目が覚めるといつもと違う天井………。なぜと思ったけど、あぁ、そうか。私は今紅魔館に泊まっているんだと気づいて寝ぼけ眼をこすりました。
ふわぁ、とため息をつき、ぐっと伸びをします。外を見るとまだ朝日が差し始めたぐらいの時間。
ベッドからおり、鏡を見ると髪の毛ばぼさぼさで、これはいけないと思ったので荷物の中から琥珀でできた櫛を取り出し、髪を梳きます。
………直らない。ずいぶんと頑固な寝癖で、私はため息をついて櫛を持って手洗い場に向かいました。
手洗い場に向かう途中には、まだ朝は早いというのに妖精メイドが忙しそうに働いています。その中にひときわ目立つ、背の高い銀髪の女性。咲夜さんがいました。この人寝る時間は遅いらしいのになぜこんなに早く起きている。いったいどのくらいの時間寝てるのでしょうか。
咲夜さんは私に気づくと、ぺこりと頭を下げ、おはようございます、と挨拶をしてきました。それに私は返して手洗い場の場所を聞くと、どうやら私が歩いてきた方向とは逆の位置にあるようでした。咲夜さんにお礼をいい、くるりと回転してまた歩き出します。そこで私は気づきました。
そういえば私、靴履いてないと。
部屋に戻り、ベッドのそばにそろえて脱いでいた靴を履き、手洗い場に向かおうとすると何か違和感が………。
誰かに見られている。という感じがしたのですがそれはすぐに消え、多分私の気のせいだったのでしょうという結論に至りました。
さて、早く寝癖を直しに行きましょう。こんな姿をレミリアさんにみられるととても恥ずかしいので。
無事、妖精メイド以外出会うことはなく、無事に手洗い場まで行き、寝癖を直し、外にでると、レミリアさんが歯磨きセットを持って歩いてきているレミリアさんに遭遇しました。
「起きるの早いんですね、レミリアさん」
「早寝早起きが自慢なのよ」
朝早く起きて、夜早く寝る。吸血鬼がこれでいいのかなぁという気がしないでもありませんが。まぁ、気にしないほうがやはりいいのでしょう。
そういえばレミリアさんは歯磨きは食べる前にする派なのですね。私はどちらかというと食べた後にする派なのですが。
「それじゃあ私は歯磨きするからまた朝食でね」
「はい」
そういい、レミリアさんは手洗い場に入っていきました。私はとりあえずすることもないので昨日から気になっていた、窓から見える立派な庭園に行ってみることにしました。
庭園にはバラを主とした色々な花が咲き乱れていて、太陽の畑とはまた違ったすばらしさを感じさせてくれます。
すれ違ったメイドさんたちに挨拶をしながら外に出ると、朝日を浴びて反射する露がきらきらと眩しいです。
やはり、これはすばらしいものです。高尚な芸術は知識などが一切なくてもすばらしいということが分かるといわれていますが、これはそれに値するのです。だって私今代の稗田は華道の知識なんて一切持っていないのですから。
そういえば、昨日レミリアさんにこの庭園のことを聞いてみるとなんとこれを管理しているのは美鈴さんなのだそうです。武芸だけでなく、花にも通じているとは恐れ入ります。
しゃがんで花の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、甘い香りに脳が犯されくらくらしました。
はぁ、と息をつきこの耽美な世界に陶酔していると、地面を踏みしめる足音が門のほうから聞こえてきました。
「あれ、おはようございます。阿求さん」
「おはようございます、美鈴さん。すばらしい庭園ですね」
「ありがとうございます。よろしければ押し花などでも作っておきましょうか? パチュリー様の手を借りればドライフラワーなんてことも出来ますよ?」
「では押し花をよろしくお願いします」
「かしこまりました」
そして美鈴さんは両手にもった大きなジョウロで花に水をやり始めました。舞う様に、しかし一箇所にしか水がかかることがないように。
さっきなぜドライフラワーを断ったのかというと、私はドライフラワーというものがあまり好きではないのです。それはどこかで花は枯れるからこそ美しいと花ではなくその向こうを見ているからなのでしょう。
咲き誇る花と美鈴さんを見ながら私はこの絵画のような美しい光景を忘れないために脳に深く刻み込んでおきました。この光景が次の代の稗田にも残ることを期待して。
太陽を見ると、もうそろそろ7時を超えたころでしょうか。ということは私は1時間以上もこの庭園にいたのです。
こんなに美しい庭園なのだから人里の皆にも見せたいなぁと思うのですが、ここまで来るのは一般の人間には難しいでしょう。人里から出ると命を狙う妖怪なんて五万と言わないほどにいるのですから。
座っていた椅子から立ち上がるとちょうど妖精メイドが屋敷から出てきました。その妖精メイドは私に近づくとぺこりと会釈をして朝食の準備が出来たということを伝え、去っていきました。
それでは朝食を食べるために屋敷の中へ戻りましょう。
玄関に手をかけ、硬直。そして思い切り振り向きます。しかしそこには誰もいません。やはり視線がしたというのは気のせいのようです。おそらくただ感覚が鋭敏になっているだけなのでしょう。
ため息をつき中に足についた泥を叩き落とし中に入ります。今日の朝食はなんなのでしょうか。
楽しみで胸が躍ります。
「向こうの様子はどうだ?」
「稗田阿求は今、屋敷の中に入っていきました」
「こちらの動きはばれてないか?」
「ばれるはずはないです」
「それもそうか。愚問だったな」
私の上司がさもありなんとにやりと笑い、ここから紅魔館のある方向に目を向けた。
正直なところこの上司があまり好きではないのですが、仕事は仕事。嫌いだからといって消えてくださいなどといえるはずもなく、心の中でため息をつくしかなかった。
私の上司は典型的な権力主義。強者にこびへつらい、弱者は物程度にも思っていない。そのあり方はここでは普通なのだが、やはり私は心の中で、下種めと罵ってしまう。そんな隠された異端の私はここから目をそらすためにもターゲットである稗田阿求の監視を続けるのでした。
異端と知りつつもそれを違うように振舞う私自身にも反吐が出る。だからといって彼女のように異端らしく振舞うことも出来ない。なぜ私は弱いのか。そんな考えが思考を支配し、能力の制御が上手くいかない。
悔しさから零れ落ちるこの手を赤く染める血は彼女ともこいつとも一緒だというのに。
「いただきます」
レミリアさんの跡に皆がいただきますをする。今日のメニューはパンとサラダとベーコンエッグにコーヒーという純洋風の朝食。レミリアさん以外は。レミリアさんはやはり白米と納豆。それに焼き鮭に味噌汁、海苔という私の家の朝食のようなメニュー。
美味しそうなのですがね。
「そういえば阿求。何か変わったことはないかしら」
「いえ、ないですよ?」
あるとすれば視線ぐらいなのですが、そんな私の妄想なんて恥ずかしくて言えません。
私がどうしたんだろうと思っていると、「そう、ならいいわ」と言って、パチュリーさんはサラダを口に運び始めました。
一体なんだったんでしょうか。問答?
