Coolier - 新生・東方創想話

受け入れられざるモノ

2013/03/18 16:39:47
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「永琳いるか!?急患だ!」
 いつも通りの穏やかな空気に包まれていた永遠亭に、突如として雷鳴のような大声が響いた。
「き、急患!?」
 患者の受付をしていた鈴仙・優曇華院・イナバは、たった今受付中だった老人に一言謝ってすぐさま声のした方向へ飛んでいく。

 鈴仙が飛んで行った先にいたのは5人。
 1人目は自身の体より大分大きなロッドを携えた鼠の妖怪、ナズーリン。
 顔は青ざめているものの、その態度は5人の中で最も冷静に見える。
 2人目は白黒の魔法使い、霧雨魔理沙。
 やってきた5人の中では一番慌てているようで、顔は既に半泣きといった様相だ。
 3人目は迷いの竹林の案内人、藤原妹紅。
 彼女の背にはぐったりとした患者が背負われている。
 4人目は紅魔館のメイド、十六夜咲夜。
 慌てふためく魔理沙を落ち着かせようと何事か喋ってなだめている。
 そして5人目。
 先程妹紅が叫んだ急患とは―
「り、霖之助さん!?」
 そう、香霖堂の店主、森近霖之助その人だった。

 霖之助の首には血の滲んだ布が巻きつけられている。
 おそらく首の頸動脈が切れており、それを止血する目的だろう。
「優曇華!急患は!?」
「あ、こちらです師匠!」
 鈴仙の後からやってきたのは薬師・八意永琳だ。
「患者の容体は!?」
「見ての通り首を刃物で切っていて、血が止まらないんだ。
ただ運よく紅魔のメイドに出会えてね、今は彼の時間を止めてもらっている。
 努めて冷静に状況を話すナズーリン。
「わかったわ。優曇華、オペの準備を。半妖の彼に最適な輸血があるか分からないから、まずは開始液を大量に用意。それから姫も呼んできて」
「わ、分かりました師匠!」
 永琳の指示を受けて優曇華が動き出す前に、蓬莱山輝夜がひょっこり顔を出す。
「私ならもういるわよ。あれだけの大声なら気付かないほうがどうかしてるわ」
「ああ姫、申し訳ありません。急を要する手術ですので、どうかご助力下さい」
「はいはい了解。じゃあ先に準備してるわ」
 それだけ言って輝夜はすいっといなくなる。
「…アイツに手術の手伝いなんてできるの?」
 疑問の声を上げる妹紅。
「無論よ。永遠亭が外界と交流を再開して以降、姫も自主的に医学を学んでるからね。
…それはともかく、患者をこちらへ」
 永琳に促されて霖之助を背負った妹紅と咲夜は奥へ進んでいく。
 ナズーリンのほうは魔理沙を椅子に座らせ、落ち着くよう声をかけ続ける。
「ここまでくればもう安心だ。…いい加減泣き止みたまえ」
 いつの間にやら半泣きどころかボロボロ涙を流していた魔理沙。
「うっ、ぐっ、ひっく」
 ナズーリンはそんな魔理沙の背を、手術室のランプが消え、永琳が「もう大丈夫よ」と呼びかけるまでずっとさすり続けた。

「運が良かったとしかいいようがないわね。正直な話、もし彼がただの人間か、あるいはメイドに出逢えてなかったらと仮定したら…正直ぞっとするわ」
 静かに寝息をたてる霖之助の傍に座った永琳は、一緒に付いてきた者たちへそう話す。
「なんにせよ、もう安心していいのよね?…それなら、私は先にお暇させてもらいますわ。まだやり残したお仕事もありますし」
 そう言って、咲夜は踵を返す。
「ええ、お疲れ様。ありがとうね」
 そう言う永琳たちに軽く会釈した途端、もう彼女の姿は消え去っていた。
「さてと、よければどうしてこんなことになったか、説明してもらえるかしら?」
 永琳の声に、魔理沙たちの視線はナズーリンへ集まる。
「…あぁ。それじゃ、最初から順を追って説明させてもらうよ」



「…また君か」
 その日もナズーリンが無縁塚へお宝探しにやってくると、そこにはいつものごとく霖之助の姿があった。
「丁度僕も同じことを言おうとしたところだよ」
 霖之助はそれだけ言って落ちている物の値踏みに戻る。
 2人はしょっちゅうこの場で出くわし、そして我先にと価値ある物品の発見を狙っていた。
 そこにはお互いに相手の邪魔はしないが、見つけたものは早い者勝ちという暗黙の取り決めがある。
「何かいいものは見つかったかい?」
 そう言ってダウジングを始めるナズーリン。
「まあいつも通りだね」
 背中を向けたまま返す霖之助。
 このやり取りもいつものことで、あとはお互いずっと無言のまま物漁りに終始する。
 それが毎度の光景であり、本来ならばそのままいつも通りにお宝探しを終えるはずだった。

 それからしばらくお宝探しを続けていたナズーリンだったが、ふと霖之助の成果が気になった。
 物によっては物々交換が成り立つかもしれないので、拾ったものを詰め込んだ頭陀袋を肩に担ぎ、霖之助の傍に近寄る。
 そうやって即席の取引をおこなうのも、この場所ではよくあることだった。
 ナズーリンが霖之助の姿を探すと、彼のリヤカーの傍に姿を認める。
「やあ店主。ちょっと今日の成果を見せてもらっていいかな?」
 そう呼びかけるナズーリンだが、霖之助の反応がない。
「…?聞こえていないか?」
 そう言ってナズーリンが霖之助のいる側に回ると―
「!?な、何をしてるんだ君は!?」
 そこには、自分の首にナイフを突きつける霖之助の姿があった。
「くっ、このお…!」
 咄嗟に霖之助の手を持っていたロッドで勢いよく叩くナズーリン。
 すると霖之助の手からナイフが零れ落ち、彼はそのまま横たわってしまった。
「一体どうしたんだ!?」
 首から血を流し、息も絶え絶えといった霖之助にそう問いかけるが、彼はナイフのほうに目をやるのが精一杯といった様子だった。
「…とにかく、まずは止血だ。何か使えるものは…」
 ナズが血止めに使えるものを探していると、霖之助が震える手で包帯のようなものを差し出す。
「!?こ、これを使えってことか?」
 ほんの少し頭を動かして頷く霖之助を見て、ナズーリンは首に布を巻きだす。
 しかしながら、霖之助は大分血を流していたようで、このままだと命に係わることは間違いなさそうだ。
 するとナズーリンは霖之助を背負い、体に自身の長い尾を巻付ける。
「かなり揺れるが勘弁してくれよ」
 そう言ってダウジングロッドを構えてその場を飛び出す。
(ここからじゃどの医療機関にも距離がある…。治癒魔法の使える聖のいる命蓮寺も同じくらい遠い…。ああもう何でもいい、背中のこの男を救える場所に案内してくれ…!)
 そう念じて握りしめるロッドがかすかに動く。
「!?こ、こっちか?」
 そのロッドを信じてひたすら飛び続けるナズーリン。
 事態は一刻を争っていた。


「で、他に隠してないでしょうね?」
 大量に詰みあがった魔術書のそばで魔理沙を問い詰める咲夜。
「隠してないってば。本当にそれで全部だよ」
「…ホントかしら?アンタのことだし、その帽子の中とかにでも隠してるんじゃないの?」
「だから隠してないって!」
 帽子を取って中を見せる魔理沙。
 咲夜はこの日、魔理沙がパチュリーの図書館から「借りて」いった本の一部を取り戻しにきていた。
 本来ならここまでやったりはしないパチュリーだが、一度読んだことがあるものならまだしも、新しい魔法の研究に必要で且つ未読の本までもくすねていたことがその原因だ。
 ちなみに元々は小悪魔に奪還を命ずる予定だったのだが、戦力差を考慮して咲夜が自ら名乗り出たという経緯がある。
「あ~あ、まだ未読のやつもあったのになー」
「それはこっちのセリフよ」
 魔理沙の頭を軽くはたいた咲夜は、持ってきたメモと本の名前を照らし合わせ始める。
 とその時、魔法の森の奥から何かが凄まじい速度で近づいてきた。
「な、なんだあれ?」
 驚く魔理沙に対し、咲夜は後ろ手でこっそりナイフを構える。
 が、やってきたものの正体を見て、2人は酷く驚いた。
「こ、香霖!?」
「霖之助さん!?」
 血に染まった布を首に巻き付けた霖之助の姿に愕然とする2人。
「紅魔のメイド…!これはついてるな」
 ナズーリンはそのまま咲夜の前に降り立ち、霖之助を見せる。
「すまないが状況を話してる暇はないんだ。兎も角この男の時間を止められないか?」
「え、ええやってみるわ」
 そう言って咲夜が能力を使うと、霖之助だけが時間の流れから切り離される。
「…これでしばらくは時間稼ぎができたか…」
「い、一体なんだこれ?こ、香霖はどうなっちゃったんだ!?」
 おろおろする魔理沙。
「掻い摘んで話すと、店主が自らその首を切ったんだ。…とはいっても何か理由がありそうなんだが…」
 そう言ってまたふわりと浮くナズーリン。
「兎も角、私はこのまま永遠亭に向かう」
「わ、私もついてくぜ!」
 そう言って魔理沙は箒を手に取る。
「…私も同行しますわ。でないと、能力の解除ができませんしね」
 そう言って3人は迷いの竹林へと飛び去った。


