私が永遠亭に来てから何日たっただろうか。
驚くなかれ、私は今、狭い空間に放り込まれて実験体として扱われているのだ。どうしてこんな状況に私は陥ってしまったのだろう。
いつの事だったか、私は心地良く酔っ払っていた。宴会に紛れ込んで、美味しいお酒やご飯を存分に食べれたからだ。普段は豪華な料理なんてそうそう食べられない。だからついつい羽目を外してしまった。
意識はそこまで朦朧としていないと思ったのだが、気を抜いていたのがいけなかったのだろう。
突然、誰かに襲われたのだ。顔を見る事はできなかったが、特徴的な姿だったから覚えている。人間じゃない、恐ろしい顔をした妖怪だ。その覇気から察するに、相当の実力者だろう。目を輝かせて私に喰らいつかんとするようだった。
そんじょそこらの妖怪並みに弱い私には、もちろん抵抗する余地はなかった。
そこから先の記憶はない。目の前が真っ暗になって、気付けばここにいた。
混乱し、弱った私を見た永遠亭の人達の反応は実に様々。
興味津々に見つめてくる妖怪兎のてゐに、非常に驚いた表情をする同じく妖怪兎の鈴仙。お姫様の輝夜は、小さくて可愛らしいと言って私の頭を撫でた。……小さいとはよく言われるが、可愛いと言われたのは初めてだ。
もしかしたら優しい人達なのかもしれない。襲われた私を介抱してくれたのかもしれない。
しかしそんな希望は、永琳の顔を見たら簡単に打ち砕かれてしまった。
ニッコリと笑った顔に潜むのは強者の余裕か、それとも残虐な一面か。
私はただただ震える事しかできなかった。これから何をされるのか。生きて帰れるのか。全く予想が出来ない。
かつての平穏な日々は消えてしまったのだ。
それから私は、苦しい実験に耐え抜く日々を送っている。
実験の内容を簡単に言えば、怪しい液体を飲まされるだけである。
それだけで終われば良いのだが、現実は非常だ。
無理やり液体を飲まされた後、苦しい程に体が熱くなるのだ。灼熱地獄に落されたかのような苦痛に耐え切れず、意識を失って夜を越す。朝になったら身体中がびっちょりとしていて、何とも言えない遣る瀬無さに囚われるのだ。
何故私が実験体にされるのか、理由に心当たりはある。ただ単にそこにいたからという訳ではないだろう。
以前からずっと考えていたのだ。………私の能力は危険すぎると。
私の力を利用すれば、この世界を支配するのは容易いのだ。上手く使えば破滅に追い込む事もできるかもしれない。
それを誰にも悟られないように生きてきたが、とうとう永遠亭の者に目をつけられてしまったようだ。
そして恐らく、永琳は幻想郷を支配しようとしているのではないか。彼女は天才的な頭脳を持つと聞く。そんな者が私の能力を利用しようものなら、幻想郷どころか外の世界までも手中に収められるだろう。
実験の目的はただ一つ。私の能力をどこまで引き出せるのか調べて、最大限に利用するつもりなのだろう。そんな事をしなくても十分に危険だというのに、徹底して幻想郷を壊滅に追い込むようだ。
あまりにも酷い企みに私は手を強く握り締める。しかし、この手で世界が危機に陥る事を思うと、どうしようもない怒りと虚しさに襲われた。
私の体調を考えてか、実験が行われるのは数日に一度。昨日、実験を受けたので今は束の間の休憩時間だ。物のない質素な空間で、ただ時間が過ぎるのを待つ事しかできないが。
以前、実験中にここから逃げ出そうとした事がある。こんな事をされて、黙っていられるような性格じゃないんだ。
誰も見ていない隙をついて、勢いよく広い廊下へ飛び出す。繰り返す実験で弱った体に鞭を打って辺りを探した。出口はないか、抜け穴はないかってね。
迷路のような屋敷を彷徨った果てに、私はやっと縁側に出たんだ。久々に見た外の景色、目の前に広がる日本庭園がとても美しく見えたよ。
やった、逃げれるぞ!
