冷たい木枯らしは真っ直ぐ顔の横を吹き抜けて行って、ぱさぱさり、と髪の毛を揺らす。
冬の夜空は燦々と輝く星達に彩られ、宝石箱を掻き回したようにいたずらに瞬く。
白い息は二人分浮かんでいて、それに合わせるように二人分のお喋りが聞こえる。
「ねえ蓮子、どういうつもりよ。いきなり呼び出したりなんかして」
「まあまあ。あ、ちょっと待っててよ」
片方の、黒い帽子を被っているほう。宇佐見蓮子は自販機の存在に気付き、ポケットから財布を出してごとんごとんと缶を二つ出す。
「はい、寒い中来させちゃったから私のおごりよ」
「お、おしるこ」
「……あ、本当はココアでも、と思ったけど、売り切れててね」
そう言うと、缶のプルトップを慣れた手つきで開け、ちびちびと飲み始める。
もう片方の、白い帽子を被っているほう。マエリベリー・ハーン、通称メリーは不服そうな顔をしながらも缶で暖を取る。
蓮子ははふ、と暖かい息を出した。
「私、結論から言わない事象はあんま好きじゃないんだけどさ」
「ええ、良く知ってるわ」
「今日は、前提から入ってみようと思ってね」
「その心は?」
「それを言っちゃあ、今日呼び出した意味がないわ」
ふふふ、と一人含み笑いをする蓮子に、メリーはまた納得のいかなさそうな顔をした。
こんな寒い日に呼び出して、しかも夕方、突然。今日は夜に遠くに行ってみようと。蓮子は何を考えているのだろうか。
……いや、もとより考えている事が分かるような相棒ではない。私は考える事を放棄して、目の前にあるおしるこの缶を開けた。湯気がゆっくりと立ち昇る。
「それより見てよ。今日の星空。雲一つなくて、地平線の向こうまで澄み渡ってるわ」
歩きながら上を見続ける蓮子は危なっかしい。躓かないかしら、と心配しつつも進行方向の先の空を見上げる。
すると、眼前に広がる群青の闇が私の目を覆い尽くした。散らばる星々はスパンコールのように空を縫い、まるで、大きな一つのドレスのようだった。
「……綺麗ね」
「あんまり上ばっかり見てたら、蹴躓くわよ」
む、と目線を蓮子に戻す。いつの間にか彼女は道を真っ直ぐ見据えており、おしるこをぷはぁ、と飲み干していた。
こういう要領の良いところが、腹立つのよねぇ。
「メリー、もうすぐ目的地よ」
三十分ほど歩いただろうか。メリーのおしるこはもうすっかり冷え切り、あたりは人気がなくなっていた。
京都は安全なところで、女子二人で歩いていても何事も無い。こういう時、京都に住んでて良かったなぁと思う。
「着いたわ! ここよ!」
大きいビルの廃墟のようなところを指さして、蓮子は言った。
周りには色とりどりの雑草が生い茂っており、人がいる気配は全く無い。京都にもこんなところがあったのか、と思うくらい荒れていた。
蓮子は目の前にあるフェンスをひょい、と軽い身のこなしで乗り越え、きょろきょろと周囲を確認する。
「ま、待ってよ蓮子」
よいしょ、と私もやっとフェンスを乗り越え、すと、と地面に降りる。蓮子は目をきらきらと輝かせ、
「メリー! ここの屋上へ行くわよ!」
と高らかに言った。
「えぇ、こんなに歩かせといて、また階段を上るの?」
そう言った時には、蓮子はビルの外にある螺旋階段を、かんかんかんと靴音を立てて登り始めていた。
ビルは十一階まであって、その上が屋上だよと蓮子は螺旋階段の上から言う。
あまりにも早く登って行くものだから、足がついていかない。蓮子のスピードにあわせる事はない、自分の速度で登ろうと決めて速度を緩めた。
すると、遠く遠くに、酉京都の夜景が目の端にちらりと輝いた。その夜景は、とても小さく、私達の歩いてきた距離を表していた。
「メリー、はやくう」
蓮子がずっと上から呼ぶ。はいはいと返事をして、一度緩めかけた足をさっきより速いスピードで動かして階段を登る事にした。
