~お祭り前半戦と後半戦へのスキップが可能です~
前半戦
後半戦
「それじゃあ、あなた達。いいかしら?」
「ええ」
「こちらは」
「何だかよくわからない申し出ではあるが、誰かの害になるというものでもないだろう」
「あまり大仰に、盛大にやられても困りますけどね」
「あら、皆が楽しく騒げれば、私はそれで」
「右に同意です」
――どことも知れないとある場所で。
そんな会話が交わされていることを知っていたものは、今、この場にいる者たちしかいない。
彼女たちの顔を照らす、小さなキャンドル。その光を受けて、皆が、それぞれの顔を互いに見合わせる。
「では、始めましょう」
その中の一人の宣言で、『それ』は始まりを告げる。
後の世で、誰もが『あの時、君は若かった』とつぶやく、大きな大きな催しごとが――。
――1――
「霊夢さんっ!」
「あ、早苗」
「参加用紙、持ってきました!」
「……やっぱ参加しなくちゃダメなのね」
「あったり前でしょう!」
びしぃっ! と斜め45度に体を構え、右手突き出し、サムズアップするのは緑の巫女、東風谷早苗。
その早苗を前に、お茶飲みながら半眼になりつつ顔を引きつらせているのはおめでたい紅白の巫女、博麗霊夢。
早苗の右手には、一枚の書類があった。
「またあいつらバカ騒ぎを考えて……」
「幻想郷には娯楽が少ないと思うんですよ」
「そう?」
「はい。具体的に言うと、お祭りとか、お祭りとか、お祭りとか! 真夏の祭典、戦場の有明! わたしは帰ってきた!」
一体何が言いたいのかさっぱりわからなかったが、とりあえず、霊夢は突っ込みを入れるのはやめておいた。
色々めんどくさかったのだ。
「……で」
渡された書類。そこには、以下のように書かれている。
『幻想郷宝探しゲーム』
「……はぁ」
「霊夢さん、紫さんから聞いてるんでしょ? 一緒に参加しましょうよ」
先日、霊夢の元に、結界の妖、八雲紫が現れてどうでもいいことを滔々と説明していった。
それによると、このゲーム、幻想郷全土を使った大騒ぎとなるのだという。
あちこちに出店が出て参加者以外も楽しめる他、各地を結ぶ『でぃすぷれぇ』だの『ねっとわぁくつうしん』だのといった未来の技術を駆使して幻想郷各地に設けられた『中継所』で『実況中継』を行なうらしい。
ゲームを行なうための出資は紅魔館、白玉楼、永遠亭。協力先は守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太祀廟。要するに、幻想郷の迷惑生産施設が一斉に名乗りを上げていると言うことだ。これで、何かのトラブルが起きないと考える方が難しい。
「参加は二人で一つのチームと言うことだし。
霊夢さんは人気があるから、先にわたしがやってきたというわけですよ」
「……はあ」
「ね? いいじゃないですか。
それに、優勝者には金100万と紅魔館のレストラン一年間無料! 永遠亭の診療パス! さらに温泉旅館『ちれいでん』の一年間無料パスですよ!
これをやらずして何をやるんですか!」
「いや、まぁ、報酬はすっごく魅力的なんだけどさ。
……絶対、何かあるだろこれ、って私の勘がアラート鳴らしまくってんのよ」
紫に話を聞いた時から、『エマージェンシー! エマージェンシー!』と頭の中で警報が鳴り響きまくってる霊夢は、その騒音に耐えかねているのか、頭を抱えて早苗に返答する。
しかし、早苗はそんなの無視して彼女の肩をばんと叩き、『大丈夫です!』と胸を叩いた。
「何かあったら、わたしが責任を取ります! あと、霊夢さんはわたしが守ります! 大船に乗ったつもりで、どーんと構えていてください!」
「……」
そう言ってもらえるのは嬉しいのだが、霊夢の表情は複雑であった。
だからやりましょ、ね? と誘ってくる早苗の笑顔に、彼女はもう一回、ため息をつくと、
「……わかった。わかったから。
だけど、やばそうだったら棄権するから。それはいいよね?」
「いいですよ。楽しめないお祭りは参加してもつまらないですしね」
「そういうことね」
じゃあ、と早苗は手にした書類に『チーム名:みこみこツインズ』というわけのわからない名称を書き記し、その下に、『参加者:博麗霊夢 東風谷早苗』と記入する。
そして、どこかから取り出した笛をぴーと鳴らす。
霊夢が『何してんの?』と尋ねようとした瞬間、
「呼ばれて飛び出て即参上! 幻想郷の黒い翼、射命丸文、推参っ!」
何だか無駄にかっこいい名乗りを上げて、幻想郷の生きる迷惑ランキング堂々一位を爆走する射命丸のあややが現れた。
彼女は早苗から参加書類を受け取ると、『じゃ、これ、運営委員会に届けてきますね』とにっこり笑顔。
「……あんた、何やってるわけ?」
「私及び鴉天狗一同は、今回のゲームを完全独占取材をさせていただけると言うことで、その見返りに運営のお手伝いをしているのです」
「はたてさんも大変そうにしてましたよ」
「彼女は人と顔をあわせることを苦手にしてますからね~。
けど、これはいい社会経験ですから」
何だかよくわからない会話で話を締めて、あややは『とうっ』と空の彼方に去っていった。
しばし、その不思議な光景を眺める霊夢。
早苗が「お茶、用意しますね」とととたとた、母屋の中へと上がっていく。
そうして、ぽつりと、霊夢はつぶやいた。
「……あいつは笛で召喚できるのか」
どうでもいいことに意識をシフトさせて、目の前の現実から目をそらす。それは、博麗の巫女に伝わる奥義の一つであったという。
「当日の、探し出す宝物って、レミリアが用意すると言う話だって聞いてるよ」
「ええ」
一方、こちらは運営委員会側。
紅魔館の一室である、大きな大きな会議室を貸しきっての会議である。
最初の問いは、守矢神社の運営委員である洩矢諏訪子の発言だ。
「神奈子さんはどうされたのですか?」
「今日は山でのちょいとした儀式があってね。あたしが代理」
「なるほど」
その会話を聞きながら、レミリアが『咲夜』と従者を呼んだ。
部屋の隅に控えていた彼女が、『こちらに』と、テーブルの上にそれを乗っける。
「あら、かわいい」
「そうですね」
「……かわいい?」
これが探す宝物よ、と不敵に笑って威張りつつ言うつもりだったレミリア・スカーレットが、その『対象物』を見る。
『うー☆』
「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
先日の、『201X年度幻想郷就職活動フェスタ』で、紅魔館ブースにて配られて大人気となった『レミリアお嬢様カリスマクッション』が鎮座していた。
「何でしょう?」
「何でしょうとか言うかな!?
何よ、この肉まん! こんなもの探し出せって誰が言ったのよ!」
「ですが、お嬢様。すでに、この『お嬢様カリスマクッション』はプレミア物となり、『幻想郷オークション』略してゲオで一個10万の値段が……」
「マジでっ!? あと略すな、その名前!」
「ではGEOで」
「もっとダメっ!」
『うー☆』
「あら、ここを押すと鳴くんですね」
「かわいいわねぇ。これぇ、うちに一個ぉ、くれないかしらぁ?」
ほら、ここでも大人気、となぜか従者は胸を張った。
実際問題として、その会議の場に出席している皆々に、カリスマクッションは大人気であることを疑う余地はないだろう。
しかし、レミリアは、なぜかいたく不満げである。
「それにお嬢様。
これの自律駆動及び迎撃モードを起動させれば、そう簡単に見つけることも出来ず、仮に見つけたとしても油断すると不夜城レッドというトラップ的な使い方も……」
「そういう斜め上のフェイントはいいから!? まともなもの持ってきなさいよ!」
と言うか、こんな肉まんに自分のスペカをあっさり搭載されて、レミリアは色々ショックであった。
咲夜はレミリアの機嫌が直らないことに、なぜかふてくされて、『じゃ、これにしましょう』とぞんざいな扱いでぽいと『宝物』をテーブルの上に放り投げる。
「……あんたいい性格ね」
「ええ」
さらっと答える咲夜に頬引きつらせつつも、レミリアは、テーブルの上のそれを見やる。
「唐突に、普通になりましたね」
「普通ですね」
「普通だねぇ」
命蓮寺の主、廟の主(仮)、さらには守矢神社の神にすらそんなこと言われて、レミリアはテーブルの角におでこをぶつけた。
「まぁ、見つけやすくていいのではないでしょうか」
「そうねぇ」
用意されたのは、金色のトロフィーのようなものだった。
大きさは、大体10センチ程度。かなり精緻な細工がなされた代物であり、咲夜曰く、『銅細工に金メッキをしただけです』ということだが、この手のものに興味を示す好事家ならばそれなりの値段がつくのは間違いない出来である。
「これを、あちこちに配置すると言うことね?」
「……え、ええ。そうよ。
それで、まぁ……こほん。ゲームが終わった段階で、これを一番多く持っていたチームが優勝よ」
その場に集まった面々にトロフィーは配られ、『どこに隠すかは自由』と言う旨が伝えられる。
ただし、制限として、『見つけられない配置はNG』というのも。時間がかかりすぎては面白くないし、何より、『クリアできないゲーム』ほどつまらないものはないためだ。
「咲夜さん。今のところ、どれくらいの参加者が?」
「かなりの数ですね。
やはり、皆さん、この手の娯楽に飢えているようですから」
「それを満足させる仕掛けとか段取りとかを考えないといけないということですね」
「さすがは古明地さとり様。話が早くて助かります」
にこりと笑って、なかなか痛烈な皮肉を言ってくれる彼女に、地霊殿の主は『そうですね』と、しかし、表情を変化させずに返すのみだ。
二人のやり取りを見て、周りの参加者たちも『ふ~ん……』と目を細くする。
「タイムリミットなどは?」
「朝9時スタート、夕方5時終了です」
各拠点の移動に関しては、個々人で空を飛ぶのもよし、協力者である八雲紫が用意した『どこでもスキマ』を使うもよし、ということだ。
あちこちの拠点にどれだけの時間をかけて『探索』するか。参加者は、そのペース配分も問われることになるだろう。
「一応、言っておくけれど、自分たちの陣営からの参加者がいる場合、事前情報のリークはご法度よ」
「そんなことぉ、しないわよぉ」
「ええ。そんなことをして、ゲーム自体が興ざめになっては意味がないですからね」
果たして、その言葉を額面どおり受け取ってもいいものか。
微妙に、互いの腹の探りあいが入る中、レミリアは咲夜に『それじゃ、会議続行』と指示をする。
いつの間にか、一同の前には分厚い資料が配られる。それを読み上げつつ、前方のホワイトボードを使って解説を始める咲夜に、一同の視線が集まるのだった。
「言っておくけど、魔理沙。
参加する以上、私、優勝狙うからね」
「おお、わかってるさ」
ここはいつも大勢の人妖でにぎわう喫茶『かざみ』本店にて。
忙しく人形たちに指示を出しながら働く、店のパトロンで実質的経営者のアリス・マーガトロイドのセリフに、今回、例の『宝探しゲーム』の話を持って来た霧雨魔理沙は答えた。
「幽香は参加しないのか?」
「当日はあちこちで出店を出していいってことになってるでしょ?
せっかくだから、うちに来たことのない人たちを取り込もうと思って」
店の出店を指示しているの、ということだった。
なるほど、と魔理沙はうなずき、目の前の皿に置かれたケーキを一口、ぱくりと口にする。
「おっ、これ、砂糖を変えたな?」
「あ、わかる? 幽香がね、『こっちの方がずっと甘くて美味しいのよ』って持って来たのよ」
どこと契約してきたのかは知らないけど、と付け加える彼女。
ふぅん、と魔理沙はうなずいた後、味が以前よりもぐっとよくなったケーキをぺろりと平らげる。
「今のところ、誰が参加するの?」
「早苗と霊夢は聞いた。他はよくわからんけど、うどんげとか妖夢とか、咲夜辺りは出てくるだろ」
「まぁ、妥当なところよね。
あ、上海! それ、こっちのお客様ね!」
ケーキの載ったお皿を持って右往左往していた人形を、待っている客の下に導いてから、
「絶対、ろくでもないことになるわよね」
「なるだろうな。
だけど、何で、お前、引き受けてくれたんだ?」
普段、こうしたどたばた騒ぎがある場合、必ず一歩引いたところ、あるいは完全な外野で眺めているアリス。その彼女が、魔理沙の誘いに『喜んで』と快諾したことを、魔理沙は疑問に思っていた。
「宝探しとなれば、ちゃんとルールがあるし。
そのルールに則って、相手を先読みすれば、勝てる確率が高いからよ。私、負ける勝負はしない主義なの」
「へぇ」
「それに、うちも、あちこちに出店させてもらうでしょ?
なら、一応でも参加して義理立てしておかないと」
彼女曰く、商売をやっていくには、そうした人付き合いが何よりも大切なのよ、ということらしい。
含蓄深いんだか計算高いんだかよくわからない言葉ではあったが、魔理沙は、『そっかそっか』とうなずいた。
「まぁ、いつぞやの月の異変とか地底に乗り込んだ時みたいに、うまいこと私をサポートしてくれよ」
「邪魔するなら切り捨てるからね?」
「おお、望むところだ」
帽子をかぶりなおして、にやりと笑う魔理沙。
その魔理沙の肩をぽんと叩いてから、アリスは、『じゃ、お店の手伝いよろしく』と笑顔で告げた。
しばし、魔理沙は沈黙する。
「お、おい! どういうことだよ! 私は別に……!」
「ケーキ、無料だったでしょ?」
「ちょっと待て、あれ、おごりじゃないのかよ!?」
「私はそんなこと、一言も言ってないわ」
「きったねぇ……」
「相手を罠にはめる時はね、魔理沙。ちょっとした心の隙間を突くのが有効なのよ」
軽くウインクして言ってくれるアリスに、『こいつは違う意味で、魔女の才能ありありだぜ』と魔理沙は内心で呻いたのだった。
――2――
どんどんと、大きな花火が太鼓のように鳴り響いている。
今日は快晴、日本晴れ。
わいわいと人手でにぎわうのは霧の湖の一角だ。
「おっ! 女将! いると思ったよ!」
「おや、ハッさんにゲンさんじゃないか! あんた達、ゲームには参加しないのかい!?」
「わはは! 俺らはもう若くはねぇからな!」
「俺は息子に参加させてきたよ! あいつも『友達となら』って嬉しそうだったわ!」
「女将、俺らは酒だ! うまい酒とつまみを頼むよ!」
「あいよ!」
「ねぇ、ミスティア」
湖にはたくさんの出店が軒を連ねている。
その一角には、もちろん、『美人女将』として有名なミスティアの姿があった。
「何?」
「ミスティアは参加しないの?」
「あたしはこういうの向いてないでしょ」
彼女の店の手伝いをするリグルの問いかけに答えて、「お酒とつまみ、用意できたよ!」と彼女は声を上げた。
「それに、こいつは稼ぎ時じゃないか。
悪いけど、賞品手に入れるよりここで上客増やして金稼いでる方が儲けになるよ」
「儲けてどうするのさ」
「どうしよっかね」
妖怪に宵越しの銭は不要だ、とミスティア。
単にゲームに参加しないのは、気乗りしないのではなく、ここでこうしてやってくる客を相手に『女将』をやっている方が楽しいからなのだろう。
それ以上は何も言わず、リグルは肩をすくめる。
「おっ、お嬢ちゃん、いい食いっぷりだな!」
「そうかなー? ミスティアのご飯は美味しいよねー」
「ああ、全くだ! 女将の飯も酒も最高だな!」
「それをうちのかかあに言ったら、あいつ、顔を真っ赤にして怒りやんの! 悔しかったら女将に負けない飯を出してみろってんだ!」
「女将! こっちのお嬢ちゃんに、俺のおごりだ! うまいもん食わせてやってくれ!」
「わーい! ありがとう!」
屋台の一角に座って、はぐはぐもぐもぐとご飯を頬張っているルーミアは、威勢のいい男衆にとっては受けがいい。
彼女目的で、最近は、ミスティアの店を訪れるものもいるほど。それはまさに、店のマスコットと言って相違ないだろう。
「それにしても、にぎやかだよねぇ」
「そうだね。
……さて、と」
「おや、りぐるん。どこ行くの?」
「りぐるんやめて。
私は今回、演出役で雇われてるの。お手伝いだよ」
「そう。頑張っといで」
「おっ、何だ、坊主。ゲームに参加するのか!」
「頑張れよー! 俺らが応援してるからな!」
「……坊主って……」
「あんたら、あの子は女の子だよ! いい加減、覚えてやりな!」
「わはは、そうだったか! すまんすまん!」
「頑張れ頑張れ! わははは!」
「……はぁ」
威勢のいい男は苦手だな、とリグルはこの時、心底、思ったという。
「……なかなか参加者多いわね、やっぱり」
「賞品が魅力的ですからねー」
よいしょよいしょ、と準備運動しながら早苗は答えた。
しばし沈黙して、霊夢は、「……ねぇ、早苗。何、その格好」とつぶやく。
「似合います?」
「いや、似合うけど……」
イベントだろうと、普段のめでたい巫女服の霊夢とは違い、本日の早苗は、動きやすそうなタンクトップに短パン、ポニーテールと言う姿だった。
季節はそろそろ春。まだ肌寒さの残る日々が続いているが、今日は一転、麗らかな日差しの下、気温はうなぎのぼり。確かに、彼女のようなスポーティーな格好の方が楽かもしれない。
しかし、霊夢としては――、
「……落ち着け、落ち着け、霊夢」
普段、見ることの出来ない『大好きなあの子』の珍しい格好に心奪われつつあるのだ。心なしかほっぺたも真っ赤である。
ちなみにそんな早苗に向けて、『見事な乳だ!』『何を言う、尻だろう!』『馬鹿者! 貴様ら、あの真っ白なおみ足に注目せずして何に注目しろと言うのか!』という紳士たちがカメラを向けてシャッター切りまくってるのは割愛する。
『ゲーム開始10分前です。参加者は、所定の開始位置に集まってください。繰り返します。ゲーム開始10分前です。参加者は――』
会場に響き渡るアナウンス。
そのせいか、辺りを埋める人の数が増え、人口密度が上昇してくる。
「私も早苗くらい身長欲しいなー」
「わたしも、そんなに、背が高いほうじゃないですけど」
そんな会話を交わす二人は、視線を前のほうに向ける。
用意されている壇上に、今、一人の人物が上がっている。今大会の運営委員によって選抜された、究極の『ジャッジ』――四季映姫その人である。
ちなみに彼女の足下では、その配下の死神が『……何であんたこんなことしてんすか』と言う顔をしていた。意外にも、普段とは立場が逆転している構図である。
『時間となりました。これより、「幻想郷宝探しゲーム」を開催します』
一斉に、会場から喚声が上がる。
それを聞きながら、『祭りってのはすごいな』と霊夢は思った。
『運営委員会代表、レミリア・スカーレットより開会のご挨拶を頂きます』
壇上に、よいしょよいしょ、とちまちまレミリアが登ってくる。その愛らしさに、会場から『きゃーっ』という黄色い声が上がった。
『おっほん。
えー……本日は、お日柄もよく、皆さんのご参加をいただけて……えっと……ねぇ、咲夜。これ、何て読むの?』
実にたどたどしいご挨拶である。
そのぷちぷちちんまりな姿に魅了されたのか、あちこちからカメラのフラッシュが光りまくる。
『本日のゲームの開催にあたり、多くの方々のご参加をいただけたことを嬉しく思います。
大きな怪我、トラブル等なきよう、当方も……えっと……じんりょく致しますので、ぜひとも、楽しんでいってください』
舌ったらずの挨拶が終わり、ぱちぱちと拍手が鳴り響く。
続いてルール説明が行なわれる中、霊夢と早苗は、手にした『地図』を見る。
「どこから行きますか?」
「……そうね」
示されているのは幻想郷全土を示す地図。
さらに、各エリア――紅魔館や白玉楼など――の詳細な地図。この地図に示されているエリアのどこかに、宝探しの対象は隠されているとのことだ。
「紅魔館は後回し……よければトロフィーが手に入るくらいに思っておきましょう」
「え?」
「ここは開催地のここから一番近いわ。となると、一番最初に人が殺到するはずよ。
私達はそうじゃない、もっと遠いところから攻めましょう」
「なるほど」
「……紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太祀廟。合計7つ。4つ取れれば勝利は確定だけど……まず無理ね。3つを目指すわ」
「はい」
作戦会議に勤しむ二人。
そんな二人を横目で見る影がある。
「霊夢も早苗もやる気だな」
「ええ」
「アリス、私達はどうする?」
「多分だけど」
「うん」
魔理沙に差し出される地図に、彼女は指を走らせる。
「霊夢たちは争いを避けて、『取れるところを取っていく』はずよ」
「ほう」
「けど、その手段だと、回るところは白玉楼と地霊殿、太子廟になるわ」
「まぁ、そうだろうな」
「そこを行けば、霊夢たちと鉢合わせる可能性がある。
私たちはそれを避けて、紅魔館、永遠亭、命蓮寺を狙いましょう」
「……守矢神社は後回しか?」
「天狗や河童が敵に回るだろうしね」
一番、厄介そうなところだ、とアリスはつぶやいた。
守矢神社、とこの地図には書かれているが、その探索範囲は妖怪の山も含まれている。となれば、そこを根城にして、かつ、今回の運営委員会に協力している天狗や河童が何らかの工作を仕掛けてくるのは間違いない――それがアリスの読みだ。そんなものを相手にしていては体がもたない、ということである。
「逆に言えば、ここは陥落が難しいわ。最後の最後……4つ目のトロフィーを取るとしたら、いいかもしれない」
「了解だ」
頼むぜ相棒、と魔理沙はアリスの肩を叩いた。お返しに、とアリスは魔理沙の頭をぽんぽんと叩く。身長差あってこその妙技であった。ちなみに、魔理沙は顔を真っ赤にして『子供扱いすんな!』と怒っていた。
『それでは、スタート!』
鳴り響く声。音。そして足音。
「早苗、予定通り」
「はい」
霊夢と早苗は、大半の参加者が向かう紅魔館を外して、会場の一角に用意された『どこでもスキマ~白玉楼行き~』に向かう。
「あら、霊夢に早苗ちゃん。頑張ってね」
そして、彼女たちのその行動を予測していたのか、そのスキマの横に立っている紫が、二人に笑顔を向けて手を振った。
早苗はそれに笑顔を返し、霊夢はそれを無視して隙間の中へ。
早苗もそれを追いかけ、一瞬の景色の暗転の後、二人は白玉楼へと辿り着く。
「はぁい、いらっしゃぁい」
そこには大会運営委員の一人、西行寺幽々子が待っていた。
彼女は笑顔で二人と、そして同じく、白玉楼を最初の目的地に定めてやってきた参加者たちを出迎える。
「……何か雰囲気違わない?」
いつもの白玉楼。そこは、平穏と安寧に包まれた空間だ。
しかし、今回はどうだ。何か辺りは暗く、寒々とした冷気が漂っている。あちこちから感じるのはおどろおどろしい亡者の気配。
「ふ、ふふふ、ここが白玉楼か。なるほど、死後の世界というだけあって、何となくそれっぽいではないか! な、なぁ、屠自古!」
「……あんた、足ががたがた震えてるわよ」
廟の主に『参加してみてはどうですか?』と尋ねられ、『もちろんです!』と答えた物部布都と、その相棒として抜擢された蘇我屠自古。……のだが、布都は、早速白玉楼の雰囲気に呑まれて顔を引きつらせ、左手でしっかりと屠自古の手を握り締めていた。どうやら彼女、おばけなどの怖いものが苦手だったようだ。
「えっとぉ、それじゃぁ、宝探しをぉ、やってもらうわぁ」
霊夢たちの他にも、それなりの数の参加者たちがその場にいる。
霊夢は彼らを横目で一瞥して、『まぁ、作戦としては成功かしらね』とつぶやいた。
「はぁい、どうぞぉ」
「……何これ?」
幽々子から渡されたのは、黒光りするごつい金属の塊だった。
持つとかなりの重量があり、その先端部には穴が空いているのがわかる。
「……え? 銃……?」
早苗がぽつりとつぶやいた。
霊夢は首をかしげながら、「早苗、それって何?」と尋ねた。
「我が白玉楼のぉ、宝探しの障害はぁ、サバイバルゲームよぉ!」
と、幽々子が楽しそうに言った途端、
『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
辺りで参加者たちの悲鳴が響いた。
突然、地面が盛り上がるように噴き上がると、そこから一斉に、朽ちた死体の群れが現れたのだ。
彼らは『う~……』『あ~……』といった不気味な声を上げながら、ゆっくりゆっくり、参加者たちに向かっていく。
速攻で、何名かの参加者がギブアップを宣言し、スキマの中に逃げ帰っていく。そうならない者達も、怪物に囲まれて悲鳴を上げていた。
「ちょっと、幽々子! あんた、他人を傷つけようっての!?」
霊夢が慌てて御札を取り出し、それを化け物に投げつけようとする。
――と、その中の化け物が一人、慌てて霊夢に駆け寄ってきて、
『ちょっと勘弁してください。うちら、幽々子さまに言われて、参加者を脅かすように言われてるだけですから!』
と懇願してきた。
しばし沈黙した後、霊夢は『……はい?』と首をかしげる。
「だからぁ、白玉楼はぁ、お化け屋敷でしょぉ?」
「まぁ、間違っちゃいないけど……」
「お化けはぁ、人間をぉ、おどかすものよぉ」
『そういうわけなんす。だから、退治するのはやめてください。
あ、それ以外なら、うちら不死身なんで。切っても焼いても大丈夫ですから。ね? ね?』
割と卑屈な怪物であった。
よく見ると、彼らは参加者たちを脅かしてはいるものの手を出そうとはしていない。一応、見る限りでは無害であるらしい。
「彼らをぉ、倒した数もぉ、特典ポイントにぃ、加算されるわぁ」
「何それ?」
「ポイントが高いとぉ、中間地点でぇ、特典がぁ、もらえるのよぉ」
その『特典』と言うのは、いわゆる『参加賞』のようなものであるらしい。
ポイントに応じてもらえるものは変わっていき、ポイントが高い参加者には『天狗のお宿一ヶ月宿泊フリーパス』が与えられるのだとか。
「それじゃぁ、頑張ってねぇ」
ふぅわりふわふわ、漂うように幽々子はどこかへ行ってしまった。
残された怪物たちは幽々子に『お疲れ様っす!』と頭を下げてから、『じゃあ、段取りどおりにお願いします』と霊夢にも頭を下げ、また『う~……』だの『あ~……』だの言いながらのそのそ迫ってくる。
「……えーっと。
ねぇ、早苗。どうしたらいいの。これ」
いきなり色んな意味でくじけそうだった。
しかし、ぎりぎりのところでこらえた霊夢は早苗を見る。早苗は、手元の『銃』という金属の塊を眺めながら、にやりと笑った。
「霊夢さん。サバイバルホラーって知ってますか?」
「えっと……?」
「ゾンビの対処法! それは、頭を撃つ!」
いきなり、彼女はそれを怪物たちへと向けて、その脳天を撃ち抜いた。
どしゅっ、という音と共に頭に風穴を空けられた怪物のうち一体が『ぐわぁ~……』というような悲鳴を上げながら地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなる。見た目が死体なだけあって、完璧な死んだ振りであった。
「いきますよ、霊夢さん!」
「あ、あ~……うん。わかった……」
何やら早苗は、このゲームの趣旨を理解したらしい。彼女の後を追いかけて、霊夢は走り出す。
一方――、
「うわぁぁ~ん! 来るな、来るな~!」
「ちょっと、布都! そんなしがみつかないで……!」
物部布都&蘇我屠自古コンビは、布都ちゃんが怪物の襲来で泣いちゃったので、入り口でギブアップとなったのだった。
「ねぇ、ちょっと、早苗!」
「霊夢さん、銃を撃つ時は両手で構えてください! 銃口をまっすぐ相手に向けて引き金を引くんです!」
と言う早苗は走りながら片手で相手の頭に狙いを定め、逃さず狙い撃つという神技を披露している。霊夢は、同じことをやろうとしたのだが、弾丸はさっぱりあさっての方向に飛んでいくだけで当たらない。
「あ、あれ? 何も起こらない……」
「弾切れですね。
幽々子さんのことだから……」
怪物――ゾンビ、というらしい――がまた一体、正面に現れる。
早苗は相手の足に銃弾を撃ち込んだ後、姿勢を崩した彼に近づき、その顔面を鋭い膝蹴りで一撃する。ゾンビはのけぞり(心なしか、妙に嬉しそうだった)、ばたりと倒れる。どういう理屈か、消滅する彼の体。その跡には、ご丁寧に、銃に装填する弾丸がケースに入った状態で残されていた。
「やっぱり。倒して入手と言うことは4以降ね」
「……何の話?」
「これにマガジンを交換してください」
「……どうやって」
「こうやるんです」
実にスマートなマガジン交換を披露する早苗。霊夢は真似しようとしたのだが、もたもたとした動作になってしまい、早苗が横から『そうじゃなくて、こうですよ』と代わりに交換してあげる始末。
「行きましょう」
「……そーね」
「4以降の設定だとしたら、あちこちの仕掛けはかなり簡単になっているはずです。さすがに1の仕掛けは解ける気がしませんが、4以降ならどうとでもなります」
「……ねぇ、だからさ、その『1』とか『4』って何?」
霊夢の根本的な疑問に、早苗は答えてくれなかった。
二人は白玉楼の中を走りぬけ、目の前の途切れた道をジャンプで飛び越える。そして、右手側を、早苗は見た。
「……これね」
そこに、銀色の将棋の駒が無造作に放置されている。
早苗はそれを入手すると服のポケットにしまって、辺りを見回した。
「地図によると……」
指先でそれをなぞり、『こっちね』と彼女はつぶやく。
また、霊夢を連れて走っていく彼女。その時、突然、上からゾンビが降ってくる。
霊夢は慌てて、相手に銃弾を一発、浴びせた。『ぎゃぁ~』という、棒読みの悲鳴を上げてゾンビは地面に落下し、こちらはリアルにぴくぴくと痙攣した後、消滅する。
「Nice Work!」
「……えっ」
なぜか早苗の言葉は霊夢にはわからない言語であった。一応、その笑顔と仕草から見ると褒められているらしい。
その後も現れるゾンビを片っ端から倒し、あるいは回避して二人は進む。
霊夢は何とかかんとか銃で相手を撃退するのだが、弾丸を多く使用するため、途中の補給が必須と言う状況だった。一方の早苗は的確に相手の頭を打ち抜いて一撃で倒したり、一発撃って相手を怯ませた後、接近して回し蹴りなどを見舞うと言う見事なコンボで敵を撃退している。
ちなみに、早苗に蹴られたゾンビたちは、皆、妙に嬉しそうな表情で地面に沈んでいったことを付け加えておこう。
「ね、ねぇ、早苗! どこまで行くの!?」
はぁはぁ、と。そろそろ息が切れてきたのか、霊夢の足がふらついてくる。
そこでようやく、早苗は足を止めた。
「えーっと……」
彼女は辺りをきょろきょろ見回し、『あった』と声を上げた。
足下の大きな石――露骨なまでに周囲の雑草が刈られていたりなど、整えられた環境に置かれている――の前でひざまずき、手にした将棋の駒を、石の表面に彫られた、その駒の形をしたくぼみへとはめこむ。
すると、『がこん』と言う音と共に石が地面に沈み、代わりに中から、宝探しの対象であるトロフィーがせりあがってくる。
「……何これ」
「この将棋の駒は王将でした。あと、渡されてる白玉楼の地図ですけど、細かく区切られた通路が、ちょうど将棋の盤の目をしてるんです。
ということは、この、本来『王将』があるべきところに何かある――そう見るのが普通ですよね?」
「………………え?」
言われて、地図を慌てて見直す。
見直すのだが、早苗が言ったような特徴などは、どうやっても見受けられなかった。
「トロフィーげっと~」
彼女がそれを取り上げると、突然、白玉楼全体に響き渡るようなブザーが鳴り響き、『ゲーム終了!』と言う宣言が響き渡る。
つまり、二人がトロフィーを手に入れたため、白玉楼と言う『ステージ』が終了したのだ。
「はぁい、お疲れ様ぁ~。
さすがぁ、早苗ちゃんねぇ。こんなに早くぅ、私が考えたぁ、仕掛けにぃ、気付くとはぁ、思わなかったわぁ」
どこからともなく現れた幽々子がぱちぱちと手を叩く。
早苗は『もちろんです!』と彼女に向かってVサインを突き出した。
「このステージはぁ、あなた達のぉ、勝利よぉ。特典ポイントとかぁ、報告しておくからねぇ」
「はい」
「じゃあぁ、頑張ってぇ、次のステージぃ、クリアしてねぇ」
用意される『会場に戻るためのスキマ』の中に幽々子は消えていく。
早苗は、『さあ、霊夢さん! 次のステージに向かいますよ!』と意気揚々と隙間の中に消えていく。
残された霊夢は、ぽつりと、「……早苗が味方でよかったかもしれない」とつぶやいたのだった。
『いらっしゃいませ、お嬢様!』
紅魔館のドアを開けたアリスと魔理沙を迎えたのは、紅魔館のメイド達の輝かしい笑顔だった。
思わず立ち止まる二人。その二人に、楚々と一人のメイドが歩み寄る。
「初めまして」
「あ、ええ。初めまして」
「何だ何だ、お前ら。私たちの邪魔をするのか?」
見れば、周囲の参加者たちも、突然、自分たちを出迎えてくれたメイド達に戸惑っているらしい。
魔理沙の問いかけに彼女は、いえいえ、と首を左右に振る。
「わたし、この館の中で、お嬢様方のご案内をさせていただくメイドとなります」
「……ご案内?」
「はい」
訝しげに眉をひそめるアリスとは違い、魔理沙は、「へぇ。簡単なゲームなんだな」とあっさり彼女を受け入れていた。
「ただし、宝物の隠し場所をお教えすることは出来ません。
わたしが出来るのは、お嬢様方をご案内するだけですから」
「ま、それでもいいや。ここの館の中は広いからな。道案内がいるだけで違うぜ」
他の参加者たちもメイドを伴って、紅魔館の内部の散策を始めている。
彼らに後れを取るまいと、魔理沙はアリスにせっついた。
アリスは相手を見据える視線はそのままに、『……そうね』とうなずく。
「では、どちらから参りますか?」
「そうだな……。とりあえず、一番怪しい、この奥の部屋からだ」
「畏まりました。こちらになります」
メイドが歩き出す。それについていく魔理沙。アリスはその後ろについて、彼女たちと一緒に歩いていく。
ドアを開け、まっすぐに伸びる廊下を進んでいく三人。
「走るのはダメなのか?」
「紅魔館の廊下は『駆け足禁止』でございます」
品よくおしとやかに、しずしずと歩くのが紅魔館メイドのたしなみ、ということだった。
その辺りについてはあまり考えたくないのか、魔理沙は『へいへい』と苦笑するだけだ。
「こちらの部屋です」
ドアを開けると、すでにそこには、他の参加者たちがいた。
彼らはあちこちを探し回り、トロフィーを見つけようとしている。
魔理沙は、『探し方がなっちゃいないねぇ』と笑いながら、彼らに混ざって、辺りの探索を始めた。
「えーっと、レミリアのことだから、どうせこった隠し方はしてないだろうし……」
引き戸を開けたり、タンスなどの裏を探したりと、魔理沙は室内を歩き回る。
一方――、
「これを考えたのは誰なんですか?」
「メイド長です」
「咲夜さんが……」
「はい。
今回のお祭りで、一度も紅魔館に来たことがない方にも紅魔館のことを知ってもらって、もっともっと大勢の方に紅魔館を利用してもらいたい、と」
ふぅん、とアリスはうなずいた。
そして、時間が経過する。5分、10分。魔理沙はその間、トロフィーを見つけられずにいた。
この部屋じゃないのかな。そう思って、彼女が腰を上げた、その時だ。
「な、何だ!?」
唐突に部屋の窓が弾け、外側から黒い影が飛び込んでくる。
床の上に着地した『それ』は、血まみれの仮面をかぶって、手にした大鎌の先端を参加者に向ける。
『タ~イムリミット』
低くうなる不気味な声でそう言うと、その何物かは参加者たちへと襲い掛かった。
「お、おい! 何だこりゃ!」
身をかわした魔理沙の頭の上を、鎌の鋭い先端が通り過ぎていく。
慌てて、彼女はアリスの元まで身を引いた。くそっ、と舌打ちして、相手に向かって攻撃を仕掛けようとする。
「魔理沙、ここは逃げるわよ」
「え? だ、だけど……」
「いいから!」
アリスは彼女の手を引いてその場から踵を返した。
しかし、後ろでは、入ってきたドアが閉じられている光景がある。参加者たちは必死になってドアを叩き、『ここを開けてくれ!』と声を上げる。
アリスは彼らを無視して、部屋の脇にあるもう一つのドアの中に飛び込んだ。
その中は小さな書斎になっており、逃げる場所はどこにもない。唯一、開いているのは外につながる窓だけだ。
「……なるほど」
「おい、アリス。何を……」
「魔理沙、ここから上の階に逃げるわよ。私が先に行って、あなたを引っ張り上げるから」
「へっ?」
言うが早いか、アリスは窓から身を躍らせると、窓の脇に都合よく下がっている雨受けのといを伝って上の窓(なぜか開いている)に辿り着いた。
「ほら!」
「あ、ああ!」
そこから身を伸ばし、下の階の魔理沙の手を掴んで上に引き上げる。メイドはぱたぱたと羽を使って、二人の後を追いかけてきた。
「行くわよ」
「そ、そうだな。
おい、メイド。何だよ、あれ。あんなのがいるなんて聞いてないぞ」