「ねぇ、レミィ」
「あぁ、分かってるわよ」
レミィの部屋に入り用件を切り出そうとしたら、あっさりと私の用件が何なのかを知られていた。まぁ、あたり前でしょうが。
私の用件、それは稗田阿求、彼女がこの屋敷に入ってきたときから感じる妖力。おそらく監視でしょう。
「姿は見えないけど、大体の予想はつくわね」
それくらいなら私も予想がつく。というかここまで不躾に監視してくる連中なんて一人。いやひとつね。しか知らない。
「まったく。あの馬鹿鴉共はそんなに死にたいのかしら」
「そんな軽口が叩けるような状況かしら」
「それもそうだけど………」
まだ相手が強い一人の妖怪ならどうとでもなった。ここにはレミリア、フラン、美鈴、咲夜、そして私がいるのだから。
今回本当に危ないのはあいつらみたいに数でこられた場合だ。いくら私達とは言え、相手に出来る数には限度がある。しかも守るべき対象は巫女でも魔法使いでもない、ただ記憶力がいいだけの人間だ。相手を出来る人数を一人でも超えた場合、私達の動けないキングは倒されてしまう。
たとえるなら盤上を覆いつくすポーンがそれぞれ襲い掛かってくる。無理な勝負もいいところだ。
「で、どうするのかしら?」
「どうするも何も守るしかないじゃない。私達が人間一人も守れないようならスカーレットの名なんて恥ずかしくて名乗れないわ。ただのレミリアになっちゃう」
「親殺しのくせによく言うわ」
「身内でも敵は敵。それにあいつがスカーレットを名乗るほうが恥ずかしいわ」
レミィはこの不利な勝負をどう受けるのだろうか。策、増援、もしくは暗殺。なんにしろそれを考えるのは私か。
いいわ。紅魔館の頭脳としての力見せてあげようじゃない。そして伝説に書き記されるのよ。偉大な魔法使いと。
物語の中で永遠に生きるためにこの七曜の魔女の恐ろしさ。しかと書き記すといいわ。
「あれ、レミリアさんはどこなのでしょうか」
レミリアさんに話を聞くべく屋敷内を歩き回っていたのですが、妖精メイドの姿しか見えず、レミリアさんの姿は見えませんでした。部屋にも図書館にもいません。いないといえば図書館にパチュリーさんもいませんでした。
仕方ないので図書館で時間でもつぶそうと髪の長い方の小悪魔さんに歴史書の場所を聞いて、面白そうな本を探しました。幻想郷内の歴史なら結構知っているのですが、外の世界の歴史はあまり知らないのですよね。
だからこの三国志のような本には胸が躍ります。
とりあえず三冊ほど借りて机に持って行きました。主人がいないので事後承諾ということで許してもらいましょう。
「ただいま、ってあら阿求来てたのね」
「あ、お邪魔しています。すみません本を見させてもらっています」
「構わないわ。どこかの誰かと違ってちゃんと図書館内で読んでいてしかも許可を取るのだから文句はないわ」
「ありがとうございます。そういえばレミリアさんはどこにいらっしゃるか知りませんか?」
「レミィ? レミィなら自分の部屋にいると思うけど」
「あ、そうなのですか。ありがとうございます」
「その本、持っていって自分の部屋で読んでもいいわよ」
「ありがとうございます」
パチュリーさんにお礼をいい、外にでます。どうやらレミリアさんは自室にいるようです。ということはさっきまでどこかに出かけていたのでしょう。
たしかレミリアさんの自室はここですね。
こんこんとドアノッカーを使いノックすると中からレミリアさんの声が聞こえてきました。
「誰かしら?」
「阿求です」
「入っていいわよ」
許可を得たのでドアを開け、中に入ります。
レミリアさんはベッドに寝転がりぱらぱらと漫画を読んでいました。
「何のよう? 昨日の本なら咲夜に没収されてないのだけれど」
「レミリアさんについて話を聞きたいなぁ、って思いまして」
「私について、うーん。そうねぇ」
レミリアさんは今まで読んでいた本をベッドの上に投げ捨て、スプリングを利用してぽんっとベッドから飛び降りました。
部屋の中心にあるテーブルの椅子を引き、座ると机の上でひじを立て、あごの下で手を組みました。
レミリアさんに座りなさいと言われたので、レミリアさんの対面に座り、メモとペンを取り出しました。
「私について語れることといえばあまりないのだけれどね。紅霧異変のことなら教えるわよ?」
「紅霧異変ですか」
「あれはただ単に私の力を幻想郷全体、されどあまり害は与えずに広めようとしたのよ」
まぁ、確かに死傷者はゼロですし。被害も気分が悪くなる程度でした。長く続くとなると農家に大きなダメージがいきますが霧が立ちこめたのはせいぜい4日ほど。夏なので涼しいという利点もありましたし、それほど凶悪な異変というわけでもありませんでした。次に起きた春雪異変や永夜異変と比べると。
「あとは日傘なしで出歩いてみたかったのよ。強いとは言え弱点も多いし。鬼の弱点に加えて日光と流水が駄目だからね」
「なるほど」
いくら強いとはいえ、お天道様の下を歩けない+雨の日は外出できないとなるとつらいものがありますね。
「それくらい、ねぇ。後は私の個人的な話になるんだけどいいかしら?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
「私ね。紅魔館の主人というポジションだけど、あまり出来ることはなくてね。だから最近紅茶を入れる練習を始めたのよ」
「紅茶を入れる練習ですか?」
「咲夜に教えてもらってね。いずれはここの一部を喫茶店として改造しようと思ってるのよ。紅茶に咲夜のデザート。流行らない訳はないでしょう? 御代はお金と血液の二択にしてね。 妖怪と人間の共存を考えているのは別に貴方だけではないのよ?」
すばらしいとは思いますが、その夢には実現するのが難しいという点があります。人里からここまで無事にこれる人間は霊夢さんや魔理沙さんぐらいでしょう。あとは妹紅さんや慧音さん。
そう考えていると、その点をレミリアさんも気づいていたらしくこう続けました。
「だから貴方の夢は実は私の夢でもあるのよ」
あぁ、なるほど。妖怪と人間が共存すれば、安心してここまで来れますし、人間と妖怪の憩いの場とだってなるかもしれない。
このことを幻想郷友起に書き記しておくべく。重要と書いてあるページにこの情報を書いて置きました。
「そうだ。私の紅茶を飲んでみてくれないかしら」
レミリアさんは両手をぱんと叩くと立ち上がりました。レミリアさんの入れる紅茶。とても興味があります。
レミリアさんはぱたぱたと部屋から出て行くとものの数分でお盆の上にポットとお湯と茶葉が入った瓶と砂糖が入った瓶。それとティーカップを二個持ってきました。
紅茶の茶葉を二杯ポットに入れると勢いよくお湯を注いでいきます。ふたを閉じるとレミリアさんはいーち、にーい。と数え始めました。その数が100になった辺りでティーカップに紅茶を注ぎました。
紅茶のいい香りが広がります。この匂いはアールグレイでしょうか。
どうぞ。と差し出されたティーカップを受け取ると砂糖を一杯入れて一口。まずくはないのですが、咲夜さんが入れた紅茶と比べると雲泥の差があるように感じられます。経験の差があるのかもしれませんが、とりあえず私はレミリアさんに自分が知っている紅茶の入れ方を教えることにしました。
紅茶は茶葉によって葉が開く時間が違うので、初心者は出来ればガラス製のポッドを使ったほうがいい、ポッドとカップは温めとかないと温度がさがって抽出されにくくなるので先にお湯を入れて温めておいたほうがいい。濃さが均等になるよう分けて入れるなど基本的なことを教え、それをレミリアさんは真剣に聞いていました。補足としてにごらないアイスティーの入れ方も教えておきましょう。
それらを聞き終わるとレミリアさんは実践と言って部屋を出て行きました。
十分ほどたち戻ってきたレミリアさんの手にはティーカップが二個ありました。
受け取り、さっきと同じ分量の砂糖を入れて一口。さっきのよりも格段に美味しくなっています。
その旨を伝えるとレミリアさんは満足して満面の笑みを浮かべました。
「やっぱり、阿求。貴方が来てくれてありがたいわ」
その言葉はうれしすぎるもので思わず笑みを隠せなかったのです。
レミリアさんと別れ、廊下をあてもなく彷徨っていると休憩している咲夜さんを見つけました。
「こんにちわ、咲夜さん」
「こんにちわ。阿求さん」
咲夜さんが休憩していることは稀なので、取材をすることにします。メモを取り出して咲夜さんの対面に座りました。
「取材ですか? 構いませんが」
「それでは聞きたいのですが、咲夜さんとレミリアさんは親子なんですか?」
咲夜さんは。いつものポーカーフェイスを崩ししまったという表情を顔一面で表しました。この反応から察するに、あまり知られたくないことだったのでしょうか。でもなぜ?