やっと、屋上まで登ってきた。意外に階段はきつくて、ふうと一息つく。
遠くに見える小さい酉京都の夜景は健在で、私達の周りの暗さを際立たせていた。
蓮子はずっと自分の懐中時計を見つめ続けている。
「蓮子、こんなところまで来て何を」
「空を見上げて、メリー」
「え」
真上を見上げた。きらきらと瞬く星はそのままに、先程見上げた時より黒い空になっている。
「〇時一八分二〇秒、二一秒、二二秒」
蓮子が時計を見ずにカウントする。
「二三秒」
そう言うと、ぴたりとカウントは止まった。その瞬間。
ぴゅん、と空に光が走った。
その後も、ぴゅん、ぴゅんと争うように光が駆けてゆく。
やがて、沢山の光がこちらに降ってくるように散ってくる。
首が痛くなるほどずうっと上を見上げていた。蓮子も、一緒に空を見上げているようだった。
「獅子座流星群よ、これが見せたかったの。……メリー。前提はここで終わりよ」
獅子座流星群。心の中で言葉を反芻する。
「あのね、私、メリーと結婚したいな、って思うの」
視線は空のまま、どくんと胸が高鳴った。
「メリーと、ずっとずっと同じ空を見上げていたいの」
一閃の光はすうっと空を裂く。
目線を蓮子に戻した。星のように、綺麗な目をしていた。
「これが、私の結論。メリー、ついてきてくれるかな」
この言葉によって、秘封倶楽部は終わりを告げる事になる。
――でも。
「蓮子……。私、なんて言ったらいいか分かんないけど、けど……。私、貴女について行きたいわ。ずっと、ずっと」
蓮子はぐうう、と俯いて、そして、
「やったー! メリー、大好き!」
私に抱きついてきた。どさりと尻餅をついたが、蓮子がものすごく嬉しそうな顔をしていたので、じんじんとした痛みすらも幸せだった。
かくして、秘封倶楽部はサークルとしての活動を終える事となった。
しかし、これからも二人、もとい夫婦は、新しいスタートを切ったのであった。
めでたし、めでたし。
冬の夜空は燦々と輝く星達に彩られ、宝石箱を掻き回したようにいたずらに瞬く。
白い息は二人分浮かんでいて、それに合わせるように二人分のお喋りが聞こえる。
「ねえ蓮子、どういうつもりよ。いきなり呼び出したりなんかして」
「まあまあ。あ、ちょっと待っててよ」
片方の、黒い帽子を被っているほう。宇佐見蓮子は自販機の存在に気付き、ポケットから財布を出してごとんごとんと缶を二つ出す。
「はい、寒い中来させちゃったから私のおごりよ」
「お、おしるこ」
「……あ、本当はココアでも、と思ったけど、売り切れててね」
そう言うと、缶のプルトップを慣れた手つきで開け、ちびちびと飲み始める。
もう片方の、白い帽子を被っているほう。マエリベリー・ハーン、通称メリーは不服そうな顔をしながらも缶で暖を取る。
蓮子ははふ、と暖かい息を出した。
「私、結論から言わない事象はあんま好きじゃないんだけどさ」
「ええ、良く知ってるわ」
「今日は、前提から入ってみようと思ってね」
「その心は?」
「それを言っちゃあ、今日呼び出した意味がないわ」
ふふふ、と一人含み笑いをする蓮子に、メリーはまた納得のいかなさそうな顔をした。
こんな寒い日に呼び出して、しかも夕方、突然。今日は夜に遠くに行ってみようと。蓮子は何を考えているのだろうか。
……いや、もとより考えている事が分かるような相棒ではない。私は考える事を放棄して、目の前にあるおしるこの缶を開けた。湯気がゆっくりと立ち昇る。
「それより見てよ。今日の星空。雲一つなくて、地平線の向こうまで澄み渡ってるわ」
歩きながら上を見続ける蓮子は危なっかしい。躓かないかしら、と心配しつつも進行方向の先の空を見上げる。
すると、眼前に広がる群青の闇が私の目を覆い尽くした。散らばる星々はスパンコールのように空を縫い、まるで、大きな一つのドレスのようだった。
「……綺麗ね」
