春の終わりで、雨だった。
どうしてか、気付けばうちの《神社》に転がり込んでいる白黒の魔法使い一匹。広いちゃぶ台を、私たちは二人だけで贅沢に使っていた。
「それにしても、急に降り出してきたな」
「そうね」
「今日は帰れそうにもないな」
「今日も、でしょ」
私は少し呆れながら、彼女にそう言った。
これで何泊目だっただろうか。
「それにしたって魔理沙、いつまでもうちにいたって問題は解決しないけどね?」
「わかってるよ、それはわかっているんだが――」
その時だった。
空が光った一瞬後に、雷鳴が轟く。
「あー、今のはだいぶ近そうね」
「………………」
「…………魔理沙?」
さっきまで正面でお茶を飲んでいたはずの魔理沙が、気付けば私の右腕にしがみついて小さく震えていた。――いや、小さいのは元からだったか。
「へ、あ、いや、そうだな。今のは結構近そうだったな、ははは……」
「え、この状況でまだ誤魔化そうとしてるの?」
いまだに魔理沙は私にしがみついたままなのだが。
「な、何の話だぜ?」
「……はぁ。まあいいか。……文さーん、射命丸文さ――」
当然のように口を塞がれた。
「おいおいおい、何をする気だってばよ?」
「あ、口調がどこかのNINJAみたい」
「わかった、わかったから。周りに言いふらすのだけは止めてくれ」
「そぎゃんこつばいわれとっと」
「どうして急に熊本弁なんだぜ?」
「まあそれはいいとして、何、雷苦手なの?」
「……ああ、昔からどうしてかあれだけは駄目で」
「あれ? でも以前、神霊が湧いて出た異変のときに、雷を扱う相手とかいたような」
「不思議とそういうのは大丈夫なんだけどな。何故かはわからないが、自然の出来事として突然空が光って大きな音がして。それだけのことなのに、それがどうしても苦手なんだよ」
「ふーん。……まあ苦手なんてそんなものか」
あの魔理沙が、と考えると意外ではあるけれど、どうしたって苦手なものはきっと誰にでもあるはずだ。
それに魔理沙は口調や態度に騙されがちだけど、その内面は十二分に乙女であることも、私はここにきて理解し出している。スペルカードの恋符やら、星の魔法やら、私には意味がよく分からないけど、それだっておそらくは乙女らしいはずだ。
古来より人間は抗いがたい強大な力や不可思議な現象に恐れを抱き、それらに畏敬の念を持って意味を与えたという。それこそが妖怪の起源である以上、こうして雷を恐れてくれる少女がいることは、きっと幻想郷にとっても良いことなのだろう。
「でもそれだけあからさまに苦手だと、他のみんなもとっくに気付いてるんじゃないの?」
「いや、多分、知ってるのは《あいつ》だけだと思う。……ああ、あと香霖もか」
「ああ、左様で」
今喧嘩中の《あいつ》。それは、存在を忘れられかけている霖之助氏とは明らかに扱いが違っていた。《あいつ》と言うときも、どこか照れくさそうで。
……はぁ。早く帰って仲直りしてくれないかな。私の見えないところでイチャイチャしてくれる分には何の問題もないのだから。
それから夕食と入浴を済ませた頃になっても、雨は一層強く降り、雷も収まることはなかった。
「さてと、それじゃあ夜もふけてきましたし、そろそろ寝るとしますか」
私は片付けを終えて布団を敷きながらそう言った。
けれど、魔理沙はなかなか客間へと動こうとはしない。まだ寝たくないのか、などと私は考える。
「どうしたの、まだ眠たくない?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
何か言いづらそうに、もじもじとしている魔理沙。それは明らかに普段とは違う態度だった。
私は探す。周囲を観察し、違和感を拾い出す。静かに沈黙が流れる居間。聞こえるのは雨音と――そのときだった。
ひときわ大きな、その霹靂。
私でさえ一瞬体をすくませるような、それ。
だから、それが苦手な魔理沙の方はと言えば、もちろん――。
「………………おい」
私の視界は真っ暗だった。それもそのはず、魔理沙はこの一瞬で私の両肩に飛び乗って両足で私の頭を挟んでいた。目の前には股間だ。股間のドアップだ。まるでフランケンシュタイナーか、ウラカン・ラナ・インベルティダの始動のような形だった。
「へ、うわ、これはだな…………えへっ?」
「…………笑って誤魔化すのはいいが――別に、パワーボムで返してしまっても構わんのだろう?」
「ごめんごめん! 悪かったって! 降りる、降りるから――」
問答無用。
私は極力優しく、敷いてある布団の上に魔理沙を投げた。
「わふっ」
「……分かったわ。一緒に寝てあげるから、客間から布団持ってきてよ」
「だ、誰がそんなこと……」
「じゃあ一人で寝る? 別に私はそれでもいいけど」
「…………一緒に寝ます」
こうした魔理沙の扱いも、ずいぶんと慣れてきたものだと思う。それこそ魔理沙のいうところの《あいつ》のおかげというか、勝手に真似しているだけではあるのだけど。
なんてことを考えていると、また雷が鳴った。
「ひょー」
「バルログか!」
雷のせいで錯乱しながら飛び掛ってくる魔理沙を何とか空中投げで落とせないかと試してみたところ、見事に共倒れになった私ガイル。
普段は一つしか布団を敷かない部屋に、二つの布団が並んでいる。しかも何故か布団同士が密着していた。
「ラブラブか!」
「いや、だって、ほら、な?」
何が「な?」なのかは全く分からない。
でも、まあこれも雷のせいで不安だというのなら、仕方がないことなのかもしれないが。
