「ねえ、藍」
その時私は夕食の膳についていた。
八雲の晩餐はいたって質素だ。私と、紫様と、愛する橙の三人で小さなちゃぶ台を囲む。
「何ですか、紫様」
私はおひつから白米をよそいながらそう答える。
普段の何気ない会話というものは、本当に息をしているのと同じようなものだ。殊更意識をしなくても、実に自然に流れていくもの。
この時も当然そうだと信じていた。
「私ってババァなのかな」
その瞬間。
私の視界は一気に反転した。
『乙女心とは何だったのか』
「結界」というものについての話をしよう。
例えば異変や事件。
それら非日常の世界は、いつも私達の暮らしと背中合わせになっている。
私達はそのことを頭で分かっていても、日々の生活においてそれをずっと意識していることは出来ない。
だが、ある日ある瞬間、私達の身は突然に非日常の世界に飲み込まれてしまうことがある。それがきっかけで、身の回りの世界は一変する。
日常と非日常との世界には、明らかに「境界」が存在するからだ。
だが、意外なことにその境界は、私達が自分自身で、気づかぬ内に作り上げているのである。
誰に仕向けられているのではなく、自分自身が日常と非日常の間に、その境界を決めているのだ。
これがすなわち「結界」というものの、最も単純な構造なのだ。
「ねえ、藍。私ってババァ?」
紫様が更に発した一言で、私は強制的に現実世界に引き戻された。
できれば永遠に帰って来たくは無かった。
私の日常に流れる時間は、このほんの些細な一言で、瞬時に大異変に姿を変えてしまったのだから。
この時すでに、私の中では軽い核融合放射能漏れ大パニックが起こっていたのだが、私はそれを表情に出す事はない。いわゆる大妖の意地というヤツだ。今にも失禁してしまいそうだったが。
血走った目で紫様をチラ見する。
(うっわ……)
紫様はと言うと、これが怒ってるでも、笑っているのでもない。無表情だ。
だが座布団に座ったまま、顔だけをコチラに真っ直ぐに向けている。未熟な私には、その表情仕草から紫様の真意を読み取る事は出来ない。
私は内心歯噛みした。
まるで授業中にトイレットを我慢している様な状態で、小刻みに震えながらも私は懸命に頭を働かせる。
実際、この時既に私の中では、実に数十通りもの回答が演算されていた。
……されていたのだが、それらのいづれがこのケースに適した回答なのか。それを私は測りかねていたのだ。
或いはそのどれもがこの場において不適切な答えかもしれないし、間違いである可能性も考慮しなければならない。それは十分に有り得る事。
例えば、この時紫様が眼をうるうるさせて「ゆかりん悲すい……」的なおふざけアクションでこの言葉を発したとするならば、それはそれで一種の救いと言えるのだ。対する回答も何ら難しいことは無い。悪態の一つでもついてやれば良いまでのこと。
あるいはマジ悩み的な「相談」でもいい。
実際この問題は紫様にとって極めてデリケートで危うい問題だ。どんよりと落ち込んで鬱な感じで言葉を掛けてくれたならば、まあ、ドン引きは免れないが、それもまた真摯に答えようはあるだろう。
しかしながら、今の紫様の顔には表情というものがない。
一体笑っているのか、悲しんでいるのかすら分からない。ネタ振りなのかマジ話なのか全く判断が出来ない。
眉一つ動かしてくれるだけでいい。或いは視線をやや逸らすだけでも、顔色を変えることも出来るだろう。それだけで、私は紫様の表層から、その深遠なる胸の内の欠片を垣間見る事ができるのだ。
すなわち、残念ながら用意された答えに対する決定的な確証が不足しているのだ。つまり南無三である。
「おいしそうですね~藍しゃま~」
その時、傍らから私の愛くるしい式、橙のかわいい声が流れてきた。
私は静かに我に返る。
ああ、橙よ。食卓に上っているサンマに目を奪われているのだね。可愛い娘。
橙もむかしの様に我慢できずにサンマに飛びついたり、うずうずそわそわして尻尾や体をせわしなく動かせる事も無くなった。淑女としての嗜みを覚えたのだ。
その成長振りに驚かされるばかりだ。ゆくゆくは立派に八雲の名を拝命し、この私をも使役するほどの力を身に付けてくれるだろう。
(待っていておくれ橙。この闘いが終ったらゆっくりとサンマを楽しもう。海の見える丘の上の白い家で、二人でひっそりと寄り添うようにサンマを食べよう)
私は慈愛に満ちた眼差しを一瞬だけ自らの式に向け、すぐさまそれを傍らに移す。
愛くるしい式の姿が横に流れ、視界には我が戦場である荒野が映し出される。
そこには主である八雲紫様の姿が。
最初に紫様が問題の発言をしてからここまで、ほんの一瞬の間しか経っていない。コンマ数秒の内に私の頭脳は激しく躍動し、次なる一手の手段を模索しているのだ。
ただ、今までのごく僅かな間にも幾つかの判断材料が揃った事を、私は見逃してはいなかった。
まず橙の反応だ。
橙は紫様の「私ってババァなのかな」なる弾道ミサイル的な発言に、これといった反応を示していないのは注視に値する。
橙も嗜みある妖怪になった。当然件のセリフを紫様が発する意味をよく理解する程に……。
だが、橙が紫様の発言をそんなにも気に留めていない事実は、私に勇気を与えてくれる材料だ。聞こえていなかった、という事は有り得ない。私達一家の会話は、常人の発する言葉の遣り取りとは少し違うからだ。
それは脳に直接話しかけるテレパシー的な要素を含んでいて、ある程度距離が離れていても、私達はお互いの意志の疎通が出来るほどだ。
となれば、紫様のセリフは、少なくともそれほど重い響きを持っていなかったと判断できるのだ。
橙はそれを日常の会話の一環として流してしまったのだろう。
そもそもこの問いは私に対して向けられたもの。橙にとって、それは目の前の焼きサンマ以上の興味の対象とは成り得なかったのである。
となれば私の一手は決まった。
淀みなく、私は一歩を踏み出す。それにためらいがあってはいけない。
私は手にした茶碗を紫様に手渡しながら、なるだけぞんざいに口を開いた。
「またそんなくだらない事……ホラ、冷めない内に頂きましょう」
おそらくギリギリのタイミングであった事だろう。
この0.0001秒でもタイミングが遅ければ、手遅れだった可能性がある。
主の下らない質問をあしらう様に受け流す。まさに理想的な形で、私の一手は決まった。
更にコチラから次なるステージへ話題を変換する事で、強制的に結界を排除する。形としては逃げているのだ。話題を逸らしているのである。だが、今まさに食事が始まらんとするこのタイミングが明暗を分けた。逃げの形からの一手逆転のカウンター攻撃。
そして更に私の畳み掛けるような攻めは続く。
「それじゃあ頂きますよ。はい、いただきます」
「いただきまぁーす!」
「いただきます」
私が強制的に手を合わせると、自然な形でそれに続く二人。
(ゴォ~ル)
私は内心ガッツポーズを決めた。紫様を見ると、どうやら目の前の食事に興味が移っているようであり、サンマを見ながら橙と「もうそろそろ秋ね~」などと会話を交わしている。私はひとり静かに安堵の息を漏らした。
但し、だからと言ってまだ油断は出来ない。
旨く話題を逸らせたと思っていても、私が紫様の問いにちゃんと答えていないという事実は依然残っている。問題が問題だけに、この「私ってババァなのかな」という問いは、今でも紫様の中で燻っている可能性は大いにあり得るのだ。
ー私ってババァなのかなー
そう。私の前に突きつけられたこの問いは、それだけ重大で宇宙的なものなのだ。
先ほどの私は単に時間稼ぎをしたに過ぎない。私の一手によって与えられたのはほんの、数分、いや場合によっては数秒の時間かもしれない。いつ紫様が、この核ミサイルボレー的なスパイクを打ち返してくるか分からない。この刹那の時の中で、私はその問いに対する明確な返答を用意しなければならないのだ。
勝負はまだ続いている。私はその自覚と供に、自らの背に緊張の汗が滲むのを感じた。
「紫様。今日起こったことで少々気になる事があるのですが」
私は、今度はなるべく普段どおりのトーンで紫様に話しかける。
この場面はあえて攻めだ。矢継ぎ早に話題を振る事で、息つく暇を与えてはならない。
「何かしら」
紫様は味噌汁を口に含みながら答える。
いつからか食事の際、私達は幻想郷の事や、霊夢達の事、気になった事をお互いに報告しあうのが恒例になっていた。
私はその恒例の流れに従って、紫様の関心をなるべくばばぁネタから遠ざけようと試みたのだ。
「結界のことなのですが」
「ええ」
その中でも、博麗大結界の事はほぼ毎日上がる話題。だが、今日私が用意しているネタはいつもとはやや異なる。私はそれをカードとして場に用意した。
紫様が味噌汁の椀を机に戻す。
それを待って、私は口を開いた。私のターンだ。
「大結界の縄張りが2%ほど膨らんだ模様です」
「うっそ?」
私の発言に目を丸くして固まる紫様。ぶったまげている。
対して、普段どおりの落ち着いた姿勢を崩さない私。ここで変な動揺を与えるのは得策ではないと考えたからだ。
だが効果はてきめん。私は内心ほくそ笑んで話題の有効性を実感していた。
「そ、それはどういう事ですか……? 藍しゃま……」
橙もびっくりしている。無理も無い。
