―――もし、私が居なくなったら、妹紅はどうする? 私は慧音のその問いの意味を聞けなかった。答えることも出来ず、顔を伏せるしかなかった。そうする事でしか場を切り抜ける術を知らず、そして、自分はその場を切り抜けたいのだと思っているの事に気が付いた。
古い家屋の壁に咲く紅い花の名を、妹紅は知らなかった。花びらに滴る水滴が雨上がりの余韻を残す。雲は厚く連なり、熱を閉じ込めた。遠くで鳥が鳴いた。空気にこもる鳴き声は滲むように思われた。妹紅は花を踏みにじった。
―――ごめん、ただ、聞いて見ただけ。 かける言葉が無かった。期待に応える事もできず、自分が傷つきたくないから、答えを偽る事も出来なかった。曖昧に笑いで返し、お互いに笑った。楽しい事なんて、何もないのに。子供の頃、悲しい事しかないのに笑う大人を理解できなかった。大人になれば理解できると思っていた。なぜ、自分がいま笑うのか分からなかった。あの時の大人も、分からずに笑っていたのだろうと、この時になって初めて知った。
濡れた花びらは、その紅い色を妹紅の靴に移した。血に見えたその紅は滴らない。命を奪ったのにも関わらず、滴ってくれない。叫びもしない。妹紅には、その滲む紅が、自分の傷跡のように思われた。自分はいま、悲しんでいるのだろうと思った。涙は出ず、笑う事しかできなかった。涙を流す事はできないくせに、笑いは作れるのだと思った。まだ自分に、他人を偽るだけの力が備わっている事を知り、そして偽るべき相手がいない事に気が付いた。
―――そろそろ、寝ようか。 慧音からの言葉を待つしかなかった。この空気の始末を、慧音に任せるしかなかった。何か気の利いた台詞が言えたのではないかと、後悔ばかりが頭を巡り、同時に、もうどうにもならないと言う実感が胸の奥から湧いた。遠く夜から、虫の鳴き声を聞いた。昔、子供の時にも聞いたことがある。その声を聞くと、高い天井の暗い隅、そして畳の香りが思い出される。たしか、あの時も、隣には誰かが眠っていた。部屋の薄闇から、おばけが覗いているかも知れないと思い、布団に包まる。心の中で隣の誰かに助けを求めたが、虫の鳴き声を聞いているうちに眠ってしまった。その誰かの顔を思い出すことはできなかった。そして今も、虫の鳴き声を聞いて、いつの間にか眠ってしまった。
竹林の濡れた地面を妹紅は歩いた。茂る竹々の間を歩いて、つまづいて転んだ。肘には血が滲む。自分の血だ、と妹紅は思い、思うだけで立ち上がり、さらに進んだ。遠くの山はすでに、薄闇にその姿を潜めている。漂う雲は、光り始めた月を隠していた。妹紅は、もはや何の表情も浮かべなかった。
―――妹紅。 たびたび慧音は、用事もないのに名前を呼んだ。声の調子でそれは分かった。私は、それに応えるのが何となく気恥ずかしく、聞こえない振りをした。慧音もそれ以上何も言わず、私は無視をした罪悪に苛まれ、すぐに後悔が兆した。もういちど声をかけてほしいと願った。だけど、私の思いとは裏腹に、慧音は声をかけてくれなかった。次こそは応えると、その度に思った。
開けた場所に出ると、背を向けた輝夜が立っていた。妹紅は輝夜を見る。振り向きざま放たれた弾幕に倒れる。左腕に血が滴った。自分の血だ、と思った。仰向けになっても、星は見えなかった。妹紅は輝夜の放つ弾幕を見た。瞬きもしなかった。
―――妹紅。
輝夜は妹紅の胸倉を掴み、無理やりに立たせた。妹紅の目は何も見ていない。顔を殴っても、倒れた格好のまま動かない。頭を蹴り飛ばす。腹を踏んでも、馬乗りで殴っても、妹紅は反応しなかった。
―――妹紅。
「あんた、馬鹿じゃないの」
馬乗りのまま輝夜は言った。妹紅の目には輝夜が映っていた。上を向いているだけで、輝夜を見ている訳ではなかった。
