Coolier - 新生・東方創想話

舞うは嵐

2013/04/25 05:07:09
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 激しく打ち据える雨と風。それに追われるようにして、一人の少女が傘も差さずに駆けていく。
 ようやっと玄関にたどり着くと、吹き付ける雨でそのガラス戸は滝のようだった。
 その扉を、押し付ける風に負けずに、しかしそーっと開いた。
 少女の名、東風谷早苗。守矢神社の風祝、ようするに巫女のような何かである。
 彼女の翡翠色の髪を深緑に染め上げる雨水が、ぱたたたた、と玄関の床に流れ落ちた。もちろん髪だけにとどまらず、全身酷くずぶぬれで。
 白い薄手の巫女服が水を吸って肌に張り付き、その下に着ている下着をうっすらと模る。
  ゆっくりと、社務所玄関の扉を閉める。サッシがカタと音を立てるたびに早苗はびくんと肩をすくめ、その様子はまるで帰ってきたのを悟られたくないかのようであった。
「……東風谷早苗、ただいま戻りました」
 それでもただいまを言うのは、彼女が東風谷早苗であるからだろう。彼女は、いい子なのである。すごく、いい子なのである。常に正直で、それは自分に対しても同じ。
 それが故に、家に帰り着いたときにただいまを言わないなどということは、彼女自身が許せないのだ。
 で、どうしてそんないい子が、コソコソしているのか? 疑問に思うのが普通であろう。こと、普段から彼女と生活を共にするものがその姿を見ればその疑問はなおさらのことである。
 洩矢諏訪子。この神社に住まう神の一人であった。
 薄暗い玄関、階段の上からひょこと顔を出し、まだ諏訪子に気づいていない早苗に声をかける。
「お帰り早苗」
 びっくううぅぅん! 早苗は自分の意思とはまったく関係なく思いっきり跳ね上がってしまった。
 いや、これは仕方が無い。心臓が跳ね上がったのだから、めっちゃやばかったのだから。というか現在進行形ですんごくやばいのだから。
「……なんか隠してるでしょ?」
 完全に見透かされているようだった。どうしよう、嘘はいけない。けれど、ここでなんとか切り抜けて後でいろいろ準備が済んでからちゃんと話せば……。
 加速する鼓動、バクバクと暴れる心臓で早苗はいろいろなことを考えた。
 しかしどの道八方塞で、それでもそれを認めるわけには行かない葛藤が早苗をピンで留めつけたかのように停止させる。
 諏訪子のほうからしてみれば、見逃すか見逃さないかという話になるのだが、早苗が後ろに廻している手が激しくあやしい。ともかくあやしい。
 まさか、捨て猫か何かを拾ってきたのでは? いや~な予感が頭の中で渦を巻く。
 さすがに祟り神とて邪神ではない。この大雨の中子猫を放り出すなどとてもではないができるわけが無い。
 また、祟り神であるがために、動物の祟りの重さ、恐ろしさも知っている。
 見なかったことにすれば早苗が勝手に面倒を見るのだろうが……しかし正直者のあの子が何時まで隠し事を続けられるやら。けっきょく諏訪子や神奈子に泣き付くことになり、里親募集の流れか。
 ほんの1秒ほどでそれらを考えた諏訪子は、結局のところ。
「早苗、その手に持っているものは何かしら?」
 こうすることにした。こっちのほうが彼女のためだと思うし、大体子猫を拾ってきたら即「元の場所に捨ててきなさい」なんて言うだろうと思われているのが若干腹立たしかった。
 さなえ~? わたしそんなに心狭くないよ~? 神だし。
「えっと……何のことでしょう?」
 早苗はとりあえず、第一投を振らずにかわす事にしたらしい。諏訪子の様子を見ながら考えようと思ったのか、とりあえず考える時間を稼ぎたかったのか。
「早苗、ばんざーいやって」
 ならば次は、ストライク狙いの直球だ。どうする? ホームランでも見せてもらおうか、と諏訪子はうすら笑う。
「えっと……」
「たまには早苗の綺麗な腋が見てみたくってさ」
「…………分かりました、ちょっとまってくださいね」
 ちょっと待てばどこかに隠せるものなのか? 諏訪子はその返答に眉をしかめる。
「はい、ばんざいです」
 早苗は両手を上に上げて万歳して見せた。絶対何かあるには違いないのだが、果たしてそれをどこにやったの……か……。
 早苗の身体を前方から見えるかぎりの範囲で観察していた諏訪子は、ぴたりと視線を止めた。

 ばんざいする早苗は、微妙に間違っていた。

 ディティールが。まるで、下手な絵みたいにバランスが取れていない。右腕が圧倒的に太い。
 たぶん、袖の中に隠したのだろうが……雨水で早苗の袖はぴったりとくっつき、何か入っているのが丸分かりだ。
 にしても……。

「マイタケ……?」

 いやいや、いくらなんでもマイタケはない。この大雨の中神々に黙ってきのこ狩りとか能天気すぎる。普通の魔法使いやスーパー配管工なオッサンでもそんなことはしない……と思う。
 透けて見えるその色、そしてその形は、諏訪子にとってなんら情報アドバンテージを与えなかった。
 早苗はいったい何を拾ってきたのか。暴こうとすればするほど謎が深まる。
 だって本当に、大きいマイタケが入っているようにしか見えないのだから。
「え? マイタケ? やだなぁ、諏訪子様ったら、なんか変なアレが見えちゃってるんですか?」
「うん、そうだ……マイタケでは、ない。とすると……いやまさか。いやいや、ないない」
 諏訪子はなにやら独り言のように呟いた。ある一つの可能性に思い当たったのだが、それを認めるわけにはいかない、という口ぶりで。
 けれど、そんな諏訪子の想いなど、一切無視して。

「きゅー」

 早苗の袖が、鳴いた。











「うぅぉぁあああああああ!! どっから拾ってきた!! 今すぐ、今すぐもとの場所に捨ててきぬぅわすぅわあああああああああああああああい!!」
 早苗の袖から出てきたものを見るなり、諏訪子は絶叫せざえるを得なかった。決して言うまい、と思っていた言葉が思わず口をついて出る。
 当たり前だ。本来なら口から心臓が飛び出してるところだ。本当に。
 なにせ、目の前にいるそれは。
「きゅー?」
「なにやってるんですか、出てきちゃダメですよ!」
 そんなことを言いながら早苗が袖の中に押し戻そうとしているそのマイタケは。
「それ、災厄の化身!! だめ、そんなもん持ち込んだら絶対だめ!!」
 マイタケみたいな龍だったから。
「はい? 何をいっているんですか、こんな可愛いものがそんな……」
「禍津日神(まがつひのかみ)って知ってるよね!? 知らないとは言わせないぞクォルァ! こいつはぁっ!! 奴と同系の存在なんだよ!!」
 ぜーはー、ぜーはー。息も切れ切れに、早苗を叱り飛ばす諏訪子。その様子から鑑みるに、けっこうやばめのものを拾ってきたらしい。
 だが、早苗は焦る様子が無い。
「はい~、知ってますよ? 厄除けの神様ですよね。ありがたいじゃないですか」
「だああぁぁ! 違う! あれは、災いの神を祀ることで「どうか私たちには手をつけないでくださいお願いします」っていう意味の厄除けなんだよ!! だから、今すぐ捨ててきなさい!!」
「だとしたら、この嵐の中に捨てるのは不味いんじゃないでしょうか」
 ――ンっ。反転。早苗の一言で、耳が痛いくらいの静寂に包まれる。
 
