Coolier - 新生・東方創想話

調律が狂ったバイオリンは

2013/04/06 02:34:43
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▽▲▽


なあ、お前は小さい頃、劇を見たことがあるだろうか
在るかもしれない、無いかもしれない
ただ大抵のお伽噺は、お姫様と騎士が居るものだ

ある時は主従
ある時は味方
そしてある時は恋の相手

身分違いの恋に二人は悩み、障害を乗り越え、遂には結ばれる
ハッピーエンド、拍手喝采で幕は閉じる


羨ましいと思った事は無いか、そんな物語を
そんな上手く行く筈が無いと思った事は無いか



無いだろうな


▽▲▽









プリズムリバー楽団と言えば今話題超沸騰中の売れっ子エンターテイナーかつ泣く子も追っかける大人気アイドルユニットである。
結成当時は草の根の様な運動をしていたが現在では引く手数多の超売れっ子騒霊、チケットは即日完売でプレミアがつくほどだ。

長女ルナサ、次女メルランの躁鬱波長から成る演奏は聴く者の心を湧き立たせ。
若き鬼才、末妹リリカの才気あふれる演出によって完成へと高められたそれは正に芸術とはなんたるかを我々に叩きつけてくる。
多彩な音から生み出されるそれはまるで虹色の洪水、そして今までの音楽家とは一線を画すエンターテイメント精神。

その人気は「年越しライブの時は起こしてね」と眠れる賢者がその式に頼み込む程と言えばお察しだろう。
(尚、その後てこでも動かなかったにも拘らず「悪い子にはお仕置きね」と式に折檻を加えた主の方は何故か非常に生き生きとしていた)


しかし、その真の魅力と言うのは演奏だけではない。
そう、それは楽団各々の破壊力である、即ちアイドル的な戦力である。

悪戯好きで若干守銭奴、その裏のありそうな笑みに「リリカちゃん俺だ!貢がせてくれ!」との声多数の三女リリカ。
ほんわかした笑顔に元気溌剌とした性格、そして溢れ出んばかりの胸囲の戦力と詰め込んだ次女メルラン。
クールビューティとはこの事、器量よし性格よしスタイルよし三拍子そろったベストオブお姉ちゃん四年連続受賞の長女ルナサ。

彼女たちのその音楽性に惹かれた者も居れば、その魅力に惹きつけられた者も多い。
ファンクラブ会員はもうじき五桁の大台に乗る勢いだが幻想郷のどこにそんなに会員が居るのかは聞いてはいけない。

これからも彼女たちに目が離せない、楽団独公認である文々。新聞は逐一報告を怠らない所存だ。



          ――――――――――――いつかの文々。新聞ヨリ















「それで、これが今月分の文章です」
その紙束を差し出したのは文々。新聞記者の射命丸文だった。





その森の奥には一軒、屋敷がある
随分と古ぼけた館だ、人っ子一人の気配すらも感じられないほどに生気がない。
実のところ、ここには生きている存在が一つもないから当然ではあるのだが。

最早廃屋と言っても過言でないそこに入ってすぐあるのは大きなエントランスホール。
数多くある扉の中でも特に目を引くくすんだ朱の扉。
その向こう側にはステンドグラスと、そこから差し込む光と、大きな机と椅子しかない。

普段は、そこにはそれしかないのだが今は違った。
まずこちら側に座るのは射命丸文、言わずと知れた文々。新聞記者
普段は飄々とした態度を取っている彼女だったがその表情は僅かに緊張の色が見られる。
平常の彼女を知る者にとっては本人かどうか疑うレベルにはそれは希少な表情だった。

くすと、机に相対して座る影が相反すように笑った。
その顔はステンドグラスからの陽光で?き消されてしまうようで表情は知れない。
ただ不快ではなく、その声はまるで子供のような笑みだと万人に言わせるであろうものだった。

「射命丸さん、そんな畏まらなくてもいいのに」
「あやや、流石の私でもそれなりに緊張しますよ」
「楽団結成からの付き合いでも?」
「そりゃそうですが…今や幻想郷を代表するアイドルですからねえ」
「まあ、自分で言うのもなんだけど」
「流石に予想がついてなかったと?」
「そりゃこうだったらいいなとは思ったよ、オンナノコだもの」

まさかこんなことになるなんてさ、流石の私でもちょっと予想外かなぁ。
そう言いながら肩をすくめたので陽光が遮られ、向こう側に座っていたその姿が視認できるようになる。
赤い服に赤い帽子だ、帽子の上には星をモチーフとした装飾がついている。
体型は小柄でまだ幼さの残る顔つきをしているがよく見るとその瞳の裏には油断のならない光がちらちらと見えた。

リリカ・プリズムリバー
彼女は姉達、と言うよりも実質的に楽団の全権を握っているルナサからプロモーションや広告を委任されていた。
メルランは「楽しければいいじゃない精神」であり到底地道な仕事には向かない。
ルナサは他の楽団の仕事であったりで多忙を極める日々を送っている。
第一どちらも躁鬱の音を併せ持つ以上対人的な活動には非常に向かないのだ。

「まあ姉さん達に言われなくてもやろうとは思っていたんだけどね」
「意外ですね、リリカさんは仕事を避けようとすると思ってました」
「そりゃ逃げた方がいいときは避けるよ、でもこれは別なの」
「あやや?」
「姉さん達の苦手な事は分かってるし、出来ない事は私がやらなきゃいけないのよ」
「姉妹だからわかる、ですか」
「そうそう、メル姉はともかくルナ姉はいつか頑張りすぎて壊れちゃうし」
「美しい愛情ですねえ」
「えへへ、次の新聞に載せてもいいよ?」
「して、その本意は?」
「この仕事って人脈が出来る分美味しい所が多いの、コネだねコネ」

