Coolier - 新生・東方創想話

夢幻のジャム

2013/05/17 22:04:52
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この物語はフィクションであり、「東方project」の二次創作ssです。
独自解釈、オリ設定が多々見受けられると思いますがご容認いただけると嬉しいです。
テーマは『夢と幻想の境界』です(なんじゃそりゃ
軽い気持ちで読んで行ってくださいね。







     §      §      §






鏡よ鏡。世界で一番美しい者は誰?

      それは御妃様。貴女様が一番美しい――




鏡よ鏡。世界で一番美しい者は誰?

      それは御妃様。貴女が一番美しい――




鏡よ鏡。世界で一番美しい者は誰?

      それは御妃様。白雪姫が一番美しい――



鏡よ鏡。世界で一番うつく――

      それは御妃様。白――



御妃様は鏡を割りました。
そして白雪姫を疎ましく思った御妃様は、己を魔女の姿へと変え、白雪姫の下へ向かいました。
魔法で作った特製の毒林檎を手に持って。


――可愛い可愛い御嬢さん。林檎はいらんかね?


真っ赤な真っ紅な毒林檎を受け取り、恐る恐る林檎の欠片を呑み込む白雪姫。
その途端、白雪姫は毒林檎の赤と別の"紅"を吐き出し、倒れてしまいました。

魔法の毒林檎は、白雪姫を永遠の眠りへと誘ったのです。

死してなお美しい白雪姫。
生き返らせようと手を尽くす7人の小人は、ひとまず白雪姫をガラスの棺に寝かせることにしました。

ある日王子様が白雪姫の下へ尋ねてきました。
あまりの美しさに一目惚れしてしまった王子様。

白雪姫にそっと口づけすると…なんということでしょう!






『死んだはずの白雪姫が生き返ったのです!』

物語の一説を読み終えると、少女の微かな寝息が聞こえた。

「…魔理沙寝ちゃったのね…まぁ仕方ないか、何度これを読んだのかしら」

ずれかかった毛布を掛け直し、童話の本を机に置いてそう嘆息する。可愛い我が子の寝顔を暫し眺めてから、その真っ直ぐな金髪を優しく

撫でる。

「願わくば…この子が――」

希望を瞳に浮かべた笑みがこぼれた。


「夢に囚われる魔女ではなく、夢を配れるような魔法使いになれますように」







「よーし準備出来たな。じゃあ行くぞ魔理沙」
「おう、今日もたくさん釣るぜ!」
「ち・ょ・っ・と!!!」

元気いっぱいな声が響く中、怒鳴り声に近い声が割って入る。
声主は怒りマークを顔いっぱいに敷き詰めていた。

「また勝手に連れ出して…魔理沙は『女の子』何ですからね!」
「いや、わかってるけどさ…」
「全然分かってない!女の子に危ないこと吹き込んどいて!言葉遣いもだんだん荒くなってきてるし!」
「いや、これはだな…ええと、情報教育の一環であって…」

怒りの矛先は魔理沙には向いてないようだ。
それを良い事に、手に釣り道具を振り回す魔理沙は外へ駆け出した。

「先行ってるぜ!早く来いよな!」
「あ、ズルい!」
「ちょっと、待ちなさい魔理沙!」

女の子である筈の背中がみるみる内に小さくなっていく。
身体能力までも並の男の子と並ぶ力を持ってしまった。
精神まで男性化する我が子の将来が暗いようにさえ感じた。


「……というワケで、魔理沙を見守ってくるのでグッバーイ」

そそくさな夫の退却を、小さな嘆息で見送った。






「おーし、キタキタキタキタァーー!!!」
「三匹同時とは…腕を上げたな、魔理沙」

釣竿を思い切り振り上げると、針の先には魚が三匹引っかかっていた。
魔理沙の頭がクシャクシャと撫でまわされる。
隣に置いてあるバケツには水よりも魚の量が多く、溢れんばかりだ。

「へへん、まだまだいけるぜ!」

ニカッと笑って人差し指で鼻元を撫でた後、また釣竿に手を伸ばす。

「また来たぜ!今度は大物だ!」
「おいおい…もうバケツはいっぱいだぞ?こんな物釣ってどうすんだ」
「担いで帰ればいいだろ?くっ、手ごわいなァ!」

右へ左へ竿を振る魔理沙。結構手こずっているらしい。
だが、えいやぁ、と力いっぱい叫ぶと、釣竿がぐいと後方へと押しやられ、魔理沙は尻もちをついた。
空には水飛沫を上げて青空を泳ぐ巨大な魚。