 諏訪子は、なぜこいつが降ってきたのかを考えてみる。
 一つ。幻想郷を滅ぼしにやってきた侵略者。
 これは、ない。だって小さすぎるもの。おそらく、あいつはまだ子供。
 二つ。不慮の事故。
 つまり何らかの事情で親からはぐれた個体が降って来た……こっちの可能性のほうがあり得る。何せ外はこの嵐だ。
 もし、親が子供の死体をこの幻想郷で見つけたら。
 それこそ、幻想郷は滅ぶことになるだろう。
 
「なるほど、早苗の言うことは一理あるね。確かにこの嵐の中その子を放り出すのは不味い」
 諏訪子の出した答えに、早苗の顔がぱぁぁっ、と明るくなる。本当に光でも出しそうな感じ。
「じゃあ、じゃぁ飼ってもいいんですか?」
「一時的に保護するだけさね。いいかい、早苗。よくきいてくれ」

「そいつの名前は天津禍突智。邪神である禍津日神をもとにして、外の世界の人間に創造された想像の産物。つまり幻想生物だね。
 こいつらは、設定上コリュウシュ? みたいな分類なんだけど、そのコリュウってのは仲間の亡骸に対して異様なまでの執着がある。
 それは、仲間の体が武器に加工されて自分たちを傷つけるのを防ぐためかもしれないし、もしかすると人間みたいに弔うのかもしれない。
 ともかく、その死体がある街はコリュウの襲撃にあう。
 この分だと、もし万一その子を死なせたら親がやってきて……幻想郷は滅ぶ」
 諏訪子は超深刻そうな表情で、超深刻な話をしたつもりだったのだが。
「えっと、コリュウ? それはモンスターをハントするあれですか?」
 早苗の反応はいまいちぱっとしなかった。正直この子が飼えればあとはなんでもいい、と思っている。
「そうだね。何らかの理由で多くの人から忘れられて、幻想郷にやってきたんじゃないかな」
 新作に出してもらえなかったりとか。
 それだったらミラなんとかさんとかも幻想郷にやってきそうなものだが、彼らはまだ開拓者なオンラインのやつで現役を貫いているから大丈夫なのだそうだ。
「ともかく、そいつが何を食うのか調べてくるから……くれぐれも殺さないように、傷つけないように頼むよ」





「あまつ……なんでしたっけ。ねぇ、覚えてます?」
 自室に連れ込み、ドアを閉めて軟禁する。もとい、保護する。
 早苗は、マイタケみたいな鰭でぱたぱたと畳みの上を這うように歩くその龍に問いかけた。
「きゅ~?」
 当然、返ってきた答えはそれだった。大きめの黄色い瞳をぱちくりとやって、龍は首を傾げる。
 さっきとは微妙にトーンが違う辺り、もしかすると早苗の言うことが分かっているのかもしれない。
「う~ん、まぁ種族名なんて何でもいいですよね。私だって、ニンゲンじゃなくて早苗ですから」
「きゅー」
「じゃ、あまっちゃんってことにしましょう」
「きゅー!」
 命名、あまっちゃん。気に入ったのかそうでないのか、あまっちゃんはパタパタと鰭を動かして鳴いた。
「なんだかアザラシみたいですね。何か芸とかできないんですか?」
「きゅー……きゅー!」
 あまっちゃんは少し考えたような素振りを見せ、そして不意に思いついたように顔を上げた。
 するとどうしたことだろう。部屋中の風が動く気配がし、あまっちゃんの周りに捲くのがわかった。目に見えるわけではないが、風使いたる早苗はその様子をありありと知ることができる。
 そしていよいよその風は扇風機よりも激しくなり、本格的な風と呼べるものになる。それがあまっちゃんのマイタケのような体を下から押し上げ浮かばせた。
 ラジコンヘリ……ともちょっと違う。風を押して浮くのではなく、自分で風を集めて浮いているのだ。
 心なしかその横顔が若干誇らしげに見える。ドヤっ!
「お~っ! なかなかやるじゃないですか」
 早苗が感心すると、あまっちゃんはぽてん、と畳の上に落っこちた。そのまま自分の起こした風に引きずられ、ぐるんと一回転する。
「あらら、まだ上手く飛べないんですね」
「きゅぅん……」
 しょんぼり、といったところだろうか。さっきのドヤ顔は見る影も無い。
「大丈夫、私が見本を見せてあげますね!」
 早苗はすっと立ち上がると、目を閉じる。あまつが風を動かしたために乱れた気流を安定化させ、そして新たに中心となる低気圧を足元に生む。
 ぶわっ!! あまっちゃんの何倍もの質量を持つ早苗の体が、空気の手に持ち上げられて中に浮いた。
 そして気流制御の賜物なのだろうか、なぜかめくれない鉄壁スカート。濡れ透け、越えられない壁、パンチラ。
「風を使ってバランスを取るのではなく、自分の身体でバランスを取るんです。風をつかまえて、そしてその強さから風の様子を知るんです」
 早苗の起こした風に乗って、あまっちゃんがふわりと浮いてくる。早苗はその鰭をやさしく掴んで、そしてふらつくあまつをそっと支えた。
「今あなたは、私の手を使ってバランスを取っていますね? この感じです。体重をかけても沈み込まない場所を風の中で探すんです。できますか?」
「きゅー!」
「じゃぁ、手を離しますね」
 早苗のほうも恐る恐る、そしてあまつはもっとビクビクしながら早苗の手から離れていく。
 地上では一方向にしか吹いていないように感じる風も、少し空中に上がれば上下左右に激しく行きかう乱気流だ。早苗の手を離れると、やっぱりあまつはふらふらと安定しない。
「きゅ、きゅー!」
 まるで洗濯物みたいに、あまつはくるくると宙を舞った。そして、天井にゴチン! と頭をぶつけて降ってくる。
 激しく天地が逆転しくるくると回る視界、迫る床。ぶつかるっ!! あまつはぎゅっと目を閉じた。
 けれど、身体を打ち据えるはずの衝撃は一向にやってこない。代わりに、なにか柔らかいものの上にいるような、そんな感触があった。
「大丈夫? 下降気流を捕まえるのも大事です。墜落することを怖がっているうちは、まだまだ空を飛べませんよ?」
 恐る恐る目を開けると、白い布が目に入る。そのまま視線を上に動かせば、桜色の唇、優しい笑み。どうやら、早苗の胸に抱きとめられたらしい。
 あまつ本人としてはかなりの距離を落下したつもりだったのだが、実際は五~六十センチ程度だったようだ。
「さなえ~! その子、たぶん魚食べる~」
 丁度その時、とんとん、と階段を上がってくる足音と共に諏訪子の声が聞こえてきた。そして早苗の部屋の襖をガラッ! と開けて。
「話は聞かせてもらったぞ! 幻想郷は滅亡する!」
 諏訪子が入ってくるタイミングに合わせて、早苗がそんなことを呟いた。
「いや、割と洒落にならないからねそれ……」
 もし万一この情報が間違っていて消化不良でも起こされたら、幻想郷は滅亡するというのに。早苗は人を信じて疑わないから、のんきにそんな冗談を言っていられるのだと思う。
「では、買ってきますね」
 早苗は胸に抱いていたあまつをそっと床に降ろすと、ピシピシと雨粒の叩きつける窓をがらりと開けた。
「ちょ、この嵐の中!?」
「大丈夫、私は風を操れますから! 自分の有利なように風を動かせば、この嵐だって私の力になります!」
 夕闇迫る幻想の空。諏訪子の静止も聞き入れず、早苗は嵐の中へと飛び出していった。
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」




