「ぶっちゃけ、おっぱいって邪魔なんですよね~。なんで子供も産まないうちから無駄に発達してるんでしょうねこれ」
宴会の席、酒の廻った早苗がへらへらと言った。普段の彼女であれば到底考えられない発言であるが、あいにく彼女は酒耐性がマイナスだった。
乾杯の一杯だけは、と意地を張ったのがよくなかったらしい。
「分かるわ。これがあるがばっかりに、肩が凝るのよねぇ」
妖怪の大賢者、八雲紫が相槌を打つ。実際のところ、胸の大きな女性にとってはかなりキツイ負担なのだとか。
「あと、人の目! あたい船頭やってる時なんかさ、もう客の目が嫌らしいんだわ」
死神が言い、お前ちゃんと働いてたのかとみんなから驚かれる。とはいえ、その大きさが逆にコンプレックスになることはままある話で。
「精神的なところはともかく、これ重いんですよ。私は体術家ですから、重心が上にずれるのはあまり歓迎しかねるのですが」
紅魔館の門番が、実に実質的な意見を持って賛同した。
「あ~、戦闘になると確かに邪魔だよね。激しく動くと痛いし」
「それは巨乳ってほど巨乳じゃなくてもね。普通でも、弾幕ごっこの最中は邪魔よ」
わいわい、がやがや。少女達の乳談義が始まる。この場に男性がいないとあって、皆はばからず、やれ私は何センチだ、やれ揉ませろだ、もっと小さいほうが楽だなどと楽しそうに語っている。
そして十六夜咲夜が、巨乳の話になる度に大げさな相槌をうつ。
が、この話に入り込めない少女が一人、座敷の隅で縮こまっていた。あと、鬼。
「ねぇ萃香。私帰っていいかな」
空色の髪をだらんとたらし、ぐったりと尋ねるのは比那名居天子。
「ん~? 別に私は気にしてないけどなぁ。いいじゃないか、素直に受け止めれば。貧乳最高~ってね」
対する鬼は酒が飲めれば何でもいいようで、それをけらけらと笑い飛ばした。
「なんでよ!? なんであんたはそんなに陽気にしていられるの!? 私はあいつらが言ってることが全部皮肉にしか聞こえない!! ぜっっっっったい私を馬鹿にしてるっ!!」
と、鬼を大声でどやしたところで、天子は気づいた。
皆が話をぴたりと止め、そして自分のほうを見ていることに。
なんだか気まずい空気が渦を巻く。
「あの~、天子さん? べつに私たちは……その、そういうつもりで言ってるわけじゃ……」
早苗が弁明するように口を開いたが、逆にそれがいけなかった。
「知ってる! あー知ってますともそうですよね!! 胸のある奴らに貧乳の気持ちなんてわかんないわよね!! 考えたことなんてないもんね!!」
天子は杯を投げ捨てて乱暴に立ち上がった。
カラカラ。酒をばら撒いて転がる杯。だが、誰一人として動けなかった。
「う……ぐすっ……もう、バカぁっ!! 知らないっ!!」
だから、天子が涙をばら撒きながら博麗神社の鳥居を出て行ってしまったところで、それを止められる者はいなかった。
「ぅうええぇぇぇん、うわあぁぁぁん!! みんな……みんな私を馬鹿にするんだああああぁぁっ!!」
天子は、自分の感情を抑えることをしなかった。常に自由奔放、天衣無縫。だから、それはそれは大きな声で泣き喚いた。
まわりの妖精たちが何事かと覗きにくるほどに。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
その中の1匹が、そんな天子を見るに見かねて声をかける。
「うわああああぁぁんっ、えぐっ……うええええええぇん!」
尋ねられても、天子は泣くばかり。本当は答えようとしているのだけれど、さっきのことを思い返せば返すほどに、感情が先走って上手くしゃべれない。
