パーティー会場から夜の森へ場面転換。
満月が昇ると共に、音楽が流れる。
舞台右手からレミリア登場。中央で舞台右手を振り返る。
レミリア「さあ、早く」
レミリアの手招きに合わせて、舞台右手から咲夜が現れ、レミリアの前へと駆け寄る。
咲夜「お待ちください、お嬢様」
咲夜、疲れた様子で荒く息を吐く。
レミリアと咲夜が辺りを見回す。
咲夜「お嬢様、本当に」
レミリア、咲夜に抱きつく。
レミリア「本当に良いのよ。ここまで来たらもう身分の違いなんか関係ない」
咲夜「ですが、それではお嬢様が勘当されて」
レミリア「そんなのもう関係無い! 今大事なのはあなたの気持ち。違う?」
音楽が舞踏用に変わる。
咲夜が迷いを見せる。レミリアが焦れて咲夜の手を取り強引に踊ろうとする。
音楽はすぐに止まり、舞台の右手からパチュリーと屋敷の使用人達が現れる。
パチュリー「こんなところに居たのか。さあ、早く娘を連れ帰れ」
パチュリーの合図で屋敷の使用人達がレミリアを捕まえ、舞台の右手へと引きずっていく。
レミリア「お父様! 止めて! 私はその人と!」
パチュリー「ならん! お前は家で頭を冷やしなさい! 紅家には明日謝罪しに行く。それから咲夜! 下賤の身でありながら、何という身の程知らず。貴様は首だ。さっさと私の前から消え失せろ」
レミリア「嫌! 咲夜! 咲夜!」
悲鳴を上げるレミリアが使用人達と共に舞台右手へ退場。
パチュリーは咲夜に背を向け、レミリアを追う。
咲夜はその場に立ち尽くす。
照明が落ち、場面転換。
「何これ」
居間のソファに座るレミリアは、渡された紙束の中身をさっと検めると、放り出して、傍に立つ咲夜に問い尋ねた。
「咲夜、あなたが書いたの?」
問われた咲夜は戸惑った表情になる。
「いえ、美鈴が」
「ふーん。何だってこんなもの」
呆れた様に言うレミリアを、咲夜は不思議そうに見つめる。その視線に気が付いて、レミリアは咎める様に言った。
「何よ」
「いえ、あの、本当にお忘れで?」
レミリアが首を横に振る。
「この間、八雲紫から文化祭という催し物の連絡が来たじゃないですか。種族の垣根を越えて交流しようと」
「あー」
レミリアが思い出した様に声を上げるので、本気で忘れていたのかと、咲夜は何だか心配になった。
「それで私達紅魔館は演劇をする事になって、お嬢様が美鈴に台本を書く様指示したじゃないですか」
「ああ、そういえば」
「それで書いてきた台本がそれですよ」
「これ?」
レミリアは放った台本を取ると、再度中を検める。読み進める内に段段と不服そうな顔になったレミリアに、咲夜は不安になって尋ねた。
「不味いですか?」
「美鈴は素人なんだし、完成度云々については言わないわよ。でもこれ恋愛物じゃない」
「ええ、そうですね。駄目ですか?」
「私達でやるのに、恋愛物は無いでしょ、恋愛物は。だって男が居ないのよ?」
「美鈴が言うには、色色な方方が来るのだから、普遍性の高い恋愛が一番だろうと。後は宝塚がどうとかも」
「だからその恋愛をやるのに、女しか居ないでしょ? 咲夜と美鈴っていう登場人物は男みたいだけど、本当に咲夜と美鈴が男役をやるの? 大丈夫?」
「それは演技でカバーというか」
不服な態度を崩さないレミリアに咲夜が困り果てていると、居間の扉が開いて美鈴が入ってきた。
「どうですか? お嬢様、咲夜さん? あんまり上手くはないと思うんですけど」
明るい声音と共に入ってきた美鈴だったが、居間の空気が重い事に気が付いて、一気に不安そうな表情になる。
「あの、駄目でした?」
レミリアは溜息を吐いて台本から顔を上げた。
「頭ごなしに否定したくはないけれど、恋愛物は頂けないわ。うちには女しか居ないのに」
「そう、ですよね」
「悪いけど、書き直してきて頂戴」
レミリアがそう言って台本を突き出した。
美鈴は少しの間、迷う様に立ち尽くしていたが、やがて落胆した様子でレミリアの元へと歩み寄り、台本を受け取った。
「あの、すみませんでした。すぐに新しく書いてきます」
美鈴が背を向けて歩き出す。
それを咲夜が呼び止めた。
「待って美鈴」
美鈴が驚いて立ち止まる。
「お嬢様、あの台本を使っては頂けませんか?」
逆らう様な言葉に、美鈴とレミリアが驚いて、咲夜を見た。咲夜はレミリアの視線をしっかりと受け止める。
「でもうちには女しか」
「それは分かっています。でも美鈴は本当に頑張ってあの台本を書いたんです。このところ夜遅くまで、時には門番の仕事を疎かにしてまで書いていたんです」
「いや、仕事はちゃんとしてよ」
「それ位、一所懸命に書いていたんです。どうしたら面白くなるか、良いお話が作れるのか、悩んで悩んで、とても頑張っていたんです。だからきっと面白いはずなんです。性別の事なら、私達が頑張ります。頑張って演技します。だから、お願いですから、あの台本を使って頂けませんか?」
咲夜の必死の懇願を受けて、レミリアは美鈴を見た。美鈴は台本を強く抱き、じっと見つめてくる。門番の仕事をしている時なんかよりよっぽど真剣な目をしていた。
レミリアは息を吐く。ここまで必死にされたら断れない。
「分かったわよ」
途端に咲夜と美鈴の表情が明るくなった。
「本当ですか?」
「ええ。でも良い事? 咲夜も美鈴も男の役をやる以上、ちゃんと男になりきってよ? 中途半端は許さないからね」
「はい! 良いわね、美鈴?」
咲夜が嬉しそうに美鈴に問いかけると、美鈴も嬉しそうに頷いた。
「勿論です! 頑張ります!」
妙にやる気になった二人を見て、レミリアは溜息を吐いたが、二人の笑顔を見ている内にやがてレミリアも微笑んだ。
自室に戻ったレミリアはベッドに横たわって台本を読み進める。貴族の屋敷を舞台にした身分違いのいかにもベタな恋愛物で、そう言えば最近美鈴は少女漫画を読み漁っていたなぁとレミリアは思い出す。
一点頂けないところは、登場人物に自分達の名前が使われている事で、それが恋愛模様を繰り広げているのを読むと気恥ずかしい様な変な気分になる。
複数やる劇の内の一つでしかない為、内容自体はとても短く、レミリアはすぐに読み終わった。読み終えたレミリアが内容を反芻していると、唐突に凄まじい音を立てて扉が開いた。
「お姉様! 何だってあんな従者と仲良くしているの?」
「は?」
レミリアが驚いて身を起こすと、フランが走り寄り抱きついてきた。
「お姉様! 何だってあんな従者と仲良くしているの?」
フランが再び一言一句同じ事を言ったので、レミリアはようやくフランが演劇の台詞を述べているのだと気が付いて、フランを押し退け、台本をめくってその場面を探した。
「お姉様! 何だってあんな従者と仲良くしているの?」
三度同じ事を言うフランを尻目に、レミリアはようやっと場面を探し当てて、振り返る。
「咲夜は素敵な人よ、フラン」
レミリアがそう言うと、フランは笑顔になって続けた。