「……ははは、釣れたぞ!やったぁ!」
「やっちまったな…まぁでも流石、俺の子供だ!」

ガッツポーズを取る魔理沙の頭がまたぐしゃぐしゃに撫でられる。
満足そうに笑い、その手はすぐさま他の所に伸ばされた。

「今度はこっちだ!」
「凄いな…もう十分だってのに」
「よっしゃ!次はこっち!うし、更に一丁!ついでに二丁!」

快進撃は、まだまだ続くようだ。






「これだけ釣れば母さんも許してくれるだろうな」
「殆ど私が釣ったんだけどな」

巨大な魚を引き摺りながら頭上に掲げ持つ魔理沙。
先ほど「父さんが持ってたら私が釣ったように見えないじゃないか」と釘を刺しておいたからだ。
小さくても健気な女の子は、数々の自信を多く身につけていた。

と、そこへとある一人の男が血相を変えた様子で向かってきた。

「オイ!霧雨の親父さん!大変だ!」

魔理沙は「向こうに行ってろ」と押しやられる、が、内容がとても気になった。
息を切らしている男の様子から何やら只ならぬ事態であると分かった。
大人しく自然界で培った聴力を傾ける。


「――んたの――が――で落――んだ――」


べちゃ。ぴちぴち。
魔理沙の手から滑り落ちた巨大な魚が暫し地を泳ぎ、力尽きた様に停止した。







『あんなに元気だった人がねぇ…信じられないよ』

魔理沙は部屋に入った途端に驚愕した。

『階段から落ちた、って聞いたけど…』

目の前に、一枚の大きな布団が敷いてあり、そこに朝怒っていた筈の母が静かに眠っていた。

『でも可哀想ですよ。魔理沙ちゃんまだあんなに小さいのに』

顔は白い布が邪魔して見えない。

『ほんと運が悪かったとしか言いようがない…』

現実が魔理沙に追いつかない。

『魔理沙ちゃんも大変になるけど、親父さんはなおさらだな…』

全てが夢だと、そう思いたかった。


  



「おい、いつまで続ける気なんだ」

魔理沙の視線は本から離れない。
分厚い本の表紙には[RESURRECTION]と書かれたレリーフ文字。
母が読んでいた魔導書の内のひとつだ。

「いい加減にしろ、あれからどれだけ経ったと思っている」

呆れ声を拒むように、ブツブツと呟く魔理沙。視線は依然として本に釘付けられている。

「いつまでそんな幻想にしがみつくつもりなんだ」

やがて何も動じない魔理沙に怒りを感じたのか、傍に合った本の山を崩して父は進んでくる。
そんな父が鬱陶しく感じるようになったのは、母が死んで、魔理沙が魔法を研究し始めた、あの時からだ。

「こんな物は一握の妄想に過ぎん。諦めろ。過去は二度と戻れやしない」

読んでいた本が取り上げられ、最寄のゴミ箱に放り込まれる。
会話を遮る壁と視線のやり場を失った魔理沙は、その鬱陶しい父を見下すように見上げた。
最大の憎悪を込めて。

「何だその目はッ!」

パァンと乾いた音が響く。
痛みを感じても憎しみが安らぐことは無かった。

せめて今の痛みで全てを忘れられたらどれだけ幸せか、と思った自分をすぐさま押し殺し、また見下し上げる。

「アイツはもう帰ってこないんだぞ!いい加減受け入れろ!」

幻想ではない。魔法は不可能を可能に変えるんだ――とは言わなかった。
父が頑固であることはあまり関係ない。

母を絶対に戻ってこさせる魔法を使えるようにする。
それが魔理沙の将来の夢であり希望であり幻想だ。

その想いを少しも分からない父は、更に肉薄し、母が好きだった魔理沙の三つ編みを引っ張り上げた。

「待てッ…!何処へ連れて行くつもりだ!」

父からの返答も無く乱暴に引きずられていく。
止まったのは家の玄関だった。そこに男の力で地に放り出された。
ドシャリ。口の中に泥交じりの土が入り込んだ。

「頭を冷やせ!現実を分かるまで二度と帰ってくるんじゃない!」

扉が乱雑に閉められる。外は真っ暗な闇に包まれていた。
父の後ろ姿を呆然と見ていた魔理沙だったが、ふとその双眸から雫が零れ落ちた。

子供は誰でも親に叱られれば涙を流すものである。

口の中に感じる砂利気を忘れ、涙を腕で拭いて立ち上がる。
まだ幼い魔理沙にとって行く場所などはすぐには思い浮かばない、頼れる友達も居なければ大人も居ない。
完全に孤独の世界へと足を取られた魔理沙は、とりあえず先の[魔法の森]へと向かうことにした。

