「んん、もう朝か」
サーッとカーテンを開け、日の光を室内に取り込む。
本当は寝起きにこの日光を浴びるのが気持ちよいのだけど、ついつい作業に没頭して朝を迎えてしまった。
でもそのおかげもあって、無事次回の劇に使う人形の剣士風衣装が完成した。
早速服を人形に着せ、剣を持たせて出来栄えを確認する。
ほっと一息ついたところで、ティータイムにすることにした。
「あ、そうそう」
目に入った日めくりカレンダーが昨日の日付のままだ。
朝まで作業をするとめくるのを忘れがちになってしまう。
「今日から4月ね、ん……そういえば」
大きな1という数字が見えたところで手を止める。
4月1日といえばエイプリルフールだ。
この日は嘘をついてもいい日。
なんて馬鹿馬鹿しい風習だと思うが、こんな絶好の嘘つき日和に彼女が黙っているわけがない。
「これはこのままにしておきましょう」
めくっていた手を離し、またカレンダーは31を示すこととなった。
……
…………
………………
「おーい、アリスー」
ノックの音と共に聞こえてきたのは今日間違いなく来るだろうと思っていたその人物。人間だけど魔法使いな霧雨魔理沙。
声を聞いただけですぐわかるのは、彼女は週に3回か4回は来て雑談などをしていく程度に付き合いをしているからだ。
そんなに頻繁に会って何を話すのかといえば、内容そのものはなんでもない話なんだけど。
この前は『パチュリーは書斎机に未読本を何冊縦に積み上げるか』について議論した。
後から考えてみると、何冊でもいいよそんなのという話なんだけど、魔理沙はそれを真面目に『絶対30冊は積んでるだろ』と言うものだから私もつい『20冊くらいが限界でしょ、それ以上は崩れるわ』と返してしまう。
魔理沙は負けず嫌いだからすぐには引いてくれないから白熱してしまうのだ。
まぁ私もそれが楽しかったりするのだけど。
確か魔理沙が今度見てくると言って話は終わったのだったか。
後に50冊積み上げてたという報告を受けたけど、それは結局本当のことかはわからなかった。
でもそれでいい。だって真偽はどっちでもいい話なんだから。
しかし、今日は気をつけないといけない。
イベント毎が大好きな彼女は、きっとどこかで嘘をついて四月馬鹿だと私をからかおうとするだろうから。
「今日は何の用?」
魔理沙をリビングに案内して問いかける。
ここで『エイプリルフールだから嘘を付きに来た』なんて言うわけがないので聞いても意味はない。
ただの挨拶みたいなもの――
「え、えっとだな……」
――だったんだけど、意外と効果があったのかなんだか魔理沙がそわそわしている。
別に用がないからといって追い返したりはしないし、魔理沙だって普段なら用はない時はハッキリそう言う。
用はあるけど伝えられないような内容ということか。
もともと魔理沙は嘘を付く時は目が泳いだりするし、得意な方とは言えない(本人は得意だと豪語してた)けど、こんなにわかりやすくこれから嘘を付くという態度になるのは珍しい。
今までにもなかったと思う。
でも私はそれを指摘しない。魔理沙はやろうと意気込んでいることをやる前に止められるのが好きじゃない人だから。
「とりあえず、座ったら?」
いつもなら勝手にソファーやイスに座って寛ぎはじめるのに立ったままだし、この様子だと嘘をついても妖精すら騙せないのではないだろうか。
「あ、ああ……」
座ることを促しても返事をするだけで結局、魔理沙は座らなかった。
こんなことは初めてでちょっとびっくり。
エイプリルフールだから嘘を付くのに気合を入れてるのかしら?
かえって逆効果になってるけど。
私はからかわれるのは好きじゃないけどこの様子なら嘘に引っかかってあげた方がいいかもしれない。
なんにせよ立ったままは落ち着かないので、お茶を出すことにする。
さすがにお茶が出れば座るだろう。
「あ、アリス。それ……」
キッチンへ行こうとしたところを呼び止められる。
魔理沙が指差すのは3月31日を示しているカレンダー。
「あら? ありがとう」
本当は嘘をつかれた時にちょっとした返しをしようとそのままにしておいたのだけど、落ち着かない様子の割にはよく見てるわね。
つまり魔理沙にとってそれだけ日付が重要だってこと。
わざわざ言及するって事はそろそろ動き始めるわね。
気を引き締めつつ31と書かれた紙を破る。
「アリス! 聞いてくれ」
「うん?」
突然大きな声で呼ばれるからびっくりしてしまう。
なんか妙に真面目な顔だし、そんなに真剣に見られると恥ずかしい。
まさかもう?