「あんな下賎な者に何を」
「身分の上下なんか関係無い。彼は素敵な人」
フランが嬉しそうに首を横にふる。
「認めないし、理解も出来ない。どうして、あんな従者を。だってお姉様には美鈴様っていう許嫁が居るじゃない」
それを聞いたレミリアは顔をしかめ、苦悩する様に項垂れた。
「あんな、親の決めた許嫁なんか」
フランが笑顔でレミリアに縋る。
「お姉様、美鈴様と結婚するんでしょう?」
「知らないわよ」
「お姉様!」
「もう良い。分かったわ。分かったから、出て行きなさい」
「お父様が決めた許嫁じゃない」
「そんなの知らない! 私の人生は私が決めたいの! 出てって! 良いから出てってよ!」
レミリアが叫ぶと、フランは何歩か後ずさり、お姉様の分からず屋と叫んで、実に嬉しそうに部屋を飛び出していった。
扉が閉まり、一人残されたレミリアはベッドの上でうつ伏せになり顔を枕に埋めると肩を震わる。笑いをこらえられない。自分が咲夜と恋仲で、その上美鈴が許嫁で、ついでにフランが美鈴に横恋慕しているのだ。そのあり得ない設定が、何だか妙に面白くて、さっきまで感じていた気恥ずかしさは消えていた。
レミリアは顔を起こすと、台本を前に掲げ、再び最初からゆっくりと読み始めた。
演劇をやると決まると、館内は俄に騒がしくなった。役柄を与えられた使用人は練習をし、それ以外は衣装や道具を作り、また皆、劇の内容について楽しそうに話し合っている。皆の唯一の不安はレミリアとフランがちゃんと劇に参加してくれるのかどうかであったが、フランはそこ等を歩いている使用人を捕まえては演劇の練習に引っ張りこんで、実に楽しそうに練習に励んでいるし、レミリアも常に台本を携帯して事ある毎に台本の中身を反芻し、また日に二時間、咲夜を自室に呼んでつきっきりで練習を行なっている。それ以外の時間でも、レミリアの部屋の前を通りかかると良く中から劇の台詞が聞こえてくる。
その日もレミリアは咲夜を呼んで二人して劇の練習を行なっていた。
「お嬢様、やはりいけません。私の様な者と」
「咲夜、もう時間が無いの。お願いだから私を」
そう言って、レミリアは咲夜に抱きついた。咲夜が困惑した様子で硬直する。
この後、フランに見つかるというのが劇の流れだが、フランが居ないので、レミリアが咲夜から離れようとした瞬間、凄まじい音を立てて扉が開き、フランが入ってきた。
「何をしているの、お姉様!」
レミリアと咲夜は慌てて離れる。
「フラン、これは」
「明日の舞踏会で、お姉様と美鈴様の婚約が正式に発表されるのに。お姉様はまだその従者を捨てられないでいるの?」
「だからそんな許嫁なんて」
「そんな事を言っている場合じゃないの。もしも相手方にお姉様の醜聞が知れたら」
そう言って、外へ駆け出そうとしたフランだが、扉の外に立っていた人物にぶつかって弾かれた。倒れそうになったところを支えられたフランは、その人物を見上げ嬉しそうに悲鳴を上げた。
「美鈴様!」
美鈴はフランには視線を向けずに立たせ、部屋の中に入って咲夜を睨みつけた。
「見ちゃ駄目!」
フランが美鈴の顔に跳びついたが、美鈴は器用にそれを避けてフランを抱きとめると、再度咲夜を睨みつけ、咲夜に向けて怒鳴り声を上げる。
「レミリアさんから離れろ!」
咲夜が身を震わせてレミリアから離れ、項垂れた。
「お前はこの屋敷の使用人だな」
美鈴から向けられた言葉に咲夜は身を固くする。
「何でレミリアさんと一緒に居る」
黙って項垂れている咲夜の代わりに、レミリアが答えた。
「美鈴様、違うんです。彼は偶然ここに」
美鈴がレミリアに向いた。その視線にレミリアが身を震わせる。
「レミリアさん、この男なんですか?」
「え?」
「以前、言いましたよね。あなたには他に想い人が居るみたいに見えるって。もしもそうならば、私は身を退き、そうしてその想い人とあなたが結ばれる様に全力を尽くすと。それが私からあなたへの愛の形だと。そう言いましたよね。あなたはその時黙ったままだったけれど」
美鈴が再び咲夜を睨みつける。
「それがこの男だと言うんですか? この使用人だと」
美鈴の怒気の籠もった言葉に誰も答えられず、その場が森閑として静まった。
「そうですか」
答えが無いのを見て、美鈴が部屋を立ち去ろうとすると、その背に向けてレミリアが言った。
「そうよ。私はこの咲夜と結ばれたい」
レミリアの決然とした言葉に、美鈴は立ち止まり、背を向けたままじっと黙した。
しばらくの間黙り続けていたが、美鈴は不意に歩みだし、そうですかとだけ言って部屋から去っていった。美鈴が去るなり、フランが楽しそうな顔をレミリアへと向ける。
「どうしよう、お姉様。美鈴様にばれちゃった」
レミリアはしばらく呆然と美鈴の消えた扉を見つめていたが、やがて思い直した様に、咲夜を見た。咲夜はその視線に気が付いて、苦悩する様に俯いた。
そこで場面が終わり、フランは満足した様子で、部屋を出て行った。
残されたレミリアは咲夜へ笑顔を向ける。
「お疲れ様。咲夜はもうすっかり咲夜だったわね。情けない男」
咲夜も顔を上げ、笑った。
「ええ、お嬢様はもうすっかりレミリアお嬢様になりきっていて」
「フランがちょっと心配ね。本当にあの子、役柄を理解しているのかしら」
「それは大丈夫でしょう。フラン様は、笑ってこそいましたが、あとの演技は完璧でした」
レミリアは傍に置いた台本を手に取る。
「そう、なら負けていられないわね。もう少し続けましょう」
「はい!」
元気に答えた咲夜に、レミリアは晴れ晴れとした口調で言った。
「最初はどうかと思ったけど、今は何だか楽しいわ」
文化祭までもう後少しとなったある日、霊夢と魔理沙が紅魔館へ遊びにやってきた。話を聞くと、二人も文化祭で劇をやるそうで、他の演劇のグループを回って偵察中らしい。どう見ても二人は口実を付けて上がり込んで居るだけに見えたが、二人の催す劇に興味が湧いたので、レミリアは二人を館の中に招き入れた。
何でも二人は博麗神社の周りの妖怪達を集めて、外の世界で出版された探偵小説をやるそうで、霊夢と魔理沙の二人が主人公の探偵役をやるらしい。魔理沙が、実は探偵なんだけど犯人なんだという酷いネタバレを宣ったので、レミリアは聞かなければ良かったと思った。
魔理沙達も美鈴が書いたというレミリアの演劇に興味を持って、台本を見せろ見せろうるさいので、レミリアは仕方無しに咲夜に台本を持ってこさせて、二人に見せてやった。このところの演劇練習で、すっかりとその話を気に入っているレミリアは、贔屓目が入っている事を自覚しつつも、霊夢と魔理沙が演じるという探偵小説に負けないという自信があった。少なくとも素人の美鈴がこれを書いたのかと驚くに違いないと思っていた。
だが、二人の反応は違った。
