普段から、お姉様には何かお返しをしたいと考えていた。
勿論、それは仕返し的な意味でなくて、恩返し的な意味でだ。
これは自分の中でも結構議論が分かれている部分でもあるけれど、お姉様が私を何百年も幽閉したのは私のことを想ってのことであり、そのおかげで今のある程度の自由と幸せがあるのだから、それには感謝すべきだと今の私は考える。
だから前々から、お姉様には何かお返しをしたいと考えていた。
けれども、何をすればいいのか分からなかったし、お返しだって今の私だからそうしたいと思っているのであって、時と次第によってはお返しは仕返しになる。
そんなこんなで、お姉様へのお返しは今まで実行できないでいた。
だけどある時、転機が訪れた。
それはとある夕食の折、咲夜が席を外し私とお姉様が二人きりになった時のこと。
ポツリと、お姉様が言葉を零したのだ。
「あぁ~、お味噌汁飲みたいわぁ」
――この一言で、私のお返しの内容は決定したのだった。
<フランのお味噌汁>
お姉様のお味噌汁発言を聞いてからしばらく、図書館に通う日々が続いた。
私は地下の大図書館でお味噌汁、つまりは和食の料理本を探すことにしたのだった。
本を探すのならパチュリーや小悪魔に聞いた方が早かったのだろうが、一人でやりたかったのだ。独力で、成し遂げたかったのだ。
それは咲夜も同じだ。料理のことなんかは咲夜に尋ねてしまえば一発なんだろうけど、同じ理由で聞きに行かなかったし、周りの皆には内緒にしていた。
そうやってコソコソと図書館で本を探し続けて一週間。
今日こそ見つけてやるぞという意気込みで本を漁り始め、日を超えてから数時間後、ようやくそれを見つけるに至った。
みょ? なんて変な言葉が口から零れ出て、咳払い。
それからその料理本を適当な魔導書で挟み、忍び足で図書館を後にした。
図書館から出る途中、実は小悪魔に見つかってしまったのだが、まるで敵地に探りを入れるニンジャーように慎重で素早く的確に恐る恐る歩みを進める私を見た小悪魔は、私の手元の本を見てハッとした表情をした後、ニヤニヤとしながらも何故か私を見逃したのだった。
「ふぅ」
自室の扉を閉めて、息を吐く。
図書館から本を持ってくることが、こんなに気苦労のいることだったとは……。
だけど、見つけてやった。
手元の本を見てニヤリとする。
今まで、何をするにも、他人の力を借りてきた。能力の制御、お作法の会得、魔法の修得、感情の抑制――。
一人でできたことなんて、皆無に等しい。
だけど、やってやったのだ。目的のものを一人でゲットしてやったのだ!
私は満足げに頷いて、部屋に中央に座り込んだ。
そして手に持った三冊の本を重ねてドサッと目の前に置いた。
さて、さてさて、ようやくお味噌汁の時間だ。これでお姉様の舌を虜にしてやろうでないか。また一人でできることが増えるのだ。
私はそう息巻いて、料理本の上の魔導書をどかそうとした。
「……ん?」
しかし、どかない、というか、取れない。
重なった三冊のうち一番上の魔導書をどかそうとしても、磁石のようにぴたりとくっついて離れない。
持ち上げても、下の二冊もついてくる。
な、なんだこれ。
私は生意気にも抵抗を試みる魔導書を引きはがそうとした。
「む、む……!」
離れない。それなりの力を込めてみても、ピクリとも動こうとしない。
これは、どうしたことだ。本のくせに私に歯向かおうというのか。
少しムッときた私は、更に力を込めてみた。
「ぐ、ぐぐ」
しかし、取れない。
まるで織姫と彦星のように(三冊だけど)、この本どもは永遠の愛を主張する。
きゅ、吸血鬼を舐めるなよ……。今日から私は天の神だ。お前らなんか引き裂いてやる!
お姉様の妹であるというプライドを守るため、私はあらん限りの力を込めて、本を引き裂こうとする。
「う、うごご」
だけど、駄目だった。やはり私は川との相性が悪いらしい。
本を床に置く。
く、くそう。私では無理なのか。私では、こんな本一冊開くこともできないのか。
本のことだから、やはりパチュリーに尋ねた方がいいのだろうか。悔し涙を浮かべながらも、料理本を見つめる。
そこで、私はとあることに気が付いた。
じゃあ、魔導書を壊せばいいじゃん。くっついて離れないのならば、片方を破壊すればいいのだ。
それなら、話は簡単だ。私は自身の魔力を高め、魔導書の“目”を探った。
するとほら。きたきたきた。うっすらと目が浮かび上がってくる。
私はその目を握りつぶそうとして――
手を止めた。
「ん、ん?」
よく見ればこれ、“目”が三つも被っている。
二冊の魔導書の目と料理本の目、この三つがきれいに重なって私の目に映っている。
何故目が重なっているのかは分からないが、もしこれを一緒につぶしてしまえば、魔導書と一緒に料理本も共に四散してしまう事だろう。
それは困る。
それは困るから、何とか目を分離させないと。私は手元にある三つの目を何とか引き離そうとする。
しかし、何故かくっついて離れない。靴の裏にくっついたガム並みの粘着力だ。
私は視る角度を変えたり、つついてみたりと、色々な方法を試すことにした。
それから、しばらく四苦八苦していた私だったが、最終的に諦めて目を放り投げた。
自身を廻る魔力を沈めていく。それに従って宙をふわふわとしていた目は、すぅっと消えていった。
どうやら、この本たちは複雑な融合状態にあるようだ。どうにかしてこの魔導書を能力(ちから)以外の方法で解除しないといけないみたい。
