皆さんは、秋をどうお過ごしでしょうか?
スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋……いっぱいあると思います。
紅魔館の面々もつい最近秋の山麓にピクニック、もとい紅葉狩りにでかけたばかりである。
紅葉狩りの発案者であったパチュリーは、普段通り本の虫へと戻っていた。
彼女の最高の秋の過ごし方は、やはり読書の秋のようである。
今日するお話は、パチュリーの読書に関するお話。
読書の秋に彼女がどういった本を読み、どう感じたのか、話してみたいと思う。
――カツン、カツン、カツン……
大図書館に足音がこだまする。暗い闇の中に小さな人魂のような物が確認できた。
今はまだ陽が高い時刻であるが、大図書館には陽がほとんど入らない。そのため昼間とはいえ薄暗く、少し先にある物の視認は容易ではなかった。
――カツン、カツン、カツン……
どうやら遠くにある人魂は、足音に連動して上下に揺れているようである。
「確かこのへんだったはずなんだけど……」
どうやら人魂の正体はパチュリーの持つランプの灯りのようである。
「記憶が曖昧ねえ……」
大図書館は広いゆえに、パチュリーでさえどこにどの本が保管されているかは不明瞭なようである。
「せめてもうちょっと明るければ……ダメね、あんまり明るいと目が眩むわ」
――カツン、カツ……
パチュリーがある本棚の前で足を止めた。
「……このへんかしら」
どうやら目当ての本が保管されている本棚を見つけたようである。
「えっと……確かこれね」
そう言ってパチュリーは、一冊の本を手に取った。
図書館の中では比較的明るくなっている場所、そこには木製のデスクと小さなデスクチェア、
それに机の上には山積みになったたくさんの本達が見受けられる。
――カツン、カツン、カツン……
「おかえりなさい、パチュリー様。お目当ての本は見つかりましたか?」
「ええ、見つけたわ」
パチュリーは司書の小悪魔に戦果を告げ、小さなデスクチェアに腰掛けた。
どうやらこの机は、パチュリーの本読み机のようである。
「今度はどんな本を選んだんですか」
「小説よ」
「小説……ですか?」
小悪魔は少し不思議そうな顔をした。
「何か変かしら」
「いえ、そういうわけではないのですが……珍しいな、って思いまして」
小悪魔がそう思うのも不思議ではないかもしれない。
なぜなら、パチュリーは普段我々には解読不可能な魔道書や難解な学術書等、専らアカデミックな本しか手に取らないからである。
パチュリーにとって本を読むということは最初娯楽ではなかった。研究や勉学のために本を読み、いつしかそれが趣味になり娯楽となっただけなのである。
「たまにはこういうのもいいでしょう」
「ええ、いいと思います。私は好きですよ、小説」
パチュリーはこの前の紅葉狩りに行ってから、少し物事に対する考え方を変えることにしたようである。普段しないことを積極的にしてみよう、新発見があるかも知れない。これは彼女が自らの意思で、自らの足で山に登って感じたことであった。
そこで、彼女のライフワークである本を読むことにも反映させようと考えた結果がこれである。世間では読書の秋とも言われている、ちょうど良いではないか、といったところである。
「さて、それじゃあ読み始めようかしら」
「――パチュリー様」
「……今いいところなの、邪魔をしないでくれるかしら」
「そろそろ夕食の時間なのですが……」
「……え?」
パチュリーは机の上の置時計に目をやった。時刻は夜7時を少し回ったところである。
「もうこんな時間……読書に夢中で気づかなかったわ」
「パチュリー様らしいです」
小悪魔は微笑みながらそう言うと、図書館を後にした。
「一旦このへんにしておきましょう」
パチュリーは栞を本に挟み、小悪魔に着いていく形で出口へ向かった。
パチュリーがダイニングルームに着くと、他の者は全員揃っていた。
「遅かったじゃないの、パチェ。また読書に熱中してたのかしら?」
「ええ、そんなところよ」
パチュリーはそう言いながら席に着いた。晩餐会、もとい紅魔館の夕食の始まりである。
……程なくして、パチュリーは夕食を終えた。
「随分早かったわね」
「ええ……」
パチュリーはレミリアに返事をしつつ席を立った。
「あら、今日はお茶を飲まないの?」
「申し訳ないけど、遠慮するわ。読み切りたい本があるの」
そういうとパチュリーは、ダイニングルームを後にした。
「ああなると、しばらく相手をしてくれないのよね……」
「お嬢様には私が付いていますわ」
