Coolier - 新生・東方創想話

小野塚小町は働いているか?

2013/06/02 02:22:29
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 太陽が空に昇ってから五時間ほど経ったころ。船頭死神である小野塚小町はゆったりとした足取りで仕事場に向かっていた。
 船頭死神の仕事には、決まった勤務時間やノルマというものがないため、今日のように二度寝などしてきても何の問題もないのである。
 もちろん、ある程度は働かなければ解雇されるだろうから、そこそこ真面目に取り組んでいると小町は確信していた。サボマイスタなんて言われる謂れはないというものだ。

 さてさて、お客さんはもう来てるかね、と小町はまだ少し距離のある仕事場の河原を見つめる。
 ゆるりと舟を漕ぎながら、死者の魂から生前の話を聞くのは、この仕事の楽しみといえるだろう。
 今日はどんな話が聞けるだろうかと期待していた小町は、河原にぽつんと佇む小さな霊を見つけて、少しだけ顔を歪めた。

「参ったねえ。子どもの霊かい」

 これは困った。子どもが嫌いなわけじゃあない。十分な徳を積む前に死んでしまった子どもの霊は、三途の河を渡りきることが難しいということを、小町は知っていた。
 死神の目でよくよくその子どもの背中を見てみるも、予想通り、渡し賃となる銭はたったの二文しかなかった。
 彼岸までたどり着ける最低ラインが六文、それでも道のりは長く、時間にして三時間はかかるほど。それが二文となると、一体どれほどの時間がかかるものか。到底乗っている子どもは三途の河の気に耐えられず、跡形もなく消滅するだろう。
 小町の能力である『距離を操る程度の能力』を最大限に使えばその限りではないが、そのときはこまち自身の首が飛ぶ。

 じゃりじゃりと河原の小砂利を踏む音に気づいたのか、子どもの霊が慌てた様子で小町のほうに振り向いた。年の頃は八歳か、もう少し下なぐらいか。小町の担いでいる大鎌に驚いたらしく、強張った顔で話しかけてきた。


「オレを殺しに来たのか?」
「少年はもう死んでるだろう」

 なかなかジョークのわかるやつなのだろうか。

「あたいは三途の渡し守、船頭死神の小野塚小町ってえもんよ。んでもって、そこに流れてるのが三途の河だ」

 小町がそういうと、少年はまた驚いた表情をして、河を見て、小町を見て、忙しくも今度は悩みはじめた。魂の状況を見るに、死んでから間がないというわけではないみたいだが、まだ自分の死に納得していないようだ。

「いつのまにか桜の木の前にいて、歩いてたらここに来て……オレは本当に死んだのか」

 喋っているうちにだんだんと声が小さくなっていく。額に手を当ててさらに小さな声で「まじか……まじか」なんて呟いている。しばらくそうしていた少年だったが、考えがまとまったのか、再び小町に話しかけてきた。


「オレを生き返らせてください」
「ダメです」

 というか出来ない。


「あんなんじゃ死ぬに死にきれない! 頼むよ、少しだけでもいい。オレに出来ることなら何でもする」
「そうは言ってもね、死んでしばらく経ってるみたいだし、蘇生は無理だろう。あたいでよけりゃあ話を聞くよ。どうして死んだんだい?」

 少年は一転、勢いをなくすと、目をそらして何ともわかりやすく言い辛そうにしている。

「いやいや、無理して言う必要はないさ。人生にゃあ色々ある、辛いことは忘れちまったほうがいい」
「…………がつまって」
「うん?」

 それでもお願いしている立場としてか、少年は自分の死因を教えてくれた。



「のどに餅が詰まって死んだ」
「…………おう」






 人間は簡単に死ぬ。
 のどに餅が詰まって死ぬ。スズメバチにさされて死ぬ。お酒の飲みすぎで脳卒中で死ぬ。
 死因なんて並べても気持ちのいいものではないが、それほど簡単に、馬鹿みたいな理由でも、人間は死ぬ。
 そんな連中もここ此岸にはやってきた。死ぬつもりなんてなかった。いっそ笑い飛ばしてくれれば気が楽だ。恨みなんてのはないが、一言お袋に謝りたい。

