ぎぃこ、ぎぃこ。ぎぃこ、ぎぃこ。
水を切り進む舟の軋む音だけが、今ここに存在する唯一の音だった。八重霧に包まれた三途の河は、今日も平和。耳が痛くなる程の静寂が広がる。
珍しく仕事を終えた私は、のんびりと舟を此方(こちら)側へと戻している最中だ。話相手となる霊もいないので、当然の如く口数は少なくなる。私は確かに喋るのが好きだが、独り言は別に好きではない。
ぎぃこ、ぎぃこ。ぎぃこ、ぎぃこ。
生きていない世界の静寂を聞きながら、黙々と舟を進める。変わり映えのしない視界が退屈すぎて眠くなってきた私は、特に咎める者もいないので、噛み殺すことなく欠伸をした。
「ふわぁぁあ……あ」
「ふふ、ずいぶんと大きな欠伸ね」
「きゃん!」
突然かけられた可愛らしい声に、思わず声を出して驚いてしまう。舟に乗っている時に四季様以外に声をかけられるなんて、もしかしたら初めてじゃないか?ばくばくと鼓動を速める心臓を深呼吸をして落ち着かせると、声の主の方へ向いた。
見ると舟の端には、年端のいかない少女がこちらを向きながら佇んでいた。
「ちょっとそんなに驚かないでよ。転覆でもしたらどうするのよ」
「い、いやいやいや。どうしてお前さんみたいな生者がここにいるんだい?そら驚きもするさ」
「どうでもいいじゃない。私が誰で、貴女が誰かなんて。そんなことには欠片の意味も無いでしょう?」
くすくすと笑い狂言じみたことを言う少女に、私は見覚えがなかった。職業柄、あまり幻想郷を歩き回ることはしない私だが、それでも最低限の事は知っているつもりだ。それでもこの目の前の少女には、どうにも見覚えが無い。
ただ彼女の青く閉じられた瞳が、無機質にそこに在ったのがひっかかる。
「ところで船頭さん。貴女、退屈そうね」
「え?ああ、まぁね」
「ちょっと私の話し相手になってくれる?そうね、この舟が岸に着くまでで良いよ」
可笑しなことを言う子供だ。話し相手が必要ならばわざわざここに来る必要もなかろうに。
「言ったでしょう?意味なんて無いって」
「あれ、あたい今なにか言ったかい?」
「いいえ、私は心が読めるのです」
「……そうかい」
呆れ気味に溜息を吐いた私に、得意げに胸を張る少女。この子が誰かは分からないが、どうせ私は欠伸が出るほど退屈な身だ。話し相手くらいにはなろう。
能力を使い河の距離を少し長めに調節して、少女の方を向いた。やはりいくら観察しても、この少女に見覚えは無い。この様な辺鄙な場所にいるのだ、おそらく人間ではないだろう。
「船頭さんって、たくさんの霊を見ているんでしょ?」
そんな事をふと考えていた私に、早速質問が来た。他愛の無い質問だが、これに何か意図はあるのだろうか?小さな猜疑心が一瞬頭の中をよぎったが、軽く無視して質問に答える。
「そうさなぁ。あたいは三途の水先案内人なんて言われている身だからね。色々な霊を見てきたもんだよ」
「例えば?」
「例えば、だって?……また難しい事を聞くね」
例えばどんな霊がいたか?……最初からこの質問とは、些か手厳しい。
なぜなら死人に、口は無い。色も、形も無い。私がするのは死した魂を彼岸へと運び、駄賃として六文足らずの銭を貰うことだけだ。
ただ私は、死神としてある程度の会話は可能だ。もちろんそこまで明確に話せる訳ではないが、確かに話したその時の記憶を手繰り寄せ、質問の答えを出すことにする。
「うーん、本当に色々な奴がいたね。事故で死んだ奴、病気で死んだ奴、孫に囲まれ大往生を果たしたって奴もいた」
「たくさんいたんだね」
「そんなもんだよ。河原の小石の数、って程まではいかないが、人の生ってのは十人十色人それぞれ。その分お終いの数もたくさんあるのさ」
「へぇー」
目を輝かせて話を聞く少女は、どこか新鮮味があった。普段はあまり反応を返してくれない霊達とは違う、文字通りの生きた反応。思えばこうして生者と普通に話すのは久しぶりかもしれないと、柄にも無くしんみりとしてしまう。
そこで私は、唐突にある異変の話を思い出した。