「あー、出来ればその事は書かないで欲しいのですが」
「なぜですか?」
「私は人間だし、お母様は吸血鬼。お母様は気にしないでいいと言ってくれますが、他の妖怪に子育てをした吸血鬼などと知られたら舐められてしまいます。それは今まで沢山お世話になったお母様に悪いので………」
出来れば、私も人前気にせずお母様と呼びたいのですけどね。と咲夜さんは悲しそうに目を伏せながら言いました。
「………妖怪が人間を育てるのはそんなにおかしいことなのでしょうか。紫さんだって霊夢さんを育てましたし」
「あれは博霊の巫女だからです。私は時間が操れるとはいえ、それだけです。この幻想郷に深く関わるわけでもないですから」
強く、されど儚い絆。それがレミリアさんと咲夜さんを繋ぐ糸。子供が親に甘えられない世の中なんてやはり間違っていると思います。
レミリアさんなら気にしないで甘えてもいい、と言いそうですがそれで咲夜さんが素直に甘えられるだなんて簡単な問題ではないですね。
どうにかならないのでしょうか。咲夜さんがレミリアさんを。レミリアさんが咲夜さんを。お互いが胸を張って親子だと主張することは……。
レミリアさんが咲夜さんの血をすって吸血鬼化させる? いや、そんな案が通るはずもないし。では紅魔館としての地位をすて二人で人里で静かに暮らす? 一応私の力でなんとかなりますが、ぜんぜん解決にはなってません。どうすれば。
そう悩んでいると咲夜さんは、「もう、どうしようもないことですから。それでは仕事に戻りますね。失礼します」と言って立ち去りました。
本当、無力ですね。私。
「対象、レミリア、咲夜に接触。何か書き記しています」
「奴は記録係だ。妖怪のことを記録しようとしているのだろう。嘘ではない本当の姿を」
「………真実を書くことがそんなに影響があるのですか?」
「大有りだ。この幻想郷のあり方に関わる。人間から舐められ、忘れられた妖怪はここでの存在を失う。貴様も死ぬ。いや消えたくはないだろう?」
そのとおりだ。死ぬのならまだし。消え去るのは耐えられない。私という存在を何一つ残せないのだ。想像すらしたくない。
「いつ攻めるのですか?」
「さぁな。しかし早いほうがいいとは思うが、決めるのは上の方たちだ。わし達が決めることではない」
「そうですか」
「まぁ。上が命令したことに従い。そして死んでいくのが我らの役目だ。組織のために死ぬ。誉であろう?」
そんな事が誉なものか。よく知りもしない連中のためになんて死んでやるものか。と思っても口に出しては即刻捕らえられ良くて謹慎、普通で処刑。悪ければ一族郎党皆殺しだろう。私だけならともかく家族にまで犠牲にするわけにはいかない。
「はい。そのとおりです」
私の嘘で塗り固められた言葉に満足そうに頷く上司。死ぬなら一人で死んで欲しい。私より先に。もしかすると戦死ということで身を隠せるかもしれない。
あぁ、私も翼が欲しい。何にも縛られない彼女のような真っ黒な翼が。
「よっこらせっと」
門の方が騒がしいので見に行ってみると美鈴さんと、妖精メイド、じゃないですね。姿から見るに門番妖精? がのこぎりやかなづちを使っていました。椅子や机が何個か置いてあるところを見ると、昨日の提案をもう取り掛かっているようです。
「あ、阿求様。昨日はありがとうございます」
妖精メイドからぺこりとお礼を言われました。軽い気持ちで言ったことがこんなに感謝されるとは。
うれしいので何かお手伝いしようかと思いましたが、残念ながら非力な私では何も手伝うことは出来ません。美鈴さんは額に汗を浮かべながら気を切っているというのに。
それにしても皆さん凄いですね。妖精なのにカンナを使ったり、釘をうったりしてます。妖精も訓練しだいということでしょうか。
美鈴さんが切った木材をカンナ担当の妖精が表面を滑らかにして、釘打ち担当が組み立てる。流れ作業でそれぞれが自分の担当をこなしている。もしこの人たちが戦闘をしたら凄く統率の取れた動きをするのでしょう。まさに門番にふさわしい人材です。
「ふぅ。これくらいでいいですかね」
美鈴さんがのこぎりから手を離し、額についた汗をぬぐいました。そして今私の存在に気づいたらしく。こっちを見て実に美鈴さんらしい笑顔を浮かべました。
「こんにちわ阿求さん。貴方のおかげでうちの妖精達皆大喜びですよ」
「そんな、私別に何もしてませんよ」
「いいえ。ちゃんとしてますよ。今まで誰も提案しなかったことを提案する。誰にでも出来ることかもしれませんが、そう簡単に出来ることではありません。私達はメイドと主人は別に食事するものだと思い込んでいましたからね。主人と言っても各部署の担当も含みますが」
「あ、ありがとうございます」
出来ることをしない人だっていますからね。私みたいに。と言って冗談交じりに話す美鈴さんはどちらかというと人間くさい人だと感じました。そういえば美鈴さんはいったい何の妖怪なのでしょうか。
「あの、美鈴さんって一体なんの妖怪なのですか?」
「私ですか? あえて言うなら門番の妖怪ですかね」
「門番の妖怪?」
「これが私の生き方ですから」
上に立つことを望まず、誰かを守るためにこの拳を振るう。そんな妖怪ですよ。と美鈴さんは言いましたが、結局実際は何の妖怪かは教えてもらえないようです。言いたくないのなら無理にとはいいませんが。
「美鈴様。完成しました」
門番妖精のうちの一人が組み立てが完成したことを伝えにきました。見ると立派な机や椅子が整列して置いてあります。
「それじゃあこれを中に運んでね」
「了解です!」
門番妖精は敬礼をすると、椅子や机を持って中に入っていきました。
「私はここから離れるわけには行きませんからね」
絶対誰かはここにいなければならない。その役を進んで受ける美鈴さんは流石自称門番の妖怪なだけあると思いました。
あ、机や椅子なら私も運ぶことが出来ます。そう思い並んである机と椅子を一組持ち上げ、軽くふらつきながら中へ向かいました。
「気をつけてくださいね」
「分かりましたー」
今日から少しづつ体を鍛えたほうがいいかもしれません。今までは家政婦がいたからなんとかなったものの、こんなにひ弱じゃ、これから先が心配になります。
結局食堂に着くころには息も絶え絶えで、私より何倍も忙しい仕事をしていた妖精よりも汗だくになっていたのでした。
「あ、阿求お姉ちゃん」
メイド妖精から冷たい水を貰い休んでいると地下からフランちゃんが上がってきました。
「こんにちわフランちゃん。一緒に遊ぶ?」
「うん!」
時間はもうお昼を結構過ぎたのでフランちゃんと遊んでいるとちょうどいい時間になりそうです。今日は夕食までフランちゃんと遊ぼうと思います。持ってきた絵本を読むべきかそれとも何か別の遊びをしようかと考えていると、フランちゃんがかくれんぼがいい、と提案してきたので特に断る理由もなかったので、それに決定しました。
「それじゃあ阿求お姉ちゃんが鬼ね?」
私が鬼ですか。あまり屋敷に詳しくないのですが、どうせ隠れる側になっても良いスポットを知らないので不利なのは一緒か。と思いいいですよ、と答えました。
「「「「それじゃあ隠れるフランを見つけてね」」」」
「え?」
「「「「200秒数えてね」」」」
「あ、はい」
気がつくとフランちゃんが四人に増えていました。実は四つ子? いやそんな事はないはずだから能力なのでしょうか。フランちゃんたちは「わー!」とはしゃぎながら散り散りになるのを確認して私は目を閉じて数を数えました。
200秒、地味に長いですが、この広い屋敷内で隠れるにはそれくらいの時間がいるのでしょう。どこに隠れるつもりなのかは見当もつきませんが。
