チルノはしゃくり上げながら祈った。もっと頭を悪くしてくださいと。
流れる涙を拭きもせず、今までろくに信じて来なかった神に、本気ですがりついた。
どうかあたいを馬鹿にしてください。もっと何も考えられないくらい。全部忘れてしまうくらい。
きっかけは、おっぱいだった。
なんとなく大妖精と遊んでいる内に、鬼ごっこのような、くすぐりあいっこのような、なんとも言えないうらやまけしからん美しい素晴らしい遊びに発展した時の事である。
えい、捕まえた、とチルノが頭ごと突っ込むと、ぽよん、と弾性に富んだ膨らみに跳ね返されたのだ。
(む?)
なんぞこれは。大ちゃんは服の下にお餅でも入れてるのか? と気になったチルノは、むにむにとそこに触れてみる。
「チルノちゃん……やっと私の気持ちに気付いてくれたんだね。ん……いいよ」
何故か目を瞑ってプルプル震えている大妖精の雰囲気作りを一切スルーし、胸部の調査を続けるチルノ。ふにふにふにふに……。
「これなに?」
「なにって、おっぱいだよ。これからチルノちゃんのものになるんだよ。遠慮はいらないんだよ」
あたい別におっぱい欲しくないなー、蛙欲しいなー、と言いながらも揉み続けるチルノに、「ああこの子凄い、この冷たい感じ、イイ……」とよく分からない発言をする大妖精だった。
「なんで大ちゃんのおっぱい柔らかいの? あたいのは硬いよ?」
「ち、チルノちゃんの硬くなってるの!? それはきっと身体が反応してるんだよ!?」
一行たりとも理解できない内容だったので華麗に無視し、「ほれ、触ってみ」とチルノは胸を突き出す。
「おほぉー……これがチルノちゃんのおっぱおっぱおっ……ああ、まだ二次性徴前だから硬い胸ってことか。ちっ」
急にやさぐれた大妖精である。
「なんで大ちゃんのは柔らかいのさ? ていうか何で胸が膨らんでるの?」
「それは……って痛い痛い痛い痛い! あかんあかん、あかんって! これあかんやつや! 痛い痛い痛い! 痛いっちゅーねんっ!」
「大ちゃんのキャラが吹っ飛んだ!?」
「ご、ごめんね。チルノちゃんがあんまり痛い触り方してくるから、つい妖精弁が出ちゃった」
「妖精弁!?」
チルノの知らない言語体系が存在しているらしかった。大ちゃんは年上だからなー。色々知ってるんだろうなー、と尊敬の眼差しになってしまう。その視線を『脈あり』、と解釈してしまうのが大妖精の悪い癖である。
「えっとね。女の子は、年頃になると胸が膨らんでくるんだよ」
「なんで? 邪魔じゃない?」
「うん。邪魔だね。でも、赤ちゃんにおっぱいあげるためらしいから。仕方ないよね」
「あー、赤ちゃん」
その光景はチルノも何度か目にした覚えがある。人間や妖怪の女性が、ちっこい猿みたいな生き物に、ちうちうと自分の乳房を吸わせている例のアレだ。
「ん? おかしくね?」
「何が?」
「妖精、赤ちゃん産まないよ」
「だよねー」
そう。妖精は自然発生するもの。人間のように胎生で繁殖をする訳ではない。ついでに言えば、妖精と人間のハーフなんぞにも出会ったことがないので、生殖能力自体、あるのかどうか疑わしい。
第一妖精は、ずっと幼い少女のままだ。比較的発育のいい大妖精も、外見年齢は高く見積もって十一歳程度。仮に子供を作る能力があったとしても、出産できる年齢にまで成長しきった妖精は、未だ皆無なのである。
「赤ちゃん出来ないのに、なんで赤ちゃんのためにあるおっぱいが育つのさ?」
「何だか今日は哲学者だねー」
きっと女の子同士で愛を確かめるために育つんじゃないかな、と囁いて大妖精は精一杯チルノに胸を押し付けたが、特に何のフラグも立たなかった。
「むー。大ちゃんのおっぱいはちょっと膨らんでるのに……これただの飾りなのか……」
「飾りじゃないよ。実用品だよ。チルノちゃんが使っていいんだよ」
一瞬、チルノの胸がちくりと痛んだ。この気持ちはなんだろう。
一度気になると、止まらないチルノである。
