ここは永遠亭、お姫様の寝室。
その部屋の主が押入れの中をガサゴソと漁っていると、その背中に向かって客人の退屈そうな声が飛ぶ。
「ねえ、一体何なの? 見せたい物があるとかなんとかって言ってたけど」
「ん~ちょっと待ってね。すぐに見せてあげるから」
部屋の真ん中に腰を下ろした白髪の少女の、欠伸混じりの声。
対してお姫様は相変わらず押入れの中に上半身をつっこんで、背を向けたまま返す。
その様子に、白髪少女はなおさら大欠伸。
「ふぁ~あ……まあ暇だからいいけど、輝夜姫様のお戯れに無駄な時間を使っている気がしてならないわ」
「あら、いいじゃない。どうせ時間は有り余っているんだし、無駄にできるだなんて最高の贅沢だとは思わないもこたん?」
「もこたん言うな。わたしは妹紅!」
「可愛いあだ名だと思うんだけどな~」
「か、可愛さなんていらないよ!」
と、声を荒げたところで妹紅はふと我に帰る。
このままとりとめもない話に乗っかってしまえば、ますます輝夜のペースに陥るだけ。
相手はかつて父を含む五人の男を手玉に取ったお姫様なのだ。
後ろから掴みかかってやろうかと浮かした腰を、また円座に落とす。
「はあ……もういいから、さっさと見せるもん見せてよ」
「あら、そんなに見たい?」
「だからそっちが見せたいもんあるからって呼んだんでしょうが」
熱くなりすぎないよう、なるだけ冷静にツッコミを入れる。
すると、これ以上からかっても無意味と判断したのか、輝夜の声が若干つまらなさそうになった。
「むう、妹紅ってばつれないわね」
「あんたとの腐れ縁もこんだけ永ければ、そりゃあね」
輝夜のペースにかき乱されないことを誇る妹紅。そのまま警戒を続ける。
だが、輝夜は相変わらず妹紅に背を向けたまま、突然不敵に笑いだした。
「ふふふ。その余裕、これを見ても続くかしらね?」
自信満々にそう言うと、輝夜はようやく妹紅の方へ振り向いた。
その顔には薄ら笑い。両腕に抱える身の丈ほどの何かを妹紅に見せびらかせた。
「じゃんじゃじゃ~ん!」
「まったくもう、一体何なの……さ……っ!?」
輝夜に向けられていた冷やかな目が、輝夜の抱える「それ」をはっきりと認識した瞬間大きく見開いた。
それと同時に、妹紅の顔があっという間に真っ赤に染まる。
「な、何だそれはぁ!?」
先ほどまでの冷静な対応はどこへやら、顔を真っ赤にした妹紅は勢いよく立ちあがり輝夜に詰め寄る。
その反応があまりに予想通りで面白くて、輝夜はまたにんまりと笑う。そして目くじらをたてる妹紅に、「それ」の名を紹介してあげた。
「ふっふっふ、教えてあげるわ。これは人恋しい夜にも心安らぐ究極グッズ。その名も『抱き枕もこたん1/1スケール』よ!」
「名前なんか聞いちゃいないわよ!」
ふざけた名前はこの際置いておくとして、妹紅が問題にするのはそのデザイン。
等身大枕の白い布地の上に、何故か頬を赤らめて仰向けに横たわる自分の姿絵。しかも何故かモンペの肩紐が外され、しかも何故かシャツの胸元が少しはだけた悩ましい姿。
ついでに枕の裏にはご丁寧に後ろ姿も描かれていた。
「何よこの絵!? 何でこんなん持ってるのよあんた!?」
「きゃ、妹紅ってば大胆」
胸倉を掴んでがくがく揺さぶってくる妹紅に、輝夜はあくまでおどけた姿を続けてみせた。
「何でこれを持っているのかって、答えは単純よ。さっきも言った通り、人恋しい夜にこの『抱き枕もこたん1/1スケール』を抱きしめて、頬をすりよせて、愛を囁いて、最後にその唇に……」
「う、うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
輝夜の言葉を最後まで聞くまいと、耳を塞いで絶叫する真っ赤な妹紅。
そして輝夜の抱える『抱き枕もこたん1/1スケール』を強引に奪い取り、外に向かって放り投げた。
