「それでは、今回の異変の解決役に抜擢されました、十六夜咲夜より一言」
「この度は大変名誉ある……」
紅魔館。
今紅魔館は祝賀ムード一色である。
間もなく発生することになっている「武器が動くという異変」。
その異変を食い止める役の一人に、我らがメイド長十六夜咲夜が選ばれたのだ。
館の主、レミリアお嬢様はそれはもう大層な喜びようで、通知が来た翌日にこうして祝賀会を開いてしまっているほどである。フランドール様もご一緒だ。姉の隣の席でデザートと格闘している。妹様は今回の件よりも目の前の甘味の方が重要らしいが、ともかく普段は顔を見せない妹様まで顔を出している。
司会は門番の美鈴さん。普段と違ってタキシード姿。なかなか魅力的な格好だ。
パチュリー様も今ばかりは本を読まずに咲夜さんのスピーチに耳を傾けている。いつものしかめ面はどこへやら、どことなく気分が良さそうである。
そして私、小悪魔もその末席に加わっているというわけである。
「……紅魔館の皆様、お嬢様のおかげです。本当にありがとうございました」
鳴り響く拍手。その中で、紅魔館の住人の分以外に、幾つか揃わない手拍子がちらほらと。お嬢様の「折角の咲夜の記念日なのよ、誰か暇そうな奴らとっ捕まえていらっしゃい」という言葉で急遽引っ張りだされた人妖たちだ。中には紅魔館のディナー目当てでいらっしゃった輩も居るだろうが、お嬢様はとりたてて気にするような器では無く(単に気づいていないだけかもしれない)、こうして会を賑わせる役割を担っているというわけだ。
祝祭もたけなわ。プログラムの最後、メイド長によるスピーチが今終わったところだ(美味しいものは最後に頂くのが悪魔流なのである)。あとは、少しばかり飲んで、食べて。そうしてお気楽なパーティーは幕を閉じるはずであった。
そう、お嬢様が美鈴さんからマイクを取り上げて、こんなことを言い出すまでは。
「今日ここに集まった皆、そして咲夜のためにとっておきのサプライズを用意したわ。実はスペシャルゲストを呼んであるのよ」
ざわっ。会場の空気が変わる。
「異変の解決担当をしていたとは言え、それも大分昔の話。今どきの異変については詳しく知らないはず」
館内に動揺が広がる。
その先を口にしてはならない。誰かの口が動いた。
「この二人は咲夜に良いアドバイスをくれるはずだわ。今日のゲストは――魂魄妖夢、東風谷早苗」
無駄に豪華な扉から出てきたのは、今回の異変の解決役からは外れてしまった、二人であった。
『十六夜咲夜祝賀会 ~ ゲストは魂魄妖夢さん、東風谷早苗さんです』
館中に緊張が走る。
彼女らはどんな気持ちでいるのか?
私たちは彼女らに何と言えばいいのか?
異変解決役抜擢の通知には書いてあった。
今回の異変解決役は、博麗霊夢、霧雨魔理沙、そして十六夜咲夜の三名である、と。
前回の神霊廟異変で解決役であった、今私たちの目の前に、やや緊張した面持ちで立っている二人は、今回の異変には関わらない――通知の内容からは、そういうことが読み取れた。
「え……っと」
再びマイクを持たされた美鈴さんが、思わず口ごもる。
異変解決の役目と言えば、その異変劇の中でも花型である。
選ばれるのが確定している二人は別として、そうでない者たちは大抵は、虎視眈々とその機会を狙っている、はずである。
私だって選ばれたい。無理だけど。
そしてこれは私の推測だが――一度その役目に就いたものは、何としても次も解決役に抜擢されたい、とそう願うのではなかろうか。
いずれも過去二度の異変解決役を経験してきた二人、今回の件の落胆は大きいはずである。
ホールの中央に、マイク立てがセットされる。
観衆は、固唾を飲んで見守っている。
レミリアお嬢様は、無表情。
お嬢様、一体何を考えているのです――その思いは届かない。
やがて、館内の沈黙に押されたように、緑の巫女、東風谷早苗が一歩前に出た。そして歩みを始める。
横目でパチュリー様を見ると……何か慈愛に満ちた表情をしておられる。何か思い当たるものがあるのか、それとも私の見間違いなのか。
妹様は、少し飽き飽きした様子である。こんなショーは結構だ、そんなように見える。
立てられたマイクの前に、一人。
静寂。
やがて、口が開かれる。
「喰らいボム失敗」
……えっ?