 風は早苗の味方、とはいえ雨は違う。風向きをいくら操ってもピシピシとぶつかる雨粒は硬く、まるで礫のようだった。
 水気を吸って肌にべっとりと張り付く巫女服は早苗の体温を容赦なく奪い、可能であるなら脱ぎ捨ててしまいたくなる。
 人里までちょっと行ってくるだけ、と軽い気持ちで飛び出したものの、嵐の威力を身をもって知らされることとなった。これは、帰ったらまずお風呂かな……。
 そんなことを考えつつ、早苗は嵐の中を飛ぶ。
 この嵐は今日に始まったことではなかった。
 既に三日、七十二時間以上の長時間にわたって幻想郷の上空に居座っている。稲の収穫、脱穀が終わった季節であるのがせめてもの救いだが、それでもこの長雨で里はだいぶ疲弊していることだろう。
 思えば、この嵐の中で魚を採りにいけるものなどいるだろうか? そもそも、この風の中で店は開いているのか。嵐の威力をその身に知って、早苗の心の隙間に弱々しい疑問が忍び込んできた。
 だが、ここまで来てしまってはもはや引き返すわけにも行かなかった。なにせあの子を飢えさせる訳にはいかない。
 幻想郷の存亡とか、そんなことはどうでもよかった。そんなものは建前で、ただあの子にひもじい思いをさせてしまうのが許せないのだ。
 

 早苗が里に降り立つと、その惨状は早苗が予想していたものを遥かに上回るものだった。農業用水路から溢れた水は田に流れ込み、畦道さえ見えないほどの濁流に包み込む。
 放水用の板をはずして少しは抵抗しようとした形跡があるのだが、水量調節程度では対応しきれなかったようで、濁った水は田からも溢れ出して里へ押し寄せていた。
 道という道はもはや川との区別がまるでなくなり、段差という段差は泥水を跳ね上げ荒れ狂う滝になって渦を巻く。言うなれば、里は完全に水没していた。
 民家や商店の扉の前には麻袋の土嚢が並び、押し寄せる濁流を辛うじて受け止めている。けれどこれも、時間の問題だろう。
 早苗が着地すると……というか着水すると、その深さは既に膝丈を上回っていた。
 流水というのは見た目からは信じられないほどの威力を持つもので、押し流されそうになるも、そこは守屋の巫女。常人離れした神通力で、細く白い足をどうにか濁流に突き刺して踏ん張る。
 なるほど、こんな状況では商売どころではない。帰ろうか、と思ったが、早苗は必死に土嚢を積み上げる魚屋の大将を見つけてしまった。
「すみませ~ん、魚屋さ~ん」
 水から足を上げて空を飛び、彼の近くに再び着地する。
「おや、山の神社のお嬢ちゃんじゃねェかい! だめだぜィ? こんな中出歩いたら、あんたも流されて死んじまわァ!」
 大将は水を吸って重たくなった、一つ四十斤はありそうな土嚢をその豪腕でどうにか持ち上げ防壁を築いているところであった。
「私は風を操れるので平気ですが……私も、ということは既にどなたかが……?」
「あぁ、地主のとこの息子が田んぼの様子を見に行くって言ったきり帰らないんでさァ。ありゃもうだめだな。他にも何人か、それぞれに仕事場守ろうとして出かけていったきりさ」
 大将の言葉で、先ほどの光景が酷く痛ましいものとなって早苗の胸に思い出される。あの水門の板は、彼らが必死で村を、田を守ろうとしてあけた物なのだ。けれど、それをあけた本人はおそらく……。
 そして、その結果がこれではあまりに報われない。
「あの、お手伝い、しましょうか……?」
「あんがとよ、嬢ちゃん。だがぁ悪いことはいわねェ、帰りなせェ」
「では、一つお願いがあるのですが……魚を売ってくださいませんか?」
 早苗がそういうと、魚屋の大将は目を丸くした。この娘、まさかこの嵐の中魚を買うためだけに里に下りてきたというのか。
「わりぃが、この嵐の中仕入れなんざぁできやしねぇ……この嵐はもう三日も続いてるんでさァ。こいつァ普通じゃねェ。なんせ博麗の巫女が動いているらしいからな」
 ですよね~。早苗はがっくりと肩を落とす。もともと無理は承知であったが、さて果てどうしたものか。
 それはそうと。
「霊夢さんが動いているんですか?」
 早苗はそこの部分が気にかかった。
「おう、そうらしい。何せあの巫女は無敵だからな、この嵐も程なくして収まるだろうさ。……そう思わねェとやってらんねェ」
 無敵、か。早苗は思う。間違いなく、霊夢が無敵というのには同意できるのだけれど……しかし、それはあくまで相手があるときであって。つまり霊夢はこの大嵐に犯人がいると見て、その犯人をぶちのめしに行ったと。
「そう、ですよね。霊夢さんならきっと何とかしてくれますよ。それでは、私はご忠告に従い帰らせていただきます。どうかご無事で」





 結局目当てのものは手に入らなかった。が、このまま帰るわけにも行かない。早苗は里から少し離れた場所に一人佇んでいた。濁流に漬かった足が、逆に温かく感じるほどに彼女の身体は冷え切っているというのに。
「なんかあって魚が沢山手に入る奇跡とか起きないかな~」
 早苗は呟いた。自らに備わる奇跡を起こす程度の能力をもってすれば、よもやと考えたのである。けれど、ことはそう上手く運ばず。何も起きない。
「それにしても、まさか霊夢さんがねぇ……」
 異変の原因かぁ。大嵐というのは即ち激しい上昇気流、低気圧によるもの。雲は断熱膨張に伴う副産物……科学的にはこんなところだ。
 幻想的に考えるのであれば、気質の発現……となると、もしかしたらどこぞの天人がまたボコボコにされているのかもしれない。
「ん? 上昇気流……?」
 早苗はここに来て、頭の中で何かがつながる音を感じた。
 早苗が空を飛ぶときに作るのも、上昇気流。だが、早苗一人を持ち上げるだけならば低気圧とまでは行かない。
 けれどもし、早苗が身長二十メートルを越すような巨人だったとしたらどうだろう。
 その質量は単純に考えても十の三条倍、つまり千倍……元の体重は秘密だが、何十トンという重量になる。
 それを持ち上げるだけの風を起こせば……その風の威力は早苗一人を持ち上げる場合の実に千倍の威力が必要……。

 そして、あまつは早苗と同じように上昇気流を発生させて空を飛ぶ。もし、あのあまつの母親が体長二十メートルを越すような龍であったら……。
 十分にあり得る、大嵐を起こし得るという話だ。
「だとすれば、もしかして霊夢さんは……」
 あの雲のどこか、おそらくは中心付近にいるであろうあまつの母親を倒すことで異変の解決を図っているのだろうか。
「なんだか、まずい気がします……」
 早苗は渦を巻く雲を見上げ、その妖しい雲行きを案じた。
 と、早苗のそんな思考は、水の中から彼女の足をぬるりと撫ぜる何者かに吹き飛ばされた。
「ひぁう!? なななな、なんですかぁっ!!」
 早苗はびくんと肩をすくめ、慌てて周囲を見回した。するとどうしたことだろうか、早苗の周囲の水面がばしゃばしゃと飛沫を立てて暴れている。よく見ればぬらぬらと光る細長い何か。
 妖怪、ではない。おそらく……大きなドジョウかウナギのどちらかだろうと思われた。
 早苗はここに来て、自分がさっき言った言葉を思い出した。
 ――魚が沢山手に入る奇跡とか起きないかな――
 やばい、そう思ったときには既に手遅れ。
「きゃああぁっ!! どこ触ってるんですかぁっ、ヘンタイ! このっ、ヘンタイ魚っ!! サイテー!!」
 早苗の柔らかく滑らかな太股の間に、ウナギがにゅるりと入り込んでいたのだ。
 ウナギとて、いつまでもこの間で締め付けられていては死んでしまうので早々に脱出したいところなのだが、早苗としてはもし万一開放してこれ以上奥に来られては困る。
 じたばたと大暴れするウナギを必死で挟み込み、何とかしてこの最終防衛ラインだけは……お嫁にいけますラインだけは守り通す。
 そんな仲間の危機を見かねて、ウナギたちが次々に集まってくる。早苗の足に巻きつき、仲間を解放せよと精一杯の抗議を加えた。ぬるぬるぬる……ふくらはぎに、膝裏に、脛に、足首に、次々感じる魚類のぬめり。
「い、いやあああああああああああああぁぁ!!」
 風の唸る嵐の空に、早苗の絶叫が幾重にもこだまし、飲まれていった。