「198、199、200」
数え終わり、目を開けると当たり前ですが、そこにフランちゃんの姿はありません。
さーてどこでしょうか。とりあえず適当に歩き回ってみましょう。
食堂、厨房と回り、部屋を端から開けていって5つ目の部屋のベッドが少しだけ盛り上がっています。そっと近づき一気に布団をめくります。そこには
「あ、あれ?」
涙目の妖精メイドがいました。事情を聞くと仕事中にも関わらずフランちゃんにここに叩き込まれたようです。後で少し駄目だよ、と言ってあげたほうがいいかもしれません。妖精メイドを仕事に戻し、気を取り直してフランちゃん探しを始めましょう。
ここまでされて見つけられないというのもしゃくなので、ちょっと意地悪な手を使おうと思います。
「あぁ。フランちゃんと食べようと思ってたけど、一人で食べちゃおうかなぁ」
袖から包装されたお饅頭を取り出すと包装紙を開けます。
ガタッ
案外近くから音。さっきの妖精メイドはおとりでどうやら本体は同じ部屋のクローゼットにいるようです。なかなか手の込んだことを………。
「フランちゃんみーつけた」
クローゼットを開けると案の定フランちゃんの姿が。
「阿求お姉ちゃん一人でお饅頭を食べるなんてズルいよ!」
「ちゃんとフランちゃんの分もあるから安心してね。あと、囮に仕事中の妖精メイドは巻き込まないようにね」
「ごめんなさい………」
素直な良い子です。怒られて少ししょぼんとしましたが、ちゃんと謝れる事はよいことです。
少ししょぼんとしたフランちゃんにお饅頭を上げました。フランちゃんはお饅頭を美味しそうに食べながら後ろをついてきました。
さて、次は一体どこに。
「お仕事、お仕事~」
「………」
目の前を通り過ぎる妖精メイド。もといメイド服を着たフランちゃん。これはもうかくれんぼではなく変装です。
とりあえず、横を並んで歩いてみました。
「あ、阿求様」
「なんですか? フランちゃん?」
「………」
一瞬固まると脱兎のごとく逃げ出しました。その背中に向けて一言
「かくれんぼは見つかったら終わりですよ」
とりあえず二人目確保です。このフランちゃんにもきびだんごよろしくお饅頭を差し上げます。
二人のフランちゃんを引き連れ屋敷内を探索。なんだかワクワクします。
「………地下かな」
大体の場所は探し終わったのであと残るは地下。またあの長い階段を下りるのは一苦労ですが、だからこそ隠れてる可能性があるので、がんばって降りることにしましょう。
後ろのフランちゃんたちはふわふわと飛んで降りていっているので、できれば私を持ち上げてくれないかなぁと思ったりしました。
「入っていいフランちゃん?」
「「いいよー」」
許可を得たので中に入ります。中にはレミリアさんと似たような部屋に沢山のぬいぐるみや人形がありました。大きなものから小さなものまでありあらゆるぬいぐるみや人形が置いてあります。地下ですが可愛らしいファンシーな部屋です。昨日来たときはあまり意識はしませんでしたが。フランちゃんの一言に驚いて。
「うわぁ。このぬいぐるみ大きいなぁ」
人と同じ大きさの熊のぬいぐるみが置いてあったので抱えるようにして持ち上げ、ん?
なんだかぬいぐるみなのに硬い。まるで中に人が入ってるかのように。あと口の部分が空洞。これってぬいぐるみじゃなくて。
「ビンゴですね」
後ろを見るとチャックがついていました。これはぬいぐるみじゃなくきぐるみ。もしかして私が来るまでずっといたのでしょうか。暑くないんでしょうか。
「ふわぁ。暑かったー」
暑かったようです。そこまでしなくてもいいと思うのですが。というかここに隠れたら見つけるのは不可能ではないですかね。今回偶然見つけましたが。この調子じゃ最後のフランちゃんは突拍子もないところに隠れてそうですね。
疲れた顔でもそもそお饅頭を食べてるフランちゃんをお供に再び地上へ。登りが人間にとっては長いということを理解したフランちゃんたちに抱えられて地上に戻りました。
もうあらかた探し終わったのですが。一体どこへ?
「あ、もうお饅頭がない」
最後のフランちゃんの分のお饅頭がない。4つ持ってたつもりが3つしか持っていなかったようです。
まだリュックの中に何個かあるから取りに戻りましょう。
自分の部屋の扉を開けるとリュックが動いています。現在進行形でごそごそと。
だ、誰なんでしょうか。私のリュックの中にそんな面白いものはないですよ?
と驚いていると色とりどりの羽が見えました。
近づくとフランちゃん。そしてはがされたお饅頭の包みが3つ。あと絵本。
「フランちゃん?」
「うわぁ!?」
絵本に集中していたせいか私の接近に気づくことはなく、絵本を読みながらお饅頭を食べているフランちゃんの両脇に手を通し抱え込みました。
「何やってるの?」
「お、お饅頭食べてた」
「「「ズルいよ!!」」」
全部自分かと思えばどうやらそれぞれに自我があるようですね。って今はそんな事どうでもよくて。問題はフランちゃんがお饅頭を勝手に食べていたことです。持ってきたお饅頭の数を確認すると他の方におすそ分けする分は残っていましたが私の分は残っていませんでした。
とほほ。
「ごめんなさい」
「まぁ、皆さんの分があるからいいよ」
素直に謝ってくれたので許します。あとどうやらフランちゃんは絵本に興味があるようなので、ひとつに戻ったフランちゃんと絵本を読むことに決めました。
「どんな話なの?」
「体は人並み以下だけど心は誰よりも強い女の子の話だよ」
この絵本は私が小さなときに大好きだった本です。今でも大好きですが、絵本を読む歳でもないのでたまに隠れて読んでいます。
「心?」
「この子はね。どんなときも諦めないの。そんな彼女の事を好きになったお友達達がこの子を助けてハッピーエンド」
「なんだか、阿求お姉ちゃんみたいだね」
「あはは。うれしいなぁ。でもここまで強いわけじゃないしね。なりたいとは思ってるけど」
「阿求お姉ちゃんが困ったときにはフランが助けてあげるよ! だってフランは阿求お姉ちゃんの友達だもん!」
「そっか。友達かぁ。うれしいなぁ。よーし、フランちゃんにこの本をプレゼントしちゃう!」
「いいの?」
「私はこの本何度も読んで話の内容覚えちゃったからね」
「ありがとう! 大切にするね!!」
ここまで喜んでもらえるとこっちもうれしくなります。この絵本がなくても暗唱は出来るのでそれほど困りもしませんし、また読みたくなったらフランちゃんのところに遊びに来れば良い。
初めて出来た妖怪のお友達。それが幼い吸血鬼、フランドール・スカーレットちゃんでした。
「行くぞ。命令がでた」
「………分かりました」
願いもむなしく戦闘命令、否。特攻命令が下された。格が何個も上の相手にひたすら玉砕していく。今回、何人の同胞が消えるのだろうか。私もあの屋敷の住民を敵に回して生き残れる気はしない。
やはり最後まで私は自由になることは出来ないようだ。
何度目になるか分からないため息をつき、愛刀を抜き、確認する。
鈍い銀色が最悪の表情をしている私を映し出す。
「良く戦い良く死ね。それが上の命令だ」
上司が話す内容によると数で押しつぶす作戦。ターゲットに一人でも届けばそれで終了するが、一人を殺すためにこちらは何人死ねばならない。本当気が狂った作戦だ。
「助けて、文さん」
誰にも聞こえないほどの声でつぶやく。当たり前だが私の憧れの人が来ることはない。
「出撃まであと10分だ。それまで各自準備をしておくように」
準備ってなんだろう。遺書を書くことだろうか。周りの連中はうれしそうに武器の手入れをしている。なんだ皆狂ってる。いや私が狂ってるのか?