「みんながあなたをバカにする、ってどういうこと?」
「うえええええええぇん、うっ……ふぇ……だって……っ! みんな胸があって……私だけ無くて……」
「そっか。よくわからないけど、バカにされるのはつらいよね……」
その妖精は、切り株に座り込んだ天子の頭をそっと抱き寄せた。
その途端、天子がぴたりと泣き止んだ。別にそれで安心したというわけではない。
その逆、驚いたのだ。
妖精の体は、ビックリするほど冷たかった。それこそ涙が凍りそうなくらい。
「それで、みんなとけんかしたの?」
「……うん」
水を掛けられたみたいで、大泣きを中断された天子は少し落ち着きを取り戻した。
「むねが何とか、っていうのはしょーじきあたいにはわからない。けどね、あたいもよくバカにされるから、それはわかるよ」
その妖精は、天子が落ち着いたと見るとそっと手を離し、そして肩をぐいと押して正対させる。
水色の髪、サファイアのような瞳のとても綺麗な妖精だった。白磁の肌は雪のようで、氷の精だと一目にわかる。
妖精風情が、と普段の天子なら思うだろう。
けれど、今は何でもいいから救いが欲しかった。
「……あなたはそんな時どうしてる?」
天子は、まだ安定しない声で妖精に答えを求めた。
「あたいは……むかしはけんかしてたかな。けどいまは、もうしない。ホンキでいってるわけでもないみたいだし」
「……あなたは偉いのね。私は天人のくせに自分の心を押さえ切れない」
そう言ってうつむく天子の顔を、妖精はそっと上げさせ、その目を覗き込む。
「ちがうよ。もうね、いやになったんだ。けんか」
「……そうね。それは私も嫌」
「だったら考えてみて。お姉さんにとって大切なのはどっち?」
その時、天子は気づいた。自分が泣いていたのは、自分を馬鹿にされたことに対する悔しさなんかじゃないことに。
「……うぅ……うえええええぇ、うえええええええええぇぇん!!」
それに気がついてしまったら、また涙が溢れてきて。やっぱり溢れ出る感情は止めようがなかった。
けれど、泣き方が変わったな、と妖精は思う。
彼女はもう、大丈夫だろう。そう確信すると、妖精は静かに森の中へと姿を消した。
後に残された天子は、ただ泣き叫ぶ。
感情を嗚咽にかえて、必死で吐き出そうとする。
「わああああああぁぁぁん!」
――どうしてあんな事言ってしまったんだろう。
「うわああああああぁぁぁん!!」
――私を嫌いにならないで。
「うわああぁぁぁああん!!」
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「うわああああああああああああああぁぁん!!」
――誰か助けて。
早苗たちは、天子の居場所を簡単に知ることが出来た。それはもう、とても大きな声で泣いていたから。
その泣き声が、酔いのさめた早苗の胸を酷く突き刺すのだ。
こんなことになったのは私のせいだ。私があんなことを言わなければ。軽はずみで友人を傷つけてしまったのだと、自責の念が深々と抉る。
だから早苗は、天子が神社を出て行った直後からずっと泣いていた。天子のような激しいものではなかったけれど、それでもそれは誰にも止められなかった。
「ぇぇん……すん、すん……くすん。私、どうすればいいのでしょう……なんて謝れば……」
静かに、粛々と泣いていた早苗が、ようやく言葉を発した。
「余計な言葉はいらないんじゃないかな」
鬼が、言った。
「素直に自分が思っていることを伝えればいい。どうだい? もうそろそろ泣き止んだみたいだし、お互いちょっと落ち着いたでしょ」
