それはまるで数多のナイフが浮かぶプールに飛び込んだような。
元からそうだった場所に、自ら望んで飛び込んだような、そんな気分だった。
だけど、そんな気分になるのは百も承知万も承知。
グッと足に力をこめ、その七色の氣を生み出す。
私を囲う、数多のナイフ。一瞬のうちに生み出された、まるで初めからそこにあったかのように、一瞬のうちに生み出されたそれ。
それが邪魔で『あの人』が見えない。
これは、邪魔なものだ。
足を、払う。
七色の氣は、数多のナイフを吹き飛ばし、夜の空に浮かぶ『あの人』との間を開けた。
咲夜さんは―――ニッコリと私を見ている。
「いい動きね、美鈴。伊達に紅魔館の門番をやってないわね」
「力試しのつもりなら、もう少しレベルを上げてもらって構わないですよ? それではあまりにも、力不足」
「あら、これでも精一杯よ? 私が美鈴の相手をするなんて、あまりにも役不足」
「ご冗談を!」
そのセリフも、途中からは私の後ろで聞こえてくる。
それも、知っている!
七色の氣をこめた蹴りを、ノールックで放つ。
もちろん、咲夜さんだってこの動きをするのを知っている。
予定調和の手合せ。
まるで『型』をしているような流れ。
距離を開けた咲夜さんが空に漂う。
咲夜さんの真っ赤な瞳と、その背後に浮かぶ真っ赤な月がダブって見える。
「時間はたっぷりあるわ。まだまだ楽しめるでしょ?」
「そうですね。そのためにも、今日はお昼からぐっすり眠っていましたから」
「……お嬢様に報告が必要ね」
「じょ、冗談です! 誠心誠意をこめて門番を務めていました!!」
「…………」
……咲夜さんの視線がジットリとしたものになってきた。
あぁ止めてほしい。違うんです。
確かにお昼にちょっと寝ちゃいましたけど、それは昨晩も『これ』をずっとしてたからであって。
「……まぁ、いいわ。今、この時間だけは、私とあなただけの時間」
「……そうですね。ずっと続いていても、それはそれで楽しい時間です」
クスリと、咲夜さんは笑う。
「……それじゃあ、今晩も"弾幕ごっこごっこ"。楽しみましょう?」
◆◆◆
しばらく、ひきこもっていました。
いえ、幻想郷でひきこもった所で娯楽とかあまりないんじゃないの? ってなるとは思うのですが。
それもこれも、倉庫の整理を急に始めてしまったのが悪いんです。
まさか倉庫の中に外の世界から持ち込んだ漫画があんなにあっただなんて……
そして、それを寝食すら忘れて読んでしまうなんて……
……なんだか、人間やめちゃった気分です。
いえまぁ現人神なんですけどね。
というかそもそも、そんな私を探しに来ない神奈子様や諏訪子様も悪いのではないでしょうか。
うん、そうに違いない。
そうに決まってます。
くっそーあのお方たちめー。あなたたちの可愛い早苗ちゃんが行方不明だったってのにー。
……あ、なんか徹夜明けの変なテンションみたいになっちゃってますね。
落ち着きましょう。
とりあえず、まずはごはんですね。
「神奈子さまぁ~、諏訪子さまぁ~。あなた方の早苗さんの帰還ですよぉ~」
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
ちょ、ちょっと。シーンとするとか困るんですけど。
なんか私滑っちゃったみたいじゃないですか。
滑ってないですよね? 滑ってないですよね?
いや、むしろなにをもって滑っているのかどうかって問題に……
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
……静かだ。あまりにも。
まるで怒りや悲しみすら乗り越え、全てが明鏡止水の頂にたどり着いた武道家のように……
いまの私ならば、怒り狂った霊夢さんですら素手で倒してしまいそうです……
……ちょっと、さっきまで読んでた漫画の影響受けすぎですね。
いやでも、不自然なほどに静かです。
いくらなんでも、こんな真昼間から神社内がこんなに静かだなんて……
いろんな場所を回ってみましたが、どこにもお二人の姿はありません。
これは……もしや、なにかの『異変』!?