「そうだ、とっておきの話があるんだ。ある異変の話だよ」
「異変?」
「そうだよ。六十年に一度の大異変。人間ならば人生に一度経験出来るか出来ないかの、とてもとても珍しい異変さ」
「なにそれ……!聞かせて聞かせて!」
「いいですとも。その異変ってのはな、幻想郷中の花という花が咲き乱れ、三途の河が霊という霊で埋まっちまった…――」
気がつくと、私はいつもの様に語りだしていた。無邪気に話を聞いてくれる少女の存在が、饒舌な私をいつもより更に饒舌にしていた。
三途の河幅を調節することも忘れ、私は暫くの間、少女に話を聞かせる事に夢中になっていた。
※※※
「……へぇ~。良いな良いなぁ。私も見たかったなぁ、その異変」
「いやぁ当事者はほんっとうに大変だったんだよ?あの時の四季様の怖いこと怖いこと……」
「しきさま?」
「あたいの上司だよ。ちまっこいんだがなかなかどうしておっそろしいんだ」
「その人も見てみたいなぁ」
「やめときなって。あの人は死んでから一回見るだけで十分だよ」
……気がついたら、もう舟はとっくに岸に着いていた。それでも少女と話すことをやめなかったのは、私自身が少なからずこの状況を好ましく思っていたからだろう。
辺りは薄橙に染まり、無縁塚へと日が沈んでいくのが見える。東の空からだんだんと夜が降りてくきて、終わりかけの昼とゆっくりと溶け合っていく。そんな時間。
「ねぇ、船頭さん」
そんな中、不意に少女が口を開いた。表情は先ほどまでと同じ、すこし気味が悪いとも思えるほどの無邪気な笑顔。冷たい蒼をたたえる無機質な瞳が現実味を捨て、風景から浮き彫りになる。
「今日は楽しいお話をどうもありがとう。最後に一つだけお願い、聞いてくれる?」
私は少し警戒をしながらも、少女の言葉に耳を傾ける。少女の笑みは虚ろで、笑っているのに、その表情からは何も読み取れない。まるで真っ白い壁を見ている様だ。観察は得意だが、この少女が何を考えているかはまったく分からない。
恐る恐る、少女の問いに答える。
「なんだい?」
「怖がらなくてもいいじゃない。このお花を一輪もらっていっていいかな?って聞きたかっただけなんだし」
「……花?」
何が来るかと思っていたが、花をくれとは。正直、拍子が抜けた。見ると少女は、その左手に真っ赤な花を握っていた。
外界では秋の中頃に咲くことからその名がつけられた、異国では『天上の花』の意を持つ花。しかしこの幻想郷では、さして珍しくもない花。年がら年中、ここ三途の河原に咲いている花。
「花って……その彼岸花かい?」
その花の名は、彼岸花。
鮮血を垂らしたかのような真紅の花びらを持ったそれは、少女により手折られてもなお、爛々とした紅をその身に宿していた。
「そ。良いでしょ?船頭さんと私が、今日ここで出会った記念」
「記念ったって……あたいは別に構わないよ?第一、それは私のもんじゃないし」
事実、そうなのだ。私はもっぱらここにいるが、この花の所有権を主張した覚えは無い。第一もしその様なことをしたら、太陽の畑のフラワーマスターが黙っていないだろう。
そんな風に小難しい事を考える私とは逆に、少女は満面の笑みを浮かべていた。彼岸花を胸に抱いてくるくるとご機嫌そうに踊っている。というか、その花はそのように抱く花では無いような気がするのだが。
「ありがとう、船頭さんっ」
しかしこれ程までに喜んでいる少女を前にしては、言うのも憚られる。私に子供を泣かせる趣味は無いのだ。
「そこまで喜んでくれたんなら、そいつも嬉しいだろうよ」
「ほんとう?」
「ああ。そもそもそいつはそんなに愛でられる様な花じゃない。人知れず咲いて、見られることなく枯れていく。好き好んで見る物好きはそういないさ」
「そうかな?私は、この子はとっても綺麗だと思うよ。真っ赤で、真っ赤な花一輪。だけども薔薇みたいに燃え上がるほど情熱的な訳じゃない。たおやかな強さを持った、凛とした情熱。誰の力も頼らなくて、それでいて真っ直ぐな自分を持った、そんな強い子なの」
