京都公園の木漏れ日の中、歩行速度を蓮子に合わせていたら、飛んで移動するてんとう虫に追い越された。
クラバリを出たあとも蓮子の異常は続いた。足元に視線を落し、顔は無表情だ。
なにか小さな落とし物を探しているかのように、ゆっくりゆっくり歩いている。
蓮子が被っている中折れ帽子が斜めにずれていた。そっと直してあげた。
今の蓮子は完全な虚脱状態である。
これよりも軽度であったが、似たような症状に陥ったのを見たことがある。
その時は私がドンと地団太を踏んだら「ああごめんごめん、いて座A*が頭から離れなくてね」だそうである。
「蓮子、ねえ蓮子」
「んー?」
「今日は泊まっていく?」
「んー」
「じゃあちょっと買い物寄ってもいい?」
「んー」
こりゃ重症である。地団太を踏んだくらいで治りそうもない。
私はこの返事を勝手に肯定として受け取った。昼過ぎオヤツ時である。
この速度でダラダラと進んでいたら日が暮れてしまう。いやガチで。
10分で済む道程を1時間かけて移動。
スーパー入口のベンチに木偶の坊蓮子を座らせ、買い物を終わらせる。
私と蓮子の分、酒も適当に選んだ。蓮子に梅酒。私にジントニック。
荷物を二等分し、片方を蓮子のカバンに括り付けた。
ほいと立たせると車を引く牛のようにゆっくりと歩き始めた。面白い。
自宅マンションに着く。予想した通り、もう夕方だった。
「ねえメリー、今日泊まっていってもいい?」エントランス前で蓮子がいきなり口を開いた。
「いいよ」さっき聞いたじゃん、とは言わなかった。
「ところで蓮子、明日大学は?」
「んー」とまたもや木偶の坊蓮子。
「うん、分かった」どうせ調べればわかる。
私の部屋は何の変哲もないワンルームマンションである。狭い台所で夕飯の準備を始める。
牛肉、ジャガイモ、糸こんにゃくをすき焼きのタレで味付け。
レタス、トマト、キュウリをガシガシ切って大皿に盛り付け、ドレッシングを掛ける。
あとは白飯を二合半炊いて出来上がりである。余ったご飯は冷凍する予定。
「ほら木偶の坊蓮子、食べて、風呂に入って、寝るのよ」
「ご飯いらない」
私はひざを折って屈み、ベッドに腰掛ける蓮子の顔を覗き込む。
そしてデコピン一発えい。蓮子、ぱちくり。双眸に光が灯った。
「あ、ごめん。食べるわ」
「うむ」
ご飯を食べながら蓮子のカリキュラムを調べる。
明日は休みのようだった。
ご飯を食べて、風呂は蓮子を先に入れ、私はついでに風呂掃除。髪を乾かして歯を磨いた。
蓮子と一緒に酒を飲みながら、レンタルしていた映画“ワイルド・ワイルド・ウエスト”を見た。
映画が終わると22時だった。もうだんだん眠くなってきていた。
寝る前にもう一度歯を磨いていると、蓮子が自分の寝具を用意していた。
私はベッド。蓮子は床に敷いたマットレスである。
照明を消して寝転がる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみメリー」
返事は無いだろうなという予想を裏切られた。嬉しい。
「それと、いろいろありがと」
そう言われるとなんだか気恥ずかしくなってしまって、返事はしなかった。
――――――。
――、何時間、寝ただろうか。
まどろみの中、目を開ける。まだ暗い。深夜だ。
体内時計は夜中三時ごろである。
「メリー、起きてメリー」蓮子の声だった。この声で起きたのだと分かった。