確か、融合関連の専門書を借りていたはず。
専門書があれば、パチュリーの力を借りなくても、こんなもん一人で開けられる。
私は部屋の隅にまとめてある魔導書の山から専門書を取り出して、その解除方法を探し始めた。
解除方法を調べ始めてから三時間。
私は専門書をパタンと閉じて、おもむろに立ち上がった。
「よし、パチュリーに聞きに行こう」
一人できなくたって、皆で一緒に解決すればいい。素晴らしいではないか。
開き直るときは思いっきり。お姉様に習ったことだ。
私は料理本を手に持って、パチュリーの元へ向かった。
私がパチュリーの元に着くと、パチュリーは丁度本を読み終わったところだった。
これはタイミングが良い。パチュリーは読書中だと話は聞いてくれても、何かをしてくれることはない。
頼み事があるときは、本を読み終わるまで待たないといけないのだ。
私はパチュリーが次の本に手を付ける前に、話しかけた。
「ねぇ、パチュリー。これ見て」
問題の本を差し出す。
するとパチュリーは相変わらずの、泥の底のような濁りきった目で本を見つめた。
「あら、これはまた面倒な」
言いつつ、興味深そうにそれを受け取るパチュリー。
パチュリーは研究好きな魔法使いだから、こういう珍しいのものは好きなのだ。
本を裏返したりして、一通り本の外面を見たパチュリーは、ふむと頷いた。
「これは、この図書館だからこそ、の状態なのかもね」
「と、言うと?」
聞き返して、しまったと思った。
パチュリーは普段無言だけど、話し始めると止まらない。
自分の考察を何時間にも渡って話し続けるのだ。喘息の調子が良い時は、ほんとに止まらない。走り始めたメロス並みに止まらない。
「これはね、わかってると思うけど、この二冊の魔導書に影響を受けてこうなったの。この本。充満した魔導書の――」
「え、えっと! パチュリー!」
「ん、何?」
普段あまり大声を出さない私だからだろう。パチュリーは目をパチクリとさせて話を中断した。
止めてやった。川の激流でも止まらないメロスを止めてやったぞ。まぁ、私は川で足止めを食らうわけだけど。
私はパチュリーが話し始めないうちに、本題を再び切り出した。
「それで、えっと、その本解除できる?」
「えぇ、勿論。すぐに開けてあげるわよ」
「ありがとう」
礼を言うと、パチュリーはすぐに作業に入った。
パチュリーの魔力濃度が上がり、本を紫の魔力が包み込む。
それから時間をかけることもなく、本はバチン! と音を立て、掛かっていた“鍵”を吹き飛ばした。
「ん、どうぞ」
「はい。ありがと」
受け取った本をまじまじと見る。
どっちかって言うと、解除っていうより開錠だね。
しかしまぁ、あれほど苦戦した融合をこうも簡単に解決しまうとは。同じ魔法を扱う者としての差を感じてしまう。
少し落ち込んでいると、パチュリーが唐突に口を開いた。
「そういえば、どうしてその本を?」
「ん、ああ。お味噌汁を作ろうと思って」
「味噌汁を? へぇ」
どうしたのだろう。パチュリーの言葉を待つ。
パチュリーは次の本を手に取って、口を開いた。
「味噌汁と言えば、ずっと一緒にいよう、なんて意味を込めて『これから毎日味噌汁を作ってくれ』とかいう言葉を見た覚えがあるわね」
「……そ、そう」
何だか、返事に困ることを言われてしまった。
しかも、パチュリーはそれきり黙ってしまう。
こういう時は、適度にスルーだ。少ない経験上分かってる。
私は取りあえずもう一度お礼を言って、その場を後にした。
図書館から出ていく際に、また小悪魔と出会った。
もうあまり本を隠す意味もなくなったので、適当に挨拶を済ませる。
すると今度は、小悪魔が話しかけてきた。何故か、ニヤニヤしている。
「ところで妹様。……もう、済ませちゃいました?」
「? 何のこと?」
済ませる、とはどういうことだろう。
首を傾げると、小悪魔が笑った。
「もう! とぼけないで下さいよ。先程、こっそり本を持って行ってたじゃないですか」
「あぁ、あれかぁ」
料理本を魔導書に挟んで持って行ったのを見られていたんだった。
頭を掻く。一人でやるって意気込んでたのに、最終的にパチュリーに頼っちゃったな。
何だか恥ずかしくて、少し顔が赤くなる。
そんな私を見た小悪魔は、笑みを深めて私の肩に手を置いた。
「あれ、魔導書に挟んでいたの、えっちな本なんでしょう? そうやって隠すなんて、妹様もベタなことしますねぇ」
「……」
「いやいや、妹様もそんな歳になったんですねぇ。そういえばお嬢様は――へぶっ!」
取りあえず、小悪魔に肩パン。
肩に私の拳を撃ち込まれた小悪魔は、錐もみ回転しながら吹っ飛び、私の代わりに図書館の扉を開けてくれた。
自室に戻った私は、再び部屋の中心に腰を下ろした。そして、目の前に料理本を置いた。
生唾を飲み込んで、私は本に手をかける。
ぱらり、本は何の抵抗もなく開かれた。
「よし、よし!」
私は一人ガッツポーズ。
これで、お味噌汁が作れる。今までの、お返しをできるんだ。全部とは言えないけど、少しずつ恩返ししていこう。
邪魔が入らないうちに、さっさと調べてしまおう。
私は目次を開いた。それを頼りにお味噌汁のページを探し、目的のページを開く。そのページにはお味噌汁の簡単な挿絵とレシピが記してあった。
私はそれに目を通していく。
しばらくして、私が下した結論はこれだった。
「うん、わからん!」
だしを取るって、だしって何だよ。
味噌を溶かすって、何に溶かすの? だし?
