「藍! らあああぁぁん! どうしよう! 私! 私!!」
ずだだだだだだだ! だん!!
廊下を疾走する音に次いで、襖が外れて倒れこんだ。
その倒れた襖の上には、藍の主人たる八雲紫が息を切らして伸びている。相当慌てているのか、口をパクパクやっても声にならない。
「ご主人様落ち着いて!! 吸ってください、吸って!! 息を吸わなきゃしゃべれません!!」
この慌て振りは何事か、幻想郷の危機なのか。尻尾の毛を逆立てて、酸欠に喘ぐ主人をなだめる藍。
なにか、とんでもないことが起きようとしている。あるいは起きてしまった。
ぜーはー、ひゅー、と数回息をつくと、やはり落ち着く間もなく紫は叫ぶ。
「私っ……天子ちゃん殺しちゃったああああああぁぁぁ!!」
「えええええええ!? 天子ってどの天子!?」
「可愛い天子!! 私の天子!!」
「あなたのじゃありません!! けど、つまりそれは、あの比那名居天子ですか!? そうなんですか!?」
「うん……どうしよう、どうしようどうしよう!! 私あの子無しじゃ生きていけないよぉ!!」
「だから落ち着いて下さい! はい、深呼吸!! 吸って~、はいて~。
それで、どうして天子さんを殺したんですか? そもそも天人は頭上の華鬘(けまん)が枯れない限り死なない筈では!?」
「わざとじゃないの、わざとじゃない! ただ、ちょっと気になって……帽子の桃を触ったら」
紫は手に持った“それ”を藍の鼻先にずいと差し出した。
「あ、いい香り。って、これは天子さんの帽子についてる――!!」
紫の掌に納まったそいつの正体を知って、藍は絶句する。
そう、それは紛れもなくあの桃であった。
あの帽子の桃は比那名居天子の華鬘ではないか、と度々噂されていたが、まさかそれが真実だったとは。だとすれば……。
「ぅぇぇ……ぅえええええええんえんえん!! どうしよう、どぼしようううぅ! 天子ちゃんが死んじゃううう!」
いつも冷静沈着なはずの紫が声を荒げて藍に泣きつく。そこに妖怪の賢者としての面影は既になく。
八雲紫は、友人の死に怯えるただ一人の少女でしかなくなっていた。
「死んじゃう、ってことはまだ生きてるんですか!?」
「うん……まだ息はしてるの。けど……どんなに呼びかけても反応がなくて……体もどんどん冷たくなって……」
そんな主人の姿を見かねて、藍は救いを模索する。
「ど、どうしよう……いや、今ならまだ間に合うかもしれない!!」
力なくへたり込む主人を引きずって、さっきまで彼女が居たであろう茶の間に飛び込む。
低めのコタツに伏すようにして倒れこんでいるのが被害者、比那名居天子。
艶やかな空色の髪の毛を振り乱し、ぐったりぱったり動かない。一応弱いながらも息はあるのか、よくよく見れば彼女の背中がほんの僅か上下していることが確認できた。
そして桃。帽子の桃が、片方取れてしまっている。もしこれが噂通りの物だとすれば、まさに彼女は半死半生の境を彷徨っているということだ。
「どうするの……? 間に合うの?」
藍の後ろから顔を出し、何も言わなくなってしまった友人をおそるおそる覗き見る紫。
「……人間はこういうとき、医者に運び込まれますよね」
「あ、救急車!! 救急車呼ぶ!! 救急車って何番!? 電話帳、電話帳を!!」
「呼べません!! 呼んでも来ません!! そうじゃなくて!」
「じゃぁもう助からないんだあぁぁ!! ぇえええええええええん!」
「違う! 話を聞いて!! 医者に運び込まれたらまず何!? 緊急手術でしょ!! 足りない血液足して点滴して弾丸摘出したりして縫合でしょ!!」
「!! くっ付ければ!」
「それで治るとは言い切れませんが、やれるだけのことはやってみるしかないでしょう」
「じゃぁ、じゃぁ私セメダインとって来る!」
「接着剤じゃだめですよ!!」
「じゃぁ何ならつくの!?」
紫の返した質問に、部屋がしんと静まり返る。
「え? あー、えっと」
縫合糸? 紫のスキマを使えば容易に手に入るだろう。けれど今の紫は激しく混乱していて、何を取り出すか分かったものではない。
それに、帽子に桃を縫い付けるのだとしたら、それはどちらかというと裁縫の部類に入るのではなかろうか。そもそも、あの桃は今までどうやってついていたのか?
