紅茶は、それに見合った茶器と合わせて一つである。例え最高の茶葉で、最高の茶を入れたとしてもそれに見合う茶器が出せないのならばそれは博麗神社の茶にも劣る。
それがレミリアスカーレットの美学である。では、人についてはどうだろうか。
「お嬢様、お茶をお持ち致しました。」
「あら、ありがとう。」
思考を巡らせながらふと紅茶が飲みたいなと思えば、即座に紅茶が机に置かれる。口を付けると、猫舌な自分に合わせ温度も調整済みなことがわかる。今日も彼女の従者は完全で瀟洒であった。人であることを除けば……の話であるが。
「やーらーれーたー。」
外から門番の悲鳴が聞こえてくる。本を盗みにきたどこぞの白黒に負けたのだろう。最近はきちんと本を返すようになったし、どうせ止められないのだから自分もパチェも通して構わないと言っているのだが。
彼女はその言葉に従う気はないようだ。時間と共に少しずつ変わっていく紅魔館の中で、唯一変わらない光景であった。
「あなたは迎撃に向かわなくていいの? 」
「警備は後進に任せておりますので。」
「……そう。もうそんな時期なのね。」
どうやら後進の育成は順調らしい。ついこの間までなにかある度に咲夜に叱られていたひよっこが、もう警備を任されるまでになったのか。
そんなことを思いながら最近少し背の低くなった自らの従者を見ると、改めて人と自分の生きる世界の違いを意識させられる。
「ねぇ、咲夜。」
「なんでしょう、お嬢様。」
「貴方はいつまで私のメイドをしてくれるのかしら? 」
「無論、この体が動くまででございます。」
彼女がそういうならそうなのだろう。そしておそらく、死期を悟ると後は後継に任せいつの間にか居なくなるのだろう。彼女は後どれくらい生きていられるのだろうか。その事すら推察できぬこの身が、どうしようもなく口惜しかった。
「あら今日は真正面からくるのね。」
「一体いつの話をしてるんだ? 最近はずっと正規入場だぜ。」
霧雨魔理沙にとって、いつまでも変わらないのが門番とのやり取りだとしたら、一番変化したのはパチュリー・ノーレッジとの関係だろう。霊夢との張り合いを止め、捨虫の法を修め、生き急ぐことをやめた彼女は以前よりもずっと余裕ができた。図書館の入場や、貸し出し・返却の手続きをきちんとするようになった彼女は、(仕事を増やす存在として小悪魔達には煙たがられているものの)おおむね紅魔館でも受け入れられていた。
それでも紅魔館の面々が彼女に弾幕ごっこを挑むのを止めないのは、ある種の習慣のようなものだ。
「あら。もうそんなに時間が経つの。全く、年というのは取りたくないものね。」
「おいおいボケてきたのか? 昨日今日の話じゃないぜ? 」
ここらへんの感覚がまだ人のままなのだなぁとパチュリー・ノーレッジは思う。数年数十年など彼女にとってみれば誤差でしかないが、彼女の半分も生きていない年若い友人にとってはそうではないのだろう。どうしても人間臭さを捨て切れないあたりが、パチュリーが今も魔理沙に本を貸し出して支援をしている理由だった。
「それで、もちろんここでくつろいで行くんでしょう? 」
「ああ。そろそろ怖いメイド長が殴りこみにきそうだからな。あいつの顔を見てから帰ることにするぜ。」
もちろんただ顔をみて帰るということにはなるまい。人と化生の間で揺れ動く彼女の今後も気になるところではあるが、それはいつでも考えられるだろう。なにせ、お互いに時間はいくらでもあるのだ。パチュリーはひとまず直近に迫った新任メイド長の初仕事に意識を向けることにし、疑問を先送りにすることを選んだ。
「貴方の後任の仕事ぶりはどうかしら? 」
「順調ですよ。私が教えられることはすべて叩き込みましたし、妖精メイド達とも上手くいっています。あとはもう少し経験を詰めば、どこにだしても恥ずかしくないお嬢様の付き人になるでしょう。」
そういうと咲夜はこちらを見て、ふわりと優しく微笑んだ。どこか恥じ入るような笑みだった。子を慈しむ老婆の笑みだった。恐らくは、彼女を雇ってからはじめて見る類の笑みだった。ああ、彼女はもう居なくなってしまうつもりなのだ。運命を読まずとも、なんとなくそれが理解できた。