『抱き枕もこたん1/1スケール』は勢いよく障子を突き破って、縁側から庭へと吹っ飛んでいった。
「あ、何するのよ!? ちょっと、やめなさいってば!」
「灰の一欠片も残らず消え去れえええええぇぇぇぇぇ!!」
輝夜の制止にも聞く耳持たず、妹紅は『抱き枕もこたん』へと一心不乱に炎を放つ。
炎は『抱き枕もこたん1/1スケール』に直撃し、爆ぜた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ひどーい。永琳の作ってくれた大事な『抱き枕もこたん1/1スケール』なのに」
「う、うっさい! よくもまああんな恥ずかしいもの……を!?」
文字通り顔から火が出そうになりながら輝夜をにらみつけるや否や、再び言葉に詰まった。
先ほど妹紅が剥奪し、すっかり空になったはずの輝夜の両腕に、新しい等身大枕。
その白い布地の上に、何故かさっき以上に頬を赤らめて仰向け横たわる妹紅の姿絵。しかも何故かさっきまであったモンペが消え去り裸ワイシャツ状態で、しかも何故かさっきよりも胸が大きくはだけ、ちょっと見えてしまっている(下着が)。
「あ、これ? これは『抱き枕もこたん1/1スケールDX』よ。人恋しさがいつもより強い夜に抱きしめて、胸元に顔をうずめてみたり、あまつさえちょっとペロっとしてみたり、最後はやっぱり唇に……」
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
今度も最後までは言わせまいと、妹紅は『抱き枕もこたん1/1スケールDX』を奪い取り、外に放り投げ、火を放つ。『抱き枕もこたん1/1スケールDX』は美しく爆ぜた。
そして再度輝夜に顔を向ける。
「あ、あんた、変態じゃな……い……のぉ!?」
薄々想像はしていたが、果たして想像通りであった。
輝夜の両腕が包み込んでいるのは、少し涙目になりながら顔を紅潮させる妹紅の姿絵。何故か頭のリボンを除いて生まれたままの姿になっており、しかも何故か大事なところは上手い具合にその長髪で隠されていた。
「ふふ、説明するわ。『抱き枕もこたん1/1スケールスーパーDX』は何かもう人恋しさが激しすぎて色々ふっきれた夜に抱きしめて、あっちこっち撫で撫でして、だいしゅきホールドして、最後は勿論唇に……」
「い、いいかげんにしろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大声で輝夜の言葉を遮った妹紅は、しかしもう『抱き枕もこたん1/1スケールスーパーDX』をぶん投げることはしなかった。
意外な展開に目を丸くした輝夜。その故を尋ねると、妹紅は疲れた顔をして答えた。
「いいわよもう。どうせそれを燃やしても、また新しいのが出てきそうだし……」
「あら、当たりよ。実は最後にもう一つ、『抱き枕もこたん1/1スケールスーパーにゃんにゃんDX』っていう、人恋しさがおかしな方向へ進んだ結果の産物があったんだけど……」
「はぁ……」
恥ずかしさが一周回って、逆に思考が落ち着いてしまったらしい。相変わらず顔は赤いが、もう声を荒げることも無く、ただため息をつくだけ。
今日はこれ以上妹紅をからかうことはできそうにない。だが、輝夜にとってそれは特に問題ではなかった。
前座は終わった。本番は、最も大事なのはこれからなのである。
「ふふふ」
「……えっ?」
脱力しきっていた妹紅には、一瞬何が起きたのか分からなかった。
輝夜がまた笑ったかと思えば、視界が空転し、目の前に輝夜の顔、その後ろの方に天井、背中には敷きっぱなしだった輝夜の布団。
これらを数秒かけて勘案した結果、ようやく現状を把握した。自分は今、輝夜に押し倒されている。
「な、ななななななななななっ!?」
「あ、また元気になった」
「むむっ! むぐぐっ!」
脱力していた体が緊張し、じたばたともがく妹紅。
