冬の寒さはいよいよ厳しくなり、葉の落ちた木々ばかりになった。
その寂れたような寒さに包まれた大学構内の噴水近くに2人の少女の姿があった。
「8分19秒の遅刻よ、蓮子」
「ごめんごめん、一寸準備に手間取っちゃって」
「んもー。らしくないわね。でも、陽が昇る前に呼び出しておいて、
この仕打ちは同情できないわね。寒かったし」
「むぅ。新作のパフェ奢るから機嫌直してよー」
「それよりも、まずは結界の探索、でしょ?」
ようやく朝日が昇ろうとする頃だ。
休日のせいか時間のせいかは定かではないが、人も少なく、噴水は独特の静謐の中にあった。
「えぇ。先ずは博麗神社にね」
「あら?いつになく乗り気じゃない」
「当たり前よ。絶好調なんだから」
彼女たちは、秘封倶楽部、神の墓場から結界を越えて神の国へ遊びに行くという、
何の変哲もない不良サークルを結成している。
神の墓場とは、言うまでも無く現在の日本の事である。
今の日本がいくら精神的に豊かになったとはいえ、情報化によって、神徳は確実に失われていった。
神徳の薄れた日本には神の住む場所は殆ど無くなり、不思議という不思議が不思議ではなくなってしまった。
そんな中で2人は日本中の不思議を集めることにしたのだ。
__神の墓場にはもう不思議は無い。不思議を集めに往こう。
彼女たちは勇ましく、そして、美しく輝いているようだ。
「ところでメリー、前に博麗神社に行ったときは結界はどうだったんだっけ?」
「覚えてないのかしら?せいぜい5,60センチの大きさしかなくて結界は越えられそうになかったのよ」
「今回こそ結界を超えたいからね。はい、これ」
そういって蓮子はメリーに写真を見せた。
「この景色は……山奥かしら。でも、どことなく異世界の匂いがするわ」
「ビンゴよメリー。これは裏表ルートで手に入れたの」
また裏表ルートか。どうせ念写だろう。
「で、この景色は博麗神社からのものっていう証拠はあるの?」
メリーがそう言うと、蓮子は待ってましたと言わんばかりに説明を始める。
「ほら、ここに下弦の月が見えるでしょう?これで場所が分かったのよ」
やはり蓮子の目は気持ち悪い。
「で、それが博麗神社だったと」
「そういうこと」
「あ、そういえば蓮子、近頃ではスカイフック建設の計画を進めてるそうよ。
目標は15年後に運用開始だって」
「極超音速スカイフックのことかしら?あんな突拍子もないものをまだ本気で作ろうとしてたのね……。コストも馬鹿にならないし、昇降機の動かし方からそれに使うエネルギーだって一押しの物が無いのに、15年の内に全部解決して事故も無いスカイフックなんて現実的じゃないわね」
「ふふ。私達はそんなのに頼らなくても宇宙に行けそうね」
「まぁ、まだ月面ツアーが高すぎるからねぇ」
冴えに冴えた空は遠く、今では誰も信じることのなくなった天蓋に、とても鮮やかに透き通っていた。
二人は山奥にある、寂れた神社に行こうとしている。
その光景は不思議を不思議と思わなくなった人からすれば不思議な光景だろう。
想像力の死滅した社会に、理解できない行動は存在しないのだ。
彼女たちの気分はいよいよ高まっていく。
「それはそうと宇宙にはまだ行けないの?蓮子」
「ツアーも格段に安くなっているけど、まだ学生に手の届く値段ではないわね。
バイトしないと、バイト」
「月の都の知識は身についたけど、行く手段がないとねぇ……」
「ま、でもそのうちひょいと行けたりしてね。スカイフックみたいな結界もあるかもしれないし」
「さぁ、それは流石に無さそうだけど……」
他愛のない会話をしながら蓮子は思案に耽っていた。
トリフネの一件や、メリーの快気祝いで行った信州観光、戸隠旅行でそうだったが、
メリーの能力の高まりをひしひしと感じていた。
妖怪に近付いている。着実に。
もともとメリーの能力は人外じみたものではあったが、本当に人外じみてきた。
そもそも向こう側に遊んでいただけのかわいいいたずらが、まさか神の墓暴きまでエスカレートするとは思わなかったが。
夢の相談は段々と減っていったのがせめてもの救いかもしれない。
だが、それも悪い前兆だとしたら___
そんな考えが頭をよぎる。
不安を隠して蓮子は話を続ける。
「そういえば、そろそろ流星群が見られる時期じゃないかしら?」
「こぐま座流星群の事?アレは逃しちゃいけない一大イベントよね。
天気も良好らしいし」
「ふたご座流星群もあって、この季節は天文好きにとってはベストシーズンじゃないかしら」
「残念ながら知名度は低いけどね」
天球に映った太陽は南南東の方角に位置を変え、天の子午線に近付きつつある。
二人の間に沈黙が流れる。
しかしその沈黙は二人にとって気まずいものでは無かった。
歩みを進めるうちに、周りの木々も、段々と計画的な育ち方をしない自由奔放なものが目立つ場所になっていく。
信州観光の時から、本格的にメリーの能力が高まってきている。
彼女自身には不安な様子も悩んでいる様子も見当たらない。
もし悩んでいるとすれば夢の内容かなんかであって、夢か現か、なんていう悩みではない
だろう。
初めてカウンセリングをした時__つまりメリーが育ち過ぎの筍を持ってきた時__
あの時は話すだけである程度解決はできたけど、今回は能力自体が高まっている。
……私はあの時に止めておくべきだったのだろうか?