「針と糸でいいです」
「じゃあお裁縫セット!」
「それでいいです」
藍は考えるのをやめた。
かといって放棄したわけではない。もとより何らかの力でくっ付いていたものなのだから、何でくっつけようと変わらない。それより今は時間が惜しい。
こうしている間にも、天子の呼吸は拍を追って一段、また一段弱くなっていく。
「はい、これ裁縫セット!」
「針!」
「はい、針!」
「糸!」
「何色!?」
「何色でもいいです! 時間が無い!」
「んじゃ赤!」
紫から糸を受け取ると、早速必要な準備に掛かる。
まずはフェイズ1、針に糸を通す。
針に……糸を……。
「紫様」
「何?」
「針に糸が……通りません」
緊張と興奮、そして焦りに阻まれて、急いでいるはずの手は大きく振るえている。当然こんな状態では、針の穴にかすりもしない。
「糸通し! 糸通しある!」
「それだ!」
「どう? 通る……?」
「糸通しが針の穴に通りません……」
失敗を重ねれば重ねるごとに大きくなる震え。それはもはや糸だから通せないとかそういう次元のものではなくなっていた。
いくら先端の尖った糸通しといえど、結局のところそれを針穴に通さなければならないことに変わりは無い。ミリ単位の精密作業を、今のこの手が成せる筈も無い。
「ぅぅ……ぅえぇえええええん!! 天子ちゃんが死んじゃうううぅ!!」
「まだ終わってなんかない!! 諦めたらそこで試合終了です!」
出来なくても、やるしかない。そこに1%でも確立があるならば、その1パーセントを引き当てるしかないのだ。
「うおおおおおぉぉ!! そこだあああああぁぁ!!」
振幅、その一瞬の停止。0コンマ000数秒の刹那を見計らって、藍は糸通しを突き出した。
渾身の気合を込めて繰り出された刺突は、空気を裂き、音の壁を貫き。そして狙いを定めた針の穴へと吸い込まれていく。
これは……もらった!!
少し遅れた音を引き連れて、糸通しが針の穴を貫いた。音速を超えた腕が作り出す圧縮波が、斬撃のような衝撃を伴って部屋を駆け抜ける。
そして。
「あ」
大砲を至近距離で発射されたかのような衝撃に、耐えかねた桃が落ちた。
辛うじてくっ付いていたもう片方の桃が。
落ちた。
天子の命も、おそらく。
「天子……死ん……」
「まだだ!!」
今にも泣き崩れそうになる紫を、そして自身を叱咤するように声を荒げる藍。
ようやっと通った糸を留め、今にも泣き出しそうな面で天子に向かう。
「まだ終わってない!! まだ……」
そんな藍の肩に、そっと置かれる手。
「……藍、あなたまで背負う必要は無いわ」
紫は静かに首を横に振った。
「でも」
「もういいの。あなたはよくやってくれたわ。私の友人なのに」
「紫様の……そう、それなら紫様が能力を使えば」
「生と死の境界に立っている相手に、境界操作は通用しないわ。死んでから境界をいじったとしても、それは死人。生と死の境界がずれたから生きていることになっている死人、にしかならない」
藍の肩から、そして全身から力が抜ける。何も出来なかった無力感と、もう何もしなくていいという裏返った安心感に包まれて。
「いつかこの日が来ることぐらいは分かってた。ごめんなさいね、取り乱しちゃって。
何度も何度も、見送ってきたのに。人の死というのは何回経験しても決して慣れるということは無いわ」
紫は天子の屍と向かい合った。死ぬ前は、失われてしまうことが怖くて、直視することすら出来なかった。けれど今は何も恐れることは無い。
「比那名居天子……今まで楽しかった。ありがとう。もう、生きるのにも疲れたのでしょう?」
紫は天子を仰向けに寝かせ、そして苦痛に見開かれたままの紅玉の瞳をそっと閉じさせた。
「まったく、だらしない顔をして。そんなでは閻魔様に笑われてしまうわよ?」
「じゃぁ聞くけど、誰のせいでこうなったのかしらね」
「そりゃ、私のせいだけどわざとじゃ……ってあれ?」
紫は耳を疑った。次に、目を数回ぱちくりやって、それでも結果が変わらなかったため、ほっぺたをつねってみる。
「ったく……あー、死ぬかと思った。っつーか、いっそのこと本当に死んでやろうかな~って思った。今回の死神は手強かったわ~」
不機嫌そうな顔でむくりと起き上がった。たった今心肺停止に陥ったはずの比那名居天子が、である。
「紫様! 境界いじったんですね!?」
藍の驚いたような、しかし喜んだような声に、紫は首をブンブンと振って否定する。
「じゃぁ、ゾンビ!? 亡霊!? 天子さん、自分が死んでることに気がついてないとか!?」
「ゾンビじゃない!! 亡霊も違う! こんな世界に未練なんかあるか、あってたまるか!! 私は比那名居天子! 正真正銘モノホンだよおバカ!