縄張りが広がるという事は、文字通り、ほんの僅かだが幻想郷が広がったという事だ。けっこうな大事である。
博麗大結界は、かつて紫様や博麗の巫女が、秘術の粋をつくして展開したものである。
少しでも多くの妖怪達をこの結果の中に収容する為、我々の力が届く限り結界の縄張りを広くしたのだ。つまりは今の結界の広さが、幻想郷の広さということになり、同時に我々の力の限界でもある。誰かが意図的にそれを広げる事など、出来る筈がない。
「恐らくは生態系の異常成長が関係するかと思われます」
「それは一体……いや、有り得る話か……」
一瞬口に手をあてて思案顔を見せる紫様だが、流石にその可能性について思うところがあったらしい。
私はというと、話題そのものがばばぁネタから更に遠く離れていく心地よさに身を委ねていた。さしずめ、小川を流れる笹船に乗った気分とでも言おうか。だが、まだまだ油断したわけでは無い。
「結界周辺の森、すなわち結界を形成する原生林。ここに生息する幻想種の一部が、異常成長して大結界の境界に干渉したのでしょう。その結果境界が半ば強制的に広がったのです」キリッ
「そ、そうなんですか……」
あんぐりと口をあけている橙。かわいい。
大結界の境界は幻想郷の周辺に生息する原生林から成っている。結界と言うと、一見光の壁やバリアの様な物を想像してしまうが、その実体はあくまで概念的なものである。
結界は、コンピューターのデータの様な情報を集約する事で構成されているのだ。いわゆる「幻と実体の境界」がそれだ。
簡単に言うと草木一本や一枚の落ち葉、妖怪や妖精の個体に至るまでを、膨大なデータとして指定し「これこれがあるのが幻想郷」という具合でプログラミングを成立させている。その中には当然土地そのものの範囲が含まれているのだが、これが幻想郷のワクになる。
なのでその境界そのものを実際に肉眼で捉える事はできないし、実態の無いものなので触れることも当然できない。
今回の場合、その原生林に生息する、幻想郷のみで自生している植物の一部が急成長し、結界のワクを超えてしまったのである。
幻想種は外の世界にあってはならないものなので、結界はその植物を内に留めようとする。そうする事で、結果的に境界が外に広がってしまったと言うわけだ。
「それ、どうなの? アリなの?」
「はあ。結界は概念的なものなので特別に問題は無いようです。実際にいろいろ見て廻りましたが、異常はなさそうなのです」
実際、私は今日丸一日を掛けてそのことについて調査してみたのだが、これといった問題はみつからなかった。だからこそ、この場を切り抜ける為のカードにも使えたわけだが。
紫様も色々な要因を瞬時に考えたのだろうが、恐らくは大丈夫だろうという結論に達したはずだ。
ただ、そうなった原因はある。
「恐らくは、風見幽香さんの仕業かと……」
「やっぱり……」
ため息とともに紫様は額に指を宛がう。困った時の紫様のクセだ。
よしよし。ばばぁネタなんかは遠い雲の彼方だ。流れはキているぞ。それも確実に!
「原生林に生えている幻想種は、本来植物の妖怪版の様なもの。成長速度も何百年、何千年単位です。その一部が異常成長したのは何らかの干渉があっての事。そんな事が出来る妖怪はごく一部の、限られた種でしかないでしょうから」ドヤァ
「~~なんてヤツなの……」
紫様は再びため息混じりに端正な顔を崩した。
風見幽香は花を操る妖怪だ。
何物にも束縛されず、季節の花を求めて常に幻想郷中を移動している。
それだけに彼女には縄張り意識の様なものが無い。妖怪としてはこれは非常にめずらしい習性だ。
ただ、幽香はあちこちで植物に対する干渉を行なう。そこらへんの植物を勝手に成長させたり、増やしたり焼き払ったりして、生態系を好きにイジクルのである。
今回の事態も多分、彼女のほんの気まぐれなのだ。それが、結果的に結界に干渉するような事態を招いたに違いない。
現に異常成長した植物からは、彼女の妖気の「クセ」の様なものが微弱ながら感じられた。
当の本人には悪気はないのだが、少なくとも分かった上でやっている。それが風見幽香という妖怪だ。
「わかったわ。明日私がそれとなく警告をあたえて来るとしましょう」
「そうしていただけると助かります」ビシィ
実はこれまでにも似たような問題を、彼女はちょくちょく起している。外の世界の植物を求めて結界を破ろうとしたり、自分が研究している希少種で突然森を造ってみたり。魔界にイキナリ攻め込んでみたり……。
ただ、この風見幽香に限らず。幻想郷に住む妖怪達は結構勝手に色々な問題を起している。
冥界、竹林、守矢神社、命蓮寺、神霊廟、妖怪の山、地底、天界等々、そこに住んでいる妖怪達は兎に角、皆やんちゃ者ばかりだ。
彼女達はほぼ毎日のように何らかの問題を起こす。
当然異変もその内の一つだが、これは一種特別な「行事」のようなものであり、別物と考えてよい。
それよりも、日常の暮らしの中で彼女達が、何らかの問題や事件を巻き起こすのが、実は一番やっかいなのだ。私達八雲家や博麗の巫女は、こうした問題を管理する為に存在しているようなものだ。
例えばこの間の神霊廟異変の際。
命蓮寺の封獣ぬえは、勝手に結界を飛び出して外の世界から、あの忌々しい大狸の二ツ岩マミゾウを連れて来た。
表立っては何も問題にはならなかったが、幻想郷に住む一妖怪のぬえが、安々と結界をすり抜けて外の世界に出てしまった事に、紫様は大きなショックを受けておられたのだ。
後日ぬえを呼び出し事情の聴取が徹底的に行なわれた。その際、ぬえはいとも簡単に結界の盲点を指摘してしまったのだ。
おかげで私達は数日間ぶっつづけで結界の再構築に追われたのである。一緒に立ち会った霊夢や、ぬえ当人もさすがにフラフラになっていた。
博麗大結界は、このように非常に脆い結界なのだ。幻想郷というユートピアはまだまだ実験段階の世界であり、未完成の状態なのである。なので結界そのものにも結構頻繁に色んな問題が起こっているというわけだ。
「それから、念のため明日もう一度、私達で結界の周囲を見て回りましょう。そうね……橙もいらっしゃい」
「は、はいぃ!」
緊張して尻尾がぴこんと跳ね上がる橙。超かわいい。
それから紫様は私に二三の具体的な指示を与えた。私は淀みなくそれに答える。
「それから藍、ちょっと確認したんだけれど」
「はい」キリッ
私は茶碗を片手にイケメンフェイスを形作る。
「私と幽香ってどっちがババァかな」
(ふオオオオオオおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおおぉぉーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!)
紫様の発した無慈悲で凶悪なる業火が私の身を焼き尽くした。
私の全身から、やけに気持ちの悪い汗が噴出して滝の様に流れ始める。
やはりこの方は恐ろしい。ここで話を蒸し返してくるとは。
まったくもって意味不明のタイミングである。幻想郷の結界の話を、どこをどうほじくったらババァのネタが出てくるというのだろうか。
もう幻想郷の誰よりも非常識だ。さっきまでの私の苦労を返せといいたい。金を返せといいたい。
私は混乱する頭脳をフル回転させ、この絶望的な局面を切りぬける手段を模索した。
何万通りかの可能性の中で、正しい回答をチョイスしなければ、私の人生はたちまち「BAD END」コースにエスコートされてしまう事だろう。
(むぐぐ……ま、負けてたまるか……っ)
私は歪む頭脳を奮い立たせる。冷静さを失ってしまえばそこで終わりだ。
これは話題の原点に立ち返ってみる必要があるだろう。そう、「ばばぁ」とは如何なるものか。
一言でいってしまうと「歳を経た者」の事である。
だがこれがクセ物。歳を経た者とはこの私にも当てはまるではないか。可愛い橙にもだ。
つまり妖怪とはそういう存在であり、この幻想郷ではみんなばばぁなのだ。だが、それを一部のものにだけ当てはめているのは何故か。
そう。私達はそこに知らない内に「境界」をしいているのだ。これこそが結界のトリックだ。
人間をみてみるがいい。
彼らは生まれて数十年で年老いてばばぁとなってしまう。70歳や80歳など、私達から見れば赤子も同然だ。
100年生きているという、紅魔館のパチュリーノーレッジでさえ、私達から言わせれば幼女キャラ全開なのである。
永遠亭の因幡てゐ、命蓮寺のぬえ、守矢神社の諏訪子さん、地霊殿のさとりさん、四季映姫様。彼らなどは一見幼女キャラスイーツなロリ的存在だが、ヘタをすれば紫様と同等もしくはそれを超える長寿だ。筋金入りのセクシャルばばぁ達なのである。
そう、ばばぁは何も紫様一人に限ったことでは無い。結局その結界は私達自身が、自分の中で形作っているのだから。なんにも気にする事なんてないのだ。
幻想郷に住む生きとし生けるものすべてが、博麗大結界を形作っている様に。
現に紫様は美しい。女の私から見ても惚れ惚れするほどに。
因幡てゐ、封獣ぬえ、洩矢諏訪子、古明地さとり。四季映姫ヤマザナドゥ。彼女達の誰にも劣らぬ美貌を備えておられる。
私は彼女達一人一人の姿を思い浮かべ、最後にその中に紫様の姿を思い浮かべてみる。
(圧倒的じゃないか……っ!)