 その日妹紅は永遠亭で診てもらった少女とその母親を迷いの竹林の外まで案内したところだった。
「それじゃあね。次は元気な姿を見せてちょうだいよ」
 そう言って親子に向かって手を振る妹紅。
「…さてと、あとはさっき案内した爺ちゃんだけか」
 そう呟いて永遠亭に向かおうとした妹紅の背中に声がかかる。
「妹紅!」
 とっさに振り向くと、魔理沙を始めとした数人がこっちに突っ込んでくるところだった。
「ちょ、ちょっと何よ!?」
「いいから!大至急永遠亭まで案内してくれ!」
 そう叫ぶ魔理沙の後ろに目をやると、ぐったりした霖之助を背負うナズーリンの姿があった。
 兎に角一大事だということを把握した妹紅はナズーリンに近づく。
「何があったかはしらないけど、とりあえずその男は預かるよ。この場所に限れば、私ほど早く正確に進める奴はいない」
 妹紅がそう言うとナズーリンはすんなり霖之助を明け渡す。
「頼んだぞ」
「任せなさい。…他の人たちも、はぐれないよう付いてきて」
 そう言って、妹紅は鳳凰の羽のような炎を広げる。
「ちょ、ちょっと!それ大丈夫なの?」
 霖之助にまでかかる炎に慌てる咲夜。
「心配ないわ。その程度の調節はできる」
 そう言うやいなや、凄まじい勢いで地を蹴り飛び立つ妹紅。
 魔理沙や咲夜たちもあわててそれに続いた。



「で、ここへ飛び込んできたと」
「あぁ、その通りだ」
 話し終えたナズーリンは、鈴仙の持ってきた緑茶を一気に飲み干す。
「…ふう。ありがとう、生き返ったよ」
「いえいえ」
 鈴仙に湯呑を返すナズーリン。
「…それにしても、一体どういうことかしら?とても自殺を図るようなタイプには見えないし…」
 永琳は困惑する。
「まったくだ。…ただ、応急処置をしていた時の彼の態度から察するに、そもそも死ぬ気は無かったようだが」
「死ぬ気はなかったけど、自分の首にナイフを突き立てたと?」
「おかしな話だが、そうとしか言いようがない」
 その場にいる全員が頭を捻っていると、新しい声がそこに加わる。
「…よければ、それは僕のほうから話させてもらっていいかな…?」
 その声に驚いて振り向くと、そこには目を覚ました霖之助がいた。
「!?香霖!香霖!!」
 有無を言わさず飛びつく魔理沙。
「…っと、すまない…心配をかけたね…」
 抱きついて泣きじゃくる魔理沙の頭をそっと撫でる霖之助。
 少しばかり見ている方が気恥ずかしくなるその光景に、永琳はコホンと咳をして仕切り直す。
「…思った以上に、早く目が覚めたのね」
「ああ。忘れられがちだが、これでも半分は妖怪だからね」
 そう言って軽く笑う霖之助の姿に、やっとその場にいる者の緊張の糸が解れたようだった。

「…それで、一体何があったのかしら?」
「うん…それを話す前に、ちょっと予備知識を把握してもらいたい」
「予備知識?」
 そう疑問の声をあげる永琳に対し、霖之助は眼鏡を掛けて向き合う。
「僕の能力については皆ある程度知ってると思う。…そこでだけど、今僕が能力を使って八意女史を見た場合、僕の目には彼女がどう映ってるか分かるかい?」
 霖之助の問いに皆しばし考えると、まず魔理沙が口を開いた。
「…名称、八意永琳。用途、病気を治す…とかか?」
「残念。正解は、何も情報が得られない、だ」
「なんだそれ」
 ちょっと誘導するかのような問題に軽くむくれる魔理沙。
「ああすまない。…えっと、つまりだ、その対象が生物なら僕の目にはその情報が何も映らないんだよ。
例えばその手にあるのはカルテ、用途は患者の病状等を書き込むこと。同じくまとっているのは白衣。用途は衛生面の向上と自身の身を守ることだ」
 そこまで話して霖之助は一旦話を区切る。
「で、話は無縁塚に戻る。
…僕がナズーリンと同じようにそこの探索をしていたことは聞いていると思うが、今日はそこで妙なものを見つけたんだ。
それがつまり、僕が首に突きつけていたナイフなんだが…。なんでそれに僕が興味を持って手に取ったのか、分かるかい?」
 ざわつく室内。
「まさか…」
「そう、そのまさかだ。何も映らなかったんだよ。用途はもちろん、名称すらもだ」
「それってつまり…」
 言葉に詰まる魔理沙。
「ああ。おそらく、あれは妖怪なのだろう。そういう付喪神なのか、あるいは何かが化けていたのかは分からない。
…ともかく、ただの呪縛品とかそういった類の物ではないはずだ」
「つまりは、そのナイフの形をした妖怪に意識か体を乗っ取られ、ああいうことをしたと?」
 永琳の言葉に霖之助は頷く。
「…あのナイフを手にした途端、僕は軽く気を失うような感覚に陥ったんだが、直後首に感じる痛みで少し意識が戻り、その場で咄嗟に腕を止めたんだ」
 包帯が巻かれた首に手を当てて霖之助は続ける。
「けれど、止めるのが精一杯でナイフを持った腕を引きはがすことができない。
しばらくそうやって抵抗していたのだが、そこへ偶然ナズーリンが戻ってきて僕の手を殴ったんだ。…あとは彼女が話した通りさ。本当に、命の恩人だね」
「…そう思うのなら、以前ふっかけた分を少しは返還してくれてもいいんじゃないかい?」
 ちょっと照れた表情をしつつもドライに返すナズーリン。
「…まぁ、それはそれ、これはこれだ」
 2人のやり取りに思わず笑ってしまう一同だが、またすぐに表情が硬くなる。
「それにしても…今のこの幻想郷で他人の命を狙う妖怪なんてまだいたんだな」
 そう話す魔理沙に対し、霖之助は違う見解を述べる。
「いや…場所が場所だけに、おそらくあれは外からきたものなんじゃないかと思う。
道具か生き物か、その存在が極めて曖昧だからあそこに流れ着いたんじゃないかと僕は考えている」
「まあやってきたルート等に関してはこの際いいさ。…しかし、これからどうするべきだろうね?そんな危険な存在、放置しておくわけにもいくまい」
 ナズーリンのもっともな意見に、また頭を悩ませる一同。
「今後どうすべきかはまたおいおい考えるべきとして、取り敢えず今は誰かが被害を受けないようその身柄を確保すべきなんじゃないかしら?」
 永琳の提案に皆が頷く。
「しかしだ、確保するにしてもどうやるんだ?持ったら自分の首に突き立ててしまうんだろう?」
「うーん、そこなんだよな…」
 魔理沙が指摘する問題点に唸るナズーリン。
 すると突然、静かに病室の戸が開く。
「それ、私に任せてもらっていいかしら?」
「姫?聞いていらっしゃったのですか?」
 しずしずと部屋に入ってくる輝夜。
「ああごめんなさい。暇だったんでちょっと盗み聞きさせてもらったわ」
 そう言って輝夜は隣の空いたベッドに腰掛ける。
「任せろって…一体どうするつもりなんだ?」
 そんな輝夜に魔理沙は当然の疑問をぶつける。
「何、簡単なことよ。私がそれを直接持ってくるだけよ」
 輝夜の言葉に皆が皆目を丸くする。
「店主の話を聞くに、おそらくそのナイフを手にした者は体を操られて自殺しちゃうんでしょ?だったら、死なない私がそれを喉に刺したまま移動すればいいじゃない。
仮に近場の誰かも襲うようなら、一応妹紅も連れてくわ。ナイフ持った不死人をもう片方の不死人が担いで運ぶ。実に合理的且つ安全だと思わない?」
 不死人ならではのとんでもない提案に唖然とする一同。
「し、しかしですね姫。いくら死なない身であるといっても、姫にそんなことを…」
 流石に永琳は止めようとする。
「永琳は反対なの?それなら、私に賛同するよう命じるだけだけどね」
 がしかし、輝夜はそう言って意にも介さない。
 頭を抱えて唸る永琳に対し、輝夜はナズーリンの手を取る。
「それじゃ、これから案内してもらっていいかしら?あと途中で妹紅も拾っていく予定だけど」
「あ、ああ構わないが…」
「ひ、姫…!」
 すがるような永琳に輝夜はビシッと指をつきつける。
「それじゃ、私はナイフを回収してくるから、永琳たちは封印的な何かの準備でもしておいてね」
 それだけ言うと、先ほどの咲夜のように輝夜とナズーリンの姿は消え去ってしまった。
「ああ、もう…」
 落ち込む永琳。
 そんな彼女に、誰もかける言葉がみつからないようだった。