恥ずかしさに耐え切れず目を逸らしながら考える。
明らかにさっきまでと様子が違う。秒読み段階に入ってるとしか思えない。
スピードを売りにしてるのはわかるけどもう少し落ち着いてからにした方がいいと思うのに。
さて、一体どんな嘘が飛び出すやら。
「わ、私はおま、おまえのことが、す…………好きだ! せ、世界で一番!」
……そう来たか。
まぁ、確かに人をからかうには上質な嘘かもね。
しかし、残念だったわね。
エイプリルフールだと知っている私はこんな嘘には騙されない。
「あ、あの」
「……なんでそんな嘘つくの」
数分前までは引っかかってあげようと思っていたけど、これに引っかかることはできない。
だって私は魔理沙のことを本当に好きだから。
数年前に出会ってから今日まで有意義な話もそうでない話もいっぱいしてきた。
それが楽しいと思ったり目が合うと恥ずかしくなってしまったりする程度に私は魔理沙の事が好きだった。
だからこの気持ちを嘘や冗談なんかで吐き出すことは出来ない。
恋の魔法使いだと名乗っているくらいなんだから魔理沙もそうじゃなかったのか。
魔理沙の恋に対する姿勢も結局はこんなからかいに使う程度ってことか。
「う、嘘じゃ……」
怒りが湧いてくる。
嘘だと看破されているのに突き通そうとする負けず嫌いなところにではない。
この気持ちを弄ぶような嘘をついた事に。
いくらエイプリルフールだからと言ってもついていい嘘とそうじゃない嘘がある。
「嘘じゃないってならなんで今日なのよ! 信じられない、もう帰って」
「な、なんで」
「帰ってって言ってるの!」
手近にあった人形達を呼び寄せ魔理沙の前に展開する。
これで帰ってくれなければ強引にでも……と考えていたが、魔理沙は特に反撃をする素振りを見せなかった。
私はもっと何か言ってやりたい気持ちもあったけど、ぐっとこらえて魔理沙を追い出す。
最後に「あ、」と何か言いたそうな顔をしていたが、知ったことか。
玄関をバタン!!と強く閉める。
「はぁ、はぁ……」
こんな嘘をついて何が恋の魔法使いだ。あんなのは偽の魔法使いだ。
部屋に戻り、窓から外を見ると魔理沙が歩いているのが見えた。
空も飛ばずに帰るその姿はまるで偽魔法使いであると語ってるようだった。
……
「はぁ……」
先ほどのやり取りが脳内で繰り返される。
「なんでああしちゃったんだろう」
怒りが湧いたのは事実だったけどもう少し冷静になるべきだった、私らしくもない。
それこそエイプリルフールなんだから『私も好きよ』くらい言えば良かったのだ。
納得は出来ないけど、そういうノリの良さというのが必要だったし魔理沙もそういう人が好きだと思う。
そんなことも出来ないから好かれないんだ。
もしこれで魔理沙が私のこと絡みにくいと思って、もう話しかけてもくれなくなったらどうしよう。
ああ、やっぱり私は魔理沙のことが好きなんだ。
嘘で言うくらいだし魔理沙は私のことをなんとも思ってないみたいだけど、それでも。
「誰かしら」
ドアがノックされている。
あれから10分も経っていないから魔理沙ではないだろう。
すると、人間でも迷い込んできたか。
今はそんな気分じゃないんだけどと思いつつも見捨てて何かあったら後味が悪い。
「あ、よかった、居たか」
と言うのは迷い込んできた人間ではなくさっき帰した人間。
心なしかさっきより目が赤いような気はするけど何かあったのかしら。
「居るわよ。帰ってと言ったはずだけど」
確かにもう来ないんじゃないかと心配はしたけど、それが馬鹿らしくなるほど時間が経っていない。
魔理沙はこの数分の間に何かあったのかもしれないけど私には何もなかったわけで、さっきの事をまるで何もなかったかのように振舞われては正直いい気分はしなかった。
いけないと思うもイライラが募るのが止められない。
「え? 探してたんじゃないのか?」
「なにを?」
「私を」
「そんなわけないじゃない」
「あれ、チルノがそう言ってたんだが」
懲りずにまた嘘をつこうとしているのかと一瞬思ったけど、それにしては話が見えなすぎる。
どうしてチルノが出て来るんだか。
彼女には今日どころかここ数週間会ってもいないけど。
……ああ、そういうこと。
「あなた自分で人に嘘ついておいて、チルノに騙されたってわけ? とんだエイプリルフールもあったものね」
あの状況からどうして私が魔理沙を探すことになるのか。
妖精のことをバカに出来ないレベルのバカなんじゃないだろうか。
「ん、なんだそのエイプリなんとかって」
「はぁ? 呆れた。あなたエイプリルフールも知らないの?」
「む、悪かったな。知らなくて」
むすーっとした魔理沙に対して私は教えてあげることにする。
「エイプリルフールってのは嘘をついて人をからかう日のことよ。あなたも人に嘘付く前に行事の内容くらい知っておきなさい……」
……あれ?
なんか変だ。
重要なことを見落としてる気がする。
「なるほどな」
魔理沙はエイプリルフールを知らない?
ということはどうなる?
「嘘ってそういうことか」
嘘をつく理由が……
「ああっ!! ウ、ウソっ! いや、ホント!?」
さ、さっきのはつまりそういうこと?
待て待て、知らないって事も嘘かもしれない。
そもそもエイプリルフールとか関係なしに嘘かも?
True or False?
