Coolier - 新生・東方創想話

蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」

2013/05/23 23:20:50
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新生秘封倶楽部を発足してから一年が経った。
紫は大学生活を満喫しているようだ。
特に知性は現役の学生より頭一つ分抜きんでていると評判である。

小学年齢特有の無邪気さで講義に出るので、特にロリコンどもから大人気。
例えば、教授が喋っている途中でも大声を上げて挙手しているらしい。
(そのくせ、回答の正確さは院生を凌駕する。困ったものである)

紫は私を校舎内でも遠慮なく呼び捨てにする。
廊下で会うと「あ、宇佐見ぃ、今日お昼ご飯一緒に食べよー」こんな感じだ。
私は教授内で嫉妬の的である。ロリコンどもめ、お前ら一体何なんだ。

さて私は頻繁にメリーと連絡を取るようになり、新生秘封倶楽部を運営している。
大学時代の活動場所は喫茶店であったが、ここ最近の集合場所は――。

「お邪魔しまーす。御庭整備ご苦労様ね」
「あ、ようこそ宇佐見先生。今日も奥様と学会ですか」

庭を手入れしている小間使いさんに挨拶する。もちろん男である。
庭園用の作業服を着てシャベル片手に土いじり。こういう生活も良いかもしれない。

「ええ、超自然的唯心統一物理学をね」これは結界の事である。
「あはは、私はおバカ大学卒なので先生の言葉はさっぱりです。どうぞごゆっくり」

もはや勝手知ったる八雲邸だ。そりゃメリーがほいほい外には出られないのだから仕方がない。
明治時代の伯爵邸によく見られる、和洋折衷の造りをしている。
カーペット敷きのエントランス。左右対称の階段。木造りの手すりにシャンデリア。
改築は繰り返しているらしい。できる限り建設当初の形を残しているという。

客間、メリーと紫がいた。同じソファに座り、紫がメリーにじゃれ付いている。
アンティークものの家具に囲まれて二人が仲良くしているのは、良い絵になる。

「お待たせメリー、と紫ちゃん」
「遅すぎ! どんだけ待たせるつもりよ!」
「え? 時間通りだよ?」
「いい加減、お手伝いさんの見張りも付かなくなったようね」
「そうだね、やっとフェーズ2へ移行だ」

メリー曰く、夫に八雲 圭を選んだ理由は二つあるという。
一つはゲイであるから。もう一つは、結界省の人間であるから、だ。

結界省は、結界を暴いた人間を逮捕し、結界拘置所へ拘留させる権利を持つ。
大概が有罪判決を受けて投獄される。事実上の逮捕権である。
拳銃の携帯も認められており、職務質問さえ行う事もできる。
結界を管理、保護、運用するだけならば、そこまでの権利は必要ない筈である。

キナ臭いのだ。

八雲家を捜索する事で結界省の情報を手に入れようと言う魂胆である。
フェーズ2は屋敷の中を物色する段階だ。倶楽部活動である。

めぼしい部屋は紫に目をつけて貰っている。
書物が沢山あって鍵が掛かっている、いわゆる開かずの間である。
部屋の中にある物は、何も触らないように言ってある。怖いからね。

「あ、そうそう、出発する前にメリー」
「うん? どうかした?」
「最近は夢見ないの? 話聞かないけれど」
「うん、精神的に安定していると、夢で能力を変に使うことは無いみたい」
「そっか。それならいいや。じゃ、行って来るね」
「紫、蓮子の指示は絶対聞くのよ。蓮子は探偵さんなんだから」
「はぁい。捜査活動中の責任は探偵担当に一任してあるからダイジョーブ」

紫の能力は強力だ。曲がり角を曲がるとき、扉の向こう側を確認する時はもちろんのこと。
跡をつけられていないか見るときも、天井に“口”を開き、掌からそれを覗き込むのだ。
額を掻いたりするようにして、四方をぐるりと見回すことが出来る。

