「うん?」
物部布都はぴくと耳を動かし、静かに聞き耳を立てた。
「生き物の声がする」
博麗神社にて真昼間から宴会に参加していた時の出来事である。神社の境内下からなにか、小さい声が聴こえてきた。他の者はどんちゃん騒ぎで全く気付いておらず、布都はこっそりと宴会から抜け出した。
声はまだ聴こえる。袖を捲り、そおっと、境内下を覗く。
そこには、ミイ、ミイ、と鳴く小さな子猫がいた。まだ生後一か月程度しか経っていないのだろう。フルフルと震えながら母親を探していた。はぐれてしまったのだな、そうに違いない。布都は境内下にそろそろとお腹をつけて入り、子猫に近づく。だんだんと視界が暗いところに慣れ、子猫の位置がはっきりと分かる。そして、手を伸ばし、
「……ふんぬやっ」
逃げられずに子猫を捕まえる事ができた。
やった!と立ち上がろうとした時、自分が境内下にいるのを忘れて、思いっきり、がんっ!と後頭部を打ってしまった。
「………………!!」
ずっきんずっきんとした痛みに耐えながらも、子猫は優しく手で掴んだまま、じりじりとバックする。
「ふぅっ」
一仕事終えた気分でやっと立ち上がり、子猫の顔を改めて見る。
大きい目にふわふわでグレー交じりの白いうぶ毛。ヒゲもまだ細く、口からのぞく牙も小さい。
「…………可愛いのう、おぬし」
思わず頬が緩み、子猫をなれない手つきでいい子、いい子、と撫でる。
飼いたいな。この猫が側にいたら、どれだけ毎日が潤うだろうか。想像しただけでもわくわくする。
「おい物部」
「ひっ」
「な、なんで屠自古がここに」
「急に宴会を抜けてったから、不審に思ってな」
「実は、この子猫の声が聴こえて……一匹だけでいたから母親とはぐれたのであろうな……」
そう言って、子猫を屠自古に見せる。屠自古は目をまんまるくしてこちらを見た。可愛いであろう? 屠自古も猫好きであろう? 飼ってもよかろう? と言おうとした時、
「……服がどろどろじゃないか! 全く、誰が洗濯すると思ってんだ!」
大きい声で怒鳴られた。
「ふぇ、いや、それは、あの」
「ったく、あとでお尻ペンペンだ」
「ちが、ちが……とじこぉ……ねこ……」
「猫? ……ダメだ。布都はちゃんと面倒見きれないだろう」
「見る! ちゃんと見る!」
「ダメったらダメ! どっかに置いてこい!」
「う、うぐう……」
一歩も表情を緩めない屠自古を後目に、布都はこの猫の里親探しを始める事にした。
~青娥娘々の場合~
「あら、可愛い猫ちゃんだこと」
まずは、身近にいた青娥から声をかけてみた。
青娥は目を細め、子猫を抱く。額をこちょこちょと指で遊び、猫撫で声であやす。流石の邪仙といえど、子供の猫に危害を加えたりはしない。それは布都も承知していた。
「そうであろう! そうであろう! 実は青娥殿にお願いが……」
布都はにやりと笑いながら心の中でいける! とガッツポーズを決めた。しかし。
「せーがー、これ、食べられるかー?」
「あら、芳香ちゃん」
青娥の後ろから芳香がひょこっと顔を出した。
そうだ。青娥には芳香がいたのだった。なんでも喰うキョンシー。猫でも人でも関係ない。もしかしたら、頭からがっつり…………考えたくない。
「せ、青娥殿……その……えっと……やっぱりいい!」
布都は青娥から猫を奪い取り、ダッシュで遠くに駆けて行った。
「……あらあら残念。ねぇ、芳香ちゃん」
「がうー」
~博麗霊夢の場合~
「ん~。この猫が境内下にいた訳ねえ……正直、猫は嫌いなのよ。糞はしていくわ、勝手に子供産むわで。対策取っても全然効きやしない。悪いけど、他をあたってくれる?」
博麗神社ではまだまだ宴会も序の口。
神社の境内下にいたという事で、妖怪と共に酒をあおっていた巫女に声を掛けた。
「そ、そう言わず、引き取ってくれぬか」
「嫌よ」
「可愛いぞ~」
「嫌」
「癒されるぞ~」
「……嫌っつってんでしょ! そもそも幻想郷には獣臭い妖怪が何匹いると思ってんのよ! うちには余裕が無い、そもそも、自分が食っていくぶんの金すらギリギリだってのに! 賽銭箱に金一封でも入れてから言え!」
「ふえっ……」
巫女は不機嫌そうな顔でまた酒をちょびちょびと口に含む。