いや、しかし、それにしたって――。
「はぁ……まあいいけどね」
半ば呆れながら、私は布団に入る。同じように布団に入った魔理沙が「おやすみ」と言ったので、私も「おやすみ」と返した。
――数分後。
「………………あのねぇ」
「あはは、いや――ひゃう」
また外では雷が落ちて、魔理沙が小さく震えながら私の腕にしがみつく。というより、さっきからずっとしがみつきっぱなしだった。いい加減、なんというか、熱い。寝苦しさが魔理沙でマッハだった。これがもしホッハだったらピャアウになってしまう。今のは自分でも意味が分からない。
とりあえず、何とかしてこの状態は脱出したいところであった。
快適な睡眠のためにも、あまり汗はかきたくない。
だから私は一計を案じた。
「ねえ魔理沙。昔こういうことを言った人がいるわ。罪を犯しても、暗闇に逃げ込めばいいって」
それはホラー作家のジャック・ケッチャムが作中で語ったことだ。おそらく魔理沙は知らない名前だろう。
「……? それがどうしたんだぜ?」
「それは誰でもやっていることなのに、危険に直面すると人はそのことをつい忘れてしまうそうよ?」
私は無表情で、隣の魔理沙の目を見る。
私の言葉の真意がどこにあるのか、探っているといった表情の魔理沙。
そしてどうやら、私の言いたいことに思い当たったらしい。
「ねえ魔理沙。……雷から逃げようとして、もっと危険な場所に飛び込むのは、迂闊だと思わない?」
人はそのことをつい忘れてしまう――そのときは犠牲者になる時だ。
「魔理沙って柔らかくて、小さくて、温かくて……かわいいわよね」
「な、な、な――」
私が魔理沙の髪を撫でながらそう言うと、みるからに動揺していた。
魔理沙が何を考えているのか、手に取るように分かるからこそ、面白い。
目を丸くして、口をパクパクさせて、じりじりと私から距離を取ろうとする。
これでとりあえずは快適な睡眠環境が手に入るだろう……何か大切なものと引き換えに。
ただまあ、当然ながらそれは何というか、よろしくない。だから誤解は解いておくことにする。
「……なんてね。ただの冗談よ。ただ寝苦しいからあんまりこっちに引っ付かないで欲しいってだけ」
「え、冗談なのかよ。……私はてっきりお前が私に性的興奮を覚えているのかと思ったぜ」
普段どういう目で私を見ているのか、その一言で何となく分かった。
「残念ながら、魔理沙にはこれっぽっちも興味がないわね」
「それはそれで少し傷つく話だな!」
「まあそういうことだから、あんまり引っ付かないようにね。ただでさえ魔理沙は(子供みたいに)体温高めなんだから」
「……今なんか傷つくことを言われた気がするぜ?」
「気のせいよ。それじゃあおやすみなさい」
自分の布団に戻った魔理沙にそういうと、私は目を閉じて眠気が降りてくるのを待った。
――数十分後。
「………………眠れぬ!」
私はどうやら完全に目が冴えてしまったらしい。
隣に目をやると、すうすうと、かわいらしい寝息を立てている魔理沙がいた。
「……ずるい」
まだ外ではたまに雷が鳴っているのだが、眠ってしまえばそれも関係ないのだろう。
きたないな、さすが魔理沙きたない。
一瞬起こしてやろうかという悪魔の誘惑を感じたが、それはさすがにかわいそうなのでやめておくことにする。
かわりに一杯水を飲もうと、私は寝床を抜け出した。
台所でコップに水を注ぎ、ゆっくりと飲む。あまり冷たくはないが、寝る前にはこれくらいでちょうどいい。
コップをすすいで、台に置いておく。
そうして寝床に戻ると、魔理沙が起きていた。
「あら、起こしちゃった?」
「いや、そんなことはないぜ」
そんな会話をしながら、私は布団に入る。
魔理沙は上体を起こしたまま、私の方を見ずに、話し始めた。
「ちょっと夢を見たんだ」
「……悪い夢?」
「いや。別に普通だった」
「そう」
悪夢にうなされたというわけではないらしい。
でも、だったらどうして魔理沙は目を覚ましているのだろうか。
「《あいつ》がいて、お前がいて、他にもみんないて、何もおかしいところのない、そんな普通の夢を見た」
「それは、良いことなんじゃないの?」
「ああ、そうかもしれない。ただみんな、少しずつどこか違うんだ。態度だったり、言葉遣いだったり。《あいつ》はどこかそっけないし、お前は少し余所余所しい。だから気付いた。これは昔の夢なんだって」
昔の夢。記憶の残滓の顕現。
「夢の中で、私は幸せだった。言い換えるなら、昔から、私は幸せだった」
そこで魔理沙の言いたいことは、何となく分かった。
だから私は口を挟んだ。
「それで? 今は幸せじゃないの?」
「……いや。確かに《あいつ》とはいつも喧嘩してしまうし、お前には雷が苦手だってばれるし、良い事ばかりじゃないけどな。……それでもあの頃より、今の方がきっと幸せだと思うぜ」
「そう」
だったら、何も問題はない。
過去よりも、今の方が幸せだと言い切れるなら。
きっと今よりも、幸せな未来を作っていけるだろう。
「よかったね、魔理沙」
「ん? ああ、そうだな。朝になったら、《あいつ》のところに行って仲直りしようと思う。……ところで、さ」
「ん? 何?」
「いや、こういうこと訊いていいのか分からないんだけどさ……お前は、今の方が幸せか?」
「………………」
即答できない程度には、私は迷った。
それはあまりにも、私の今と昔が違いすぎているからだ。
けれど、思う。
仮にやり直すことが出来たとして――私は一体どうするだろうか?