鬼が鳥居を指差し、早苗はこくと頷いた。
「あぁ、そうだ。今日中なら急いだほうがいいよ。あの天人一応箱入り娘だから、門限あるんだ」
早苗は走った。さっきまで聞こえていた泣き声を頼りに、日の落ち始めた藪を必死に走った。
涙の痕に枝葉が食い込み、頬にいくつも傷を刻む。
けれどそんな痛みは、早苗の心を深く刻む罪悪感からすれば全然気にならなかった。
「天子さん!」
今だに微かな涙を含んだ声で叫ぶ。
「お願いです、返事をしてください!!」
そんな勝手なことを言う権利が無いのはわかっている。
それでも、どうしても。
伝えたい言葉があるから。
天子は、泣き止んでいた。
からっぽだった。
何もかも、全部吐き出してしまって、けれどだれも、来てくれなくて。
帰らなくちゃ。
からっぽの心で、ただそう考えた。
だから、切り株を立ち上がった。
その際に少しばかりの抵抗を、からっぽの心なりに感じた。もうここを去ってしまえば、機会は失われると思ったから。
けれど、空になった心はそれさえもどうでもいいこととして切り捨てた。
林の外に出よう。このまま飛んだら、木の葉に当たって痛いもの。
どうでもいいようなことを、本当に無感情に考え、そして天子は歩き出す。
確か、天子の声が聞こえていたのはこのあたりだったと思う。
早苗は、林の中の少し開けた空間に出る。そこには、腰掛けるのに丁度よさそうな切り株。間違いない、天子はここにいたはずだ。
いた、はず……。
「ぇぇ……ぇぇぇん……くすん……」
早苗は切り株にもたれ掛るようにして泣き崩れる。
間に合わなかった。彼女は帰ってしまったんだ。
「お姉さん、どうしたの?」
そんな早苗に、背後から声がかけられる。
藁にもすがるつもりで振り向くと、そこにはいつぞや見た氷の妖精がいた。
「ねぇ、あなたここで青い髪の女の子を見なかった」
「みたよ」
「! その子はどっちに行った!?」
「えーっとね、あっち」
その氷精が指し示す先は、林の先へと抜ける1本道。ともすれば、もはや彼女はこの林には居ない。
「あぁ、間に合わなかった……」
「そうかなぁ、この林意外と広いよ?」
泣き崩れる早苗の肩にそっと手を当て、氷の妖精は言った。
「けど天人の足ならすぐに……」
「道に迷うは、妖精の所為なの」
絶望に打ちしひしがれた早苗の言葉を、その妖精は静かに遮った。
「今ならまだ間に合うから。案内してあげなよ。その子、きっと迷ってるよ」
この林はこんなに広かっただろうか。
先ほどから、何度も何度も同じ場所を通っているような気がする。
妖魔の類に化かされているのかな、と天子は頭で考えた。
「……さ……」
そんな天子の耳に、小さいながらも一つの声が届いた。
「……て……さ……てんしさん」
それは、聞き覚えのある声。多少涙ががってはいるものの、間違いなく東風谷早苗のものだった。
その声は既に枯れ果てたはずの天子の心の奥底に染み入った。声から伝わる早苗の感情が呼び水のように、いろいろな想いを呼び起こす。
本当にいろいろ、たくさん。
一様ではない心が、せめぎ合い、渦巻く。
「てんしさん……」
その声は確かに少しずつこちらに近づいていた。
けど、返事をするのが憚られる。
なんで、どうして。あんなに会いたかったのに。あれほど焦がれたのに!!
じゃぁ実際にあったら何を言えばいい、どんな顔をすればいい。
私は彼女を傷つけたんだ!!
「……天子さん」
来るな!! 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!!