布都はその威圧感から、涙目になりつつもそそくさとその場から去った。
~上白沢慧音の場合~
「ふむ、猫を引き取ってほしいと?」
「頼む! この神社の境内下にいたのじゃ」
「なるほどなぁ……しかし、私は寺子屋の仕事で家を空ける事が多くてな」
「む……そうか……それなら、無理強いはできぬ……」
「だが、私の友人の妹紅に飼ってもらう事ならできないでもないかもしれんぞ」
慧音がそう言った瞬間、ダン!と机を叩く音が聞こえ、
「輝夜ァー…… 今度という今度は許さんッ……!」
「ほほほ! 妹紅め、かかったわね!」
「ロシアンルーレットで全ての食べ物に大量のわさびを仕込むなど卑怯極まる行為ッ!」
妹紅は涙目で輝夜に掴みかかり、そのまま酒の瓶や皿をなぎ倒してぎゃあぎゃあと争いを始めた。
「こらー! 喧嘩するなら外でやれ!」
巫女の怒号が飛ぶ中、周りは今回がどっちが折れるか賭けを始めたり茶々を入れたり、好き勝手にやんやと騒いでいる。
「…………」
「あ、あー……。えへん。申し訳ないが、やはりさっきの話は無かったという事で……」
「……どこにも引き取り手がないのう」
布都は子猫の額と自分の額を合わせ、子猫の体温と匂いを感じる。
子猫はミイ、と一声だけ鳴いた。さぞかし、腹も減っているだろう。疲れてもいるだろう。宴会の馬鹿騒ぎが遠くに聴こえ、子猫の心音だけが耳に響く。せめてものしのぎ、とそこにあった座布団で子猫を包んだ。
「よし、おぬしの里親は絶対に見つけてやるからの」
~森近霖之助の場合~
宴会の席の端でぱらりと本のページをめくりながら酒を一口飲む人物がひとり。
本当に宴会を楽しんでいるのだろうか? なんだか、変わった人であるなあと布都は思った。しかし、なんだか、逆に引き取ってくれそうな人だ。猫が好きそう。うん。あの人は猫好きであろう。きっと。
「もし、そこの殿方」
「なんだい」
「猫を引き取ってくれんかのう」
「無理だ」
「なんと」
「僕は道具屋をやっていてね。その商売道具を、猫に荒らされたりしたら大変なんだ。悪気がないぶん、性質が悪い」
「そ、そうか……」
「……霧雨魔理沙に聞いてみたらどうだい? 彼女ならきっと何か知っていると思うよ」
~霧雨魔理沙の場合~
「んー。猫ねぇ。魔法の森なんて鬱屈としてるし毒がある植物がたくさん自生してるからうっかり食べちゃったりなんかしたら、コロリだぜ」
「むむう……そうか……」
「あ、でも、猫に詳しい知り合いならいない事もないぜ。紹介するからついてきな」
「それはまことか! 恩に着るぞ!」
~橙の場合~
「魔理沙じゃん。なんか用?」
「おっす黒猫。こいつは幻想郷の新入りだ。どうも、博麗神社の境内下に子猫が一匹いたみたいでな。マヨヒガに引き取ってやってくれないか?」
「頼む……!」
「んあ、その猫の色はなんか見覚えあるな。母猫と兄弟はあいつらじゃないかい?」
そう言って、橙は猫の群れを指差す。
「……どれがどれなのか分からんぞ」
「ま、いっぺんその猫を放してみ」
布都はそおっ、と子猫の足を地に着けてやる。
すると、子猫は走り出し、母猫と兄弟と思わしき猫たちのところへ掛けて行った。再会を喜ぶように兄弟猫とじゃれ合い、その様子を母猫が微笑むように見ている。
布都はやっと子猫の居場所が見つかった事をとても嬉しく感じ、じわじわと感情がこみ上げてきた。
「よかったのう……よかったのう……ぐすっ」
「おいおい、何泣いてんだよ、情でも移ったかー?」
「そ、そんなこと」
「きっと、境内下で産んでマヨヒガに引っ越してくる時にはぐれたんだろうねえ。まあ、あの下じゃおちおち生活できないだろうね」
「では橙殿、魔理沙殿、礼を言うぞ。またこのマヨヒガに来てもよいか?」
「勿論。また見に来てよ」
「おっし、一件落着ってやつだなー。帰ってまた宴会で騒ぐとすっか」
布都は魔理沙について帰路を辿る途中、くる、と振り返り、
「元気でなー! また来るからなー! 母上と兄弟と仲良くするのじゃぞー!」
子猫に向かって、ぶんぶんと手を振った。
あの子猫の成長がとても楽しみで仕方無いな、と思いながら。
物部布都はぴくと耳を動かし、静かに聞き耳を立てた。