別の方法を選ぶ可能性も、確かになくはないのだろう。
それでも私は、何度も悩んで、悩んで、その上でこの道を選んだ。
私が捨ててしまったもの。失ってしまったもの。それは確かに大きいものに違いない。
けれど今ここに立つことで、私が得たものだって、充分に大きいものだった。
それらを同じ天秤に載せることは、きっと誰にも出来はしない。
どちらがより大切だったかなんて、きっと誰にも分かりはしないのだ。
だからきっと、何度やり直したとしても、そのたびに悩んで、悩み抜いて、その上で後悔しない選択をするはずだ。
そして今の私にとって、その選択の結果がここにある。今目に映るこの世界が、私の手に入れた新たな幸福だ。
「さあ、どうかな。でも魔理沙は、私が今ここにいて良かったと思ってくれるでしょ?」
「まあ、それはな。今だってこうして迷惑かけてるし……」
全くだ。喧嘩するたびに転がりこまれる身にもなって欲しい。
――まあそんな関係も、悪くないと思ってしまうのだけれど。
「……だったら、私も今を幸せだって言えるわ」
「……そうか」
そういって魔理沙は私に笑いかけた。
その笑顔を見ていると、不意にすっと、眠気が降りてくるのを感じた。
「よし、晴れた!」
「ふわぁ……そうね、晴れたわね。……で、朝ごはんどうする?」
「ああ、仲直りついでに《あいつ》に作らせるからいいよ」
「……それがまた喧嘩の火種にならないことを祈ってるわ」
「大丈夫だって、心配するな」
その自信は一体どこから来るのだろうか。
「それじゃあ、まあ、頑張って仲直りしてね」
「おう。……じゃあまたな、《早苗》」
「はいはい、またね」
私が手を振ると、魔理沙もそれに応えた。
箒に跨って、もの凄い速度でこの守矢神社を後にする。目的地はもちろん博麗神社だろう。
そうして魔理沙が消えていった方向から、また別の影がやってくる。
「おや、あれは魔理沙さんですね……ということはあの二人、また喧嘩でもしたんですか」
「そうみたいですよ。あ、またそれを記事にしますか、文さん?」
「いやぁ……あの二人の喧嘩はもう日常茶飯事ですからね、さすがに記事にするだけの面白みもないかと」
「あはは、確かにそうですね」
私はそういって鴉天狗の彼女に笑いかける。
「………………」
「…………? どうかしましたか、文さん」
私の問いかけに、少し拗ねたような雰囲気で彼女は返事する。
「いえ、別に」
嘘だ。
これは芳醇な嘘の香りだった。
「んー? 怪しいですねー?」
私は彼女の目の前まで飛んでいき、その顔をまじまじと見つめる。
大きな瞳に、長いまつげが影を落として。すっと通った鼻筋から、形の良い唇へのライン。
相変わらずショートカットの髪が似合う美人さんだなと、そんなことを思う。
あれ、何を探っていたんだったっけ?
