現在時刻を確認する。14時45分。
待ち合わせの時刻である。あと数分したら蓮子が来るだろう。
秘封倶楽部活動拠点第53号室、またの名をカフェトートル京都駅前店。
世間一般的には後者の名前が周知されている。
53号室では、焼き上げたばかりの、アツアツかりかりのパンが食べられる点。
また資格等級にて精査された、バリスタ認定を受けた者しかコーヒーを煎れられない点。
豊富な座席数と清潔な店内、迷惑行為をした客は即座に退場を促される点。
まさに至れり尽くせりの環境なのである。私はここが大層気に入っていた。
カプチーノを一口。うめぇ。
そうして机に広げた教材に目を向けて、気付いた。
一つ席を開けて座っているサラリーマン風の男が、顔を上げて何かしらを注視している。
視線を追い私も正面方向を見ると、丁度階段を上がってきた美女が目に入った。
腰ほどまで伸びている煌びやかなブロンドの髪は絹のように流れ、歩くごとに優しく揺れ。
かたちの良いシャープな眉毛も金色。染めてなどいない、あれが地毛なのだろうな。
眼を見張るほどの一切無駄のないプロポーション。身長は190程度あるだろうか。
服屋店頭に立ち並ぶマネキンも嫉妬を辞さない。ポにイントネーションを置いてしまう。
ワァオ、イッツパーフェクトプロポーゥシェン!
金髪美女は階段を上り切るとあたりをざっと見まわし。
――そして、信じられない事に。私を見つけて、私を見て、――にこりと笑った。
「ここいいかしらん?」
私の向かいの椅子に手をかけ、軽く引きながら問いかける。私に、この私に!
「あー、えーっと」と顔を左右に振り店内を見回す。
今現在全体の3割程度の席が埋まっている。言い方を変えれば、がらがら。
完全に初対面な美女に声をかけられた驚きに、心臓がバクバクとしている。
生唾を飲み込み、意を決して言う。
「ほかにいくらでも席は空いてるから、そっちに行ってもらっても?」
「ここがいいの。この席が、ね」
「……………………」
何言ってんだこいつ!
百年の恋も、ではなく、一時の恋も一声で冷める、と言ったところだろうか。
全く意味不明非常識の発言に、のぼせた頭が一気に覚醒するのを感じた。
この人、見た目は良いけど、頭が残念な人なんだな、と思った。関わらないのが吉である。
「分かった。じゃ、どうぞ」
教材を両手で抱え持ち顎に挟み、カップは引っ掴んで、適当な席へ移動する。
机に荷物を展開させて椅子に腰かけようとして、愕然とした。
金髪美女、――訂正、金髪の変態女がついて来たのだ!
「なに? なんなの? 迷惑なんだけど」意識して、若干ヒステリック気味な声を出す。
こういうナンパ紛いのバカは強烈な拒否で突き放すに限る。
「おしゃべりしましょ」
「知らない人と喋る話題なんて無い」
「私にはある。おしゃべりするだけよ」
「友人と待ち合わせしてるから、どっか行ってよ」
「すこしだけ、少しだけならいいでしょ」
「うっさい帰れ。警察を呼ぶわよ」
「ゆかりぃ! いつまで経っても待ち合わせ場所に来ないと思ったら、こんなとこに!」
良く通る快活な声が、私と変態女の問答を中断させた。
そちらを見てみると、上下ストライプのスーツを着たOL風の女が居た。
ヒールを履いているのだろう。かつかつと階段からこちらに接近してくる。
「今ね、この子をナンパしてたの。なのに邪険にされちゃってね」
“ゆかり”が表情を凍らせた無表情のまま言った。ボケてるんじゃなかろうかと思った。
「当然でしょ少しは常識を弁えなさい! 見ず知らず赤の他人なんだから!」
「いやねぇ、私は彼女の事、知ってるわよ?」
「向こうはあんたのこと知らないでしょ! 向こうからしたら145億年後じゃん!」
「あれ? 145億年後? 今日の話じゃないのかしらん?」
「それは今日の話! 私がしてるのは今の話!」
OLが毅然とした表情でそこまで言うと、一転表情を軟化させ、私に言う。
「ごめんねメリー、このおばさん夢遊病患者でボケが始まって、耄碌してるのよ」
「え、あ、はあ。おばさんなら仕方ないですね……?」
「あっと、いやだ、別にあなたを馬鹿にしたわけじゃなくてね。――ま、いっか」
OLはゆかりの手を掴みひきずる様にして引っ張って行く。
「ほら行くよゆかり! ここがあんた所有の店でも、好き勝手やって良い訳じゃないんだから!」
そうして歩きながら「全くもう、ランにはなんて言うの? またどやされるよ?」などと言っていた。
「ああん、折角の機会なのに。じゃあねまた会いましょ」とゆかりが言った。
私は咄嗟に「二度と会わない事を願ってるわ」と返した。
秩序を取り戻した店内。荷物を片付けながら動揺を鎮めていて、何となく思った。
あのOL、私のことをメリーって呼んでたような――。どこかで会ったかしら?