グッと拳に力をこめ、駆け出す。
もしやお二人の身になにか……ッ!
「早苗……」
階段を駆け下りようとした私の足に、
ぐにゅ。
っと。
柔らかな感触とあと聞きなれた声。
こ、この声は……ッ!!
「諏訪子様!?」
「早苗……痛い、ちょ、どいて、重いから……」
なんだか最後の方の言葉は聞こえませんでしたが、あわてて諏訪子様を抱え起こします。
顔は傷だらけ。衣服も所々が破れており、疲れ切っています。
そんな、誰が諏訪子様がこんな目に……?
「諏訪子様、大丈夫ですか!? 誰に、誰にやられたんです!?」
「ぐっ……っ……か……な、こ……」
「えっ!? か、神奈子様!?」
途切れ途切れで聞き取りづらいですが、今、確実に、神奈子様と。
漫画みたいに聞き間違いとかじゃなくて、確実に! コーラを飲んだら以下略なくらい確実に!
いくら神奈子様でも、諏訪子様をこんな風にするなんて……そんな、バカな。
「神奈子様は、どちらへ?」
「ぐっ……さ……な、え……」
「なんですか!? あ、そ、それよりも手当を!!」
「ぐ……ま…ごっ…っこ」
「え?」
息も途絶え途絶えに、なにかを最後に言い残すかのように。
諏訪子様は最後の力を振り絞るように、呟きました。
「……"弾幕"……"ごっこ"、"ごっこ"……」
「弾幕…ごっこ、ごっこ?」
そこまで言うと、諏訪子様の体から、力が抜けました。
一瞬身構えましたが、息をしているところをみると気を失っただけのようです。
……"弾幕ごっこごっこ"……
おそらく、今回の『異変』の重要なキーワード。
名前からして、弾幕ごっこに関係あるようですが……もし、その"弾幕ごっこごっこ"が諏訪子様をこんな風にした原因だとしたら……
……
「……神奈子様を、探さなくちゃ」
諏訪子様を抱きかかえ、来た道を戻る。
とりあえず諏訪子様を寝かせてから、霊夢さんの所へ行こう。
霊夢さんなら、なにかを知っているはずです。
……それにしても。
…………
……さっきの私、なんか漫画の主人公みたいですげぇかっこよくなかったです?
◆◆◆
この『異変』が、かなりヤバい『異変』なのだと、私は初めてこの時思った。
博麗神社の現状を見れば、誰だってそう思うはずです。
私は、茫然と目の前の光景を見つめていました。
これを、受け入れなくてはいけないと、言うのでしょうか。
「……久しぶりに会ったっていうのに、悪いわね。早苗」
「れい……む、さん」
寝室で、布団で横になる霊夢さん。
そしてその横に座る魔理沙さん。
どちらも、無言で。
どこか重苦しい空気で。
しんどそうにしている霊夢さんを見ているだけで、私は涙腺が緩んできてしまう。
「そん……な……霊夢さん、だ、大丈夫なんですか?」
「……大丈夫よ。最後はしっかり抵抗したから。まぁ、それでもこのザマだけどね」
「……」
魔理沙さんが、グッと帽子を深くかぶる。
霊夢さんは笑っているが、それが私に心配をかけまいとしていることだろうということは、一目瞭然だ。
両手にグッと力がこもる。
誰が、ナニが、こんな事を……ッ!
「……早苗、様子が変だけど、どうかしたの?」
「ッ! い、いえ。なんでもないです」
ハッと我に返る。
ダメだ。霊夢さんが、こんなに気丈に振る舞っているっていうのに、私がこんなんじゃダメだ!
私は立ち上がり、踵を返す。
「早苗?」
「すみません、霊夢さん……仇は、必ず私がとります!!!」
「え、あ、ちょ」
霊夢さんの言葉を背中に、私は飛び出す。
あの霊夢さんや魔理沙さんですらこんな状態なんです……
私にどこまでできるかは分かりませんが。それでも。
それでも、霊夢さんたちの代わりに!!