しかし輝夜の力は思いのほか強く、また妹紅自身慌ててしまっていたこともあって、抜け出せない。
これはもう全身から火を放出するほかこの状況から解放される術はない。そう妹紅が決心したところで、その耳元に甘美な囁きが伝わってきた。
「ねえ妹紅……」
その声は、なるほど多くの人々を惑わせた絶世の美女らしく妖艶で、妹紅も思わず息を飲んだ。
間近に迫る輝夜の顔を妹紅が見つめると、輝夜もその麗しい視線を妹紅に注ぎ、そしてその艶やかな口元から言葉を漏らす。
「さっきの『抱き枕もこたん』シリーズだけどね、実は使ったことなんて一度も無いわ」
「……は?」
「貴女も知っているでしょう? わたしは本物志向。偽物じゃ首を縦には振らない。本物じゃなきゃ駄目なのよ」
かつて、「蓬莱の玉の枝」の贋作を作って求婚した挙句、衆人環視の中で偽造が明るみになって大恥をかいた男がいた。
それが誰か、妹紅にはすぐに分かる。だが分かったところで妹紅の頭は働かず、憎しみも生まれない。
ただ吸い寄せられるように輝夜の顔を見つめ、その唇から発せられる音に耳を傾けていた。
「偽物をどんなに抱いても、撫でても、頬をすり寄せても、口づけても無意味。今こうして本物を抱きしめている感触、ぬくもり、匂い、そして貴女の声。やっぱり本物じゃないと」
「う……あ……」
輝夜の手が妹紅の頭を撫でる。輝夜の頬が妹紅の頬をほおずる。
耳まで綺麗な紅色に染まった妹紅は、抵抗することもなく輝夜に身を委ねていた。
そして
「本物の貴女がいてくれないと、わたしは駄目なの。一緒におしゃべりしたり、一緒にお茶をのんだり、一緒に遊んだり、それでもやっぱり殺し合ったり。これからもよろしくね、妹紅」
輝夜の唇が、妹紅の真っ赤な頬に落ちた。
「あー……うー……あーっ!」
迷いの竹林に結んだ庵に帰る途中、頭を抱えながら妹紅はうんうん唸っていた。
あの後結局すぐに解放され、半ば茫然としたまま輝夜に見送られて帰路についたのである。
今日は輝夜にたくさん振り回された。たくさん恥ずかしい思いをさせられた。
しかし、妹紅の頭を悩ます一番のことは、妹紅自身の心のあり様だった。
「輝夜に……見惚れてた……」
押し倒されて以降、輝夜の視線に、唇に、声に、匂いに、感触に、ぬくもりに、全てに魅了されてしまった。
そしてそれを心地よく受け入れていた自分がいる。それはすなわちそういうこと。
「あ、穴があったら埋まりたい……」
体が爆発してしまいそうだった。
両手で顔を覆い、少しふらふらとしながら道なき道を進む。
だが長年の経験から、難なく帰宅することができた。戸をあけ、中に入る。
「……もういいや。寝よう」
月は出ているものの、まだ日も傾き始めたばかり。寝るにはちと早い。
それでも妹紅は寝ることにした。寝て全て忘れるのだ。全て忘れるまで寝続けるのだ。
敷きっぱなしにしておいた布団をガバッと捲った。
「おかえりなさい妹紅。わたしにする? わたしにする? それともわ・た・へぶっ!?」
布団を捲ったら、何故か寝巻に身を包んだ輝夜がいた。
驚きのあまり全力で蹴っ飛ばす妹紅。鳩尾にクリーンヒットしていた。悪意は無い。いや、本当に。
「ゲホッ! ゴホッ! な、なにずんのよ!?」
「それはこっちのセリフよこのバ輝夜! なんであんたがわたしの家で寝てんのよ!?」
鳩尾を押さえもんどりうちながら怒る輝夜に、妹紅はもっと大きな声を浴びせかける。
何故ここにいるのか問われた輝夜は、ようやくリザレクションしてから上体を起こし、妹紅に対して胸を張った。
「よくぞ聞いてくれました。いや実はね、あんな恥ずかしい『抱き枕もこたん』シリーズは流石に可哀想かなと思って、お詫びとしてわたしが妹紅の抱き枕になってあげようかなって……」
「えっ?」
「あ、わたし本人じゃ嫌ってんなら、『抱き枕かぐや』シリーズも持ってきたから! これでおあいこ!」