私の頬を絶望の涙がハラハラと伝った。
「幽香よりはマシだと思わない?」
「あ……ぁぁ……ぁぐ」
やはり悪魔的な無表情で、紫様は私に問いかける。なにげなく「今日は何曜日だったかしら?」と聞いてくるくらいのテンションで。
私は追い詰められたベジータの様に呻きを上げた。
体が小刻みに震え続け、額には脂汗が滲む。まるで授業中お腹のギュルギュルが発動した時のような、絶望的な時間が私を支配した。
先ほど思い浮かべた因幡てゐ、封獣ぬえ、洩矢諏訪子、古明地さとり。四季映姫ヤマザナドゥの最強メンバー。その中に立つ我が主の姿は、絶望的なほど他を圧倒していた。
「い……いあや、そりぁ、幽香さんよりは……マ、マシですよ~……」
私は情け無い事にその場しのぎの策に出た。
私は愚かであり。未熟者だ。
だが、逃げるという事も立派な作戦の内である事も確かなのだ。無理をしたって結局状況は好転しないし、解決策などみつからないだろうが。
「ふ~ん。具体的にはどの辺が?」
(ひぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃぃぃいいいいいいいぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!)
あっさりと逃げ場を塞がれてしまう私。
それよりもむしろ、私は自らの掘ってしまった墓穴を、更に快適で安らぎの空間にしてしまったようだ。
(待て待て待て! 落ち着け! 今比較されている対象は幼女キャラ達では無い。風見幽香ではないかっ!)
私は混濁しかける意識に、今日何度目かの鞭を打つ。
瞬時にスーパーコンピューター「京」をも凌駕する(古っ!)頭脳で風見幽香、八雲紫の立ち姿を思い浮かべてみる。
頭の中で、同じポーズ、同じ角度でパラソルを構える両者。
(……)
風見幽香もこの幻想郷ではお姉さまキャラで通っている人物だ。その立ち姿はアダルティックな雰囲気を周囲に爆散させている。
実際、厳密にどちらが年上なのか、私にははっきりいって分からない。風見幽香に関しては、よく分かっていない事の方が多いのだ。
だが、何故だろう。
二人が横に並んだ時。僅かながら、というか多分確実に、私にはどうしても紫様の方がばばぁに見える!!!
(死のう……)
私は絶望した。
私の中の境界。私の中の結界が、これほどまでに強固なものに形作られていたとは。
(ぐぬぬぬ……)
だが私は直ぐに頭を振って気を奮い立たせる。
この辺り、私のメンタルは不死鳥並のしぶとさを持っている。伊達に最強妖怪の一角に数えられていはいない。
私は高速思想をさらに神速のレベルにまで上昇させる。
紫様が幽香にババァ的に勝っているのには、それなりに何か原因がある筈。ないはずは無い。それを探れば、あるいは!
服装か? 確かに風見幽香の服装は地味だ。むしろ紫様にくらべて配色がオバンくさいといってもいい。服装はオバンくさいのに、何故か紫様より若く見える。いや駄目じゃんそれ。
髪型はどうだろうか? 幽香は幻想郷少女には必須といっていいほどの帽子がない。それが返って若々しいと見ることも出来るだろう。だが待ってほしい。紫様の帽子はアレだ。赤ちゃんの帽子みたいな変なヤツだ。私も人の事はいえないが。
その帽子を装備している分だけ紫様にはアドバンテージがあるはずだ。オプションでたくさんのリボンも装着している。これほど少女臭を漂わせる小道具は無い。だが、そのゴテゴテが返ってマイナスポイントになっているのではないか? しかも見ようによってはとても嫌味に見える。駄目だ!
しゃべり方はどうだ? 確かに二人ともアダルティーな言葉遣いである。これは結構有力なポイントだぞ。では実際紫様に、例えばそう、諏訪子さんの様なしゃべり方をさせてみたらどうだろうか?「あー、う~」とか言わせて見れば紫様もちょっとはマシに見えるのでは……と思ったが、駄目だ。なんかすごい殴りたい。むしろヘタに幼げなしゃべり方をしていない分だけ、二人には好感がもてる。でもこれじゃあ本末転倒だ。
いやいや違う。いくら外見だけ見ても本質的なものには辿り着くことが出来ない。二人の素材、スタイルだ。(外見じゃん)二人は確かに幻想郷でも屈指のスタイルを誇っている。だが、スタイルだけなら正直紫様の方に僅かながら分があるだろう。しかし待ってほしい。このスキのないスタイルこそが、返って紫様をばばぁゾーンに陥れているのでは無いか? 有名女優なんかを見てみるがいい。スキの無い洗練されたスタイルを見せ付ける女優には、妙なケバケバしさがある。確かに美しいはずなのに何故かばばぁっぽい。それよかそこらへんにいる学校の友人の方が100倍可愛かったりするではないか。そういう部分は確実にある。あるのだがそれじゃあ全然紫様の擁護になっていない!
(しかし待てよ……)
混乱と混濁と思考のハザマで、私はある一つの結論に達しかけていた。
服装、髪型、帽子、しゃべり方、スタイル。
全ての要因が紫様をばばぁとして無慈悲なまでに作り上げている(爆)。これら全ての項目が紫様をばばぁという結論に結びつける。
それはまるで完璧に張り巡らされた結界の様だ。
そしてその結界を形作っているのは術者本人。つまり紫様本人だ。
紫様本人が、自分をばばぁとするために自らを形づくり、この結果を貼らなければ、そもそも結界と言うものは成立しないのだ。だとすれば、紫様はわざと自らをばばぁっぽく見せているのではないか? つまりだ、
―― ばばぁという言葉は、紫様にとってむしろ褒め言葉なのでは無いだろうか? ――
よくよく考えてみれば、普段魔理沙や霊夢なんかが紫様をばばぁ呼ばわりした所で、紫様はそんなに傷ついていないように見える。
せいぜい胡散臭げな泣きマネをする程度だ。
本来ならば彼女らは、紫様にボコボコにされても何ら不思議ではない筈。
それよりか、むしろ彼女達にわざとそう言わせている感すらある。そこに策謀めいたものを感じるのは私だけだろうか?
