儂は、人里のとある小さな平屋で客を待った。
外の世界で言う、教会の懺悔室のような狭い空間で、静かにな。まさしく木製の壁に四方を囲まれた密室といったところか。
とは言っても、仏から神に鞍替えしたというわけではない。
相手の顔もはっきりと見えず、こちらの顔も見えない。儂と客の間についたてがあるような、そんな狭い空間が適しておっただけじゃ。防音対策も万全で、客が入れば外から入るための入り口も儂の術で閉じる。
現世と隔離できて初めて、心の内に秘めた闇を解放できようというもの。
「……よろしいでしょうか?」
「ああ、入ってくると良いぞ」
扉が横にスライドする音と、そして椅子を引く音。
声を受けた獣耳が自然と跳ねるのは、致し方のないこと。
唯一儂と客人を繋ぐ机、それに空いた穴から思いのほか綺麗な手が見えて、儂は思わずほうっと声を上げた。
いやはや、朝から話を聞いておるが、外れが多かったからのぅ。庭木の配置や、子供が言うことを聞かない、果ては、驚かそうと思ったら食べられそうなってこっちが驚いた等々。ぱっとしない話を聞かされ続け、こういう、あれじゃ。
苦労しておるような声と、若い娘のような手。こういった者こそ期待出来るというもので――
「あの、実は主人のことで……」
よし、きたぞ。
これじゃっ。
儂はこれを待っておったのじゃっ、
と。なんじゃチューチューと煩いネズミじゃのう。儂が大事な話をしようとしておるのに邪魔をするでないわ。
大切な、大切な、らいふわぁくの一つなのじゃから。
などと、言葉が通じぬネズミに視線だけを飛ばしつつ、話に耳を傾ける。
「実は、私、ずっと前から今の主人と一緒だったのですが……」
聖殿が言う、人間と妖怪の共存。
そういう理念に賛同したからこそ、儂は寺で世話になることにした。その儂なりの手助けがこれなのじゃよ。
悩みを抱えた人間や妖怪のための、出張お悩み相談窓口。
長く人間と平和的に生活しておった儂じゃからこそできる、最高の仕事というわけじゃ。
人呼んで、マミゾウ式『よろず相談所』。
金貸しのおかげで、良い意味でも悪い意味でも人間と共にある妖怪。と認識されたからこそ出来る仕事で、金貸しの相談はもちろんのこと。
就職、出産、恋愛、種族問題なんでもござれと、相談後の処理も請け負うというわけでな。
「あ、あの? 聞いてます?」
「おうおう、大丈夫じゃよ。続けてくれぃ」
ほれ、おぬしのようなネズミに気を取られておったら怪しまれたではないか。儂はこの大切な相談事を聞くので忙しいのじゃから、ほれ、どこかへ行かんか。
しっし、と。儂は足下のネズミを追い払い、客人の話しに集中する。
「それで、主人と一緒に生活を続けていたわけですが。やはり、と言いましょうか。主人にも元の家族のような方達がいて、私もそこに入らなければいけなくなったのです」
ふむふむ、なるほど、
新婚を楽しむために別れて暮らしておった二人が、そろそろ戻ってこいと言われて実家に入った。うむ、よくある話じゃな。
ここで姑にいびられるというのが黄金ぱたぁんじゃが。
「最初は不安でしたが、主人の家族はとても優しくて……とても幸せな日々を過ごせました。しかし幸せすぎたからでしょうか。主人は人が良すぎるので、他人への気配りさえ不安に感じてしまい」
うむ、わかるぞ。
優しさが、疑惑を生むというやつか。
そっちのぱたぁんも、もちろん把握しておる。
外の世界で欠かさず注視しておった『昼どら』というばぃぶるのおかげで、儂はすべての恋愛事情を完全把握じゃ。
「そしてその、主人の人の良さが……、悲劇の始まりでした」
「ふむ、気を配りすぎた。そういうことか」
「はい、一緒に暮らす、主人と同じような人の良い女性、その方に恋慕に似た感情を抱いてしまったのです!」
ほう、きたなっ。
とうとう、きたなっ!
これじゃよ、この行き場のない憤り!
若い男女の恋愛のもつれこそ、こう、クルものがあって――
「相手は老婆なのにっ!」
「……え?」
え、いや?
うむ、まあ、あれじゃよ?
熟女が好きという殊勝な趣味を持った男がいるのは知っておる、が。
「それだけなら、それだけなら耐えられたかも知れません! しかし、主人とその老婆が、今度は年端もいかない少女に手を伸ばしてっ!」
いやいやいや、なんじゃその生命体は。
危険じゃろ。
すとらいくぞぉん広すぎじゃろ。
そもそも一夫多妻とかどういうことじゃ。
あれか、日本ではそういったことが廃れたから幻想入りしたとかそういうことか。
恐るべし、封鎖世界。
「しかもその女の子は……羽根が妙な形をした妖怪で……」
「なん、じゃと……」
ぴっちゃーが回れ右して後ろに投げたら、すとらいくとかとち狂ったこと言われるれべるじゃろ?
異次元じゃろ?
熟女好きで、小さい娘も好きで、しかも妖怪ふぇち。
三角関係とかそういう次元ではないではないか。
何じゃ、やはりこの世界の人間は化け物か?
いや、待てよ……そうなると、じゃ……
はっ、ぷりちーな儂も危ないではないかっ!
「そしてまた、しばらくして……、奇妙な獣耳の妖怪を受け入れて……」
……そやつ、動物ふぇちでもあるのか?
ますます、危険ではないかっ!
儂が身震いをするうちも、その若い娘の声は熱を帯び始めて、
「最後には、大きな尻尾と耳を持った妖怪すら出入りするようになったのですっ!」
な、なんじゃとっ!
それこそ、まるで儂のようではっ!
「しかも、女の癖に、名前の最後にゾウなんてついているんですっ!」
それこそ、まるで儂のよう、で?
「しかも言葉遣いがおかしくてっ!」
あれ?
これ、儂じゃね?
しかも、良く聞くとこの声は……
ぱちんっと。
儂が指を鳴らすと、変化に使っていた妖力が消え去り、周囲の景色が一変する。
壁は空気に解けて消え、
狭かった世界も一気に広がる。
客と儂を隔てていたついたての壁も同じように、霞の如く消えていき。
残ったのは、一般的な平屋建て。
玄関と竈が一体になった、庶民的な家屋だけ。
そして、
「やあ」
幻術が消えた後は、儂の予想通り。
玄関に置いておいた椅子に座るのは、命蓮寺の小さな賢将。
儂よりも一回りほど小さな妖怪が、おもしろそうにくすくすと笑っておったよ。
笑うたびに大きな耳と長い尻尾を揺らしながらな。
「なぁ~ずぅう~りぃ~んっ! 儂の邪魔をしにきたのかっ!」
儂が眼鏡をずり下げながら怒鳴ると、ナズーリンはやはり可笑しそうに笑いつつ、右手を上下に振った。
「いやいや、違うよ。マミゾウが最近積極的に活動していることを、ご主人も気にしていたようでね。それで調べに来たというわけさ」
「なるほど、聖殿絡みか」
「ああ、すまないが、ご主人は聖のこととなると心配性になるからね。立場的に新参者で、正式に寺に入っていないマミゾウが命蓮寺の名を、聖の名を貶める真似をしていないか。ソレを私に調べてこいとね」
一応事前にこういう相談所をつくると星には伝えたのじゃが、実物を見なければ信用出来ぬというわけか。それはわからんでもないが、気持ちの良いことではない。しかしこの賢いネズミ様は、ソレを知りつつ、
「……して、おぬしはそれを堂々と儂にぶつけてくると」
「君相手に回りくどい手など悪手にしかならないからね。柔らかくくるんだ嫌味がお好みならそっちに切り替えても良いけど、どうする?」
「やれやれ、本当に厄介者じゃなおぬしは」
「悪いね、他のメンバーはどうかしらないが、私は君を全面的に信用していないから。証拠集めとも受け取ってくれて構わないよ」
客を装って、おどけてから。
飾らない言葉をぶつけてきおる。
包み隠さず、命蓮寺の全員が無条件で受け入れたわけではないと。
ただ、こやつの場合は、
「おぬしの場合、儂以外の命蓮寺の面々すら心の底から信用しておらぬのではないか?」
「……へぇ」
「まあ、一部か全てかは知らぬが」
「ハハッ、キミのような妖怪が寺に増えてくれて、私は実に嬉しいよ」
肯定も、否定もせず。
満足そうに短い笑い声を出す。しかしその微妙な間がそのすべてのように思えてくるよ。つまり、無言の肯定。というやつじゃ。
こやつは儂や他の者と親しい関係になりすぎないよう。敢えて寺から出たのではないか、とな。
「さて、これ以上腹のさぐり合いをしても時間の無駄だろうから、私はここで帰るとするよ。ああ、そうだ。そろそろ昼だから寺で食べるつもりなら戻ってこいとご主人が言っていたよ」
「おうおう、わかったわかった。冷やかしはさっさと帰れ」
最後にまたハハッと小さく笑ってから、ナズーリンが玄関から出て行く。
まったく、佐渡でも人間と交流しておった儂を疑うとは……
などと言うても、あやつらはその頃の儂を知らんわけじゃからな、どうしようもないか。
信用を得るには、動くしかないというわけじゃな。
よし、張り切って次の客を待……
くきゅるるる……
「……」
腹が減っては戦ができぬ。
ふむ、飯にしようか。
金はあるから、たまには人里で食べるのも悪くない。
そう決意した儂は、人里の裏通りへと出て、
「ん?」
目があった。
「あ……」
小さな声を上げる、小さな人影。
儂の相談所の壁に背を預け、体育座りをし、心細そうに待っておった客人が儂を見上げておった。
くりくりとした目と栗色の髪が特徴的な、愛らしい少女が。
人里におれば引く手数多、といったところじゃろうか。
背中に一対の羽根さえなければ、じゃがな。
「あのっ!」
そんな鳥の妖怪が飛び上がるように立って、儂に駆け寄ってくる。
「こ、この新聞に書いてある相談所って、ここだよねっ!」
「お、おぅ。そうじゃよ。人間、妖怪、誰でも何でも相談所。それがここじゃが……、なんじゃ、あの鴉天狗め。また無断で載せおってからに」
今にも襲いかかってきそうなほど鋭い動きで儂の前に新聞を突き出すもんじゃから、儂もつい身を引いてしもうたが、なるほどな。
『外から流れ着いた大妖怪二ッ岩マミゾウが、人間と妖怪向けの相談所を開設!!』
この記事に誘われて儂のところに来た部類か。まったく、外の世界では断りを入れてから記事にするのが礼儀だというのに。
などと考えておったら突きだしたときと同じくらいの素早さで、鳥の妖怪が手を引いた。そして空いた空間に、ずずぃっと詰め寄ってきて。
「あの、それで……私、ミスティアって言うんだけど、その、マミゾウに聞いて欲しいことがあって……」
「ふむ、そうか。ならば」
儂は息苦しいほど近くなったミスティアと一旦距離を取る。何を期待しておるのかしらんが、興奮状態のようにも見えるからのぅ。
ここは一旦冷静になって貰った方が良いかもしれん。
「いまから飯を食いにいくのじゃが、その――」
世間話をして、気を緩くさせてから本題に入らせようか。
それで飯でも一緒に食べよう、と笑顔で誘おうとしたわけじゃが、儂がちょっと離れた瞬間。
もしかしたら、このまま儂が立ち去ると思ったのかもしれん。
「駄目っ!」
羽根の風力と脚力を合わせた超加速。
風邪を切る音すら聞こえかねん速度の、まさしくそれは茶褐色の弾丸。
それが儂がおもいっきり油断しておるタイミングで、
こう、ずんっと。
「お、ぉぉぉぉ……」
空きっ腹の、ちょうど真ん中に、ぐりっとな。
後頭部が綺麗に見えるというか。
ろけっと頭突きじゃな、これ。
頭がめり込んでおるように見えるのは……気のせいかいのぅ……
というか、これ……洒落に、ならんのじゃが……
「駄目っ! 話を聞いてっ!」
うむ、話を聞くとか言う前に、あれじゃ。
苦しくて、声が出ぬ。
儂が無言で悶えておると、いうのに……
「聞いてよぉ……、聞いてってばぁっ!」
ぎゅうっ、とな。
今度は脇腹から腰あたりにおもいきり抱きついてくるんじゃよ。
儂が返事をしなかったから拒絶されていると勘違いしておるようで、ボロボロと泣きながら、力一杯にな。
じゃが、頭が腹から離れてくれたおかげで、なんとか息をすることができるようにはなったの救いか。
じゃが、うん。
ちょっと、脇腹というかな?