神奈子様を探すのもそうですが、もっと情報も欲しいですね。
……人里。
慧音さんの所にでも行きましょうか。
・ ・ ・
「……仇って、死んでないんだけど」
「……っーか、あれ完全にいろいろ勘違いしたままだろ」
「え、なにが」
「いや、だってあの様子……まぁ、いいけど」
「ま、なんでもいいけど。はぁ~……ったく、"弾幕ごっこごっこ"なんて、誰が流行らせたのかしらね」
「……まったく、だな」
◆◆◆
「……つまり、早苗は"弾幕ごっこごっこ"を知らない……と、いう事か」
寺子屋にいた慧音さんを訪ね、いろいろと話をした結果。
慧音さんの第一声は、それだった。
その口ぶり的に、その言葉は今かなり浸透しているのだと分かる。
「……慧音さん。教えてください。"弾幕ごっこごっこ"とが、なんなのですか!?」
私の問いに、慧音さんは答えてくれない。
私から視線を外し、遠くを見るだけです。
「……早苗。この件からは手を引け」
「ッ!!」
慧音さんの言葉に、思わず身が固くなる。
視線を外していた慧音さんは、今は私の瞳をジッと見つめている。
力強い視線で。
「……お前みたいなやつが、今回のことに首を突っ込んではダメだ」
「そんな……ッ! わ、私がやくぶ……力不足だって言うんですか!」
「違う! そうじゃない。そうじゃないが……」
慧音さんは何かを言い辛そうでした。
そんな、私だって。
私だって、外の世界にいた時にテレビとかネットとかで見たから役不足の誤用の事だって知ってるのに!
ちょっと言い間違えただけなのに……。
しばらく、無言の時が続きました。
慧音さんも私も、見つめあったままの時間。
まるで時が止まってしまったかのような感覚。
先にしびれを切らしたのは、慧音さんでした。
深いため息と共に、頭をポリポリとかくと手元の手帳になにかを書きだしました。
そして、それを破ると私へ渡してきます。
「……今、お前の探している神様がどこにいるかだ。後は、お前がどうするかだ」
「……私が、どうするか」
メモを受け取り、中を見る。
見やすい綺麗な字で書かれたそれは、なんだか先生の字、って感じでどこか懐かしかった。
慧音さんは、心底仕方なさそうな雰囲気を止める事なく、私に話しかける。
「だが、これだけは覚えていてほしい。お前がこの件をどこまで調べる気か知らないが……」
「……」
「……最終的に、誰も幸せにはならない。絶対にだ」
「……」
慧音さんの、力強い言葉。
思いとどまらせようと、必死な説得。
聞き分けのない子への、決死の説教。
それでも、私は。
「……ここで逃げ出すより、後悔することなんて、ありません」
「……」
私の言葉に、慧音さんは呆れたような顔をする。
いや、呆れた顔だ。
でも、それで納得はしてくれたみたいでした。
「……ありがとうございました慧音さん。それでは!」
「あぁ、行ってらっしゃい」
私は、駆け出す。
神奈子様を探すために。
神奈子様と喋るために。
でも、この時の私に語りかけることができるのなら。
もしも本当にタイムマシンなんかがあるとするのなら。
私は、絶対に戻って語りかける。
「慧音さんの言う通りにしておきなさい」と。
納得がしたいだけ。納得がすべてを優先する。
納得しないと、前に進むことはできない。
そんな、金歯のイタリア人みたいな主張なんかに今更同意することは無いんだと。
その先に待っていたのは、
ただただ、大きな、『後悔』だけなんだと。
でも、この時の私にはそんな事は分からない。
今はただ、ただ。
慧音さんとの会話がなにかの物語の主人公みたいで、かっこよくて。
徹夜明けのテンションだった私のテンションは、ただただ、ただただ、うなぎ上りしていたのだから。
・ ・ ・
「……慧音」
「おや、妹紅。いたのか」
「いやまぁ、いたけど。というかアイツの目の前にいたけど。え、なに、あいつ私が見えてなかった?」
「恐らく。まぁベットに寝てるし気づかなくてもしょうがないんじゃないか」