口の大きさはまだそこまで大きくなく体を通すことは出来ないが。
手を差し込んで簡単な操作をするくらいなら十分だ。
例えば、内側の扉の鍵を開けたり、である。

「はいここ」
「わお、これ全部結界の研究書? 凄い数ねぇ」

目をつけていた地下室の扉を開けると、キャビネットに満載された研究書の山、山、山。
一緒に部屋に進入。鍵を閉めて紫に見張りを命じる。

モグラ穴のような地下道にコンクリート造りの壁。ひんやり肌寒い。
私は大丈夫だが、紫はこんなところにずっといたら気分が滅入ってきてしまいそうである。
適当な研究書を手に取りぺらぺら捲っていると、紫が研究書を手に取った。

「ねえ宇佐見、これ何て読むの?」
「こらこら、あなたはなにも触らない約束でしょ」
「でもこの本だけ何だか大事な感じがする」
「どれどれ」と表紙を読む。「“博麗大結界研究書”だね。なんの結界かな?」

幼い子供の感性と着眼点は、知識と常識による成人の判断をたびたび凌駕する。
紫から研究書を受け取り、内容をざっと見る。

かなり大規模な結界だそうで、維持には定期的な祈祷が必要だそうである。
祈祷は巫女が担当する。ただ社で生活し、偶に儀式を行うだけ。重い義務はない。
ふむ、巫女が不在の場合は人間の人柱が必要な場合もある、らしい。

「何て書いてあるの?」
「まあよくある結界の研究書ね。結界の造りも一般的で目新しい事は特に何も――」

ここで私は発言を中断。耳を澄ませる。
紫も気づいたらしい。呼吸を抑え、“口”で廊下を観察している。

ヒールだろうか、軽やかな足音がこちらに近づいてくる。
紫が私の腕を指先で叩いた。信号である。大人、女、一人。
私は部屋の奥へ紫を引っ張り、キャビネットの陰に隠れた。

紫が掌を差し出してきた。そこに張り付く“口”から観察する。
ストライプのスーツを着た茶髪の女が、廊下を歩いていた。
私たちが居る部屋の前で止まると、懐から鍵を取出し、開錠。

この女はきっと屋敷の小間使いさんだろうと、常識で想像する。
でなければスーツ姿で、扉の鍵を持ち歩いている筈などない。

扉を開けて中に入ってくると、女はメモを取出し、キャビネットを指差し、配置を確認して――。

「ありゃ? 無いぞ? おやー?」独り言。
もう一度メモを見て、キャビネットを見て、間違いが無いことを確認した後に。
「うーん、あなたが持ってるのかしら? 蓮子ちゃん、渡してほしいんだけど」

ぎょっとした。ここに隠れているのがばれていた。
紫の肩をぐっと押し、隠れたままでいる様に示した後、意を決して陰から出る。

相手は上下ストライプのスーツを着た若い女性である。私より年下に見える。
栗色のショートボブ。糊のきいたYシャツに、A4サイズのカバンを持っている。

このスーツ女は、私の事を“蓮子ちゃん”と呼んだ。
小間使いであるならば、“宇佐見教授”か“宇佐見先生”だ。
それ以外の人間であるならば、一体誰だろうか? わからなかった。

「あはは、いることばれてたの? どうやって分かったの?」わざとおどけた声を出す。
「すごいでしょー」と笑って見せる。「お姉さんは何でも知ってるからね」
「へえなんでも、ね。ところで何か探してたようだけど?」
「うん、ここにあった筈の本を探してたのよ」
「なんていう本?」
「博麗大結界研究書っていう本。必要なの」
「私は持ってない」隠れてる紫が持ってるからね。「何に使うの?」
「ん? んー、別に絶対必要な物だって訳じゃないからいいんだけどさ」

頬をぽりぽり掻きながら、スーツ女は言う。

「じゃあ、そこに隠れてる蓮子ちゃんの相棒に言いたいことがあるんだけど、」と嘯いて。
「蓮子ちゃんの相棒、メリーだよね? 四年後に神隠しに会うから、準備しといてって」

キャビネットの陰に隠れてるのは紫である。メリーではない。
メリーは上の階の客間にいる。紅茶でも飲みながらだらだらとしているだろう。
私が隠れているのを先ほど当てたのは、分かっていたのではなく、予想しただけなのだ。