「天子さん!」
逃げ出したい。けれど足は動かない。
会いたい、けれど会いたくない。
「天子さん!!」
そしてその声が、背後に追いついた。
双方、暫し無言だった。お互いどう話しかけていいかわからず、ただその場に佇んで。
「…………!」
早苗が、口を開こうとして、やめた。言いたいことは、決まっている。なのに、それを声が紡がない。
「何よ」
結局先に口を開いたのは天子のほうであった。
少し突っぱねるような、棘のある言い方。本当はそんなつもりなんて無いのに、けれど心は一つじゃなくて。つまらない見栄や建前が彼女を邪魔する。
「あ、あの……ごめんなさい」
その言葉に、天子はギリと歯を噛み締めた。
「その……私、調子に乗りすぎてて……それであなたの気持ちとか考えられなくて、その……だから……これからは、気をつけるから。仲直り……」
「やめて!!」
天子がその言葉を遮って声を荒げ、早苗が肩をすくめる。
「どうして貴女が先に謝るのよ」
「え……」
天子は振り向き、そして早苗の胸に飛び込んだ。
虚を突かれた早苗はぐらりと揺らめき、それでもどうにか天子を受け止め踏みとどまる。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 私、あなたのことなんて考えてなかった!! 自分の感情だけで、あなた達を傷つけるようなことを言ってしまってごめんなさい!! だから私を嫌いにならないで!! このままずっと、私の友達で……」
そんな天子を、早苗はぎゅっと抱きしめた。
「もう、やめにしましょう」
その柔らかな胸、温かな体に抱きしめられて、天子はただ静かにこくと頷いた。
「あの……天子ちゃん。私も……ごめん」
そんな声に、天子は顔を上げると、そこには紫をはじめとした宴会の面々。皆各々、申し訳無さそうな、けれどとても親しげな顔で。
ずらりと並ぶ彼女達の後ろに、去っていく水色の髪の少女の背中を見る。天子が声をかけようとすると、その妖精の少女は振り向きもせず、親指を立てて姿を消してしまった。
「天子さん、ごめんなさい。あの、お詫びといっては何ですけど……これ……中国秘伝のバストアップ体操の本」
「あたいも、悪かったよ。えっと……三途の渡し賃安くしとく」
「あの、よかったら使ってください。これ、私が愛用してるパッ」
「いいの、もういいわ」
口々に謝罪する彼女らを遮って、天子は言った。
「胸なんてなくてもいい。そんなものが無くたっていいの」
涙を払い、露に濡れた花が咲くように。天子は笑う。
「私にはあなたたちがいるから」
宴会の席、酒の廻った早苗がへらへらと言った。普段の彼女であれば到底考えられない発言であるが、あいにく彼女は酒耐性がマイナスだった。
乾杯の一杯だけは、と意地を張ったのがよくなかったらしい。
「分かるわ。これがあるがばっかりに、肩が凝るのよねぇ」
妖怪の大賢者、八雲紫が相槌を打つ。実際のところ、胸の大きな女性にとってはかなりキツイ負担なのだとか。
「あと、人の目! あたい船頭やってる時なんかさ、もう客の目が嫌らしいんだわ」
死神が言い、お前ちゃんと働いてたのかとみんなから驚かれる。とはいえ、その大きさが逆にコンプレックスになることはままある話で。
「精神的なところはともかく、これ重いんですよ。私は体術家ですから、重心が上にずれるのはあまり歓迎しかねるのですが」
紅魔館の門番が、実に実質的な意見を持って賛同した。
「あ~、戦闘になると確かに邪魔だよね。激しく動くと痛いし」
「それは巨乳ってほど巨乳じゃなくてもね。普通でも、弾幕ごっこの最中は邪魔よ」
わいわい、がやがや。少女達の乳談義が始まる。この場に男性がいないとあって、皆はばからず、やれ私は何センチだ、やれ揉ませろだ、もっと小さいほうが楽だなどと楽しそうに語っている。
そして十六夜咲夜が、巨乳の話になる度に大げさな相槌をうつ。
が、この話に入り込めない少女が一人、座敷の隅で縮こまっていた。あと、鬼。
「ねぇ萃香。私帰っていいかな」
空色の髪をだらんとたらし、ぐったりと尋ねるのは比那名居天子。
「ん~? 別に私は気にしてないけどなぁ。いいじゃないか、素直に受け止めれば。貧乳最高~ってね」
対する鬼は酒が飲めれば何でもいいようで、それをけらけらと笑い飛ばした。