そしてさらに無視できない事実が私達妖怪には存在する。
それはすなわち「長く生き続けた者ほど大妖としての格が備わる」という理屈だ。
妖怪とは基本的に寿命と言う物は無く、何らかの因果にしばられ、半永久的に生き続ける罪な存在である。だた、一方でホントにわずかな事で、妖怪はその存在を消滅させられる事がある。それが即ち力の弱い人間達が、妖怪に対抗出来た大きな要因であり、そもそも幻想郷が出来るに至った、「妖怪怪異の減少」という事態の主因であったりもする。
妖怪は死ににくい存在だが、永く生き続けることは難しい存在でもあるのだ。なので大妖と言われる妖怪達は、すべからず長生きだ。
すなわちここから導き出される答えは一つ。
「その言葉」は紫様に対して、さして不快な響きを持っていないと考えざるを得ない。ということだ。
誰に仕向けられているのではなく、自分自身が日々の暮らしの中で「境界」をしいている。そうする事で「結界」というものが成立している。
私達は、自分でも知らない内に、ばばぁという概念で紫様を認知していた。
実は紫様は、我々の中にそういう概念を植え付け、それで自らを近寄りがたい存在とする「結界」を形成していたのではないだろうか。
私は今まで閉ざされていた自らの世界が、驚くほど広がっていくのを感じた。
いまだかつてだれも到達し得なかった境地に、今私は立っているのかもしれない。そして自分だけがこの境地に至りえた事に、私は満足すら覚えていた。
つまり私は紫様の真の理解者たりえたのだ。
「ふふふ……」
私はズズッと一杯味噌汁を啜り、笑みを漏らす。
この場に至って何を迷う事があるだろうか。今の私にためらいと言う物はない。
私は晴れ晴れとした表情で顔を起した。
―― もう何も怖くは無い。
「紫様も随分と小さなことを気になさる」
「はぃ?」
私は自信に満ちた顔で紫様を見据える。
そんな私の姿に驚いた表情を見せる紫様。
「紫様は十分にお美しいと思いますよ。私も色んな女性を見てきましたが、その中でも右に出る者はいないほどです」
「え? そ、そうなの? ホントに?」
「本当ですとも」ドヤァァァ
私は大きく頷く。
紫様は紅くなった顔を手で隠している。僅かながらの自制心があるようだが、口元から零れ出す様な笑みがその表情をだらしなく緩めている。白いグローブが顔のあちこちを行ったり来たりしている。
「私でなくとも、みんな紫様の魅力は十分に分かっていると思いますよ。霊夢も魔理沙も」
「私もそう思います」
にっこりと微笑む橙。エクセレントなタイミングだ。
「服装、帽子のセンスも、言葉遣いも、スタイルも、紫様は他も誰よりも魅力的です」
「え、な、なによ突然、そんな大げさな……///」
「橙もそう思いま~す!」
明らかに見て分かるほど顔を真っ赤にして狼狽する紫様。あせあせと顔を触ったり、指先でちゃぶだいをぐりぐりいじったり、実にめずらしい姿だ。
「わ……/// 私なんか……そんな、別に///」
「ですが私は騙されませんよ? 紫様」
私が続いて発した言葉に、紫様は「え?」と潤んだ瞳を上げる。
まるで愛の告白を受けた乙女の様な表情だ。
「その何よりも紫様を紫様たらしめているものを私は知っています。それが紫様の魅力の根源である事も」
私は身を乗り出し、イケメンフェイスで紫様の手をとる。
そして私は運命の言葉を口にするのだった。
「それはすなわち、紫様は、幻想郷の誰よりも、B
◇◇◇◇
◇◇◇◇
結界というものについて、私なりに考えてみる事があります。
この幻想郷を形作る結界。すなわち博麗の大結界は、紫様と藍しゃまと霊夢さんによって管理されています。
私もたくさん勉強して、ゆくゆくは紫様と藍しゃまのお手伝いをするのです。だから今はたくさんお勉強をしないといけません。
結界はとってもデリケートなものだと、藍しゃまはよくおっしゃいます。
結界とはすなわち概念によってワク、「境界」を形作るもの。
ですから、その概念をうまく取り扱わないと、ほんの些細な違いから「矛盾」が生まれ、それが結界の全てを狂わせて行く事になるのです。お洋服のボタンを付け違えてしまったり、編み物の編み目を間違うと全てが狂ってしまう様に。
「ここで最後です」
藍しゃまは森の中にある木の前に佇んでいました。
ここは幻想郷の境となる、原生林の一角です。
大きな大木の根元に、ナイフで引っかいたような印が記されていて、その結界の境を決める術式の印を紫様が書き換えます。
私はそれを一生懸命見て理解しようとするのですが、一体どうやっているのかすら分かりません。
「……さて、ひとまずこれで安心ね」
「お疲れ様です。紫様」
藍しゃまは安堵の表情で、紫様を労います。
「まったく。こまったものね……幽香にも」
幻想郷の境界に干渉してしまった風見幽香さんのイタズラ。
それは幻想郷のワクを膨張させてしまうほどの事態を招いてしまった為、私達は一家総出で丸一日をかけて結界の修復に当たっていたのです。
でも、本来それはもっと早くにするべき作業だったのですが、藍しゃまの体調不良により今まで延期になっていたのです。
「申し訳ありません紫様。私のせいで」
「いいわよ。そもそもあなたは境界の操作に不可欠な存在だもの」
なぜ藍しゃまがお体の調子を崩されたのか、何がきっかけだったのか、藍しゃまは分からないと言っていました。私も良くは覚えていません。
ただ私が見たのは、臥せっている藍しゃまの枕元で、一心に看病をする紫様のお姿でした。
紫様は懸命に何かの術式を編んでいて、たぶん藍しゃまに力を供給していたんだと思います。私はそれを見て、本当に紫様を改めて尊敬したのでした。
「今回は橙もがんばってくれたわね。ありがとう、橙」
「はい!ありがとうございます。紫しゃま」
紫様はやさしい手つきで私の頭を撫でます。私はとっても幸せな気分になって、思わずごろごろと喉が鳴ってしまうのです。
紫様は原生林の森を見上げながら、まるで独り言の様につぶやきました。
「自分の手に余るものを管理する時、それが思わぬ形で暴走してしまうことがあるものよ。そしてそれらが「根源」至ってしまう前に……新たに書き換えなければならないわ」
「紫しゃま?」
「境界と言うものの存在が結界を形づくるのならば、その境界をイジってしまえばいい……藍の式は結界の機構そのものだもの」
「紫様……橙には難しくってよくわかりません」
私がそう言うと、紫様はとってもやさしい笑顔で、私の方に視線を落とします。森の木漏れ日が紫様の後ろからさして来て、わたしは思わず目を細めました。
「橙もお絵かきを失敗した時、思わず絵をくしゃくしゃに塗りつぶしてしまうでしょう?」
「あ、はい! そういう気持ち、橙にも分かります!」
「そう、だからね。「クシャ」てするの。そうすればもう失敗した絵は見なくて済むわ」
そう言って紫様は、たぶん微笑んでくれているのですが、私は日の光が眩しくって、紫様のお顔が黒くなって見えてしまいました。
紫様はその後も独り言の様に「根源の渦」とか「CV田中譲治」がどうとかいう言葉を呟いていましたが、私には難しくってその意味を理解する事が出来ないのでした。
「さあ! お腹が減りましたね。帰って夕ご飯にしましょう!」
藍しゃまが元気良くそう言うと、私もなんだかお腹が減ってきました。
藍しゃまもすっかり元気になられてよかったな。なんだか前よりも元気になったくらいです。
「少ししゃべりすぎたわね……橙、いらっしゃい」
紫様はそう言って私に手をさしのべてくれました。私は猫の姿になって紫様の手の中に飛び込むと、なんだかとっても温かくって、眠くなっちゃって……。
「何もかも忘れて眠りなさい橙。目が覚めたら、一緒に藍の手料理を頂きましょうね」
紫様の手が私の全身を撫でて行くに連れて、私はぼー、としてしまって、まるで魔法に掛けけられたように意識が遠のいていくのでした。
最後に離れた所で、藍しゃまの張り切る声が僅かに聞こえました。
「さーあ! 明日もばりばり式として働くぞぉー! 楽しいなー! 式ってタノシイナァー!」
(BAD END)
その時私は夕食の膳についていた。
八雲の晩餐はいたって質素だ。私と、紫様と、愛する橙の三人で小さなちゃぶ台を囲む。
「何ですか、紫様」
私はおひつから白米をよそいながらそう答える。
普段の何気ない会話というものは、本当に息をしているのと同じようなものだ。殊更意識をしなくても、実に自然に流れていくもの。
この時も当然そうだと信じていた。
「私ってババァなのかな」
その瞬間。
私の視界は一気に反転した。
『乙女心とは何だったのか』
「結界」というものについての話をしよう。
例えば異変や事件。
それら非日常の世界は、いつも私達の暮らしと背中合わせになっている。
私達はそのことを頭で分かっていても、日々の生活においてそれをずっと意識していることは出来ない。
だが、ある日ある瞬間、私達の身は突然に非日常の世界に飲み込まれてしまうことがある。それがきっかけで、身の回りの世界は一変する。
日常と非日常との世界には、明らかに「境界」が存在するからだ。
だが、意外なことにその境界は、私達が自分自身で、気づかぬ内に作り上げているのである。
誰に仕向けられているのではなく、自分自身が日常と非日常の間に、その境界を決めているのだ。
これがすなわち「結界」というものの、最も単純な構造なのだ。
「ねえ、藍。私ってババァ?」
紫様が更に発した一言で、私は強制的に現実世界に引き戻された。
できれば永遠に帰って来たくは無かった。
私の日常に流れる時間は、このほんの些細な一言で、瞬時に大異変に姿を変えてしまったのだから。
この時すでに、私の中では軽い核融合放射能漏れ大パニックが起こっていたのだが、私はそれを表情に出す事はない。いわゆる大妖の意地というヤツだ。今にも失禁してしまいそうだったが。
血走った目で紫様をチラ見する。
(うっわ……)
紫様はと言うと、これが怒ってるでも、笑っているのでもない。無表情だ。
だが座布団に座ったまま、顔だけをコチラに真っ直ぐに向けている。未熟な私には、その表情仕草から紫様の真意を読み取る事は出来ない。
私は内心歯噛みした。
