私には口癖がある。
例えば炬燵でのんびりしているときや、縁側でお茶を飲んでいるとき。
なんとはなしにポロッと口をついてしまう言葉。
「はあ」
これは悪癖に分類されると思う。
意味があるわけではなく、その言葉をただ発するだけ。
多分、聞いてしまった側からすれば発言者の意図はあまり関係ないんだけれど。
ただ、この口癖が出るのは殆ど一人でいる時なので、幸いな事に誰かに聞かれることが無い。
いや、殆ど無いと言うべきか。
「あぁ、ねこになりたい。」
「にゃー?」
「にゃあ」
「なるほど、ありね」
「……こんにちは、さくやさん」
「それではごきげんよう、ねこさん」
そう、今のように。
「待って! 絶対誤解してるから!!」
――――――――――――――――――――
「紅白巫女は猫巫女になるのね。感慨深いわ」
「その予定はないわよ……」
買い物帰りであっただろう咲夜を縁側に引きこんでおいた。
誤解を招く情報は、散る前に止めないとね!
「それで、なんで突然猫?」
「別に猫じゃなくたっていいんだけど……」
咲夜にもお茶を渡しながら私も隣に腰掛ける。
「霊夢なら犬とか鳥とかよりは猫のほうがいいと思うけど。」
……ああ。今日はいい天気。
昨日はすごく寒かった。すこし雪が降ったと思う。
それに比べて今日はすっごく暖かい。地面も日の当たるところは乾いている。
「現実からは逃げられても、時間からは逃げられないのよ?」
「誰がうまいことを言えと……」
仕方ない。
私では咲夜には勝てない。主に瀟洒的な意味で。
「それで?」
「うん、まあ、あれはね」
――――――――――――――――――――
その時もぼーっとのんびりしていた。そして口癖。
「あー、ひまねぇ」
魔理沙がいたことを忘れて。
本当に暇だったわけではない。
何も話さなくても落ち着くというか。こう、分かり合ってるみたいな雰囲気があるから……
もちろん、それを聞いた魔理沙はちょっと不機嫌だった。
私としても口癖で困っていたし、ちゃんと謝ったら許してくれた。
なんだか少しホッとしたような顔をして、魔理沙は言った。
「びっくりしたついでに、面白いことを思い出したぜ」
確認するようにこっちを見たから、無言で頷いておく。
「言葉って言うのはさ、魔法に近いものなんだ。」
「呪文を唱えて魔法を使うのは見たことあるだろ?それと同じようなものでさ」
「ごく簡単な魔法なら口に出さなくても使えるが、頭のなかで唱えるかどうかの差だろう」
ふうん? そういうものなのかしら?
「つまりだな、言葉を重ねるとより『その』通りになりやすくなってしまうのさ」
「例えば、『退屈だ』って言い続けてると実際に退屈になるってな具合にな」
私は魔法には詳しくないけど、なんとなく魔理沙の言っている意味が理解できた。
ふむふむ。なるほど。
魔理沙は苦笑しながら大抵は自分の思い込み・自己暗示のようなものだとも言った。
まあ、結果が『そう』なるんなら魔法も思い込みもあんまり違わないと思ったけど。
そこで。
「どうせ口癖にするんなら、もっと面白そうなことにしようぜ」
「面白そうなこと?」
「そうだなあ、お金が降ってくる! とかどうだ?」
「異変ね……」
「面白そうではあるけどな」
「確かに退屈ではないわね」
「ならそれよりさ……」
――――――――――――――――――――
全部を話すと長くなるので、咲夜にはかいつまんで話した。
「なるほど……それで『猫になりたい』というわけね」
「まあ、口癖を変えるっていうのはなかなか面白いわ」
今みたいに暇つぶしになるしね。
「私に聞かれちゃったしね?」
なんて咲夜がにやにやしながら見つめてくるけど、その手には乗らない。
博麗の巫女は伊達ではないのだ。
「あらあら、真っ赤」
「……三倍なのよ」
「なにそれ?」
「早苗が言ってた」
「……そう」
早苗が言っていたのは本当。
どういう意味かはわからなかったけど。
