オリキャラ、胸糞注意。
人生初SS 初投稿にも注意。
――――――幻想郷に魔法の森という場所がある。
年中瘴気が漂い、人外の類が多く見られ、人里の者は滅多に近づかない。
それ故に、人目を避けなければならない行為をする者にとって、そこは絶好の舞台だ。
特に、人倫を侵す行為をする人間にとっては。
月は高く、風は凪ぎ、音が消えた森の中。女が一人、地を睨みつけている。
「ここ、かな」
そう言うやいなや、女は持っていたエンピを地面に斜めから突き刺し、慣れた手つきで地面を掘り返し始める。
湿気の多い環境のせいか、地面の抵抗力はさほどのものではなく、次々に土が積み上げられる。
場所を選んだとはいえ、あちこちに木の根が張り巡っているため、時折根の末端に突き当たるものの、女はエンピを器用に使って処理する。
――――静寂な森の中、地面を掘る音だけが響き渡る。
女は、この時間が好きだった。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、その全てで楽しんだ。
この、穴を掘るという行為は言うならば、最後の余韻を楽しむようなものなのだ。
他人は、事が済んだ後の始末を嫌がるが、そのことを楽しみとしていることに僅かな優越を感じていた。
だからこそ、有り得なかった。
とてもとても大切にしていたからこそ、ほんの些細な変化に気付かないはずがないのだ。
当然ながら、近くには誰も居なかった。人間はもちろん、妖精や妖怪も、居なかった。
それなのにも、関わらず――――
「おねーさん、精が出るね」
――――なぜ、こんなにも近くから声がするのか。
「…………っ!」
思わず、振り返る。
――少女だ。
音もなく、気配もなく、女に近づいたのは、丸い帽子の似合う少女。
その帽子から薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングの髪が覗く。
初夏の若葉のようなみずみずしい緑の瞳をしており、洋服についたフリルが可愛らしい。
しかし、胸にある閉じた目のオブジェとそこから伸びているコードらしきものが、ただの少女でないことを物語っていた。
そして、やけに笑みが板に付いている。それが普段から無邪気に笑う快活さを意味しているのか、女には判断できなかった。
「そこにある子どもの死体を埋めるために、わざわざ掘ってるんでしょ?」
月下において、変わらぬ静寂の中で、少女は女にそう問うた。
――――女は後に、その少女が古明地こいしという名の妖怪であると知る。
明け方、疲労困憊の中、家に着いた。
女は、すぐさま湯浴みをして、一日の疲れを取りたいといったところだが、昨夜から続く奇妙さがそれを許さない。
「へえ、ここがおねーさんの家かあ」
なぜ、付いて来るのか。
その答えを聞くのが先だが、とりあえず家に来た以上客人は客人なので、女は茶菓子の用意を始めた。
『よかったら、手伝おっか?』
森が変わらぬ静寂を保っているのに対し、あまりにも致命的な少女の登場と指摘に、女はどうするべきか脳を燃え盛る炎のごとく熱くさせ、必死に、とても必死に考えていた。
にも関わらず、少女はどこ吹く風で、気軽に話しかける。そんな少女の言葉に唖然としながら、問いに対し女は思わず首を縦に振ってしまった。
それからいつもよりもかなり早い時間で子供一人が埋まる穴を掘り終え、子供を埋めた。
『おね―さんは、死体を作るのが好きな人? それとも埋めるのが好きな人?』
先ほどまでの脳の熱さは子供の死体を埋める間にどこかへ排熱されたのか、全ての作業を終え、ここまで来るまでまでのことを思い出し、静かに達成感に浸っていた女に、またしても少女は呆気に取られるようなことを言った。
『死体の受け入れ場所を作るのは好きだけど、穴を掘るのは好きじゃない』
質問を僅かにはぐらかしながら答える。
その事を知ってか知らずか、
『わたしは、飾って眺めるのが一番好き』
と、変わらぬ笑顔で少女は答えた。
これは殺られる。女はそう思った。
これまでに起きた不可解な現象は、女に目の前の少女が妖怪であることを確信させるのに十分だった。
女は、踵を返し、全力で駈け出した。当然逃げるためである。
少女が何事か言っているようだったが、それを振り切るように地を駆ける。
妖怪に殺されるなど、真っ平ごめんだった。
今宵の月光は殊更に強く、普段なら闇の深い森の中であっても、道に慣れていさえすれば、足を躓かせることはない。
そして、夜を徹した女と妖怪少女の鬼ごっこが始まり、
『むー、失礼しちゃうわ。まだ話の途中でしょ』
『わたし、鬼ごっこよりかくれんぼのほうが好きなんだけど』
『心配しなくても、おねーさんを襲ったりしないよ』
『もう、このまま付いて行っちゃうんだから』