 満足のいく死を迎えられた人のほうが少ないだろう。小町の仕事は、死んでもなお未練たらしくしている霊がいれば、どやしつけてでも彼岸に運ぶことである。

「お前さんを生き返らすことはできないよ。そんな力もない」

 それでも、まあ。

「それでも幽霊のままでいいってんなら、話をしに行くことぐらいはできるよ。少しだけならね」


 少年がさきほどまでの暗い顔から打って変わって、ぱああ、と輝くような笑みを浮かべた。ころころと表情が変わる奴だ。
そう言って小町もつられて微笑んだ。
 ああ一体、これで何度目になるだろう。





 ◇ ◇ ◇





 人里は相も変わらず平和一色であった。にぎやかな通りの中にちらほらと妖怪などが混じっているのも、幻想郷ではよく見る風景である。
 霊を連れた赤髪の死神もまた、別段隠れることもなく、堂々と通りを歩いていた。こうしていれば、変に勘繰られることもない。


「それで少年、どっちだい? お前さんの家は」
「このまま真っ直ぐだけど、それよりさっきの何、瞬間移動?」
「へへん、死神の専売特許ってえやつさね。三十秒もあれば地球の裏側にだって逃げられる」
「誰から逃げるんだよ」
「誰だろうね」

 地の果てまでも追ってくる埼玉県警だろうか。いや、ダイヤ型の爆弾だったか。

「まあ、実際は遠すぎるとキツイし、よく知ってる場所、もしくは目で見える範囲ぐらいにしか飛べないんだけどねー」
「それでもすスゲェよ。死神は皆そんなことが出来んの?」
「できるできる。遠くで大鎌を振るったかと思えば、頭と体がさよならしてたりする」
「殺される」
「少年はもう死んでるじゃあないかい」


 からんころんと、喧騒の中に下駄の音を混ぜながら、小町はのんびりと歩を進める。葉桜となった桜の枝が、暖かなそよ風にさわさわと揺られている。子どもたちは元気よく走り回り、世間話に勤しむ女衆からは、時折甲高い笑い声が上がる。
 静かな三途の河辺もいいが、活気に満ちた人里をぶらりと歩くのも、小町は気にいっていた。

「死神さん……えっと名前なんだっけ」
「小町だよ小町。さんもいらない」

 気安く死神はそう応える。

「それじゃ小町。こんなにゆっくりしててもいいの?少しだけって言ってたけど、あとどれくらいこっちにいられるの?」
「少しってのは、少年が少年の家族や知り合いなんかと話してられる時間のことだ。生者と死者の繋がりが強くなっちまえば、碌なことになんないからね」
「ふーん、そう。わかった」
「今のうちに何話すか考えときなよ。話す相手は家族だけでいいんだね?」
「うん。十分だよ。親父と妹だけ。あんまり大勢に知られると、小町も上司に怒られるだろうし」

 少年の母親はすでに死んでいるらしく、父親は再婚もせずに、少年とその妹を育てたのだとか。

「子どもがそんな心配する必要はないっってもんよ。好きな子に告白する最後のチャンスじゃないか。誰かいい人はいないのかい」
「そんなやついねえよ」


 少年の霊は小町を先導するように歩みを速めた。霊と言えども足はあり、見た目は死ぬ前と何ら変わりはないだろう。霊によっては死んですぐにでも人型を失い、どこぞの庭師の周りに浮かぶ饅頭のような形になることも珍しくない。少年が未だに人の形を保っていられるのは、少年の根性の賜物か。
 小町の考えもよそに、少年はずんずんと進んでいった。

 広い大通りから入り組んだ路地へと入っていくと、にぎやかだった人の声も小さくなり、軒を連ねている家々によってできた日陰のせいもあってか、小町はひっそりとした寂しさを感じた。


「そろそろかい」
「うん」
「話すことは決まったかい」
「……うん」

 程なくして、少年は一軒の家の前で立ち止まった。緊張した面持ちで戸口のほうをじっと見ている。
 行っておいで、あたいはこの辺で待ってるから、あんまり長居はしないように、と小町は小声で少年に話しかけると、会話を聞かないようにと来た道を戻っていく。五歩ほど歩いて振り返ると、少年は慣れない仕草で頭を下げ、父と妹がいるのであろう家の中へと入っていった。


 家を目視できるギリギリの距離、路地の曲がり角まで戻ってきて一息。
 小町の耳に、ごんっという頭を殴ったような音が聞こえた気がした。続いて少年の痛えっ!という元気な叫び声。