空を見上げた! 現在時刻14時52分! 7分は大遅刻だ!
帽子を取りそれを団扇代わりにして、53号室の店内に進入。階段を上り相棒を見つけた。
「お待たせメリー。ごめんね遅れたわあ」
「うん。いいよ大丈夫」
メリーは何やらごそごそとやっていると思ったら、荷物をまとめて上着を羽織る。
「場所を変えましょ、蓮子。この店、コーヒーは美味しいけど、オーナーがバカだわ」
「え? オーナー? 会ったの? なんか言われたの?」
「もういいの。このお店とはオサラバだから」
「えー、あなた53号室は気に入ってたじゃん。なんで?」
「もういいし! ってなんでこの伝票会計済みなの!? あの不審者信じられないし!」
メリーが机に置かれた電子伝票を乱暴に掻っ攫い、足早に階段へ向かう。
私は忘れ物が無いかだけ確認していると、傍に座っていたサラリーマン風の男と目が合った。
「あれ私の相棒なんだけど、ここで何があったの?」
「うん、良かった。145億年後も、関係は健在だって事だから」
――意味が分からん。
待ち合わせの時刻である。あと数分したら蓮子が来るだろう。
秘封倶楽部活動拠点第53号室、またの名をカフェトートル京都駅前店。
世間一般的には後者の名前が周知されている。
53号室では、焼き上げたばかりの、アツアツかりかりのパンが食べられる点。
また資格等級にて精査された、バリスタ認定を受けた者しかコーヒーを煎れられない点。
豊富な座席数と清潔な店内、迷惑行為をした客は即座に退場を促される点。
まさに至れり尽くせりの環境なのである。私はここが大層気に入っていた。
カプチーノを一口。うめぇ。
そうして机に広げた教材に目を向けて、気付いた。
一つ席を開けて座っているサラリーマン風の男が、顔を上げて何かしらを注視している。
視線を追い私も正面方向を見ると、丁度階段を上がってきた美女が目に入った。
腰ほどまで伸びている煌びやかなブロンドの髪は絹のように流れ、歩くごとに優しく揺れ。
かたちの良いシャープな眉毛も金色。染めてなどいない、あれが地毛なのだろうな。
眼を見張るほどの一切無駄のないプロポーション。身長は190程度あるだろうか。
服屋店頭に立ち並ぶマネキンも嫉妬を辞さない。ポにイントネーションを置いてしまう。
ワァオ、イッツパーフェクトプロポーゥシェン!
金髪美女は階段を上り切るとあたりをざっと見まわし。
――そして、信じられない事に。私を見つけて、私を見て、――にこりと笑った。
「ここいいかしらん?」
私の向かいの椅子に手をかけ、軽く引きながら問いかける。私に、この私に!
「あー、えーっと」と顔を左右に振り店内を見回す。
今現在全体の3割程度の席が埋まっている。言い方を変えれば、がらがら。
完全に初対面な美女に声をかけられた驚きに、心臓がバクバクとしている。
生唾を飲み込み、意を決して言う。
「ほかにいくらでも席は空いてるから、そっちに行ってもらっても?」
「ここがいいの。この席が、ね」
「……………………」
何言ってんだこいつ!
