「あら芳香」
自室の真ん中に座り込み、可愛い従者を背中から抱きしめながら放った霍青娥の一言は、何の重みも感じさせない実に軽やかなものだった。
例えるなら、幼い子供にボタンのほつれを指摘するような柔らかさ。またそれに見合うだけの微笑みをもって、芳香の片腕をつーっと撫でる。
「貴女の小指、取れちゃってるわよ? もう、仕方ないわねえ」
「んあ~?」
通常五本あるはずの右手の指。しかし、どこかにぶつけたはずみで失ったのだろうか、今の芳香には四本しかない。
しかも当の本人はそのことに全く気付いていない。痛みを知れないというのは、こういう時に不便だ。
「体のチェックはきちんとしなさいといつも言っているでしょう? 本当に仕方のない子」
芳香の耳元で囁かれる言葉とは裏腹に、青娥の顔はどこまでも穏やかだった。
体はみっちりと密着され、左手では芳香の頭を、右手では本来あるはずの指の根元あたりを擦っている。
心なしか、芳香はくすぐったそうにしていた。そんな感覚はもはや有してはいないだろうに。体が覚えている感情なのだろうか。
「青娥ぁ~、壊れてるんなら早く直して~」
「ああそうね。ごめんなさい、すぐに直すわ」
撫でくり回すことに夢中になっていた青娥は、芳香の言葉にはっと我に返った。
そしてそのままするりと芳香の前に回り込み、自らの唇を芳香のそれと重ね合わせた。
「ん……んむ……」
「んあぁ……しゅ~……」
ほんの数秒、重ねた口唇を擦り合わせてから離す。
すると芳香は口から短く息を漏らした後、全身が脱力して機能停止。これは口づけ中に流し込んだ青娥の気によるもの。
そのまま後ろに倒れそうになったところを、青娥が両腕で包み込むようにキャッチ。
「さあ、パパッと直しちゃいましょうね」
停止状態の芳香をそっと仰向けに寝かしつけてから、青娥は部屋にある大きな棚を漁る。そこには、防腐処置を施された芳香のパーツたち。いつも時代も替えの死体に困ることは無い。
その中から右手の小指を取り出して、あとは針と糸と、小さな呪符を一枚。
「ふんふんふ~ん」
裁縫をする母のように、鼻歌交じりに小指を糸で縫いつける。その手際は見事で、医者も目を見張るほどかもしれない。
だが、青娥は死体のパーツを糸でくっつけているだけ。血管のつながりや神経のつながりなどは全く考慮していない。
「仕上げはこれで」
右手と小指の繋ぎ目に、先ほどの小さな呪符を巻きつける。
このまましばらく放置しておけば、呪符に込められたタオの力で小指は何事も無かったかのようにくっつく。
「あとは待つだけなんだけど……そうね、どうせだし」
そう言いながら、青娥は芳香の上着のボタンを一つ一つ外していった。
全てを外し終えると上着の前を開け、インナーもそっと捲りあげる。現れるは控え目な双丘。
それを一瞥してから、今度は芳香のスカートに手をかけ、下着もろともずり下げる。
芳香の体が硬い上、寝そべっている状態だからやりにくいが、悪戦苦闘しつつ何とかして脱がす。
眼を瞑ったままほぼ全裸となった芳香の上に、青娥は相変わらずの妖艶な微笑みのまま跨る。そして片方の手を芳香の首筋に、もう片方の手を芳香の大腿部に滑らせた。
「この際だから他に問題は無いか、全身を調べてみましょう」
芳香に馬乗りになり、首筋から胸、腹へと指先を這わせて触診をする。
思えば、ここ最近平和だったせいか、青娥も芳香のボディチェックを怠っていた。
念入りな確認をしていれば、今回だって無用な修理をしなくて済んだかもしれない。
「修理……か」
ポツリと小さな声を出すと、青娥は肩の力を抜き、自身の服をはだけさせながら体全体を芳香に重ね合わせた。