 ……幽霊って殴れたっけなぁ。







「しっかり話はできたようだね」
「頭が割れるかと思った」
「自業自得じゃないか。子どもが親より先に死んじゃあいけないよ。一発で済んでよかった」
「思いっきり殴るんだもんなあ。そんで今度は泣きながら抱きしめてくるし。話そうと考えてた事なんかほとんど忘れちゃった」

 そう言いながらも、少年の顔は満足げだ。目は赤くなっているが、浮かべているのはすっきりとした笑み。
 曲がり角まできて振り返れば、少年の父親と妹が家の前に立って見送ってくれている。顔をくしゃくしゃにさせながらも、何とか作り出した笑顔は、遠目に見ても判るほどに温かいものだった。

「そんじゃあ行きますか」

 大きく手を振る少年の肩に手を置いて、小町は能力を発動させた。





 ◇ ◇ ◇





 此岸に新しいお客さんは来ていないようで、二人の足音とさざなみの音だけが響いていた。
 口火を切ったのは少年の方で、大したことではないというように軽い口調で話し出した。


「オレって三途の河渡れないんだよね。渡し賃二文しかないし」
「なんだい、気づいてたのかい」
「まあね。最低でも六文いるってのは有名な話だよ」

――三途の河は、生前の徳を表す銭によって河幅が変わる。六文という金額は、魂を疲弊させる気が満ちている三途の河上を、無事に渡れる最低金額とされている。

「その通り。死神が受け取った銭によって河の距離は決まる。これを他の霊から奪った銭でもって代用すりゃあ、途中の結界で阻まれちまうし、能力を使ってズルしようもんなら、霊も死神も揃って裁かれ、魂ごと消滅させられるってえ寸法よ」
「そうだよね」

 少年は達観したように呟いた。満足のいく別れを迎えられた事で、この後どうなろうが構わない、とでも思っているのだろうか。どうにもならない事だと割り切っているのかもしれない。

「いいのかい、少年。転生してもう一度やり直してやろうとは思わないのかい? 十年にも満たない人生で、オレはよくやったなんて諦めちまってもいいのかい?」
「まるで悪魔のような囁きだな。なんと言われようと、オレは不正をしようとは思わないよ。小町にもこれ以上、迷惑かけらんないし」
「だーかーらー、子どもがそんな心配しなくてもいいって言ったろう。もっとも、あたいも不正をしようなんざ思っちゃあいない。――よく考えてみるんだ。何か方法はないかってね」


 そう言って片目を瞑った死神を見て、少年は困惑しながらも、何か思うところがあったのか、その場に座って考え始めた。

 どこからか気の早い蝉の声が聞こえてきた。抜けるような青空には、名前も知らない鳥の影が見える。死の河岸だからといって、生き物が存在しない訳ではないということに、少年は初めて気づいた。気づいていないことはまだあるのだろう。その中に可能性も残っているのかもしれない。
 
 そうやって、小町の台詞を思い返していた少年はそこではっと顔を上げて小町を見た。



「もしかして……決まっているのは、距離だけだったり?」
「ご明瞭! つまり変えられるものもあるってことさね」

 少年が答えに行き着いたことが嬉しいのか、小町はにやっと人の良い笑みを浮かべると、同時に答え合わせをするかのように、せーの、と掛け声をかけた。



「「速さだ!」」


 
―――


――――――


―――――――――――


「少年、俺はこう思ってるんです。旅は素晴らしいものだと。」
「俺? 何言ってんの、うわスゲェ、速え!」
「その土地にある名産、遺跡!暮らしている人々との触れ合い!新しい体験が人生の経験になり得難い知識へと昇華する!しかし目的地までの移動時間は正直面倒です、その行程この俺なら破壊的なまでに短縮できるゥ!」
「ちょ」


 小町の操る舟は河上を猛スピードで駆け抜ける。その姿はさながら一条のレーザーのごとし。舟が上げる水しぶきは小町の背の倍ほどまでに立ち昇った。そう、彼女もまた、世界を縮める女だったのだ!


