既に舟の中に半分ほど水が注がれた所で、舟幽霊が自分に近寄ってくる気配に気付く。
「む…ようやく張り合いが出てきたようですね」
面白くなってきた、と笑いながら気配の来る方向を警戒する。
相手も気付かれたと判断したようで、一気に距離をつめてきていた。
「そこまでです! 無駄な抵抗は止めて大人しくしなさい!」
牽制用の使い魔を周囲にばら撒きながら、映姫が舟幽霊に呼びかける。
しかし当然、聞き入れるはずがない。
「生憎ですが私も、少しは羽目を外したいんですよ! そぉ~れぇっ!」
どこからか巨大な錨を取り出すと、身体全体を使って回転しながら振り回し、
周りを囲んでいた映姫の使い魔を全て叩き落していく。
その勢いで波が起こり、少し流されていった舟がゆらゆらと揺れていた。
「やはり聞き入れませんか、仕方ありませんね…抵抗しても罪が重くなるだけだと言うのに」
素直に従わない事に飽きれながら、映姫が悔悟の棒を構える。
話しても無駄なのであれば、力ずくで沈静化させるしかないだろう。
相手の方も臨戦態勢を整えて、準備は万端のようだった。
「弾幕には弾幕で返すのが道理だそうで…行きますよ、溺符『ディープヴォーテックス』!」
先に行動を起こしたのは舟幽霊の方だった。
スペルカードが宣言されると同時に、三途の川の水が巻き上げられて映姫の周囲を水が埋め尽くす。
そして周りを囲む水の壁から、無数の水で出来た弾幕が映姫に襲い掛かる。
「この程度で通用すると思われるとは…甘く見られたものですね。罪符『彷徨える大罪』!!」
対抗するように映姫がスペルカードを宣言すると、
周囲に現れた使い魔が水の壁を切り裂き、開かれた隙間から水をかわして映姫が脱出した。
「あっさりかわされるとは…もう少し苦戦してみてくれても良いと思うんだけどなぁ」
容易く抜けられた事を不満に感じながら、舟幽霊は次のスペルカードを用意しようとする。
これだけ水に囲まれていれば負ける筈はない、と余裕を見せていた。
「弾幕ごっこにおいて、油断と慢心、そして寝不足は大敵ですよ…受けなさい、審判『十王裁判』!」
早く済ませて仕事に戻りたい映姫が、隙を突いて即座に二枚目のスペルカードを宣言した。
自分の周囲に小型の弾幕をばら撒きながら、その軌道に沿うようにレーザーを放つ。
「うわっ、とっと…動きを拘束してくる弾幕ですか、これは中々…」
何とか隙間を縫ってかわして行く舟幽霊の顔には、先程のような余裕は浮かんでいなかった。
映姫の作り出す弾幕は的確に相手を追い詰めていき、逃げる場所を限定させて行く。
「ちょっとマズいですね…ならばこれです! 幽霊『シンカーゴースト』!」
しかし、舟幽霊も負けてはおらず、追い詰められてしまう直前で新たにスペルカードを宣言する。
それと同時に自らの姿を一時的に消して、迫り来る弾幕を回避したのだ。
「消えた…! さすがは幽霊と言ったところかしら…」
姿を消した事で僅かに驚きを見せる映姫だったが、すぐに立ち直ると神経を研ぎ澄まして気配を探る。
いくら姿を消していても、霊圧まで消す事はできないので、居場所を探す事も不可能ではない。
「覚悟ぉっ、『ディープシンカー』!!」
映姫の背後に姿を現した舟幽霊が、勢いよくスペルカードを宣言した。
ここからなら避けられまい、と思い勝利を確信しているようだった。
「それはこちらのセリフです! 審判『ラストジャッジメント』!!」
来る位置を予測していた映姫は、すばやく反応してスペルカードの宣言をし返した。
そのまま互いの弾幕がぶつかり合って、弾幕の放つ光が三途の川を照らす。
弾幕のパワー自体は映姫の方が勝っているのか、少しずつ押し始めていた。
「くっ、強い…!」