「言ってませんから」
「おい」
「だって、聞かれなかったので」
しれっと言ってのける彼女に、『何だよ』と魔理沙はふてくされる。
アリスはそれを無視して、部屋の外につながるドアを開けた。左右にまっすぐ延びる廊下が三人を出迎えてくれる。階下で響いていた悲鳴は、今は聞こえなくなっていた。
「ったく……。何だってんだよ」
「どうなされますか? ギブアップなさいますか?」
「誰がギブアップなんてするかい。
おい、メイド。あれは何だ。教えろ」
「はい。
ただの宝探しではスリルがないので、わくわくする要素として追加いたしました『追跡者』システムです。
あの追跡者は、同じ部屋、探索範囲に一定時間滞在する、もしくは追跡者の出現ポイントを通ると出現して、お嬢様方を追い掛け回してきます。
もちろん、捕まるとギブアップとなります。追跡者は出現したポイントから一定のところまでお嬢様方を追いかけますので、それ以上を逃げ切れば大丈夫ですよ」
「攻撃してきたんだが?」
「ちゃんと刃は潰してありますし、寸止めもしてくれますから。その辺りはあの役の方々ですもん、プロです」
他人を脅かすプロと言うのは考えづらい職業であるが、それは紅魔館クオリティ。何でもありなのだろう。
と言うか、あんな怪物がいきなり何の脈絡も前触れもなく登場する館と言うのは人が寄り付かなくなるんじゃなかろうかと魔理沙は思ったが、特にツッコミは入れなかった。大方、これを考えたのは咲夜なのだろう。彼女はたまに、わけのわからないことを平然とやらかすからだ。
「おい、アリス。どうする?」
「逃げるつもりはないんだから、宝探しは続行よ。
次はどこに行く?」
「そうだな……。
とりあえず、辺りの部屋を片っ端から探そう」
「オッケー」
二人はメイドを連れて、近くの部屋のドアを開ける。
何もない、普通の部屋。そこで、先ほどの追跡者の出現を警戒しながら室内を探し、何もないことを確認して次に向かう。
それを、何度繰り返した頃だろうか。
「……何か通りすがる奴が減ったな」
「皆様、捕まったのでしょうね」
そして、横を通り過ぎる他の参加者たちも、辺りを警戒しながら歩いている。
確かに、スリル満点の探検となっているようだ。首謀者である咲夜(恐らく)の狙いは当たったと考えていいだろう。
「次は……」
廊下の踊り場を通った、その時だ。
「魔理沙!」
いきなり、後ろからアリスが魔理沙の頭を押さえつけ、床の上に押し倒した。
何すんだ、と抗議の声を、彼女が上げようとした瞬間、『どすっ!』という音と共に、目の前に鋭い刃が突き刺さる。
『Hello,Lady』
「うわうわうわっ!?」
頭上から降ってくる低い声。血まみれの仮面から覗く、濁った瞳に見据えられ、慌てて魔理沙は後ろに下がる。
「追いつかれちゃいましたね」
メイドはあっけらかんという。
追跡者は大鎌を振り上げ、魔理沙に向かって襲い掛かった。
振り下ろされる鎌をぎりぎりでよけて、彼女は立ち上がる。
「にゃろっ!」
右手に魔力の光をしたため、攻撃しようとする魔理沙。しかし、それを横からアリスが遮った。
「何すんだよ!」
「これはゲームよ。本気でやりあう必要ないわ」
「だけど、これ、怪我するだろ! どう考えても!」
「なら、怪我しないようにやればいいのよ。
レミリアも言ってたでしょ。『怪我などなきよう』ってね」
アリスはちらりとメイドを見る。
メイドはにっこりと微笑んでアリスに視線を向けて、その瞬間、『よくご存知で』という鋭い視線を見せていた。
アリスの考えは当たっているようだ。この追跡者は、恐らくではあるが、『追跡者に攻撃を仕掛けたら、その時点で、大会規則に違反したとみなして即行失格』という要素も兼ね備えたトラップなのだろう。
面倒な話ではあるが、それがさらにゲームの難易度を上げているともいえる。文字通り、こいつからは、『逃げる』しか手段がないのだから。
「あいつの目をくらませて!」
「ああ、もう! わかったよ!」
さらに追跡者が襲い掛かってこようとする瞬間、魔理沙は取り出した試験管を床にたたきつけた。
ぼんっ、という音と共に閃光と煙が辺りを満たす。
魔理沙は、手をぐいっと引かれるのを感じた。彼女が振り返るより早く、アリスがその場から駆け出している。
廊下を渡り、その先の通路を曲がったところで、すぐ近くの部屋の中へと、二人は飛び込んだ。
「……静かにしててね」
「……こんなんでやりすごせるのかよ」
二人はドアの脇で息を潜める。
外に足音が近づいてくる。ゆっくりゆっくり、床を踏みしめる音が近づいてくる。
魔理沙は高鳴る心臓の音に、自分が緊張しているのを察する。ちっ、と舌打ちして、彼女は大きく深呼吸した。
――足音は、一度、魔理沙たちのいる部屋の前で止まった。だが、そのまま、すぐにゆっくりと遠ざかっていく。
「……ふぅ」
緊張した体を弛緩させ、魔理沙は息をつく。
「おい、メイド、置いてきちゃったけどよかったのかな」
「いいでしょ。すぐに先回りしてくるだろうし」
「へっ?」
ドアを開けて、アリスは『じゃ、探索再開ね』と、隣の部屋のドアを開けた。
すると、
「お待ちしておりました、お嬢様方」
そこに、先ほどのメイドの姿。
魔理沙は目を鋭くすると、「お前、どうやってこっちの先回りしたんだよ」と彼女に詰め寄る。
しかし、メイドはにっこり微笑んで、「それがお仕事ですから」と曖昧にはぐらかすだけだ。
「……咲夜の奴、メイドの教育は完璧だぜ」
舌打ちして、魔理沙は部屋の中の探索を開始する。
「なぁ、アリス。何かヒントとかないのかな。これじゃ、他の奴らに別のところのトロフィー、取られちまうぜ」
「そうね……」
彼女は、渡されている地図を見る。
「咲夜さんのことだから、絶対に、ヒントを書いているはずなのよね」
「だよな。あいつ、性格悪いし」
「そんなことありませんよ。メイド長、お優しい方ですよ」
「お前はいいから、黙ってろ」
「はーい」
メイドを一喝する彼女は、アリスが広げる地図を横から覗き見て、『ん~』と眉をひそめる。
アリスは、じっと地図を眺めていたが、つと、何かに感づいたらしい。唐突に、彼女は地図を天地をひっくり返して『ああ』と手を打った。
「どうした? アリス」
「これさ、何かに気付かない?」
「え?」
渡される地図。それを眺める魔理沙は『何だよ?』と問いかける。
「ここに描かれてる範囲。よく見て」
「えーっと……」
言われて、指で地図をなぞりながら、魔理沙は首をかしげる。
そうして、ふと、思い当たったらしい。ぽんと手を打って、やはり、同じように地図の天地をひっくり返す。
「……なるほど。『上』か」
「そういうこと。
この地図を『上』から見ろ、ってことだったのね」
地図に描かれている範囲は、よく見ると漢字の『上』を表すように描かれていた。
そして、地図をひっくり返すと、地図の上に記入されている『階段』や『部屋A』などの文字が意味を成すように並んでいることに気付く。
「『た か ら ・ こ こ』ね」
ぽつっと置かれた黒い点。それが、宝物がある位置を示しているのだろう。
地図を普通に眺めた場合、そのぽつっとした点は『ホール』を示している。入り口に、宝物が隠してある、ということだったらしい。
「お見事です。さすがは霧雨魔理沙さま、アリス・マーガトロイド様。メイド長、かなり頑張ってこれを考えたんですけどね」
「よし、メイド。案内しろ」
「畏まりました」
手を叩いて祝福するメイドに魔理沙は言って、彼女にホールへの道案内をさせる。
ホールへと舞い戻ると、どうやら、魔理沙たちと同じ、地図のからくりに気付いたらしい参加者たち数名が辺りを探し回っている光景がある。
出遅れたか、と魔理沙は舌打ちした。そして、彼らに混じって探索を開始する。
「あとは……」
どこにトロフィーが隠してあるか。
探すべきトロフィーのサイズは小さい。そして、いくらホールと言う空間が限定されていようとも、隠し方、隠し場所は無数にあると考えていいだろう。
闇雲、しらみつぶしでは効率が悪い。時間ばかりがかかる。
アリスは魔理沙の後ろ姿を見ながら腕組みする。
――その瞬間、天井から、鋭い破砕音が響いた。
『タ~イムリミ~ット』
また、あの追跡者だ。
参加者共通の『敵』の出現に、辺りを探し回っていた者たちはあわてて、その場から逃げ出していった。ルール上では、この追跡者は、相手をある一定の距離追いかけて、相手が逃げ切ったと判断した場合、姿を消す。ならば、一度、このホールから逃げ出し、しばらく時間を置いて戻ってくれば、追跡者はここからいなくなっているはずなのだ。
だが、今度の追跡者は手ごわかった。
床を蹴り、壁を蹴り、トリッキーかつアクロバティックな動きで逃げ惑う参加者たちの行く手を塞ぎ、確実に、『ギブアップ』へと追い込んでいく。
その手段はというと、鬼ごっこと同じく、追跡者にタッチされたら、その参加者についているメイドが『失敗です』と宣言すると言うものだ。
なるほど、あれなら安全だ、とアリスは肩をすくめる。
「おい、アリス! どうする!?」
次々に参加者を捕らえていく追跡者。その視線が魔理沙を向き、彼女めがけて襲ってくる。
魔理沙は相手の腕、攻撃をするりとよけて、アリスに声をかけた。
「……そうね」
地図をじっと見るアリス。そうして、ふと、何かに気付いたらしい。
「魔理沙! こっちよ! 上がってきて!」
「わかった!」
踊り場を駆け抜け、階段を登ってきた魔理沙と合流する。
その二人の前方に、追跡者が立ちふさがる。だが、二人は、相手の脇をスライディングですり抜けると、その先の通路を突っ走り、ホールを後にする。
そして、近くの部屋の中に身を潜めて、
「あなた」
今回は放り出すことなく、手を引っ張って連れてきたメイドの方に、アリスは向かう。
「はい」
「服、脱いで」
「は? おい、アリス。どうしたんだよ」
いきなりの一言。さすがに魔理沙も、アリスをいぶかしむ。
だが、
「さすが。よくお気づきになられました」
「え?」
メイドはにこっと微笑んで、上着のポケットをごそごそと探った。
そして、
「お二人の勝利ですね」
彼女はポケットから、今回の宝物であるトロフィーを取り出し、彼女たちに手渡した。
途端、ブザーが鳴り響き、『ゲーム終了!』と言うアナウンスが流れる。
「……おい」
「宝はここにある。なるほどと思ったわ。
ねぇ、魔理沙。これってさ、『ここ』と書かれているでしょ?」
「うん」
「これを漢字にすると……」
『個々』。
その文字を見て、魔理沙も、『ああ!』と手を打った。
「ホールに宝物はある。しかも、『個々』に。
ホールにたくさんあったものは何?」
「なるほどね……」
「そういうことです」
何もトロフィーは、一つのステージに対して『一個』と制限されているわけではない。そう思い込んでいるのは参加者の勝手なのだ。
参加者それぞれについたメイド達が『個々』にトロフィーを隠し持っている。それが、紅魔館の『宝探し』だったのである。
「ついでに言うと、あの追跡者だっけ? あれ、あなた達の上司でしょ」
「わかります?」
「そりゃ、たまにちらちら、鏡みたいなものを取り出してればね」
メイドが取り出したのは、小さな手鏡のようなもの。
しかし、それがきらりと光ると、空中に文字が浮かび上がる。『そろそろお時間なので、よろしくお願いします』と。
「メイドが鍵でしかもトラップね。
なるほど、確かに紅魔館の名物と言えばメイドだ」
「咲夜さん、考えてくれたわね。楽しめたわ」
「いえいえ。
それでは、次のステージも頑張ってください。あと、お二人の謎解きの時間は特典ポイントに換算して加算しておきます。
どうぞ、次も頑張って」
「了解だ。よし、アリス。次に行くぞ」
「ええ」
部屋の隅に開く、スタート地点に戻るためのスキマへと二人は飛び込み、紅魔館を後にする。
彼女たちがその場を去るまで、手を振って二人を見送っていたメイドは、彼女たちの姿が消えたことを確認してから、『さすがはメイド長のお友達よね』とつぶやいたのだった。
「いやぁ~、盛り上がって参りました。
どう思いますか、映姫さん」
「はい。現在、紅魔館と白玉楼が攻略されたわけですが、どちらも仕掛け人の思考を見事に読み取った展開となりました」
『実況席』と書かれた位置についているのは映姫と文の二人である。
実況担当が文、解説が映姫であるらしい。
「ところで、紅魔館で、参加者チームの一つが失格となりましたが……」
「あれは事前のルールに違反したが故の失格ですね。
さすが、私の配置したチェッカー。よく見ています」
「なるほど」
会場の一角に、巨大なモニターが設置されている。
そこには、各地の映像端末が取得した映像が映し出され、ここにいながらにして全ての会場の参加者たちを確認できると言う優れものである。
「今回の勝者候補は、ずばり、誰を予想しますか」
「わかりませんね。誰にでも平等に、勝利の権利はあります。
仕掛け人側との智慧の勝負。しかも、頭がよいというわけではなく、ひらめき・直感・経験、そして運が物を言います。
誰が有利と言うのはないですね」
「なるほどなるほど~」
実際、霊夢チームにしろ魔理沙チームにしろ、トロフィーを取得する権利は他の参加者たちにもあったのだ。
要は、どれだけ早く『気付く』事が出来るか。
それが、この祭りの勝敗を分けることになる。
「参加者の中には、ゲームの趣旨以外に、幻想郷の名所を観光する楽しみを見出した方もいらっしゃるようですね」
「ええ、全くです。
幻想郷はあちこちに見所があります。普段、人里からあまり出ることのない方々にとっては、最高のツアーになりそうですね」
その話を聞きながら、映姫の側に佇む死神は、『……いやぁ、あの仕掛けとか考慮するとそれってどうだろう』という顔をしていた。
もちろん、余計なことは言わない。余計なことを口出しして上司の機嫌を損ねる趣味はないのだ。
「おっと、永遠亭ステージでギブアップが出たようです」
「なかなか凝った仕掛けですからね。無理もないこと……ん? チェッカー3番、地霊殿の右奥に移動してください。不正を発見しました」
「おお、さすがは映姫さん。私でも気付かないのに、さすがですね」
「いやはや、審判と言うのも大変です」
それがお仕事なんですけどね、と冗談を言って笑う映姫に文も一緒に、声を上げて笑った。
何だか妙に楽しそうで和気藹々とした会話であるが、『自虐ネタってどうなんだろう』と死神が顔を引きつらせたのは言うまでもないだろう。
――3――
「もうだいぶ人がいるわね」
「スタートから2時間近く経過してますからね」
霊夢・早苗ペアが次にやってきたのは地霊殿だ。
大勢の参加者がトロフィーを探している光景がある。二人はそれを一瞥してから、『よし』と互いに顔を見合わせた。
「ようこそ、地霊殿へ」
その二人に声をかけてくるのは、一人の少女だ。
恐らくは、さとり達が飼っている動物の変化なのだろう。彼女は手に一枚の紙――地霊殿の地図を持っている。
「こちら、お持ちください」
事前に配られている地図と同じものが二人に手渡される。
早苗はそれを一瞥して、服のポケットへとしまった。
「それでは、頑張ってくださいね」
にこっと笑って去っていく彼女。
その後ろ姿を見送ってから、二人は地図に視線を落とす。
「どこから探す?」
「さとりさんの性格を考えると、なるべく、大切なものは奥に隠しそうな気がします」
「となると……」
この辺りか、と霊夢は地図の上に指先で丸を描いた。
早苗はうなずき、『奥から手前に探しましょう』と案を提示する。
二人は床を蹴り、駆け出した。
ホールから奥につながるドアを開け、その向こうの廊下に飛び出し――、
「霊夢さん、危ない!」
「のぉっ!?」
いきなり、真横から振り子のように飛んできた巨大な三日月の刃に足止めされる。
見れば、がっこんがっこんと音を立てていくつもの刃が揺れている。
「こらぁぁぁぁぁぁっ! 運営、ちょっとこぉぉぉぉぉいっ!」
「何でしょう?」
「うわびっくりしたっ!」
霊夢が声を上げた途端、いきなりさとりが彼女の真横に現れる。その後ろには、紫のスキマが開いていた。
「ま、まぁ、いいわ!
何でしょうじゃないわよ! 何あれ!?」
「見ての通り、罠です」
「見ての通りとかじゃなくて! あんた、あんなの直撃したら死ぬわよ!?」
「大丈夫です。刃のところには紫さんに強力な結界を張ってもらっています。当たっても吹っ飛ぶくらいですよ」
さとりの飄々とした言葉の直後、『あべし!』と言う悲鳴が響いた。
視線を向けると、参加者の一人が刃に触れて吹っ飛ばされ、壁にかえるのように張り付いている。
「ちょっと痛いくらいですみます」
「すむかぁぁぁぁぁぁっ!」
「あちこちに罠を仕掛けました。探すの、頑張ってくださいね」
「おいこらちょっと待てっ!」
さとりはさっさと踵を返し、スキマの中に消えていく。
霊夢は肩を何度か上下させ、息を整えてから、
「……どーしろと」
色々な意味で、現状に絶望したようにぼやく。
「……ねぇ、早苗。ギブアップしない? こんなところで怪我とかしたらアホくさいわよ……」
「ん~」
「ちょっと早苗……」
「よし」
「へっ?」
色々、萎えている霊夢とは違い、早苗は気楽な声を上げて、太ももをぱんと叩いた。
そして、二歩、三歩と後ろに下がってから、
「よーい、どーんっ!」
床を蹴り、目の前の振り子刃へと走っていく。
霊夢が『危ない!』と声を上げるよりも早く、彼女は一つ目の刃をひょいとよけ、次の刃をジャンプしてかわし、最後の刃が頭上を通り過ぎる瞬間、その足下を前転で通り抜けた。
「霊夢さ~ん、早く早く~」
「……あの子、実はかなり身体能力高い?」
恐怖の刃攻撃地帯をあっさり通り抜け、向こう側で笑顔で手を振る早苗。
顔を引きつらせた霊夢は、しかし、ここで行かなければ女がすたると考えたのか、そろそろと、目の前の刃に近づいていく。
「……うぅ」
がっちょんがっちょん音を立てながら、巨大な刃が目の前を横切っていくのを見るのはあまりいい気分ではない。
さとりは『当たっても大丈夫』と言っていたが、先ほど、刃の直撃を食らった参加者が担架で担がれていったのを見る限り、骨の一本や二本は覚悟しないといけないだろう。
「振り子のタイミングを見て、よいしょ、で越えるんですよ~」
早苗の真似をして刃をよけようとする参加者たちが、次々に『たわば!』『うわらば!』『ひでぶ!』『げぶばぁ!』『金がねぇ~!』『俺もだ~!』と吹っ飛んでいくのを見ていると、どうしても一歩が踏み出せない。
「ええいっ! 弾幕回避率100% 当たり判定最小巫女の私をなめんなよっ!」
半分、やけになった霊夢はツッコミどころ満載のセリフを宣言すると、刃が通り過ぎた瞬間を狙って、一本目のそれを回避した。
早苗がぱちぱちと手を叩く。
次の刃は、なるべく通路の端により、刃が反対側に向かって通り過ぎていったタイミングで飛び越える。
最後の一本は、早苗のように鋭い動きで刃の下を通り抜けようとして、無様なヘッドスライディングになってしまうが、
「お見事です、霊夢さん」
立ち上がったところを早苗にむぎゅっと抱きしめられて、彼女はまんざらでもないようだった。
続いて、次のエリアへと向かっていく。
「……ここは……」
何もない、まっすぐな通路。
辺りを見回しても、怪しい仕掛けも凶悪な罠もない。ちょっとした息抜きか、と思って一歩、足を前に踏み出した瞬間である。
――がちょん。
「……え?」
「あ。」
霊夢の足下の床がへこんでいる。
そして同時に、二人の頭上がぱかっと開き、
「霊夢さん、全力で逃げてぇぇぇぇぇぇっ!」
「何考えてんのよあいつはぁぁぁぁぁぁぁ!」
この手の罠の定番、大玉転がしの発動であった。
よく見ると通路は下に向かって傾斜しており、後ろからごろごろ迫ってくる巨大な玉(外側を鉄色に塗りたくった、運動会の大玉である。もちろん、そんなこと知らない人間から見れば、巨大な鉄球が転がってきているように見える)の速度は一向に落ちることはない。
「霊夢さん、霊夢さんっ!」
「落とし穴かぁぁぁぁぁっ!?」
目の前の床がぱかっと開いた。それをジャンプで飛び越え、続く廊下の向こう側で、ゆっくりと倒れこんでくる、廊下の左右に飾られたなんかよくわからないオブジェをスライディングで潜り抜け、走る、走る、走る。
「そ、そういえば、さとりさん、先日、わたしの家から『イン○ィー○ョーンズ』のDVD、借りていきました!」
その人物が誰かはわからなかったが、霊夢はそいつを見かけることがあったら、消し炭になるまで夢想封印叩き込んでやると、この時、心に誓った。
「霊夢さん、前、前っ!」
「早苗、全力で急げぇぇぇぇぇぇっ!」
「らじゃーぁぁぁぁぁっ!」
廊下の向こうの天井が、ゆっくりと下に向かって移動中。要するに、壁が出来つつある。
二人は本気の本気の全速力で廊下を駆け抜け、天井と床の間のぎりぎりの隙間をヘッドスライディングですり抜けた。
「……こ、殺す気か……!」
「さとりさん、遠慮がありませんね……」
天井が床と接触し、重たい音が響き渡る。
床の上にへたりこみ、肩を上下する霊夢と、まだ元気一杯の早苗との間で差が伺える光景であった。
何とかかんとか、霊夢は立ち上がる。
壁に手を突き、立ち上がった彼女は――、
「およ?」
がこん、という音と共に、彼女が手をついていた壁がへこみ、直後、その眼前をかすめるように、床から鋭い槍が突き立った。
「……霊夢さんって、割と罠に引っかかりやすい人ですよね」
「あ、あは、あはははは……」
一応、刃先は丸めてある上、槍とは言っても紙を丸めて作ってあるもののようであった。
しかし、その鋭い一撃に巻き込まれ、はらはらと舞う自分の前髪を見た霊夢の顔は、とことん引きつっていたのだった。
「いやぁ、地霊殿は盛り上がっていますねぇ、解説の映姫さん」
「ええ。
そもそも罠を仕掛けるというのは、相手の状態、周囲の状況、そして環境、この三つ全てを読んで仕掛けなければ効果は薄いのです」
「ほほう?」
「ただ罠を仕掛けるだけでも効果はあるでしょう。
しかし、致命的な打撃を加えることは出来ません。罠を仕掛けるには高度な心理戦が必要となるのです」
「なるほどなるほど。勉強になります」
「……あの罠はいまいちね」
「咲夜さん?」
やたら物騒な会話を閻魔が行うと言うミスマッチな光景にも、会場の盛り上がりが冷めることはない。
その一角で、ちびっこお嬢様の妹様のお守りをしているメイド長は小さな声でつぶやいた。
「私なら、もう3ミリ、相手の側に刃が来るように罠を仕掛けるわ」
「はあ」
「視覚的な効果――あの罠はそれをわかっていない。かつて、『トラッパーさくちゃん』と呼ばれたこの私の眼から見るなら、『罠設置道』の初級にも至らないわね……」
何だかよくわからないことを言ってのける彼女に、その隣に佇む門番は顔を引きつらせる。
「ねぇねぇ、こいしちゃんこいしちゃん! あれ! あの金魚さんとって!」
「よーし、任せて、フランちゃん!」
「ねぇ、こいし。次、わたしにもやらせてよ!」
「まあまあ、そんなに急がなくてもいいじゃろう。ほれ、ぬえ。お前の分も買ってやったぞ」
「やったね!」
「あ、どうもすみません。マミゾウさん」
「いやいや、美鈴殿。子供の面倒を見るのは年寄りの役目じゃ。わっはっは」
地霊殿の全力ぎりぎり具合とは違って、祭りの会場は、とても平穏で幸せであったという。
霊夢と早苗は地霊殿の奥へと歩みを進めていく。
他の参加者の声は聞こえない。ここまで辿り着けなかったのか、それともここまで辿り着く前に全滅したかのどちらかだろう。
「あ、霊夢さん、ちょっとストップ」
足下の絨毯の奇妙な盛り上がりを発見した早苗は、その部分をつま先でちょんちょんとつついてから、『よし』とその上を歩いていく。
「ちょっと、早苗。大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
それを渡りきった早苗。それに続いて霊夢が、その奇妙な盛り上がりの上を歩き、早苗の元へ。
そのエリアを歩いてから、早苗は、適当な石ころをどこぞから拾い上げ、盛り上がっているところ以外の箇所へとそれを放り投げる。
途端、天井から金色の金だらいが落ちてきて、『がこーん!』という音を立てた。
「目の前にわかりやすいものを置いて、本当の罠から視線をそらすのは基本ですよ」
「………………」
早苗は霊夢の手をとって、意気揚々と歩いていく。
つくづく、早苗が味方でよかった、と霊夢はこの時、思ったとか思わないとか。
――と、
「ん?」
「あれは……」
遠くに見える何かの影。
そちらに向かって歩みを進めていくと、それが人影であると言うことがわかる。
問題は、その人影が二つあり、片方が片方に追い掛け回されているということだ。
「よっと」
早苗は二人の間に割って入り、片方を追い掛け回す人影――手にハリセンを持った巨大な鎧の前に足を差し出した。
その鎧は間抜けなのか、それともそういう方法で撃退できるように作られているのか、彼女の足に引っかかって転び、がしゃーん、という音を立てて床と激突して動かなくなった。
そして、
「小傘ちゃん」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん! お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
その鎧に追い掛け回されて逃げ回っていた少女――多々良小傘が泣きじゃくりながら早苗に抱きついた。
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」
わんわん泣き喚く彼女をあやしながら、早苗。
「よく、こいつ一人でここまで来られたわね……」
「他の方はいないんでしょうかね」
安心できる相手の胸で散々泣いて、ようやく落ち着いたのか、小傘がきょとんとした顔で早苗を見上げる。
「小傘ちゃん、一人?」
「……うん」
「他の人は?」
「わたし、一人だよ」
聞けば、彼女、いつも持っているあの化け傘が『一人』と認定されたらしく、晴れて『二人一組』での参加が許可されたらしい。
そして、宝探しをしつつ、やってくる参加者を脅かしてやろうと隠れていたら、あの鎧に見つかって追い掛け回されていたのだそうな。
「よしよし、怖かったね。
霊夢さん、小傘ちゃん、連れて行っちゃダメなんでしょうか?」
「……いいんじゃない?」
なぜか、霊夢は機嫌が悪い顔になっていた。
その視線は、懐いている『お姉ちゃん』にべったりくっついている小傘に向いている。
「じゃあ、小傘ちゃん。わたし達のお手伝い、してもらっていい?」
「うん、いいよ」
先ほどまで泣いていた少女はすぐに笑顔を見せると、早苗と一緒に歩いていく。
霊夢は面白くなさそうに、その後ろ姿を見ながら、二人の後に続いた。
「そろそろ地図の一番奥なんですけどね」
「お姉ちゃん達、宝物を探してるんだよね?」
「うん」
「えっとね、わたしが隠れてたところに、何か変なのあったよ」
「あら、そうなの? 小傘ちゃん、偉い」
「えへへ~」
早苗が小傘に優しい顔を見せると、霊夢はますます不機嫌になる。ほっぺた膨らます彼女は『なら、さっさと案内しなさいよ』と刺々しい声を上げた。
小傘は後ろを振り返り、首をかしげて『どうして怒ってるの?』と言う視線を向けてくる。もちろん、霊夢はそれに返さなかった。
ともあれ、小傘の案内の下、二人は『怪しいところ』へと辿り着く。
地霊殿の一番奥、行き止まりになったフロアだ。
「んっと……あ、これこれ」
早苗の手を引っ張って歩いていく小傘は、そのフロアの中で、唯一、色の違うタイルがはまった床を指差す。
いかにもな怪しさのそれを見て、早苗は『う~ん……』とうなり、霊夢は『……またかよ』と言う顔をする。
「どうしたらいいかな?」
「そうねぇ……」
早苗は手にした地図を見る。一応、ここが今回の宝探しエリアの一番奥。ここから先には行けないことになっている。
「ねぇ、早苗。私にも地図、見せて」
「あ、はい」
早苗は入り口でもらった、もう一枚の地図を取り出し、霊夢へと手渡した。
二人が地図をにらむ中、小傘はとことこと、辺りを歩き回る。
「やっぱりここしかないよね……。
だけど、これを押したら、いきなり天井が崩れてきたりしそうだわ」
「確かに。
でも……」
――と。
顔を上げた早苗は『おや?』と首をかしげた。
そして、自分の持っている地図と霊夢の持っている地図を何度か見比べた後、『ああ』と手を打つ。
「霊夢さん、その地図、貸してください」
「え?」
「ほら」
「いいけど」
同じ地図を二枚も何に使うんだろう、と首を傾げる霊夢。
「これはですね~」
早苗は手にした地図に、霊夢の地図を重ねる。
すると――、
「あっ……」
「もらった地図、薄い紙で出来てるんですよ」
二つの地図が重なり、また一つ、新たな地図が現れる。
その地図によると、この一番奥のフロア、その壁の一角に奇妙なへこみがあることが示されていた。
「あっ、小傘ちゃん」
「何? お姉ちゃん」
「そこ、その壁。変なところ、ない?」
「えっとね……。
あ、うん、あるよ。小さなくぼみ」
早苗の言うことにはきちんと従う小傘が、その『怪しいもの』を見つけた。
それを押してみて、という早苗の指示に従って、くぼみを押すと、怪しい色のタイルが左右に割れて、中から金色のトロフィーが現れる。
早苗がそれを手に取ると、会場にブザーが鳴り響き、『ゲーム終了!』と言うアナウンスが流れた。
「お見事です」
「うわっ!?」
いきなり、霊夢の背後にさとりが現れる。
その後ろには紫の隙間が用意されていた。
「さすがは早苗さんですね。最後の、この露骨な罠では引っかかりませんでしたか」
「もちろんです」
えへん、と胸を張る早苗。
その規格外の胸部に霊夢の視線が向き、さとりに向き、小傘に向き、最後に自分の胸元に視線を戻して、がっくりと、彼女は肩を落とした。
現役巨乳とロリ巨乳×2の前では、博麗の巫女は無力であった。
「ちなみに、この罠は何だったんですか?」
とてとてと歩いてきた小傘が、早苗の手をとった。
それを見てから、さとりが、「自爆スイッチです」とさらりと答える。
「踏むと、この辺り一帯が爆破されます。もちろん、死なないし、怪我をしない程度の火力なのでご安心ください」
果たして、それを安心していいものかどうか迷ったが、早苗はとりあえず、『そ、そうですか……』と答えるだけだった。
心なしか、この時、早苗にはさとりが罠を仕掛けて侵入者を撃退する喜びに目覚めているような気がしていたと言う。
「これで、お二人は二つ目のトロフィー獲得ですね」
「わぁ、お姉ちゃん達、すごいね!」
「ありがとう、小傘ちゃん」
「次のステージへどうぞ。頑張ってくださいね」
早苗は霊夢に『行きますよ、霊夢さん』と声を掛けて、小傘を連れて隙間の中へ。
はぁ、とため息をついて、霊夢もそれに続く――ところで、さとりがくすくすと笑った。
「……何よ」
「思ってるだけで、それが伝わるのは、わたし達、覚に対してだけですよ?」
「う、うっさいな!」
顔を真っ赤にして、ぷりぷり怒りながら、霊夢は隙間の中へ消えていった。
さとりは言う。
人間と言うのは、こういう時、その心を読むと面白い生き物だ、と。
「永遠亭は出迎えなしか」
「そうみたいね」
紅魔館を攻略した魔理沙・アリスペアが次にやってきたのは永遠亭。
しんと静まり返った竹林の中に佇む平屋の日本家屋。
音を立てずに入り口を開くと、中は相変わらずの光景――というわけではなかった。
「うわ……なんだこれ……」
あの魔理沙ですら、驚きのあまり声を失う光景がそこにある。
そこは、いくつもの空間がクロスした世界。扉の向こうが別の空間と重なり合い、複雑に絡み合った三次元の迷路。
頭上を見れば、そこには天井を逆さまに歩いている他の参加者たちの姿。しかし、彼らから見れば、こちらが逆さまに天井に立っているように見えるのだろう。
「すっげぇ……」
「子供達が大喜びしそうね」
アリスは冷静だった。
あちこちの空間と、その歪んだ景色を眺めて肩をすくめる。
「よし、行くか」
気を取り直した魔理沙が、まずは手近な左手側の襖を開ける。その向こうは、無数の部屋が延々続く光景となっている。
しかし、その床は足下から左手の壁、天井、右手の壁とねじれるように続く、不思議な世界だ。
「頭がおかしくなりそうだぜ」
そこを歩きながら、つと下を見れば、別の空間を歩いている参加者たちの姿が見える。彼らには、自分たちはどのように見えているのだろう。
あまりにも不思議、不可思議、奇妙。
「アリス。どこを探す?」
広げた地図に、この奇妙な世界の、唯一の道しるべである『通行可能』な場所が書かれている。
正直、これがなければ、この永遠亭の中で迷子が続出してしまうだろう。
「そうね……。隠しているのは永琳さんだろうし……」
「あの天才の考えることはわからないからなぁ」
「近くのタンスの中に無造作に入ってそうだわ」
言われて、魔理沙が手近なタンスを開けてみる。
すると、その中にも、また別世界が広がっている。その世界を歩いていた参加者たちが魔理沙を見上げ、目を丸くしていた。
「あ~……」
目の前の光景が信じられず、彼女は眉間を押さえて頭を振った。
「こりゃたまらん。
何とかしてゴールを見つけないと気が狂う」
「うどんげも手を貸して……るのかしら?」
「あいつら、参加者ってことで広場にいたの見たぞ」
「と言うことは、彼女は関わってなさそうね」
普段、そこにある『普通』がねじれた『異常』に移り変わった世界。
それは充分、狂気に侵された世界となる。
世界をちょっと入れ替えるだけで現れる、全く別の『景色』。それを見据えなければならない二人は、はぁ、とため息をついた。
「どんな風に性格がひねくれてたら、こんな迷路を考えつくのかね」
「魔理沙くらいじゃない?」
「何だと、この野郎」
「はいはい、怒らない。
知ってる? 相手に言われてむかっとくることって、普段、自分が認識してる『事実』なんだ、って」
「うるせっての。この性悪」
「自覚してるわ」
さらりと自分の髪の毛をかきあげて、アリス。
ちぇっ、と魔理沙は舌打ちすると、その前方にある襖を開けた。
左右に板張りの廊下が続いている。『どっちに行く?』と、魔理沙は視線でアリスに尋ねた。
「……正直、この迷路はそのまんま、なんのひねりもない『迷路』だと思うのよね」
「だろうな」
「となれば、迷ったら迷った分だけ時間がかかるわ」
「あー、そうなると、他の奴らにトロフィーを取られっちまうな」
「何かヒントはないかしら」
とりあえず、迷い道の基本、『左手を壁につけて歩く』を実行しながら、アリスはつぶやく。
こんな手段も気休めだな、と魔理沙は言う。実際、こんな風に、床を歩いていたらいつの間にか天井を歩いているような迷路では、こんな初歩の手段は通じないだろう。
地図とにらめっこしながら歩き続けることしばし。
がらっと開けた襖の先を見て、魔理沙は肩をすくめた。
「入り口だ」
二人は入ってきた入り口の天井側に立っていた。逆さまに見下ろす足下を、新しい参加者たちが通り過ぎていく。
「おいアリス。何かいいアイディアないのかよ」
「何でそこで私を頼るのよ。あんたも考えなさいよね」
「えー。めんどくさいぜ。
お前が参謀、私は実行役だ」
「勝手に役割を割り振らないで」
ぺしっ、と魔理沙の頭を軽くはたいて、『だけど、困ったわね』とアリスは地図を見据えてつぶやく。
「何のヒントもないわけがないのよね。
永琳さんだし」
「いやぁ、永琳だからそういうこともやりかねないだろ」
何せ、相手は天才だ、と魔理沙。
天才のやること考えることは凡人にはわからない。なぜなら、彼らは閃きで生きる生き物だからだ。
彼らに『試行錯誤』と言う言葉は存在しない。ただ『何となく』で物事を考えているのだから。
「あの人は周りに程度を合わせてくれるけど、今回は信用できないわね」
踵を返して、入ってきた襖を開ける。
すると、また別の廊下が広がっていた。『道を間違えたら戻ればいい』と言う常識すら通用しない迷路に、いよいよ、アリスもお手上げなのか『どうしたものか』と言う顔を見せる。
「なぁ、アリス」
「何?」
「その部屋なんだけどさ」
「うん」
地図をにらむアリスは生返事をするだけで、魔理沙の方に視線を向けない。
魔理沙はそんなことはお構いなしで、『三日月だとさ』と言う。
「それが何?」
「何か意味あるんじゃないのか?」
魔理沙の視線は、部屋の入り口にかかっているプレートに向けられている。アリスはちらりとそれを見て、早々に興味をなくしたのか、その視線を地図へと戻す。
「そんなの、旅館とか行けば普通についてるじゃない」
「そりゃそうだけどさ。
けど、ここは永遠亭だぜ。いつぞやの明けない夜の異変の首謀者だぞ」