「うわ、ちょっと待って、速い速い怖い怖い! スピード落として、もう十分だろう!」
「だが、まだ足りない!足ァりないぞォ!――お前に足りないものは、それは!!」
「うわああああああ!?」


―――――――――――


――――――


―――


「はっはっは、すまんすまん。ある程度のスピードを超えるとついついハイになっちゃうんだよね。いやお騒がせした。山の巫女の所で見せてもらったんだけども、これがまた愉快な男でさ……ごめん、大丈夫かい?」
「……吐かなかったのが奇跡に思えるよ」
「そりゅあ幽霊に胃とかないしね。ある奴も知ってるけど」


 時刻はまだ、奇跡の昼前。果てがないとまで言われた二文の三途の河を、小町はものの三十分ほどで渡りきってしまった。
 少年の霊も消滅することなく――違う理由で疲弊してはいるが、無事に対岸である彼岸までたどり着くことができたのだった。


「なにはともあれ、ここでお別れだよ、少年。来世はもっと歳食ってから死にな」
「うん、頑張ってみる。ねえ小町、一つ訊いてもいい?」
「おうともさ。小町さんが何でも答えてしんぜよう」

「――小町って本当に死神?」
「え? んふふ、あははは! 確かにお茶の間のイメージに比べりゃ、可愛いし可憐だし麗しいけどさ」
「そんなことは言ってねえよ」

 陽気で話好きでお人よしな死神だろう、と少年は思っていた。気恥ずかしいので口には出さないが。

「最期まで口の悪い奴だねえ。あたいも人のこと言えないけどさ。閻魔様の前でそんな口聞くんじゃないよ。それと嘘はつかないこと、挨拶はしっかりすること、寝る前には歯を磨くこと!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「……はい」

 あんたは俺の母親か、とも思ったが、これも気恥ずかしいので言わない。

「生まれ変わったら、甘味屋にでも行こうぜ。俺の奢り」
「今度は饅頭詰まらせて死ぬんじゃないかい?食べ物はよく噛んで食べるんだよ」
「あーわかってるよ、もう。そんじゃあね」
「おう」






 少年が視界から消えて、十分に時間を置いてから、やっと小町は肩の力を抜いた。首をぐるりと回して、両手を合わせて大きく空に伸びをする。
 少年の手前くだらない見栄を張ったが、正直言って、立っているのも億劫だった。


「此岸に戻ったらいつもの大岩でゆっくり昼寝でもしますかね」


 こうして小町は、昼どころか夕方近くまで眠り続けるのだろう。
 小野塚小町は働いているか、審議のわかれるところだった。









 <了>
 
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興味のある方、新しい事に挑戦してみたい方、未経験者のかたも大歓迎です!
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 なんてね。
黒砂糖
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コメント



0.470簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
早苗さ〜ん(巻き舌気味に)
小町は働いているに一票。死神は特定の死者に情を移してはいけない?大丈夫、これが初めてじゃあないだr
7.90名前が無い程度の能力削除
わかりやすくて結構好きですよ。
働いてはない。
9.80名前が無い程度の能力削除
陽気で少し切ない彼岸を楽しませていただきました。この後、少年は賽の河原で小町と再会するやもしれませんね。その時には何をおしゃべりするのやら。
働いてるかなぁ……いちおう。
11.90奇声を発する程度の能力削除
一応働いてる…のかなぁ
12.100名前が無い程度の能力削除
まさかクーリエでこのネタを見るとは···不覚にも吹いた自分が情けない
こまっちゃんは、まあ、コレが仕事っちゃ仕事だしなぁ
13.無評価黒砂糖削除
>>6さん 
映姫様は知ってるんですかね。知ってるんでしょうね。
でも大丈夫、逃げ足もきっとはy
>>7さん
高評価ありがとうございます。
もっと読みやすく、読み終えたくなるような話を考えます。
>>9さん
賽の河原って幻想郷ではどうなってるんですかね。
やっぱり鬼が積んだ石を崩しにくるのでしょうか。それだとあまりに救われないということで今回のようにしてみました。楽しんで頂けてよかった。
>>11さん
一応がついちゃいますよね。 you too.
それでもいいかとも思ってもいます。感想ありがとうございました。
>>12さん
作者にも入れるつもりはなかった。どうしてこうなった。
能力ではなく、速さでもって距離を縮める→世界を縮める男のセリフと気がついたら確定していた。これでは文化的二枚目半ではないか!
次作とか全く思いついてないけどこれは書かねばなるまい。5KBくらいならいける。
17.803削除
なんだか妙なテンションのSSですねぇ。
個人的には嫌いじゃないです。