まるで授業中にトイレットを我慢している様な状態で、小刻みに震えながらも私は懸命に頭を働かせる。
実際、この時既に私の中では、実に数十通りもの回答が演算されていた。
……されていたのだが、それらのいづれがこのケースに適した回答なのか。それを私は測りかねていたのだ。
或いはそのどれもがこの場において不適切な答えかもしれないし、間違いである可能性も考慮しなければならない。それは十分に有り得る事。
例えば、この時紫様が眼をうるうるさせて「ゆかりん悲すい……」的なおふざけアクションでこの言葉を発したとするならば、それはそれで一種の救いと言えるのだ。対する回答も何ら難しいことは無い。悪態の一つでもついてやれば良いまでのこと。
あるいはマジ悩み的な「相談」でもいい。
実際この問題は紫様にとって極めてデリケートで危うい問題だ。どんよりと落ち込んで鬱な感じで言葉を掛けてくれたならば、まあ、ドン引きは免れないが、それもまた真摯に答えようはあるだろう。
しかしながら、今の紫様の顔には表情というものがない。
一体笑っているのか、悲しんでいるのかすら分からない。ネタ振りなのかマジ話なのか全く判断が出来ない。
眉一つ動かしてくれるだけでいい。或いは視線をやや逸らすだけでも、顔色を変えることも出来るだろう。それだけで、私は紫様の表層から、その深遠なる胸の内の欠片を垣間見る事ができるのだ。
すなわち、残念ながら用意された答えに対する決定的な確証が不足しているのだ。つまり南無三である。
「おいしそうですね~藍しゃま~」
その時、傍らから私の愛くるしい式、橙のかわいい声が流れてきた。
私は静かに我に返る。
ああ、橙よ。食卓に上っているサンマに目を奪われているのだね。可愛い娘。
橙もむかしの様に我慢できずにサンマに飛びついたり、うずうずそわそわして尻尾や体をせわしなく動かせる事も無くなった。淑女としての嗜みを覚えたのだ。
その成長振りに驚かされるばかりだ。ゆくゆくは立派に八雲の名を拝命し、この私をも使役するほどの力を身に付けてくれるだろう。
(待っていておくれ橙。この闘いが終ったらゆっくりとサンマを楽しもう。海の見える丘の上の白い家で、二人でひっそりと寄り添うようにサンマを食べよう)
私は慈愛に満ちた眼差しを一瞬だけ自らの式に向け、すぐさまそれを傍らに移す。
愛くるしい式の姿が横に流れ、視界には我が戦場である荒野が映し出される。
そこには主である八雲紫様の姿が。
最初に紫様が問題の発言をしてからここまで、ほんの一瞬の間しか経っていない。コンマ数秒の内に私の頭脳は激しく躍動し、次なる一手の手段を模索しているのだ。
ただ、今までのごく僅かな間にも幾つかの判断材料が揃った事を、私は見逃してはいなかった。
まず橙の反応だ。
橙は紫様の「私ってババァなのかな」なる弾道ミサイル的な発言に、これといった反応を示していないのは注視に値する。
橙も嗜みある妖怪になった。当然件のセリフを紫様が発する意味をよく理解する程に……。
だが、橙が紫様の発言をそんなにも気に留めていない事実は、私に勇気を与えてくれる材料だ。聞こえていなかった、という事は有り得ない。私達一家の会話は、常人の発する言葉の遣り取りとは少し違うからだ。
それは脳に直接話しかけるテレパシー的な要素を含んでいて、ある程度距離が離れていても、私達はお互いの意志の疎通が出来るほどだ。
となれば、紫様のセリフは、少なくともそれほど重い響きを持っていなかったと判断できるのだ。
橙はそれを日常の会話の一環として流してしまったのだろう。
そもそもこの問いは私に対して向けられたもの。橙にとって、それは目の前の焼きサンマ以上の興味の対象とは成り得なかったのである。
となれば私の一手は決まった。
淀みなく、私は一歩を踏み出す。それにためらいがあってはいけない。
私は手にした茶碗を紫様に手渡しながら、なるだけぞんざいに口を開いた。
「またそんなくだらない事……ホラ、冷めない内に頂きましょう」
おそらくギリギリのタイミングであった事だろう。
この0.0001秒でもタイミングが遅ければ、手遅れだった可能性がある。
主の下らない質問をあしらう様に受け流す。まさに理想的な形で、私の一手は決まった。
更にコチラから次なるステージへ話題を変換する事で、強制的に結界を排除する。形としては逃げているのだ。話題を逸らしているのである。だが、今まさに食事が始まらんとするこのタイミングが明暗を分けた。逃げの形からの一手逆転のカウンター攻撃。
そして更に私の畳み掛けるような攻めは続く。
「それじゃあ頂きますよ。はい、いただきます」
「いただきまぁーす!」
「いただきます」
私が強制的に手を合わせると、自然な形でそれに続く二人。
(ゴォ~ル)
私は内心ガッツポーズを決めた。紫様を見ると、どうやら目の前の食事に興味が移っているようであり、サンマを見ながら橙と「もうそろそろ秋ね~」などと会話を交わしている。私はひとり静かに安堵の息を漏らした。
但し、だからと言ってまだ油断は出来ない。
旨く話題を逸らせたと思っていても、私が紫様の問いにちゃんと答えていないという事実は依然残っている。問題が問題だけに、この「私ってババァなのかな」という問いは、今でも紫様の中で燻っている可能性は大いにあり得るのだ。
ー私ってババァなのかなー
そう。私の前に突きつけられたこの問いは、それだけ重大で宇宙的なものなのだ。
先ほどの私は単に時間稼ぎをしたに過ぎない。私の一手によって与えられたのはほんの、数分、いや場合によっては数秒の時間かもしれない。いつ紫様が、この核ミサイルボレー的なスパイクを打ち返してくるか分からない。この刹那の時の中で、私はその問いに対する明確な返答を用意しなければならないのだ。
勝負はまだ続いている。私はその自覚と供に、自らの背に緊張の汗が滲むのを感じた。
「紫様。今日起こったことで少々気になる事があるのですが」
私は、今度はなるべく普段どおりのトーンで紫様に話しかける。
この場面はあえて攻めだ。矢継ぎ早に話題を振る事で、息つく暇を与えてはならない。
「何かしら」
紫様は味噌汁を口に含みながら答える。
いつからか食事の際、私達は幻想郷の事や、霊夢達の事、気になった事をお互いに報告しあうのが恒例になっていた。
私はその恒例の流れに従って、紫様の関心をなるべくばばぁネタから遠ざけようと試みたのだ。
「結界のことなのですが」
「ええ」
その中でも、博麗大結界の事はほぼ毎日上がる話題。だが、今日私が用意しているネタはいつもとはやや異なる。私はそれをカードとして場に用意した。
紫様が味噌汁の椀を机に戻す。
それを待って、私は口を開いた。私のターンだ。
「大結界の縄張りが2%ほど膨らんだ模様です」
「うっそ?」
私の発言に目を丸くして固まる紫様。ぶったまげている。
対して、普段どおりの落ち着いた姿勢を崩さない私。ここで変な動揺を与えるのは得策ではないと考えたからだ。
だが効果はてきめん。私は内心ほくそ笑んで話題の有効性を実感していた。
「そ、それはどういう事ですか……? 藍しゃま……」
橙もびっくりしている。無理も無い。
縄張りが広がるという事は、文字通り、ほんの僅かだが幻想郷が広がったという事だ。けっこうな大事である。
博麗大結界は、かつて紫様や博麗の巫女が、秘術の粋をつくして展開したものである。
少しでも多くの妖怪達をこの結果の中に収容する為、我々の力が届く限り結界の縄張りを広くしたのだ。つまりは今の結界の広さが、幻想郷の広さということになり、同時に我々の力の限界でもある。誰かが意図的にそれを広げる事など、出来る筈がない。
「恐らくは生態系の異常成長が関係するかと思われます」
「それは一体……いや、有り得る話か……」
一瞬口に手をあてて思案顔を見せる紫様だが、流石にその可能性について思うところがあったらしい。
私はというと、話題そのものがばばぁネタから更に遠く離れていく心地よさに身を委ねていた。さしずめ、小川を流れる笹船に乗った気分とでも言おうか。だが、まだまだ油断したわけでは無い。
「結界周辺の森、すなわち結界を形成する原生林。ここに生息する幻想種の一部が、異常成長して大結界の境界に干渉したのでしょう。その結果境界が半ば強制的に広がったのです」キリッ
「そ、そうなんですか……」
あんぐりと口をあけている橙。かわいい。
大結界の境界は幻想郷の周辺に生息する原生林から成っている。結界と言うと、一見光の壁やバリアの様な物を想像してしまうが、その実体はあくまで概念的なものである。
結界は、コンピューターのデータの様な情報を集約する事で構成されているのだ。いわゆる「幻と実体の境界」がそれだ。
簡単に言うと草木一本や一枚の落ち葉、妖怪や妖精の個体に至るまでを、膨大なデータとして指定し「これこれがあるのが幻想郷」という具合でプログラミングを成立させている。その中には当然土地そのものの範囲が含まれているのだが、これが幻想郷のワクになる。
なのでその境界そのものを実際に肉眼で捉える事はできないし、実態の無いものなので触れることも当然できない。
今回の場合、その原生林に生息する、幻想郷のみで自生している植物の一部が急成長し、結界のワクを超えてしまったのである。
幻想種は外の世界にあってはならないものなので、結界はその植物を内に留めようとする。そうする事で、結果的に境界が外に広がってしまったと言うわけだ。
「それ、どうなの? アリなの?」
「はあ。結界は概念的なものなので特別に問題は無いようです。実際にいろいろ見て廻りましたが、異常はなさそうなのです」
実際、私は今日丸一日を掛けてそのことについて調査してみたのだが、これといった問題はみつからなかった。だからこそ、この場を切り抜ける為のカードにも使えたわけだが。
紫様も色々な要因を瞬時に考えたのだろうが、恐らくは大丈夫だろうという結論に達したはずだ。
ただ、そうなった原因はある。
「恐らくは、風見幽香さんの仕業かと……」
「やっぱり……」
ため息とともに紫様は額に指を宛がう。困った時の紫様のクセだ。
よしよし。ばばぁネタなんかは遠い雲の彼方だ。流れはキているぞ。それも確実に!