「ォ……おかえり、早苗」
 諏訪子は、どうにも言葉をかけかねた。五尾ほどのウナギを持って、幽鬼のように佇む早苗に、である。
 手に持ったウナギの、死んだ魚の目よりも目が死んでる。ハイライトが無い瞳がこれほど恐ろしいものかと、諏訪子はぶるっと身震いした。
「何か……」
 あった? 聞く前に、諏訪子は喉元まで出かけていた言葉を飲み込んだ。早苗の目が言っている。聞くなと。
「シャワーにします」
 早苗はウナギを諏訪子に手渡すと、消え入りそうな声で言った。
「このウナギさん達は、〆て血抜いてあるので……」
 だとすれば、巫女服や早苗の髪にべっとりとこびりついているのはおそらくウナギの返り血だろう。ものすごく、怖い。
「あ、あぁ……その、お風呂も沸いてるから好きにしな」
 その、なんというか……今にも泣き出しそうな、けれど凄く怒っているような、そんな感じのオーラに諏訪子は圧倒された。
 本当に、いったい何があったのやらと諏訪子は思う。早苗がこれほどまでになるのは相当だ。
 しかし、おそらくそれを知るであろうウナギたちは既に三途の向こう側。首の辺りと尻尾の辺りに傷があるのを見ると、生け絞めにされたらしい。

 雨にぬれ、ついでに血にまみれた巫女服を脱ぎ捨てて浴室に入ると、そこは湯気でとても暖かかった。
 寒さで凍えていた早苗に、いくばくかの安心感が戻る。蛇口をひねり、シャワーを手に取りお湯を浴びると、先ほどまで凍てついて死にかけていた心がよみがえるような気がした。
 綺麗好きな早苗は、それが故に風呂好きでもある。
 こうしてシャワーに入っていると、死んだ瞳に次第に光が戻ってくるのを、早苗自身も感じていた。
 ただ……浴槽に片足を入れたとき。あのぬるっとした感触を思い出してしまい、早苗は慌てて足を抜く。
「うぅ……こういうのをトラウマっていうんですかねぇ……」
 これは、暫く湯船に浸かれそうにない。

 風呂からあがると、いつもより早めに寝巻きに着替える。
 外の世界にいたころから愛用しているピンク色のパジャマなのだが、髪色も合わせて風見幽香と被るのだと、幻想郷の面々からは言われる。
 言われるけれど、早苗は風見幽香がだれなのか実はよく知らないので、適当にはぐらかしつつ今もこうして愛用している次第だった。
「早苗~、ご飯できたよ~」
 諏訪子に呼ばれ、階下のリビングへと降りる。シャワーで火照った体に、冷たい空気が身に染みる階段。
 もちろん胸にはあまつを抱えて、踏み外さないようにゆっくり降りていく。
 ただでさえ大きな胸が邪魔になって見えづらい足元が、動くマイタケによって隠されているのだから慎重にもなるというものだ。
 そんな早苗とは対照的に、動くマイタケことあまっちゃんのほうはすこぶる嬉しそうであった。ぱたぱたと鰭を動かし、尻尾もご機嫌そうだ。
 魚のいい香りが鼻をくすぐり、今からわくわくが止まらない。
 今夜の夕食はウナギの蒲焼モドキだった。モドキというのは、要するに本来ならばじっくり漬け込む必要があるからで、味だけ似せた何かと言って差し支えないだろう。
 白米の上にでろんと乗っかって湯気を出す艶やかなウナギの切り身を見て、早苗は何ともいえない思いを抱いた。
 食材の生前を知っていると、食べる際になんとなく抵抗が生まれるものだが、この場合はもっとなんか違う……いや、考えるのはやめにしよう。
 早苗の椅子の隣にもう一つ椅子が用意され、テーブルには茹でたウナギの骨を丁寧に取り除いたすり身が置いてあった。
「その子はおそらく魚食であると考えられる。のこぎりのような細かい歯からそのように推察される。また、鰭や尾などの形から、水中生活に適応しやすいであろうことなどが挙げられる……早苗。この子が魚を食べるって言うのは、あくまでも予想だって言うことを忘れちゃだめ……」
 なんて、諏訪子が説明している間に、早苗はその魚のすり身をスプーンで掬ってあまつの口へと運んでいた。
 きゅわぁ~、と小さな声を発して口をあけるあまつの様子は、まるで親鳥から餌付けされる雛鳥のよう。
「いいじゃないですか~、だってこんなに喜んでますよ?」
 早苗はほっこりした笑みを浮かべて、「もっとちょうだい!」とばかりにせがむあまつに餌を与える。あんな思いをしたけれど、それでもこんなに喜んでもらえるならばあの程度の苦労は吹き飛んでしまう。
「う~ん、まぁ現状それを食べさせるしかないからね。食後も目を離さないように」








 目を離さないように、という点に関しては言われずとも問題は無かった。
 部屋に戻った早苗は布団を敷き、そしてごろりと横になると頬杖をついてあまつを眺める。
 別にあまつがなにか面白いことをするわけでもなんでもないけれど、ただそこにいるのを見ているだけで早苗はとても幸せな気分だった。
 今のところ、消化不良を起こしているような様子も無い。
 母親の気持ちというのは、もしかしたらこんなものなのかもしれない。早苗は思う。
「母親、かぁ……」
 そして思い出す。この子には本来の母親がいるのだ、と。
 ごくごく当たり前の事実なのに、なぜかその母親と言う言葉は早苗の胸に深々と突き刺さった。
 誰が刺した訳でもない、ただその言葉の重みが、それだけの自重で心の中に沈み込んでくる。
 母親にこの子を引き渡す、それ即ち別れを意味しているのだ。
 もちろん、そんなことは分かっている。それが義務であることぐらい……。ただ、早苗の心は何とも言えない燻りをその内に抱えていた。
 何故この子を助けたのか。嵐の中、道に落ちているのを拾ったのか。それは、見殺しにしたくない偽善の心だったかもしれない。早苗自身がその龍に一目ぼれしていたのかもしれない。
 別れたくない、そんな心もきっと同じ。結局のところ、早苗のエゴに過ぎない。
「分かってるんですよ……けど」
 想いと理性は噛み合わなくて。壊れた歯車は、刻々と、だが不可逆に早苗の心を裂いていく。
 それでも、どんなに苦しくてもきっと、別れのときはやってくる。時間は、待ってはくれない。そして現実は、整合の取れた論理で動いている。もしその時になったらきっと現実が早苗の手からあまつを引き離すだろう。
「さよならするしか、無いのかなぁ……」
 早苗は布団に潜り込んできたあまつをそっと抱き寄せ、小さく、弱々しく呟いた。
 諦観にも似た虚しさを抱えたまま、早苗の心は眠りの淵へと落ちていった。