「……ねぇ、咲夜。」
「はい、お嬢様。」
「……咲夜。咲夜。咲夜。」
「はい。咲夜はここにおります。」
語るべき言葉が見当たらず、ただ名前を呼び続ける己に、彼女は目を閉じ、ただ静かに答える。その口にはやはり、静かな笑みが湛えられていて。
……あぁ。語るべき言葉など初めから無かったのだ。
「咲夜。貴方は今までよく献身的に仕えてくれたわね。今から少し、暇を与えましょう。」
「はい。お嬢様、ありがとうございます。」
「……咲夜、貴方は私に相応しい最高の従者だったわ。」
「身に余る光栄です。ですが、お嬢様。どうかその言葉は、彼女にとっておいてあげてください。きっと、彼女は私などよりもずっといい従者になるでしょう。」
最後の言葉まで、同じなのか。
「……そう。言い直すわ、咲夜。貴方も、私に相応しい最高の従者よ。」
「有難き、幸せに存じます。」
その言葉を最後に、咲夜の気配が消える。自分の手の届かない、どこか遠くへいってしまったのだろう。
トン、トンと優しく扉がノックされる。
「お嬢様、お入りしてもよろしいですか? 」
扉の向こうにいるのは新任のメイド長だ。明日からは、彼女が三代目の十六夜咲夜となる。そうだ。お披露目に異変を起こそう。とびっきり大きいのがいい。彼女の三代目襲名が幻想郷全土に知れ渡るくらいには、大きいのが。
もやもやに、答えが出た気がした。冬に咲く花があってもいい。不死者たる自分の従者には、定命の者こそが相応しい。
二代目も先代と同じく完全で瀟洒な従者であった。では、三代目はどうだろうか。
「ええ。お入りなさい。」
……考えるまでもあるまい。完全で瀟洒な彼女が太鼓判を押すのだから、間違いなく彼女も自分に相応しい従者なのだろう。
晴れやかな笑みを浮かべる彼女の前で、静かに扉が開いた。
それがレミリアスカーレットの美学である。では、人についてはどうだろうか。
「お嬢様、お茶をお持ち致しました。」
「あら、ありがとう。」
思考を巡らせながらふと紅茶が飲みたいなと思えば、即座に紅茶が机に置かれる。口を付けると、猫舌な自分に合わせ温度も調整済みなことがわかる。今日も彼女の従者は完全で瀟洒であった。人であることを除けば……の話であるが。
「やーらーれーたー。」
外から門番の悲鳴が聞こえてくる。本を盗みにきたどこぞの白黒に負けたのだろう。最近はきちんと本を返すようになったし、どうせ止められないのだから自分もパチェも通して構わないと言っているのだが。
彼女はその言葉に従う気はないようだ。時間と共に少しずつ変わっていく紅魔館の中で、唯一変わらない光景であった。
「あなたは迎撃に向かわなくていいの? 」
「警備は後進に任せておりますので。」
「……そう。もうそんな時期なのね。」
どうやら後進の育成は順調らしい。ついこの間までなにかある度に咲夜に叱られていたひよっこが、もう警備を任されるまでになったのか。
そんなことを思いながら最近少し背の低くなった自らの従者を見ると、改めて人と自分の生きる世界の違いを意識させられる。
「ねぇ、咲夜。」
「なんでしょう、お嬢様。」
「貴方はいつまで私のメイドをしてくれるのかしら? 」
「無論、この体が動くまででございます。」
彼女がそういうならそうなのだろう。そしておそらく、死期を悟ると後は後継に任せいつの間にか居なくなるのだろう。彼女は後どれくらい生きていられるのだろうか。その事すら推察できぬこの身が、どうしようもなく口惜しかった。
「あら今日は真正面からくるのね。」
「一体いつの話をしてるんだ? 最近はずっと正規入場だぜ。」
霧雨魔理沙にとって、いつまでも変わらないのが門番とのやり取りだとしたら、一番変化したのはパチュリー・ノーレッジとの関係だろう。霊夢との張り合いを止め、捨虫の法を修め、生き急ぐことをやめた彼女は以前よりもずっと余裕ができた。図書館の入場や、貸し出し・返却の手続きをきちんとするようになった彼女は、(仕事を増やす存在として小悪魔達には煙たがられているものの)おおむね紅魔館でも受け入れられていた。