百年の恋も、ではなく、一時の恋も一声で冷める、と言ったところだろうか。
全く意味不明非常識の発言に、のぼせた頭が一気に覚醒するのを感じた。
この人、見た目は良いけど、頭が残念な人なんだな、と思った。関わらないのが吉である。
「分かった。じゃ、どうぞ」
教材を両手で抱え持ち顎に挟み、カップは引っ掴んで、適当な席へ移動する。
机に荷物を展開させて椅子に腰かけようとして、愕然とした。
金髪美女、――訂正、金髪の変態女がついて来たのだ!
「なに? なんなの? 迷惑なんだけど」意識して、若干ヒステリック気味な声を出す。
こういうナンパ紛いのバカは強烈な拒否で突き放すに限る。
「おしゃべりしましょ」
「知らない人と喋る話題なんて無い」
「私にはある。おしゃべりするだけよ」
「友人と待ち合わせしてるから、どっか行ってよ」
「すこしだけ、少しだけならいいでしょ」
「うっさい帰れ。警察を呼ぶわよ」
「ゆかりぃ! いつまで経っても待ち合わせ場所に来ないと思ったら、こんなとこに!」
良く通る快活な声が、私と変態女の問答を中断させた。
そちらを見てみると、上下ストライプのスーツを着たOL風の女が居た。
ヒールを履いているのだろう。かつかつと階段からこちらに接近してくる。
「今ね、この子をナンパしてたの。なのに邪険にされちゃってね」
“ゆかり”が表情を凍らせた無表情のまま言った。ボケてるんじゃなかろうかと思った。
「当然でしょ少しは常識を弁えなさい! 見ず知らず赤の他人なんだから!」
「いやねぇ、私は彼女の事、知ってるわよ?」
「向こうはあんたのこと知らないでしょ! 向こうからしたら145億年後じゃん!」
「あれ? 145億年後? 今日の話じゃないのかしらん?」
「それは今日の話! 私がしてるのは今の話!」
OLが毅然とした表情でそこまで言うと、一転表情を軟化させ、私に言う。
「ごめんねメリー、このおばさん夢遊病患者でボケが始まって、耄碌してるのよ」
「え、あ、はあ。おばさんなら仕方ないですね……?」
「あっと、いやだ、別にあなたを馬鹿にしたわけじゃなくてね。――ま、いっか」
OLはゆかりの手を掴みひきずる様にして引っ張って行く。
「ほら行くよゆかり! ここがあんた所有の店でも、好き勝手やって良い訳じゃないんだから!」
そうして歩きながら「全くもう、ランにはなんて言うの? またどやされるよ?」などと言っていた。
「ああん、折角の機会なのに。じゃあねまた会いましょ」とゆかりが言った。
私は咄嗟に「二度と会わない事を願ってるわ」と返した。
秩序を取り戻した店内。荷物を片付けながら動揺を鎮めていて、何となく思った。
あのOL、私のことをメリーって呼んでたような――。どこかで会ったかしら?
空を見上げた! 現在時刻14時52分! 7分は大遅刻だ!
帽子を取りそれを団扇代わりにして、53号室の店内に進入。階段を上り相棒を見つけた。
「お待たせメリー。ごめんね遅れたわあ」
「うん。いいよ大丈夫」
メリーは何やらごそごそとやっていると思ったら、荷物をまとめて上着を羽織る。
「場所を変えましょ、蓮子。この店、コーヒーは美味しいけど、オーナーがバカだわ」
「え? オーナー? 会ったの? なんか言われたの?」
「もういいの。このお店とはオサラバだから」
「えー、あなた53号室は気に入ってたじゃん。なんで?」
「もういいし! ってなんでこの伝票会計済みなの!? あの不審者信じられないし!」
メリーが机に置かれた電子伝票を乱暴に掻っ攫い、足早に階段へ向かう。
私は忘れ物が無いかだけ確認していると、傍に座っていたサラリーマン風の男と目が合った。
「あれ私の相棒なんだけど、ここで何があったの?」
「うん、良かった。145億年後も、関係は健在だって事だから」
――意味が分からん。
秘封作品もっと増えろ増えろ~
とりあえず次は臨終ちゅっちゅを期待
秘封倶楽部は不滅、いい言葉ですね。