Q , 次の三つのうち、本物のさとりはどれ?
1 「ごめんなさい! さとり様。制御棒が勝手に!」 「異変ね」
2 「ありゃ、珍しいですね、さとり様。今日はオレンジジュースなんですね」 「異変よ」
3 「んー、異変だって言ってたよー」
A , 全部こいし
◇ ◇ ◇
「いへん?」
「何のことかわかっていないようですね。まあいいでしょう」
制御棒が当たって倒れたグラスが、机の上にオレンジ色を撒き散らした。
さとり様は特に気にした様子もなく、手早くタオルで拭き取っていく。それどころかもう一つグラスを持ってきて、私にもオレンジジュースを注いでくれたのだ。
もう一度言おう。オレンジジュースだ。
「うわあ、ありがとうがざいます、ごめんなさい、いただきます!」
絶品である。至高である。もぎたて、絞りたて、注ぎたての3タテの無敵っぷりである。うまうま。
暖かい地霊殿の庭には、こいし様がどこからか持ってきたオレンジの木が植えられている。
私はこれが大好きなのだけれど、無限にオレンジが実るわけでもないので、オレンジジュースが飲めるのは特別な日だけと決まっているのだ。
……あれー?
「うーん? 今日は何か特別な日でしたっけ? えっと、私の誕生日だったかも?」
そう言うとさとり様はクスクスと笑った。
おお、さとり様が笑うなんて珍しい。これはもしかすると、さとり様の誕生日でもあるのかもしれない。
「違いますよ、お空。誕生日ではありません。お祭りの始まりを祝うようなものですよ」
「お祭り! わあ行く行く。どこでやるの?」
さとり様はちょいちょいと手招きしてきた。近づくと頭を撫でられる。
今日のさとり様はいつにもまして優しい。うにゅん。
「場所も時間もまだ決まっていません。祭りが開かれるということが決まっただけ。そう、この異変というお祭りに参加するならお空自身が行動しなければいけないのです」
「そうなんだー。むふー。うん、参加したい、です。具体的には何を、うはー。すればいいんですか?」
さとり様に撫でられる祭りなら私の一人勝ちだ。そんな祭りがあってもいいと思うの。切実に。
こねくり回される手に身を委ねていた私だったが、ふと、さとり様の柔らかい手が止まった。顔を見ると、いつもの真面目なジト目(ジト目だけで数種類ある)に戻っていて、耳に心地良い声で語りかけてきた。
「そうですね。まずは地上の人達とコンタクトを取るべきです。その後のことはあなたに任せます」
さとり様に任されてしまった。さしずめ期待の星。これは頑張るしかない。
「あなたは地底の太陽です。この異変を解決して、その力の素晴らしさを世界に見せ付けてあげなさい」
「はいっ! 了解しました。――分解の足、融合の足ともにシステムに異常なし。制御棒も許容範囲と見ました。オールグリーンです」
「こちらさとり、オールグリーン確認しました。前離れ! スタック始動! 離陸の準備はいいか」
「オーケー、いつでも飛び立てます!」
さとり様ノリノリである。私のテンションも上がってきた!
「了解。霊烏路空、異変解決に発進せよ!」
「サー、イエッサー! 霊烏路空、発進します!!」
そのまま私は勢いよく飛んでいき、一度止まってドアを開け、再び全速力で飛び立った。
◇ ◇ ◇
「異変、ですか?」
「ええ、けれどオレンジジュースのことではありませんよ?」
お燐も飲みます? とさとり様に尋ねられ、あたいはもちろん肯定の意を表した。頭としっぽが上下にぶんぶん振られる。
どういったきまぐれだろうか。今日は別段特別な日でもないし、何かいいことでもあったかな?
あらかじめ二つあったグラスから見当を付ける。
「こいし様でもいらっしゃっていましたか? ああどうも、態々ありがとうございます」
地霊殿の主自らにお酌をさせてしまった。
お酒ではないが、両手でしっかりとグラスを包み込んで受ける。恐れ多いことである。ぱたぱたと猫耳が音をたてた。
「それで異変の話ですが」
あたいはグラスを置いて、さとり様の言葉に耳を傾ける。
口の中にはまだ夢と希望が詰まっているが、そこは勘弁して頂きたい。滅多に味わうことのできない果実本来の甘さを十二分に堪能したいのだ。
「この異変の犯人は、おそらくお空なのでしょう」
ぶー! っと口からジュースを噴き出さなかった自分を褒めてやりたい。
あたいは努めて平静に口内のものを飲み込んだ。
「今はまだ著しく目立った行動は起こしていないようですが、いずれまた増長し、自身の力に振り回されることになるかもしれません」
「心配いりませんよ、さとり様。おくうはちょっとバカなところもあるけど、素直で優しい子です」
驚いて声が少し震えてしまったが、これはあたいの本心であり、事実でもあるはずだ。
だいたい犯人って何だ。また何かやらかしたか! いや、やらかす目前なのか。それならオブラートに首謀者とでも、ああ大して変わんないや。
さとり様はあたいの思考も余所に言葉を紡ぐ。
「前回よりもはっちゃけているようですし、少し危険かもしれませんね」
「そ、そんなことはないですよ? あたいは信じています。えっと、さとり様はおくうに会われたので?」
このグラスはおくうが使ったものか! ちくしょうアイツめ、しばらくはここに近づかないようにって、ああ考えるな。おくうは良い子だ優しい子。ですよね? さとり様。
「ふふ、わかっていますよ。冗談です。お空はそんな事しませんよね。姿を見たときは驚きましたけれど」
そう言ってさとり様は涼しい顔で、もう一杯どうですか? なんて聞いてくるが、あたいはそれどころじゃなくなっていた。
「いえ、あたいはもう十分です。まだ用事が残っていたことをすっかり忘れていました。すいませんが、ここで失礼します」
さとり様相手に嘘なんか通用しないとわかっていても、自分からおくうの非を肯定するようなことはできなかった。
今ばっかりはいつもの可愛らしいジト目が恐ろしい。あの目は……マジだ。
「そうですか。それではまたの機会にしましょう。お空によろしくね?」
あたいは脇目もふらずに地霊殿を飛び出していた。
◇ ◇ ◇
「あら、こいし、お帰りなさい。それとただいま」
「おかえりーお姉ちゃん。私は結構前からいたよ?」
「帰ってきていたのなら、ただいまぐらい言いなさい」
全く、こいしの放浪癖には困ったものだ。
当てもなくフラフラと地底や地上すらも彷徨っては、帰ってきたかと思えば、すぐに出て行くし。その上、そこにいることにすら中々気付けないのだ。
『道路に死なん、これ天の命なり』なんて思っていそうである。
私にはこいしの考えなんてわからないのだけれど。
こいしは私を迎え入れてくれた時と同じ姿勢、同じ表情のまま。
少し真面目な事を考えている気がする、かな?