「……」
そこで、アリスは顔を上げた。
魔理沙の言う通り、彼女が見ている部屋には『三日月』と言う文字の書かれたプレートが提げられている。
もう一度、アリスは視線を地図に向ける。
じっと、地図をにらむ彼女。
「ちょっといい?」
「おう」
アリスはその部屋の襖を開けて、中へと入る。
その部屋を横断し、襖を開け、外へ。
「……『上弦』」
「んー?」
左右に伸びる廊下を見る。
そして、他に部屋がないのを確認してから中へ。今度は左手側に向かって歩ける範囲が構築されており、その先の襖を開けると、目の前の部屋には『十三夜』というプレートがかかっていた。
「……なるほど。お手柄よ、魔理沙」
「は?」
二人はその部屋へと入っていく。
「魔理沙。あなたの言った通り、この迷路の鍵は『月』よ」
「私、そんなこと言ったか?」
「明けない夜の話し、したでしょ」
次の部屋へ。『小望月』。
「この部屋の並びは月齢に従ってるわ。ってことは、その順番に歩いていくと言うことに、何らかの意味があるはずよ」
「おお、なるほどな。
けど、月齢なんて覚えてないぞ」
「私が覚えてるから安心しなさい」
アリスは魔理沙の頭の上を逆さまに歩きながら、そんなことを胸を張って言う。
何だか悔しいのか、魔理沙は『へいへい』と適当な返事をするのみだ。
次の部屋、『望月』をくぐり、二人は歩みを進めていく。
「どうにも露骨なまでに部屋が並んでるよなー」
「気付いてしまえば簡単な迷路なのかもしれないわね」
――そうして。
「……ここが最後ね」
『朔』と書かれたプレートの張られた部屋。
そこへ辿り着いた二人は、その襖を開く。
広い部屋の中、その真ん中に、恭しく金色のトロフィーを頂いた台座が置かれていた。
ただし、
「あっ」
「おっ」
二人のちょうど反対側の襖が開き、その向こうから永遠亭のつきのうさぎこと鈴仙・優曇華院・イナバと、その彼女と仲のいい魂魄妖夢が現れたのだ。
「あなた達、どうして……」
「そっちこそ。どうやって辿り着いたんですか」
アリスの問いに鈴仙は返してくる。
その言葉に、アリスは『……なるほど』と内心でつぶやいた。
「……順番に巡ればいいと考えたのはこっちの勝手か」
迷路を解く鍵は『月』にある。その考えは正しかった。
問題は、それを『どのように解釈する』か。
アリスは月齢を『順番に』たどればいいと考えた。一方、鈴仙は、恐らくだがそれを『逆に』たどると考えたのだろう。
結果、ルートは違えど、辿り着く答えは同じだった。それだけのことだ。
そして、問題はと言うと――、
「……さて」
魔理沙が不敵な笑みを浮かべて構えを取った。それは妖夢も同じだ。
両者が互いに、ほぼ同時に床を蹴る。魔理沙は一瞬の間に取り出した箒にまたがり、加速する。一方の妖夢は一つ、二つ、三つと床を蹴れば蹴るほど加速し、二人はほぼ同時にトロフィーに手を伸ばす。
突き出される刃、放たれる閃光。
その両者が交錯し、トロフィーは宙を舞って、床の上へと落ちた。
「おい、運営! こういう時は『早い者勝ち』なんだろう!?」
「そうだよ~」
いきなり、天井がぱかっと開いて、そこから因幡てゐが顔を見せる。彼女は今回、運営側についているらしい。
ひらひらと手を振って、『鈴仙さま、頑張って~』とにやにや笑いながら頭を引っ込める。
「なぁ、アリス。どこまで『あり』だと思う?」
「スペカはなし、相手を戦闘不能に追い込むのもやりすぎ。
文字通り、早い者勝ちなんじゃない?」
彼女の周囲に10を越える人形が現れ、乱舞する。二人の姿勢を見て取ったのか、鈴仙も『そうらしいね』とつぶやく。
「妖夢ちゃん! 前衛、よろしく!」
「承知しました!」
「おっし! アリス、お前は私の護衛だ!」
「冗談! あんたが邪魔するならまとめてぶっ飛ばすだけよ!」
四人が室内へと一気に入り込み、互いに交錯する。
妖夢の振りかざす二本の刃を、アリスが構える人形たちが剣で受け止める。鈴仙の放つ赤い閃光を、魔理沙は左手にしたためた緑色の光の盾で弾き、反撃とばかりに右手の閃光を放つ。
「アリスさん達は、すでに一個、トロフィーを持っているのでしょう? ここはお譲り頂けませんか!」
「いやよ! 欲しいものは力ずくで奪いにきなさい!」
「その言葉、委細承知!」
「っ!?」
妖夢の踏み込みの速度は尋常ではない。
あっという間に懐に飛び込まれ、アリスの眼前を銀光がかすめていく。後ろに下がっても、妖夢はぴったりとアリスに食いつき、離れない。
舌打ちし、苦し紛れに人形たちに攻撃をさせながら、アリスは視線を鈴仙に向ける。
直後、鈴仙の方がアリスに気付いた。『やばい』と思った次の瞬間には、撃ち出された紅の弾丸が彼女の真横で弾け、周囲を赤光で完全に埋め尽くす。
「もらった!」
よろめき、しりもちをつくアリス。
そこへ、妖夢がとどめの一撃を放とうとする。
「甘い甘い! パートナーを守るのもパートナーの仕事なんだぜ! 知っとけよ、半人前!」
魔理沙が二人の間に割り込み、アリスを守るようにして両手を広げた。
そこに宿る緑色の光が、振り下ろされる妖夢の刃を受け止める。直後、轟音を上げてそれが炸裂し、爆風で妖夢を吹き飛ばした。その爆風を利用して、魔理沙はアリスを抱えて箒に載せると、後ろへと向かって移動する。
「鈴仙さん! トロフィーを!」
「任せて……と、言いたいところだけどっ!」
前方に足を踏み出した鈴仙は、寸でのところで足を止め、横っ飛びにそれを回避した。
彼女が足を踏み出した地点――そこから横一列に光の珠が鎮座している。それは、鈴仙の接近を感知すると弾け、斜め前方に向かって魔力弾を散弾のように撃ち出した。
「この狭い空間じゃ、まともに争うのは不利だわ」
視力が回復したのか、アリスは目元をこすりながら言う。
「そんなに狭いかねぇ」
「接近戦をやらせたら、あの二人に勝てる奴なんていないわよ」
「確かに」
一人は接近戦のエキスパート。もう一人は幻を操り、それをサポートする。
距離をとっての射撃戦ならば有利に戦えるものの、距離を詰められては圧倒的に不利なことは言うまでもない。
「けど、接近戦をやらなきゃいけないわけだ」
「そうね」
アリスは床に飛び降りると、人形たちを操り、鈴仙に向かって一斉に攻撃を放つ。
自分に接近して剣や槍を振るうもの、遠距離から弾丸を放ってくるもの、それらが多角的かつ多面的に攻撃してくるにも拘わらず、鈴仙は側転、バク転、大ジャンプなどを駆使して全てを回避し、
「ターゲット、ロックオン」
直後、全ての人形たちを一斉に爆散させた。
人形たちがそれまで浮かんでいた空間に、一瞬だけ、鈴仙の具現化した力の残滓が残って消える。
ちっ、とアリスは舌打ちし、視線を右に向ける。
「くっ!」
力の源であり、攻撃の要の人形たちを吹き飛ばされ、一時的にしろ戦闘力が激減したアリスを、容赦なく妖夢が襲う。
振り下ろされる刃の嵐を何とか回避し、後ろに下がるアリス。
目の前に飛んでくる剣の先端を見切り、ぎりぎりで回避すると、続く左側の流れるような一撃を、振り上げた足――靴底で受け止めた。
「何っ!?」
がきぃんっ、という鋭い音。
「魔理沙!」
「任せろ!」
彼女の周囲に浮かぶいくつもの光の珠――そこから放たれる閃光が、無差別に地面を爆撃していく。
「弾幕はパワー……ね。確かに、無駄な力は強烈!」
鈴仙は魔理沙に狙いを定め、引き絞った一撃を放つ。
魔理沙はそれに気付き、盾として周囲の光の珠をかざす。だが、渦を巻いて迫る鈴仙の攻撃はそれをいともたやすく貫通し、箒にぶら下がるようにしてそれを回避した魔理沙の頭上のわずか上をかすめていく。
「おっそろしいね。なんていう狙撃だよ、くそったれ」
一方のアリスは妖夢の刃を足で受け止めた後、それを蹴り飛ばし、すかさず体を丸めて身を翻し、鋭い後ろ回し蹴りを放つ。
妖夢の右手の刃を、その踵は直撃し、彼女の手から剣を跳ね飛ばした。
妖夢は舌打ちし、後ろに下がろうとする。
だが、アリスは下がらず、前に出た。
「えっ!?」
それには妖夢も予想外だったのか、一瞬、彼女の動きが止まる。
アリスの左の蹴りが妖夢に向かって放たれる。妖夢はそれを脇を締めて受け止め、体に響く振動に舌打ちする。
すかさず、アリスは引き戻した左足に軸を移して、右の蹴りを放つ。妖夢はそれをかがんでよけるが、それを予想したように、妖夢の頭上で、アリスの蹴りが変異した。
「くそっ!」
すさまじい威力の踵落とし。それをぎりぎりで受け止めた妖夢は相手を跳ね上げ、下がらせようとする。
だが、アリスはその勢いすら利用して体を大きく反らせ、跳ねると共に左足でサマーソルトを放った。
それには完全に不意をつかれ、直撃こそしなかったものの、彼女のつま先は妖夢の顎をかすめていた。
「……おっそろしいわ」
「……確かに。何ですか、あの足技……」
「私に聞くなよ……」
人形を武器として使う、華麗なる人形遣いが見せる猛烈な蹴りのラッシュに、魔理沙と鈴仙の頬に汗一筋。
「ちょっと、魔理沙! 何やってんの! チャンスよ!」
「お、おお! そういえば!」
「あ、そ、そういえば確かに! 妖夢ちゃん、大丈夫!?」
二度のバク転の後、宙に跳ね、一瞬で人形たちを補充するアリス。
魔理沙は逆上がりの要領で箒の上に戻り、トロフィーへと視線を移す。
鈴仙は、顎を蹴られて脳震盪を起こしたのか、動くことも出来ない妖夢を気遣った後、舌打ちする。
「よーし! 今のうちに……!」
「ストップ!」
「はい!?」
魔理沙はトロフィーに向かって飛び、それを手に入れようとした瞬間、アリスが彼女の眼前に人形の刃を突き出した。
『危ないな!』と抗議する魔理沙。
だが、直後、彼女の眼前でトロフィーが爆裂する。
「アリスさんは気付きましたか」
魔理沙は視線をさまよわせる。トロフィーは、彼女が手を伸ばしていたところではなく、もう少し奥の方に落ちていた。
「偽物かよ!」
「そうよ。幻惑の産物」
危うく、鈴仙の仕掛けた罠に引っかかるところだった魔理沙は舌打ちした。
彼女の視線はトロフィーと鈴仙、妖夢、アリスを行ったりきたりする。
そうこうしているうちに妖夢が復帰し、剣を構えなおす。
互いに決め手を欠いたまま、このままではジリ貧になると判断したのだろう。この場で唯一の『人間』であり、最も身体能力の劣る魔理沙は、口許に小さな笑みを浮かべた。
「そんならこいつでどうだ!」
彼女は箒を掴むと、それを槍投げの要領で鈴仙に向けて投げつける。
鈴仙は眉をひそめ――次の瞬間、驚愕の表情と共に『なるほど』とつぶやいた。
箒が一気に加速する。さながら流星のように飛んでくるそれをぎりぎりで回避した彼女は、箒全体に魔理沙の魔力が載せられていることに気付く。
「不意を突いた一撃ってのはね、魔理沙! もっと予想外のことが出来ないと通じないわよ!」
鈴仙が魔理沙に向かって走る。
魔理沙は彼女を迎撃するために光の弾丸をばら撒き、後ろに下がる。
鈴仙が魔理沙に向かって飛んだ。舌打ちする魔理沙は彼女の動きを追いかけようとして、突然、目の前が真っ暗になったことに驚き、うろたえる。
「なっ……! 服かよ!」
「そういうこと」
眼前に、鈴仙の姿があった。
直後、魔理沙の手足を鋭い針が貫通し、彼女を完全に床の上に縫いとめる。
その針は、鈴仙の髪の毛と同じ色をしている。どこからそれを取り出したのか、全くわからないまま、魔理沙は無力化された。
「裸の一つや二つ、さらすのをいとわないくらいの度胸がないと、戦場では生きていけないわよ」
下着姿の彼女はにやりと笑う。
その一方、アリスと妖夢も、互いににらみ合ったまま、動けないでいる。
お互いの有利な距離を把握している以上、下手なことは出来ないのだ。また、逆に言えば、妖夢がアリスにプレッシャーを掛けているとも言える。『次は不意打ちは通用しない』。鋭い目でアリスをにらむ妖夢は、無言で、そのメッセージをアリスに向けているのだ。
「さて、私たちの勝ちね」
「……ま、そうかもな」
「あら、しおらしいじゃない。魔理沙なのに珍しい」
「なぁ、うどんげよ」
「何?」
彼女は落ちているトロフィーの前で足を止める。
魔理沙は言った。
「油断大敵なのはお前の方だ」
その瞬間、鈴仙の股の間をすり抜けるようにして、魔理沙の先ほど投げつけた箒が駆け抜けた。
「なっ……!」
あっけに取られる鈴仙の前で、箒が跳ね飛ばしたトロフィーは宙を舞い、見事に、魔理沙の手の中へと。
「出直してきな」
その瞬間、ブザーが鳴り響く。
告げられる『ゲーム終了』に、四人はそれぞれ、肩から力を抜いて脱力する。
「……ったくもー。そういうことね」
鈴仙は魔理沙に歩み寄り、彼女を縫い付ける針を抜き取りながら苦笑する。
「あんたが、まさか私に作戦勝ちするとは思わなかった」
「まあな」
「貧相な体つきの割りに、頭はなかなか切れるのね」
「前者は余計だろ! このエロうさぎ!」
「ふっふ~ん。悔しかったら谷間作ってみなさいよ~、ほれほれ~」
何やら愉快なやり取りをしている二人。
彼女たちを見ながら、『やれやれ』と妖夢とアリスは笑った。
「アリスさん、見事な足技でした。完全に意表をつかれましたよ」
「人形遣いの技が『人形』だけとは限らないってこと。
けど、妖夢もなかなかやるわね。一発もまともに入らなかったわ」
「入ってたら、私、そこら辺で気絶してましたね」
「かもね」
入り口へのスキマが開き、運営のてゐがやってくる。
彼女は一同に『お疲れ様~』と告げて、「では、次の舞台へどうぞ」と促した。
「けど、まだ負けてませんよ。トロフィーは全部で7つ。残り3つを、私たちが取ればいいんですから」
「そううまくはいかないわよ」
アリスと妖夢は互いのパートナーに『そろそろ出発』を告げて、スキマの中に入っていく。
四人が隙間の中に消えた後、激闘の跡が残る室内を一瞥して、「こりゃ修復が大変だ」とてゐは笑うのだった。
「両者共に、迷路の解き方も見事でしたが、戦いのほうも見事でしたね。解説の映姫さん」
「ええ。以前、彼女たちと一戦交えた頃よりもずっと強くなっています。
もしかしたら、次に戦ったとき、私が本気を出しても負けてしまうかもしれませんね」
「いやいや、そこまででは」
「いえいえ、案外、そうでもないかもしれませんよ」
残るステージはあと3つ。ゲームも佳境に入りつつあるのを察しているのか、会場のボルテージはヒートアップしている。
あちこちで『頑張れ!』という声援が響き、またあるところでは、「さあ、今回のゲーム、勝者は誰か! オッズはレイサナペア、3.5倍、マリアリペア、2.2倍だよー!」とトトカルチョしているものもいる。
なお、余談ではあるが、『レイサナ!? さなれいむだろ!』『マリアリとかふざけんな! アリマリだろ!』という声があちこちで上がっていたりする。
「いやしかし、盛り上がりますねぇ」
「普段、幻想郷はこうした娯楽が少ないですからね。
やはり定期的に、人妖のソウルをたぎらせるカンフル剤は必要です。長生きのコツですよ」
「お、そうなんですか。
じゃあ、私も、あと1000年、長生きしちゃおっかな~」
「天寿を全うすることが、全ての生命に与えられた義務であり徳です。
ぜひ、長生きしてくださいね」
閻魔の言葉に感銘を受けた聴衆が、『わかりました!』『俺、まだまだ長生きします!』『映姫たんさいこー!』と声を上げる。
何だか妙に人気のある閻魔さまを見上げる死神は、『……ま、それならそれでいっか』と諦め顔だ。
「最後は廟ですねー」
「そうね」
会場の一角でお昼ご飯を食べている霊夢と早苗。そのテーブルには小傘もついて、『お姉ちゃん、お代わり!』と笑顔を浮かべている。
「ミスティアさん、お代わりください」
「あいよー!
しっかし、食べるねぇ! 子供は一杯食べて大きくならないとね! ほら、大盛りにしといたよ!」
「なるほど、これ以上の大盛りとな!?」
「となると特盛りか!」
「特盛りロリ巨乳! 新しいな!」
紳士たちの期待を体の一部に一身に集める小傘は、渡される炊き込みご飯を、また笑顔で頬張っている。
「おっ、アリス達が帰ってきたわね」
「そろそろ行きましょうか」
「あっ、お姉ちゃん、頑張ってきてね。行ってらっしゃーい」
「ええ。
ミスティアさん、お勘定、ここに置いておきますね」
「あいよ、ありがとさん。
早苗さんはいいね~。霊夢さんはすぐにツケにするし」
「うっさいな」
「あんまおごってもらってばっかりだとヒモ扱いされますよ?」
「ほっとけ!」
屋台をやっていて、威勢のいい男衆と付き合いの多いミスティアは、客あしらいも上手であった。
ふてくされる霊夢は次なる目的地につながるスキマにさっさと向かってしまい、早苗も苦笑する。
ぺこりと頭を下げて去って行く早苗を小傘は笑顔で見送り、ミスティアも、『あんたらの優勝、期待してるよー!』と、その背中に声をかけたのだった。
――4――
「ようこそ。どこでもない此処の世界へ」
「あ、青娥さん」
「出たわね、ロリコン仙人」
「失敬な! わたくしはロリコンではなく、少女愛主義者です!」
それが『ロリコン』とどう違うのか、あえて霊夢は尋ねなかった。
スキマを通った先は、不可思議な気配が充満する仙人の世界。そこで二人を出迎えたのは、胡散臭い雰囲気だけなら八雲紫に匹敵するとまで言われた霍青娥である。
「ま、ともあれ。
わたくしが、皆さんの案内役です」
彼女は運営側に協力をしているらしい。
ぺこりと恭しく一礼してくれる彼女に、早苗は同じく礼を返した。一方の霊夢は、『バカにされてるような気がする』と、彼女の礼をスルーしている。
「知っての通り、仙人の世界は閉じられた世界。外から干渉することは出来ません」
目の前に佇む『廟』。
入り口はどこにもなく、窓すら開いていない。
そこへと、青娥は歩いていく。
「故に、わたくしは、案内役と言っても門番みたいなものでございます」
彼女の髪を留めるかんざしの先端が、とん、と廟の壁を叩いた。
瞬間、そこの壁が消滅し、中に入る入り口が現れる。
「ご案内するのはここまで。
此処から先へは、参加者の皆様がご自分の意思で進む道となっています」
「はい」
「ここで立ち止まって戻るもよし。トロフィーはここだけではございません。
あえて進むもよし。別段、凝った細工も仕掛けもございません。
さあ、どうぞ。お選びください」
妙に、誰に対しても礼儀正しい青娥の姿勢は、まさに慇懃無礼と言っていいだろう。
霊夢は『言われなくても進みますよ~だ』と舌を出して、廟の中へと進んでいく。早苗は苦笑を浮かべながら、青娥に向かって頭を下げ、霊夢の後を追いかける。そして青娥は、そんな二人の背中を、小さな笑顔を持って見つめていた。
「ったく。私、あいつ嫌い」
「霊夢さん、そういうのはいけませんよ」
「だって、あいつの態度が腹立つし」
廟の中へと足を踏み入れた二人は、薄暗い回廊を歩いていく。
道は右手側にゆっくりとカーブを描きながら、上へ上へ向かって延びていた。
他の参加者の姿はない。声も聞こえない。
歩みを進めていくと、段々、周囲から光は失われ、暗闇が世界を覆い隠していく。霊夢は懐から一枚の札を取り出し、それをぱっと放って光の珠を生み出した。
「静かですね」
「確かに」
とことこ、足を進めていく。
――と、どこかで『ことん』という小さな音がした。
二人は顔を見合わせ、音のありかを探って、周囲に光を向ける。
誰かが、あるいは何かが動いた気配はなかった。
「……気のせい?」
「さあ?」
また、二人は歩いていく。
きしきし、と小さな音。足下に視線を向けるのだが、そこには板張りの廊下はなく、当たり前のことだが、石造りのそれが広がっていた。
「お化け屋敷かっての」
霊夢は毒づき、歩みを速める。
――気のせいだろうか。
歩いていくうちに、霊夢は辺りをきょろきょろと見る回数が多くなっていく。
周りの闇が、ねっとりと、ねばつくように手足に絡み付いてくる感じがする。
周囲を覆う暗闇が物理的な圧力をもって、自分の上にのしかかってきているような……そんな錯覚に襲われ、霊夢は何度も、首を左右に振った。
「どうしたんですか?」
「……気のせい」
上げる声に余裕はない。
歩みを進めれば進めるほど息苦しさは増してくる。
いつしか、自分の額に、じっとりと汗が浮かんでいるのを、彼女は感じていた。
たまらないわね。
そう、内心でつぶやく彼女のうなじに、ぴちょん、と冷たい水滴が当たった。
「ひゃうっ!?」
「わっ!?」
飛び上がった霊夢が、手近なものに飛びついた。
もちろん、その相手は、その隣を歩いていた早苗である。
「あ、ご、ごめん……」
「いえ。
どうしたんですか? 何だか顔色も悪いみたいですけど……」
「き、気のせいよ。気のせい」
あはは、と無理に笑顔を作って笑う霊夢は、『さあ、急ぎましょう!』と大声を上げた。
まるで自分を鼓舞するような――そして、実際のところ、その認識は間違っていないのだろう。霊夢の上げた声に余裕はなかった。
歩いて、歩いて、歩いて。
遠くから、『がたん!』という音がして背筋をすくめたところで、早苗が後ろから問いかけた。
「もしかして、怖いんですか?」
「そっ……! そんなこと、あるわけないじゃないっ!」
霊夢の上げた声は引きつっていた。
早苗はくすくすと笑いながら、彼女の頭をなでる。
「嘘つかないの。お姉さんにはお見通しよ?」
「だ、だけど……!」
「意外ですね~。普段は妖怪退治に精を出す霊夢さんが、まさかお化け屋敷が苦手だったなんて」
「にっ、苦手とかそういうんじゃなくて、こう……何ていうか……変な気配が……」
「はいはい。強がりはいいから」
早苗は霊夢の手を握り、『一緒に行きましょう』と声をかけてくれた。
掌から伝わってくる彼女の『存在』に、乱れていた自分の心が落ち着くのを感じる。
霊夢は『……うん』とうなずくと、彼女と一緒に歩き始めた。
闇はますます暗くなる。
足下に気をつけ、右手で壁を伝いながら歩いていく。
次の瞬間、ふっ、と札の光が消えた。
「……ありゃ、時間切れか」
霊夢はつぶやき、もう一枚、札を取り出して宙へと放った。
だが、先ほどは皓々とした光を放つことが出来た札が、何も出来ずにいる。いや、正確には、宙に浮かび、光を放っているのだが、その光を圧倒的な闇が食い尽くしているのだ。
「ちょっと! これ……!」
そこで気付く。
いつの間にか、左手に、早苗の掌の感触がなかった。
慌てて振り返る霊夢。
闇に飲まれた世界では、視界が潰され、何も見えない。
「ちょっと、早苗!? どこ行ったの!?」
声を張り上げても返事はない。
途端に、背筋を寒気が這い上がる。
周囲の気温が一段下がったような怖気に、彼女は肩を抱いて身を震わせた。
「あはは……。冗談、だよね……?
ね、ねぇ、早苗! あのさ、もしかして怒ってる!? 私、謝るから! ちゃんと謝るから!
だから、早苗! 出てきてよ! お願いだから、ねえ!」
暗闇に取り残された彼女は必死になって声を張り上げる。
しかし、何をしてもなしのつぶてであることを痛感し、唇をかみ締める。
「……落ち着け、落ち着くのよ」
荒い息を抑えながら、彼女は視線を前方に向ける。
「とにかく前に進めばいい。そうしたらゴールがあるんだから……」
廟に入る前に見た地図を思い出す。
ルートは右の螺旋を描きながら続くだけ。迷うはずもあるわけがない、ただの一本道。スタートとゴールは、ただその線の端と端に存在するだけ。
彼女は大きく息を吸って深呼吸すると、『よし!』と気合を入れて進み始めた。
右手の壁の感触を頼りに進む。うまい具合に、前に進むことは出来ていた。
螺旋を描く通路は、彼女の右手に、そのルートを教えてくれる。辺りを警戒しながら進む彼女は、いつしか、その左手に札と針を構えていた。
――遠くで、『かちん』と言う音。
慌てて、霊夢は身を低くし、そちらに向けて一発の札を放った。
どこか遠くで札が炸裂したのか、『ぼんっ』と言う音がして、あたりは静かになる。
「……私を脅かそうなんて100年早いのよ」
強がりを口にし、引きつった笑いを浮かべて、霊夢は再び歩き出す。
後ろから、『かたかたかた』という音。
振り返る霊夢の顔の横を、真っ赤な何かが通り過ぎていく。
「わっ!?」
身を低くした彼女の頭上を、その何かは通り過ぎ、壁に当たって炸裂した。
「ちょっと……冗談でしょ……」
何とか立ち上がる霊夢。
恐る恐る右手を伸ばし、その右手が、すかっと虚空を薙いだ。
「えっ!?」
先ほどまで触れていた壁の感触がない。
壁から遠ざかってしまったのかと、通路の左右を歩くのだが、どこにも壁はなかった。
それどころか、どこまで行っても闇しかない。
どこを見ても、闇、闇、闇。
呼吸がどんどん荒くなり、息苦しくなり、彼女は何度も何度も咳き込んだ。
目元にじわりと涙が浮かび、彼女はそれを服の袖でぬぐい、『何なのよ……!』とつぶやく。
「何なのよ、これ! 私が何したってのよ! ねぇ! 誰か! 何とか言いなさいよ!」
答えはない。
張り上げた声は残響を残して徐々に消え、暗闇に飲み込まれる。
「……もうやだ……」
ぷつんと、こらえていたものが切れてしまうのを、彼女は感じた。
涙がとめどなくあふれ、嗚咽が漏れてしまう。
その場にうずくまり、子供のように泣いてしまう彼女。
そんな彼女の頬を、ひゅう、と風がなでた。
「……さて、と」
一方の早苗は、その場に足を止めていた。
霊夢と手をつなぎ、少し歩いたところで、その感触が手から消えたのを彼女は感じた。
その瞬間、何かいやなものを感じたのか、彼女は足を止めて周囲の気配をうかがっていたのだ。
「霊夢さんはどこへ……」
暗闇に包まれた世界では視覚は役に立たない。
やれやれと、彼女は肩をすくめた。
一枚の札を取り出し、それをぺたりと目元に貼り付ける。
閉じたまぶたの向こう側。圧迫される感覚と共に、聴覚が鋭敏になってくる。
同時に手足の感覚も研ぎ澄まされ、全身が『感覚』の塊へと化けていく。
見えるはずのないまぶたの向こう。
そこに、暗闇に覆われた通路の本体がはっきりと浮かんでくる。通路はゴールに向かって口を開けており、その向こう側に広い空間が見えた。
そして――、
「……なるほど。そういうことね。
こういう凝った嫌がらせを豊聡耳が考えるとは思えないから、主犯はあの邪仙か。
全く、何が『凝った細工も仕掛けもない』よ。今迄で一番、いやらしい仕掛けだわ」
彼女の手が、前方を示す。
闇の中にまっすぐ伸ばされたその指先が、その目標に向かって差し伸べられた。
「風よ! 薙いで祓え!」
猛烈な威力の突風が現れ、通路からその向こうの部屋に向かって吹き込んでいく。
それは、壁に掛けられた燭台――闇をたたえ、撒き散らすそれを粉々に粉砕し、その先の空間を埋め尽くしていた、文字通り、形を持った闇の『塊』を薙ぎ払い、その向こうの窓から全てを吹き飛ばした。
『あ~れ~』という悲鳴が響く。
ふん、と早苗は鼻を鳴らし、「現人神をなめるな、邪仙」と吐き捨てた。
風が開いた窓から光が飛び込んでくる。その光に照らされる空間へと、彼女は走った。
目元を覆う札を取り、その瞳でしっかりと、部屋の真ん中で泣いている少女の元に。
「霊夢さん、お待たせしました」
「あ……」
涙で顔をくしゃくしゃにした彼女は、早苗の笑顔を見て、全てを忘れてそこに飛び込んだ。
「よしよし。怖くない怖くない」
彼女の手が頭をなでてくれる、その安心感に、先ほどまで抱いていた混乱も恐怖も何もかもが抜け落ちていく。
なるほど、あの小傘がすぐに泣き止むわけだ、と霊夢は内心でつぶやく。
こんな風に安心させてくれる彼女の温かさがとても心地よかった。
「霊夢さん、あそこ。トロフィー、ありますよ」
「……うん」
「もう。一人でどっか行っちゃダメじゃないですか」
「……ごめんなさい」
「怒ってませんから」
優しく、早苗は霊夢の頭をなでた。そして、温かい、柔らかな笑顔を向けて、彼女の手を引いてトロフィーへと歩み寄る。
早苗がトロフィーを手に取り、『ゲーム終了』の放送が流される。
「さすがですね」
二人を迎えに来たのは豊聡耳神子その人だった。
その彼女に、早苗は、『青娥さんに好き勝手させるのはよくないですよ』と、笑顔で強烈な嫌味を放つ。
その嫌味をまともに受けて、さすがの神子の顔も引きつった。
「いやぁ、ここまでの仕掛けを考えているとは、さしもの私でもわからなかった次第でして。
面目ない」
「別にいいですけどね。
次はもっと、楽しい仕掛けを期待してますから」
その笑顔の皮肉と嫌味のコンボに、神子は『たはは』と苦笑い。
早苗は霊夢を連れて、スキマを通って戻っていく。
「……にしても、闇を操り、人心を乱す術、か。
彼女は嫌がらせと言っていたけれど、割と凝った術ね。勉強になるわ」
早苗の神風に吹っ飛ばされた青娥が、今、果たしてどこにいるかはわからなかったが、神子はとりあえず青娥を評価しているらしかった。
うんうん、とうなずいた後、彼女はすたすたスキマの中へと消えていく。
――そして。
「……ちょっとやりすぎたかしらね~」
「青娥~、そこからどうやって降りるんだ~?」
「どうしようかしら~?」
廟の遥か向こう。
早苗の神風の直撃を受けた青娥は、天地が逆転した姿勢のまま、木の上に引っかかっていた。
青娥の手伝いをして、あちこちで音を立てたり、暗闇の燭台を配置して回っていた芳香が、木の根元でぴょんぴょんと跳ねている。
「困っちゃったわね~」
うふふ、と笑う青娥。
しかし、その内心では、あの博麗の巫女を惑わせたことに満足しているのか、早苗の反撃に対してもいやなものを抱いている様子はなかった。
むしろ、その顔に浮かぶのは『満足、満足』と言う満面の笑みだ。
しばらくそうしていると、運営の手伝いをしている天狗たちがやってくる。
彼女たちは一様に、木に引っかかった青娥の姿を見て困惑の表情を浮かべた後、顔を真っ赤に染めている。
「とりあえず、下着はつけたほうがいいかしら?」
盛大にまくれあがったスカートや露になった胸元を隠しもせず、救出作業をしてくれる天狗たちに、青娥はにやにや笑いを浮かべながら問いかけたのだった。
「仙人の技の一つに、人心を操ると言うものがあります」
「ほほう。それは?」
「文字通り、その言葉や態度、さらには術を用いて人を集め、関心を引き、同時に感心させる術です。
人心掌握術の一つですね。
彼女、青娥と言いましたか。それがやったのは、人が一人ぼっちでいることの『寂しさ』を倍増させる術ですね」
「なるほどー。なかなか勉強になりますねぇ」
「廟に行った参加者が、皆、リタイアしてしまったのはそれが原因ですね」
人は一人ぼっちでいる寂しさに耐えられる生き物ではないのだ、と映姫。
人は必ず、誰かを頼って生きている。一人で生きているように見せていても、実際はそうではないのだ、と。
それが人と人とのつながりであり、生きていくうえでの絆、縁となる、と。彼女の言葉は、なかなか重みのある、深い言葉だった。
ちなみにその言葉に感銘を受けた一部の紳士たちは、『そろそろ、俺も部屋の外に出るときがきたか……』だの『だが、ぼっちもまた、紳士のたしなみの一つだ……』と、妙に達観した表情を浮かべていた。
「早苗さんの一撃は強烈でしたねぇ」
「閉鎖空間において、風というのは強烈な攻撃ですからね。
姿を持たないが故によけることは難しく、閉じられた空間であるが故にたやすく増幅、荒れ狂う。
あれをよけるのは、さすがの仙人でも不可能だったでしょう」
「私も風使いとして一家言ありますが、あれほどの風は起こせませんね。まさに神風です。はい」
内心で、解説のあややは『それに風使いというのは素敵な職業です』とつぶやいていた。
風を下から上に向かって巻き起こす、ただそれだけで、少女たちの鋼鉄の防御を粉砕できるのだから。
なお、そのよこしまな気配を感じ取られたのか、文は次の瞬間、映姫のラストジャッジメント(物理)を食らって車○飛びしていたのだった。
「ようこそ、命蓮寺へ」
スキマを通って命蓮寺にやってきたアリスと魔理沙を迎えたのは、その住職、聖白蓮であった。
二人は首をかしげ、『あの……』とアリスが声をかけようとする。
「今回の宝探しですけれど、ぜひとも、命蓮寺の魅力を味わって欲しくて」
「はあ」
「早速で悪いのですけれど、お二人とも、あちらでお着替えをお願いします」
「着替え? 何でだ?」
「うふふ」
答えてくれないことに一抹の不安を覚えながらも、二人は案内された寺の一室で、渡された衣装に袖を通す。
ちなみに、その衣装を持って来たのは雲居一輪であった。
なお、魔理沙に、『おっ、えーと……えー……一なんとか!』と言われた瞬間、その脳天に鉄輪を叩き込んでいたりする。
「……下着も身に着けてはいけない、ってどういうことかしら」
二人は服を着替え(肌襦袢のようなものだ)、白蓮に案内されながら寺の敷地を歩いていく。
そして――、
「それでは、まずは滝行からです」
と言う白蓮の一言で、落差20メートルはある滝つぼに放り込まれていた。
「おい、白蓮! 何だよこれ!」
「魔理沙、前かがみになったら危ないわよ」
「うぐぐ……!」
白蓮の後ろにとことこと現れたナズーリンが、さっと立て札を取り出す。
そこには『命蓮寺体験ツアー』と書かれていた。
「滝行は、穢れた体を清め、俗世の汚れを取り去ってくれます」
白蓮の言葉など、魔理沙の耳には入っていなかった。
強烈な圧力でもって叩きつけられる水の痛いこと痛いこと。おまけに寒い。とことん寒い。
がちがち震えながら滝を受けるしかない魔理沙と違って、アリスは割りと冷静だった。黙って滝の水を受けている彼女であるが、魔理沙の目は見逃さない。その唇がかみ締められ、かちかちと歯を鳴らしていることを。
「はい、おしまい」
滝の中に放り込まれていたのは10分ほど。
焚き火で暖を取り、濡れた体を乾かして、次に連れて行かれたのは――、
「おい、白蓮! これ……!」
「喝」
「いったぁーっ!?」
続いて座禅。
煩悩を取り除き、心と体を『空』にするというのがその名目であった。
もちろん、一箇所にじっとしていられないのが魔理沙だ。
そわそわ体を動かしてしまい、その瞬間、強烈な勺での一撃を叩き込まれてしまう。
「くっそー……何だよ、これ……」
「喝」
「だから痛いって!?」
アリスと魔理沙以外にも参加者は大勢いる。
彼らが皆、座禅を組まされ、寺の本堂に入れられている光景はなかなかシュールであった。
座禅の時間は30分ほど。それが終わると、寅丸星による、ありがたい仏の教えの享受である。
「……もしかして、これ、自分のところに信仰を集めようとしてんじゃ……」
「喝」
「座禅は終わっただろいってぇーっ!?」
果たして白蓮がそこまで考えているのかはわからないが、用意されているメニューはそうとしか思えない内容であった。
ちなみに、アリスは一回も白蓮に叩かれることなく、見事な座禅を披露していたりする。
もちろん、隣で魔理沙が騒ぐため、それのせいで逆に気持ちを落ち着けることが出来ていただけなのだが。
「さて、それでは最後の修行です」
いつの間にか『宝探し』でも『命蓮寺体験ツアー』でもなく、『修行』となっている事実にツッコミ入れるのは魔理沙だけだった(もちろん、その後、叩かれた)。
参加者たちは命蓮寺の裏手に連れて行かれる。
滝が流れる崖の一角。そこに岩屋がある。
「こちらの中で5分間、俗世から離れ、己を見つめなおしてくださいな」
次々に、参加者が岩屋の中へと入っていく。
一つのペアが出たら、次のペア、その次のペア、と言う具合に。
「……宝探しとかどうなったんだよ」
つぶやく魔理沙。
彼女たちの番が来たのは、岩屋の前に連れて来られてから30分ほどが経過した時だった。
「それでは、頑張ってくださいね」
星がそんなことを言いながら、二人を岩屋の中に閉じ込める。
重たい音がして入り口の扉が閉まり、外からがっちりと鍵が掛けられた。
「ったく。何なんだよ、これ。宝探しはどうなったんだよ」
ぶーたれる魔理沙。ある意味、当然の反応だった。
一方、アリスはきょろきょろと、岩屋の中を見回している。
「おい、アリス。さっさと、これを終わらせてトロフィー探そうぜ」
魔理沙は『やってられるか』と岩屋の床に寝転び、大きなあくびをする。
「おい、アリス」
しかし、アリスはあちこちを見回しているだけで、魔理沙に倣おうとはしない。
彼女は床の上に起き上がると『何やってんだよ』と尋ねた。
「トロフィー、どこかにないかな、って」
「どこにあるってんだよ。こんな狭いところに」
「……そうなんだけどね。
けど、気にならない? 今まで回ってきた修行場。どこにだって、トロフィーを隠そうと思えば隠せるわ」
「そりゃそうだけどさ」
「そして、他のところは、修行が全部終わった後でも探して回れる。
けれど、この岩屋は、この瞬間だけしか探せない」
「んなことするかねー」
「白蓮さんならしないでしょうね。だけど、隠したのがナズーリンとかぬえならどうする?」