こんな時、誰を頼ればいい? 物知りで、近場にいて、大妖精みたいに隙あらば恋愛に持ち込もうとしない安全な人材、そういうのがベストなのだが。
「あ、一人いた」
「おいっす門番!」
「おいっす」
紅魔館のゆるゆるセキュリティこと紅美鈴は、チルノと比較的まともに接してくれる数少ない大人だ。子供のすることだし大目に見てやるか、といった態度なのだが、チルノの認識からすれば「あたいの強さにひれ伏してる奴」である。
故に子分その一として扱っている。
美鈴の側も特にその扱いに不満は無いようで、時折このように門の前で、だべったりする仲だ。
夏場になると妙にスキンシップしてくるので、割と冷気目当てで親しくされてる感もあるが、そんな打算には気付かないチルノだった。
「門番門番、ねーねーちょっとお願いしていい?」
「名前で呼んでくれると嬉しいな」
「じゃあ美鈴。おっぱい触らして」
「帰って、どうぞ」
しっしっ、と美鈴は犬でも追い払うような仕草をする。
一方チルノはというと、大妖精の言葉を思い出していた。「女の子が嫌がる様子を見せても、それは好き避けって言うんだよ。だから私は連日嫌がるチルノちゃんに迫ってるけど、合法なんだよ」といった、条例で規制されるべき内容だったが。
「ふむ、これが好き避けか。つまり美鈴は口で嫌よ嫌よと言ってるけど、あたいはこのまま話しかけていいんだな」
「毎度毎度、どこでそんな邪悪な単語を覚えてくるのかしら」
チルノの知っているふしだらな言葉のルーツは、全て大ちゃんである。
「なんで胸触ると駄目なの?」
「そこは簡単に触れていいものではない」
「でもあたいが触ったら、大ちゃんは気持ち良さそうだったよ?」
「何をやってるのよ子供同士で」
あのマセガキめ、と本気で怒る美鈴。教育者の素質がある。
「あたいは確かめたいことがあったのだが……!」
「それが私の胸と、どう関係があるの?」
「美鈴の胸って柔らかい?」
「……まあ、柔らかいね」
よしちゃんと育ってるようだ、大人だ、とチルノは真剣に頷いた。
チルノの中では、硬い胸=子供、柔らかい胸=大人である。触ってみなければ分からないのだが、自己申告で柔らかいと言われれば信じざるを得ない。
実際、美鈴の胸は姿勢を変えると形も変わるので、見るからに柔らかそうである。検証の必要性はあまり無さそうだった。
「大人の胸を持つ美鈴に頼みがある」
「なに? 悪いことには使わせないからね」
「ちょっと子供産んでみて」
「帰れ」
あれー? まさかこんなに勢いよく拒絶されるとは思わなかった。
というか、自分でも何をどう聞いていいのかまとまっていないため、上手く質問できないチルノだった。
「さっきから、何。酷いセクハラ親父みたいになってるけど」
「あう、えっと、少し考えさせて」
シンキングタイム。チルノは一生懸命、無い知恵をふり絞ってみた。そもそもあたい、何聞きたかったんだっけ。あの時大ちゃんと話していて、どうして胸が痛んだんだっけ。
胸。おっぱい。少しだけ大きくなっている、大ちゃんの乳房。赤ちゃんを育てるためにあるもの。
「あたいって子供作れないの?」
いきなり凄い質問来たね、と美鈴は視線を右上に逸らした。上手い回答を探している風に見える。
「あと、大ちゃんさ、赤ちゃん作れないのに、おっぱい膨らんでるんだよ。意味なくない? 何で?」
「あー、それは……。まあ、大抵はその、子供を産む機能が備わる前に、胸が膨らんでくるもんだから……個人差もあるんだろうけど、なんていうか、その、ごにょごにょ」
非常に言いにくそうな門番だった。心なしか顔が赤い。
「美鈴も先に胸が大きくなってから、赤ちゃん産めるようになったの?」
「ま、まあね」
「赤ちゃん産んだことある?」
「ないよ!」
そこは明確に否定された。
「え? え? 私、子持ちに見える? 老けて見える?」
「顔は十七、八歳に見える。体は二十歳くらいに見える」
「へへー」