「えへへー、お姉ちゃんの真似~」
そう言うなり、こいしは目を細めてジトッとした表情になり、斜め35度からこちらを見てきた。
やっぱりこいしの考えはよくわからない。私は無言でこいしの頭にチョップをかましてやる。
「似てません」
「ええ! 超似てるよコレ。お燐やおくうだって見分けが付かないレベル」
「……似てませんよ」
私はそんな不快感や気怠さを前面に出したような陰りのある表情はしていない。ほんとほんと。
……この話題はいささか分が悪いかもしれない。私は軽快に話の方向性を変えることに挑戦する。
「お燐と言えば、ここに来る前に見かけましたね。なにやら急いでいた様で、まさに猫真っしぐらといった感じでしたが、何かあったのですか?」
「んー、異変だって言ってたよー」
「異変、ですか。何が起こったんです?」
「知らなーい」
「でしょうね」
はあ、と私は大仰に溜め息をついてみせる。
お燐とすれちがい様にあいさつした、という訳ではないと二人分用意されたグラスが物語っている。
「また忘れたんですね」
「忘れたんじゃないよ? 忘れない為に覚えない主義なの」
それは結局分からないということでは?
実の妹であるこいしだが、まだ第三の目を閉じていないころからも、掴みどころのない妹でありました。
「よくわからないわ。私はニーチェやサルトルのように哲学的思考は持ち合わせていないの」
「難しいことじゃないんだけどなー。お姉ちゃんと私には似通ったところがたくさんあるんだから。ちょっと歩調がずれてるだけ。時計の長針と短針のようなもの」
こいしは満面の笑みで続ける。
「さてここで問題です。時計の長針と短針は一日に何回重なるでしょーか?」
「ええっ問題? えっと、……24、いや23? 0:00と24:00もカウントするんでしょうか」
「ぶぶー。残念無念の大ハズレ。こいしちゃんの解釈では、いつであろうと根元は絶えず重なっている、が正解です!」
「……なるほど」
その発想はなかった。
私達姉妹も根っこの部分では繋がっている、という解釈でも良いのだろうか。
それは少しポジティブに過ぎるかな?
気が付いた時にはこいしはもういなくなっていた。たとえ目の前であろうと、空気に溶け込むように、すうーっと見えなくなってしまう。
しばらく待っても出てくる気配はないので、またどこかにふらりと出掛けてしまったのだろう。
今日こそは一緒にご飯を食べようと誘うつもりだったのに。お姉ちゃん寂しいですよ?
こいしが置きっぱなしにしていった、二つのグラスを洗いに流し台へ行く。
私はこいしが知らないと言ったことを思い返していた。
「異変、ねえ」
何か変わった出来事のこと? 一体何のことだろう。
◇ ◇ ◇
突然噴き出した間欠泉には、温泉だけでなく怨霊も混ざっていた。
まあそれぐらい大したことじゃない。妖怪や幽霊が跋扈する幻想郷。
今更怨霊が出て来たところで大した影響はないだろう――と考えていたのだが、それを許さない奴らがいた。
「それじゃあ霊夢、先行くぜ。私の家にも温泉を引っ張ってきてやる」
「あ! 魔理沙、人形置いていってどうするのよ。せっかく紫にも協力してもらったっていうのに」
「地上と地底の妖怪は、互いに干渉しないのが規則。頼れるのは霊夢だけなのですわ」
「私もいるぜ」
先に怨霊出してきたのは向こうだろうに。
というか萃香いるじゃん。地底ってあいつのホームグラウンドじゃん。
当の子鬼と言えば、地上から高みの見物を決め込むらしく、炬燵から出て来ない有様。
「全くもう! 異変は解決しても、温泉は止めないからね!」
――封印された妖怪達との戦いが、今始まる――
彼女にこそ黒幕の称号はふさわしい。
Exもクリアしてハッピーエンドを迎えた俺に死角はなかった。
いい感じに妄想できて、面白いです。