うーん、けど確かに死神返り討ちにしてるからある意味ゾンビで亡霊なのかな……? あ、でもでも! 三途は渡ってないからやっぱり違うわ」
起き上がり、そしてぼさぼさになった髪と傾いた帽子を正す。
「え、じゃぁ今のはドッキリだったの?」
「都合のいい頭ね……ガチよ。ガチで死に掛けてた。もうかなりキてたのよ、天人五衰が」
「じゃぁ、死神をのしてまで……? 最近天子ちゃん、いい加減転生したいとか言ってなかったっけ? もう天人やだぁ~って」
「言ってた」
「では、何故戻ってきたのですか? もうこんな世界に未練などないと……」
「そうね……天界も、紫の箱庭も、もう飽きた。世界自体に未練は無いわ」
天子は立ち上がって、シワのついてしまったスカートをサッサッと直し。
そしてポケットから小さなハンカチを取り出した。
「泣く奴が居るから、かな」
ずだだだだだだだ! だん!!
廊下を疾走する音に次いで、襖が外れて倒れこんだ。
その倒れた襖の上には、藍の主人たる八雲紫が息を切らして伸びている。相当慌てているのか、口をパクパクやっても声にならない。
「ご主人様落ち着いて!! 吸ってください、吸って!! 息を吸わなきゃしゃべれません!!」
この慌て振りは何事か、幻想郷の危機なのか。尻尾の毛を逆立てて、酸欠に喘ぐ主人をなだめる藍。
なにか、とんでもないことが起きようとしている。あるいは起きてしまった。
ぜーはー、ひゅー、と数回息をつくと、やはり落ち着く間もなく紫は叫ぶ。
「私っ……天子ちゃん殺しちゃったああああああぁぁぁ!!」
「えええええええ!? 天子ってどの天子!?」
「可愛い天子!! 私の天子!!」
「あなたのじゃありません!! けど、つまりそれは、あの比那名居天子ですか!? そうなんですか!?」
「うん……どうしよう、どうしようどうしよう!! 私あの子無しじゃ生きていけないよぉ!!」
「だから落ち着いて下さい! はい、深呼吸!! 吸って~、はいて~。
それで、どうして天子さんを殺したんですか? そもそも天人は頭上の華鬘(けまん)が枯れない限り死なない筈では!?」
「わざとじゃないの、わざとじゃない! ただ、ちょっと気になって……帽子の桃を触ったら」
紫は手に持った“それ”を藍の鼻先にずいと差し出した。
「あ、いい香り。って、これは天子さんの帽子についてる――!!」
紫の掌に納まったそいつの正体を知って、藍は絶句する。
そう、それは紛れもなくあの桃であった。
あの帽子の桃は比那名居天子の華鬘ではないか、と度々噂されていたが、まさかそれが真実だったとは。だとすれば……。
「ぅぇぇ……ぅえええええええんえんえん!! どうしよう、どぼしようううぅ! 天子ちゃんが死んじゃううう!」
いつも冷静沈着なはずの紫が声を荒げて藍に泣きつく。そこに妖怪の賢者としての面影は既になく。
八雲紫は、友人の死に怯えるただ一人の少女でしかなくなっていた。
「死んじゃう、ってことはまだ生きてるんですか!?」
「うん……まだ息はしてるの。けど……どんなに呼びかけても反応がなくて……体もどんどん冷たくなって……」
そんな主人の姿を見かねて、藍は救いを模索する。
「ど、どうしよう……いや、今ならまだ間に合うかもしれない!!」
力なくへたり込む主人を引きずって、さっきまで彼女が居たであろう茶の間に飛び込む。
低めのコタツに伏すようにして倒れこんでいるのが被害者、比那名居天子。