「あんたと手を繋ぐなんて、まったく気持ち悪いったりゃありゃしない」
「あら奇遇ね。私も同じことを思ってたわ」
 迷いの竹林の入り口付近で合流してからというもの、ずーっといがみ合っている2人。
 そんな2人に対し、こんな時くらい仲良くしてくれないかとナズーリンは心で呟く。
 そうしてなんだかんだと口喧嘩をしてる間に、3人は無縁塚へと到着した。
「へえ、ここが無縁塚…。初めて来たわ」
 物珍しそうにあたりをきょろきょろ見渡す輝夜。
「あら、本当に外の世界からの遺物が転がり込んできてるのね。私もちょっと持って帰ろうかしら?」
「…できればこれ以上商売敵が増えるのは勘弁してほしいんだけどね」
 なんだかよく分からないものを手に取って嬉しそうな輝夜に、ナズーリンはそう呟く。
「てかそんなことしてる場合じゃないでしょ?ナズーリン、例のナイフはどこ?」
 はしゃぐ輝夜に呆れたような口調の妹紅。
「ええっと、ちょっと待ってくれ。確かあの時はあそこでこう弾いて…」
 ナズーリンが記憶を頼りに探していると、すぐに件の凶器は見つかった。
「へえ、これが噂の…。ナズーリンとかいったかしら、ちょっと離れててくれる?」
 そう言って輝夜はナズーリンを遠ざけ、代わりに妹紅を手で招く。
「さてと、本当に自殺したくなっちゃうのか、試してましょうか」
「あ、ちょっと…!」
 全く物怖じせずナイフを拾うとする輝夜にナズーリンが思わず声をかける。
 が、当人は全く気にせずナイフを拾い上げ、そして
「………!」
 自分の首に突き立てた。
「うわー、ホントにやっちゃうんだ」
「き、君はよく平気でいられるね!?」
 慌てるナズーリンに対し妹紅は平然そのもの。
「私たちの殺し合いはあんな程度じゃないからね。なんだったら、そのうち見学しにくるといいわ」
 巻き込まれて死んじゃっても責任とれないけどね、と付け足す妹紅。
「…遠慮しておくよ。それより、本当にあれを持って帰るのかい?」
「輝夜に触れるのは気分悪いけど、まあ放っておくわけにもいかないでしょ」
 そう言って妹紅は殆ど死に体の輝夜を米袋のように担ぐ。
「帰りは輝夜の能力が使えないけど…ま、問題ないわね」
 妹紅はそう言うと炎の翼を展開し、何事も無かったかのように永遠亭のほうへ向けて飛び立つ。
「…なんてやつらだ…」
 一方のナズーリンはそれを茫然として見送るしかなかった。


「お邪魔しまーす。輝夜と例のナイフを持ってきましたー」
 そう挨拶して永遠亭に入る妹紅。
「ひ、姫様!?」
 野次馬の兎たちを押しのけて永琳が飛んでくる。
 そんな永琳めがけて妹紅は輝夜をひょいと投げて寄越す。
「もう、うちの姫をそんな乱暴に扱わないで!」
「乱暴したって死にはしないでしょうに」
 くっくと笑う妹紅。
「まったく…まあ今はいいわ…。優曇華、あれ持ってきてちょうだい」
「はいただいまー!」
 永琳がそう奥に向かって言うと、鈴仙は金属質の重そうな箱を持って走ってくる。
「ありがと。さて、この中に上手く入れないとけないわけだけど…」
 そう言って輝夜の手からトングでナイフを抜き取ろうとする永琳だが、なかなか上手くいかない。
「ん…もう、難しいわね…」
 永琳がそう呟くと、妹紅は輝夜の腕を掴んで持ち上げる。
「ちょっとその箱を、丁度ナイフの下になるように置いてもらえる?」
 妹紅の言葉に従って永琳が箱を動かすと、途端に妹紅の腕から火が上がる。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
 永琳が止めに入る前に輝夜の腕は灰になり、そのままナイフだけが箱の中に落ちる。
「よし、丁度入った」
「アナタねぇ…」
 満足げな妹紅に対し、呆れた表情の永琳。
 そしてややあって輝夜もリザレクションを終える。
「あー…ずっとナイフを首に刺し続けるのも地味にしんどいわねえ。で、上手くいったのかしら?」
 すると永琳は輝夜に向けて箱に入ったナイフを見せる。
「上等上等。それじゃ、次はそれをしっかり封印して今後の対応でも考えましょうか。…妹紅はどうする?晩御飯でも食べてく?」
「そうね、毒が入ってないならお言葉に甘えるわ」
 そう言って屋敷の中に消えていく2人。
「…ほんと、仲がいいんだか悪いんだか…」
 なんだか1人だけ疲れて損をした気分になる永琳だった。


「で、結局どうするの?」
 夕飯の席で、妹紅は輝夜に尋ねる。
「どうしたものかしらねえ…。私としては別に永久封印でも完全破壊でもいいけどさ、あれでも一応生きてる妖怪なんでしょ?」
「そうなんだよねえ…。とすると、私らの一存だけでその処遇とか生殺与奪をどうこうするわけにもいかない」
「幻想郷のルール的にはどうだったっけ?未遂とはいえ、無用な殺生は厳罰だった気がするけど…。あ、イナバおかわり」
「わたしも。…てか紫の奴はどうしてるんだろう?この手の問題でアレが関わってこないとは到底思えないし」
「それは私も思ってた。…ん、ありがとイナバ。てか唐突に話変えて悪いけどさ、あの鼠はどうしたの?」
「ああ、あれは…おっと、サンキュ。…えっと、確か無縁塚までは一緒だったんだけど…」
「まあ大方、常時瀕死と再生を繰り返す私、そしてそんな私を米袋みたいに担いで行った妹紅にドン引きしちゃったんでしょ」
 正確に状況を当ててくる輝夜。
「ああそうかも。まあ向こうは向こうでなんか動いてるんじゃない?…そういえば、魔理沙たちは?」
「魔理沙なら、永琳の計らいで空いてるベッド貸して一晩泊まらせてるわ」
「なるほど」
 そうしてまた暫くあれやこれやと今後の対応について話していた2人だが、結局良い結論は出ないままだった。


 一方、こちらは命蓮寺。
「…というわけだ。聖やご主人なら、この妖怪をどうする?」
 無縁塚で置いてきぼりをくらったナズーリンは、そのまま命蓮寺に足を運び、聖白蓮と寅丸星の意見を拝聴していた。
「そうですね…。まだ分からない点も多いですし、まずは何らかの方法で対話を試みて、何か問題やしがらみがあれば解決し、そのうえで共存の道を探したいですね」
 聖の意見に星も頷く。
「私も聖と概ね同意見です。…ただ問題は、対話もできず、問題も解決せず、そしてその妖怪が己の行いを全く変えようとしない場合、ですね…」
 短い沈黙の後、ナズーリンが口を開く。
「無用な殺生はいけないだろう。が、放っておけばまた誰かの命を奪うかもしれない、そんな危険な存在であることは事実だ。ならば、誰も触れないように封印でも施すか?」
 封印という言葉に、2人の体がピクリと動く。
「…失礼、あまり気分のいい話じゃなかったね。けれど、それくらいの対応も考えねばなるまい?」
 最良の結果を望むのは間違いではないが、だからといって最悪の結果への対応策を考えないのは愚かである。
 ナズーリンが言いたいのは、おそらくそういうことなのだろう。
「まあそれは…おいおい考えるとしましょう。それより、私にひとつ、問題解決の心当たりがあります」
 そう発言した星は、本棚から一冊の書物を取り出す。
「以前、聖たちが会談した際に同席した稗田阿求という人物をご存じですか?これは彼女の書いた書物なのですが…」
 そう言ってとあるページを見せる星。
「ここ、この頁です」
 覗き込むナズーリンと聖。
「…覚妖怪の…古明地さとりさん、ですか?」
「ふむ…なるほど、心の読める妖怪か」
「そうです。なんとか彼女に頼んで、その妖怪の心の声を聞かせてもらうというのはどうでしょうか?
必ずしもコミュニケーションがとれるという保証はありませんが、それでも試してみる価値はあると思います」
 星の提案にうなずく2人。
「なるほど、それはいいかもしれませんね」
「たしかに。…だが、それには問題点もあるんじゃないか?」
 そう指摘するナズーリンに対し、星は首をかしげる。
「問題…こちらの申し出を断られるかも、ということですか?」
 ナズーリンは首を振る。
「いや、確かにそれもあるかもしれないが、もっと根本的なことだ。…こことその覚妖怪が住む旧都とは、妖怪の行き来を禁止しているのだろう?」
 あっと声をあげる星。
「姿形がどうであれ、あのナイフも立派な妖怪だ。…となると、それを覚妖怪のもとに運ぶというのはルール違反なんじゃないのか?」
「確かに…。ならば、向こうから出向いてもらう…?いや、それもダメなのか…」
 うーんと言って頭を悩ませる3人。
 永遠亭組よりは話が進んでいるようだが、こちらはこちらで袋小路に入ってしまったようだ。
「…仕方ありません。我々だけでは良い案も出ませんし、明日以降また誰かを加えて話し合うということにしませんか?」
 星の一先ずの提案にうなずく2人。
「あとこの手の話なら例の紅白巫女にも話を通したほうがいいかもしれないな。…気はすすまないが」
 そう言ってナズーリンは立ち上がり、帰り支度を始める。
「とりあえず、私は家に帰らせてもらうよ。そして明日、紅白に話を通してからもう一度ここへ来よう」
「ええ、ありがとうございます」
 星の言葉にくすりとナズーリンは笑う。
「いや、こちらこそ急に変な話を持ち込んですまなかった。けれど、ご主人と聖に相談したことは正解だったと思うよ。それじゃ、また明日」
「お疲れ様です、ナズーリン。また明日」
 そうして星と聖は帰宅するナズーリンに手を振って見送った。