しかしその前に、と考えた。「は? あんた何言ってんの?」私は意識して声を尖らせた。
「それに、なんで私のこと知ってるの? あんただれ?」
「え? 覚えてないの? 話したじゃん」
「どこかで会ったことある? 失礼だけど、名前は?」
「いやね、八雲蓮子よ。結界の話、したでしょ?」
「? いいえ、今ここが初対面よ?」
「えー? 化粧も髪型も、前と変わってないんだけどなぁ」

私は女の顔を再度観察する。なるほど化粧はしている。
しかし濃くは無い。いわゆる顔の造形を化かすほどの、時間をかけた化粧ではない。
栗色の髪、若干のウェーブ。細い首。形の良い後頭部のライン。

見覚えが無い。全く、分からない。

「人違いね。きっと違う蓮子よ」
「ひどい! 忘れちゃったの? 知楽書店ビルで会ったじゃん」
「知楽書店ビル? 京都駅前の?」
「そそ」
「うん、そこにはよく行く」
「知楽書店ビルのクラバリよ」
「うん知ってる、よく行くね」
「そこで、あなたはキャラメルマキアートを飲んでたよ」
「ふむ、まあよく飲むけれど」
「15分だけ時間を貰って、お喋りしたじゃん」
「ごめん、人違いだわ」私は厚かましいこの態度に警戒を強めた。「あなただれ?」
「八雲蓮子よ」もう何度も言ったでしょ、との声色だった。

初めて聞く名である。名が私と一緒とは不思議な偶然もあるものだ。
それに加え、八雲に蓮子と強烈な組み合わせである。
この印象は一度会って自己紹介されたら忘れる訳が無い。

ここで押し問答をしていても仕方ないので、別の線から攻めることにした。

「八雲家の人?」
「そそ」
「八雲 圭とはどういう関係?」
「圭のお父さんのお父さんのお父さんの弟の長男の長男の長男の姉が私」

首筋に信号。紫が“口”を経由して信号を送ってきたのだ。
13、35、うそ、嘘である。

「へえ、そうなんだ」私は髪をかきあげるふりをして、手に展開された口から紫の声を聴いていた。
「ねえ八雲蓮子さん、圭の“みとこ”って八雲 忍さんなの」
「うん、そうだね。私のお父さんよ」
「忍さんの子供は男の二人兄弟。女はいない」

私は目の前の女性を睨み付けて、言った。
「八雲蓮子なんて架空の人物だ」

これに対し、八雲蓮子と名乗った女は涼しい顔である。

「ごめん、さっきの八雲 忍の娘だっていうのは、ウソ」
「ふざけんじゃないわよ、怪しいわね」
「怪しい者じゃないのよ」
「じゃあ何者よ。それを証明するか今すぐ出て行くかしないと、警察を呼ぶわよ」
「んー、そのまえにね、私と蓮子ちゃんに大きな誤解があると思う」
「どんな誤解かしら?」
「私は怪しい者じゃないし、二人に危害を加えるつもりもないから、ね」
「怪しい人はみんなそう言う。今すぐ出て行け。住居侵入罪よ」
「まあまあ落ち着いて。すこし齟齬が生じてるだけなの。ね?」
「不法侵入者相手に齟齬も何もあるものか。次は無いわよ、出て行きなさい」
「あのさ、ちょっと電話してもいい? 何がいけないのかは見当がつくから、さ」
「……………………」

私が無言でいると、八雲蓮子は勝手に携帯端末を取出し、電話を始めた。
もう百何十年も前に使われなくなった、二つ折りの電子携帯電話だった。
これが本当に通話しているかも疑わしいな、と思った。

「あ、ちょっとねえ、あんた飛ばす先間違えたでしょ。今大変なことになってるんだけど?」
「ごめんじゃないわよ。どうするのよこれ。あんたが調整してくれるの?」
「こっちの蓮子ちゃんはどうするの? なんて説得するの? 滅茶苦茶しだすわよきっと」

