日近 筆不動 〆切近しも 筆動かず
春告精来居 被告 春也 リリー・ホワイト来 「春ですよー」と告ぐる。
天狗曰 未春来 天狗 「春はまだ来てゐない」と言ふ。
春告精曰、
「紅梅将咲 愈霜融 紅梅 まさに咲かんとす 霜 愈々融く
子蝶迷 蜂舞弱空 蝶 ふらふらと迷ひ、蜂 空 弱々しく舞ふ
鳴韻雪消 河地落 鴬 響き、雪消 河地に落つ
春風撫髪 小桜東 春風 髪を撫づ 小さき桜 東の方へ向かふめり」
天狗飛如駆 天狗 風の如く駆くる
『訳』
〆切が近付いているのに拘らず、筆は相変わらず動く気配を見せない。
そんな時、リリー・ホワイトが来て、いつものように「春ですよー」と告げられた。
天狗はしばらく外を出ていなかったため、平然と「まだ春は来ていない」と言った。
するとリリーは、こう言った。
「紅梅は今まさに咲こうとし、霜はいよいよ溶けて、川の流れと化す。
紅梅の香りに誘われ、生まれたばかりの蝶はふらふらと迷うように飛び、蜂も同じく弱々しく空を舞う。
蝶や蜂の姿を見て、鴬が鳴き、雪解け水が河や山路に落ちる音がした。
温かな春の風が窓から入り、私達の髪を撫でる。嗚呼、小さな一片の桜が私の代わりに東の方へ向かった」
リリーの言葉を聞き、天狗は風のように走りだした。
春告精来居 被告 春也 リリー・ホワイト来 「春ですよー」と告ぐる。
天狗曰 未春来 天狗 「春はまだ来てゐない」と言ふ。
春告精曰、
「紅梅将咲 愈霜融 紅梅 まさに咲かんとす 霜 愈々融く
子蝶迷 蜂舞弱空 蝶 ふらふらと迷ひ、蜂 空 弱々しく舞ふ
鳴韻雪消 河地落 鴬 響き、雪消 河地に落つ
春風撫髪 小桜東 春風 髪を撫づ 小さき桜 東の方へ向かふめり」
天狗飛如駆 天狗 風の如く駆くる
『訳』
〆切が近付いているのに拘らず、筆は相変わらず動く気配を見せない。
そんな時、リリー・ホワイトが来て、いつものように「春ですよー」と告げられた。
天狗はしばらく外を出ていなかったため、平然と「まだ春は来ていない」と言った。
するとリリーは、こう言った。
「紅梅は今まさに咲こうとし、霜はいよいよ溶けて、川の流れと化す。
紅梅の香りに誘われ、生まれたばかりの蝶はふらふらと迷うように飛び、蜂も同じく弱々しく空を舞う。
蝶や蜂の姿を見て、鴬が鳴き、雪解け水が河や山路に落ちる音がした。
温かな春の風が窓から入り、私達の髪を撫でる。嗚呼、小さな一片の桜が私の代わりに東の方へ向かった」
リリーの言葉を聞き、天狗は風のように走りだした。
漢文で書こうと思った事とそれを実行した事
内容もすっきりと完結してて個人的には好き
リリーの口調を現す部分が前後でめちゃくちゃだったのは残念
読んだ自分に漢文の知識が乏しい事も非常に残念
「頭が回らない」の意で「頭不動」という表現はよくあるのでしょうか。なんだかひっかかってしまいます。
また、リリーの詠んだ詩は七言絶句かと思いますが、漢詩における平仄等の規則に沿っていないと思われます。あまり漢詩に造詣が無いのできちんとした指摘が出来ないのですが。
物語であれば言葉の良し悪しはあくまで文章を彩るものでしかありませんが、詩においてはどの言葉を選ぶかは、作品の生命です。したがって、このお話は非常に評価しづらいです。
ごく些細な点では、リリーの詩の三行目の訳語は、日本語としての指摘をするならば「汝も私を須らく信じ、感じるべし」とすべきでは。もしくは「須らく」を訳語から除くべきでしょう。
また、見易さに配慮するならば漢語と訳語の間にもう少しスペースが欲しかったです。