ん~、と魔理沙はうなった。
確かに、その辺りのひねくれた連中なら、こういうところにトロフィーを隠しそうな気もする。
絶対に見つからない場所に隠すのはNG行為であるが、少しでも探索できる場所に隠すのなら、それはルール違反ではない。
5分と言う短い時間であるが、探索が出来る、この岩屋の中にトロフィーを隠してもおかしくはないだろう。
「けど、どこにあるんだよ」
岩屋は人が二人、寝そべることが出来る程度の空間しかない。天井も低く、アリスは中腰にならなければ立てないほどだ。
こんな狭いところに閉じ込められたら発狂するぜ、と魔理沙。
アリスは『確かにね』とそれに同意する。
辺りの壁を『こんこん』とアリスは叩いて回る。どこかに、壁に偽装された隠し部屋みたいなものがないか、探しているのだ。
「と言われてもなぁ……」
魔理沙もそれを手伝い、辺りを探して回る。
衣擦れの音。小さな呼吸の音。
「……ダメね」
「確かに」
二人はその場に腰を落とした。探せる範囲は全部探したと言うのに、何も見つからない。
アリスの読みは外れていたのか。珍しいこともあるもんだ、と魔理沙はそれを評価して、『気落ちすんなよ』とアリスの肩を叩く。
「ここから出たらあちこち探せばいいさ」
「そうね」
「あと……3分くらいかね。のんびりしようぜ」
魔理沙はアリスに『そこに座ってくれ』と言う。アリスが『何よ?』と問いかけるのだが、彼女は何も答えなかった。
首をかしげながら、アリスが床の上に腰を下ろすと、『よっこいしょ』と魔理沙がその膝の上に頭を載せた。
「膝枕してほしいなら言えばいいじゃない」
「恥ずかしいのさ。魔理沙さんはシャイガールだからな」
「はいはい」
ぺし、と彼女のおでこをはたいて、アリスは岩屋の壁に背中を預ける。
さてどうしたものか、と頭を壁にくっつけて目を閉じる。
しんと岩屋の中は静まり返り、暗闇がアリスの視界を満たす。
何も見えない、聞こえない、静寂の世界。確かに、こんなところで心を落ち着けていたら、此の世から解脱できそうだ、とアリスは内心で苦笑する。
「……!」
「魔理沙?」
「しっ」
魔理沙が突然、身を起こした。
アリスが首をかしげるのを無視して、彼女は鋭い瞳で周囲を見渡し、突然、耳を床に当てる。
「どうしたの?」
「……音」
「音?」
「聞いてみろ。壁でもいい」
言われて、アリスも壁に耳を当てる。
――きちきち、かりかり。
そんな小さな音が聞こえてくる。
「……これは……」
「おい、アリス。さすがだな。さすが、私の見込んだ参謀だ。お前の考え、当たってるかもしれないぞ」
音はあちこちから聞こえてくる。
その音の源をたどっていくと、やがて、最も音の大きい場所に辿り着く。
それは、岩屋の一角、壁の隅だった。よく見れば、その部分だけ、積み上がった岩にわずかな隙間がある。
「よっ……と」
魔理沙がそれに手をかけ、引っ張ると、壁がぼこっと外れた。
その中を見て、アリスは『……うわぁ』という顔をする。
「虫嫌いにゃ地獄だな、こりゃ」
壁の中に何匹もの虫がたかっている。ケラか何かだろうか。
そして、その虫たちに守られるようにしてトロフィーが置かれていた。魔理沙は恐る恐るトロフィーを手に取り、それにたかっている虫を払う。
直後、『ゲーム終了!』のアナウンスが流れ、岩屋の入り口が開かれた。
「お疲れ様でした」
星がにこっと笑う。
だが、その笑みは、トロフィーにまだくっついていたケラを見て引きつる。彼女、ちょっぴり虫が苦手らしい。
「そういえば、アリス」
「何?」
「俳句にゃ、『虫の闇』って言葉があるらしいな」
「闇が岩屋、虫が文字通りの虫、か」
「そして、静かにしてなきゃ気付かない。お前みたいに、あそこが怪しいと思ってる奴が大半なんだろうけど、そいつらは、黙って静かにしてなかったんだな」
あの音には、余計な音を立ててしまうと気付けない、と魔理沙。
それを指摘したのは魔理沙の功績でもある。『あなたもたまには役に立つのね』とアリスは皮肉を言ってみせた。
もちろん、魔理沙は『そうだろう?』と皮肉に対して、いつもの彼女の笑みを返してくるのだった。
「こちらもなかなか見事な展開でした」
「あの仕掛けに気付くとは、彼女も侮れませんね。私は、霧雨魔理沙はそれほど鋭いほうではないと思っていたのですが」
「いえいえ、案外、そうでもないんですよ。これが」
「しかし、こうなりますと、勝負は霊夢&早苗ペアと魔理沙&アリスペアの一騎打ちになりそうです」
そして、残すステージは妖怪の山。
当初の段階で霊夢やアリスが懸念していた、『最高難易度』のステージが残ってしまったわけだ。
だが、その展開は、それを眺める観客にとっては望むところである。
トトカルチョは最高潮のボルテージに達し、なぜかオッズが倍以上に跳ね上がっている。一方、『でぃすぷれぇ』の前では、『レイサナが勝つね!』『ちょっと待て! 霊夢さんは受けだろう、受け! へたれ受けだ!』『すなわちアリス最強ということだな! やはり俺の見立てに狂いはなかった!』『うるせぇボケ! アリスは誘い受けだ!』と紳士たちの激論が繰り広げられている。
「この先、どうなるでしょうか」
「なかなか難しい問いかけですね。
地力ではどちらもどっこいどっこいといった程度でしょうし」
「なるほどー。映姫さんの目をもってしても、今回の勝負は見通せないと言うわけですね」
「ええ。これは目の離せない展開になりそうです」
「中継の椛さーん! そういうわけなので、頑張ってくださいねー!」
宝探しも最終ステージを迎え、会場の盛り上がりも絶好調。
それに応えるためなのか、『でぃすぷれぇ』に映し出されている画面が、少しだけ上下に揺れたのだった。
――5――
「……あんたの家ね」
「そうですね」
妖怪の山へのスキマを通り、辿り着いたのは守矢神社の境内だった。
そして、それと少し遅れるようにして、二人の反対側にもスキマが開き、そこから魔理沙とアリスがやってくる。
「おっ、来たな」
「予想していたわよ」
にやりと笑う魔理沙。それに不敵に返す霊夢。
早苗とアリスは、『お互い、手間のかかる子の面倒を見て大変ですよね』と言う顔で笑っていた。
「はいはーい。そこまでそこまでー」
頭上から声が降ってくる。
振り仰げば、そこには守矢神社のちび神、諏訪子が浮いていた。
「トロフィーの獲得、ごくろーさん。
うちに最後の一つはあるよ」
彼女の指し示すところ――神社の本殿。そこへの入り口が開き、神奈子が現れる。彼女はどっかとその場に腰を下ろし、右手に持ったトロフィーを床の上に置いた。
「神奈子からトロフィーが欲しかったら――」
「欲しかったら?」
「相手を倒せ! 以上!」
諏訪子の言葉に、4人の視線が互いに絡まりあう。
「……なるほどね。最高潮の見せ場ってところ」
「どうやらそのようですね。
妖怪の山は、そういうステージだったんですね」
「……っていうかさ、早苗。うちらが残ったからいいけど、戦闘力のない人が来てたらどうなってたわけ?」
「……さあ?」
そういう深いところまで、絶対に諏訪子は考えてないだろう、と早苗は言った。
視線を神奈子に向ければ、神奈子もそう思っていたのか、『お前達が残ってよかった』という顔でうなずいている。
霊夢と早苗が顔を引きつらせる。
その瞬間、二人の間に、魔理沙の放った魔力弾が着弾した。
「おいおい、どこ見てんだ? もう勝負は始まってるんだぜ!」
「そういうことね」
二人を包囲するように人形たちが展開する。
彼女たちが一瞬後、二人めがけて四方八方から弾丸を放った。その攻撃を、霊夢は両手に構えた6枚の札で受け止め、結界を展開して人形たちを弾き飛ばす。
「不意打ちとはやってくれるわね」
「別に。正面切って殴り合ってるんだから、不意打ちなんかじゃないわ」
アリスが、とんっ、と地面を蹴った。
素早く早苗に接近した彼女は、至近距離から人形を放ち、その人形が振りかざす刃が早苗の眼前を掠めていく。
大きく体を反らし、その攻撃をよけていた早苗は、後ろにバク転する形で着地し、態勢を立て直すと、右手を地面に叩きつける。
「っ!」
足下の地面が揺らぎ、そこから土の塊が飛び出す。
アリスはそれの直撃をぎりぎりで回避し、後ろに下がった。
「それっ! それっ! それっ! これでどうだぁっ!」
魔理沙が後ろに下がりながら、霊夢めがけて連続で魔力弾を放つ。
霊夢は相手に接近しながら、片手に持った結界の盾でそれを弾いていく。
だが、魔理沙が最後に放った弾丸は、霊夢の結界に触れる直前ではじけた。
「!?」
弾けた弾丸は無数の小さな弾丸に化け、一瞬の後、霊夢へと四方八方から降り注ぐ。
足を止めた霊夢は一瞬のうちに判断を下し、両手に持った結界の盾を大型に展開し、その中に引きこもるようにして攻撃を受け止める。
魔理沙の攻撃が終わったのを確認して、霊夢は飛び出した。
しかし、予定していたところに魔理沙はいない。
霊夢は上空を振り仰ぐより早く、その場から横っ飛びに飛んだ。直後、彼女がそれまで立っていた位置に閃光が着弾し、爆発する。
「少しは小手先の技を使うようになったわね」
「案外、そうでもないさ。いつも通りの力押しだ」
連続で放たれる閃光をガードしながら、霊夢の視線は早苗に向いた。
早苗はアリスの攻撃をさばきながら、霊夢と視線を交わし、うなずく。
霊夢の手が宙を動き、結界の盾が集合する。次の瞬間、魔理沙の放った閃光は、その結界の盾に当たって弾かれる。
だが、その弾かれた地点にはアリスの姿があった。
「おい、アリス!」
それに気付いた魔理沙が声を上げ、アリスは何かを感じ取ったのか、振り返ることもなく真横に飛んだ。
霊夢の弾いた閃光は、そのまままっすぐ早苗へと向かっていく。
魔理沙は『よっし、自爆か! ざまぁみろ!』と内心でほくそえむ。
しかし、
「あっぶねっ!」
その攻撃を予想……いや、予定していた早苗は結界で閃光を弾いた。
撃ち出した閃光が、そのまま魔理沙へと撃ち返される。ぎりぎりでそれを回避する魔理沙。
だが、さらに霊夢が上空へ飛び、弾いた閃光をさらに弾く。
さすがにそこまでは予想できなかったのか、魔理沙の動きが止まった。あわや直撃と言うその瞬間、彼女の前に人形が投げ込まれ、閃光を受けて、その人形が破壊される。
「……助かったぜ、アリス」
「魔力吸収体で作った人形が役に立つなんて思わなかったわ」
高いんだからね、とアリス。
魔理沙は体勢を立て直すと、一旦、霊夢から離れていく。
それを逃すまいと、霊夢は魔理沙に攻撃を放ち、その機動の邪魔をする。
だが、横からアリスが霊夢に攻撃を仕掛けた。
自分の周囲を舞ういくつもの人形が接近戦を挑んでくる。振りかざす刃の鋭さに霊夢は足を止め、たまらず、早苗の下へと退避した。
早苗は、霊夢が引き連れてくる人形を一体一体、的確に撃墜しながら、その視線を魔理沙に向ける。
魔理沙は攻撃のチャンスを得て、今しも、二人に攻撃を仕掛けるところだった。
それを見て、早苗の左手が翻る。
魔理沙の足下で渦を巻いた風が、一瞬で巨大な竜巻に成長し、彼女を真下から突き上げる。
いきなりの攻撃に、魔理沙は風に煽られ、吹っ飛ばされた。苦し紛れに放った弾丸はあさっての方向に飛んでいく。
しかし、それを、アリスは無駄にしない。
「サポート一回分おごりよ!」
彼女は大きく飛び上がると、飛んできた魔理沙の弾丸にタイミングを合わせ、それをサッカーボールのように蹴りつけた。
アリスの蹴りの威力が合わさった弾丸が、早苗と霊夢のちょうど間に着弾し、爆裂する。
体勢を崩し、倒れる霊夢。そこへ、アリスの放った人形が殺到する。
頭上から突き出される剣や槍などの攻撃を転がって回避し、彼女は右手で地面を叩き、跳ね起きる。眼前に迫った刃を紙一重でよけ、瞬間、攻撃をしてきた人形に札を貼り付け、撃退する。
なおも攻撃を繰り出してくる人形たちをさばきながら、視線を早苗へ。
早苗は、体勢を立て直した魔理沙の絨毯爆撃にさらされている。境内を走り回って攻撃をよけ続けているのだが、その前方にはアリスが待ち構えている。
アリスが両手に構えた光が人形二体に吸収され、その人形たちが光を蓄え始める。
霊夢は舌打ちし、自分に攻撃してくる人形たちを殴りつけて振り払うと、空間を跳躍してアリスの背後に現れた。
早苗の援護をしようと、手を振り上げる霊夢。
しかし、その時、霊夢は見た。アリスが肩越しに振り返り、にやりと笑ったのを。
「しまっ……!?」
霊夢の足下に、一体の人形。
それが光を放つと同時、爆発した。
「あなたの攻撃、結構見切りやすいのよ? 霊夢」
「霊夢さんっ!?」
人形爆弾の直撃を受けた霊夢は大きく吹き飛ばされ、石畳の上に倒れてしまう。
ぴくりとも動かない彼女。慌てて、早苗が駆け寄ろうとするのだが、その瞬間を狙って、アリスの放つ閃光が二本、早苗に直撃した。
「戦いに勝利するコツはね、霊夢、早苗。相手のパターンを読み、いかに自分のパターンに誘い込み、はめるかよ」
早苗はぎりぎりで防御が間に合ったのか、いまだ、その場に立っている。
だが、その体には痛々しい傷跡が刻まれ、大きく肩を上下させていた。
「そろそろ諦めるんだな」
魔理沙の声が、早苗の頭上から降ってくる。
アリスは人形を展開し、ファランクスの隊形を取った。
両者に挟まれ、早苗はうつむき、小さな声でつぶやく。
「……たかが妖怪と人間のくせに」
「へぇ、言ってくれるじゃねぇか。
そういう高飛車な物言いは……」
「魔理沙!」
「へっ?」
「現人神と呼ばれた守矢の巫女の力、甘く見るな!」
早苗はそう宣言し、右手を天に向ける。
「乾!」
日が傾き始めた空が、一瞬で黒雲に覆われる。
直後、一寸先も見えない豪雨が、滝のように魔理沙達に叩きつけられる。
「うわっ!? 何だこりゃ!」
「坤!」
早苗の左手が大地を叩く。
立っていることも難しい地鳴りと共に、あちこちの地面が隆起し、アリスは慌ててそれに巻き込まれまいと逃げ惑う。
「天と地紡ぐ神の子の名において命ずる!
つなげ! 神鳴っ!」
一陣の雷光が走り、魔理沙の箒を直撃した。
箒を焼かれ、地面に落下する魔理沙。その彼女をアリスが受け止めるが、その二人へと、雷撃が襲い掛かる。
「ちっ!」
魔理沙はアリスを突き飛ばし、右手を地面に、左手を天に向ける。
雷光は魔理沙を捉え、彼女を跳ね飛ばした。
悲鳴すら上げられずに魔理沙は地面に倒れこむ。
「蛇は水神。だが同時に山の神となり、山の神は雷を生む。かわずは水を吐き、大地を揺らす。
二柱の神の怒り、思い知ったか」
「……やってくれるじゃない」
普段、誰にでも物腰丁寧な早苗がまなじりを吊り上げ、アリスをにらみつけていた。
霊夢をやられた怒りは、それほど大きかったのだろう。
一方のアリスも、先ほどまでの余裕の浮かんでいた表情を消し、冷たい炎を瞳にたたえている。
「せっかく、魔理沙に貸しを作ったのにね。それが全部パアだわ」
ぱりっ、ぱちっ、と彼女の周囲で青白い稲光が走っている。制御できない魔力の暴走だ。
握り締めた掌から、血がぽたぽたと落ちている。
「……ぶっ飛ばす」
アリスがぽつりとつぶやいた瞬間、彼女の周囲にいくつもの人形が現れる。
その人形たちは、皆、一様に、早苗が目を見開くものを抱えている。
「全員、撃ちなさい! 遠慮はいらないわ!」
人形たちが構えていたのは八卦炉だ。恐らくは、アリスが魔理沙の八卦炉を見よう見まねで作った模造品だろう。当然、質はよくないのか、魔理沙が放つような極大光線を放てるわけではない。
しかし、その威力は、たとえまがい物とはいえ、集まれば油断が出来るものではない。
人間の体くらいなら簡単に飲み込んでしまえる極太のレーザーが放たれる。
それを、早苗は横に転がってよけながら、叫ぶ。
「乾!」
天から降り注ぐ雨が勢いを増し、アリス一人に集中する。
「小ざかしい真似を!」
怒るアリスは手を天に向け、生み出した盾で雨を受け止めた。
だが、その圧力はすさまじく、思わず、その場で膝を折りそうになる。
「坤!」
台地が隆起し、巨大な、一抱えほどもある岩の弾丸を吐き出した。
アリスはそれを見て、小さく舌打ちする。
人形たちがアリスの回りに集結し、弾丸を次々に閃光で迎撃していく。
だが、それこそが早苗の狙いだった。
アリスによって粉砕された岩の破片が、一気に立ち上がり、巨大な土くれの塔を作り出す。
「閉!」
アリスの周囲を囲んだ土くれが、一斉に彼女に向かってなだれ落ちる。
「生き埋めと水責めね!」
アリスは雨を受け止めるのをやめ、崩れ落ちてくる土の塊に両手を押し当てる。
「ぶっ壊れろっ!」
頭上から、潰されそうなほどの圧力の水を受けながら、彼女は叫ぶ。
土の表面全てに青白い光が走り、次の瞬間、轟音を上げて爆裂した。続いて、彼女は人形の手から八卦炉を奪い取ると、それを天に向ける。
「抜けろっ!」
撃ち出される閃光。
それは雨の中心を遡り、天を貫く白い柱を作り出す。
「……なかなかね」
「そっちこそ」
アリスは手にした八卦炉を捨てた。
すでに燃え尽き、炭となったそれは、地面に落ちると崩れて消えていく。それほどの出力を扱った代償か、アリスの右手は掌が真っ黒にこげている。
だが、そこから伝わる痛みなど、アリスは全く気にしていなかった。
「技と技の勝負なら決着はつかなさそうね。
だけど――」
アリスは地面を蹴った。
一瞬で、早苗に接近した彼女は、鋭いストレートキックを放つ。
早苗はそれを両腕でガードし、一歩、後ろに下がって勢いを殺して受け止めた。
だが、
「力と力の勝負なら!?」
アリスの両手が早苗の両手を捉え、そのまま力任せに組み伏せようとする。
早苗は一瞬、その勢いを受け止めるが、あっという間に片膝を突かされた。
「妖怪の身体能力は人間の数倍以上ってこと、忘れてないでしょうね!」
骨のきしむ音と共に、激痛が腕から全身に走り、早苗は唇をかみ締める。
このまま組み合っていては腕を潰されると思ったのだろう。早苗は一瞬、身を沈める。アリスは勢いのまま、わずかに体を前に泳がせた。
次の瞬間、鋭い風がアリスの体を持ち上げる。
状況を彼女が認識した瞬間には遅い。早苗はアリスの体を鋭く持ち上げると、そのまま大地へと叩き付けた。
衝撃に一瞬、息を喘がせ、意識が飛ぶ。
早苗の手がアリスの服を掴み、それを力任せに引き裂いた。
「女を黙らせるには羞恥に訴えるのが一番ですからね」
振り上げた拳が、アリスの腹を貫いた。
続いて、彼女の胸を踏みつけようと、早苗が足を振り上げる。
だが、それを狙っていたアリスは、早苗の軸足を掴むと、それをそのまま持ち上げ、彼女を地面の上に引き倒す。
「なめてるのはお前の方よ」
早苗を逆さまに持ち上げると、アリスは彼女のみぞおちに蹴りを叩き込んだ。
早苗の体がくの字に折れ曲がり、吹き飛んでいく。
地面の上に叩きつけられ、激痛で動くことも、呼吸をすることも出来ない彼女へと、悠然と、アリスは歩み寄っていく。
「くたばれ」
超至近距離からの閃光。
ガードすることも出来ず、それに飲み込まれた早苗は、そのまま地面の上で身動きをしなくなった。
冷たい眼差しで彼女を見下ろしていたアリスは、ふぅ、と肩から力を抜くと、こちらの様子を見守っている二人の神に視線を向ける。
「私の勝ちよ。トロフィー、もらえる?」
「あんたさー」
勝利宣言をするアリス。
だが、そのアリスに、にやにやとした笑みを向けるのが諏訪子の役目であった。
「うちの早苗、なめてない?」
「は?」
「早苗はそんな程度じゃ倒れやしない。ましてや、ぷっつん来てる時はね」
振り返る。
全身にダメージを負いながらも、早苗が立ち上がっていた。
彼女の唇が、小さく言葉を紡ぐ。
「乾!」
「また同じことを! バカの一つ覚えって言うのよ!」
だが、今度の攻撃は『バカの一つ覚え』ではなかった。
上空で形を成した水が『槍』となって降り注ぐ。
その一撃は大地を深く貫き、木々を縦にぶち割るほどだ。さすがのアリスもこれは受けられないと判断したのか、水の槍から逃げ惑う。
「坤!」
大地が揺れ、巨大な地割れすら伴った地震が発生する。
それに巻き込まれ、動きの制限されたアリスめがけて降り注ぐ水の槍が、一斉に彼女の体へと突き刺さる。
「撃ち抜け……!」
早苗のかざす右手に、巨大な雷光が収束し、一本の雷の槍が出来上がる。
アリスは足を大地に挟まれ、体を水の槍で地面に縫い付けられながらも指先を振るい、人形たちを早苗の周囲に展開させる。
「神鳴っ!」
「放て!」
人形たちのかざした八卦炉と、早苗の構えた雷の槍が光を増した、その瞬間。
「おっと」
あまりにも軽い、諏訪子の声。そして、ぱきーん、という澄んだ音が響いた。
「ありゃ、トロフィー壊しちった」
諏訪子が持っている鉄輪が、神奈子が構えていたトロフィーを直撃していた。
ぱらぱらと、その破片が床の上に落ちていく。
響くブザー。告げられる『ゲーム終了』の声。
それを受けて、二人はしばらくの間、にらみ合った後、攻撃態勢を解いて、はぁ、と脱力した。
「……アリスさん、沸点低すぎです」
「あんたこそ。人のこと言えるの? 人のこと、穴だらけにしといて」
人間なら絶命は免れない重傷を負いながらも、アリスの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
知りませんよ、と早苗はそれに頬を膨らまして返し、霊夢の下に駆け寄っていく。
「……ったく」
アリスも踵を返して、地面の上で目を回している魔理沙の元へ。
「……ちゃんと、霊夢も魔理沙も巻き込まないようにして攻撃してくるんだもの。やってくれるじゃない」
これだけ荒れ果てた神社の境内。それにも拘わらず、二人が倒れているところだけは、何もなかったかのように平然としている。
「ほら、魔理沙。起きなさい。雷の一発や二発、命中したって平気でしょ」
「いやー、そりゃ無理でしょ」
頭上から諏訪子の声。
しかし、アリスにぴたぴたと頬を張られていた魔理沙が、『う、う~ん……』と声を上げたのはその時だ。
「……死ぬかと思ったぜ」
「ちゃんと、雷を地面に逃がしていたわね」
早苗の放つ雷が直撃する瞬間、魔理沙の右手は地面についていた。それによって、雷をそのまま地面に逃がしたのだ。
もちろん、だからと言って無事に済むわけはない。
彼女は左手から伸びて、自分の右手に絡まるチェーンのようなものを懐から取り出す。そのチェーンの先端には緑色の宝石が輝いていた。
「あと、結界も間に合った……けど、さすがに意識は飛んだな……。ついでに言うと、体が全く動かん」
お前も相当なもんだけどな、と魔理沙。
だが、アリスは『はいはい』と笑って、魔理沙をよいしょと背中に背負った。
「早苗、そっちはどう?」
「霊夢さん、一応、無事みたいです。目を回しているだけですね」
「そう。
じゃあ、お互い、永琳さんの世話になりましょ」
「はい」
会場に戻るスキマが開き、4人はその中へと消えていく。
やれやれ、と辺りの惨状を見回して、『どうする?』『知るか』と神様二人は肩をすくめたのだった。
「それにしても、すさまじい勝負でしたね。解説の映姫さん」
「ええ、全くです。両者共に一歩も譲らない戦い、見事でした」
隙間を通って戻ってきた4人を、永遠亭のうさぎ達が連れて行く。
それを見ながら、映姫は「人の力は精神力、とはよく言ったものです」とコメントする。
「あれほどの力を日常的に行使できるとは思えませんしねぇ。いやはや」
「誰かを守ろうとする力。そして、誰かのために怒ったり泣いたり出来る力はとても強いものです。
一歩間違えれば他人を傷つけてしまうだけのものですが、その想いが重なることで、強い心の力となります」
「なるほどなるほど」
「あなたはそういうお相手は?」
「……う~ん?」
首をかしげる文を見て、映姫は苦笑した。
こいつにそれを聞いてもダメか。彼女は笑いながら、そんな失礼なことを思い浮かべる。
「ところで、宝探し、どうしましょう?」
「これから審査を行ないます。その結果をもって、勝者が出るか、あるいは引き分けか、はたまた無効なのか。
決まりましたらご連絡を致します」
「お待ちしてます。
さて、ゲームは一旦終了です。これから、日没まで、皆さん、飲んで騒いで食べて歌っておおはしゃぎの宴会開始ー!」
文のマイクを受けて、会場から『おおおおお!』という喚声が上がる。
いつの間にか、辺りに巨大な樽酒が持ち込まれ、何杯でもお酒無料の大盤振る舞いが始まった。
この乱痴気騒ぎに巻き込まれてはたまらないと一部の観客はその場を離脱し、果たして、会場は怒涛の宴会会場へと変貌を遂げていく。
それを盛り上げるのは、宴会と酒が大好きな天狗、河童、そして鬼の3大盛り場大迷惑の連中であった。
――6――
「あんだけひどい目にあって、ノーゲーム、勝者なしってどういう理屈よ。全く」
「ほんとだぜ。私なんて雨でずぶぬれにされるわ早苗に雷食らわされるわで死ぬかと思ったってのに」
「あんた生きてるからいいじゃない」
「よくあるか」
今日もいつもの神社の縁側。
お茶とおまんじゅうがよく似合う、その場所で、巫女と魔法使いが愚痴っていた。
大盛況のうちに終了した宝探し大会だが、大会運営委員会の会議の結果、『トロフィーを一番多く持っていたチームが優勝』という当初のルールをそのまま適用することとなった。結果、霊夢・早苗チームと魔理沙・アリスチームの両者がトロフィー所有数3つで同じと言うことで『勝者なし』のノーゲームとなったのだ。
当然、その優勝賞品が欲しかった(無論、参加してしまったのだからと言う理由で)霊夢はぶんむくれ、同じく『優勝賞品で、紅魔館で腹いっぱい美味しいものを食べる』を夢見ていた魔理沙もふてくされてしまっていた。
「あら、あんた達なんてまだいいじゃない。
私なんて全身穴だらけよ、穴だらけ」
「だからぁ、もう。それは謝ったじゃないですか、アリスさん」
そして先日のことをしつこくネタにして、早苗をからかっているアリスは、『痛かったな~』と笑いながら言っている。
「早苗、お前、少しは手加減しろよな」
「すいません。霊夢さんがやられて、ついかっとなって……」
「あの時は、ほんと不覚だったわ。
まさか、あれを狙って攻撃してくるとは思わなかったし」
「どう? 思い知ったかしら」
「うっさいな、もう」
ふてくされる霊夢は、手にした湯飲みを傾ける。
アリスは『はいはい』と笑いながら、早苗のほうにウインク一つ。『この前のことは忘れてあげるから、私がキレたことは内緒ね』と、その視線は語っていた。
「何か好評だったから、第二回もあるらしいぜ?」
「またやるの? もう参加しないからね」
「えー? いいじゃないですか、霊夢さん。今度こそ、わたしと一緒に優勝しましょうよ」
「次こそは、私たちが優勝だ。残念だが、それは譲れないな。なぁ、アリス」
「そうね」
「……お前、何見てんだ?」
「幽香の店の収支報告書」
当日のイベントの際、幽香に会場に出店を出させていたアリスは、手にした書類の数字を目で追っている。
ふぅん、とうなずいて、魔理沙が横からそれを覗き込み、書かれている数字の羅列に頭が痛くなったのか、顔をしかめて縁側へと戻ってくる。
「楽しかったですよね」
「……ま、程ほどにはね」
「暇つぶしにゃ悪くはなかったな」
その程度の差こそあれ、と付け加えるのを、魔理沙は忘れない。
そして、最後に一つ残ったおまんじゅう。霊夢と魔理沙の手が重なり合い、一瞬、緊迫した空気が流れる。
「悪いな、霊夢。お前、確か今、ダイエットしてたよな?」
「あら、魔理沙。お客さんは家主に遠慮するべきだと思わない?」
「そりゃ意外だ。普通、逆だよな?」
魔理沙の左手が霊夢の右手を払い、饅頭をゲットしようとする。
しかし、すかさず霊夢は左手で床を叩き、体を入れ替えて右足で魔理沙の頭を薙ぎ払う。そこを魔理沙は身を低くして回避し、お盆を上に跳ね上げる。
空中に舞う饅頭。両者は同時に手を伸ばし、もう片方の手でしきりに相手を牽制する。
受け取ることが出来なかった饅頭は、そのままお皿の上に落下した。
「……ちょっと上来なさい」
「ふふふ、いいだろう。宝探し勝負の決着をつけてやる!」
「ねぇ、早苗」
「はい?」
「あなた、霊夢の世話、大変そうね」
「アリスさんこそ」
空中で激しく激突する霊夢と魔理沙。その戦利品の饅頭は、じっと、勝負を見守っている。
早苗とアリスの二人はそれをのんびり見上げながら、
「あなた、割と強いわね」
「アリスさんこそ」
「お互い、手加減なしの勝負が、今度、出来るといいわね」
「やです。アリスさん、ほんとに手加減しないんですもん」
「あんたこそ」
ちょうどその時、二人が互いに放った弾幕がお互いを直撃し、へろへろと、そろって二人、こげて落ちてくる。
「ダブルノックアウトね」
「じゃあ、これはわたし達で食べちゃいましょう」
「それもそうね」
眺めるだけの『勝利者』二人は、そう言って、一つ残ったおまんじゅうを二つに分けて、それぞれ、口の中に運んだのだった。
~以下、文々。新聞一面より抜粋~
~文々。新聞 春の超特大号外
春麗らかな日差しが降り注ぐ中、幻想郷は相変わらず平和である。
あちこちで桜の木を眺めて騒ぐ人妖の姿が見受けられる、そんな平和な日々の中、ちょっとした騒動が起きたのを、読者諸兄はご存知だろうか。
その騒動の中心。先日、行われた『幻想郷宝探しゲーム』の詳細についてお伝えしようと思う。
これは、幻想郷で名だたる名士たちによって企画・運営されたお祭りである。
幻想郷の名所、すなわち、紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太祀廟を回ることで、そこに隠された宝物を見つけるこのゲーム、その本当の目的は、こうした幻想郷の各名所を回っていただき、普段、里から出ることのない人間、自分の縄張りからあまり離れない妖怪に、幻想郷の色々な『場所』を見てもらうことである。
結果として、その目的は成功したと言っていいだろう。多くの参加者たちから、今回の宝探しゲームを『楽しめた』と言う回答を得ることが出来たのだから。ただし、一部、名所ごとに用意された余興に巻き込まれてどたばたを体験したと言う言葉もあったのだが、それは一種のお遊びなので甘受してもらおうと思う。
また、それ以外にも、霧の湖のほとりにて用意された大会中継会場では、多くの出店が用意され、人妖の交流が行なわれている。
美味しい食事や楽しい催しごとも多数開催され、ゲームに参加しなくとも、祭りの雰囲気を楽しみ、充実した一日を過ごすことが出来たとの言葉が多数、祭りの運営委員会には寄せられていた。
本紙記者は、今回の祭りに実況担当として参加させていただいている。当方のマイクパフォーマンスについて、これもまた好評だったようで何よりである。次回もぜひ、とのお言葉を運営委員会側より頂くことも出来、恐悦至極であった。
しかしながら、肝心の宝探しゲームであるが、今回のそれに勝者が出なかったことは残念であった。
最後まで優勝を争った博麗霊夢・東風谷早苗ペアと、霧雨魔理沙・アリス・マーガトロイドペアの両ペアが最終決戦でドローとなってしまったのが原因である。
双方共に、それまでの名所ステージを見事な智慧と技術でクリアしてきた兵どうし。最後の激突の舞台となった守矢神社の中継は大盛り上がりであった。
最後のステージでは、運営委員会所属委員の八坂神奈子女史と洩矢諏訪子女史のひらめきに伴い、宝探しではなく、やってきた参加者同士の勝負が行なわれている。双方、全く譲らない戦いを展開する中、博麗霊夢女史がアリス・マーガトロイド女史の作戦の前に敗北すると、これがスイッチとなって東風谷早苗女史が天と地を操る術を展開。その直撃を受けて霧雨魔理沙女史が戦闘不能になり、東風谷早苗女史とアリス・マーガトロイド女史による一騎打ちが行なわれた。
共に壮絶な術と技の応酬を繰り返し、最後の瞬間、洩矢諏訪子女史の機転により、勝負はお流れとなり、かくて双方、ドローとなったのである。
この戦いを眺めていた本紙記者であるが、久々に体が震え、同時に血が滾ったのを覚えている。
あれほどまでの戦いをこの二人が、という驚きももちろんあるが、両者が共に見せた表情、力、そして心が当方にも伝わってきたのだ。この、幻想郷の歴史に残るであろう名勝負であるが、後ほど録画した映像を幻想郷ネットワークにて配信予定である。受信環境がある方はチャンネルを合わせていただき、もし、受信環境を持っていない方がいれば幻想郷ネットワーク管理会社(社長兼代表取締役八雲藍氏)へと連絡をしていただければ、今ならば取り付け及び受信環境構築を無料にて行なわせていただくとのことである。これをもって、ぜひとも、この名勝負を堪能していただきたい。
さて、この幻想郷宝探しゲームであるが、すでに上で述べたように早くも第二回の開催が計画されている。
次はさらに規模を拡大して行なうと共に、優勝賞品をさらに豪華に、また、ドロールールを撤廃し、明確な勝敗を決定するようにするとのことだ。
今回の宝探しに参加を見送った方々がいれば、ぜひとも参加を考えて欲しい。危険は一切なく、楽しい催しであることを、本紙記者が保障しよう。詳しい日程は未定であるが、それが決まれば、次回大会の内容と共に本紙面にてお伝えしていく予定である。
長くて短い日常の中、ほんの少しのスパイスと、それに伴う未だかつて経験したことのない『楽しさ』を体感してみたいと言う方がいたら、次回の『幻想郷宝探しゲーム』へと参加していただきたい。
著:射命丸文
~お詫び~
なお、当日限定で販売いたしましたアリス・マーガトロイド氏及び東風谷早苗氏の神アングル生写真は、両氏からの抗議がありましたため、販売を中止させて頂きます。また、すでに販売いたしました写真の回収も行なうことになりましたので、ご購入された方及びご予約された方へは返金を承りますと共に、重ねてお詫びを申し上げます。(著:姫海棠はたて(代筆))
前半戦
後半戦
「それじゃあ、あなた達。いいかしら?」
「ええ」
「こちらは」
「何だかよくわからない申し出ではあるが、誰かの害になるというものでもないだろう」
「あまり大仰に、盛大にやられても困りますけどね」
「あら、皆が楽しく騒げれば、私はそれで」
「右に同意です」
――どことも知れないとある場所で。
そんな会話が交わされていることを知っていたものは、今、この場にいる者たちしかいない。
彼女たちの顔を照らす、小さなキャンドル。その光を受けて、皆が、それぞれの顔を互いに見合わせる。
「では、始めましょう」
その中の一人の宣言で、『それ』は始まりを告げる。
後の世で、誰もが『あの時、君は若かった』とつぶやく、大きな大きな催しごとが――。
――1――
「霊夢さんっ!」
「あ、早苗」
「参加用紙、持ってきました!」
「……やっぱ参加しなくちゃダメなのね」
「あったり前でしょう!」
びしぃっ! と斜め45度に体を構え、右手突き出し、サムズアップするのは緑の巫女、東風谷早苗。
その早苗を前に、お茶飲みながら半眼になりつつ顔を引きつらせているのはおめでたい紅白の巫女、博麗霊夢。
早苗の右手には、一枚の書類があった。
「またあいつらバカ騒ぎを考えて……」
「幻想郷には娯楽が少ないと思うんですよ」
「そう?」
「はい。具体的に言うと、お祭りとか、お祭りとか、お祭りとか! 真夏の祭典、戦場の有明! わたしは帰ってきた!」
一体何が言いたいのかさっぱりわからなかったが、とりあえず、霊夢は突っ込みを入れるのはやめておいた。
色々めんどくさかったのだ。
「……で」
渡された書類。そこには、以下のように書かれている。
『幻想郷宝探しゲーム』
「……はぁ」
「霊夢さん、紫さんから聞いてるんでしょ? 一緒に参加しましょうよ」
先日、霊夢の元に、結界の妖、八雲紫が現れてどうでもいいことを滔々と説明していった。
それによると、このゲーム、幻想郷全土を使った大騒ぎとなるのだという。
あちこちに出店が出て参加者以外も楽しめる他、各地を結ぶ『でぃすぷれぇ』だの『ねっとわぁくつうしん』だのといった未来の技術を駆使して幻想郷各地に設けられた『中継所』で『実況中継』を行なうらしい。
ゲームを行なうための出資は紅魔館、白玉楼、永遠亭。協力先は守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太祀廟。要するに、幻想郷の迷惑生産施設が一斉に名乗りを上げていると言うことだ。これで、何かのトラブルが起きないと考える方が難しい。
「参加は二人で一つのチームと言うことだし。
霊夢さんは人気があるから、先にわたしがやってきたというわけですよ」
「……はあ」
「ね? いいじゃないですか。
それに、優勝者には金100万と紅魔館のレストラン一年間無料! 永遠亭の診療パス! さらに温泉旅館『ちれいでん』の一年間無料パスですよ!