 翌日、まだ日も登り切らないうちにナズーリンは博麗神社を訪れた。
「驚いたな、まるで神社の巫女のようだ」
 境内を箒で掃く霊夢に向かってナズーリンが言う。
「誰も彼も同じようなことを言うのね。これでも毎日、ちゃんとお勤めしてんのよ?」
 腰に手を当てて溜息をつく霊夢。
「ま、いいわ。兎も角上がんなさい。話の内容は大体察しがついてるから」
 そう言って霊夢は朝の掃除を切り上げ、ナズーリンを母屋に案内した。

 2人分の緑茶を入れた霊夢は、ナズーリンに向かい合って腰を下ろす。
「茶菓子は出さないわよ。そもそもありもしないんだけど」
「急な来訪でそこまで望んだりはしないよ」
 そう言って同時に茶をすする2人。
「さてと、あんまりゆっくりしてる暇もなさそうね。大方、例のナイフの妖怪をどうするか、って話でしょ?」
 霊夢の言葉にやはり知っていたかという顔をするナズーリン。
「さすが結界の管理者だな。耳が早い」
「そりゃあね、知らない人の話じゃないし。それに、昨日は昼過ぎに咲夜が、夕方頃には魔理沙がやってきて大体の話は聞いてたから」
「なるほど、それは好都合だ。なら早速で悪いが、君に尋ねたいことがある」
 そう言ってナズーリンは表情を引き締める。
「まずは件のナイフ妖怪の、今後の処遇についてだ。我々はここに来てまだ日が浅い故に、まだ幻想郷のルールで知らないことも多少ある。
だから、博麗の巫女の君から幻想郷のルール、及び異変解決の担当者としての立場も踏まえて意見や見解を聞かせてほしい」
「…博麗の見解ねぇ…」
 腕組みをする霊夢。
「そうね…。まずこの事件そのものに関しては『異変』と言って差し支えないわ。ただし、今回のそれはスペルカードルールの適応範囲を越えちゃってるけどね」
「ふむ…やはりそうなるか…」
 相槌を打つナズーリン。
「ちょっとボコスカやったり大騒ぎするくらいならいいけど、聞く限りではのっけから殺しにかかってきてるんでしょ?遊びや戯れじゃ済まないわ」
「だろうね。ということは、今からあのナイフ妖怪を退治しに行くのかい?」
 そうナズーリンが言うと、霊夢は何やら渋い顔をする。
「…そこが難しいとこなのよねえ…。そもそもさ、異変ってどこまでが異変で、異変解決って具体的にどういったことを指すと思う?」
 突然の霊夢の質問に対し、ナズーリンはしばし考える。
「…そういえば考えたこともなかったな。えっと…、うーん…」
「それとなく難しい質問で悪いわね。でも重要なことなのよ」
 しかしなかなかこれといった答えが浮かばない。
「参ったな、正直よく分からない…。よければ、それも説明してもらえるか?」
 頷く霊夢。
「いいわ。…そうね、ならここ最近の異変を参考にして解説しましょ。まずは紅霧異変よ」
 最初に霊夢が例に出したのは、スペルカード戦が採用された初めての異変だった。
「ああそれなら聞いたことがあるよ。たしか、あの紅い館の吸血鬼が起こした異変だっかな?」
「その通り。あの時は幻想郷中が真っ赤に染まってそりゃもう凄い光景だったわ。
原因は『昼間も太陽を気にせず外に出たい』って馬鹿の我儘だったんだけど、今は原因そのものについては別にいいわ。
それよりも、ここで重要なのがレミリアっていう首謀者がいて、それを私がブッ飛ばして解決したって事実よ」
「ふむ…それで?」
「この件に関しては紅い霧が出て、皆が困って、首謀者を倒したらいつもの幻想郷に戻った、それだけでいいわ。で、次は春雪異変よ」
「確か、普段なら春といっていい時期になっても雪が降り続けた異変だったかな?」
「そうよ。原因は、幽々子の我儘に妖夢がつきあって、そこら中から春を集めまくったせい。
で、その時は幽々子と妖夢を倒して終わり。無事に春が戻ってきたわ」
 茶を啜りながら霊夢は続ける。
「で、次は三日置きの百鬼夜行…つまり三日置きに宴会やってたって異変だけど、実はこれが異変の定義を考えるうえで結構重要なのよ」
「というと?」
 相槌を打ってナズーリンは続きを促す。
「この異変、紅霧や春雪と違って深刻な被害は殆ど無かったわ。後片付けやらなんやらで私個人はえらい迷惑だったけど、以前のそれに比べれば随分マシだったし。
でもそこには確かに『いつもと違う状態』があったのよ。有体に言うと、非日常ってとこからしら」
「非日常…か」
「そう、非日常よ。この時の異変の犯人は萃香だったけど、まあそれはどうでもいいわ。ともかく、これに関しては首謀者をつきとめられたけど、
最終的に退治するまでには至らなかったの。最終的に萃香自身が自重して終わりを告げた異変よ」
「退治しなくても、異変は解決したのか」
「そう、そこが重要なのよ。それで次は永夜異変…といきたいけど、それをすっ飛ばして別の話にしましょうか。
ある時ね、人間の里でもの凄いお祭り騒ぎがあったの。確かその年は例年になく豊作だったり、あるいは酒のできがよかったりってのが重なったからだったかしら。
それで、人妖問わずそりゃもう連日連夜大騒ぎしてね。今まで話したこととは毛色が違うとはいえ、これも一種の『異変』として記録されてるわ。
…ところでナズーリン、この話と今までの話の共通点及び相違点、分かるかしら?」
 それに関してはナズーリンもすぐに思い当たったようだ。
「共通点はそれが『非日常』だったこと、相違点は『首謀者がいないこと』かな?」
「正解よ」
 にこりと笑う霊夢。
「つまり異変で重要なのは首謀者がいるかどうか、原因となる人物がいるかどうかじゃないの。
いつもと違う非日常が発生したら、それは幻想郷でいう異変なのよ。大きい小さいの差はあれどね」
「ふむ、なるほど…。それで、君はその時どうしたんだい?」
「いい質問ね、それも重要なのよ。この時私は、テンション上がり過ぎた馬鹿がやんちゃしないように人里中を見回ってたわ」
 といって霊夢は話を止める。
「…それだけかい?」
「それだけよ。だって、別に私が特別何かしなくても勝手に終わるのは分かってたし。
もちろん裏で誰かが過剰に盛り上げようとしてたのならちょっとソイツをこらしめてたかもしれないけど、そういうこともなかった。
それとも、来る奴来る奴全員私がブッ飛ばしたってオチのほうがよかったかしら?」
 悪そうな顔をする霊夢にナズーリンは首を振る。
「いや、それは流石に無粋過ぎるだろう」
「そうね、その通りだわ。しかし実を言うとね、博麗的には全員ブッ飛ばして強制的に祭りを終わらせても間違いではないの」
「それは…流石に酷過ぎるだろう…」
「まったくね。でも『異変』を『解決』するのが『博麗の巫女』だから当然っちゃ当然なのよ。
でもそうしなかったのは、さっきあんたが言った通りそれが無粋だったから。博麗の巫女にはね、ある程度の裁量権があるのよ」
「裁量権…」
「そのお陰である程度自由に異変解決の手段や方法を選べるし、最も皆が得して損しない最適解も選べるわ。
だから、小さな異変なら放置するっていう手段を選べるし、逆にとんでもない異変なら…それこそ、問答無用で"殺す"ことも選べるの」
 そう言って、これまで見たことも無いほど冷たい目をする霊夢に、ナズーリンは思わず震え上がる。
 そこには確かに、結界と幻想郷の維持を担い、そして異変解決の担当者たる博麗霊夢がいた。
「え、えっと…それで、今回の事件だと…?」
 そして霊夢はすぐさまいつもの雰囲気に戻る。
「そこなのよねえ…。今までの話でそれなりに分かったと思うけど、正直今の状態はもう日常に戻ってると思うのよ」
「それはつまり…もう異変は解決したから君は動かないってことかい?」
 はあーと大きなため息をついて机につっぷす霊夢。
「だからそこが難しいのよねえ…。霖之助さんが妖怪を拾いました。それに殺されかけました。
でもその妖怪は今現在キッチリ封印されてて手も足も出ません。当の霖之助さんは一命を取り留めており、数日中にはいつもの生活に戻るでしょう。
…それって、解釈次第ではもう解決しちゃってるじゃない」
 むむむと唸るナズーリン。
「言われてみればその通りだな…。とすると、博麗の巫女はこの件に関してはもう動かないのかい?」
 霊夢はつっぷしたままうーんと唸る。
「予防的な意味でなんらかの対処をすることは可能でしょうけど、なんともいえないわねえ。
まあ期待させても悪いからここでハッキリ言うわ。この件に関しては、私は動かない。…いえ、もう動けないわ」
「そうか…」
 期待外れというよりは、しょうがないかといった顔のナズーリン。
 霊夢には霊夢なりに葛藤があったのだろうということは見て取れたからだ。
「とすると、もう1つの案件について相談したほうがいいだろうな」
 ナズーリンがそういうと、霊夢は机から顔を離して起き上がる。
「もう1つ?」
 そうするとナズーリンは、昨夜星や聖たちと話した内容を霊夢に伝え、何らかの助力かアドバイスを頼めないかと話した。
 すると霊夢は意外なことを口にする。
「別に好きにすればいいんじゃない?行きたいなら勝手に旧都へ行けばいいじゃない」
 霊夢の投げやりな言葉に対し、逆に驚くナズーリン。
「いやでも、地上と地下は交流しないって取り決めがあるんだろ?それはいいのか?」
 そう言うナズーリンに対し、霊夢はややめんどくさそうな顔をする。
「いいのよ。そんな取り決め、時間の流れとともに形骸化しちゃってるし。第一、もう既に勝手にこっちへ出てきてる妖怪だっているのよ?
なら別にこっちが出向いたって構わないんじゃない」
「旧都から幻想郷に出てきた妖怪が、いるのかい?」
「ええいるのよ。それも鬼よ、鬼。ルール作りに関わった当人がこっち出てきてどーすんのって話よねえ」
 あまりに意外な回答に、ナズーリンはあっけにとられる。
「てかさ、よくよく考えれば村紗とか一輪も似たようなもんじゃない。あいつら元々地下に封じられてたんでしょ?
なら里帰りみたいなかんじでさ、ついでに堂々と旧都あたりまで行けばいいじゃない」
 そう言われて身近に関係者がいたことを、ナズーリンは初めて思い出した。
「そう言われれば…そうだな。ああなんで今まで気づかなかったんだろう」
「真面目に考えすぎて視野が狭まってるんじゃない?ま、その妖怪に関してはこれ以上大事にならないのなら、そっちで好きしてちょうだい」
 そしてこれでもう話は充分でしょといった様子で湯呑を片付ける霊夢。
「ああそうだな…。いやまあ、色々と参考になったよ」
「そりゃよかったわ。あとは感謝の気持ちを入れていってちょうだいね」
 そう言って霊夢は賽銭箱があるほうを指差す。
「ああまあ…全部が全部、解決したらね。兎も角ありがとう、霊夢」
 そうしてナズーリンは足早に神社を立ち去った。
「はあ、最初から期待してなかったけどさ。それより…」
 昨日から今日までの一連の事件を振り返る。
「…ま、今はいいか」
 何かに気付いた霊夢だったが、些末事と判断してそれ以上は考えないことにした。