  どんな夢を見たかは、覚えていなかった。ただ、寝覚めの意識に光が届くその時まで、ずっと泣いていたような。喉の痛みとその奥に感じる微かな塩気が、そう錯覚させているだけだろうか?
 早苗はむくりと起き上がり、そして布団の中に何かが足りないことに気がついた。
 いない!?
 ばっ!! と布団を持ち上げその中を確認する。布団の中にあまつがいない。
 まさか、この嵐の中母親に会うために……? まだ、ぜんぜん風に乗れもしないのに!!
 嫌な予感が次々と胸を過ぎる。
「きゅ~」
 だが、そんな不安は背後から聞こえた細い鳴き声によって溶け去った。
「あぁ、よかっ……」
 た……。言いかけて早苗は言葉を飲み込む。振り返った早苗の視界にいたのは、紛れも無いあの龍。
 しかし、その背中はなんだかとても寂しそうで。とてもではないが、早苗の一方的な感情で「よかった」などといってやれるものではなかった。
 まるで、自分がこの龍を捕らえて監禁しているような、そんな罪の意識に苛まれたのだ。
「きゅ~」
 窓を見上げて、あまつは鳴く、啼く、泣いている。その鳴き声のいちいち全部が、早苗の心激しく打ち据える。
「ごめんね……」
 昨夜、この子と別れるのが辛いなどと想った自分が憎らしかった。改めて自分の役割を再確認した今、かける言葉は見つからなくて。ただ、早苗はわけもわからずそう呟いた。
「きゅ?」
 透明な壁に隔てられた空を見上げていたあまつが、早苗に気がつき振り返る。その瞳は、早苗を見てはいないのだと、早苗には分かった。
 あの子が求めているのは早苗ではない。種族は違えど、早苗の中に感じる「母の恩影」を求めているのだ。いわば、代償……あまつの心にぽっかり開いた穴に収まった、不完全な部品だった。
 知りたくなかった、そんなことは。分かりたくなかった、ずっと。この子の親なんてどこかに行ってしまえばいいとすら思った。
 けれど、そんな嫉妬めいた感情なんかよりも、もっともっと強い何かが、心の奥から沸き上がって来るのを早苗は感じた。
 見返りなどいらない。
 たとえ会えなくなっても。
 たとえあまつが自分を振り返ることがなくても。
 それでも、あの子の望む本当のものを与えてあげたい。
 それが、代償された早苗が与えられる唯一の……。
「愛だから、か」
 この子を拾ったときから微かに見えていた結末、使命感が今、確かなものとなって早苗の心を突き動かす。
 もう迷わない。
 もう私は壊れない。
 きゅっと一文字に結んだ口。決意の篭った目で、早苗はあまつの横に並び立ち空を見上げた。
 そこで早苗は、あることに気がついた。
 ――空が、晴れている。







「そんな……まさか!」
 あまつの母があまつを見捨てて幻想郷を去った、とは思わなかった。
 あまつを抱きかかえ、慌てて階段を下り境内に出る。早苗の予想を実証するには、窓に切り取られた空ではあまりに狭すぎる。
「やっぱり……!!」
 風もない、雨もやんでいる。天頂に雲はなし。だが見渡す山々は墨汁を流したような暗雲に覆われ、時折閃く雷光にその黒々とした影を見せる。
 この真上にあるのは低気圧の中心、台風の目だ。
 ――龍の巣。
 早苗は昔見た映画の一コマを思い返し、身震いする。
 龍の、巣。まさに、その通りだった。この中心に、あるいは少なくとも周囲の上昇気流の雲の中に、あまつの母、天津禍突智がいるのだ。
「ちょと、早苗?」
 早苗は、空ばかり見ていて気がつかなかった。
 参拝者以外の来訪者がそこにいることに。
 びくりと肩をすくませ振り返ると、そこには巫女がいた。ざざざざ……と、全身の血液が逆流するかのような錯覚に囚われる。
「……何よ、その手に持っているのは」
 霊夢が尋ねる。答えられない、答えようがない。けれど適当にはぐらかすなんてことは、早苗の今までの生き方からしてできっこない。
 どうにかこの場を切り抜けられる答えを探しているうちに、霊夢は早苗の回答を沈黙と受け取った。決して彼女の早とちりではない、どの道早苗は答えなど見つけられなかっただろうから。
「はぁ……また守矢か。あんたをぶったおせばこの異変は解決しそうね」
「……!!」
 言葉は見つからないものの、早苗は必死で首をブンブンと振って否定する。
「じゃぁ、その手に持っている生き物っぽいものは何かしら?」
 どうやら、早苗が説明しようとしまいと霊夢は早苗を倒すつもりでいるらしい。
 ならば、せめて本当のことを話して、それで早苗の考えを霊夢にも分かってもらうしかない。そう考えた早苗は、あまつをそっと抱き下ろして霊夢に正対した。
 霊夢の放つ尋常ならざる闘気に、あまつはおずおずと下がり早苗の足の向こう側へと隠れた。それでも、早苗のことが心配なのか、それとも霊夢の強大な気配から目が逸らせないのか。隠れがくれ、ちらちらと顔を出してことの成り行きを見守っている。
 早苗は諏訪子から聞いたこと、自分自身で感じたことを織り交ぜて霊夢に必死で説明した。
 霊夢はその間、表情一つ変えずに早苗の説明を黙って聞き、彼女なりにそれを解釈する。
 曰く、この龍は災厄の化身たる天津禍突智の子供であるということ。
 曰く、この仔龍を殺せば幻想郷はこの仔龍の親によって滅ぼされるだろうとのこと。
 曰く、この嵐はこの龍の親が引き起こしているもので、幻想郷から出て行かないのはこの仔龍を探しているからではないかとのこと。
 曰く、人間の言葉をある程度理解し、とても悪いものには思えないとのこと。
 それらを総合して霊夢が下した判断は。