常識に囚われていない早苗が私たちの常識。
「それで、結局猫巫女にはならないの?」
「猫になったら退屈しないのかなあ?」
― なら、試してみる? ―
正面に突然現れる気配。
私は慣れたけど、咲夜はしっかりナイフを持っている。いつの間に。
「こんにちは、紫」
「こんにちは、霊夢」
いつもそうであるように、すきまからするりと出てくる。
それとも入り込んで来る、だろうか。
「その登場の仕方は歓迎できないので遠慮して欲しいですね」
「言っても無駄よ、咲夜。どうせ他人の言うことなんて聞きやしないもの」
「それもそうね」
言いつつ、ナイフを何処かに消す。
なんだ、わかってるじゃない。
「さっすが。私の霊夢はわかってるわね」
「それで、紫はなにか用があるのかしら?」
さっ、と紫から顔を逸らしながら尋ねる。と、逸らした先で咲夜と目があった。
「まあ、三倍巫女」
うるさい。余計なこと言わなくていい。
紫が笑ってるじゃないか。
「ふふ。私はね、霊夢が猫になりたいと聞いて。」
「……盗み聞きとはいい趣味ね」
「……一体いつから?」
全く気づかなかったのは咲夜も同じみたいだった。
紫はおかしくてたまらないらしく、口元を扇子で隠す。
「ええ。あの後お酒が入って酔った誰かさんが『じゃあ、誰か来ないかなあにしようかなあ』とか言ったり、どこかのMさんが『そうか! なら魔理沙さんが駆けつけてやるぜ! わはは』とか言ってるところもしかと聞いていましたわ」
どかーん
ぐはあ
これはダメだ。紫には勝てない……
心に深い傷を受けた私は縁側に倒れこむ。
「……猫になるの?」
と言うのは咲夜。
おお。すりすり。
倒れた先はメイドの膝の上でした。そうだ、こっちには咲夜がいたんだった。
今更湯のみとか心配になったけど、湯のみは咲夜の反対隣にあったので無事みたい。
ほっと一息。
お茶をひっくり返さなかったのはいいことだが、今の状態はどうなんだろうか。
しかしこれは……
「……猫も案外いいかもしれないわ」
咲夜が拒まないことをいいことに膝枕を堪能する。すりすり。
「霊夢は猫になっても紅白なのかしらね」
なんていいながらそっと髪を梳いてくれる。
うむうむ。これはいいなあ。
「霊夢が猫になったら白猫でしょう」
紫もいつの間にか私の隣に座っている。その手には湯のみ。いつの間に。
私と咲夜の湯のみにも注いであることを目の端で捉える。仕方ない、今回は許す。
「赤毛にしろ白毛にしろ、猫にしてみればわかるわよね」
え、と思った時には咲夜の膝の上にいた。
さっきも膝の上に頭を乗せてはいたが、頭だけではない。
そのままそっくり全身咲夜の膝の上なのだ。
低くなった頭身で周りを見渡すと咲夜の驚いた顔があった。
へえこんな顔できるのかと、じっくり観察しておいた。
「――――、――――――――――――?」
「―――――――――――。」
「……――、―――――――」
なんだか私の頭上で話しているようだけどなんて言ってるのかは全然わからなかった。
とりあえず自分の体を観察する。
ふむ。
手と脚の先、いや、前足と後ろ足?
とにかく先っぽだけが白い黒猫のようだ。あ、しっぽも先が白い。
しっぽが人間にはないので動かせないかもと思ったけど、意外と普通に動かせた。
なんていうか、背中というか腰の辺りを……
まあ予想はしてたけど。猫ね。
猫耳だとか猫尻尾だとかそんなものではなく。本当の猫。
ひげも耳も、眉根を寄せるのと同じような感覚で動くし、視界もいたって良好。
動くものを追ってしまうのは性か。
体は毛に覆われているので、寒くはない。むしろお日様があたって温かい。
ふむふむ。
これは悪くない。
問題は。
「にゃあ」
やっぱり、というべきか。
私の発した声は人間のそれではなかった。
ただ、声を発したおかげで二人の意識はこちらを向いたようだ。
どうやら、紫のいたずらに咲夜はちょっと怒っていたようだ。
ああ、猫はそういう気配にも敏感なのかな?