手だけで触診するよりも、体全体を使った方が手っ取り早い。
胴体を隙間なく密着させ、腕を絡ませ足を絡ませ、舌で芳香の頬を舐めながら触診を続ける青娥は、ある言葉を思い出していた。蘇った聖人から言われた言葉。
『壊れる度に体の一部を取り換えて、いずれ全ての部分が入れ換わってしまった時、それは果たして宮古芳香その人なのでしょうかね?』
あの聖人がどのような真意でもってこのようなことを言ったのか青娥は知らない。
単なる好奇心か、それとも芳香の体を道具のように交換することを暗に非難しているのか、もっと別のことか。いずれにせよ高尚なお方の言うことは時に理解が及ばない。
だから一々気にする必要も無かろうが、どうしてもこの言葉が頭から離れなかった。
「ねえ芳香。貴女は何者なのかしらね?」
芳香を従者としてからかなりの時間が経つ。部品交換は一度や二度のことではない。体の表面から奥深くまで、様々な交換を施してきた。
顔もほぼ原形を保っているはずではあるが、骨格が歪むほどひどかった時もあったので、その際はできるだけ似たパーツを寄せ集めて直した。
喉が潰れ、声帯が滅茶苦茶になったこともあった。あの時は元の声に近付けるのにかなり苦労した。
形として、宮古芳香は変わらない。だが、実際のところはいくつものパーツを組み合わせた宮古芳香らしきモノとも言えないことはない。そういった疑念が、青娥の頭から離れない。
「宮古芳香。わたしの可愛いキョンシー。わたしは貴女の全てを愛している」
機能が停止し、すっかり虚ろになった芳香の瞳をまっすぐ見つめて青娥は愛を囁いた。己の内にある疑念を振り払うように。
そのまま今度は口で芳香の耳を噛む。触診の続き。異常は無い。
右手の小指の呪符に目をやる。もうそろそろくっつく頃だろう。呪符をほどくと、思った通り継ぎ目は綺麗に消えており、元からつながっていたかのようである。
「ああ芳香。こんなことは今までも、そしてこれからもずっと続くわ。それでも貴女は、わたしの愛する宮古芳香であり続けるのかしら?」
思いのたけを吐き出してから、青娥は再び自身の唇を芳香のそれに重ね合わせる。
停止させた時とは逆の、起動させるための気を芳香の中に送り込む。激しく、必要以上に口唇をすり合わせた。
呼吸の止まっていた芳香の口から息が漏れた。
「ぷはぁ……青娥、終わったのか?」
「ええ、終わったわ」
「流石青娥だな~」
「…………ふふっ」
真っすぐ見つめてくる瞳に、青娥は満面の笑みでもって応えた。
どこか間の抜けた感が否めない芳香の言葉使い。まさしく芳香、愛しき宮古芳香。
それだけで、迷いは消えた。聖人の言葉など最早どうでも良い。誰が何と言おうとも、今自分の下で笑っているのは紛れもなく宮古芳香。この霍青娥がそう言うのだから間違いないのである。
あるいはそれは強烈なエゴ。押しつけがましいエゴ。それがどうした。我こそは自らのエゴに忠実に生きる邪なる仙人。エゴに生きてこその自分。
情熱的な瞳が、芳香の瞳を覗き込んだ。
「宮古芳香。わたしの可愛いキョンシー。わたしは貴女の全てを愛している。わたしが貴女を愛してこそ、貴女は宮古芳香。そして貴女が居てこそ、わたしはどこまでもわたしであれる」
「う~……青娥の言ってること難しくて良く分かんない……けど、わたしも青娥のこと大好きだぞ」
「嬉しいわ芳香。わたしたちが二人揃った時、わたしたちはわたしたちになれる」
興奮冷めやらぬ青娥。芳香もそれに従う。
互いに現在の自身の居住いを気にすること無く体を重ね合わせ続け、いつまでも熱い抱擁をかわしていた。
そしてそれが、互いの在り様の証明となるのかもしれない。