これをやらずして何をやるんですか!」
「いや、まぁ、報酬はすっごく魅力的なんだけどさ。
……絶対、何かあるだろこれ、って私の勘がアラート鳴らしまくってんのよ」
紫に話を聞いた時から、『エマージェンシー! エマージェンシー!』と頭の中で警報が鳴り響きまくってる霊夢は、その騒音に耐えかねているのか、頭を抱えて早苗に返答する。
しかし、早苗はそんなの無視して彼女の肩をばんと叩き、『大丈夫です!』と胸を叩いた。
「何かあったら、わたしが責任を取ります! あと、霊夢さんはわたしが守ります! 大船に乗ったつもりで、どーんと構えていてください!」
「……」
そう言ってもらえるのは嬉しいのだが、霊夢の表情は複雑であった。
だからやりましょ、ね? と誘ってくる早苗の笑顔に、彼女はもう一回、ため息をつくと、
「……わかった。わかったから。
だけど、やばそうだったら棄権するから。それはいいよね?」
「いいですよ。楽しめないお祭りは参加してもつまらないですしね」
「そういうことね」
じゃあ、と早苗は手にした書類に『チーム名:みこみこツインズ』というわけのわからない名称を書き記し、その下に、『参加者:博麗霊夢 東風谷早苗』と記入する。
そして、どこかから取り出した笛をぴーと鳴らす。
霊夢が『何してんの?』と尋ねようとした瞬間、
「呼ばれて飛び出て即参上! 幻想郷の黒い翼、射命丸文、推参っ!」
何だか無駄にかっこいい名乗りを上げて、幻想郷の生きる迷惑ランキング堂々一位を爆走する射命丸のあややが現れた。
彼女は早苗から参加書類を受け取ると、『じゃ、これ、運営委員会に届けてきますね』とにっこり笑顔。
「……あんた、何やってるわけ?」
「私及び鴉天狗一同は、今回のゲームを完全独占取材をさせていただけると言うことで、その見返りに運営のお手伝いをしているのです」
「はたてさんも大変そうにしてましたよ」
「彼女は人と顔をあわせることを苦手にしてますからね~。
けど、これはいい社会経験ですから」
何だかよくわからない会話で話を締めて、あややは『とうっ』と空の彼方に去っていった。
しばし、その不思議な光景を眺める霊夢。
早苗が「お茶、用意しますね」とととたとた、母屋の中へと上がっていく。
そうして、ぽつりと、霊夢はつぶやいた。
「……あいつは笛で召喚できるのか」
どうでもいいことに意識をシフトさせて、目の前の現実から目をそらす。それは、博麗の巫女に伝わる奥義の一つであったという。
「当日の、探し出す宝物って、レミリアが用意すると言う話だって聞いてるよ」
「ええ」
一方、こちらは運営委員会側。
紅魔館の一室である、大きな大きな会議室を貸しきっての会議である。
最初の問いは、守矢神社の運営委員である洩矢諏訪子の発言だ。
「神奈子さんはどうされたのですか?」
「今日は山でのちょいとした儀式があってね。あたしが代理」
「なるほど」
その会話を聞きながら、レミリアが『咲夜』と従者を呼んだ。
部屋の隅に控えていた彼女が、『こちらに』と、テーブルの上にそれを乗っける。
「あら、かわいい」
「そうですね」
「……かわいい?」
これが探す宝物よ、と不敵に笑って威張りつつ言うつもりだったレミリア・スカーレットが、その『対象物』を見る。
『うー☆』
「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
先日の、『201X年度幻想郷就職活動フェスタ』で、紅魔館ブースにて配られて大人気となった『レミリアお嬢様カリスマクッション』が鎮座していた。
「何でしょう?」
「何でしょうとか言うかな!?
何よ、この肉まん! こんなもの探し出せって誰が言ったのよ!」
「ですが、お嬢様。すでに、この『お嬢様カリスマクッション』はプレミア物となり、『幻想郷オークション』略してゲオで一個10万の値段が……」
「マジでっ!? あと略すな、その名前!」
「ではGEOで」
「もっとダメっ!」
『うー☆』
「あら、ここを押すと鳴くんですね」
「かわいいわねぇ。これぇ、うちに一個ぉ、くれないかしらぁ?」
ほら、ここでも大人気、となぜか従者は胸を張った。
実際問題として、その会議の場に出席している皆々に、カリスマクッションは大人気であることを疑う余地はないだろう。
しかし、レミリアは、なぜかいたく不満げである。
「それにお嬢様。
これの自律駆動及び迎撃モードを起動させれば、そう簡単に見つけることも出来ず、仮に見つけたとしても油断すると不夜城レッドというトラップ的な使い方も……」
「そういう斜め上のフェイントはいいから!? まともなもの持ってきなさいよ!」
と言うか、こんな肉まんに自分のスペカをあっさり搭載されて、レミリアは色々ショックであった。
咲夜はレミリアの機嫌が直らないことに、なぜかふてくされて、『じゃ、これにしましょう』とぞんざいな扱いでぽいと『宝物』をテーブルの上に放り投げる。
「……あんたいい性格ね」
「ええ」
さらっと答える咲夜に頬引きつらせつつも、レミリアは、テーブルの上のそれを見やる。
「唐突に、普通になりましたね」
「普通ですね」
「普通だねぇ」
命蓮寺の主、廟の主(仮)、さらには守矢神社の神にすらそんなこと言われて、レミリアはテーブルの角におでこをぶつけた。
「まぁ、見つけやすくていいのではないでしょうか」
「そうねぇ」
用意されたのは、金色のトロフィーのようなものだった。
大きさは、大体10センチ程度。かなり精緻な細工がなされた代物であり、咲夜曰く、『銅細工に金メッキをしただけです』ということだが、この手のものに興味を示す好事家ならばそれなりの値段がつくのは間違いない出来である。
「これを、あちこちに配置すると言うことね?」
「……え、ええ。そうよ。
それで、まぁ……こほん。ゲームが終わった段階で、これを一番多く持っていたチームが優勝よ」
その場に集まった面々にトロフィーは配られ、『どこに隠すかは自由』と言う旨が伝えられる。
ただし、制限として、『見つけられない配置はNG』というのも。時間がかかりすぎては面白くないし、何より、『クリアできないゲーム』ほどつまらないものはないためだ。
「咲夜さん。今のところ、どれくらいの参加者が?」
「かなりの数ですね。
やはり、皆さん、この手の娯楽に飢えているようですから」
「それを満足させる仕掛けとか段取りとかを考えないといけないということですね」
「さすがは古明地さとり様。話が早くて助かります」
にこりと笑って、なかなか痛烈な皮肉を言ってくれる彼女に、地霊殿の主は『そうですね』と、しかし、表情を変化させずに返すのみだ。
二人のやり取りを見て、周りの参加者たちも『ふ~ん……』と目を細くする。
「タイムリミットなどは?」
「朝9時スタート、夕方5時終了です」
各拠点の移動に関しては、個々人で空を飛ぶのもよし、協力者である八雲紫が用意した『どこでもスキマ』を使うもよし、ということだ。
あちこちの拠点にどれだけの時間をかけて『探索』するか。参加者は、そのペース配分も問われることになるだろう。
「一応、言っておくけれど、自分たちの陣営からの参加者がいる場合、事前情報のリークはご法度よ」
「そんなことぉ、しないわよぉ」
「ええ。そんなことをして、ゲーム自体が興ざめになっては意味がないですからね」
果たして、その言葉を額面どおり受け取ってもいいものか。
微妙に、互いの腹の探りあいが入る中、レミリアは咲夜に『それじゃ、会議続行』と指示をする。
いつの間にか、一同の前には分厚い資料が配られる。それを読み上げつつ、前方のホワイトボードを使って解説を始める咲夜に、一同の視線が集まるのだった。
「言っておくけど、魔理沙。
参加する以上、私、優勝狙うからね」
「おお、わかってるさ」
ここはいつも大勢の人妖でにぎわう喫茶『かざみ』本店にて。
忙しく人形たちに指示を出しながら働く、店のパトロンで実質的経営者のアリス・マーガトロイドのセリフに、今回、例の『宝探しゲーム』の話を持って来た霧雨魔理沙は答えた。
「幽香は参加しないのか?」
「当日はあちこちで出店を出していいってことになってるでしょ?
せっかくだから、うちに来たことのない人たちを取り込もうと思って」
店の出店を指示しているの、ということだった。
なるほど、と魔理沙はうなずき、目の前の皿に置かれたケーキを一口、ぱくりと口にする。
「おっ、これ、砂糖を変えたな?」
「あ、わかる? 幽香がね、『こっちの方がずっと甘くて美味しいのよ』って持って来たのよ」
どこと契約してきたのかは知らないけど、と付け加える彼女。
ふぅん、と魔理沙はうなずいた後、味が以前よりもぐっとよくなったケーキをぺろりと平らげる。
「今のところ、誰が参加するの?」
「早苗と霊夢は聞いた。他はよくわからんけど、うどんげとか妖夢とか、咲夜辺りは出てくるだろ」
「まぁ、妥当なところよね。
あ、上海! それ、こっちのお客様ね!」
ケーキの載ったお皿を持って右往左往していた人形を、待っている客の下に導いてから、
「絶対、ろくでもないことになるわよね」
「なるだろうな。
だけど、何で、お前、引き受けてくれたんだ?」
普段、こうしたどたばた騒ぎがある場合、必ず一歩引いたところ、あるいは完全な外野で眺めているアリス。その彼女が、魔理沙の誘いに『喜んで』と快諾したことを、魔理沙は疑問に思っていた。
「宝探しとなれば、ちゃんとルールがあるし。
そのルールに則って、相手を先読みすれば、勝てる確率が高いからよ。私、負ける勝負はしない主義なの」
「へぇ」
「それに、うちも、あちこちに出店させてもらうでしょ?
なら、一応でも参加して義理立てしておかないと」
彼女曰く、商売をやっていくには、そうした人付き合いが何よりも大切なのよ、ということらしい。
含蓄深いんだか計算高いんだかよくわからない言葉ではあったが、魔理沙は、『そっかそっか』とうなずいた。
「まぁ、いつぞやの月の異変とか地底に乗り込んだ時みたいに、うまいこと私をサポートしてくれよ」
「邪魔するなら切り捨てるからね?」
「おお、望むところだ」
帽子をかぶりなおして、にやりと笑う魔理沙。
その魔理沙の肩をぽんと叩いてから、アリスは、『じゃ、お店の手伝いよろしく』と笑顔で告げた。
しばし、魔理沙は沈黙する。
「お、おい! どういうことだよ! 私は別に……!」
「ケーキ、無料だったでしょ?」
「ちょっと待て、あれ、おごりじゃないのかよ!?」
「私はそんなこと、一言も言ってないわ」
「きったねぇ……」
「相手を罠にはめる時はね、魔理沙。ちょっとした心の隙間を突くのが有効なのよ」
軽くウインクして言ってくれるアリスに、『こいつは違う意味で、魔女の才能ありありだぜ』と魔理沙は内心で呻いたのだった。
――2――
どんどんと、大きな花火が太鼓のように鳴り響いている。
今日は快晴、日本晴れ。
わいわいと人手でにぎわうのは霧の湖の一角だ。
「おっ! 女将! いると思ったよ!」
「おや、ハッさんにゲンさんじゃないか! あんた達、ゲームには参加しないのかい!?」
「わはは! 俺らはもう若くはねぇからな!」
「俺は息子に参加させてきたよ! あいつも『友達となら』って嬉しそうだったわ!」
「女将、俺らは酒だ! うまい酒とつまみを頼むよ!」
「あいよ!」
「ねぇ、ミスティア」
湖にはたくさんの出店が軒を連ねている。
その一角には、もちろん、『美人女将』として有名なミスティアの姿があった。
「何?」
「ミスティアは参加しないの?」
「あたしはこういうの向いてないでしょ」
彼女の店の手伝いをするリグルの問いかけに答えて、「お酒とつまみ、用意できたよ!」と彼女は声を上げた。
「それに、こいつは稼ぎ時じゃないか。
悪いけど、賞品手に入れるよりここで上客増やして金稼いでる方が儲けになるよ」
「儲けてどうするのさ」
「どうしよっかね」
妖怪に宵越しの銭は不要だ、とミスティア。
単にゲームに参加しないのは、気乗りしないのではなく、ここでこうしてやってくる客を相手に『女将』をやっている方が楽しいからなのだろう。
それ以上は何も言わず、リグルは肩をすくめる。
「おっ、お嬢ちゃん、いい食いっぷりだな!」
「そうかなー? ミスティアのご飯は美味しいよねー」
「ああ、全くだ! 女将の飯も酒も最高だな!」
「それをうちのかかあに言ったら、あいつ、顔を真っ赤にして怒りやんの! 悔しかったら女将に負けない飯を出してみろってんだ!」
「女将! こっちのお嬢ちゃんに、俺のおごりだ! うまいもん食わせてやってくれ!」
「わーい! ありがとう!」
屋台の一角に座って、はぐはぐもぐもぐとご飯を頬張っているルーミアは、威勢のいい男衆にとっては受けがいい。
彼女目的で、最近は、ミスティアの店を訪れるものもいるほど。それはまさに、店のマスコットと言って相違ないだろう。
「それにしても、にぎやかだよねぇ」
「そうだね。
……さて、と」
「おや、りぐるん。どこ行くの?」
「りぐるんやめて。
私は今回、演出役で雇われてるの。お手伝いだよ」
「そう。頑張っといで」
「おっ、何だ、坊主。ゲームに参加するのか!」
「頑張れよー! 俺らが応援してるからな!」
「……坊主って……」
「あんたら、あの子は女の子だよ! いい加減、覚えてやりな!」
「わはは、そうだったか! すまんすまん!」
「頑張れ頑張れ! わははは!」
「……はぁ」
威勢のいい男は苦手だな、とリグルはこの時、心底、思ったという。
「……なかなか参加者多いわね、やっぱり」
「賞品が魅力的ですからねー」
よいしょよいしょ、と準備運動しながら早苗は答えた。
しばし沈黙して、霊夢は、「……ねぇ、早苗。何、その格好」とつぶやく。
「似合います?」
「いや、似合うけど……」
イベントだろうと、普段のめでたい巫女服の霊夢とは違い、本日の早苗は、動きやすそうなタンクトップに短パン、ポニーテールと言う姿だった。
季節はそろそろ春。まだ肌寒さの残る日々が続いているが、今日は一転、麗らかな日差しの下、気温はうなぎのぼり。確かに、彼女のようなスポーティーな格好の方が楽かもしれない。
しかし、霊夢としては――、
「……落ち着け、落ち着け、霊夢」
普段、見ることの出来ない『大好きなあの子』の珍しい格好に心奪われつつあるのだ。心なしかほっぺたも真っ赤である。
ちなみにそんな早苗に向けて、『見事な乳だ!』『何を言う、尻だろう!』『馬鹿者! 貴様ら、あの真っ白なおみ足に注目せずして何に注目しろと言うのか!』という紳士たちがカメラを向けてシャッター切りまくってるのは割愛する。
『ゲーム開始10分前です。参加者は、所定の開始位置に集まってください。繰り返します。ゲーム開始10分前です。参加者は――』
会場に響き渡るアナウンス。
そのせいか、辺りを埋める人の数が増え、人口密度が上昇してくる。
「私も早苗くらい身長欲しいなー」
「わたしも、そんなに、背が高いほうじゃないですけど」
そんな会話を交わす二人は、視線を前のほうに向ける。
用意されている壇上に、今、一人の人物が上がっている。今大会の運営委員によって選抜された、究極の『ジャッジ』――四季映姫その人である。
ちなみに彼女の足下では、その配下の死神が『……何であんたこんなことしてんすか』と言う顔をしていた。意外にも、普段とは立場が逆転している構図である。
『時間となりました。これより、「幻想郷宝探しゲーム」を開催します』
一斉に、会場から喚声が上がる。
それを聞きながら、『祭りってのはすごいな』と霊夢は思った。
『運営委員会代表、レミリア・スカーレットより開会のご挨拶を頂きます』
壇上に、よいしょよいしょ、とちまちまレミリアが登ってくる。その愛らしさに、会場から『きゃーっ』という黄色い声が上がった。
『おっほん。
えー……本日は、お日柄もよく、皆さんのご参加をいただけて……えっと……ねぇ、咲夜。これ、何て読むの?』
実にたどたどしいご挨拶である。
そのぷちぷちちんまりな姿に魅了されたのか、あちこちからカメラのフラッシュが光りまくる。
『本日のゲームの開催にあたり、多くの方々のご参加をいただけたことを嬉しく思います。
大きな怪我、トラブル等なきよう、当方も……えっと……じんりょく致しますので、ぜひとも、楽しんでいってください』
舌ったらずの挨拶が終わり、ぱちぱちと拍手が鳴り響く。
続いてルール説明が行なわれる中、霊夢と早苗は、手にした『地図』を見る。
「どこから行きますか?」
「……そうね」
示されているのは幻想郷全土を示す地図。
さらに、各エリア――紅魔館や白玉楼など――の詳細な地図。この地図に示されているエリアのどこかに、宝探しの対象は隠されているとのことだ。
「紅魔館は後回し……よければトロフィーが手に入るくらいに思っておきましょう」
「え?」
「ここは開催地のここから一番近いわ。となると、一番最初に人が殺到するはずよ。
私達はそうじゃない、もっと遠いところから攻めましょう」
「なるほど」
「……紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太祀廟。合計7つ。4つ取れれば勝利は確定だけど……まず無理ね。3つを目指すわ」
「はい」
作戦会議に勤しむ二人。
そんな二人を横目で見る影がある。
「霊夢も早苗もやる気だな」
「ええ」
「アリス、私達はどうする?」
「多分だけど」
「うん」
魔理沙に差し出される地図に、彼女は指を走らせる。
「霊夢たちは争いを避けて、『取れるところを取っていく』はずよ」
「ほう」
「けど、その手段だと、回るところは白玉楼と地霊殿、太子廟になるわ」
「まぁ、そうだろうな」
「そこを行けば、霊夢たちと鉢合わせる可能性がある。
私たちはそれを避けて、紅魔館、永遠亭、命蓮寺を狙いましょう」
「……守矢神社は後回しか?」
「天狗や河童が敵に回るだろうしね」
一番、厄介そうなところだ、とアリスはつぶやいた。
守矢神社、とこの地図には書かれているが、その探索範囲は妖怪の山も含まれている。となれば、そこを根城にして、かつ、今回の運営委員会に協力している天狗や河童が何らかの工作を仕掛けてくるのは間違いない――それがアリスの読みだ。そんなものを相手にしていては体がもたない、ということである。
「逆に言えば、ここは陥落が難しいわ。最後の最後……4つ目のトロフィーを取るとしたら、いいかもしれない」
「了解だ」
頼むぜ相棒、と魔理沙はアリスの肩を叩いた。お返しに、とアリスは魔理沙の頭をぽんぽんと叩く。身長差あってこその妙技であった。ちなみに、魔理沙は顔を真っ赤にして『子供扱いすんな!』と怒っていた。
『それでは、スタート!』
鳴り響く声。音。そして足音。
「早苗、予定通り」
「はい」
霊夢と早苗は、大半の参加者が向かう紅魔館を外して、会場の一角に用意された『どこでもスキマ~白玉楼行き~』に向かう。
「あら、霊夢に早苗ちゃん。頑張ってね」
そして、彼女たちのその行動を予測していたのか、そのスキマの横に立っている紫が、二人に笑顔を向けて手を振った。
早苗はそれに笑顔を返し、霊夢はそれを無視して隙間の中へ。
早苗もそれを追いかけ、一瞬の景色の暗転の後、二人は白玉楼へと辿り着く。
「はぁい、いらっしゃぁい」
そこには大会運営委員の一人、西行寺幽々子が待っていた。
彼女は笑顔で二人と、そして同じく、白玉楼を最初の目的地に定めてやってきた参加者たちを出迎える。
「……何か雰囲気違わない?」
いつもの白玉楼。そこは、平穏と安寧に包まれた空間だ。
しかし、今回はどうだ。何か辺りは暗く、寒々とした冷気が漂っている。あちこちから感じるのはおどろおどろしい亡者の気配。
「ふ、ふふふ、ここが白玉楼か。なるほど、死後の世界というだけあって、何となくそれっぽいではないか! な、なぁ、屠自古!」
「……あんた、足ががたがた震えてるわよ」
廟の主に『参加してみてはどうですか?』と尋ねられ、『もちろんです!』と答えた物部布都と、その相棒として抜擢された蘇我屠自古。……のだが、布都は、早速白玉楼の雰囲気に呑まれて顔を引きつらせ、左手でしっかりと屠自古の手を握り締めていた。どうやら彼女、おばけなどの怖いものが苦手だったようだ。
「えっとぉ、それじゃぁ、宝探しをぉ、やってもらうわぁ」
霊夢たちの他にも、それなりの数の参加者たちがその場にいる。
霊夢は彼らを横目で一瞥して、『まぁ、作戦としては成功かしらね』とつぶやいた。
「はぁい、どうぞぉ」
「……何これ?」
幽々子から渡されたのは、黒光りするごつい金属の塊だった。
持つとかなりの重量があり、その先端部には穴が空いているのがわかる。
「……え? 銃……?」
早苗がぽつりとつぶやいた。
霊夢は首をかしげながら、「早苗、それって何?」と尋ねた。
「我が白玉楼のぉ、宝探しの障害はぁ、サバイバルゲームよぉ!」
と、幽々子が楽しそうに言った途端、
『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
辺りで参加者たちの悲鳴が響いた。
突然、地面が盛り上がるように噴き上がると、そこから一斉に、朽ちた死体の群れが現れたのだ。
彼らは『う~……』『あ~……』といった不気味な声を上げながら、ゆっくりゆっくり、参加者たちに向かっていく。
速攻で、何名かの参加者がギブアップを宣言し、スキマの中に逃げ帰っていく。そうならない者達も、怪物に囲まれて悲鳴を上げていた。
「ちょっと、幽々子! あんた、他人を傷つけようっての!?」
霊夢が慌てて御札を取り出し、それを化け物に投げつけようとする。
――と、その中の化け物が一人、慌てて霊夢に駆け寄ってきて、
『ちょっと勘弁してください。うちら、幽々子さまに言われて、参加者を脅かすように言われてるだけですから!』
と懇願してきた。
しばし沈黙した後、霊夢は『……はい?』と首をかしげる。
「だからぁ、白玉楼はぁ、お化け屋敷でしょぉ?」
「まぁ、間違っちゃいないけど……」
「お化けはぁ、人間をぉ、おどかすものよぉ」
『そういうわけなんす。だから、退治するのはやめてください。
あ、それ以外なら、うちら不死身なんで。切っても焼いても大丈夫ですから。ね? ね?』
割と卑屈な怪物であった。
よく見ると、彼らは参加者たちを脅かしてはいるものの手を出そうとはしていない。一応、見る限りでは無害であるらしい。
「彼らをぉ、倒した数もぉ、特典ポイントにぃ、加算されるわぁ」
「何それ?」
「ポイントが高いとぉ、中間地点でぇ、特典がぁ、もらえるのよぉ」
その『特典』と言うのは、いわゆる『参加賞』のようなものであるらしい。
ポイントに応じてもらえるものは変わっていき、ポイントが高い参加者には『天狗のお宿一ヶ月宿泊フリーパス』が与えられるのだとか。
「それじゃぁ、頑張ってねぇ」
ふぅわりふわふわ、漂うように幽々子はどこかへ行ってしまった。
残された怪物たちは幽々子に『お疲れ様っす!』と頭を下げてから、『じゃあ、段取りどおりにお願いします』と霊夢にも頭を下げ、また『う~……』だの『あ~……』だの言いながらのそのそ迫ってくる。
「……えーっと。
ねぇ、早苗。どうしたらいいの。これ」
いきなり色んな意味でくじけそうだった。
しかし、ぎりぎりのところでこらえた霊夢は早苗を見る。早苗は、手元の『銃』という金属の塊を眺めながら、にやりと笑った。
「霊夢さん。サバイバルホラーって知ってますか?」
「えっと……?」
「ゾンビの対処法! それは、頭を撃つ!」
いきなり、彼女はそれを怪物たちへと向けて、その脳天を撃ち抜いた。
どしゅっ、という音と共に頭に風穴を空けられた怪物のうち一体が『ぐわぁ~……』というような悲鳴を上げながら地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなる。見た目が死体なだけあって、完璧な死んだ振りであった。
「いきますよ、霊夢さん!」
「あ、あ~……うん。わかった……」
何やら早苗は、このゲームの趣旨を理解したらしい。彼女の後を追いかけて、霊夢は走り出す。
一方――、
「うわぁぁ~ん! 来るな、来るな~!」
「ちょっと、布都! そんなしがみつかないで……!」
物部布都&蘇我屠自古コンビは、布都ちゃんが怪物の襲来で泣いちゃったので、入り口でギブアップとなったのだった。
「ねぇ、ちょっと、早苗!」
「霊夢さん、銃を撃つ時は両手で構えてください! 銃口をまっすぐ相手に向けて引き金を引くんです!」
と言う早苗は走りながら片手で相手の頭に狙いを定め、逃さず狙い撃つという神技を披露している。霊夢は、同じことをやろうとしたのだが、弾丸はさっぱりあさっての方向に飛んでいくだけで当たらない。
「あ、あれ? 何も起こらない……」
「弾切れですね。
幽々子さんのことだから……」
怪物――ゾンビ、というらしい――がまた一体、正面に現れる。
早苗は相手の足に銃弾を撃ち込んだ後、姿勢を崩した彼に近づき、その顔面を鋭い膝蹴りで一撃する。ゾンビはのけぞり(心なしか、妙に嬉しそうだった)、ばたりと倒れる。どういう理屈か、消滅する彼の体。その跡には、ご丁寧に、銃に装填する弾丸がケースに入った状態で残されていた。
「やっぱり。倒して入手と言うことは4以降ね」
「……何の話?」
「これにマガジンを交換してください」
「……どうやって」
「こうやるんです」
実にスマートなマガジン交換を披露する早苗。霊夢は真似しようとしたのだが、もたもたとした動作になってしまい、早苗が横から『そうじゃなくて、こうですよ』と代わりに交換してあげる始末。
「行きましょう」
「……そーね」
「4以降の設定だとしたら、あちこちの仕掛けはかなり簡単になっているはずです。さすがに1の仕掛けは解ける気がしませんが、4以降ならどうとでもなります」
「……ねぇ、だからさ、その『1』とか『4』って何?」
霊夢の根本的な疑問に、早苗は答えてくれなかった。
二人は白玉楼の中を走りぬけ、目の前の途切れた道をジャンプで飛び越える。そして、右手側を、早苗は見た。
「……これね」
そこに、銀色の将棋の駒が無造作に放置されている。
早苗はそれを入手すると服のポケットにしまって、辺りを見回した。
「地図によると……」
指先でそれをなぞり、『こっちね』と彼女はつぶやく。
また、霊夢を連れて走っていく彼女。その時、突然、上からゾンビが降ってくる。
霊夢は慌てて、相手に銃弾を一発、浴びせた。『ぎゃぁ~』という、棒読みの悲鳴を上げてゾンビは地面に落下し、こちらはリアルにぴくぴくと痙攣した後、消滅する。
「Nice Work!」
「……えっ」
なぜか早苗の言葉は霊夢にはわからない言語であった。一応、その笑顔と仕草から見ると褒められているらしい。
その後も現れるゾンビを片っ端から倒し、あるいは回避して二人は進む。
霊夢は何とかかんとか銃で相手を撃退するのだが、弾丸を多く使用するため、途中の補給が必須と言う状況だった。一方の早苗は的確に相手の頭を打ち抜いて一撃で倒したり、一発撃って相手を怯ませた後、接近して回し蹴りなどを見舞うと言う見事なコンボで敵を撃退している。
ちなみに、早苗に蹴られたゾンビたちは、皆、妙に嬉しそうな表情で地面に沈んでいったことを付け加えておこう。
「ね、ねぇ、早苗! どこまで行くの!?」
はぁはぁ、と。そろそろ息が切れてきたのか、霊夢の足がふらついてくる。
そこでようやく、早苗は足を止めた。
「えーっと……」
彼女は辺りをきょろきょろ見回し、『あった』と声を上げた。
足下の大きな石――露骨なまでに周囲の雑草が刈られていたりなど、整えられた環境に置かれている――の前でひざまずき、手にした将棋の駒を、石の表面に彫られた、その駒の形をしたくぼみへとはめこむ。
すると、『がこん』と言う音と共に石が地面に沈み、代わりに中から、宝探しの対象であるトロフィーがせりあがってくる。
「……何これ」
「この将棋の駒は王将でした。あと、渡されてる白玉楼の地図ですけど、細かく区切られた通路が、ちょうど将棋の盤の目をしてるんです。
ということは、この、本来『王将』があるべきところに何かある――そう見るのが普通ですよね?」
「………………え?」
言われて、地図を慌てて見直す。
見直すのだが、早苗が言ったような特徴などは、どうやっても見受けられなかった。
「トロフィーげっと~」
彼女がそれを取り上げると、突然、白玉楼全体に響き渡るようなブザーが鳴り響き、『ゲーム終了!』と言う宣言が響き渡る。
つまり、二人がトロフィーを手に入れたため、白玉楼と言う『ステージ』が終了したのだ。
「はぁい、お疲れ様ぁ~。
さすがぁ、早苗ちゃんねぇ。こんなに早くぅ、私が考えたぁ、仕掛けにぃ、気付くとはぁ、思わなかったわぁ」
どこからともなく現れた幽々子がぱちぱちと手を叩く。
早苗は『もちろんです!』と彼女に向かってVサインを突き出した。
「このステージはぁ、あなた達のぉ、勝利よぉ。特典ポイントとかぁ、報告しておくからねぇ」
「はい」
「じゃあぁ、頑張ってぇ、次のステージぃ、クリアしてねぇ」
用意される『会場に戻るためのスキマ』の中に幽々子は消えていく。
早苗は、『さあ、霊夢さん! 次のステージに向かいますよ!』と意気揚々と隙間の中に消えていく。
残された霊夢は、ぽつりと、「……早苗が味方でよかったかもしれない」とつぶやいたのだった。
『いらっしゃいませ、お嬢様!』
紅魔館のドアを開けたアリスと魔理沙を迎えたのは、紅魔館のメイド達の輝かしい笑顔だった。
思わず立ち止まる二人。その二人に、楚々と一人のメイドが歩み寄る。
「初めまして」
「あ、ええ。初めまして」
「何だ何だ、お前ら。私たちの邪魔をするのか?」
見れば、周囲の参加者たちも、突然、自分たちを出迎えてくれたメイド達に戸惑っているらしい。
魔理沙の問いかけに彼女は、いえいえ、と首を左右に振る。
「わたし、この館の中で、お嬢様方のご案内をさせていただくメイドとなります」
「……ご案内?」
「はい」
訝しげに眉をひそめるアリスとは違い、魔理沙は、「へぇ。簡単なゲームなんだな」とあっさり彼女を受け入れていた。
「ただし、宝物の隠し場所をお教えすることは出来ません。
わたしが出来るのは、お嬢様方をご案内するだけですから」
「ま、それでもいいや。ここの館の中は広いからな。道案内がいるだけで違うぜ」
他の参加者たちもメイドを伴って、紅魔館の内部の散策を始めている。
彼らに後れを取るまいと、魔理沙はアリスにせっついた。
アリスは相手を見据える視線はそのままに、『……そうね』とうなずく。
「では、どちらから参りますか?」
「そうだな……。とりあえず、一番怪しい、この奥の部屋からだ」
「畏まりました。こちらになります」
メイドが歩き出す。それについていく魔理沙。アリスはその後ろについて、彼女たちと一緒に歩いていく。
ドアを開け、まっすぐに伸びる廊下を進んでいく三人。
「走るのはダメなのか?」
「紅魔館の廊下は『駆け足禁止』でございます」
品よくおしとやかに、しずしずと歩くのが紅魔館メイドのたしなみ、ということだった。
その辺りについてはあまり考えたくないのか、魔理沙は『へいへい』と苦笑するだけだ。
「こちらの部屋です」
ドアを開けると、すでにそこには、他の参加者たちがいた。
彼らはあちこちを探し回り、トロフィーを見つけようとしている。
魔理沙は、『探し方がなっちゃいないねぇ』と笑いながら、彼らに混ざって、辺りの探索を始めた。
「えーっと、レミリアのことだから、どうせこった隠し方はしてないだろうし……」
引き戸を開けたり、タンスなどの裏を探したりと、魔理沙は室内を歩き回る。
一方――、
「これを考えたのは誰なんですか?」
「メイド長です」
「咲夜さんが……」
「はい。
今回のお祭りで、一度も紅魔館に来たことがない方にも紅魔館のことを知ってもらって、もっともっと大勢の方に紅魔館を利用してもらいたい、と」
ふぅん、とアリスはうなずいた。
そして、時間が経過する。5分、10分。魔理沙はその間、トロフィーを見つけられずにいた。
この部屋じゃないのかな。そう思って、彼女が腰を上げた、その時だ。
「な、何だ!?」
唐突に部屋の窓が弾け、外側から黒い影が飛び込んでくる。
床の上に着地した『それ』は、血まみれの仮面をかぶって、手にした大鎌の先端を参加者に向ける。
『タ~イムリミット』
低くうなる不気味な声でそう言うと、その何物かは参加者たちへと襲い掛かった。
「お、おい! 何だこりゃ!」
身をかわした魔理沙の頭の上を、鎌の鋭い先端が通り過ぎていく。
慌てて、彼女はアリスの元まで身を引いた。くそっ、と舌打ちして、相手に向かって攻撃を仕掛けようとする。
「魔理沙、ここは逃げるわよ」
「え? だ、だけど……」
「いいから!」
アリスは彼女の手を引いてその場から踵を返した。
しかし、後ろでは、入ってきたドアが閉じられている光景がある。参加者たちは必死になってドアを叩き、『ここを開けてくれ!』と声を上げる。
アリスは彼らを無視して、部屋の脇にあるもう一つのドアの中に飛び込んだ。
その中は小さな書斎になっており、逃げる場所はどこにもない。唯一、開いているのは外につながる窓だけだ。
「……なるほど」
「おい、アリス。何を……」
「魔理沙、ここから上の階に逃げるわよ。私が先に行って、あなたを引っ張り上げるから」
「へっ?」
言うが早いか、アリスは窓から身を躍らせると、窓の脇に都合よく下がっている雨受けのといを伝って上の窓(なぜか開いている)に辿り着いた。
「ほら!」
「あ、ああ!」
そこから身を伸ばし、下の階の魔理沙の手を掴んで上に引き上げる。メイドはぱたぱたと羽を使って、二人の後を追いかけてきた。
「行くわよ」
「そ、そうだな。
おい、メイド。何だよ、あれ。あんなのがいるなんて聞いてないぞ」
「言ってませんから」
「おい」
「だって、聞かれなかったので」
しれっと言ってのける彼女に、『何だよ』と魔理沙はふてくされる。
アリスはそれを無視して、部屋の外につながるドアを開けた。左右にまっすぐ延びる廊下が三人を出迎えてくれる。階下で響いていた悲鳴は、今は聞こえなくなっていた。
「ったく……。何だってんだよ」
「どうなされますか? ギブアップなさいますか?」
「誰がギブアップなんてするかい。
おい、メイド。あれは何だ。教えろ」
「はい。
ただの宝探しではスリルがないので、わくわくする要素として追加いたしました『追跡者』システムです。
あの追跡者は、同じ部屋、探索範囲に一定時間滞在する、もしくは追跡者の出現ポイントを通ると出現して、お嬢様方を追い掛け回してきます。
もちろん、捕まるとギブアップとなります。追跡者は出現したポイントから一定のところまでお嬢様方を追いかけますので、それ以上を逃げ切れば大丈夫ですよ」
「攻撃してきたんだが?」
「ちゃんと刃は潰してありますし、寸止めもしてくれますから。その辺りはあの役の方々ですもん、プロです」
他人を脅かすプロと言うのは考えづらい職業であるが、それは紅魔館クオリティ。何でもありなのだろう。
と言うか、あんな怪物がいきなり何の脈絡も前触れもなく登場する館と言うのは人が寄り付かなくなるんじゃなかろうかと魔理沙は思ったが、特にツッコミは入れなかった。大方、これを考えたのは咲夜なのだろう。彼女はたまに、わけのわからないことを平然とやらかすからだ。
「おい、アリス。どうする?」
「逃げるつもりはないんだから、宝探しは続行よ。
次はどこに行く?」
「そうだな……。
とりあえず、辺りの部屋を片っ端から探そう」
「オッケー」
二人はメイドを連れて、近くの部屋のドアを開ける。
何もない、普通の部屋。そこで、先ほどの追跡者の出現を警戒しながら室内を探し、何もないことを確認して次に向かう。
それを、何度繰り返した頃だろうか。