チルノはいい子だねぇ、と美鈴はぐりぐり頭を撫で回してきた。くすぐったいけど、悪くない感じ。
もしもチルノにも母親がいたら、毎日こんな気分を味わえたのだろうか。少し人間の子供が羨ましくなった。
「妖精は赤ちゃん産まないのに、なんでおっぱいなんかついてるのさ?」
「もー。こういうことは里のハクタク先生にでも聞いてよ」
「前に色々聞いたよ」
人間ってどうやって増えるの? と尋ねてみたら、首まで真っ赤にして「お、お前にはまだ早い!」と全力拒否してきた使えないやつである。それ以来、チルノは慧音に頼る気がしない。
「あいつはだめだ。何も知らないみたいだ」
「あいつは駄目か」
美鈴は、ほう、とため息をついてから口を開いた。
「貴方達妖精は、そうね。人の形で顕現した、自然そのものだから……うーん。つまりほら、少女の姿を自然が真似しているだけでしょ? だからその乳房も単に、なんか人間コピーしたら付いてた、って感じだと思うよ」
「そんなもんなの?」
「そうそう。このパーツの必要性はよく分からないけど、取り合えず全部模倣しとこうぜ! ってノリなんじゃない? コピー製品にはよくあることよ」
何故か模倣品に詳しい美鈴だった。お国柄だろうか。
「あたいって人間の偽者なの?」
「あちゃー」
しまった傷つけたか、と呟いて視線を泳がせる美鈴。
「違う、違うの。実は妖精の方が人間より先に出来たかもしれないし……えっとどうなんだろう? 資料でもあればな……」
美鈴は頭を抱えてしまったが、チルノは別に気にしていなかった。それどころか、自分のために分からないなりに答えてくれる美鈴が嬉しかった。言葉の意味は理解できなくとも、チルノを悲しませないような回答を探っているのは伝わってきたし、とにかくその配慮が心地よかった。
「胸のことはもういいよ。たまたまついてただけ、でいいんだよね」
「いいんだそれで……まあ貴方が納得するなら構わないんだけど」
「本当は次が一番大事な質問だし」
「次の質問? どんなの?」
「なんで妖精って赤ちゃん産めないの?」
再び頭を抱えてしまう美鈴である。
「やだもう。助けて咲夜さん」
「なんでさ? 人間も妖怪も女は赤ちゃん産むよ? あたい、女だよ? でも赤ちゃん産めないの? なんで?」
美鈴の顔はいよいよ熱を帯びてきたが、それでもチルノは引き下がらない。
「なんで赤ちゃん産める年にまで育たないのさ、あたい達?」
「咲夜さーん!」
羞恥に満ちた表情で、少し潤んだ瞳で、それでも真摯に向き合ってくれる美鈴が、いよいよお気に入りになってきたチルノだった。
「うあー……妖精が子供を産めないのは、そう。子供を作る必要が無いからじゃないかしら」
「必要無いの?」
「ええ。だって、下手したら蓬莱人の次に永遠に近い存在でしょう? ていうか妖精に寿命ってあるの?」
「わかんない」
死んでもどこかでポン! と同じ姿で再スタートするのが妖精だ。その回数に限度などあるのだろうか。
「早く死んじゃう生き物は、沢山子供を作って、自分の分身を残すのよ。逆に長生きする生き物が沢山増えたら、ずっと子孫も死なないから、世界中がその一族で溢れかえっちゃうでしょ?」
「うんうん」
「だから、すっごく長生きな貴方達妖精は、子供を作る必要が無いんです! ていうか、子供を作ったらマズイ!」
どうだ、と言わんばかりに得意満面で語る美鈴だったが、チルノの表情は渋い。
「そっか。あたいが子供作ったらマズイのか……悪いことなのか……」
「い、いや悪いっていうか、ほらね? 生態系が乱れるっていうか? えーと自分の種族は選べないし、チルノに責任は無いよ?」
美鈴は非常に慌てた様子でフォローに回る。一歩間違えれば深刻な種族差別になりかねない話題である、無理も無い。
「……これは大ちゃんが言ってたんだけど」
「またあのエロガキか。勘弁して欲しいなぁ」
「普通は好きな人の赤ちゃん産むんだよね?」
「らしいね。政略結婚とかもあるから、好きではない相手の子供を産むこともあるみたいだけど」