消去法ではあるが、リリカは三姉妹の中で誰よりもこういった仕事に向いていると性質上長い付き合いになる文は感じていた。








「ところで」
打ち合わせなどを一息ついたところで文は仕事スイッチを落とす。
ここから先は文々。新聞記者ではなく射命丸文だ、つまりはリリカの友人である。
それはリリカとて同じであり、文はリリカが机の下から出した瓶を見てにやりと笑った。

「プリズムリバー楽団って色恋沙汰の話題あんまりないわよねぇ」
ぐいとまず一つ盃を呷り、文はうりうりとリリカの頬を突いた。
「あんたたちぐらい可愛ければそりゃ引く手数多だろうし」
「そりゃ私はアイドルだからね、ファンの人の夢には応えなきゃ」
「出来たアイドルねえ。メルランはどうなのよ、割かし奔放そうだけど」
「メル姉もそう言う所はきっちりしてるよ?まあ万が一なら自分から公表するだろうし」
「あー、確かに。やりそうだわね」
「ああ見えて音楽一筋だしね、休日はいつもトランペットを吹いてるよ」
確かに、そうだ
リリカにしてもメルランにしてもその見かけや評判とは裏腹によく見れば高い意識とプライドを持っている。
元貴族をベースとしているからかは知らないが汚い事と後ろめたいことに対する批判性は十分に持っていた。
聞くのも野暮な話だったなと、文は心の中で溜息を吐く。

「じゃあルナサさんは?」
ならば戯れに、長女についても聞いてみるとしようかと笑う。
あれが一番堅物でそう言った色恋沙汰とはかけ離れた場所にいるのだから同じことだろう。

少なくともその場面までは、そう思っていた。



「……あ、ああ…」
だがリリカの反応は素早く、射命丸のそれのはるか上空をすっ飛んで行った。
ぴくりと瞼と指先が大きく震えたかと思うと、次の瞬間には平然としている。
だがその表情は普段の彼女からは想像もつかないほど動揺の色が見て取れた。

瞬時に射命丸の、「新聞記者としての知識欲」が鎌首をもたげる。
なんだ、聞きたい、すっごく聞きたい!と彼女の全神経が戦慄き轟く。
「ねえリリカ、それ聞かせて」
「えー…えー…」
「いいじゃない、私と貴方の仲よ?」
「いやー…新聞にされると困るし」
「貴方知ってるでしょ?私はプライベートの話題を記事にしないわ」
「うー…どーしようかなー…」
良い反応だ、これは聞き出せる。
射命丸は勝利を確信した、そして新聞記者の勘は大方当るのである。
無論ネタにするつもりは毛頭なかったがやはり知識欲には逆らえない、天狗は皆知りたがりなのである。

「ルナ姉ねー、付き合ってる人は居ないの」
「と言う事は同棲!?」
「いや、そのままの意味で。と言うより付き合ってるかよく分からないと言うか」
「どう言う事かしら?」
「つまりは、ええと、ああ面倒くさい」

そこまで言ってリリカは勢いをつける様に一杯盃を呷る。
結構前の話になるけどね、語り口はやけに神妙なものだった。








[例えば、彼女の話は]


楽団の朝は早い


と言うのも、楽団一賑やかなメルランが早起きだからである。
彼女は太陽が昇るのと同時に目覚め、まずはトランペットを吹き鳴らす。
通常なら人間と変わらない時間に起きるはずのリリカもそれと同時に起床してしまう。
例えそれが雨であっても冬であっても嵐であってもライブの翌日であってもだ。

その日も例に漏れずメルランは太陽と同時に目をさまし、リリカは目を覚ます。

「おはよう諸君!太陽は赤く燃えているわ!」
「メル姉、偶には寝坊してみる気はない?」
「ううん?全然?」
「・・・そっか」
元気溌剌なメルランとは対照的にリリカは憔悴しきった笑みを浮かべている。
まあ幽霊なので睡眠は元々要らないのだが、元が人間な上に叩き起こされては毎度目覚めが悪い。

「姉さんって昨日ライブだったのによく早起き出来るよね」
「昨日ライブだったからよ、興奮冷めやらぬってやつ?」
「まあ、初めてのライブだったから分かるけどさ」
それにしてもやり過ぎよ姉さん、リリカはそう肩をすくめた。

まだ駆け出しもいい所のプリズムリバー楽団は知名度も人気も皆無に等しい。
草の根のような活動を続けて数年経った、ファンも徐々に増えているがまだまだ。
和洋中が入り混じる幻想郷とはいえ自分たちの様な存在はまだまだ受け入れられていない。

とは言っても新聞記者である射命丸、スポンサーを受けてくれた西行寺家の力添えもありつい先日ライブを敢行する事が出来た。
ライブは大成功とは言わないまでも失敗も無くまずまずの出来、掴みとしては上々だとスポンサーの一人である紫のお墨付きももらえた。
だが、それとメルランがあいも変わらず早起きして誰彼と起こして回る事を納得したわけではないのだ。
リリカとてライブは興奮したし、初ライブが成功に終わったことは嬉しい。
ただ、それと恒常的な精神衛生上の健康とは決して釣り合わないのだ。

リリカは元気が足りない!そう嘯いてメルランはリリカの肩をパンと叩く。
本人は軽いつもりだが体格差にリリカは少しよろめく、だがそれ以上に目の前で揺れる圧倒的戦力に瞬間嫉妬率70パルパルを記録した。
どうにも調子がいい、それはいつもの事だがいつもに増してメルランの調子がいい。
笑い方が1ビブラート高い気がするし音量も10デシベルほど大きい気がする。