「……お前って、時々怖いよな」
「なにが」
「あんな何もしらない奴に、ひでぇ事言うよな。って事だよ」
「なにをバカな。早苗は、自らの意思で真相を追うと言ったんだぞ」
「そんな純粋無垢な少女に、お前は下劣なポルノを見せつけるかのように……」
「そんな下卑た精神なものか。半紙に墨汁をたらすように説教をしたつもりだぞ」
「……もう知るか」
「いいから、お前は寝ていろ。昨夜の輝夜との"弾幕ごっこごっこ"が響いているのだろ?」
「……あぁ、止めれなかった私を許してくれ、早苗」
◆◆◆
慧音さんの綺麗な字には、『九天の滝』と書かれていました。
灯台下暗し。
まさか妖怪の山にいたとは……
というか、なんで慧音さんは知ってたんでしょうか?
まぁ、それはどうでもいいですね。
それよりも、まずは―――
「なぜ諏訪子様をあんなにしたのか、説明してもらいますよ――――
神奈子様ッ!」
滝の前の小川の真ん中。
大きな大きな石の上で、神奈子様は座禅をしていた。
私の声にチラリと目を開けると、ニッコリと、ほほ笑んだ。
「おぉ、早苗じゃないか。どうしてたんだ今まで」
「うぐっ……そ、それは、まぁ、いろいろと」
「お前が倉庫の掃除にいってから姿が見えなかったから心配してたんだぞ?」
し、心配してたなら探してくださいよ!!
なんて、言わない。
だって言ってしまったら私がなんか寂しい人みたいじゃないですか。
神奈子様に弱みは握られたくないですし。
「い、いろいろあったんです! それよりも、私の質問に答えてください」
「ん? あぁ、諏訪子か? なんでって……"弾幕ごっこごっこ"の結果じゃないか」
"弾幕ごっこごっこ"。
やっぱり。
「……だからって、諏訪子様をあんなにする必要は……」
「うん? おかしな事を言うな早苗。お互い同意のうえだ。問題ないだろ?」
悪びれた様子も無く。
いつもの調子で。
いつもの様子で。
「それとも―――早苗は、諏訪子の代わりに私と"弾幕ごっこごっこ"をしようって、言うのか?」
ゆらりと、神奈子様は立ち上がった。
あれは、いつもの神奈子様じゃない。
天を創造し、独立不撓の八坂の神。風を喚ぶ神大いに示し柱。
八坂、神奈子だ。
思わず半歩下がっている事に気づく。
気おされている。
当然か。
自分が祀りし神と対峙しているのだ。
でも、対峙しなくてはいけないんだ。
退治しなくてはいけないんだ。
諏訪子様のためにも、
神奈子様のためにも。
御幣の先を、神奈子様へと向ける。
「分かりました。諏訪子様のためにも、そして、神奈子様のためにも。私は神奈子様に"弾幕ごっこごっこ"を挑みます」
私の言葉に、神奈子様はほほ笑んだ。
あんなほほ笑み方をする神奈子様を―――私は、知らない。
「……正直ね、"これ"は誰よりも早苗とやりたかったんだ。諏訪子もいいけど……私は、早苗が大好きだからね」
「え、だ、だいす……」
いやえちょ急にそんなこくは……こ、告白されても私ちょっと困っちゃうんですけどもいえでもそもそも私と神奈子様は身分も違うしそもそも神奈子様は私にとって
親代わりというかいえまぁ血は繋がってませんけどもというかそもそも私なんか下の下の人間なんかが神奈子様みたいな神様と結ばれるなんてそんないくらなんでも
いやでも割と神話ってそういう事多い気がしますしそれならOKって事でしょうかっていうか、いえ私が神奈子様を嫌っているからこんなに必死になってるわけでは
なくてむしろなんといいますか私だってそりゃあす、す、すす、好きですけどもいやこれは家族愛的な意味でしてそんなまさか恋愛感情的な意味で好きになるなんて
恐れ多いといいますかいえでもまぁ神奈子様がそこまで言うなら私だって覚悟を決めますけどもいやでもそうなると諏訪子様に叱られちゃいませんかね私というか
私諏訪子様にボコボコにされちゃうんじゃないですかねうわそれ怖いんですけどいくらなんでもいえでも!!!