ええい落ち着け私。
「なんだかよくわからないが、そういう日だってことはわかった。帰る」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ」
「さっきの話にウソは?」
「……ノーコメントだぜ」
そう言って魔理沙は飛行を始める。
このまま行かせてはダメだ。
さっきのが本当だとしたら……伝えなきゃ。
「私もあなたの……!」
しかし私が言うのを待たずに魔理沙は飛び去ってしまう。
ダメだ、届いていない。
魔理沙の本気のスピードは声をも置き去りにする。
私も飛んだけれど追いつけるわけもなく瞬く間に見失ってしまった。
……
…………
………………
「魔理沙さんですか? 最近見てないですよ」
神社の境内で掃き掃除をしていた早苗に聞いてみるが情報は得られず。
よく異変を一緒に解決してるらしいし、魔理沙の飛んで行った方角からもこの神社だと思ったのだが外れだったようだ。
「アリスさんが魔理沙さんを探すなんて珍しいです。何かあったんですか?」
「べ、別に、何もないわよ」
本当は何もないわけないのだがお茶を濁して守矢神社を後にする。
「珍しい、か」
言われてみれば、いつも魔理沙が家に来るばかりで私から探すということはなかった。
というのも魔理沙は普段から出かけていて掴まらないからだ。
今回も簡単には見つからないと思う。
だからといって待っているだけじゃダメなんだ。
このまま明日を迎えたらきっとうやむやになってしまう。
「あれは……」
山を下っているとにとりの姿が見えたので聞いてみる。
「魔理沙ならさっき来たよ」
「さっきっていつ?」
「本当さっきだよ」
ということは魔理沙はまずここに来たということだ。
そういえば魔理沙は機械関係にも興味があってにとりと話すこともあると言っていた。
神社に行ったのは判断ミスだった。
「どこにいったかわかる?」
「さぁ、でもあれは探しても見つからな……や、なんでもない」
「どういうこと?」
「なんでもない」
どうしてにとりに見つからないなどといわれなければならないのか。
追求してももなんでもないの一点張りでこれ以上の情報は得られなかった。
「ここには来てないわね」
守矢とは違うもう一つの神社。
その境内の掃除をしていた霊夢に聞いてみたがここでも情報なし。
魔理沙の一番行きそうな場所だと思っていたのだけど。
それにしても早苗といい霊夢といい、巫女というのは掃除しか仕事がないのか。
「なにあんたら、また何かあったの?」
「またって……」
「まぁなんでもいいけど、意外と近くにいるかもね」
そのセリフにはっとして後ろを振り向いてみるが……
「いないじゃない」
「勘だし」
「ああ、そう……」
博麗神社にはいなかったがまだまだ探す場所候補はたくさんある。
しかし、人里、竹林、冥界……これらの場所にも魔理沙はいなかった。
……
…………
………………
「なんでレミリアも門番してるのよ」
「良い運命を引き寄せるには行動する必要があるってことさ」
すっかり日が落ちて、紅というよりは黒という表現が似合う館を尋ねたら珍しい光景があった。
門番が増えていた、しかもこの館の主。
レミリアが門番をすることで一体どんな良い運命を引き寄せるのか気になったけれど、私にとって良い運命とは限らない。
むしろ門番が二人になったことで魔理沙が来ていたとしても入れる確率はぐっと下がっている。
良い運命などではないだろう。
「ここに魔理沙こなかった?」
「そういえば、見かけてないわね」
望み薄ではあるが、少しの情報でも欲しいので聞いてみると本来の門番が応えてくれた。
「昼寝でもしてたんじゃないの?」
「失礼ね、お嬢様が一緒なのに寝るわけないじゃない」
どうやら昼から二人で門番してるらしい。
運命が視えるといっても何時起こるかはわからないということか。
意外と便利なものでもないらしい。
「それに、寝ていても魔理沙なら気でわかるわよ……あれ?」
「うん?」
「めーりんの気のせいだろう」
「なにか隠してる?」
「隠してなどいないさ。隠されるようなことをしたのかい?」
「……ありがとう、もし見かけたら教えてちょうだい」
「……はぁ」
正直痛いところをつかれてしまった。
私はこの聞き込みで屋敷の中にまで入って調べるということはしていない、というより出来ない。
レミリアの言う通り隠されるような事――誰かが匿っているような事――があれば見つからない。
これだけ探しても見つからないということはその可能性も高い。
それに魔理沙だって一箇所に留まっているとは限らない、一度行った場所にいる可能性だってある。
にとりも言っていた。
探しても見つからないって。
それはつまり魔理沙が私から本気で隠れてるってことだ。
これでは見つかるはずがない。
「あ、アリスだ」
「ん? あら、チルノじゃない」
もう、打つ手はないかもしれないと思っていたところに数週間ぶりに見る顔に会った。
氷精は相変わらず元気に寒そうだった。
彼女も魔理沙の遊び相手の一人だから聞いてみる価値はある。
「魔理沙みなかった?」
「魔理沙? そ、そうだ。魔理沙がアリス探してたぞ」
「本当!?」
「あたいウソなんてつかないもん」
「はいはい、わかったから」
なんでそこでつっかかってくるのか。
こういうところが妖精なのかもしれない。
「それで、どこにいるかわかる?」
「家で待ってるって」
家にいるとは盲点だった。
霊夢が言ってた意外と近くにいるかもしれないとはそういうことだったんだ。
博麗の巫女の勘はやはり鋭い。
私はチルノにありがとうとお礼を言い、すぐに魔法の森の彼女の家に向かった。
……
…………
「魔理沙?」
ドアをノックしても出てくる気配がない。
それもそのはずで魔理沙の家は明かりもついていなかった。
この森の暗さは人間が生活するには暗すぎる。
私を探してたんじゃなかったの……?
『そんなわけないじゃない』
『あれ、チルノがそう言ってたんだが』
……あ、そういうことか。
とんだエイプリルフールもあったものだ。
これでは他人のことを馬鹿に出来ない。むしろ今日がその日だと知っている分余計に悪い。
そう、私は馬鹿なんだ。
エイプリルフールだからと魔理沙が嘘をつくと決め付けて。
去年も一昨年も今までエイプリルフールがどうこう言われたことなんてなかったのに、本当馬鹿だ。
「最低だ私」
最初から嘘を付くと決め付けていた私が完全に悪かった。
別にエイプリルフールだからといっても全部が全部嘘じゃない。
もっと魔理沙をよく見るべきだったんだ。
そう、私は魔理沙を見てなかった。
目を逸らしてしまっていた。
そもそも目を逸らしてしまった理由はなんだ?
まっすぐに私を見ていたからだ。
魔理沙はそんなまっすぐに相手を見て嘘なんてつかない。
その前の行動もそうだ。
魔理沙が嘘をつくときにあんなにそわそわしたことがあった?