「なんでよ!? なんであんたはそんなに陽気にしていられるの!? 私はあいつらが言ってることが全部皮肉にしか聞こえない!! ぜっっっっったい私を馬鹿にしてるっ!!」
と、鬼を大声でどやしたところで、天子は気づいた。
皆が話をぴたりと止め、そして自分のほうを見ていることに。
なんだか気まずい空気が渦を巻く。
「あの~、天子さん? べつに私たちは……その、そういうつもりで言ってるわけじゃ……」
早苗が弁明するように口を開いたが、逆にそれがいけなかった。
「知ってる! あー知ってますともそうですよね!! 胸のある奴らに貧乳の気持ちなんてわかんないわよね!! 考えたことなんてないもんね!!」
天子は杯を投げ捨てて乱暴に立ち上がった。
カラカラ。酒をばら撒いて転がる杯。だが、誰一人として動けなかった。
「う……ぐすっ……もう、バカぁっ!! 知らないっ!!」
だから、天子が涙をばら撒きながら博麗神社の鳥居を出て行ってしまったところで、それを止められる者はいなかった。
「ぅうええぇぇぇん、うわあぁぁぁん!! みんな……みんな私を馬鹿にするんだああああぁぁっ!!」
天子は、自分の感情を抑えることをしなかった。常に自由奔放、天衣無縫。だから、それはそれは大きな声で泣き喚いた。
まわりの妖精たちが何事かと覗きにくるほどに。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
その中の1匹が、そんな天子を見るに見かねて声をかける。
「うわああああぁぁんっ、えぐっ……うええええええぇん!」
尋ねられても、天子は泣くばかり。本当は答えようとしているのだけれど、さっきのことを思い返せば返すほどに、感情が先走って上手くしゃべれない。
「みんながあなたをバカにする、ってどういうこと?」
「うえええええええぇん、うっ……ふぇ……だって……っ! みんな胸があって……私だけ無くて……」
「そっか。よくわからないけど、バカにされるのはつらいよね……」
その妖精は、切り株に座り込んだ天子の頭をそっと抱き寄せた。
その途端、天子がぴたりと泣き止んだ。別にそれで安心したというわけではない。
その逆、驚いたのだ。
妖精の体は、ビックリするほど冷たかった。それこそ涙が凍りそうなくらい。
「それで、みんなとけんかしたの?」
「……うん」
水を掛けられたみたいで、大泣きを中断された天子は少し落ち着きを取り戻した。
「むねが何とか、っていうのはしょーじきあたいにはわからない。けどね、あたいもよくバカにされるから、それはわかるよ」
その妖精は、天子が落ち着いたと見るとそっと手を離し、そして肩をぐいと押して正対させる。
水色の髪、サファイアのような瞳のとても綺麗な妖精だった。白磁の肌は雪のようで、氷の精だと一目にわかる。
妖精風情が、と普段の天子なら思うだろう。
けれど、今は何でもいいから救いが欲しかった。
「……あなたはそんな時どうしてる?」
天子は、まだ安定しない声で妖精に答えを求めた。
「あたいは……むかしはけんかしてたかな。けどいまは、もうしない。ホンキでいってるわけでもないみたいだし」
「……あなたは偉いのね。私は天人のくせに自分の心を押さえ切れない」
そう言ってうつむく天子の顔を、妖精はそっと上げさせ、その目を覗き込む。
「ちがうよ。もうね、いやになったんだ。けんか」
「……そうね。それは私も嫌」
「だったら考えてみて。お姉さんにとって大切なのはどっち?」
その時、天子は気づいた。自分が泣いていたのは、自分を馬鹿にされたことに対する悔しさなんかじゃないことに。
「……うぅ……うえええええぇ、うえええええええええぇぇん!!」
それに気がついてしまったら、また涙が溢れてきて。やっぱり溢れ出る感情は止めようがなかった。
けれど、泣き方が変わったな、と妖精は思う。
彼女はもう、大丈夫だろう。そう確信すると、妖精は静かに森の中へと姿を消した。
後に残された天子は、ただ泣き叫ぶ。
感情を嗚咽にかえて、必死で吐き出そうとする。
「わああああああぁぁぁん!」
――どうしてあんな事言ってしまったんだろう。
「うわああああああぁぁぁん!!」
――私を嫌いにならないで。
「うわああぁぁぁああん!!」