いや私は正常だ。正常のはずなんだ。
そんな狂気が渦巻くなかで私は私はそっと目を閉じた。
犬走 椛。この私の人生。何か残せただろうか。
ふわぁ、とため息をつき、ぐっと伸びをします。外を見るとまだ朝日が差し始めたぐらいの時間。
ベッドからおり、鏡を見ると髪の毛ばぼさぼさで、これはいけないと思ったので荷物の中から琥珀でできた櫛を取り出し、髪を梳きます。
………直らない。ずいぶんと頑固な寝癖で、私はため息をついて櫛を持って手洗い場に向かいました。
手洗い場に向かう途中には、まだ朝は早いというのに妖精メイドが忙しそうに働いています。その中にひときわ目立つ、背の高い銀髪の女性。咲夜さんがいました。この人寝る時間は遅いらしいのになぜこんなに早く起きている。いったいどのくらいの時間寝てるのでしょうか。
咲夜さんは私に気づくと、ぺこりと頭を下げ、おはようございます、と挨拶をしてきました。それに私は返して手洗い場の場所を聞くと、どうやら私が歩いてきた方向とは逆の位置にあるようでした。咲夜さんにお礼をいい、くるりと回転してまた歩き出します。そこで私は気づきました。
そういえば私、靴履いてないと。
部屋に戻り、ベッドのそばにそろえて脱いでいた靴を履き、手洗い場に向かおうとすると何か違和感が………。
誰かに見られている。という感じがしたのですがそれはすぐに消え、多分私の気のせいだったのでしょうという結論に至りました。
さて、早く寝癖を直しに行きましょう。こんな姿をレミリアさんにみられるととても恥ずかしいので。
無事、妖精メイド以外出会うことはなく、無事に手洗い場まで行き、寝癖を直し、外にでると、レミリアさんが歯磨きセットを持って歩いてきているレミリアさんに遭遇しました。
「起きるの早いんですね、レミリアさん」
「早寝早起きが自慢なのよ」
朝早く起きて、夜早く寝る。吸血鬼がこれでいいのかなぁという気がしないでもありませんが。まぁ、気にしないほうがやはりいいのでしょう。
そういえばレミリアさんは歯磨きは食べる前にする派なのですね。私はどちらかというと食べた後にする派なのですが。
「それじゃあ私は歯磨きするからまた朝食でね」
「はい」
そういい、レミリアさんは手洗い場に入っていきました。私はとりあえずすることもないので昨日から気になっていた、窓から見える立派な庭園に行ってみることにしました。
庭園にはバラを主とした色々な花が咲き乱れていて、太陽の畑とはまた違ったすばらしさを感じさせてくれます。
すれ違ったメイドさんたちに挨拶をしながら外に出ると、朝日を浴びて反射する露がきらきらと眩しいです。
やはり、これはすばらしいものです。高尚な芸術は知識などが一切なくてもすばらしいということが分かるといわれていますが、これはそれに値するのです。だって私今代の稗田は華道の知識なんて一切持っていないのですから。
そういえば、昨日レミリアさんにこの庭園のことを聞いてみるとなんとこれを管理しているのは美鈴さんなのだそうです。武芸だけでなく、花にも通じているとは恐れ入ります。
しゃがんで花の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、甘い香りに脳が犯されくらくらしました。
はぁ、と息をつきこの耽美な世界に陶酔していると、地面を踏みしめる足音が門のほうから聞こえてきました。
「あれ、おはようございます。阿求さん」
「おはようございます、美鈴さん。すばらしい庭園ですね」
「ありがとうございます。よろしければ押し花などでも作っておきましょうか? パチュリー様の手を借りればドライフラワーなんてことも出来ますよ?」
「では押し花をよろしくお願いします」
「かしこまりました」
そして美鈴さんは両手にもった大きなジョウロで花に水をやり始めました。舞う様に、しかし一箇所にしか水がかかることがないように。
さっきなぜドライフラワーを断ったのかというと、私はドライフラワーというものがあまり好きではないのです。それはどこかで花は枯れるからこそ美しいと花ではなくその向こうを見ているからなのでしょう。
咲き誇る花と美鈴さんを見ながら私はこの絵画のような美しい光景を忘れないために脳に深く刻み込んでおきました。この光景が次の代の稗田にも残ることを期待して。
太陽を見ると、もうそろそろ7時を超えたころでしょうか。ということは私は1時間以上もこの庭園にいたのです。
こんなに美しい庭園なのだから人里の皆にも見せたいなぁと思うのですが、ここまで来るのは一般の人間には難しいでしょう。人里から出ると命を狙う妖怪なんて五万と言わないほどにいるのですから。
座っていた椅子から立ち上がるとちょうど妖精メイドが屋敷から出てきました。その妖精メイドは私に近づくとぺこりと会釈をして朝食の準備が出来たということを伝え、去っていきました。
それでは朝食を食べるために屋敷の中へ戻りましょう。
玄関に手をかけ、硬直。そして思い切り振り向きます。しかしそこには誰もいません。やはり視線がしたというのは気のせいのようです。おそらくただ感覚が鋭敏になっているだけなのでしょう。
ため息をつき中に足についた泥を叩き落とし中に入ります。今日の朝食はなんなのでしょうか。
楽しみで胸が躍ります。
「向こうの様子はどうだ?」
「稗田阿求は今、屋敷の中に入っていきました」
「こちらの動きはばれてないか?」
「ばれるはずはないです」
「それもそうか。愚問だったな」
私の上司がさもありなんとにやりと笑い、ここから紅魔館のある方向に目を向けた。
正直なところこの上司があまり好きではないのですが、仕事は仕事。嫌いだからといって消えてくださいなどといえるはずもなく、心の中でため息をつくしかなかった。
私の上司は典型的な権力主義。強者にこびへつらい、弱者は物程度にも思っていない。そのあり方はここでは普通なのだが、やはり私は心の中で、下種めと罵ってしまう。そんな隠された異端の私はここから目をそらすためにもターゲットである稗田阿求の監視を続けるのでした。
異端と知りつつもそれを違うように振舞う私自身にも反吐が出る。だからといって彼女のように異端らしく振舞うことも出来ない。なぜ私は弱いのか。そんな考えが思考を支配し、能力の制御が上手くいかない。
悔しさから零れ落ちるこの手を赤く染める血は彼女ともこいつとも一緒だというのに。
「いただきます」
レミリアさんの跡に皆がいただきますをする。今日のメニューはパンとサラダとベーコンエッグにコーヒーという純洋風の朝食。レミリアさん以外は。レミリアさんはやはり白米と納豆。それに焼き鮭に味噌汁、海苔という私の家の朝食のようなメニュー。
美味しそうなのですがね。
「そういえば阿求。何か変わったことはないかしら」
「いえ、ないですよ?」
あるとすれば視線ぐらいなのですが、そんな私の妄想なんて恥ずかしくて言えません。
私がどうしたんだろうと思っていると、「そう、ならいいわ」と言って、パチュリーさんはサラダを口に運び始めました。
一体なんだったんでしょうか。問答?