不意打ちで腰が、やばい。
しかも興奮して泣き続けておるこの瞬間にもどんどん力が強まっておるような。
「……はぁ、ふぅ~~、お、おぬし? わ、儂は、何も話を聞かぬというわけではないぞ?」
「……」
しかし、こういうときは焦ってはいかん。
息を整え、深呼吸して。
ゆっくりとな、抱きつくミスティアを撫でながら語りかけてやる。
「朝からずっと相談を聞き続けていたせいで腹が空いたから、どこかで飯を食べようと思っておったのじゃ。それでおぬしも一緒にどうかとおもうたのじゃが」
「……」
力で振り払うのではなく。
言い聞かせて離れて貰う。
これが大人の対応というヤツじゃ。
「おぬしも急いでここにやってきたのであれば、何も食べておらんのじゃろ?」
「う、ん……」
「ならば、腹ごしらえしてから、じっくりと話し合った方がお互いのためになるかもしれん」
ぐすぐすと、儂の服に顔を擦りながら、少しずつ腕の力を弱めていく。
これでなんとか腰の危機は回避出来た。
そう思っておったら。
「おーい、まっみぞー。ご飯の時間だよ~」
声と同時に、空からぬえが降ってきた。
斜め前、ちょうどミスティアを挟み込むような位置に。
おお、これは天の助け。
儂は、ミスティアに『大丈夫じゃ』などと優しい声を掛けながら、撫で。そしてもう片方の手で、ちょっと待てとぬえに指示を出す。
これで、
『儂の連れもちょうど良いところに来たから、一緒に昼を食べに行こう』
そういった作戦が取れるというものじゃ。
じゃから、ぬえや。
少々待っておれ。
……て、なんじゃ?
何故、そんな怖い顔をしておるのじゃ?
何故、ミスティアの後ろに近寄っておるのじゃ?
違うぞ。
じゃから、ぬえ、ちょっと待て。
おぬしの出番はこの娘が完全に離れてからであって。
やっと離れそうなところで、そのように
「マミゾウからぁっ! は~な~れ~ろ~~~っ!!」
おもいっきり、引っ張ったりするとな?
「いやぁぁぁぁっっ!」
こやつも条件反射で、おもいっきり儂に抱きついてきて、じゃな。
つまりはじゃ。
『腰-ミスティア×負担 = 危険』
これが、
『腰-(ミスティア+ぬえ)×負担』
となるわけじゃから、
「あっ……」
あっというまじゃったよ。
儂の腰から、聞こえてはいけない音がしたのは。
「……あの、マミゾウ? えと、ほら。どこか痛むところとかないかなーっとか」
「腰」
「だよねぇ……」
畳の上でうつ伏せに寝転がる儂の左側、ちょうど顔の横でぬえが座り込みつつ儂を見下ろしてくる。
「ほら、私もほら、揉んであげようかなぁとか」
「いらぬ、おぬしの力加減はあてにならん」
じゃが、儂はぷいっとぬえとは反対側へと顔を送る。
するとそこには、儂の腰を痛めつけた下手人その2が正座しておるわけで、
「ね、ねえ? 私、歌得意だから、気分転換にどうかなとか」
「やめぃ、腰に響く」
儂がぬえやミスティアとの会話を短く切り捨てておるのは、怒りだけではないというのに。
それなのにこやつらは……
「あ、じゃあ針治療は? 私、爪を針みたいにしてちくちくできるし」
「……治療経験は何回じゃ?」
「見てただけ」
「誰がやるかっ」
間違っても一か八かを求める場面ではない。
うむ、やはりここは今のように。
畳に全身を預けながらの、まっさぁじ。
熟練の者の優しい揉みほぐしが必要であるわけで、とと、そんなことを言う前に、じゃ。
一応儂が何故怒っておるのかを伝えるのが先決か。
黙っておればわかるかとも思ったんじゃがな。
「はぁ」
地面に這い蹲り、のたうつこともできない苦しみ。
それがやっと緩和されてきたというのにこやつらと来たら。
そもそも、基本がなっておらん。
儂はミスティアとぬえのちょうど真ん中の、何もない壁へ視線を送りながら。
「ぬえや、外の世界で教えんかったか? 悪いことをしたら、何をいえばいいかを。その言葉がまだ聞こえてこんのじゃが?」
その言葉を聞かん限り許すつもりはない。
細目でそう訴えて、やっとぬえにも伝わったようじゃ。
あっ、と小さな声を上げてから、慌ててぺこりっと頭を下げ。
「ごめんなさいっ!」
「ご、ごめんなさい」
ぬえに従うようにして、ミスティアも頭を下げた。
「うむ、それでよい」
妖獣の再生能力を考えれば、目くじらを立て続ける問題でもないからのぅ。それでもけじめというのが必要じゃから、敢えて怒って見せたわけであって。
「そうやって誠心誠意を尽くすことが大切なのじゃ」
うんうん、と儂が小さく頷いておると。
「あの、マミゾウさん?」
部屋の一角、書物が散乱しておるところから声がする。悲しいかな、今の儂ではその姿を確認することはできないが。まあ、声音でわかる。
その子供っぽい、高い音程を持ち主とは最近交流があるからな。人里と寺を行き来するようになった頃、妖怪の情報を集めておる屋敷から招待があって。そのときにであった知識人じゃ。
「なんじゃ、阿求殿。儂は今、二人に大事な話をじゃな」
「……大事な話、ですか。ふーん。そうですか」
な、なんじゃろうなぁ……
目では見えぬのに、阿求殿の方からどんよりとした闇の気質が噴き上がっておるように感じるのは……
「ところでマミゾウさん? いきなりお二人に担がれてやってきた挙句、挨拶もなしに仕事部屋に横になるという行為は、誠心誠意という言葉で形容できますかね?」
「うっ、う、うむぅ……まぁ、き、緊急事態じゃったからな! 特例とかそういうやつで!」
「そして、私と、今さっきまで。大事な、だ~い~じ~な~お話をしていた慧音さんに腰を揉ませているのは? それこそ十分無礼にあたるとは思いませんか?」
阿求殿の言うとおり、儂の臀部の上で儂をまたぐようにして膝で立ち。優しく腰を揉んでくれておるのは慧音殿に相違ない。
お陰様で大分楽になった。
しかし、また別の危機が迫っておるような……
「……い、いや、違うんじゃよ? 本当はそういった治療のできる場所を探しておったんじゃよ? しかし偶然にも休業中で、じゃな? しかし竹林までいくのも辛かったからのぅ、ならば阿求殿の使用人であればそういった心得があるかもしれんと思い、尋ねてみたら、使用人も出払っておるという、偶然に偶然が重なってじゃな……」
「なるほどなるほど、その偶然のせいで私の仕事が中断しっぱなしというわけなんですね? マミゾウさんの責任ではなく?」
「そうか、私は使用人扱いでマミゾウの腰を揉まされているのか、へぇ~」
背中の上から底冷えのする声が落ちてきた。
阿求殿の方からはコンコンっと仕事机を爪で叩く音が聞こえてくる。
これは、ちょっと、ほんのちょっぴり……
まずいかも……。
「……ああー、うー、ま、まあ、あれじゃ。慧音殿が上手そうだったとかいうわけではなくてじゃな。そう、そうじゃ! これも一重に人間と妖怪との交流。友好の印となって後世に受け継がれて――」
不思議じゃなぁ。
なにやら、言葉を続ける度に慧音殿の手の圧力が上がっておるような気が……
「慧音さん」
「なにかな?」
いや、しかし! 二ッ岩マミゾウ! ここで引いては女がすたると――
「……やぁぁぁっておしまいっ」
「あ、ちょ、その力の入れ方は危なっ! ――っ!?」
うん、引こう。
「すまぬ、邪魔してすまんかったのじゃぁぁぁあああっ!」
ばんばんばん、と畳を両手で盛大に叩いた。
なのに、阿求殿は制止の声をださぬ。
いや、うん、無理。もう痛みとかそういうのじゃなくて無理。
「……どうです。お二人とも、悪いことをしたらすぐ謝らないとこんな風になるわけです」
『なるほどぉ~』
感心しとる場合か、なんて突っ込める余裕などあるはずもない。
儂ができたことは手足や尻尾まで使って『ぎぶあっぷ』を表現することだけ。
なのに制止の声が――
「さて、マミゾウさんも反省したところですし、昼の休憩といたしましょう」
「はひぃ……はぁ……」
やっと慧音殿が力を緩めてくれた。
荒療治というやつじゃろうか、不思議と傷みは緩和しておるが、横になったままでは何をされるかわからない。
儂は少々足を引きずるようにして、畳の上を滑り。
荒い息を整えて、這うように上体を起こそうとすれば、
「ぷっ……」
そこには口を押さえて肩を震わせている小童が二人。
笑っておるじゃろ?
お主等? ん?
楽しんでおるじゃろ?