宣言を解けばそのまま直撃を受けるが、このまま保っていても負けてしまうのは時間の問題である。
「潔く諦めて、大人しく裁かれなさい!」
追い討ちを掛けるように映姫が弾幕の勢いを強めると、あっという間に舟幽霊の目の前まで弾幕が迫っていた。
「こうなったら、一か八かっ…転覆『道連れアンカー』!」
最後に悪あがきをしてやろうと、宣言を解いた舟幽霊は弾幕を受ける直前に別のスペルカードを宣言する。
「なっ…!?」
持っていた錨が映姫の方へと伸びて行き、そのまま鎖が足に絡みついた。
弾幕の直撃を受けて落下して行く舟幽霊から伸びている為、映姫もそのまま落下していってしまう。
「く、外れませんか…!」
落下しながら足に絡みついた鎖を外そうとするが、体勢が悪く中々外す事ができない。
そして舟幽霊が三途の川に沈み、水面は映姫の眼前へと迫っていた。
「このままではっ…」
どうする事も出来ず、映姫は覚悟を決めると水面との衝突に備えるのだった。
目を閉じて衝撃に備えていた映姫だったが、いつまで経っても衝撃に襲われる事はなかった。
不思議に思いながらゆっくりと目を開くと、そこには舟幽霊を担いだ小町の姿があった。
「あ、四季様。もう大丈夫ですよー、ちゃんとあたいがキャッチしましたから」
のん気に笑いながら、映姫の帽子をかぶった小町が得意げにしている。
どうやら、水面にぶつかる前に小町が助けに来てくれたようだ。
「小町、どうして…さっきまで寝てた筈では…」
「いやいや、四季様の声が聞こえたらそりゃ目が覚めますって。
気付いたら弾幕ごっこ始めてますし、割って入れなかったんですよねぇ」
寝てた事を否定する様子もなく、映姫のスペルカード宣言で目を覚ましたと正直に答える。
「……やっぱり寝ていたのね…まぁ、今回だけは大目に見てあげますが…」
そんな小町に飽きれつつ、助けてもらったのは事実なので映姫も強くは出れなかった。
「いやー、さすが四季様! あ、帽子はお返ししますね」
「まったく、調子良いんだから…ん、ありがとう」
被っていた帽子を映姫に返すと、そのまま舟を接舷させて映姫と舟幽霊を降ろす。
どうやら、弾幕ごっこの最中に脱げてしまった帽子を小町が拾っていたようだ。
「で、この子が犯人なんですか?」
「えぇ、そうよ。見ての通り舟幽霊ね…こんな所まで来るとは、余程の変わり者なのか…」
まだ気を失っている舟幽霊を指しながら、小町が確認する。
それに答えながら、映姫が舟幽霊の頬を軽く叩いて目を覚まさせようとしていた。
「ほら、起きなさい。まだお説教が残っているんだから」
「それよりも事情を聞いたりする方が先なのでは…」
珍しく小町が映姫の発言に突っ込みながら、起きるのを待つ。
それから程なくして、舟幽霊も目を覚ましたのだった。
「…うぅん……はっ、こ、ここは…」
舟幽霊がきょろきょろと辺りを見渡して、自分の置かれている状況を確認する。
弾幕ごっこに負けて、そのまま捕まってしまったようだ。
「目が覚めたようですね。それでは早速、色々と話を聞かせてもらいましょうか」
「うぅ、分かりました…」
さすがに逃げるのも諦めて、舟幽霊は観念した様子で映姫の言葉に応じるのだった。
了承も得たところで、さっそく映姫が順を追って質問を始める。
「では先ず、名前を聞かせてもらいましょうか」
「えぇ。私は村紗水蜜、見ての通り舟幽霊です…あ、でも底の抜けた柄杓は平気ですよ」
「そりゃまぁ、持参してりゃーそうだろうねぇ」
元々話をするのが好きなのか、村紗と名乗った舟幽霊は聞いていない事も喋り出す。
それに相槌を打ちながら、何となく気が合いそうだと小町は思っていた。
「余計な事は言わなくてよろしい。…それで、どうしてこんな真似をしたのかしら?