思いつきで咲夜の顔をしっぽで撫でてみる。さわさわ。
ちょっとだけ柔らかくなった雰囲気を確認して、一度縁側に降りる。
体に慣れるように少し歩く。
そして今度は紫の膝の上へ。
みゃおん
ちょっと、何言ってるかわかんないんだけど。
というつもりで抗議する。
人間の言葉でなくても、紫ならこう、妖怪ぱわー的な何かで伝わるかと思ったからだ。
「――――――。――――――――」
二言三言喋った後私を撫でる。
ええいそうじゃない。
しっぽで手を撃退しながら再度抗議。
にゃあ、にゃー
次ふざけたら噛み付こうかそれとも引っ掻いてやろうかと考えた時、紫がなにか言った。
「――――。――――、……これでいいのかしら?」
にゃん
最初からそうすればいいのだ。全く。
しかしこの境界をいじることができるって、面倒だけどすごく便利だと思う。
「ふふ。成功ね。これでちゃんと伝わるわよ」
紫はそう言うと、咲夜の方に目を向ける。
つられてそちらを見る。
「霊夢、大丈夫なの?」
にゃあ
「はあ、よかった。驚いたんだから。」
みゃおん
「……それで、黒猫さん?」
にゃぁん
「…………」
ごろごろごろ
紫が撫でてくるせいで咲夜の話が全く聞こえていなかった。
相打ちくらいはしっかり返そうと思っていたのだけれど、最後の方はそれも怪しかった。
猫の弱点は顎だっていうのはよく聞く話だった。
これは本当だ。これは、やばい。
紫が優しく撫で上げる度にふにゃふにゃと力が抜ける。ぉぉ。
ふと紫の手が止むと、咲夜を視界に入れることに成功する。
「……霊夢、ちょっとこっちに。」
少しだけ目が真剣で、ちゃんと話を聞けなかったので素直に言うことに従うことにする。
見上げると、紫がとろけた顔で微笑んでいたのでしっぽで軽くはたいてやる。ちくしょう。
紫の膝の上でぎゅうっと伸びをして、縁側に降りる。
なんだかさっきより近く感じる距離を歩いて、咲夜の前に座る。
怒られるかな、と思うと少し俯いてしまうが、咲夜が膝を叩いて呼ぶので移動する。
私、猫じゃないんだけど。いや、猫なんだけども……
そっとエプロンに乗る。
恐る恐る視線を上げると、咲夜と目が合う。
咲夜はちょっと緊張気味に口を開いた。
「ねえ、触っても平気?」
にゃあ
言葉で言っても伝わらないと思い、咲夜のお腹に頭をくっつける。
そのくらいで機嫌が治るなら易いものだ。
咲夜がおっかなびっくり手を伸ばしてくる。
さわさわ。なんともくすぐったい。
「……わあ」
あんまり弱すぎるのは焦らされているみたいで嫌だった。
でも、がまんがまん。
なでなで。さわさわ。
最初は触れるか触れないかくらいだった手も、大丈夫だと確認すると段々心地良い位になってきた。
顎の下はやっぱり気持ちが良かった。
暖かくて優しくて気持ちよくって、いつの間にか私は横になっていた。
「ふふ。ここが気持ちいいのね?」
咲夜も、ちくちくしていたのが消えいて、柔らかかった。
そもそも、怒ってはいなかったのかもしれない。
「しっぽはあまり触ってはダメよ」
「そうなんですか。気をつけます」
紫と咲夜が殆どぴったりくっついて私を撫でている。
珍しい取り合わせだなとか仲がいいなら安心だなとか、そんなことを思った。
――――――――――――――――――――
しばらくして。
ようやく満足したのか咲夜と紫の猛攻が終わった。
肌寒さを感じる暇がなかったから、日が落ち始めたのにようやく気づく。
気持ちよかったから文句はないんだけど、ちょっとだけ疲れた。
このままではちょっと寒いので室内に入った。
買い物をすっかり忘れていた咲夜は、お嬢様を呼んできますとかなんとか言って飛び出していった。
今は炬燵に紫と私の二人だけだ。
いや、一人と一匹だった。まだ私は黒猫だったから。
本当は炬燵に入りたかったんだけど、「いっさんかたんそ」がどうこうって入れてくれなかった。
河童には電気で動いてるから、入っても平気だよって言われたんだけどなあ。
それでも、炬燵に入った紫の腕の中に収まることで妥協した。
だって、妖怪のくせに温かい。
紫はずっと頭を撫でる。眉間から首の後までをゆっくり撫でられる。
咲夜も最初は頭ばっかりだったけど、腰やお腹も気持ちいいことを知ると、あっちこっちたくさん撫でてくれた。
紫は別なところも撫でる。おなかとか足とか。
それでも頭をよく撫でてくれる。
咲夜に遠慮してるのかと思ったけどどうやら違ったみたい。
その手がごくごく優しいものだったから、見上げてみると、紫は私を見ていた。
相変わらず何を考えているのかはわからないけど、やっぱり紫は紫のままで安心した。
みゃあ
「暇が紛れてよかったわね」
にゃあ
「それとも犬の方がよかったかしら?」
にゃあん
「そうねぇ。私も猫で良かったと思うわ」
にゃん
猫は便利だった。
人間なら言葉を選んで並べて発しないと伝わらないけど、猫なら一声だ。
ずっと猫のまんまは困るけど、たまにならこれも悪くない。
人間には人間の、猫には猫の煩わしさがあるからね。
どうせ明日には戻るんだろうから、今のうちに猫を堪能しておこう。
にゃぁん
思いっきり甘えてやる。
猫なんだから仕方ない。
おでこを紫の首にこすりつける。
「あら、今日は甘えたがりね。」
そういいながらも喉をかいてくれる。
ああ。心地良い。
思えばこんなに他人に触れられるのは久しぶりだった。
さっきからゴロゴロ喉が鳴っているのは、意識してやっているわけではない。
そういう本能なのかもしれない。
おなかをくすぐっていた手が止まったので気になっていると、いきなりぎゅっと抱き寄せられる。
「ううん! もう。かわいいわあ」
仕方のないやつだ。
仕方ないから抵抗できないままでいてやろう。私猫だし。
またしばらくこのままかなって思ったけど、意外とすぐに離された。
なんなんだ。温かかったのに。
「ご飯どうしようかしら?」
?