それでも紅魔館の面々が彼女に弾幕ごっこを挑むのを止めないのは、ある種の習慣のようなものだ。
「あら。もうそんなに時間が経つの。全く、年というのは取りたくないものね。」
「おいおいボケてきたのか? 昨日今日の話じゃないぜ? 」
ここらへんの感覚がまだ人のままなのだなぁとパチュリー・ノーレッジは思う。数年数十年など彼女にとってみれば誤差でしかないが、彼女の半分も生きていない年若い友人にとってはそうではないのだろう。どうしても人間臭さを捨て切れないあたりが、パチュリーが今も魔理沙に本を貸し出して支援をしている理由だった。
「それで、もちろんここでくつろいで行くんでしょう? 」
「ああ。そろそろ怖いメイド長が殴りこみにきそうだからな。あいつの顔を見てから帰ることにするぜ。」
もちろんただ顔をみて帰るということにはなるまい。人と化生の間で揺れ動く彼女の今後も気になるところではあるが、それはいつでも考えられるだろう。なにせ、お互いに時間はいくらでもあるのだ。パチュリーはひとまず直近に迫った新任メイド長の初仕事に意識を向けることにし、疑問を先送りにすることを選んだ。
「貴方の後任の仕事ぶりはどうかしら? 」
「順調ですよ。私が教えられることはすべて叩き込みましたし、妖精メイド達とも上手くいっています。あとはもう少し経験を詰めば、どこにだしても恥ずかしくないお嬢様の付き人になるでしょう。」
そういうと咲夜はこちらを見て、ふわりと優しく微笑んだ。どこか恥じ入るような笑みだった。子を慈しむ老婆の笑みだった。恐らくは、彼女を雇ってからはじめて見る類の笑みだった。ああ、彼女はもう居なくなってしまうつもりなのだ。運命を読まずとも、なんとなくそれが理解できた。
「……ねぇ、咲夜。」
「はい、お嬢様。」
「……咲夜。咲夜。咲夜。」
「はい。咲夜はここにおります。」
語るべき言葉が見当たらず、ただ名前を呼び続ける己に、彼女は目を閉じ、ただ静かに答える。その口にはやはり、静かな笑みが湛えられていて。
……あぁ。語るべき言葉など初めから無かったのだ。
「咲夜。貴方は今までよく献身的に仕えてくれたわね。今から少し、暇を与えましょう。」
「はい。お嬢様、ありがとうございます。」
「……咲夜、貴方は私に相応しい最高の従者だったわ。」
「身に余る光栄です。ですが、お嬢様。どうかその言葉は、彼女にとっておいてあげてください。きっと、彼女は私などよりもずっといい従者になるでしょう。」
最後の言葉まで、同じなのか。
「……そう。言い直すわ、咲夜。貴方も、私に相応しい最高の従者よ。」
「有難き、幸せに存じます。」
その言葉を最後に、咲夜の気配が消える。自分の手の届かない、どこか遠くへいってしまったのだろう。
トン、トンと優しく扉がノックされる。
「お嬢様、お入りしてもよろしいですか? 」
扉の向こうにいるのは新任のメイド長だ。明日からは、彼女が三代目の十六夜咲夜となる。そうだ。お披露目に異変を起こそう。とびっきり大きいのがいい。彼女の三代目襲名が幻想郷全土に知れ渡るくらいには、大きいのが。
もやもやに、答えが出た気がした。冬に咲く花があってもいい。不死者たる自分の従者には、定命の者こそが相応しい。
二代目も先代と同じく完全で瀟洒な従者であった。では、三代目はどうだろうか。
「ええ。お入りなさい。」
……考えるまでもあるまい。完全で瀟洒な彼女が太鼓判を押すのだから、間違いなく彼女も自分に相応しい従者なのだろう。
晴れやかな笑みを浮かべる彼女の前で、静かに扉が開いた。
改めて咲夜の凄さと器用さが感じられました。
レミリアの咲夜に対する心理描写がとても上手かったと思います。そのせいか、読んでいて胸にジーンと来ました。
次回作も読むつもりですので、心待ちにしております。
完成度が高い分そこが非常に惜しいと思いました、他は素晴らしいの一言に尽きます
とにかく、優雅で瀟洒な空気感が素晴らしい。
あらためてレミリアと咲夜は切り離せない関係なのだと感じました。
本編もそうですが、タイトルと冒頭の二行に漂う気品がたまらなかったです。