台本をぱらぱらとめくって中に目を通していた霊夢が突然に笑い出した。そうして隣でゆっくりと台本を読んでいる魔理沙の肩を叩き、開いたページを見せつける。魔理沙は不思議そうにそのページを眺め、霊夢と同じ様に哄笑を上げ始めた。
「何か、変なところがあった?」
そんな笑いが起こる様な場面は無かったはずだけど。不安になってレミリアが尋ねると、魔理沙が涙の浮いた目を拭いながら、尚も笑い声を上げつつ答える。
「いや、だって恋愛物じゃん。その相手役が咲夜と美鈴だからさ」
霊夢もそれに合わせて言った。
「二人共女なのに」
「そこはどっかから男を連れてこいよ」
そう言って二人してまた笑った。
レミリアは困惑しながらそれに反論する。
「でも演劇なんだし、演技で何とか」
「でも性別はねぇ。男を連れてくれば良いじゃない」
「二人がやってるんだと思ったら笑っちゃうよ。ごめんな、劇の途中に吹き出しちゃったら」
そう言って、二人が笑い続けるのでレミリアは何も言えなくなった。それから二人はレミリアが無口になってしまった事等気にかけず、しばらく台本について批評を加えて、ついでに紅茶とお茶請けを平らげて実に満足した様子で去って行った。
「お嬢様、あの二人の言っている事等、極極狭い意見。あまりお気になさいません様に」
二人が去った後、咲夜が心配してそう言うと、レミリアはそれに答えず、すっかり肩を落として自室に戻り、鍵を掛けて閉じこもった。
毎日の日課になっていた咲夜との練習もその日は行われなかった。
翌朝、依然として部屋の中から出てこないレミリアを心配して、咲夜が部屋の扉をノックする。するとレミリアが顔をのぞかせたので、咲夜はほっとして安堵の息を吐いた。
「お嬢様、朝餉です。それに演劇の練習もしないと」
するとレミリアは俯いて呟いた。
「ご飯は部屋に持ってきて。それと」
しばしためらった後に、レミリアは呻く様に続ける。
「演劇は止めるわ。頑張ってくれた貴方達には悪いけど」
「そんな!」
驚きの声を上げる咲夜を見上げて、レミリアは悲しげな表情になるが、すぐに表情が抜け落ちた。
「ごめんなさい。頑張ってくれたのは嬉しいんだけど。もしもどうしてもやりたいながら、私の代役を立ててやって」
「笑う奴等には笑わせておけば良いのです。あ! そうだ! 男の役者が必要というなら連れてきましょう。香霖堂のを借りてきます」
レミリアは首を横に振る。
「それは止めて頂戴。この劇は紅魔館の中で完結させたいの。私達の演劇だから。止めると言っておきながらこんな口出しをするのは良くないって分かっているけれど」
「お嬢様。どうしても駄目ですか?」
「ええ、私は笑われる為に人前に出たくはない」
そう言うと、レミリアはそっと扉を閉めてしまった。
その後、咲夜が食事を持って行った際に、レミリアを再度説得しようとしたが、それもやはり叶わず、美鈴やフランもレミリアに説得を試みたが、レミリアの心は動かなかった。
レミリアが劇に参加しないという話が広まって、館は騒然とした。レミリアが参加しなければ意味が無いと考えているものが多く、劇自体が立ち消えになってしまうのではという危惧が館中に満ちた。だが咲夜が説得に失敗した以上、他の者達にはどうする事も出来ず、ただただ不安に慄きながら、それでもレミリアの気が変わった時の為にと、各各が連日と同じ様に演劇の準備を続ける。
夜になって、リビングルームに咲夜と美鈴、フラン、それにパチュリーと幾人かの使用人達が集まり、レミリアが演劇に出ない事について話し合った。
「このままじゃ、中止にするしか無いわね」
パチュリーの言葉に、フランが反論する。
「やだよ、そんなの! 折角ここまでやってきたのに!」
それは館の総意だったが、だからといって、素直に同意する者はその場に居なかった。
「そうは言っても、レミィがやらないんじゃね」
「ねえ、どうにかならないの? きっとみんなもやりたいよ」
「でもレミィを説得するのは中中」
その時、美鈴が立ち上がって思いっきり頭を下げた。
「すみませんでした。私が悪いんです。あんな話を書かなければ。ラブストーリーなんて」
「美鈴は悪くないよ! 私面白いと思ったもん。他のみんなだってきっとそう!」
「そうね。館中がこの話に乗ったのだし、美鈴のお話自体は良かったわよ。みんな楽しみにしてた。ただ運が悪かっただけ」
運が悪かった。そんな締めくくりに皆が落胆して沈黙が訪れた。
運が悪かった。そんな言葉で終わらせたくはないが、そうとしか言えない理不尽な結末だった。
その静寂を打ち破る様に、咲夜が立ち上がる。
「パチュリー様の言う通りです!」
「咲夜?」
皆が不思議そうに見る中、咲夜は言った。
「やりたくない訳が無いんです! だったらもう一回説得に行ってきます!」
「でも、さっき咲夜さんが説得したって」
「私は諦めきれない。折角の機会なのに!」
咲夜はそう言うなり、部屋の外へ駆けて行った。
美鈴は机の上に置かれた台本を見て、溜息を吐いた。
レミリアは部屋の中で鬱鬱と座っていた。その視線は美鈴の書いた台本に注がれ、何度も何度も読み返しながら溜息を吐いていた。
是非とも演じたかった。館中が力を合わせて準備を進めてきたこの演劇を、見事に幻想郷中の人々の前で見せつけ、そうして紅魔館に喝采を浴びせさせたかった。その為に自分も張り切って練習に励み、最初の内こそ恥ずかしかったけれど段段と楽しくなって、ほとんど完成した間際になった時になって、あの二人がやってきた。そうして喝采どころか嘲笑を浴びせて帰っていった。幻想郷中に喝采を起こさせる何て夢のまた夢。現実にはたったの二人にすら認めてもらえなかった。
それでも実際に演じてみたらあの二人だって、それに他の幻想郷の者達だって、喝采を上げるかもしれない。それだけ館の皆は頑張ってきたのだから。けれどどうしてもあの二人の笑いを思い出すと、気力が萎えてしまう。こんな状態で良い演技が出来そうにない。他の誰かに代わってもらった方がまだ良いと思う。
そんな言い訳を浮かべる自分に嫌悪感と罪悪感が湧いた。もう本番まで日のない今になって代役なんか立てられる訳が無い。自分がやらなければ、劇は潰れてしまう。皆の努力が水の泡になる。そう分かっているのに、どうしても演じようとする気力が沸かず、申し訳なさで一杯になる。
もう館の皆とは顔が合わせられないなぁと思いながら、溜息を吐いて、窓の外を眺め、そこにへばりついた人影を見て呼吸を止める。咲夜だった。月の光によって人型のシルエットになった人物が咲夜だと気が付いて、レミリアは安堵し、窓を開けてやると、咲夜が恐縮しながら部屋に入ってきた。
「何やってるのよ」
「いえ、あの」
呆れたレミリアの言葉に、咲夜は少し口ごもり、それから一礼した。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
レミリアはすぐにそれが物語の最後の場面だと気が付いた。
だが今そんな事をされても、演じる気にはなれない。