『結構走ってるけど、おねーさん意外に体力あるね』
辺りが白ずむ頃になると、女は逃げまわることにも飽き、もうどうでもよくなり、恋しい我が家へと足を向けたのだった。
「さあ、おねーさん。お話しましょ」
昨晩の鬼ごっこを思い出しながら、かすていらを美味しそうに頬張る妖怪少女を胡乱げな眼で見ていた女は、突然放たれたその言葉に不承不承に頷いた。
ここまで来て、もう抵抗する素振りを見せる気力はなかった。
「まあ、いいが……何を話すんだ?」
「死体!」
「………………」
死体については一家言ある女だが、見た目可憐な少女の口から死体!と言われると気味が悪くなる。
―――――――まあ、一番気味が悪いのは女自身なのだが。
「わたしが見たところ、おねーさんは素敵に死体を作ることが趣味な人だと思うんだけど、違う?」
どことなく誇らしげに言うその姿は、子供が大人に解答をせがむ様だ。
「…………素敵に、というのはなかなかいい表現だな」
そう言うと女は、不敵な笑みを浮かべ、子供に怖い話をひけらかす大人のように続けた。
「今人里で起きている3件の失踪事件――――いや、殺人事件か。その犯人こそが、この私だ」
「おお~」
可愛らしい拍手の音が聞こえる。女は少し嬉しかった。
「ま、まあ、昔から虫とか小動物とかを解体して遊んでたんだがね。こう、唐突に人間を死なせてみたくなってね」
「? そういえば昨日の子供は綺麗なままだったけど、人間を解体したりはしないの?」
「ああ、別に人間が動いていることに疑問はないからね。それよりも、人間に対しては、そのままの状態で動かなくすることに興味があった」
人倫に反していることはわかっていた。生きている人間を死んだ人間にすることで、どういったことが起こるのか、当然理解していた。
そして、自身の欲求が誰にも受け入れられないと、わかっていた。誰と共有することもない好奇心の行き先は、絶対的な牢獄であると百も承知していた。
――――しかし、
「――――――素敵」
目の前の妖怪少女は、そんな気味の悪い殺人衝動をいとも容易く受け入れてしまった。
「わたしも、死体収集が趣味なの。おねーさんが、森の中に子供を背負って入っていくのが見えて、これはまさかっ!と後をつけて」
――――――そして、素敵な光景が目の前に広がったの。
妖怪少女は、うっとりと目を閉じその光景を反芻しているようだった。
気絶させた子供を背負い森の中へ入り、木々に覆われた雰囲気の良い場所を選び子供の首に手を掛ける。
当然、覚醒した子供に激しい抵抗を受けるが、それを物ともせず完遂。しばらく余韻に浸り、埋葬場所の選定へ。
女からしてみれば、趣向を凝らしたとか、そういった特別なことをした覚えはなかったのだが、目の前の妖怪少女には感じ入るものがあったらしい。
「妖怪って、基本的に捕食して人間に死を与えるでしょう? でも、それだと下手しなくても肉片か骨しか残らない状態の死体が多くなっちゃって」
妖怪とは人間を襲って食らうもの。そこには好奇心や知的欲求を満たすという感情は入る余地もないだろうと、妖怪少女の言葉を聞き、女は考察する。
「中には、人間を玩具みたいに弄る妖怪もいるんだけど…………人間は机とか楽器とかの部品じゃない」
憤慨遣る方無いといった様子で、妖怪少女は強く言い切る。妖怪にも色々あるようだ。
「その点、人間の手による殺人はスマートだわ。もちろん、例外はあるとは思うけど」
それでも、鑑賞に耐えうる程度の損壊だと、妖怪少女は言った。
「わたしは、死体を死体として恋していたいの。出来れば、生きていた時と同じ姿で」
「……その気持ちは分るような気がするよ」
上手く言葉で表せなかったが、それが女の心からの本心だった。
「一緒……だね」
「ああ、一緒だ」
死体を愛す。そこまでに至る行程に、何か近しい物を女は少女から感じていた。
他人は嫌い。だけど、人間は好き。
――――――――そう、自分も死体/人間に恋してしまっている。
こうして、妖怪少女と女の蜜月が始まる。
妖怪はおろか人間からしても、とてもとても短い間だが、女と妖怪少女は互いの手を取り合った。
ただ、月が日毎にその姿を変えるように、蜜なる月も長くその姿を保ってはいられなかったのだ。
雲ひとつ無く、空気が澄み渡った夜。
月明かりを背にしながら、古明地こいしは、いつものように人里から少し離れた場所に佇んでいる家屋に足を向けた。
古明地こいしの近況は、すこぶる好調だと言っていい。肉体は元より、精神状態が絶好調だ。
それも全ては、
「おねーさんのお陰……かな」
――――充実、している。
古明地こいしは、普段は無意識の層にその身を置くが、女を目の前にしていると意識が首を上げる。
姉や家族のようなペット達を目の前にしているのと同じような感覚になっていた。