しかし駄目だった。良い事があるとすぐに気を抜いてしまうのが、私の悪い所なのかもしれない。
背後から忍び寄っていた鈴仙に気付く事ができなかった。
「やっと見つけた! こら、勝手に逃げ出しちゃ駄目でしょ!」
数日ぶりの日の光を浴びたのは一瞬だけだった。私が逃げないよう包み込むように体を抑えられ、そのまま元の場所へ連れて行かれたのだ。せめてもの抵抗で私の小さな尻尾を振り回したが、意味はなかった。
私情ではあるが、見た目より重い等と鈴仙が言っていたのが少し癪である。
こうして辛い過去を振り返ったが、私はまだ諦めていない。今でも脱出の機会を窺っている。……正確に言えば、今、この辛い生活に終止符を打とうとしているのだ。
永遠亭に何者かが訪れると、鈴仙がずっと前から慌てた様子で言っていた。
そしてその来訪者は今日、それも今さっきやって来たのだ。
鈴仙の騒ぎようを見ていれば、嫌でもその人物が大物だと分かる。詳しい事は分からないが、永遠亭の住民総出で対応すると踏んでいる。
そう、つまり、今が脱出の時なのだ。
前回のようなヘマはしない。確実に脱出を成功させる為、静かに耳をすませる。周囲の状況が分からなければ、動くに動けないからだ。
……ふむ、来訪者の対応は意外と近くでやっているようだ。これでは、バレないように脱走するのは難しいな。だからと言って諦めはしないが。
とりあえず、来訪者が何をしに来たのか調べてみよう。脱出する際の邪魔になるかどうか見極めなければ。永遠亭を探検しにきたとかだったら、非常に危ういからな。
何やら話し声が聞こえてきた。言わずもがな、来訪者と永琳の声だろう。
「ここに私の……がいるって聞い……だ。できれば……て欲しいんだけれど」
「あら、そうなの? あの子は妖……から……たんだけれど」
「元々…私が………たんだよ。一度は諦め……れど、……かく見付け………モノを…放すのは……いからね」
「そうねぇ。貴女を怒ら………怖いし、返しまし……か。その代わりに今度……の姫と遊ん………たら……いわ」
「よし、乗った。で、……はどこにいる……い?」
途切れ途切れに聞こえる声は、私には完全な理解が出来なかった。だが、何らかの取り引きをしていたのは分かる。
ん? こっちに来るようだ。まだ飛び出さなくて正解だったな。
しばらくして、私だけの狭く暗い空間に光が差す。そこに居たのは予想通り、永琳と……。
「私の相棒よ! こんな所にいたんだね!!」
私の目の前に、一目見たら忘れないであろう、二本の角を持った鬼の姿。
ああ、何という事だ! アイツは私を襲った奴じゃないか!
お前のせいで私はここにいるんだ。この鬼はそれを理解していないのだろうか。
相棒などと言っているが、そんな訳がない。声が出ないほど、恐怖に染まった私の顔が見えていないのか。
「よしよし、これからはずっと一緒だよ」
何だって? 永琳の幻想郷を壊滅させる企みはどうなったのだろうか?
……とにかく、今は自分の事を考えよう。永遠亭から出られるのは嬉しいが、この鬼の傍にいるのはご免だ。
固まった私の体を鬼の手が掴み上げる。暴れようにも力が入らない。そもそも圧倒的な力を前にして、抵抗など出来る気がしない。
「さてと、用事は済んだし帰るかな」
鬼の手から逃れる事は叶わず、何だかんだしている内に縁側へと連れて行かれる。外は強い雨が降っていたが、鬼は構わずに足を踏み出す。勿論、私を掴んだままだ。
「次来る時は、とびっきり美味しいお酒を持ってきて欲しいわね」
「難しいお願いだねぇ。宴会の誘いならしに来てあげるよ」
永遠亭での実験は終わりを告げたが、命の危機はまだ続いている。
このまま鬼に連れ去られたら、ここでの実験より酷い目に遭うだろう。力比べで潰されるか、丸呑みにされるか……。
どうすればいい? このままでは私の未来はないだろう。
辺りを見渡す私の目には、永琳のすまし顔、鬼の嬉しそうな笑顔、乱れのない日本庭園………。
しめた! まだ私に生きる希望があった! あそこなら私の力でこの状況を打開できるかもしれない!