「な、何ですか?」
そういって彼女は少し照れたように目線を逸らした。
そこで思い出す。彼女は何かを隠しているのだ。
「文さん、何か隠してますね?」
「………………」
「だんまりですか?」
まあ、言いたくないことなら、これ以上追及するつもりもないけれど。
そう考えて引き下がろうとしたとき、彼女は小さく口を開いた。
「…………それですよ」
「……はてな?」
「だから、どうして魔理沙さんや霊夢さんには敬語が取れたのに、私にはずっと敬語なんですかって話です。私だってそう短い付き合いじゃないでしょうに」
「え、それはだって、文さんも敬語じゃないですか」
「私はそういうキャラですからいいんです」
いいのかよ。
……じゃなくて。
「えっと、じゃあ私がずっと敬語だから、文さんは拗ねている、と?」
「な、別に拗ねてませんし拗ねてませんし」
「何で二回言うんですか?」
「………………」
また黙ってしまう。
きっと彼女は私に言いたいことがある。けれど、それを言ってしまっていいのか悩んでいる。
だから私は待つ。彼女が葛藤している間、ただ静かに待つ。
「…………それは、私が妖怪だからですか?」
「…………へ?」
「魔理沙さんや霊夢さんに敬語が取れて、私たちに敬語なのは、彼女たちと違って私たちが妖怪だからですか?」
「………………」
ああ、そんなことを気にしていたのか。
――彼女らしくないなと、そう思った。
けれどその疑念は、ずっと彼女の内側にあったものなのだ。
疑念は心に影を落とす雲だ。だからこそそれは、今この場で徹底的に晴らしつくさなければならない。
「文さん。変なことを言うと、私だって怒りますよ」
「………………」
「最初から言ってるじゃないですか、文さんが敬語だからだって。文さんがその距離にいるのに、安全圏にいようとしているのに、どうして私から文さんに近づいていこうなんて思いますか? 私が妖怪を恐がっている? 冗談じゃない。恐がっているのは文さんの方でしょう。――そんなに人間が恐いですか?」
「っ……!」
言い返したければ、何でも言い返してくれればいい。
踏み込んでこないのは貴方の方だ。踏み込ませないのは貴方の心だ。
それが違うというのなら、いくらでも踏み込んで、言い返してみたらいい。
――貴方のような臆病天狗に、それが出来るというのなら。
どれだけ時間が流れたのか。
凄く長かったような気もするし、一瞬だったような気もする。
それまで何かを考えるように目を伏せていた彼女が、顔を上げたかと思うと、柔らかく微笑みながら言った。
「……そんなことをまさか貴方に――いえ、早苗に言われるとは、思わなかった」
早苗と、確かに私を呼び捨てにした。
あの射命丸文が、誰に対しても敬語で、傍観者の位置から決して動こうとしない文が。
一歩だけ――それでも確実に、私に対して踏み込んだ。
それならば、私も彼女に応えよう。
「そう? まあ遠くから見ているだけじゃ分からないだろうけど……私、そんなに良い子じゃないわよ?」
「いや、それは知ってたけど」
「なっ――」
なんてことを言い合っていたら、ふと鳥居の方に影が見えた。諏訪子さまだ。
「何を朝っぱらからいちゃついてんの、二人とも」
「あ、諏訪子さま、おかえりなさいませ。雨が上がったからそろそろお帰りになるかな、とは思っていましたが」
「……が?」
「朝食の準備はまだ何も出来ておりません!」
「ああ、何となくそんな気はしていたよ。……まあそうやって胸を張って堂々と言うことではないと思うけどね」
「なるほど、朝食はまだこれからだったのですか。それはお邪魔をしてしまいましたね」
そういってどこかに立ち去ろうとする文の服の襟を、諏訪子さまが掴む。
「ほら、あんたも食っていくだろ?」
「いえ、私は、というか、苦し――」
「文、遠慮することはないよ? どうせ今から作るんだし手間は変わらないし」
「……文? ふーん、なるほどなるほど」
諏訪子さまが何かに気付いていやらしく笑う。
「そこらへん、何があったのか詳しく聞かせてもらおうかな……神奈子と一緒に」
「え、いや、それはさすがに勘弁願いたいかな……というか、助けてください、早苗さん」
「…………ふーん、だ」
「ほら、二人っきりのときは何て呼んでるんだい? 恥ずかしがらずに言ってみなよ」
諏訪子さまが文に顔を寄せながら、詰問する。
いくら幻想郷最速の鴉天狗とはいえ、がっちり肩を抱かれては逃げ出すことも叶わない。
仕方がないと、文は腹をくくったように、それでもおずおずと口を開いた。
「……さ、早苗…………さん」
「ヘタレだ!」
「ヘタレー」
「だってそんな、急に言われても、恥ずかしいじゃないですか……」
そんな、普段の文からは出てこないだろうセリフを聞いて、私と諏訪子さまは満足して笑った。
そうしていると――ふと、降ってきた雨が頬に当たる。
私は空を見上げるが、昨夜とは打って変わって、嘘のように晴れ渡っていた。
「え、急にどうしたんだい、早苗?」
諏訪子さまが尋ねる。
その言葉の雰囲気が、どうにも異常事態であるかのように感じられて。
そうしてこそ私は、ようやく気付いた。
――これは雨ではなく涙なのだと。
「もしかして私が呼び捨てにしなかったから――」
この鈍感天狗は全く。
「違いますよ」
そうじゃない。そうではなくて。
ただ何となく、自然に。
そう、自然に。
私が一つのことを実感すると、その気持ちが涙となって自然に流れ出たのだ。
「今、なんだか幸せだなって、そう思っただけ――」
頬を伝って落ちた、一粒の雨。
