今日も負けた。
完敗だった。弾幕に翻弄され、スペルカードに四苦八苦し、切り札のマスタースパークも涼しい顔で避けられ、夢想封印で墜とされた。これで通算五百二十三戦五百二十二敗一分け。しかも虎の子の一分けは、あいつが二日酔いの時に強襲を仕掛け、先制のブレイジングスターをぶっ放しての結果である。とても誇れるようなものではないというのは、自分自身がよくよく理解していた。あいつは私に勝っても嬉しそうな顔一つしたことがない。私が勝負を挑んだときは、嫌そうな顔をしながらも必ず乗ってくるのにである。勝負が終わると、何事もなかったかのように縁側で茶を啜り始める。私は何食わぬ顔をしながらも、毎回毎回内心で地団駄を踏んでいた。そして次こそは勝ってやると思いながらも、その思いが成就することはついぞ無かった。
あの時もそうだった。永夜異変、アリスとタッグを組んであいつに挑んだ時。私は真剣だというのに、あいつは相変わらずののんきな様子で私をあしらっていった。仕舞いには体調の心配までされる始末である。耐えがたいほどの屈辱であった。挑んだ回数が五百数十回に及ぶというのに何を言うか、と思うかもしれないが、私は負ける悔しさには全く慣れていなかった。一度負ける度に、それまで積み重ねてきたものを全否定されたかのような心境に陥るのである。私がどれだけ研究を重ねても、どれだけ修業を積んでも、あののんきな巫女は才能だけで私を超えていった。
分かっているのだ。私は凡人、あいつは天才。それもとびっきりのである。霊夢に才能で勝るものはこの幻想郷には存在しなかった。吸血鬼。隙間妖怪。亡霊。蓬莱人。閻魔。神。そんな名だたる種族が集っても、あの巫女を一度墜とすことすら適わなかった。幻想郷において、頂点に君臨する存在。それが博麗霊夢なのである。私とあいつの差は、異変解決の時にも如実に表れていた。私が十数回挑んでやっと解決した異変を、あいつはたったの一度で解決する。何度も何度も。神懸り的な勘とセンスによって、まるですべてのスペルカードを以前に経験したことがあるかのような動きで、どんな敵でも攻略してしまう。ただ一度の失敗も無く。
(畜生、らしくない)
酒を煽る。いつもならばこんなに感傷を感じることはないのだ。だが、今回の勝負は特別だった。前回の勝負の反省を踏まえ、一か月ほど研究に研究を重ね、遂に対霊夢用の戦法を考え出すことに成功したのだ。今度こそ、と思った。今度こそ、あの巫女に一矢を報いることが出来ると。
自惚れだった。
いつもと何も変わらなかった。まるで私の行動の遥か遠くまで読んでいるかのように、全ての技を見切られ、あいつの技は全てこちらに直撃した。驚愕した。私が研究に没頭していた一か月間で、あいつは更なる進化を遂げていた。研究など、あいつの進化の前に何の意味も為さなかった。
なによりも、悔しい。挑めども挑めども打ち破れぬ高い壁。今回もその一角を崩すことすら適わなかった。勝負の一つ一つの場面を思い描けば、自分がなぜ負けたのか、次はどうすればいいのかは自ずとわかる。だが、改善点を修正して挑むと、あいつは戦う度に姿を変えた。時には小技で翻弄し、時には大技で一気呵成に攻め、先の先を取って来たかと思うと、後の先によって勝負を決める。まさに千変万化。今まで戦ってきた中で、あいつの戦い方に一度たりとも同じものは無かった。必ず何処かが変わる。そして、その何処かと言うのは私が血眼になって探したあいつの弱点なのだった。パワーしか誇れない自分とは違う。あいつは勝利に必要なすべての物を持ち合わせているのだ。
(全く、らしくないったらありゃしないぜ)
あいつに対しての負の感情がないと言えば嘘になる。賞賛と嫉妬。親愛と憎悪。尊敬と軽蔑。二律相反の想いが、心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、わけがわからなくなる。殺したくなるほど憎い時もあれば、抱きしめたくなるほど愛おしい時もある。夢の中であいつを殺しそうになっては、全身にびっしりと冷や汗をかいて目が覚める。そういうときに限って、あいつの顔が見たくなって、博麗神社へ足を運ぶのだった。あいつの顔を見れば、そんな感情は霧散していく。その度に、私は自然と深い安堵を覚えるのだった。憎く、愛おしい親友に対して、自分はまだあいつの友達の霧雨魔理沙でいられるのだと。