具材はお好みって、それを聞きたいんだよ。
く、くそう。駄目だ。やっぱり咲夜に尋ねよう。
私は本を持って立ち上がって、咲夜の部屋へと向かった。
咲夜の部屋のドアを開けると、そこは無人だった。
あれ、どうしていないんだろう。私は首を傾げる。
もしかして、隠れているのだろうか。私は部屋の中をくまなく探しまわった。
けれど見つかったのは咲夜の着替えと、ピンクで可愛い柄の日記帳だけだった。勿論中身は見ていない。私は淑女なのだ。
しかし、どうしていないんだ。腕を組む。丁度目の前に窓があったため、そこから外の景色を眺める。
外はもう白みかけていて、もう少し時間が経てば日がのぼ……
「それだ!」
私は慌てて部屋にある時計へ目を向けた。
もうこんな時間! 朝だ!
館内、しかもほぼ地下で過ごしていたため体内時計が狂っていた。もう朝。つまりは、咲夜は朝ご飯を作っているんだ!
これはグッドタイミングだ! 今日の朝ご飯はお味噌汁だ! 今日はコーンスープじゃなくてミソスープだ!
私は厨房に向かって駆けていった。
厨房に入ると、何人もの妖精メイドが忙しなく動いていた。
その中で咲夜は料理をしながら時折妖精メイドに指示を出しているようだった。私は咲夜に駆け寄った。
私を見て、咲夜は驚いた顔をしたが、すぐにあの柔和な笑顔で尋ねてきた。
「あら妹様。如何致したので?」
私はそんな咲夜に、料理本のお味噌汁のページを見せつけながら言った。
「今日の朝ご飯! 私が作る! お味噌汁!」
「あら、あらあらまぁ」
咲夜はすごく嬉しそうな顔で頷いてくれた。
少し待っていてくださいね、そう言った咲夜は厨房の奥の方へ引っ込んで行って、しばらくして色々な食材を持ってきた。
「咲夜、これは?」
「はい、これはお味噌汁の材料ですよ。これが味噌ですね。これを溶かすのですよ。次にこれはお豆腐です」
「な、なるほど」
それから、簡単な食材の説明を終えた咲夜は、一人の妖精メイドに何か指示を出した。
頷いた妖精メイドは周りの指揮を取り出す。あぁ、指揮権を移したのか。
それを見た咲夜は野菜を手に取った。もう片方の手には包丁。
ま、まさか、もう調理を始める気か! それは私の仕事だ!
私は慌てて咲夜に静止をかけた。
「ま、待たれい!」
「……?」
「わ、私がやる。全部」
それを聞いて、咲夜は尚更嬉しそうな表情を浮かべた。
取りあえず、私は咲夜の言うとおり手を消毒して、エプロンを身に付けた。
そして、包丁を手に取る。
あ、あれ。これ、銀じゃないか!
吸血鬼に銀を渡すなんて! 一言文句言ってやる!
私は咲夜を見た。
咲夜は笑顔を返してくれた。
私は言えなかった。
し、仕方ない。たぶん咲夜は気づいていないんだろう。咲夜は変なところで抜けているから。
「妹様、いいですか? こうです」
咲夜は隣にもう一セットまな板と包丁、食材を用意して見本を見せてくれる。
私はその通りに野菜に包丁の刃を当てた。
「こう、いう風に切るんです」
「なるほど、こう?」
「あ、妹様、まな板両断しちゃダメです」
「まじか」
「まじです」
そうやって咲夜に料理を教えてもらいながら、まな板7つと作業台2つと妖精メイド1人を犠牲にして、私は何とか調理を終えたのだった。
* * *
「ふわひゅわわ」
お姉様が大きな欠伸をした。
それにつられて私も欠伸を一つ。お姉様は眠たそう。お姉様は朝に弱いのだ。
お食事の席、配膳はまだだ。早く咲夜がお味噌汁を持ってこないかと、私はそわそわしている。
お姉様は目元の涙を拭いながら、私に話しかけた。
「フラン、どうしたの?」
「え、どうもしてないよ」
少しきょどったけど、何も無い振りを装う。今日のお味噌汁はサプライズなのだ。
お姉様は私のことをじっと見ていたけれど、しばらくして視線を外して肩を竦めた。
それと同時に、咲夜がワゴンにお料理を乗せてやって来た。
き、きた!
私は思わず、背筋を伸ばして咲夜を待つ。
「あ~、咲夜。今日の朝ご飯は~?」
お姉様が咲夜に話しかける。
咲夜はお姉様の隣に行って、こと、とお碗やお皿を置いた。
「今日は和食です。それと、このお味噌汁。今日のは特別製ですよ」
そう言って咲夜は私にウインクをした。
そして咲夜は私の前にもお料理を置いた。
んん、自分で作ったものがお食事の場に並ぶなんて、なんか変な気分。
「ふーん。まぁ、いいや。じゃ、食べましょ」
「うん」
お姉様がお食事の号令をかけて、お食事が始まる。
私も一応お箸を持ったけれど、その視線はお姉様に釘付けだ。
お姉様がお椀に手を付ける。
そして、お椀を口元に持っていって――
ゴク。
お姉様は一口お味噌汁を口に含んで、お椀を置いた。
私はお箸を置いて、堪らずお姉様に話しかけた。
「ね、ね! どう!? お味噌汁! おいしい!?」
「うぇ? え、ま、まぁ、うん」
私の剣幕にお姉様は面食らったようだ。
私は身振り手振りでお味噌汁のことを話す。
「今日のこれね! 私が作ったんだ! 咲夜とね! 苦労して作ったんだ!」
私の話を聞いて、しばらく困惑していたお姉様だったけど、納得したような顔をして頷いた。
「な、なるほど。おいしいわけね。今日のは特別おいしかったもの」
「ほ、ほんと!?」
「えぇ、びっくりしてたわ」
「そ、そっかぁ」
おいしかった。その言葉を聞いて、一気に体の力が抜けていく気がした。
特別おいしかった、か。
……えへへ。
思わず表情が緩んでしまう。
「さぁ、フラン。ボーとしてたらご飯冷めるわよ」
「う、うん。そだね」
お姉様に言われて、私は慌ててお箸を手に取る。
そして、自分もお味噌汁に手を付けてみる。
……うん、おいしい。ちゃんとおいしくできてる。先程のお姉様の言葉を思い起こして、頬が緩む。
私、もしかして料理の才能あるんじゃないのだろうか。絶品な咲夜の料理をいつも口にしているお姉様に、特別、なんて言葉を使わせるなんて……。
才能って怖いね!