それは、多分自分たちだけのライブを開けたからだろう。
ここに来るまでに様々な苦労をした、屈辱もあったし嫌なこともあった。
それでも続けてきたのはひとえにリリカの痕跡を残したいとか自分たちの存在意義とかあるのだがそれは湿っぽいので割愛するとして。
リリカだって嬉しいのだ、飛び跳ねてしまいたいほどには。
そしてこの世に二人しかいない肉親のその片方の嬉しさは痛い程に分かってしまうのだ。


それでも
「いやっほう!太陽が私を呼んでいるぅー!」
それでもリリカがいまいちそれに乗り切れないのは
「ほらリリカもそんな顔してないでハッピーハッピー!」
別に疲れているからとか、そんな事では決してなく











「メル姉、今日ルナ姉私達より早く起きてたよ」
「はっはー、なにそれメルラン聞こえない」
「現実を見ようよメル姉」
「メルラン?メルランって誰?なにそれ美味しいの?」
「目の焦点が合ってないよメル姉」

ルナサが、あのルナサが早起きをしている。
その短い一文は二人の平穏な日常をぶち壊しておつりがくるのに十分だった。

自慢ではないがルナサは起きるのが異常に遅い。
それは低血圧の仕業なのかそれとも彼女の下向き加減な性格からなのかは知らない。
だが彼女が起きてくるのは決まって昼ごろで、それもまだ寝足りないのかと言えるほど眠そうな顔をしているのだ。
ちょっと寝すぎるぐらい可愛い姉さんだわと言うのはメルランの談だった。
それが毎度の事なのだがリリカもメルランも何も言わない、それは彼女を信頼しているからだ。
ルナサは自分たちと違って「間に合わせる」と言う事が出来ると知っていたし、そのおかげで今の自分達が居る事を分かっていた。
誰よりも矢面に立ち苦労をしたのはいつだってルナサだったし、誰よりも抱え込むのは彼女だった。
まあ今までどちらもそれについてルナサに言ってなかったが、それも意思疎通ができているだろうと言う信頼の表れだ。
リリカはメルランの瞳の奥に「姉さん可愛いはぁはぁはぁ」と言う声を聞いた気が下が黙殺した。
忘れたことがいい事もある、リリカは処世術を姉妹の誰よりも理解していた。

故に簡潔に言うとルナサが遅く起きてくると言うのは二人にとっては絶対的な事象だった。
太陽が昇って、月が昇って、また太陽が昇るよりも
冬が寒くて夏が暑い事よりも、空が青い事よりも
それよりも当たり前の事として認識されていた。








「やぁメルラン、リリカ、おはよう」
リビングで新聞を読むルナサに初めて迎えられた時、メルランの隣にいたリリカはメルランの体が小刻みに弱弱しく震えるのを感じていた。
その呆けたように開かれた口から吐き出された言霊が「レイラ」だったのはそれほどまでのショックだったからだろうか。
それともレイラが生前寝起きのルナサにセクハラを欠かさなかったことへの想起だとは考えたくないなとリリカは思考を切り捨てる。

「姉さん・・・どうして」
「ん?ああ、いや、なんとなく早起きしてしまったんだ」
嘘だ、その瞬間長女以外の二人の思考は完璧に一致した。
ルナサは冗談が致命的に下手だと言うのは暗黙の了解であることは言わなくても分かるだろう。
なんとなく早起きするなんてそんなことはありえない、例え世界が逆方向に回ったとしてもあり得ない。
それを信じるならばまだ青色の薔薇が生えてきたという嘘の方が遥かに現実味があった。

次の瞬間メルランの頭脳はかつてないスピードで回転し始める。
栄養や酸素が頭脳に送り込まれエンジンがかかり、すぐさま思考回路にエネルギーが送り込まれる。
今のメルランは今までで一番本気を出しているのかもしれない、隣で見ていたリリカは何だかやるせない気持ちになった。
因みにルナサは鼻歌を歌いながら新聞を見ている、ここまで陽気だと逆に気持ちが悪い。





ライブの興奮?私と同じで早起きしてしまった?
いや冷静沈着な姉さんの事だ、音楽に対して誰よりも真摯な姉さんでもありえない。
第一そんな素振りも見せなかったし、嬉しかったとしても次を見据えているに違いない。

それともただ単に寝付けなかった?それがばれるのが恥ずかしかった?
これこそありえない、体調管理がばっちりな姉さんがそれを怠るなんて考慮にも値しない。
それに睡眠を一度も怠った事が無いのだ、もし眠らなかったとしたらその鬱度は恐ろしいものになるだろう。

それとも・・・何か楽しみにしていることがある?
これは考慮に値する、最も現実味がある
だが姉さんが早起きするほど楽しみにすることはなんだろう、それが思いつかない
食べ物?
洋服や宝石?
買い物?

どれもありえない、あの欲の薄い姉さんがまさか

音楽の構想?
次のライブの打ち合わせ?
男?









男?









「潰す」


その瞬間メルランの歯の隙間から漏れ出た瘴気はリリカに死を予感させた。
溢れ出る殺意の波動やらなんやらは一瞬で幻想郷中に伝わり、まだ朝早く眠っている人々を叩き起こした。

幻想郷の賢者は飛び起き式を慌てふためかせ
博麗の巫女は異変の気配を察知し
天狗の山はすわ敵襲かと俄かにざわめき
竹林に住み着いたばかりの月の住人に追っ手を想起させ結界を張らせ
吸血鬼姉はとっさにしゃがみガードを取り
地底の鬼どもは血沸き肉踊り大宴会を繰り広げ
危機感を覚えた外界の人間はそれに対抗するために産業革命を興したとされる
因みにこれらは全て竹林の因幡の弁である、本当うさ。

そんな殺気を間近で浴びたリリカは気絶する事すら許されず「ひっ」と声を漏らした。
声がメルランに聞こえていない事はリリカにとって唯一の幸運だっただろう、何をされるかわかったものではない。
だが恐ろしい事に目の前のルナサはそんな事に全く気付かず、それどころか今度は微笑を浮かべている始末だ。

