夏にしては、随分と穏やかな日差しだった。いつも花畑の中で、色とりどりの花弁を自分の子のように愛で、慈しむ妖怪がひとり日傘を差して佇んでいた。
向日葵の咲く季節はもうすぐ終わりそうだ。背をまっすぐ伸ばしていた明るい色も徐々に頭をもたげはじめる。幽香はそれを少し寂しそうに見つめて、足元に目を落とした。そこには、向日葵がその命と引き換えに残した種が落ちている。幽香は日傘をたたんでからしゃがみ、一つそれを拾って、そっとてのひらに乗せた。
「なにか御用かしら、蟲の妖怪さん」
目線を向日葵の種に置いたまま、後ろに聴こえるように幽香は呟いた。
わしゃわしゃ、と焦ったように草が動き、そこからそおっと、蟲の妖怪が出てきた。
「すみません、幽香さん。隠れるつもりは、別段なくて」
「分かっているわ、貴女如きに背中を狙われる理由は無いもの」
リグルはばつが悪そうに苦笑いすると、幽香の横に立って向日葵を見つめる。
「向日葵の季節ももうすぐ終わりですね」
「そうね」
「寂しくないですか」
「別に。季節はまた巡ってくるじゃない」
「来なかったら、どうしますか」
間が空いた。リグルは蟲の妖怪のくせに、なぜ夏が来なかったら、と発言したのだろうか。リグル自身の意図はあまりよく解らないが、幽香は老いた自分がもし次の季節にいなくなったら、という事だと捉えた。少しひん曲がった解釈かもしれないが、事実自分はもう先が短いかもしれないのだ。大妖怪だった風見幽香のもとに姿を現すものは、リグルくらいしかいない。
「もし、来なくても花は咲き続けるわ。その命がある限りね」
「じゃあ、幽香さんの咲かせる向日葵はまた見られますか」
「ええ、花はずっと私のもとにも、貴女のもとにもいてくれるわ」
リグルは嬉しそうにくしゃりと笑った。それにつられて幽香も微笑んでしまう。
日差しが少し強くなってきた。自分はもう汗をかかない体質になってしまったが、リグルの鼻の頭に汗がにじんでいるのを見て、ハンカチを出して優しく拭き取ってあげる。
「あわ、幽香さん、悪いですよ」
「いいのよ、自分は夏にハンカチを使う事があまり無いから」
リグルは幽香に手間を取らせてしまった焦りと、幽香に拭いてもらったという嬉しさからわけの分からないような、照れた顔になっている。本当に、この子は見ていて面白い。
「あ、そうそう、幽香さん、これ」
思い出したように自分のポケットを探り、リグルは沢山の花の種を手渡した。
「人里で買ってきたんです。今日はこの用事で来てて、幽香さんに使ってもらえればと思って」
「あら、嬉しいわ。ありがとう。あとで植えておくわね」
幽香はリグルの柔らかい手から沢山の種を受け取ると、ハンカチに包んだ。
リグルはなぜか、幽香に会う時は口実を作ってやって来る。ふらっと遊びに来てくれて構わないのに、と思うが、曲りなりにも大妖怪だったという自分に恐れと尊敬の心があるのだろう。とても嬉しく感じる。
「じゃあ、今日はこれで」
「待って」
向日葵の種を一粒、リグルの手に乗せる。
「これから、貴女も花を育ててみてはどうかしら。きっと腹の足しにはなるわよ。……これから毎日花の種を一粒ずつあげるから、私のところに来なさい」
そう言うと、リグルは口角をきゅううっと上げ、目尻は嬉しそうに下がった。
「はい!」
リグルは元気の良い返事をしてくれた。
少しお喋りしてから、今日はリグルと別れを告げる。
「幽香さん、じゃあ、また明日!」
「ええ、また明日」
また明日、などと言える相手ができたのは本当にいつぶりだろう。屈託のない笑顔をするリグルは、本当に向日葵の花のように輝いて見える。
ふふ、と笑みをこぼしながら、幽香は頭をもたげた向日葵を嬉しそうに見つめるのだった。
向日葵の咲く季節はもうすぐ終わりそうだ。背をまっすぐ伸ばしていた明るい色も徐々に頭をもたげはじめる。幽香はそれを少し寂しそうに見つめて、足元に目を落とした。そこには、向日葵がその命と引き換えに残した種が落ちている。幽香は日傘をたたんでからしゃがみ、一つそれを拾って、そっとてのひらに乗せた。