「そうだったわね……ところで、このお茶は何かしら……」
レミリアは苦虫を噛み潰したような顔で咲夜に聞いた。
夕食を終え、パチュリーは早々図書館に戻って来た。
「今日はずいぶん早かったですね。食後のお茶はお飲みにならなかったのですか?」
「ええ、本の続きが気になって」
「あらあら」
パチュリーが一度こうなると本に対する執着は常人では考えられない物となる。紅魔館の住人は皆それを知っているのでこの状態のパチュリーには口を挟まないことにしているのである。
「明日までには読みきるわ……」
「……ふう、小悪魔」
「どうしたんですか?」
時刻は12時を少し回ったところ、ちょうど日付が変わった頃にパチュリーが静寂を破った。
どことなく項垂れた様子のパチュリーに小悪魔は少し驚いた様子であった。
「この小説の内容でちょっと……」
「内容……ですか?何かお気に障る事でも?」
「ええ……聞いてくれるかしら」
「わかりました」
――寒さがより一層増し、街に冬がやってきた。
古い街並みが特徴的な大通りから脇道に逸れ、古風なレンガ道を進むと、これまた古風な佇まいのアパルトマンが顔を出す。
あまりいい物件とは言えないかも知れないが、ここには一人の少女が住んでいた。
彼女には、想いを寄せている青年がいた。
幼少の頃より顔馴染みであった彼を、子供の頃は兄のように慕っていた。時が経ち、彼はこの街よりずっと都会にある修練学校に進学、そこで当時最先端であった“蒸気機関”の技師免許を習得、故郷に戻ってきてからはまだこの街には数人しかいなかった蒸気機関工として働き始めたのである。彼女は、立派な技師となり帰って来た彼を心の底から尊敬した。そして、その尊敬の念はいつしか彼に対する淡い恋心へと発展していったのである。
彼女は普段、中心街にある飲食店で給仕をして生計を立てていた。彼女には政治というものはよくわからなかったが“蒸気機関”の発明により、世界が目まぐるしく変化しているようだった。政治は分からなくても、大通りを行き交う人の量が格段に増えたのは彼女にもわかっていた。
そんな慌しい日常を送っていた彼女だったが、暇を見つけては彼に会う努力をした。
まだまだ幼かった彼女にとって、社交とはどのような物かちゃんとは理解していなかった。まして大人の女性というのはどのように男性にアプローチをかけるのかなんて以ての外である。それでも、彼女なりに彼の気を引こうと必死であった。
……しかし彼から見た彼女は子供、まして幼い頃から妹のように接して来た娘である。どうしたって恋愛対象に見れるはずなかった。
――彼女はそれでも健気に努力を続けた。……しかし、彼女の恋は唐突に終わりを迎えた。
彼がたまたま仕事帰りに訪れた、街で一番見晴らしの良い丘に立つ小さなカッフェで運命の出会いをしてしまったのだ。
そのカッフェの看板娘、歌の上手な美しい娘に彼の心は射抜かれたのである。
――その後の展開はスムーズに進展していった。
街外れにある教会、祝福の鐘が鳴り響いていた。
彼と、カッフェの娘が出会って約1年。二人は結ばれた。
彼女は観衆の中にいた。
兄と慕った青年……いや、彼女が恋をしていた男性と美しい娘の幸せを祈るためである。
祝福の鐘は、同時に彼女の恋の終わりも告げていた。
「……なるほど、この展開が気に食わないと」
「ええ……だって、あんないい娘に対してこんな仕打ちありえないわ」
「感情移入しちゃってますね……良いことではあると思いますが」
「あなたはどう思う?」
「難しい質問ですね……少し、貸して頂けますか」
「え……どうするの?」
「読むんですよ。論議を交えるにはあまりにも情報が少なすぎますからね」
「……わかったわ」
パチュリー程ではないかも知れないが、小悪魔も読書家の端くれである。
本に対する姿勢は真剣でいたかったため、間に合わせの慰めの言葉なんて投げたくなかった。
それに、パチュリーがそれを欲していなこともわかっていたのである。
「それでは、少しお時間を頂きますね」
そう言うと、自分の椅子に腰掛け小説を読み始めた。
「ふぁ……今何時……?」
小悪魔は机の上にある置時計に目をやった。時刻は11時を回ったところであった。
「もうこんな時間……そろそろ限界かも……」
「――パチュリー様……起きてください、パチュリー様!」
「ふおっ! ……おはよう、小悪魔。どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃないですよ。読み終わりましたよ」
「え、ああ。そうなの……どうだった?」
「どうもこうも……パチュリー様、この小説、最後まで読みましたか?」
