■第3話
■第2話
■第1話
時刻はすでに正午を過ぎて。
柔らかい、昼の光がカーテンの外で揺れている。
「お嬢様」
「‥‥」
「お嬢様。お時間ですよ。そろそろ起きませんと。宴会に遅れますわ」
「‥‥もう、すこし、ねるぅ」
「妹様もお待ちですよ」
「うー」
ベッドでかわいらしいうめき声をあげているわが主。
今日は八雲紫の呼びかけで、博麗神社での宴会があるのだが、今日に限って目覚めが悪いご様子。
ベッドの枕元には分厚い本が。投げ出されたように転がっている様を見ると、昨日は限界までこの本を読みふけったご様子。いったいいつ、寝たのやら。
「さくやー。お姉様起きたー?」
「今ご用意されてますから。もうちょっとお待ちくださいませー」
ドアの外から、妹様のちょっとむくれた声が聞こえる。
いきなりドアを壊して入ってこないあたり、今日はわりと機嫌が良いようで。
「もしかしてまだ寝てる?私が叩き起こそうか?」
「もうすぐ参りますから。玄関でお待ちになっていてくださいな」
お嬢様をかばう私の声に、返ってきたのはため息だった。
「はあ‥‥まってんだからねー。とっととおきないと首の骨へし折るわよー。お姉様ー」
ため息交じりの文句を吐いて、妹様はドアの前から去っていった。
ふ、とこちらもため息をつく。目の前にはまだゴロゴロ言っている寝坊助お嬢様。
「首の骨へし折る、だ、そうですが」
「か‥‥かわいいあの妹(こ)とスキンシップができるなら、この身滅ぼされようとも一片の悔いなし‥‥」
「そんなこと言ってると本当に折られますよ」
「ぬうー‥‥」
まだ顔をしかめ、枕に抱き付いているお嬢様だが、冗談を言えるまでには目は醒めてきたご様子。
おめざの紅茶でも入れようか。目が覚めるような、すっきりしたハーブを入れて。
時間を止めようと、わたしはエプロンのポケットに手を伸ばす。懐中時計は、この中に――――
「おねーちゃん!」
「んぐっ」
突然の衝撃で目が覚める。
重いまぶたをなんとかひらけば、目の前に迫る、銀髪少女のまん丸ほっぺ。
「おはよー。おねえちゃん。はやくおきてね」
あどけない声。体に感じる柔らかい重み。背中を押してる、硬めのマット。
起こそうとしていたお嬢様が、なぜか私を起こしていて。私はなぜか、ベッドに寝ていて。
「おねーちゃん?」
首をかしげる女の子。
あー‥‥そうか、そうだった。
この子が誰か思い出し、うわ言のように、私は彼女におはようを言う。
「ああ、あ、おはよ。‥‥れみりあ」
「むふふー」
「むあっ」
名前を呼ばれた少女は、嬉しそうに抱き付いてきた。頭の横から飛び出でてる、柔らかそうな狼の耳が、ぴょこぴょこと揺れている。
「んへへへ」
「こーら」
馬乗りになって目を覚ましてくれたのは、朝から元気爆発なご様子の、わたし、“サクヤ”の“妹”で。
ここは、村の塔の4階。この世界での私の部屋。ユウカが用意してくれた。見渡す視界に映る、石造りの質素な壁。漆喰の塗られたすすけた天井。たった一つの窓からは、朝の光と、美鈴の尻尾が見える。
「いいにおいー」
「‥‥もう」
抱き付き、甘えてくる彼女の頭を撫でながら、私はぼんやりと、今まで見ていた“夢”を、想い返そうとしていた。ひどく懐かしい気がする夢。紅魔館の夢。
‥‥夢の中でも夢が見れるんだ。器用な魔法だな。
***************
黒ずくめたちとの、二度目の戦いのあとのこと。
夜通し、いや二晩続いた勝利の“宴会”。かがり火が宵闇を焦がし、肉と酒が大盤振る舞いされ、ぎらついた刃物を持って踊る、酔った人狼の女性たちの遠吠えが夜通し天に響き渡り、それはそれは盛大だった。‥‥大量の肉の出所についてはあえて言うまでもないだろう。馬肉が、割と多かったかな。
大騒ぎする村人たちの中で、最初は一緒に笑いながらお酒を飲んでいた私も、気が付けば広場の真ん中に引っ張り出され、ハタテや先輩人狼の彼女達と一緒に、短剣とナイフを持ってくるくると歌い踊っていた。わんわん遠吠えを上げながら。うん。あの時の私の姿はお嬢様には絶対見せられない。特に、あの歌だけは。
美鈴は宴会の間も、戦いの前と変わらず一人、いや一匹で塔の上に陣取っていた。でも宴会に参加したくないというわけではなくて、私達の遠吠えに合わせて吠えたり、余興とばかりに空に虹を吐いて宴会を大いに盛り上げていた。
口から虹を吐くとか、龍になった自分の行動に、彼女は相変わらず動じてはいなかった。「いつも気功を撃つみたいに気合い入れたら、口から虹が出たんです」と彼女は後でふが、と教えてくれた。龍になった直後はひどく動揺していた彼女だったが、結構あっさりと新しい自分の体になじんでいた。それは、私も同じかもしれないけども。
「おねーさまー、じゃあ、用意ができたら私の家に来てくださいねー」
「はーい」
外から響くハタテの声に、窓を振り返りながら返事をする。
あの宴会から、すでに一週間がたっていた。ユウカの、いや、“サクヤ”の実家での朝食が終わり、部屋に戻ってきた私はハタテに渡された服に着替えを始めた。
今日は、ハタテと泊りがけで村の外に出かけることになっているのだ。目的地は、少し離れた人間の街。泊りがけの買いだしだ。この村に来てからと言うもの、農作業ばっかりやっていたのでちょっとした気晴らしである。肉好きの人狼達だが、周り中に畑があるように、普段は麦とか芋を育てている。
ユウカが用意してくれた私の部屋は、村の円塔の4階にあった。この部屋の上は屋上だ。
全部で4階まであるこの塔。一階から二階は塔にくっつくように長方形の建築物が立てられ、大部屋になっている。その上は3階と4階部分が円塔になっており、円筒部分の外壁にそってそれぞれの階を貫く螺旋階段が屋上まで伸びている。なんていうか、南京錠のカギを、カギ穴に差し込む側を地面に立てて途中ですっぱり切ったような形、とでも言えばいいのだろうか。変な形の建物だった。
用途はもちろん屋上からの見張りと、いざという時、こないだのように戦えない子供や老人を中に入れる砦の役目である。この部屋は見張りをする者のための詰所だったのだが、結局村の中に塔があるのでみんな家から通うためにほとんど使われておらず、半ば物置と化していたそうで、ここに私は落ち着くことになった。ユウカの家にも、件の放浪の儀に出ていく前の“サクヤ”の部屋があったのだが、そこはもう、れみりあのためにあてがわれていたうえ、デカい美鈴まで一緒に転がり込むのは広さの面でも、家の強度的にも到底無理だった。この村の家々は漆喰を塗った壁に木の屋根、表面にまた漆喰という耐火仕様。火が付きにくいけど骨組みは木なので美鈴が乗ると潰れる。
大変な修行の旅から帰ってきたら部屋がないというのは冷たく聞こえるかもしれないが、放浪の儀は一旦出たら帰ってこれないという覚悟が本人にも家族にも必要なくらいの物らしく、当人が旅に出ている間は死んだ人間と同じ扱いをされるそうだ。厳しすぎる。