多分、能天気なメリーのことだから、止めてもそのまま結界いじりは続いていただろうが。
突如静寂が破られる。
「蓮子、博麗神社はどっちの道かしら?」
左には寂れた道なき道が、右には簡素な木道、その分岐点に、何かの意匠だろうか、
トリカブトがあった。
「勿論、左よ」
博麗神社はここ数十年参拝客が居ないらしい。
それなら、勿論行くのは寂れきった方だ。
風景が段々と非現実味を帯びてきた。
少なくともメリーにはそう見えた。
神社の鳥居から幻想の香りが漂う。
「ところで、メリー?腹が減っては戦はおろか異世界探索もできないわよ」
「そうね、じゃあ、境内でランチタイムにしますか」
太陽は、天球の決められたラインでも通るかのようにゆっくり動いていく。
子午線をまたいで、ようやく南中した頃だ。
「……で、結界はどうなの?メリー」
昼食を取り終えて、結界探索を開始する。
「最高ね。賽銭箱の前、つまり、丁度本堂に入ろうかってところに結界があるわ」
二人の気持ちは弥が上にも盛り上がる。
「じゃあ、いいかしら?」
メリーが蓮子にそう言うと、蓮子は猫のように笑った。
「ええ、いつでも準備万端よ」
ついに、この時が来た。
結界から漂う異世界の芳香は、もはや蓮子にも感じられるほどだ。
__結界の向こうには“最高の不思議”がある!
メリーが蓮子の手を取り、結界へと足を踏み入れた。
「……ついたのかしら?メリー?」
たどり着いたはずの異世界は、こっちの世界の寂れきった博麗神社とは無縁の、
綺麗になった博麗神社がそびえたっていた。
「そうみたいね。でも、こっちの世界と見てくれにはあまり変化はないわね」
「むぅ。一体どうなっているのかしら。もしかしたら並行世界なのかも」
蓮子は相変わらず分析を始めようとする。
異世界をありのまま受け入れるのが必要なのよ、とメリーは言おうとしてやめた。
「でも…… まるで絵にかいたような原風景ね」
「理想的な田舎だわ。私が隠居するならこんな所に住みたいわね」
「……で、どうするのかしら、蓮子?むやみに探索するのは原風景を損ねそうなんだけれど」
「いい?メリー。 これは『異世界観光』よ」
蓮子が冗談めかして言うと、ふたりはクスクスと笑った。
探検を続けると、蓮子がおもむろに話し始めた。
「神社って普通信仰の対象になるわよね。でも、ここの神社はあまり人里と近くない。
むしろ人を遠ざけるような位置にさえ建っている。
これって変だと思わない?メリー? ってメリー?」
メリーは蓮子の話も上の空で、遠くの紅い城をまじまじと見ていた。
「ここ…… 前に来たことがあるわ」
メリーは呆然としたまま呟いた。
「本当に!?なら、メリーの言っていた人外に会えるのかしら?ワクワクするわ」
「今はやめておいた方がいいわね。今日は命を大事にしながら観光するんだから」
珍しくメリーの口調が強かった。
__子供の絵のような紅い城。
__時折遠くで聞こえる人間ではない者の声。
__妖さえ出てきそうな不思議の里。
「何かいいところね。魅力を言葉にはできないけれど、いいところ」
蓮子が感慨深くそういう。
ふと思いついたのか、蓮子がメリーに話し始めた。
「メリー、折角だからこの場所に名前でも付けない?また来たいし」
「単に理想郷じゃダメかしら?」
「メリー、ここは理想なんかじゃない。メリーが見せた幻想なのよ」
「夢じゃないのかしら? まぁ、昼間から夢は見られないわね。
__なら、“幻想郷”っていうのはどうかしら」
「それよ!ここは幻想の郷。神々が遺した不思議の墓場なのよ!」