「ふふっ」
――――――ひょっとしたら、自分はまた恋をしているのかもしれない。こいしだけに。
古明地こいしは、恋多き乙女。恋し恋焦がれ恋されて。
そんな益体もない事を考えながら、こいしは恋への道を歩く。
ふと、脳裏にこれまでの女との蜜月が過る。
といっても、特にこれといったことはしていない。
ただ、朝から晩まで、互いの死体に対しての見解を話していただけだ。
その間に、女が新しい死体を作ることはなかったし、こいしも徘徊や日課の死体探しを控え、殆どの時間を女と共に過ごした。
それはとても甘美な時間。そういえば、女はこんなことを言っていた。
『ねえ、そういえばこいしは私が作った死体を持って帰ろうとか思わなかったの? そもそも、なんで私の行為の一部始終を見てて素敵だなんて思ったの?』
『ん~、全ては無意識で説明できる!』
『………………………………………………………………』
『む、ごめんなさい。あのね、持って帰ろうとしなかったのは、おねーさんの作った死体に感動したから。なんていうのかな、敬意を払った?とかそんなの』
『で、なんで素敵って思ったのかは――――』
その答えを聞き、女はそれはいいと微笑んだ。
突然、一人の男が女の住む家屋から飛び出してきた。
男は、脇目もふらず、路傍の石になど構う暇はないといった様子でこいしの側を横切る。
今、この時に、自分が告白めいた事を言った時の白昼夢を見ていたのは、このためだったのかと、こいしは無意識で理解した。
玄関に足を踏み入れる。いや、踏み入れずとも、その前からおびただしい血の香りは届いていた。
「…………っぁ…………こ、ぃ…………っ!」
床に倒れ伏し、全身が血まみれだった。
撒き散らされた血の量で、もう駄目だと、ひと目で分かった。
血が腹部から溢れ出ることをやめない。他に外傷はないようだ。全身が血まみれなのは、状況より腹部から出ているおびただしい血の上を転がったせいだと推察できる。
凶器だと思われる包丁は、女のすぐ側に転がっていた。
こいしの見たことのない物だ。恐らく、先ほどの男が持ち込んだものだろう。持ち込んで、女を刺して、逃げたのだろう。
そんなことを無意識で分析しながら、こいしの意識はずっと先ほどの白昼夢に向けられたままだった。
「ね、あの時の事、覚えてる?」
「……っ? ぁ……ぁ……っぅん」
女は微笑んだ。あの時と同じ笑みで。
『「おねーさんが、死体みたいに綺麗だったから。死体が死体を作るように見えて、それが素敵だと思ったから」』
「だから、本当の死体になったらおねーさんを持って帰るね。持って帰って、エントランスに飾って、毎日行ってきますとお帰りなさいを言って、色んな事を話すの」
それはいいと、女が言った気がした。
こいしにとって、女を死体にした男のことはどうでも良かった。
女は、人間の法を明確に犯していたのだし、因果応報というやつでこうなることは、女自身そうあるべきだと語っていた。
だから、こいしのすることは、人や妖怪の目につくことなく女の死体を地霊殿まで持ち帰り、血に汚れた顔を丁寧に拭くことだけだった。
そして、死体保存のエキスパートであるお燐に、防腐処置を頼み、その日は姉の部屋で寝た。
「こいし様~、頼まれてた作業終わりましたよ~」
「ありがとう、お燐」
「それにしても、他殺死体を持ってくるなんて。こいし様、あまり巫女とかに目をつけられることはしないでくださいよ」
「はいはい~」
「もう! それにしてもこいし様のコレクションはよくわかりません。容姿は、まあ整っては居ますけど、何かが飛び抜けて凄そうには見えませんし。この女性のどこが良かったんですか?」
「ん~、そうね。一言で言うと」
――――死体に恋してたところ、かな?
人間はたくさんいるんだから、こんなことを考える奴がいても、まあいいよなー、とか。
その人間が妖怪と仲良くなるお話も素敵だなー、とか。
むしろ妖怪に生まれていたほうが幸せだったんじゃないか、とか。思いました。
話の展開的にもしっかり役割を果たして居たことだし、こいしちゃんが惚れるのも納得の出来です。
さっくり楽しめる良作でした。ありがとう。
お話もコンパクトで読みやすかったです。
単なるシャレだけど死体と言うファクターがあると言うだけででこうもヤバい話になるんですな
ですが、オリキャラが良い意味で物語を引っ張っていて、それでいてこいしを邪魔していないので読みやすかったです。
死体には一家言あるでなんか笑ってしまったw
最後の最後まで通じあっていた二人に乾杯。
わからないことは、わからないですしね。
こいしというキャラクターに説得力がありましたし、
何より中々このそそわでは見られなかった話が見られたのが良かった。
これが人生初SSですって? ちょっと嫉妬しますね。