そんなこと一度もなかったはずだ。
何が『魔理沙は嘘をつくのが得意な方ではない』だ。
全然見破れていないではないか。
あまつさえ魔理沙の気持ちを嘘だなんて言って。
気持ちを弄んでいたのは私の方だった。
「せめて謝りたいよ……魔理沙」
会って謝ってやり直したい。
「あ、やべっ」
背後の茂みからガサガサという音と共に声が聞こえる。
私はこの声を知っている。聞いただけで誰かわかる。
「――魔理沙?」
後ろを振り向くとずっと探していた人物がそこにいた。
身体のところどころが半透明で不思議な状態。
魔法の森の瘴気が生み出した幻なのかもしれないと思うほどだ。
「あーあ、こりゃもうダメだ。にとりに怒られる」
そう言うと魔理沙の姿が完全に見える状態になる。
あれは姿を消す……道具?
色々聞きたいことはあった。
でも今するべきなのは質問じゃない。
「あの、魔理沙」
「待ってくれアリス。今は何も言わないでくれ」
「今はって……」
「頼む」
まだ謝ってもいないし、気持ちを伝えてもいないのに。
けれど有無を言わさずといった表情で言われては従うしかなかった。
「外にいるのもなんだし、私の家に……いや、私のは日じゃないし……アリスの家にしよう」
魔理沙の家はすぐそこなのに。
何をどう考えているのかわからないけれど、一緒にいれればいい。
一緒にいれば謝る機会だって巡ってくるはずだから。
そして約半日ぶりに家に戻って来た。
魔理沙も私も声を発しない。
……
…………
音もなく時間だけが過ぎていった。
魔理沙は本を読み、私はそれをただ眺めるだけ。
とても何かする気にはなれなかった。
もうすぐ0時になる。
『今は何も言わないでくれ』と言われたが一体いつまでなんだろうか。
このまま黙って待つだけでいいのか。
『良い運命を引き寄せるには行動する必要があるってことさ』
そうだ、0時……0時まで何もなかったら私から言おう。
謝って、そして気持ちを伝えるんだ。
そう決めたのに、それまで黙っていた魔理沙が本を置いておもむろに立ち上がる。
まさか、帰ってしまうの?
あと少し、あと1分でいい、待って欲しい。
その願いが通じたのか、魔理沙の足は玄関の方に向かわなかった。
魔理沙は何も言わず足を止める。
私も何も言わない。
ふと魔理沙のすぐ近くにあるカレンダーが目に入る。
4月1日、本当に今日は大馬鹿な日だった。
しかし、そんな日もあと10秒で終わる。
そしてあと10秒後に私は言うんだ!
5……4……3……
2……1……
0!
「魔理沙」「アリス」
「「あっ」」
「アリスの方から……」
「魔理沙が先で、いいわよ」
ここで押し切って言ってしまえばいいのに、決意したのに、弱い。
「それじゃあ」
魔理沙もこれから何か重要なことを言うつもりだ。
もしかしたら目を背けたくなるようなことを言われるかもしれない。
けれど目は逸らさない。
ここで逃げたらもう顔を合わせる資格なんてないから。
「まずはごめん。私、エイプリルフールのこと知らなくてさ」
「いいえ、謝るのは私の方。ごめんなさい、本当に」
「なんでアリスが謝るんだよ」
「私が悪いから」
「アリスは悪くない」
「いいえ!」
謝る時でも引いてくれない、魔理沙はいつもこうだ。
本当負けず嫌い。
「相変わらずだな……でも私が言いたいのはそれだけじゃないんだ。聞いてくれ」
魔理沙はカレンダーに手を伸ばして続ける。
「私は……私はアリスの事が世界で一番好きだ!」
そして勢いよくカレンダーが破かれる――
「あっ」
――はずだったが、魔理沙の気持ちの重さに耐えられなかったのか、カレンダーが壁から外れて落ちてしまう。
裏返しになってしまいどうなったのか見ることは出来ないが魔理沙の手には何もない。
恐らくカレンダーは破れていない。
「そ、そんな。なんのために待ったと思って。これじゃまた」
魔理沙がなぜか慌てている。
4月1日を示すカレンダー。私のことを好きだというそのセリフ。
昼間と全く同じ状況が巡ってきた。
その言葉は真実か嘘か? 前回は真実という選択肢を最初から捨てていた。
でも今は違う。
もう間違えない。
その言葉は真実か嘘か? 迷う必要もない。私は嘘という選択肢を投げ捨てる!