「生き物の声がする」
博麗神社にて真昼間から宴会に参加していた時の出来事である。神社の境内下からなにか、小さい声が聴こえてきた。他の者はどんちゃん騒ぎで全く気付いておらず、布都はこっそりと宴会から抜け出した。
声はまだ聴こえる。袖を捲り、そおっと、境内下を覗く。
そこには、ミイ、ミイ、と鳴く小さな子猫がいた。まだ生後一か月程度しか経っていないのだろう。フルフルと震えながら母親を探していた。はぐれてしまったのだな、そうに違いない。布都は境内下にそろそろとお腹をつけて入り、子猫に近づく。だんだんと視界が暗いところに慣れ、子猫の位置がはっきりと分かる。そして、手を伸ばし、
「……ふんぬやっ」
逃げられずに子猫を捕まえる事ができた。
やった!と立ち上がろうとした時、自分が境内下にいるのを忘れて、思いっきり、がんっ!と後頭部を打ってしまった。
「………………!!」
ずっきんずっきんとした痛みに耐えながらも、子猫は優しく手で掴んだまま、じりじりとバックする。
「ふぅっ」
一仕事終えた気分でやっと立ち上がり、子猫の顔を改めて見る。
大きい目にふわふわでグレー交じりの白いうぶ毛。ヒゲもまだ細く、口からのぞく牙も小さい。
「…………可愛いのう、おぬし」
思わず頬が緩み、子猫をなれない手つきでいい子、いい子、と撫でる。
飼いたいな。この猫が側にいたら、どれだけ毎日が潤うだろうか。想像しただけでもわくわくする。
「おい物部」
「ひっ」
「な、なんで屠自古がここに」
「急に宴会を抜けてったから、不審に思ってな」
「実は、この子猫の声が聴こえて……一匹だけでいたから母親とはぐれたのであろうな……」
そう言って、子猫を屠自古に見せる。屠自古は目をまんまるくしてこちらを見た。可愛いであろう? 屠自古も猫好きであろう? 飼ってもよかろう? と言おうとした時、
「……服がどろどろじゃないか! 全く、誰が洗濯すると思ってんだ!」
大きい声で怒鳴られた。
「ふぇ、いや、それは、あの」
「ったく、あとでお尻ペンペンだ」
「ちが、ちが……とじこぉ……ねこ……」
「猫? ……ダメだ。布都はちゃんと面倒見きれないだろう」
「見る! ちゃんと見る!」
「ダメったらダメ! どっかに置いてこい!」
「う、うぐう……」
一歩も表情を緩めない屠自古を後目に、布都はこの猫の里親探しを始める事にした。
~青娥娘々の場合~
「あら、可愛い猫ちゃんだこと」
まずは、身近にいた青娥から声をかけてみた。
青娥は目を細め、子猫を抱く。額をこちょこちょと指で遊び、猫撫で声であやす。流石の邪仙といえど、子供の猫に危害を加えたりはしない。それは布都も承知していた。
「そうであろう! そうであろう! 実は青娥殿にお願いが……」
布都はにやりと笑いながら心の中でいける! とガッツポーズを決めた。しかし。
「せーがー、これ、食べられるかー?」
「あら、芳香ちゃん」
青娥の後ろから芳香がひょこっと顔を出した。
そうだ。青娥には芳香がいたのだった。なんでも喰うキョンシー。猫でも人でも関係ない。もしかしたら、頭からがっつり…………考えたくない。
「せ、青娥殿……その……えっと……やっぱりいい!」
布都は青娥から猫を奪い取り、ダッシュで遠くに駆けて行った。
「……あらあら残念。ねぇ、芳香ちゃん」
「がうー」
~博麗霊夢の場合~
「ん~。この猫が境内下にいた訳ねえ……正直、猫は嫌いなのよ。糞はしていくわ、勝手に子供産むわで。対策取っても全然効きやしない。悪いけど、他をあたってくれる?」
博麗神社ではまだまだ宴会も序の口。
神社の境内下にいたという事で、妖怪と共に酒をあおっていた巫女に声を掛けた。
「そ、そう言わず、引き取ってくれぬか」
「嫌よ」
「可愛いぞ~」
「嫌」
「癒されるぞ~」
「……嫌っつってんでしょ! そもそも幻想郷には獣臭い妖怪が何匹いると思ってんのよ! うちには余裕が無い、そもそも、自分が食っていくぶんの金すらギリギリだってのに! 賽銭箱に金一封でも入れてから言え!」
「ふえっ……」
巫女は不機嫌そうな顔でまた酒をちょびちょびと口に含む。
布都はその威圧感から、涙目になりつつもそそくさとその場から去った。