 博麗神社を後にしたナズーリンは、昨日の約束通り命蓮寺に立ち寄り、そして寺の皆を集めて今朝話し合ったことを伝える。
「うーん、霊夢さんらしいというかなんというか…」
 聖は苦笑した。
「まあそれはそれとしてさ、別に行き来を気にしないってなら、私と一輪あたりでその旧都に住む覚妖怪のとこまでナイフさんを運んでみる?」
 そう言って村紗は他のメンバーの意見を伺う。
「私はそれでいいと思います。何より地下世界の構造についてはこの中で最も明るいでしょうし」
 賛同の意を述べる星。
「私もご主人に賛成だ。ただ旧都はかつて地上を追われた荒くれ者も多いと聞く。ゆえに、ある程度腕の立つものを護衛として連れていくべきかと思うのだが…」
「何かアテがあるのかしら?」
 そうナズーリンに問いかける一輪。
「ああ。さっき話したと思うが、迷いの竹林の案内人をやってる不死人を護衛として連れて行くというのはどうだろうか?
相当に腕が立つし、何らかのトラブルがあっても対処しやすいと思うんだ」
「なるほどねえ…。まあ本人がうんと言うかは分からないけど、私はそれでいいと思うよ。一輪は?」
「私も村紗がいいならそれでいいわ。あと特に議論する内容が残っていないなら、早速永遠亭まで行ってみる?」
 そう言って一輪は皆を見回す。
「…なさそうね。それじゃ行きましょうか、村紗」
「あいよ。しかし、船無しで遠出ってのは初めてだなー」
 そう言って出かける準備をする2人。
「ありがとう、2人とも」
 ナズーリンは感謝の意を伝える。
「いいっていいって。人と妖怪の共存は私たち皆の共通の目標。なら、この件で私たちが動かないはずがないじゃない」
 そう言ってナズーリンの耳をわしゃわしゃ触る村紗。
「ちょ、み、耳はやめてくれ船長!」
「おっと、ごめんごめん」
 笑いながら村紗はぱっと手を離す。
「ま、そういうわけだから大船に乗った気持ちで任せてくれたまえ」
「…君は沈めるほうだろうに」
「あはは、違いない!」
「それは兎も角、迷いの竹林って行ったことないのよね。ナズーリン、案内してくれる?」
 準備しながら話しかける一輪。
「ああ、了解したよ。先に外で待ってるから、支度が終わったら出てきてくれ」
「了解」

 ややあってナズーリンに合流した2人は、そのまま見送る星や聖たちに行ってきますと告げて飛び立った。
 一行がナズーリンの案内で迷いの竹林入口までくると、何やら作業している妹紅が目に入ってきた。
「やあ妹紅、昨日ぶり」
 そう上空から呼びかけるナズーリンに手を振って返す妹紅。
 そのまま一行は妹紅の傍に降り立って話を始める。
「何をしていたんだい?」
 妹紅の手に握られた竹を見てナズーリンは問いかける。
「ああ、ちょっとした雑貨品を作っていたのさ。竹炭作ったり民芸品を作って小遣い稼ぐのが習慣でね」
 そう言ってパパっと道具を仕舞う。
「さてと…そちらの2人は初対面だよね?初めまして」
 ぺこりと頭を下げる妹紅。
「初めまして、命蓮寺の雲居一輪です」
「同じく、村紗水蜜です。よろしく」
 揃って挨拶する村紗と一輪。
「よろしく。一輪さん、水蜜さん」
「あ、私の名前はムラサのほうで呼んでもらっていいかな?そっちのほうが呼ばれ慣れてるんで」
 そうちょっと照れながら話す村紗。
 どうやら名前で呼ばれるのは苦手らしい。
「ん?ああ了解。ところで、今日はどういった用で?」
 妹紅の質問にナズーリンが答える。
「何、件のナイフ妖怪について、我々としてはどうするのかって話がまとまってね。そちらと協議したうえで、最終的な対応を決めたいと馳せ参じたのさ」
「協議ねえ…」
 うーんと言って頭を掻く妹紅。
「こっちとしては正直結構どうでもいいかなーってカンジで終わったからさ、そっちに何か良案があるならそれでいいと思うよ。
遺恨があるとすれば被害者の森近か、あるいは魔理沙くらいなもんだろうし」
 ふむ、と頷くナズーリン。
「ならばこちらの自由にさせてもらおうか。…それでその件についてなんだが、君に1つ頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
 そうしてナズーリンは今朝霊夢と話し合ったこと、そして命蓮寺にて考えたことを掻い摘んで話す。

「なるほどね。そういうことなら付き合うわ。どうせ今日は案内の予約も入ってないから、暇してたとこだし」
「助かるよ。この2人は以前地下世界にいたことがある身とはいえ、やはり道中は心配だからな。君ほどの存在が用心棒してくれるなら、これほど心強いことはない」
「あはは、そう期待され過ぎても気恥ずかしいけどね。さてと、それじゃ一旦永遠亭までナイフ妖怪を回収しに行こうか」
 そう言って飛び立つ妹紅の後を、命蓮寺の3人は揃って追いかけた。

 道中、これまでのこと、そしてこれからのことをあれやこれやと話して情報交換していると、思った以上に早く永遠亭に辿り着いた。
 最初にナズーリンたちが霖之助を背負ってきたときは随分と遠く感じたものだが、焦る気持ちがそう錯覚させていたのだろうか。
「お、着いたわね。そんじゃちょっと待っててよ。輝夜に話つけて回収してくるから」
 そう言って妹紅は裏口方面から屋敷内に入って行った。
「へえ、ここが永遠亭か…。折角だから噂の輝夜姫に一目あってみたいものね」
「呑気だなキャプテンは。まあこの一件が終わったら遊びに行けばいいんじゃないか?」
「それって大丈夫なの?それ以前に、こんな有象無象の一般大衆なんて歯牙にもかけないイメージだけど…」
「あらそんなことないわ。面白そうなら誰だって興味の対象よ」
「ふーん、そうなの…えっ?」
 突然の知らない声に一輪が振り向くと、見たこと無いほどの美人さんが後ろで笑っていた。
「え、え、誰この人?」
「一輪落ち着いて。その人が今話してた輝夜姫さ」
 ナズーリンの言葉にうなずく輝夜。
「初めまして、命蓮寺の尼さんと船長さん」
「は、初めまして…。いやー、確かに想像以上の美人だけど、ここまでフランクとは思ってなかったよ」
 帽子を取って挨拶する村紗。
「あ、初めまして、命蓮寺の雲居一輪です。で、こっちが村紗水蜜」
 一輪も深々と頭を下げる。
「ふふ、そんなにかしこまらないで。それより、本日はどういったご用件で?何か暇つぶしにでもつきあってくれるのかしら?」
「いや、それも悪くはないけど、今日は例のナイフ妖怪のほうに用があってね」
「あらそうなの、残念。まあ暇だったらいつでも遊びに来てちょうだい。できれば、私の知らない暇潰しをもってきてくれると嬉しいわ」
 そう言ってくすくす笑う輝夜。
「ええ、何か面白いものがあれば是非に。…にしても、妹紅さんは輝夜さん探して屋敷に入って行っちゃったけど、大丈夫なんですか?」
「あら、妹紅もきてたの?」
 一輪からの情報を聞いて輝夜が屋敷に目をやると、妹紅が金属製の箱を持って飛び出してきた。
「なんだ輝夜、外にいたの」
「ええ、ちょっとお散歩にね。…それより、その妖怪の処遇、どうするか決まったの?」
「それは私のほうから説明させてもらうよ」
 そうしてナズーリンは輝夜にもこれまでの話とこれからの計画を伝える。

