太陽がじりじりと地面を焦がして、強い草の匂いが鼻をつく季節になった。
ともすれば視界が揺れているようにも錯覚してしまいそうな熱気が世界中を包み込んで、誰も彼もが二言目には「暑いね」と口にする。
そんな滑稽な幻想の中、ふらふらとあてもなく散歩をする気には、どうしてもなれなかった。
だから木陰で一人、休んでいたというのに。
「ねえルーミア、あれやってよ、アレ」
「…ええ…っ」
昼下がりのこの暑い中、額に汗を滲ませながら、彼女は無邪気に話しかけてくる。
いつもと違うのは、そこらへんの干からびた植物のように、頭の触覚の先がだらりと垂れていることくらいだった。
マントくらい脱げばいいじゃない、そう言いかけた口は暑さに負けて閉じてしまった。
…暑苦しい。今は独りでいいんだけどな。
足元の蟻は私の足にぶつかって、ぴたりと止まって、今来た道を戻り始める。
「ねえってば」
ぐい、と彼女は私の腕を取り、自分の胸に近づけた。その声は怒っているようでもあり、媚びているようにも聞こえた。
…ああ、反発するのも、面倒くさい。
「引っ張るんじゃないの」
乾いた幹のささくれを、左手でなぞりながら、私は重い口を開いた。
からからに世界は渇いているというのに、どうしてこんな不快な水分が纏わり付くんだろう。
張り付いた前髪は退けても退けても、頑なにその位置を譲ろうとしない。
ちらりと視線を移すと、彼女は早くも期待したような視線を此方に向けていた。
「…仕方ないな。私は便利屋じゃないんだけどね」
掴まれていた腕を優しく払いのけて、私はふわりと宙をなぞる。指の先から小さな闇が広がり、それは次第に膨らみ、私たち2人を包み込んだ。
まったく光を通さない完全なる闇。
でも私はあまりこれが好きではない。昼間は目立ちすぎるから。
もちろん彼女は、そんな私の気持ちなんてこれっぽっちも知らぬ風である。
「あーっ………うん、涼しくなった」
背伸びをしたような、気の抜けた声が暗闇の向こうから聞こえてくる。
闇が太陽の光を遮っただけ。でもそれだけで、随分涼しくなるのはわかっていた。私も彼女も。だから夏には、よく彼女は私を見つけて闇をせがんだ。
私も頑なに拒むことはしなかったから、それで勢い付いてしまったのかもしれない。最近は会う回数も増えた気がする。気には、していないつもりだった。
…ああ、これであとは風が出てくれば最高なんだけど。
思い出したように気紛れに吹く風はいつも意地悪で、タイミング良く吹いてはくれない。
「ルーミア?」
「ん」
そっと、手に何かが触れる。
…ああ、これは彼女の衣服。そう思っているうちに、手を握られた。
「いつもありがとね」
はあ、と小さく素の声を出してしまった。この友人は今更何を言うか。これまでそんなこと言わなかったのに。
別に感謝の言葉を求めていたわけでも無いけれど。
ああ、もう、何か、妙に引っ掛かるのよ。
「…どういう風の吹き回し?」
「別にぃ」
握る力が少し強くなる。手汗で、じわり湿った手。
振り解こうと思えばさっきみたいに簡単に振り払えるけれど、どうしてか私はそのままにしていた。
暗闇の向こうの彼女はいったいどんな顔をしているんだろう。
さっきまで彼女の顔があった場所には、頑張ればうっすらと何か見えなくも無い気がしてくるけれど、それでは今の私には不十分過ぎた。
硬い幹の感触。
小さな息遣いの音と、布が擦れる音。世界が二人きりになったような感覚。悟られないように身を小さくして、息を潜めて彼女を窺う私は臆病者だ。
握られた手が、小さく震えた。
「あ」
沈黙を破って、彼女が声を上げる。私の重い思いを知るわけがない、いつもの澄んだ声。
「雨よ」
同時に脳天に一滴の刺激を受けて、初めて気付く。
いつの間にか、遠くから、近くから、鈍い音が私たちを包み込んでいた。
慌てて能力を解除すると、思っていたより眩しい空が私たちを出迎えてくれた。
夕立だ。
みるみるうちに雨足は強まり、地面を濃く染め上げていく。
握られたままの手が引っ張られた。
「雨宿り!しないと!」
こんなに力強かったっけ、と思うくらい意外な力で、私の体は自然に駆け出していた。
でも不思議と躓くことは無かった。
ちらりと後ろを振り返った彼女は何だか、嬉しそうな顔をしていたような、気がした。
ともすれば視界が揺れているようにも錯覚してしまいそうな熱気が世界中を包み込んで、誰も彼もが二言目には「暑いね」と口にする。