「咲夜、私は止めるって言ったでしょ? あの二人に笑われて。きっと他の奴等にも笑われる。咲夜、あなただって笑われる。美鈴や、他のみんなも。紅魔館のみんなが馬鹿にされるなんて、私はそんなの耐えられない」
そう言って俯いたレミリアの手を取って、咲夜は強く引く。
「館がどうだとか、周囲がどうだとか関係無い! 僕と君がどう思うかだ! 僕は君と結ばれたい。君はどうなんだ!」
そう叫んだ咲夜は強引にレミリアを抱きかかえる。
「お嬢様、私は笑われる事なんか気にしません。美鈴もきっとそうです。他の者達も。だってお嬢様とこうして楽しめる以上に大事な事なんてありませんから。笑う奴等は笑わせておけば良いのです。幾ら笑われたって、私はお嬢様と楽しめればそれだけで幸せですから」
そう囁いた咲夜は窓枠を蹴って跳び、庭の中央に降り立った。
レミリアを下ろした咲夜は劇を続ける。
「お嬢様、昨日はすみません。私はあなたと一緒に踊れなかった。旦那様に言い返す事が出来なかった。でも今は違います。お嬢様、僕と一緒に踊って下さい!」
その叫びを合図に、館の中から舞踏用の音楽が流れだした。
レミリアが館を見ると、テラスや窓、玄関から使用人達が顔を覗かせて、晴れやかに笑っていた。
驚いているレミリアの顎に触れ、咲夜はレミリアの顔を自分へと向かせる。
「お嬢様、お願いです。僕と一緒に踊って下さい」
「でも」
尚も迷うレミリアに、咲夜は首を横に振って笑顔を向けた。
「物語の中のお嬢様も言っていたでしょう? 他は関係無いんです。関係あるのは、あなたの気持ち。お嬢様は私達と劇をやりたくないんですか? お嬢様は私と結ばれたくないんですか?」
戯けた咲夜をレミリアはじっと見つめ、それから館に居る大勢の使用人達が咲夜とレミリアのダンスを今か今かと待っているのを見る。誰もが劇をやりたいと願っている。誰も笑われる事なんて恐れていない。それに気が付いた瞬間、鬱屈としていた心が吹っ切れた。
そうしてレミリアは言った。
「私達はこの屋敷から出なくちゃいけない。きっと苦しい旅になる。それでもあなたは……いいえ」
レミリアはそこで目を瞑り、笑みを浮かべる。
「当然あなたは私の事を守ってくれるんでしょうね」
咲夜が笑う。笑ってレミリアの手を取り踊りだす。
「勿論です、お嬢様」
十六夜の月の下、二人は静かに踊り合った。
のも束の間で、二人が踊り出したのを見た使用人達が歓声を上げながら、庭へと飛び出し踊り出した。あちらこちらで思い思いに踊るので、庭は滅茶苦茶な熱気に包まれる。
笑い出したくなる様な陽気の中で、レミリアは踊りながら咲夜に問いかけた。
「咲夜、随分強引に説得してくれたけど、そんなにこの劇がやりたかったの? どうして?」
咲夜は笑顔になって答える。
「勿論、僕がお嬢様と結ばれたかったからですよ」
咲夜の言葉にレミリアは思わず吹き出した。
「分かったわよ。じゃあ、しっかり最後までエスコートして頂戴」
「この命が尽きるまで」
咲夜が恭しく礼をしたのを見て、レミリアは笑う。笑って空を見上げる。空には十六夜の月が静かに佇んでいる。辺りからは館中の者達が踊る騒がしさが響いている。その喧騒を夢の中に居る様な不思議な心地で聞きながら、レミリアは今日の十六夜が本当に美しいと思った。
衣装のドレスに着替え、真剣な表情で自分達の番を待っているレミリアに向けて、男装した咲夜は天狗から借りてきたカメラのシャッターを何度も何度も切っている。やがてデータ残量が無くなったので、記録媒体を交換しようとバックを漁り始めた時、その傍に美鈴が立った。
「もうすぐ本番ですね」
「ええ、そうね」
記録媒体を取り出した咲夜は交換しながら、美鈴に向けて笑顔を向けた。美鈴も笑顔を返して尋ねる。
「成功すると思いますか?」
「勿論」
迷う事無く咲夜は言い切り、またレミリアにカメラを向ける。
不安から尋ねた質問だったが、そのあまりにも簡潔で自信に満ちた答に美鈴の不安が消し飛んだ。きっと上手くいくだろう。心の底からそう思えた。
「咲夜さんも格好良いですしね。本当に男性みたい」
「あなたは胸が出っ張り過ぎよ」
「いやあ、一応さらしは巻いたんですけど」
舞台から拍手と喝采が聞こえてくる。魔理沙達の劇が終わった様だ。
しばらくして劇を終えた魔理沙達がやってきた。
「お、紅魔館組」
魔理沙が嬉しそうに駆け寄ってくる。元凶の到来に、美鈴が不安になってレミリアを見たが、レミリアはまるで来にした様子無く、魔理沙を迎えた。
「随分盛況だったようね」
「ああ! 頑張った甲斐があったぜ」
霊夢も寄ってきて、咲夜を見るなり言った。
「そっちは随分と男前に仕立ててきたわね」
そんな霊夢の賞賛を聞いて、レミリアは得意げになった。
「当然でしょ、私の夫だもの」
その瞬間、咲夜の落としたカメラが床で派手な音を立てた。
「失礼」
咲夜がカメラを拾い直している間に、霊夢と魔理沙が去っていく。
「じゃあ、楽しみにしてるから」
「楽しませてもらうぜ!」
そう言って二人は去って行った。
美鈴は壁に掛かった時計を見る。もうすぐ開幕する。まずはレミリアと咲夜のやり取りから。美鈴が隣を見ると、カメラをしまった咲夜が凛々しい顔をして立っている。その真剣な表情に、美鈴はふと気になって尋ねる。
「咲夜さん、どうして必死に頑張ったんですか? ただお嬢様がやりたがっていたからという訳ではないんでしょう? 私の台本を庇ってくれた時や、お嬢様が止めると言った時は、お嬢様に逆らってまでこの劇を行おうとしたんですから」
美鈴の問を聞いた咲夜は美鈴に顔を向け、右の口端を釣り上げて笑った。
「お嬢様と結ばれたかったから」
それだけ言って、また前を向いた。
すっかり役に入りきっているなぁと、美鈴が頼もしい思いでいると、やがて合図が鳴った。後はレミリアと咲夜が位置についたら、幕が上がって劇が始まる。
紅魔館の者達が固唾を飲んで見守る中、レミリアが一歩踏み出した。悠然とした足取りで、舞台へ向けて歩いて行く。その後を咲夜が追って、二人して舞台へ向かう。
「行くわよ、咲夜」
「はい!」
レミリアは一度咲夜の手を握って放すと、自分の部屋を模した舞台を歩いて行く。緞帳に遮音されて客席の声が聴こえない。レミリアの心はざわめいていた。自分が緊張しているのだと今更ながらに気が付いた。向い合って位置につき、静まり返った舞台の上で、咲夜と二人で見つめ合う。その途端、緊張していた心が溶けて、穏やかな心地よさに満ちた。
「ちゃんとエスコートしてよ」
「無論です」
誰も居ない二人だけの世界。
やがて開幕のベルが鳴る。
満月が昇ると共に、音楽が流れる。
舞台右手からレミリア登場。中央で舞台右手を振り返る。
レミリア「さあ、早く」
レミリアの手招きに合わせて、舞台右手から咲夜が現れ、レミリアの前へと駆け寄る。
咲夜「お待ちください、お嬢様」