「ねぇ、レミィ」
「あぁ、分かってるわよ」
レミィの部屋に入り用件を切り出そうとしたら、あっさりと私の用件が何なのかを知られていた。まぁ、あたり前でしょうが。
私の用件、それは稗田阿求、彼女がこの屋敷に入ってきたときから感じる妖力。おそらく監視でしょう。
「姿は見えないけど、大体の予想はつくわね」
それくらいなら私も予想がつく。というかここまで不躾に監視してくる連中なんて一人。いやひとつね。しか知らない。
「まったく。あの馬鹿鴉共はそんなに死にたいのかしら」
「そんな軽口が叩けるような状況かしら」
「それもそうだけど………」
まだ相手が強い一人の妖怪ならどうとでもなった。ここにはレミリア、フラン、美鈴、咲夜、そして私がいるのだから。
今回本当に危ないのはあいつらみたいに数でこられた場合だ。いくら私達とは言え、相手に出来る数には限度がある。しかも守るべき対象は巫女でも魔法使いでもない、ただ記憶力がいいだけの人間だ。相手を出来る人数を一人でも超えた場合、私達の動けないキングは倒されてしまう。
たとえるなら盤上を覆いつくすポーンがそれぞれ襲い掛かってくる。無理な勝負もいいところだ。
「で、どうするのかしら?」
「どうするも何も守るしかないじゃない。私達が人間一人も守れないようならスカーレットの名なんて恥ずかしくて名乗れないわ。ただのレミリアになっちゃう」
「親殺しのくせによく言うわ」
「身内でも敵は敵。それにあいつがスカーレットを名乗るほうが恥ずかしいわ」
レミィはこの不利な勝負をどう受けるのだろうか。策、増援、もしくは暗殺。なんにしろそれを考えるのは私か。
いいわ。紅魔館の頭脳としての力見せてあげようじゃない。そして伝説に書き記されるのよ。偉大な魔法使いと。
物語の中で永遠に生きるためにこの七曜の魔女の恐ろしさ。しかと書き記すといいわ。
「あれ、レミリアさんはどこなのでしょうか」
レミリアさんに話を聞くべく屋敷内を歩き回っていたのですが、妖精メイドの姿しか見えず、レミリアさんの姿は見えませんでした。部屋にも図書館にもいません。いないといえば図書館にパチュリーさんもいませんでした。
仕方ないので図書館で時間でもつぶそうと髪の長い方の小悪魔さんに歴史書の場所を聞いて、面白そうな本を探しました。幻想郷内の歴史なら結構知っているのですが、外の世界の歴史はあまり知らないのですよね。
だからこの三国志のような本には胸が躍ります。
とりあえず三冊ほど借りて机に持って行きました。主人がいないので事後承諾ということで許してもらいましょう。
「ただいま、ってあら阿求来てたのね」
「あ、お邪魔しています。すみません本を見させてもらっています」
「構わないわ。どこかの誰かと違ってちゃんと図書館内で読んでいてしかも許可を取るのだから文句はないわ」
「ありがとうございます。そういえばレミリアさんはどこにいらっしゃるか知りませんか?」
「レミィ? レミィなら自分の部屋にいると思うけど」
「あ、そうなのですか。ありがとうございます」
「その本、持っていって自分の部屋で読んでもいいわよ」
「ありがとうございます」
パチュリーさんにお礼をいい、外にでます。どうやらレミリアさんは自室にいるようです。ということはさっきまでどこかに出かけていたのでしょう。
たしかレミリアさんの自室はここですね。
こんこんとドアノッカーを使いノックすると中からレミリアさんの声が聞こえてきました。
「誰かしら?」
「阿求です」
「入っていいわよ」
許可を得たのでドアを開け、中に入ります。
レミリアさんはベッドに寝転がりぱらぱらと漫画を読んでいました。
「何のよう? 昨日の本なら咲夜に没収されてないのだけれど」
「レミリアさんについて話を聞きたいなぁ、って思いまして」
「私について、うーん。そうねぇ」
レミリアさんは今まで読んでいた本をベッドの上に投げ捨て、スプリングを利用してぽんっとベッドから飛び降りました。
部屋の中心にあるテーブルの椅子を引き、座ると机の上でひじを立て、あごの下で手を組みました。
レミリアさんに座りなさいと言われたので、レミリアさんの対面に座り、メモとペンを取り出しました。
「私について語れることといえばあまりないのだけれどね。紅霧異変のことなら教えるわよ?」
「紅霧異変ですか」
「あれはただ単に私の力を幻想郷全体、されどあまり害は与えずに広めようとしたのよ」
まぁ、確かに死傷者はゼロですし。被害も気分が悪くなる程度でした。長く続くとなると農家に大きなダメージがいきますが霧が立ちこめたのはせいぜい4日ほど。夏なので涼しいという利点もありましたし、それほど凶悪な異変というわけでもありませんでした。次に起きた春雪異変や永夜異変と比べると。
「あとは日傘なしで出歩いてみたかったのよ。強いとは言え弱点も多いし。鬼の弱点に加えて日光と流水が駄目だからね」
「なるほど」
いくら強いとはいえ、お天道様の下を歩けない+雨の日は外出できないとなるとつらいものがありますね。
「それくらい、ねぇ。後は私の個人的な話になるんだけどいいかしら?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
「私ね。紅魔館の主人というポジションだけど、あまり出来ることはなくてね。だから最近紅茶を入れる練習を始めたのよ」
「紅茶を入れる練習ですか?」
「咲夜に教えてもらってね。いずれはここの一部を喫茶店として改造しようと思ってるのよ。紅茶に咲夜のデザート。流行らない訳はないでしょう? 御代はお金と血液の二択にしてね。 妖怪と人間の共存を考えているのは別に貴方だけではないのよ?」
すばらしいとは思いますが、その夢には実現するのが難しいという点があります。人里からここまで無事にこれる人間は霊夢さんや魔理沙さんぐらいでしょう。あとは妹紅さんや慧音さん。
そう考えていると、その点をレミリアさんも気づいていたらしくこう続けました。
「だから貴方の夢は実は私の夢でもあるのよ」
あぁ、なるほど。妖怪と人間が共存すれば、安心してここまで来れますし、人間と妖怪の憩いの場とだってなるかもしれない。
このことを幻想郷友起に書き記しておくべく。重要と書いてあるページにこの情報を書いて置きました。
「そうだ。私の紅茶を飲んでみてくれないかしら」
レミリアさんは両手をぱんと叩くと立ち上がりました。レミリアさんの入れる紅茶。とても興味があります。
レミリアさんはぱたぱたと部屋から出て行くとものの数分でお盆の上にポットとお湯と茶葉が入った瓶と砂糖が入った瓶。それとティーカップを二個持ってきました。
紅茶の茶葉を二杯ポットに入れると勢いよくお湯を注いでいきます。ふたを閉じるとレミリアさんはいーち、にーい。と数え始めました。その数が100になった辺りでティーカップに紅茶を注ぎました。
紅茶のいい香りが広がります。この匂いはアールグレイでしょうか。
どうぞ。と差し出されたティーカップを受け取ると砂糖を一杯入れて一口。まずくはないのですが、咲夜さんが入れた紅茶と比べると雲泥の差があるように感じられます。経験の差があるのかもしれませんが、とりあえず私はレミリアさんに自分が知っている紅茶の入れ方を教えることにしました。
紅茶は茶葉によって葉が開く時間が違うので、初心者は出来ればガラス製のポッドを使ったほうがいい、ポッドとカップは温めとかないと温度がさがって抽出されにくくなるので先にお湯を入れて温めておいたほうがいい。濃さが均等になるよう分けて入れるなど基本的なことを教え、それをレミリアさんは真剣に聞いていました。補足としてにごらないアイスティーの入れ方も教えておきましょう。
それらを聞き終わるとレミリアさんは実践と言って部屋を出て行きました。
十分ほどたち戻ってきたレミリアさんの手にはティーカップが二個ありました。
受け取り、さっきと同じ分量の砂糖を入れて一口。さっきのよりも格段に美味しくなっています。
その旨を伝えるとレミリアさんは満足して満面の笑みを浮かべました。
「やっぱり、阿求。貴方が来てくれてありがたいわ」
その言葉はうれしすぎるもので思わず笑みを隠せなかったのです。
レミリアさんと別れ、廊下をあてもなく彷徨っていると休憩している咲夜さんを見つけました。
「こんにちわ、咲夜さん」
「こんにちわ。阿求さん」
咲夜さんが休憩していることは稀なので、取材をすることにします。メモを取り出して咲夜さんの対面に座りました。
「取材ですか? 構いませんが」
「それでは聞きたいのですが、咲夜さんとレミリアさんは親子なんですか?」
咲夜さんは。いつものポーカーフェイスを崩ししまったという表情を顔一面で表しました。この反応から察するに、あまり知られたくないことだったのでしょうか。でもなぜ?