「妖怪とか、人間とか。いつか死ぬのに。あんたには、私ぐらいしか居ないのよ」
輝夜は妹紅に口付けた。覆いかぶさる体勢になった。妹紅は鼻で呼吸をし、輝夜はその体勢のまま妹紅の首を絞めた。輝夜は自分が興奮しているのに気が付いた。細い首は折れそうだった。自分でも驚く位の力だった。
「得意でしょ? 忘れるの。慧音のことも、前みたいに忘れたらいいのよ」
妹紅はその時になって初めて輝夜を見た。輝夜の唇を噛み千切り、目前の顔に向かって吐き付けた。下の歯が剥き出している。そこから血が垂れて、妹紅の顔を汚した。二人の血が混ざった。輝夜は何も言わず、妹紅の顔を殴った。幾度も殴った。妹紅は反応しなかった。鼻が折れて、左目は、もう開けなかった。妹紅は、何かを呟いていた。腕を止めて聞くと、殺してくれ、とうわ言のように口の中で繰り返していた。輝夜は醒めた。醒めて、何も言わずに立ち上がった。仰向けの妹紅を見下ろした。息をする度に血を吐き、縮こまる姿を滑稽だと感じた。輝夜は立ち去った。
妹紅は仰向けの体勢で虫の鳴き声を聞いた。思い返されるのは畳の匂いと天井の木目ばかりで、隣で眠る人の顔は靄のように曖昧だった。泣きたくても涙が出なかったから、口だけで笑った。なぜ、自分が笑っているか、未だに分からなかった。一生分からないだろうと思った。
「慧音」
妹紅は応えた。虫の鳴き声しか聞こえない。一人になった。喉の奥が鳴った。鼻から間抜けな音が出る。目に熱いものが込み上げてくる。胸が締め付けられるのを感じる。もう会えないと思っても出なかった涙が、いつか顔も忘れてしまうと思うと簡単に溢れた。
古い家屋の壁に咲く紅い花の名を、妹紅は知らなかった。花びらに滴る水滴が雨上がりの余韻を残す。雲は厚く連なり、熱を閉じ込めた。遠くで鳥が鳴いた。空気にこもる鳴き声は滲むように思われた。妹紅は花を踏みにじった。
―――ごめん、ただ、聞いて見ただけ。 かける言葉が無かった。期待に応える事もできず、自分が傷つきたくないから、答えを偽る事も出来なかった。曖昧に笑いで返し、お互いに笑った。楽しい事なんて、何もないのに。子供の頃、悲しい事しかないのに笑う大人を理解できなかった。大人になれば理解できると思っていた。なぜ、自分がいま笑うのか分からなかった。あの時の大人も、分からずに笑っていたのだろうと、この時になって初めて知った。
濡れた花びらは、その紅い色を妹紅の靴に移した。血に見えたその紅は滴らない。命を奪ったのにも関わらず、滴ってくれない。叫びもしない。妹紅には、その滲む紅が、自分の傷跡のように思われた。自分はいま、悲しんでいるのだろうと思った。涙は出ず、笑う事しかできなかった。涙を流す事はできないくせに、笑いは作れるのだと思った。まだ自分に、他人を偽るだけの力が備わっている事を知り、そして偽るべき相手がいない事に気が付いた。
―――そろそろ、寝ようか。 慧音からの言葉を待つしかなかった。この空気の始末を、慧音に任せるしかなかった。何か気の利いた台詞が言えたのではないかと、後悔ばかりが頭を巡り、同時に、もうどうにもならないと言う実感が胸の奥から湧いた。遠く夜から、虫の鳴き声を聞いた。昔、子供の時にも聞いたことがある。その声を聞くと、高い天井の暗い隅、そして畳の香りが思い出される。たしか、あの時も、隣には誰かが眠っていた。部屋の薄闇から、おばけが覗いているかも知れないと思い、布団に包まる。心の中で隣の誰かに助けを求めたが、虫の鳴き声を聞いているうちに眠ってしまった。その誰かの顔を思い出すことはできなかった。そして今も、虫の鳴き声を聞いて、いつの間にか眠ってしまった。