咲夜、疲れた様子で荒く息を吐く。
レミリアと咲夜が辺りを見回す。
咲夜「お嬢様、本当に」
レミリア、咲夜に抱きつく。
レミリア「本当に良いのよ。ここまで来たらもう身分の違いなんか関係ない」
咲夜「ですが、それではお嬢様が勘当されて」
レミリア「そんなのもう関係無い! 今大事なのはあなたの気持ち。違う?」
音楽が舞踏用に変わる。
咲夜が迷いを見せる。レミリアが焦れて咲夜の手を取り強引に踊ろうとする。
音楽はすぐに止まり、舞台の右手からパチュリーと屋敷の使用人達が現れる。
パチュリー「こんなところに居たのか。さあ、早く娘を連れ帰れ」
パチュリーの合図で屋敷の使用人達がレミリアを捕まえ、舞台の右手へと引きずっていく。
レミリア「お父様! 止めて! 私はその人と!」
パチュリー「ならん! お前は家で頭を冷やしなさい! 紅家には明日謝罪しに行く。それから咲夜! 下賤の身でありながら、何という身の程知らず。貴様は首だ。さっさと私の前から消え失せろ」
レミリア「嫌! 咲夜! 咲夜!」
悲鳴を上げるレミリアが使用人達と共に舞台右手へ退場。
パチュリーは咲夜に背を向け、レミリアを追う。
咲夜はその場に立ち尽くす。
照明が落ち、場面転換。
「何これ」
居間のソファに座るレミリアは、渡された紙束の中身をさっと検めると、放り出して、傍に立つ咲夜に問い尋ねた。
「咲夜、あなたが書いたの?」
問われた咲夜は戸惑った表情になる。
「いえ、美鈴が」
「ふーん。何だってこんなもの」
呆れた様に言うレミリアを、咲夜は不思議そうに見つめる。その視線に気が付いて、レミリアは咎める様に言った。
「何よ」
「いえ、あの、本当にお忘れで?」
レミリアが首を横に振る。
「この間、八雲紫から文化祭という催し物の連絡が来たじゃないですか。種族の垣根を越えて交流しようと」
「あー」
レミリアが思い出した様に声を上げるので、本気で忘れていたのかと、咲夜は何だか心配になった。
「それで私達紅魔館は演劇をする事になって、お嬢様が美鈴に台本を書く様指示したじゃないですか」
「ああ、そういえば」
「それで書いてきた台本がそれですよ」
「これ?」
レミリアは放った台本を取ると、再度中を検める。読み進める内に段段と不服そうな顔になったレミリアに、咲夜は不安になって尋ねた。
「不味いですか?」
「美鈴は素人なんだし、完成度云々については言わないわよ。でもこれ恋愛物じゃない」
「ええ、そうですね。駄目ですか?」
「私達でやるのに、恋愛物は無いでしょ、恋愛物は。だって男が居ないのよ?」
「美鈴が言うには、色色な方方が来るのだから、普遍性の高い恋愛が一番だろうと。後は宝塚がどうとかも」
「だからその恋愛をやるのに、女しか居ないでしょ? 咲夜と美鈴っていう登場人物は男みたいだけど、本当に咲夜と美鈴が男役をやるの? 大丈夫?」
「それは演技でカバーというか」
不服な態度を崩さないレミリアに咲夜が困り果てていると、居間の扉が開いて美鈴が入ってきた。
「どうですか? お嬢様、咲夜さん? あんまり上手くはないと思うんですけど」
明るい声音と共に入ってきた美鈴だったが、居間の空気が重い事に気が付いて、一気に不安そうな表情になる。
「あの、駄目でした?」
レミリアは溜息を吐いて台本から顔を上げた。
「頭ごなしに否定したくはないけれど、恋愛物は頂けないわ。うちには女しか居ないのに」
「そう、ですよね」
「悪いけど、書き直してきて頂戴」
レミリアがそう言って台本を突き出した。
美鈴は少しの間、迷う様に立ち尽くしていたが、やがて落胆した様子でレミリアの元へと歩み寄り、台本を受け取った。
「あの、すみませんでした。すぐに新しく書いてきます」
美鈴が背を向けて歩き出す。
それを咲夜が呼び止めた。
「待って美鈴」
美鈴が驚いて立ち止まる。
「お嬢様、あの台本を使っては頂けませんか?」
逆らう様な言葉に、美鈴とレミリアが驚いて、咲夜を見た。咲夜はレミリアの視線をしっかりと受け止める。
「でもうちには女しか」
「それは分かっています。でも美鈴は本当に頑張ってあの台本を書いたんです。このところ夜遅くまで、時には門番の仕事を疎かにしてまで書いていたんです」
「いや、仕事はちゃんとしてよ」
「それ位、一所懸命に書いていたんです。どうしたら面白くなるか、良いお話が作れるのか、悩んで悩んで、とても頑張っていたんです。だからきっと面白いはずなんです。性別の事なら、私達が頑張ります。頑張って演技します。だから、お願いですから、あの台本を使って頂けませんか?」
咲夜の必死の懇願を受けて、レミリアは美鈴を見た。美鈴は台本を強く抱き、じっと見つめてくる。門番の仕事をしている時なんかよりよっぽど真剣な目をしていた。
レミリアは息を吐く。ここまで必死にされたら断れない。
「分かったわよ」
途端に咲夜と美鈴の表情が明るくなった。
「本当ですか?」
「ええ。でも良い事? 咲夜も美鈴も男の役をやる以上、ちゃんと男になりきってよ? 中途半端は許さないからね」
「はい! 良いわね、美鈴?」
咲夜が嬉しそうに美鈴に問いかけると、美鈴も嬉しそうに頷いた。
「勿論です! 頑張ります!」
妙にやる気になった二人を見て、レミリアは溜息を吐いたが、二人の笑顔を見ている内にやがてレミリアも微笑んだ。
自室に戻ったレミリアはベッドに横たわって台本を読み進める。貴族の屋敷を舞台にした身分違いのいかにもベタな恋愛物で、そう言えば最近美鈴は少女漫画を読み漁っていたなぁとレミリアは思い出す。
一点頂けないところは、登場人物に自分達の名前が使われている事で、それが恋愛模様を繰り広げているのを読むと気恥ずかしい様な変な気分になる。
複数やる劇の内の一つでしかない為、内容自体はとても短く、レミリアはすぐに読み終わった。読み終えたレミリアが内容を反芻していると、唐突に凄まじい音を立てて扉が開いた。
「お姉様! 何だってあんな従者と仲良くしているの?」
「は?」
レミリアが驚いて身を起こすと、フランが走り寄り抱きついてきた。
「お姉様! 何だってあんな従者と仲良くしているの?」
フランが再び一言一句同じ事を言ったので、レミリアはようやくフランが演劇の台詞を述べているのだと気が付いて、フランを押し退け、台本をめくってその場面を探した。
「お姉様! 何だってあんな従者と仲良くしているの?」
三度同じ事を言うフランを尻目に、レミリアはようやっと場面を探し当てて、振り返る。
「咲夜は素敵な人よ、フラン」
レミリアがそう言うと、フランは笑顔になって続けた。
「あんな下賎な者に何を」
「身分の上下なんか関係無い。彼は素敵な人」
フランが嬉しそうに首を横にふる。
「認めないし、理解も出来ない。どうして、あんな従者を。だってお姉様には美鈴様っていう許嫁が居るじゃない」
それを聞いたレミリアは顔をしかめ、苦悩する様に項垂れた。