目の前に迫ってきた御柱を、御幣を振るうことで薙ぎ払う。
大きな音と共に小川に着水した御柱を横目に、神奈子様との距離を開ける。
……ふっ。
精神攻撃をしてくるとは、神奈子様もやりますね。
あやうく罠にひっかかる所でしたよ。
「おや。トリップしてたからいけると思ったんだけどね……さすがは、私の早苗」
「うぐっ」
私の。とか枕詞つけないでください。
すごく心臓に悪いです。
でもどうやら神奈子様は満足しているようで、ふわりと宙へと浮かぶ。
「それじゃあ、楽しい楽しい、神遊びの始まりね」
深呼吸をする。
どんな形であれ、私は自ら祀る神に牙をむけるんです。
守矢の風祝として大問題ですが……
そんな常識に、囚われていてはいけませんよね!!
「東風谷早苗。御して参ります!!」
・ ・ ・
――― 先日、幻想郷で一つの言葉が生まれた。
――― それを、"弾幕ごっこごっこ"と呼んだ。
それはまるで雨のように。
そしてそれはまるで滝のように。
そしてそれはまるで、奇跡のように。
神奈子様の弾幕は私を取り巻く。
そのどれもが私の身をカスっていき、グレイズグレイズ得点おいしい。
とかじゃなくて。
とにかく、私の身を徐々に削っていきます。
衣服を削り、
精神を削り、
私を削り。
でも、私もやられてばかりというわけではありません。
確かにこの身に宿りし秘術は、奇術は、奇跡は、神奈子様からの贈り物。
そんな贈り物を贈り主に放つなんて、罰当たりもいいところですね。
でも今はそんな事気にしていられません。
実は、
いやまぁ、
分かってたことでしたが、
今、
割と、
けっこう、
ピンチといいますか、
ぶっちゃけ、生命の危機な気がしてきました。
私の近くを飛ぶその弾幕に手加減はなく、神奈子様の本気具合がうかがえます。
「ほらほら、どうしたの早苗? 撃ってこないと勝てないよ!?」
くっ……撃つ暇なんて与えてくれないじゃないですか!!
――― 誰が呼び出したかは定かではない。
――― 誰が作り出したかは定かではない。
――― しかし、その"ごっこごっこ"は瞬く間に幻想郷に広がっていった。
何分たっただろう。
いや、何十分か。
もしかしたらまだ数秒かもしれない。
これ、言ってみたかったセリフです。
ちなみに、日の落ち方を見るにおそらくまだ10分も経ってないです。
それなのに、私はすっかり衣服もボロボロでヘトヘトです。
神奈子様はピンピンです。
……でも、おかしい。
確かに衣服はボロボロですが、体にダメージがあるかと言えば、そうでもなく。
神奈子様が手加減をしてくれているのか。とはじめは思いましたが、あの気迫はあの迫力は本気。
だったら、なぜ……?
なんで、神奈子様はあんなに満足そうにしているんでしょう。
私はヘロヘロな体で、そう言えば一番聞きたかったことがある事を思い出し、それを口にしました。
「くっ……神奈子様!! 今更ですが、結局"弾幕ごっこごっこ"ってなんなんですか!!?」
私の問いに、神奈子様はきょとんとした。
そして、ちょっとした後で、え、まじでぇ? って顔になった。
え?