「あー、出来ればその事は書かないで欲しいのですが」
「なぜですか?」
「私は人間だし、お母様は吸血鬼。お母様は気にしないでいいと言ってくれますが、他の妖怪に子育てをした吸血鬼などと知られたら舐められてしまいます。それは今まで沢山お世話になったお母様に悪いので………」
出来れば、私も人前気にせずお母様と呼びたいのですけどね。と咲夜さんは悲しそうに目を伏せながら言いました。
「………妖怪が人間を育てるのはそんなにおかしいことなのでしょうか。紫さんだって霊夢さんを育てましたし」
「あれは博霊の巫女だからです。私は時間が操れるとはいえ、それだけです。この幻想郷に深く関わるわけでもないですから」
強く、されど儚い絆。それがレミリアさんと咲夜さんを繋ぐ糸。子供が親に甘えられない世の中なんてやはり間違っていると思います。
レミリアさんなら気にしないで甘えてもいい、と言いそうですがそれで咲夜さんが素直に甘えられるだなんて簡単な問題ではないですね。
どうにかならないのでしょうか。咲夜さんがレミリアさんを。レミリアさんが咲夜さんを。お互いが胸を張って親子だと主張することは……。
レミリアさんが咲夜さんの血をすって吸血鬼化させる? いや、そんな案が通るはずもないし。では紅魔館としての地位をすて二人で人里で静かに暮らす? 一応私の力でなんとかなりますが、ぜんぜん解決にはなってません。どうすれば。
そう悩んでいると咲夜さんは、「もう、どうしようもないことですから。それでは仕事に戻りますね。失礼します」と言って立ち去りました。
本当、無力ですね。私。
「対象、レミリア、咲夜に接触。何か書き記しています」
「奴は記録係だ。妖怪のことを記録しようとしているのだろう。嘘ではない本当の姿を」
「………真実を書くことがそんなに影響があるのですか?」
「大有りだ。この幻想郷のあり方に関わる。人間から舐められ、忘れられた妖怪はここでの存在を失う。貴様も死ぬ。いや消えたくはないだろう?」
そのとおりだ。死ぬのならまだし。消え去るのは耐えられない。私という存在を何一つ残せないのだ。想像すらしたくない。
「いつ攻めるのですか?」
「さぁな。しかし早いほうがいいとは思うが、決めるのは上の方たちだ。わし達が決めることではない」
「そうですか」
「まぁ。上が命令したことに従い。そして死んでいくのが我らの役目だ。組織のために死ぬ。誉であろう?」
そんな事が誉なものか。よく知りもしない連中のためになんて死んでやるものか。と思っても口に出しては即刻捕らえられ良くて謹慎、普通で処刑。悪ければ一族郎党皆殺しだろう。私だけならともかく家族にまで犠牲にするわけにはいかない。
「はい。そのとおりです」
私の嘘で塗り固められた言葉に満足そうに頷く上司。死ぬなら一人で死んで欲しい。私より先に。もしかすると戦死ということで身を隠せるかもしれない。
あぁ、私も翼が欲しい。何にも縛られない彼女のような真っ黒な翼が。
「よっこらせっと」
門の方が騒がしいので見に行ってみると美鈴さんと、妖精メイド、じゃないですね。姿から見るに門番妖精? がのこぎりやかなづちを使っていました。椅子や机が何個か置いてあるところを見ると、昨日の提案をもう取り掛かっているようです。
「あ、阿求様。昨日はありがとうございます」
妖精メイドからぺこりとお礼を言われました。軽い気持ちで言ったことがこんなに感謝されるとは。
うれしいので何かお手伝いしようかと思いましたが、残念ながら非力な私では何も手伝うことは出来ません。美鈴さんは額に汗を浮かべながら気を切っているというのに。
それにしても皆さん凄いですね。妖精なのにカンナを使ったり、釘をうったりしてます。妖精も訓練しだいということでしょうか。
美鈴さんが切った木材をカンナ担当の妖精が表面を滑らかにして、釘打ち担当が組み立てる。流れ作業でそれぞれが自分の担当をこなしている。もしこの人たちが戦闘をしたら凄く統率の取れた動きをするのでしょう。まさに門番にふさわしい人材です。
「ふぅ。これくらいでいいですかね」
美鈴さんがのこぎりから手を離し、額についた汗をぬぐいました。そして今私の存在に気づいたらしく。こっちを見て実に美鈴さんらしい笑顔を浮かべました。
「こんにちわ阿求さん。貴方のおかげでうちの妖精達皆大喜びですよ」
「そんな、私別に何もしてませんよ」
「いいえ。ちゃんとしてますよ。今まで誰も提案しなかったことを提案する。誰にでも出来ることかもしれませんが、そう簡単に出来ることではありません。私達はメイドと主人は別に食事するものだと思い込んでいましたからね。主人と言っても各部署の担当も含みますが」
「あ、ありがとうございます」
出来ることをしない人だっていますからね。私みたいに。と言って冗談交じりに話す美鈴さんはどちらかというと人間くさい人だと感じました。そういえば美鈴さんはいったい何の妖怪なのでしょうか。
「あの、美鈴さんって一体なんの妖怪なのですか?」
「私ですか? あえて言うなら門番の妖怪ですかね」
「門番の妖怪?」
「これが私の生き方ですから」
上に立つことを望まず、誰かを守るためにこの拳を振るう。そんな妖怪ですよ。と美鈴さんは言いましたが、結局実際は何の妖怪かは教えてもらえないようです。言いたくないのなら無理にとはいいませんが。
「美鈴様。完成しました」
門番妖精のうちの一人が組み立てが完成したことを伝えにきました。見ると立派な机や椅子が整列して置いてあります。
「それじゃあこれを中に運んでね」
「了解です!」
門番妖精は敬礼をすると、椅子や机を持って中に入っていきました。
「私はここから離れるわけには行きませんからね」
絶対誰かはここにいなければならない。その役を進んで受ける美鈴さんは流石自称門番の妖怪なだけあると思いました。
あ、机や椅子なら私も運ぶことが出来ます。そう思い並んである机と椅子を一組持ち上げ、軽くふらつきながら中へ向かいました。
「気をつけてくださいね」
「分かりましたー」
今日から少しづつ体を鍛えたほうがいいかもしれません。今までは家政婦がいたからなんとかなったものの、こんなにひ弱じゃ、これから先が心配になります。
結局食堂に着くころには息も絶え絶えで、私より何倍も忙しい仕事をしていた妖精よりも汗だくになっていたのでした。
「あ、阿求お姉ちゃん」
メイド妖精から冷たい水を貰い休んでいると地下からフランちゃんが上がってきました。
「こんにちわフランちゃん。一緒に遊ぶ?」
「うん!」
時間はもうお昼を結構過ぎたのでフランちゃんと遊んでいるとちょうどいい時間になりそうです。今日は夕食までフランちゃんと遊ぼうと思います。持ってきた絵本を読むべきかそれとも何か別の遊びをしようかと考えていると、フランちゃんがかくれんぼがいい、と提案してきたので特に断る理由もなかったので、それに決定しました。
「それじゃあ阿求お姉ちゃんが鬼ね?」
私が鬼ですか。あまり屋敷に詳しくないのですが、どうせ隠れる側になっても良いスポットを知らないので不利なのは一緒か。と思いいいですよ、と答えました。
「「「「それじゃあ隠れるフランを見つけてね」」」」
「え?」
「「「「200秒数えてね」」」」
「あ、はい」
気がつくとフランちゃんが四人に増えていました。実は四つ子? いやそんな事はないはずだから能力なのでしょうか。フランちゃんたちは「わー!」とはしゃぎながら散り散りになるのを確認して私は目を閉じて数を数えました。
200秒、地味に長いですが、この広い屋敷内で隠れるにはそれくらいの時間がいるのでしょう。どこに隠れるつもりなのかは見当もつきませんが。
「198、199、200」
数え終わり、目を開けると当たり前ですが、そこにフランちゃんの姿はありません。
さーてどこでしょうか。とりあえず適当に歩き回ってみましょう。