私は、腰につけたホルスターのボタンが外されるのを感じた。
紫が口を使って外してくれた。そう、撃ったほうが良いと、紫が提案しているのだ。

腰に隠し持っている、射出式スタンガンを。
そして私も、それに同感だった。

「あんたこっちに来て説明しなさいよ。え? 逃げろ? 説明が先でしょ? 違う? なにが?」

八雲蓮子は電話の相手との会話に夢中である。
私は、ゆっくりとスタンガンに手を伸ばし、グリップを握った。

「危険? 何が危険なの? 避けろ? スタンガン? どこにスタンガンなんかが――」

日頃の練習の成果があって、即座に抜き放つことが出来た。
ホルスターから抜き、トリガーに指をかけ、構え、撃つ。
ほんの一秒の半分にも満たない、短い時間だった。完璧だった。

その一瞬、八雲蓮子は私が構えたスタンガンを凝視し、眼を大きく見開いた。
彼女にとってはたったそれだけの時間の猶予しかない。避けるのは不可能である。
電圧10万ボルト。電気ショック銃の中では弱い威力。しかし、若い女性相手ならば十分なダメージ。
発射された二本の電極は狙い正しく、彼女の細い腰に向かって飛翔し――。

――“なにか”に吸い込まれて消えた。

それは、紫の“口”に似ていた。
空間にチャックが出来たかのように固定されている、別の空間への入り口である。
ただ違う点は、チャックの両端に赤色のリボンがある点と――。
――チャックの中に、おびただしい数の目玉がぎょろぎょろと蠢いている点だ。

赤色のリボンが両端から距離を縮め、入口を締めていき、そして“なにか”は消滅。
後に残ったのは、驚愕に目を見開く八雲蓮子と、弾切れスタンガンを構えたまま立ち尽くす私である。

「――あ、あはは、今日は帰るわ。うん、まあ色々あるけど。――それじゃ!」

八雲蓮子の逃走を見て、私ははっと我に返る。
こいつを逃がしてはならないと、脳が警鐘を鳴らしていた。

地下室唯一の出入り口である扉のドアノブに手をかけようとする。
走り寄る私からはまだ距離がある。ああ間に合わないと思ったところで。
「きゃっ!」八雲蓮子が悲鳴をあげて、身長ががくんと下がるのを見た。
直ぐ横の天井から、ストライプスーツを履いた右足が、ぶらぶらとぶら下がっていた。

「Good job!」紫は優秀である。

腰のホルスターから警棒を取出し、展開する。
狙うはこの女の肩。肩部は全身の中で比較的筋肉が多いため、打撃を受けても軽症で済む。
警棒で殴れば良くて脱臼、少し良くて骨折くらいのダメージだ。逃走を防ぐには十分である。

「ま、待って! 話せばわかる!」
「問答無用!」

若干の手加減をして警棒を振り下ろす。

硬質な衝突音。手ごたえは、硬い。肉体の感触ではない。
八雲蓮子の肩すんでのところで、またもや“なにか”が開いていた。
そこから延びている『歩行者専用道路』の道路標識が、私の警棒を受け止めていた。

「くそっ!」

悪態をつく。後ろに飛び退り距離を開けようとする。しかし、出来ない。
警棒が、いや腕ごとが“なにか”にかみつかれていた。

「宇佐見!」紫の声。
「そこに居なさい! ぜったいにこっち来るんじゃないよ!」

警棒を手放し腕を引き抜こうとする。びくともしない。
肘から先を固定されてしまっている。瞬時の判断で右腕は諦める。

開いている左手で八雲蓮子の髪の毛を掴もうとして――。
直後開かれた“なにか”に突っ込んでしまった。
咄嗟に腕を引っ込めようとするが、遅かった。ぎゅっと縮まった“なにか”に腕を挟まれた。

やられた。拘束された。今度こそ、身動きが取れない。
幼い紫は腕力で敵わない。私は拘束され動けない。完全な敗北だった。
私は、両腕の肘から先をこのまま切断されることを覚悟した。