「早苗、あなたの言いたいことは分からなくもない。けどね。退治させてもらう」



 後頭部をぶん殴られたような衝撃を感じ、早苗は一瞬よろめく。それでも、霊夢の答えが変わらないと分かっていても……まだもしかすると。そんな可能性にかけて、早苗は叫ぶ。
「そんな! そんなのおかしいですよ!! だって……!!」
「親が来たら、そいつも退治するわ。その子供を親の元に帰したとして、はたして親は本当に幻想郷を去るかしらね」
 食い下がろうとする早苗を霊夢は一蹴した。冷徹な、けれど隙のない意見。
「私は博麗の巫女。この幻想郷を護る者よ。そんな不確実な方法をとって幻想郷を壊滅させるわけには行かない」
「じゃぁ! この子は関係ないでしょう!?」
「早苗。あなたは親を殺されたら、黙ってるかしらね。普通は何らかの形で親の仇を討つもんじゃない? その仔龍だって、いつかは親と同じ災害の象徴に成長する。そうなる前に刈り取っておこうと言うのはごく当たり前のことじゃないかしら」
 霊夢の言うことは、確かに筋が通っていた。この幻想郷の全てと、早苗の身勝手な想いを計りにかければ、どちらが重いかなんてはっきりしている。
 そしてそんな身勝手で幻想郷を滅ぼしては、早苗だってきっと壊れてしまう。
「だから、そこを退きなさい」
 霊夢が一歩踏み込んだ。ただそれだけなのに、鋭い刃の剣先を喉元に突きつけられたような圧迫感を早苗は感じる。
 だが、早苗は動かない。
「退きなさい、早苗。あなたは幻想郷が滅んでもいいの?」
 さらに一歩。抉りこむ刃は、きっと早苗の中の罪の意識。
 それでも早苗は動かない。動けないのではない、動かないのだ。
「嫌です」
 震える声で、しかしはっきりと早苗は言った。霊夢は表情ひとつ変えずに、その答えを受け止める。
 そして。
「霊符、夢想封印」
 眩い七色の光が、霊夢の札から放たれた。それは色というにはあまりにも眩しく、そして何の感情も持たなかった。弧を描くその軌道は、早苗ではなくその後ろにいる子どもの龍を、何の躊躇も容赦もなく狙っている。
 断頭台の刃にも似て、それは決して止めようがなかった。ただひたすら無感情に放たれる必殺の一撃こそが、霊夢本人にですら決定権がないことを言葉なくして語っている。
 ――奴を殺せ。現実が、理性が、合理が、正義が、大儀が、利益が、誰でもない皆が、本能が、生存競争が、幻想郷が、そう命じたから。だからあまつは殺されるのだ。霊夢のスペルカード宣言は、そう語っている。
 それは早苗にも直接伝わった。心の中に、突き刺さる棘になって。あるいは全身を巡る冷たい毒となって。
 目の前に現れた7つの新しい太陽が、コマ落ちしたフィルムのように襲い来る極限の中で、早苗の心に葛藤が生じる。
 本当に、あまつを助けるべきなのか? 
 もし今から助けに入ったら、私だって無事では済まないだろう。結界を張ろうにも間に合わない。盾がいるなら、盾ごと貫くのが博麗の巫女だ。
 そうしてたどり着く逃げ場、ひとつの答え。
 やはり、霊夢が正しいのではないか。私がやろうとしている事は、何一つ正しいことなんてなくて……――




 早苗からの反撃は、無かった。夢想封印が、結界に弾かれた様子もない。正義が、大儀が、幻想郷が、早苗を留めつけた。だから、これでもう終わり。
「終わりよ、早苗。もう無理しなくていいわ……!?」
 諭すように、慰めるように。博麗の巫女ではなく、霊夢としての優しさが声をかける。
けれど、そこにあったのは彼女の見た未来とは違う現実。
「な……早苗!! あんた、なんで!!」
 爆炎の退いた痕、爆発の中心に転がる何か。緑の髪を振り乱し、必死で何かを抱えるように守っているそれは、間違いなく東風谷早苗だった。
 確かに狙いは正確だったのに! あの土壇場が、早苗の決断を急かしたのだと霊夢は覚った。
 幻想郷を敵に回してでも、この龍を護ると。けれど、あれだけの光を結界もなしに受ければ、無事でいられるはずが無い。札を、戦を放り出し、自らが傷つけた少女に駆け寄る。
「バカ! どうして、結界も張らずにそいつの盾になったのよ!!」
 霊夢が早苗の手を取ろうとすると、早苗はおもむろに顔を上げて霊夢を睨んだ。
 そのあまりの気迫に、その必死さに。
 早苗を助け起こそうとした霊夢はびくりと肩をすくめてたじろいだ。それはまるで、わが子を護らんと精一杯に威嚇する小動物のようで。
「私は決して正しくは無い。それは、分かりました」
 消え入りそうな声で、早苗は紡ぐ。
「けれど、正しくなんか無くても、護らずにはいられなかった。
 この子を拾ったのはただのエゴでした。欲もあったでしょう。けれど、違う。
 今私を動かしているのは偽善めいたエゴなんかじゃない。理屈めいた善悪なんかでもない。利害でも、幻想郷でもない」


「私はこの子の母だからです」
 
 よろよろと立ち上がり、早苗は霊夢の目を見据えた。全身ぼろぼろで、傷だらけで。けれど瞳には、博麗の巫女ですら怯ませる強い光が宿っている。
 腕には、早苗がその身を呈して庇った仔龍が優しく抱きかかえられて震えていた。
「違う。あなたは母ではないわ。その龍は本物の母親を求めている」
「けれどこの子は私に母を求めているんです。たとえそれがニセモノの、代償された母の幻想でも。私はそれでいい」

「たとえ私がニセモノでも、この子を想う私の気持ちは本物だから!!」

 心の底から、腹の底から精一杯、弱りきった体を必死で振り絞り早苗は叫んだ。
 風もない。音もない、沈黙。
 動けなくなったのは、早苗ではなく霊夢のほうだった。





 あと一撃加えれば、早苗もろともあの龍は消し飛ぶ。けれど、そのあと一撃がどうしても出せない。
 博麗の巫女は、正義で無ければならない。幻想郷にとっての正義は博麗の巫女の正義だった。けれど、博麗の巫女の正義が今、霊夢の中の正義と大きく食い違って、霊夢を二つに引き裂きそうになる。
 霊夢自身は、もはや自分のしていることに正義を見出せていなかった。早苗の見ていた希望を信じたい、そんな僅かな可能性に賭けてみたいと。
 けれども博麗の巫女としての使命はこう命ずる。
 賭けなど許されない。幻想郷はひとつしかないのだ。僅かでも危険があるのであれば、それを根本から絶ち、破壊し、確実に息の根を止めよと。
 もしここで手を下せば、霊夢は霊夢でなくなってしまう。けれど、手を下さなければ、博麗の巫女でもなくなってしまう。
 立場と心は、決して噛み合わなくて。だから霊夢は動けなかった。
 自らを狙い打つ激流に気づいていたとしても。



「霊夢さん!! 危ないっ!!」
 早苗は、自分でも分からないうちに駆け出していた。体の節々が軋み、今にも壊れそうな痛みが脳へと伝わる。けれど、早苗は止まらない。
 石畳を裂き吹き飛ばし、迫り来る高圧水流。こんなふざけた威力の水流を放てるのは災厄の化身たる天津禍突智をおいて他にいない。
 いよいよ、現れたのだ。それも霊夢の敵として。
 霊夢を傷つけさせるわけには行かない。なんとしてでも和解して、誰もが笑えるハッピーエンドにしなければ。そうしなければ、この子は護れない! 
 腕の中の仔龍を護りたい、その一心で早苗は走った。
 水の柱は大地を薙いで霊夢へと迫る。けれど、間に合う!!
 驚愕したように目を見開いて動けない霊夢にあまつを押し付け、そしてその霊夢をぐいと押し出した。
「やっ……た」
 耳を劈く衝撃音を感じ、一瞬送れて足元の地面が爆ぜる。
 飛び散る石れきにその身を撃たれ、鋭い破片が散弾のように体に食い込んでくるのを感じながらも。早苗には霊夢がしっかりとあまつを抱きかかえて後ろに倒れ込むのが見えた。
 霊夢は、無事だ。そして彼女はあまつを抱きとめてくれた。もう大丈夫だ。
 早苗はやり遂げたような笑みを浮かべて、霊夢を追って倒れこんだ。
 こんなになっても、体は反射的に手をつこうとするもので、早苗は自由になった両手を前に出そうとした。だが、その時早苗は知った。
 右腕が、無い。