「グレイズ欲張り過ぎて自滅、チキンボムしすぎてボス戦にボムが無い」
にわかに騒然とし始める館内。
スペシャルゲストが居ると効いた時の喧騒とは違った、五月蝿さだ。
「点数アイテムを欲張って1機落とす、青ベントラー、ボス戦残り1ミリで落ちる、突然画面上部からやってきたボスに潰される、安地を探そうとして落ちる、完全にパターンを組んだと思ったのに落ちる」
「ううっ」
「咲夜さん?」
咲夜さんの顔色が悪くなる。美鈴さんが心配そうに声をかける。まるで山の巫女の一言一言が彼女にダメージを与えているようだ(青ベントラーの時だけは瀟洒な顔付きに戻っていたのが面白かったが笑うのは堪えた)。彼女は一体何を言っているのか。
「……咲夜さん。経験豊富な貴女なら御存知でしょうが、異変解決役にはこれらの耐えがたい苦しみが待っています。先に挙げた例に留まらず、それこそ無限に近いほどの苦しみが」
持てるものの傲慢め。
間違った。
早苗――と言ったか――は目を閉じ、自身の思い出を思い出すように語り続ける。
咲夜さんはじっと早苗の方を見ている。自らを奮い立たせるようにして。
「時には辛く、投げ出したくなることもあるでしょう。何もかもを捨てて、普段の優雅な日常に戻りたくなることもあるでしょう。抱え落ちなどをしてしまった日には情けなくて、何故自分なんかが異変解決役に選ばれてしまったのか、と思うこともあるでしょう。しかしそれでも、貴女なら、今回の異変を、いつものようなすまし顔で解決してくれると信じています」
「咲夜さん」
いつの間にかマイクの近くまで来ていた魂魄妖夢が、早苗の後を受ける。
「私は正直に言って、悔しいです。……私が今回選ばれなかったことではありません。貴女と共に異変解決出来なかったことが」
彼女は真っ直ぐだ。掴みどころがない早苗と対照的である。
「あの春が来なかった異変。私は首謀者側の役として貴女と敵対しました。その時の事を今でもはっきりと覚えています。手に握られているナイフよりもさらに鋭いその瞳。これがごっこなのだと忘れてしまうほどの威圧感。その時に感じました。私の未熟さを」
いつしか聴衆は彼女の話に耳を傾け、水を打ったようにしん、としている。
「その日より貴女は私の目標となりました。一歩でも近づきたい。その思いで一心不乱に修行しました。永夜の異変では、共に異変を解決する役目でしたね。その時は浮かれてしまい、言動など少し浮き足立ってしまいました。それから月日も流れ、私も咲夜さんと同じだけの異変解決の経験をこなしました。その姿を貴方に見せられないこと、そして一緒に異変の解決役を務められなかったこと、それはとても残念なことです。……ごめんなさい、湿っぽい話で」
「咲夜さん」
再び早苗が一歩前に出る。二人で一本のマイクの前に立つ格好になった。
咲夜さんは妖夢の話に静かに耳を傾けた後、ふっと一つ息を吐いた。
「私たちは貴女を応援しています」
「同じ幻想郷に住む一員として」
「同じ異変解決役だった者として」
「またあの時の凛々しい姿を私たちに見せてください」
「苦しいことがあったら、私たちを、いえ、皆を頼って下さい」
そう言い終わると、二人は深々と礼をし、徐にマイクを後にした。
突拍子もない内容、陳腐な内容だったかもしれない。けれど、彼女たちの言葉には誠心があった。
それは、誰から始まったのか。彼女らを呼んだレミリアお嬢様だったかもしれないし、気分屋の妹様だったかもしれない。もしかしたら聴衆の中の一人だったかもしれない。
どこからは生じた小さな拍手は徐々にうねりを増し、紅魔館全体を包む喝采へと姿を変えていた。
周りを見渡せば皆、一様に賞嘆を贈っていた。お嬢様も、美鈴さんも、そして私も。
ただ一人、十六夜咲夜は動かない。
まるでその時を待っているかのように。
やがて地鳴りのような拍手が、余韻を残してぽつり、ぽつりと静かになった頃、彼女は言葉を発した。
「先ほどのスピーチの内容を、一部訂正させて下さい。――今回のことは、紅魔館の皆様、お嬢様……そして、このお二人を始めとした全ての私を支えてくださっている皆のおかげです。ありがとう」
再び拍手が沸き起こり、それが祝賀会の終わりの合図であった。