~上白沢慧音の場合~
「ふむ、猫を引き取ってほしいと?」
「頼む! この神社の境内下にいたのじゃ」
「なるほどなぁ……しかし、私は寺子屋の仕事で家を空ける事が多くてな」
「む……そうか……それなら、無理強いはできぬ……」
「だが、私の友人の妹紅に飼ってもらう事ならできないでもないかもしれんぞ」
慧音がそう言った瞬間、ダン!と机を叩く音が聞こえ、
「輝夜ァー…… 今度という今度は許さんッ……!」
「ほほほ! 妹紅め、かかったわね!」
「ロシアンルーレットで全ての食べ物に大量のわさびを仕込むなど卑怯極まる行為ッ!」
妹紅は涙目で輝夜に掴みかかり、そのまま酒の瓶や皿をなぎ倒してぎゃあぎゃあと争いを始めた。
「こらー! 喧嘩するなら外でやれ!」
巫女の怒号が飛ぶ中、周りは今回がどっちが折れるか賭けを始めたり茶々を入れたり、好き勝手にやんやと騒いでいる。
「…………」
「あ、あー……。えへん。申し訳ないが、やはりさっきの話は無かったという事で……」
「……どこにも引き取り手がないのう」
布都は子猫の額と自分の額を合わせ、子猫の体温と匂いを感じる。
子猫はミイ、と一声だけ鳴いた。さぞかし、腹も減っているだろう。疲れてもいるだろう。宴会の馬鹿騒ぎが遠くに聴こえ、子猫の心音だけが耳に響く。せめてものしのぎ、とそこにあった座布団で子猫を包んだ。
「よし、おぬしの里親は絶対に見つけてやるからの」
~森近霖之助の場合~
宴会の席の端でぱらりと本のページをめくりながら酒を一口飲む人物がひとり。
本当に宴会を楽しんでいるのだろうか? なんだか、変わった人であるなあと布都は思った。しかし、なんだか、逆に引き取ってくれそうな人だ。猫が好きそう。うん。あの人は猫好きであろう。きっと。
「もし、そこの殿方」
「なんだい」
「猫を引き取ってくれんかのう」
「無理だ」
「なんと」
「僕は道具屋をやっていてね。その商売道具を、猫に荒らされたりしたら大変なんだ。悪気がないぶん、性質が悪い」
「そ、そうか……」
「……霧雨魔理沙に聞いてみたらどうだい? 彼女ならきっと何か知っていると思うよ」
~霧雨魔理沙の場合~
「んー。猫ねぇ。魔法の森なんて鬱屈としてるし毒がある植物がたくさん自生してるからうっかり食べちゃったりなんかしたら、コロリだぜ」
「むむう……そうか……」
「あ、でも、猫に詳しい知り合いならいない事もないぜ。紹介するからついてきな」
「それはまことか! 恩に着るぞ!」
~橙の場合~
「魔理沙じゃん。なんか用?」
「おっす黒猫。こいつは幻想郷の新入りだ。どうも、博麗神社の境内下に子猫が一匹いたみたいでな。マヨヒガに引き取ってやってくれないか?」
「頼む……!」
「んあ、その猫の色はなんか見覚えあるな。母猫と兄弟はあいつらじゃないかい?」
そう言って、橙は猫の群れを指差す。
「……どれがどれなのか分からんぞ」
「ま、いっぺんその猫を放してみ」
布都はそおっ、と子猫の足を地に着けてやる。
すると、子猫は走り出し、母猫と兄弟と思わしき猫たちのところへ掛けて行った。再会を喜ぶように兄弟猫とじゃれ合い、その様子を母猫が微笑むように見ている。
布都はやっと子猫の居場所が見つかった事をとても嬉しく感じ、じわじわと感情がこみ上げてきた。
「よかったのう……よかったのう……ぐすっ」
「おいおい、何泣いてんだよ、情でも移ったかー?」
「そ、そんなこと」
「きっと、境内下で産んでマヨヒガに引っ越してくる時にはぐれたんだろうねえ。まあ、あの下じゃおちおち生活できないだろうね」
「では橙殿、魔理沙殿、礼を言うぞ。またこのマヨヒガに来てもよいか?」
「勿論。また見に来てよ」
「おっし、一件落着ってやつだなー。帰ってまた宴会で騒ぐとすっか」
布都は魔理沙について帰路を辿る途中、くる、と振り返り、
「元気でなー! また来るからなー! 母上と兄弟と仲良くするのじゃぞー!」
子猫に向かって、ぶんぶんと手を振った。
あの子猫の成長がとても楽しみで仕方無いな、と思いながら。
布都ちゃんのどこか抜けている少女な部分は好物でした
>ロシアンルーレットで全ての食べ物に大量のわさびを仕込む
それは許されないな……