午後。講義も一通り終わり、いつものカフェテラスに行ってみると、友人の姿がない。
どこか別の場所にでも座っているのかと思ったが、どの席も別の学生で埋まっていた。
「あらー。満席じゃない。何処にいるのかしら」
思い出したように、携帯端末を手に取る。
昨夜、充電が切れてしまっていたのを忘れていた。
急いで、携帯バッテリーをセットし充電をする。電源を入れると、思ったとおりメールが来ている。
蓮子からだ。
内容はというと。
『カフェ一杯だったから、別のところに行ってる。135度47分15秒』
相変わらず、愛想の無い文面である。
いつものように、携帯端末で使い慣れた座標ソフトを起動して、場所を検索する。
吉田山緑地。
ちゃんと場所の名前があるなら、座標じゃなくて名前で教えて欲しいものだ。
あちらは手間が少なくて済むのかもしれないが、こちらの手間が代わりに増える。
私は近くの売店で昼食を購入し、暖かな春の陽気に包まれた外へと飛び出した。
指示の場所へ行くと、草の上に横になった我が友人の姿があった。
眼を閉じ、イヤホンをつけて音楽に聴き入っているようだ。
私はそっと近づくと、隣へと腰を下ろす。
蓮子の近くに置かれたビニールには、空になったお弁当の包みが入っていた。
もう、お昼は食べ終わってしまったらしい。
怒っているのか、隣に来た私に気づかないように、まだ眼を閉じ横になったままだ。
私だって、遅れたくて遅れた訳じゃないのに。
大体、いつも遅れるのは蓮子で、私は何度待ちぼうけを食らったか分からない。
そんな風に、色々言い訳したくても、聴覚も視覚も塞がれてしまっては、どうしようもなかった。
とりあえず、蓮子の片方のイヤホンを抜き取った。
「はろー。遅れちゃって、ごめんね?」
私の呼びかけに、蓮子は片目を開けてちらりとこちらを一瞥し、また眼を閉じてしまった。
やっぱり、怒っているようである。
手に持ったイヤホンを戻そうかどうしようか迷ったが、何を聴いていたのか気になった。
自分の耳に近づけようとすると、思いのほか短く、結構蓮子に近づかないと無理なようだ。
仕方なく、私も蓮子と同じように、横になって身を寄せた。少し顔が火照る。
そして、イヤホンを耳につける。
「うわ……きもちわる」
思わず声が漏れてしまった。
蓮子の横顔を伺うが、何の反応も示していない。
更なる怒りを誘発したかと心配したが、問題なかったようだ。
音楽自体は、私の好きな――というか、私が蓮子に勧めたものであった。
だが、その再生速度がやけに遅いのだ。
聴きなれている曲な分、違和感が半端ではない。幸いなことに、周波数は元のままのようだ。
次に来る音が、ワンテンポ遅れて来る。
心地よく音が来ない、むずむずとした感覚に襲われる。
曲目は“牛に引かれて信州寺参り”。
はじめのイントロが独特なこの曲だが、そのイントロの来るタイミングにイライラさせられた。
「ねえ、蓮子。なんで、こんな音遅くしてるの?」
私の質問にも、隣の友人はだんまりである。
イヤホンをはずし起き上がると、一人黙々と昼食を開始する。
一通り食事を終え、携帯コーヒーの発熱栓を引いて過熱する。
加熱が終わるまで、少し時間が掛かる。
あれからずっと、眼を閉じ横になっている蓮子へと視線を向け、溜息をついた。
さすがに、ここまで無碍にされるいわれは無い。
私が大きく息を吸い、隣の友人に怒鳴り散らしてやろうとすると、すっと蓮子が手を上げた。
そして、自分の隣をぽんぽんと叩く。
隣に来いと言うことか。
私は、指示のとおり隣へ腰を下ろす。蓮子が片側のイヤホンをはずし、私へと手渡してくる。
相変わらず、眼は閉じたままだが。
それをつける為に、また蓮子へと身を寄せて横になる。
イヤホンからは、いまだに低速度の曲が続いている。
曲目は“世界中の不思議を集めて”。
元から落ち着いた調子のこの曲。さらにスローテンポとなることで、独特な曲へと変貌を遂げていた。
そこまで、悪くない……かも?
私も蓮子と同じように、まぶたを閉じ曲に聴き入る。
その曲が終わった所で、目を開けると蓮子がこちらを見つめていた。
そして、手を伸ばして、私の目元に触れてくる。
「え……?」
蓮子の指がぬれている。あれは、私の涙?
何で、私泣いてるの?