「……いえ、最後の章は読んでいないわ」
「何故です」
「……この状況からだと、どう転んでもいい結末には至らないわ。不憫なだけよ。こんな恋物語、おかしいわ」
「……恋物語? なるほど、パチュリー様は大きな思い違いをしていますね」
「どういうことかしら」
「これ以上は言いません。後、やっぱりパチュリー様は最後までこの本を読むべきです。今の気持ちを忘れて、まっさらな気持ちで最後まで読み切ってください。そうすれば、過ちにも気づくでしょう。できますね?」
「…………」
「ここに置いておきますよ。……それでは、失礼します。そろそろ体力が限界ですので」
小悪魔はそう言うと、机の上に本を置き、図書館を後にした。
「…………」
パチュリーは複雑な表情で、本を手に取った。
――パチュリーは、挟まれた栞を頼りに続きを読み始めた。
――カツン、カツン、カツン……
日が傾き、そろそろ夜が始まろうとしていた。
夕焼けの回廊に一人の人影があった。
「西側の……角部屋」
そこには、パチュリーの姿があった。
彼女は普段、図書館以外の部屋にはほとんど訪れない。
「……ふう」
彼女は、ある部屋の前で立ち止まった。
――コン、コン、コン……
彼女は控えめにドアをノックした。
「どうぞ」
少しの間を挟み、部屋の中から返答があった。
「……パチュリー様」
「全部読み切ったわ」
館の西にある、日当たりのいい一室。ここは、小悪魔の自室である。
「どうでしたか」
「…………えぇ、よかったわ」
「そうですか……」
「悲しいことには変わりないけどね……」
「確かに、あの少女の恋が実らなかったのは残念なことだと思います。でも……彼女は立ち止まらなかった。得た物はあったでしょう」
「……そうね」
――物語の終わりはこうである。
少女の恋は実らなかった……
しかし、少女は強かった。
失恋をバネにし、目まぐるしく変わる世の中を生きて行くことを決意するのであった。
「――パチュリー様、この物語から何を感じ取りましたか?」
「……諦めない事の大切さかしら」
「そうですね、そうだと思います。……でも、私はもう一つあると思います」
「――人生は、すべて上手くいくとは限らない、ですかね」
「あなた……そんな後ろ向きな捉え方、わざわざしなくても」
「厳しく聞こえるかも知れませんが……優しさに溢れていますよ、この物語は」
「……どういうこと?」
「物語だからこそですよ。もしこれが一人の人間の人生なら、悲劇的でしょう。人生は、一度切りなのですから」
「……」
「物語を読むという事は、第三者視点から誰かの擬似的な人生を傍観するということです」
パチュリーは渋い顔をして小悪魔の話に耳を傾けていた。
「この物語の少女は、失恋を乗り越えて強く生きていくことができました……それができる人がどれくらいいるでしょうか。この失恋を、人生の困難に置き換えて考えてみれば、誰にとっても他人事とは言えなくなることです。……恐らく大半の人は挫折からすぐには立ち直れない、そのまま倒れてしまう人も多いと思います。――でも、もしそういう事が起こるんじゃないかって頭の片隅にあれば、そういう状況に置かれた時の動き方も変わりますよね?」
「小悪魔……あなた……」
「パチュリー様、偉そうに講釈を垂れてしまってすみません……」
「……あなた」
「私は……本が大好きです。パチュリー様と一緒……だから、小説とか物語だからといって何も考えずに読んで、ああ楽しかったなあ、で終わらせて欲しくないんです。柔らかい文章にも、書き手の思いが詰まっています……それをわかっていただければ、私はもう何も言うことはありません」
室内を静寂が包んだ。パチュリーは少し驚いた表情で小悪魔の事を見ていた。
「――もうそろそろ夕食の時間ですね。行きましょう、パチュリー様」
気づけば日が落ち、夕食の時間が迫っていた。
「……ええ」
夕食を終え、二人は図書館に戻ってきた。
「……小悪魔」
「……なんでしょうか、パチュリー様」
「私、考えを改めたわ。あなたに言われるまで、小説なんて軽い読み物としか思ってなかった……文章に硬い、柔いはあっても考えながら読まないとだめね」
「パチュリー様……」
「感謝するわ、小悪魔。あなたに言われなければ、二度と小説なんか読まなかったと思うわ」
「私、そう言って貰えると嬉しいです! ……あ、オススメの小説があるんですが、良かったらお読みになりませんか?」
「……ええ、是非読ませてもらうわ」
同じ物でも、見る角度を変えるだけでまったく違う物に見える。あなたには、そういった経験はありませんか?