「え、うっそ……え、本気で聞いてる?」
「だから、私最近その、いろいろ、いろいろあっていなかったじゃないですか! だから知らないんですよ」
私の言葉に、神奈子様はさっきまでの本気オーラはどこへやら。
頭を抱えてうなりだした。
あえて言うならば……罪悪感との葛藤?
――― 力ある妖怪達はこぞって知り合いに勝負をもちかける。
――― "弾幕ごっこごっこ"をしよう、と。
――― それはいつどんな時でも行われる"行為"だが、深夜に行われることが多い。
――― そう。まるで恋人との"情事"のごとく。
頭を抱えて数分。
神奈子様は意を決したように顔を上げた。
私はすっかり元気にはなっていますが、とりあえずスカスカの衣服が逆に邪魔です。そして寒いです。
「……知らなかったとは知らなかった。でも今更それをどうこう言うつもりはない」
「そうですね……私もちゃんと確認とってなかったのが悪かったんですし」
「そう。そうだよ。早苗が悪いよね、うん」
あ、私になすりつけた。
「というわけで、今から私がちゃんと説明しても、早苗にこの勝負を止める権利はないことを、心得てほしい」
――― そんな"弾幕ごっこごっこ"だが、
「分かっています。私だって覚悟はできていますよ」
――― この度、我が『文々。新聞』はその"弾幕ごっこごっこ"の創始者とのインタビューに成功した。
そうだ。
どんな事実だろうと私は全力で神奈子様にぶつかる。
それだけだ。
神奈子様は、ちょっとだけ言い辛そうに、口を開けた。
――― 創始者の関しては、あえて伏せさせてもらう。以下その人物を"MS"としておく。
――― 記者「この度、幻想郷に広まっている"弾幕ごっこごっこ"はあなたが作り出したもの。ということでよろしいですね?」
――― MK「あぁ、そうだぜ」
「"弾幕ごっこごっこ"とは―――」
「……ごくり」
「弾幕ごっこをしながら、相手の衣服をはぎ取る……いわば、『脱衣弾幕ごっこ』、だ」
「………………」
「…………」
「……」
「……え?」
――― 記者「なぜ、このような"遊び"を考え付いたのですか?」
――― MS「はじめは、まぁRMと普通に弾幕ごっこをしていたんだけどな。飽きてきちゃってたんだよ」
――― 記者「飽きた。ルール化されているとはいえ勝負である弾幕ごっこをですか?」
――― MS「言い方が悪かったか。詰まらなかったからより楽しい方法を考えてたんだ」
――― 記者「……より、悪い言い方になってますが」
――― MS「お、そうか? まぁどうでもいい。とにかく、弾幕ごっこ中に私は考えたんだよ、新しい勝負を」
――― 記者「それが……」
――― MS「そう。弾幕ごっこをやっていると見せかけて、ただただ相手の衣服をはぎ取るだけの遊び……」
――― MS「"『弾幕ごっこ』ごっこ"だ!!!」
私の全力の弾幕も、神奈子様にとってはただの戯れに過ぎないようで。
かすることもなく全てを避けていく。
バカだった。
私が、バカだったんだ。
半泣きになりながらも、私は一心不乱に御幣を振り回す。
もはやプライドもへったくれもない。
必死なんだ。
そう、必死で決死なんだ。
じゃないと、
手を止めてしまうと、
神奈子様が、
じょじょに、
じょじょに、
近くに!!!