雨が降れば、空は晴れるだろう。
――だから心の雲だって、きっと晴れたに違いない。
どうしてか、気付けばうちの《神社》に転がり込んでいる白黒の魔法使い一匹。広いちゃぶ台を、私たちは二人だけで贅沢に使っていた。
「それにしても、急に降り出してきたな」
「そうね」
「今日は帰れそうにもないな」
「今日も、でしょ」
私は少し呆れながら、彼女にそう言った。
これで何泊目だっただろうか。
「それにしたって魔理沙、いつまでもうちにいたって問題は解決しないけどね?」
「わかってるよ、それはわかっているんだが――」
その時だった。
空が光った一瞬後に、雷鳴が轟く。
「あー、今のはだいぶ近そうね」
「………………」
「…………魔理沙?」
さっきまで正面でお茶を飲んでいたはずの魔理沙が、気付けば私の右腕にしがみついて小さく震えていた。――いや、小さいのは元からだったか。
「へ、あ、いや、そうだな。今のは結構近そうだったな、ははは……」
「え、この状況でまだ誤魔化そうとしてるの?」
いまだに魔理沙は私にしがみついたままなのだが。
「な、何の話だぜ?」
「……はぁ。まあいいか。……文さーん、射命丸文さ――」
当然のように口を塞がれた。
「おいおいおい、何をする気だってばよ?」
「あ、口調がどこかのNINJAみたい」
「わかった、わかったから。周りに言いふらすのだけは止めてくれ」
「そぎゃんこつばいわれとっと」
「どうして急に熊本弁なんだぜ?」
「まあそれはいいとして、何、雷苦手なの?」
「……ああ、昔からどうしてかあれだけは駄目で」
「あれ? でも以前、神霊が湧いて出た異変のときに、雷を扱う相手とかいたような」
「不思議とそういうのは大丈夫なんだけどな。何故かはわからないが、自然の出来事として突然空が光って大きな音がして。それだけのことなのに、それがどうしても苦手なんだよ」
「ふーん。……まあ苦手なんてそんなものか」
あの魔理沙が、と考えると意外ではあるけれど、どうしたって苦手なものはきっと誰にでもあるはずだ。
それに魔理沙は口調や態度に騙されがちだけど、その内面は十二分に乙女であることも、私はここにきて理解し出している。スペルカードの恋符やら、星の魔法やら、私には意味がよく分からないけど、それだっておそらくは乙女らしいはずだ。
古来より人間は抗いがたい強大な力や不可思議な現象に恐れを抱き、それらに畏敬の念を持って意味を与えたという。それこそが妖怪の起源である以上、こうして雷を恐れてくれる少女がいることは、きっと幻想郷にとっても良いことなのだろう。
「でもそれだけあからさまに苦手だと、他のみんなもとっくに気付いてるんじゃないの?」
「いや、多分、知ってるのは《あいつ》だけだと思う。……ああ、あと香霖もか」
「ああ、左様で」
今喧嘩中の《あいつ》。それは、存在を忘れられかけている霖之助氏とは明らかに扱いが違っていた。《あいつ》と言うときも、どこか照れくさそうで。
……はぁ。早く帰って仲直りしてくれないかな。私の見えないところでイチャイチャしてくれる分には何の問題もないのだから。
それから夕食と入浴を済ませた頃になっても、雨は一層強く降り、雷も収まることはなかった。
「さてと、それじゃあ夜もふけてきましたし、そろそろ寝るとしますか」
私は片付けを終えて布団を敷きながらそう言った。
けれど、魔理沙はなかなか客間へと動こうとはしない。まだ寝たくないのか、などと私は考える。
「どうしたの、まだ眠たくない?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
何か言いづらそうに、もじもじとしている魔理沙。それは明らかに普段とは違う態度だった。
私は探す。周囲を観察し、違和感を拾い出す。静かに沈黙が流れる居間。聞こえるのは雨音と――そのときだった。
ひときわ大きな、その霹靂。
私でさえ一瞬体をすくませるような、それ。
だから、それが苦手な魔理沙の方はと言えば、もちろん――。
「………………おい」
私の視界は真っ暗だった。それもそのはず、魔理沙はこの一瞬で私の両肩に飛び乗って両足で私の頭を挟んでいた。目の前には股間だ。股間のドアップだ。まるでフランケンシュタイナーか、ウラカン・ラナ・インベルティダの始動のような形だった。
「へ、うわ、これはだな…………えへっ?」
「…………笑って誤魔化すのはいいが――別に、パワーボムで返してしまっても構わんのだろう?」
「ごめんごめん! 悪かったって! 降りる、降りるから――」
問答無用。
私は極力優しく、敷いてある布団の上に魔理沙を投げた。
「わふっ」
「……分かったわ。一緒に寝てあげるから、客間から布団持ってきてよ」
「だ、誰がそんなこと……」
「じゃあ一人で寝る? 別に私はそれでもいいけど」
「…………一緒に寝ます」
こうした魔理沙の扱いも、ずいぶんと慣れてきたものだと思う。それこそ魔理沙のいうところの《あいつ》のおかげというか、勝手に真似しているだけではあるのだけど。
なんてことを考えていると、また雷が鳴った。
「ひょー」
「バルログか!」
雷のせいで錯乱しながら飛び掛ってくる魔理沙を何とか空中投げで落とせないかと試してみたところ、見事に共倒れになった私ガイル。
普段は一つしか布団を敷かない部屋に、二つの布団が並んでいる。しかも何故か布団同士が密着していた。
「ラブラブか!」
「いや、だって、ほら、な?」
何が「な?」なのかは全く分からない。