どんな物にでも、裏と、それと中身はある物です。
パチュリーはそこが盲点だった。難しく、崇高な物にしか大した中身はないと考えてしまっていた……
――物事の真意を見抜く姿勢。
新しい世界が垣間見える瞬間を、少女は知ったのだ――
これで今回のお話はお終い。
今回お話させて頂いた日常、如何だっただろうか?
もしよければ、パチュリーのようにいろいろ考えながら読み物に耽ってみてはどうだろう?
……もうしている? それは失敬した……
……そろそろ時間なので、お暇させて頂こう。
また機会があれば、彼女達のお話をさせて頂きたいと思う。
――それでは、私はこのへんで失礼する。
スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋……いっぱいあると思います。
紅魔館の面々もつい最近秋の山麓にピクニック、もとい紅葉狩りにでかけたばかりである。
紅葉狩りの発案者であったパチュリーは、普段通り本の虫へと戻っていた。
彼女の最高の秋の過ごし方は、やはり読書の秋のようである。
今日するお話は、パチュリーの読書に関するお話。
読書の秋に彼女がどういった本を読み、どう感じたのか、話してみたいと思う。
――カツン、カツン、カツン……
大図書館に足音がこだまする。暗い闇の中に小さな人魂のような物が確認できた。
今はまだ陽が高い時刻であるが、大図書館には陽がほとんど入らない。そのため昼間とはいえ薄暗く、少し先にある物の視認は容易ではなかった。
――カツン、カツン、カツン……
どうやら遠くにある人魂は、足音に連動して上下に揺れているようである。
「確かこのへんだったはずなんだけど……」
どうやら人魂の正体はパチュリーの持つランプの灯りのようである。
「記憶が曖昧ねえ……」
大図書館は広いゆえに、パチュリーでさえどこにどの本が保管されているかは不明瞭なようである。
「せめてもうちょっと明るければ……ダメね、あんまり明るいと目が眩むわ」
――カツン、カツ……
パチュリーがある本棚の前で足を止めた。
「……このへんかしら」
どうやら目当ての本が保管されている本棚を見つけたようである。
「えっと……確かこれね」
そう言ってパチュリーは、一冊の本を手に取った。
図書館の中では比較的明るくなっている場所、そこには木製のデスクと小さなデスクチェア、
それに机の上には山積みになったたくさんの本達が見受けられる。
――カツン、カツン、カツン……
「おかえりなさい、パチュリー様。お目当ての本は見つかりましたか?」
「ええ、見つけたわ」
パチュリーは司書の小悪魔に戦果を告げ、小さなデスクチェアに腰掛けた。
どうやらこの机は、パチュリーの本読み机のようである。
「今度はどんな本を選んだんですか」
「小説よ」
「小説……ですか?」
小悪魔は少し不思議そうな顔をした。
「何か変かしら」
「いえ、そういうわけではないのですが……珍しいな、って思いまして」
小悪魔がそう思うのも不思議ではないかもしれない。
なぜなら、パチュリーは普段我々には解読不可能な魔道書や難解な学術書等、専らアカデミックな本しか手に取らないからである。
パチュリーにとって本を読むということは最初娯楽ではなかった。研究や勉学のために本を読み、いつしかそれが趣味になり娯楽となっただけなのである。
「たまにはこういうのもいいでしょう」
「ええ、いいと思います。私は好きですよ、小説」
パチュリーはこの前の紅葉狩りに行ってから、少し物事に対する考え方を変えることにしたようである。普段しないことを積極的にしてみよう、新発見があるかも知れない。これは彼女が自らの意思で、自らの足で山に登って感じたことであった。
そこで、彼女のライフワークである本を読むことにも反映させようと考えた結果がこれである。世間では読書の秋とも言われている、ちょうど良いではないか、といったところである。
「さて、それじゃあ読み始めようかしら」