竹林の濡れた地面を妹紅は歩いた。茂る竹々の間を歩いて、つまづいて転んだ。肘には血が滲む。自分の血だ、と妹紅は思い、思うだけで立ち上がり、さらに進んだ。遠くの山はすでに、薄闇にその姿を潜めている。漂う雲は、光り始めた月を隠していた。妹紅は、もはや何の表情も浮かべなかった。
―――妹紅。 たびたび慧音は、用事もないのに名前を呼んだ。声の調子でそれは分かった。私は、それに応えるのが何となく気恥ずかしく、聞こえない振りをした。慧音もそれ以上何も言わず、私は無視をした罪悪に苛まれ、すぐに後悔が兆した。もういちど声をかけてほしいと願った。だけど、私の思いとは裏腹に、慧音は声をかけてくれなかった。次こそは応えると、その度に思った。
開けた場所に出ると、背を向けた輝夜が立っていた。妹紅は輝夜を見る。振り向きざま放たれた弾幕に倒れる。左腕に血が滴った。自分の血だ、と思った。仰向けになっても、星は見えなかった。妹紅は輝夜の放つ弾幕を見た。瞬きもしなかった。
―――妹紅。
輝夜は妹紅の胸倉を掴み、無理やりに立たせた。妹紅の目は何も見ていない。顔を殴っても、倒れた格好のまま動かない。頭を蹴り飛ばす。腹を踏んでも、馬乗りで殴っても、妹紅は反応しなかった。
―――妹紅。
「あんた、馬鹿じゃないの」
馬乗りのまま輝夜は言った。妹紅の目には輝夜が映っていた。上を向いているだけで、輝夜を見ている訳ではなかった。
「妖怪とか、人間とか。いつか死ぬのに。あんたには、私ぐらいしか居ないのよ」
輝夜は妹紅に口付けた。覆いかぶさる体勢になった。妹紅は鼻で呼吸をし、輝夜はその体勢のまま妹紅の首を絞めた。輝夜は自分が興奮しているのに気が付いた。細い首は折れそうだった。自分でも驚く位の力だった。
「得意でしょ? 忘れるの。慧音のことも、前みたいに忘れたらいいのよ」
妹紅はその時になって初めて輝夜を見た。輝夜の唇を噛み千切り、目前の顔に向かって吐き付けた。下の歯が剥き出している。そこから血が垂れて、妹紅の顔を汚した。二人の血が混ざった。輝夜は何も言わず、妹紅の顔を殴った。幾度も殴った。妹紅は反応しなかった。鼻が折れて、左目は、もう開けなかった。妹紅は、何かを呟いていた。腕を止めて聞くと、殺してくれ、とうわ言のように口の中で繰り返していた。輝夜は醒めた。醒めて、何も言わずに立ち上がった。仰向けの妹紅を見下ろした。息をする度に血を吐き、縮こまる姿を滑稽だと感じた。輝夜は立ち去った。
妹紅は仰向けの体勢で虫の鳴き声を聞いた。思い返されるのは畳の匂いと天井の木目ばかりで、隣で眠る人の顔は靄のように曖昧だった。泣きたくても涙が出なかったから、口だけで笑った。なぜ、自分が笑っているか、未だに分からなかった。一生分からないだろうと思った。
「慧音」
妹紅は応えた。虫の鳴き声しか聞こえない。一人になった。喉の奥が鳴った。鼻から間抜けな音が出る。目に熱いものが込み上げてくる。胸が締め付けられるのを感じる。もう会えないと思っても出なかった涙が、いつか顔も忘れてしまうと思うと簡単に溢れた。
>長いのを書こうと思っても
ではわかっていながら、なぜそんな適当なものを投稿したのです?
ここ最近の貴方の作品を拝読しましたが、どうせこれでいいだろ、という読者を小バカした雰囲気で良い気はしません
記号のダッシュ「―」は通常なら偶数の塊で使うのが基本だったはず。
あと、クエスチョン「?」の後ろに文章が続く場合はスペースを一つ挿入すること。
一行目から、こんなにもミスが目立つと、文章が書けない人だと思われてしまいますよ。
長編の中にこんな素敵文章が組み込まれていたら色々と染みて大変なことになりそうだなあって。