「なにか御用かしら、蟲の妖怪さん」
目線を向日葵の種に置いたまま、後ろに聴こえるように幽香は呟いた。
わしゃわしゃ、と焦ったように草が動き、そこからそおっと、蟲の妖怪が出てきた。
「すみません、幽香さん。隠れるつもりは、別段なくて」
「分かっているわ、貴女如きに背中を狙われる理由は無いもの」
リグルはばつが悪そうに苦笑いすると、幽香の横に立って向日葵を見つめる。
「向日葵の季節ももうすぐ終わりですね」
「そうね」
「寂しくないですか」
「別に。季節はまた巡ってくるじゃない」
「来なかったら、どうしますか」
間が空いた。リグルは蟲の妖怪のくせに、なぜ夏が来なかったら、と発言したのだろうか。リグル自身の意図はあまりよく解らないが、幽香は老いた自分がもし次の季節にいなくなったら、という事だと捉えた。少しひん曲がった解釈かもしれないが、事実自分はもう先が短いかもしれないのだ。大妖怪だった風見幽香のもとに姿を現すものは、リグルくらいしかいない。
「もし、来なくても花は咲き続けるわ。その命がある限りね」
「じゃあ、幽香さんの咲かせる向日葵はまた見られますか」
「ええ、花はずっと私のもとにも、貴女のもとにもいてくれるわ」
リグルは嬉しそうにくしゃりと笑った。それにつられて幽香も微笑んでしまう。
日差しが少し強くなってきた。自分はもう汗をかかない体質になってしまったが、リグルの鼻の頭に汗がにじんでいるのを見て、ハンカチを出して優しく拭き取ってあげる。
「あわ、幽香さん、悪いですよ」
「いいのよ、自分は夏にハンカチを使う事があまり無いから」
リグルは幽香に手間を取らせてしまった焦りと、幽香に拭いてもらったという嬉しさからわけの分からないような、照れた顔になっている。本当に、この子は見ていて面白い。
「あ、そうそう、幽香さん、これ」
思い出したように自分のポケットを探り、リグルは沢山の花の種を手渡した。
「人里で買ってきたんです。今日はこの用事で来てて、幽香さんに使ってもらえればと思って」
「あら、嬉しいわ。ありがとう。あとで植えておくわね」
幽香はリグルの柔らかい手から沢山の種を受け取ると、ハンカチに包んだ。
リグルはなぜか、幽香に会う時は口実を作ってやって来る。ふらっと遊びに来てくれて構わないのに、と思うが、曲りなりにも大妖怪だったという自分に恐れと尊敬の心があるのだろう。とても嬉しく感じる。
「じゃあ、今日はこれで」
「待って」
向日葵の種を一粒、リグルの手に乗せる。
「これから、貴女も花を育ててみてはどうかしら。きっと腹の足しにはなるわよ。……これから毎日花の種を一粒ずつあげるから、私のところに来なさい」
そう言うと、リグルは口角をきゅううっと上げ、目尻は嬉しそうに下がった。
「はい!」
リグルは元気の良い返事をしてくれた。
少しお喋りしてから、今日はリグルと別れを告げる。
「幽香さん、じゃあ、また明日!」
「ええ、また明日」
また明日、などと言える相手ができたのは本当にいつぶりだろう。屈託のない笑顔をするリグルは、本当に向日葵の花のように輝いて見える。
ふふ、と笑みをこぼしながら、幽香は頭をもたげた向日葵を嬉しそうに見つめるのだった。
三人称で進んでいたのが、ここだけ一人称になっています
そこだけ注意をば。
何でもない日常の一コマを切り取っただけの、
ひねりもオチも全くない作品ですが、
優しい気持ちになれる一作です
次はもっと起伏のある「物語」を期待しています
ですが、ココの読者様にはもうちょっと長めの話の方がウケますよ。
話を創る力があるようですから、次はちょい長めで書いてみてはいかがですか?
個人的に感服したのは、とにかく台詞と文とのバランスの良さです。流れるように、自然に読めてとても心地が良いです。
互いに口には出さず、それでいて理解しあっている二人の甘酸っぱさが新鮮でした。
あなたの作品をこれからも心より待っています。
長い作品を書くのは王道だと思いますが、こうした断片的な作品を他にも書いてみるというのも一つの手かも知れません。何より、好きなように書くのが一番だと思います。