「あんな、親の決めた許嫁なんか」
フランが笑顔でレミリアに縋る。
「お姉様、美鈴様と結婚するんでしょう?」
「知らないわよ」
「お姉様!」
「もう良い。分かったわ。分かったから、出て行きなさい」
「お父様が決めた許嫁じゃない」
「そんなの知らない! 私の人生は私が決めたいの! 出てって! 良いから出てってよ!」
レミリアが叫ぶと、フランは何歩か後ずさり、お姉様の分からず屋と叫んで、実に嬉しそうに部屋を飛び出していった。
扉が閉まり、一人残されたレミリアはベッドの上でうつ伏せになり顔を枕に埋めると肩を震わる。笑いをこらえられない。自分が咲夜と恋仲で、その上美鈴が許嫁で、ついでにフランが美鈴に横恋慕しているのだ。そのあり得ない設定が、何だか妙に面白くて、さっきまで感じていた気恥ずかしさは消えていた。
レミリアは顔を起こすと、台本を前に掲げ、再び最初からゆっくりと読み始めた。
演劇をやると決まると、館内は俄に騒がしくなった。役柄を与えられた使用人は練習をし、それ以外は衣装や道具を作り、また皆、劇の内容について楽しそうに話し合っている。皆の唯一の不安はレミリアとフランがちゃんと劇に参加してくれるのかどうかであったが、フランはそこ等を歩いている使用人を捕まえては演劇の練習に引っ張りこんで、実に楽しそうに練習に励んでいるし、レミリアも常に台本を携帯して事ある毎に台本の中身を反芻し、また日に二時間、咲夜を自室に呼んでつきっきりで練習を行なっている。それ以外の時間でも、レミリアの部屋の前を通りかかると良く中から劇の台詞が聞こえてくる。
その日もレミリアは咲夜を呼んで二人して劇の練習を行なっていた。
「お嬢様、やはりいけません。私の様な者と」
「咲夜、もう時間が無いの。お願いだから私を」
そう言って、レミリアは咲夜に抱きついた。咲夜が困惑した様子で硬直する。
この後、フランに見つかるというのが劇の流れだが、フランが居ないので、レミリアが咲夜から離れようとした瞬間、凄まじい音を立てて扉が開き、フランが入ってきた。
「何をしているの、お姉様!」
レミリアと咲夜は慌てて離れる。
「フラン、これは」
「明日の舞踏会で、お姉様と美鈴様の婚約が正式に発表されるのに。お姉様はまだその従者を捨てられないでいるの?」
「だからそんな許嫁なんて」
「そんな事を言っている場合じゃないの。もしも相手方にお姉様の醜聞が知れたら」
そう言って、外へ駆け出そうとしたフランだが、扉の外に立っていた人物にぶつかって弾かれた。倒れそうになったところを支えられたフランは、その人物を見上げ嬉しそうに悲鳴を上げた。
「美鈴様!」
美鈴はフランには視線を向けずに立たせ、部屋の中に入って咲夜を睨みつけた。
「見ちゃ駄目!」
フランが美鈴の顔に跳びついたが、美鈴は器用にそれを避けてフランを抱きとめると、再度咲夜を睨みつけ、咲夜に向けて怒鳴り声を上げる。
「レミリアさんから離れろ!」
咲夜が身を震わせてレミリアから離れ、項垂れた。
「お前はこの屋敷の使用人だな」
美鈴から向けられた言葉に咲夜は身を固くする。
「何でレミリアさんと一緒に居る」
黙って項垂れている咲夜の代わりに、レミリアが答えた。
「美鈴様、違うんです。彼は偶然ここに」
美鈴がレミリアに向いた。その視線にレミリアが身を震わせる。
「レミリアさん、この男なんですか?」
「え?」
「以前、言いましたよね。あなたには他に想い人が居るみたいに見えるって。もしもそうならば、私は身を退き、そうしてその想い人とあなたが結ばれる様に全力を尽くすと。それが私からあなたへの愛の形だと。そう言いましたよね。あなたはその時黙ったままだったけれど」
美鈴が再び咲夜を睨みつける。
「それがこの男だと言うんですか? この使用人だと」
美鈴の怒気の籠もった言葉に誰も答えられず、その場が森閑として静まった。
「そうですか」
答えが無いのを見て、美鈴が部屋を立ち去ろうとすると、その背に向けてレミリアが言った。
「そうよ。私はこの咲夜と結ばれたい」
レミリアの決然とした言葉に、美鈴は立ち止まり、背を向けたままじっと黙した。
しばらくの間黙り続けていたが、美鈴は不意に歩みだし、そうですかとだけ言って部屋から去っていった。美鈴が去るなり、フランが楽しそうな顔をレミリアへと向ける。
「どうしよう、お姉様。美鈴様にばれちゃった」
レミリアはしばらく呆然と美鈴の消えた扉を見つめていたが、やがて思い直した様に、咲夜を見た。咲夜はその視線に気が付いて、苦悩する様に俯いた。
そこで場面が終わり、フランは満足した様子で、部屋を出て行った。
残されたレミリアは咲夜へ笑顔を向ける。
「お疲れ様。咲夜はもうすっかり咲夜だったわね。情けない男」
咲夜も顔を上げ、笑った。
「ええ、お嬢様はもうすっかりレミリアお嬢様になりきっていて」
「フランがちょっと心配ね。本当にあの子、役柄を理解しているのかしら」
「それは大丈夫でしょう。フラン様は、笑ってこそいましたが、あとの演技は完璧でした」
レミリアは傍に置いた台本を手に取る。
「そう、なら負けていられないわね。もう少し続けましょう」
「はい!」
元気に答えた咲夜に、レミリアは晴れ晴れとした口調で言った。
「最初はどうかと思ったけど、今は何だか楽しいわ」
文化祭までもう後少しとなったある日、霊夢と魔理沙が紅魔館へ遊びにやってきた。話を聞くと、二人も文化祭で劇をやるそうで、他の演劇のグループを回って偵察中らしい。どう見ても二人は口実を付けて上がり込んで居るだけに見えたが、二人の催す劇に興味が湧いたので、レミリアは二人を館の中に招き入れた。
何でも二人は博麗神社の周りの妖怪達を集めて、外の世界で出版された探偵小説をやるそうで、霊夢と魔理沙の二人が主人公の探偵役をやるらしい。魔理沙が、実は探偵なんだけど犯人なんだという酷いネタバレを宣ったので、レミリアは聞かなければ良かったと思った。
魔理沙達も美鈴が書いたというレミリアの演劇に興味を持って、台本を見せろ見せろうるさいので、レミリアは仕方無しに咲夜に台本を持ってこさせて、二人に見せてやった。このところの演劇練習で、すっかりとその話を気に入っているレミリアは、贔屓目が入っている事を自覚しつつも、霊夢と魔理沙が演じるという探偵小説に負けないという自信があった。少なくとも素人の美鈴がこれを書いたのかと驚くに違いないと思っていた。
だが、二人の反応は違った。
台本をぱらぱらとめくって中に目を通していた霊夢が突然に笑い出した。そうして隣でゆっくりと台本を読んでいる魔理沙の肩を叩き、開いたページを見せつける。魔理沙は不思議そうにそのページを眺め、霊夢と同じ様に哄笑を上げ始めた。
「何か、変なところがあった?」
そんな笑いが起こる様な場面は無かったはずだけど。不安になってレミリアが尋ねると、魔理沙が涙の浮いた目を拭いながら、尚も笑い声を上げつつ答える。