一人上機嫌になった私は、お姉様に今日の本の話なんかをしながら、朝ご飯を口に運んでいった。
朝ご飯を食べ終わった後の私は、不思議な満足感で満たされていた。
だって、初めて作った料理でお姉様を唸らせたのだ。これ以上の結果などあろうか、いやない。
食器を下げてくれる咲夜に、お味噌汁の分も合わせてお礼を言う。咲夜は笑顔で返してくれた。お姉様は欠伸。まだ眠いのだろうか。
それにしても、お味噌汁。作る手順は大抵覚えた。
だしも分かったし、味噌もわかった。具材はお豆腐入れたら勝ちだ。
ここまで分かったのだから、今度は一人での料理に挑戦してみるのもいいかもしれない。一人で、独力で成し遂げるのだ。
それが出来るようになったら、毎日お姉様に朝ご飯を作るのもいいだろう。お味噌汁限定で。
お味噌汁、毎日……。そこで私は、はたとパチュリーの言葉を思い出した。
『味噌汁と言えば、ずっと一緒にいよう、なんて意味を込めて『これから毎日味噌汁を作ってくれ』とかいう言葉を見た覚えがあるわね』
「……」
ふ、ふむ。
ちらっとお姉様を見てみる。お姉様は何だか眠たそうに椅子に座っている。
こ、これは、言ってみてもいいんだろうか。
『――ずっと一緒にいよう、なんて意味を込めて――』
「……」
い、いや違う。全然、そういう意味じゃない。ただ、普通にお味噌汁作ってあげるだけ。
そんな感じじゃないから、全然断られてもいいし。怖くないし。
だから、ちょこっと言ってみるだけ。
ちょ、ちょこっと……。
「あ、あのさ、お姉様」
「んぇ? 何?」
気を抜いていたからか、不意を突かれたような声を出すお姉様。
私はそんなお姉様に言ってみようとするけれど、口をぱくぱくさせるだけで、肝心の言葉が出てこない。
「え、えっと、あの……」
「うん。どうしたの、フラン」
お姉様がしっかりとこっちに向き直った。
し、しまった。さらに言いにくい……!
「え、えっと、ね」
「うん」
深く、深呼吸。
そう、そうよ。深い意味なんてないんだから。ただ、お味噌汁を作るだけ。それだけだから。
私は大きく息を吐いた。そして、覚悟を決める。
「え、えっと! これから毎日お味噌汁を作らせてください!」
目を瞑って大声で言う。顔が真っ赤なのが自分でも分かる。
ど、どうなのかな。お姉様なんて言うのかな。
ドキドキ、ドキドキ。
しばらく、沈黙がその場を支配した。
そして、お姉様が笑うのが分かった。
「ふふっ、おかしな事を言うのね。フラン、目を開けて」
目を開けると、お姉様が笑顔でこっちを見ていた。
え、まさか、お姉様!
私が期待のまなざしを向けると、お姉様は私の肩に手を置いた。
「流石に、毎日お味噌汁は飲まないでしょ」
「……」
その後しばらく、レミリアの姿を見たものはいなかった。
勿論、それは仕返し的な意味でなくて、恩返し的な意味でだ。
これは自分の中でも結構議論が分かれている部分でもあるけれど、お姉様が私を何百年も幽閉したのは私のことを想ってのことであり、そのおかげで今のある程度の自由と幸せがあるのだから、それには感謝すべきだと今の私は考える。
だから前々から、お姉様には何かお返しをしたいと考えていた。
けれども、何をすればいいのか分からなかったし、お返しだって今の私だからそうしたいと思っているのであって、時と次第によってはお返しは仕返しになる。
そんなこんなで、お姉様へのお返しは今まで実行できないでいた。
だけどある時、転機が訪れた。
それはとある夕食の折、咲夜が席を外し私とお姉様が二人きりになった時のこと。
ポツリと、お姉様が言葉を零したのだ。
「あぁ~、お味噌汁飲みたいわぁ」
――この一言で、私のお返しの内容は決定したのだった。
<フランのお味噌汁>
お姉様のお味噌汁発言を聞いてからしばらく、図書館に通う日々が続いた。
私は地下の大図書館でお味噌汁、つまりは和食の料理本を探すことにしたのだった。
本を探すのならパチュリーや小悪魔に聞いた方が早かったのだろうが、一人でやりたかったのだ。独力で、成し遂げたかったのだ。
それは咲夜も同じだ。料理のことなんかは咲夜に尋ねてしまえば一発なんだろうけど、同じ理由で聞きに行かなかったし、周りの皆には内緒にしていた。
そうやってコソコソと図書館で本を探し続けて一週間。
今日こそ見つけてやるぞという意気込みで本を漁り始め、日を超えてから数時間後、ようやくそれを見つけるに至った。
みょ? なんて変な言葉が口から零れ出て、咳払い。
それからその料理本を適当な魔導書で挟み、忍び足で図書館を後にした。
図書館から出る途中、実は小悪魔に見つかってしまったのだが、まるで敵地に探りを入れるニンジャーように慎重で素早く的確に恐る恐る歩みを進める私を見た小悪魔は、私の手元の本を見てハッとした表情をした後、ニヤニヤとしながらも何故か私を見逃したのだった。
「ふぅ」
自室の扉を閉めて、息を吐く。
図書館から本を持ってくることが、こんなに気苦労のいることだったとは……。
だけど、見つけてやった。
手元の本を見てニヤリとする。
今まで、何をするにも、他人の力を借りてきた。能力の制御、お作法の会得、魔法の修得、感情の抑制――。
一人でできたことなんて、皆無に等しい。
だけど、やってやったのだ。目的のものを一人でゲットしてやったのだ!