父とよく遊びに行き、母とよく勉強しに行った思い出深い場所。
そこなら何かを見つけられるのかもしれない、あわよくば、父の言う[現実]の正体も、分かるのかもしれない。

淡い期待を持ち、裸足でゴツゴツとした地を歩き始めた。






   §     §     § 





   ――夢幻のジャム――






   §     §     §







「おや……じ……」

ふと目を開けると、視界は原因不明の水でぼやけて映った。
肌にはいつもの柔らかく温かな感触。薄汚い天井もいつもの天井だ。

掌を見ても、それは少し痣がある程度の、いつもの自分の手。

「また"あの夢"か……くそッ」

頭痛を仄かに感じ、頭を撫でつつ豪快に振る。霧雨流[嫌な夢を見たときの忘却術]だ。
よし、と完全に忘れることに成功したという事にしてベッドから降り立つ。
足元には数々の魔導書が逆さまに広がっていたり転がっていたりと思い思いの姿で乱雑に散らばっていた。

「あー。夢のエイドスは儚さからできると思っていたんだけどなぁ……」

ここの所毎日と言っていいほど高確率で見る夢にそう皮肉づけ、階段を下りていく。
キッチン(と呼べるかどうか分からないがそう呼んでいる)に立ち、朝ごはんを作る素振を見せるが…魔理沙の朝ご飯はすぐに終わる。

「…儚さは冷蔵庫のエイドスでしたか…つか何も入ってねぇ…」

冷蔵庫の中にはまるで人間が食べるような物は全く入っていない。
実験用の冷却機と化してしまった憐れな冷蔵庫だが、そのドアポケットにメシアのごとく舞い降りた、唯一の人間食があった。

「夢いっぱいのー魔法使いはー今日も牛乳でーお腹と夢を満たしたのでしたー」

牛乳をコップに注いで一気に飲み干す。勿論これだけで満足する訳がない。

「あ゙ー満腹だー…なんでここには食べ物が無いんだ…」

魔法の森の魔力が食物に影響を与え、食べられるキノコは全て魔法のキノコへと変貌してしまった今日この頃。
安心して食えるのは人里の売られる物だけだが魔理沙には金(という概念)が無い。
だから自給自足のサバイバル生活を送っているのだが…。

「…なんで魔法のキノコしかないんだよ!もっと食べ物とか生えろよ!肉とか生えろよ!」

やり場のない怒りを叫びに還元する。
コップ一杯分のカルシウムでは怒りは抑えきれないんだな、と毎日つくづく思う。
多分カルシウムだけ取っているからだ。他の栄養分も取れよ、と身体が警告しているのだろう。

「ま、いっか。牛乳だけでもないよりはマシだな…今度慧音に会ったら深くお礼を言っとかないと」

行くと何故か毎回牛乳をくれる寺小屋の先生を思い浮かべると、またお腹の虫が大合唱をし始めた。

「と言っても牛乳だけじゃやっぱりキツイな……そうだ」

空になった牛乳をゴミ箱へ放り、思い出したように指をパチンと鳴らす。

「紅い処にでも行って麺麭(水分を奪う小麦粉の悪魔)でも貰ってこよう。確か咲夜が最新作の天然酵母パンが云々って言ってたしな」

そうと決まれば。
弾丸のごとく家を飛び出し、立てかけてあった愛箒に跨る。
魔法の箒はご主人様の重みに呼応して魔理沙は勢いよく空へと飛び上がった。

「よーし、待ってろよ、天然酵素麺麭ッ!」






「…というワケで遠い処からわざわざ出向いてやったんだ、試食させろ」

紅い館とは紅魔館の事である。外装も内装も紅以外の所を見つけるのに苦労するぐらい全面紅い。
ロビーも例外ではなかったが、紅に紛れているのは黒白・魔理沙と白銀・咲夜。
咲夜は何故か口をあんぐりと開けて呆けていた。