「――パチュリー様」
「……今いいところなの、邪魔をしないでくれるかしら」
「そろそろ夕食の時間なのですが……」
「……え?」
パチュリーは机の上の置時計に目をやった。時刻は夜7時を少し回ったところである。
「もうこんな時間……読書に夢中で気づかなかったわ」
「パチュリー様らしいです」
小悪魔は微笑みながらそう言うと、図書館を後にした。
「一旦このへんにしておきましょう」
パチュリーは栞を本に挟み、小悪魔に着いていく形で出口へ向かった。
パチュリーがダイニングルームに着くと、他の者は全員揃っていた。
「遅かったじゃないの、パチェ。また読書に熱中してたのかしら?」
「ええ、そんなところよ」
パチュリーはそう言いながら席に着いた。晩餐会、もとい紅魔館の夕食の始まりである。
……程なくして、パチュリーは夕食を終えた。
「随分早かったわね」
「ええ……」
パチュリーはレミリアに返事をしつつ席を立った。
「あら、今日はお茶を飲まないの?」
「申し訳ないけど、遠慮するわ。読み切りたい本があるの」
そういうとパチュリーは、ダイニングルームを後にした。
「ああなると、しばらく相手をしてくれないのよね……」
「お嬢様には私が付いていますわ」
「そうだったわね……ところで、このお茶は何かしら……」
レミリアは苦虫を噛み潰したような顔で咲夜に聞いた。
夕食を終え、パチュリーは早々図書館に戻って来た。
「今日はずいぶん早かったですね。食後のお茶はお飲みにならなかったのですか?」
「ええ、本の続きが気になって」
「あらあら」
パチュリーが一度こうなると本に対する執着は常人では考えられない物となる。紅魔館の住人は皆それを知っているのでこの状態のパチュリーには口を挟まないことにしているのである。
「明日までには読みきるわ……」
「……ふう、小悪魔」
「どうしたんですか?」
時刻は12時を少し回ったところ、ちょうど日付が変わった頃にパチュリーが静寂を破った。
どことなく項垂れた様子のパチュリーに小悪魔は少し驚いた様子であった。
「この小説の内容でちょっと……」
「内容……ですか?何かお気に障る事でも?」
「ええ……聞いてくれるかしら」
「わかりました」
――寒さがより一層増し、街に冬がやってきた。
古い街並みが特徴的な大通りから脇道に逸れ、古風なレンガ道を進むと、これまた古風な佇まいのアパルトマンが顔を出す。
あまりいい物件とは言えないかも知れないが、ここには一人の少女が住んでいた。
彼女には、想いを寄せている青年がいた。
幼少の頃より顔馴染みであった彼を、子供の頃は兄のように慕っていた。時が経ち、彼はこの街よりずっと都会にある修練学校に進学、そこで当時最先端であった“蒸気機関”の技師免許を習得、故郷に戻ってきてからはまだこの街には数人しかいなかった蒸気機関工として働き始めたのである。彼女は、立派な技師となり帰って来た彼を心の底から尊敬した。そして、その尊敬の念はいつしか彼に対する淡い恋心へと発展していったのである。
彼女は普段、中心街にある飲食店で給仕をして生計を立てていた。彼女には政治というものはよくわからなかったが“蒸気機関”の発明により、世界が目まぐるしく変化しているようだった。政治は分からなくても、大通りを行き交う人の量が格段に増えたのは彼女にもわかっていた。
そんな慌しい日常を送っていた彼女だったが、暇を見つけては彼に会う努力をした。
まだまだ幼かった彼女にとって、社交とはどのような物かちゃんとは理解していなかった。まして大人の女性というのはどのように男性にアプローチをかけるのかなんて以ての外である。それでも、彼女なりに彼の気を引こうと必死であった。
……しかし彼から見た彼女は子供、まして幼い頃から妹のように接して来た娘である。どうしたって恋愛対象に見れるはずなかった。
――彼女はそれでも健気に努力を続けた。……しかし、彼女の恋は唐突に終わりを迎えた。