思い人を語るかのように、少女は語った。興奮のせいかほんのりと色づいた肌は、少女の顔を更に可愛らしく彩っていた。
そんな彼女の顔に見惚れてしまった訳ではないが、思わず息をのんでしまう。
「それじゃ、私はもう行くね。今日は本当にありがと、船頭さん」
そしてそんな状態では、少女の行動を止めようとするのも、どうしても少し遅れてしまう訳で。
「おい!お前さん名前は……!?」
遅かった。呼びかけた時には、辺りにはもう誰もいない。あとに残ったのは、相変わらずの静寂と、一輪だけ減った彼岸花。
まるで狐が化かしたかのように、少女は綺麗さっぱり、私の視界から消えていなくなってしまった。
「……はぁ。なんだったんだろうねぇ、ったく」
新手の悪戯か、それとも新種の妖怪か。私に残っていたのは、記憶の中の少女の蒼い瞳と、喋り終えた後の心地よい疲労感だけ。
少女が何者で、何をしたのか。それを考えるには、今の私は少々疲れすぎていた。
「柄にも無く真面目に仕事やったらこれだもんねぇ。こりゃぁ暫くサボるしかないわ、うん」
ぎしりと軋む舟から下りて、背伸びを大きく一つして。
「ふわぁ……あぁあぁあぁぁ……」
一際大きく欠伸をしても、少女はもうやって来なかった。
※※※
「ふふ、本当に綺麗……」
生けたばかりの花瓶の前でそう呟いた私は、恐らく少し不気味だっただろう。その呟きの先にあるのが彼岸花なのだから、尚更だ。
「でもまだ少し寂しいよね……よし」
花瓶の中に水を入れたのを確認して、帽子を深く被りなおした。靴をしっかりと履いて、衣服の乱れを鏡で確認する。
……うん、髪の毛の先から靴の先まで、呆れるくらいいつもの私だ。
「よし……行ってきます!」
私の部屋だからもちろん誰も聞いてはいないが、こういうのは気持ちの問題。
今度は誰に会いに行こうか、今度は一体どこへ行こうかと考えながら、私は部屋の扉を開け放った。
水を切り進む舟の軋む音だけが、今ここに存在する唯一の音だった。八重霧に包まれた三途の河は、今日も平和。耳が痛くなる程の静寂が広がる。
珍しく仕事を終えた私は、のんびりと舟を此方(こちら)側へと戻している最中だ。話相手となる霊もいないので、当然の如く口数は少なくなる。私は確かに喋るのが好きだが、独り言は別に好きではない。
ぎぃこ、ぎぃこ。ぎぃこ、ぎぃこ。
生きていない世界の静寂を聞きながら、黙々と舟を進める。変わり映えのしない視界が退屈すぎて眠くなってきた私は、特に咎める者もいないので、噛み殺すことなく欠伸をした。
「ふわぁぁあ……あ」
「ふふ、ずいぶんと大きな欠伸ね」
「きゃん!」
突然かけられた可愛らしい声に、思わず声を出して驚いてしまう。舟に乗っている時に四季様以外に声をかけられるなんて、もしかしたら初めてじゃないか?ばくばくと鼓動を速める心臓を深呼吸をして落ち着かせると、声の主の方へ向いた。
見ると舟の端には、年端のいかない少女がこちらを向きながら佇んでいた。
「ちょっとそんなに驚かないでよ。転覆でもしたらどうするのよ」
「い、いやいやいや。どうしてお前さんみたいな生者がここにいるんだい?そら驚きもするさ」
「どうでもいいじゃない。私が誰で、貴女が誰かなんて。そんなことには欠片の意味も無いでしょう?」
くすくすと笑い狂言じみたことを言う少女に、私は見覚えがなかった。職業柄、あまり幻想郷を歩き回ることはしない私だが、それでも最低限の事は知っているつもりだ。それでもこの目の前の少女には、どうにも見覚えが無い。
ただ彼女の青く閉じられた瞳が、無機質にそこに在ったのがひっかかる。
「ところで船頭さん。貴女、退屈そうね」
「え?ああ、まぁね」
「ちょっと私の話し相手になってくれる?そうね、この舟が岸に着くまでで良いよ」
可笑しなことを言う子供だ。話し相手が必要ならばわざわざここに来る必要もなかろうに。
「言ったでしょう?意味なんて無いって」
「あれ、あたい今なにか言ったかい?」
「いいえ、私は心が読めるのです」
「……そうかい」