私は満足げに頷いて、部屋に中央に座り込んだ。
そして手に持った三冊の本を重ねてドサッと目の前に置いた。
さて、さてさて、ようやくお味噌汁の時間だ。これでお姉様の舌を虜にしてやろうでないか。また一人でできることが増えるのだ。
私はそう息巻いて、料理本の上の魔導書をどかそうとした。
「……ん?」
しかし、どかない、というか、取れない。
重なった三冊のうち一番上の魔導書をどかそうとしても、磁石のようにぴたりとくっついて離れない。
持ち上げても、下の二冊もついてくる。
な、なんだこれ。
私は生意気にも抵抗を試みる魔導書を引きはがそうとした。
「む、む……!」
離れない。それなりの力を込めてみても、ピクリとも動こうとしない。
これは、どうしたことだ。本のくせに私に歯向かおうというのか。
少しムッときた私は、更に力を込めてみた。
「ぐ、ぐぐ」
しかし、取れない。
まるで織姫と彦星のように(三冊だけど)、この本どもは永遠の愛を主張する。
きゅ、吸血鬼を舐めるなよ……。今日から私は天の神だ。お前らなんか引き裂いてやる!
お姉様の妹であるというプライドを守るため、私はあらん限りの力を込めて、本を引き裂こうとする。
「う、うごご」
だけど、駄目だった。やはり私は川との相性が悪いらしい。
本を床に置く。
く、くそう。私では無理なのか。私では、こんな本一冊開くこともできないのか。
本のことだから、やはりパチュリーに尋ねた方がいいのだろうか。悔し涙を浮かべながらも、料理本を見つめる。
そこで、私はとあることに気が付いた。
じゃあ、魔導書を壊せばいいじゃん。くっついて離れないのならば、片方を破壊すればいいのだ。
それなら、話は簡単だ。私は自身の魔力を高め、魔導書の“目”を探った。
するとほら。きたきたきた。うっすらと目が浮かび上がってくる。
私はその目を握りつぶそうとして――
手を止めた。
「ん、ん?」
よく見ればこれ、“目”が三つも被っている。
二冊の魔導書の目と料理本の目、この三つがきれいに重なって私の目に映っている。
何故目が重なっているのかは分からないが、もしこれを一緒につぶしてしまえば、魔導書と一緒に料理本も共に四散してしまう事だろう。
それは困る。
それは困るから、何とか目を分離させないと。私は手元にある三つの目を何とか引き離そうとする。
しかし、何故かくっついて離れない。靴の裏にくっついたガム並みの粘着力だ。
私は視る角度を変えたり、つついてみたりと、色々な方法を試すことにした。
それから、しばらく四苦八苦していた私だったが、最終的に諦めて目を放り投げた。
自身を廻る魔力を沈めていく。それに従って宙をふわふわとしていた目は、すぅっと消えていった。
どうやら、この本たちは複雑な融合状態にあるようだ。どうにかしてこの魔導書を能力(ちから)以外の方法で解除しないといけないみたい。
確か、融合関連の専門書を借りていたはず。
専門書があれば、パチュリーの力を借りなくても、こんなもん一人で開けられる。
私は部屋の隅にまとめてある魔導書の山から専門書を取り出して、その解除方法を探し始めた。
解除方法を調べ始めてから三時間。
私は専門書をパタンと閉じて、おもむろに立ち上がった。
「よし、パチュリーに聞きに行こう」
一人できなくたって、皆で一緒に解決すればいい。素晴らしいではないか。
開き直るときは思いっきり。お姉様に習ったことだ。
私は料理本を手に持って、パチュリーの元へ向かった。
私がパチュリーの元に着くと、パチュリーは丁度本を読み終わったところだった。
これはタイミングが良い。パチュリーは読書中だと話は聞いてくれても、何かをしてくれることはない。
頼み事があるときは、本を読み終わるまで待たないといけないのだ。
私はパチュリーが次の本に手を付ける前に、話しかけた。
「ねぇ、パチュリー。これ見て」
問題の本を差し出す。
するとパチュリーは相変わらずの、泥の底のような濁りきった目で本を見つめた。
「あら、これはまた面倒な」
言いつつ、興味深そうにそれを受け取るパチュリー。
パチュリーは研究好きな魔法使いだから、こういう珍しいのものは好きなのだ。
本を裏返したりして、一通り本の外面を見たパチュリーは、ふむと頷いた。
「これは、この図書館だからこそ、の状態なのかもね」
「と、言うと?」
聞き返して、しまったと思った。
パチュリーは普段無言だけど、話し始めると止まらない。
自分の考察を何時間にも渡って話し続けるのだ。喘息の調子が良い時は、ほんとに止まらない。走り始めたメロス並みに止まらない。
「これはね、わかってると思うけど、この二冊の魔導書に影響を受けてこうなったの。この本。充満した魔導書の――」