まずい、リリカは冷や汗をかいた。
隣のメルランは今や修羅の顔付きをしている、見なくても分かる。
体から漏れ出す冷気や瘴気で部屋はもはや氷室の如く冷え切っていた。
これはまずい、まず第一に自分の命がまずい。そもそも騒霊だけど。


「メル姉、メル姉」
「あぁん?」
「落ち着いて、メル姉の殺気で幻想郷がやばい」
「これが落ち着いていれらいでか!」
「ルナ姉に怯えられても良いの?」
「それはいけないわ」
ルナサを出した瞬間この変わり身である。
あまりにもあんまりなメルランの態度に溜息をつくが、一難去ったことを確認してリリカは大きく息を吸い込み。
「ああそうだメルラン、リリカ」
「なあに?姉さん」
「私はこれから外出するから」
思いっきりむせ込んだ。
なぜ今このタイミングでその発言をしたのか小一時間問い詰めたい。
再び隣に修羅降臨の気配を感じ取ったリリカは反射的にメルランの手を引っ掴み隣の部屋へと駆けこんだ。
「潰す、今すぐに潰す」
「メル姉落ち着いて、目標の人も分からないのに潰すとかできないから」
「ルナ姉の臭いのついた奴全員潰す」
「目標が恐ろしい事になってるメル姉」
これはやばいやつだ、リリカの額に再び滝の様な冷や汗が出てきた。
普段は笑顔を絶やさないメルランが今修羅をその身に宿している。
ルナサの臭いのついた奴ってよく考えると恐ろしい発言だがそこはスルーした。
「落ち着いてメル姉、まだ男とは決まってない」
「違うわリリカよく見なさい、あれは恋する乙女よ」
「なんでメル姉そこだけ冷静なのぉ!?」

あらやだ積んでるわ
最早幻想郷史上最悪レベルの虐殺まで秒読み待ったなしと言う事実にリリカの心臓はもう破裂寸前である。
そうしている間にもいそいそとした仕草でルナサは身支度を整えて屋敷を出て行ってしまった、扉の音が閉まる音は嫌に響いていた。

私何か悪い事をしたかな、チケットの一割を懐に入れたこと?それともソースと醤油を入れ替えたこと?
だが、幸か不幸か知らないがメルランは衝撃から少し経っていたからなのか多少の冷静さは取り戻していたようだった。
「そうね、GYAKUSATUなんて血迷っていたわ」
「姉さん、分かってくれたのね」
「ピンポイントで殺れば良いだけの話ね、SATUGAIよ」
ああ駄目だ、焼け石に水だった。
足早に駆けて行ったメルランの背を追いながらリリカは名も知れない誰かに向けて早くも追悼の祈りを行う、アーメン。



うちの姉さんがすみません、多分未来形で。
だけどルナ姉に手を出すってことは覚悟が出来てるってことだよね?











[例えば、お付き合いを申し込むこと]



『じゃあ、私とお付き合いしてもらえないか』











いつもは起きていない朝方だけれども今日はちゃんと起きている。
自分の体調管理には絶対の自信を持っているので寝坊するとは思っていなかったけど、やっぱり心配だった。

心配で心配で、いつもは布団に入ったらすぐ眠れたのに眠れなかった。
このまま眠れないんじゃないか、もしかして寝坊してしまうんじゃないかと心配して、心配して。
起きられたことに私は少し安心していた、結果としていつもよりはるかに早い時間に起きてしまったが。
妹達を驚かせてしまったことは申し訳ないが寝坊しなかった事で私は一つ肩の荷が取れた。

楽しみだ、柄にもなく鼻歌を歌ってしまう。











「そう言えば、久しぶりに暇が取れるんですよ」
口が滑ったかのようになんとなく出てきた言葉を、それでも私の耳は聞き逃さなかった。
カクテル効果と言うのだろうか、それとも普段の生活の賜物だろうか、どちらでもいいけれど。

その時と言えば、いつもの私たちがそうであるように二人っきりで静かに緑茶を飲んでいた気がする。
こう言うと邪推する者が居るかもしれないし、多分するのだろう。
二人っきりで屋根の下、世間一般的にはその響きにエロティックでゴシップ的な何かを感じ取るようだが生憎。

その時間が必要だったし、向こうにもそれは必要だった。
私達は必要に応じてなんとなく会い、ただその静寂を楽しんでいた。
奇妙だろうか、おかしいだろうか
だがこれについてもう私が言う言葉はない。

そんな中でも私と向こうはぼつぼつとした会話を交わす事があった。
元々双方とも言葉を交わすと言う事にそれほど努力をしてこなかったから結局尻切れ蜻蛉だったり終わるのだが。
例え大した話をせずとも、特に話したいと言う欲求も無かったので私たちの間では十分すぎた。

だから、きっと
「と言っても、困っちゃうんですよね」
「へえ、休みって楽しいものだと思うんだけど」
「どう休んだらいいものかって、生まれてこの方職務一本ですから」
これもそんな、ただ何となくの延長線だったのだろう。
君と私の交わることの無い平行線の、その延長線上。

「もっと楽しみを学んだ方がいい」
「でも、機会が無かったんです」
確かに、どんな事情があったのか知らないが暇を取ること自体稀に違いない。
「ならその日、人里に行ってみましょうか」
「人里、ですか」
「困ったことでもあるの?」
「多分迷うと思います」
「えっ?」
「買い出しとかには行きますけど、それだけですから」
「そう言う事じゃなくて」
「ですから、娯楽施設なんて知りませんし…」
時々、君はおばかさんだと思ってしまう。
「私と一緒に行こうって」
「へっ?」
「一緒に人里に行こうって言ってるの」
ああ、もう恥ずかしい
第一私は、こう思い切ったことを出来るたちじゃないのだ。
多分顔が真っ赤だ、困った。