「うーん、どうかした?」
「ちょっと質問なんだけど」
「うん」人に静かに呼ばれて眠りから覚めるのは嫌いではない。
「大学卒業したらあなた、どうする?」
「決めてないや」
「ホントに?」
「まあ就職かな。別に深刻に考えてないよ」
「なんの仕事をするつもり?」
「決めてない。まあこの大学ならどこでも就職は困らないっしょ」
「まあそうだね」
会話をしていて、段々目が覚めてきた。
「蓮子は、院に行くんだよね」
「うーん、どうしようかな」
「え? 考えてるの?」
「うん」
私は寝返りを打ち、蓮子の方向を見た。
ベッドのヘリが見えるだけだった。
「ごめん、私は、就職しようと思うってのは、半分ウソ」
「半分はホントか」
「私、子供を作ろうと思う」
間があった。そうだろう。ショックだろう。そう思った。
重苦しい沈黙に我慢できなくなった私は続けて口を開く。
「秘封倶楽部をやっててさ、この能力って凄いなと思ったの。だから、私で終わらせるわけにはいかないって」
「そうだね。メリーの血筋はその能力者が多いけど、メリーは特別だから」
「うん。でもほら私って、男苦手じゃん」
「この間ゴキブリを百倍汚くしたのが男だって言ってたね」
「だから金持ちで、ゲイで、家庭よりも少しだけ仕事の方を大事にしてる男、探してみる」
「ぷっ」蓮子が噴出した。「そんな男、いるかな?」
「お金持ちであることは絶対ね。子供に不便させたくないもの」
「まあ能力の遺伝が目的ならばそうなるね。ちょっと悲しいけど」
「ついでに言えば、頭が良くて身長が高くて、――顔は平均でもいいかな」
「メリー、結婚できないよ」
「まあ、見つからないだろうなと思うね」
「メリー綺麗だから、相手はいくらでも見つかるだろうに」
「絶対無理。男に体を触られるくらいなら自害するわ」
「ちゃんと付き合ってみたら楽しいと思うけどね。彼氏作ったら?」
「じゃあ聞くけど、あなた生ごみを漁って食べる生き物と付き合える?」
「いやそれゴキブリの話だよね?」
ふたりでくすくすと笑う。
なんだか良い感じだな、と思った。
「ねえメリー、私さ、大学辞めようと思う」蓮子が出し抜けに言った。
「あはは、へえ、辞めるんだ」
「いや真面目に聞いてよ」
蓮子は立ち上がると、私のベッドに腰掛けてきた。
スプリングは面白い具合にぐわぐわ揺れた。
「クラバリからここに来るまでいろいろ考えたの。大学卒業したらどうしようかって」
「まあ相当考え込んでたみたいだよね。院に行くのは?」
「やめた。大学もやめる」
「やめてどうするの?」
「決めてない。中退でも、就職先は見つかると思うからさ」
「そうだね。自立は出来そうだね」
「うん、いろいろ考えたの。倶楽部の事、メリーの事、大学の事、院の事」
蓮子が私の腹部に手をのせてきた。
じんわり暖かかった。そして、震えていた。
「そうしたら、宇宙の事なんてどうでも良くなっちゃった。あんなに楽しかったのに――」
蓮子の声はそこで詰まり、唐突に泣き始めた。必死に嗚咽をかみ殺しているようだった。
クラバリの時とは違う、思い悩んで苦しんでいる涙だった。とても、とても悲痛だった。
「蓮子、おいで」
蓮子が抱きついて来た。背中を撫でてやった。
クラバリで何かあったのだろう。それは分かる。ただ、何があったのか、全く見当がつかない。
たったあの20分間で蓮子の精神をここまで摩耗させたのは、一体どんなことだろう?