「え、えっと! パチュリー!」
「ん、何?」
普段あまり大声を出さない私だからだろう。パチュリーは目をパチクリとさせて話を中断した。
止めてやった。川の激流でも止まらないメロスを止めてやったぞ。まぁ、私は川で足止めを食らうわけだけど。
私はパチュリーが話し始めないうちに、本題を再び切り出した。
「それで、えっと、その本解除できる?」
「えぇ、勿論。すぐに開けてあげるわよ」
「ありがとう」
礼を言うと、パチュリーはすぐに作業に入った。
パチュリーの魔力濃度が上がり、本を紫の魔力が包み込む。
それから時間をかけることもなく、本はバチン! と音を立て、掛かっていた“鍵”を吹き飛ばした。
「ん、どうぞ」
「はい。ありがと」
受け取った本をまじまじと見る。
どっちかって言うと、解除っていうより開錠だね。
しかしまぁ、あれほど苦戦した融合をこうも簡単に解決しまうとは。同じ魔法を扱う者としての差を感じてしまう。
少し落ち込んでいると、パチュリーが唐突に口を開いた。
「そういえば、どうしてその本を?」
「ん、ああ。お味噌汁を作ろうと思って」
「味噌汁を? へぇ」
どうしたのだろう。パチュリーの言葉を待つ。
パチュリーは次の本を手に取って、口を開いた。
「味噌汁と言えば、ずっと一緒にいよう、なんて意味を込めて『これから毎日味噌汁を作ってくれ』とかいう言葉を見た覚えがあるわね」
「……そ、そう」
何だか、返事に困ることを言われてしまった。
しかも、パチュリーはそれきり黙ってしまう。
こういう時は、適度にスルーだ。少ない経験上分かってる。
私は取りあえずもう一度お礼を言って、その場を後にした。
図書館から出ていく際に、また小悪魔と出会った。
もうあまり本を隠す意味もなくなったので、適当に挨拶を済ませる。
すると今度は、小悪魔が話しかけてきた。何故か、ニヤニヤしている。
「ところで妹様。……もう、済ませちゃいました?」
「? 何のこと?」
済ませる、とはどういうことだろう。
首を傾げると、小悪魔が笑った。
「もう! とぼけないで下さいよ。先程、こっそり本を持って行ってたじゃないですか」
「あぁ、あれかぁ」
料理本を魔導書に挟んで持って行ったのを見られていたんだった。
頭を掻く。一人でやるって意気込んでたのに、最終的にパチュリーに頼っちゃったな。
何だか恥ずかしくて、少し顔が赤くなる。
そんな私を見た小悪魔は、笑みを深めて私の肩に手を置いた。
「あれ、魔導書に挟んでいたの、えっちな本なんでしょう? そうやって隠すなんて、妹様もベタなことしますねぇ」
「……」
「いやいや、妹様もそんな歳になったんですねぇ。そういえばお嬢様は――へぶっ!」
取りあえず、小悪魔に肩パン。
肩に私の拳を撃ち込まれた小悪魔は、錐もみ回転しながら吹っ飛び、私の代わりに図書館の扉を開けてくれた。
自室に戻った私は、再び部屋の中心に腰を下ろした。そして、目の前に料理本を置いた。
生唾を飲み込んで、私は本に手をかける。
ぱらり、本は何の抵抗もなく開かれた。
「よし、よし!」
私は一人ガッツポーズ。
これで、お味噌汁が作れる。今までの、お返しをできるんだ。全部とは言えないけど、少しずつ恩返ししていこう。
邪魔が入らないうちに、さっさと調べてしまおう。
私は目次を開いた。それを頼りにお味噌汁のページを探し、目的のページを開く。そのページにはお味噌汁の簡単な挿絵とレシピが記してあった。
私はそれに目を通していく。
しばらくして、私が下した結論はこれだった。
「うん、わからん!」
だしを取るって、だしって何だよ。
味噌を溶かすって、何に溶かすの? だし?
具材はお好みって、それを聞きたいんだよ。
く、くそう。駄目だ。やっぱり咲夜に尋ねよう。
私は本を持って立ち上がって、咲夜の部屋へと向かった。
咲夜の部屋のドアを開けると、そこは無人だった。
あれ、どうしていないんだろう。私は首を傾げる。
もしかして、隠れているのだろうか。私は部屋の中をくまなく探しまわった。
けれど見つかったのは咲夜の着替えと、ピンクで可愛い柄の日記帳だけだった。勿論中身は見ていない。私は淑女なのだ。
しかし、どうしていないんだ。腕を組む。丁度目の前に窓があったため、そこから外の景色を眺める。
外はもう白みかけていて、もう少し時間が経てば日がのぼ……
「それだ!」
私は慌てて部屋にある時計へ目を向けた。
もうこんな時間! 朝だ!
館内、しかもほぼ地下で過ごしていたため体内時計が狂っていた。もう朝。つまりは、咲夜は朝ご飯を作っているんだ!
これはグッドタイミングだ! 今日の朝ご飯はお味噌汁だ! 今日はコーンスープじゃなくてミソスープだ!