「さ……早苗!! しっかりしなさい! あんた、なんて無茶を!!」
 霊夢は跳ね起き、そして早苗を抱き起こした。高圧高速の水流で切断されたその腕は、早苗の拍動に呼応して真っ赤な命に撒き散らしている。
「いいんですよ、腕くらい。見てください、あれがこの子のお母さんです。綺麗ですよね」
 血液を失い、肌は色を無くし、呼吸は浅く。今にも息絶えそうな早苗は、それでも笑ってそう言った。
 幽玄の、羽衣を纏いし龍。天津禍突智の与える印象は、禍々しさより神々しさが先立った。そんな龍の姿を見、早苗は満足そうに微笑む。
「バカっ! バカバカ馬鹿ぁっ! よくないに決まってるじゃない! こいつを見なさいよ! あんたのことをすごく心配して……これじゃぁ帰れないわよ!!」
 薄れ行く意識を霊夢に呼び戻されて、血に霞む目をなんとか開く。
 あの愛おしい姿。早苗の前で右往左往し、頼りなさげな声できゅーきゅーと啼いている。
 その姿を見たとき、早苗は自分の心の中に抵抗を感じた。やっぱり、まだ一緒に居たいと。
 けれど、その後ろで戸惑い、心配そうに見守る古龍の姿も、早苗には見えた。見えてしまった。
 それは災厄の化身でも、幻想郷を滅ぼす化け物でもなく、ただ一人の母として我が子を、そして早苗を見つめている。
 何故こうなったのか、どうしていいのか分からない、といった様で。
 ならば。背中を押してやるのが、早苗の役割だった。
「あまっちゃん、あなたのお母さんはあっち。私の役は、これでおしまい」
 弱々しく紡ぐ早苗に、あまつは首を精一杯横に振り、そして顔に擦り寄る。
 その肌は冷たく強張っていて、それであまつは余計に怖くなった。早苗が、母がこの世界からいなくなってしまうのではないかと。だから、なおのこと。
 離れたくなかった。
「だめですよ、だめ。ふふ……次は……はぐれちゃ……」
 だめ。次第に動かなくなっていく体。吐き出した息は、言葉にならなかった。
 けれど、自分の役割はここまでだ。あとは、多分。霊夢がなんとかしてくれると、そう信じて早苗は意識を手放した。









 もう二度と目覚めない覚悟だった。だから、まさかもう一度目を覚ますことがあろうとは、当の早苗自身も思わなかった。
 天井の板の目がぼんやりと霞んで見え、起き上がろうとして全身を駆け抜ける激痛に叩き伏せられる。
「いっ……っつ~~」
 思わず声が漏れ出るほどの痛み。特に、切り落とされた右肩が酷い。
「あ、早苗! 気がついたんだね!? よかったああぁぁぁ!! やったあああぁ!! うわあああああぁぁん!!」
 聞き覚えのある声。どうにか目玉だけを動かしてそちらのほうを見ると、守矢諏訪子が、散々泣き腫らした顔で椅子に掛けていた。
 早苗が起きたのを見るなり、目から、そして帽子の目からも大粒の涙をぼろぼろと流して泣き崩れる。
「よく戻ってきたね、早苗。凄く心配したんだよ、私ここまで台詞無かったしこのまま出番無いままこの話終わるかと思って」
 などと、強がってふざけているのはもう一人の神、八坂神奈子。メタ発言でおちゃらけているものの、彼女にも涙の痕がしっかりと残っている。
 こちらも酷く泣いていたのか声のほうがぼろぼろだった。
「ごめんなさい、心配かけてしまって……。どのくらい寝ていましたか」
「1週間です」
 二柱の神以外の声が割り込み、そして二柱の間に銀髪の女性が現れた。
「正直、ここに運び込まれたときには半分以上死んでいましたからね。最初の三日は何時死んでもおかしくありませんでした。その後なんとか容態は安定しましたが、下手をすると一生意識が戻らなかったかもしれません。
 どうにか腕も繋がりましたが、これに懲りて今後はあまり無茶をなさらないで下さいね」
 ここ、と言うのは病院だろう。幻想郷だから、永遠亭か。だとするとこの女性が名医、八意永琳なのか。
 ぼーっとする頭で、早苗はそんなことを考える。まだ夢を見ているような感覚。
「そっか……腕、繋がったんですね」
 適当に、ぼんやりと呟く。
「えぇ、とても鋭利なものに切断されていましたから、それは不幸中の幸いでしたね」
 ふーん、そうなんだ。
 自分の腕が無事だったと言うのに、命が助かったと言うのに。まるで何の感動も無かった。心にぽっかりと空いた穴が、それを全部飲み込んでしまって、それでも決して埋まらなくて。
「それで、あの子はどうなりました?」
 一番聞きたかった、けれど一番聞きたくなかったこと。
「あぁ、うん……結局事は丸く収まったみたいで、母親に引き取られていったよ」
「……そう、ですか」
 小さく、けれど深いため息。肩の荷が下りたのと同時に、その重みはもう二度と背負うことができないのだ、という虚無感が早苗を蝕む。
 そして早苗は誰にともなく、焦点の定まらない目で天井を見据え、「よかった」とだけ呟いた。
 そう、これでよかったんだ。
 早苗の望んだ結末だったはずだ。
 けれど。胸の内に残る虚脱感は、早苗の心は。これがハッピーエンドだなんて思っていない。そこまで考えて、早苗は気がつく。
 代償していたのは、自分のほうなのだと。
 ずっと一緒にいられないならば、せめて母親の元へ返す。それが愛なのだと、それしかないのだと。自分の心を押さえ込み、愛しているからこそ離別するという矛盾を誤魔化し続けていた。
 結局のところ、離別は避けられない。けれど、この宙吊りになった心はどうすればいいのか。
「あの親子は博麗大結界から送り出すってさ。また新作に出してもらえるように、紫の式が頭下げに行くって」
 そうか。だとすれば、もう会えない。
 でも……送り出す?
 つまり、あの子はまだ幻想郷にいる。





 酷く、軋む。神通力は激しく乱れ、奇跡の力で空を飛ぶことさえも出来ない。全身が熱を持ち、一歩踏み出すごとに足の裏から伝わる衝撃が体の中で大暴れする。
 けれど、どんなに痛くても、辛くても、早苗は走らずにはいられなかった。結界を開くなら、昼と夜の境界である黄昏だろう。
 時間が、無い。
 道も分からぬ竹林を直感の導くままに迷い無く駆け抜け、人里へ至る。竹の枝葉で傷を受け、肩に、足に、赤く鋭い線が幾重にも奔る。心臓が、肺が、限界の叫びを上げる。けれど、早苗は止まらない、止まれない。
 たとえ体がバラバラになっても、この心だけは。引っ張られて、引っ張られて。
 どうしたって、そっちに行かなければ、宙吊りになって死んでしまう。
 ぬかるんだ地面に足を取られて何度も転びながら、それでも早苗は走る。

 頼むから、間に合ってくれ!!
 もう一度会いたい、ただそれだけのために早苗は走る。
 別れるために、早苗は走る。
 そんなことをしても辛いだけだと知っていても、自己満足にしかならないと知っていても、片思いでも。
 あの子を母に返すと決めてからずっと押さえ込んでいたこの心を、伝えなければ別れられない。