「蓮子、大丈夫よ。あなたはちょっと疲れてるだけだから」蓮子の嗚咽を聞きながら言った。
「明日なにか美味しい物を食べて、ちゃんと寝れば元通りだから、ね」
私がクラバリの散歩から戻ってきたとき、水を飲もうとして蓮子に止められた。
その際、グラスの片方が妖怪で、片方が結界師だとか言っていた。
あとは、1300年前。これがキーワードである。調べてみよう。そう思った。
「圭、いつまで起きてるつもりだ。そろそろ寝た方が良い」
「ああ、それよりも見てくれよ徹兄ちゃん、あの二人、スゴイよ」
いつまで経っても書斎から降りてこない弟を呼びに行くと、逆に手招きされた。
近づいて机に広げられた書類を見ると、今兄弟で手配している結界暴きに関するものだった。
「ここ最近の結界暴きは、ほとんど全部がこの二人の仕業だよ」
「トリフネの結界も見つけたのか。中々やるな」
「どうやって見つけたんだろうね。ノウハウを教えてほしいな」
「まあ運だろうな。それしかありえない」
「でも徹兄ちゃん、運も実力の内だって言ったよね」
「そうだな」
「大学卒業してもこの二人、活動は続けるかな?」
「どうだろうな。圭はどう思う?」
「続けるだろうけど、オレはこの二人をしょっ引きたくないよ」
「仕事だ。割り切れ」
「どうか解散してくれないかなぁ。いやだなぁ」
「そうやって甘い事を言ってると前みたいに逃げられるぞ」
「オレ、女の子苦手だよ。だって、かわいそうじゃん」
「もういい、分かった。お前明日も院だろ。寝ろ」
「ちぇ、世界が男だけだったらいいのに」
通例では、犯人が学生である場合、本当に重大な犯行以外は、逮捕しない。
例えば乱暴な暴き方をしたり、身を滅ぼすような危険な活動をしていたり、である。
しかし学生の結界遊びは、その危険性と重大性を理解していないことが多く、総じて未熟である。
それがこの二人はむしろ逆であった。
結界を最低限のリスクで発見し、完全に理解し、安全に暴いていた。
こちらが結界解読のノウハウを教えてほしいくらいの腕前だった。
試しにこの二人が通っている大学校舎付近にパズル仕掛けの結界を張っておいたことがある。
結果は予想通り、あっと言う間に解かれてしまった。
「あら、これで終わり? あっけないわねぇ」
「あ、蓮子、音声録音の機能がついてるよ。もう始まってるから、なんか録音しようよ」
「イェーイ! 秘封倶楽部参上! 結界師さん見てるー? 元気にしてるー?」
「蓮子ったら、結界師がこの時代に生きてるわけないじゃない」
「声はどこまでも届くものよ。よし手を合わせ、結界師さんに黙祷!」
「はい黙祷」
「じゃメリー、きちんと元通りにしておいてね」
「こんな結界もあるのね。昔の結界師さんの修行がてらって感じかしら?」
「どんな人が張ったんだろうね。ああ一度でいいから会って喋ってみたいなぁ」
「そうだね。なんだか切ないね」
「うーん、じゃラーメンでも食べて帰りますか!」
「さんせー!」
秘封倶楽部。結界を悪用せず、ただ暴いて、元通りにする、おかしな二人組。
大学を卒業しても活動を辞めない場合は、逮捕する予定である。
ガラガラガラガラガラガラガラ!