そんな滑稽な幻想の中、ふらふらとあてもなく散歩をする気には、どうしてもなれなかった。
だから木陰で一人、休んでいたというのに。
「ねえルーミア、あれやってよ、アレ」
「…ええ…っ」
昼下がりのこの暑い中、額に汗を滲ませながら、彼女は無邪気に話しかけてくる。
いつもと違うのは、そこらへんの干からびた植物のように、頭の触覚の先がだらりと垂れていることくらいだった。
マントくらい脱げばいいじゃない、そう言いかけた口は暑さに負けて閉じてしまった。
…暑苦しい。今は独りでいいんだけどな。
足元の蟻は私の足にぶつかって、ぴたりと止まって、今来た道を戻り始める。
「ねえってば」
ぐい、と彼女は私の腕を取り、自分の胸に近づけた。その声は怒っているようでもあり、媚びているようにも聞こえた。
…ああ、反発するのも、面倒くさい。
「引っ張るんじゃないの」
乾いた幹のささくれを、左手でなぞりながら、私は重い口を開いた。
からからに世界は渇いているというのに、どうしてこんな不快な水分が纏わり付くんだろう。
張り付いた前髪は退けても退けても、頑なにその位置を譲ろうとしない。
ちらりと視線を移すと、彼女は早くも期待したような視線を此方に向けていた。
「…仕方ないな。私は便利屋じゃないんだけどね」
掴まれていた腕を優しく払いのけて、私はふわりと宙をなぞる。指の先から小さな闇が広がり、それは次第に膨らみ、私たち2人を包み込んだ。
まったく光を通さない完全なる闇。
でも私はあまりこれが好きではない。昼間は目立ちすぎるから。
もちろん彼女は、そんな私の気持ちなんてこれっぽっちも知らぬ風である。
「あーっ………うん、涼しくなった」
背伸びをしたような、気の抜けた声が暗闇の向こうから聞こえてくる。
闇が太陽の光を遮っただけ。でもそれだけで、随分涼しくなるのはわかっていた。私も彼女も。だから夏には、よく彼女は私を見つけて闇をせがんだ。
私も頑なに拒むことはしなかったから、それで勢い付いてしまったのかもしれない。最近は会う回数も増えた気がする。気には、していないつもりだった。
…ああ、これであとは風が出てくれば最高なんだけど。
思い出したように気紛れに吹く風はいつも意地悪で、タイミング良く吹いてはくれない。
「ルーミア?」
「ん」
そっと、手に何かが触れる。
…ああ、これは彼女の衣服。そう思っているうちに、手を握られた。
「いつもありがとね」
はあ、と小さく素の声を出してしまった。この友人は今更何を言うか。これまでそんなこと言わなかったのに。
別に感謝の言葉を求めていたわけでも無いけれど。
ああ、もう、何か、妙に引っ掛かるのよ。
「…どういう風の吹き回し?」
「別にぃ」
握る力が少し強くなる。手汗で、じわり湿った手。
振り解こうと思えばさっきみたいに簡単に振り払えるけれど、どうしてか私はそのままにしていた。
暗闇の向こうの彼女はいったいどんな顔をしているんだろう。
さっきまで彼女の顔があった場所には、頑張ればうっすらと何か見えなくも無い気がしてくるけれど、それでは今の私には不十分過ぎた。
硬い幹の感触。
小さな息遣いの音と、布が擦れる音。世界が二人きりになったような感覚。悟られないように身を小さくして、息を潜めて彼女を窺う私は臆病者だ。
握られた手が、小さく震えた。
「あ」
沈黙を破って、彼女が声を上げる。私の重い思いを知るわけがない、いつもの澄んだ声。
「雨よ」
同時に脳天に一滴の刺激を受けて、初めて気付く。
いつの間にか、遠くから、近くから、鈍い音が私たちを包み込んでいた。
慌てて能力を解除すると、思っていたより眩しい空が私たちを出迎えてくれた。
夕立だ。
みるみるうちに雨足は強まり、地面を濃く染め上げていく。
握られたままの手が引っ張られた。
「雨宿り!しないと!」
こんなに力強かったっけ、と思うくらい意外な力で、私の体は自然に駆け出していた。
でも不思議と躓くことは無かった。
ちらりと後ろを振り返った彼女は何だか、嬉しそうな顔をしていたような、気がした。
個人的には殺伐としているのよりほのぼの系のが大好物
次回作も楽しみにしています。
場面が目に浮かんできそうな素晴らしい描写でした
二人は仲良し。
この胸に残るさわやかな感じが、とっても好きです。
次の作品も期待してますよ!
官能的でも日常的、とてもかわいらしいです。