「魔理沙」
「あ、あの、カレンダーは1日だけどだな、エイプリルフールは……」
そういうことだったのね、今わかった。
魔理沙がノーコメントだと言ったのも、私から隠れたのも、何も言わないでくれと言った理由も全部。
まだエイプリルフールを気にしていたんだ。
「大丈夫」
魔理沙は何も心配する必要はない。
気持ちは受け取った。大丈夫。
聞いてから言うなんてちょっとずるいけど許してね。
すぅと一回深呼吸して魔理沙に負けない気持ちで言う。
「私も、あなたの事が世界中の誰よりも大好き!」
部屋にあった剣士人形を操作し、床のカレンダーを叩き切る。
もう4月1日とかそうじゃないとか関係ない。
「エイプリルフール、終わったんだよな」
真っ二つになったカレンダーを見て魔理沙は言う。
「エイプリルフールは終わったけど、私達はこれから始まるのよ」
「ははっ、それもそうだな」
昨日は見られなかったその表情。
やっぱり魔理沙は笑顔が一番だ。
「好きだぜ」
「私も」
魔理沙は私を抱き寄せる。
私もそれに身体を預けた。
サーッとカーテンを開け、日の光を室内に取り込む。
本当は寝起きにこの日光を浴びるのが気持ちよいのだけど、ついつい作業に没頭して朝を迎えてしまった。
でもそのおかげもあって、無事次回の劇に使う人形の剣士風衣装が完成した。
早速服を人形に着せ、剣を持たせて出来栄えを確認する。
ほっと一息ついたところで、ティータイムにすることにした。
「あ、そうそう」
目に入った日めくりカレンダーが昨日の日付のままだ。
朝まで作業をするとめくるのを忘れがちになってしまう。
「今日から4月ね、ん……そういえば」
大きな1という数字が見えたところで手を止める。
4月1日といえばエイプリルフールだ。
この日は嘘をついてもいい日。
なんて馬鹿馬鹿しい風習だと思うが、こんな絶好の嘘つき日和に彼女が黙っているわけがない。
「これはこのままにしておきましょう」
めくっていた手を離し、またカレンダーは31を示すこととなった。
……
…………
………………
「おーい、アリスー」
ノックの音と共に聞こえてきたのは今日間違いなく来るだろうと思っていたその人物。人間だけど魔法使いな霧雨魔理沙。
声を聞いただけですぐわかるのは、彼女は週に3回か4回は来て雑談などをしていく程度に付き合いをしているからだ。
そんなに頻繁に会って何を話すのかといえば、内容そのものはなんでもない話なんだけど。
この前は『パチュリーは書斎机に未読本を何冊縦に積み上げるか』について議論した。
後から考えてみると、何冊でもいいよそんなのという話なんだけど、魔理沙はそれを真面目に『絶対30冊は積んでるだろ』と言うものだから私もつい『20冊くらいが限界でしょ、それ以上は崩れるわ』と返してしまう。
魔理沙は負けず嫌いだからすぐには引いてくれないから白熱してしまうのだ。
まぁ私もそれが楽しかったりするのだけど。
確か魔理沙が今度見てくると言って話は終わったのだったか。
後に50冊積み上げてたという報告を受けたけど、それは結局本当のことかはわからなかった。
でもそれでいい。だって真偽はどっちでもいい話なんだから。
しかし、今日は気をつけないといけない。
イベント毎が大好きな彼女は、きっとどこかで嘘をついて四月馬鹿だと私をからかおうとするだろうから。
「今日は何の用?」
魔理沙をリビングに案内して問いかける。
ここで『エイプリルフールだから嘘を付きに来た』なんて言うわけがないので聞いても意味はない。
ただの挨拶みたいなもの――
「え、えっとだな……」
――だったんだけど、意外と効果があったのかなんだか魔理沙がそわそわしている。
別に用がないからといって追い返したりはしないし、魔理沙だって普段なら用はない時はハッキリそう言う。
用はあるけど伝えられないような内容ということか。
もともと魔理沙は嘘を付く時は目が泳いだりするし、得意な方とは言えない(本人は得意だと豪語してた)けど、こんなにわかりやすくこれから嘘を付くという態度になるのは珍しい。
今までにもなかったと思う。
でも私はそれを指摘しない。魔理沙はやろうと意気込んでいることをやる前に止められるのが好きじゃない人だから。
「とりあえず、座ったら?」
いつもなら勝手にソファーやイスに座って寛ぎはじめるのに立ったままだし、この様子だと嘘をついても妖精すら騙せないのではないだろうか。
「あ、ああ……」
座ることを促しても返事をするだけで結局、魔理沙は座らなかった。
こんなことは初めてでちょっとびっくり。
エイプリルフールだから嘘を付くのに気合を入れてるのかしら?
かえって逆効果になってるけど。
私はからかわれるのは好きじゃないけどこの様子なら嘘に引っかかってあげた方がいいかもしれない。
なんにせよ立ったままは落ち着かないので、お茶を出すことにする。
さすがにお茶が出れば座るだろう。
「あ、アリス。それ……」
キッチンへ行こうとしたところを呼び止められる。
魔理沙が指差すのは3月31日を示しているカレンダー。
「あら? ありがとう」
本当は嘘をつかれた時にちょっとした返しをしようとそのままにしておいたのだけど、落ち着かない様子の割にはよく見てるわね。
つまり魔理沙にとってそれだけ日付が重要だってこと。
わざわざ言及するって事はそろそろ動き始めるわね。
気を引き締めつつ31と書かれた紙を破る。
「アリス! 聞いてくれ」
「うん?」
突然大きな声で呼ばれるからびっくりしてしまう。
なんか妙に真面目な顔だし、そんなに真剣に見られると恥ずかしい。
まさかもう?