でも、まあこれも雷のせいで不安だというのなら、仕方がないことなのかもしれないが。
いや、しかし、それにしたって――。
「はぁ……まあいいけどね」
半ば呆れながら、私は布団に入る。同じように布団に入った魔理沙が「おやすみ」と言ったので、私も「おやすみ」と返した。
――数分後。
「………………あのねぇ」
「あはは、いや――ひゃう」
また外では雷が落ちて、魔理沙が小さく震えながら私の腕にしがみつく。というより、さっきからずっとしがみつきっぱなしだった。いい加減、なんというか、熱い。寝苦しさが魔理沙でマッハだった。これがもしホッハだったらピャアウになってしまう。今のは自分でも意味が分からない。
とりあえず、何とかしてこの状態は脱出したいところであった。
快適な睡眠のためにも、あまり汗はかきたくない。
だから私は一計を案じた。
「ねえ魔理沙。昔こういうことを言った人がいるわ。罪を犯しても、暗闇に逃げ込めばいいって」
それはホラー作家のジャック・ケッチャムが作中で語ったことだ。おそらく魔理沙は知らない名前だろう。
「……? それがどうしたんだぜ?」
「それは誰でもやっていることなのに、危険に直面すると人はそのことをつい忘れてしまうそうよ?」
私は無表情で、隣の魔理沙の目を見る。
私の言葉の真意がどこにあるのか、探っているといった表情の魔理沙。
そしてどうやら、私の言いたいことに思い当たったらしい。
「ねえ魔理沙。……雷から逃げようとして、もっと危険な場所に飛び込むのは、迂闊だと思わない?」
人はそのことをつい忘れてしまう――そのときは犠牲者になる時だ。
「魔理沙って柔らかくて、小さくて、温かくて……かわいいわよね」
「な、な、な――」
私が魔理沙の髪を撫でながらそう言うと、みるからに動揺していた。
魔理沙が何を考えているのか、手に取るように分かるからこそ、面白い。
目を丸くして、口をパクパクさせて、じりじりと私から距離を取ろうとする。
これでとりあえずは快適な睡眠環境が手に入るだろう……何か大切なものと引き換えに。
ただまあ、当然ながらそれは何というか、よろしくない。だから誤解は解いておくことにする。
「……なんてね。ただの冗談よ。ただ寝苦しいからあんまりこっちに引っ付かないで欲しいってだけ」
「え、冗談なのかよ。……私はてっきりお前が私に性的興奮を覚えているのかと思ったぜ」
普段どういう目で私を見ているのか、その一言で何となく分かった。
「残念ながら、魔理沙にはこれっぽっちも興味がないわね」
「それはそれで少し傷つく話だな!」
「まあそういうことだから、あんまり引っ付かないようにね。ただでさえ魔理沙は(子供みたいに)体温高めなんだから」
「……今なんか傷つくことを言われた気がするぜ?」
「気のせいよ。それじゃあおやすみなさい」
自分の布団に戻った魔理沙にそういうと、私は目を閉じて眠気が降りてくるのを待った。
――数十分後。
「………………眠れぬ!」
私はどうやら完全に目が冴えてしまったらしい。
隣に目をやると、すうすうと、かわいらしい寝息を立てている魔理沙がいた。
「……ずるい」
まだ外ではたまに雷が鳴っているのだが、眠ってしまえばそれも関係ないのだろう。
きたないな、さすが魔理沙きたない。
一瞬起こしてやろうかという悪魔の誘惑を感じたが、それはさすがにかわいそうなのでやめておくことにする。
かわりに一杯水を飲もうと、私は寝床を抜け出した。
台所でコップに水を注ぎ、ゆっくりと飲む。あまり冷たくはないが、寝る前にはこれくらいでちょうどいい。
コップをすすいで、台に置いておく。
そうして寝床に戻ると、魔理沙が起きていた。
「あら、起こしちゃった?」
「いや、そんなことはないぜ」
そんな会話をしながら、私は布団に入る。
魔理沙は上体を起こしたまま、私の方を見ずに、話し始めた。
「ちょっと夢を見たんだ」
「……悪い夢?」
「いや。別に普通だった」
「そう」
悪夢にうなされたというわけではないらしい。
でも、だったらどうして魔理沙は目を覚ましているのだろうか。
「《あいつ》がいて、お前がいて、他にもみんないて、何もおかしいところのない、そんな普通の夢を見た」
「それは、良いことなんじゃないの?」
「ああ、そうかもしれない。ただみんな、少しずつどこか違うんだ。態度だったり、言葉遣いだったり。《あいつ》はどこかそっけないし、お前は少し余所余所しい。だから気付いた。これは昔の夢なんだって」
昔の夢。記憶の残滓の顕現。
「夢の中で、私は幸せだった。言い換えるなら、昔から、私は幸せだった」
そこで魔理沙の言いたいことは、何となく分かった。
だから私は口を挟んだ。
「それで? 今は幸せじゃないの?」
「……いや。確かに《あいつ》とはいつも喧嘩してしまうし、お前には雷が苦手だってばれるし、良い事ばかりじゃないけどな。……それでもあの頃より、今の方がきっと幸せだと思うぜ」
「そう」
だったら、何も問題はない。
過去よりも、今の方が幸せだと言い切れるなら。
きっと今よりも、幸せな未来を作っていけるだろう。
「よかったね、魔理沙」
「ん? ああ、そうだな。朝になったら、《あいつ》のところに行って仲直りしようと思う。……ところで、さ」
「ん? 何?」
「いや、こういうこと訊いていいのか分からないんだけどさ……お前は、今の方が幸せか?」
「………………」
即答できない程度には、私は迷った。
それはあまりにも、私の今と昔が違いすぎているからだ。
けれど、思う。
仮にやり直すことが出来たとして――私は一体どうするだろうか?