呆れ気味に溜息を吐いた私に、得意げに胸を張る少女。この子が誰かは分からないが、どうせ私は欠伸が出るほど退屈な身だ。話し相手くらいにはなろう。
能力を使い河の距離を少し長めに調節して、少女の方を向いた。やはりいくら観察しても、この少女に見覚えは無い。この様な辺鄙な場所にいるのだ、おそらく人間ではないだろう。
「船頭さんって、たくさんの霊を見ているんでしょ?」
そんな事をふと考えていた私に、早速質問が来た。他愛の無い質問だが、これに何か意図はあるのだろうか?小さな猜疑心が一瞬頭の中をよぎったが、軽く無視して質問に答える。
「そうさなぁ。あたいは三途の水先案内人なんて言われている身だからね。色々な霊を見てきたもんだよ」
「例えば?」
「例えば、だって?……また難しい事を聞くね」
例えばどんな霊がいたか?……最初からこの質問とは、些か手厳しい。
なぜなら死人に、口は無い。色も、形も無い。私がするのは死した魂を彼岸へと運び、駄賃として六文足らずの銭を貰うことだけだ。
ただ私は、死神としてある程度の会話は可能だ。もちろんそこまで明確に話せる訳ではないが、確かに話したその時の記憶を手繰り寄せ、質問の答えを出すことにする。
「うーん、本当に色々な奴がいたね。事故で死んだ奴、病気で死んだ奴、孫に囲まれ大往生を果たしたって奴もいた」
「たくさんいたんだね」
「そんなもんだよ。河原の小石の数、って程まではいかないが、人の生ってのは十人十色人それぞれ。その分お終いの数もたくさんあるのさ」
「へぇー」
目を輝かせて話を聞く少女は、どこか新鮮味があった。普段はあまり反応を返してくれない霊達とは違う、文字通りの生きた反応。思えばこうして生者と普通に話すのは久しぶりかもしれないと、柄にも無くしんみりとしてしまう。
そこで私は、唐突にある異変の話を思い出した。
「そうだ、とっておきの話があるんだ。ある異変の話だよ」
「異変?」
「そうだよ。六十年に一度の大異変。人間ならば人生に一度経験出来るか出来ないかの、とてもとても珍しい異変さ」
「なにそれ……!聞かせて聞かせて!」
「いいですとも。その異変ってのはな、幻想郷中の花という花が咲き乱れ、三途の河が霊という霊で埋まっちまった…――」
気がつくと、私はいつもの様に語りだしていた。無邪気に話を聞いてくれる少女の存在が、饒舌な私をいつもより更に饒舌にしていた。
三途の河幅を調節することも忘れ、私は暫くの間、少女に話を聞かせる事に夢中になっていた。
※※※
「……へぇ~。良いな良いなぁ。私も見たかったなぁ、その異変」
「いやぁ当事者はほんっとうに大変だったんだよ?あの時の四季様の怖いこと怖いこと……」
「しきさま?」
「あたいの上司だよ。ちまっこいんだがなかなかどうしておっそろしいんだ」
「その人も見てみたいなぁ」
「やめときなって。あの人は死んでから一回見るだけで十分だよ」
……気がついたら、もう舟はとっくに岸に着いていた。それでも少女と話すことをやめなかったのは、私自身が少なからずこの状況を好ましく思っていたからだろう。
辺りは薄橙に染まり、無縁塚へと日が沈んでいくのが見える。東の空からだんだんと夜が降りてくきて、終わりかけの昼とゆっくりと溶け合っていく。そんな時間。
「ねぇ、船頭さん」
そんな中、不意に少女が口を開いた。表情は先ほどまでと同じ、すこし気味が悪いとも思えるほどの無邪気な笑顔。冷たい蒼をたたえる無機質な瞳が現実味を捨て、風景から浮き彫りになる。
「今日は楽しいお話をどうもありがとう。最後に一つだけお願い、聞いてくれる?」
私は少し警戒をしながらも、少女の言葉に耳を傾ける。少女の笑みは虚ろで、笑っているのに、その表情からは何も読み取れない。まるで真っ白い壁を見ている様だ。観察は得意だが、この少女が何を考えているかはまったく分からない。
恐る恐る、少女の問いに答える。
「なんだい?」
「怖がらなくてもいいじゃない。このお花を一輪もらっていっていいかな?って聞きたかっただけなんだし」
「……花?」