「先生! 失血が多すぎます!」
「腿でも首でもどこでもいい! ありったけの血をぶち込め!」
「頑張って! あと少しよ!」
「急げ! 一刻も早く! 一秒でも早く手術室へ!」
「手術室の機材があれば助かる!」
「う、あ、ああ?」
「せ、先生! 患者の意識が!」
「君は道路で倒れたんだ! 大量の血を失って危険な状態だ!」
「う、あ、――た、――つ」
「か、患者が何か言っています!」
「どうした! どこか痛むのか!?」
「――――ちゅ、」
「――――ちゅ?」
「――――ちゅっちゅ」
どさり
「…………先生」
「うむ、ちゅっちゅならば仕方がないな」
クラバリを出たあとも蓮子の異常は続いた。足元に視線を落し、顔は無表情だ。
なにか小さな落とし物を探しているかのように、ゆっくりゆっくり歩いている。
蓮子が被っている中折れ帽子が斜めにずれていた。そっと直してあげた。
今の蓮子は完全な虚脱状態である。
これよりも軽度であったが、似たような症状に陥ったのを見たことがある。
その時は私がドンと地団太を踏んだら「ああごめんごめん、いて座A*が頭から離れなくてね」だそうである。
「蓮子、ねえ蓮子」
「んー?」
「今日は泊まっていく?」
「んー」
「じゃあちょっと買い物寄ってもいい?」
「んー」
こりゃ重症である。地団太を踏んだくらいで治りそうもない。
私はこの返事を勝手に肯定として受け取った。昼過ぎオヤツ時である。
この速度でダラダラと進んでいたら日が暮れてしまう。いやガチで。
10分で済む道程を1時間かけて移動。
スーパー入口のベンチに木偶の坊蓮子を座らせ、買い物を終わらせる。
私と蓮子の分、酒も適当に選んだ。蓮子に梅酒。私にジントニック。
荷物を二等分し、片方を蓮子のカバンに括り付けた。
ほいと立たせると車を引く牛のようにゆっくりと歩き始めた。面白い。
自宅マンションに着く。予想した通り、もう夕方だった。
「ねえメリー、今日泊まっていってもいい?」エントランス前で蓮子がいきなり口を開いた。
「いいよ」さっき聞いたじゃん、とは言わなかった。
「ところで蓮子、明日大学は?」
「んー」とまたもや木偶の坊蓮子。
「うん、分かった」どうせ調べればわかる。
私の部屋は何の変哲もないワンルームマンションである。狭い台所で夕飯の準備を始める。
牛肉、ジャガイモ、糸こんにゃくをすき焼きのタレで味付け。
レタス、トマト、キュウリをガシガシ切って大皿に盛り付け、ドレッシングを掛ける。
あとは白飯を二合半炊いて出来上がりである。余ったご飯は冷凍する予定。
「ほら木偶の坊蓮子、食べて、風呂に入って、寝るのよ」
「ご飯いらない」
私はひざを折って屈み、ベッドに腰掛ける蓮子の顔を覗き込む。
そしてデコピン一発えい。蓮子、ぱちくり。双眸に光が灯った。
「あ、ごめん。食べるわ」
「うむ」
ご飯を食べながら蓮子のカリキュラムを調べる。
明日は休みのようだった。
ご飯を食べて、風呂は蓮子を先に入れ、私はついでに風呂掃除。髪を乾かして歯を磨いた。
蓮子と一緒に酒を飲みながら、レンタルしていた映画“ワイルド・ワイルド・ウエスト”を見た。
映画が終わると22時だった。もうだんだん眠くなってきていた。
寝る前にもう一度歯を磨いていると、蓮子が自分の寝具を用意していた。
私はベッド。蓮子は床に敷いたマットレスである。
照明を消して寝転がる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみメリー」
返事は無いだろうなという予想を裏切られた。嬉しい。
「それと、いろいろありがと」
そう言われるとなんだか気恥ずかしくなってしまって、返事はしなかった。