正面を向くとぽかんと呆けた表情が見える。
そんなにショックを受けるほどの事だったのだろうか。
「ルナサさんが?」
「そのつもりだけど」
「私と?」
「うん」
「人里に・・・お出かけ?」
「どうかな」
「勿論、行きたいです」
よかった、断られたらどうしようかと言ったら。
困った事に、それを断れる程楽しみな事無いんですよと返された。
やっぱり幸せだと思う。












そう言えば、今更思い出したが集合は夕方だった気がする。
「ルナサさんは朝起きれないと思うので」なんて、気の利いたことを言われて嬉しかったのだが。
しまった、私は朝早く起きてしまったし、妹達には出掛けると言ってしまった手前戻れないし。
ううむ、柄にもなくはりきってしまったのがいけなかったのだろうか。

まあ仕方がない、このところやる事がたくさんあったから息抜きでもしようか。
夕方に向けてのルートを探してもいいかもしれない、甘味所で色々と食べようか。
元々一人であれこれする方が慣れているのだ、半日程度どうと言う事は無いだろう。



さて、どこに行こうか
最近開店したあのお店か、それとも贔屓のあのお店か、楽器を見るのもいいな。
そう思案した視界の片隅に移る、君の断片。

銀のボブカット
淡白な和服
そしてなにより、トレードマークの日本の刀

何処かそわそわした君は
君の名前は

「妖夢?」
「る、ルナサさん?」










「メル姉」
「えっ、何で妖夢ちゃんが?えっ?」

わが姉、只今双眼鏡を片手に絶賛混乱中である。
まあ無理もない、どこの馬の骨かと思ったら白玉楼の庭師だとは思ってもいなかったのだろう。
楽団の最大スポンサーの一つである白玉楼繋がり以外にも面識があったから猶更、かくいう私も多少驚いている。
まあその大部分は妖夢の生真面目すぎる性格だから色恋沙汰とは関係ないと思ってたからだけど。

「しかし、妖夢もやるねぇ」
「ぐぬぬぅ…まさかのダークホースとは」
「でもこれでメル姉も手が出せないでしょ」
まあメル姉と妖夢は仲がいいし、もう手を出す事も無いだろう。

しっかし、あの二人はどこで知り合ったのだろうか。
ルナ姉はいつもスケジュール管理とかに忙しいし、暇なんて無かった筈だけど。
ああ、もしかして妙に白玉楼に行く回数が多かったのはあれか、その為か。
「スポンサーとの打ち合わせ、会場設営、忙しいのよ」とか言っておいて隅に置けない事をする。
そう考えているとみしみしと、メル姉の手元からしてはいけない音がし始める。

「まだ諦めてないの?メル姉」
「まだわからないわ、ただの偶然知り合った知人かも」
「諦めが悪いよメル姉」

ルナ姉の顔を見れば分かるだろうに。
あんなに楽しそうな顔をしているルナ姉を見まいとしているなんて、勿体ない。










「しかし驚いた、妖夢がもう来ているなんて」
「あはは・・・今日は終日暇をもらっているので、白玉楼に居ても仕方ないと思いまして」
「いい考えだと思う、機会と時間は有効に使うべきね」

偶然で合流した私達は今朝方の人里を一緒に散歩することにした。
別にそうしたいとどちらかが言ったわけではなくただ何となく、いつもの事だ。
妖夢が歩き出して私が自然に着いて行ったのでこの場合妖夢が誘ったということになるのだろうか。

朝の人里はまだ人の姿もまばらだ、当然寝ている人も居るのだろう。
私が知っているここはいつだって賑やかで、静まる事を知らない場所だった。
まあ当然いつだって賑やかな訳がないのは理屈では分かっているけれど、百聞は一見にしかずとはこの事なのだろう。

そんな中で妖夢とこうして歩いているというのも何となく変な気分がした。
いやな気分ではなくなんというか、むず痒い。
「でも、まさかルナサさんが居るなんて思ってもいませんでした」
「驚いた?」
「少し驚きました、ルナサさんっていつも朝弱いですから」
「・・・少し、早く起き過ぎたかな」
驚くのも当たり前だろう、私だってこんな朝早く起きれるとは予想外だった。
白玉楼に行くのはいつも夕方だったし妖夢は私が朝弱い事は知ってたし。
もうすこし遅く来るべきだったのかもしれない、それか白玉楼に一度行くって妖夢を待つとか。

内心嫌に思ってるかもしれない
だって妖夢は準備もしてないのに私だけしっかり準備をしてしまっているし。
妖夢は優しいから、私を傷つけないようにしているのかもしれない。

「ルナサさん」
優しい声が聞こえる
ああ、庇護欲を剥き出しにした音だ
涙が出そうなぐらい優しい声だ

いつの間にか垂れ下がっていた両の手が優しく持ち上げられる
ふっと顔を上げると、妖夢がにこりと笑った
「流石に驚きましたけど、少し予定が早まっただけですよ」
「でも、驚いたって」
「驚いたぐらいで嫌いになんてなるわけないです」
私の両手が妖夢の両手に包み込まれる、とくとくと暖かくて力強い脈動が伝わる。
波の様に規則正しいそれを聞いていると次第に心が落ち着くのが分かる、鬱の音は次第に鳴りを潜めてまたいつもの私に戻る。
大丈夫と僅かに笑うと妖夢はまたふわりと妖夢は微笑んだ、その顔は卑怯だ。
「それに、私嬉しかったんですよ?」
「どうして?」
「だってルナサさんと一緒にこうして散歩ができるんですから」
「・・・妖夢は、優しそうな顔をして随分酷い事を言うんだな」
「えええ!?なんでそうなるんですか!?」