ちなみに、村のみんながそうやって言う“放浪の儀”であるが、皆「とにかくスゴクてキツイ」みたいなことしか言わないために、未だにそれがどういうものか、全貌が分からない。その儀式に出た当事者が「それってなんですか」と暢気に聞くわけにもいかず、私にとっては謎の儀式のまま。
閑話休題。そのため、ユウカの家では無理、村には空き家もない。どこかに居候しようにも美鈴がいる。ということで宛がわれたのが、この塔の部屋だった。ここなら屋上に美鈴も寝かせられるし、村の子供たちに彼女のヒゲを引っ張られることもない。ユウカの家はこの塔のすぐ近くであり、食事のとき通えばいいということになったのだ。
正直それが一番ありがたかった。その方がなんだかんだで気も楽だし。‥‥ユウカと一緒に居たら、私がべたべた甘えそうで怖いというのもあったりして。良い匂いなんだもの、ユウカ姉さん。
「ふむ」
ハタテに渡された服に着替えた私は、姿見の前に立ってみる。なんとも地味な村娘がそこに居た。相変わらずの地味な麻の服に、前身頃だけ開いていて紐で締める、袖なしの長ーいワンピース。ごてっとした丈夫な生地の細かい刺繍入りのエプロン。頭をすっぽり覆う無地のバンダナ。
この恰好だと、耳も尻尾も隠れていて、見た目は普通の人間だ。ワンピースのスカートの下は地味なロングパンツである。夢がないとか言わない。ここは戦闘種族の村。スカートは、あくまでも変装衣裳。いざとなったら動きやすい格好でないとダメ。
そう。私は、ハタテと一緒に変装して出かけるのである。人間に化けて、人間の村に。目的はすでに述べたとおり買い出し。買うものは生活必需品。調味料とか、塩とか。
生肉好きな人狼達が塩分とる必要なんてない気もするが、そこはそれ、“肉の塩漬け”を作るために必要だそうで。何の肉かは推して知るべし。
変装するのは、必要以上に人間を警戒させないため。一応ここと同じ国の村だが、敵でなくても人狼は人間にとって恐ろしい存在に変わりない訳で。
「お、咲夜さん。今日はなんだかおしとやかな格好ですね」
「覗きなんて趣味悪いわよ、美鈴」
窓の外から響く声に、後ろを振り返る私。龍が屋上から首を伸ばして、私の部屋を覗いていた。こうやって手軽に美鈴と話ができるのもこの部屋の利点の一つ。
「これでおしとやかなんだものね。参っちゃうわ、ほんと」
「良いんじゃないですか?おしゃれもお手軽で」
「ここのおしゃれ基準で言えばね」
紅魔館、いや、幻想郷がどんなに平和だったか、改めて分かる。ホント華やかさとは無縁なのだ、この村は。血しぶきが化粧代わりのこの村じゃ、おしろいなんて臭いし鼻が利かなくなるしめんどくさいわで何の利点もない。使うとすればただの変装道具なのである。人間になりすますとき、顔の傷を隠すための。ハタテも私も今のところそんな刀傷はないので今日はそれすらも使っていないが。だからこそ、今回の買い出しメンバーに選ばれたともいう。余計な変装をしなくてもいい面子というわけで。
ちなみに、この村の女性たちは皆結構きれい。肉好きなのに肌も荒れてない。刀傷がそんなきれいな肌を台無しにしている場合がほとんどだけど。
「じゃあ、行ってくるわね。いない間、大人しくしててちょうだいね。一泊するって言うから、帰るのは明日よ」
「はい。行ってらっしゃい。おみやげよろしくです」
エプロンとスカートに隠した短剣とナイフの感触を確かめつつ、部屋のドアを開けながら、美鈴に行ってきますを言う。
暢気な龍はふがふがと、髭を揺らしてお土産をねだってきた。
「龍がどんなお土産欲しいってのよ」
「あー、珍しい食べ物とか」
「はいはい」
美鈴に手を振り、部屋を出て階段を下りる。壁にはあちこちに木の杭が打ってあり、斧から槍から弓矢に剣まで、ありとあらゆる武器が備えられていた。銃は無い。魔法が撃てるならわざわざ火薬に頼りもしないか。弓でもあんなにすごいって言うのに。
塔を出て、ハタテの家に向かう。すれ違う子供たちが「どらごんのお姉ちゃん!」といってついてくる。洗濯物を干してたおばちゃんが、「あらサクヤちゃん!お出かけ?」と声をかけてくる。
みんなに挨拶しつつ、たどり着いた村はずれのハタテの家。この村は畑と家々を分けるようにぐるっと背の高さくらいの石垣が積んである。その切れ目、村の外につながる木の門の隣に彼女の家はあった。
「おまたせ、ハタテ」
「あー、やっぱりおねーさま似合う!その服!」
「そう、かしらね」
「うん!バッチリ!やっぱ女の子はたまにはそういうかっこしなきゃですって」
門のそばで私を待っていたハタテは私の恰好を見るなり、手を叩いて笑った。自分の見立てが良かったのがうれしいのか、くるくると私の周りをまわっている。
彼女は私と同じような格好だった。バンダナは細かいチェック柄。ツインテールはほどいていた。とりあえずこれで2人はどっからどう見ても人間の村娘。な、はずである。
しばし私の姿を堪能したハタテは、満足げな顔をして足元の荷物を手に持ち始めた。
「じゃ、行きましょうか。結構遠いですからね、急いでいきますよ。はい、これおねーさまの荷物です」
「はい、っと。‥‥えっと、そんなに遠かったかしら」
ハタテからずしりと重い革袋を受け取りつつ、さり気なく距離を聞いてみる。朝食の席では「ハタテとあの村に買い物に行ってね」としかユウカに言われなかった。幼い“サクヤ”はよくユウカと一緒に行っていたらしいのだが、もちろん私が知る訳もなく。聞き返して微妙な空気を流すのがためらわれ、聞かずじまいであったのだ。
「私の足で半日ですからね。あ、でもおねーさまならもっと早いかな」
事もなげに答えるハタテ。片道半日て。だから泊りがけなのね。
「だったら、最初からこんな格好しなくてもいいんじゃない?近くで着替えれば。美鈴に乗っていっても‥‥」
「目立っちゃいますって。おねーさまが村を出てった時より、人間もだいぶ住む場所が広がってるんですよ。まあ、エプロンは外して行ってもいいかもですけど、そこはそれ、おめかしということで」
「うーん」
「それに村の近くまでドラゴンで飛んでったら、このあたりも田舎ですからね。首都の近くならともかく、ここらの人間達はびっくりしますよ。‥‥メイリンちゃんはまだ首輪してないみたいだし」
「?」
最後にハタテがつぶやくように言ったセリフはよく意味がわからなかったが、ドラゴンライダーもなかなか使いどころが面倒な代物だというのは分かった。
ふうん、と頬を触りながら、私はもうひとつ、気になっていたことを聞くことにする。お金のこと。この世界のお金が一体どういうものか分からないけど、少なくとも私はそんな類の物は持っていない。最初にこの世界で目を覚ましていた時持っていた皮袋。中には謎のハーブと謎の小瓶、干し飯しか入っていなかった。謎の物達についてはユウカに見せたが、どっちもありふれた煎じ薬と塗り薬とのことだった。