「えっと、あ、ああ……」
輝夜の手には、本当に等身大の『抱き枕かぐや』が一つ抱えられていた。声の必死さからするに、謝意があるのも本当なようだ。
だがしかし、この謝意が妹紅にはきつかった。いっそさっきのことを全て忘れようと寝床についたのに、その本人が目の前にいる。これでは忘れようにも忘れられない。
追い詰められた妹紅。頭がオーバーヒート状態。暴走気味となり、自分でも思いもよらない行動に出る。
「……輝夜、その抱き枕貸して?」
「あ、うん……って、きゃっ!?」
『抱き枕かぐや』を受け取った妹紅は即座にそれを放り投げ、輝夜に覆いかぶさった。
妹紅が上、輝夜が下の形になって横たわり、しばし見つめあう。
先に口を開いたのは、赤い顔の妹紅。
「……わたしも本物志向なの」
「……えっ?」
「だから、あんたと同じでわたしも偽物じゃ嫌なの! 大人しく抱き枕に徹しなさい!」
自分が何を言っているのか分からないこともないが、きちんと把握し切れてもいない妹紅。
ただ、本物がいい、という思いがまったくの真実であるということはおぼろげながら理解しているつもりである。
「……いい匂い」
「妹紅も、あったかくて気持ちいいわ」
輝夜の方は最初から妹紅を受け入れている。
お互いに本物の「抱き枕」を包み合い、本物の「抱き枕」に包まれ合い、そして夜が更ける。
空に輝く月は実に美しかった。
その部屋の主が押入れの中をガサゴソと漁っていると、その背中に向かって客人の退屈そうな声が飛ぶ。
「ねえ、一体何なの? 見せたい物があるとかなんとかって言ってたけど」
「ん~ちょっと待ってね。すぐに見せてあげるから」
部屋の真ん中に腰を下ろした白髪の少女の、欠伸混じりの声。
対してお姫様は相変わらず押入れの中に上半身をつっこんで、背を向けたまま返す。
その様子に、白髪少女はなおさら大欠伸。
「ふぁ~あ……まあ暇だからいいけど、輝夜姫様のお戯れに無駄な時間を使っている気がしてならないわ」
「あら、いいじゃない。どうせ時間は有り余っているんだし、無駄にできるだなんて最高の贅沢だとは思わないもこたん?」
「もこたん言うな。わたしは妹紅!」
「可愛いあだ名だと思うんだけどな~」
「か、可愛さなんていらないよ!」
と、声を荒げたところで妹紅はふと我に帰る。
このままとりとめもない話に乗っかってしまえば、ますます輝夜のペースに陥るだけ。
相手はかつて父を含む五人の男を手玉に取ったお姫様なのだ。
後ろから掴みかかってやろうかと浮かした腰を、また円座に落とす。
「はあ……もういいから、さっさと見せるもん見せてよ」
「あら、そんなに見たい?」
「だからそっちが見せたいもんあるからって呼んだんでしょうが」
熱くなりすぎないよう、なるだけ冷静にツッコミを入れる。
すると、これ以上からかっても無意味と判断したのか、輝夜の声が若干つまらなさそうになった。
「むう、妹紅ってばつれないわね」
「あんたとの腐れ縁もこんだけ永ければ、そりゃあね」
輝夜のペースにかき乱されないことを誇る妹紅。そのまま警戒を続ける。
だが、輝夜は相変わらず妹紅に背を向けたまま、突然不敵に笑いだした。
「ふふふ。その余裕、これを見ても続くかしらね?」
自信満々にそう言うと、輝夜はようやく妹紅の方へ振り向いた。
その顔には薄ら笑い。両腕に抱える身の丈ほどの何かを妹紅に見せびらかせた。
「じゃんじゃじゃ~ん!」
「まったくもう、一体何なの……さ……っ!?」
輝夜に向けられていた冷やかな目が、輝夜の抱える「それ」をはっきりと認識した瞬間大きく見開いた。
それと同時に、妹紅の顔があっという間に真っ赤に染まる。
「な、何だそれはぁ!?」
先ほどまでの冷静な対応はどこへやら、顔を真っ赤にした妹紅は勢いよく立ちあがり輝夜に詰め寄る。
その反応があまりに予想通りで面白くて、輝夜はまたにんまりと笑う。そして目くじらをたてる妹紅に、「それ」の名を紹介してあげた。