小うるさい感想で申し訳ありませんが、詩や散文を評価するならばこういった判断基準になりますので記しました。
春の息吹をわくわくと感じる気持ちは大変いいものですよね。
次回作を楽しみにしております。
他の方も言っていますがこういう場合漢詩では「頭が動かない」ではなく「手(筆)が動かない」だと思います、記者という表現も現代語なので何か適当な言葉で置き換えましょう
あと詩の繋がりが前半と後半でバラバラです、特に3行目が唐突ですがこれだけ直せば通じると思います
漢詩は日本の感覚で読んだら駄目だって某有名漢文講師が言っていました、書く方ならなおさらでしょう
確かにちゃんと探せば様々な場所で春を感じることができるかもしれないですね
二句目の最後の「鳴」は「融」、「遊」と共に韻を踏んでいるのでしょうか
勉強不足な私には「メイ」としか読めませんでした。
自分に漢詩についての知識や評価の方法論が存在しないので点数はつけられませんが、またより洗練された形で色んな表現方法を見せて頂けると嬉しく思います。
上の方で別の方が「平仄があっていない」と指摘なさっていますが、恐らくそれを受けて修正なさったのか、「春告精曰」以下の四句が七言絶句として平仄が正格になっているのを拝見するに、「なんちゃって」ではないちゃんとした漢文を書こうとする御意志があるように拝察しました。
以下、その前提でコメントさせて頂きます。
修正前の本文を拝見していないので、的外れな事を述べておりましたら、どうかご寛恕ください。
①文法・語法
本文中には、漢文としてぎこちなく見える部分が散見されました。
例えば本文三行目「天狗曰未春来」の「未」は、主語「春」の後、「来」の前に置かれます。
漢詩が国語の授業で扱われていようとも、その本質が「外国語による詩」である事は疑いありません。
あちらの言葉を母語としていない我々は、漢詩を作る以上は何らかの手段で文法・語法などを学ぶ必要があります。
センター試験対策の安価な漢文教材でも、かなりの範囲を押さえていますので、読みやすいと思われたものを書架に挿しておくと便利かと存じます。
(或いは「平仄を合わせるために敢えて破格の文を作ったのかも」とも拝察しましたが、詩としての決まりを守る・守らないという問題は、言葉としての決まりに従う事が前提であると思われます)
②字の問題
「咲」は元来「笑」の異体字であり、日本語の「(花が)さく」にあたる語には、漢文に於いて「咲」(仄声)ではなく「開」(平声)が使われます。
(語順は「開花」が一般的ですが、「飯已食」のように、本来動詞の後に来る要素「飯」を取り立てる事もありますので、「紅梅将開」は漢文としてあり得る形かと存じます。但し今度は平仄が問題になりますが)
③内容
どこをどう直せばよいと建設的なコメントが出来ませんが、花⇒霜⇒虫⇒鳥声⇒雪⇒風⇒花と、歌われる情景が行ったり来たりしている印象を受けます。
季節感がありすぎて、目がチカチカしてしまうような感覚がありました。
また、七言詩なら「四字+三字」、五言詩なら「二字+三字」で区切る、という基本を最初のうちは守られた方がよいかと存じます。
以上、拙いながらもコメントさせて頂きました。色々と偉そうなことを書いてしまい恐縮です。
漢文・漢詩に限らず、古典と東方作品はどこか親和性があるような気がします。
上手く調和すれば、より面白く味わい深い作品が出来るのではないかと期待しております。
作者様の新しい作品の発表を心から楽しみにしております。
とりあえずなんとなく感じられた雰囲気だけでの評価で勘弁して下さい。