彼がたまたま仕事帰りに訪れた、街で一番見晴らしの良い丘に立つ小さなカッフェで運命の出会いをしてしまったのだ。
そのカッフェの看板娘、歌の上手な美しい娘に彼の心は射抜かれたのである。
――その後の展開はスムーズに進展していった。
街外れにある教会、祝福の鐘が鳴り響いていた。
彼と、カッフェの娘が出会って約1年。二人は結ばれた。
彼女は観衆の中にいた。
兄と慕った青年……いや、彼女が恋をしていた男性と美しい娘の幸せを祈るためである。
祝福の鐘は、同時に彼女の恋の終わりも告げていた。
「……なるほど、この展開が気に食わないと」
「ええ……だって、あんないい娘に対してこんな仕打ちありえないわ」
「感情移入しちゃってますね……良いことではあると思いますが」
「あなたはどう思う?」
「難しい質問ですね……少し、貸して頂けますか」
「え……どうするの?」
「読むんですよ。論議を交えるにはあまりにも情報が少なすぎますからね」
「……わかったわ」
パチュリー程ではないかも知れないが、小悪魔も読書家の端くれである。
本に対する姿勢は真剣でいたかったため、間に合わせの慰めの言葉なんて投げたくなかった。
それに、パチュリーがそれを欲していなこともわかっていたのである。
「それでは、少しお時間を頂きますね」
そう言うと、自分の椅子に腰掛け小説を読み始めた。
「ふぁ……今何時……?」
小悪魔は机の上にある置時計に目をやった。時刻は11時を回ったところであった。
「もうこんな時間……そろそろ限界かも……」
「――パチュリー様……起きてください、パチュリー様!」
「ふおっ! ……おはよう、小悪魔。どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃないですよ。読み終わりましたよ」
「え、ああ。そうなの……どうだった?」
「どうもこうも……パチュリー様、この小説、最後まで読みましたか?」
「……いえ、最後の章は読んでいないわ」
「何故です」
「……この状況からだと、どう転んでもいい結末には至らないわ。不憫なだけよ。こんな恋物語、おかしいわ」
「……恋物語? なるほど、パチュリー様は大きな思い違いをしていますね」
「どういうことかしら」
「これ以上は言いません。後、やっぱりパチュリー様は最後までこの本を読むべきです。今の気持ちを忘れて、まっさらな気持ちで最後まで読み切ってください。そうすれば、過ちにも気づくでしょう。できますね?」
「…………」
「ここに置いておきますよ。……それでは、失礼します。そろそろ体力が限界ですので」
小悪魔はそう言うと、机の上に本を置き、図書館を後にした。
「…………」
パチュリーは複雑な表情で、本を手に取った。
――パチュリーは、挟まれた栞を頼りに続きを読み始めた。
――カツン、カツン、カツン……
日が傾き、そろそろ夜が始まろうとしていた。
夕焼けの回廊に一人の人影があった。
「西側の……角部屋」
そこには、パチュリーの姿があった。
彼女は普段、図書館以外の部屋にはほとんど訪れない。
「……ふう」
彼女は、ある部屋の前で立ち止まった。
――コン、コン、コン……
彼女は控えめにドアをノックした。
「どうぞ」
少しの間を挟み、部屋の中から返答があった。
「……パチュリー様」
「全部読み切ったわ」
館の西にある、日当たりのいい一室。ここは、小悪魔の自室である。
「どうでしたか」
「…………えぇ、よかったわ」
「そうですか……」
「悲しいことには変わりないけどね……」
「確かに、あの少女の恋が実らなかったのは残念なことだと思います。でも……彼女は立ち止まらなかった。得た物はあったでしょう」
「……そうね」
――物語の終わりはこうである。
少女の恋は実らなかった……
しかし、少女は強かった。
失恋をバネにし、目まぐるしく変わる世の中を生きて行くことを決意するのであった。
「――パチュリー様、この物語から何を感じ取りましたか?」