艶やかな空色の髪の毛を振り乱し、ぐったりぱったり動かない。一応弱いながらも息はあるのか、よくよく見れば彼女の背中がほんの僅か上下していることが確認できた。
そして桃。帽子の桃が、片方取れてしまっている。もしこれが噂通りの物だとすれば、まさに彼女は半死半生の境を彷徨っているということだ。
「どうするの……? 間に合うの?」
藍の後ろから顔を出し、何も言わなくなってしまった友人をおそるおそる覗き見る紫。
「……人間はこういうとき、医者に運び込まれますよね」
「あ、救急車!! 救急車呼ぶ!! 救急車って何番!? 電話帳、電話帳を!!」
「呼べません!! 呼んでも来ません!! そうじゃなくて!」
「じゃぁもう助からないんだあぁぁ!! ぇえええええええええん!」
「違う! 話を聞いて!! 医者に運び込まれたらまず何!? 緊急手術でしょ!! 足りない血液足して点滴して弾丸摘出したりして縫合でしょ!!」
「!! くっ付ければ!」
「それで治るとは言い切れませんが、やれるだけのことはやってみるしかないでしょう」
「じゃぁ、じゃぁ私セメダインとって来る!」
「接着剤じゃだめですよ!!」
「じゃぁ何ならつくの!?」
紫の返した質問に、部屋がしんと静まり返る。
「え? あー、えっと」
縫合糸? 紫のスキマを使えば容易に手に入るだろう。けれど今の紫は激しく混乱していて、何を取り出すか分かったものではない。
それに、帽子に桃を縫い付けるのだとしたら、それはどちらかというと裁縫の部類に入るのではなかろうか。そもそも、あの桃は今までどうやってついていたのか?
「針と糸でいいです」
「じゃあお裁縫セット!」
「それでいいです」
藍は考えるのをやめた。
かといって放棄したわけではない。もとより何らかの力でくっ付いていたものなのだから、何でくっつけようと変わらない。それより今は時間が惜しい。
こうしている間にも、天子の呼吸は拍を追って一段、また一段弱くなっていく。
「はい、これ裁縫セット!」
「針!」
「はい、針!」
「糸!」
「何色!?」
「何色でもいいです! 時間が無い!」
「んじゃ赤!」
紫から糸を受け取ると、早速必要な準備に掛かる。
まずはフェイズ1、針に糸を通す。
針に……糸を……。
「紫様」
「何?」
「針に糸が……通りません」
緊張と興奮、そして焦りに阻まれて、急いでいるはずの手は大きく振るえている。当然こんな状態では、針の穴にかすりもしない。
「糸通し! 糸通しある!」
「それだ!」
「どう? 通る……?」
「糸通しが針の穴に通りません……」
失敗を重ねれば重ねるごとに大きくなる震え。それはもはや糸だから通せないとかそういう次元のものではなくなっていた。
いくら先端の尖った糸通しといえど、結局のところそれを針穴に通さなければならないことに変わりは無い。ミリ単位の精密作業を、今のこの手が成せる筈も無い。
「ぅぅ……ぅえぇえええええん!! 天子ちゃんが死んじゃうううぅ!!」
「まだ終わってなんかない!! 諦めたらそこで試合終了です!」
出来なくても、やるしかない。そこに1%でも確立があるならば、その1パーセントを引き当てるしかないのだ。
「うおおおおおぉぉ!! そこだあああああぁぁ!!」
振幅、その一瞬の停止。0コンマ000数秒の刹那を見計らって、藍は糸通しを突き出した。
渾身の気合を込めて繰り出された刺突は、空気を裂き、音の壁を貫き。そして狙いを定めた針の穴へと吸い込まれていく。
これは……もらった!!