いや、腕どころではない。それ以上に、全てを諦めるしかなかった。
不甲斐ない。目を瞑り、両腕の力を抜いた。降参。無条件降伏だ。

「私はどうなってもいい。だけど、あの子だけは無傷で返してあげて」私は懇願した。
「どうか、お願い。大事な子なのよ。まだ何も知らない幼い子なの。どうか――」

「あ、あ、あはは――」八雲蓮子が引き攣った笑い声をあげた。
「ここのパラレルの蓮子ちゃんは、……かっこいいね」

パラレル、パラレル。私はその言葉を脳内で反芻し、そして理解し始めていた。
八雲蓮子の正体を。なぜキャビネットに隠れた紫を、メリーと間違えたかを。
なぜ関係を偽ったかを。そしてなぜ、一方的に私の事を知っていたかを。

紫の“口”から足を引き抜き、目線は私と同じ高さまで戻して。
スーツの襟を整え、額の汗をぬぐい、「ふう」と息をつく。
直ぐ近くで拘束されている私に、フローラル系の香水の匂いが届いた。

「まあまあ、落ち着いてよ。さっき言ったでしょ。危害を加えるつもりもないからって」

妖しい奴はみんなそう言う、の言葉は飲み込んだ。
そうだろうな、と思った。八雲蓮子が私たちを害する理由は無い。

「ママが神隠しに会うって本当?」

後方から紫の声。紫はまだ、八雲蓮子の正体に気付いていないようである。

キャビネットの陰から出て来ているようだった。
私が両腕を捕まえられているのを見て独自に判断したのだろう。
なるほど、もしこの“なにか”が紫と同じ能力ならば、私の腕を切断できる力くらいはあるという事だ。

――ふむ、紫が相手の足を放したのは、向こうは“なにか”をいくつでも生成できるからか。
火力は向こうの能力の方があるのである。紫は私の腕が切断される事を恐れたのだ。
うーん、私だったら即座に足を潰すかな? いやどうだろう。
暢気に分析する。もはや身の安全は約束されたのだ。

八雲蓮子は通話中の携帯電話をハンドレスに切り替えた。
「あなたの母親は、神隠しには会わない」携帯端末のスピーカーから、成人女性の声が聞こえてきた。
「私と八雲蓮子はパラレルを旅してるの。神隠しに会うマエリベリーは別パラレルなの」
「パラレルってなあに?」
「並行世界って事よ」私が言った。

両腕を拘束された惨めな姿勢のまま私は紫に諭した。

「量子論で勉強したでしょ? 同時並行でいくつもの現象が発生してるのよ」
「え? でもあれって物理的に観測できないんでしょ? だから解釈の話じゃ」
「物理的に観測できることなんてたかが知れてるわ。そう教えたはずだけれど」
「むむむむむ?」
「あなたはまだまだ未熟ね」

私はため息一つ。

「要するに、博麗大結界の人柱ね?」
「そそ。私が怪しい者じゃないって、分かってくれた?」
「良く分かったわ八雲蓮子。もう暴れないからこれ放して」

チャックがするりと緩む。両腕を引き抜き具合を確かめる。正常だ。
警棒を収納していると、スタンガンの電極も足元に戻ってきた。放電は終わっていた。

「巫女はどこ行ったし? 迷惑なやつね」
「行方不明。ま、すぐに見つかるでしょ」と携帯電話の女性。
「すぐに見つかるのに、その代わりに別パラレルメリーを連れて行くの?」
「だって、会議でそう決まったんだもの。人柱が必要だって」
「ふうん。別パラレルの私は不憫ね」
「あ、別パラレルのあなたも一緒に神隠しに会うのよ?」
「はあぁ? ――いや、案外いいかもしれない」
「おいおいそれでいいのかい蓮子ちゃん」
「ねえあたし、別パラレルでもママがいなくなるのは、嫌だよ」

私は後ろを振り返ると、紫がこぶしを握り唇を噛み、悲壮な表情でそこに立っていた。

「あたし嫌だよ。ママが神隠しに会うなんて、絶対嫌だよ!」
「ねね八雲蓮子、そのパラレルではこの子っている?」
「存在しないね。大学卒業後も宇佐見蓮子と仲良く関係を続けるパラレルだから」
「だそうよ、よかったね紫ちゃん」
「良くない! 全然よくない! そんなの絶対おかしいよ!」