――――――。
――、何時間、寝ただろうか。
まどろみの中、目を開ける。まだ暗い。深夜だ。
体内時計は夜中三時ごろである。
「メリー、起きてメリー」蓮子の声だった。この声で起きたのだと分かった。
「うーん、どうかした?」
「ちょっと質問なんだけど」
「うん」人に静かに呼ばれて眠りから覚めるのは嫌いではない。
「大学卒業したらあなた、どうする?」
「決めてないや」
「ホントに?」
「まあ就職かな。別に深刻に考えてないよ」
「なんの仕事をするつもり?」
「決めてない。まあこの大学ならどこでも就職は困らないっしょ」
「まあそうだね」
会話をしていて、段々目が覚めてきた。
「蓮子は、院に行くんだよね」
「うーん、どうしようかな」
「え? 考えてるの?」
「うん」
私は寝返りを打ち、蓮子の方向を見た。
ベッドのヘリが見えるだけだった。
「ごめん、私は、就職しようと思うってのは、半分ウソ」
「半分はホントか」
「私、子供を作ろうと思う」
間があった。そうだろう。ショックだろう。そう思った。
重苦しい沈黙に我慢できなくなった私は続けて口を開く。
「秘封倶楽部をやっててさ、この能力って凄いなと思ったの。だから、私で終わらせるわけにはいかないって」
「そうだね。メリーの血筋はその能力者が多いけど、メリーは特別だから」
「うん。でもほら私って、男苦手じゃん」
「この間ゴキブリを百倍汚くしたのが男だって言ってたね」
「だから金持ちで、ゲイで、家庭よりも少しだけ仕事の方を大事にしてる男、探してみる」
「ぷっ」蓮子が噴出した。「そんな男、いるかな?」
「お金持ちであることは絶対ね。子供に不便させたくないもの」
「まあ能力の遺伝が目的ならばそうなるね。ちょっと悲しいけど」
「ついでに言えば、頭が良くて身長が高くて、――顔は平均でもいいかな」
「メリー、結婚できないよ」
「まあ、見つからないだろうなと思うね」
「メリー綺麗だから、相手はいくらでも見つかるだろうに」
「絶対無理。男に体を触られるくらいなら自害するわ」
「ちゃんと付き合ってみたら楽しいと思うけどね。彼氏作ったら?」
「じゃあ聞くけど、あなた生ごみを漁って食べる生き物と付き合える?」
「いやそれゴキブリの話だよね?」
ふたりでくすくすと笑う。
なんだか良い感じだな、と思った。
「ねえメリー、私さ、大学辞めようと思う」蓮子が出し抜けに言った。
「あはは、へえ、辞めるんだ」
「いや真面目に聞いてよ」
蓮子は立ち上がると、私のベッドに腰掛けてきた。
スプリングは面白い具合にぐわぐわ揺れた。
「クラバリからここに来るまでいろいろ考えたの。大学卒業したらどうしようかって」
「まあ相当考え込んでたみたいだよね。院に行くのは?」
「やめた。大学もやめる」
「やめてどうするの?」
「決めてない。中退でも、就職先は見つかると思うからさ」
「そうだね。自立は出来そうだね」
「うん、いろいろ考えたの。倶楽部の事、メリーの事、大学の事、院の事」
蓮子が私の腹部に手をのせてきた。
じんわり暖かかった。そして、震えていた。
「そうしたら、宇宙の事なんてどうでも良くなっちゃった。あんなに楽しかったのに――」
蓮子の声はそこで詰まり、唐突に泣き始めた。必死に嗚咽をかみ殺しているようだった。
クラバリの時とは違う、思い悩んで苦しんでいる涙だった。とても、とても悲痛だった。
「蓮子、おいで」
蓮子が抱きついて来た。背中を撫でてやった。
クラバリで何かあったのだろう。それは分かる。ただ、何があったのか、全く見当がつかない。
たったあの20分間で蓮子の精神をここまで摩耗させたのは、一体どんなことだろう?