ああ卑怯だ、君はいつも卑怯だ。
だからこうして偶に反撃しなければ釣り合わないのだ。




「ルナサさんは鬱になりやすいんですから」
「・・・ごめん」
「もう少し私を信頼してくれたって、いいじゃないですか」
「・・・うん」

ああ、多分みっともない位の真っ赤な顔を妖夢に見せたくない。
そもそも、冷静になるとこの状態はなんなのだろう。
顔をはしたなく赤らめた私と、その手を持って私に笑っている妖夢。
そしてここはもうじき人の出てくる大通り。

うん、ちょっと離れた方がいい。

そう思うんだけど妖夢は離す気配もないし、離せと言うのもあれだし。

「さあ、ルナサさん行きましょう」
「手を繋いだまま?」
「何があるか分かりませんからね」
「・・・大丈夫かなぁ」
「ルナサさん、私はまだ未熟者ですが任せてください」
「いや、そういう意味じゃ・・・」
「大丈夫ですから、安心して」



どうしよう、危ない。
胸の鼓動が
赤熱する頬が
手の温もりが
君のその笑顔が






「やっぱり、卑怯だ」
「ええっ!?」













[例えば、溜め込みやすい彼女の事]


溜め込みやすい性格だと言われた気がする。
誰に言われたかはよく覚えていない、いつ言われたかも覚えていない。
ただ、ああそうかと自分の中でそれは不思議なぐらいすとんと理解できた。

仕方のない事だった
メルランは楽観的で楽しい事を好む、地味で辛い仕事は出来ないだろう。
悪いとは言わない、その躁の音に助けられた経験は数知れないのだから。
もう一方のリリカはさぼり癖があって、多分押し付けられることに対して嫌な顔をするだろう。
悪いと思った事は無い、リリカには私達に出来ない事が出来るのだから。

嫌な事を率先してやっているのではない、私はそうして余った仕事を淡々と行っている。
私に出来るならばそれは私の仕事だ、リリカやメルランにはそれに合った役割がある。
何の自慢できる取りえも特技も無い私は、出来る事をやる他なかった。

だが、結局私はレイラが生み出した幻影にすぎない。
幽霊の様に完全な霊体ではないし、かといって妖怪の様に完全な固体でもない。
不完全で不安定なこの体には着々と汚れや傷がたまっていった。



それでもよかった
例え私が消えたとしても、何も変わらない気がした。
必要とされない、何処かで埋め合わせが利く自分
そんな私に存在する意味があるのだろうか
レイラが居ない今、私はこのまま存在している意味があるのだろうか


間違えなくあの時、私は居なくていいのだと思っていた。









その声は小さくか細く、だがまるで叫ぶ様だった。

―――貴方が居なければ駄目です、貴方でなければ駄目なんです

覚えてる
覚えてるよ、忘れない
例えそれがどんな意味であっても
私は君に生きる意味を貰ったんだ





「ルナサさん?」
「ん?」
「また、変なことを考えてたんでしょ」

後ろから重みと、僅かな温もりと、シャボンの香りが伝わる。
ルナサさんみたいに香水とか似合わないので、そう妖夢が言っていた気がする。
後ろから抱きしめられていると直に石鹸の香りが鼻孔から脳の隅々まで浸透する。
迷いがちに組まれた妖夢の両手が時折私を確かめる様にまぐわう。

いい香りだ、気取って無いのがまるで妖夢を連想させてしまう。
なんてことはない石鹸の匂いだけど妖夢を結びつけると私の思考は少しづつ蕩けてゆく。

「そんなに私って頼りないですか?」
「いや、そう言う事じゃなくて」
「なら私の事を、頼ってくださいよ」
不安なんですよ、ルナサさんがいつの間にか居なくなってしまいそうで。

腕に力がかかり、痛いほどに締め付けられる。
私から隠れて見えないけれど、分かる。
こんな時君はいつも泣きそうな顔をしていた、必死に堪えるような顔だ。

「大丈夫、居なくならない」
「・・・本当ですか?」
「私が約束を破ると思う?」
ひたと、空気が押し黙る

分かっている、答えが返せないことぐらい。
私を信じたい、居なくならないと思いたいという気持ちがある。
それでも心配なんだろう、疑っているのだろう。

知っている、私は何でも知っているんだ。



「大丈夫だから」

大丈夫だよ
君が求める限り、私は居なくならないから

「だから、そんな顔をしないで」
「・・・だって」
「君にそんな顔をされたら、私も悲しくなる」

妖夢はいつだって私が居なくなることをどこかで恐れていた。
だから私が鬱を溜め込むたびに私を励ます、時折心配になって私に会いに来る。
こっそりと、誰にもばれないように。
私たちのこの静寂が誰かに奪われてしまわないように。

「護りたいんです、貴方との全てを」
「知ってるよ」
「だから、私は」
「十分護っているよ、知っている」
「でも、いつか護れなくなるんじゃないかって、心配で」





あの時、目に涙を浮かべながら言われた言葉を覚えてる。


私が貴方を護ります
どんな事があっても、何があっても

私が貴方を護ります
まだ未熟者だけど、きっと護ります

私が貴方を護ります、護りぬきます
だから居なくならないで、傍に居て

きっと貴方の傍に相応しくなるから




「・・・うん、そうだね」
「何か言いました?」
「いや?」

ああ、覚えてるよ
私は君が求める限り、ここに居るから

「妖夢は十分護ってるよ、安心して」

だから今は、このままで













[例えば、彼女たちは邪推する]


「普通にカップルしてるね」
「・・・・・・」
「いや、まさかあそこまで仲が良いなんて」
「・・・・・・」
「メル姉?」
「・・・・・・」
「あっ!ルナ姉のスカートが!」
「えっ!?どこどこ!?」