何が来るかと思っていたが、花をくれとは。正直、拍子が抜けた。見ると少女は、その左手に真っ赤な花を握っていた。
外界では秋の中頃に咲くことからその名がつけられた、異国では『天上の花』の意を持つ花。しかしこの幻想郷では、さして珍しくもない花。年がら年中、ここ三途の河原に咲いている花。
「花って……その彼岸花かい?」
その花の名は、彼岸花。
鮮血を垂らしたかのような真紅の花びらを持ったそれは、少女により手折られてもなお、爛々とした紅をその身に宿していた。
「そ。良いでしょ?船頭さんと私が、今日ここで出会った記念」
「記念ったって……あたいは別に構わないよ?第一、それは私のもんじゃないし」
事実、そうなのだ。私はもっぱらここにいるが、この花の所有権を主張した覚えは無い。第一もしその様なことをしたら、太陽の畑のフラワーマスターが黙っていないだろう。
そんな風に小難しい事を考える私とは逆に、少女は満面の笑みを浮かべていた。彼岸花を胸に抱いてくるくるとご機嫌そうに踊っている。というか、その花はそのように抱く花では無いような気がするのだが。
「ありがとう、船頭さんっ」
しかしこれ程までに喜んでいる少女を前にしては、言うのも憚られる。私に子供を泣かせる趣味は無いのだ。
「そこまで喜んでくれたんなら、そいつも嬉しいだろうよ」
「ほんとう?」
「ああ。そもそもそいつはそんなに愛でられる様な花じゃない。人知れず咲いて、見られることなく枯れていく。好き好んで見る物好きはそういないさ」
「そうかな?私は、この子はとっても綺麗だと思うよ。真っ赤で、真っ赤な花一輪。だけども薔薇みたいに燃え上がるほど情熱的な訳じゃない。たおやかな強さを持った、凛とした情熱。誰の力も頼らなくて、それでいて真っ直ぐな自分を持った、そんな強い子なの」
思い人を語るかのように、少女は語った。興奮のせいかほんのりと色づいた肌は、少女の顔を更に可愛らしく彩っていた。
そんな彼女の顔に見惚れてしまった訳ではないが、思わず息をのんでしまう。
「それじゃ、私はもう行くね。今日は本当にありがと、船頭さん」
そしてそんな状態では、少女の行動を止めようとするのも、どうしても少し遅れてしまう訳で。
「おい!お前さん名前は……!?」
遅かった。呼びかけた時には、辺りにはもう誰もいない。あとに残ったのは、相変わらずの静寂と、一輪だけ減った彼岸花。
まるで狐が化かしたかのように、少女は綺麗さっぱり、私の視界から消えていなくなってしまった。
「……はぁ。なんだったんだろうねぇ、ったく」
新手の悪戯か、それとも新種の妖怪か。私に残っていたのは、記憶の中の少女の蒼い瞳と、喋り終えた後の心地よい疲労感だけ。
少女が何者で、何をしたのか。それを考えるには、今の私は少々疲れすぎていた。
「柄にも無く真面目に仕事やったらこれだもんねぇ。こりゃぁ暫くサボるしかないわ、うん」
ぎしりと軋む舟から下りて、背伸びを大きく一つして。
「ふわぁ……あぁあぁあぁぁ……」
一際大きく欠伸をしても、少女はもうやって来なかった。
※※※
「ふふ、本当に綺麗……」
生けたばかりの花瓶の前でそう呟いた私は、恐らく少し不気味だっただろう。その呟きの先にあるのが彼岸花なのだから、尚更だ。
「でもまだ少し寂しいよね……よし」
花瓶の中に水を入れたのを確認して、帽子を深く被りなおした。靴をしっかりと履いて、衣服の乱れを鏡で確認する。
……うん、髪の毛の先から靴の先まで、呆れるくらいいつもの私だ。
「よし……行ってきます!」
私の部屋だからもちろん誰も聞いてはいないが、こういうのは気持ちの問題。
今度は誰に会いに行こうか、今度は一体どこへ行こうかと考えながら、私は部屋の扉を開け放った。
あれだけ持ち上げておいて、彼岸花が不気味だということにも、どうやら気づいているらしいところも。
そのあたり、作者さんの狙いなのかはわかりませんが、個人的には楽しめました。もうちょい具体的な取っ掛かりを作中に設けるのもアリかとは思います。
こいしらしさ、小町らしさがとても良く出ていたと思います。