自室の真ん中に座り込み、可愛い従者を背中から抱きしめながら放った霍青娥の一言は、何の重みも感じさせない実に軽やかなものだった。
例えるなら、幼い子供にボタンのほつれを指摘するような柔らかさ。またそれに見合うだけの微笑みをもって、芳香の片腕をつーっと撫でる。
「貴女の小指、取れちゃってるわよ? もう、仕方ないわねえ」
「んあ~?」
通常五本あるはずの右手の指。しかし、どこかにぶつけたはずみで失ったのだろうか、今の芳香には四本しかない。
しかも当の本人はそのことに全く気付いていない。痛みを知れないというのは、こういう時に不便だ。
「体のチェックはきちんとしなさいといつも言っているでしょう? 本当に仕方のない子」
芳香の耳元で囁かれる言葉とは裏腹に、青娥の顔はどこまでも穏やかだった。
体はみっちりと密着され、左手では芳香の頭を、右手では本来あるはずの指の根元あたりを擦っている。
心なしか、芳香はくすぐったそうにしていた。そんな感覚はもはや有してはいないだろうに。体が覚えている感情なのだろうか。
「青娥ぁ~、壊れてるんなら早く直して~」
「ああそうね。ごめんなさい、すぐに直すわ」
撫でくり回すことに夢中になっていた青娥は、芳香の言葉にはっと我に返った。
そしてそのままするりと芳香の前に回り込み、自らの唇を芳香のそれと重ね合わせた。
「ん……んむ……」
「んあぁ……しゅ~……」
ほんの数秒、重ねた口唇を擦り合わせてから離す。
すると芳香は口から短く息を漏らした後、全身が脱力して機能停止。これは口づけ中に流し込んだ青娥の気によるもの。
そのまま後ろに倒れそうになったところを、青娥が両腕で包み込むようにキャッチ。
「さあ、パパッと直しちゃいましょうね」
停止状態の芳香をそっと仰向けに寝かしつけてから、青娥は部屋にある大きな棚を漁る。そこには、防腐処置を施された芳香のパーツたち。いつも時代も替えの死体に困ることは無い。
その中から右手の小指を取り出して、あとは針と糸と、小さな呪符を一枚。
「ふんふんふ~ん」
裁縫をする母のように、鼻歌交じりに小指を糸で縫いつける。その手際は見事で、医者も目を見張るほどかもしれない。
だが、青娥は死体のパーツを糸でくっつけているだけ。血管のつながりや神経のつながりなどは全く考慮していない。
「仕上げはこれで」
右手と小指の繋ぎ目に、先ほどの小さな呪符を巻きつける。
このまましばらく放置しておけば、呪符に込められたタオの力で小指は何事も無かったかのようにくっつく。
「あとは待つだけなんだけど……そうね、どうせだし」
そう言いながら、青娥は芳香の上着のボタンを一つ一つ外していった。
全てを外し終えると上着の前を開け、インナーもそっと捲りあげる。現れるは控え目な双丘。
それを一瞥してから、今度は芳香のスカートに手をかけ、下着もろともずり下げる。
芳香の体が硬い上、寝そべっている状態だからやりにくいが、悪戦苦闘しつつ何とかして脱がす。
眼を瞑ったままほぼ全裸となった芳香の上に、青娥は相変わらずの妖艶な微笑みのまま跨る。そして片方の手を芳香の首筋に、もう片方の手を芳香の大腿部に滑らせた。
「この際だから他に問題は無いか、全身を調べてみましょう」
芳香に馬乗りになり、首筋から胸、腹へと指先を這わせて触診をする。
思えば、ここ最近平和だったせいか、青娥も芳香のボディチェックを怠っていた。
念入りな確認をしていれば、今回だって無用な修理をしなくて済んだかもしれない。
「修理……か」
ポツリと小さな声を出すと、青娥は肩の力を抜き、自身の服をはだけさせながら体全体を芳香に重ね合わせた。
手だけで触診するよりも、体全体を使った方が手っ取り早い。