「原生林に生えている幻想種は、本来植物の妖怪版の様なもの。成長速度も何百年、何千年単位です。その一部が異常成長したのは何らかの干渉があっての事。そんな事が出来る妖怪はごく一部の、限られた種でしかないでしょうから」ドヤァ
「~~なんてヤツなの……」
紫様は再びため息混じりに端正な顔を崩した。
風見幽香は花を操る妖怪だ。
何物にも束縛されず、季節の花を求めて常に幻想郷中を移動している。
それだけに彼女には縄張り意識の様なものが無い。妖怪としてはこれは非常にめずらしい習性だ。
ただ、幽香はあちこちで植物に対する干渉を行なう。そこらへんの植物を勝手に成長させたり、増やしたり焼き払ったりして、生態系を好きにイジクルのである。
今回の事態も多分、彼女のほんの気まぐれなのだ。それが、結果的に結界に干渉するような事態を招いたに違いない。
現に異常成長した植物からは、彼女の妖気の「クセ」の様なものが微弱ながら感じられた。
当の本人には悪気はないのだが、少なくとも分かった上でやっている。それが風見幽香という妖怪だ。
「わかったわ。明日私がそれとなく警告をあたえて来るとしましょう」
「そうしていただけると助かります」ビシィ
実はこれまでにも似たような問題を、彼女はちょくちょく起している。外の世界の植物を求めて結界を破ろうとしたり、自分が研究している希少種で突然森を造ってみたり。魔界にイキナリ攻め込んでみたり……。
ただ、この風見幽香に限らず。幻想郷に住む妖怪達は結構勝手に色々な問題を起している。
冥界、竹林、守矢神社、命蓮寺、神霊廟、妖怪の山、地底、天界等々、そこに住んでいる妖怪達は兎に角、皆やんちゃ者ばかりだ。
彼女達はほぼ毎日のように何らかの問題を起こす。
当然異変もその内の一つだが、これは一種特別な「行事」のようなものであり、別物と考えてよい。
それよりも、日常の暮らしの中で彼女達が、何らかの問題や事件を巻き起こすのが、実は一番やっかいなのだ。私達八雲家や博麗の巫女は、こうした問題を管理する為に存在しているようなものだ。
例えばこの間の神霊廟異変の際。
命蓮寺の封獣ぬえは、勝手に結界を飛び出して外の世界から、あの忌々しい大狸の二ツ岩マミゾウを連れて来た。
表立っては何も問題にはならなかったが、幻想郷に住む一妖怪のぬえが、安々と結界をすり抜けて外の世界に出てしまった事に、紫様は大きなショックを受けておられたのだ。
後日ぬえを呼び出し事情の聴取が徹底的に行なわれた。その際、ぬえはいとも簡単に結界の盲点を指摘してしまったのだ。
おかげで私達は数日間ぶっつづけで結界の再構築に追われたのである。一緒に立ち会った霊夢や、ぬえ当人もさすがにフラフラになっていた。
博麗大結界は、このように非常に脆い結界なのだ。幻想郷というユートピアはまだまだ実験段階の世界であり、未完成の状態なのである。なので結界そのものにも結構頻繁に色んな問題が起こっているというわけだ。
「それから、念のため明日もう一度、私達で結界の周囲を見て回りましょう。そうね……橙もいらっしゃい」
「は、はいぃ!」
緊張して尻尾がぴこんと跳ね上がる橙。超かわいい。
それから紫様は私に二三の具体的な指示を与えた。私は淀みなくそれに答える。
「それから藍、ちょっと確認したんだけれど」
「はい」キリッ
私は茶碗を片手にイケメンフェイスを形作る。
「私と幽香ってどっちがババァかな」
(ふオオオオオオおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおおぉぉーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!)
紫様の発した無慈悲で凶悪なる業火が私の身を焼き尽くした。
私の全身から、やけに気持ちの悪い汗が噴出して滝の様に流れ始める。
やはりこの方は恐ろしい。ここで話を蒸し返してくるとは。
まったくもって意味不明のタイミングである。幻想郷の結界の話を、どこをどうほじくったらババァのネタが出てくるというのだろうか。
もう幻想郷の誰よりも非常識だ。さっきまでの私の苦労を返せといいたい。金を返せといいたい。
私は混乱する頭脳をフル回転させ、この絶望的な局面を切りぬける手段を模索した。
何万通りかの可能性の中で、正しい回答をチョイスしなければ、私の人生はたちまち「BAD END」コースにエスコートされてしまう事だろう。
(むぐぐ……ま、負けてたまるか……っ)
私は歪む頭脳を奮い立たせる。冷静さを失ってしまえばそこで終わりだ。
これは話題の原点に立ち返ってみる必要があるだろう。そう、「ばばぁ」とは如何なるものか。
一言でいってしまうと「歳を経た者」の事である。
だがこれがクセ物。歳を経た者とはこの私にも当てはまるではないか。可愛い橙にもだ。
つまり妖怪とはそういう存在であり、この幻想郷ではみんなばばぁなのだ。だが、それを一部のものにだけ当てはめているのは何故か。
そう。私達はそこに知らない内に「境界」をしいているのだ。これこそが結界のトリックだ。
人間をみてみるがいい。
彼らは生まれて数十年で年老いてばばぁとなってしまう。70歳や80歳など、私達から見れば赤子も同然だ。
100年生きているという、紅魔館のパチュリーノーレッジでさえ、私達から言わせれば幼女キャラ全開なのである。
永遠亭の因幡てゐ、命蓮寺のぬえ、守矢神社の諏訪子さん、地霊殿のさとりさん、四季映姫様。彼らなどは一見幼女キャラスイーツなロリ的存在だが、ヘタをすれば紫様と同等もしくはそれを超える長寿だ。筋金入りのセクシャルばばぁ達なのである。
そう、ばばぁは何も紫様一人に限ったことでは無い。結局その結界は私達自身が、自分の中で形作っているのだから。なんにも気にする事なんてないのだ。
幻想郷に住む生きとし生けるものすべてが、博麗大結界を形作っている様に。
現に紫様は美しい。女の私から見ても惚れ惚れするほどに。
因幡てゐ、封獣ぬえ、洩矢諏訪子、古明地さとり。四季映姫ヤマザナドゥ。彼女達の誰にも劣らぬ美貌を備えておられる。
私は彼女達一人一人の姿を思い浮かべ、最後にその中に紫様の姿を思い浮かべてみる。
(圧倒的じゃないか……っ!)
私の頬を絶望の涙がハラハラと伝った。
「幽香よりはマシだと思わない?」
「あ……ぁぁ……ぁぐ」
やはり悪魔的な無表情で、紫様は私に問いかける。なにげなく「今日は何曜日だったかしら?」と聞いてくるくらいのテンションで。
私は追い詰められたベジータの様に呻きを上げた。
体が小刻みに震え続け、額には脂汗が滲む。まるで授業中お腹のギュルギュルが発動した時のような、絶望的な時間が私を支配した。
先ほど思い浮かべた因幡てゐ、封獣ぬえ、洩矢諏訪子、古明地さとり。四季映姫ヤマザナドゥの最強メンバー。その中に立つ我が主の姿は、絶望的なほど他を圧倒していた。
「い……いあや、そりぁ、幽香さんよりは……マ、マシですよ~……」
私は情け無い事にその場しのぎの策に出た。
私は愚かであり。未熟者だ。
だが、逃げるという事も立派な作戦の内である事も確かなのだ。無理をしたって結局状況は好転しないし、解決策などみつからないだろうが。
「ふ~ん。具体的にはどの辺が?」
(ひぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃぃぃいいいいいいいぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!)
