小兎姫は本日三杯目となるお茶を飲んでいる。
視線の先には、反物を扱っている店があり、店先には高級そうな着物が展示してある。
ふと通りの東から、怪しい挙動の男が近づいてきて、展示してある着物を見て…そのまま去っていった。
(――盗 ・ れ ・ よ !!――)
里の警備をしているものとは思えないセリフは、頭の中で叫ぶだけに留めつつ、小兎姫は見張りを続けるのだった。
小兎姫のもとに、反物屋 ”槻木” で盗みが行われるという情報が入ったのは今朝のことだった。
槻木に予告状が届いた訳ではなく、小兎姫の家の郵便受けに入っていた手紙からの情報である。
真偽のほどはわからないが、というかどう見てもイタズラな気もするが、人里の治安維持を担う小兎家の当主としては無視する訳にもいかない。
槻木の主人と話をつけると、小兎姫は、反物屋の前の茶屋で見張りをすることにした。
盗まれると書かれていたのは、槻木の店先に展示されている着物である。
店先に吊るされてるぐらいだから、そんなに貴重なものではない様に思えるが、店主いわく、客引きの為に吊るしている、店でも三本の指に入るほどの上物なんだとか。
人の手や土煙で汚れないように、特殊な術でコーティングをしてもらっているらしい。
それなら盗難防止の術なんかも掛けてたらいいのに、なんて思うけれど、そもそもこんな往来の激しい通りで、固定されている上に、あんなにも目立つものを盗めるものではないと思い直す。
それなら、ここに自分がいる意味もないかなぁ~なんて、見張りの必要性の有無を考え直していると、小兎姫のもとに見知らな男が近づいてきた。
その男は、まだ開店したばかりで他に誰も客のいない店内を、用心深そうに見回すと、小兎姫にさらに近寄って言った。
「私はそこの反物屋の店先の、あの高そうな着物を盗もうと思っているのだが、お前さん、そこにいるなら大声など出さないでくれよ?」
小兎姫は、ポカンと口を開けて驚いた。
これから盗みを働くなんてことを、他人に堂々と宣言するなんて、コイツはアホなのか。
小兎姫が呆けている間に男は通りに出ると、着物に一瞬だけ視線を送り、通りの雑踏の中に消えていった。
小兎姫の今の姿は、見張りに適した目立たない格好、つまりは変装をしているわけなのだが、それにしてもどうなのだろうか。
(私の腕前をもってすれば、里の人間の一人や二人……頑張れば五人だって瞬く間に捕まえられる)
これだけ距離が離れていても、着物を盗もうとした瞬間に、縄でぐるぐる巻きにできる技量があると、小兎姫は考えていた。
……少々話を盛った感じがしないでもないが、捕まえられることは確かだ。
(ただの間抜けか、それとも本当に盗めるのか……)
小兎姫は、注文していた渋めの緑茶を、おいしそうに飲む。
不謹慎ながらも、少しこの見張りが楽しくなってきたのだった。
小兎姫は本日三杯目となるお茶を飲んでいる。
あれから、あの男の他にも、仲間であろう男たちが槻木の前を何ども行ったり来たりしていたが、一向に着物に触れようとはしない。
ただ立ち止まったり、店の方をじっと眺めたり、何もせず素通りすることさえあった。
時々思い出したように、怪しい挙動でキョロキョロする奴などもいたが、着物には近づかなかった。
小兎姫は辛抱強く見張りを続けていたが、ついに店仕舞いの時まで盗人が現れることはなかった。
「結局あの男は私を騙していったわけだ」
一日を無駄にしたことに後悔しつつ、あの男の手の込んだイタズラに呆れながらも、小兎姫は自分の家に帰った。
小兎姫の家の中はカラッポになっていた。
<了>
視線の先には、反物を扱っている店があり、店先には高級そうな着物が展示してある。
ふと通りの東から、怪しい挙動の男が近づいてきて、展示してある着物を見て…そのまま去っていった。
(――盗 ・ れ ・ よ !!――)
里の警備をしているものとは思えないセリフは、頭の中で叫ぶだけに留めつつ、小兎姫は見張りを続けるのだった。