「いや、だって恋愛物じゃん。その相手役が咲夜と美鈴だからさ」
霊夢もそれに合わせて言った。
「二人共女なのに」
「そこはどっかから男を連れてこいよ」
そう言って二人してまた笑った。
レミリアは困惑しながらそれに反論する。
「でも演劇なんだし、演技で何とか」
「でも性別はねぇ。男を連れてくれば良いじゃない」
「二人がやってるんだと思ったら笑っちゃうよ。ごめんな、劇の途中に吹き出しちゃったら」
そう言って、二人が笑い続けるのでレミリアは何も言えなくなった。それから二人はレミリアが無口になってしまった事等気にかけず、しばらく台本について批評を加えて、ついでに紅茶とお茶請けを平らげて実に満足した様子で去って行った。
「お嬢様、あの二人の言っている事等、極極狭い意見。あまりお気になさいません様に」
二人が去った後、咲夜が心配してそう言うと、レミリアはそれに答えず、すっかり肩を落として自室に戻り、鍵を掛けて閉じこもった。
毎日の日課になっていた咲夜との練習もその日は行われなかった。
翌朝、依然として部屋の中から出てこないレミリアを心配して、咲夜が部屋の扉をノックする。するとレミリアが顔をのぞかせたので、咲夜はほっとして安堵の息を吐いた。
「お嬢様、朝餉です。それに演劇の練習もしないと」
するとレミリアは俯いて呟いた。
「ご飯は部屋に持ってきて。それと」
しばしためらった後に、レミリアは呻く様に続ける。
「演劇は止めるわ。頑張ってくれた貴方達には悪いけど」
「そんな!」
驚きの声を上げる咲夜を見上げて、レミリアは悲しげな表情になるが、すぐに表情が抜け落ちた。
「ごめんなさい。頑張ってくれたのは嬉しいんだけど。もしもどうしてもやりたいながら、私の代役を立ててやって」
「笑う奴等には笑わせておけば良いのです。あ! そうだ! 男の役者が必要というなら連れてきましょう。香霖堂のを借りてきます」
レミリアは首を横に振る。
「それは止めて頂戴。この劇は紅魔館の中で完結させたいの。私達の演劇だから。止めると言っておきながらこんな口出しをするのは良くないって分かっているけれど」
「お嬢様。どうしても駄目ですか?」
「ええ、私は笑われる為に人前に出たくはない」
そう言うと、レミリアはそっと扉を閉めてしまった。
その後、咲夜が食事を持って行った際に、レミリアを再度説得しようとしたが、それもやはり叶わず、美鈴やフランもレミリアに説得を試みたが、レミリアの心は動かなかった。
レミリアが劇に参加しないという話が広まって、館は騒然とした。レミリアが参加しなければ意味が無いと考えているものが多く、劇自体が立ち消えになってしまうのではという危惧が館中に満ちた。だが咲夜が説得に失敗した以上、他の者達にはどうする事も出来ず、ただただ不安に慄きながら、それでもレミリアの気が変わった時の為にと、各各が連日と同じ様に演劇の準備を続ける。
夜になって、リビングルームに咲夜と美鈴、フラン、それにパチュリーと幾人かの使用人達が集まり、レミリアが演劇に出ない事について話し合った。
「このままじゃ、中止にするしか無いわね」
パチュリーの言葉に、フランが反論する。
「やだよ、そんなの! 折角ここまでやってきたのに!」
それは館の総意だったが、だからといって、素直に同意する者はその場に居なかった。
「そうは言っても、レミィがやらないんじゃね」
「ねえ、どうにかならないの? きっとみんなもやりたいよ」
「でもレミィを説得するのは中中」
その時、美鈴が立ち上がって思いっきり頭を下げた。
「すみませんでした。私が悪いんです。あんな話を書かなければ。ラブストーリーなんて」
「美鈴は悪くないよ! 私面白いと思ったもん。他のみんなだってきっとそう!」
「そうね。館中がこの話に乗ったのだし、美鈴のお話自体は良かったわよ。みんな楽しみにしてた。ただ運が悪かっただけ」
運が悪かった。そんな締めくくりに皆が落胆して沈黙が訪れた。
運が悪かった。そんな言葉で終わらせたくはないが、そうとしか言えない理不尽な結末だった。
その静寂を打ち破る様に、咲夜が立ち上がる。
「パチュリー様の言う通りです!」
「咲夜?」
皆が不思議そうに見る中、咲夜は言った。
「やりたくない訳が無いんです! だったらもう一回説得に行ってきます!」
「でも、さっき咲夜さんが説得したって」
「私は諦めきれない。折角の機会なのに!」
咲夜はそう言うなり、部屋の外へ駆けて行った。
美鈴は机の上に置かれた台本を見て、溜息を吐いた。
レミリアは部屋の中で鬱鬱と座っていた。その視線は美鈴の書いた台本に注がれ、何度も何度も読み返しながら溜息を吐いていた。
是非とも演じたかった。館中が力を合わせて準備を進めてきたこの演劇を、見事に幻想郷中の人々の前で見せつけ、そうして紅魔館に喝采を浴びせさせたかった。その為に自分も張り切って練習に励み、最初の内こそ恥ずかしかったけれど段段と楽しくなって、ほとんど完成した間際になった時になって、あの二人がやってきた。そうして喝采どころか嘲笑を浴びせて帰っていった。幻想郷中に喝采を起こさせる何て夢のまた夢。現実にはたったの二人にすら認めてもらえなかった。
それでも実際に演じてみたらあの二人だって、それに他の幻想郷の者達だって、喝采を上げるかもしれない。それだけ館の皆は頑張ってきたのだから。けれどどうしてもあの二人の笑いを思い出すと、気力が萎えてしまう。こんな状態で良い演技が出来そうにない。他の誰かに代わってもらった方がまだ良いと思う。
そんな言い訳を浮かべる自分に嫌悪感と罪悪感が湧いた。もう本番まで日のない今になって代役なんか立てられる訳が無い。自分がやらなければ、劇は潰れてしまう。皆の努力が水の泡になる。そう分かっているのに、どうしても演じようとする気力が沸かず、申し訳なさで一杯になる。
もう館の皆とは顔が合わせられないなぁと思いながら、溜息を吐いて、窓の外を眺め、そこにへばりついた人影を見て呼吸を止める。咲夜だった。月の光によって人型のシルエットになった人物が咲夜だと気が付いて、レミリアは安堵し、窓を開けてやると、咲夜が恐縮しながら部屋に入ってきた。
「何やってるのよ」
「いえ、あの」
呆れたレミリアの言葉に、咲夜は少し口ごもり、それから一礼した。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
レミリアはすぐにそれが物語の最後の場面だと気が付いた。
だが今そんな事をされても、演じる気にはなれない。
「咲夜、私は止めるって言ったでしょ? あの二人に笑われて。きっと他の奴等にも笑われる。咲夜、あなただって笑われる。美鈴や、他のみんなも。紅魔館のみんなが馬鹿にされるなんて、私はそんなの耐えられない」
そう言って俯いたレミリアの手を取って、咲夜は強く引く。