恥ずかしさに耐え切れず目を逸らしながら考える。
明らかにさっきまでと様子が違う。秒読み段階に入ってるとしか思えない。
スピードを売りにしてるのはわかるけどもう少し落ち着いてからにした方がいいと思うのに。
さて、一体どんな嘘が飛び出すやら。
「わ、私はおま、おまえのことが、す…………好きだ! せ、世界で一番!」
……そう来たか。
まぁ、確かに人をからかうには上質な嘘かもね。
しかし、残念だったわね。
エイプリルフールだと知っている私はこんな嘘には騙されない。
「あ、あの」
「……なんでそんな嘘つくの」
数分前までは引っかかってあげようと思っていたけど、これに引っかかることはできない。
だって私は魔理沙のことを本当に好きだから。
数年前に出会ってから今日まで有意義な話もそうでない話もいっぱいしてきた。
それが楽しいと思ったり目が合うと恥ずかしくなってしまったりする程度に私は魔理沙の事が好きだった。
だからこの気持ちを嘘や冗談なんかで吐き出すことは出来ない。
恋の魔法使いだと名乗っているくらいなんだから魔理沙もそうじゃなかったのか。
魔理沙の恋に対する姿勢も結局はこんなからかいに使う程度ってことか。
「う、嘘じゃ……」
怒りが湧いてくる。
嘘だと看破されているのに突き通そうとする負けず嫌いなところにではない。
この気持ちを弄ぶような嘘をついた事に。
いくらエイプリルフールだからと言ってもついていい嘘とそうじゃない嘘がある。
「嘘じゃないってならなんで今日なのよ! 信じられない、もう帰って」
「な、なんで」
「帰ってって言ってるの!」
手近にあった人形達を呼び寄せ魔理沙の前に展開する。
これで帰ってくれなければ強引にでも……と考えていたが、魔理沙は特に反撃をする素振りを見せなかった。
私はもっと何か言ってやりたい気持ちもあったけど、ぐっとこらえて魔理沙を追い出す。
最後に「あ、」と何か言いたそうな顔をしていたが、知ったことか。
玄関をバタン!!と強く閉める。
「はぁ、はぁ……」
こんな嘘をついて何が恋の魔法使いだ。あんなのは偽の魔法使いだ。
部屋に戻り、窓から外を見ると魔理沙が歩いているのが見えた。
空も飛ばずに帰るその姿はまるで偽魔法使いであると語ってるようだった。
……
「はぁ……」
先ほどのやり取りが脳内で繰り返される。
「なんでああしちゃったんだろう」
怒りが湧いたのは事実だったけどもう少し冷静になるべきだった、私らしくもない。
それこそエイプリルフールなんだから『私も好きよ』くらい言えば良かったのだ。
納得は出来ないけど、そういうノリの良さというのが必要だったし魔理沙もそういう人が好きだと思う。
そんなことも出来ないから好かれないんだ。
もしこれで魔理沙が私のこと絡みにくいと思って、もう話しかけてもくれなくなったらどうしよう。
ああ、やっぱり私は魔理沙のことが好きなんだ。
嘘で言うくらいだし魔理沙は私のことをなんとも思ってないみたいだけど、それでも。
「誰かしら」
ドアがノックされている。
あれから10分も経っていないから魔理沙ではないだろう。
すると、人間でも迷い込んできたか。
今はそんな気分じゃないんだけどと思いつつも見捨てて何かあったら後味が悪い。
「あ、よかった、居たか」
と言うのは迷い込んできた人間ではなくさっき帰した人間。
心なしかさっきより目が赤いような気はするけど何かあったのかしら。
「居るわよ。帰ってと言ったはずだけど」
確かにもう来ないんじゃないかと心配はしたけど、それが馬鹿らしくなるほど時間が経っていない。
魔理沙はこの数分の間に何かあったのかもしれないけど私には何もなかったわけで、さっきの事をまるで何もなかったかのように振舞われては正直いい気分はしなかった。
いけないと思うもイライラが募るのが止められない。
「え? 探してたんじゃないのか?」
「なにを?」
「私を」
「そんなわけないじゃない」
「あれ、チルノがそう言ってたんだが」
懲りずにまた嘘をつこうとしているのかと一瞬思ったけど、それにしては話が見えなすぎる。
どうしてチルノが出て来るんだか。
彼女には今日どころかここ数週間会ってもいないけど。
……ああ、そういうこと。
「あなた自分で人に嘘ついておいて、チルノに騙されたってわけ? とんだエイプリルフールもあったものね」
あの状況からどうして私が魔理沙を探すことになるのか。
妖精のことをバカに出来ないレベルのバカなんじゃないだろうか。
「ん、なんだそのエイプリなんとかって」
「はぁ? 呆れた。あなたエイプリルフールも知らないの?」
「む、悪かったな。知らなくて」
むすーっとした魔理沙に対して私は教えてあげることにする。
「エイプリルフールってのは嘘をついて人をからかう日のことよ。あなたも人に嘘付く前に行事の内容くらい知っておきなさい……」
……あれ?
なんか変だ。
重要なことを見落としてる気がする。
「なるほどな」
魔理沙はエイプリルフールを知らない?
ということはどうなる?
「嘘ってそういうことか」
嘘をつく理由が……
「ああっ!! ウ、ウソっ! いや、ホント!?」
さ、さっきのはつまりそういうこと?
待て待て、知らないって事も嘘かもしれない。
そもそもエイプリルフールとか関係なしに嘘かも?
True or False?