私は厨房に向かって駆けていった。
厨房に入ると、何人もの妖精メイドが忙しなく動いていた。
その中で咲夜は料理をしながら時折妖精メイドに指示を出しているようだった。私は咲夜に駆け寄った。
私を見て、咲夜は驚いた顔をしたが、すぐにあの柔和な笑顔で尋ねてきた。
「あら妹様。如何致したので?」
私はそんな咲夜に、料理本のお味噌汁のページを見せつけながら言った。
「今日の朝ご飯! 私が作る! お味噌汁!」
「あら、あらあらまぁ」
咲夜はすごく嬉しそうな顔で頷いてくれた。
少し待っていてくださいね、そう言った咲夜は厨房の奥の方へ引っ込んで行って、しばらくして色々な食材を持ってきた。
「咲夜、これは?」
「はい、これはお味噌汁の材料ですよ。これが味噌ですね。これを溶かすのですよ。次にこれはお豆腐です」
「な、なるほど」
それから、簡単な食材の説明を終えた咲夜は、一人の妖精メイドに何か指示を出した。
頷いた妖精メイドは周りの指揮を取り出す。あぁ、指揮権を移したのか。
それを見た咲夜は野菜を手に取った。もう片方の手には包丁。
ま、まさか、もう調理を始める気か! それは私の仕事だ!
私は慌てて咲夜に静止をかけた。
「ま、待たれい!」
「……?」
「わ、私がやる。全部」
それを聞いて、咲夜は尚更嬉しそうな表情を浮かべた。
取りあえず、私は咲夜の言うとおり手を消毒して、エプロンを身に付けた。
そして、包丁を手に取る。
あ、あれ。これ、銀じゃないか!
吸血鬼に銀を渡すなんて! 一言文句言ってやる!
私は咲夜を見た。
咲夜は笑顔を返してくれた。
私は言えなかった。
し、仕方ない。たぶん咲夜は気づいていないんだろう。咲夜は変なところで抜けているから。
「妹様、いいですか? こうです」
咲夜は隣にもう一セットまな板と包丁、食材を用意して見本を見せてくれる。
私はその通りに野菜に包丁の刃を当てた。
「こう、いう風に切るんです」
「なるほど、こう?」
「あ、妹様、まな板両断しちゃダメです」
「まじか」
「まじです」
そうやって咲夜に料理を教えてもらいながら、まな板7つと作業台2つと妖精メイド1人を犠牲にして、私は何とか調理を終えたのだった。
* * *
「ふわひゅわわ」
お姉様が大きな欠伸をした。
それにつられて私も欠伸を一つ。お姉様は眠たそう。お姉様は朝に弱いのだ。
お食事の席、配膳はまだだ。早く咲夜がお味噌汁を持ってこないかと、私はそわそわしている。
お姉様は目元の涙を拭いながら、私に話しかけた。
「フラン、どうしたの?」
「え、どうもしてないよ」
少しきょどったけど、何も無い振りを装う。今日のお味噌汁はサプライズなのだ。
お姉様は私のことをじっと見ていたけれど、しばらくして視線を外して肩を竦めた。
それと同時に、咲夜がワゴンにお料理を乗せてやって来た。
き、きた!
私は思わず、背筋を伸ばして咲夜を待つ。
「あ~、咲夜。今日の朝ご飯は~?」
お姉様が咲夜に話しかける。
咲夜はお姉様の隣に行って、こと、とお碗やお皿を置いた。
「今日は和食です。それと、このお味噌汁。今日のは特別製ですよ」
そう言って咲夜は私にウインクをした。
そして咲夜は私の前にもお料理を置いた。
んん、自分で作ったものがお食事の場に並ぶなんて、なんか変な気分。
「ふーん。まぁ、いいや。じゃ、食べましょ」
「うん」
お姉様がお食事の号令をかけて、お食事が始まる。
私も一応お箸を持ったけれど、その視線はお姉様に釘付けだ。
お姉様がお椀に手を付ける。
そして、お椀を口元に持っていって――
ゴク。
お姉様は一口お味噌汁を口に含んで、お椀を置いた。
私はお箸を置いて、堪らずお姉様に話しかけた。
「ね、ね! どう!? お味噌汁! おいしい!?」
「うぇ? え、ま、まぁ、うん」
私の剣幕にお姉様は面食らったようだ。
私は身振り手振りでお味噌汁のことを話す。
「今日のこれね! 私が作ったんだ! 咲夜とね! 苦労して作ったんだ!」
私の話を聞いて、しばらく困惑していたお姉様だったけど、納得したような顔をして頷いた。
「な、なるほど。おいしいわけね。今日のは特別おいしかったもの」
「ほ、ほんと!?」
「えぇ、びっくりしてたわ」
「そ、そっかぁ」
おいしかった。その言葉を聞いて、一気に体の力が抜けていく気がした。
特別おいしかった、か。
……えへへ。
思わず表情が緩んでしまう。
「さぁ、フラン。ボーとしてたらご飯冷めるわよ」
「う、うん。そだね」
お姉様に言われて、私は慌ててお箸を手に取る。
そして、自分もお味噌汁に手を付けてみる。
……うん、おいしい。ちゃんとおいしくできてる。先程のお姉様の言葉を思い起こして、頬が緩む。
私、もしかして料理の才能あるんじゃないのだろうか。絶品な咲夜の料理をいつも口にしているお姉様に、特別、なんて言葉を使わせるなんて……。
才能って怖いね!