「わかった。それで宿代は?お金はどうするの?」
「路銀は少しなら持ってます。あとは、現地調達」
言ってハタテは足元に置いた皮袋の口を開く。中から出てきたのは、折りたたまれたクロスボウだった。なるほど、現地調達ね。道中狩りをするつもりのようだ。
するとますます村娘の恰好をする意味が分からない。狩人の恰好でもいいんじゃないのだろうか。
ぽつりとそれをつぶやいてみた次の瞬間、目の前一杯にハタテの顔が迫っていた。
「おしゃれです」
「‥‥っ!」
「おしゃれのためです!」
「う、うん」
ぐぐぐと顔を近づけて、威圧感さえ放ち始めて力説するハタテに、私はそうね、とうなずくことしかできなかった。なんだかんだでこの子も、中身は年頃の女の子、のようである。たぶん。
「じゃ、行きましょうか!うふふ。おねーさまと二人っきり‥‥」
「よ、よろしくね」
「はい!」
「うお」
私を無理矢理納得させ、何やら不気味な笑いを上げながら歩き出すハタテに、わたしは頬を掻いてつぶやく。ハタテは満面の笑みで頷くと、手を繋いできた。私はよっぽど気にいられているみたい。
‥‥あ、ハタテ、爪紅差してる。ずるい。
*****************************
「『――――久しぶりに見る村の踊りは、相変わらずの卑猥な歌詞と血なまぐさい剣舞により、世辞にも瀟洒とは言えない野性的な代物であり、人間の世界を旅していたサクヤにはいささかの抵抗心を与えるものであった。しかし、サクヤもこの村で生まれた狼なのである。その体に流れる血の為か、幼い時分の記憶の為か、自然と体が動き、尾が揺れ、その内見ているだけでは我慢が出来なくなった。懐かしい村の匂いと姉や友人の呼ぶ声に誘われ、彼女もいつの間にかその輪の中に入り、あらんかぎりの声を張り上げてそのあけっぴろげな歌詞を唄い、返り血にまみれた手足と剣を振り回し、夜が明けるまで踊り明かしたのである』――――ってさ。あはは」
真夜中の、咲夜と美鈴が眠る部屋の隣。パチュリーの書斎のテーブルで。本の一節を音読して見せたフランは、ニヤニヤ笑いながらテーブルの本から顔をあげた。
「さ、さくやぁ‥‥」
「ふーん。まあ、本の中でも優秀じゃないの。首一つ落とさないように掃除するんじゃなくて、そこら中に切り落してばらまいてるみたいだけど」
「うううう」
向う側には、引きつった顔で従者の名前を呟く姉に、いつもと変わらない調子で暢気に語りかけるパチュリー。 今朝がたから目覚めない咲夜と美鈴に付き添う形で、紅魔館の主だった面子が皆この部屋に集っていた。
レミリアは変化した本の内容に眉間を抑えながら、唇をとがらせてブツブツと言った。
「いや、これはこれで血なまぐさくて泥臭くて好きかもしれないけどさ、でもさあ‥‥」
「サクヤも美鈴も猫度は皆無、ゼロね。私はそこが気に入らない」
うーうーブツブツつぶやくレミリアに、パチュリーは澄ました顔で感想を述べる。
レミリアはそんな友人を上目がちに睨み付けた。
「パチェの好みなんか聞いてないっての」
「美鈴もよっぽど優秀になってるみたいじゃない。戻ってきたら龍にする呪いでもかけようかしら。あの白黒鼠位なら簡単に食べてくれそうだし」
「戻す方法見つけてから考えようね、そういうことは!」
暢気な友人のセリフに、思わず声が大きくなってしまうレミリアである。
咲夜と美鈴が眠る図書館の一室で、みんなであの本を読みながらレミリアは頭を抱えていた。友人は、小悪魔が淹れた紅茶を優雅に飲んでいる。妹はあの本をぱらぱらめくりながら悪魔的にニヤニヤわらっていた。
確かに、最初にこの本を読んだ時点での綺麗で行儀のいい内容に比べれば、多少濃いめの味付けで血なまぐさくはなっている。咲夜や美鈴も主人公として活躍している様。でもレミリアが見たかったのはあくまでも最初の物語の世界で健気にヒロインやっている咲夜であって、こんな返り血ドロドロ浴びて、笑いながら敵を八つ裂きにし、刃物を持ってわんわんと、吠えて踊ってる咲夜サンや、やっぱり笑いながら、敵とはいえ女の子の頭を躊躇なく、ボリボリやっちゃう美鈴とかは、ちょっと見ていて心配になって来ちゃうのである。悪魔的には、とても心震える光景なんだけども。け、ど、も!
ちなみに、さっき同じようにこの本を読んでいったフランは「普段もこんなんだったらカッコいいのにねー」とか言いながら、目をキラキラさせていた。‥‥カッコいいかもしれないけど、そーいうのは幻想郷じゃ似合わないことくらい、ちゃんとわかっているわよね?とこっちも心配しちゃうレミリアお姉ちゃんである。
「まあ、心配するほどでもないとは思うわよ。あくまでも本に持って行かれてるのは夢だけみたいだし」
「はん。で、いつ起きるか分かったの?どうすれば元にもどるか分かったの?」
「いんえ」
「そーだよねー!」
相変わらずの友人に、テーブルに体を投げ出しながら、だはー、とため息を吐くレミリア。しかしパチュリーはいいえと言った癖に言葉を続けた。
「強制終了の方法は分からなかった。二人が夢から覚める条件は分かったわ」
「ああ?」
テーブルにあごを乗せながら、レミリアは行儀悪く聞き返して友人の答えの内容を確認してみる。
「この本がラストまで行くこと」
「でーすよねー!」
あまりにも簡単に予想できたその回答に、レミリアは2発目の溜息砲をぶっ放した。
すまし顔の友人は、紅茶を一口のむと、調子を変えずに再び口を開いた。
「でもまあ、色々と魔法の仕組みは分かったから。まあ?これからいろいろやらせてもらうわよ。‥‥ふふふふ」
「パチュリー?」
様子の変わった同居人に、フランがその名を呼んで本から顔をあげる。レミリアはテーブルにあごを乗せたまま、片眉を上げて友人の顔を見上げていた。
あくまでも澄ました振る舞いで紅茶を飲むパチュリー。しかしその顔に浮かぶのは、暗い暗い魔女のほほえみ。
「はん、人の魔法勝手に盗んだ挙句小賢しいアレンジまでして私の介入拒否?咲夜と美鈴の意識を人質にして強制停止をブロック?あはははは!たかが本のクセに何様のつもりなのかしら!?」
『ぱ、パチュリーさん?』
恐ろしい早口で怨嗟の言葉を吐き始め、しまいには高笑いまで上げたパチュリーに、思わず敬語でハモる吸血鬼姉妹。
しかし名前を呼ばれたくらいでスイッチの入った魔女は止まらない。
「良いわ良いわよあんたがその気なら。一応最後まで付き合ってあげようじゃないの。でも思い通りにはさせないわ。魔女舐めんな妖魔本風情が。見てなさい。あはははは!」
「あ、よ、妖魔本だったのねーこれ」
「レミィ」
「はひっ!?」