夜の闇は、一層深みを増したようだった。漆を塗ったかのような暗闇は、まるで私を飲み込まんと大口を開けているかのようだ。今は既に丑の刻。妖怪の時間である。気が抜けば、空気の中に蔓延する狂気に身を委ねてしまいそうになる。飛ぶのをやめて、歩くことにした。今宵の月の光は、魔に携わる人間にとっては少々毒だった。種族魔法使いではない私に対しても、満月の光は魔力を増幅させる力がある。そしてその魔力と共に、感情の昂ぶりをももたらすのだ。今の私にとって、負の感情の昂ぶりは、あまりにも危険だった。
(本当に、らしくない)
あいつにとって私はなんなのだろう。いつもいつもトラブルを持ち込んでくる馬鹿な魔法使いか。何度ぶちのめしてもしつこく食い下がってくる鬱陶しい奴か。それとも、友達だと思ってくれているのだろうか。そんなこと、今まで一度も確認したことが無かった。私がまだ魔法使いではなかった頃。あいつはもう巫女だったけれど。その頃から、そんなことなど気にしたこともなかった。私たちはいつも一緒だった。だから、友達なんだろう、と漠然と考えているだけだった。悩む必要なんてなかった。才能の差なんて一切感じていなかったから。それから、私が魔法使いになって初めて博麗神社に出向いた時も、あいつは何も変わらなかった。態度を変える素振りも一切見せなかった。私の中では、あいつは何処までものんきな巫女だった。
こんなくだらないことで悩むなんて、あの頃の私が見れば笑ってしまうに違いない、と、一人自嘲の笑みを浮かべる。そう、気にする必要なんてないのだ。私は何も考えず日々を過ごせばいい。あいつとはずっとこのままの関係でいればいい。悩む必要なんてないのだ。平凡に暮らしていくには、あののんきな巫女のように、ただ日々を享受すればよいのだから。
(あいつが消えてしまえば、私は)
唐突にそんな考えが浮かんだ。私はかぶりを振ってその考えを否定しようとしたが、私の中の負の感情は、その事を許してはくれなかった。
(あいつが居なければ。あいつが博麗じゃなければ。私と出会わなければ、私は)
あいつが居なければ、なんだろう。出会わなければ、なんだろう。そんな考えに、答えなど無かった。それでも、月の光に侵された頭は、思考を止めない。
(憎い。あいつが、憎い。殺したいほど憎い。憎い)
努力がなんなのだ。研究がなんなのだ。そんなものは、才能の前には塵も同然だった。十数年分の研鑽など、吹けば飛ぶような薄っぺらいものに過ぎないのだ。
(霊夢。霊夢。お前が居なければ、私は――)
「――やめろッ!」
思わず叫んだ。予想以上の大きさの声が、闇に響き渡る。これ以上は危険だった。月の光によって増幅された負の感情が、そのはけ口を探し始めたからだった。はけ口がなんなのか、そんなものは決まっている。私の愛おしい親友。あの巫女に向けられるに違いなかった。
「ごめん。ごめん……霊夢」
独りごちる。誰も聞いていないことなど分かっていた。それでも、謝らずにはいられなかった。霊夢に、私の悪意の一端を向けてしまったこと。一瞬でも、あいつが消えてしまえばいいなどと思ってしまったこと。その全てに。
思わず空を見上げる。空の星たちは、私の想いなどどこ吹く風というようにただそこに佇んでいた。私はそんな星が好きだった。星の様な大きな存在に比べたら、自分の様な人間の小さな悩みなんて、ちっぽけなものなのだと、そう思えたから。そうやって、無理やりに自分を納得させることが出来たから。心地よい風が体を撫でる。さっきまであった負の感情は、鳴りを潜めていた。