「へえ、地下世界…。面白そうね、私も行ってみたいわ」
 そう言って輝夜は楽しげに笑う。
「私たちは構わないが、しかしあの薬師が心配するんじゃないのかい?」
 ナズーリンの言葉にうーんと唸る輝夜。
「…そうなのよねえ。別に死なないから問題無いのに、永琳は変に過保護だから…」
「そりゃ従者であれば自分の使える人の身はいつだって心配だろう。私たちからすれば不死人が2人もいるなんて確かに心強いけどね」
 同じく仕える身であるナズーリンはそう述べる。
「うーん…まあいいわ、昨日随分心配させたし、今日は諦めましょう。でもまた機会があったら、私も誘ってね」
 残念そうな楽しそうな、そんな様子で輝夜は話す。
「ああ、また機会があればね。…それじゃ、この妖怪は預からせてもらうよ」
「ええご自由に。できれば結果とか、その後どうしたとか、帰って来たら聞かせてね」
「約束するよ。それじゃ、行ってくる。管理ご苦労様」
 そうして手を振る輝夜に別れを告げ、一向は旧都入口に向けて再び移動を開始する。


「へえ、これが地下世界入口か」
 深く暗く、どこまでも続いているかのような洞穴を眺めて呟くナズーリン。
「私たちは来るの初めてじゃないけどね。さてと、旧都の皆は元気にしてるかな?」
 妹紅を先頭に洞窟へ侵入する4人。
 妖怪にとって暗闇は妨げにはならないが、念のため妹紅の炎を松明代わりに進んでいく。
 すると突然、先を照らす妹紅の上へ何かが降ってきてその明かりをかき消す。
「うわっと、何事!?」
 村紗たちは慌てて妹紅のいた場所を確認する。
「…!?も、妹紅さん!?」
 しかしそこにあったのは妹紅の首より下だけ。
「な、何事だい!?」
 ナズーリンが辺りを警戒していると、鬼火がぽつぽつと灯る。
「鬼火…こいつは確か…」
 一輪は腕の鉄輪を握りしめ、臨戦態勢をとる。
 各々背中合わせに360゚を警戒していたが、そんな3人の前に、妹紅の首を持った釣瓶落としが現れる。
「おや、懐かしい顔じゃないか」
 そうケタケタ笑うキスメ。
「キスメ…久々だってのにご挨拶だね」
「そう睨まないでくれよ。これが私のサガみたいなものなんだからさ」
 そう言って首を仕舞おうとするキスメに手元から声がかかる。
「…悪いねお嬢ちゃん。ちょっと先を急いでるから、手を離してもらえないかい?」
「!?」
 思わず首を投げ捨てるキスメ。
 するとその首は引き寄せられるように、妹紅の体へくっつく。
「こいつは驚いた。なんだか面白いのを連れてるじゃない」
 キスメの表情が驚愕から好奇心へと変化する。
「この人は藤原妹紅さん。ちょっとした理由で今用心棒として雇ってるのよ」
 一輪は臨戦態勢を崩さず説明する。
 そんなキスメたちのもとに、再生を終えた妹紅が戻ってくる。
「やれやれ、地下の妖怪が喧嘩っ早いてのは本当なんだな」
「ふふ…変わった人間だと思っていたが、どうやら只者じゃないようだね」
 言いながらキスメは周囲に鬼火を展開する。
「ちょ、ちょっとちょっと!2人ともストップ!」
 静止しようとする一輪だが、2人には文字通り火がついてしまったようだ。
「たかが鬼火程度で不死の炎に勝てるとでも?」
「くっく、たかが不死の炎程度、怨念の火に勝るものか」
 そうして2人は真正面からぶつかり合う―
「はいストーップ!」
 かと思いきや、突如キスメの更に上から落ちてきた何者かが2人の頭をひっぱたく。
「はいはい2人とも落ち着いてねー。ここ私ん家に近いんだからさー、暴れられると迷惑なの」
「…ヤマメか。邪魔しないでよ」
 ヤマメと呼ばれたその妖怪は、やれやれといった様子で肩をすくめる。
「邪魔するってーの。やりたきゃ場所変えなよキスメ」
 そう言って妹紅とキスメの間から一歩も動かないヤマメ。
「…ふう、興が削がれた…。あーもういいや」
 そう言ってキスメはいずこかへと姿を消す。
「まったく、ああいうとこさえ無けりゃあ良い奴なんだけどねえ」
 そして4人に振り返る。
「お客人、悪いことしたね」
 そう言ってヤマメは頭を下げる。
「いえいえ!こちらも無用な争いを事前に止めていただいて…」
 それに対し一輪たちも頭を下げる。
「あー…なんだ、すまない。私もつい熱くなり過ぎたよ、ごめん」
 妹紅が謝ったのをきっかけに、皆が顔を上げて各々を眺める。
「ん…ありゃ?よく見りゃ一輪に村紗じゃないか。久しぶり!」
「え…ああ、ヤマメさんじゃない。久しぶり!元気にしてた?」
 きゃいきゃいと話す一輪にヤマメ。
「なんだ、知り合いだったのか?」
 ナズーリンの質問に村紗が答える。
「まあね。こんな狭い地下世界に何百年もいれば、そりゃ最低顔くらいは覚えてるさ」
 そうして暫しヤマメと一輪たちは再開の喜びを分かち合っていた。

「それにしても一体どうしたんだい?例の封印が解けて地上に出たと思ったら、自主的に戻ってくるなんて」
「ああそれは…ちょっと古明地さとりさんに用があってさ」
 一輪はヤマメにあれこれ説明する。
「ふむ、なるほど。その妖怪をねえ…」
 そう言ってヤマメは何事か考える素振りをする。
「そうだねえ、なら私も付いて行っていいかい?何、私がいたほうが旧都もスムーズに通行できると思うしね」
 そう提案するヤマメだが、その瞳にはどうも何かを企んでるような光がある。
「ヤマメさん…何かよからぬことを考えてません?」
 問い詰める一輪。
「はは、別にあんたらには何もしないよ。ただちょっと、さとりんの顔が見てみたいだけさ」
「さとりさんの顔を、ねえ…」
 まあまた下らない悪戯か嫌がらせでもしかけにいくのだろうと一輪たちは納得した。
 それにしても、こうやって怨霊も恐れ怯む少女にわざわざちょっかいをかけにいく豪胆さと気さくさが、もしかしたら彼女の人気に秘密なのかもしれない。
 なんて、一輪と村紗は少しだけプラスに捉えたりもした。

 ヤマメの案内は思ったよりも真面目で、途中で出会った橋姫でさえ意外にも攻撃をしかけてきたりはしなかった。
 流石に顔が広く人気もあるんだなと改めて実感する4人。
 そして旧地獄街道も特に問題無く抜け、いよいよ地霊殿が見えてきた。
「見えるかい?あれが地霊殿だ。あの中に、あんたらが会いたがってる古明地さとりが住んでるよ」
「ふう、やっと到着か。どうにも常に誰かに見張られてるようであまり心地がよくないな」
 そう話すナズーリンに村紗がそっと近づいて耳打ちする。
「そう、実際アタシらは見張られてんのさ。特にナズと妹紅さんの2人はね。…地上の妖怪がそうであるように、地下の妖怪も地上のやつらを良く思ってない。
だから、アタシらは否応なく注目されてんのさ。…正直な話、ここで顔の広いヤマメさんがこうやって付いてきてくれなかったら、多少面倒なことになってたかもね」
「ふむ…なんだかいい加減そうな妖怪に見えたが、私が思ってる以上に物事を考えてるようだな」
 感心するナズーリン。
「いい加減なのも事実だけどね。それ以上に色々考えてるというか、あれはあれで案外底が見えないタイプだよ」
 そうやって2人が話してる間に、とうとう地霊殿の入り口までやってきた一行。
「へえ、けっこういい佇まいじゃない」
 そう感心したように建物を見渡す妹紅。
「流石に地下世界の有力者は住むところから違うってことかね。さてと、それじゃ早速お邪魔させてもらおうか」
 そうナズーリンたちが進むと、玄関の扉がひとりでに開く。
「あら、まさか向こうから出迎えてくれるなんてね」
 さり気無く全員の前に立つ妹紅。
「…そう警戒しないで下さい。私だって、自宅でドンパチしたくないですから。…あとヤマメさん、うちの表札を勝手にこんにゃくにするのはやめてもらえますか?」
「ぬう、なぜバレた!?」
「はあ…。あなた、私の種族知ってるでしょうに…。まあいいです、兎も角遠路はるばるようこそ。ヤマメさん以外歓迎します」
 そうして一行を屋敷内に招き入れるさとり。
「ちょっとちょっと!なんで私だけハブるわけ?」
「自分の胸に手を当ててよく考えて下さい。それでは」
 とだけ言ってさとりは扉を締め切ってしまった。
「…いいのかい?」
 扉を見つめて尋ねるナズーリン。
「いいんです。…取り敢えず、客間までご案内します。ああここへ来た目的などは説明なさらないで結構ですから」
「ふむ、心を読めるというのは本当のようだね」
「ええ…。まあそこまで恐れなくても結構です。トラウマを抉って追い返すよりは、素直にお願い事を聞いて帰ってもらったほうがスマートでしょうし」
 そんな会話をしながらさとりが客間の扉を開けると
「やあ、諸君。遅かったじゃないか」
 なぜかヤマメがソファーに座っていた。
「あなたどこから…ああそうですか、天窓ですか。あとで封鎖しておきましょう」
「まあそう迷惑そうな顔しなさんな。あ、私は紅茶より緑茶がいいな」
「出しませんけどね。取り敢えず、皆さん座って下さい」
 さとりの言葉に腰を下ろす一同。
「さてと…それが例の妖怪ですか」
「あ、ああ」
 ナズーリンが抱えていた箱に目をやるさとり。
「蓋を開けて、ここに置いていただけますか?」
 さとりに促されて箱の封を解き、蓋を開いて差し出すナズーリン。
「では…」
 そうしてさとりは静かに両目を閉じ、サードアイだけでナイフ妖怪を見つめる。
「………」
 しばし沈黙が続く。

