
こいしと抱き合って、二人でわんわんと、「泣いた」。
***
(5)
こいしへ
お姉様と一緒にケーキを作ったの。
よかったら、食べに来ない?
フラン
***
あれからフランは、少しずつ外出許可が降りるようになったらしい。
フランの感情が爆発したのも、フラストレーションが溜まっていたから、というレミリアさんの判断だった。
今までお姉様とはあまり仲良くなかったの。と零していたフランだったが
最近では一緒に行動する機会が増えたと言う。
今日は、お姉ちゃんと、お燐と、お空と私で紅魔館に招待された。
フランとレミリアさんの作ったケーキを食べに行くのだ。
「ケーキ、楽しみね。」
「でも、吸血鬼の姉妹が作ったケーキって…何がはいって…うにゅ!」
「こいし様の前でそんな事言うんじゃないよお空!」
「ははは!確かに!お空の心配する気持ちもわかるよ!」
「こいし様ぁ…」
みんなでおめかしをして。お燐とお空には、赤いリボンをつけてあげて。
私は、友達の家に遊びに行く。
古明地姉妹は姉がひきこもりで、妹の方がやたらに活発で行動範囲が広いのですが、その点かなりの違和感を感じます。
王道ですがだからこその良さがあるかと。
しかし、
>無意識に働きかけたよ。治癒が促進する
そんなことも出来るのか無意識って……なんというチート。