そのまま歩いている内に、ふと以前助けた外来人が歌っていた歌を思い出した。同じ音の繰り返しでありながら、何処か哀愁の漂う響きだった。それ故に、印象に残っていた。ぼんやりと覚えているフレーズを、なんとなく口ずさむ。
「上を向いて、歩こう。涙が、零れないように」
口ずさんでいる内に、なんとなしに涙が込み上げて来た。その歌のフレーズが、自分の心境とあまりに重なったから。
思い出す春の日。あいつと初めて出会ったのは、桜の咲き誇る春のことだった。境内で転んで泣いている私に声をかけたあいつの呆れた顔は、どこまでも今のあいつと似通っていた。
思い出す夏の日。初めて異変を解決した。誇らしい気持ちだった。あいつと、肩を並べられたような気がしたから。
思い出す秋の日。博麗神社で催された大宴会で、あいつと勝負した。結果は負けだったが、宴会の陽気な空気でそんなことは気にならなかった。
思い出す冬の日。毎日、本当に毎日、博麗神社に通った。あいつは迷惑そうな顔をしながらも、必ず出迎えてくれた。その事が、本当に嬉しかった。寒くても、心は温かかった。
涙でにじんだ星を数えながら、口笛を吹く。自分は、そんな思い出に負けないくらいに今を楽しめているのか。そんな訳が無かった。楽しい思い出と今の自分を見くらべても、ただ惨めになるだけだった。
(今日だけだ。こんな気持ちになるのは、今日だけ)
明日からは元通りになるんだ。負の感情を溜め込んだ涙を流し尽くせば、後に残るのは楽しさだけ。ならば、今日の内に思いっきり泣いてしまえばいいのだ。
上を向いて歩く。涙が零れないように。
「……っうあっ……」
それでも堪えきれず、嗚咽が漏れた。耐え切れず、涙が零れる。こんなに泣くのは今日だけだ。色々な思いがつまった涙は、私の頬を流れて、地面へ吸い込まれていく。
(いつか、あいつを)
決意を込めた瞳で、空を睨む。何年、何十年かかっても、必ずあいつを倒してやる。改めて、そう決意した。
久々に流した涙は、何処か懐かしい香りがした。
完敗だった。弾幕に翻弄され、スペルカードに四苦八苦し、切り札のマスタースパークも涼しい顔で避けられ、夢想封印で墜とされた。これで通算五百二十三戦五百二十二敗一分け。しかも虎の子の一分けは、あいつが二日酔いの時に強襲を仕掛け、先制のブレイジングスターをぶっ放しての結果である。とても誇れるようなものではないというのは、自分自身がよくよく理解していた。あいつは私に勝っても嬉しそうな顔一つしたことがない。私が勝負を挑んだときは、嫌そうな顔をしながらも必ず乗ってくるのにである。勝負が終わると、何事もなかったかのように縁側で茶を啜り始める。私は何食わぬ顔をしながらも、毎回毎回内心で地団駄を踏んでいた。そして次こそは勝ってやると思いながらも、その思いが成就することはついぞ無かった。
あの時もそうだった。永夜異変、アリスとタッグを組んであいつに挑んだ時。私は真剣だというのに、あいつは相変わらずののんきな様子で私をあしらっていった。仕舞いには体調の心配までされる始末である。耐えがたいほどの屈辱であった。挑んだ回数が五百数十回に及ぶというのに何を言うか、と思うかもしれないが、私は負ける悔しさには全く慣れていなかった。一度負ける度に、それまで積み重ねてきたものを全否定されたかのような心境に陥るのである。私がどれだけ研究を重ねても、どれだけ修業を積んでも、あののんきな巫女は才能だけで私を超えていった。
分かっているのだ。私は凡人、あいつは天才。それもとびっきりのである。霊夢に才能で勝るものはこの幻想郷には存在しなかった。吸血鬼。隙間妖怪。亡霊。蓬莱人。閻魔。神。そんな名だたる種族が集っても、あの巫女を一度墜とすことすら適わなかった。幻想郷において、頂点に君臨する存在。それが博麗霊夢なのである。私とあいつの差は、異変解決の時にも如実に表れていた。私が十数回挑んでやっと解決した異変を、あいつはたったの一度で解決する。何度も何度も。神懸り的な勘とセンスによって、まるですべてのスペルカードを以前に経験したことがあるかのような動きで、どんな敵でも攻略してしまう。ただ一度の失敗も無く。