豹変した友人におののき、現実逃避気味に本を突っついていたレミリアは突然名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばしてしまう。そんな彼女に魔女は冷たい声で命令した。
「最初に読んでいた時の本の内容、全部紙に書きだして」
「はいいい?」
「荒筋でもいい。変わる前の話を書きだして。できるだけ詳しく。――――妹様」
「はい!?」
自分までよばれると思っていなかったフランも、姉と同じようにおもわず背筋を伸ばす。
「今まで読んだその本の内容をレミィと同じように紙に書き出して。一時間ごとに中身を確認。その都度進んだ分の話しを書き出す。いい?」
「うえ!?ね、ねえ。一時間おきに?」
「そうよ。何が起こってるか分からないのよ。その都度最初から最後まで、全部のページを確認して変化点があったら修正を掛ける。記録を残す」
「ええええ!」
「分身すればいいのよ」
「――――のおお」
こともなげに、一時間おきにスペルカード使ってまで写本をしろという魔女の態度と威圧感に、怒りを覚える前に怖れを感じてフランは口元を引きつらせた。
思わず身を乗り出して、口元に手を立ててひそひそと姉に喋りかける。
「‥‥お、お姉様、魔女だ、魔女が居るよ」
「え、ええ、そうね、フラン」
レミリアも引きつった笑みで答えた。そこに響くは冷徹な魔女の命令。
「さっさとやりなさい。記憶は薄れる。本の内容は進む。手遅れにならないうちにとっととやるのよ」
『‥‥』
「やれ」
『いえす、まむ』
がたっと椅子から立ち上がり、またもやハモる吸血鬼姉妹。魔女は彼女らを一瞥すると、部屋の外に向かって小悪魔を呼びつけた。
声色で主の機嫌の悪さに感づいたか、悪魔の少女はものすごい勢いでバタバタと走ってきた。
「あ、はっ、お呼びでしょうかー‥‥」
「睡眠薬を用意しなさい」
「は」
「二人分。早く」
「か、かしこまりましたっ」
口調まで変わっている主の様子に、まるで悲鳴のように返事をすると、小悪魔はまたバタバタと走っていった。
―――― 二人分。その単語に、おもわず吸血鬼姉妹は顔を見合わせる。
「あ、あのー、パチェ?えっと、一応聞いておきたいんだけど」
「その睡眠薬のむのって、えーと。お姉様と私?なのかなぁ?」
「違う」
振り返りながら、短く一言だけ、魔女は答える。レミリアとフランは思わず手を取り合って安堵の溜息を吐いていた。
そんな彼女らに突き刺さるのは、冷たい冷たい魔女のつぶやきで。
「今さっき言ったこともう忘れたのかしらね。レミィと妹様にはやることがあるでしょ。手握り合ってないでさっさとやれば?早くしないとキツイわよ。いろいろと」
「お姉様。パチュリーが‥‥大変だ」
同居人の変わり様に、思わず涙ぐんでしまうフランの手をしっかり握り、レミリアは彼女を励ました。
「がんばろう‥‥やろう、フラン。できるわ。私達なら」
「お姉様‥‥」
頼もしい姉のセリフ。しかし妹が姉の瞳に見たのは、諦観の二文字。
「い、今のパチェは目的の為なら手段を選ばない。抵抗しても魔法で操ってでもやらせるでしょう。やるのよ。一体私達のやることに何の意味があるのか分からなくてもやるの。疑問は持っちゃダメ。良いわね」
「‥‥う、うん」
「それが世の中と言うものよ。これをやり遂げた時、確実にあなたは成長しているわ。さあ、フラン、涙を拭いて」
「お姉様‥‥!」
疲れた先輩OLのような台詞を吐いて新人妹を慰めるレミリア。そこへぶちかまされる無慈悲なお局様魔女の冷たい声。
「さっさとやれって言ってんのよ」
『Yes, ma'am!』
飛び上がるように返事をすると、レミリアは書斎の外へ紙とペンをとりに、フランは本をガバリと開くと同時にフォーオブアカインドを展開。3人が猛烈な勢いで本を読んで記憶、残りの一人がやっぱり紙とペンをとりに走った。
一人、暗い目でフランの読む本を見下ろす動かない大図書館。
「‥‥勝負よ。動かない大図書館の名に懸けて、大事な従者達と私達をコケにしてくれたこと、後悔させてあげるわ」
「‥‥」
本に向かって宣戦布告するパチュリー。どこかその姿は滑稽だったけど、フランは何も言わずに本の内容を確認する仕事に没頭することにした。
「みんな私が食べたからー‥‥」
つぶやくのは、本の中に出てきた歌の一節。
柱時計が、廊下で0時を告げていた。
***************
〽敵の男は玉無しばっかり
剣も振れない腰だって振れない
「‥‥」
〽それもそのはず当たり前
みんな狼がもいだから
「‥‥ハタテー」
〽玉をもがれた間抜けども
心配はいらぬ、さがさないで良いから
「ハタテちゃーん」
「――――みんなわたしが食っべたからっ」
「あのー」
木漏れ日差す、森の中。
最低最悪な歌詞を超絶綺麗なメゾソプラノで歌い上げたハタテは、すっきりとした笑顔で私の方を振り返った。
「あはは。気持ちいいなー!おねーさまも歌いませんか?」
「人間の村娘は、多分そんな歌、うたわないわよ」
「えー!」
「いやいや」
歌詞に狼が出てくる歌を、狼が人間をいじめる歌を、人間にとって、まともと思うのでしょうか。ハタテちゃんは。冗談よね。じゃないと私、貴女と人間の村に行くのとっても不安だわ。
「あー、いや、さすがにそれは分かってますから。大丈夫ですって」
「‥‥」
疑いのまなざしを向ける私に、パタパタと手を振ってハタテは答えた。
もう村を出てからだいぶたつ。さっき通り過ぎた小さな松の木を見て、「大体半分くらいまで来ましたね」とハタテが言っていた。
ここまで、人間とは数回すれ違ったが、「見目麗しい」少女二人に、みな笑って挨拶してくれた。変装は完璧と思っていいんだろうか。ちなみに見目麗しいとはハタテの言である。
「もーすぐ良い狩場に差し掛かりますから、そこに着いたら適当に獲物を狩りましょう。ここら辺は大きなヤマドリが居るんですよ。猪が居たら最高なんだけどな」
「女の子が猪背負ってくのはさすがに違和感あるわよ?」
「二人でよろよろ担いでいきゃ、なんとか人間らしく見えますって」
何でもないように言うハタテ。うん、とらぬ狸のなんとやら。まあ、そこは獲物を狩ったら心配することにしようか。
「じゃ、もう一回、さっきの歌うたいましょーか、お姉様。今度は一緒に!」
「いや、それは、宴会の時だけにしない?ね」
必死に遠慮しようとするが、ハタテはなぜかニヤニヤと目じりを下げて迫ってきた。
「えー、この歌御嫌いですか?宴会の時はあーんなに楽しそうに歌ってたのに」
「いや、あれは!わたしも興奮してたから!」
「これ子守歌でも歌うから、気にすることないですって。おねーさまも小っちゃい時聞いてたでしょ?」
「むえっ」
いやいや、これが子守唄って。そりゃちいちゃい時からこんな歌きいてりゃ、そりゃあ強い人狼が出来上がるかもしれないけど!