あっさりと逃げ場を塞がれてしまう私。
それよりもむしろ、私は自らの掘ってしまった墓穴を、更に快適で安らぎの空間にしてしまったようだ。
(待て待て待て! 落ち着け! 今比較されている対象は幼女キャラ達では無い。風見幽香ではないかっ!)
私は混濁しかける意識に、今日何度目かの鞭を打つ。
瞬時にスーパーコンピューター「京」をも凌駕する(古っ!)頭脳で風見幽香、八雲紫の立ち姿を思い浮かべてみる。
頭の中で、同じポーズ、同じ角度でパラソルを構える両者。
(……)
風見幽香もこの幻想郷ではお姉さまキャラで通っている人物だ。その立ち姿はアダルティックな雰囲気を周囲に爆散させている。
実際、厳密にどちらが年上なのか、私にははっきりいって分からない。風見幽香に関しては、よく分かっていない事の方が多いのだ。
だが、何故だろう。
二人が横に並んだ時。僅かながら、というか多分確実に、私にはどうしても紫様の方がばばぁに見える!!!
(死のう……)
私は絶望した。
私の中の境界。私の中の結界が、これほどまでに強固なものに形作られていたとは。
(ぐぬぬぬ……)
だが私は直ぐに頭を振って気を奮い立たせる。
この辺り、私のメンタルは不死鳥並のしぶとさを持っている。伊達に最強妖怪の一角に数えられていはいない。
私は高速思想をさらに神速のレベルにまで上昇させる。
紫様が幽香にババァ的に勝っているのには、それなりに何か原因がある筈。ないはずは無い。それを探れば、あるいは!
服装か? 確かに風見幽香の服装は地味だ。むしろ紫様にくらべて配色がオバンくさいといってもいい。服装はオバンくさいのに、何故か紫様より若く見える。いや駄目じゃんそれ。
髪型はどうだろうか? 幽香は幻想郷少女には必須といっていいほどの帽子がない。それが返って若々しいと見ることも出来るだろう。だが待ってほしい。紫様の帽子はアレだ。赤ちゃんの帽子みたいな変なヤツだ。私も人の事はいえないが。
その帽子を装備している分だけ紫様にはアドバンテージがあるはずだ。オプションでたくさんのリボンも装着している。これほど少女臭を漂わせる小道具は無い。だが、そのゴテゴテが返ってマイナスポイントになっているのではないか? しかも見ようによってはとても嫌味に見える。駄目だ!
しゃべり方はどうだ? 確かに二人ともアダルティーな言葉遣いである。これは結構有力なポイントだぞ。では実際紫様に、例えばそう、諏訪子さんの様なしゃべり方をさせてみたらどうだろうか?「あー、う~」とか言わせて見れば紫様もちょっとはマシに見えるのでは……と思ったが、駄目だ。なんかすごい殴りたい。むしろヘタに幼げなしゃべり方をしていない分だけ、二人には好感がもてる。でもこれじゃあ本末転倒だ。
いやいや違う。いくら外見だけ見ても本質的なものには辿り着くことが出来ない。二人の素材、スタイルだ。(外見じゃん)二人は確かに幻想郷でも屈指のスタイルを誇っている。だが、スタイルだけなら正直紫様の方に僅かながら分があるだろう。しかし待ってほしい。このスキのないスタイルこそが、返って紫様をばばぁゾーンに陥れているのでは無いか? 有名女優なんかを見てみるがいい。スキの無い洗練されたスタイルを見せ付ける女優には、妙なケバケバしさがある。確かに美しいはずなのに何故かばばぁっぽい。それよかそこらへんにいる学校の友人の方が100倍可愛かったりするではないか。そういう部分は確実にある。あるのだがそれじゃあ全然紫様の擁護になっていない!
(しかし待てよ……)
混乱と混濁と思考のハザマで、私はある一つの結論に達しかけていた。
服装、髪型、帽子、しゃべり方、スタイル。
全ての要因が紫様をばばぁとして無慈悲なまでに作り上げている(爆)。これら全ての項目が紫様をばばぁという結論に結びつける。
それはまるで完璧に張り巡らされた結界の様だ。
そしてその結界を形作っているのは術者本人。つまり紫様本人だ。
紫様本人が、自分をばばぁとするために自らを形づくり、この結果を貼らなければ、そもそも結界と言うものは成立しないのだ。だとすれば、紫様はわざと自らをばばぁっぽく見せているのではないか? つまりだ、
―― ばばぁという言葉は、紫様にとってむしろ褒め言葉なのでは無いだろうか? ――
よくよく考えてみれば、普段魔理沙や霊夢なんかが紫様をばばぁ呼ばわりした所で、紫様はそんなに傷ついていないように見える。
せいぜい胡散臭げな泣きマネをする程度だ。
本来ならば彼女らは、紫様にボコボコにされても何ら不思議ではない筈。
それよりか、むしろ彼女達にわざとそう言わせている感すらある。そこに策謀めいたものを感じるのは私だけだろうか?
そしてさらに無視できない事実が私達妖怪には存在する。
それはすなわち「長く生き続けた者ほど大妖としての格が備わる」という理屈だ。
妖怪とは基本的に寿命と言う物は無く、何らかの因果にしばられ、半永久的に生き続ける罪な存在である。だた、一方でホントにわずかな事で、妖怪はその存在を消滅させられる事がある。それが即ち力の弱い人間達が、妖怪に対抗出来た大きな要因であり、そもそも幻想郷が出来るに至った、「妖怪怪異の減少」という事態の主因であったりもする。
妖怪は死ににくい存在だが、永く生き続けることは難しい存在でもあるのだ。なので大妖と言われる妖怪達は、すべからず長生きだ。
すなわちここから導き出される答えは一つ。
「その言葉」は紫様に対して、さして不快な響きを持っていないと考えざるを得ない。ということだ。
誰に仕向けられているのではなく、自分自身が日々の暮らしの中で「境界」をしいている。そうする事で「結界」というものが成立している。
私達は、自分でも知らない内に、ばばぁという概念で紫様を認知していた。
実は紫様は、我々の中にそういう概念を植え付け、それで自らを近寄りがたい存在とする「結界」を形成していたのではないだろうか。
私は今まで閉ざされていた自らの世界が、驚くほど広がっていくのを感じた。
いまだかつてだれも到達し得なかった境地に、今私は立っているのかもしれない。そして自分だけがこの境地に至りえた事に、私は満足すら覚えていた。
つまり私は紫様の真の理解者たりえたのだ。
「ふふふ……」
私はズズッと一杯味噌汁を啜り、笑みを漏らす。
この場に至って何を迷う事があるだろうか。今の私にためらいと言う物はない。
私は晴れ晴れとした表情で顔を起した。
―― もう何も怖くは無い。
「紫様も随分と小さなことを気になさる」
「はぃ?」
私は自信に満ちた顔で紫様を見据える。
そんな私の姿に驚いた表情を見せる紫様。
「紫様は十分にお美しいと思いますよ。私も色んな女性を見てきましたが、その中でも右に出る者はいないほどです」
「え? そ、そうなの? ホントに?」
「本当ですとも」ドヤァァァ
私は大きく頷く。
紫様は紅くなった顔を手で隠している。僅かながらの自制心があるようだが、口元から零れ出す様な笑みがその表情をだらしなく緩めている。白いグローブが顔のあちこちを行ったり来たりしている。
「私でなくとも、みんな紫様の魅力は十分に分かっていると思いますよ。霊夢も魔理沙も」
「私もそう思います」
にっこりと微笑む橙。エクセレントなタイミングだ。
「服装、帽子のセンスも、言葉遣いも、スタイルも、紫様は他も誰よりも魅力的です」
「え、な、なによ突然、そんな大げさな……///」
「橙もそう思いま~す!」
明らかに見て分かるほど顔を真っ赤にして狼狽する紫様。あせあせと顔を触ったり、指先でちゃぶだいをぐりぐりいじったり、実にめずらしい姿だ。
「わ……/// 私なんか……そんな、別に///」
「ですが私は騙されませんよ? 紫様」
私が続いて発した言葉に、紫様は「え?」と潤んだ瞳を上げる。
まるで愛の告白を受けた乙女の様な表情だ。
「その何よりも紫様を紫様たらしめているものを私は知っています。それが紫様の魅力の根源である事も」
私は身を乗り出し、イケメンフェイスで紫様の手をとる。
そして私は運命の言葉を口にするのだった。
「それはすなわち、紫様は、幻想郷の誰よりも、B
◇◇◇◇
◇◇◇◇
結界というものについて、私なりに考えてみる事があります。
この幻想郷を形作る結界。すなわち博麗の大結界は、紫様と藍しゃまと霊夢さんによって管理されています。
私もたくさん勉強して、ゆくゆくは紫様と藍しゃまのお手伝いをするのです。だから今はたくさんお勉強をしないといけません。
結界はとってもデリケートなものだと、藍しゃまはよくおっしゃいます。
結界とはすなわち概念によってワク、「境界」を形作るもの。
ですから、その概念をうまく取り扱わないと、ほんの些細な違いから「矛盾」が生まれ、それが結界の全てを狂わせて行く事になるのです。お洋服のボタンを付け違えてしまったり、編み物の編み目を間違うと全てが狂ってしまう様に。