「やっぱり、まだまだだね早苗。もっと修行をしなさいな」
「うぇえ……」
ガシリ!!!と。
力強く両腕を掴まれた。
右手は神奈子様に掴まれて。
左手は、神奈子様の説明を聞いた後に急に芽生えた羞恥心のせいで、もはや衣服の意味をなしていない衣服をもうしわけ程度に隠している。
露骨に下着まで見えてしまっているのが、今となってはただただ恥ずかしい。
そしてなにより、そんな自分の姿と、今となっては目と鼻の先の神奈子様の事を思うと、顔に熱が昇ってきてしまう。
「おや、どうしたのかな、早苗。顔は真っ赤だよ?」
「うっ、あ、の……か、神奈子様……?」
下着を隠している左手も掴まれ、いつのまにか私は神奈子様が座っていた石を背に、両腕を抑えられていた。
目の前には、満面の笑みの神奈子様。
「どうしたの、早苗?」
その声はとても優しくて。
でも今はむしろその優しさが怖くて。
泣いていいのかどうしていいのか。
なんだか私にはもう分からなくなってきちゃいました。
「わ、私の負けです! 私の負けでいいので、離してください!!」
「……早苗は、私の事が嫌いかい?」
急に真面目な声を出すので、ドキッとしてしまう。
必死に叫んだ私の前で、神奈子様は真剣な顔をしている。
鼓動が早くなる。
「そ、そんな……嫌いなんかじゃ、ない……です」
「そう、それはよかった」
「す、諏訪子様も大切ですし、神奈子様だって大好きです」
わざと、そう言っていた。
神奈子様もそれが分かっているようで、両腕をつかむ力が強まる。
無言の威圧。
こ、怖いですよ神奈子様。
「……諏訪子も?」
「……は、はい」
「……諏訪子よりも?」
「うっ……」
怖いです。超怖いです神奈子様。
そして近いです。超近いです神奈子様。
すげぇ近いんですって。もう鼻ぶつかってませんか?
ぶつかってますよね?
もうなんだか、私わかんないですよ!?
「……ねぇ、早苗。私はさ、本当にお前に」
と。
なにやら意味深な言葉を続ける神奈子様をまえにして。
そこで、私の意識は途絶えてしまった。
羞恥心と、なんか他のいろんな感情がごちゃ混ぜになってしまって。
後から聞くと、目をグルグルさせながら気絶しちゃっていたらしい。
すごく、恥ずかしい。
「……ちょっと、攻めすぎたかな?」
気絶しちゃった私はそのまま神奈子様に倒れ掛かっちゃったようですが……なにもされていないか、心配です。
一応神奈子様は無抵抗の相手をどにかするほどバカじゃないとは言いましたが……
むしろ、娘同然であるはずの相手にどうにかするほどバカじゃないと言ってほしかったですが……
それにしても、結局は別になんの『異変』でも無かったようです。
いえまぁ、こんな"遊び"が流行っているっていうのも『異変』といえば『異変』なんですが……
……まぁ、どうせそのうち廃れちゃいますよね。
うん。そうだと信じたいです。
あー、それにしても。
こんなの考え付いた人の顔が見てみたいですね。
なんてことを、布団にくるまりながら思うのでした。
「あー、早苗ー。今日の新聞におもしろい事書いてあるぞー」
――― 記者「今回は貴重な話をありがとうございました」
――― MS「いやいや、こっちこそ」
――― 記者「あ、そういえば。これを最後に聞いておきたかったのですが」
――― MS「お、なんだなんだ?」
――― 記者「いえ、"弾幕ごっこごっこ"で勝敗がついた後にですね。相手はまぁほぼ半裸なわけですが……そこをですね?」
――― MS「おいおい、変な勘繰りはやめろ。"弾幕ごっこごっこ"は淑女の遊びだぜ? そんな下劣な思考じゃ困るぜ」
――― 記者「そうですよね。確かに勝敗後は双方共に衣服が乱れていますが、そういう遊びなんですもんね」
――― MS「そうだぜ、まったく。おっと、こんな時間か。それじゃあ私は今日もRMと約束があるから、これで」
――― そういうと、創始者MSは去って行った。
――― これをご覧のみなさんも、肝に銘じてほしい。
――― "弾幕ごっこごっこ"は、淑女のための遊び、なのだと
なんだか誰か同人ゲーで作りそうですね弾幕ごっこごっこ。
面白くはありますが、フリに対してオチがちょっと弱いというか、安直なのが惜しまれます