「わわっ、どうしたんだい相棒!?」
ここぞとばかりに暴れに暴れ、驚いた鬼の手から解放された私は庭園にある池を目掛けて飛ぶ。相手の事など知った事か。
ドプンと音をたてて、広い池へ飛び込む。予想以上に深い。三メートルはあるだろうか。
「え、何、どうしたの……!?」
「こりゃあ不味い。早く引き上げないと手遅れになっちまうよ!」
水に入ってしまえばこっちのものだ。お前達が利用しようとした力で、精一杯の復讐をしよう。
これでも私は鬼の一種だ。恐ろしい怪力はないが、この能力がある。
幸いにも今、滝のような強い雨が降っている。最大限に力を発揮しようではないか。
さあ、思い知るがいい。私の力を!!
文々。新聞 ‐桃の節句 特別号‐
本日午の刻頃、迷いの竹林全体が水浸し、もとい酒浸しになるという事件が起こった。詳しい状況は分かっていないが、竹林にいた因幡てゐ氏に話を聞く事が出来た。
「妖精から貰った天然モノの酒虫で、お酒を作ってたのは良かったんだけどねぇ。短期間で何度も作らせちゃったから、怒らせちゃったみたい。元は伊吹の鬼のモノだったらしくてね、ちょうど引き取りに来たところでコレだよ。池に飛び込んだと思ったら、見る見るうちに水を吸収してさ。底の土が見える程吸ったと思ったら、次は雨水も吸っちゃうの! 鬼が持ち上げられない程に重くなってさ。まったく、どこにそんな水が入るんだろうね。ま、そうしてする事は一つだけさ。一気にお酒に変えて放出。もう吃驚したよ。お酒の波なんて初めて見たからねぇ。さて、ここまで教えたんだから、私の代わりに里にいる姫様を捜してきてくれないかい? 私が里の方に行くと人間達が縋ってきて煩わしいのよ」
酒虫とは少量の水で大量の酒を生み出す鬼の遣いである。詳しい生態は分かっていないが、ここまでの水量を一晩待たずに酒に変えるのは初めての事例だろう。
専門家の話によると、酒虫には感情の起伏に作用して能力の上限が変動する可能性があるらしい。
現在、永遠亭では改築工事が進められており、急患でない限り診療は行われていない。
事件の核である酒虫は、伊吹萃香氏の手によって無事に鬼の国へ返されたそうだ。
了
驚くなかれ、私は今、狭い空間に放り込まれて実験体として扱われているのだ。どうしてこんな状況に私は陥ってしまったのだろう。
いつの事だったか、私は心地良く酔っ払っていた。宴会に紛れ込んで、美味しいお酒やご飯を存分に食べれたからだ。普段は豪華な料理なんてそうそう食べられない。だからついつい羽目を外してしまった。
意識はそこまで朦朧としていないと思ったのだが、気を抜いていたのがいけなかったのだろう。
突然、誰かに襲われたのだ。顔を見る事はできなかったが、特徴的な姿だったから覚えている。人間じゃない、恐ろしい顔をした妖怪だ。その覇気から察するに、相当の実力者だろう。目を輝かせて私に喰らいつかんとするようだった。
そんじょそこらの妖怪並みに弱い私には、もちろん抵抗する余地はなかった。
そこから先の記憶はない。目の前が真っ暗になって、気付けばここにいた。
混乱し、弱った私を見た永遠亭の人達の反応は実に様々。
興味津々に見つめてくる妖怪兎のてゐに、非常に驚いた表情をする同じく妖怪兎の鈴仙。お姫様の輝夜は、小さくて可愛らしいと言って私の頭を撫でた。……小さいとはよく言われるが、可愛いと言われたのは初めてだ。
もしかしたら優しい人達なのかもしれない。襲われた私を介抱してくれたのかもしれない。
しかしそんな希望は、永琳の顔を見たら簡単に打ち砕かれてしまった。
ニッコリと笑った顔に潜むのは強者の余裕か、それとも残虐な一面か。
私はただただ震える事しかできなかった。これから何をされるのか。生きて帰れるのか。全く予想が出来ない。
かつての平穏な日々は消えてしまったのだ。
それから私は、苦しい実験に耐え抜く日々を送っている。
実験の内容を簡単に言えば、怪しい液体を飲まされるだけである。
それだけで終われば良いのだが、現実は非常だ。
無理やり液体を飲まされた後、苦しい程に体が熱くなるのだ。灼熱地獄に落されたかのような苦痛に耐え切れず、意識を失って夜を越す。朝になったら身体中がびっちょりとしていて、何とも言えない遣る瀬無さに囚われるのだ。