「ここで最後です」
藍しゃまは森の中にある木の前に佇んでいました。
ここは幻想郷の境となる、原生林の一角です。
大きな大木の根元に、ナイフで引っかいたような印が記されていて、その結界の境を決める術式の印を紫様が書き換えます。
私はそれを一生懸命見て理解しようとするのですが、一体どうやっているのかすら分かりません。
「……さて、ひとまずこれで安心ね」
「お疲れ様です。紫様」
藍しゃまは安堵の表情で、紫様を労います。
「まったく。こまったものね……幽香にも」
幻想郷の境界に干渉してしまった風見幽香さんのイタズラ。
それは幻想郷のワクを膨張させてしまうほどの事態を招いてしまった為、私達は一家総出で丸一日をかけて結界の修復に当たっていたのです。
でも、本来それはもっと早くにするべき作業だったのですが、藍しゃまの体調不良により今まで延期になっていたのです。
「申し訳ありません紫様。私のせいで」
「いいわよ。そもそもあなたは境界の操作に不可欠な存在だもの」
なぜ藍しゃまがお体の調子を崩されたのか、何がきっかけだったのか、藍しゃまは分からないと言っていました。私も良くは覚えていません。
ただ私が見たのは、臥せっている藍しゃまの枕元で、一心に看病をする紫様のお姿でした。
紫様は懸命に何かの術式を編んでいて、たぶん藍しゃまに力を供給していたんだと思います。私はそれを見て、本当に紫様を改めて尊敬したのでした。
「今回は橙もがんばってくれたわね。ありがとう、橙」
「はい!ありがとうございます。紫しゃま」
紫様はやさしい手つきで私の頭を撫でます。私はとっても幸せな気分になって、思わずごろごろと喉が鳴ってしまうのです。
紫様は原生林の森を見上げながら、まるで独り言の様につぶやきました。
「自分の手に余るものを管理する時、それが思わぬ形で暴走してしまうことがあるものよ。そしてそれらが「根源」至ってしまう前に……新たに書き換えなければならないわ」
「紫しゃま?」
「境界と言うものの存在が結界を形づくるのならば、その境界をイジってしまえばいい……藍の式は結界の機構そのものだもの」
「紫様……橙には難しくってよくわかりません」
私がそう言うと、紫様はとってもやさしい笑顔で、私の方に視線を落とします。森の木漏れ日が紫様の後ろからさして来て、わたしは思わず目を細めました。
「橙もお絵かきを失敗した時、思わず絵をくしゃくしゃに塗りつぶしてしまうでしょう?」
「あ、はい! そういう気持ち、橙にも分かります!」
「そう、だからね。「クシャ」てするの。そうすればもう失敗した絵は見なくて済むわ」
そう言って紫様は、たぶん微笑んでくれているのですが、私は日の光が眩しくって、紫様のお顔が黒くなって見えてしまいました。
紫様はその後も独り言の様に「根源の渦」とか「CV田中譲治」がどうとかいう言葉を呟いていましたが、私には難しくってその意味を理解する事が出来ないのでした。
「さあ! お腹が減りましたね。帰って夕ご飯にしましょう!」
藍しゃまが元気良くそう言うと、私もなんだかお腹が減ってきました。
藍しゃまもすっかり元気になられてよかったな。なんだか前よりも元気になったくらいです。
「少ししゃべりすぎたわね……橙、いらっしゃい」
紫様はそう言って私に手をさしのべてくれました。私は猫の姿になって紫様の手の中に飛び込むと、なんだかとっても温かくって、眠くなっちゃって……。
「何もかも忘れて眠りなさい橙。目が覚めたら、一緒に藍の手料理を頂きましょうね」
紫様の手が私の全身を撫でて行くに連れて、私はぼー、としてしまって、まるで魔法に掛けけられたように意識が遠のいていくのでした。
最後に離れた所で、藍しゃまの張り切る声が僅かに聞こえました。
「さーあ! 明日もばりばり式として働くぞぉー! 楽しいなー! 式ってタノシイナァー!」
(BAD END)
ドヤァァァ等の表現は少し稚拙な表現かとは思いましたが、楽しい作品でした。
紫が「老成しているな」と言う印象があるのも自分には事実なのであった
即ち
>(うっわ……)
と言う二の句が告げない藍さまのマインドは自分シンクロしているのだ
いやぁ、式って本当に楽しいですね!
テンポもよく面白かったです。
何気にしっかりした考察と、切れ味の鋭いギャグの合わせ技が素敵でした。
起承転結のしっかりしたストーリーで読みやすかったです。私もセリフの後の擬音はあんまり好きじゃないですがssだし別に気にしないという人も多いのかな。
紫様の年齢ネタついては様々な立場および賛否両論ありますが、ここまで真摯に考察したSSは滅多にないと思います。
内容と節々の「なるほど」と唸る解釈のギャップがいいですね。
とゆーか……Bから始まるあの言葉を口走ったら消されるのか(震) くわばらくわばら。
今後も自分のペースで、是非素敵な作品をよろしくお願いします。
それにしても生来生真面目な性格が祟ったな藍様。
ありがとうございます!ドヤァ表現はちょっと変でしたね。これは注意しないとなあ~。
10番様:
紫さんは「老成している」んですか……それれはセーフなんでしょうかアウトなんでしょうか私には
分かりません(大汗)まあでも式ってホントに(スキマ送りにされました)
11番様:
深いところまで行き過ぎると天元突破してしまうという高齢、、いや好例ですね!
まあでも(スキマ送りにされました)
14番様:
そうです。自重してます( ̄ω ̄;)
でもあの人しかいないというそんな感じ……分かりますよね!
15番様 :
藍さまはきっと一線を越えてしまったんだと思います。それが根源にいたってしまっ(スキマ送りにされました)
16番様:
うわぁ!マジですか。覚えてくれてる人いたんですね!ありがとうございます!とっても久しぶりだったから凄く
緊張したんですよね。これからは私一人の完全オリジナルになりますが、どうかよろしくお願いします。
お嬢様もたぶん投下してくると思うんですけどねぇ。
がま口様:
がま口さん超おひさしぶりです!m(▼皿▼)m まだここにいてくれたんですねえ!
皆卒業しちゃって、なんかすごく寂しいというか、無常観というか(あー、終っちゃったんだな~)て感じが今
はすごくあって、たそがれ時って感じです。
ここからは自分ひとりのオリジナルになるんでがんばりたいです!
19番様:
キリドヤ表現は一考の余地ありまくりです。
藍さまの話は一度やりたかったのでよかったです!これからも応援してくれたらうれしいです!
おっと、誰か来たようだ
そしてその後の24番さんを見たものはだれもいない……
26番様:
本当はこわい幻想郷ってやつですね。SS書くのって楽シイナァー!
グルメ泥棒ユニットを楽しみにしていた一人として「お帰りなさい」と送りたいです。
新生活もがんばってください。
そして藍様には合掌、南無三!
藍様が危機を回避するHAPPY ENDを書かれる予定があれば是非読みたいです!
お久し振りです!まだお腹空かせてたんですねえ……。
かなり久々の投稿でしたが一人だったので緊張しました。グルメ泥棒はあの娘がなんとか続けてくれると思うんですがねえ……アクティブな人だからなぁ、お嬢様は。
今年から大学生なので授業の合間に投下していきたいです!がんばります!
29番様:
かめはめ波読んでくれたんですかー!あれは私にとって奇跡の一発でした。まあ三人でやってたから出せた作品ですね。なんとかあそこまで到達できるようにがんばります!
あと藍さまのHAPPY ENDルートはスキマに送られてしまったみたいです。
「そうか…紫様は実は普段の姿は威嚇で幼女形態こそが真の姿だったんだよ!」
「な、なんだ(ry」
で、でだー!SPⅡ神様キター!!
こんな残念な作品を見てもらってありがとうございます!新作の髪を梳く作品もとってもよかったです!
これからもずっと応援していますんで、また楽しい作品で私達を魅了して下さい。お嬢様に速攻報告だー!
ラストのネタはまさに学祭のr(w…
とりあえず10点置いていきますね(^o^)
早う新作書けよ!
このBBAネタは好きではないのですが、しかし、アプローチの仕方が素晴らしい。
大いに笑わせてもらったので、100点を差し上げます。
き、奇声さんだぁ。何だか久しぶりです。
この話は半分高校時代に考えたんです。今は大学で忙しいですけどまた投稿したいなって思っています。どうぞまた読んでやって下さい。
3様:
とても嬉しいコメントありがとうございます。
BBネタはホント使いどころ気をつけないとなので、もっと荒れるんじゃないかって心配してました。お粗末さまと言うか、とても恐縮です。