脳裏に一瞬、幼いれみりあにユウカがこの歌を優しく歌っている姿が浮かび、私は頭を激しく振ってその幻視を振り飛ばした。
「さー、いきますよー。てきーのおーとこーは」
「ハタテちゃーん!?」
森の中に私の哀しい悲鳴が響く。しかし、ハタテは無慈悲にも、私が一緒に歌うまで、延々とその歌を繰り返したのだった。
――――その時私は気が付かなかった。藪の中から、こちらを覗く、4つの目玉があったことに。
続く。
■第2話
■第1話
時刻はすでに正午を過ぎて。
柔らかい、昼の光がカーテンの外で揺れている。
「お嬢様」
「‥‥」
「お嬢様。お時間ですよ。そろそろ起きませんと。宴会に遅れますわ」
「‥‥もう、すこし、ねるぅ」
「妹様もお待ちですよ」
「うー」
ベッドでかわいらしいうめき声をあげているわが主。
今日は八雲紫の呼びかけで、博麗神社での宴会があるのだが、今日に限って目覚めが悪いご様子。
ベッドの枕元には分厚い本が。投げ出されたように転がっている様を見ると、昨日は限界までこの本を読みふけったご様子。いったいいつ、寝たのやら。
「さくやー。お姉様起きたー?」
「今ご用意されてますから。もうちょっとお待ちくださいませー」
ドアの外から、妹様のちょっとむくれた声が聞こえる。
いきなりドアを壊して入ってこないあたり、今日はわりと機嫌が良いようで。
「もしかしてまだ寝てる?私が叩き起こそうか?」
「もうすぐ参りますから。玄関でお待ちになっていてくださいな」
お嬢様をかばう私の声に、返ってきたのはため息だった。
「はあ‥‥まってんだからねー。とっととおきないと首の骨へし折るわよー。お姉様ー」
ため息交じりの文句を吐いて、妹様はドアの前から去っていった。
ふ、とこちらもため息をつく。目の前にはまだゴロゴロ言っている寝坊助お嬢様。
「首の骨へし折る、だ、そうですが」
「か‥‥かわいいあの妹(こ)とスキンシップができるなら、この身滅ぼされようとも一片の悔いなし‥‥」
「そんなこと言ってると本当に折られますよ」
「ぬうー‥‥」
まだ顔をしかめ、枕に抱き付いているお嬢様だが、冗談を言えるまでには目は醒めてきたご様子。
おめざの紅茶でも入れようか。目が覚めるような、すっきりしたハーブを入れて。
時間を止めようと、わたしはエプロンのポケットに手を伸ばす。懐中時計は、この中に――――
「おねーちゃん!」
「んぐっ」
突然の衝撃で目が覚める。
重いまぶたをなんとかひらけば、目の前に迫る、銀髪少女のまん丸ほっぺ。
「おはよー。おねえちゃん。はやくおきてね」
あどけない声。体に感じる柔らかい重み。背中を押してる、硬めのマット。
起こそうとしていたお嬢様が、なぜか私を起こしていて。私はなぜか、ベッドに寝ていて。
「おねーちゃん?」
首をかしげる女の子。
あー‥‥そうか、そうだった。
この子が誰か思い出し、うわ言のように、私は彼女におはようを言う。
「ああ、あ、おはよ。‥‥れみりあ」
「むふふー」
「むあっ」
名前を呼ばれた少女は、嬉しそうに抱き付いてきた。頭の横から飛び出でてる、柔らかそうな狼の耳が、ぴょこぴょこと揺れている。
「んへへへ」
「こーら」
馬乗りになって目を覚ましてくれたのは、朝から元気爆発なご様子の、わたし、“サクヤ”の“妹”で。
ここは、村の塔の4階。この世界での私の部屋。ユウカが用意してくれた。見渡す視界に映る、石造りの質素な壁。漆喰の塗られたすすけた天井。たった一つの窓からは、朝の光と、美鈴の尻尾が見える。
「いいにおいー」
「‥‥もう」
抱き付き、甘えてくる彼女の頭を撫でながら、私はぼんやりと、今まで見ていた“夢”を、想い返そうとしていた。ひどく懐かしい気がする夢。紅魔館の夢。
‥‥夢の中でも夢が見れるんだ。器用な魔法だな。
***************
黒ずくめたちとの、二度目の戦いのあとのこと。
夜通し、いや二晩続いた勝利の“宴会”。かがり火が宵闇を焦がし、肉と酒が大盤振る舞いされ、ぎらついた刃物を持って踊る、酔った人狼の女性たちの遠吠えが夜通し天に響き渡り、それはそれは盛大だった。‥‥大量の肉の出所についてはあえて言うまでもないだろう。馬肉が、割と多かったかな。
大騒ぎする村人たちの中で、最初は一緒に笑いながらお酒を飲んでいた私も、気が付けば広場の真ん中に引っ張り出され、ハタテや先輩人狼の彼女達と一緒に、短剣とナイフを持ってくるくると歌い踊っていた。わんわん遠吠えを上げながら。うん。あの時の私の姿はお嬢様には絶対見せられない。特に、あの歌だけは。
美鈴は宴会の間も、戦いの前と変わらず一人、いや一匹で塔の上に陣取っていた。でも宴会に参加したくないというわけではなくて、私達の遠吠えに合わせて吠えたり、余興とばかりに空に虹を吐いて宴会を大いに盛り上げていた。
口から虹を吐くとか、龍になった自分の行動に、彼女は相変わらず動じてはいなかった。「いつも気功を撃つみたいに気合い入れたら、口から虹が出たんです」と彼女は後でふが、と教えてくれた。龍になった直後はひどく動揺していた彼女だったが、結構あっさりと新しい自分の体になじんでいた。それは、私も同じかもしれないけども。
「おねーさまー、じゃあ、用意ができたら私の家に来てくださいねー」
「はーい」
外から響くハタテの声に、窓を振り返りながら返事をする。
あの宴会から、すでに一週間がたっていた。ユウカの、いや、“サクヤ”の実家での朝食が終わり、部屋に戻ってきた私はハタテに渡された服に着替えを始めた。
今日は、ハタテと泊りがけで村の外に出かけることになっているのだ。目的地は、少し離れた人間の街。泊りがけの買いだしだ。この村に来てからと言うもの、農作業ばっかりやっていたのでちょっとした気晴らしである。肉好きの人狼達だが、周り中に畑があるように、普段は麦とか芋を育てている。
ユウカが用意してくれた私の部屋は、村の円塔の4階にあった。この部屋の上は屋上だ。
全部で4階まであるこの塔。一階から二階は塔にくっつくように長方形の建築物が立てられ、大部屋になっている。その上は3階と4階部分が円塔になっており、円筒部分の外壁にそってそれぞれの階を貫く螺旋階段が屋上まで伸びている。なんていうか、南京錠のカギを、カギ穴に差し込む側を地面に立てて途中ですっぱり切ったような形、とでも言えばいいのだろうか。変な形の建物だった。
用途はもちろん屋上からの見張りと、いざという時、こないだのように戦えない子供や老人を中に入れる砦の役目である。この部屋は見張りをする者のための詰所だったのだが、結局村の中に塔があるのでみんな家から通うためにほとんど使われておらず、半ば物置と化していたそうで、ここに私は落ち着くことになった。ユウカの家にも、件の放浪の儀に出ていく前の“サクヤ”の部屋があったのだが、そこはもう、れみりあのためにあてがわれていたうえ、デカい美鈴まで一緒に転がり込むのは広さの面でも、家の強度的にも到底無理だった。この村の家々は漆喰を塗った壁に木の屋根、表面にまた漆喰という耐火仕様。火が付きにくいけど骨組みは木なので美鈴が乗ると潰れる。