激しくかぶりを振る紫。ブロンドの髪が左右に揺れる。

「だって、いなくなっちゃうんだよ? それって、凄く悲しいよ!」
「そんなこと言われてもね。だって、そういうパラレルなんだから仕方ないし」
「仕方ないとか、そういう話じゃないよ! 結界の人柱に選ばれるなんて!」
「うーん、ごめんねこの子感性豊かで、どういうものか理解してないのよ」
「あたしも昔はああだったなあ。懐かしいわ」と八雲蓮子。
「じゃああなた、一体どうしたいのよ?」
「ママを助けたいよ。人柱なんて残酷な事から、助けてあげたい」
「またまたそういう無茶を言う。いい紫ちゃん――、」
「いや無茶じゃないわよ。行ってみればいいんじゃない?」
「え?」「は?」「む?」

携帯電話の女が突拍子もない事を言うので、私を含めた三人はアホみたいな声を出すしかなかった。

「そんなこと可能なの?」私が聞いた。
「不可能じゃないわよ。このパラレルのあなた、頭いいし」
「過程と結果を勝手に変えていいの?」紫が聞いた。
「いいんじゃない? 不満なことは変えちゃえ。それに、あなたカワイイし」
「調整はどうするのよ? いくつのパラレルに波紋が広がると思ってるの?」八雲蓮子が聞いた。
「それをどうにかするのがあなたの仕事でしょ? あなたテキトーだし」
「違うでしょ! それは調整者の仕事でしょ!? 私は結界保護をやりたいの!」
「あら、あなただってアジャストメントの資格、もってるじゃない?」
「それはあなたが無理やり私に取らせたんでしょ!」
「義務はあるじゃない。結界保護はあなたの権利。アジャストメントはあなたの義務」
「辞職する! 調整者の仕事辞めるわ!」
「今人材不足だから、そんな勝手な理由じゃムリだと思うけど」
「むきー!」

八雲蓮子は奇声を発すると、紫に接近し、手に持っていた博麗大結界研究書を取ろうとして。
「あ、その本必要ないわよ。このパラレルに飛んだのがそもそも間違いだったんだもの」
「あ! そうよ! もとはと言えばあなたが間違えて飛ばしたのが原因だったんじゃん!」
「さて問題。間違えたパラレルに飛ばしても調整者が飛んで来なかったのはなぜでしょうか」
「これも調整の内、だと?」
「答えは13,499,999,990年後です」
「長いよ! 結界の為じゃないから待ちくたびれるよ!」
「あなたに言ったわけじゃないから」
「誰に言ったの!?」
「はいはい、もう言いたいこと言ったから次行くわよ」
「なんだかすごく不服なんだけど!」
「あ、最後に新生秘封倶楽部のお二人さん。トラベル後の秘封倶楽部によろしくね」
「黙れ!」と八雲蓮子が通話を終了させた。

携帯電話を片付け、私を指差して言う。
「いい? 変なことして私の仕事増やさないでね?」
私は言った。「知らんがな」

そして八雲蓮子はくるりと踵を返すと、霧の様に消えてしまった。

「ねえ宇佐見」ややあってから、紫が口を開いた。
「あたし、大学辞める。大学辞めて、量子論の勉強する」
「あら、大学でも量子論なら勉強できるわよ」
「大学の講義、進みが遅いんだもの」
「なるほど。でも大学は卒業しときなさい」
「――わかった。大学は辞めない」

紫は研究書をキャビネットに戻し、私へ向き直った。

「それと宇佐見、さん」
「なによ改まって」
「お金貸してください」
「いいよ。いくら?」
「パパとママに隠れて研究するための部屋が欲しいの」
「隠れて勉強する必要がある?」
「だってママ、精神的に摩耗すると、夢で変なところに行っちゃうんでしょ? それは嫌だよ」
「うんなるほど、じゃあ物件を今から一緒に探しに行こうか。あ、それと」