 どうにかして博麗神社の石段に辿り付いた時には、既に日は妖怪の山の陰に落ちるところであった。
 這うようにして、最後の力を振り絞り、長く急な階段を上る。意識が朦朧とし、再び生と死の境界に引きずり込まれそうになる。次の段にかけようとする手ですらおぼつかない。
 がくりと崩れ落ちる早苗。もはや這うことすらままならない早苗を、誰かが支えた。
「やっぱり来たのね」
 それは、聞き覚えのある声。早苗が命を賭して抗った少女。そして命を賭して護った少女。博麗霊夢。
「お医者様の目を盗んで飛び出してきた甲斐もあったものです」
「こんなになってまで……。体中傷だらけの泥だらけじゃない。もぅ、ばか」
 ぎゅっと抱きしめる早苗の体は、生きているとは思えないほどに冷え切っていた。もう、この体で石段を昇りきるのは無理だろう。本当だったら自分の足で歩きたいのだろうけれど、このままでは本当に死んでしまう。
 力なく、それでも安心したかのように微笑む早苗を抱き上げて、霊夢は石段を昇る。
 もし。
 霊夢は思う。
 もし、私があの親子を殺すなり封印するなりしていたならば。きっと早苗は、私が手を下さずとも死んでいたんじゃなかろうか。
 現に、早苗は死んでもおかしくない状態で、一週間も生き続けた。こんな体を引きずってまで、ここまで来たんだ。
 あの仔龍に会いたい、ただその一心で。
 それで、きっと全て終わってから気がつくのだろう。自分のしたことに。
「早苗、ありがとう。そうなる前に気がつかせてくれて。私を、私のままでいさせてくれて」
「それは霊夢さんが優しかったからですよ。私は何もしていない、ただあの子を助けたかった。それだけです」
 そっか、そうだよね。と霊夢は思う。
 そのひたむきで一途な親心に、打ちひしがれたから。だから霊夢は二つに裂かれそうになったのだ。
 けれど、そうして裂かれそうになった霊夢を繋ぎ留めたのも早苗の心だった。だから、ありがとう。
「ほら。目、開けなさい。ついたわよ」
 体が傾き、足の裏に地面を感じた。もはや立つこともままならず霊夢に体のほとんどを預け、どうにか目を開ける。
「また、会えたね」
 早苗は込みあげるものをどうにか飲み込んで、小さな声で呟いた。ここで涙は見せない。絶対に。泣きつきに来たわけじゃなんだから。
 早苗を見るなり、小さな、白いマイタケみたいな龍は母親の懐を飛び出してぱたぱたと早苗に寄って来た。
 崩れ落ちるように膝をつき、早苗はそれを受け入れる。
「ねぇ、あまっちゃん。伝えておきたいことがあるの。それから、一つだけお願いをしていいかな」
 早苗の問いに、あまつは精一杯首を縦に振って答える。それをみて、早苗はほっとしたように目を細め。
「じゃぁ、まずは……。
 とても短い間だったけれど、家族のように思っていたよ。楽しかった、ありがとう。大好き」
 早苗はもうほとんど動かない腕であまつを抱き上げ、そしてぎゅっと抱きしめた。早苗の体は冷え切って冷たく、けれどとても温かかった。
「そして……。結界の外に出たら、今のは忘れてください。私のことも、全部忘れて。これが私からのお願い。私の願う唯一つの奇跡」
「ちょ、早苗! あんたがそんな奇跡を望んだらそれが現実に……」
「これでいいんです。家族は二つも要りません。この子が引き裂かれてしまいますよ」
 早苗はあまつをそっと地面に下ろす。自分に背を向けさせて。
「さぁ、もう行きなさい」
 早苗にそっと押し出され、戸惑うように母親の元へ戻るあまつ。何度も何度も早苗のことを振り返り、それでも表情一つ変えない早苗に追われるようにして。
「もう、いいの?」
「もう、いいんです。早く」
 早苗はそこで言葉を切って飲み込んだ。早く、そうしないと、泣いてしまいそうだから。送り出す覚悟はもうしたのだから。
「……そう。それじゃぁ。始めるわよ」
 こく、と頷き目を閉じる。熱くなる目頭を封じ込めるように。
 音も無く、しかし巨大で強大な気配が消える。そして、早苗の愛した小さな、しかし大きな存在も。
 あの子の中には、何一つ思い出は残らない。
 けれどこれで、あの子はまた、何事も無かったかのように生きていけるのだ。それだけで十分だ。それだけで。
 早苗が目を開けたときには、全ては終わっていた。よかった、最後まで涙を見せることが無くって。そう安心すると、いままでずっと堪えていたものがどっとあふれ出してきた。
「うぅっ……っ、ひぐっ、っ――!! ぅぇええええん! 霊夢さん、私……私……っ!!」
 傍に寄り添っていてくれた霊夢に、もたれ掛るように抱きついて早苗は泣き叫ぶ。
 そんな力がどこに残っていたのか、いや、そんな力すら残っていないはずなのに。次々と沸きあがる思いは止め処なくあふれ出てくる。
「よく頑張った、よく頑張ったよ。早苗。もう何も我慢しなくていいから」
 霊夢にそっと抱きしめられ、泣きじゃくる早苗の顔は、すっかり少女のものに戻っていた。
 まだ、17、8のこの少女にあの出会いと別れ、そして負った責の重さは耐えかねるものだったと思う。
 それでも早苗はその役割を最後まで全うしたのだ。自分の全てを犠牲にしてでも護り通す、母親の役を。
 そして霊夢は、石段をあわただしく昇る二人の足音を聞く。どうやら、早苗のほうにも迎えが来たらしい。
「早苗ええええっ!! このっ!! この大馬鹿っ!! 勝手に抜け出したりして、心配したんだからね!!」
「帰ったら反省文な!! 病人だろうと容赦しないぞ、なんせこんなところまで一人で来れるんだから」
 夕日を背に、鳥居に佇む二柱。守矢諏訪子と、八坂神奈子。
「うえぇぇぇん! すみません、すみませんっ! けど……でも……」
「いいよ」
 泣きながら、精一杯詫びる早苗を諏訪子がそっと静止した。
「こっちの気持ちは、早苗ももう知っているのだろう?」
 神奈子が早苗に歩み寄り、そっと肩を貸す。
「……えぇ、存じております」
「そうか。よく頑張ったな」
「けれど、また子どもに戻ってもいいでしょうか」
「何を今更。早苗はいつまでも子どもさね。泣きたくなったら、いつだって泣きついていい」
 諏訪子が反対側の肩を持ち。少しでこぼこな三人は、ゆっくりと歩き出した。
「親の心子知らず、それくらいが丁度いいんですから」
モンハン4楽しみですね!! じゃなかった。始めましての方は始めまして、前にこいつどっかで見たなーと思う方はお久しぶりです。さなてんを普及しないさなてん普及委員です。
今後もさなてんを書く予定が殆どないというか、書きたいさなてんはすでに一番最初に書き終わっていたりするのでHNを変えました。
今回は私の持てるものを全部詰め込んだ全力投球です、おそらく。
優しい早苗さんが書きたかった。あまり反省はしていない。
それはそうと、次のMHでは旧大陸組みが少なからず復帰するようで。クック先生お久しぶりです。
個人的にはナナテオとかクシャなどの古龍たちが帰ってきてくれると嬉しいですね~。
レヴァリエ
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コメント



0.380簡易評価
2.50名前が無い程度の能力削除
優しい早苗さんが書きたいというお心はとてもいいと思います。
でも、早苗さんの母性が最初から全開すぎて違和感があります。
出会いから徐々に高まっていく描写があれば、最後の身を挺す場面なども抵抗なく読めたのかもしれませんが、その描写がないので話に入り込み難かったです。
あと誤字が多過ぎます。
3.80名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー
5.90名前が無い程度の能力削除
いいんじゃね
7.90名前が無い程度の能力削除
いいね、バトルものは良いものだ
13.90非現実世界に棲む者削除
早苗の愛情がひしひしと伝わってくる良い作品だったと思います。
14.70暁の風に想うは夏の夜削除
うん、素直に良かった。
最後に3人を見送った霊夢の心情が気になるところ。
15.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね
16.803削除
優しい早苗さんね。常識にとらわれていませんでしたが、優しかった。
それはもう、優しすぎるほど。
17.無評価名前が無い程度の能力削除
好意話もいいね。ただ、流石にアマツさん程度に滅ぼされるほど幻想郷やわじゃないだろ。