…………ブウウ―――――――ンンン――――――――………
地霊殿に響く、羽虫の唸り声のような音。
地の底から熱のこもった空気を震わせる、機械音。
やけに耳につくそれは、鼓膜から侵入し、脳を揺さぶるような不快感を与えた。
「…また、なにか機械を取り入れたのかしら」
姉のペット…お空に力を与えた神様の存在を思い出す。
ペットが強くなるのはいいけど、あんまり弄ると可愛くなくなるかもしれない。
もしかしたら、目も当てられないオバケにされてしまうかも。そう考えると、思わず吹き出してしまった。
最近は地上をふらふらしていたので、ここに帰ってくるのは久しぶりだった。
姉が喜ぶかと、お土産に貰ってきた本を抱えてふわりと降り立つ。
しばらく、長い廊下を進むと姉の部屋に着いた。
しかし、扉を開けて中に入っても部屋の主の姿はない。
「お姉ちゃん…?」
こいしは周りの状況を一つ一つ、確認する。
壁。
床。
家具。
そして、空気。
地霊殿の様子が、いつもと違う。
「お姉ちゃん…?ねえ、いる?」
少し不安になり、さっきより大きな声で呼びかける。
「………」
返事がない。部屋の中は先ほどから聞こえている機械音で満たされていた。
ブウウ――――――――ンンン…――
「ねえ!!」
「お姉ちゃん!!」
ブウウ―――――――――ンンン…―――ー
「…もしかして、私からかくれんぼしてるの?お姉ちゃんも、お燐も、お空も」
ブ―――ゥン―――………
「………」
姉は地霊殿の主。昨日も、今日も。明日でさえ、地霊殿にいるはずだ。
それにここにいつもいるはずの、動物たちの姿がない。
明らかに異常な状況である。
「やだ…」
さみしい。さむい。なんだか、へんだよ。
お姉ちゃん、ここ、怖いよ。
「お姉ちゃん…」
ブウウ――――ン…………
「こいし?」
「ええ、そうよ。今日からさとりは、この子のお姉さん。」
「おねえさん?」
―ここは、どこだろう。
地霊殿が温かい。確かにここは地熱でいつも温かいのだがさっきと雰囲気がまるで違う。
ここは姉の部屋のはずで、姉は呼びかけてもいなくて…寂しくて…、しかし。
いつの間にか奇妙な音も止んでいた。そこにあったのは、親と子の会話だった。
「ふふ、かわいいね…。ちっちゃい手」
「ほら、さとり。こいしの手を握ってみて」
「ん……わあ、ぎゅって!ぎゅって、にぎりかえしてくる!」
「こいしがね…さとりに、はじめましてって言ってるのよ」
「うん…はじめまして。おねえちゃん、だよ」
母親が、胸に抱いた赤ん坊をゆらゆらと揺らす。
小さな赤ん坊の手を握りながら、女の子ははにかむように笑った。
もしかしたら、これは記憶なのではないか。
もう忘れ去ってしまった、わたしの、記憶。
「これから、よろしくね。」
感情が氾濫する。嬉しい、温かい思い出だった。
「お姉ちゃん・・・」
ぽつり、と呟く。
すると、
「あら?この子は…?」
少女の姿をした「こいし」に母が気づく。
部屋の中に見知らぬ少女がいたということに気づいた姉が、わずかに身をこわばらせた。
「もしかしたら、お祝いに来てくれた女の子かしら。よかったら、入ってきて。お茶を入れるわ」
母親は赤ん坊の姿をした「こいし」をベビーベッドに静かに下ろすと、「さとり、ちょっとお相手をお願いするわね」と奥の部屋に消えていった。
「………。」
おそらく、何を話していいのかわからないのだろう。
私から顔をそらし、小さな妹の手に指を絡ませる。内気な姉の姿に、思わず笑みが溢れる。
「はじめまして、さとりさん」
「あ…はじめまして」
「可愛い妹さんだね」
「…ありがとうございます」
妹を褒められたのに少し気分を良くしたのか、やっとこっちを向いてくれた。
「ねえ、さとりさん。妹さんが生まれて、嬉しい?」
「うん、わたし、すごく嬉しいの…こいしが生まれてくるのをね、ずっと待ってたの…」
姉の輝くような笑顔が眩しい。
しかし次の瞬間、幼い姉はわずかに顔を曇らせた。
「おねえさん、だれ…?おねえさんの心…わたしに読めない…」
ギクリ、とした。
「あなたは、心をとざした妖怪?」
「あ……」
「なんで…読めないんだろうね。…あ、そうだ!」
姉が私の手をおもむろに取る。
「おかあさんが言ってたの。わたしはまだサトリとしてみじゅくだから、そんなときには手を握るの」
そうするとね、その人の心のおんどがわかるんだよ。
…小さな姉の手は、柔らかくて暖かかった。
「ん……あれ?わかんないや…でも、おねえさんの手って」
「…?」
「こいしと同じ、あったかさだよ。」
ブウウウウ――――ン……
気づくと私は姉のベッドで寝ていた。
「あれ?おねえ、ちゃん?ここは…ベッド…?もしかして、今度は赤ちゃんになっちゃったの…?」
「こいし…?何を言っているの?」
ぼんやりする視界でうろ、と視線を上げてみると。
そこには心配そうな姉の顔。
「おねえちゃん!!」
掛け布団を一気に捲り上げ、姉に思い切り飛びつく。
「こいし…!あなた、床の上で倒れてたのよ。具合…悪くない?」
「全然!!むしろね、今とってもあったかいの!!」
「…あったかい…?」
状況がまったく理解できない、というような顔をする姉。「熱でもあるのかしら」
「お姉ちゃん、手貸して?」
「いいけど…」
おずおずと姉が手を差し出す。
「私の考えてること、わかる?」
「…わからないわ…でも、こいし・・・…あなたの手、大きくなったわね」
懐かしそうに、姉が私の手を両手で包み込む。
「………!! ねえ、お姉ちゃん。手、ちょっと冷たい。」
でもね。
「お姉ちゃんの手、私すごく好きだよ。」
手の平が、温かい。心も、温かい。
「ありがとう、こいし。」
姉の笑顔。
姉の手のひら。
その温度が、私の瞳から涙を一筋、滑らせていった。
けどもう少しさとりとの会話も増やして欲しかったかな。
あと、作品全体としても、もう少し長めにしても良いかと思います。
全体を通して綺麗にまとまっていたと思います。
ところで機械音は結局なんだったのでしょうか。
エアコン?
冒頭でいきなり出てきたので、どこかで伏線が回収されるものかと思ってました。
こいしちゃんがぶっ倒れた原因ってこれですよね。
地霊殿に新たに導入した床暖房が気持ち良くて寝ちゃってた、とかだと私は安心します。
上の方もおっしゃってましたが、もう少しストーリーを長くするのと姉妹の会話を増やせば良かったと思います。
機械音はなんだったのかな?