「たまには、こう言うゆっくりした変化も良くない?」
「……うん。そうね」
そう言うと、蓮子は片手を私の下へと滑り込ませ、ぐいと体を引き寄せた。
突然の密着状態。私は体が熱くなるのを感じた。
蓮子は、私の下乳、いや、脇下に手を添え、空へと視線を向けている。
「メリー。こんな時間が、もっと続けばいいね」
まあ、たまにはこういう曲も悪くない。
私は目を閉じると、春の空気と、のんびりした曲に酔いしれた。
その後、私はドサクサに紛れて体をまさぐりだした友人を張り飛ばしたのであった。
どこか別の場所にでも座っているのかと思ったが、どの席も別の学生で埋まっていた。
「あらー。満席じゃない。何処にいるのかしら」
思い出したように、携帯端末を手に取る。
昨夜、充電が切れてしまっていたのを忘れていた。
急いで、携帯バッテリーをセットし充電をする。電源を入れると、思ったとおりメールが来ている。
蓮子からだ。
内容はというと。
『カフェ一杯だったから、別のところに行ってる。135度47分15秒』
相変わらず、愛想の無い文面である。
いつものように、携帯端末で使い慣れた座標ソフトを起動して、場所を検索する。
吉田山緑地。
ちゃんと場所の名前があるなら、座標じゃなくて名前で教えて欲しいものだ。
あちらは手間が少なくて済むのかもしれないが、こちらの手間が代わりに増える。
私は近くの売店で昼食を購入し、暖かな春の陽気に包まれた外へと飛び出した。
指示の場所へ行くと、草の上に横になった我が友人の姿があった。
眼を閉じ、イヤホンをつけて音楽に聴き入っているようだ。
私はそっと近づくと、隣へと腰を下ろす。
蓮子の近くに置かれたビニールには、空になったお弁当の包みが入っていた。
もう、お昼は食べ終わってしまったらしい。
怒っているのか、隣に来た私に気づかないように、まだ眼を閉じ横になったままだ。
私だって、遅れたくて遅れた訳じゃないのに。
大体、いつも遅れるのは蓮子で、私は何度待ちぼうけを食らったか分からない。
そんな風に、色々言い訳したくても、聴覚も視覚も塞がれてしまっては、どうしようもなかった。
とりあえず、蓮子の片方のイヤホンを抜き取った。
「はろー。遅れちゃって、ごめんね?」
私の呼びかけに、蓮子は片目を開けてちらりとこちらを一瞥し、また眼を閉じてしまった。
やっぱり、怒っているようである。
手に持ったイヤホンを戻そうかどうしようか迷ったが、何を聴いていたのか気になった。
自分の耳に近づけようとすると、思いのほか短く、結構蓮子に近づかないと無理なようだ。
仕方なく、私も蓮子と同じように、横になって身を寄せた。少し顔が火照る。
そして、イヤホンを耳につける。
「うわ……きもちわる」
思わず声が漏れてしまった。
蓮子の横顔を伺うが、何の反応も示していない。
更なる怒りを誘発したかと心配したが、問題なかったようだ。
音楽自体は、私の好きな――というか、私が蓮子に勧めたものであった。
だが、その再生速度がやけに遅いのだ。
聴きなれている曲な分、違和感が半端ではない。幸いなことに、周波数は元のままのようだ。
次に来る音が、ワンテンポ遅れて来る。
心地よく音が来ない、むずむずとした感覚に襲われる。
曲目は“牛に引かれて信州寺参り”。
はじめのイントロが独特なこの曲だが、そのイントロの来るタイミングにイライラさせられた。
「ねえ、蓮子。なんで、こんな音遅くしてるの?」
私の質問にも、隣の友人はだんまりである。
イヤホンをはずし起き上がると、一人黙々と昼食を開始する。
一通り食事を終え、携帯コーヒーの発熱栓を引いて過熱する。
加熱が終わるまで、少し時間が掛かる。
あれからずっと、眼を閉じ横になっている蓮子へと視線を向け、溜息をついた。
さすがに、ここまで無碍にされるいわれは無い。
私が大きく息を吸い、隣の友人に怒鳴り散らしてやろうとすると、すっと蓮子が手を上げた。
そして、自分の隣をぽんぽんと叩く。
隣に来いと言うことか。
私は、指示のとおり隣へ腰を下ろす。蓮子が片側のイヤホンをはずし、私へと手渡してくる。
相変わらず、眼は閉じたままだが。
それをつける為に、また蓮子へと身を寄せて横になる。
イヤホンからは、いまだに低速度の曲が続いている。
曲目は“世界中の不思議を集めて”。
元から落ち着いた調子のこの曲。さらにスローテンポとなることで、独特な曲へと変貌を遂げていた。
そこまで、悪くない……かも?
私も蓮子と同じように、まぶたを閉じ曲に聴き入る。
その曲が終わった所で、目を開けると蓮子がこちらを見つめていた。
そして、手を伸ばして、私の目元に触れてくる。
「え……?」
蓮子の指がぬれている。あれは、私の涙?
何で、私泣いてるの?
「たまには、こう言うゆっくりした変化も良くない?」
「……うん。そうね」
そう言うと、蓮子は片手を私の下へと滑り込ませ、ぐいと体を引き寄せた。
突然の密着状態。私は体が熱くなるのを感じた。
蓮子は、私の下乳、いや、脇下に手を添え、空へと視線を向けている。
「メリー。こんな時間が、もっと続けばいいね」
まあ、たまにはこういう曲も悪くない。
私は目を閉じると、春の空気と、のんびりした曲に酔いしれた。
その後、私はドサクサに紛れて体をまさぐりだした友人を張り飛ばしたのであった。
あなたの秘封が読めるとは…
スローテンポ 普段聴こえない音が聴こえて面白いですよね
そりゃメリーが隣で無防備にしてたら手だってでるさ
個人的にはクラシックとかがおすすめです 本来あれはもっとゆっくりしたペースで
今あるのは現代人用に早くしたものだそうなので