ええい落ち着け私。
「なんだかよくわからないが、そういう日だってことはわかった。帰る」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ」
「さっきの話にウソは?」
「……ノーコメントだぜ」
そう言って魔理沙は飛行を始める。
このまま行かせてはダメだ。
さっきのが本当だとしたら……伝えなきゃ。
「私もあなたの……!」
しかし私が言うのを待たずに魔理沙は飛び去ってしまう。
ダメだ、届いていない。
魔理沙の本気のスピードは声をも置き去りにする。
私も飛んだけれど追いつけるわけもなく瞬く間に見失ってしまった。
……
…………
………………
「魔理沙さんですか? 最近見てないですよ」
神社の境内で掃き掃除をしていた早苗に聞いてみるが情報は得られず。
よく異変を一緒に解決してるらしいし、魔理沙の飛んで行った方角からもこの神社だと思ったのだが外れだったようだ。
「アリスさんが魔理沙さんを探すなんて珍しいです。何かあったんですか?」
「べ、別に、何もないわよ」
本当は何もないわけないのだがお茶を濁して守矢神社を後にする。
「珍しい、か」
言われてみれば、いつも魔理沙が家に来るばかりで私から探すということはなかった。
というのも魔理沙は普段から出かけていて掴まらないからだ。
今回も簡単には見つからないと思う。
だからといって待っているだけじゃダメなんだ。
このまま明日を迎えたらきっとうやむやになってしまう。
「あれは……」
山を下っているとにとりの姿が見えたので聞いてみる。
「魔理沙ならさっき来たよ」
「さっきっていつ?」
「本当さっきだよ」
ということは魔理沙はまずここに来たということだ。
そういえば魔理沙は機械関係にも興味があってにとりと話すこともあると言っていた。
神社に行ったのは判断ミスだった。
「どこにいったかわかる?」
「さぁ、でもあれは探しても見つからな……や、なんでもない」
「どういうこと?」
「なんでもない」
どうしてにとりに見つからないなどといわれなければならないのか。
追求してももなんでもないの一点張りでこれ以上の情報は得られなかった。
「ここには来てないわね」
守矢とは違うもう一つの神社。
その境内の掃除をしていた霊夢に聞いてみたがここでも情報なし。
魔理沙の一番行きそうな場所だと思っていたのだけど。
それにしても早苗といい霊夢といい、巫女というのは掃除しか仕事がないのか。
「なにあんたら、また何かあったの?」
「またって……」
「まぁなんでもいいけど、意外と近くにいるかもね」
そのセリフにはっとして後ろを振り向いてみるが……
「いないじゃない」
「勘だし」
「ああ、そう……」
博麗神社にはいなかったがまだまだ探す場所候補はたくさんある。
しかし、人里、竹林、冥界……これらの場所にも魔理沙はいなかった。
……
…………
………………
「なんでレミリアも門番してるのよ」
「良い運命を引き寄せるには行動する必要があるってことさ」
すっかり日が落ちて、紅というよりは黒という表現が似合う館を尋ねたら珍しい光景があった。
門番が増えていた、しかもこの館の主。
レミリアが門番をすることで一体どんな良い運命を引き寄せるのか気になったけれど、私にとって良い運命とは限らない。
むしろ門番が二人になったことで魔理沙が来ていたとしても入れる確率はぐっと下がっている。
良い運命などではないだろう。
「ここに魔理沙こなかった?」
「そういえば、見かけてないわね」
望み薄ではあるが、少しの情報でも欲しいので聞いてみると本来の門番が応えてくれた。
「昼寝でもしてたんじゃないの?」
「失礼ね、お嬢様が一緒なのに寝るわけないじゃない」
どうやら昼から二人で門番してるらしい。
運命が視えるといっても何時起こるかはわからないということか。
意外と便利なものでもないらしい。
「それに、寝ていても魔理沙なら気でわかるわよ……あれ?」
「うん?」
「めーりんの気のせいだろう」
「なにか隠してる?」
「隠してなどいないさ。隠されるようなことをしたのかい?」
「……ありがとう、もし見かけたら教えてちょうだい」
「……はぁ」
正直痛いところをつかれてしまった。
私はこの聞き込みで屋敷の中にまで入って調べるということはしていない、というより出来ない。
レミリアの言う通り隠されるような事――誰かが匿っているような事――があれば見つからない。
これだけ探しても見つからないということはその可能性も高い。
それに魔理沙だって一箇所に留まっているとは限らない、一度行った場所にいる可能性だってある。
にとりも言っていた。
探しても見つからないって。
それはつまり魔理沙が私から本気で隠れてるってことだ。
これでは見つかるはずがない。
「あ、アリスだ」
「ん? あら、チルノじゃない」
もう、打つ手はないかもしれないと思っていたところに数週間ぶりに見る顔に会った。
氷精は相変わらず元気に寒そうだった。
彼女も魔理沙の遊び相手の一人だから聞いてみる価値はある。
「魔理沙みなかった?」
「魔理沙? そ、そうだ。魔理沙がアリス探してたぞ」
「本当!?」
「あたいウソなんてつかないもん」
「はいはい、わかったから」
なんでそこでつっかかってくるのか。
こういうところが妖精なのかもしれない。
「それで、どこにいるかわかる?」
「家で待ってるって」
家にいるとは盲点だった。
霊夢が言ってた意外と近くにいるかもしれないとはそういうことだったんだ。
博麗の巫女の勘はやはり鋭い。
私はチルノにありがとうとお礼を言い、すぐに魔法の森の彼女の家に向かった。
……
…………
「魔理沙?」
ドアをノックしても出てくる気配がない。
それもそのはずで魔理沙の家は明かりもついていなかった。
この森の暗さは人間が生活するには暗すぎる。
私を探してたんじゃなかったの……?
『そんなわけないじゃない』
『あれ、チルノがそう言ってたんだが』
……あ、そういうことか。
とんだエイプリルフールもあったものだ。
これでは他人のことを馬鹿に出来ない。むしろ今日がその日だと知っている分余計に悪い。
そう、私は馬鹿なんだ。
エイプリルフールだからと魔理沙が嘘をつくと決め付けて。
去年も一昨年も今までエイプリルフールがどうこう言われたことなんてなかったのに、本当馬鹿だ。
「最低だ私」
最初から嘘を付くと決め付けていた私が完全に悪かった。
別にエイプリルフールだからといっても全部が全部嘘じゃない。
もっと魔理沙をよく見るべきだったんだ。
そう、私は魔理沙を見てなかった。
目を逸らしてしまっていた。
そもそも目を逸らしてしまった理由はなんだ?
まっすぐに私を見ていたからだ。
魔理沙はそんなまっすぐに相手を見て嘘なんてつかない。
その前の行動もそうだ。
魔理沙が嘘をつくときにあんなにそわそわしたことがあった?