何故私が実験体にされるのか、理由に心当たりはある。ただ単にそこにいたからという訳ではないだろう。
以前からずっと考えていたのだ。………私の能力は危険すぎると。
私の力を利用すれば、この世界を支配するのは容易いのだ。上手く使えば破滅に追い込む事もできるかもしれない。
それを誰にも悟られないように生きてきたが、とうとう永遠亭の者に目をつけられてしまったようだ。
そして恐らく、永琳は幻想郷を支配しようとしているのではないか。彼女は天才的な頭脳を持つと聞く。そんな者が私の能力を利用しようものなら、幻想郷どころか外の世界までも手中に収められるだろう。
実験の目的はただ一つ。私の能力をどこまで引き出せるのか調べて、最大限に利用するつもりなのだろう。そんな事をしなくても十分に危険だというのに、徹底して幻想郷を壊滅に追い込むようだ。
あまりにも酷い企みに私は手を強く握り締める。しかし、この手で世界が危機に陥る事を思うと、どうしようもない怒りと虚しさに襲われた。
私の体調を考えてか、実験が行われるのは数日に一度。昨日、実験を受けたので今は束の間の休憩時間だ。物のない質素な空間で、ただ時間が過ぎるのを待つ事しかできないが。
以前、実験中にここから逃げ出そうとした事がある。こんな事をされて、黙っていられるような性格じゃないんだ。
誰も見ていない隙をついて、勢いよく広い廊下へ飛び出す。繰り返す実験で弱った体に鞭を打って辺りを探した。出口はないか、抜け穴はないかってね。
迷路のような屋敷を彷徨った果てに、私はやっと縁側に出たんだ。久々に見た外の景色、目の前に広がる日本庭園がとても美しく見えたよ。
やった、逃げれるぞ!
しかし駄目だった。良い事があるとすぐに気を抜いてしまうのが、私の悪い所なのかもしれない。
背後から忍び寄っていた鈴仙に気付く事ができなかった。
「やっと見つけた! こら、勝手に逃げ出しちゃ駄目でしょ!」
数日ぶりの日の光を浴びたのは一瞬だけだった。私が逃げないよう包み込むように体を抑えられ、そのまま元の場所へ連れて行かれたのだ。せめてもの抵抗で私の小さな尻尾を振り回したが、意味はなかった。
私情ではあるが、見た目より重い等と鈴仙が言っていたのが少し癪である。
こうして辛い過去を振り返ったが、私はまだ諦めていない。今でも脱出の機会を窺っている。……正確に言えば、今、この辛い生活に終止符を打とうとしているのだ。
永遠亭に何者かが訪れると、鈴仙がずっと前から慌てた様子で言っていた。
そしてその来訪者は今日、それも今さっきやって来たのだ。
鈴仙の騒ぎようを見ていれば、嫌でもその人物が大物だと分かる。詳しい事は分からないが、永遠亭の住民総出で対応すると踏んでいる。
そう、つまり、今が脱出の時なのだ。
前回のようなヘマはしない。確実に脱出を成功させる為、静かに耳をすませる。周囲の状況が分からなければ、動くに動けないからだ。
……ふむ、来訪者の対応は意外と近くでやっているようだ。これでは、バレないように脱走するのは難しいな。だからと言って諦めはしないが。
とりあえず、来訪者が何をしに来たのか調べてみよう。脱出する際の邪魔になるかどうか見極めなければ。永遠亭を探検しにきたとかだったら、非常に危ういからな。
何やら話し声が聞こえてきた。言わずもがな、来訪者と永琳の声だろう。
「ここに私の……がいるって聞い……だ。できれば……て欲しいんだけれど」
「あら、そうなの? あの子は妖……から……たんだけれど」
「元々…私が………たんだよ。一度は諦め……れど、……かく見付け………モノを…放すのは……いからね」
「そうねぇ。貴女を怒ら………怖いし、返しまし……か。その代わりに今度……の姫と遊ん………たら……いわ」
「よし、乗った。で、……はどこにいる……い?」
途切れ途切れに聞こえる声は、私には完全な理解が出来なかった。だが、何らかの取り引きをしていたのは分かる。
ん? こっちに来るようだ。まだ飛び出さなくて正解だったな。
しばらくして、私だけの狭く暗い空間に光が差す。そこに居たのは予想通り、永琳と……。
「私の相棒よ! こんな所にいたんだね!!」
私の目の前に、一目見たら忘れないであろう、二本の角を持った鬼の姿。
ああ、何という事だ! アイツは私を襲った奴じゃないか!