「なんじゃ? 言いたいことがあるならはっきり言わんかっ!」
すると、二人は顔を見合わせ。
満面の笑みで声を揃えおった。
『人間との友好! ご苦労様!』
「キシャー!!」
儂は躊躇うことなく、二人に飛び掛かる。
儂とぬえとミスティアは全員が畳の上で膝を付きながら、壮絶な――血で血を洗う戦いに没頭した。
『頬の引っ張りっこ』と呼ばれる古代からの決闘じゃ。
「……元気がいいのはわかるんですけどね。まったくもう」
ふふ、阿求殿。
こうなっては家主でも止めることできんぞ。
止めようとしたその瞬間、おぬしも地獄に引き込まれてることに
「さて、今ほど使用人が戻ったようなので、昼食を準備させますが? そうやって暴れられると約3人分の御膳を置く場所がなくなりますので。
要らないということでよろし――」
ぴたっ
「……こほんっ! 暴れるとはなんのことじゃ? 儂はただ、食事前の運動をしておっただけで、のう? いやぁ、稗田家の昼食、楽しみじゃなぁ」
腹が減っては戦ができぬ。
昼食をとっておらぬことを思い出したら、腹が空いてきたぞぃ。
「……」
「……」
ん? なんじゃ、おぬしら儂のことをそんなに見つめて。
「……慧音さん、やぁぁっておしまい!」
「みゅにょぉぉわぁぁあああ!」
容赦のない暴力が、再度儂の腰を襲ったのじゃった。
「酷いのぅ……阿求殿は酷いのぅ……」
「反省の色がないからです」
食事をご馳走になってから、皆で畳の上に座り一息付いた頃。儂は抗議のつもりでわざとらしく腰をさすってみる。
「いやいや、儂とてあれだけされれば」
「心からそう思う人は、昼食時に酒を付けて欲しいとか言いませんので」
「いやん」
しかし阿求殿はまったく動じずに、的確な突っ込みを返してくる。
さすが阿礼乙女、侮りがたし。
そんな食後のひとときを楽しんでおると、
くぃくぃ
「ん?」
ミスティアが後ろから儂の背中の服を引っ張ってきた。
お腹も膨れたからそろそろ、自分の相談事を聞けと伝えておるのじゃろうな。居心地悪そうに膝立ちし、早く早くと儂を急かしてくる。
しかも、阿求殿や慧音殿を急に警戒しはじめた。
それで儂は、ミスティアの行動を気にしつつ阿求殿と慧音殿に向き直った。
「ところでご両人。最近人里近辺、もしくは幻想郷の中で異変のようなものはあったかのぅ?」
すると、ミスティアの動きがぴたり、と止まる。
「いえ、特には聞いていませんね。里の外の情報であれば私よりも慧音さんの方が」
「いやいや私もそういうことは聞いていないよ。満月の夜もまだ遠いしね」
「そうか、ふむ」
人里のこの二人の耳には、事件の情報はない。
しかし、じゃ。
儂の後ろで安心したかのように目を伏せるミスティアの動きからして、こやつの周辺で何かおかしなことが起きているのは間違いないようじゃ。
「そうか、ふむ。人間と妖怪の間で事件が起きていれば、儲けどきなんじゃが」
試しに、わざとらしい独り言をつぶやいてみるが。
それでもミスティアは乗ってこんかった。
他の人間と比較して妖怪寄りの二人の前であれば、ぽろりとそれっぽいことを漏らすかと思ったんじゃが。
「マミゾウ、そんな夜雀ほっといて帰ろうよ。どうせろくな相談じゃないって」
「ち、ちがうよっ!」
ミスティアは釣れなかったが、それまで黙っていたぬえが何故か釣れた。
しかもミスティアにとって最悪のたいみんぐで。
「相談事、ですか? もしよろしければ私たちもその話に乗らせて貰えないでしょうか? 私も慧音さんも妖怪をよく知る立場にあります。ですから、ある程度の手助けはできるかもしれません」
「え、えっと……それは……」
ミスティアの瞳は面白いくらいに泳いでおったよ。
一度阿求殿を見て、慧音殿を見て。
何もない天井や、廊下の方すら見て。
声を小さくさせつつ、最後は救いを求めるように儂の顔の上ときたものじゃ。
それほど抵抗があるのなら仕方あるまい。
「おっと、すまぬな。阿求殿。ミスティア殿との相談は儂が先約じゃ。横から出てきて儂の楽しみをかっさらうのはやめて欲しいのじゃが?」
「そういったことなら仕方ありませんね、こちらは下がりましょう。ただし、問題が発生したときはすぐに対処させていただきますので」
「そうしてくれると助かる」
と、優しく阿求殿へ言葉を飛ばしてから。
どんっと、尻尾を一度畳の上に押し付けて
「ところでぬえ? 儂のところに来た客人の情報を他人に話すとは、どういった了見じゃ? ん?」
「……う」
「お前はそれほどに偉くなったのかのぅ?」
「そ、そうじゃ……ないけど、でも……」
「なら、儂の仕事については黙っておれ。よいな?」
「う゛~~」
眼鏡の奧の目を細めつつ、ぬえに釘を刺しておく。
本人から話を持ち出させるならまだしも、無理矢理引き出す場面でもないからのぅ。
「さて、阿求殿、慧音殿お邪魔したな。また茶でも飲みに来るとするのじゃて」
「できればちゃんとしたお茶請けをお持ちくださいね」
「ああ、そうしよう」
そして儂は、ほっと一息つくミスティアを連れて、部屋を後にした。
ミスティアの奇妙な行動も話し合いの中でわかってくるはずじゃろうし、落ち着きを取り戻しておるうちにこやつの相談事を聞き出すのが最優先。
ただ、こやつが妖怪に対して比較的好意的な二人の前で話そうともしなかったこと。そもそも素直に相談所に入ってこなかったこと。
そして、阿求殿の部屋から出て、廊下、さらに玄関まで、ずっと警戒しながら歩いているところを見ると。
万が一にも『人間』という部類に聞かれては困る話。
という結論が導き出されるわけじゃからな、里の相談所も不味いかのぅ。
ま、たまには自然溢れる場所で話し合いも悪くない。
などと、思いながら里の出口まで歩いていこうとしたら、じゃ、
背中を刺してくるような気配が生まれたんじゃよ。
もちろん、それは……
「う゛~~」
阿求殿の屋敷の門から睨む、不機嫌そうな正体不明の視線じゃった。
……まったく、何をやっておるのやら。
◇ ◇ ◇
人里から少し離れた林の中。
昼過ぎの強い日差しも木々の腕に阻まれて、ちょうど心地よい暖かさになっておる。
程良い湿気も、林独特の香りもまた、頭をすっとさせてくれるのぅ。
夏が終わり、霞み始めた深い緑がまた哀愁をそそるというか。
盛者必衰というか。
そういった秋の風情を探しながら進んでおったら、やっと決心したのじゃろうか。横を歩いておったミスティアが口を開き始めた。
木々に包まれて、安心したこともあるのじゃろう。
「人が変わった?」
「う、うん」
「ふーむ」
ミスティアの話の中に出てくるのは一応妖怪じゃから、妖怪が変わったと言うべきか。などと、儂がくだらんことを考えておると、ミスティアは身振り手振りを加えつつ、儂に説明を続け……
「え、えっと昨日、神社で響子と歌の相談で、でもルーミアとも一緒でお墓で、でもルーミアが迷子で……」
「まあ、落ち着け」
いつまにか暗号が完成しておった。
しかし夜雀の暗号などわかるはずもないからのぅ。儂は順番にミスティアの話を整理していった。
「まず、事件は昨日の夕方に起きた。それで良いか?」
「うん、響子と歌の関係で打ち合わせしようかと思って、神社に行く準備をしてたの」
このミスティアという妖怪。
どうやら寺の響子と友人らしく、たびたび『らいぶ』なるものを開催しておるらしい。まあ、観客を集めてそこで歌を披露する。外の世界のものとまるで同じものじゃな。
「寺で晩酌をしておるとき、たまに聞こえる妙な音楽のことか」
「たぶんそれかな。『妙』は余計だけど。それで、響子と約束してたから寺に行こうとしてたんだけど……」
そこで、ミスティアが歩きながら肩を落とす。
「……もう一つ用事あったの忘れてたんだ。ルーミアとの約束」
「あー、外で言う『だぶるぶっきんぐ』と言うヤツじゃな。そのルーミアというのも妖怪か?」
「うん、闇使いの妖怪。能力が闇に関係して仲間だったり、人食い仲間だったりするから気があって。仲良くしてたの」
何やら物騒な単語が出てきたが、それは良いとしてじゃ。
そのルーミアという言葉が出てくると同時に、表情が極端に暗くなったところを見ると、響子ではなくそちらが事件の本命のようだ。
「夜ご飯、私がご馳走するって約束してたのすっかり忘れてて、それでお寺での用事終わってからってお願いしたんだけど、『暇だから付いていく』って聞かなくて。でも私と響子と打ち合わせしてたら、やっぱり退屈だったみたいで途中からお墓の方に飛んで行っちゃったんだよ」
「墓と言えば、芳香がうろついておったか。人間であればあぶないが、妖怪なら暇つぶしにはなるかもしれんな」
たまに、小傘もおちょくられておるし。
と、後の言葉を喉で止めて、儂がミスティアの言葉を待っておると、いきなりゆらゆらと歩いておったミスティアが、こつんっと木の幹に額をぶつけて止まる。
「うん、妖怪なら噛み付かれても平気かなって思ってたんだけど……」
そして、木の幹をぐっと掴んで。
「何かあったとしても、弾幕勝負になるから大丈夫。そう思ってた……」
強く力を込めながら爪を立て、
「だから響子との用事を終わらせて、急いでお墓のところに行ったんだ」
ついにはがりがりと、力任せに幹を削って、
「用事を忘れて待たせたのはこっちだから、少しくらい怒ってるとは思った。でも、謝れば許してくれるって! だって私達友達だから、それくらいのこと大丈夫だって、信じてた! それでね、私、お墓でルーミアを見つけて、ごめんって声掛けた……。そしたら、ルーミアがにこって笑ってね……」
最後にまた、力無く頭をごんっと。木の幹にぶつけた。
羽根を力無く下げ、今にも崩れ落ちそうな背中を儂に晒したまま。
「私を、食べようとしたんだ……」
少しだけ、嗚咽の籠もった声を漏らした。
小さな背中を震わせながら……
「最初は遊びだと思ったけど、ルーミアの爪がほっぺたに掠ったときにわかったんだ。あ、これ、本気だって……。本気で逃げないと食べられる、死んじゃうって思って、必死に霧の湖まで」
そこで妖精たちの間を飛び、ルーミアの気を紛らわせて何とか逃げ切った。
そう続けるミスティアはもう、嗚咽を隠すことはなかったのじゃて。
くるりと振り返り、涙の溜まった瞳で儂を見上げて。
「ルーミアは私に怒って、そんなことをしただけかもしれない。でも、私、違うって思った。絶対、いつものルーミアと違うって思った!」
「……根拠は?」
じゃから、儂もふざけることなく返した。
できるだけ感情を持って行かれぬよう、単純な返しでな。
外見が違った。
行動に違和感があった。
そんな情報を少しでも収集しようとしたんじゃ。
しかし、な。
はは、こやつときたら。
「友達だからっ!」
言い切りおった。
すっぱり、きっぱりと。
なんとも気持ちいいくらいにな。
「ルーミアは私の友達だから、あんなことするはずない! 何か異変に巻き込まれたんだ!」
先ほどの鳴き声から察して、怖い思いもしたのじゃろう。
痛い思いもしたのかもしれん。
しかし、こやつは信じると言う。
『友達だから』
友達を理由無く食べたりするはずがない。
酷いことをするはずがない。
「これが根拠ってヤツよっ!」
それを腹の底から信じると、儂に断言してきおる。
まさしく、その顔じゃ。
いやはや、呆れるを通り越してこれは……
くくっ、ふはははっ
「あ~っはっはっはっ!」
「な、何で笑うのよ! こっちは真剣にっ!」
「いや、ふははっ、すまん。悪気はないんじゃ。いや、久々に気持ちの良い啖呵を聞かせて貰ってな、感動しておったところじゃよ」
「じゃあ、笑わないでよ!」
「わかっておらんなぁ、ほれ、ミスティアや。悲しいときも、嬉しいときも涙が出るじゃろう? それの笑いばぁじょんじゃな」
「うー、なんだか誤魔化されてる気がする……」
いやぁ、しかし。
これほどまで楽しませて貰えるとは思わなんだ。
それにしても、妖怪同士での友情、か。
いやはや、懐かしい感情じゃ。
「で、それで……相談したんだけど……」
自分の言いたかったことを伝え終えたミスティアが、少々不安な顔をしておる。まあ、儂の仕事は相談を受けること。そうして、答えの出るような『あどばいす』を送ることじゃ。
しかし、根拠が根拠じゃしな。
「……ふむ、詳しい原因がわからぬからのぅ、今の段階ではどうしようもない。解決策のようなモノを出せと言うのが無理な話じゃ」
「……そ、そっか。そうだよね……。友達だからってだけじゃ……、わかんないよね……」
「そうじゃな、今は無理じゃ」
「……」
あーあ、何を泣きそうになっておるか。
まったく、若い頃のあやつを見ておるようじゃ。
勢いのままに突っ走って、答えを導き出すための情報を揃えようともせぬ。
じゃから、儂の本音も感じ取ることができんわけだ。
「今は、無理じゃが……、ミスティアや。今夜の予定は空いておるかの?」
「……ぐすっ……え?」
儂が駄目と答えて終わり。そう思っておったのか?