そんなこと一度もなかったはずだ。
何が『魔理沙は嘘をつくのが得意な方ではない』だ。
全然見破れていないではないか。
あまつさえ魔理沙の気持ちを嘘だなんて言って。
気持ちを弄んでいたのは私の方だった。
「せめて謝りたいよ……魔理沙」
会って謝ってやり直したい。
「あ、やべっ」
背後の茂みからガサガサという音と共に声が聞こえる。
私はこの声を知っている。聞いただけで誰かわかる。
「――魔理沙?」
後ろを振り向くとずっと探していた人物がそこにいた。
身体のところどころが半透明で不思議な状態。
魔法の森の瘴気が生み出した幻なのかもしれないと思うほどだ。
「あーあ、こりゃもうダメだ。にとりに怒られる」
そう言うと魔理沙の姿が完全に見える状態になる。
あれは姿を消す……道具?
色々聞きたいことはあった。
でも今するべきなのは質問じゃない。
「あの、魔理沙」
「待ってくれアリス。今は何も言わないでくれ」
「今はって……」
「頼む」
まだ謝ってもいないし、気持ちを伝えてもいないのに。
けれど有無を言わさずといった表情で言われては従うしかなかった。
「外にいるのもなんだし、私の家に……いや、私のは日じゃないし……アリスの家にしよう」
魔理沙の家はすぐそこなのに。
何をどう考えているのかわからないけれど、一緒にいれればいい。
一緒にいれば謝る機会だって巡ってくるはずだから。
そして約半日ぶりに家に戻って来た。
魔理沙も私も声を発しない。
……
…………
音もなく時間だけが過ぎていった。
魔理沙は本を読み、私はそれをただ眺めるだけ。
とても何かする気にはなれなかった。
もうすぐ0時になる。
『今は何も言わないでくれ』と言われたが一体いつまでなんだろうか。
このまま黙って待つだけでいいのか。
『良い運命を引き寄せるには行動する必要があるってことさ』
そうだ、0時……0時まで何もなかったら私から言おう。
謝って、そして気持ちを伝えるんだ。
そう決めたのに、それまで黙っていた魔理沙が本を置いておもむろに立ち上がる。
まさか、帰ってしまうの?
あと少し、あと1分でいい、待って欲しい。
その願いが通じたのか、魔理沙の足は玄関の方に向かわなかった。
魔理沙は何も言わず足を止める。
私も何も言わない。
ふと魔理沙のすぐ近くにあるカレンダーが目に入る。
4月1日、本当に今日は大馬鹿な日だった。
しかし、そんな日もあと10秒で終わる。
そしてあと10秒後に私は言うんだ!
5……4……3……
2……1……
0!
「魔理沙」「アリス」
「「あっ」」
「アリスの方から……」
「魔理沙が先で、いいわよ」
ここで押し切って言ってしまえばいいのに、決意したのに、弱い。
「それじゃあ」
魔理沙もこれから何か重要なことを言うつもりだ。
もしかしたら目を背けたくなるようなことを言われるかもしれない。
けれど目は逸らさない。
ここで逃げたらもう顔を合わせる資格なんてないから。
「まずはごめん。私、エイプリルフールのこと知らなくてさ」
「いいえ、謝るのは私の方。ごめんなさい、本当に」
「なんでアリスが謝るんだよ」
「私が悪いから」
「アリスは悪くない」
「いいえ!」
謝る時でも引いてくれない、魔理沙はいつもこうだ。
本当負けず嫌い。
「相変わらずだな……でも私が言いたいのはそれだけじゃないんだ。聞いてくれ」
魔理沙はカレンダーに手を伸ばして続ける。
「私は……私はアリスの事が世界で一番好きだ!」
そして勢いよくカレンダーが破かれる――
「あっ」
――はずだったが、魔理沙の気持ちの重さに耐えられなかったのか、カレンダーが壁から外れて落ちてしまう。
裏返しになってしまいどうなったのか見ることは出来ないが魔理沙の手には何もない。
恐らくカレンダーは破れていない。
「そ、そんな。なんのために待ったと思って。これじゃまた」
魔理沙がなぜか慌てている。
4月1日を示すカレンダー。私のことを好きだというそのセリフ。
昼間と全く同じ状況が巡ってきた。
その言葉は真実か嘘か? 前回は真実という選択肢を最初から捨てていた。
でも今は違う。
もう間違えない。
その言葉は真実か嘘か? 迷う必要もない。私は嘘という選択肢を投げ捨てる!
「魔理沙」
「あ、あの、カレンダーは1日だけどだな、エイプリルフールは……」
そういうことだったのね、今わかった。
魔理沙がノーコメントだと言ったのも、私から隠れたのも、何も言わないでくれと言った理由も全部。
まだエイプリルフールを気にしていたんだ。
「大丈夫」
魔理沙は何も心配する必要はない。
気持ちは受け取った。大丈夫。
聞いてから言うなんてちょっとずるいけど許してね。
すぅと一回深呼吸して魔理沙に負けない気持ちで言う。
「私も、あなたの事が世界中の誰よりも大好き!」
部屋にあった剣士人形を操作し、床のカレンダーを叩き切る。
もう4月1日とかそうじゃないとか関係ない。
「エイプリルフール、終わったんだよな」
真っ二つになったカレンダーを見て魔理沙は言う。
「エイプリルフールは終わったけど、私達はこれから始まるのよ」
「ははっ、それもそうだな」
昨日は見られなかったその表情。
やっぱり魔理沙は笑顔が一番だ。
「好きだぜ」
「私も」
魔理沙は私を抱き寄せる。
私もそれに身体を預けた。
少し時期を外したくらいは気にならない
そうなることを願って。
欲を言えばもう一捻りあるとよかったかなぁと。