「あたいに好きな人できても、赤ちゃん作れないよ? やばくない?」
「……やばいね」
もう許してくれ、と言わんばかりに表情をこわばらせる美鈴であった。
「妖精はずっと子供だし……この人の子供が欲しい、と思うような種類の『好き』とは無縁なんじゃないかな。チルノもそんな気持ちになったことないでしょ?」
「あたいは無いよ。でも大ちゃんは毎日、チルノちゃんの赤ちゃん欲しいよぉって言ってるよ」
「早くその子とは縁を切った方がいい」
ていうか女同士では子供を作れません、と言い切る美鈴。チルノ、衝撃の真実である。
「マジで?」
「マジです」
「じゃあ、もしも女の人を好きになっちゃったらどうするの? 赤ちゃんできないと、死んだあとに二人の分身、残らないよ?」
「そりゃ、普通は男の人を好きになるもんだし……それに」
仮に女が女を好きになってしまったら――私だったら、相手に迷惑をかけないように諦めるね、と美鈴は言った。吐き捨てるような言い方だった。
「諦めるのかー」
「……その方が誰も悲しまないでしょ」
大妖精は「女の子同士は障害が沢山あって逆に燃える。相手がロリだともっと燃える」と言ってはばからない女なので、美鈴の思想は新鮮に感じられた。
「あのさ、あのさ、あたい気になるんだけどさ」
「何かな」
「寿命の短い生き物を好きになっちゃったら、どうするの? 例えば人間とか」
「それも、諦めた方がいいね」
「諦めるの?」
「そうよ。……好きな人が死んでしまった後、何百年も孤独な時間を過ごすのは、耐えられないと思う。あまりにも寂しすぎる。きっと気が狂ってしまうわ」
「だけど、二人の分身……赤ちゃんが残ってたら、大丈夫なんじゃない? 子供って親に似るよ? 好きな人間いたら、そいつの子供産めばよくない? 少しは寂しいの、平気にならない?」
「……産めたら、産みたいよ」
「だよね!」
チルノは続ける。
「でも、あたい、赤ちゃん産めないよ。じゃあ、絶対に人間は好きになっちゃいけないのかな? あたい、これから人間を好きにならないように、気をつけないといけないのかな?」
「……気をつけていても、いつの間にか好きになってしまうこともあるよ」
「ていうかあたい、妖精だよ? ほとんどの妖怪より、ずっと長く生きるよ? 先に好きな相手に死なれたら、寂しくて、頭、狂っちゃうんだよね? それって、あたいはもうどんな生き物も、好きになっちゃいけないってことなのかな?」
「そんな事は……」
「あたいは、妖精は、誰も好きになっちゃいけないの?」
「そんなこと無いよ!」
美鈴は声を荒げた。チルノが初めて耳にする、激しい怒声だった。
「そんなこと、無い……本当は誰が誰を好きになってもいいんだよ……だけど、でも……」
咲夜さんが私を好きになるわけないじゃない。その言葉をきっかけに、はらり、と美鈴の目から涙の筋が流れた。「あ、あれ、おかしいな、私どうしちゃったんだろ」そんな事を言いながら手でぬぐっていたが、一向に止まらないようだった。
美鈴の泣き顔は、チルノが今まで見てきたものの中で、一番悲しくて綺麗だった。何故かは知らないが、自分のせいで泣いたのは分かったので、そっと抱き寄せてみた。そうするべきだと、チルノの本能が教えてくれた。
「……チルノはいい子だね」
実のところ、チルノも悲しい気持ちでいっぱいになったので、誰かの体温が恋しかったから抱きついたのだが、美鈴が褒めてくれたので言わなかった。
「あ、あたいも好きな人作っていいのかなあ?」
「いいと思うよ。ごめん、泣かせちゃったね」
美鈴は細く長い指で、チルノの涙を拭き取った。「ごめん。私がさっき言ったことは全部忘れて。チルノは誰を好きになってもいいんだよ」と囁きながら。
美鈴の声はどこまでも穏やかで、名の通り、美しい鈴の音色みたいだった。体からはふんわりと甘い匂いがする。チルノが身を預けている胸元は、柔らかな感触で慰めてくれる。
(?)