まったく、失敬なヤツじゃ。
「夜は暇か? と、聞いておるのじゃが」
「……っ! 暇っ! すっごい暇! お店あるけど暇!」
「はははっ、しょうのないやつじゃのぅ」
おぬしの気持ちいくらいの叫びが、儂の胸に火を付けたんじゃ。
それくらい面倒を見て貰わんとな。
もちろん、この妙な事件が終わるまでじゃ。
「さあ、そうと決まれば準備じゃ! おぬしは霧の湖まで行って、聞き込み。ルーミアの位置を探っておくのじゃ」
「うん、わかった! 居場所がわかったらどうすればいい? 伝えに戻ったら動いちゃうかも知れないし」
うむ、それはごもっとも。
場所によっては移動に相当時間が掛かるからな。
「じゃから、儂らのほうの準備ができ次第ミスティアに合流する。見つけても見つけられなくてもな。ミスティアは早くに見つけても動かず、ずっと見張り続けることじゃ。頼めるか?」
「え? まあ、それでもいいんだけど……、それだと今度私の場所がわからないと同じことになるよね?」
またしても、ごもっとも。
しかし、それも想定済みじゃ。
儂は、近くにあった木の幹をとんとんっと叩いて。
「じゃから、さっき言うたじゃろ?」
軽く身体を捻り、半身でミスティアに声をとばしつつ、
「儂‘ら’の方の準備、となっ!」
どこぉんっ
『必殺、ムシ取り回し蹴りっ!!』
と、ひねりを利用した蹴りを木の幹にお見舞いじゃ。
儂がいくら可愛く見えようとも、妖獣の身体能力を生かした一撃じゃ。
人間とは比較にならん。
それゆえ、大袈裟なくらいに木が左右に震えてな。
夏場ならこう、ぽとぽとーっとカブトムシやら何やらが落ちてくるのじゃ。
外界の子供達の前で試したら大喜びじゃったよ。
で?
これが作戦と関係あるか、じゃと?
もちろん、大ありじゃ。
しっかりと落ちてきたではないか。
「……き、奇遇だね。マミゾウ」
背中から妙な羽根を6本生やした。
覗き見大好きなムシが、尻をさすっておるじゃろ?
◇ ◇ ◇
「う゛~」
命蓮寺の自室。
そこで儂は筆を口にくわえ、キセル代わりに上下させる。
筆を何に使っていたかと言えば、もちろん筆記のため。儂が座る職務机には、その名残がしっかりと残っておった。
『命蓮寺でルーミアという妖怪の様子がおかしくなった』
『しかし昨夜は満月ではなかったので、酷い興奮状態というのも考えにくい』
この二つが、今わかっておることと、
『人食い妖怪と名が知れているので、それを人間に悟られたくない』
『だから巫女に悟られる前に解決したい』
これが、ルーミアの友人であるミスティアの希望。
そして、儂を含め命蓮寺が最も注意すべきことは、
『様子のおかしなルーミアが人里付近で騒ぎを起こすと、人間と妖怪の関係が悪化しかねない』
こういうことじゃな。
金貸し手帖の1枚を破り取って、情報を記載していこうと思ったわけじゃが。よく考えるとこの程度しか情報がない。儂が昨夜ここにいればまだ事件に係わる情報が仕入れられたのかも知れんが、昨日は人里で別件の仕事をしておったからな。正座を崩しあぐらをかいたり、筆をキセルに換えて一服しても、妙案が思いつくはずもない。
しかし大見得を切った以上は、なんとかせんといかんじゃろうし。
儂は外から持ち込んだ懐中時計を開いて、ふぅっと息を吐く。
作戦決行は夜。
人食いのルーミアが暴走したときのことも考えて、人間があまり出歩かない時間帯を選んだ。それより前にルーミアが人里へ舞い込んだりすれば、まあ。お手上げじゃ。慧音殿くらいに頑張って貰うしかあるまいな。
じゃからミスティアは、『少しでも早く!』と儂に訴える素振りも見せたが、原因が不明なまま動いても危険じゃ。
「……まさか、とは思うがな」
儂がこの世界に呼ばれた理由。
あの神子と呼ばれるものたちが、大々的な妖怪退治を画策し、その一手としてルーミアを暴走させた。
と、考えたとすれば、儂らが動くのは敵の思う壷という可能性がある。
墓地にもあちらの陣営の手のモノ(?)が出入りしておるわけじゃし、まあ、足止めと連絡用にぬえを送り込んでおるから、そうそう間違いは起きぬと信じたいところじゃがな。
……昼間の様子を見る限り、仲良くできるかは不安じゃが。
「さて、悩んでも始まらんかのぅ」
儂は、キセルをふーっと吹かした後。
空が藍色に染まり始めているのを確認してから、墓地へと足を向けた。
ゆっくりと進んでおったせいか墓地についたころにはすっかり暗くなっておった。
この時間ならあやつもここにおるかもしれんし。
さて調査開始、と眼鏡の位置を整えたときじゃったよ。
墓地から妙なつぶやきが聞こえてきたのは、
それは愛らしい、人間の子供のような声で……
「……えっと、昨日は正面から行って駄目だったから」
ぶつぶつ……
「今日は、プランBでいこう! って、プランBってなんだっけなぁ。ああ、そうだそうだ、これだ。物陰から隠れて、大作戦」
ぶつぶつ……
「掛け声は……掛け声はどうしようかな。昨日はうらめしやーだったから今日はあっちでいこう」
ぶつぶつ……
「おどろ……」
「おどろけーっ!」
「う、うわぁぁぁっ!?」
あー、うん。小傘や。
そうやって仰向けに転がったまま怯えた目を向けられると、儂の罪悪感が半端ないんじゃが……
「いきなりなにするの! びっくりするじゃない!」
ただ、儂だとわかった直後の、こやつ変わり身の速さも半端ない。
傘を杖代わりにして立ち上がると、儂を指差して怒鳴りつけてきおった。
しかし、驚かせる妖怪としてその台詞もどうかと思うぞ……
「あぁ、あぁ、悪かった。しかし、知り合いが墓に隠れて何かこそこそしておったら声を掛けたくなるのが世の常ではないか」
もしくは、どん引きして離れるかの2択じゃがな。
「なら普通に挨拶してよ。おかげでまた隠れ直さないといけないじゃない!」
そしてまた知らされる衝撃の事実。
「……隠れておったのか?」
「隠れてたよ! 完璧だよ!」
……いや、完璧って。
墓の影から頭やら尻やら、さらにそのでっかい傘やらがおもいっきりはみ出しておった気が。
「いや、しかし、儂の目からしたら到底隠れておるようには思えなかったが」
「それも計算のうちなんだよ! まったくもう! マミゾウは驚かせる専門の妖怪じゃないんだから、その辺わからないんだろうね!」
「む? 何か理由があったのか?」
「当然」
自信満々に頷く。
ただ、そのあまりの強気が気になって。
「小傘や、もしよければその理由を教えては貰えんか?」
さきほどのバレバレな理由に何があるのかと、尋ねた。
すると、小傘は待ってましたと言わんばかりに腕を組み。
「驚かせすぎて、心臓発作とか起きたら嫌だから!!」
……え?