「館がどうだとか、周囲がどうだとか関係無い! 僕と君がどう思うかだ! 僕は君と結ばれたい。君はどうなんだ!」
そう叫んだ咲夜は強引にレミリアを抱きかかえる。
「お嬢様、私は笑われる事なんか気にしません。美鈴もきっとそうです。他の者達も。だってお嬢様とこうして楽しめる以上に大事な事なんてありませんから。笑う奴等は笑わせておけば良いのです。幾ら笑われたって、私はお嬢様と楽しめればそれだけで幸せですから」
そう囁いた咲夜は窓枠を蹴って跳び、庭の中央に降り立った。
レミリアを下ろした咲夜は劇を続ける。
「お嬢様、昨日はすみません。私はあなたと一緒に踊れなかった。旦那様に言い返す事が出来なかった。でも今は違います。お嬢様、僕と一緒に踊って下さい!」
その叫びを合図に、館の中から舞踏用の音楽が流れだした。
レミリアが館を見ると、テラスや窓、玄関から使用人達が顔を覗かせて、晴れやかに笑っていた。
驚いているレミリアの顎に触れ、咲夜はレミリアの顔を自分へと向かせる。
「お嬢様、お願いです。僕と一緒に踊って下さい」
「でも」
尚も迷うレミリアに、咲夜は首を横に振って笑顔を向けた。
「物語の中のお嬢様も言っていたでしょう? 他は関係無いんです。関係あるのは、あなたの気持ち。お嬢様は私達と劇をやりたくないんですか? お嬢様は私と結ばれたくないんですか?」
戯けた咲夜をレミリアはじっと見つめ、それから館に居る大勢の使用人達が咲夜とレミリアのダンスを今か今かと待っているのを見る。誰もが劇をやりたいと願っている。誰も笑われる事なんて恐れていない。それに気が付いた瞬間、鬱屈としていた心が吹っ切れた。
そうしてレミリアは言った。
「私達はこの屋敷から出なくちゃいけない。きっと苦しい旅になる。それでもあなたは……いいえ」
レミリアはそこで目を瞑り、笑みを浮かべる。
「当然あなたは私の事を守ってくれるんでしょうね」
咲夜が笑う。笑ってレミリアの手を取り踊りだす。
「勿論です、お嬢様」
十六夜の月の下、二人は静かに踊り合った。
のも束の間で、二人が踊り出したのを見た使用人達が歓声を上げながら、庭へと飛び出し踊り出した。あちらこちらで思い思いに踊るので、庭は滅茶苦茶な熱気に包まれる。
笑い出したくなる様な陽気の中で、レミリアは踊りながら咲夜に問いかけた。
「咲夜、随分強引に説得してくれたけど、そんなにこの劇がやりたかったの? どうして?」
咲夜は笑顔になって答える。
「勿論、僕がお嬢様と結ばれたかったからですよ」
咲夜の言葉にレミリアは思わず吹き出した。
「分かったわよ。じゃあ、しっかり最後までエスコートして頂戴」
「この命が尽きるまで」
咲夜が恭しく礼をしたのを見て、レミリアは笑う。笑って空を見上げる。空には十六夜の月が静かに佇んでいる。辺りからは館中の者達が踊る騒がしさが響いている。その喧騒を夢の中に居る様な不思議な心地で聞きながら、レミリアは今日の十六夜が本当に美しいと思った。
衣装のドレスに着替え、真剣な表情で自分達の番を待っているレミリアに向けて、男装した咲夜は天狗から借りてきたカメラのシャッターを何度も何度も切っている。やがてデータ残量が無くなったので、記録媒体を交換しようとバックを漁り始めた時、その傍に美鈴が立った。
「もうすぐ本番ですね」
「ええ、そうね」
記録媒体を取り出した咲夜は交換しながら、美鈴に向けて笑顔を向けた。美鈴も笑顔を返して尋ねる。
「成功すると思いますか?」
「勿論」
迷う事無く咲夜は言い切り、またレミリアにカメラを向ける。
不安から尋ねた質問だったが、そのあまりにも簡潔で自信に満ちた答に美鈴の不安が消し飛んだ。きっと上手くいくだろう。心の底からそう思えた。
「咲夜さんも格好良いですしね。本当に男性みたい」
「あなたは胸が出っ張り過ぎよ」
「いやあ、一応さらしは巻いたんですけど」
舞台から拍手と喝采が聞こえてくる。魔理沙達の劇が終わった様だ。
しばらくして劇を終えた魔理沙達がやってきた。
「お、紅魔館組」
魔理沙が嬉しそうに駆け寄ってくる。元凶の到来に、美鈴が不安になってレミリアを見たが、レミリアはまるで来にした様子無く、魔理沙を迎えた。
「随分盛況だったようね」
「ああ! 頑張った甲斐があったぜ」
霊夢も寄ってきて、咲夜を見るなり言った。
「そっちは随分と男前に仕立ててきたわね」
そんな霊夢の賞賛を聞いて、レミリアは得意げになった。
「当然でしょ、私の夫だもの」
その瞬間、咲夜の落としたカメラが床で派手な音を立てた。
「失礼」
咲夜がカメラを拾い直している間に、霊夢と魔理沙が去っていく。
「じゃあ、楽しみにしてるから」
「楽しませてもらうぜ!」
そう言って二人は去って行った。
美鈴は壁に掛かった時計を見る。もうすぐ開幕する。まずはレミリアと咲夜のやり取りから。美鈴が隣を見ると、カメラをしまった咲夜が凛々しい顔をして立っている。その真剣な表情に、美鈴はふと気になって尋ねる。
「咲夜さん、どうして必死に頑張ったんですか? ただお嬢様がやりたがっていたからという訳ではないんでしょう? 私の台本を庇ってくれた時や、お嬢様が止めると言った時は、お嬢様に逆らってまでこの劇を行おうとしたんですから」
美鈴の問を聞いた咲夜は美鈴に顔を向け、右の口端を釣り上げて笑った。
「お嬢様と結ばれたかったから」
それだけ言って、また前を向いた。
すっかり役に入りきっているなぁと、美鈴が頼もしい思いでいると、やがて合図が鳴った。後はレミリアと咲夜が位置についたら、幕が上がって劇が始まる。
紅魔館の者達が固唾を飲んで見守る中、レミリアが一歩踏み出した。悠然とした足取りで、舞台へ向けて歩いて行く。その後を咲夜が追って、二人して舞台へ向かう。
「行くわよ、咲夜」
「はい!」
レミリアは一度咲夜の手を握って放すと、自分の部屋を模した舞台を歩いて行く。緞帳に遮音されて客席の声が聴こえない。レミリアの心はざわめいていた。自分が緊張しているのだと今更ながらに気が付いた。向い合って位置につき、静まり返った舞台の上で、咲夜と二人で見つめ合う。その途端、緊張していた心が溶けて、穏やかな心地よさに満ちた。
「ちゃんとエスコートしてよ」
「無論です」
誰も居ない二人だけの世界。
やがて開幕のベルが鳴る。
と、思いきや小説。面白かったです。
願わくばもう3倍くらいのボリュームで、他勢力の様子も含めて読みたかったです。
面白いSSをありがとうございました
劇の台本は読んだことがありませんが、こういう作品は実際にあるんでしょうかね。
お嬢様と咲夜さんとの関係が現実と脚本でパラレルになっていて二重に楽しめました。
咲夜さんがお嬢様にプロポーズするシーン、たまらない気持ちになりました。
お嬢様が霊夢と魔理沙に笑われて落ち込むシーンもリアリテイあって引き込まれます。
笑いながら演技するフランもとても可愛かったです。