「蓮子、大丈夫よ。あなたはちょっと疲れてるだけだから」蓮子の嗚咽を聞きながら言った。
「明日なにか美味しい物を食べて、ちゃんと寝れば元通りだから、ね」
私がクラバリの散歩から戻ってきたとき、水を飲もうとして蓮子に止められた。
その際、グラスの片方が妖怪で、片方が結界師だとか言っていた。
あとは、1300年前。これがキーワードである。調べてみよう。そう思った。
「圭、いつまで起きてるつもりだ。そろそろ寝た方が良い」
「ああ、それよりも見てくれよ徹兄ちゃん、あの二人、スゴイよ」
いつまで経っても書斎から降りてこない弟を呼びに行くと、逆に手招きされた。
近づいて机に広げられた書類を見ると、今兄弟で手配している結界暴きに関するものだった。
「ここ最近の結界暴きは、ほとんど全部がこの二人の仕業だよ」
「トリフネの結界も見つけたのか。中々やるな」
「どうやって見つけたんだろうね。ノウハウを教えてほしいな」
「まあ運だろうな。それしかありえない」
「でも徹兄ちゃん、運も実力の内だって言ったよね」
「そうだな」
「大学卒業してもこの二人、活動は続けるかな?」
「どうだろうな。圭はどう思う?」
「続けるだろうけど、オレはこの二人をしょっ引きたくないよ」
「仕事だ。割り切れ」
「どうか解散してくれないかなぁ。いやだなぁ」
「そうやって甘い事を言ってると前みたいに逃げられるぞ」
「オレ、女の子苦手だよ。だって、かわいそうじゃん」
「もういい、分かった。お前明日も院だろ。寝ろ」
「ちぇ、世界が男だけだったらいいのに」
通例では、犯人が学生である場合、本当に重大な犯行以外は、逮捕しない。
例えば乱暴な暴き方をしたり、身を滅ぼすような危険な活動をしていたり、である。
しかし学生の結界遊びは、その危険性と重大性を理解していないことが多く、総じて未熟である。
それがこの二人はむしろ逆であった。
結界を最低限のリスクで発見し、完全に理解し、安全に暴いていた。
こちらが結界解読のノウハウを教えてほしいくらいの腕前だった。
試しにこの二人が通っている大学校舎付近にパズル仕掛けの結界を張っておいたことがある。
結果は予想通り、あっと言う間に解かれてしまった。
「あら、これで終わり? あっけないわねぇ」
「あ、蓮子、音声録音の機能がついてるよ。もう始まってるから、なんか録音しようよ」
「イェーイ! 秘封倶楽部参上! 結界師さん見てるー? 元気にしてるー?」
「蓮子ったら、結界師がこの時代に生きてるわけないじゃない」
「声はどこまでも届くものよ。よし手を合わせ、結界師さんに黙祷!」
「はい黙祷」
「じゃメリー、きちんと元通りにしておいてね」
「こんな結界もあるのね。昔の結界師さんの修行がてらって感じかしら?」
「どんな人が張ったんだろうね。ああ一度でいいから会って喋ってみたいなぁ」
「そうだね。なんだか切ないね」
「うーん、じゃラーメンでも食べて帰りますか!」
「さんせー!」
秘封倶楽部。結界を悪用せず、ただ暴いて、元通りにする、おかしな二人組。
大学を卒業しても活動を辞めない場合は、逮捕する予定である。
ガラガラガラガラガラガラガラ!
「先生! 失血が多すぎます!」
「腿でも首でもどこでもいい! ありったけの血をぶち込め!」
「頑張って! あと少しよ!」
「急げ! 一刻も早く! 一秒でも早く手術室へ!」
「手術室の機材があれば助かる!」
「う、あ、ああ?」
「せ、先生! 患者の意識が!」
「君は道路で倒れたんだ! 大量の血を失って危険な状態だ!」
「う、あ、――た、――つ」
「か、患者が何か言っています!」
「どうした! どこか痛むのか!?」
「――――ちゅ、」
「――――ちゅ?」
「――――ちゅっちゅ」
どさり
「…………先生」
「うむ、ちゅっちゅならば仕方がないな」
そしてサラリーマン生きろ。
続くのであれば私も作者名統一希望です(検索しやすいので)
あとさりげにリーマン編が本文に進出してるのは何かの伏線か・・・!?
ちゅっちゅもよかったちゅっちゅ
もう頭わけわからなくなってるぞ……ついていけるかな。
そしておっさん、もう休め