「私が本気出したら、きっと、こう。声を掛けただけで人間が驚き狂っちゃうから、手加減する必要があるんだよ!」
……あ、うん。
「だからこそ! 食べ物が減らないように生かしたまま驚かす! そのためには、微調整と思いやりが必要なの!」
……なるほど、思いやり……か。
小傘が本格的にこの稼業に向いておらんのは理解出来た。
いつもお腹空いたとウロウロしておる理由もな。
「あれ? ちょっとお腹膨れた。マミゾウってばびっくりしちゃった?」
「うむ、負の方向にじゃがな」
「えへへ~、やっぱり私ってば凄いな~。会話だけで大妖怪驚かせちゃうもんな~」
「……さすが小傘じゃな」
「えへへ♪ って、なんで目をそむけるの?」
しかし、いつまでも小傘と遊んでおるわけにもいかん。
儂は小傘に声を掛けた本当の目的を果たすことにする。
気配を探り、周囲に誰もおらんことを確認してから、
「ところで小傘や、今日儂のところに相談に来たじゃろ?」
一応ぷらいべぇと、じゃからな小声で話しかけた。
すると、小傘はこくこくと頷く。
「あー、おどろかそうとしたけど、おどろかされちゃったってやつ?」
「ふむ、それじゃ」
「うん、そうなんだよ。昨日の夜、またあの芳香ってやつが墓を出歩いてたから、今度こそは負けないぞ! 弾幕勝負で驚かせてやるぞ! って突撃したんだけどね」
やっぱり芳香が頑丈だし、感覚が鈍くて驚いてくれなかった、と。
相談を受けたときと、同じような内容が続いていく。
で、逆に噛み付かれそうになって逃げ回っていた。
そこで、小傘が朝、妙なことを言っていたのだ。
「なんか横から変なのが飛んできて、あなたは食べられる? みたいなことを聞いてきたから、慌ててお墓を出たんだけど」
やはり、出てきた。
その第三者の妖怪。
ぬえやミスティアと別れてから、ルーミアという妖怪の情報を調べた結果。その口調が小傘の言っておった妖怪と一致しそうだと思っておったが、
「なるほど、墓に来ておったのは間違いない、か」
小傘と芳香のやりとりを遊びととったか、それとも、とりあえず声がしたから寄ってきただけか。
寺に来ていたルーミアが反応したのは間違いないようだ。
しかし、その際、小傘にしっかり問いかけているところを見ると、当時はまだ平静を保っていたようにも感じられる。
「……ということは」
ルーミアが登場してから小傘は墓地から逃げた。
そこまでルーミアがいつもどおりだったと仮定するのなら……
「ありがとう、小傘。助かった」
「はいはーい」
また墓に隠れる小傘と別れて、墓地の中を歩きつつ。
儂は小傘が目撃したと言った場所へと移動する。
本当なら一緒に動けば効率的なんじゃが。
まあ、とある可能性が浮かび上がってもうたからな。
「はぁ……」
儂はぽんぽんっと墓石の頭を撫でながらゆっくりと進み。
現場まで来て、ぴたりと立ち止まる。
周囲に気配を配りつつ、芳香の姿を探してみても居ないようだ。
土質も特に変化はなく、潜ったというわけでもなさそうで……
そうやって足を止めて、ぺたぺたと土を触っておった。
その土がな、急に消えたのじゃ。
「何じゃとっ!?」
いや、消えたと言うより。
地面にぽっかり穴が空いたというべきか。
大人一人が悠々と通れそうな。直径3尺ほどの穴が。
まるで奈落への道だと言わんばかりに、口を開けた。
儂は慌てて手を伸ばし、穴の淵に手を掛けることで落下は免れたゆえ、その闇の底に落ちずには住んだのじゃが。
「こんばんは、命蓮寺の居候さん?」
その闇の中にはな、鬼でも悪魔でもなく。
仙人が待ち構えておったよ。
いつものとおりの軽い挨拶。
そんな微笑みを顔に乗せながら。
普段と変わらぬ表情を作り出しながら、じゃ。
「少々おつきあい願えるかしら?」
蒼い髪から抜き取った簪を儂の胸あたりに押し当てようとしてくる。
平気な顔をしたまま、な。
儂は重心が崩れ、穴の入り口に手と膝をあてがった状態じゃ。
ここから立て直す動作と、この邪仙が手を1寸ほど動かす速度。
どちらが速いかなど、試すまでもない。
「拒否権は?」
「あるとお思いで?」
「はは、まさか」
予想外じゃったよ。
挨拶よりも前に、捕らわれるとはな。
ルーミアが芳香と接触したのなら、こやつと接触した可能性もある。そう思って用心したつもりじゃったが……
今の姿勢では、身体を支えることしか許されておらんようじゃし。
「では、短刀直入にお伺いさせていただきます。先日のあの闇を操る妖怪、それは貴方達側の差し金ですか?」
「……それは儂個人か? それとも命蓮寺か?」
「もちろん両方ですわ」
差し金という単語を選んだということは。
つまり、ルーミアに対し、こやつは敵意をもっておる。
しかも明確で強いものを。
ならば……
「おぬし達の陣営とその闇の妖怪で、何かあったか?」
「質問しているのは、こちらですよ?」
簪がまた、服に触れそうになる位置まで動く。
ふむ、なるほど。
言葉での威嚇のみか。では……
「ほうほう、ではおぬしの大事な芳香に何かしでかした、と?」
「……」
そう聞いたときじゃったよ。
微動だにしておらんかった青娥の眉がぴくりと動き、
その簪が儂の太ももに素早くあてがわれた。
「っ!?」
刺された。というわけではない。
信じられんことなんじゃが……
儂のふとももに、大人の腕が通りそうな穴が一瞬のうちに空き、それが瞬きをしておる間に、閉じる。
「質問を返すな、と、お願いしたつもりですが?」
なるほど、芳香が本命か。
それで、今度はおぬしが儂の出方を見る番。
簪による傷みと恐怖、か。
そもそも、今の攻撃に傷みというものがあるのか。
はてさて、どう判断したモノかのぅ。
「……その妖怪の話は小傘から聞いただけじゃ。会ったこともない。命蓮寺がどうこうしたか、ということも考え難いじゃろ」
「へぇ、なかなか強情で」
会話の途中でまた青娥の手が動き、また同じ場所に穴を開ける。
しかしそれでも儂は言葉を止めずに答えたわけじゃが。
青娥の反応を見るに、痛がった方が自然なんじゃろうか。
「その答えに嘘偽りは?」
「ない」
今度は儂の顔の前にその簪を持ってきて、ゆっくりと近づけ始める。
それでも儂は言葉を変えることなく、まっすぐに青娥に瞳を併せてやる。
「……まあ、そうでしょうね。あなたがあの妖怪と関係したとして利点がない」
簪の力で干渉し続けておった穴から別な穴を繋げ、青娥が地上へと躍り出る。それを合図にしたかのように、さっきまで存在していた穴が幻のように消え去り、儂の身体は地面に倒れ込んでしまう。
「もうしわけありませんでした。そちらの陣営がちょっかいを出してきたのかと思って、少々警戒してしまいまして」
こっちの身体を刺しておいて、軽く謝るだけで済まそうとする。
まあ、こやつの恐ろしさはここにある気がするが……
おもしろい情報も得たから良しとしようか。
「申し訳ないというなら、最後に一つだけ質問をさせてくれんか?」
「ええ、わかっております。芳香のことでしょう? しかし、かつて敵陣営であったあなたにこちらの手勢の状況を教えるのはあまり得策とは思えません。まあ、それでも私は優しいお姉さんで通しているので、特別に」
倒れたままの儂の側にしゃがみ込みつつ、青娥は顎を両手で支えるようにして。
「芳香はその夜、少々錯乱してしまいましたので、調整を行いました。現在は大事を取って休ませてはいますが、動作的に問題はありません。これでよろしいですか?」
「ああ、助かる」
あの、きょぉんしぃ、と言うヤツが動作不良を起こした。
それだけで幾分か状況は進んだ。
「それと、もし。その闇の妖怪の様子もおかしくなっていたとしても、時間が解決するとおもいますので、放っておいて平気だと思いますわ」
「……ん?」
「私が芳香から引き出した情報が、全て正しいのならば、ですが♪」
それ以上はなし。
そう告げるように、青娥は唇に右手の人差し指を当てる。
その仕草だけ見るならば、近所の魅力的なお姉さんくらいで通りそうなのじゃがな……
「さて、そこまで教えてくれたおぬしに対し、儂も少し忠告しておこうかのぅ」
そうやって『儂』が声を上げたとき。
青娥の顔に初めて驚きの表情が浮かんだよ。
そりゃあそうじゃろうな。
「あまり他人の墓石に穴を開けては怒られるぞい♪」
さっきまで倒れておった儂の姿が倒れた墓石に変化したのじゃから。
本物の『儂』はすぐ近くの、別の墓石の上でじっとしておっただけ。
まあ、罰当たりにも。
供物に変化して、じゃがな。
「……人と話すときは偽物を使わない方がよろしいかと、その方が好感を持てますが」
じゃから穴を開けられたときは本当に焦った。
あのまま開け続けたままであれば、内側の構造がばれてしまったからのぅ。
まあ、偽物の儂の表情を楽しもうとしておったのも、こやつのミスではあるが。
「いやいや、妖怪となったとはいえ、儂のようなものが仙人様の前に立つのはおこがましいと思っておったからな。次からは気を付けようかのぅ」
「うふふふ」
「はははは」
そしてお互い視線をぶつけたまま、笑い声を上げ。
どちらからと言わず、離れた。
まったく、あの陣営の中であやつとだけはやり合いたくなかったというに……
そう悪態を付きながら神社へと戻ったら、ちょうどぬえが迎えに来たところじゃった。
「マミゾウっ! 早く早く!」
どうやら、手応えがあったようじゃな。
◇ ◇ ◇
「霧の、湖?」
ぬえが案内した場所は、意外な場所じゃった。
夜には霧が消え、夜目が利く者にだけ穏やかな自然の美しさを見せてくれる霧の湖の周辺。確かミスティアは昨夜ここに逃げ込んでなんとかルーミアを振り切ったと言っておったはずじゃが。
「……移動しておらんと言うことか?」
「そうみたい、かな?」
儂と別れたぬえとミスティアがまず最初に聞き込みをしたのも、当然ここ。
ぬえの話だとそのあたりに漂う妖精から当たっていこうとして、
『変なのが居ついて、みんなと遊べない!』
いきなり大当たりを引いたというわけじゃ。
儂が読んだ書物の中に、『ルーミアは強い日差しが嫌い』というような一文があった気がしたが、もしかすると霧で日光が薄く遮断されているからこそ、ここを気に入ったのかもしれん。
闇で身体を覆わなくても過ごせる環境、という意味でな。
などと推測しつつ、湖を覆う林のところまでやってくると。
「こっち、こっち」
ミスティアが小声で手招きしてきた。
「ここから入って少しいった場所にルーミアが居たって、チルノが」
湖の妖精たちだけでなく、チルノや大妖精等、妖精の中でも比較的知能の高い個体と協力体制を結び、霧が消えた直後に大捜索を実施したらしく。
その結果、大まかな位置を掴んだようじゃ。
瞬間移動もできる個体さえいるようじゃから、確かに妖精はそういった仕事に向いておるかもしれんな。かくれんぼ感覚といったところか。
儂が感心して頷いておると、ミスティアは何故かもじもじしつつ儂の服を掴み。
「ところで、マミゾウの方は……」
ああ、そうか。
ルーミアがおかしくなった原因がわかったか、ということか。
「もちろんじゃとも、儂を誰だと思っておる?」
「やったっ!」
「解決策についても案はある、が。その時になったら説明するわい」
ん、実はまだ不確定なところもあるからな。青娥と小傘の証言。それにミスティアから聞いておった内容を足しあわせてから、ルーミアという妖怪の現状を把握すれば見えて来るじゃろう。