「…大分分かりました」
 さとりは椅子にゆったりと身を預ける。
「まずは…そうですね、この妖怪の成り立ちから話しましょうか」
 その場にいる全員の視線が、さとりに集まる。
「…あるところに、1人の付喪神がいました。その付喪神そのものについては詳しく分かりませんが、彼、あるいは彼女は1人静かに暮らしていたようです。
そんなある日のこと、その妖怪を突如人間たちが襲いました。彼らの目的はその付喪神の体です。彼らは付喪神の体を元に様々な呪物を作ろうとしたのです。
しかしながら、ただ静かに暮らしていた彼女を一方的に襲い、
あまつさえその身をバラバラにして道具にするなどいう辱めを受けた付喪神の怒りは筆舌に尽くしがたいものでした。
そんな中、ある人物はその付喪神の体から1本のナイフを作り出します。
目的は対象に送りつけ、ナイフにかけた呪いで呪殺するといったものでした。
その人物は当初の目的通りナイフに呪いをかけ、そして程なくそれは完成しました。
ところが、です。そのナイフに宿っていた付喪神の怒りは呪いに感化され、それは手にした者を無差別に殺す道具へと変わっていたのです。
呪いを施した人物がそのナイフを手に取ると、一瞬にして喉元を切り裂いてしまいました。
そしてそのナイフはそれから様々な人の手に渡り、その都度手にした者たちを殺めてきました。
ある時はナイフの呪いを知っていた人物に騙されて握った人を、またある時はただの骨董品と思って手にした人を…。
そうしてナイフは数多の血を吸い、それ自体がいつしか妖となっていたのです。
こうなってくると私たちのように人に近しい姿をとってもよさそうなものですが、この妖怪はただひたすら人間を憎み、
そして最初と同じ方法で殺すことだけを望んでいたため、今もこうしてナイフの姿をとっている、ということのようです」
 そこまで言うと、さとりはおもむろにそのナイフを手に取る。
「な、何を…!?」
 驚いて立ち上がるナズーリンたちを尻目に、さとりはナイフに慈しむかのような視線を落とし、そして膝においてそっと撫でる。
「…この妖怪が殺したいと望んでいるのはあくまで人間です。香霖堂の店主を襲ったのは、彼が半分人間だから。
そして輝夜さんを襲ったのは死なないだけで彼女が"人間"というカテゴリーに属していたからでしょう。
私のような純粋な妖怪は、その対象外ということのようです」
 ほっとして座り直す一同。
「さて…これでこの妖怪の成り立ち、そして目的は話し終えました。他に何か聞きたいことはありますか?」
 さとりの言葉にまずナズーリンが挙手をする。
「何らかの方法でその妖怪の怨恨を消し去り、人殺しを止めさせることは可能だろうか?」
「おそらく、それは無理な話でしょう。人を殺めることが彼女の生きる目的であり、また生きる糧でもあるのですから」
 次に村紗が手を上げる。
「それなら、もし封印なりなんなりを施して絶対に人を襲えないようにした場合は?」
「…断言はできませんが、多分飢え死に…するのではないでしょうか。あるいは、その存在意義を失い、消滅するやもしれません」
 皆押し黙る。
「…参ったわね、これじゃあ共存なんて無理じゃない」
 天を仰ぐ一輪。
「あまりに予想外だったね…。一応ご主人と聖には伝えるが、どんな反応をするのやら…」
 ナズーリンは溜息をつく。
 するとさとりが口を開く。
「ならば、この妖怪はこちらに置いていきませんか?」
 その言葉に驚くナズーリン達。
「この妖怪にあるのは人間への怨恨だけ…。ふふ、覚妖怪の膝の上で自身の過去から何から全て話されようとも、考えることは人間を殺すことのみ…。
なかなか可愛らしいじゃありませんか。無機物のペットというのも悪くありません」
 ぞっとするような笑顔でナイフ妖怪を撫で続けるさとり。
「…まあ、それも一案として考えておくよ。だが今日のところは、一旦引き取ってもいいだろうか」
 ナズーリンがそう言うと、さとりは静かにナイフ妖怪を箱に戻す。
「ええどうぞ。一体どんな結論を出されるかは分かりませんが、楽しみに待っています」
 そう言って微笑むさとりの顔には、お前たちではどうにも出来はしないだろうという嘲笑がありありと見て取れた。
「…兎も角ありがとう。急にお邪魔して悪かったね」
 そう言ってナズーリン達は立ち上がる。
「いえいえ。では門前までお見送りしましょう」

 さとりに見送られて、一同は地霊殿を後にする。
「…どうしたものかな」
 ポツリとナズーリンが呟く。
「思った以上にとんでもないヤツだったね。さとりも、この妖怪もさ」
 箱を掲げる村紗。
「兎にも角にも姐さんがどういった結論を出すのかが気になるわ。…一刻も早く、地上へ戻りましょう」
 どうにもすっきりしない気持ちを抱えたまま帰路につく一同。
 そのせいか、いつの間にやらヤマメがいなくなっていたことにも、地下道を出るまで全く気付かないのだった。

「相変わらず、嫌な話し方をするな」
 勝手に茶を淹れて勝手に飲むヤマメ。
「私は覚妖怪ですから。…あと勝手に茶菓子持ち出さないでくれませんか?」
 さとりの言葉を無視してヤマメは続ける。
「地上との確執がある中、さとりんらしい答えを出し、選択肢も示してやったのはいいと思うけどさ。もーちょいしがらみを残さないような言い回しはできなかったわけ?」
「地下妖怪は、嫌われてなんぼですよ。変に好かれて交流が強まれば、この場所の存在価値だって無くなるやもしれませんし」
 ヤマメの正面に座るさとりだが、視線は一向に合わせない。
「ふうん…。それにしてもさ、本当に引き取るつもりなのかい?」
「ええ、本気です。ああいったペットというのも面白いかもしれませんし。何より、あのような存在を受け入れるための旧都でしょう?」
 さとりは薄く、静かに笑う。
「しかし残念でしたね、わざわざ重苦しい空気を壊すため付いてきてたのに」
「まったくだ。気持ちのいい地底ツアーとはいかなかったねえ」
 ヤマメはそういって茶も茶菓子もたいらげると、そのまま何事も無かったかのように地霊殿を出ていく。
「まあ邪魔したね。またくるよ」
「結構です。できれば、今生の別れとしたいところですね」
 先程とは違い、見送りもせず、ただ背中を向けたまま話すさとりだった。


「…なるほど…。この妖怪に、そんな過去が…」
 地上に戻り、早速聖たちへさとりから聞いた話を伝える。
 妹紅とは地上に戻ってすぐに別れたようだ。
「…なんとか、この子をその呪縛から解き放ってあげたいものですね…」
 考え込む聖。
「しかし相当に難しいことは明白だろうな。仮に呪いを解いたところで元の怒りが収まるでなし、最悪呪いごとこの妖怪の魂が消え去る可能性もある」
 ナズーリンの言葉ももっともだ。
 下手に解呪を行えば、その身がどうなるかは分かったものではない。
「一応、暇を見て紅魔の魔女や顔見知りの魔法使いに声はかけておく。…が、あまり期待はしないでおいてくれ」
 ナズーリンはそう言って聖を一瞥する。
 聖とてある程度魔法に精通し、この幻想郷にあって尚大魔法使いとよばれる存在だ。
 その聖が浮かない顔をしているということは、つまりそういうことなのだろう。
「となると、寝食をともにして分かり合えるよう努力するしかありませんか」
 そう発言する星。
「しっかし、まるでコミュニケーションをとれないってのは不便ね。分かり合おうにも常に一方通行みたいなものでしょ」
 村紗はそう言うが、どちらかというと一方通行ですらないのかもしれない。
 そもそもこの妖怪は、他社の声に耳を傾けるということ自体しないのだから。
「それでも、やってみる必要性はあると思います。真に人と妖怪が共に歩む世界において、この妖怪だけがそこから弾かれるということはあってはなりません」
 そう力強く聖は訴える。
 その言葉に、命蓮寺一同は心を強く打たれたようだ。
「…ならば我々の結論としては、この妖怪も我らが同胞として迎え、そしていつか分かり合えるよう努めるということでよろしいでしょうか」
 皆を見渡す星。
 異論は出ず、一同は静かに頷いた。
「おそらくそれは一朝一夕で成し遂げられることではないでしょう。数十…いや、最低でも数百年はかかるやもしれません。
しかしいつか、我々の思いが通じ、彼の者が怨恨を忘れて共に笑い合える日が来る…。そう信じましょう」
 星の演説に誰ともなく拍手をする。
 ここで命蓮寺の意志は一つにまとまった。