「あんまり上ばっかり見てたら、蹴躓くわよ」
む、と目線を蓮子に戻す。いつの間にか彼女は道を真っ直ぐ見据えており、おしるこをぷはぁ、と飲み干していた。
こういう要領の良いところが、腹立つのよねぇ。
「メリー、もうすぐ目的地よ」
三十分ほど歩いただろうか。メリーのおしるこはもうすっかり冷え切り、あたりは人気がなくなっていた。
京都は安全なところで、女子二人で歩いていても何事も無い。こういう時、京都に住んでて良かったなぁと思う。
「着いたわ! ここよ!」
大きいビルの廃墟のようなところを指さして、蓮子は言った。
周りには色とりどりの雑草が生い茂っており、人がいる気配は全く無い。京都にもこんなところがあったのか、と思うくらい荒れていた。
蓮子は目の前にあるフェンスをひょい、と軽い身のこなしで乗り越え、きょろきょろと周囲を確認する。
「ま、待ってよ蓮子」
よいしょ、と私もやっとフェンスを乗り越え、すと、と地面に降りる。蓮子は目をきらきらと輝かせ、
「メリー! ここの屋上へ行くわよ!」
と高らかに言った。
「えぇ、こんなに歩かせといて、また階段を上るの?」
そう言った時には、蓮子はビルの外にある螺旋階段を、かんかんかんと靴音を立てて登り始めていた。
ビルは十一階まであって、その上が屋上だよと蓮子は螺旋階段の上から言う。
あまりにも早く登って行くものだから、足がついていかない。蓮子のスピードにあわせる事はない、自分の速度で登ろうと決めて速度を緩めた。
すると、遠く遠くに、酉京都の夜景が目の端にちらりと輝いた。その夜景は、とても小さく、私達の歩いてきた距離を表していた。
「メリー、はやくう」
蓮子がずっと上から呼ぶ。はいはいと返事をして、一度緩めかけた足をさっきより速いスピードで動かして階段を登る事にした。
やっと、屋上まで登ってきた。意外に階段はきつくて、ふうと一息つく。
遠くに見える小さい酉京都の夜景は健在で、私達の周りの暗さを際立たせていた。
蓮子はずっと自分の懐中時計を見つめ続けている。
「蓮子、こんなところまで来て何を」
「空を見上げて、メリー」
「え」
真上を見上げた。きらきらと瞬く星はそのままに、先程見上げた時より黒い空になっている。
「〇時一八分二〇秒、二一秒、二二秒」
蓮子が時計を見ずにカウントする。
「二三秒」
そう言うと、ぴたりとカウントは止まった。その瞬間。
ぴゅん、と空に光が走った。
その後も、ぴゅん、ぴゅんと争うように光が駆けてゆく。
やがて、沢山の光がこちらに降ってくるように散ってくる。
首が痛くなるほどずうっと上を見上げていた。蓮子も、一緒に空を見上げているようだった。
「獅子座流星群よ、これが見せたかったの。……メリー。前提はここで終わりよ」
獅子座流星群。心の中で言葉を反芻する。
「あのね、私、メリーと結婚したいな、って思うの」
視線は空のまま、どくんと胸が高鳴った。
「メリーと、ずっとずっと同じ空を見上げていたいの」
一閃の光はすうっと空を裂く。
目線を蓮子に戻した。星のように、綺麗な目をしていた。
「これが、私の結論。メリー、ついてきてくれるかな」
この言葉によって、秘封倶楽部は終わりを告げる事になる。
――でも。
「蓮子……。私、なんて言ったらいいか分かんないけど、けど……。私、貴女について行きたいわ。ずっと、ずっと」
蓮子はぐうう、と俯いて、そして、
「やったー! メリー、大好き!」
私に抱きついてきた。どさりと尻餅をついたが、蓮子がものすごく嬉しそうな顔をしていたので、じんじんとした痛みすらも幸せだった。
かくして、秘封倶楽部はサークルとしての活動を終える事となった。
しかし、これからも二人、もとい夫婦は、新しいスタートを切ったのであった。
めでたし、めでたし。
この時代の日本では同性婚もありなんでしょうかね。