大変な修行の旅から帰ってきたら部屋がないというのは冷たく聞こえるかもしれないが、放浪の儀は一旦出たら帰ってこれないという覚悟が本人にも家族にも必要なくらいの物らしく、当人が旅に出ている間は死んだ人間と同じ扱いをされるそうだ。厳しすぎる。
ちなみに、村のみんながそうやって言う“放浪の儀”であるが、皆「とにかくスゴクてキツイ」みたいなことしか言わないために、未だにそれがどういうものか、全貌が分からない。その儀式に出た当事者が「それってなんですか」と暢気に聞くわけにもいかず、私にとっては謎の儀式のまま。
閑話休題。そのため、ユウカの家では無理、村には空き家もない。どこかに居候しようにも美鈴がいる。ということで宛がわれたのが、この塔の部屋だった。ここなら屋上に美鈴も寝かせられるし、村の子供たちに彼女のヒゲを引っ張られることもない。ユウカの家はこの塔のすぐ近くであり、食事のとき通えばいいということになったのだ。
正直それが一番ありがたかった。その方がなんだかんだで気も楽だし。‥‥ユウカと一緒に居たら、私がべたべた甘えそうで怖いというのもあったりして。良い匂いなんだもの、ユウカ姉さん。
「ふむ」
ハタテに渡された服に着替えた私は、姿見の前に立ってみる。なんとも地味な村娘がそこに居た。相変わらずの地味な麻の服に、前身頃だけ開いていて紐で締める、袖なしの長ーいワンピース。ごてっとした丈夫な生地の細かい刺繍入りのエプロン。頭をすっぽり覆う無地のバンダナ。
この恰好だと、耳も尻尾も隠れていて、見た目は普通の人間だ。ワンピースのスカートの下は地味なロングパンツである。夢がないとか言わない。ここは戦闘種族の村。スカートは、あくまでも変装衣裳。いざとなったら動きやすい格好でないとダメ。
そう。私は、ハタテと一緒に変装して出かけるのである。人間に化けて、人間の村に。目的はすでに述べたとおり買い出し。買うものは生活必需品。調味料とか、塩とか。
生肉好きな人狼達が塩分とる必要なんてない気もするが、そこはそれ、“肉の塩漬け”を作るために必要だそうで。何の肉かは推して知るべし。
変装するのは、必要以上に人間を警戒させないため。一応ここと同じ国の村だが、敵でなくても人狼は人間にとって恐ろしい存在に変わりない訳で。
「お、咲夜さん。今日はなんだかおしとやかな格好ですね」
「覗きなんて趣味悪いわよ、美鈴」
窓の外から響く声に、後ろを振り返る私。龍が屋上から首を伸ばして、私の部屋を覗いていた。こうやって手軽に美鈴と話ができるのもこの部屋の利点の一つ。
「これでおしとやかなんだものね。参っちゃうわ、ほんと」
「良いんじゃないですか?おしゃれもお手軽で」
「ここのおしゃれ基準で言えばね」
紅魔館、いや、幻想郷がどんなに平和だったか、改めて分かる。ホント華やかさとは無縁なのだ、この村は。血しぶきが化粧代わりのこの村じゃ、おしろいなんて臭いし鼻が利かなくなるしめんどくさいわで何の利点もない。使うとすればただの変装道具なのである。人間になりすますとき、顔の傷を隠すための。ハタテも私も今のところそんな刀傷はないので今日はそれすらも使っていないが。だからこそ、今回の買い出しメンバーに選ばれたともいう。余計な変装をしなくてもいい面子というわけで。
ちなみに、この村の女性たちは皆結構きれい。肉好きなのに肌も荒れてない。刀傷がそんなきれいな肌を台無しにしている場合がほとんどだけど。
「じゃあ、行ってくるわね。いない間、大人しくしててちょうだいね。一泊するって言うから、帰るのは明日よ」
「はい。行ってらっしゃい。おみやげよろしくです」
エプロンとスカートに隠した短剣とナイフの感触を確かめつつ、部屋のドアを開けながら、美鈴に行ってきますを言う。
暢気な龍はふがふがと、髭を揺らしてお土産をねだってきた。
「龍がどんなお土産欲しいってのよ」
「あー、珍しい食べ物とか」
「はいはい」
美鈴に手を振り、部屋を出て階段を下りる。壁にはあちこちに木の杭が打ってあり、斧から槍から弓矢に剣まで、ありとあらゆる武器が備えられていた。銃は無い。魔法が撃てるならわざわざ火薬に頼りもしないか。弓でもあんなにすごいって言うのに。
塔を出て、ハタテの家に向かう。すれ違う子供たちが「どらごんのお姉ちゃん!」といってついてくる。洗濯物を干してたおばちゃんが、「あらサクヤちゃん!お出かけ?」と声をかけてくる。
みんなに挨拶しつつ、たどり着いた村はずれのハタテの家。この村は畑と家々を分けるようにぐるっと背の高さくらいの石垣が積んである。その切れ目、村の外につながる木の門の隣に彼女の家はあった。
「おまたせ、ハタテ」
「あー、やっぱりおねーさま似合う!その服!」
「そう、かしらね」
「うん!バッチリ!やっぱ女の子はたまにはそういうかっこしなきゃですって」
門のそばで私を待っていたハタテは私の恰好を見るなり、手を叩いて笑った。自分の見立てが良かったのがうれしいのか、くるくると私の周りをまわっている。
彼女は私と同じような格好だった。バンダナは細かいチェック柄。ツインテールはほどいていた。とりあえずこれで2人はどっからどう見ても人間の村娘。な、はずである。
しばし私の姿を堪能したハタテは、満足げな顔をして足元の荷物を手に持ち始めた。
「じゃ、行きましょうか。結構遠いですからね、急いでいきますよ。はい、これおねーさまの荷物です」
「はい、っと。‥‥えっと、そんなに遠かったかしら」
ハタテからずしりと重い革袋を受け取りつつ、さり気なく距離を聞いてみる。朝食の席では「ハタテとあの村に買い物に行ってね」としかユウカに言われなかった。幼い“サクヤ”はよくユウカと一緒に行っていたらしいのだが、もちろん私が知る訳もなく。聞き返して微妙な空気を流すのがためらわれ、聞かずじまいであったのだ。
「私の足で半日ですからね。あ、でもおねーさまならもっと早いかな」
事もなげに答えるハタテ。片道半日て。だから泊りがけなのね。
「だったら、最初からこんな格好しなくてもいいんじゃない?近くで着替えれば。美鈴に乗っていっても‥‥」
「目立っちゃいますって。おねーさまが村を出てった時より、人間もだいぶ住む場所が広がってるんですよ。まあ、エプロンは外して行ってもいいかもですけど、そこはそれ、おめかしということで」
「うーん」
「それに村の近くまでドラゴンで飛んでったら、このあたりも田舎ですからね。首都の近くならともかく、ここらの人間達はびっくりしますよ。‥‥メイリンちゃんはまだ首輪してないみたいだし」
「?」
最後にハタテがつぶやくように言ったセリフはよく意味がわからなかったが、ドラゴンライダーもなかなか使いどころが面倒な代物だというのは分かった。
ふうん、と頬を触りながら、私はもうひとつ、気になっていたことを聞くことにする。お金のこと。この世界のお金が一体どういうものか分からないけど、少なくとも私はそんな類の物は持っていない。最初にこの世界で目を覚ましていた時持っていた皮袋。中には謎のハーブと謎の小瓶、干し飯しか入っていなかった。謎の物達についてはユウカに見せたが、どっちもありふれた煎じ薬と塗り薬とのことだった。
「わかった。それで宿代は?お金はどうするの?」
「路銀は少しなら持ってます。あとは、現地調達」