一人上機嫌になった私は、お姉様に今日の本の話なんかをしながら、朝ご飯を口に運んでいった。
朝ご飯を食べ終わった後の私は、不思議な満足感で満たされていた。
だって、初めて作った料理でお姉様を唸らせたのだ。これ以上の結果などあろうか、いやない。
食器を下げてくれる咲夜に、お味噌汁の分も合わせてお礼を言う。咲夜は笑顔で返してくれた。お姉様は欠伸。まだ眠いのだろうか。
それにしても、お味噌汁。作る手順は大抵覚えた。
だしも分かったし、味噌もわかった。具材はお豆腐入れたら勝ちだ。
ここまで分かったのだから、今度は一人での料理に挑戦してみるのもいいかもしれない。一人で、独力で成し遂げるのだ。
それが出来るようになったら、毎日お姉様に朝ご飯を作るのもいいだろう。お味噌汁限定で。
お味噌汁、毎日……。そこで私は、はたとパチュリーの言葉を思い出した。
『味噌汁と言えば、ずっと一緒にいよう、なんて意味を込めて『これから毎日味噌汁を作ってくれ』とかいう言葉を見た覚えがあるわね』
「……」
ふ、ふむ。
ちらっとお姉様を見てみる。お姉様は何だか眠たそうに椅子に座っている。
こ、これは、言ってみてもいいんだろうか。
『――ずっと一緒にいよう、なんて意味を込めて――』
「……」
い、いや違う。全然、そういう意味じゃない。ただ、普通にお味噌汁作ってあげるだけ。
そんな感じじゃないから、全然断られてもいいし。怖くないし。
だから、ちょこっと言ってみるだけ。
ちょ、ちょこっと……。
「あ、あのさ、お姉様」
「んぇ? 何?」
気を抜いていたからか、不意を突かれたような声を出すお姉様。
私はそんなお姉様に言ってみようとするけれど、口をぱくぱくさせるだけで、肝心の言葉が出てこない。
「え、えっと、あの……」
「うん。どうしたの、フラン」
お姉様がしっかりとこっちに向き直った。
し、しまった。さらに言いにくい……!
「え、えっと、ね」
「うん」
深く、深呼吸。
そう、そうよ。深い意味なんてないんだから。ただ、お味噌汁を作るだけ。それだけだから。
私は大きく息を吐いた。そして、覚悟を決める。
「え、えっと! これから毎日お味噌汁を作らせてください!」
目を瞑って大声で言う。顔が真っ赤なのが自分でも分かる。
ど、どうなのかな。お姉様なんて言うのかな。
ドキドキ、ドキドキ。
しばらく、沈黙がその場を支配した。
そして、お姉様が笑うのが分かった。
「ふふっ、おかしな事を言うのね。フラン、目を開けて」
目を開けると、お姉様が笑顔でこっちを見ていた。
え、まさか、お姉様!
私が期待のまなざしを向けると、お姉様は私の肩に手を置いた。
「流石に、毎日お味噌汁は飲まないでしょ」
「……」
その後しばらく、レミリアの姿を見たものはいなかった。
とにかく豚汁が飲みたくなってきた
最初に椀物から手を付けるあたりはさすがお嬢様、マナーがなっておられます。
次回作はこの味噌汁にマスパきのこをぶち込むところまでですね?
関係無いけど、タイトkから味噌取ると凄いいかがわしい。
ありがとうございます!
自分、そういった事に自信があまりありませんでしたので、そう言ってもらえてうれしく思います。
>>7さん
豚汁、おいしいですよね。私も大好きです。あの豚汁に入った大根が大好きです。
でもどっちかって言うと、今は納豆が食べたい気分。
>>南条さん
ありがとうございます! キャラ立ちは自分の目指すところの一つなので、そう言ってもらえてうれしく思います。
最初に椀物から手を付ける、中学の頃何故か友達に説教されたのを覚えています。
味噌汁にマスパのキノコですか……。パチュリー先生の次回作にご期待ください!
>>11さん
お嬢様は、空気の読めるKY、なんてイメージを持っています。ちょこっと天然ちゃんですね。
た、確かに。味噌を取るといかがわしいですね。……じゅるり。
>>16さん
ありがとうございます! これからもキャラクターを立たせるられるよう頑張っていきたいと思います。
タイトルがつまらなさそう、ですか。
今までタイトルにはあまりこだわっていませんでしたが、やはりしっかりと考えた方が良いようですね……。
妖精メイドは犠牲になったのだ
フランドールが作る味噌汁……、その犠牲にな。
レミリアお嬢様は、ちょっと天然というか、少し抜けている方がかわいいと思うんです。
カリスマァ、なレミリアも結構好きですけどね。
スラスラと読める文章とテンポの良いストーリーライン。
ありがとうございます! このフランを気に入ってもらえて嬉しく思います。
文章やストーリーを褒めてもらえるというのは、書き手にとっては嬉しい限りです。
レミリアの最後の空気読めない発言もいかにもレミリアらしい、そう来たか!と若干予想外だったけれどすごくしっくりきました。
ありがとうございます!
フランの可愛さやレミリアの“らしさ”など、キャラクターをいきいきと書くという事を目標にしている自分にとっては、とても嬉しい言葉です。
これからも、そういった事を目指して、頑張りたいと思います。
フランちゃんの心情がほのぼのしていて良かったです。
ホンマええ子や…。
一途なフランちゃんはほんとに可愛い。書いていて楽しいです。
東方はそんな魅力的なキャラクターが多いですよね。
出番はあまりありませんが、自分的には結構お気に入りの小悪魔です。それと、パチュリーも。
マスパのお話を書いて、パチュリーのこと地味に気に入っちゃいました。
ありがとうございます。
これからも読者から、良い、という言葉を聞けるよう頑張っていきたいと思います!
小悪魔のセリフの「そういえばお嬢様は――」の後が気になってしょうがありません。
レミリアちゃんは空気が読めるのか読めないのか、よく分からない子ですね。
「そういえばお嬢様は――」
この続きは、お嬢様の名誉のため、小悪魔の胸の中にしまっておくとしましょう(笑