その時、チルノの体の芯が、びりっと痺れた。まさに電流だった。
「あ、あの美鈴……」
「なあに?」
ぽんぽんと、あやすようにチルノの背中を叩きながら美鈴は微笑んだ。
「あのあの、その、あたい……」
「どうしたの? らしくないね」
「あたいも何て言ったらいいか分かんない」
「そう。そういうこともあるよね」
無理して言わなくていいよ、と美鈴はチルノの頭を撫でた。その優しい手櫛が髪を通っていく度、チルノの中で切なくて苦しい感情が大きくなっていった。
ばっくんばっくん。チルノの心臓が、命を使い切ってしまうんじゃないかとばかりに高鳴る。
初めての経験だった。自分の体にこんな機能があるなんて知らなかった。耳が熱くなって、お腹の下がきゅーっとしてくる。
「あたい帰る!」
チルノは怖くなって、夢中でその場から逃げ出した。「少し難しい話をし過ぎたかな」、と美鈴はぼやいた。
(あ、あたいおかしくなった)
チルノは少ない知識を総動員して、自分に何が起こっているのか確認してみる。
美鈴ともっとお話したい? したい。
美鈴ともっとぎゅっとしたい? したい。
美鈴とキスしたい? したい。
美鈴とえっちなことしたい? した――
「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!」
さっき教えてもらったばかりじゃないか。妖怪もいつか死ぬ。美鈴はチルノより早く死ぬ。そもそも女同士、だから二人が好きだった証、赤ちゃんも残せない。
この恋は報われない。
「忘れろ忘れろ忘れろ! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!」
チルノは切に望んだ。まさかもっと馬鹿になりたい、と祈る日が来るとは思わなかった。
明日になれば、きっと美鈴と何を話したかさえ忘れている。妖精は頭が悪いから。記憶力が無いから。この感情も、一晩眠って起きたら消えてくれているに違いない――
「忘れた。全部忘れた!」
言い聞かせるようにして、チルノは大急ぎで床についた。一秒でも早く、明日の朝になって欲しかった。
記憶の門に、蓋をした。好きって感情が溢れてこないように、諦めという門番を置いた。
神様お願いします、この門だけは壊れないようにしてください。心からの願いを胸の内で唱えながら、チルノは夢の中へと入り込んでいった。
翌朝。
チルノはぼんやりとした頭で、湖の周辺を飛び回っていた。
ええと。ええと。何があったんだっけ? 何をしようとしたんだっけ?
考えがまとまらないし、何かを思い出してしまいそうだったけれど、ま、いいか、と思い直して、いつもの道へ。
蛙がいっぱいいて、遊び相手も見つかる、あの館の周辺へ。
(あれ? そういえばあたい、昨日ここで――)
体は勝手に、あの門の前に進んでいた。
そこに立つのは、見慣れた姿。赤い髪の女性、紅美鈴。
「おはよう。早いね」
美鈴はチルノの顔を見ると、手を振って挨拶をした。そして軽く笑ったと思ったら、もう他所の方へ目を向けて、仕事に戻ってしまった。
その瞬間。チルノの中で、昨日と同じ感情が駆け上ってきた。
もっと美鈴にこっちを向いて欲しい、と心がうるさくねだっていた。
(忘れてない。どうしよう。あたい、忘れてないよ)
どうして? なんで? とチルノは途方に暮れた。
記憶の門番は、簡単に恋の前に屈していた。
(忘れたいよ。こんなの)
神様、どうかもっとあたいを馬鹿にしてください。美鈴を忘れるくらいに。チルノの懇願だけが、虚しく湖にこだました。
きちんとそれ以外のテーマも語ってて良い話でした
無知や暴走、無垢と激情、毎度対比も引き立ってて面白い!
もしかしたらそのうちそういう機能も模倣される日がくるかもしれませんね
中途半端に大人になってしまった悲劇
女同士・男同士に関しても、男の癖に雌馬に変身して雄馬とヤッて子供を作ったロキと言う謎洗礼があるし……。
人間の空想ってすげー
ここで終るからこその切れ味ってのもあるよなあ
それを乗り越えて「いつも通りハッピーエンドだよね」と思ってたら正反対だった、損害賠償を請求する
上手いですねえ。
切なさに泣いた。
4行目:やっぱりいつも通りだったか
後半にかけて~:……あれ、なんだか深い話になっているぞ?
いやー、こんな話も書けるのですね。作者様の力量が伺えます。
はっきりわかんだね