ちょうどここにはおあつらえ向きなものもあるしのぅ。
「ふむ……」
しかし、位置を易々と知ることができた、か。
後は林のどこに隠れたか。
それによっては作戦の立て方も変わって――
ぽんぽん
「ん?」
「ほらほら、ぼーっと突っ立ってたらミスティアに怒られるよ?」
「ああ、そうじゃな」
こやつもおるし問題なかろう。
「頼りにしておるぞ。ぬえや」
「やだよ、めんどい」
とか言いながら。
しっかり儂の後ろに張り付くぬえを頼もしく感じつつ、儂らはミスティアと共に薄暗い林へと足を進めたのじゃった。
外から見るとかなり生い茂って見えるのじゃが、中に入ればこれがなかなか。
森というほど、木々の間隔は狭くなく。儂ら三人が歩いてもそうそう苦にならん。ところどころで月明かりが漏れておって、暗がりの中に差し込むぼんやりとした光が実に幻想的であった。
本来ならば、風景を楽しみながら散歩し、湖の畔で月見酒。と、しゃれ込みたいところであるが、今日ばかりはさすがにふざけてはおれん。
「ルーミア! ルーミア~っ!」
先を進みながら大声を張り上げるミスティアと、それに続く儂とぬえ。
放っておくとどんどん先に進んでしまうミスティアの安全を気にしつつ、周囲も探らなければならんというのが、地味に疲れる。
ミスティアが襲われたときと同じように、ルーミアが無言で飛び掛かってくる可能性もあるわけじゃからな。
本当ならミスティアが声を出すのも止めさせたいところでもあるが、
「嫌っ!」
と、静かに探すという案を全力で拒否してくるのだから仕方ない。そのため、儂はいつも以上に気疲れするということじゃ。
「……じゃじゃ馬具合は誰かさんとそっくりじゃな」
「なんかいった?」
「いやいや、単なる独りごとじゃ」
ときおりぬえをいじることでしか、心の安まりがない。
ぬえもぬえで、儂と同じように探りを入れてくれれば助かるのじゃが……
「っと?」
儂は月の光が差し込む、少しだけ広い空間で足を止めた。
昼間は日もあたるようで、周囲よりも草が多く見えた。
こうやって命の歯車が回っておるようなところであれば、虫たちもあつまるからな、それを狙う鳥が近くにいることも多いが……
「妙じゃな」
先程まで聞こえておった鳥の声が、急に小さくなった。
鳥などを狙う野生動物の気配も薄い。
見上げてみれば、小鳥たちが好みそうな果実だってある。食べかけのものも見受けられる。
ということは、普段は鳥たちの餌場としても使われているはず。
儂と同じことを気付いたか、それとも儂と同時に足を止めただけか。ぬえも立ち止まって周囲を探り始めたとき。
「あれ?」
数歩先を進んでいたミスティアが、近くの木の幹を指差す。
念のためぬえに待機と言いつけてから、儂もその木に近寄ってみて。
「……ふむ」
「なんだろうこれ」
疑問を持つのは当然のこと。
ちょうどミスティアの視線の高さのところで、木の幹が斜めに削られていた。何か鋭い物体で斜めに、右から左に振り下ろされた傷に見える。
それが短い間隔で5本。
後ろにおったぬえに同じような傷があるか確認させたが、首を横に振るばかり。
「あ、こっちにも」
その間にもミスティアは、新たな傷を見つけ一歩先に進む。
「こっちにもある……」
そして、また見つける。
後ろに下がっておるぬえと境界線でも引かれておるように、とある場所からいきなり現れた幹の傷。
「……でも、こんなところに肉食獣なんていたっけ……」
ミスティアが自分の爪を伸ばし、まるでその5本をなぞるように動かした。
そのときじゃったよ。
ぞわり、と。
儂の肌が妙な気配を感じたのは。
「ミスティア」
「何?」
「そのまま右手を肩の高さに」
そして、明確な敵意もな。
位置は、儂とミスティアと木の幹の傷を確認可能な……
斜め上の、太い枝の上。
狙いは明らかに、儂とミスティア。
「えっ……」
そやつが枝を蹴る音でやっとミスティアが気付き、顔を上げるが。もう反撃は間に合わぬ。
それほど目標は速い。
体勢不十分でミスティアができることと言えば、
せいぜいが肩の高さまで上げた手の爪で、急所を防御することだけ。
もちろん、こうなっては儂も防御の一手しかない。
しかし儂は防御に使う腕も下げっぱなし、で無防備じゃ。
迫り来る野獣の前で命を散らせてしまうかもしれん。
儂が見上げている間にも、視界の中でどんどん大きくなる敵の影。
そやつは、防御を固めつつあるミスティアを狙うのを止め、儂の方へと狙いを絞る。
爪を伸ばし、その白銀を月明かりの下に晒して。
儂の頭上から爪を振り下ろそうとした。
「ま、マミゾウ!」
間近で聞こえるミスティアの悲鳴。
ああ、こんなところで命を落とすなど。なんと可愛そうな儂……
美狸薄命、と言いたいところじゃが
がきんっ!
可愛い乙女には、必ず騎士がいるものと相場が決まっておるのでな。
そやつが出現させた槍の先で、しっかりと襲撃者の爪が止められておったよ。
手を伸ばせば届きそうな、至近距離ではあったがな。
その妙な羽根をつけた騎士様は、軽々と槍を跳ね上げて襲撃者を放り投げてからこう、優しい言葉を……
「うすのろ」
酷い物言いじゃな、おい。
「なにしてんのマミゾウっ! 今の絶対避けられたでしょ? ぐーたら生活で鈍っちゃった?」
槍を構えつつ、おもむろに儂の前へと移動する。
その中でも悪態をつくのを忘れない。
じゃが儂もそんな皮肉を鼻で笑い。
「では聞くが、儂が避けた後。おぬしはミスティアを守るつもりがあったかのぅ?」
「……気が向いたら守ってたかもね!」
やはり、守る気などなかったなこやつ。
何やら妙なところでミスティアに対抗意識を燃やしておった感じじゃからな。
「まあまあそう怒るな。おかげで。上手くいったじゃろ?」
それと、本人は気付いておらぬようじゃが。
ぬえは上からの攻撃を防御した後、槍を使って相手を放り投げる癖がある。
正確に、真後ろにな。
細い身体をしておるくせに馬鹿力じゃから、今回の襲撃者も例に漏れず、儂の狙い通りに真後ろへ。そやつを月明かりが届く広場の端まで放り投げた。
顔と姿を充分確認出来るところに運んでくれるというわけじゃ。
それを間髪入れずにミスティアに見せてやれば
「ルーミア!」
当たりかどうかわかるというもの。
うむ、良い流れではないか。
「……なんかマミゾウに踊らされてる気がしておもしろくない」
声に反応して、また飛び掛かってくるルーミア。
会話しようとする意志も感じられないことから、ミスティアの言う暴走状態は続いていると考えられる。躊躇無くぬえに突っ込む速さは儂でも見張るものがあるのじゃが、
「よっ、と」
ぬえはその突進を平然と槍の先端で受け止めて、また軽々と弾き飛ばす。
「――っ!」
ぬえに何度も邪魔され、怒りの咆吼を上げるルーミアはまさに野獣そのもの。
正気とは思えぬ叫び声をあげて、両手の爪をさらに長くして突進と連打を繰り出す。
……もし、もしも、こやつが正常であれば、
二つ名のとおり闇を使った弾幕でぬえを翻弄できたかもしれんが、
「で、このあとどうするの?」
聖の動きを追えるこやつが、
力比べで星と渡り合えるこやつが、
速いだけの単純な攻撃を止められぬわけがない。
槍を片手に持って軽々と防ぎつつ、儂に指示を仰ぐ余裕すら見せておるよ。
「……ふむ、そうじゃな」
捜索と、遭遇までは完璧じゃ。
あとは無力化と、正気に戻す作業が必要になるわけじゃが……
現地でのこやつの動きから推測するに、なんらかの影響で自然界の野獣に近い性質をもってしまっておる。
獣染みた攻撃だけではなく、爪の傷で縄張りを主張するというやり方も、獣そのもの。
『闇の中で人間を襲う獣』
それがルーミアという妖怪の起源であると推測するなら、感情というものを抑制され、存在の基盤が表に出てきてしまっているような、そんな感覚じゃな。
ただ、獣に近いというのであれば、ぬえに勝てぬと判断した瞬間身を引いてしまう可能性もある。
まあぬえもそれを理解しておるようで、ちゃっかり逃げ道を封じる立ち回りをしておるのじゃが。
「ね、ねえ、あんまり痛そうなこととかは……」
ミスティアはこのまま力ずくでぬえが取り押さえると思っておるようじゃな。確かにそれも可能かも知れぬが、暴れすぎて傷つけてしまう恐れもある。
まあ、そのような手段、とるつもりもない。
迷っては見せておるが、作戦は最初から決定済みじゃ。
「ねえ~、まだ~、決まらないならこのまま抑えちゃうよ?」
ふむ、ここじゃな。
ぬえからこの台詞が出たと言うことは。
疲労によってルーミアの動きが一層単純になり、防御が簡単になった証拠。
さてさて、そろそろ動くとするか。
興奮して暴れる子供を戒めるには、やはりこれが手っ取り早いからのぅ。
「ほれ、ほれ、ほれっと」
儂はミスティアよりも前に、湖の方へと足を進めると。
ぽん、ぽん、ぽんっと。
木の幹に力を込めていく。
そうやってぬえと10歩以上距離をとってからじゃな。
「おーい、ぬえや~。ルーミアをこっちに投げろー」
腕を振って指示を出したら、
「はぁ!?」
「なんでっ!?」
二人から抗議の声が飛んできた。
今引き離したら逃げるのではないか、そう思ったのじゃろう。
「いいから早う! 早う!」
「あー、もう! どうなってもぉ~」
しかし、儂が何度も命令をするものじゃからな。
ぬえが半ばやけになりつつ、その槍の先端をルーミアの股ぐらに差し込んで。
「しらないからねー!」
ぽーい、と。
綺麗な放物線を描いて、ルーミアを儂の近くに投擲。
ぬえと距離を取れたことで、ルーミアは逃げようとするが。
ぱんっ
と儂が手を叩くと。
さっき儂が触れた木の幹から、儂の偽物が大量に生まれてのぅ。
「ほーれほーれ」
ルーミアが主張する縄張りの印。
動物にとって大事な餌場の主張を、手で削って、貶してやる。
これ以上ないというくらいに馬鹿にした表情でな。
すると、じゃ。
逃げようとしておったルーミアが、儂に向かって大きく吠えて。
「おっとっと」
とんでもない速度で地を蹴ってきた。
しかし儂は生み出した偽物二体でそれを防ぎ、奧へと逃げる。
また近寄ってくれば、偽物で防ぎ。
また逃げる。
そうやっていたちごっこを繰り返して距離を稼ぎながら、逃げた先。
「む?」
まあ当然といえば当然なのじゃが。
風景が開けた。
奧に進むと言うことは湖の中心部に向かうということ。
儂の視界に、星空の下で煌めく湖が飛び込んできたよ。
偽物にする物体が存在しない。
そんな盾を置けない場所に出た儂は、
とんっと。
湖のほとり、地面と水面の境界付近で足を慣らしてから、ルーミアを待つ。
と、いくばくかもせぬうちに。
茂みを突き破ってルーミアが現れた。
「グルル……」
もう逃げ場はないぞ。
そう儂に告げているかのように、両腕を拡げて儂との距離を測っておる。
ルーミアから見れば儂は、広場の中央に陣取って見えるじゃろう。
少しでも逃げ場を広くするため、そこを選んだと。
まあ、儂は背水の陣を敷いたつもりなんじゃがな。
引けぬという意味で。
「――っ!」
そんな儂に向かって、とうとうルーミアが地を蹴った。
疲労していながらも充分すぎる速度で、儂を切り裂こうと腕を引き絞っておる。じゃがそんな全力を受け止めるほど、儂も愚かではない。
疲労によって、必要以上に大きくなった動き。
それこそ儂が狙った通り。
それを避けるなど、儂でも用意で、
……ずるっ
ん? え、あ、何じゃ?