あまりの桃色具合に石化の呪いを受けていたメル姉は超不純な動機で目覚めた。
即効性から言ってきんのはり<ルナ姉のパンチラなのだろうか、メル姉に限定されるけど。
わが姉ながら情けないと言うか目も当てられないと言うか、妹であることを恥じたのは初めてかもしれない。




あれからルナ姉と妖夢は普通にイチャイチャしながら人里を回っていた。
手を繋ぎながら会話したり、茶店に入って一緒の物を頼んだり
挙句の果てには妖夢がルナ姉に「はい、どうぞ」と言いながら物を食べさせてるし。
なんでルナ姉は普通にそれを食べられるのか、そして当然の如くお返しをするんじゃない。
今なんか遠くで見てるけど妖夢が後ろからルナ姉に抱き着いてるし。
あの二人だからきっとぎくしゃくすると思ってた私が悪かった、謝るから許して。

店主に「あの二人っていつもあんな感じ?」って聞いたら「百合美味しいです」と真顔で即答される当たり幻想郷は大丈夫か。
「私もルナ姉に醤油をかけてもらうぐらいしかしてもらってないのに…」
「メル姉、ちょっと黙ろうか」
一人の人間(精神は)としてそれはどうなのだろうか。


一方こちらは時には隠れながら、時には同じ店に入りながら尾行中だ。
いや私はしたくなかったんだけどメル姉が何するかわからないし。
万が一妖夢に喧嘩売ったら折角軌道に乗ってきた楽団が危ないし。

ルナ姉が万が一妖夢に騙されてたらどうしようかとは思っていたのだが。
本当に万が一であの妖夢に限ってそんな事は無いと思うのだが、一応。
「あそこまでイチャつかれたらこっちも持たないわ」
「おのれぇ・・・おのれぇ・・・」
絶賛負のオーラを撒き散らしながら進むメル姉、「この人他人です」の顔でついてゆく私、なぜ誰もこの不審者を止めないのか
それとも見て見ぬふりなのかそうか、度胸のあるものは人里に居ないのか。

「楽団がまだそこまで有名じゃなくてよかったと思った事は無いわ」
「なんか言ったリリカ?」
「ううん、煎り豆って美味しいよねって言ったの」
知り合いに会ったら終わりじゃないか?
なんか用意してあるだろうルナ姉はともかく私達は、特にこの般若一歩手前のメル姉は。

「メル姉」
「ん?」
「もう帰ろうよ」
「駄目」
「なんで?」
「なんでも!」
ああ、折角の休日がこんな事で潰れるとは。
そもそもルナ姉があそこまで幸せそうなんだし、放っておいていいじゃん。













「結局特に変化のないまま一日が過ぎたわけだけど」
気付いたら夕方だった、最後の方は覚えてない当たりもう作業だったと思う。
メル姉の方を見たら少し落ち込んだ風にしている、やはりあの桃色春風に当たり続けて丸くなったのだろうか。

「メル姉」
「なによ・・・」
「そんなにルナ姉にああいう人が出来るのが嫌?」
「・・・・・・」
「私はルナ姉が幸せそうだからさ、別に問題はないよ」
「・・・そりゃ、私もそうよ」
「妖夢に問題でもあるの?」
「むしろベストだけど」
「じゃあ、なんで」

メル姉は口を閉じた、言い淀んだのではない。
メル姉はメル姉なりの言葉を探している、賑やかな印象からは分からないがメル姉は私よりは思慮深い。

「私達、ずっと三人だったじゃない」
「うん」
「だからね、姉さんが居なくなっちゃう気がしたの」
「じゃあ、ルナ姉の場所に私が居ても?」
「勿論、反発したんじゃないかしら」

少し弱弱しそうに、またメル姉は笑った。
私は何か言おうとしたが止めておくことにした。
どんな飾った言葉も、意味がない気がした。

言葉はただシンプルに、一言
「バカだね、メル姉」
「離れるはずないのにね」
「私達、姉妹だもん」
「四姉妹よ」
「知ってるよ、勿論」

それだけだった
私はメル姉の中の何かが終わったと理解出来た。

「帰ろうか、メル姉」
「姉さんにばれたら大変ね」
「そうだね」

振り返ると、妖夢とルナ姉は向かい合って喋っていた。
もう今日のあの二人は終わりだろう、これからはまた元の生活に戻ってゆく。


夕日の温かい赤が私達の背中を押した。














[例えば、]


▼△▼



「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、付き合ってもらって嬉しかった」
「はい!ではまた機会があったら」

優しい声が聞こえる
たんと地を蹴る音、飛んでゆく君の背中
夕焼けの赤い光が目に痛い








「・・・これでいいんでしょうか」
「いいんじゃないかしら?妖夢も喜んでるように見えたし」
「相変わらず心臓に悪いね、幽々子嬢」
「だって幽霊だし、当然」

いつから後ろにいたかは知らない
そもそもどの当たりからついてきたかも判別できない
ただ、なんとなく居るだろうなぁとは思っていた
だってこの幽霊は自分の従者の事をなによりも大事にしているのだから

「あなたと出会ってから妖夢は変わったわ」
「それは、どちらにだろうか」
「変わる事に良いも悪いも無いのよ・・・ただ」
「ただ?」
「私としてはあの子の変化は嬉しいわね」
「・・・そう」

確かに変わったのだろう、妖夢は
それと同じ様に私も変わった
出会った時の私達は今やもう存在しない







でも

「ルナサ、あなた知ってるんでしょう?」

知っている
知っているよ

最初から変わらないことが一つだけある

「妖夢が私に感じる事は、私のそれとは違うんだ」

間違いなく私は妖夢に対して恋慕してしまっている。
石鹸の一つからも思い出してしまう程に深く、深く。

だが妖夢は違う
最初から妖夢が私に対して抱いているのは庇護欲だ。
“護る”と言うだけの感情だ、ただの騎士道精神の顕現だ。
そこに色めいたものは存在しない、ただ無色の感情なのだ。