言ってハタテは足元に置いた皮袋の口を開く。中から出てきたのは、折りたたまれたクロスボウだった。なるほど、現地調達ね。道中狩りをするつもりのようだ。
するとますます村娘の恰好をする意味が分からない。狩人の恰好でもいいんじゃないのだろうか。
ぽつりとそれをつぶやいてみた次の瞬間、目の前一杯にハタテの顔が迫っていた。
「おしゃれです」
「‥‥っ!」
「おしゃれのためです!」
「う、うん」
ぐぐぐと顔を近づけて、威圧感さえ放ち始めて力説するハタテに、私はそうね、とうなずくことしかできなかった。なんだかんだでこの子も、中身は年頃の女の子、のようである。たぶん。
「じゃ、行きましょうか!うふふ。おねーさまと二人っきり‥‥」
「よ、よろしくね」
「はい!」
「うお」
私を無理矢理納得させ、何やら不気味な笑いを上げながら歩き出すハタテに、わたしは頬を掻いてつぶやく。ハタテは満面の笑みで頷くと、手を繋いできた。私はよっぽど気にいられているみたい。
‥‥あ、ハタテ、爪紅差してる。ずるい。
*****************************
「『――――久しぶりに見る村の踊りは、相変わらずの卑猥な歌詞と血なまぐさい剣舞により、世辞にも瀟洒とは言えない野性的な代物であり、人間の世界を旅していたサクヤにはいささかの抵抗心を与えるものであった。しかし、サクヤもこの村で生まれた狼なのである。その体に流れる血の為か、幼い時分の記憶の為か、自然と体が動き、尾が揺れ、その内見ているだけでは我慢が出来なくなった。懐かしい村の匂いと姉や友人の呼ぶ声に誘われ、彼女もいつの間にかその輪の中に入り、あらんかぎりの声を張り上げてそのあけっぴろげな歌詞を唄い、返り血にまみれた手足と剣を振り回し、夜が明けるまで踊り明かしたのである』――――ってさ。あはは」
真夜中の、咲夜と美鈴が眠る部屋の隣。パチュリーの書斎のテーブルで。本の一節を音読して見せたフランは、ニヤニヤ笑いながらテーブルの本から顔をあげた。
「さ、さくやぁ‥‥」
「ふーん。まあ、本の中でも優秀じゃないの。首一つ落とさないように掃除するんじゃなくて、そこら中に切り落してばらまいてるみたいだけど」
「うううう」
向う側には、引きつった顔で従者の名前を呟く姉に、いつもと変わらない調子で暢気に語りかけるパチュリー。 今朝がたから目覚めない咲夜と美鈴に付き添う形で、紅魔館の主だった面子が皆この部屋に集っていた。
レミリアは変化した本の内容に眉間を抑えながら、唇をとがらせてブツブツと言った。
「いや、これはこれで血なまぐさくて泥臭くて好きかもしれないけどさ、でもさあ‥‥」
「サクヤも美鈴も猫度は皆無、ゼロね。私はそこが気に入らない」
うーうーブツブツつぶやくレミリアに、パチュリーは澄ました顔で感想を述べる。
レミリアはそんな友人を上目がちに睨み付けた。
「パチェの好みなんか聞いてないっての」
「美鈴もよっぽど優秀になってるみたいじゃない。戻ってきたら龍にする呪いでもかけようかしら。あの白黒鼠位なら簡単に食べてくれそうだし」
「戻す方法見つけてから考えようね、そういうことは!」
暢気な友人のセリフに、思わず声が大きくなってしまうレミリアである。
咲夜と美鈴が眠る図書館の一室で、みんなであの本を読みながらレミリアは頭を抱えていた。友人は、小悪魔が淹れた紅茶を優雅に飲んでいる。妹はあの本をぱらぱらめくりながら悪魔的にニヤニヤわらっていた。
確かに、最初にこの本を読んだ時点での綺麗で行儀のいい内容に比べれば、多少濃いめの味付けで血なまぐさくはなっている。咲夜や美鈴も主人公として活躍している様。でもレミリアが見たかったのはあくまでも最初の物語の世界で健気にヒロインやっている咲夜であって、こんな返り血ドロドロ浴びて、笑いながら敵を八つ裂きにし、刃物を持ってわんわんと、吠えて踊ってる咲夜サンや、やっぱり笑いながら、敵とはいえ女の子の頭を躊躇なく、ボリボリやっちゃう美鈴とかは、ちょっと見ていて心配になって来ちゃうのである。悪魔的には、とても心震える光景なんだけども。け、ど、も!
ちなみに、さっき同じようにこの本を読んでいったフランは「普段もこんなんだったらカッコいいのにねー」とか言いながら、目をキラキラさせていた。‥‥カッコいいかもしれないけど、そーいうのは幻想郷じゃ似合わないことくらい、ちゃんとわかっているわよね?とこっちも心配しちゃうレミリアお姉ちゃんである。
「まあ、心配するほどでもないとは思うわよ。あくまでも本に持って行かれてるのは夢だけみたいだし」
「はん。で、いつ起きるか分かったの?どうすれば元にもどるか分かったの?」
「いんえ」
「そーだよねー!」
相変わらずの友人に、テーブルに体を投げ出しながら、だはー、とため息を吐くレミリア。しかしパチュリーはいいえと言った癖に言葉を続けた。
「強制終了の方法は分からなかった。二人が夢から覚める条件は分かったわ」
「ああ?」
テーブルにあごを乗せながら、レミリアは行儀悪く聞き返して友人の答えの内容を確認してみる。
「この本がラストまで行くこと」
「でーすよねー!」
あまりにも簡単に予想できたその回答に、レミリアは2発目の溜息砲をぶっ放した。
すまし顔の友人は、紅茶を一口のむと、調子を変えずに再び口を開いた。
「でもまあ、色々と魔法の仕組みは分かったから。まあ?これからいろいろやらせてもらうわよ。‥‥ふふふふ」
「パチュリー?」
様子の変わった同居人に、フランがその名を呼んで本から顔をあげる。レミリアはテーブルにあごを乗せたまま、片眉を上げて友人の顔を見上げていた。
あくまでも澄ました振る舞いで紅茶を飲むパチュリー。しかしその顔に浮かぶのは、暗い暗い魔女のほほえみ。
「はん、人の魔法勝手に盗んだ挙句小賢しいアレンジまでして私の介入拒否?咲夜と美鈴の意識を人質にして強制停止をブロック?あはははは!たかが本のクセに何様のつもりなのかしら!?」
『ぱ、パチュリーさん?』
恐ろしい早口で怨嗟の言葉を吐き始め、しまいには高笑いまで上げたパチュリーに、思わず敬語でハモる吸血鬼姉妹。
しかし名前を呼ばれたくらいでスイッチの入った魔女は止まらない。
「良いわ良いわよあんたがその気なら。一応最後まで付き合ってあげようじゃないの。でも思い通りにはさせないわ。魔女舐めんな妖魔本風情が。見てなさい。あはははは!」
「あ、よ、妖魔本だったのねーこれ」
「レミィ」
「はひっ!?」
豹変した友人におののき、現実逃避気味に本を突っついていたレミリアは突然名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばしてしまう。そんな彼女に魔女は冷たい声で命令した。
「最初に読んでいた時の本の内容、全部紙に書きだして」
「はいいい?」
「荒筋でもいい。変わる前の話を書きだして。できるだけ詳しく。――――妹様」
「はい!?」
自分までよばれると思っていなかったフランも、姉と同じようにおもわず背筋を伸ばす。
「今まで読んだその本の内容をレミィと同じように紙に書き出して。一時間ごとに中身を確認。その都度進んだ分の話しを書き出す。いい?」