小兎姫のもとに、反物屋 ”槻木” で盗みが行われるという情報が入ったのは今朝のことだった。
槻木に予告状が届いた訳ではなく、小兎姫の家の郵便受けに入っていた手紙からの情報である。
真偽のほどはわからないが、というかどう見てもイタズラな気もするが、人里の治安維持を担う小兎家の当主としては無視する訳にもいかない。
槻木の主人と話をつけると、小兎姫は、反物屋の前の茶屋で見張りをすることにした。
盗まれると書かれていたのは、槻木の店先に展示されている着物である。
店先に吊るされてるぐらいだから、そんなに貴重なものではない様に思えるが、店主いわく、客引きの為に吊るしている、店でも三本の指に入るほどの上物なんだとか。
人の手や土煙で汚れないように、特殊な術でコーティングをしてもらっているらしい。
それなら盗難防止の術なんかも掛けてたらいいのに、なんて思うけれど、そもそもこんな往来の激しい通りで、固定されている上に、あんなにも目立つものを盗めるものではないと思い直す。
それなら、ここに自分がいる意味もないかなぁ~なんて、見張りの必要性の有無を考え直していると、小兎姫のもとに見知らな男が近づいてきた。
その男は、まだ開店したばかりで他に誰も客のいない店内を、用心深そうに見回すと、小兎姫にさらに近寄って言った。
「私はそこの反物屋の店先の、あの高そうな着物を盗もうと思っているのだが、お前さん、そこにいるなら大声など出さないでくれよ?」
小兎姫は、ポカンと口を開けて驚いた。
これから盗みを働くなんてことを、他人に堂々と宣言するなんて、コイツはアホなのか。
小兎姫が呆けている間に男は通りに出ると、着物に一瞬だけ視線を送り、通りの雑踏の中に消えていった。
小兎姫の今の姿は、見張りに適した目立たない格好、つまりは変装をしているわけなのだが、それにしてもどうなのだろうか。
(私の腕前をもってすれば、里の人間の一人や二人……頑張れば五人だって瞬く間に捕まえられる)
これだけ距離が離れていても、着物を盗もうとした瞬間に、縄でぐるぐる巻きにできる技量があると、小兎姫は考えていた。
……少々話を盛った感じがしないでもないが、捕まえられることは確かだ。
(ただの間抜けか、それとも本当に盗めるのか……)
小兎姫は、注文していた渋めの緑茶を、おいしそうに飲む。
不謹慎ながらも、少しこの見張りが楽しくなってきたのだった。
小兎姫は本日三杯目となるお茶を飲んでいる。
あれから、あの男の他にも、仲間であろう男たちが槻木の前を何ども行ったり来たりしていたが、一向に着物に触れようとはしない。
ただ立ち止まったり、店の方をじっと眺めたり、何もせず素通りすることさえあった。
時々思い出したように、怪しい挙動でキョロキョロする奴などもいたが、着物には近づかなかった。
小兎姫は辛抱強く見張りを続けていたが、ついに店仕舞いの時まで盗人が現れることはなかった。
「結局あの男は私を騙していったわけだ」
一日を無駄にしたことに後悔しつつ、あの男の手の込んだイタズラに呆れながらも、小兎姫は自分の家に帰った。
小兎姫の家の中はカラッポになっていた。
<了>
が可愛かったです。
事件が起こるのに期待してたわけじゃなくてちゃんと警備してたんですね。
こういう小話はすごく好みです!
間抜けは小兎姫だったと言うのか。
良い落ちでございました
でも赤毛だから仕方ないよね!
なんて素敵な泥棒達なんだ!
空っぽになってからが気になるなぁ
とても短い話でしたが、楽しんでもらえて本当に嬉しく思います。
赤毛組合だってわかる人がこんなに早くでるとは……
作者なんて旧作やってないから小兎姫の髪の色どころか、頭にうさ耳がついてない事に気づくのにずいぶんと時間がかかったというのに(ことひめさんごめんなさい)。
ともあれ、読んでくださった方々に今一度感謝を、ありがとう!
シンプルにおもしろい話だった。
ショートショートの賞に出しても大丈夫なんじゃないかって位見事な構成です。