別の方法を選ぶ可能性も、確かになくはないのだろう。
それでも私は、何度も悩んで、悩んで、その上でこの道を選んだ。
私が捨ててしまったもの。失ってしまったもの。それは確かに大きいものに違いない。
けれど今ここに立つことで、私が得たものだって、充分に大きいものだった。
それらを同じ天秤に載せることは、きっと誰にも出来はしない。
どちらがより大切だったかなんて、きっと誰にも分かりはしないのだ。
だからきっと、何度やり直したとしても、そのたびに悩んで、悩み抜いて、その上で後悔しない選択をするはずだ。
そして今の私にとって、その選択の結果がここにある。今目に映るこの世界が、私の手に入れた新たな幸福だ。
「さあ、どうかな。でも魔理沙は、私が今ここにいて良かったと思ってくれるでしょ?」
「まあ、それはな。今だってこうして迷惑かけてるし……」
全くだ。喧嘩するたびに転がりこまれる身にもなって欲しい。
――まあそんな関係も、悪くないと思ってしまうのだけれど。
「……だったら、私も今を幸せだって言えるわ」
「……そうか」
そういって魔理沙は私に笑いかけた。
その笑顔を見ていると、不意にすっと、眠気が降りてくるのを感じた。
「よし、晴れた!」
「ふわぁ……そうね、晴れたわね。……で、朝ごはんどうする?」
「ああ、仲直りついでに《あいつ》に作らせるからいいよ」
「……それがまた喧嘩の火種にならないことを祈ってるわ」
「大丈夫だって、心配するな」
その自信は一体どこから来るのだろうか。
「それじゃあ、まあ、頑張って仲直りしてね」
「おう。……じゃあまたな、《早苗》」
「はいはい、またね」
私が手を振ると、魔理沙もそれに応えた。
箒に跨って、もの凄い速度でこの守矢神社を後にする。目的地はもちろん博麗神社だろう。
そうして魔理沙が消えていった方向から、また別の影がやってくる。
「おや、あれは魔理沙さんですね……ということはあの二人、また喧嘩でもしたんですか」
「そうみたいですよ。あ、またそれを記事にしますか、文さん?」
「いやぁ……あの二人の喧嘩はもう日常茶飯事ですからね、さすがに記事にするだけの面白みもないかと」
「あはは、確かにそうですね」
私はそういって鴉天狗の彼女に笑いかける。
「………………」
「…………? どうかしましたか、文さん」
私の問いかけに、少し拗ねたような雰囲気で彼女は返事する。
「いえ、別に」
嘘だ。
これは芳醇な嘘の香りだった。
「んー? 怪しいですねー?」
私は彼女の目の前まで飛んでいき、その顔をまじまじと見つめる。
大きな瞳に、長いまつげが影を落として。すっと通った鼻筋から、形の良い唇へのライン。
相変わらずショートカットの髪が似合う美人さんだなと、そんなことを思う。
あれ、何を探っていたんだったっけ?