「この度は大変名誉ある……」
紅魔館。
今紅魔館は祝賀ムード一色である。
間もなく発生することになっている「武器が動くという異変」。
その異変を食い止める役の一人に、我らがメイド長十六夜咲夜が選ばれたのだ。
館の主、レミリアお嬢様はそれはもう大層な喜びようで、通知が来た翌日にこうして祝賀会を開いてしまっているほどである。フランドール様もご一緒だ。姉の隣の席でデザートと格闘している。妹様は今回の件よりも目の前の甘味の方が重要らしいが、ともかく普段は顔を見せない妹様まで顔を出している。
司会は門番の美鈴さん。普段と違ってタキシード姿。なかなか魅力的な格好だ。
パチュリー様も今ばかりは本を読まずに咲夜さんのスピーチに耳を傾けている。いつものしかめ面はどこへやら、どことなく気分が良さそうである。
そして私、小悪魔もその末席に加わっているというわけである。
「……紅魔館の皆様、お嬢様のおかげです。本当にありがとうございました」
鳴り響く拍手。その中で、紅魔館の住人の分以外に、幾つか揃わない手拍子がちらほらと。お嬢様の「折角の咲夜の記念日なのよ、誰か暇そうな奴らとっ捕まえていらっしゃい」という言葉で急遽引っ張りだされた人妖たちだ。中には紅魔館のディナー目当てでいらっしゃった輩も居るだろうが、お嬢様はとりたてて気にするような器では無く(単に気づいていないだけかもしれない)、こうして会を賑わせる役割を担っているというわけだ。
祝祭もたけなわ。プログラムの最後、メイド長によるスピーチが今終わったところだ(美味しいものは最後に頂くのが悪魔流なのである)。あとは、少しばかり飲んで、食べて。そうしてお気楽なパーティーは幕を閉じるはずであった。
そう、お嬢様が美鈴さんからマイクを取り上げて、こんなことを言い出すまでは。
「今日ここに集まった皆、そして咲夜のためにとっておきのサプライズを用意したわ。実はスペシャルゲストを呼んであるのよ」
ざわっ。会場の空気が変わる。
「異変の解決担当をしていたとは言え、それも大分昔の話。今どきの異変については詳しく知らないはず」
館内に動揺が広がる。
その先を口にしてはならない。誰かの口が動いた。
「この二人は咲夜に良いアドバイスをくれるはずだわ。今日のゲストは――魂魄妖夢、東風谷早苗」
無駄に豪華な扉から出てきたのは、今回の異変の解決役からは外れてしまった、二人であった。
『十六夜咲夜祝賀会 ~ ゲストは魂魄妖夢さん、東風谷早苗さんです』
館中に緊張が走る。
彼女らはどんな気持ちでいるのか?
私たちは彼女らに何と言えばいいのか?
異変解決役抜擢の通知には書いてあった。
今回の異変解決役は、博麗霊夢、霧雨魔理沙、そして十六夜咲夜の三名である、と。
前回の神霊廟異変で解決役であった、今私たちの目の前に、やや緊張した面持ちで立っている二人は、今回の異変には関わらない――通知の内容からは、そういうことが読み取れた。
「え……っと」
再びマイクを持たされた美鈴さんが、思わず口ごもる。
異変解決の役目と言えば、その異変劇の中でも花型である。
選ばれるのが確定している二人は別として、そうでない者たちは大抵は、虎視眈々とその機会を狙っている、はずである。
私だって選ばれたい。無理だけど。
そしてこれは私の推測だが――一度その役目に就いたものは、何としても次も解決役に抜擢されたい、とそう願うのではなかろうか。
いずれも過去二度の異変解決役を経験してきた二人、今回の件の落胆は大きいはずである。
ホールの中央に、マイク立てがセットされる。
観衆は、固唾を飲んで見守っている。
レミリアお嬢様は、無表情。
お嬢様、一体何を考えているのです――その思いは届かない。
やがて、館内の沈黙に押されたように、緑の巫女、東風谷早苗が一歩前に出た。そして歩みを始める。
横目でパチュリー様を見ると……何か慈愛に満ちた表情をしておられる。何か思い当たるものがあるのか、それとも私の見間違いなのか。
妹様は、少し飽き飽きした様子である。こんなショーは結構だ、そんなように見える。
立てられたマイクの前に、一人。
静寂。
やがて、口が開かれる。
「喰らいボム失敗」
……えっ?