少し遅れた音を引き連れて、糸通しが針の穴を貫いた。音速を超えた腕が作り出す圧縮波が、斬撃のような衝撃を伴って部屋を駆け抜ける。
そして。
「あ」
大砲を至近距離で発射されたかのような衝撃に、耐えかねた桃が落ちた。
辛うじてくっ付いていたもう片方の桃が。
落ちた。
天子の命も、おそらく。
「天子……死ん……」
「まだだ!!」
今にも泣き崩れそうになる紫を、そして自身を叱咤するように声を荒げる藍。
ようやっと通った糸を留め、今にも泣き出しそうな面で天子に向かう。
「まだ終わってない!! まだ……」
そんな藍の肩に、そっと置かれる手。
「……藍、あなたまで背負う必要は無いわ」
紫は静かに首を横に振った。
「でも」
「もういいの。あなたはよくやってくれたわ。私の友人なのに」
「紫様の……そう、それなら紫様が能力を使えば」
「生と死の境界に立っている相手に、境界操作は通用しないわ。死んでから境界をいじったとしても、それは死人。生と死の境界がずれたから生きていることになっている死人、にしかならない」
藍の肩から、そして全身から力が抜ける。何も出来なかった無力感と、もう何もしなくていいという裏返った安心感に包まれて。
「いつかこの日が来ることぐらいは分かってた。ごめんなさいね、取り乱しちゃって。
何度も何度も、見送ってきたのに。人の死というのは何回経験しても決して慣れるということは無いわ」
紫は天子の屍と向かい合った。死ぬ前は、失われてしまうことが怖くて、直視することすら出来なかった。けれど今は何も恐れることは無い。
「比那名居天子……今まで楽しかった。ありがとう。もう、生きるのにも疲れたのでしょう?」
紫は天子を仰向けに寝かせ、そして苦痛に見開かれたままの紅玉の瞳をそっと閉じさせた。
「まったく、だらしない顔をして。そんなでは閻魔様に笑われてしまうわよ?」
「じゃぁ聞くけど、誰のせいでこうなったのかしらね」
「そりゃ、私のせいだけどわざとじゃ……ってあれ?」
紫は耳を疑った。次に、目を数回ぱちくりやって、それでも結果が変わらなかったため、ほっぺたをつねってみる。
「ったく……あー、死ぬかと思った。っつーか、いっそのこと本当に死んでやろうかな~って思った。今回の死神は手強かったわ~」
不機嫌そうな顔でむくりと起き上がった。たった今心肺停止に陥ったはずの比那名居天子が、である。
「紫様! 境界いじったんですね!?」
藍の驚いたような、しかし喜んだような声に、紫は首をブンブンと振って否定する。
「じゃぁ、ゾンビ!? 亡霊!? 天子さん、自分が死んでることに気がついてないとか!?」
「ゾンビじゃない!! 亡霊も違う! こんな世界に未練なんかあるか、あってたまるか!! 私は比那名居天子! 正真正銘モノホンだよおバカ!
うーん、けど確かに死神返り討ちにしてるからある意味ゾンビで亡霊なのかな……? あ、でもでも! 三途は渡ってないからやっぱり違うわ」
起き上がり、そしてぼさぼさになった髪と傾いた帽子を正す。
「え、じゃぁ今のはドッキリだったの?」
「都合のいい頭ね……ガチよ。ガチで死に掛けてた。もうかなりキてたのよ、天人五衰が」
「じゃぁ、死神をのしてまで……? 最近天子ちゃん、いい加減転生したいとか言ってなかったっけ? もう天人やだぁ~って」
「言ってた」
「では、何故戻ってきたのですか? もうこんな世界に未練などないと……」
「そうね……天界も、紫の箱庭も、もう飽きた。世界自体に未練は無いわ」
天子は立ち上がって、シワのついてしまったスカートをサッサッと直し。
そしてポケットから小さなハンカチを取り出した。
「泣く奴が居るから、かな」
おそらく天子は三途の川で単行本丸々一巻に値する大死闘を演じていたんでしょうね
意外とそれこそ少年漫画的にボコボコになって走馬灯にも似た色々な回想をして
もういいかとか考えてるところで紫の泣き声で踏ん張ばれたのかも知れません
そこまで近しくない人の意外な応援で踏ん張れちゃうこともありますからね
とりあえず、紫落ち着けw
あと、タイトルに思い当たるものがあったので不死鳥に焼かれてきます
友人の死を目の前にすると紫でも案外こうして狼狽えるかもしれませんね。