「ふっふっふ、教えてあげるわ。これは人恋しい夜にも心安らぐ究極グッズ。その名も『抱き枕もこたん1/1スケール』よ!」
「名前なんか聞いちゃいないわよ!」
ふざけた名前はこの際置いておくとして、妹紅が問題にするのはそのデザイン。
等身大枕の白い布地の上に、何故か頬を赤らめて仰向けに横たわる自分の姿絵。しかも何故かモンペの肩紐が外され、しかも何故かシャツの胸元が少しはだけた悩ましい姿。
ついでに枕の裏にはご丁寧に後ろ姿も描かれていた。
「何よこの絵!? 何でこんなん持ってるのよあんた!?」
「きゃ、妹紅ってば大胆」
胸倉を掴んでがくがく揺さぶってくる妹紅に、輝夜はあくまでおどけた姿を続けてみせた。
「何でこれを持っているのかって、答えは単純よ。さっきも言った通り、人恋しい夜にこの『抱き枕もこたん1/1スケール』を抱きしめて、頬をすりよせて、愛を囁いて、最後にその唇に……」
「う、うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
輝夜の言葉を最後まで聞くまいと、耳を塞いで絶叫する真っ赤な妹紅。
そして輝夜の抱える『抱き枕もこたん1/1スケール』を強引に奪い取り、外に向かって放り投げた。
『抱き枕もこたん1/1スケール』は勢いよく障子を突き破って、縁側から庭へと吹っ飛んでいった。
「あ、何するのよ!? ちょっと、やめなさいってば!」
「灰の一欠片も残らず消え去れえええええぇぇぇぇぇ!!」
輝夜の制止にも聞く耳持たず、妹紅は『抱き枕もこたん』へと一心不乱に炎を放つ。
炎は『抱き枕もこたん1/1スケール』に直撃し、爆ぜた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ひどーい。永琳の作ってくれた大事な『抱き枕もこたん1/1スケール』なのに」
「う、うっさい! よくもまああんな恥ずかしいもの……を!?」
文字通り顔から火が出そうになりながら輝夜をにらみつけるや否や、再び言葉に詰まった。
先ほど妹紅が剥奪し、すっかり空になったはずの輝夜の両腕に、新しい等身大枕。
その白い布地の上に、何故かさっき以上に頬を赤らめて仰向け横たわる妹紅の姿絵。しかも何故かさっきまであったモンペが消え去り裸ワイシャツ状態で、しかも何故かさっきよりも胸が大きくはだけ、ちょっと見えてしまっている(下着が)。
「あ、これ? これは『抱き枕もこたん1/1スケールDX』よ。人恋しさがいつもより強い夜に抱きしめて、胸元に顔をうずめてみたり、あまつさえちょっとペロっとしてみたり、最後はやっぱり唇に……」
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
今度も最後までは言わせまいと、妹紅は『抱き枕もこたん1/1スケールDX』を奪い取り、外に放り投げ、火を放つ。『抱き枕もこたん1/1スケールDX』は美しく爆ぜた。
そして再度輝夜に顔を向ける。
「あ、あんた、変態じゃな……い……のぉ!?」
薄々想像はしていたが、果たして想像通りであった。
輝夜の両腕が包み込んでいるのは、少し涙目になりながら顔を紅潮させる妹紅の姿絵。何故か頭のリボンを除いて生まれたままの姿になっており、しかも何故か大事なところは上手い具合にその長髪で隠されていた。
「ふふ、説明するわ。『抱き枕もこたん1/1スケールスーパーDX』は何かもう人恋しさが激しすぎて色々ふっきれた夜に抱きしめて、あっちこっち撫で撫でして、だいしゅきホールドして、最後は勿論唇に……」
「い、いいかげんにしろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大声で輝夜の言葉を遮った妹紅は、しかしもう『抱き枕もこたん1/1スケールスーパーDX』をぶん投げることはしなかった。