「うえ!?ね、ねえ。一時間おきに?」
「そうよ。何が起こってるか分からないのよ。その都度最初から最後まで、全部のページを確認して変化点があったら修正を掛ける。記録を残す」
「ええええ!」
「分身すればいいのよ」
「――――のおお」
こともなげに、一時間おきにスペルカード使ってまで写本をしろという魔女の態度と威圧感に、怒りを覚える前に怖れを感じてフランは口元を引きつらせた。
思わず身を乗り出して、口元に手を立ててひそひそと姉に喋りかける。
「‥‥お、お姉様、魔女だ、魔女が居るよ」
「え、ええ、そうね、フラン」
レミリアも引きつった笑みで答えた。そこに響くは冷徹な魔女の命令。
「さっさとやりなさい。記憶は薄れる。本の内容は進む。手遅れにならないうちにとっととやるのよ」
『‥‥』
「やれ」
『いえす、まむ』
がたっと椅子から立ち上がり、またもやハモる吸血鬼姉妹。魔女は彼女らを一瞥すると、部屋の外に向かって小悪魔を呼びつけた。
声色で主の機嫌の悪さに感づいたか、悪魔の少女はものすごい勢いでバタバタと走ってきた。
「あ、はっ、お呼びでしょうかー‥‥」
「睡眠薬を用意しなさい」
「は」
「二人分。早く」
「か、かしこまりましたっ」
口調まで変わっている主の様子に、まるで悲鳴のように返事をすると、小悪魔はまたバタバタと走っていった。
―――― 二人分。その単語に、おもわず吸血鬼姉妹は顔を見合わせる。
「あ、あのー、パチェ?えっと、一応聞いておきたいんだけど」
「その睡眠薬のむのって、えーと。お姉様と私?なのかなぁ?」
「違う」
振り返りながら、短く一言だけ、魔女は答える。レミリアとフランは思わず手を取り合って安堵の溜息を吐いていた。
そんな彼女らに突き刺さるのは、冷たい冷たい魔女のつぶやきで。
「今さっき言ったこともう忘れたのかしらね。レミィと妹様にはやることがあるでしょ。手握り合ってないでさっさとやれば?早くしないとキツイわよ。いろいろと」
「お姉様。パチュリーが‥‥大変だ」
同居人の変わり様に、思わず涙ぐんでしまうフランの手をしっかり握り、レミリアは彼女を励ました。
「がんばろう‥‥やろう、フラン。できるわ。私達なら」
「お姉様‥‥」
頼もしい姉のセリフ。しかし妹が姉の瞳に見たのは、諦観の二文字。
「い、今のパチェは目的の為なら手段を選ばない。抵抗しても魔法で操ってでもやらせるでしょう。やるのよ。一体私達のやることに何の意味があるのか分からなくてもやるの。疑問は持っちゃダメ。良いわね」
「‥‥う、うん」
「それが世の中と言うものよ。これをやり遂げた時、確実にあなたは成長しているわ。さあ、フラン、涙を拭いて」
「お姉様‥‥!」
疲れた先輩OLのような台詞を吐いて新人妹を慰めるレミリア。そこへぶちかまされる無慈悲なお局様魔女の冷たい声。
「さっさとやれって言ってんのよ」
『Yes, ma'am!』
飛び上がるように返事をすると、レミリアは書斎の外へ紙とペンをとりに、フランは本をガバリと開くと同時にフォーオブアカインドを展開。3人が猛烈な勢いで本を読んで記憶、残りの一人がやっぱり紙とペンをとりに走った。
一人、暗い目でフランの読む本を見下ろす動かない大図書館。
「‥‥勝負よ。動かない大図書館の名に懸けて、大事な従者達と私達をコケにしてくれたこと、後悔させてあげるわ」
「‥‥」
本に向かって宣戦布告するパチュリー。どこかその姿は滑稽だったけど、フランは何も言わずに本の内容を確認する仕事に没頭することにした。
「みんな私が食べたからー‥‥」
つぶやくのは、本の中に出てきた歌の一節。
柱時計が、廊下で0時を告げていた。
***************
〽敵の男は玉無しばっかり
剣も振れない腰だって振れない
「‥‥」
〽それもそのはず当たり前
みんな狼がもいだから
「‥‥ハタテー」
〽玉をもがれた間抜けども
心配はいらぬ、さがさないで良いから
「ハタテちゃーん」
「――――みんなわたしが食っべたからっ」
「あのー」
木漏れ日差す、森の中。
最低最悪な歌詞を超絶綺麗なメゾソプラノで歌い上げたハタテは、すっきりとした笑顔で私の方を振り返った。
「あはは。気持ちいいなー!おねーさまも歌いませんか?」
「人間の村娘は、多分そんな歌、うたわないわよ」
「えー!」
「いやいや」
歌詞に狼が出てくる歌を、狼が人間をいじめる歌を、人間にとって、まともと思うのでしょうか。ハタテちゃんは。冗談よね。じゃないと私、貴女と人間の村に行くのとっても不安だわ。
「あー、いや、さすがにそれは分かってますから。大丈夫ですって」
「‥‥」
疑いのまなざしを向ける私に、パタパタと手を振ってハタテは答えた。
もう村を出てからだいぶたつ。さっき通り過ぎた小さな松の木を見て、「大体半分くらいまで来ましたね」とハタテが言っていた。
ここまで、人間とは数回すれ違ったが、「見目麗しい」少女二人に、みな笑って挨拶してくれた。変装は完璧と思っていいんだろうか。ちなみに見目麗しいとはハタテの言である。
「もーすぐ良い狩場に差し掛かりますから、そこに着いたら適当に獲物を狩りましょう。ここら辺は大きなヤマドリが居るんですよ。猪が居たら最高なんだけどな」
「女の子が猪背負ってくのはさすがに違和感あるわよ?」
「二人でよろよろ担いでいきゃ、なんとか人間らしく見えますって」
何でもないように言うハタテ。うん、とらぬ狸のなんとやら。まあ、そこは獲物を狩ったら心配することにしようか。
「じゃ、もう一回、さっきの歌うたいましょーか、お姉様。今度は一緒に!」
「いや、それは、宴会の時だけにしない?ね」
必死に遠慮しようとするが、ハタテはなぜかニヤニヤと目じりを下げて迫ってきた。
「えー、この歌御嫌いですか?宴会の時はあーんなに楽しそうに歌ってたのに」
「いや、あれは!わたしも興奮してたから!」
「これ子守歌でも歌うから、気にすることないですって。おねーさまも小っちゃい時聞いてたでしょ?」
「むえっ」
いやいや、これが子守唄って。そりゃちいちゃい時からこんな歌きいてりゃ、そりゃあ強い人狼が出来上がるかもしれないけど!
脳裏に一瞬、幼いれみりあにユウカがこの歌を優しく歌っている姿が浮かび、私は頭を激しく振ってその幻視を振り飛ばした。
「さー、いきますよー。てきーのおーとこーは」
「ハタテちゃーん!?」
森の中に私の哀しい悲鳴が響く。しかし、ハタテは無慈悲にも、私が一緒に歌うまで、延々とその歌を繰り返したのだった。
――――その時私は気が付かなかった。藪の中から、こちらを覗く、4つの目玉があったことに。
続く。
続きを楽しみにしております。
スカーレット姉妹を震え上がらせるほどのパチュリーさん怖いです…w
続きも楽しみなので、頑張って
書いてくださいな。
追記 スマホで見てるんですけど
点数のつけかたがわからないので
いっつも0点になっちまいます。
どーしたらええんでしょう。
つけれてたら良いけどね。
楽しく読ませてもらいました。
次回も楽しみにしてます。
はたては某はぐれスレのキャラづけっぽい
しかしこの作品は長くなりそうで心配だ
面白いですね!
パッチェさん怖い((((;゜Д゜)))