いつになく高揚している蓮子がそう大声で言った。
その瞬間だった。
「おい、待ってくれよ。私は借りただけだろう?なんで泥棒扱いされるのか判らんぜ」
「いい?私はあんたと同じくらいの寿命なの。あんたより先に私が死んだらどうするのよ。それは窃盗よ窃盗」
二人の少女の声が聞こえたので、蓮子とメリーは反射的に隠れて結界から出てしまった。
___
「ふう。危ない危ない」
「まさか怪物より先に人間と会うとは思わなかったわ」
「幻想郷ってもしかすると人妖が共生しているのかもね」
冗談のつもりでいうと、メリーが真面目に答えた。
「いっそ、幻想に生きてみるのもいいかもね」
__その日の夜だった。
いつものように興味のある文献を読み、
合成された食品でつくった夕食を食べ、
天球に映った満月を蓮子が見ていると、
珍しくメリーのほうから連絡が届いた。
『今すぐ大学前の噴水に来てもらえる?』
メッセージはそれだけだった。
____
「急に呼び出してごめんね、蓮子?」
「問題ないわよ。でも、珍しいわね。メリーから呼び出すなんて」
「……噴水に月が映っているでしょう?」
メリーが思いつめたような静かな口調で話し始めた。
「ええ、今日は満月ね」と蓮子が言おうとすると、満月は縮小を始めた。
「!? メリー、これ……!」
「私ね、能力に目覚めちゃったみたいなの。蓮子、これならいつだって幻想郷に行けるわ」
満月はすぐ後に拡大を始め、中心からひびが割れ始めた。
ひびは人が入れるくらいの大きさになってひび割れが止まった。
「……月の世界に行けるのかしら?メリー」
「判らないわ。でも、この芳香(かおり)、幻想郷と全く一緒よ」
「……ええ、行きますか」
「神々が遺した不思議の墓場にね、蓮子」
そろそろ月も天の子午線を通り、南中する。
その月の光は不思議を求めた彼女達への手向けのように優しく彼女たちを包んでいた。
その寂れたような寒さに包まれた大学構内の噴水近くに2人の少女の姿があった。
「8分19秒の遅刻よ、蓮子」
「ごめんごめん、一寸準備に手間取っちゃって」
「んもー。らしくないわね。でも、陽が昇る前に呼び出しておいて、
この仕打ちは同情できないわね。寒かったし」
「むぅ。新作のパフェ奢るから機嫌直してよー」
「それよりも、まずは結界の探索、でしょ?」
ようやく朝日が昇ろうとする頃だ。
休日のせいか時間のせいかは定かではないが、人も少なく、噴水は独特の静謐の中にあった。
「えぇ。先ずは博麗神社にね」
「あら?いつになく乗り気じゃない」
「当たり前よ。絶好調なんだから」
彼女たちは、秘封倶楽部、神の墓場から結界を越えて神の国へ遊びに行くという、
何の変哲もない不良サークルを結成している。
神の墓場とは、言うまでも無く現在の日本の事である。
今の日本がいくら精神的に豊かになったとはいえ、情報化によって、神徳は確実に失われていった。
神徳の薄れた日本には神の住む場所は殆ど無くなり、不思議という不思議が不思議ではなくなってしまった。
そんな中で2人は日本中の不思議を集めることにしたのだ。
__神の墓場にはもう不思議は無い。不思議を集めに往こう。
彼女たちは勇ましく、そして、美しく輝いているようだ。
「ところでメリー、前に博麗神社に行ったときは結界はどうだったんだっけ?」
「覚えてないのかしら?せいぜい5,60センチの大きさしかなくて結界は越えられそうになかったのよ」
「今回こそ結界を超えたいからね。はい、これ」
そういって蓮子はメリーに写真を見せた。
「この景色は……山奥かしら。でも、どことなく異世界の匂いがするわ」