意外な展開に目を丸くした輝夜。その故を尋ねると、妹紅は疲れた顔をして答えた。
「いいわよもう。どうせそれを燃やしても、また新しいのが出てきそうだし……」
「あら、当たりよ。実は最後にもう一つ、『抱き枕もこたん1/1スケールスーパーにゃんにゃんDX』っていう、人恋しさがおかしな方向へ進んだ結果の産物があったんだけど……」
「はぁ……」
恥ずかしさが一周回って、逆に思考が落ち着いてしまったらしい。相変わらず顔は赤いが、もう声を荒げることも無く、ただため息をつくだけ。
今日はこれ以上妹紅をからかうことはできそうにない。だが、輝夜にとってそれは特に問題ではなかった。
前座は終わった。本番は、最も大事なのはこれからなのである。
「ふふふ」
「……えっ?」
脱力しきっていた妹紅には、一瞬何が起きたのか分からなかった。
輝夜がまた笑ったかと思えば、視界が空転し、目の前に輝夜の顔、その後ろの方に天井、背中には敷きっぱなしだった輝夜の布団。
これらを数秒かけて勘案した結果、ようやく現状を把握した。自分は今、輝夜に押し倒されている。
「な、ななななななななななっ!?」
「あ、また元気になった」
「むむっ! むぐぐっ!」
脱力していた体が緊張し、じたばたともがく妹紅。
しかし輝夜の力は思いのほか強く、また妹紅自身慌ててしまっていたこともあって、抜け出せない。
これはもう全身から火を放出するほかこの状況から解放される術はない。そう妹紅が決心したところで、その耳元に甘美な囁きが伝わってきた。
「ねえ妹紅……」
その声は、なるほど多くの人々を惑わせた絶世の美女らしく妖艶で、妹紅も思わず息を飲んだ。
間近に迫る輝夜の顔を妹紅が見つめると、輝夜もその麗しい視線を妹紅に注ぎ、そしてその艶やかな口元から言葉を漏らす。
「さっきの『抱き枕もこたん』シリーズだけどね、実は使ったことなんて一度も無いわ」
「……は?」
「貴女も知っているでしょう? わたしは本物志向。偽物じゃ首を縦には振らない。本物じゃなきゃ駄目なのよ」
かつて、「蓬莱の玉の枝」の贋作を作って求婚した挙句、衆人環視の中で偽造が明るみになって大恥をかいた男がいた。
それが誰か、妹紅にはすぐに分かる。だが分かったところで妹紅の頭は働かず、憎しみも生まれない。
ただ吸い寄せられるように輝夜の顔を見つめ、その唇から発せられる音に耳を傾けていた。
「偽物をどんなに抱いても、撫でても、頬をすり寄せても、口づけても無意味。今こうして本物を抱きしめている感触、ぬくもり、匂い、そして貴女の声。やっぱり本物じゃないと」
「う……あ……」
輝夜の手が妹紅の頭を撫でる。輝夜の頬が妹紅の頬をほおずる。
耳まで綺麗な紅色に染まった妹紅は、抵抗することもなく輝夜に身を委ねていた。
そして
「本物の貴女がいてくれないと、わたしは駄目なの。一緒におしゃべりしたり、一緒にお茶をのんだり、一緒に遊んだり、それでもやっぱり殺し合ったり。これからもよろしくね、妹紅」
輝夜の唇が、妹紅の真っ赤な頬に落ちた。
「あー……うー……あーっ!」
迷いの竹林に結んだ庵に帰る途中、頭を抱えながら妹紅はうんうん唸っていた。
あの後結局すぐに解放され、半ば茫然としたまま輝夜に見送られて帰路についたのである。
今日は輝夜にたくさん振り回された。たくさん恥ずかしい思いをさせられた。
しかし、妹紅の頭を悩ます一番のことは、妹紅自身の心のあり様だった。
「輝夜に……見惚れてた……」
押し倒されて以降、輝夜の視線に、唇に、声に、匂いに、感触に、ぬくもりに、全てに魅了されてしまった。
そしてそれを心地よく受け入れていた自分がいる。それはすなわちそういうこと。
「あ、穴があったら埋まりたい……」
体が爆発してしまいそうだった。
両手で顔を覆い、少しふらふらとしながら道なき道を進む。