「……何か通りすがる奴が減ったな」
「皆様、捕まったのでしょうね」
そして、横を通り過ぎる他の参加者たちも、辺りを警戒しながら歩いている。
確かに、スリル満点の探検となっているようだ。首謀者である咲夜(恐らく)の狙いは当たったと考えていいだろう。
「次は……」
廊下の踊り場を通った、その時だ。
「魔理沙!」
いきなり、後ろからアリスが魔理沙の頭を押さえつけ、床の上に押し倒した。
何すんだ、と抗議の声を、彼女が上げようとした瞬間、『どすっ!』という音と共に、目の前に鋭い刃が突き刺さる。
『Hello,Lady』
「うわうわうわっ!?」
頭上から降ってくる低い声。血まみれの仮面から覗く、濁った瞳に見据えられ、慌てて魔理沙は後ろに下がる。
「追いつかれちゃいましたね」
メイドはあっけらかんという。
追跡者は大鎌を振り上げ、魔理沙に向かって襲い掛かった。
振り下ろされる鎌をぎりぎりでよけて、彼女は立ち上がる。
「にゃろっ!」
右手に魔力の光をしたため、攻撃しようとする魔理沙。しかし、それを横からアリスが遮った。
「何すんだよ!」
「これはゲームよ。本気でやりあう必要ないわ」
「だけど、これ、怪我するだろ! どう考えても!」
「なら、怪我しないようにやればいいのよ。
レミリアも言ってたでしょ。『怪我などなきよう』ってね」
アリスはちらりとメイドを見る。
メイドはにっこりと微笑んでアリスに視線を向けて、その瞬間、『よくご存知で』という鋭い視線を見せていた。
アリスの考えは当たっているようだ。この追跡者は、恐らくではあるが、『追跡者に攻撃を仕掛けたら、その時点で、大会規則に違反したとみなして即行失格』という要素も兼ね備えたトラップなのだろう。
面倒な話ではあるが、それがさらにゲームの難易度を上げているともいえる。文字通り、こいつからは、『逃げる』しか手段がないのだから。
「あいつの目をくらませて!」
「ああ、もう! わかったよ!」
さらに追跡者が襲い掛かってこようとする瞬間、魔理沙は取り出した試験管を床にたたきつけた。
ぼんっ、という音と共に閃光と煙が辺りを満たす。
魔理沙は、手をぐいっと引かれるのを感じた。彼女が振り返るより早く、アリスがその場から駆け出している。
廊下を渡り、その先の通路を曲がったところで、すぐ近くの部屋の中へと、二人は飛び込んだ。
「……静かにしててね」
「……こんなんでやりすごせるのかよ」
二人はドアの脇で息を潜める。
外に足音が近づいてくる。ゆっくりゆっくり、床を踏みしめる音が近づいてくる。
魔理沙は高鳴る心臓の音に、自分が緊張しているのを察する。ちっ、と舌打ちして、彼女は大きく深呼吸した。
――足音は、一度、魔理沙たちのいる部屋の前で止まった。だが、そのまま、すぐにゆっくりと遠ざかっていく。
「……ふぅ」
緊張した体を弛緩させ、魔理沙は息をつく。
「おい、メイド、置いてきちゃったけどよかったのかな」
「いいでしょ。すぐに先回りしてくるだろうし」
「へっ?」
ドアを開けて、アリスは『じゃ、探索再開ね』と、隣の部屋のドアを開けた。
すると、
「お待ちしておりました、お嬢様方」
そこに、先ほどのメイドの姿。
魔理沙は目を鋭くすると、「お前、どうやってこっちの先回りしたんだよ」と彼女に詰め寄る。
しかし、メイドはにっこり微笑んで、「それがお仕事ですから」と曖昧にはぐらかすだけだ。
「……咲夜の奴、メイドの教育は完璧だぜ」
舌打ちして、魔理沙は部屋の中の探索を開始する。
「なぁ、アリス。何かヒントとかないのかな。これじゃ、他の奴らに別のところのトロフィー、取られちまうぜ」
「そうね……」
彼女は、渡されている地図を見る。
「咲夜さんのことだから、絶対に、ヒントを書いているはずなのよね」
「だよな。あいつ、性格悪いし」
「そんなことありませんよ。メイド長、お優しい方ですよ」
「お前はいいから、黙ってろ」
「はーい」
メイドを一喝する彼女は、アリスが広げる地図を横から覗き見て、『ん~』と眉をひそめる。
アリスは、じっと地図を眺めていたが、つと、何かに感づいたらしい。唐突に、彼女は地図を天地をひっくり返して『ああ』と手を打った。
「どうした? アリス」
「これさ、何かに気付かない?」
「え?」
渡される地図。それを眺める魔理沙は『何だよ?』と問いかける。
「ここに描かれてる範囲。よく見て」
「えーっと……」
言われて、指で地図をなぞりながら、魔理沙は首をかしげる。
そうして、ふと、思い当たったらしい。ぽんと手を打って、やはり、同じように地図の天地をひっくり返す。
「……なるほど。『上』か」
「そういうこと。
この地図を『上』から見ろ、ってことだったのね」
地図に描かれている範囲は、よく見ると漢字の『上』を表すように描かれていた。
そして、地図をひっくり返すと、地図の上に記入されている『階段』や『部屋A』などの文字が意味を成すように並んでいることに気付く。
「『た か ら ・ こ こ』ね」
ぽつっと置かれた黒い点。それが、宝物がある位置を示しているのだろう。
地図を普通に眺めた場合、そのぽつっとした点は『ホール』を示している。入り口に、宝物が隠してある、ということだったらしい。
「お見事です。さすがは霧雨魔理沙さま、アリス・マーガトロイド様。メイド長、かなり頑張ってこれを考えたんですけどね」
「よし、メイド。案内しろ」
「畏まりました」
手を叩いて祝福するメイドに魔理沙は言って、彼女にホールへの道案内をさせる。
ホールへと舞い戻ると、どうやら、魔理沙たちと同じ、地図のからくりに気付いたらしい参加者たち数名が辺りを探し回っている光景がある。
出遅れたか、と魔理沙は舌打ちした。そして、彼らに混じって探索を開始する。
「あとは……」
どこにトロフィーが隠してあるか。
探すべきトロフィーのサイズは小さい。そして、いくらホールと言う空間が限定されていようとも、隠し方、隠し場所は無数にあると考えていいだろう。
闇雲、しらみつぶしでは効率が悪い。時間ばかりがかかる。
アリスは魔理沙の後ろ姿を見ながら腕組みする。
――その瞬間、天井から、鋭い破砕音が響いた。
『タ~イムリミ~ット』
また、あの追跡者だ。
参加者共通の『敵』の出現に、辺りを探し回っていた者たちはあわてて、その場から逃げ出していった。ルール上では、この追跡者は、相手をある一定の距離追いかけて、相手が逃げ切ったと判断した場合、姿を消す。ならば、一度、このホールから逃げ出し、しばらく時間を置いて戻ってくれば、追跡者はここからいなくなっているはずなのだ。
だが、今度の追跡者は手ごわかった。
床を蹴り、壁を蹴り、トリッキーかつアクロバティックな動きで逃げ惑う参加者たちの行く手を塞ぎ、確実に、『ギブアップ』へと追い込んでいく。
その手段はというと、鬼ごっこと同じく、追跡者にタッチされたら、その参加者についているメイドが『失敗です』と宣言すると言うものだ。
なるほど、あれなら安全だ、とアリスは肩をすくめる。
「おい、アリス! どうする!?」
次々に参加者を捕らえていく追跡者。その視線が魔理沙を向き、彼女めがけて襲ってくる。
魔理沙は相手の腕、攻撃をするりとよけて、アリスに声をかけた。
「……そうね」
地図をじっと見るアリス。そうして、ふと、何かに気付いたらしい。
「魔理沙! こっちよ! 上がってきて!」
「わかった!」
踊り場を駆け抜け、階段を登ってきた魔理沙と合流する。
その二人の前方に、追跡者が立ちふさがる。だが、二人は、相手の脇をスライディングですり抜けると、その先の通路を突っ走り、ホールを後にする。
そして、近くの部屋の中に身を潜めて、
「あなた」
今回は放り出すことなく、手を引っ張って連れてきたメイドの方に、アリスは向かう。
「はい」
「服、脱いで」
「は? おい、アリス。どうしたんだよ」
いきなりの一言。さすがに魔理沙も、アリスをいぶかしむ。
だが、
「さすが。よくお気づきになられました」
「え?」
メイドはにこっと微笑んで、上着のポケットをごそごそと探った。
そして、
「お二人の勝利ですね」
彼女はポケットから、今回の宝物であるトロフィーを取り出し、彼女たちに手渡した。
途端、ブザーが鳴り響き、『ゲーム終了!』と言うアナウンスが流れる。
「……おい」
「宝はここにある。なるほどと思ったわ。
ねぇ、魔理沙。これってさ、『ここ』と書かれているでしょ?」
「うん」
「これを漢字にすると……」
『個々』。
その文字を見て、魔理沙も、『ああ!』と手を打った。
「ホールに宝物はある。しかも、『個々』に。
ホールにたくさんあったものは何?」
「なるほどね……」
「そういうことです」
何もトロフィーは、一つのステージに対して『一個』と制限されているわけではない。そう思い込んでいるのは参加者の勝手なのだ。
参加者それぞれについたメイド達が『個々』にトロフィーを隠し持っている。それが、紅魔館の『宝探し』だったのである。
「ついでに言うと、あの追跡者だっけ? あれ、あなた達の上司でしょ」
「わかります?」
「そりゃ、たまにちらちら、鏡みたいなものを取り出してればね」
メイドが取り出したのは、小さな手鏡のようなもの。
しかし、それがきらりと光ると、空中に文字が浮かび上がる。『そろそろお時間なので、よろしくお願いします』と。
「メイドが鍵でしかもトラップね。
なるほど、確かに紅魔館の名物と言えばメイドだ」
「咲夜さん、考えてくれたわね。楽しめたわ」
「いえいえ。
それでは、次のステージも頑張ってください。あと、お二人の謎解きの時間は特典ポイントに換算して加算しておきます。
どうぞ、次も頑張って」
「了解だ。よし、アリス。次に行くぞ」
「ええ」
部屋の隅に開く、スタート地点に戻るためのスキマへと二人は飛び込み、紅魔館を後にする。
彼女たちがその場を去るまで、手を振って二人を見送っていたメイドは、彼女たちの姿が消えたことを確認してから、『さすがはメイド長のお友達よね』とつぶやいたのだった。
「いやぁ~、盛り上がって参りました。
どう思いますか、映姫さん」
「はい。現在、紅魔館と白玉楼が攻略されたわけですが、どちらも仕掛け人の思考を見事に読み取った展開となりました」
『実況席』と書かれた位置についているのは映姫と文の二人である。
実況担当が文、解説が映姫であるらしい。
「ところで、紅魔館で、参加者チームの一つが失格となりましたが……」
「あれは事前のルールに違反したが故の失格ですね。
さすが、私の配置したチェッカー。よく見ています」
「なるほど」
会場の一角に、巨大なモニターが設置されている。
そこには、各地の映像端末が取得した映像が映し出され、ここにいながらにして全ての会場の参加者たちを確認できると言う優れものである。
「今回の勝者候補は、ずばり、誰を予想しますか」
「わかりませんね。誰にでも平等に、勝利の権利はあります。
仕掛け人側との智慧の勝負。しかも、頭がよいというわけではなく、ひらめき・直感・経験、そして運が物を言います。
誰が有利と言うのはないですね」
「なるほどなるほど~」
実際、霊夢チームにしろ魔理沙チームにしろ、トロフィーを取得する権利は他の参加者たちにもあったのだ。
要は、どれだけ早く『気付く』事が出来るか。
それが、この祭りの勝敗を分けることになる。
「参加者の中には、ゲームの趣旨以外に、幻想郷の名所を観光する楽しみを見出した方もいらっしゃるようですね」
「ええ、全くです。
幻想郷はあちこちに見所があります。普段、人里からあまり出ることのない方々にとっては、最高のツアーになりそうですね」
その話を聞きながら、映姫の側に佇む死神は、『……いやぁ、あの仕掛けとか考慮するとそれってどうだろう』という顔をしていた。
もちろん、余計なことは言わない。余計なことを口出しして上司の機嫌を損ねる趣味はないのだ。
「おっと、永遠亭ステージでギブアップが出たようです」
「なかなか凝った仕掛けですからね。無理もないこと……ん? チェッカー3番、地霊殿の右奥に移動してください。不正を発見しました」
「おお、さすがは映姫さん。私でも気付かないのに、さすがですね」
「いやはや、審判と言うのも大変です」
それがお仕事なんですけどね、と冗談を言って笑う映姫に文も一緒に、声を上げて笑った。
何だか妙に楽しそうで和気藹々とした会話であるが、『自虐ネタってどうなんだろう』と死神が顔を引きつらせたのは言うまでもないだろう。
――3――
「もうだいぶ人がいるわね」
「スタートから2時間近く経過してますからね」
霊夢・早苗ペアが次にやってきたのは地霊殿だ。
大勢の参加者がトロフィーを探している光景がある。二人はそれを一瞥してから、『よし』と互いに顔を見合わせた。
「ようこそ、地霊殿へ」
その二人に声をかけてくるのは、一人の少女だ。
恐らくは、さとり達が飼っている動物の変化なのだろう。彼女は手に一枚の紙――地霊殿の地図を持っている。
「こちら、お持ちください」
事前に配られている地図と同じものが二人に手渡される。
早苗はそれを一瞥して、服のポケットへとしまった。
「それでは、頑張ってくださいね」
にこっと笑って去っていく彼女。
その後ろ姿を見送ってから、二人は地図に視線を落とす。
「どこから探す?」
「さとりさんの性格を考えると、なるべく、大切なものは奥に隠しそうな気がします」
「となると……」
この辺りか、と霊夢は地図の上に指先で丸を描いた。
早苗はうなずき、『奥から手前に探しましょう』と案を提示する。
二人は床を蹴り、駆け出した。
ホールから奥につながるドアを開け、その向こうの廊下に飛び出し――、
「霊夢さん、危ない!」
「のぉっ!?」
いきなり、真横から振り子のように飛んできた巨大な三日月の刃に足止めされる。
見れば、がっこんがっこんと音を立てていくつもの刃が揺れている。
「こらぁぁぁぁぁぁっ! 運営、ちょっとこぉぉぉぉぉいっ!」
「何でしょう?」
「うわびっくりしたっ!」
霊夢が声を上げた途端、いきなりさとりが彼女の真横に現れる。その後ろには、紫のスキマが開いていた。
「ま、まぁ、いいわ!
何でしょうじゃないわよ! 何あれ!?」
「見ての通り、罠です」
「見ての通りとかじゃなくて! あんた、あんなの直撃したら死ぬわよ!?」
「大丈夫です。刃のところには紫さんに強力な結界を張ってもらっています。当たっても吹っ飛ぶくらいですよ」
さとりの飄々とした言葉の直後、『あべし!』と言う悲鳴が響いた。
視線を向けると、参加者の一人が刃に触れて吹っ飛ばされ、壁にかえるのように張り付いている。
「ちょっと痛いくらいですみます」
「すむかぁぁぁぁぁぁっ!」
「あちこちに罠を仕掛けました。探すの、頑張ってくださいね」
「おいこらちょっと待てっ!」
さとりはさっさと踵を返し、スキマの中に消えていく。
霊夢は肩を何度か上下させ、息を整えてから、
「……どーしろと」
色々な意味で、現状に絶望したようにぼやく。
「……ねぇ、早苗。ギブアップしない? こんなところで怪我とかしたらアホくさいわよ……」
「ん~」
「ちょっと早苗……」
「よし」
「へっ?」
色々、萎えている霊夢とは違い、早苗は気楽な声を上げて、太ももをぱんと叩いた。
そして、二歩、三歩と後ろに下がってから、
「よーい、どーんっ!」
床を蹴り、目の前の振り子刃へと走っていく。
霊夢が『危ない!』と声を上げるよりも早く、彼女は一つ目の刃をひょいとよけ、次の刃をジャンプしてかわし、最後の刃が頭上を通り過ぎる瞬間、その足下を前転で通り抜けた。
「霊夢さ~ん、早く早く~」
「……あの子、実はかなり身体能力高い?」
恐怖の刃攻撃地帯をあっさり通り抜け、向こう側で笑顔で手を振る早苗。
顔を引きつらせた霊夢は、しかし、ここで行かなければ女がすたると考えたのか、そろそろと、目の前の刃に近づいていく。
「……うぅ」
がっちょんがっちょん音を立てながら、巨大な刃が目の前を横切っていくのを見るのはあまりいい気分ではない。
さとりは『当たっても大丈夫』と言っていたが、先ほど、刃の直撃を食らった参加者が担架で担がれていったのを見る限り、骨の一本や二本は覚悟しないといけないだろう。
「振り子のタイミングを見て、よいしょ、で越えるんですよ~」
早苗の真似をして刃をよけようとする参加者たちが、次々に『たわば!』『うわらば!』『ひでぶ!』『げぶばぁ!』『金がねぇ~!』『俺もだ~!』と吹っ飛んでいくのを見ていると、どうしても一歩が踏み出せない。
「ええいっ! 弾幕回避率100% 当たり判定最小巫女の私をなめんなよっ!」
半分、やけになった霊夢はツッコミどころ満載のセリフを宣言すると、刃が通り過ぎた瞬間を狙って、一本目のそれを回避した。
早苗がぱちぱちと手を叩く。
次の刃は、なるべく通路の端により、刃が反対側に向かって通り過ぎていったタイミングで飛び越える。
最後の一本は、早苗のように鋭い動きで刃の下を通り抜けようとして、無様なヘッドスライディングになってしまうが、
「お見事です、霊夢さん」
立ち上がったところを早苗にむぎゅっと抱きしめられて、彼女はまんざらでもないようだった。
続いて、次のエリアへと向かっていく。
「……ここは……」
何もない、まっすぐな通路。
辺りを見回しても、怪しい仕掛けも凶悪な罠もない。ちょっとした息抜きか、と思って一歩、足を前に踏み出した瞬間である。
――がちょん。
「……え?」
「あ。」
霊夢の足下の床がへこんでいる。
そして同時に、二人の頭上がぱかっと開き、
「霊夢さん、全力で逃げてぇぇぇぇぇぇっ!」
「何考えてんのよあいつはぁぁぁぁぁぁぁ!」
この手の罠の定番、大玉転がしの発動であった。
よく見ると通路は下に向かって傾斜しており、後ろからごろごろ迫ってくる巨大な玉(外側を鉄色に塗りたくった、運動会の大玉である。もちろん、そんなこと知らない人間から見れば、巨大な鉄球が転がってきているように見える)の速度は一向に落ちることはない。
「霊夢さん、霊夢さんっ!」
「落とし穴かぁぁぁぁぁっ!?」
目の前の床がぱかっと開いた。それをジャンプで飛び越え、続く廊下の向こう側で、ゆっくりと倒れこんでくる、廊下の左右に飾られたなんかよくわからないオブジェをスライディングで潜り抜け、走る、走る、走る。
「そ、そういえば、さとりさん、先日、わたしの家から『イン○ィー○ョーンズ』のDVD、借りていきました!」
その人物が誰かはわからなかったが、霊夢はそいつを見かけることがあったら、消し炭になるまで夢想封印叩き込んでやると、この時、心に誓った。
「霊夢さん、前、前っ!」
「早苗、全力で急げぇぇぇぇぇぇっ!」
「らじゃーぁぁぁぁぁっ!」
廊下の向こうの天井が、ゆっくりと下に向かって移動中。要するに、壁が出来つつある。
二人は本気の本気の全速力で廊下を駆け抜け、天井と床の間のぎりぎりの隙間をヘッドスライディングですり抜けた。
「……こ、殺す気か……!」
「さとりさん、遠慮がありませんね……」
天井が床と接触し、重たい音が響き渡る。
床の上にへたりこみ、肩を上下する霊夢と、まだ元気一杯の早苗との間で差が伺える光景であった。
何とかかんとか、霊夢は立ち上がる。
壁に手を突き、立ち上がった彼女は――、
「およ?」
がこん、という音と共に、彼女が手をついていた壁がへこみ、直後、その眼前をかすめるように、床から鋭い槍が突き立った。
「……霊夢さんって、割と罠に引っかかりやすい人ですよね」
「あ、あは、あはははは……」
一応、刃先は丸めてある上、槍とは言っても紙を丸めて作ってあるもののようであった。
しかし、その鋭い一撃に巻き込まれ、はらはらと舞う自分の前髪を見た霊夢の顔は、とことん引きつっていたのだった。
「いやぁ、地霊殿は盛り上がっていますねぇ、解説の映姫さん」
「ええ。
そもそも罠を仕掛けるというのは、相手の状態、周囲の状況、そして環境、この三つ全てを読んで仕掛けなければ効果は薄いのです」
「ほほう?」
「ただ罠を仕掛けるだけでも効果はあるでしょう。
しかし、致命的な打撃を加えることは出来ません。罠を仕掛けるには高度な心理戦が必要となるのです」
「なるほどなるほど。勉強になります」
「……あの罠はいまいちね」
「咲夜さん?」
やたら物騒な会話を閻魔が行うと言うミスマッチな光景にも、会場の盛り上がりが冷めることはない。
その一角で、ちびっこお嬢様の妹様のお守りをしているメイド長は小さな声でつぶやいた。
「私なら、もう3ミリ、相手の側に刃が来るように罠を仕掛けるわ」
「はあ」
「視覚的な効果――あの罠はそれをわかっていない。かつて、『トラッパーさくちゃん』と呼ばれたこの私の眼から見るなら、『罠設置道』の初級にも至らないわね……」
何だかよくわからないことを言ってのける彼女に、その隣に佇む門番は顔を引きつらせる。
「ねぇねぇ、こいしちゃんこいしちゃん! あれ! あの金魚さんとって!」
「よーし、任せて、フランちゃん!」
「ねぇ、こいし。次、わたしにもやらせてよ!」
「まあまあ、そんなに急がなくてもいいじゃろう。ほれ、ぬえ。お前の分も買ってやったぞ」
「やったね!」
「あ、どうもすみません。マミゾウさん」
「いやいや、美鈴殿。子供の面倒を見るのは年寄りの役目じゃ。わっはっは」
地霊殿の全力ぎりぎり具合とは違って、祭りの会場は、とても平穏で幸せであったという。
霊夢と早苗は地霊殿の奥へと歩みを進めていく。
他の参加者の声は聞こえない。ここまで辿り着けなかったのか、それともここまで辿り着く前に全滅したかのどちらかだろう。
「あ、霊夢さん、ちょっとストップ」
足下の絨毯の奇妙な盛り上がりを発見した早苗は、その部分をつま先でちょんちょんとつついてから、『よし』とその上を歩いていく。
「ちょっと、早苗。大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
それを渡りきった早苗。それに続いて霊夢が、その奇妙な盛り上がりの上を歩き、早苗の元へ。
そのエリアを歩いてから、早苗は、適当な石ころをどこぞから拾い上げ、盛り上がっているところ以外の箇所へとそれを放り投げる。
途端、天井から金色の金だらいが落ちてきて、『がこーん!』という音を立てた。
「目の前にわかりやすいものを置いて、本当の罠から視線をそらすのは基本ですよ」
「………………」
早苗は霊夢の手をとって、意気揚々と歩いていく。
つくづく、早苗が味方でよかった、と霊夢はこの時、思ったとか思わないとか。
――と、
「ん?」
「あれは……」
遠くに見える何かの影。
そちらに向かって歩みを進めていくと、それが人影であると言うことがわかる。
問題は、その人影が二つあり、片方が片方に追い掛け回されているということだ。
「よっと」
早苗は二人の間に割って入り、片方を追い掛け回す人影――手にハリセンを持った巨大な鎧の前に足を差し出した。
その鎧は間抜けなのか、それともそういう方法で撃退できるように作られているのか、彼女の足に引っかかって転び、がしゃーん、という音を立てて床と激突して動かなくなった。
そして、
「小傘ちゃん」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん! お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
その鎧に追い掛け回されて逃げ回っていた少女――多々良小傘が泣きじゃくりながら早苗に抱きついた。
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」
わんわん泣き喚く彼女をあやしながら、早苗。
「よく、こいつ一人でここまで来られたわね……」
「他の方はいないんでしょうかね」
安心できる相手の胸で散々泣いて、ようやく落ち着いたのか、小傘がきょとんとした顔で早苗を見上げる。
「小傘ちゃん、一人?」
「……うん」
「他の人は?」
「わたし、一人だよ」
聞けば、彼女、いつも持っているあの化け傘が『一人』と認定されたらしく、晴れて『二人一組』での参加が許可されたらしい。
そして、宝探しをしつつ、やってくる参加者を脅かしてやろうと隠れていたら、あの鎧に見つかって追い掛け回されていたのだそうな。
「よしよし、怖かったね。
霊夢さん、小傘ちゃん、連れて行っちゃダメなんでしょうか?」
「……いいんじゃない?」
なぜか、霊夢は機嫌が悪い顔になっていた。
その視線は、懐いている『お姉ちゃん』にべったりくっついている小傘に向いている。
「じゃあ、小傘ちゃん。わたし達のお手伝い、してもらっていい?」
「うん、いいよ」
先ほどまで泣いていた少女はすぐに笑顔を見せると、早苗と一緒に歩いていく。
霊夢は面白くなさそうに、その後ろ姿を見ながら、二人の後に続いた。
「そろそろ地図の一番奥なんですけどね」
「お姉ちゃん達、宝物を探してるんだよね?」
「うん」
「えっとね、わたしが隠れてたところに、何か変なのあったよ」
「あら、そうなの? 小傘ちゃん、偉い」
「えへへ~」
早苗が小傘に優しい顔を見せると、霊夢はますます不機嫌になる。ほっぺた膨らます彼女は『なら、さっさと案内しなさいよ』と刺々しい声を上げた。
小傘は後ろを振り返り、首をかしげて『どうして怒ってるの?』と言う視線を向けてくる。もちろん、霊夢はそれに返さなかった。
ともあれ、小傘の案内の下、二人は『怪しいところ』へと辿り着く。
地霊殿の一番奥、行き止まりになったフロアだ。
「んっと……あ、これこれ」
早苗の手を引っ張って歩いていく小傘は、そのフロアの中で、唯一、色の違うタイルがはまった床を指差す。
いかにもな怪しさのそれを見て、早苗は『う~ん……』とうなり、霊夢は『……またかよ』と言う顔をする。
「どうしたらいいかな?」
「そうねぇ……」
早苗は手にした地図を見る。一応、ここが今回の宝探しエリアの一番奥。ここから先には行けないことになっている。
「ねぇ、早苗。私にも地図、見せて」
「あ、はい」
早苗は入り口でもらった、もう一枚の地図を取り出し、霊夢へと手渡した。
二人が地図をにらむ中、小傘はとことこと、辺りを歩き回る。
「やっぱりここしかないよね……。
だけど、これを押したら、いきなり天井が崩れてきたりしそうだわ」
「確かに。
でも……」
――と。
顔を上げた早苗は『おや?』と首をかしげた。
そして、自分の持っている地図と霊夢の持っている地図を何度か見比べた後、『ああ』と手を打つ。
「霊夢さん、その地図、貸してください」
「え?」
「ほら」
「いいけど」
同じ地図を二枚も何に使うんだろう、と首を傾げる霊夢。
「これはですね~」
早苗は手にした地図に、霊夢の地図を重ねる。
すると――、
「あっ……」
「もらった地図、薄い紙で出来てるんですよ」
二つの地図が重なり、また一つ、新たな地図が現れる。
その地図によると、この一番奥のフロア、その壁の一角に奇妙なへこみがあることが示されていた。
「あっ、小傘ちゃん」
「何? お姉ちゃん」
「そこ、その壁。変なところ、ない?」
「えっとね……。
あ、うん、あるよ。小さなくぼみ」
早苗の言うことにはきちんと従う小傘が、その『怪しいもの』を見つけた。
それを押してみて、という早苗の指示に従って、くぼみを押すと、怪しい色のタイルが左右に割れて、中から金色のトロフィーが現れる。
早苗がそれを手に取ると、会場にブザーが鳴り響き、『ゲーム終了!』と言うアナウンスが流れた。
「お見事です」
「うわっ!?」
いきなり、霊夢の背後にさとりが現れる。
その後ろには紫の隙間が用意されていた。
「さすがは早苗さんですね。最後の、この露骨な罠では引っかかりませんでしたか」
「もちろんです」
えへん、と胸を張る早苗。
その規格外の胸部に霊夢の視線が向き、さとりに向き、小傘に向き、最後に自分の胸元に視線を戻して、がっくりと、彼女は肩を落とした。
現役巨乳とロリ巨乳×2の前では、博麗の巫女は無力であった。
「ちなみに、この罠は何だったんですか?」
とてとてと歩いてきた小傘が、早苗の手をとった。
それを見てから、さとりが、「自爆スイッチです」とさらりと答える。
「踏むと、この辺り一帯が爆破されます。もちろん、死なないし、怪我をしない程度の火力なのでご安心ください」
果たして、それを安心していいものかどうか迷ったが、早苗はとりあえず、『そ、そうですか……』と答えるだけだった。
心なしか、この時、早苗にはさとりが罠を仕掛けて侵入者を撃退する喜びに目覚めているような気がしていたと言う。
「これで、お二人は二つ目のトロフィー獲得ですね」
「わぁ、お姉ちゃん達、すごいね!」
「ありがとう、小傘ちゃん」
「次のステージへどうぞ。頑張ってくださいね」
早苗は霊夢に『行きますよ、霊夢さん』と声を掛けて、小傘を連れて隙間の中へ。
はぁ、とため息をついて、霊夢もそれに続く――ところで、さとりがくすくすと笑った。
「……何よ」
「思ってるだけで、それが伝わるのは、わたし達、覚に対してだけですよ?」
「う、うっさいな!」
顔を真っ赤にして、ぷりぷり怒りながら、霊夢は隙間の中へ消えていった。
さとりは言う。
人間と言うのは、こういう時、その心を読むと面白い生き物だ、と。
「永遠亭は出迎えなしか」
「そうみたいね」
紅魔館を攻略した魔理沙・アリスペアが次にやってきたのは永遠亭。
しんと静まり返った竹林の中に佇む平屋の日本家屋。
音を立てずに入り口を開くと、中は相変わらずの光景――というわけではなかった。
「うわ……なんだこれ……」
あの魔理沙ですら、驚きのあまり声を失う光景がそこにある。
そこは、いくつもの空間がクロスした世界。扉の向こうが別の空間と重なり合い、複雑に絡み合った三次元の迷路。
頭上を見れば、そこには天井を逆さまに歩いている他の参加者たちの姿。しかし、彼らから見れば、こちらが逆さまに天井に立っているように見えるのだろう。
「すっげぇ……」
「子供達が大喜びしそうね」
アリスは冷静だった。
あちこちの空間と、その歪んだ景色を眺めて肩をすくめる。
「よし、行くか」
気を取り直した魔理沙が、まずは手近な左手側の襖を開ける。その向こうは、無数の部屋が延々続く光景となっている。
しかし、その床は足下から左手の壁、天井、右手の壁とねじれるように続く、不思議な世界だ。
「頭がおかしくなりそうだぜ」
そこを歩きながら、つと下を見れば、別の空間を歩いている参加者たちの姿が見える。彼らには、自分たちはどのように見えているのだろう。
あまりにも不思議、不可思議、奇妙。
「アリス。どこを探す?」
広げた地図に、この奇妙な世界の、唯一の道しるべである『通行可能』な場所が書かれている。
正直、これがなければ、この永遠亭の中で迷子が続出してしまうだろう。
「そうね……。隠しているのは永琳さんだろうし……」
「あの天才の考えることはわからないからなぁ」
「近くのタンスの中に無造作に入ってそうだわ」
言われて、魔理沙が手近なタンスを開けてみる。
すると、その中にも、また別世界が広がっている。その世界を歩いていた参加者たちが魔理沙を見上げ、目を丸くしていた。
「あ~……」
目の前の光景が信じられず、彼女は眉間を押さえて頭を振った。
「こりゃたまらん。
何とかしてゴールを見つけないと気が狂う」
「うどんげも手を貸して……るのかしら?」
「あいつら、参加者ってことで広場にいたの見たぞ」
「と言うことは、彼女は関わってなさそうね」
普段、そこにある『普通』がねじれた『異常』に移り変わった世界。
それは充分、狂気に侵された世界となる。
世界をちょっと入れ替えるだけで現れる、全く別の『景色』。それを見据えなければならない二人は、はぁ、とため息をついた。
「どんな風に性格がひねくれてたら、こんな迷路を考えつくのかね」
「魔理沙くらいじゃない?」
「何だと、この野郎」
「はいはい、怒らない。
知ってる? 相手に言われてむかっとくることって、普段、自分が認識してる『事実』なんだ、って」
「うるせっての。この性悪」
「自覚してるわ」
さらりと自分の髪の毛をかきあげて、アリス。
ちぇっ、と魔理沙は舌打ちすると、その前方にある襖を開けた。
左右に板張りの廊下が続いている。『どっちに行く?』と、魔理沙は視線でアリスに尋ねた。
「……正直、この迷路はそのまんま、なんのひねりもない『迷路』だと思うのよね」
「だろうな」
「となれば、迷ったら迷った分だけ時間がかかるわ」
「あー、そうなると、他の奴らにトロフィーを取られっちまうな」
「何かヒントはないかしら」
とりあえず、迷い道の基本、『左手を壁につけて歩く』を実行しながら、アリスはつぶやく。
こんな手段も気休めだな、と魔理沙は言う。実際、こんな風に、床を歩いていたらいつの間にか天井を歩いているような迷路では、こんな初歩の手段は通じないだろう。
地図とにらめっこしながら歩き続けることしばし。
がらっと開けた襖の先を見て、魔理沙は肩をすくめた。
「入り口だ」
二人は入ってきた入り口の天井側に立っていた。逆さまに見下ろす足下を、新しい参加者たちが通り過ぎていく。
「おいアリス。何かいいアイディアないのかよ」
「何でそこで私を頼るのよ。あんたも考えなさいよね」
「えー。めんどくさいぜ。
お前が参謀、私は実行役だ」
「勝手に役割を割り振らないで」
ぺしっ、と魔理沙の頭を軽くはたいて、『だけど、困ったわね』とアリスは地図を見据えてつぶやく。
「何のヒントもないわけがないのよね。
永琳さんだし」
「いやぁ、永琳だからそういうこともやりかねないだろ」
何せ、相手は天才だ、と魔理沙。
天才のやること考えることは凡人にはわからない。なぜなら、彼らは閃きで生きる生き物だからだ。
彼らに『試行錯誤』と言う言葉は存在しない。ただ『何となく』で物事を考えているのだから。
「あの人は周りに程度を合わせてくれるけど、今回は信用できないわね」
踵を返して、入ってきた襖を開ける。
すると、また別の廊下が広がっていた。『道を間違えたら戻ればいい』と言う常識すら通用しない迷路に、いよいよ、アリスもお手上げなのか『どうしたものか』と言う顔を見せる。
「なぁ、アリス」
「何?」
「その部屋なんだけどさ」
「うん」
地図をにらむアリスは生返事をするだけで、魔理沙の方に視線を向けない。
魔理沙はそんなことはお構いなしで、『三日月だとさ』と言う。
「それが何?」
「何か意味あるんじゃないのか?」
魔理沙の視線は、部屋の入り口にかかっているプレートに向けられている。アリスはちらりとそれを見て、早々に興味をなくしたのか、その視線を地図へと戻す。
「そんなの、旅館とか行けば普通についてるじゃない」
「そりゃそうだけどさ。
けど、ここは永遠亭だぜ。いつぞやの明けない夜の異変の首謀者だぞ」
「……」
そこで、アリスは顔を上げた。
魔理沙の言う通り、彼女が見ている部屋には『三日月』と言う文字の書かれたプレートが提げられている。
もう一度、アリスは視線を地図に向ける。
じっと、地図をにらむ彼女。
「ちょっといい?」
「おう」
アリスはその部屋の襖を開けて、中へと入る。
その部屋を横断し、襖を開け、外へ。
「……『上弦』」
「んー?」
左右に伸びる廊下を見る。
そして、他に部屋がないのを確認してから中へ。今度は左手側に向かって歩ける範囲が構築されており、その先の襖を開けると、目の前の部屋には『十三夜』というプレートがかかっていた。
「……なるほど。お手柄よ、魔理沙」
「は?」
二人はその部屋へと入っていく。
「魔理沙。あなたの言った通り、この迷路の鍵は『月』よ」
「私、そんなこと言ったか?」
「明けない夜の話し、したでしょ」
次の部屋へ。『小望月』。