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「うわああああああああああああああぁぁん!!」
――誰か助けて。
早苗たちは、天子の居場所を簡単に知ることが出来た。それはもう、とても大きな声で泣いていたから。
その泣き声が、酔いのさめた早苗の胸を酷く突き刺すのだ。
こんなことになったのは私のせいだ。私があんなことを言わなければ。軽はずみで友人を傷つけてしまったのだと、自責の念が深々と抉る。
だから早苗は、天子が神社を出て行った直後からずっと泣いていた。天子のような激しいものではなかったけれど、それでもそれは誰にも止められなかった。
「ぇぇん……すん、すん……くすん。私、どうすればいいのでしょう……なんて謝れば……」
静かに、粛々と泣いていた早苗が、ようやく言葉を発した。
「余計な言葉はいらないんじゃないかな」
鬼が、言った。
「素直に自分が思っていることを伝えればいい。どうだい? もうそろそろ泣き止んだみたいだし、お互いちょっと落ち着いたでしょ」
鬼が鳥居を指差し、早苗はこくと頷いた。
「あぁ、そうだ。今日中なら急いだほうがいいよ。あの天人一応箱入り娘だから、門限あるんだ」
早苗は走った。さっきまで聞こえていた泣き声を頼りに、日の落ち始めた藪を必死に走った。
涙の痕に枝葉が食い込み、頬にいくつも傷を刻む。
けれどそんな痛みは、早苗の心を深く刻む罪悪感からすれば全然気にならなかった。
「天子さん!」
今だに微かな涙を含んだ声で叫ぶ。
「お願いです、返事をしてください!!」
そんな勝手なことを言う権利が無いのはわかっている。
それでも、どうしても。
伝えたい言葉があるから。
天子は、泣き止んでいた。
からっぽだった。
何もかも、全部吐き出してしまって、けれどだれも、来てくれなくて。
帰らなくちゃ。
からっぽの心で、ただそう考えた。
だから、切り株を立ち上がった。
その際に少しばかりの抵抗を、からっぽの心なりに感じた。もうここを去ってしまえば、機会は失われると思ったから。
けれど、空になった心はそれさえもどうでもいいこととして切り捨てた。
林の外に出よう。このまま飛んだら、木の葉に当たって痛いもの。
どうでもいいようなことを、本当に無感情に考え、そして天子は歩き出す。
確か、天子の声が聞こえていたのはこのあたりだったと思う。
早苗は、林の中の少し開けた空間に出る。そこには、腰掛けるのに丁度よさそうな切り株。間違いない、天子はここにいたはずだ。
いた、はず……。
「ぇぇ……ぇぇぇん……くすん……」
早苗は切り株にもたれ掛るようにして泣き崩れる。
間に合わなかった。彼女は帰ってしまったんだ。
「お姉さん、どうしたの?」
そんな早苗に、背後から声がかけられる。
藁にもすがるつもりで振り向くと、そこにはいつぞや見た氷の妖精がいた。
「ねぇ、あなたここで青い髪の女の子を見なかった」
「みたよ」
「! その子はどっちに行った!?」
「えーっとね、あっち」
その氷精が指し示す先は、林の先へと抜ける1本道。ともすれば、もはや彼女はこの林には居ない。
「あぁ、間に合わなかった……」
「そうかなぁ、この林意外と広いよ?」
泣き崩れる早苗の肩にそっと手を当て、氷の妖精は言った。
「けど天人の足ならすぐに……」
「道に迷うは、妖精の所為なの」
絶望に打ちしひしがれた早苗の言葉を、その妖精は静かに遮った。
「今ならまだ間に合うから。案内してあげなよ。その子、きっと迷ってるよ」
この林はこんなに広かっただろうか。
先ほどから、何度も何度も同じ場所を通っているような気がする。
妖魔の類に化かされているのかな、と天子は頭で考えた。
「……さ……」
そんな天子の耳に、小さいながらも一つの声が届いた。
「……て……さ……てんしさん」
それは、聞き覚えのある声。多少涙ががってはいるものの、間違いなく東風谷早苗のものだった。
その声は既に枯れ果てたはずの天子の心の奥底に染み入った。声から伝わる早苗の感情が呼び水のように、いろいろな想いを呼び起こす。
本当にいろいろ、たくさん。
一様ではない心が、せめぎ合い、渦巻く。
「てんしさん……」
その声は確かに少しずつこちらに近づいていた。
けど、返事をするのが憚られる。
なんで、どうして。あんなに会いたかったのに。あれほど焦がれたのに!!