 翌日、地霊殿。
「…そうですか。残念ですが、それならば是非頑張って下さい」
 紅茶を飲みながら静かに話すさとり。
「ああ、是非頑張らせてもらうよ。それが我々の意志であり望みだからね。
君には悪いが、我々は我々で譲れないものがあるし、必ずややり遂げてみせよう」
 ナズーリンがそう啖呵をきると、さとりはくすくすと笑う。
「ええ、ええ、楽しみにしています。…そう、実に楽しみですね」
 可憐な少女らしい笑みを携えるさとりだが、しかしその意味するところはそんな気持ちのいいものではないのだろう。
 世の中には決して分かり合えない者たちがいる。
 そんな者たちの考えを変え、共に歩もうとすることは悪いことではない。
 けれど、それでも分かり合えない場合はどうするのか。
 さとりはそういった者たちの心をずっと覗いてきた。
 だからこそ、いずれ彼らも諦めて、なんとか救ってやれないかと泣きついてくると信じて疑わなかった。
 そう、この地底世界は、そういったものたちが最後に辿り着く、いわばもう一つの"幻想郷"に他ならないからだ。

「さとり様、なんだか嬉しそうですね」
 その日の仕事を終えたお燐はさとりにそう話しかける。
「そう?…ふふ、ちょっと面白いことがあってね」
「面白いこと、ですか?」
「ええ…。そうね、例えばお燐、もし手にした人間を悉く葬る刃物みたいな妖怪がいたら、あなたはどう思うかしら?」
「それは…その妖怪は、人間だけを殺すのですか?」
「その通りよ」
「だとしたら…凄く素敵ですね。一緒に外を回って、沢山の新鮮な死体を集められそうです」
「ふふふ、そうね…。もしかしたら数十年後か、あるいは数百年後になるかもしれないけど、そんな子が仲間入りするかもしれませんよ?」
 そうさとりが言うと、お燐はぱっと顔を輝かせる。
「それは楽しみですね!仲良くなれそうな気がします」
 喜ぶお燐にさとりも嬉しそうな顔を向ける。
「本当にね。どれくらい先かは分からないけど、とっても楽しみね」



 例の事件から数日後、ナズーリン達からその後の話を聞いた霊夢はただいつも通りゆったりとお茶を啜っていた。
「…紫、ちょっといいかしら」
 霊夢がそう呟くと、何もなかった空間にスキマが現れる。
「呼んだかしら?」
 そこから紫はいつもにも増して胡散臭い笑顔を覗かせる。
「結局、これはアンタの満足のいく結果だったのかしら?」
「あら、なんのことかしら?」
「すっとぼけないで」
 横目で睨む霊夢。
「ふふ、流石にいい勘してるわ。いつから気付いていたのかしら?」
「違和感を抱いたのは初日からよ。この手の話でアンタが出てこないのは正直不思議だったから」
 紫は黙って聞いている。
「あの妖怪を拾ったのが"たまたま"半妖の霖之助さんで、そこに"偶然"ナズーリンもいて、さらに"運良く"咲夜までもが近場にいた。…よく出来てるわ」
 空気が、張り詰める。
「そのうえこの事件は実質1日経たないうちに解決。博麗の巫女の出番は結局無かったわ。そして、話は私の与り知らないところで進行していった」
 そこまで言って霊夢は紫に向き合う。
「最初はよく分からなかったけど、今ならなんとなく理解できるわ。…アンタは試したかったんでしょう?
幻想郷の住人が、あの物騒極まりない妖怪を受け入れるのかどうかを…。
…いえ、最終的に受け入れきれるのかどうかを見極める、今がそのスタート地点ってとこかしら」
「ふふふ…」
 思わず笑う紫。
「流石ねえ、やっぱり霊夢に隠し事はできないわあ」
 紫はパチパチと拍手する。
「そうねえ、その通りよ。今だから言えるけど、霖之助さんはあんなに慌てなくても決して死にはしなかった。
仮に死んでしまえば話は大事になるし、こんな風に物語が展開することはなかったでしょう」
「物語ねえ…」
 心底嫌そうな顔で尚も紫を睨む霊夢。
「まあ理解してくれとは言わないわ。でもこれだけは知っててちょうだい。
私には、そうするだけの理由があった。数年後、数十年後、数百年後から数千年後までの幻想郷を見据えて、ね。
この後彼らがどうするかは分からない。いつかあの妖怪と分かり合う日がくるかもしれないし、結局消滅寸前になってさとりに泣きつくかもしれない。
そうして幻想郷の住人達が出した結論が、更にその先にある幻想郷の礎となるの」
「…私には、さっぱりだけどね。そんなに意味のある行為なのかしら。…まあそもそも、結論が出る頃にはとっくに死んでるだろうけど」
 霊夢は睨むのをやめてお茶を啜る行為に戻る。
「ふふ、まあ始まりとして上出来だったってカンジかしらね。あなたはそうでもないだろうけど、私はこれからが楽しみだわ」
「はいはい」
 そうして霊夢はもう紫の話を聞くのをやめた。
 聞いたところで、どうしようもないと悟ったからだ。


 あの妖怪が最終的に受け入れられるのか、それとも地下世界に移されるのかは現時点では分からない。
 後者の確率が高い気もするし、案外上手くやって前者になり得るかもしれない。
 受け入れられざるモノの受け入れ先がどこになるのか、それを知るのはこれからやってくる時間だけだ。
 だが願わくば、本当の意味で全てを受け入れる、そんな幻想郷にならんことを―。
こんにちは。
今回は今までと違って若干シリアス風味なものを書き上げました。

しかし慣れないことはするもんじゃないですね。
想定より大分話が長くなってしまい、途中で何度も投げ出しそうになってしまいました。
話としては幻想郷の住人たちが話中のナイフのようなモノに出会った時、一体どういう行動に出るかということを表現してみたかったのです。
けれど思った以上に全ての場面であっと驚くような展開、あるいは盛り上がりを組み込めなかったことが口惜しいです。
また否妖怪、反妖怪的な勢力の話を書けなかったのは完全に自分の力不足でした。
次回からはまず脳内以外のプロットありきで話を組み立てたいと思います。

余談ですが、最後の最後までオリキャラタグをつけるかどうか迷っていましたが、
最後まで一言も喋らないうえに動きもしない、無い物同然の扱いで話を展開させたため結局つけないことにしました。
もし付けたほうがいいというご意見があれば参考にしたいと思います。

兎にも角にも楽しんでいただければ幸いです。
それでは。
ドゲスドウ
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コメント



0.720簡易評価
7.40名前が無い程度の能力削除
正直最後がかなり残念でした。ラストに紫を使えばどんな話でも簡単に締めれるだけに、
それまでの話が全て茶番になってしまうので読後感の詰まらない作品になっていました。
8.100名前が無い程度の能力削除
八雲紫様で締めるのは王道ですね。何百何千と東方小説を読んでいなかったら大変面白かったとう思うけど、似たような上位互換小説を何作か知ってる今となっては・・・
これからも頑張って下さい!
9.80奇声を発する程度の能力削除
王道らしくて良かったです
12.70名前が無い程度の能力削除
全キャラを出すことに固執せず削るところは削ってあり、
コンパクトにまとまった作品。
着地点を、紫の思惑ではなく
冬眠中にこんなことがありましたよ、との藍の報告を受けた紫が
サンプルとして有効ね、と経過観察するよう指示する
とかにするとまた違った味わいになったかもしれません。
その場合無縁塚での人員配置に疑問が残りますが。
配役の妙とご都合主義は紙一重。やっぱり難しいですね。
15.70名前が無い程度の能力削除
ヤマメ関連が結構好きだった
ツッコまざるを得ないと言う意味で(こんにゃく)

これはちょっとした疑問なんですが、つくもがみなら体をどうされようがリサイクルして色々な用途に使ってもらえるってかなり良い扱いじゃないですかね?
怨恨に至る理由でその辺がちょっと変に思えたかな、と
19.703削除
中々深いテーマの物語を書かれましたね。
しかしそれが示されたのが最後だけだったので、もっと途中にもそれを匂わせる記述があっても良かったと思います。
25.無評価名前が無い程度の能力削除
あれ、幻想郷って殺人ダメだっけ?