「この部屋の並びは月齢に従ってるわ。ってことは、その順番に歩いていくと言うことに、何らかの意味があるはずよ」
「おお、なるほどな。
けど、月齢なんて覚えてないぞ」
「私が覚えてるから安心しなさい」
アリスは魔理沙の頭の上を逆さまに歩きながら、そんなことを胸を張って言う。
何だか悔しいのか、魔理沙は『へいへい』と適当な返事をするのみだ。
次の部屋、『望月』をくぐり、二人は歩みを進めていく。
「どうにも露骨なまでに部屋が並んでるよなー」
「気付いてしまえば簡単な迷路なのかもしれないわね」
――そうして。
「……ここが最後ね」
『朔』と書かれたプレートの張られた部屋。
そこへ辿り着いた二人は、その襖を開く。
広い部屋の中、その真ん中に、恭しく金色のトロフィーを頂いた台座が置かれていた。
ただし、
「あっ」
「おっ」
二人のちょうど反対側の襖が開き、その向こうから永遠亭のつきのうさぎこと鈴仙・優曇華院・イナバと、その彼女と仲のいい魂魄妖夢が現れたのだ。
「あなた達、どうして……」
「そっちこそ。どうやって辿り着いたんですか」
アリスの問いに鈴仙は返してくる。
その言葉に、アリスは『……なるほど』と内心でつぶやいた。
「……順番に巡ればいいと考えたのはこっちの勝手か」
迷路を解く鍵は『月』にある。その考えは正しかった。
問題は、それを『どのように解釈する』か。
アリスは月齢を『順番に』たどればいいと考えた。一方、鈴仙は、恐らくだがそれを『逆に』たどると考えたのだろう。
結果、ルートは違えど、辿り着く答えは同じだった。それだけのことだ。
そして、問題はと言うと――、
「……さて」
魔理沙が不敵な笑みを浮かべて構えを取った。それは妖夢も同じだ。
両者が互いに、ほぼ同時に床を蹴る。魔理沙は一瞬の間に取り出した箒にまたがり、加速する。一方の妖夢は一つ、二つ、三つと床を蹴れば蹴るほど加速し、二人はほぼ同時にトロフィーに手を伸ばす。
突き出される刃、放たれる閃光。
その両者が交錯し、トロフィーは宙を舞って、床の上へと落ちた。
「おい、運営! こういう時は『早い者勝ち』なんだろう!?」
「そうだよ~」
いきなり、天井がぱかっと開いて、そこから因幡てゐが顔を見せる。彼女は今回、運営側についているらしい。
ひらひらと手を振って、『鈴仙さま、頑張って~』とにやにや笑いながら頭を引っ込める。
「なぁ、アリス。どこまで『あり』だと思う?」
「スペカはなし、相手を戦闘不能に追い込むのもやりすぎ。
文字通り、早い者勝ちなんじゃない?」
彼女の周囲に10を越える人形が現れ、乱舞する。二人の姿勢を見て取ったのか、鈴仙も『そうらしいね』とつぶやく。
「妖夢ちゃん! 前衛、よろしく!」
「承知しました!」
「おっし! アリス、お前は私の護衛だ!」
「冗談! あんたが邪魔するならまとめてぶっ飛ばすだけよ!」
四人が室内へと一気に入り込み、互いに交錯する。
妖夢の振りかざす二本の刃を、アリスが構える人形たちが剣で受け止める。鈴仙の放つ赤い閃光を、魔理沙は左手にしたためた緑色の光の盾で弾き、反撃とばかりに右手の閃光を放つ。
「アリスさん達は、すでに一個、トロフィーを持っているのでしょう? ここはお譲り頂けませんか!」
「いやよ! 欲しいものは力ずくで奪いにきなさい!」
「その言葉、委細承知!」
「っ!?」
妖夢の踏み込みの速度は尋常ではない。
あっという間に懐に飛び込まれ、アリスの眼前を銀光がかすめていく。後ろに下がっても、妖夢はぴったりとアリスに食いつき、離れない。
舌打ちし、苦し紛れに人形たちに攻撃をさせながら、アリスは視線を鈴仙に向ける。
直後、鈴仙の方がアリスに気付いた。『やばい』と思った次の瞬間には、撃ち出された紅の弾丸が彼女の真横で弾け、周囲を赤光で完全に埋め尽くす。
「もらった!」
よろめき、しりもちをつくアリス。
そこへ、妖夢がとどめの一撃を放とうとする。
「甘い甘い! パートナーを守るのもパートナーの仕事なんだぜ! 知っとけよ、半人前!」
魔理沙が二人の間に割り込み、アリスを守るようにして両手を広げた。
そこに宿る緑色の光が、振り下ろされる妖夢の刃を受け止める。直後、轟音を上げてそれが炸裂し、爆風で妖夢を吹き飛ばした。その爆風を利用して、魔理沙はアリスを抱えて箒に載せると、後ろへと向かって移動する。
「鈴仙さん! トロフィーを!」
「任せて……と、言いたいところだけどっ!」
前方に足を踏み出した鈴仙は、寸でのところで足を止め、横っ飛びにそれを回避した。
彼女が足を踏み出した地点――そこから横一列に光の珠が鎮座している。それは、鈴仙の接近を感知すると弾け、斜め前方に向かって魔力弾を散弾のように撃ち出した。
「この狭い空間じゃ、まともに争うのは不利だわ」
視力が回復したのか、アリスは目元をこすりながら言う。
「そんなに狭いかねぇ」
「接近戦をやらせたら、あの二人に勝てる奴なんていないわよ」
「確かに」
一人は接近戦のエキスパート。もう一人は幻を操り、それをサポートする。
距離をとっての射撃戦ならば有利に戦えるものの、距離を詰められては圧倒的に不利なことは言うまでもない。
「けど、接近戦をやらなきゃいけないわけだ」
「そうね」
アリスは床に飛び降りると、人形たちを操り、鈴仙に向かって一斉に攻撃を放つ。
自分に接近して剣や槍を振るうもの、遠距離から弾丸を放ってくるもの、それらが多角的かつ多面的に攻撃してくるにも拘わらず、鈴仙は側転、バク転、大ジャンプなどを駆使して全てを回避し、
「ターゲット、ロックオン」
直後、全ての人形たちを一斉に爆散させた。
人形たちがそれまで浮かんでいた空間に、一瞬だけ、鈴仙の具現化した力の残滓が残って消える。
ちっ、とアリスは舌打ちし、視線を右に向ける。
「くっ!」
力の源であり、攻撃の要の人形たちを吹き飛ばされ、一時的にしろ戦闘力が激減したアリスを、容赦なく妖夢が襲う。
振り下ろされる刃の嵐を何とか回避し、後ろに下がるアリス。
目の前に飛んでくる剣の先端を見切り、ぎりぎりで回避すると、続く左側の流れるような一撃を、振り上げた足――靴底で受け止めた。
「何っ!?」
がきぃんっ、という鋭い音。
「魔理沙!」
「任せろ!」
彼女の周囲に浮かぶいくつもの光の珠――そこから放たれる閃光が、無差別に地面を爆撃していく。
「弾幕はパワー……ね。確かに、無駄な力は強烈!」
鈴仙は魔理沙に狙いを定め、引き絞った一撃を放つ。
魔理沙はそれに気付き、盾として周囲の光の珠をかざす。だが、渦を巻いて迫る鈴仙の攻撃はそれをいともたやすく貫通し、箒にぶら下がるようにしてそれを回避した魔理沙の頭上のわずか上をかすめていく。
「おっそろしいね。なんていう狙撃だよ、くそったれ」
一方のアリスは妖夢の刃を足で受け止めた後、それを蹴り飛ばし、すかさず体を丸めて身を翻し、鋭い後ろ回し蹴りを放つ。
妖夢の右手の刃を、その踵は直撃し、彼女の手から剣を跳ね飛ばした。
妖夢は舌打ちし、後ろに下がろうとする。
だが、アリスは下がらず、前に出た。
「えっ!?」
それには妖夢も予想外だったのか、一瞬、彼女の動きが止まる。
アリスの左の蹴りが妖夢に向かって放たれる。妖夢はそれを脇を締めて受け止め、体に響く振動に舌打ちする。
すかさず、アリスは引き戻した左足に軸を移して、右の蹴りを放つ。妖夢はそれをかがんでよけるが、それを予想したように、妖夢の頭上で、アリスの蹴りが変異した。
「くそっ!」
すさまじい威力の踵落とし。それをぎりぎりで受け止めた妖夢は相手を跳ね上げ、下がらせようとする。
だが、アリスはその勢いすら利用して体を大きく反らせ、跳ねると共に左足でサマーソルトを放った。
それには完全に不意をつかれ、直撃こそしなかったものの、彼女のつま先は妖夢の顎をかすめていた。
「……おっそろしいわ」
「……確かに。何ですか、あの足技……」
「私に聞くなよ……」
人形を武器として使う、華麗なる人形遣いが見せる猛烈な蹴りのラッシュに、魔理沙と鈴仙の頬に汗一筋。
「ちょっと、魔理沙! 何やってんの! チャンスよ!」
「お、おお! そういえば!」
「あ、そ、そういえば確かに! 妖夢ちゃん、大丈夫!?」
二度のバク転の後、宙に跳ね、一瞬で人形たちを補充するアリス。
魔理沙は逆上がりの要領で箒の上に戻り、トロフィーへと視線を移す。
鈴仙は、顎を蹴られて脳震盪を起こしたのか、動くことも出来ない妖夢を気遣った後、舌打ちする。
「よーし! 今のうちに……!」
「ストップ!」
「はい!?」
魔理沙はトロフィーに向かって飛び、それを手に入れようとした瞬間、アリスが彼女の眼前に人形の刃を突き出した。
『危ないな!』と抗議する魔理沙。
だが、直後、彼女の眼前でトロフィーが爆裂する。
「アリスさんは気付きましたか」
魔理沙は視線をさまよわせる。トロフィーは、彼女が手を伸ばしていたところではなく、もう少し奥の方に落ちていた。
「偽物かよ!」
「そうよ。幻惑の産物」
危うく、鈴仙の仕掛けた罠に引っかかるところだった魔理沙は舌打ちした。
彼女の視線はトロフィーと鈴仙、妖夢、アリスを行ったりきたりする。
そうこうしているうちに妖夢が復帰し、剣を構えなおす。
互いに決め手を欠いたまま、このままではジリ貧になると判断したのだろう。この場で唯一の『人間』であり、最も身体能力の劣る魔理沙は、口許に小さな笑みを浮かべた。
「そんならこいつでどうだ!」
彼女は箒を掴むと、それを槍投げの要領で鈴仙に向けて投げつける。
鈴仙は眉をひそめ――次の瞬間、驚愕の表情と共に『なるほど』とつぶやいた。
箒が一気に加速する。さながら流星のように飛んでくるそれをぎりぎりで回避した彼女は、箒全体に魔理沙の魔力が載せられていることに気付く。
「不意を突いた一撃ってのはね、魔理沙! もっと予想外のことが出来ないと通じないわよ!」
鈴仙が魔理沙に向かって走る。
魔理沙は彼女を迎撃するために光の弾丸をばら撒き、後ろに下がる。
鈴仙が魔理沙に向かって飛んだ。舌打ちする魔理沙は彼女の動きを追いかけようとして、突然、目の前が真っ暗になったことに驚き、うろたえる。
「なっ……! 服かよ!」
「そういうこと」
眼前に、鈴仙の姿があった。
直後、魔理沙の手足を鋭い針が貫通し、彼女を完全に床の上に縫いとめる。
その針は、鈴仙の髪の毛と同じ色をしている。どこからそれを取り出したのか、全くわからないまま、魔理沙は無力化された。
「裸の一つや二つ、さらすのをいとわないくらいの度胸がないと、戦場では生きていけないわよ」
下着姿の彼女はにやりと笑う。
その一方、アリスと妖夢も、互いににらみ合ったまま、動けないでいる。
お互いの有利な距離を把握している以上、下手なことは出来ないのだ。また、逆に言えば、妖夢がアリスにプレッシャーを掛けているとも言える。『次は不意打ちは通用しない』。鋭い目でアリスをにらむ妖夢は、無言で、そのメッセージをアリスに向けているのだ。
「さて、私たちの勝ちね」
「……ま、そうかもな」
「あら、しおらしいじゃない。魔理沙なのに珍しい」
「なぁ、うどんげよ」
「何?」
彼女は落ちているトロフィーの前で足を止める。
魔理沙は言った。
「油断大敵なのはお前の方だ」
その瞬間、鈴仙の股の間をすり抜けるようにして、魔理沙の先ほど投げつけた箒が駆け抜けた。
「なっ……!」
あっけに取られる鈴仙の前で、箒が跳ね飛ばしたトロフィーは宙を舞い、見事に、魔理沙の手の中へと。
「出直してきな」
その瞬間、ブザーが鳴り響く。
告げられる『ゲーム終了』に、四人はそれぞれ、肩から力を抜いて脱力する。
「……ったくもー。そういうことね」
鈴仙は魔理沙に歩み寄り、彼女を縫い付ける針を抜き取りながら苦笑する。
「あんたが、まさか私に作戦勝ちするとは思わなかった」
「まあな」
「貧相な体つきの割りに、頭はなかなか切れるのね」
「前者は余計だろ! このエロうさぎ!」
「ふっふ~ん。悔しかったら谷間作ってみなさいよ~、ほれほれ~」
何やら愉快なやり取りをしている二人。
彼女たちを見ながら、『やれやれ』と妖夢とアリスは笑った。
「アリスさん、見事な足技でした。完全に意表をつかれましたよ」
「人形遣いの技が『人形』だけとは限らないってこと。
けど、妖夢もなかなかやるわね。一発もまともに入らなかったわ」
「入ってたら、私、そこら辺で気絶してましたね」
「かもね」
入り口へのスキマが開き、運営のてゐがやってくる。
彼女は一同に『お疲れ様~』と告げて、「では、次の舞台へどうぞ」と促した。
「けど、まだ負けてませんよ。トロフィーは全部で7つ。残り3つを、私たちが取ればいいんですから」
「そううまくはいかないわよ」
アリスと妖夢は互いのパートナーに『そろそろ出発』を告げて、スキマの中に入っていく。
四人が隙間の中に消えた後、激闘の跡が残る室内を一瞥して、「こりゃ修復が大変だ」とてゐは笑うのだった。
「両者共に、迷路の解き方も見事でしたが、戦いのほうも見事でしたね。解説の映姫さん」
「ええ。以前、彼女たちと一戦交えた頃よりもずっと強くなっています。
もしかしたら、次に戦ったとき、私が本気を出しても負けてしまうかもしれませんね」
「いやいや、そこまででは」
「いえいえ、案外、そうでもないかもしれませんよ」
残るステージはあと3つ。ゲームも佳境に入りつつあるのを察しているのか、会場のボルテージはヒートアップしている。
あちこちで『頑張れ!』という声援が響き、またあるところでは、「さあ、今回のゲーム、勝者は誰か! オッズはレイサナペア、3.5倍、マリアリペア、2.2倍だよー!」とトトカルチョしているものもいる。
なお、余談ではあるが、『レイサナ!? さなれいむだろ!』『マリアリとかふざけんな! アリマリだろ!』という声があちこちで上がっていたりする。
「いやしかし、盛り上がりますねぇ」
「普段、幻想郷はこうした娯楽が少ないですからね。
やはり定期的に、人妖のソウルをたぎらせるカンフル剤は必要です。長生きのコツですよ」
「お、そうなんですか。
じゃあ、私も、あと1000年、長生きしちゃおっかな~」
「天寿を全うすることが、全ての生命に与えられた義務であり徳です。
ぜひ、長生きしてくださいね」
閻魔の言葉に感銘を受けた聴衆が、『わかりました!』『俺、まだまだ長生きします!』『映姫たんさいこー!』と声を上げる。
何だか妙に人気のある閻魔さまを見上げる死神は、『……ま、それならそれでいっか』と諦め顔だ。
「最後は廟ですねー」
「そうね」
会場の一角でお昼ご飯を食べている霊夢と早苗。そのテーブルには小傘もついて、『お姉ちゃん、お代わり!』と笑顔を浮かべている。
「ミスティアさん、お代わりください」
「あいよー!
しっかし、食べるねぇ! 子供は一杯食べて大きくならないとね! ほら、大盛りにしといたよ!」
「なるほど、これ以上の大盛りとな!?」
「となると特盛りか!」
「特盛りロリ巨乳! 新しいな!」
紳士たちの期待を体の一部に一身に集める小傘は、渡される炊き込みご飯を、また笑顔で頬張っている。
「おっ、アリス達が帰ってきたわね」
「そろそろ行きましょうか」
「あっ、お姉ちゃん、頑張ってきてね。行ってらっしゃーい」
「ええ。
ミスティアさん、お勘定、ここに置いておきますね」
「あいよ、ありがとさん。
早苗さんはいいね~。霊夢さんはすぐにツケにするし」
「うっさいな」
「あんまおごってもらってばっかりだとヒモ扱いされますよ?」
「ほっとけ!」
屋台をやっていて、威勢のいい男衆と付き合いの多いミスティアは、客あしらいも上手であった。
ふてくされる霊夢は次なる目的地につながるスキマにさっさと向かってしまい、早苗も苦笑する。
ぺこりと頭を下げて去って行く早苗を小傘は笑顔で見送り、ミスティアも、『あんたらの優勝、期待してるよー!』と、その背中に声をかけたのだった。
――4――
「ようこそ。どこでもない此処の世界へ」
「あ、青娥さん」
「出たわね、ロリコン仙人」
「失敬な! わたくしはロリコンではなく、少女愛主義者です!」
それが『ロリコン』とどう違うのか、あえて霊夢は尋ねなかった。
スキマを通った先は、不可思議な気配が充満する仙人の世界。そこで二人を出迎えたのは、胡散臭い雰囲気だけなら八雲紫に匹敵するとまで言われた霍青娥である。
「ま、ともあれ。
わたくしが、皆さんの案内役です」
彼女は運営側に協力をしているらしい。
ぺこりと恭しく一礼してくれる彼女に、早苗は同じく礼を返した。一方の霊夢は、『バカにされてるような気がする』と、彼女の礼をスルーしている。
「知っての通り、仙人の世界は閉じられた世界。外から干渉することは出来ません」
目の前に佇む『廟』。
入り口はどこにもなく、窓すら開いていない。
そこへと、青娥は歩いていく。
「故に、わたくしは、案内役と言っても門番みたいなものでございます」
彼女の髪を留めるかんざしの先端が、とん、と廟の壁を叩いた。
瞬間、そこの壁が消滅し、中に入る入り口が現れる。
「ご案内するのはここまで。
此処から先へは、参加者の皆様がご自分の意思で進む道となっています」
「はい」
「ここで立ち止まって戻るもよし。トロフィーはここだけではございません。
あえて進むもよし。別段、凝った細工も仕掛けもございません。
さあ、どうぞ。お選びください」
妙に、誰に対しても礼儀正しい青娥の姿勢は、まさに慇懃無礼と言っていいだろう。
霊夢は『言われなくても進みますよ~だ』と舌を出して、廟の中へと進んでいく。早苗は苦笑を浮かべながら、青娥に向かって頭を下げ、霊夢の後を追いかける。そして青娥は、そんな二人の背中を、小さな笑顔を持って見つめていた。
「ったく。私、あいつ嫌い」
「霊夢さん、そういうのはいけませんよ」
「だって、あいつの態度が腹立つし」
廟の中へと足を踏み入れた二人は、薄暗い回廊を歩いていく。
道は右手側にゆっくりとカーブを描きながら、上へ上へ向かって延びていた。
他の参加者の姿はない。声も聞こえない。
歩みを進めていくと、段々、周囲から光は失われ、暗闇が世界を覆い隠していく。霊夢は懐から一枚の札を取り出し、それをぱっと放って光の珠を生み出した。
「静かですね」
「確かに」
とことこ、足を進めていく。
――と、どこかで『ことん』という小さな音がした。
二人は顔を見合わせ、音のありかを探って、周囲に光を向ける。
誰かが、あるいは何かが動いた気配はなかった。
「……気のせい?」
「さあ?」
また、二人は歩いていく。
きしきし、と小さな音。足下に視線を向けるのだが、そこには板張りの廊下はなく、当たり前のことだが、石造りのそれが広がっていた。
「お化け屋敷かっての」
霊夢は毒づき、歩みを速める。
――気のせいだろうか。
歩いていくうちに、霊夢は辺りをきょろきょろと見る回数が多くなっていく。
周りの闇が、ねっとりと、ねばつくように手足に絡み付いてくる感じがする。
周囲を覆う暗闇が物理的な圧力をもって、自分の上にのしかかってきているような……そんな錯覚に襲われ、霊夢は何度も、首を左右に振った。
「どうしたんですか?」
「……気のせい」
上げる声に余裕はない。
歩みを進めれば進めるほど息苦しさは増してくる。
いつしか、自分の額に、じっとりと汗が浮かんでいるのを、彼女は感じていた。
たまらないわね。
そう、内心でつぶやく彼女のうなじに、ぴちょん、と冷たい水滴が当たった。
「ひゃうっ!?」
「わっ!?」
飛び上がった霊夢が、手近なものに飛びついた。
もちろん、その相手は、その隣を歩いていた早苗である。
「あ、ご、ごめん……」
「いえ。
どうしたんですか? 何だか顔色も悪いみたいですけど……」
「き、気のせいよ。気のせい」
あはは、と無理に笑顔を作って笑う霊夢は、『さあ、急ぎましょう!』と大声を上げた。
まるで自分を鼓舞するような――そして、実際のところ、その認識は間違っていないのだろう。霊夢の上げた声に余裕はなかった。
歩いて、歩いて、歩いて。
遠くから、『がたん!』という音がして背筋をすくめたところで、早苗が後ろから問いかけた。
「もしかして、怖いんですか?」
「そっ……! そんなこと、あるわけないじゃないっ!」
霊夢の上げた声は引きつっていた。
早苗はくすくすと笑いながら、彼女の頭をなでる。
「嘘つかないの。お姉さんにはお見通しよ?」
「だ、だけど……!」
「意外ですね~。普段は妖怪退治に精を出す霊夢さんが、まさかお化け屋敷が苦手だったなんて」
「にっ、苦手とかそういうんじゃなくて、こう……何ていうか……変な気配が……」
「はいはい。強がりはいいから」
早苗は霊夢の手を握り、『一緒に行きましょう』と声をかけてくれた。
掌から伝わってくる彼女の『存在』に、乱れていた自分の心が落ち着くのを感じる。
霊夢は『……うん』とうなずくと、彼女と一緒に歩き始めた。
闇はますます暗くなる。
足下に気をつけ、右手で壁を伝いながら歩いていく。
次の瞬間、ふっ、と札の光が消えた。
「……ありゃ、時間切れか」
霊夢はつぶやき、もう一枚、札を取り出して宙へと放った。
だが、先ほどは皓々とした光を放つことが出来た札が、何も出来ずにいる。いや、正確には、宙に浮かび、光を放っているのだが、その光を圧倒的な闇が食い尽くしているのだ。
「ちょっと! これ……!」
そこで気付く。
いつの間にか、左手に、早苗の掌の感触がなかった。
慌てて振り返る霊夢。
闇に飲まれた世界では、視界が潰され、何も見えない。
「ちょっと、早苗!? どこ行ったの!?」
声を張り上げても返事はない。
途端に、背筋を寒気が這い上がる。
周囲の気温が一段下がったような怖気に、彼女は肩を抱いて身を震わせた。
「あはは……。冗談、だよね……?
ね、ねぇ、早苗! あのさ、もしかして怒ってる!? 私、謝るから! ちゃんと謝るから!
だから、早苗! 出てきてよ! お願いだから、ねえ!」
暗闇に取り残された彼女は必死になって声を張り上げる。
しかし、何をしてもなしのつぶてであることを痛感し、唇をかみ締める。
「……落ち着け、落ち着くのよ」
荒い息を抑えながら、彼女は視線を前方に向ける。
「とにかく前に進めばいい。そうしたらゴールがあるんだから……」
廟に入る前に見た地図を思い出す。
ルートは右の螺旋を描きながら続くだけ。迷うはずもあるわけがない、ただの一本道。スタートとゴールは、ただその線の端と端に存在するだけ。
彼女は大きく息を吸って深呼吸すると、『よし!』と気合を入れて進み始めた。
右手の壁の感触を頼りに進む。うまい具合に、前に進むことは出来ていた。
螺旋を描く通路は、彼女の右手に、そのルートを教えてくれる。辺りを警戒しながら進む彼女は、いつしか、その左手に札と針を構えていた。
――遠くで、『かちん』と言う音。
慌てて、霊夢は身を低くし、そちらに向けて一発の札を放った。
どこか遠くで札が炸裂したのか、『ぼんっ』と言う音がして、あたりは静かになる。
「……私を脅かそうなんて100年早いのよ」
強がりを口にし、引きつった笑いを浮かべて、霊夢は再び歩き出す。
後ろから、『かたかたかた』という音。
振り返る霊夢の顔の横を、真っ赤な何かが通り過ぎていく。
「わっ!?」
身を低くした彼女の頭上を、その何かは通り過ぎ、壁に当たって炸裂した。
「ちょっと……冗談でしょ……」
何とか立ち上がる霊夢。
恐る恐る右手を伸ばし、その右手が、すかっと虚空を薙いだ。
「えっ!?」
先ほどまで触れていた壁の感触がない。
壁から遠ざかってしまったのかと、通路の左右を歩くのだが、どこにも壁はなかった。
それどころか、どこまで行っても闇しかない。
どこを見ても、闇、闇、闇。
呼吸がどんどん荒くなり、息苦しくなり、彼女は何度も何度も咳き込んだ。
目元にじわりと涙が浮かび、彼女はそれを服の袖でぬぐい、『何なのよ……!』とつぶやく。
「何なのよ、これ! 私が何したってのよ! ねぇ! 誰か! 何とか言いなさいよ!」
答えはない。
張り上げた声は残響を残して徐々に消え、暗闇に飲み込まれる。
「……もうやだ……」
ぷつんと、こらえていたものが切れてしまうのを、彼女は感じた。
涙がとめどなくあふれ、嗚咽が漏れてしまう。
その場にうずくまり、子供のように泣いてしまう彼女。
そんな彼女の頬を、ひゅう、と風がなでた。
「……さて、と」
一方の早苗は、その場に足を止めていた。
霊夢と手をつなぎ、少し歩いたところで、その感触が手から消えたのを彼女は感じた。
その瞬間、何かいやなものを感じたのか、彼女は足を止めて周囲の気配をうかがっていたのだ。
「霊夢さんはどこへ……」
暗闇に包まれた世界では視覚は役に立たない。
やれやれと、彼女は肩をすくめた。
一枚の札を取り出し、それをぺたりと目元に貼り付ける。
閉じたまぶたの向こう側。圧迫される感覚と共に、聴覚が鋭敏になってくる。
同時に手足の感覚も研ぎ澄まされ、全身が『感覚』の塊へと化けていく。
見えるはずのないまぶたの向こう。
そこに、暗闇に覆われた通路の本体がはっきりと浮かんでくる。通路はゴールに向かって口を開けており、その向こう側に広い空間が見えた。
そして――、
「……なるほど。そういうことね。
こういう凝った嫌がらせを豊聡耳が考えるとは思えないから、主犯はあの邪仙か。
全く、何が『凝った細工も仕掛けもない』よ。今迄で一番、いやらしい仕掛けだわ」
彼女の手が、前方を示す。
闇の中にまっすぐ伸ばされたその指先が、その目標に向かって差し伸べられた。
「風よ! 薙いで祓え!」
猛烈な威力の突風が現れ、通路からその向こうの部屋に向かって吹き込んでいく。
それは、壁に掛けられた燭台――闇をたたえ、撒き散らすそれを粉々に粉砕し、その先の空間を埋め尽くしていた、文字通り、形を持った闇の『塊』を薙ぎ払い、その向こうの窓から全てを吹き飛ばした。
『あ~れ~』という悲鳴が響く。
ふん、と早苗は鼻を鳴らし、「現人神をなめるな、邪仙」と吐き捨てた。
風が開いた窓から光が飛び込んでくる。その光に照らされる空間へと、彼女は走った。
目元を覆う札を取り、その瞳でしっかりと、部屋の真ん中で泣いている少女の元に。
「霊夢さん、お待たせしました」
「あ……」
涙で顔をくしゃくしゃにした彼女は、早苗の笑顔を見て、全てを忘れてそこに飛び込んだ。
「よしよし。怖くない怖くない」
彼女の手が頭をなでてくれる、その安心感に、先ほどまで抱いていた混乱も恐怖も何もかもが抜け落ちていく。
なるほど、あの小傘がすぐに泣き止むわけだ、と霊夢は内心でつぶやく。
こんな風に安心させてくれる彼女の温かさがとても心地よかった。
「霊夢さん、あそこ。トロフィー、ありますよ」
「……うん」
「もう。一人でどっか行っちゃダメじゃないですか」
「……ごめんなさい」
「怒ってませんから」
優しく、早苗は霊夢の頭をなでた。そして、温かい、柔らかな笑顔を向けて、彼女の手を引いてトロフィーへと歩み寄る。
早苗がトロフィーを手に取り、『ゲーム終了』の放送が流される。
「さすがですね」
二人を迎えに来たのは豊聡耳神子その人だった。
その彼女に、早苗は、『青娥さんに好き勝手させるのはよくないですよ』と、笑顔で強烈な嫌味を放つ。
その嫌味をまともに受けて、さすがの神子の顔も引きつった。
「いやぁ、ここまでの仕掛けを考えているとは、さしもの私でもわからなかった次第でして。
面目ない」
「別にいいですけどね。
次はもっと、楽しい仕掛けを期待してますから」
その笑顔の皮肉と嫌味のコンボに、神子は『たはは』と苦笑い。
早苗は霊夢を連れて、スキマを通って戻っていく。
「……にしても、闇を操り、人心を乱す術、か。
彼女は嫌がらせと言っていたけれど、割と凝った術ね。勉強になるわ」
早苗の神風に吹っ飛ばされた青娥が、今、果たしてどこにいるかはわからなかったが、神子はとりあえず青娥を評価しているらしかった。
うんうん、とうなずいた後、彼女はすたすたスキマの中へと消えていく。
――そして。
「……ちょっとやりすぎたかしらね~」
「青娥~、そこからどうやって降りるんだ~?」
「どうしようかしら~?」
廟の遥か向こう。
早苗の神風の直撃を受けた青娥は、天地が逆転した姿勢のまま、木の上に引っかかっていた。
青娥の手伝いをして、あちこちで音を立てたり、暗闇の燭台を配置して回っていた芳香が、木の根元でぴょんぴょんと跳ねている。
「困っちゃったわね~」
うふふ、と笑う青娥。
しかし、その内心では、あの博麗の巫女を惑わせたことに満足しているのか、早苗の反撃に対してもいやなものを抱いている様子はなかった。
むしろ、その顔に浮かぶのは『満足、満足』と言う満面の笑みだ。
しばらくそうしていると、運営の手伝いをしている天狗たちがやってくる。
彼女たちは一様に、木に引っかかった青娥の姿を見て困惑の表情を浮かべた後、顔を真っ赤に染めている。
「とりあえず、下着はつけたほうがいいかしら?」
盛大にまくれあがったスカートや露になった胸元を隠しもせず、救出作業をしてくれる天狗たちに、青娥はにやにや笑いを浮かべながら問いかけたのだった。
「仙人の技の一つに、人心を操ると言うものがあります」
「ほほう。それは?」
「文字通り、その言葉や態度、さらには術を用いて人を集め、関心を引き、同時に感心させる術です。
人心掌握術の一つですね。
彼女、青娥と言いましたか。それがやったのは、人が一人ぼっちでいることの『寂しさ』を倍増させる術ですね」
「なるほどー。なかなか勉強になりますねぇ」
「廟に行った参加者が、皆、リタイアしてしまったのはそれが原因ですね」
人は一人ぼっちでいる寂しさに耐えられる生き物ではないのだ、と映姫。
人は必ず、誰かを頼って生きている。一人で生きているように見せていても、実際はそうではないのだ、と。
それが人と人とのつながりであり、生きていくうえでの絆、縁となる、と。彼女の言葉は、なかなか重みのある、深い言葉だった。
ちなみにその言葉に感銘を受けた一部の紳士たちは、『そろそろ、俺も部屋の外に出るときがきたか……』だの『だが、ぼっちもまた、紳士のたしなみの一つだ……』と、妙に達観した表情を浮かべていた。
「早苗さんの一撃は強烈でしたねぇ」
「閉鎖空間において、風というのは強烈な攻撃ですからね。
姿を持たないが故によけることは難しく、閉じられた空間であるが故にたやすく増幅、荒れ狂う。
あれをよけるのは、さすがの仙人でも不可能だったでしょう」
「私も風使いとして一家言ありますが、あれほどの風は起こせませんね。まさに神風です。はい」
内心で、解説のあややは『それに風使いというのは素敵な職業です』とつぶやいていた。
風を下から上に向かって巻き起こす、ただそれだけで、少女たちの鋼鉄の防御を粉砕できるのだから。
なお、そのよこしまな気配を感じ取られたのか、文は次の瞬間、映姫のラストジャッジメント(物理)を食らって車○飛びしていたのだった。
「ようこそ、命蓮寺へ」
スキマを通って命蓮寺にやってきたアリスと魔理沙を迎えたのは、その住職、聖白蓮であった。
二人は首をかしげ、『あの……』とアリスが声をかけようとする。
「今回の宝探しですけれど、ぜひとも、命蓮寺の魅力を味わって欲しくて」
「はあ」
「早速で悪いのですけれど、お二人とも、あちらでお着替えをお願いします」
「着替え? 何でだ?」
「うふふ」
答えてくれないことに一抹の不安を覚えながらも、二人は案内された寺の一室で、渡された衣装に袖を通す。
ちなみに、その衣装を持って来たのは雲居一輪であった。
なお、魔理沙に、『おっ、えーと……えー……一なんとか!』と言われた瞬間、その脳天に鉄輪を叩き込んでいたりする。
「……下着も身に着けてはいけない、ってどういうことかしら」
二人は服を着替え(肌襦袢のようなものだ)、白蓮に案内されながら寺の敷地を歩いていく。
そして――、
「それでは、まずは滝行からです」
と言う白蓮の一言で、落差20メートルはある滝つぼに放り込まれていた。
「おい、白蓮! 何だよこれ!」
「魔理沙、前かがみになったら危ないわよ」
「うぐぐ……!」
白蓮の後ろにとことこと現れたナズーリンが、さっと立て札を取り出す。
そこには『命蓮寺体験ツアー』と書かれていた。
「滝行は、穢れた体を清め、俗世の汚れを取り去ってくれます」
白蓮の言葉など、魔理沙の耳には入っていなかった。
強烈な圧力でもって叩きつけられる水の痛いこと痛いこと。おまけに寒い。とことん寒い。
がちがち震えながら滝を受けるしかない魔理沙と違って、アリスは割りと冷静だった。黙って滝の水を受けている彼女であるが、魔理沙の目は見逃さない。その唇がかみ締められ、かちかちと歯を鳴らしていることを。
「はい、おしまい」
滝の中に放り込まれていたのは10分ほど。
焚き火で暖を取り、濡れた体を乾かして、次に連れて行かれたのは――、
「おい、白蓮! これ……!」
「喝」
「いったぁーっ!?」
続いて座禅。
煩悩を取り除き、心と体を『空』にするというのがその名目であった。
もちろん、一箇所にじっとしていられないのが魔理沙だ。
そわそわ体を動かしてしまい、その瞬間、強烈な勺での一撃を叩き込まれてしまう。
「くっそー……何だよ、これ……」
「喝」
「だから痛いって!?」
アリスと魔理沙以外にも参加者は大勢いる。
彼らが皆、座禅を組まされ、寺の本堂に入れられている光景はなかなかシュールであった。
座禅の時間は30分ほど。それが終わると、寅丸星による、ありがたい仏の教えの享受である。
「……もしかして、これ、自分のところに信仰を集めようとしてんじゃ……」
「喝」
「座禅は終わっただろいってぇーっ!?」
果たして白蓮がそこまで考えているのかはわからないが、用意されているメニューはそうとしか思えない内容であった。
ちなみに、アリスは一回も白蓮に叩かれることなく、見事な座禅を披露していたりする。
もちろん、隣で魔理沙が騒ぐため、それのせいで逆に気持ちを落ち着けることが出来ていただけなのだが。
「さて、それでは最後の修行です」
いつの間にか『宝探し』でも『命蓮寺体験ツアー』でもなく、『修行』となっている事実にツッコミ入れるのは魔理沙だけだった(もちろん、その後、叩かれた)。
参加者たちは命蓮寺の裏手に連れて行かれる。
滝が流れる崖の一角。そこに岩屋がある。
「こちらの中で5分間、俗世から離れ、己を見つめなおしてくださいな」
次々に、参加者が岩屋の中へと入っていく。
一つのペアが出たら、次のペア、その次のペア、と言う具合に。
「……宝探しとかどうなったんだよ」
つぶやく魔理沙。
彼女たちの番が来たのは、岩屋の前に連れて来られてから30分ほどが経過した時だった。
「それでは、頑張ってくださいね」
星がそんなことを言いながら、二人を岩屋の中に閉じ込める。
重たい音がして入り口の扉が閉まり、外からがっちりと鍵が掛けられた。
「ったく。何なんだよ、これ。宝探しはどうなったんだよ」
ぶーたれる魔理沙。ある意味、当然の反応だった。
一方、アリスはきょろきょろと、岩屋の中を見回している。
「おい、アリス。さっさと、これを終わらせてトロフィー探そうぜ」
魔理沙は『やってられるか』と岩屋の床に寝転び、大きなあくびをする。
「おい、アリス」
しかし、アリスはあちこちを見回しているだけで、魔理沙に倣おうとはしない。
彼女は床の上に起き上がると『何やってんだよ』と尋ねた。
「トロフィー、どこかにないかな、って」
「どこにあるってんだよ。こんな狭いところに」
「……そうなんだけどね。
けど、気にならない? 今まで回ってきた修行場。どこにだって、トロフィーを隠そうと思えば隠せるわ」
「そりゃそうだけどさ」
「そして、他のところは、修行が全部終わった後でも探して回れる。
けれど、この岩屋は、この瞬間だけしか探せない」
「んなことするかねー」