じゃぁ実際にあったら何を言えばいい、どんな顔をすればいい。
私は彼女を傷つけたんだ!!
「……天子さん」
来るな!! 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!!
「天子さん!」
逃げ出したい。けれど足は動かない。
会いたい、けれど会いたくない。
「天子さん!!」
そしてその声が、背後に追いついた。
双方、暫し無言だった。お互いどう話しかけていいかわからず、ただその場に佇んで。
「…………!」
早苗が、口を開こうとして、やめた。言いたいことは、決まっている。なのに、それを声が紡がない。
「何よ」
結局先に口を開いたのは天子のほうであった。
少し突っぱねるような、棘のある言い方。本当はそんなつもりなんて無いのに、けれど心は一つじゃなくて。つまらない見栄や建前が彼女を邪魔する。
「あ、あの……ごめんなさい」
その言葉に、天子はギリと歯を噛み締めた。
「その……私、調子に乗りすぎてて……それであなたの気持ちとか考えられなくて、その……だから……これからは、気をつけるから。仲直り……」
「やめて!!」
天子がその言葉を遮って声を荒げ、早苗が肩をすくめる。
「どうして貴女が先に謝るのよ」
「え……」
天子は振り向き、そして早苗の胸に飛び込んだ。
虚を突かれた早苗はぐらりと揺らめき、それでもどうにか天子を受け止め踏みとどまる。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 私、あなたのことなんて考えてなかった!! 自分の感情だけで、あなた達を傷つけるようなことを言ってしまってごめんなさい!! だから私を嫌いにならないで!! このままずっと、私の友達で……」
そんな天子を、早苗はぎゅっと抱きしめた。
「もう、やめにしましょう」
その柔らかな胸、温かな体に抱きしめられて、天子はただ静かにこくと頷いた。
「あの……天子ちゃん。私も……ごめん」
そんな声に、天子は顔を上げると、そこには紫をはじめとした宴会の面々。皆各々、申し訳無さそうな、けれどとても親しげな顔で。
ずらりと並ぶ彼女達の後ろに、去っていく水色の髪の少女の背中を見る。天子が声をかけようとすると、その妖精の少女は振り向きもせず、親指を立てて姿を消してしまった。
「天子さん、ごめんなさい。あの、お詫びといっては何ですけど……これ……中国秘伝のバストアップ体操の本」
「あたいも、悪かったよ。えっと……三途の渡し賃安くしとく」
「あの、よかったら使ってください。これ、私が愛用してるパッ」
「いいの、もういいわ」
口々に謝罪する彼女らを遮って、天子は言った。
「胸なんてなくてもいい。そんなものが無くたっていいの」
涙を払い、露に濡れた花が咲くように。天子は笑う。
「私にはあなたたちがいるから」
個人的には天子ちゃんは東方で最もS心をくすぐられるキャラ、次点はレミリア
欲望を
開放するんだ
胸、ギャグ、シリアスの特徴を兼ね備えた作品ってこれぐらいじゃなかろうか?
皆は気づかなかった。PADはカモフラで本当はれみりゃのパンツが詰まっていると。