「いや、だから試食させろって」
「いや、問題はそれじゃないでしょ」

咲夜の視線は魔理沙ではなく、手の下に向けられていた。
ようやく相手の想いを察した魔理沙はそれを投げる。

「ほらよ、おみやげだぜ。現地調達だがないよりはマシだろ?」

おみやげは[MADE IN CHINA]――中国産の門番だ。

「…すてきなおみやげに感謝いたしますわ…」

頭痛を感じ額に手を当てる咲夜。成る程そんなに震えるほど嬉しいのか、と魔理沙は相手の悦びに喜んだ。
後に「ピチュン」と不思議な断末魔がロビーに響き渡った。

「で、どうなんだ?パンの試食は可能なのか?」
「そうね…一応可能だけど…」

ナイフに付いた血糊を自然に拭いつつ、咲夜は懸念の色を浮かべた。

「今ちょうどジャムを切らしているのよ…あの紅いやつ…おみやげまで貰っちゃったのに申し訳ないわね」
「いいや、気にしてないぜ。ジャムが無いなら味噌でも塗って出してやれよ」
「困ったわー、アレが無いとお嬢様食べてくださらないのよね」
「ははっ、大変そーだな。まぁお前が行っている間に冷蔵庫は死守させて貰うぜ」

コツ、コツと先に足を歩める魔理沙、その背中を見つめる咲夜。
その手には先ほど拭いたばかりのナイフと、いつの間にか取り出した数本のナイフが握られていた。

「そうね…じゃあアナタには手伝ってもらおうかしら」

双眸とナイフが妖しい光を帯びる。
そして次の瞬間には、咲夜の姿が時を止めたように魔理沙の死角へと瞬間移動していた。

「――真っ赤なジャムに姿を変えて、ねッ!!!」
「やっぱりそう来るだろうと思――って、デンジャッ!」

錯覚に陥りそうな眼をなんとか凝らしながら投擲されるナイフを皮一枚で避け、紅いモノクロの床を伝って逃げる。
どうやらナイフの軌道は本気のようだ。お遊び的な攻撃に見えるが、壁に刺さった途端に破砕音と亀裂が入っている事から本気なのだと認

めざるを得ない。
それでも、咲夜のナイフは魔理沙にとって恐怖では無かった。

「おー怖い怖い。でもそれ以上に私は空腹が怖いんだ。とっとと頂いてずらかるぜ」

前方には『ここがちょうどいい隠れ場ですよー』と言わんばかりの扉があった。
しかしここは敵陣地。よもや隠れ処など存在しないのは百も承知だ。

だから、扉の向こう側に常識人が居る事を願いつつ、魔理沙は突き抜けた。

「咲夜ァ…もうお腹が空いて限界だわ…」

――前言撤回を願い被りたい事態だ。
扉の先は食卓、しかもテーブルには餓えた猛獣…もとい、猛吸血鬼が。

「ってあら、魔理沙じゃあないか」
「既にお邪魔しているぜ。そして邪魔したぜ」
「あ!魔理沙だ魔理沙だ!まりマリサー!」

頬杖をついて座っているのがレミリアスカー…スカルチノフだったかな?
そして魔理沙の来訪をスタンディングオベーションで出迎えてくれたのは、その妹であるフランドールスカーレット。

「ちょっと待ちなさい魔理沙、いろんな意味で待ちなさい。咲夜は何処へ行ったの?」
「ここですわ、お嬢様」

主人の声掛けに音も無く後ろから出現する咲夜。
レミリアはうむ、と満足そうに頷きすぐに溜息で上塗りにした。

「パンはまだかしら。お腹と背中がくっついて臓器が摺り出てきそうだわ」
「大変お待たせして申し訳ありませんでした。すぐに終わりますので…」

そう簡単に終わらせないぜ、と魔理沙。
レミリアはまるでジャムを塗る無邪気な子供が浮かべるような笑みを魔理沙に向けた。

「大変お待たせされてるわよ…これじゃあまるで…」

バサリと漆黒の翼が空気を弾く。

「私にも手伝えと言ってるようなものじゃない!」
「私にもやらせてやらせて!」

間髪入れずに虹色に光る翼もうねりをあげた。
好戦的な光線を手から放つ二人からは、血を求める餓えた吸血鬼だと再認識せざるを得ない。

「わ――ちょっと待て待て!5面6面Extraボス同時は無理だって!人生は常にノーコンなんだぞ!」
「それは貴女がコンテニュー出来ないからでしょう?大人しく真っ赤なジャムになりなさいな!」
「ちょっと咲夜!それ私のセリフ!私は魔理沙と遊びたいだけなんだからぁ!」
「何でもいいからとりあえず空腹を誤魔化すわよッ!」