「ビンゴよメリー。これは裏表ルートで手に入れたの」
また裏表ルートか。どうせ念写だろう。
「で、この景色は博麗神社からのものっていう証拠はあるの?」
メリーがそう言うと、蓮子は待ってましたと言わんばかりに説明を始める。
「ほら、ここに下弦の月が見えるでしょう?これで場所が分かったのよ」
やはり蓮子の目は気持ち悪い。
「で、それが博麗神社だったと」
「そういうこと」
「あ、そういえば蓮子、近頃ではスカイフック建設の計画を進めてるそうよ。
目標は15年後に運用開始だって」
「極超音速スカイフックのことかしら?あんな突拍子もないものをまだ本気で作ろうとしてたのね……。コストも馬鹿にならないし、昇降機の動かし方からそれに使うエネルギーだって一押しの物が無いのに、15年の内に全部解決して事故も無いスカイフックなんて現実的じゃないわね」
「ふふ。私達はそんなのに頼らなくても宇宙に行けそうね」
「まぁ、まだ月面ツアーが高すぎるからねぇ」
冴えに冴えた空は遠く、今では誰も信じることのなくなった天蓋に、とても鮮やかに透き通っていた。
二人は山奥にある、寂れた神社に行こうとしている。
その光景は不思議を不思議と思わなくなった人からすれば不思議な光景だろう。
想像力の死滅した社会に、理解できない行動は存在しないのだ。
彼女たちの気分はいよいよ高まっていく。
「それはそうと宇宙にはまだ行けないの?蓮子」
「ツアーも格段に安くなっているけど、まだ学生に手の届く値段ではないわね。
バイトしないと、バイト」
「月の都の知識は身についたけど、行く手段がないとねぇ……」
「ま、でもそのうちひょいと行けたりしてね。スカイフックみたいな結界もあるかもしれないし」
「さぁ、それは流石に無さそうだけど……」
他愛のない会話をしながら蓮子は思案に耽っていた。
トリフネの一件や、メリーの快気祝いで行った信州観光、戸隠旅行でそうだったが、
メリーの能力の高まりをひしひしと感じていた。
妖怪に近付いている。着実に。
もともとメリーの能力は人外じみたものではあったが、本当に人外じみてきた。
そもそも向こう側に遊んでいただけのかわいいいたずらが、まさか神の墓暴きまでエスカレートするとは思わなかったが。
夢の相談は段々と減っていったのがせめてもの救いかもしれない。
だが、それも悪い前兆だとしたら___
そんな考えが頭をよぎる。
不安を隠して蓮子は話を続ける。
「そういえば、そろそろ流星群が見られる時期じゃないかしら?」
「こぐま座流星群の事?アレは逃しちゃいけない一大イベントよね。
天気も良好らしいし」
「ふたご座流星群もあって、この季節は天文好きにとってはベストシーズンじゃないかしら」
「残念ながら知名度は低いけどね」
天球に映った太陽は南南東の方角に位置を変え、天の子午線に近付きつつある。
二人の間に沈黙が流れる。
しかしその沈黙は二人にとって気まずいものでは無かった。
歩みを進めるうちに、周りの木々も、段々と計画的な育ち方をしない自由奔放なものが目立つ場所になっていく。
信州観光の時から、本格的にメリーの能力が高まってきている。
彼女自身には不安な様子も悩んでいる様子も見当たらない。
もし悩んでいるとすれば夢の内容かなんかであって、夢か現か、なんていう悩みではない
だろう。
初めてカウンセリングをした時__つまりメリーが育ち過ぎの筍を持ってきた時__
あの時は話すだけである程度解決はできたけど、今回は能力自体が高まっている。
……私はあの時に止めておくべきだったのだろうか?