「グレイズ欲張り過ぎて自滅、チキンボムしすぎてボス戦にボムが無い」
にわかに騒然とし始める館内。
スペシャルゲストが居ると効いた時の喧騒とは違った、五月蝿さだ。
「点数アイテムを欲張って1機落とす、青ベントラー、ボス戦残り1ミリで落ちる、突然画面上部からやってきたボスに潰される、安地を探そうとして落ちる、完全にパターンを組んだと思ったのに落ちる」
「ううっ」
「咲夜さん?」
咲夜さんの顔色が悪くなる。美鈴さんが心配そうに声をかける。まるで山の巫女の一言一言が彼女にダメージを与えているようだ(青ベントラーの時だけは瀟洒な顔付きに戻っていたのが面白かったが笑うのは堪えた)。彼女は一体何を言っているのか。
「……咲夜さん。経験豊富な貴女なら御存知でしょうが、異変解決役にはこれらの耐えがたい苦しみが待っています。先に挙げた例に留まらず、それこそ無限に近いほどの苦しみが」
持てるものの傲慢め。
間違った。
早苗――と言ったか――は目を閉じ、自身の思い出を思い出すように語り続ける。
咲夜さんはじっと早苗の方を見ている。自らを奮い立たせるようにして。
「時には辛く、投げ出したくなることもあるでしょう。何もかもを捨てて、普段の優雅な日常に戻りたくなることもあるでしょう。抱え落ちなどをしてしまった日には情けなくて、何故自分なんかが異変解決役に選ばれてしまったのか、と思うこともあるでしょう。しかしそれでも、貴女なら、今回の異変を、いつものようなすまし顔で解決してくれると信じています」
「咲夜さん」
いつの間にかマイクの近くまで来ていた魂魄妖夢が、早苗の後を受ける。
「私は正直に言って、悔しいです。……私が今回選ばれなかったことではありません。貴女と共に異変解決出来なかったことが」
彼女は真っ直ぐだ。掴みどころがない早苗と対照的である。
「あの春が来なかった異変。私は首謀者側の役として貴女と敵対しました。その時の事を今でもはっきりと覚えています。手に握られているナイフよりもさらに鋭いその瞳。これがごっこなのだと忘れてしまうほどの威圧感。その時に感じました。私の未熟さを」
いつしか聴衆は彼女の話に耳を傾け、水を打ったようにしん、としている。
「その日より貴女は私の目標となりました。一歩でも近づきたい。その思いで一心不乱に修行しました。永夜の異変では、共に異変を解決する役目でしたね。その時は浮かれてしまい、言動など少し浮き足立ってしまいました。それから月日も流れ、私も咲夜さんと同じだけの異変解決の経験をこなしました。その姿を貴方に見せられないこと、そして一緒に異変の解決役を務められなかったこと、それはとても残念なことです。……ごめんなさい、湿っぽい話で」
「咲夜さん」
再び早苗が一歩前に出る。二人で一本のマイクの前に立つ格好になった。
咲夜さんは妖夢の話に静かに耳を傾けた後、ふっと一つ息を吐いた。
「私たちは貴女を応援しています」
「同じ幻想郷に住む一員として」
「同じ異変解決役だった者として」
「またあの時の凛々しい姿を私たちに見せてください」
「苦しいことがあったら、私たちを、いえ、皆を頼って下さい」
そう言い終わると、二人は深々と礼をし、徐にマイクを後にした。
突拍子もない内容、陳腐な内容だったかもしれない。けれど、彼女たちの言葉には誠心があった。
それは、誰から始まったのか。彼女らを呼んだレミリアお嬢様だったかもしれないし、気分屋の妹様だったかもしれない。もしかしたら聴衆の中の一人だったかもしれない。
どこからは生じた小さな拍手は徐々にうねりを増し、紅魔館全体を包む喝采へと姿を変えていた。
周りを見渡せば皆、一様に賞嘆を贈っていた。お嬢様も、美鈴さんも、そして私も。
ただ一人、十六夜咲夜は動かない。
まるでその時を待っているかのように。
やがて地鳴りのような拍手が、余韻を残してぽつり、ぽつりと静かになった頃、彼女は言葉を発した。
「先ほどのスピーチの内容を、一部訂正させて下さい。――今回のことは、紅魔館の皆様、お嬢様……そして、このお二人を始めとした全ての私を支えてくださっている皆のおかげです。ありがとう」
再び拍手が沸き起こり、それが祝賀会の終わりの合図であった。
祝賀会でのスピーチは多少滑っても拍手はするもの
なのでこのSSも100点
おめでとう、咲夜さん!
咲夜さんにはぜひとも頑張って欲しい
すまぬ…すまぬ…
おめでとう・・・・・・・・!おめでとう・・・・・・・・!
十六夜咲夜自機復帰おめでとう・・・・・・・・・・・・!
良い話でした!途中のあるあるネタが心に刺さる・・・・
おめでとう! 一緒に頑張ろう。
鋭いナイフ捌きを期待してるよ!
いいSSでした。
咲夜さん自機抜擢おめでとうございます!
そして作者様も5年ぶりという投稿お疲れ様です。
早苗の言葉は胸によく突き刺さりますね、抱え落ちでもノーマルはクリアできるんだよ!
次の作品も楽しみにしています!
正直ここまで沢山のコメントを頂けるとは思ってもいませんでした。
ネタが思いついたらまた投稿致しますので、よろしくお願いします。