ナイフ紅弾レバテスクエアスカーレットQEDドールと視界いっぱいに迫る殺人弾幕。
安置など存在しなければ避ける隙間さえも存在しない。こんな時にスキマがあれば楽なんだけどなぁ。
とりあえず[Bomb]で吹き飛ばそうとも考えたが、それだと無差別に館内を壊すことになる。

魔理沙はパンを貰いに来たのであって戦闘をしに来たのではない。

「ちッ、一旦戦線離脱だ!」

箒の出力を最大にして、迫る弾幕から振り逃げた。






「…騒がしいわ、[Boisterous feast]でもやっているのかしら」

大図書館の一角、本の背表紙を指でなぞりながらパチュリーは静かに嘆息した。
これでは落ち着いて本さえも読めないし、落ち着いて本も探せない。

落ち着かないと言えば、恐らくこの騒がしさの元凶が来ているせいでまた落ち着かなかった。

「また本が無くなってる…ここは無料古本屋じゃないってのに」

スカスカな本棚を見てパチュリーは再び嘆息をついた。
死ぬまで借りていくぜ、というのが魔理沙の口癖――つまり一生奪われたままの状態である。パチュリーにとって不利益でしかない。
別に魔理沙の顔を見たくも無ければ来てほしくも無い、自分の好物を取り上げられた子供の気持ちが痛い程に分かる。

だがそこで諦めるのが子供。大人であるパチュリーはいつか魔理沙に償いでもさせようかと考えていた。

「あら…無くなってばかりかと思ってたけど、増えることってあるのね」

指に触れた本は表紙が青い、なんてことはない魔導書。
古ぼけてはいるがここでは新しい部類の本だ、先日幻想入りして来たばかりなのだろう。
手に取ってみる。そこでパチュリーは初めて気づいた。

「…この本…」

償い、という言葉がやけに強く思い浮かんだ。






「まーりィーさァーどこに居るのー返事してー」
「相変わらず人の目を欺くのが得意なネズミねぇ…咲夜、本当にこっちなの?」
「恐らく、ネズミの尻尾が見えましたからこっちだと思います」

目標物を見失った咲夜達は大図書館へとたどり着いた。
この館は外部の人間にとっては謎ばかりだが、魔理沙が内装を完全把握している所と言えばここ、大図書館だ。
パチュリーの本を頻繁に盗んでいる彼女にとってここは自分の庭のような所だろう。

「さて、どこから探しましょうか…」
「ねー魔理沙ァーどこー?」

テクテクとまとまって歩く咲夜とレミリアとフランドール。
その御一行前に、バイオレッドパジャマが立ちふさがった。

「あら、パチェ。ちょうどいいところに、魔理沙を見なかった?」
「ええ見たわよ」

パチュリーが小さく咳払いをした時、その動作がまるでトリガーとなったように。
周囲の本が次々と飛翔を繰り出した。

「「「なぁ――!!!?」」」

呆気にとられる三人の身体は見事に本の波へと呑みこまれた。
大量の魔導書が飛び出た後の本棚から、ひょっこりと魔理沙が這い出てくる。

「本葬[ミスディレクション]だぜ。後で読んだ感想を聞かせてくれよ」

ひとつひとつがズッシリと重い魔導書に押しつぶされては動けまいだろう。
そのまま立ち去ろうとする魔理沙を、冷たい視線でパチュリーが引き留めた。

「おうパチュリー。皆の視線を釘づけた事には礼を言うぜ?」
「そうね。ちょっとこれを見なさい」

そう言うと、眼前に青い表紙の本が突き出される。
始めは何かのおススメ文庫かと思ったが、よくよく見てみれば違うと分かり――しかしそれさえも違う事に気づいた。
パチュリーが持つ本は、まさか。