だが長年の経験から、難なく帰宅することができた。戸をあけ、中に入る。
「……もういいや。寝よう」
月は出ているものの、まだ日も傾き始めたばかり。寝るにはちと早い。
それでも妹紅は寝ることにした。寝て全て忘れるのだ。全て忘れるまで寝続けるのだ。
敷きっぱなしにしておいた布団をガバッと捲った。
「おかえりなさい妹紅。わたしにする? わたしにする? それともわ・た・へぶっ!?」
布団を捲ったら、何故か寝巻に身を包んだ輝夜がいた。
驚きのあまり全力で蹴っ飛ばす妹紅。鳩尾にクリーンヒットしていた。悪意は無い。いや、本当に。
「ゲホッ! ゴホッ! な、なにずんのよ!?」
「それはこっちのセリフよこのバ輝夜! なんであんたがわたしの家で寝てんのよ!?」
鳩尾を押さえもんどりうちながら怒る輝夜に、妹紅はもっと大きな声を浴びせかける。
何故ここにいるのか問われた輝夜は、ようやくリザレクションしてから上体を起こし、妹紅に対して胸を張った。
「よくぞ聞いてくれました。いや実はね、あんな恥ずかしい『抱き枕もこたん』シリーズは流石に可哀想かなと思って、お詫びとしてわたしが妹紅の抱き枕になってあげようかなって……」
「えっ?」
「あ、わたし本人じゃ嫌ってんなら、『抱き枕かぐや』シリーズも持ってきたから! これでおあいこ!」
「えっと、あ、ああ……」
輝夜の手には、本当に等身大の『抱き枕かぐや』が一つ抱えられていた。声の必死さからするに、謝意があるのも本当なようだ。
だがしかし、この謝意が妹紅にはきつかった。いっそさっきのことを全て忘れようと寝床についたのに、その本人が目の前にいる。これでは忘れようにも忘れられない。
追い詰められた妹紅。頭がオーバーヒート状態。暴走気味となり、自分でも思いもよらない行動に出る。
「……輝夜、その抱き枕貸して?」
「あ、うん……って、きゃっ!?」
『抱き枕かぐや』を受け取った妹紅は即座にそれを放り投げ、輝夜に覆いかぶさった。
妹紅が上、輝夜が下の形になって横たわり、しばし見つめあう。
先に口を開いたのは、赤い顔の妹紅。
「……わたしも本物志向なの」
「……えっ?」
「だから、あんたと同じでわたしも偽物じゃ嫌なの! 大人しく抱き枕に徹しなさい!」
自分が何を言っているのか分からないこともないが、きちんと把握し切れてもいない妹紅。
ただ、本物がいい、という思いがまったくの真実であるということはおぼろげながら理解しているつもりである。
「……いい匂い」
「妹紅も、あったかくて気持ちいいわ」
輝夜の方は最初から妹紅を受け入れている。
お互いに本物の「抱き枕」を包み合い、本物の「抱き枕」に包まれ合い、そして夜が更ける。
空に輝く月は実に美しかった。
もう一山場あればもっと良くなるかなと思いました。てるもこ、ごちそうさまです。
残念!もこたんは既にかわいいw
久しぶりにてるもこ補給できた
まあ他に誰か出てきてもよかったなーとか思ったり、主にけーねとかけーねとか
勝手な想像だが、コイツらにとって殺し合いこそ最高の愛の確認なんじゃないか?
殺し方もますますヘンタイの度合いを増していたりして
「ちょっと、今日は下手ね妹紅、もうちょっと苦しめて死の実感を味合わせてよ、
いきなりインペリは無いじゃない!姫は美しく散るのがスタイルなのよっ!」
「うるさい!こちとら肋骨10本折られてハラワタ溢れてるんだ、多少の手元狂い程度、我慢しろこの馬鹿!」
「だったらせめて心臓ぐらい引き千切ってよ、いまわの際に頭吹っ飛ばしてあげるから、天井板で」
「それじゃ一瞬で、こっちが楽しめないじゃないかっ!勝利感ぐらい味合わせろ!」
こんな調子で、永琳も慧音先生ももうサジを投げまくりとか
こういう甘いだけの作品に100点付けることって中々無いんですがそういうのを吹き飛ばすくらいの破壊力がありました。