(畜生、らしくない)
酒を煽る。いつもならばこんなに感傷を感じることはないのだ。だが、今回の勝負は特別だった。前回の勝負の反省を踏まえ、一か月ほど研究に研究を重ね、遂に対霊夢用の戦法を考え出すことに成功したのだ。今度こそ、と思った。今度こそ、あの巫女に一矢を報いることが出来ると。
自惚れだった。
いつもと何も変わらなかった。まるで私の行動の遥か遠くまで読んでいるかのように、全ての技を見切られ、あいつの技は全てこちらに直撃した。驚愕した。私が研究に没頭していた一か月間で、あいつは更なる進化を遂げていた。研究など、あいつの進化の前に何の意味も為さなかった。
なによりも、悔しい。挑めども挑めども打ち破れぬ高い壁。今回もその一角を崩すことすら適わなかった。勝負の一つ一つの場面を思い描けば、自分がなぜ負けたのか、次はどうすればいいのかは自ずとわかる。だが、改善点を修正して挑むと、あいつは戦う度に姿を変えた。時には小技で翻弄し、時には大技で一気呵成に攻め、先の先を取って来たかと思うと、後の先によって勝負を決める。まさに千変万化。今まで戦ってきた中で、あいつの戦い方に一度たりとも同じものは無かった。必ず何処かが変わる。そして、その何処かと言うのは私が血眼になって探したあいつの弱点なのだった。パワーしか誇れない自分とは違う。あいつは勝利に必要なすべての物を持ち合わせているのだ。
(全く、らしくないったらありゃしないぜ)
あいつに対しての負の感情がないと言えば嘘になる。賞賛と嫉妬。親愛と憎悪。尊敬と軽蔑。二律相反の想いが、心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、わけがわからなくなる。殺したくなるほど憎い時もあれば、抱きしめたくなるほど愛おしい時もある。夢の中であいつを殺しそうになっては、全身にびっしりと冷や汗をかいて目が覚める。そういうときに限って、あいつの顔が見たくなって、博麗神社へ足を運ぶのだった。あいつの顔を見れば、そんな感情は霧散していく。その度に、私は自然と深い安堵を覚えるのだった。憎く、愛おしい親友に対して、自分はまだあいつの友達の霧雨魔理沙でいられるのだと。
夜の闇は、一層深みを増したようだった。漆を塗ったかのような暗闇は、まるで私を飲み込まんと大口を開けているかのようだ。今は既に丑の刻。妖怪の時間である。気が抜けば、空気の中に蔓延する狂気に身を委ねてしまいそうになる。飛ぶのをやめて、歩くことにした。今宵の月の光は、魔に携わる人間にとっては少々毒だった。種族魔法使いではない私に対しても、満月の光は魔力を増幅させる力がある。そしてその魔力と共に、感情の昂ぶりをももたらすのだ。今の私にとって、負の感情の昂ぶりは、あまりにも危険だった。
(本当に、らしくない)
あいつにとって私はなんなのだろう。いつもいつもトラブルを持ち込んでくる馬鹿な魔法使いか。何度ぶちのめしてもしつこく食い下がってくる鬱陶しい奴か。それとも、友達だと思ってくれているのだろうか。そんなこと、今まで一度も確認したことが無かった。私がまだ魔法使いではなかった頃。あいつはもう巫女だったけれど。その頃から、そんなことなど気にしたこともなかった。私たちはいつも一緒だった。だから、友達なんだろう、と漠然と考えているだけだった。悩む必要なんてなかった。才能の差なんて一切感じていなかったから。それから、私が魔法使いになって初めて博麗神社に出向いた時も、あいつは何も変わらなかった。態度を変える素振りも一切見せなかった。私の中では、あいつは何処までものんきな巫女だった。
こんなくだらないことで悩むなんて、あの頃の私が見れば笑ってしまうに違いない、と、一人自嘲の笑みを浮かべる。そう、気にする必要なんてないのだ。私は何も考えず日々を過ごせばいい。あいつとはずっとこのままの関係でいればいい。悩む必要なんてないのだ。平凡に暮らしていくには、あののんきな巫女のように、ただ日々を享受すればよいのだから。