胴体を隙間なく密着させ、腕を絡ませ足を絡ませ、舌で芳香の頬を舐めながら触診を続ける青娥は、ある言葉を思い出していた。蘇った聖人から言われた言葉。
『壊れる度に体の一部を取り換えて、いずれ全ての部分が入れ換わってしまった時、それは果たして宮古芳香その人なのでしょうかね?』
あの聖人がどのような真意でもってこのようなことを言ったのか青娥は知らない。
単なる好奇心か、それとも芳香の体を道具のように交換することを暗に非難しているのか、もっと別のことか。いずれにせよ高尚なお方の言うことは時に理解が及ばない。
だから一々気にする必要も無かろうが、どうしてもこの言葉が頭から離れなかった。
「ねえ芳香。貴女は何者なのかしらね?」
芳香を従者としてからかなりの時間が経つ。部品交換は一度や二度のことではない。体の表面から奥深くまで、様々な交換を施してきた。
顔もほぼ原形を保っているはずではあるが、骨格が歪むほどひどかった時もあったので、その際はできるだけ似たパーツを寄せ集めて直した。
喉が潰れ、声帯が滅茶苦茶になったこともあった。あの時は元の声に近付けるのにかなり苦労した。
形として、宮古芳香は変わらない。だが、実際のところはいくつものパーツを組み合わせた宮古芳香らしきモノとも言えないことはない。そういった疑念が、青娥の頭から離れない。
「宮古芳香。わたしの可愛いキョンシー。わたしは貴女の全てを愛している」
機能が停止し、すっかり虚ろになった芳香の瞳をまっすぐ見つめて青娥は愛を囁いた。己の内にある疑念を振り払うように。
そのまま今度は口で芳香の耳を噛む。触診の続き。異常は無い。
右手の小指の呪符に目をやる。もうそろそろくっつく頃だろう。呪符をほどくと、思った通り継ぎ目は綺麗に消えており、元からつながっていたかのようである。
「ああ芳香。こんなことは今までも、そしてこれからもずっと続くわ。それでも貴女は、わたしの愛する宮古芳香であり続けるのかしら?」
思いのたけを吐き出してから、青娥は再び自身の唇を芳香のそれに重ね合わせる。
停止させた時とは逆の、起動させるための気を芳香の中に送り込む。激しく、必要以上に口唇をすり合わせた。
呼吸の止まっていた芳香の口から息が漏れた。
「ぷはぁ……青娥、終わったのか?」
「ええ、終わったわ」
「流石青娥だな~」
「…………ふふっ」
真っすぐ見つめてくる瞳に、青娥は満面の笑みでもって応えた。
どこか間の抜けた感が否めない芳香の言葉使い。まさしく芳香、愛しき宮古芳香。
それだけで、迷いは消えた。聖人の言葉など最早どうでも良い。誰が何と言おうとも、今自分の下で笑っているのは紛れもなく宮古芳香。この霍青娥がそう言うのだから間違いないのである。
あるいはそれは強烈なエゴ。押しつけがましいエゴ。それがどうした。我こそは自らのエゴに忠実に生きる邪なる仙人。エゴに生きてこその自分。
情熱的な瞳が、芳香の瞳を覗き込んだ。
「宮古芳香。わたしの可愛いキョンシー。わたしは貴女の全てを愛している。わたしが貴女を愛してこそ、貴女は宮古芳香。そして貴女が居てこそ、わたしはどこまでもわたしであれる」
「う~……青娥の言ってること難しくて良く分かんない……けど、わたしも青娥のこと大好きだぞ」
「嬉しいわ芳香。わたしたちが二人揃った時、わたしたちはわたしたちになれる」
興奮冷めやらぬ青娥。芳香もそれに従う。
互いに現在の自身の居住いを気にすること無く体を重ね合わせ続け、いつまでも熱い抱擁をかわしていた。
そしてそれが、互いの在り様の証明となるのかもしれない。
良かったです。
そういう意味でこのSSは大成功と言っても良いのではないでしょうか。