何故かルーミアが斜めじゃぞ?
そ、そうか!
やはり水辺の土はぬかるみやすく、不安定!
それで、ちょっぴり、滑ったというわけか!
なーるほど、それなら納得――
「ちょ、ちょっと待てぃっ!」
な、納得しておる場合かっ! なんとか踏ん張らねばぁぁぁ。
いや、いやいやいや!
駄目じゃ!
今身を起こしたら死ねる!
おもいっきり爪の餌食確定ではないか!
っていうかもう、目の前にルーミアがっ!
くぅぅぅぅっ! 仕方ないっ!
これだけは、これだけはやりたくなかったのじゃが。
儂は滑る動きに逆らわず、その身から力を全て抜く。
それだけで儂の身体はすとんっと真下に落ちて、
「っ!?」
ふんばろうとする儂の動きを見ておったルーミアは、そこで儂を見失った。浮き上がってくるはず、と見て力を込めた爪は空を切り、儂の上を通り過ぎていった。それで儂は、というと。
「ふぎゅっ!」
あれじゃな、無理な姿勢で力を抜いたたため、尻尾を逃がせず、腰で尻尾を踏みつけることとなってしまった。。
猛烈な傷みが尻尾から全身に走るが、そうやってじっとしてはおられん。
儂がまだ姿勢を立て直しておらぬのを、ルーミアはしっかり見ておるからな。
ゆえにルーミアは少しでも速く切り返すため、空中で妖力を使って切り返さず。地面を蹴って儂を追いつめることを選んだ。
そうじゃ、それでいい。
ルーミアには儂が、平地の中心に立っておるようにみえたはずじゃからな。
じゃが、儂はそんなつもりはない。
儂は最初から、背水の陣。
『地面と水面の境界付近』に立っておった。
さて、ルーミアよ、その足を付こうとしておる場所。
儂の場所よりも湖に近いそこ……
そこは本当に、地面かのぅ?
その『地面』にルーミアが足を付く。
その瞬間じゃ。
儂は指をぱちんっと鳴らす。
すると、ルーミアの身体が儂が作り出した偽物の地面に、
いや、深い藍色の水面に吸い込まれて。
ざぱぁぁぁんっっ!
と、盛大な水飛沫を上げおった。
まあ、昔から言うじゃろ。頭に血が上った馬鹿を止めるには、
「水で頭を冷やすのが一番、とな」
ま、ちょぉっと格好が付かんところもあったが、これでよかろう。
儂がぱんぱんっと服や肌に付いた土を払っておると、
「何してんのかなもう……」
ぬえがやってきて、ばしゃばしゃと水面付近で暴れ続けるルーミアと儂の間に入ろうとする。
「化かしが専門の癖に、なにやってんの! あれくらいで暗示を受けてたり、暴走してたりするヤツが止まるわけ無いじゃん!」
じゃが、儂はそれに首を振って答え。
「これで解決じゃよ」
「はっ?」
「ルーミアを見付けた位置が湖から離れすぎておったからどうしようかと思ったが、上手く誘いに乗ってくれて良かったのじゃ。近ければ無理矢理ぬえに叩きつけてもらうつもりだったのじゃが、ミスティアが荒々しいことをするなとも言うておったしな、結果お~らぃというやつじゃて」
「は? だから何言ってるかな! こんなので正気に戻るわけ……」
と、そこで儂は、ふぅっと息を吐き。
いつもまにか静まった水面へと視線を飛ばし、
「これで、解決じゃろ?」
声を送れば。
『なんで水の中に入ってるんだろう』
そう言いたげに、水面で目をぱちぱちさせながら浮かぶルーミアと。
「あ、ありがとう! ありがとう、マミゾウっ!」
空中に浮かび、ルーミアに向かってぽたりぽたりっと涙を落とす。
そんなミスティアの震える声が、全てを物語っておった。
「……へ?」
棒立ちで口をあんぐりと開けたままの、ぬえだけを置き去りにして。
◇ ◇ ◇
「うん、食べた」
『えぇぇっ!?』
ミスティアが泣きやむのを待ってから、儂は種明かしと言わんばかりに湖から引き上げたルーミアの横に立ち、簡単な質問をした。
すると何度それを聞いても。
「なんかヒラヒラして美味しそうだったから、食べた」
『えぇぇぇっ!?』
食べたと答え。
再びぬえとミスティアの声が重なる。
そのルーミアが食べたと主張する物体が、ルーミアの口の中から取り出された。
ふやけて破れた、長方形の紙が、だ。
「普通これ食べないよ、ルーミア!」
水でふやけ、文字が滲んでおるが、明らかにアレ。
芳香の額にくっついてる札じゃった。
「でもお腹空いてたし」
「空いててもだめ!」
「そーなのかー」
ミスティアと約束した夕食にありつけなかったことが大きかったようじゃな。その空腹を紛らわせるため、何か食べ物を探しておったルーミアが、小傘と芳香を見付け、
「さきほどあの邪仙と話をしてみたら、ルーミアとあった後で芳香がおかしくなったと言うておった。アレがおかしくなる原因を考えれば、札が原因である可能性が高い。その後、感情というか思考が抑え込まれたルーミアを見て、納得したというわけじゃよ。こやつ、食いおったな、と」
死体を意のままにし、操る技法。
その要となる札が悪さをしておるのであれば、意識を押さえ込まれても不自然ではない。すべての情報をつなぎ合わせて儂はそう確信した。
ただし、身体のどこかに張り付いておる可能性もあったからのぅ。
ぬえと戦わせて、その間に観察させて貰ったがそれらしいものもなかった。
じゃから外側ではなく、内側にある可能性が高い。とな。
青娥が『時間が解決する』と言うておったのも手がかりとなった。これこそ芳香の札をルーミアが食べたことを知っておったからこそ出た台詞に違いない。ルーミアが飲食をしている間に自然と戻るかもしれない、という意味でな。
「まあ、それで大量の水を使ったというわけじゃ。飲ませるときに暴れられても面倒じゃから。水場に放り込んでやろうと、な。それで双方傷つき難い方法を選んだ」
まあ、尻尾がじんじんするといういらぬ被害を生んだが、結果は上々。
何も知らぬまま儂の策に乗せられたぬえは不満そうではあるが、問題なさそうじゃな。
「ルーミア、何か変なところない?」
「お腹」
「だからそれお腹空いてるだけでしょ!」
ほれ、このとおり。
二人のやり取りを見ているだけで、自然と笑みが零れてしまう。ぬえもどうやら儂と同じようで、こっそり横目で覗いてやったら恥ずかしそうに咳払いしおった。
そんな儂らの真ん前に立ち、ミスティアは深々と頭を下げ、
「本当にありがとう!」
安心しきった様子で微笑みを向けてきた。
きっとこの顔がこやつ本来の表情なのだろう。外見に見合った、元気一杯の少女のソレじゃ。
「礼は後でよいから、早くルーミアに飯を食わせてやれ。また妙なものを口に入れてはたまらんからな」
「んー、私食べ物しか口に入れないけど?」
「ルーミア、今言っても説得力全然無いからね……、ほら、屋台に行くよ」
「はーい!」
ミスティアに続いて飛び上がっていくルーミア。
これでルーミアも1日ごしの晩飯にありつけるのであろうな。
そうやって二人が帰っていく姿を何気なく追ってみたが、
……なかなか良い風景ではないか。
「ふむ」
半分ほど欠けた月夜ではあるが、雲一つない空。
そこへ向かって進む二つの影の周囲で、星が盛大に輝いておる。
まるで、二人を包んでおる。
おめでとうと、祝福しておるわい。
いやはや、ここで酒の瓢箪がないのが実に悔やまれるのぅ。
「マミゾウ、私達も戻ろうか。聖達も心配してるかもしれないし」
そうじゃな。
この風景を瞼に収めて、命蓮寺の中庭でのんびり飲むのも悪くない。
ここで一区切りと。
儂自身の体に言い聞かせるようにして、夜空に向かって大きく伸びを――
「……」
うむ、伸びを……
「……」
伸び……
「マミゾウ?」
手を空に向かって掲げ、夜空を見上げたまま動こうとしない。
そんな儂に、ぬえが声を掛ける。
何してるの?