「お、おい…それって」
「[Resurrection]。これが勘当の理由なんでしょう?」

人を蘇らせる。
幼い頃の幻想が甦る。
いや、幻想ではない。幻想とされてしまった夢、だ。

「勘当の理由…?はは、何を言って――」
「今でも夢は見るんでしょう?幼い頃の狂った貴女の夢を」

パチュリーは全てを見据えたかのように話を続ける。その目に魔理沙は戸惑うばかりだった。







こんな時に、夢――この場合は昔の記憶――を思い出していた。
幼い魔理沙が友達が出来なかった理由、それは[箱の中]にいたからだ。
外の世界から乖離された自室という箱の中でひとり魔導書を読み漁る日々を繰り返す。

窓は一応あったが、そこから外を眺めた事なんて一度も無い。

「ねーねー魔理沙!遊ぼうよー」
「お人形さんごっこでもしない?楽しいわよ」
「魔理沙、お友達だぞ」

――よーし待ってろ、今すぐ行くからな!
魔理沙の身体は立ち上がらない。それどころか、視線が本から離れない。

――なんでだ?外で友達が待っているじゃないか!今すぐいかないと!
身体の運動神経がバッサリ切られたように、魔理沙の送る電気信号が停止したように。


外の声が次第に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
友達が来たというのに一歩も動かなかった。

いや、動けなかった。

それが箱の中の魔力。
世界から遮断された魔理沙は、夢と言う名の幻想を信じるしかなかったのだ。
勘当の理由…それは、箱の中に居続けたからなんじゃないか?
親父の立場で考えればなおさら分かる様な気がする。

夢は夢でしかない、幻想も幻想でしかない。
――なら現実はどちらを取るのだろうか?



魔理沙は幻想から醒めた。





「ハハッ、アハハハハ!!!」

そして無意識に笑っていた。

「ちょっと…何がおかしいのよ…!?」

何が何だか分からないパチュリーを「だってよ!」と笑って制す。
やけにさっぱりとした幻想からの目覚めを魔理沙は嬉しく思った。

「親父…私はあの頃箱の開き方さえも分からなかったんだな」

ようやく理解した、父親の行動の意味を。
あれは幻想となった夢だけを追い求めるのではなく、夢と現を追い求めろ、ってことなんじゃないか?
それを箱の中から突き飛ばして魔理沙に夢と幻想の境界をはっきりと区別させ、現を分からせようとした。

「ありがとよ、パチュリー。おかげで目が醒めたぜ」
「ずっと目を開いてたでしょうが…この勘当の理由はいらないの?」
「あぁ、私にとってそれは夢だが――」

貰うだけもらっとけ、とは思わない。
魔理沙にとって蘇生術は魔法使いを目指す切欠であるだけ。

夢は叶える為に在る希望。
幻想は叶えられない為に見る妄想。

その二つが混ざったものは…[夢幻]と名づけるのもいいかもしれない。


「私の夢は所詮幻想だ。幻想を叶える訳にはいかないだろ」


そういって魔理沙は引き返そうとした。
残念ね、とだけパチュリーは言って徐に魔導書を開きだした。

「まぁそれとこれは話が別。貴女に盗まれた本の償いとしてブタ箱の中にでも入れようかしら!」

空間の揺らめきと共に煌めく炎がうねりをあげる。
その時、傍らにあった本の山がガラリと崩れ、中から遭難者三名が這いずり出た。

「いたたた…妹様、大丈夫ですか?」
「うん、あんまり…」
「幻想殺し…なかなか面白い内容だったじゃない…一方通行と戦う所なんて胸熱したわ」
「おっと、これじゃ敵が増えてブタ箱どころか棺箱の中に詰められちゃうぜ!」