私は紫と一緒に地下室から出ながら。

「人から融資を受ける時はね、お金の用途を先に言うのよ」
「うぐ、――はい分かりました以後気をつけます」
「それに、世の中はお金を出してくれる人が一番偉いの」
「――覚えておきます、うぐぐ、――う、宇佐見、さん」
「じゃ、研究これから一緒にがんばりましょうね」
「え」紫の顔がぱっと明るくなった。「手伝ってくれるの!?」
「手伝うも何も、これって私の研究分野だしね」

なるほど、この子は自分一人で研究しようと考えていたのか。
健気なことだな、と思った。そこらへんがまだまだ未熟なのだ。

「学者さんたちとも面識があるから、紹介するよ」
「いいよそんな、人数少ない方が統率がとれるし」
「分かってないわね。一人で研究するより百人で研究したほうが早いでしょ?」
「えー、なんだかめちゃくちゃになりそう」
「あなたの知らない所で学者さんたちは毎日の様に論争してるわよ。あなたの知らない所で」
「うぐぐ、二度も言わないで。分かったから」
「それに、研究所に入る為の申請もして、カードも作って、機材も集めて、ああやることいっぱいだわ」
「えへへ、なんだか、――ありがとうございます宇佐見さん」
「気持ち悪いわね、呼び捨てでいいよ」
「あ、結局呼び捨てなんだ!?」

パラレル、パラレルか。紫に協力する面目ではあるが――。
実は私はトラベルの可能性を提示され、胸が躍っていた。
私は会社を辞めた。会社を辞めて、八雲邸の小間使いに就職した。
三位一体のにゅーちゅっちゅを眺められて、毎日が大変充実している。

「お邪魔しまーす。御庭整備ご苦労様ね」
「あ、ようこそ宇佐見先生。今日も奥様と学会ですか」
「ええ、超自然的唯心統一物理学をね」

超自然的唯心統一物理学とはきっと結界の事だろう。
新生秘封倶楽部は順調なようだ。とても、とても良い事だ。

「あはは、私はおバカ大学卒なので先生の言葉はさっぱりです。どうぞごゆっくり」

こんな感じで、蓮メリとも仕事上会話できる。ロリ紫の相手を任されることもある。
そう、とても、とても充実している。なんて幸せな時間なのだろう。

どのパラレルに行ってもこれくらいちゅっちゅがあれば良いのに、と思う。
世界にはちゅっちゅが足りなさすぎるのだ。マルチバースはちゅっちゅ不足である。

「あ、お疲れ様です。今大丈夫? 時間ある?」
「ああ大丈夫だよ。どうかした?」
「圭様がお呼びですよ。書斎まで来てほしいと」
「…………わかった、すぐ行くよ」

しかし問題が一つある。
それは、圭に目をつけられているらしいという事だ。好意的な意味で、である。

うん、マジやべぇ。

2013/5/24 誤字と誤記を修正。ご指摘ありがとうございました。
体外→大概
そして宇佐見蓮子はくるりと踵を→そして八雲蓮子はくるりと踵を
抱え落ちにより虚空の彼方へ吸い込まれた数多のボム
簡易評価

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コメント



0.970簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
体外が 大概が
「人間の人柱」!?気になるタームが飛び出してきた。
小間使いに対する変態的な視線の方が危険な気がする。アッー。
もとよりテンポよくノリの良い文章が回を追うごとにブラッシュアップされ読みやすく美しくなっていくのが素晴らしい。
4.90名前が無い程度の能力削除
後書きw お前かよww
くそ、気づかなかった。
7.80名前が無い程度の能力削除
ん?ということはこのSSの世界観ではメリーと同一人物の紫と親子の紫の二種類がいるのか?
9.80名前が無い程度の能力削除
居ないと思ったらお前だったとは…!
先が気になるお話でした。
11.90名前が無い程度の能力削除
お前かよww
やだこの秘封こんなにもオリジナルなのに面白くて困る
15.90名前が無い程度の能力削除
小間使いがサラリーマンだったのか…
そしてサラリーマン逃げろ。
20.80奇声を発する程度の能力削除
テンポ良く面白かったです
24.703削除
うん。だんだん分からなくなってきたぞー。