「白蓮さんならしないでしょうね。だけど、隠したのがナズーリンとかぬえならどうする?」
ん~、と魔理沙はうなった。
確かに、その辺りのひねくれた連中なら、こういうところにトロフィーを隠しそうな気もする。
絶対に見つからない場所に隠すのはNG行為であるが、少しでも探索できる場所に隠すのなら、それはルール違反ではない。
5分と言う短い時間であるが、探索が出来る、この岩屋の中にトロフィーを隠してもおかしくはないだろう。
「けど、どこにあるんだよ」
岩屋は人が二人、寝そべることが出来る程度の空間しかない。天井も低く、アリスは中腰にならなければ立てないほどだ。
こんな狭いところに閉じ込められたら発狂するぜ、と魔理沙。
アリスは『確かにね』とそれに同意する。
辺りの壁を『こんこん』とアリスは叩いて回る。どこかに、壁に偽装された隠し部屋みたいなものがないか、探しているのだ。
「と言われてもなぁ……」
魔理沙もそれを手伝い、辺りを探して回る。
衣擦れの音。小さな呼吸の音。
「……ダメね」
「確かに」
二人はその場に腰を落とした。探せる範囲は全部探したと言うのに、何も見つからない。
アリスの読みは外れていたのか。珍しいこともあるもんだ、と魔理沙はそれを評価して、『気落ちすんなよ』とアリスの肩を叩く。
「ここから出たらあちこち探せばいいさ」
「そうね」
「あと……3分くらいかね。のんびりしようぜ」
魔理沙はアリスに『そこに座ってくれ』と言う。アリスが『何よ?』と問いかけるのだが、彼女は何も答えなかった。
首をかしげながら、アリスが床の上に腰を下ろすと、『よっこいしょ』と魔理沙がその膝の上に頭を載せた。
「膝枕してほしいなら言えばいいじゃない」
「恥ずかしいのさ。魔理沙さんはシャイガールだからな」
「はいはい」
ぺし、と彼女のおでこをはたいて、アリスは岩屋の壁に背中を預ける。
さてどうしたものか、と頭を壁にくっつけて目を閉じる。
しんと岩屋の中は静まり返り、暗闇がアリスの視界を満たす。
何も見えない、聞こえない、静寂の世界。確かに、こんなところで心を落ち着けていたら、此の世から解脱できそうだ、とアリスは内心で苦笑する。
「……!」
「魔理沙?」
「しっ」
魔理沙が突然、身を起こした。
アリスが首をかしげるのを無視して、彼女は鋭い瞳で周囲を見渡し、突然、耳を床に当てる。
「どうしたの?」
「……音」
「音?」
「聞いてみろ。壁でもいい」
言われて、アリスも壁に耳を当てる。
――きちきち、かりかり。
そんな小さな音が聞こえてくる。
「……これは……」
「おい、アリス。さすがだな。さすが、私の見込んだ参謀だ。お前の考え、当たってるかもしれないぞ」
音はあちこちから聞こえてくる。
その音の源をたどっていくと、やがて、最も音の大きい場所に辿り着く。
それは、岩屋の一角、壁の隅だった。よく見れば、その部分だけ、積み上がった岩にわずかな隙間がある。
「よっ……と」
魔理沙がそれに手をかけ、引っ張ると、壁がぼこっと外れた。
その中を見て、アリスは『……うわぁ』という顔をする。
「虫嫌いにゃ地獄だな、こりゃ」
壁の中に何匹もの虫がたかっている。ケラか何かだろうか。
そして、その虫たちに守られるようにしてトロフィーが置かれていた。魔理沙は恐る恐るトロフィーを手に取り、それにたかっている虫を払う。
直後、『ゲーム終了!』のアナウンスが流れ、岩屋の入り口が開かれた。
「お疲れ様でした」
星がにこっと笑う。
だが、その笑みは、トロフィーにまだくっついていたケラを見て引きつる。彼女、ちょっぴり虫が苦手らしい。
「そういえば、アリス」
「何?」
「俳句にゃ、『虫の闇』って言葉があるらしいな」
「闇が岩屋、虫が文字通りの虫、か」
「そして、静かにしてなきゃ気付かない。お前みたいに、あそこが怪しいと思ってる奴が大半なんだろうけど、そいつらは、黙って静かにしてなかったんだな」
あの音には、余計な音を立ててしまうと気付けない、と魔理沙。
それを指摘したのは魔理沙の功績でもある。『あなたもたまには役に立つのね』とアリスは皮肉を言ってみせた。
もちろん、魔理沙は『そうだろう?』と皮肉に対して、いつもの彼女の笑みを返してくるのだった。
「こちらもなかなか見事な展開でした」
「あの仕掛けに気付くとは、彼女も侮れませんね。私は、霧雨魔理沙はそれほど鋭いほうではないと思っていたのですが」
「いえいえ、案外、そうでもないんですよ。これが」
「しかし、こうなりますと、勝負は霊夢&早苗ペアと魔理沙&アリスペアの一騎打ちになりそうです」
そして、残すステージは妖怪の山。
当初の段階で霊夢やアリスが懸念していた、『最高難易度』のステージが残ってしまったわけだ。
だが、その展開は、それを眺める観客にとっては望むところである。
トトカルチョは最高潮のボルテージに達し、なぜかオッズが倍以上に跳ね上がっている。一方、『でぃすぷれぇ』の前では、『レイサナが勝つね!』『ちょっと待て! 霊夢さんは受けだろう、受け! へたれ受けだ!』『すなわちアリス最強ということだな! やはり俺の見立てに狂いはなかった!』『うるせぇボケ! アリスは誘い受けだ!』と紳士たちの激論が繰り広げられている。
「この先、どうなるでしょうか」
「なかなか難しい問いかけですね。
地力ではどちらもどっこいどっこいといった程度でしょうし」
「なるほどー。映姫さんの目をもってしても、今回の勝負は見通せないと言うわけですね」
「ええ。これは目の離せない展開になりそうです」
「中継の椛さーん! そういうわけなので、頑張ってくださいねー!」
宝探しも最終ステージを迎え、会場の盛り上がりも絶好調。
それに応えるためなのか、『でぃすぷれぇ』に映し出されている画面が、少しだけ上下に揺れたのだった。
――5――
「……あんたの家ね」
「そうですね」
妖怪の山へのスキマを通り、辿り着いたのは守矢神社の境内だった。
そして、それと少し遅れるようにして、二人の反対側にもスキマが開き、そこから魔理沙とアリスがやってくる。
「おっ、来たな」
「予想していたわよ」
にやりと笑う魔理沙。それに不敵に返す霊夢。
早苗とアリスは、『お互い、手間のかかる子の面倒を見て大変ですよね』と言う顔で笑っていた。
「はいはーい。そこまでそこまでー」
頭上から声が降ってくる。
振り仰げば、そこには守矢神社のちび神、諏訪子が浮いていた。
「トロフィーの獲得、ごくろーさん。
うちに最後の一つはあるよ」
彼女の指し示すところ――神社の本殿。そこへの入り口が開き、神奈子が現れる。彼女はどっかとその場に腰を下ろし、右手に持ったトロフィーを床の上に置いた。
「神奈子からトロフィーが欲しかったら――」
「欲しかったら?」
「相手を倒せ! 以上!」
諏訪子の言葉に、4人の視線が互いに絡まりあう。
「……なるほどね。最高潮の見せ場ってところ」
「どうやらそのようですね。
妖怪の山は、そういうステージだったんですね」
「……っていうかさ、早苗。うちらが残ったからいいけど、戦闘力のない人が来てたらどうなってたわけ?」
「……さあ?」
そういう深いところまで、絶対に諏訪子は考えてないだろう、と早苗は言った。
視線を神奈子に向ければ、神奈子もそう思っていたのか、『お前達が残ってよかった』という顔でうなずいている。
霊夢と早苗が顔を引きつらせる。
その瞬間、二人の間に、魔理沙の放った魔力弾が着弾した。
「おいおい、どこ見てんだ? もう勝負は始まってるんだぜ!」
「そういうことね」
二人を包囲するように人形たちが展開する。
彼女たちが一瞬後、二人めがけて四方八方から弾丸を放った。その攻撃を、霊夢は両手に構えた6枚の札で受け止め、結界を展開して人形たちを弾き飛ばす。
「不意打ちとはやってくれるわね」
「別に。正面切って殴り合ってるんだから、不意打ちなんかじゃないわ」
アリスが、とんっ、と地面を蹴った。
素早く早苗に接近した彼女は、至近距離から人形を放ち、その人形が振りかざす刃が早苗の眼前を掠めていく。
大きく体を反らし、その攻撃をよけていた早苗は、後ろにバク転する形で着地し、態勢を立て直すと、右手を地面に叩きつける。
「っ!」
足下の地面が揺らぎ、そこから土の塊が飛び出す。
アリスはそれの直撃をぎりぎりで回避し、後ろに下がった。
「それっ! それっ! それっ! これでどうだぁっ!」
魔理沙が後ろに下がりながら、霊夢めがけて連続で魔力弾を放つ。
霊夢は相手に接近しながら、片手に持った結界の盾でそれを弾いていく。
だが、魔理沙が最後に放った弾丸は、霊夢の結界に触れる直前ではじけた。
「!?」
弾けた弾丸は無数の小さな弾丸に化け、一瞬の後、霊夢へと四方八方から降り注ぐ。
足を止めた霊夢は一瞬のうちに判断を下し、両手に持った結界の盾を大型に展開し、その中に引きこもるようにして攻撃を受け止める。
魔理沙の攻撃が終わったのを確認して、霊夢は飛び出した。
しかし、予定していたところに魔理沙はいない。
霊夢は上空を振り仰ぐより早く、その場から横っ飛びに飛んだ。直後、彼女がそれまで立っていた位置に閃光が着弾し、爆発する。
「少しは小手先の技を使うようになったわね」
「案外、そうでもないさ。いつも通りの力押しだ」
連続で放たれる閃光をガードしながら、霊夢の視線は早苗に向いた。
早苗はアリスの攻撃をさばきながら、霊夢と視線を交わし、うなずく。
霊夢の手が宙を動き、結界の盾が集合する。次の瞬間、魔理沙の放った閃光は、その結界の盾に当たって弾かれる。
だが、その弾かれた地点にはアリスの姿があった。
「おい、アリス!」
それに気付いた魔理沙が声を上げ、アリスは何かを感じ取ったのか、振り返ることもなく真横に飛んだ。
霊夢の弾いた閃光は、そのまままっすぐ早苗へと向かっていく。
魔理沙は『よっし、自爆か! ざまぁみろ!』と内心でほくそえむ。
しかし、
「あっぶねっ!」
その攻撃を予想……いや、予定していた早苗は結界で閃光を弾いた。
撃ち出した閃光が、そのまま魔理沙へと撃ち返される。ぎりぎりでそれを回避する魔理沙。
だが、さらに霊夢が上空へ飛び、弾いた閃光をさらに弾く。
さすがにそこまでは予想できなかったのか、魔理沙の動きが止まった。あわや直撃と言うその瞬間、彼女の前に人形が投げ込まれ、閃光を受けて、その人形が破壊される。
「……助かったぜ、アリス」
「魔力吸収体で作った人形が役に立つなんて思わなかったわ」
高いんだからね、とアリス。
魔理沙は体勢を立て直すと、一旦、霊夢から離れていく。
それを逃すまいと、霊夢は魔理沙に攻撃を放ち、その機動の邪魔をする。
だが、横からアリスが霊夢に攻撃を仕掛けた。
自分の周囲を舞ういくつもの人形が接近戦を挑んでくる。振りかざす刃の鋭さに霊夢は足を止め、たまらず、早苗の下へと退避した。
早苗は、霊夢が引き連れてくる人形を一体一体、的確に撃墜しながら、その視線を魔理沙に向ける。
魔理沙は攻撃のチャンスを得て、今しも、二人に攻撃を仕掛けるところだった。
それを見て、早苗の左手が翻る。
魔理沙の足下で渦を巻いた風が、一瞬で巨大な竜巻に成長し、彼女を真下から突き上げる。
いきなりの攻撃に、魔理沙は風に煽られ、吹っ飛ばされた。苦し紛れに放った弾丸はあさっての方向に飛んでいく。
しかし、それを、アリスは無駄にしない。
「サポート一回分おごりよ!」
彼女は大きく飛び上がると、飛んできた魔理沙の弾丸にタイミングを合わせ、それをサッカーボールのように蹴りつけた。
アリスの蹴りの威力が合わさった弾丸が、早苗と霊夢のちょうど間に着弾し、爆裂する。
体勢を崩し、倒れる霊夢。そこへ、アリスの放った人形が殺到する。
頭上から突き出される剣や槍などの攻撃を転がって回避し、彼女は右手で地面を叩き、跳ね起きる。眼前に迫った刃を紙一重でよけ、瞬間、攻撃をしてきた人形に札を貼り付け、撃退する。
なおも攻撃を繰り出してくる人形たちをさばきながら、視線を早苗へ。
早苗は、体勢を立て直した魔理沙の絨毯爆撃にさらされている。境内を走り回って攻撃をよけ続けているのだが、その前方にはアリスが待ち構えている。
アリスが両手に構えた光が人形二体に吸収され、その人形たちが光を蓄え始める。
霊夢は舌打ちし、自分に攻撃してくる人形たちを殴りつけて振り払うと、空間を跳躍してアリスの背後に現れた。
早苗の援護をしようと、手を振り上げる霊夢。
しかし、その時、霊夢は見た。アリスが肩越しに振り返り、にやりと笑ったのを。
「しまっ……!?」
霊夢の足下に、一体の人形。
それが光を放つと同時、爆発した。
「あなたの攻撃、結構見切りやすいのよ? 霊夢」
「霊夢さんっ!?」
人形爆弾の直撃を受けた霊夢は大きく吹き飛ばされ、石畳の上に倒れてしまう。
ぴくりとも動かない彼女。慌てて、早苗が駆け寄ろうとするのだが、その瞬間を狙って、アリスの放つ閃光が二本、早苗に直撃した。
「戦いに勝利するコツはね、霊夢、早苗。相手のパターンを読み、いかに自分のパターンに誘い込み、はめるかよ」
早苗はぎりぎりで防御が間に合ったのか、いまだ、その場に立っている。
だが、その体には痛々しい傷跡が刻まれ、大きく肩を上下させていた。
「そろそろ諦めるんだな」
魔理沙の声が、早苗の頭上から降ってくる。
アリスは人形を展開し、ファランクスの隊形を取った。
両者に挟まれ、早苗はうつむき、小さな声でつぶやく。
「……たかが妖怪と人間のくせに」
「へぇ、言ってくれるじゃねぇか。
そういう高飛車な物言いは……」
「魔理沙!」
「へっ?」
「現人神と呼ばれた守矢の巫女の力、甘く見るな!」
早苗はそう宣言し、右手を天に向ける。
「乾!」
日が傾き始めた空が、一瞬で黒雲に覆われる。
直後、一寸先も見えない豪雨が、滝のように魔理沙達に叩きつけられる。
「うわっ!? 何だこりゃ!」
「坤!」
早苗の左手が大地を叩く。
立っていることも難しい地鳴りと共に、あちこちの地面が隆起し、アリスは慌ててそれに巻き込まれまいと逃げ惑う。
「天と地紡ぐ神の子の名において命ずる!
つなげ! 神鳴っ!」
一陣の雷光が走り、魔理沙の箒を直撃した。
箒を焼かれ、地面に落下する魔理沙。その彼女をアリスが受け止めるが、その二人へと、雷撃が襲い掛かる。
「ちっ!」
魔理沙はアリスを突き飛ばし、右手を地面に、左手を天に向ける。
雷光は魔理沙を捉え、彼女を跳ね飛ばした。
悲鳴すら上げられずに魔理沙は地面に倒れこむ。
「蛇は水神。だが同時に山の神となり、山の神は雷を生む。かわずは水を吐き、大地を揺らす。
二柱の神の怒り、思い知ったか」
「……やってくれるじゃない」
普段、誰にでも物腰丁寧な早苗がまなじりを吊り上げ、アリスをにらみつけていた。
霊夢をやられた怒りは、それほど大きかったのだろう。
一方のアリスも、先ほどまでの余裕の浮かんでいた表情を消し、冷たい炎を瞳にたたえている。
「せっかく、魔理沙に貸しを作ったのにね。それが全部パアだわ」
ぱりっ、ぱちっ、と彼女の周囲で青白い稲光が走っている。制御できない魔力の暴走だ。
握り締めた掌から、血がぽたぽたと落ちている。
「……ぶっ飛ばす」
アリスがぽつりとつぶやいた瞬間、彼女の周囲にいくつもの人形が現れる。
その人形たちは、皆、一様に、早苗が目を見開くものを抱えている。
「全員、撃ちなさい! 遠慮はいらないわ!」
人形たちが構えていたのは八卦炉だ。恐らくは、アリスが魔理沙の八卦炉を見よう見まねで作った模造品だろう。当然、質はよくないのか、魔理沙が放つような極大光線を放てるわけではない。
しかし、その威力は、たとえまがい物とはいえ、集まれば油断が出来るものではない。
人間の体くらいなら簡単に飲み込んでしまえる極太のレーザーが放たれる。
それを、早苗は横に転がってよけながら、叫ぶ。
「乾!」
天から降り注ぐ雨が勢いを増し、アリス一人に集中する。
「小ざかしい真似を!」
怒るアリスは手を天に向け、生み出した盾で雨を受け止めた。
だが、その圧力はすさまじく、思わず、その場で膝を折りそうになる。
「坤!」
台地が隆起し、巨大な、一抱えほどもある岩の弾丸を吐き出した。
アリスはそれを見て、小さく舌打ちする。
人形たちがアリスの回りに集結し、弾丸を次々に閃光で迎撃していく。
だが、それこそが早苗の狙いだった。
アリスによって粉砕された岩の破片が、一気に立ち上がり、巨大な土くれの塔を作り出す。
「閉!」
アリスの周囲を囲んだ土くれが、一斉に彼女に向かってなだれ落ちる。
「生き埋めと水責めね!」
アリスは雨を受け止めるのをやめ、崩れ落ちてくる土の塊に両手を押し当てる。
「ぶっ壊れろっ!」
頭上から、潰されそうなほどの圧力の水を受けながら、彼女は叫ぶ。
土の表面全てに青白い光が走り、次の瞬間、轟音を上げて爆裂した。続いて、彼女は人形の手から八卦炉を奪い取ると、それを天に向ける。
「抜けろっ!」
撃ち出される閃光。
それは雨の中心を遡り、天を貫く白い柱を作り出す。
「……なかなかね」
「そっちこそ」
アリスは手にした八卦炉を捨てた。
すでに燃え尽き、炭となったそれは、地面に落ちると崩れて消えていく。それほどの出力を扱った代償か、アリスの右手は掌が真っ黒にこげている。
だが、そこから伝わる痛みなど、アリスは全く気にしていなかった。
「技と技の勝負なら決着はつかなさそうね。
だけど――」
アリスは地面を蹴った。
一瞬で、早苗に接近した彼女は、鋭いストレートキックを放つ。
早苗はそれを両腕でガードし、一歩、後ろに下がって勢いを殺して受け止めた。
だが、
「力と力の勝負なら!?」
アリスの両手が早苗の両手を捉え、そのまま力任せに組み伏せようとする。
早苗は一瞬、その勢いを受け止めるが、あっという間に片膝を突かされた。
「妖怪の身体能力は人間の数倍以上ってこと、忘れてないでしょうね!」
骨のきしむ音と共に、激痛が腕から全身に走り、早苗は唇をかみ締める。
このまま組み合っていては腕を潰されると思ったのだろう。早苗は一瞬、身を沈める。アリスは勢いのまま、わずかに体を前に泳がせた。
次の瞬間、鋭い風がアリスの体を持ち上げる。
状況を彼女が認識した瞬間には遅い。早苗はアリスの体を鋭く持ち上げると、そのまま大地へと叩き付けた。
衝撃に一瞬、息を喘がせ、意識が飛ぶ。
早苗の手がアリスの服を掴み、それを力任せに引き裂いた。
「女を黙らせるには羞恥に訴えるのが一番ですからね」
振り上げた拳が、アリスの腹を貫いた。
続いて、彼女の胸を踏みつけようと、早苗が足を振り上げる。
だが、それを狙っていたアリスは、早苗の軸足を掴むと、それをそのまま持ち上げ、彼女を地面の上に引き倒す。
「なめてるのはお前の方よ」
早苗を逆さまに持ち上げると、アリスは彼女のみぞおちに蹴りを叩き込んだ。
早苗の体がくの字に折れ曲がり、吹き飛んでいく。
地面の上に叩きつけられ、激痛で動くことも、呼吸をすることも出来ない彼女へと、悠然と、アリスは歩み寄っていく。
「くたばれ」
超至近距離からの閃光。
ガードすることも出来ず、それに飲み込まれた早苗は、そのまま地面の上で身動きをしなくなった。
冷たい眼差しで彼女を見下ろしていたアリスは、ふぅ、と肩から力を抜くと、こちらの様子を見守っている二人の神に視線を向ける。
「私の勝ちよ。トロフィー、もらえる?」
「あんたさー」
勝利宣言をするアリス。
だが、そのアリスに、にやにやとした笑みを向けるのが諏訪子の役目であった。
「うちの早苗、なめてない?」
「は?」
「早苗はそんな程度じゃ倒れやしない。ましてや、ぷっつん来てる時はね」
振り返る。
全身にダメージを負いながらも、早苗が立ち上がっていた。
彼女の唇が、小さく言葉を紡ぐ。
「乾!」
「また同じことを! バカの一つ覚えって言うのよ!」
だが、今度の攻撃は『バカの一つ覚え』ではなかった。
上空で形を成した水が『槍』となって降り注ぐ。
その一撃は大地を深く貫き、木々を縦にぶち割るほどだ。さすがのアリスもこれは受けられないと判断したのか、水の槍から逃げ惑う。
「坤!」
大地が揺れ、巨大な地割れすら伴った地震が発生する。
それに巻き込まれ、動きの制限されたアリスめがけて降り注ぐ水の槍が、一斉に彼女の体へと突き刺さる。
「撃ち抜け……!」
早苗のかざす右手に、巨大な雷光が収束し、一本の雷の槍が出来上がる。
アリスは足を大地に挟まれ、体を水の槍で地面に縫い付けられながらも指先を振るい、人形たちを早苗の周囲に展開させる。
「神鳴っ!」
「放て!」
人形たちのかざした八卦炉と、早苗の構えた雷の槍が光を増した、その瞬間。
「おっと」
あまりにも軽い、諏訪子の声。そして、ぱきーん、という澄んだ音が響いた。
「ありゃ、トロフィー壊しちった」
諏訪子が持っている鉄輪が、神奈子が構えていたトロフィーを直撃していた。
ぱらぱらと、その破片が床の上に落ちていく。
響くブザー。告げられる『ゲーム終了』の声。
それを受けて、二人はしばらくの間、にらみ合った後、攻撃態勢を解いて、はぁ、と脱力した。
「……アリスさん、沸点低すぎです」
「あんたこそ。人のこと言えるの? 人のこと、穴だらけにしといて」
人間なら絶命は免れない重傷を負いながらも、アリスの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
知りませんよ、と早苗はそれに頬を膨らまして返し、霊夢の下に駆け寄っていく。
「……ったく」
アリスも踵を返して、地面の上で目を回している魔理沙の元へ。
「……ちゃんと、霊夢も魔理沙も巻き込まないようにして攻撃してくるんだもの。やってくれるじゃない」
これだけ荒れ果てた神社の境内。それにも拘わらず、二人が倒れているところだけは、何もなかったかのように平然としている。
「ほら、魔理沙。起きなさい。雷の一発や二発、命中したって平気でしょ」
「いやー、そりゃ無理でしょ」
頭上から諏訪子の声。
しかし、アリスにぴたぴたと頬を張られていた魔理沙が、『う、う~ん……』と声を上げたのはその時だ。
「……死ぬかと思ったぜ」
「ちゃんと、雷を地面に逃がしていたわね」
早苗の放つ雷が直撃する瞬間、魔理沙の右手は地面についていた。それによって、雷をそのまま地面に逃がしたのだ。
もちろん、だからと言って無事に済むわけはない。
彼女は左手から伸びて、自分の右手に絡まるチェーンのようなものを懐から取り出す。そのチェーンの先端には緑色の宝石が輝いていた。
「あと、結界も間に合った……けど、さすがに意識は飛んだな……。ついでに言うと、体が全く動かん」
お前も相当なもんだけどな、と魔理沙。
だが、アリスは『はいはい』と笑って、魔理沙をよいしょと背中に背負った。
「早苗、そっちはどう?」
「霊夢さん、一応、無事みたいです。目を回しているだけですね」
「そう。
じゃあ、お互い、永琳さんの世話になりましょ」
「はい」
会場に戻るスキマが開き、4人はその中へと消えていく。
やれやれ、と辺りの惨状を見回して、『どうする?』『知るか』と神様二人は肩をすくめたのだった。
「それにしても、すさまじい勝負でしたね。解説の映姫さん」
「ええ、全くです。両者共に一歩も譲らない戦い、見事でした」
隙間を通って戻ってきた4人を、永遠亭のうさぎ達が連れて行く。
それを見ながら、映姫は「人の力は精神力、とはよく言ったものです」とコメントする。
「あれほどの力を日常的に行使できるとは思えませんしねぇ。いやはや」
「誰かを守ろうとする力。そして、誰かのために怒ったり泣いたり出来る力はとても強いものです。
一歩間違えれば他人を傷つけてしまうだけのものですが、その想いが重なることで、強い心の力となります」
「なるほどなるほど」
「あなたはそういうお相手は?」
「……う~ん?」
首をかしげる文を見て、映姫は苦笑した。
こいつにそれを聞いてもダメか。彼女は笑いながら、そんな失礼なことを思い浮かべる。
「ところで、宝探し、どうしましょう?」
「これから審査を行ないます。その結果をもって、勝者が出るか、あるいは引き分けか、はたまた無効なのか。
決まりましたらご連絡を致します」
「お待ちしてます。
さて、ゲームは一旦終了です。これから、日没まで、皆さん、飲んで騒いで食べて歌っておおはしゃぎの宴会開始ー!」
文のマイクを受けて、会場から『おおおおお!』という喚声が上がる。
いつの間にか、辺りに巨大な樽酒が持ち込まれ、何杯でもお酒無料の大盤振る舞いが始まった。
この乱痴気騒ぎに巻き込まれてはたまらないと一部の観客はその場を離脱し、果たして、会場は怒涛の宴会会場へと変貌を遂げていく。
それを盛り上げるのは、宴会と酒が大好きな天狗、河童、そして鬼の3大盛り場大迷惑の連中であった。
――6――
「あんだけひどい目にあって、ノーゲーム、勝者なしってどういう理屈よ。全く」
「ほんとだぜ。私なんて雨でずぶぬれにされるわ早苗に雷食らわされるわで死ぬかと思ったってのに」
「あんた生きてるからいいじゃない」
「よくあるか」
今日もいつもの神社の縁側。
お茶とおまんじゅうがよく似合う、その場所で、巫女と魔法使いが愚痴っていた。
大盛況のうちに終了した宝探し大会だが、大会運営委員会の会議の結果、『トロフィーを一番多く持っていたチームが優勝』という当初のルールをそのまま適用することとなった。結果、霊夢・早苗チームと魔理沙・アリスチームの両者がトロフィー所有数3つで同じと言うことで『勝者なし』のノーゲームとなったのだ。
当然、その優勝賞品が欲しかった(無論、参加してしまったのだからと言う理由で)霊夢はぶんむくれ、同じく『優勝賞品で、紅魔館で腹いっぱい美味しいものを食べる』を夢見ていた魔理沙もふてくされてしまっていた。
「あら、あんた達なんてまだいいじゃない。
私なんて全身穴だらけよ、穴だらけ」
「だからぁ、もう。それは謝ったじゃないですか、アリスさん」
そして先日のことをしつこくネタにして、早苗をからかっているアリスは、『痛かったな~』と笑いながら言っている。
「早苗、お前、少しは手加減しろよな」
「すいません。霊夢さんがやられて、ついかっとなって……」
「あの時は、ほんと不覚だったわ。
まさか、あれを狙って攻撃してくるとは思わなかったし」
「どう? 思い知ったかしら」
「うっさいな、もう」
ふてくされる霊夢は、手にした湯飲みを傾ける。
アリスは『はいはい』と笑いながら、早苗のほうにウインク一つ。『この前のことは忘れてあげるから、私がキレたことは内緒ね』と、その視線は語っていた。
「何か好評だったから、第二回もあるらしいぜ?」
「またやるの? もう参加しないからね」
「えー? いいじゃないですか、霊夢さん。今度こそ、わたしと一緒に優勝しましょうよ」
「次こそは、私たちが優勝だ。残念だが、それは譲れないな。なぁ、アリス」
「そうね」
「……お前、何見てんだ?」
「幽香の店の収支報告書」
当日のイベントの際、幽香に会場に出店を出させていたアリスは、手にした書類の数字を目で追っている。
ふぅん、とうなずいて、魔理沙が横からそれを覗き込み、書かれている数字の羅列に頭が痛くなったのか、顔をしかめて縁側へと戻ってくる。
「楽しかったですよね」
「……ま、程ほどにはね」
「暇つぶしにゃ悪くはなかったな」
その程度の差こそあれ、と付け加えるのを、魔理沙は忘れない。
そして、最後に一つ残ったおまんじゅう。霊夢と魔理沙の手が重なり合い、一瞬、緊迫した空気が流れる。
「悪いな、霊夢。お前、確か今、ダイエットしてたよな?」
「あら、魔理沙。お客さんは家主に遠慮するべきだと思わない?」
「そりゃ意外だ。普通、逆だよな?」
魔理沙の左手が霊夢の右手を払い、饅頭をゲットしようとする。
しかし、すかさず霊夢は左手で床を叩き、体を入れ替えて右足で魔理沙の頭を薙ぎ払う。そこを魔理沙は身を低くして回避し、お盆を上に跳ね上げる。
空中に舞う饅頭。両者は同時に手を伸ばし、もう片方の手でしきりに相手を牽制する。
受け取ることが出来なかった饅頭は、そのままお皿の上に落下した。
「……ちょっと上来なさい」
「ふふふ、いいだろう。宝探し勝負の決着をつけてやる!」
「ねぇ、早苗」
「はい?」
「あなた、霊夢の世話、大変そうね」
「アリスさんこそ」
空中で激しく激突する霊夢と魔理沙。その戦利品の饅頭は、じっと、勝負を見守っている。
早苗とアリスの二人はそれをのんびり見上げながら、
「あなた、割と強いわね」
「アリスさんこそ」
「お互い、手加減なしの勝負が、今度、出来るといいわね」
「やです。アリスさん、ほんとに手加減しないんですもん」
「あんたこそ」
ちょうどその時、二人が互いに放った弾幕がお互いを直撃し、へろへろと、そろって二人、こげて落ちてくる。
「ダブルノックアウトね」
「じゃあ、これはわたし達で食べちゃいましょう」
「それもそうね」
眺めるだけの『勝利者』二人は、そう言って、一つ残ったおまんじゅうを二つに分けて、それぞれ、口の中に運んだのだった。
~以下、文々。新聞一面より抜粋~
~文々。新聞 春の超特大号外
春麗らかな日差しが降り注ぐ中、幻想郷は相変わらず平和である。
あちこちで桜の木を眺めて騒ぐ人妖の姿が見受けられる、そんな平和な日々の中、ちょっとした騒動が起きたのを、読者諸兄はご存知だろうか。
その騒動の中心。先日、行われた『幻想郷宝探しゲーム』の詳細についてお伝えしようと思う。
これは、幻想郷で名だたる名士たちによって企画・運営されたお祭りである。
幻想郷の名所、すなわち、紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太祀廟を回ることで、そこに隠された宝物を見つけるこのゲーム、その本当の目的は、こうした幻想郷の各名所を回っていただき、普段、里から出ることのない人間、自分の縄張りからあまり離れない妖怪に、幻想郷の色々な『場所』を見てもらうことである。
結果として、その目的は成功したと言っていいだろう。多くの参加者たちから、今回の宝探しゲームを『楽しめた』と言う回答を得ることが出来たのだから。ただし、一部、名所ごとに用意された余興に巻き込まれてどたばたを体験したと言う言葉もあったのだが、それは一種のお遊びなので甘受してもらおうと思う。
また、それ以外にも、霧の湖のほとりにて用意された大会中継会場では、多くの出店が用意され、人妖の交流が行なわれている。
美味しい食事や楽しい催しごとも多数開催され、ゲームに参加しなくとも、祭りの雰囲気を楽しみ、充実した一日を過ごすことが出来たとの言葉が多数、祭りの運営委員会には寄せられていた。
本紙記者は、今回の祭りに実況担当として参加させていただいている。当方のマイクパフォーマンスについて、これもまた好評だったようで何よりである。次回もぜひ、とのお言葉を運営委員会側より頂くことも出来、恐悦至極であった。
しかしながら、肝心の宝探しゲームであるが、今回のそれに勝者が出なかったことは残念であった。
最後まで優勝を争った博麗霊夢・東風谷早苗ペアと、霧雨魔理沙・アリス・マーガトロイドペアの両ペアが最終決戦でドローとなってしまったのが原因である。
双方共に、それまでの名所ステージを見事な智慧と技術でクリアしてきた兵どうし。最後の激突の舞台となった守矢神社の中継は大盛り上がりであった。
最後のステージでは、運営委員会所属委員の八坂神奈子女史と洩矢諏訪子女史のひらめきに伴い、宝探しではなく、やってきた参加者同士の勝負が行なわれている。双方、全く譲らない戦いを展開する中、博麗霊夢女史がアリス・マーガトロイド女史の作戦の前に敗北すると、これがスイッチとなって東風谷早苗女史が天と地を操る術を展開。その直撃を受けて霧雨魔理沙女史が戦闘不能になり、東風谷早苗女史とアリス・マーガトロイド女史による一騎打ちが行なわれた。
共に壮絶な術と技の応酬を繰り返し、最後の瞬間、洩矢諏訪子女史の機転により、勝負はお流れとなり、かくて双方、ドローとなったのである。
この戦いを眺めていた本紙記者であるが、久々に体が震え、同時に血が滾ったのを覚えている。
あれほどまでの戦いをこの二人が、という驚きももちろんあるが、両者が共に見せた表情、力、そして心が当方にも伝わってきたのだ。この、幻想郷の歴史に残るであろう名勝負であるが、後ほど録画した映像を幻想郷ネットワークにて配信予定である。受信環境がある方はチャンネルを合わせていただき、もし、受信環境を持っていない方がいれば幻想郷ネットワーク管理会社(社長兼代表取締役八雲藍氏)へと連絡をしていただければ、今ならば取り付け及び受信環境構築を無料にて行なわせていただくとのことである。これをもって、ぜひとも、この名勝負を堪能していただきたい。
さて、この幻想郷宝探しゲームであるが、すでに上で述べたように早くも第二回の開催が計画されている。
次はさらに規模を拡大して行なうと共に、優勝賞品をさらに豪華に、また、ドロールールを撤廃し、明確な勝敗を決定するようにするとのことだ。
今回の宝探しに参加を見送った方々がいれば、ぜひとも参加を考えて欲しい。危険は一切なく、楽しい催しであることを、本紙記者が保障しよう。詳しい日程は未定であるが、それが決まれば、次回大会の内容と共に本紙面にてお伝えしていく予定である。
長くて短い日常の中、ほんの少しのスパイスと、それに伴う未だかつて経験したことのない『楽しさ』を体感してみたいと言う方がいたら、次回の『幻想郷宝探しゲーム』へと参加していただきたい。
著:射命丸文
~お詫び~
なお、当日限定で販売いたしましたアリス・マーガトロイド氏及び東風谷早苗氏の神アングル生写真は、両氏からの抗議がありましたため、販売を中止させて頂きます。また、すでに販売いたしました写真の回収も行なうことになりましたので、ご購入された方及びご予約された方へは返金を承りますと共に、重ねてお詫びを申し上げます。(著:姫海棠はたて(代筆))
もう少し全体的に削って短かったら読みやすくなると思いました。
蹴リスw
各勢力の仕掛けにも「らしさ」が出ており、バトル描写も圧巻でした。
ぜひ第二弾を楽しみにしております。
ただ一つだけ不満なのは舞台となる建築物の総称が「幻想郷の迷惑生産施設」と表記されていること。
いくら何でも個人的に酷いと思います。
でも作品自体は面白かったです。
失礼いたしました。
それでも、要所要所の詳細でイメージしやすい情景描写や、キャラの生き生きとした台詞回しが光っています。
次回アップされる作品はどのようなものとなるのか、今から楽しみですね。
でももうちょっと霊夢さんに見せ場がほしかったかも…
いつものさなれいむは大変よかったと思います
相変わらず楽しく読むことができました。
大会自体は漫画的というか二次創作らしい巫山戯過ぎないハチャメチャさがあって王道的な
ものを感じました
何よりバトルは圧巻でしたね スピード感はあるし緊張感があるし自然にテンションを上げれる
感じでしたね 状況もはっきりわかり駆け引きもクドくなりすぎず本当に面白かったです
多対多を書ける作品は素敵です あと、ヒートアップしてもやりすぎないようにするところが
東方的というか弾幕ごっこ的で好きですね 何よりあれだけ激しく戦ったアリスと早苗が
仲良く終われて良かったです
そこかしこにちりばめられたネタもぷっと吹きながら次へと進ませてくれました!
あとバイオ好きな早苗さんが一番のヒット。容赦なくゾンビやガナードを抹殺していく姿が思い浮かびました。
とても楽しませていただきました。
攻略法をたまたま知っていたり、銃のリロードに手慣れていたり、紅魔館では反則扱いになっていた仕掛け人への攻撃をしてたり。
主役を張る二人だけにね。
どちらが勝つのかなーと思っていましたが、まさかドローとは。
後お二人の写真はどこd(ラスジャ