「よっぽど嬉しかったのね、妖夢」
「“自分が護るべき者”、だろうか」
「あの子の傍には強い者しかいないもの、大切にしたくなるわ」

それは、宝物を護ろうとする子供じみた感情。

これは庇護欲
限りなく優しくて、それでも恋とは等価交換は出来ない

どれだけ会おうと、会話を交そうと
私の気持ちはどう足掻いても清算されない

だからこれは最初から唯一変わらない一方通行だ
そして変わることの無い私だけの孤独な一本道だ


それでも、私は

「諦める事なんて、出来ないよ・・・」

想いの深さは傷の深さだ
私の心に根付いてしまった感情は、深く深く根幹まで行きついてしまった

抉れる様に胸が痛い
破裂しそうに頭が痛い











「ばかねえ、あなた」
「ばかだなぁ、私は」

ああ、輝く夕日の赤が目に染みる
まるで鮮血のように赤く赤く、私の視界を染め上げてゆく




▼△▼













[例えば、彼女たちのまどろみ]


「これで、私の話は終わりよ」

「ちなみに、それって何年前の話?」
「多分ひい、ふう・・・六年前?」
「六年!」
「今もああして付き合ってるのよ、あの二人」
「ははあ、大層仲がいいのね」
「わっかんない」
「はい?」
「最初はそう思ってたんだけどね、おかしいのよ」

確かにルナサと妖夢は仲が良い
隙あればよく一緒に居るし、険悪な空気も無い
どちらかと言うと妖夢はルナサに依存している風にも見えた
客観的に見れば、大層お似合いの二人だろう

「でも全く進展しないのよね」
「進展?」
「全く、そこから先に進まないの」

何年経っても、どれだけ会っても
三年前の彼女たちと、一年前の彼女たちと、数日前の彼女たち
それは不気味なぐらい同じ姿を保ったままだと言う

少なくとももっと親密になるか嫌いあうには十分すぎる期間だと思わない?
その問いかけに対し、私は少し言い淀む。
こちらを見るリリカの顔は笑っていなかった、怒っても居なかった。
それは無表情、不変の不気味さを語りかけているように見えた。

「確かに、ちょっとおかしいとは思う」
「うんうん」
「でも、当人達の精神によってそれは多少の差異はある事だし」

おかしい、何か噛みあわない。
何故かその言葉を言ってしまう事を私は恐れていた。
リリカは再び無言になって暫く考えていたが、「それもそうだよね」とまた笑った。

「私だってルナ姉がおかしいなんて思いたくないよ」
「お姉さん、だもんね」
「だけどさ、どうしてもあの二人を見てると心の底が薄ら寒くなると言うか」

なんだろうね、よくわかんないや
そうリリカが締めくくった時、酒瓶は既に三本ほど空になっていた。
まだ太陽が真上にあるのに結構飲んだ気がする、これから取材があるのになぁと射命丸は諦念する。
ちらと正面を向くと何処か諦めたような表情のリリカが見えて、再び器を傾けながら今度は薄く苦笑した。
リリカも同じなのだ、彼女もやるべき事があったのだろう。

「ああ、飲み過ぎちゃいました」
「まだ昼ごろなのに、良い身分だね」
「これでもフリーの記者なので」
「いいなぁ、私もフリーになろうかな」
感情のこもらないその声は本当か虚偽か、酒の入った頭では判別がつかない。
本当に?そう言うと冗談、とすぐさま返答が帰ってくる。
「姉さん達から離れるわけないじゃない」
「です、よねえ」





無言だった
私は話す気がとうに失せていたし、恐らく向こうも一緒なのだろう。
もうこの事について考える気力は私にはなかった。
ただ、こんなに無性に酒に溺れたくなったのはいつ頃だろうか。




不意に玄関から誰かが入ってくる
春の気配をふんだんに含んだ風が、昼間から酒を飲んでいる私達を追いやるように吹き込む。

「ルナサさん?」

妖夢だ、その声に呼応するように上からルナサが眠そうな目を擦って降りてくる。

「ああ、今起きたばかりなんですね」
「少し横になっていただけだ」
「昨日のライブで疲れてるんでしょう」
「そうかもしれない、今日は休みだ」
「それでは白玉楼でお茶でも飲みませんか」
「分かった、すぐ行くから待ってて」


笑っている、二人とも笑っている
久々に会えたことを嬉しがっている




まあ、確かに
あれで十分いちゃついてるもんね、そうして文は思考の扉を閉じた。






▽▲▽


この想いが届かなくてもいい
分からなくていい、知らなくていい

ただ想い続けていれば
不変であれば

私はいつまでも君と居れる


▽▲▽






「好きだぞ、妖夢」
「私も好きですよ、ルナサさん」




.
お久しぶりです
ルナみょん書きたいだけ、でもルナみょん?みたいになった
妖夢サイド書きたいです、元々妖夢サイド書いてたらメルランに書き換えられたので
でも予定は未定 脳内補完万歳

P.S. 三ケ所程隠してあります

(2015/6/15 ネタ晴らし)
それでは

かしこ
芒野探険隊
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コメント



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良い桃色春風でした。
11.90名前が無い程度の能力削除
甘酸っぱい
13.100名前が無い程度の能力削除
ルナみょんおいしいです
14.90奇声を発する程度の能力削除
良いねぇ、この感じ
15.90名前が無い程度の能力削除
隠しを読むと切なくなるな・・・
ちくしょう妖夢お前は馬鹿だ
17.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字報告
あとがきで
2013/6/15 となる所が 2015/6/15 となっています
18.803削除
ルナみょんだと! 許せる!
なんだかギャグが入りながらも不思議な雰囲気を保ったSSでしたねぇ。