食堂、厨房と回り、部屋を端から開けていって5つ目の部屋のベッドが少しだけ盛り上がっています。そっと近づき一気に布団をめくります。そこには
「あ、あれ?」
涙目の妖精メイドがいました。事情を聞くと仕事中にも関わらずフランちゃんにここに叩き込まれたようです。後で少し駄目だよ、と言ってあげたほうがいいかもしれません。妖精メイドを仕事に戻し、気を取り直してフランちゃん探しを始めましょう。
ここまでされて見つけられないというのもしゃくなので、ちょっと意地悪な手を使おうと思います。
「あぁ。フランちゃんと食べようと思ってたけど、一人で食べちゃおうかなぁ」
袖から包装されたお饅頭を取り出すと包装紙を開けます。
ガタッ
案外近くから音。さっきの妖精メイドはおとりでどうやら本体は同じ部屋のクローゼットにいるようです。なかなか手の込んだことを………。
「フランちゃんみーつけた」
クローゼットを開けると案の定フランちゃんの姿が。
「阿求お姉ちゃん一人でお饅頭を食べるなんてズルいよ!」
「ちゃんとフランちゃんの分もあるから安心してね。あと、囮に仕事中の妖精メイドは巻き込まないようにね」
「ごめんなさい………」
素直な良い子です。怒られて少ししょぼんとしましたが、ちゃんと謝れる事はよいことです。
少ししょぼんとしたフランちゃんにお饅頭を上げました。フランちゃんはお饅頭を美味しそうに食べながら後ろをついてきました。
さて、次は一体どこに。
「お仕事、お仕事~」
「………」
目の前を通り過ぎる妖精メイド。もといメイド服を着たフランちゃん。これはもうかくれんぼではなく変装です。
とりあえず、横を並んで歩いてみました。
「あ、阿求様」
「なんですか? フランちゃん?」
「………」
一瞬固まると脱兎のごとく逃げ出しました。その背中に向けて一言
「かくれんぼは見つかったら終わりですよ」
とりあえず二人目確保です。このフランちゃんにもきびだんごよろしくお饅頭を差し上げます。
二人のフランちゃんを引き連れ屋敷内を探索。なんだかワクワクします。
「………地下かな」
大体の場所は探し終わったのであと残るは地下。またあの長い階段を下りるのは一苦労ですが、だからこそ隠れてる可能性があるので、がんばって降りることにしましょう。
後ろのフランちゃんたちはふわふわと飛んで降りていっているので、できれば私を持ち上げてくれないかなぁと思ったりしました。
「入っていいフランちゃん?」
「「いいよー」」
許可を得たので中に入ります。中にはレミリアさんと似たような部屋に沢山のぬいぐるみや人形がありました。大きなものから小さなものまでありあらゆるぬいぐるみや人形が置いてあります。地下ですが可愛らしいファンシーな部屋です。昨日来たときはあまり意識はしませんでしたが。フランちゃんの一言に驚いて。
「うわぁ。このぬいぐるみ大きいなぁ」
人と同じ大きさの熊のぬいぐるみが置いてあったので抱えるようにして持ち上げ、ん?
なんだかぬいぐるみなのに硬い。まるで中に人が入ってるかのように。あと口の部分が空洞。これってぬいぐるみじゃなくて。
「ビンゴですね」
後ろを見るとチャックがついていました。これはぬいぐるみじゃなくきぐるみ。もしかして私が来るまでずっといたのでしょうか。暑くないんでしょうか。
「ふわぁ。暑かったー」
暑かったようです。そこまでしなくてもいいと思うのですが。というかここに隠れたら見つけるのは不可能ではないですかね。今回偶然見つけましたが。この調子じゃ最後のフランちゃんは突拍子もないところに隠れてそうですね。
疲れた顔でもそもそお饅頭を食べてるフランちゃんをお供に再び地上へ。登りが人間にとっては長いということを理解したフランちゃんたちに抱えられて地上に戻りました。
もうあらかた探し終わったのですが。一体どこへ?
「あ、もうお饅頭がない」
最後のフランちゃんの分のお饅頭がない。4つ持ってたつもりが3つしか持っていなかったようです。
まだリュックの中に何個かあるから取りに戻りましょう。
自分の部屋の扉を開けるとリュックが動いています。現在進行形でごそごそと。
だ、誰なんでしょうか。私のリュックの中にそんな面白いものはないですよ?
と驚いていると色とりどりの羽が見えました。
近づくとフランちゃん。そしてはがされたお饅頭の包みが3つ。あと絵本。
「フランちゃん?」
「うわぁ!?」
絵本に集中していたせいか私の接近に気づくことはなく、絵本を読みながらお饅頭を食べているフランちゃんの両脇に手を通し抱え込みました。
「何やってるの?」
「お、お饅頭食べてた」
「「「ズルいよ!!」」」
全部自分かと思えばどうやらそれぞれに自我があるようですね。って今はそんな事どうでもよくて。問題はフランちゃんがお饅頭を勝手に食べていたことです。持ってきたお饅頭の数を確認すると他の方におすそ分けする分は残っていましたが私の分は残っていませんでした。
とほほ。
「ごめんなさい」
「まぁ、皆さんの分があるからいいよ」
素直に謝ってくれたので許します。あとどうやらフランちゃんは絵本に興味があるようなので、ひとつに戻ったフランちゃんと絵本を読むことに決めました。
「どんな話なの?」
「体は人並み以下だけど心は誰よりも強い女の子の話だよ」
この絵本は私が小さなときに大好きだった本です。今でも大好きですが、絵本を読む歳でもないのでたまに隠れて読んでいます。
「心?」
「この子はね。どんなときも諦めないの。そんな彼女の事を好きになったお友達達がこの子を助けてハッピーエンド」
「なんだか、阿求お姉ちゃんみたいだね」
「あはは。うれしいなぁ。でもここまで強いわけじゃないしね。なりたいとは思ってるけど」
「阿求お姉ちゃんが困ったときにはフランが助けてあげるよ! だってフランは阿求お姉ちゃんの友達だもん!」
「そっか。友達かぁ。うれしいなぁ。よーし、フランちゃんにこの本をプレゼントしちゃう!」
「いいの?」
「私はこの本何度も読んで話の内容覚えちゃったからね」
「ありがとう! 大切にするね!!」
ここまで喜んでもらえるとこっちもうれしくなります。この絵本がなくても暗唱は出来るのでそれほど困りもしませんし、また読みたくなったらフランちゃんのところに遊びに来れば良い。
初めて出来た妖怪のお友達。それが幼い吸血鬼、フランドール・スカーレットちゃんでした。
「行くぞ。命令がでた」
「………分かりました」
願いもむなしく戦闘命令、否。特攻命令が下された。格が何個も上の相手にひたすら玉砕していく。今回、何人の同胞が消えるのだろうか。私もあの屋敷の住民を敵に回して生き残れる気はしない。
やはり最後まで私は自由になることは出来ないようだ。
何度目になるか分からないため息をつき、愛刀を抜き、確認する。
鈍い銀色が最悪の表情をしている私を映し出す。
「良く戦い良く死ね。それが上の命令だ」
上司が話す内容によると数で押しつぶす作戦。ターゲットに一人でも届けばそれで終了するが、一人を殺すためにこちらは何人死ねばならない。本当気が狂った作戦だ。
「助けて、文さん」
誰にも聞こえないほどの声でつぶやく。当たり前だが私の憧れの人が来ることはない。
「出撃まであと10分だ。それまで各自準備をしておくように」
準備ってなんだろう。遺書を書くことだろうか。周りの連中はうれしそうに武器の手入れをしている。なんだ皆狂ってる。いや私が狂ってるのか?
いや私は正常だ。正常のはずなんだ。
そんな狂気が渦巻くなかで私は私はそっと目を閉じた。
犬走 椛。この私の人生。何か残せただろうか。
このままだとつじつま合わせに失敗して前提がぶち壊れるか、作者が飽きて失踪するか、適当にお涙頂戴でお茶を濁して評価の甘い読者を釣るかの三択しか見えない。
期待
つまり貴方には期待できなくなりました。
まぁとにかく、1よりずっとずっと面白くなった。期待感が成長してるなう。
次読みにいきます。
結構面白いとおもいますけど。