多分、能天気なメリーのことだから、止めてもそのまま結界いじりは続いていただろうが。
突如静寂が破られる。
「蓮子、博麗神社はどっちの道かしら?」
左には寂れた道なき道が、右には簡素な木道、その分岐点に、何かの意匠だろうか、
トリカブトがあった。
「勿論、左よ」
博麗神社はここ数十年参拝客が居ないらしい。
それなら、勿論行くのは寂れきった方だ。
風景が段々と非現実味を帯びてきた。
少なくともメリーにはそう見えた。
神社の鳥居から幻想の香りが漂う。
「ところで、メリー?腹が減っては戦はおろか異世界探索もできないわよ」
「そうね、じゃあ、境内でランチタイムにしますか」
太陽は、天球の決められたラインでも通るかのようにゆっくり動いていく。
子午線をまたいで、ようやく南中した頃だ。
「……で、結界はどうなの?メリー」
昼食を取り終えて、結界探索を開始する。
「最高ね。賽銭箱の前、つまり、丁度本堂に入ろうかってところに結界があるわ」
二人の気持ちは弥が上にも盛り上がる。
「じゃあ、いいかしら?」
メリーが蓮子にそう言うと、蓮子は猫のように笑った。
「ええ、いつでも準備万端よ」
ついに、この時が来た。
結界から漂う異世界の芳香は、もはや蓮子にも感じられるほどだ。
__結界の向こうには“最高の不思議”がある!
メリーが蓮子の手を取り、結界へと足を踏み入れた。
「……ついたのかしら?メリー?」
たどり着いたはずの異世界は、こっちの世界の寂れきった博麗神社とは無縁の、
綺麗になった博麗神社がそびえたっていた。
「そうみたいね。でも、こっちの世界と見てくれにはあまり変化はないわね」
「むぅ。一体どうなっているのかしら。もしかしたら並行世界なのかも」
蓮子は相変わらず分析を始めようとする。
異世界をありのまま受け入れるのが必要なのよ、とメリーは言おうとしてやめた。
「でも…… まるで絵にかいたような原風景ね」
「理想的な田舎だわ。私が隠居するならこんな所に住みたいわね」
「……で、どうするのかしら、蓮子?むやみに探索するのは原風景を損ねそうなんだけれど」
「いい?メリー。 これは『異世界観光』よ」
蓮子が冗談めかして言うと、ふたりはクスクスと笑った。
探検を続けると、蓮子がおもむろに話し始めた。
「神社って普通信仰の対象になるわよね。でも、ここの神社はあまり人里と近くない。
むしろ人を遠ざけるような位置にさえ建っている。
これって変だと思わない?メリー? ってメリー?」
メリーは蓮子の話も上の空で、遠くの紅い城をまじまじと見ていた。
「ここ…… 前に来たことがあるわ」
メリーは呆然としたまま呟いた。
「本当に!?なら、メリーの言っていた人外に会えるのかしら?ワクワクするわ」
「今はやめておいた方がいいわね。今日は命を大事にしながら観光するんだから」
珍しくメリーの口調が強かった。
__子供の絵のような紅い城。
__時折遠くで聞こえる人間ではない者の声。
__妖さえ出てきそうな不思議の里。
「何かいいところね。魅力を言葉にはできないけれど、いいところ」
蓮子が感慨深くそういう。
ふと思いついたのか、蓮子がメリーに話し始めた。
「メリー、折角だからこの場所に名前でも付けない?また来たいし」
「単に理想郷じゃダメかしら?」
「メリー、ここは理想なんかじゃない。メリーが見せた幻想なのよ」
「夢じゃないのかしら? まぁ、昼間から夢は見られないわね。
__なら、“幻想郷”っていうのはどうかしら」
「それよ!ここは幻想の郷。神々が遺した不思議の墓場なのよ!」
いつになく高揚している蓮子がそう大声で言った。
その瞬間だった。
「おい、待ってくれよ。私は借りただけだろう?なんで泥棒扱いされるのか判らんぜ」
「いい?私はあんたと同じくらいの寿命なの。あんたより先に私が死んだらどうするのよ。それは窃盗よ窃盗」
二人の少女の声が聞こえたので、蓮子とメリーは反射的に隠れて結界から出てしまった。
___
「ふう。危ない危ない」
「まさか怪物より先に人間と会うとは思わなかったわ」
「幻想郷ってもしかすると人妖が共生しているのかもね」
冗談のつもりでいうと、メリーが真面目に答えた。
「いっそ、幻想に生きてみるのもいいかもね」
__その日の夜だった。
いつものように興味のある文献を読み、
合成された食品でつくった夕食を食べ、
天球に映った満月を蓮子が見ていると、
珍しくメリーのほうから連絡が届いた。
『今すぐ大学前の噴水に来てもらえる?』
メッセージはそれだけだった。
____
「急に呼び出してごめんね、蓮子?」
「問題ないわよ。でも、珍しいわね。メリーから呼び出すなんて」
「……噴水に月が映っているでしょう?」
メリーが思いつめたような静かな口調で話し始めた。
「ええ、今日は満月ね」と蓮子が言おうとすると、満月は縮小を始めた。
「!? メリー、これ……!」
「私ね、能力に目覚めちゃったみたいなの。蓮子、これならいつだって幻想郷に行けるわ」
満月はすぐ後に拡大を始め、中心からひびが割れ始めた。
ひびは人が入れるくらいの大きさになってひび割れが止まった。
「……月の世界に行けるのかしら?メリー」
「判らないわ。でも、この芳香(かおり)、幻想郷と全く一緒よ」
「……ええ、行きますか」
「神々が遺した不思議の墓場にね、蓮子」
そろそろ月も天の子午線を通り、南中する。
その月の光は不思議を求めた彼女達への手向けのように優しく彼女たちを包んでいた。
現段階では、まだその設定だけといった印象を受けました。
今後のご活躍、楽しみにしております。
長編が読んでみたくなりました。
ですが文章はそれほど悪いわけではないと思います。
次回作に期待。