(あいつが消えてしまえば、私は)
唐突にそんな考えが浮かんだ。私はかぶりを振ってその考えを否定しようとしたが、私の中の負の感情は、その事を許してはくれなかった。
(あいつが居なければ。あいつが博麗じゃなければ。私と出会わなければ、私は)
あいつが居なければ、なんだろう。出会わなければ、なんだろう。そんな考えに、答えなど無かった。それでも、月の光に侵された頭は、思考を止めない。
(憎い。あいつが、憎い。殺したいほど憎い。憎い)
努力がなんなのだ。研究がなんなのだ。そんなものは、才能の前には塵も同然だった。十数年分の研鑽など、吹けば飛ぶような薄っぺらいものに過ぎないのだ。
(霊夢。霊夢。お前が居なければ、私は――)
「――やめろッ!」
思わず叫んだ。予想以上の大きさの声が、闇に響き渡る。これ以上は危険だった。月の光によって増幅された負の感情が、そのはけ口を探し始めたからだった。はけ口がなんなのか、そんなものは決まっている。私の愛おしい親友。あの巫女に向けられるに違いなかった。
「ごめん。ごめん……霊夢」
独りごちる。誰も聞いていないことなど分かっていた。それでも、謝らずにはいられなかった。霊夢に、私の悪意の一端を向けてしまったこと。一瞬でも、あいつが消えてしまえばいいなどと思ってしまったこと。その全てに。
思わず空を見上げる。空の星たちは、私の想いなどどこ吹く風というようにただそこに佇んでいた。私はそんな星が好きだった。星の様な大きな存在に比べたら、自分の様な人間の小さな悩みなんて、ちっぽけなものなのだと、そう思えたから。そうやって、無理やりに自分を納得させることが出来たから。心地よい風が体を撫でる。さっきまであった負の感情は、鳴りを潜めていた。
そのまま歩いている内に、ふと以前助けた外来人が歌っていた歌を思い出した。同じ音の繰り返しでありながら、何処か哀愁の漂う響きだった。それ故に、印象に残っていた。ぼんやりと覚えているフレーズを、なんとなく口ずさむ。
「上を向いて、歩こう。涙が、零れないように」
口ずさんでいる内に、なんとなしに涙が込み上げて来た。その歌のフレーズが、自分の心境とあまりに重なったから。
思い出す春の日。あいつと初めて出会ったのは、桜の咲き誇る春のことだった。境内で転んで泣いている私に声をかけたあいつの呆れた顔は、どこまでも今のあいつと似通っていた。
思い出す夏の日。初めて異変を解決した。誇らしい気持ちだった。あいつと、肩を並べられたような気がしたから。
思い出す秋の日。博麗神社で催された大宴会で、あいつと勝負した。結果は負けだったが、宴会の陽気な空気でそんなことは気にならなかった。
思い出す冬の日。毎日、本当に毎日、博麗神社に通った。あいつは迷惑そうな顔をしながらも、必ず出迎えてくれた。その事が、本当に嬉しかった。寒くても、心は温かかった。
涙でにじんだ星を数えながら、口笛を吹く。自分は、そんな思い出に負けないくらいに今を楽しめているのか。そんな訳が無かった。楽しい思い出と今の自分を見くらべても、ただ惨めになるだけだった。
(今日だけだ。こんな気持ちになるのは、今日だけ)
明日からは元通りになるんだ。負の感情を溜め込んだ涙を流し尽くせば、後に残るのは楽しさだけ。ならば、今日の内に思いっきり泣いてしまえばいいのだ。
上を向いて歩く。涙が零れないように。
「……っうあっ……」
それでも堪えきれず、嗚咽が漏れた。耐え切れず、涙が零れる。こんなに泣くのは今日だけだ。色々な思いがつまった涙は、私の頬を流れて、地面へ吸い込まれていく。
(いつか、あいつを)
決意を込めた瞳で、空を睨む。何年、何十年かかっても、必ずあいつを倒してやる。改めて、そう決意した。
久々に流した涙は、何処か懐かしい香りがした。
普通の人間らしい心情描写がグッドでした。
魔理沙、元気出して行こう!
前向きだから良いってもんじゃない。
霊夢がどう感じてるかを考えると切なくなるが。