舟幽霊なら舟を沈めるのは当然でしょうが、なぜ三途の川の舟を狙ったのか…聞かせてもらいましょう」
関係のない事を話している暇はないと、強めの口調で注意してそのまま事情を尋ねる。
「あぁ、それはですね、仰るとおり舟幽霊の性と言うか…でも幻想郷って、海がないじゃないですか。
たまに湖に出ている舟は、人間が乗っているので派手な事をすると問題になりますし。
そこで何か良い方法はないかと考えている所に、ここを見つけたんです」
「人間が襲われたとなれば、霊夢も黙っちゃいないだろうからなぁ」
被害者のはずの小町が、村紗の話を聞いて納得したように頷いていた。
割と大事に分類されるのだが、あまりその辺を理解していないようである。
「…それで、舟の上で寝ている小町は格好の獲物だったという訳ね…」
「はい、何度かやってれば警戒して張り合いが出るようになるかと思ったんですが…
何度やっても相変わらずで、いい加減飽きてきたなぁ、とか思ったり思わなかったり」
自分の行動を誤魔化すように笑いながら、村紗が説明を続ける。
結局のところ、サボっている小町にも問題があったようだ。
「いやー、四季様のお説教に比べればそれくらい全然…」
「……小町、仕事が終わったらすぐ私の部屋に来なさい。たっぷりお説教してあげます」
「えぇっ、そんなぁっ!?」
相変わらずのん気そうな小町を見て、映姫が怒りを隠さずにそう言い渡した。
心底嫌そうな反応を返していたが、これは完全に自業自得である。
「…えーと、それで私は一体どうなるんでしょう?」
二人のやり取りを楽しそうに見ていた村紗も、自分の置かれている状況を思い出して恐る恐る尋ねた。
「そうですね…小町にも問題があったとは言え、見過ごせる事ではありません。
しかし正直に話した事と、貴方の事情を考慮して、お説教と反省文の提出と言った所でしょうね」
「そ、それだけで良いんですか?」
映姫の言い渡した内容に、少し驚きながら思わず村紗が聞き返す。
もっと厳しい罰を与えられる事も覚悟していたのだから、当然の反応だろう。
「いやいや水蜜、四季様のお説教と反省文を侮っちゃいけないよ。
他の罰の方が良かったと思えるくらい厳しいからね、お説教も長いし」
そんな村紗を脅かすように、小町が口を挟んでくる。
何故か妙に説得力があるのは、恐らく受けた事があるからだろうか。
「…小町も受けたいようですね?」
「あっ、い、いえ、すいませんでした! 反省文は本気で勘弁してください!」
よほど恐ろしいのか、小町が慌てて映姫に謝っていた。
その様子から、かなり厳しい事は想像に難くない。
「そんなに凄いんですか…こ、これも修行と思って頑張ります…」
さすがに怖気づいたのか、村紗も戸惑いながら頷いた。
「では早速始めましょう、先ずそもそもですね…」
それを聞いて、さっそく映姫が説教を始める。
これは長くなりそうだ、と思いながら、
小町は仕事に戻って少しでも説教される事を減らす様に努めるのだった。
三途の川の舟が沈められる問題を解決して、暫くの時間が過ぎた。
あの後、村紗は三日三晩にも及びそうな程長いお説教と、
厳しい反省文の添削に加えて、彼女が住んでいる寺の僧侶──聖白蓮と言うらしい──にも、
舟を沈めていたことがバレてしまって厳しい説法を受けたらしい。
内容までは分からないが、映姫に並ぶとも劣らない過酷な物だったようだ。
「はぁ…それにしても……」
机に肘を突きながら、映姫がため息をつく。
原因は、事件を解決しても小町の仕事ペースが変わっていないからである。
それどころか、前よりも遅くなっているような気さえしていた。
「確かに最後は小町に助けられたとは言え、十分頼りになる事を示した筈なのに…」
あれだけでは足りなかったのかと真剣に考えながら、他に良い手はないかと考えを巡らせている。
そんな映姫の思惑を知ってか知らずか、小町は相変わらずのんびりと仕事をこなしていた。
「あっはっは、そんな事があったのかい? そりゃあ笑えるねぇ」
「まったくです、いまどきそんな失敗をする人がいるなんて…」
運んでいる幽霊と話すのは日常茶飯事だったが、最近はそこにもう一人加わっていた。
あの一件以来、お互いに話をするのが好きな村紗と小町は気があったらしく、
二人は積極的に交流するようになっていたのである。
そしてそれが原因で、今まで以上に仕事が遅れているのだ。
小町のサボり癖も解消されていないので、仕事の進みが早くなるはずもないだろう。
「え? あぁっ、ごめんごめん、悪かったって! そんな事言わずに続きを話しておくれよ」
「そうですよ、もっと聞かせてくださいよー」
幽霊の機嫌を損ねてしまった事を謝りながら、二人揃って話の続きを促している。
そして今日もまた、三途の川では二人の楽しそうな話し声が聞こえてくるのだった。
作品としてはシンプルで読みやすくラストまで安定していたように思います。
飽きれる・呆れる・あきれると入り乱れているのは狙いなのか誤変換なのか判断できませんでした。