普通に食べればいいんじゃないの?
「猫のままでご飯食べられる?」
ああなるほど。
そういうことなら大丈夫だろう。
にゃん
「その通りね。ダメだったら戻してしまえばいい」
そのとき私の結界、博麗神社の敷地に何かが入ってきたことを感じた。
猫になっても霊力は無くならないらしい。
無くなってたら大結界も危ないだろうから当然の配慮か。さすが紫ね。
にゃあ
私が鳴くと、それだけで理解して紫は腕を緩めてくれる。
するりと腕を抜けて床に降りる。降りるときにはしっぽを上手に使うのね。
すっかり猫に慣れてしまったことに驚くが、違和感はない。今の私は猫だから。
「ご飯はメイド長に任せればいいわね」
そのとおり。
さて、レミリアをどうやって驚かしてやろうかな。
運命が見えようが操れようが、博麗の巫女は縛れないということを証明してやろう。
王道に飛びついてやろうか。
それとも下から見上げてみようか。
さあ。
猫になっても霊夢はやっぱりマイペースだね。
この出来といい半日を掛けたあなたの勝利だ
良かったです
なついてくれる猫でいいですね...
全然なつきませんよ...
愛されいむは天下の宝ですね。にゃー
この二人じゃないけれど猫さんかわいい
もふもふもふっ
なでなでするのも良いけれど、される側にもなってみたいものです。
猫が猫語のまま言葉が通じるなんて羨ましい
早速読んでいただきありがとうございます!
誤字とか細かいところ、いくつか気になっているので後日訂正させて頂きます。
それと、魔理沙タグ付けたほうがいいのでしょうかね……
ちょっとグレーなので訂正時に『魔理沙は回想』とか付けてみようかなと思います。
猫の日タグですが、1年前にこのタグを使ってる方がいらっしゃいます。
詳しくはタグからどうぞ。可愛いお燐が待っています。
22:22投稿は上げてから気づきました。くぅ!
それと! もう1つだけ。
私の作品にこの背景画像は今ひとつ読みづらい気がします。
……直しませんけども。
コメ返しさせて頂きます。
yosei 様
我が道を行きます。猫ですから。(そういう猫の歌があったような……)
3様
ありがとうございます! 猫といえば「ツン」と「デレ」ですが今回はデレです!
4様
先にゴールした方がいらっしゃいます! 詳しくは猫の日タグからどうぞ!
(勘違いでしたらすみません)
奇声を発する程度の能力 様
ありがとうございます。私に猫の神様が降りていたのかもしれませんw
7様
でれいむさんが猫になったのですから、あまあまですw
飼ってはいないので聞きかじりですが「待つ」のが大事とかよく聞きますね。
8様
愛されてる霊夢さんの輝き!
にゃーん!
12様
ねこれいむは3倍で更に猫補正が入るので可愛さがやばいです。
13様
なでなでいいですよね!
し、仕方ないですね。僭越ながら私が……(スキマ)
18様
紅白リボンは正義の味方!
そこはこう、紫様の妖怪パワー的な……
せっかく猫になったのに言葉を喋ったら面白く無いと思ったのでちょっと頑張ってもらいました。
コメント、簡易評価嬉しいです。ありがとうございます。
レッツ ニャー!
猫は匂いをこすりつけるらしいです……猫なのでエロくないです! 多分!
猫霊夢さんが甘えたがりなのもあるかもしれません。
ありがとうございます!
ゆっくりにゃーにゃーしていってね! (謎)
猫になっても霊夢は変わらんなぁ。