「……諦めない事の大切さかしら」
「そうですね、そうだと思います。……でも、私はもう一つあると思います」
「――人生は、すべて上手くいくとは限らない、ですかね」
「あなた……そんな後ろ向きな捉え方、わざわざしなくても」
「厳しく聞こえるかも知れませんが……優しさに溢れていますよ、この物語は」
「……どういうこと?」
「物語だからこそですよ。もしこれが一人の人間の人生なら、悲劇的でしょう。人生は、一度切りなのですから」
「……」
「物語を読むという事は、第三者視点から誰かの擬似的な人生を傍観するということです」
パチュリーは渋い顔をして小悪魔の話に耳を傾けていた。
「この物語の少女は、失恋を乗り越えて強く生きていくことができました……それができる人がどれくらいいるでしょうか。この失恋を、人生の困難に置き換えて考えてみれば、誰にとっても他人事とは言えなくなることです。……恐らく大半の人は挫折からすぐには立ち直れない、そのまま倒れてしまう人も多いと思います。――でも、もしそういう事が起こるんじゃないかって頭の片隅にあれば、そういう状況に置かれた時の動き方も変わりますよね?」
「小悪魔……あなた……」
「パチュリー様、偉そうに講釈を垂れてしまってすみません……」
「……あなた」
「私は……本が大好きです。パチュリー様と一緒……だから、小説とか物語だからといって何も考えずに読んで、ああ楽しかったなあ、で終わらせて欲しくないんです。柔らかい文章にも、書き手の思いが詰まっています……それをわかっていただければ、私はもう何も言うことはありません」
室内を静寂が包んだ。パチュリーは少し驚いた表情で小悪魔の事を見ていた。
「――もうそろそろ夕食の時間ですね。行きましょう、パチュリー様」
気づけば日が落ち、夕食の時間が迫っていた。
「……ええ」
夕食を終え、二人は図書館に戻ってきた。
「……小悪魔」
「……なんでしょうか、パチュリー様」
「私、考えを改めたわ。あなたに言われるまで、小説なんて軽い読み物としか思ってなかった……文章に硬い、柔いはあっても考えながら読まないとだめね」
「パチュリー様……」
「感謝するわ、小悪魔。あなたに言われなければ、二度と小説なんか読まなかったと思うわ」
「私、そう言って貰えると嬉しいです! ……あ、オススメの小説があるんですが、良かったらお読みになりませんか?」
「……ええ、是非読ませてもらうわ」
同じ物でも、見る角度を変えるだけでまったく違う物に見える。あなたには、そういった経験はありませんか?
どんな物にでも、裏と、それと中身はある物です。
パチュリーはそこが盲点だった。難しく、崇高な物にしか大した中身はないと考えてしまっていた……
――物事の真意を見抜く姿勢。
新しい世界が垣間見える瞬間を、少女は知ったのだ――
これで今回のお話はお終い。
今回お話させて頂いた日常、如何だっただろうか?
もしよければ、パチュリーのようにいろいろ考えながら読み物に耽ってみてはどうだろう?
……もうしている? それは失敬した……
……そろそろ時間なので、お暇させて頂こう。
また機会があれば、彼女達のお話をさせて頂きたいと思う。
――それでは、私はこのへんで失礼する。
「――」や「……」も無闇に多用しないほうがいいと思う。
あと、終始地の文に違和感を感じた。
最初と最後を見る限り、特定の人物による一人称語り風(?)だが、その必要があったのか最後までよくわからなかった。
パチェとこぁに似合った、本にまつわる良い話だと思います。
ただ、地の文が、雰囲気は良いのですが、読みにくいです。山登りのお話のときはそう感じなかったのですが…。
指摘いただいた部分は次の作品に生かそうと思います。
精進いたしますので、これからもよろしくお願いします!
本を読んで生き方に対する姿勢を改める、あると思いますが
もう少し長くじっくり書いても良かった気がしますね。