お前のせいで私はここにいるんだ。この鬼はそれを理解していないのだろうか。
相棒などと言っているが、そんな訳がない。声が出ないほど、恐怖に染まった私の顔が見えていないのか。
「よしよし、これからはずっと一緒だよ」
何だって? 永琳の幻想郷を壊滅させる企みはどうなったのだろうか?
……とにかく、今は自分の事を考えよう。永遠亭から出られるのは嬉しいが、この鬼の傍にいるのはご免だ。
固まった私の体を鬼の手が掴み上げる。暴れようにも力が入らない。そもそも圧倒的な力を前にして、抵抗など出来る気がしない。
「さてと、用事は済んだし帰るかな」
鬼の手から逃れる事は叶わず、何だかんだしている内に縁側へと連れて行かれる。外は強い雨が降っていたが、鬼は構わずに足を踏み出す。勿論、私を掴んだままだ。
「次来る時は、とびっきり美味しいお酒を持ってきて欲しいわね」
「難しいお願いだねぇ。宴会の誘いならしに来てあげるよ」
永遠亭での実験は終わりを告げたが、命の危機はまだ続いている。
このまま鬼に連れ去られたら、ここでの実験より酷い目に遭うだろう。力比べで潰されるか、丸呑みにされるか……。
どうすればいい? このままでは私の未来はないだろう。
辺りを見渡す私の目には、永琳のすまし顔、鬼の嬉しそうな笑顔、乱れのない日本庭園………。
しめた! まだ私に生きる希望があった! あそこなら私の力でこの状況を打開できるかもしれない!
「わわっ、どうしたんだい相棒!?」
ここぞとばかりに暴れに暴れ、驚いた鬼の手から解放された私は庭園にある池を目掛けて飛ぶ。相手の事など知った事か。
ドプンと音をたてて、広い池へ飛び込む。予想以上に深い。三メートルはあるだろうか。
「え、何、どうしたの……!?」
「こりゃあ不味い。早く引き上げないと手遅れになっちまうよ!」
水に入ってしまえばこっちのものだ。お前達が利用しようとした力で、精一杯の復讐をしよう。
これでも私は鬼の一種だ。恐ろしい怪力はないが、この能力がある。
幸いにも今、滝のような強い雨が降っている。最大限に力を発揮しようではないか。
さあ、思い知るがいい。私の力を!!
文々。新聞 ‐桃の節句 特別号‐
本日午の刻頃、迷いの竹林全体が水浸し、もとい酒浸しになるという事件が起こった。詳しい状況は分かっていないが、竹林にいた因幡てゐ氏に話を聞く事が出来た。
「妖精から貰った天然モノの酒虫で、お酒を作ってたのは良かったんだけどねぇ。短期間で何度も作らせちゃったから、怒らせちゃったみたい。元は伊吹の鬼のモノだったらしくてね、ちょうど引き取りに来たところでコレだよ。池に飛び込んだと思ったら、見る見るうちに水を吸収してさ。底の土が見える程吸ったと思ったら、次は雨水も吸っちゃうの! 鬼が持ち上げられない程に重くなってさ。まったく、どこにそんな水が入るんだろうね。ま、そうしてする事は一つだけさ。一気にお酒に変えて放出。もう吃驚したよ。お酒の波なんて初めて見たからねぇ。さて、ここまで教えたんだから、私の代わりに里にいる姫様を捜してきてくれないかい? 私が里の方に行くと人間達が縋ってきて煩わしいのよ」
酒虫とは少量の水で大量の酒を生み出す鬼の遣いである。詳しい生態は分かっていないが、ここまでの水量を一晩待たずに酒に変えるのは初めての事例だろう。
専門家の話によると、酒虫には感情の起伏に作用して能力の上限が変動する可能性があるらしい。
現在、永遠亭では改築工事が進められており、急患でない限り診療は行われていない。
事件の核である酒虫は、伊吹萃香氏の手によって無事に鬼の国へ返されたそうだ。
了
……鬼の酒は飲めたもんじゃないと肝に刻んでおこう。
だって虫だもんね……。
完全に騙されました。もってって下さい。
登場人物との合わせ方といい実に見事
それなら、特上のお酒を作れる私なら世界を飲み込めるに違いない!
……そんな事を、この酒虫ちゃんは考えていたようですw
上手いこと書けているなーと思いました。