「な、何ですか?」
そういって彼女は少し照れたように目線を逸らした。
そこで思い出す。彼女は何かを隠しているのだ。
「文さん、何か隠してますね?」
「………………」
「だんまりですか?」
まあ、言いたくないことなら、これ以上追及するつもりもないけれど。
そう考えて引き下がろうとしたとき、彼女は小さく口を開いた。
「…………それですよ」
「……はてな?」
「だから、どうして魔理沙さんや霊夢さんには敬語が取れたのに、私にはずっと敬語なんですかって話です。私だってそう短い付き合いじゃないでしょうに」
「え、それはだって、文さんも敬語じゃないですか」
「私はそういうキャラですからいいんです」
いいのかよ。
……じゃなくて。
「えっと、じゃあ私がずっと敬語だから、文さんは拗ねている、と?」
「な、別に拗ねてませんし拗ねてませんし」
「何で二回言うんですか?」
「………………」
また黙ってしまう。
きっと彼女は私に言いたいことがある。けれど、それを言ってしまっていいのか悩んでいる。
だから私は待つ。彼女が葛藤している間、ただ静かに待つ。
「…………それは、私が妖怪だからですか?」
「…………へ?」
「魔理沙さんや霊夢さんに敬語が取れて、私たちに敬語なのは、彼女たちと違って私たちが妖怪だからですか?」
「………………」
ああ、そんなことを気にしていたのか。
――彼女らしくないなと、そう思った。
けれどその疑念は、ずっと彼女の内側にあったものなのだ。
疑念は心に影を落とす雲だ。だからこそそれは、今この場で徹底的に晴らしつくさなければならない。
「文さん。変なことを言うと、私だって怒りますよ」
「………………」
「最初から言ってるじゃないですか、文さんが敬語だからだって。文さんがその距離にいるのに、安全圏にいようとしているのに、どうして私から文さんに近づいていこうなんて思いますか? 私が妖怪を恐がっている? 冗談じゃない。恐がっているのは文さんの方でしょう。――そんなに人間が恐いですか?」
「っ……!」
言い返したければ、何でも言い返してくれればいい。
踏み込んでこないのは貴方の方だ。踏み込ませないのは貴方の心だ。
それが違うというのなら、いくらでも踏み込んで、言い返してみたらいい。
――貴方のような臆病天狗に、それが出来るというのなら。
どれだけ時間が流れたのか。
凄く長かったような気もするし、一瞬だったような気もする。
それまで何かを考えるように目を伏せていた彼女が、顔を上げたかと思うと、柔らかく微笑みながら言った。
「……そんなことをまさか貴方に――いえ、早苗に言われるとは、思わなかった」
早苗と、確かに私を呼び捨てにした。
あの射命丸文が、誰に対しても敬語で、傍観者の位置から決して動こうとしない文が。
一歩だけ――それでも確実に、私に対して踏み込んだ。
それならば、私も彼女に応えよう。
「そう? まあ遠くから見ているだけじゃ分からないだろうけど……私、そんなに良い子じゃないわよ?」
「いや、それは知ってたけど」
「なっ――」
なんてことを言い合っていたら、ふと鳥居の方に影が見えた。諏訪子さまだ。
「何を朝っぱらからいちゃついてんの、二人とも」
「あ、諏訪子さま、おかえりなさいませ。雨が上がったからそろそろお帰りになるかな、とは思っていましたが」
「……が?」
「朝食の準備はまだ何も出来ておりません!」
「ああ、何となくそんな気はしていたよ。……まあそうやって胸を張って堂々と言うことではないと思うけどね」
「なるほど、朝食はまだこれからだったのですか。それはお邪魔をしてしまいましたね」
そういってどこかに立ち去ろうとする文の服の襟を、諏訪子さまが掴む。
「ほら、あんたも食っていくだろ?」
「いえ、私は、というか、苦し――」
「文、遠慮することはないよ? どうせ今から作るんだし手間は変わらないし」
「……文? ふーん、なるほどなるほど」
諏訪子さまが何かに気付いていやらしく笑う。
「そこらへん、何があったのか詳しく聞かせてもらおうかな……神奈子と一緒に」
「え、いや、それはさすがに勘弁願いたいかな……というか、助けてください、早苗さん」
「…………ふーん、だ」
「ほら、二人っきりのときは何て呼んでるんだい? 恥ずかしがらずに言ってみなよ」
諏訪子さまが文に顔を寄せながら、詰問する。
いくら幻想郷最速の鴉天狗とはいえ、がっちり肩を抱かれては逃げ出すことも叶わない。
仕方がないと、文は腹をくくったように、それでもおずおずと口を開いた。
「……さ、早苗…………さん」
「ヘタレだ!」
「ヘタレー」
「だってそんな、急に言われても、恥ずかしいじゃないですか……」
そんな、普段の文からは出てこないだろうセリフを聞いて、私と諏訪子さまは満足して笑った。
そうしていると――ふと、降ってきた雨が頬に当たる。
私は空を見上げるが、昨夜とは打って変わって、嘘のように晴れ渡っていた。
「え、急にどうしたんだい、早苗?」
諏訪子さまが尋ねる。
その言葉の雰囲気が、どうにも異常事態であるかのように感じられて。
そうしてこそ私は、ようやく気付いた。
――これは雨ではなく涙なのだと。
「もしかして私が呼び捨てにしなかったから――」
この鈍感天狗は全く。
「違いますよ」
そうじゃない。そうではなくて。
ただ何となく、自然に。
そう、自然に。
私が一つのことを実感すると、その気持ちが涙となって自然に流れ出たのだ。
「今、なんだか幸せだなって、そう思っただけ――」
頬を伝って落ちた、一粒の雨。
雨が降れば、空は晴れるだろう。
――だから心の雲だって、きっと晴れたに違いない。
公式書籍のいつまでも敬語な早苗は確かに違和感ありますし、このくらい打ち解けていて欲しいですね。
転がり込んでくる度に霊夢が嫉妬しそう。
あやさなの初々しい感じも素敵でした。
やけに外の世界のネタを盛り込んでくると思ったらそういうことでしたか。
バルログの流れが特によかったです。
甘えん坊で人懐こい魔理沙がかわいい甘々な小説でした。
ド肝を抜かされました。
こういうのもS S としては面白いんだなって思いました。
やっぱりサナマリの二人のお話は読んでいて面白いです。
文と諏訪子も可愛かったです。
とても心暖まる作品でした。
良かったです
今にして思えばバルログの真似なんかしてるあたりで早苗さんと気づくべきでした。