危険を感じた魔理沙も[Bomb]を唱える。輝く三色の星々が放たれ、小さな爆風を吹き起こした。

「困った時のミルキーウェイ!ってことであばよ!」

眼を眩ませてそそくさと魔理沙は箒に跨り、全速力を上げて逃亡する。

「ちょ、魔理沙ッ――」
「待ちなさい、パチェ」

慌てて呼び止めるパチュリーをレミリアが静かに制した。
その瞳は、先程まで人間をジャムに変えようとしていた吸血鬼の光は含まれていない。穏やかな光を帯びていた。

「大丈夫、あの子なら無罪よ」
「…何処が無罪なのよ、私の本を盗んでいったくせに」

いつまでもひねくれるパチュリーに今度こそレミリアが吸血鬼らしからぬ微笑を浮かべる。
人間を軽々と引き裂くその細い指が、ゆっくりと上空に向けられる。

「だってほら。強盗してでも、蓄えの切れた私達の館に――」

咲夜もフランドールも上を見上げている。パチュリーも天を見上げた。


「あんなに綺麗なジャムをたくさんもってきてくれたじゃない」




そこには、空を流れる一筋の天の川――。




ばら撒かれた三色の星弾が折り重なることで、虹色の天の川が鮮やかに形成されていた。

「……綺麗」

ポツリとそんな感動が漏れる。しばらくパチュリーはその疑似天の川を眺めていた。

「これなら等価交換が成立しているでしょう?」
「…そう、ね」

フランドールが目を輝かせて飛び回っている。
咲夜が心を打ち抜かれたように微笑んでいる。

まるで騙されたような、人の心を虜にするような"幻想"を見せられた気分だ。

「ねぇ、パチェ…もし魔理沙が毒林檎を持ってここに来てたらどうしてた?」
「ん、どこぞの童話ね」

レミリアの質問に暫し考える素振をみせるが、答えは既に導き出していた。
魔理沙があの魔女であれば、それこそ箱の中に居る哀れな人間。

「言われなくても、原作通りぶち殺しているわよ」

その答えに満足したのか、レミリアは子供のような無垢な笑みを溢した。

「世間知らずは己を殺す、ってわけね」
「井の中の魔法使いなんてすぐ殺せるわよ、ロイヤルフレアで一瞬で溶かすわ」
「まぁ鏡がアンタを一番美しいとするかどうかだけどね」

パチュリーは「そうね、なら一番美しいレミィが代わりに殺してよ」と静かに微笑んだ。


虹色の天の川は煌々と流れていた――。







帰空。
冷たい夜の風が頬を撫でる中、魔理沙は頭を抱えていた。

「うーん、ようやく答えを導き出したんだが…」

悩む理由は、答えを導きだした後にどうすればいいか、ということだった。
親から出された難題を時間をかけて解いたと言うのにその答えを解答用紙に書けないのはなんだか勿体ない感じがするからだ。
出題者に知ってもらいたい、功績を讃えてもらいたい。

「はて。どうしようか…行こうかな、行くまいかな…」

箒の上で悶々と悶える魔理沙は何処か嬉しそうだ。
まるで良い事をした子供が、親からのご褒美を期待するように。




宵の深まった空には、綺麗な夏の風物詩が流れていた――。

初めまして。妖灯(ようひ)と申します。初投稿ですスイマセン。
魔理沙の幼少の頃の妄想が膨らんでしまって、どうもアウトプットしなければ気持ちが収まらなかったのでちょっと書いてみました。
実はこの物語は昔見たとある同人誌の影響を色濃く受けてます。
名前は思い出せませんが、絵も内容も綺麗で凄く好きだった覚えがあります。

初めてなんで、あとがきを書くのは凄くワクワクしますね。
まぁともあれ。ここまで読んでくださった方々、あとがきだけでも読んでくださった方々、貴重なお時間を割いていただきありがとうござ

いました。
竜頭蛇尾な物語ですいませ…え?蛇頭蛇尾だって?それってただの蛇じゃないですかヤダー。
またぼちぼちと書いていくと思います。これから宜しくお願いします。
妖灯
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コメント



0.210簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
読みやすかった。
6.80名前が無い程度の能力削除
使われている言葉が綺麗で絢爛でした。自分の生き様についての物語の割に魔理沙のノリと話の重さが軽過ぎる感はありましたが、まあ普通の魔法使いですからそんなもんでしょうか。
Prefaceとあとがきについては自意識が強すぎて臭ってきます。文章は良く書けているんですから、もっとプライドを持っていいと思います。
7.無評価妖灯削除
>>2
ご感想ありがとうございます。
魔理沙は物事を軽く見てるように振る舞いつつも重く捉えてると思いました。
プライドに関してはしっかり持ってみたいと思います。
9.80奇声を発する程度の能力削除
お話の雰囲気が綺麗でした
10.603削除
展開が早いかな。もっとしっかり掘り下げたほうが面白くなると思う。