と、言わんばかりに。
そこで儂はこう、伝えたよ。
「月が、綺麗じゃなぁ……」
「うん、欠けてるけどね」
身体を小刻みに揺らしつつ。
「星も、綺麗じゃなぁ……」
「うん、晴れてるからね」
脂汗をだらだら流しつつ、
「湖は、綺麗かのぅ?」
決して見ることのできない湖のことをぬえに問いかけた。
ゆえに、ぬえは儂の肩をやさしく抱き。
「……永遠亭、いこっか」
「うむ、慎重にな……慎重にじゃぞ!」
「ああもう、これだからマミゾウは……」
盛大に伸びをした瞬間。
腰を再度やらかした儂は、ぬえに抱えられながら飛び立ち。
そして……
診断結果:慢性的な運動不足
「とりあえず湿布だしておきますね」
「く、うぷぷっ! 事件解決おめでとうマミゾ――、ぷふぅ~っ!」
「わ、笑うな! 笑うではない!」
不名誉な報酬を永遠亭から手に入れてしもうたのじゃった。
外の世界で言う、教会の懺悔室のような狭い空間で、静かにな。まさしく木製の壁に四方を囲まれた密室といったところか。
とは言っても、仏から神に鞍替えしたというわけではない。
相手の顔もはっきりと見えず、こちらの顔も見えない。儂と客の間についたてがあるような、そんな狭い空間が適しておっただけじゃ。防音対策も万全で、客が入れば外から入るための入り口も儂の術で閉じる。
現世と隔離できて初めて、心の内に秘めた闇を解放できようというもの。
「……よろしいでしょうか?」
「ああ、入ってくると良いぞ」
扉が横にスライドする音と、そして椅子を引く音。
声を受けた獣耳が自然と跳ねるのは、致し方のないこと。
唯一儂と客人を繋ぐ机、それに空いた穴から思いのほか綺麗な手が見えて、儂は思わずほうっと声を上げた。
いやはや、朝から話を聞いておるが、外れが多かったからのぅ。庭木の配置や、子供が言うことを聞かない、果ては、驚かそうと思ったら食べられそうなってこっちが驚いた等々。ぱっとしない話を聞かされ続け、こういう、あれじゃ。
苦労しておるような声と、若い娘のような手。こういった者こそ期待出来るというもので――
「あの、実は主人のことで……」
よし、きたぞ。
これじゃっ。
儂はこれを待っておったのじゃっ、
と。なんじゃチューチューと煩いネズミじゃのう。儂が大事な話をしようとしておるのに邪魔をするでないわ。
大切な、大切な、らいふわぁくの一つなのじゃから。
などと、言葉が通じぬネズミに視線だけを飛ばしつつ、話に耳を傾ける。
「実は、私、ずっと前から今の主人と一緒だったのですが……」
聖殿が言う、人間と妖怪の共存。
そういう理念に賛同したからこそ、儂は寺で世話になることにした。その儂なりの手助けがこれなのじゃよ。
悩みを抱えた人間や妖怪のための、出張お悩み相談窓口。
長く人間と平和的に生活しておった儂じゃからこそできる、最高の仕事というわけじゃ。
人呼んで、マミゾウ式『よろず相談所』。
金貸しのおかげで、良い意味でも悪い意味でも人間と共にある妖怪。と認識されたからこそ出来る仕事で、金貸しの相談はもちろんのこと。
就職、出産、恋愛、種族問題なんでもござれと、相談後の処理も請け負うというわけでな。
「あ、あの? 聞いてます?」
「おうおう、大丈夫じゃよ。続けてくれぃ」
ほれ、おぬしのようなネズミに気を取られておったら怪しまれたではないか。儂はこの大切な相談事を聞くので忙しいのじゃから、ほれ、どこかへ行かんか。
しっし、と。儂は足下のネズミを追い払い、客人の話しに集中する。
「それで、主人と一緒に生活を続けていたわけですが。やはり、と言いましょうか。主人にも元の家族のような方達がいて、私もそこに入らなければいけなくなったのです」
ふむふむ、なるほど、
新婚を楽しむために別れて暮らしておった二人が、そろそろ戻ってこいと言われて実家に入った。うむ、よくある話じゃな。
ここで姑にいびられるというのが黄金ぱたぁんじゃが。
「最初は不安でしたが、主人の家族はとても優しくて……とても幸せな日々を過ごせました。しかし幸せすぎたからでしょうか。主人は人が良すぎるので、他人への気配りさえ不安に感じてしまい」
うむ、わかるぞ。
優しさが、疑惑を生むというやつか。
そっちのぱたぁんも、もちろん把握しておる。
外の世界で欠かさず注視しておった『昼どら』というばぃぶるのおかげで、儂はすべての恋愛事情を完全把握じゃ。
「そしてその、主人の人の良さが……、悲劇の始まりでした」
「ふむ、気を配りすぎた。そういうことか」
「はい、一緒に暮らす、主人と同じような人の良い女性、その方に恋慕に似た感情を抱いてしまったのです!」
ほう、きたなっ。
とうとう、きたなっ!
これじゃよ、この行き場のない憤り!
若い男女の恋愛のもつれこそ、こう、クルものがあって――
「相手は老婆なのにっ!」
「……え?」
え、いや?
うむ、まあ、あれじゃよ?
熟女が好きという殊勝な趣味を持った男がいるのは知っておる、が。
「それだけなら、それだけなら耐えられたかも知れません! しかし、主人とその老婆が、今度は年端もいかない少女に手を伸ばしてっ!」
いやいやいや、なんじゃその生命体は。
危険じゃろ。
すとらいくぞぉん広すぎじゃろ。
そもそも一夫多妻とかどういうことじゃ。
あれか、日本ではそういったことが廃れたから幻想入りしたとかそういうことか。
恐るべし、封鎖世界。
「しかもその女の子は……羽根が妙な形をした妖怪で……」
「なん、じゃと……」
ぴっちゃーが回れ右して後ろに投げたら、すとらいくとかとち狂ったこと言われるれべるじゃろ?
異次元じゃろ?
熟女好きで、小さい娘も好きで、しかも妖怪ふぇち。
三角関係とかそういう次元ではないではないか。
何じゃ、やはりこの世界の人間は化け物か?
いや、待てよ……そうなると、じゃ……
はっ、ぷりちーな儂も危ないではないかっ!
「そしてまた、しばらくして……、奇妙な獣耳の妖怪を受け入れて……」
……そやつ、動物ふぇちでもあるのか?
ますます、危険ではないかっ!
儂が身震いをするうちも、その若い娘の声は熱を帯び始めて、
「最後には、大きな尻尾と耳を持った妖怪すら出入りするようになったのですっ!」
な、なんじゃとっ!
それこそ、まるで儂のようではっ!
「しかも、女の癖に、名前の最後にゾウなんてついているんですっ!」
それこそ、まるで儂のよう、で?
「しかも言葉遣いがおかしくてっ!」
あれ?
これ、儂じゃね?
しかも、良く聞くとこの声は……
ぱちんっと。
儂が指を鳴らすと、変化に使っていた妖力が消え去り、周囲の景色が一変する。
壁は空気に解けて消え、
狭かった世界も一気に広がる。
客と儂を隔てていたついたての壁も同じように、霞の如く消えていき。
残ったのは、一般的な平屋建て。
玄関と竈が一体になった、庶民的な家屋だけ。
そして、
「やあ」
幻術が消えた後は、儂の予想通り。
玄関に置いておいた椅子に座るのは、命蓮寺の小さな賢将。
儂よりも一回りほど小さな妖怪が、おもしろそうにくすくすと笑っておったよ。
笑うたびに大きな耳と長い尻尾を揺らしながらな。
「なぁ~ずぅう~りぃ~んっ! 儂の邪魔をしにきたのかっ!」
儂が眼鏡をずり下げながら怒鳴ると、ナズーリンはやはり可笑しそうに笑いつつ、右手を上下に振った。
「いやいや、違うよ。マミゾウが最近積極的に活動していることを、ご主人も気にしていたようでね。それで調べに来たというわけさ」
「なるほど、聖殿絡みか」
「ああ、すまないが、ご主人は聖のこととなると心配性になるからね。立場的に新参者で、正式に寺に入っていないマミゾウが命蓮寺の名を、聖の名を貶める真似をしていないか。ソレを私に調べてこいとね」
一応事前にこういう相談所をつくると星には伝えたのじゃが、実物を見なければ信用出来ぬというわけか。それはわからんでもないが、気持ちの良いことではない。しかしこの賢いネズミ様は、ソレを知りつつ、
「……して、おぬしはそれを堂々と儂にぶつけてくると」
「君相手に回りくどい手など悪手にしかならないからね。柔らかくくるんだ嫌味がお好みならそっちに切り替えても良いけど、どうする?」
「やれやれ、本当に厄介者じゃなおぬしは」
「悪いね、他のメンバーはどうかしらないが、私は君を全面的に信用していないから。証拠集めとも受け取ってくれて構わないよ」
客を装って、おどけてから。
飾らない言葉をぶつけてきおる。
包み隠さず、命蓮寺の全員が無条件で受け入れたわけではないと。
ただ、こやつの場合は、
「おぬしの場合、儂以外の命蓮寺の面々すら心の底から信用しておらぬのではないか?」
「……へぇ」
「まあ、一部か全てかは知らぬが」
「ハハッ、キミのような妖怪が寺に増えてくれて、私は実に嬉しいよ」
肯定も、否定もせず。
満足そうに短い笑い声を出す。しかしその微妙な間がそのすべてのように思えてくるよ。つまり、無言の肯定。というやつじゃ。
こやつは儂や他の者と親しい関係になりすぎないよう。敢えて寺から出たのではないか、とな。
「さて、これ以上腹のさぐり合いをしても時間の無駄だろうから、私はここで帰るとするよ。ああ、そうだ。そろそろ昼だから寺で食べるつもりなら戻ってこいとご主人が言っていたよ」
「おうおう、わかったわかった。冷やかしはさっさと帰れ」
最後にまたハハッと小さく笑ってから、ナズーリンが玄関から出て行く。
まったく、佐渡でも人間と交流しておった儂を疑うとは……
などと言うても、あやつらはその頃の儂を知らんわけじゃからな、どうしようもないか。
信用を得るには、動くしかないというわけじゃな。
よし、張り切って次の客を待……
くきゅるるる……
「……」
腹が減っては戦ができぬ。
ふむ、飯にしようか。
金はあるから、たまには人里で食べるのも悪くない。
そう決意した儂は、人里の裏通りへと出て、
「ん?」
目があった。
「あ……」
小さな声を上げる、小さな人影。
儂の相談所の壁に背を預け、体育座りをし、心細そうに待っておった客人が儂を見上げておった。
くりくりとした目と栗色の髪が特徴的な、愛らしい少女が。
人里におれば引く手数多、といったところじゃろうか。
背中に一対の羽根さえなければ、じゃがな。
「あのっ!」
そんな鳥の妖怪が飛び上がるように立って、儂に駆け寄ってくる。
「こ、この新聞に書いてある相談所って、ここだよねっ!」
「お、おぅ。そうじゃよ。人間、妖怪、誰でも何でも相談所。それがここじゃが……、なんじゃ、あの鴉天狗め。また無断で載せおってからに」
今にも襲いかかってきそうなほど鋭い動きで儂の前に新聞を突き出すもんじゃから、儂もつい身を引いてしもうたが、なるほどな。
『外から流れ着いた大妖怪二ッ岩マミゾウが、人間と妖怪向けの相談所を開設!!』
この記事に誘われて儂のところに来た部類か。まったく、外の世界では断りを入れてから記事にするのが礼儀だというのに。
などと考えておったら突きだしたときと同じくらいの素早さで、鳥の妖怪が手を引いた。そして空いた空間に、ずずぃっと詰め寄ってきて。
「あの、それで……私、ミスティアって言うんだけど、その、マミゾウに聞いて欲しいことがあって……」
「ふむ、そうか。ならば」
儂は息苦しいほど近くなったミスティアと一旦距離を取る。何を期待しておるのかしらんが、興奮状態のようにも見えるからのぅ。
ここは一旦冷静になって貰った方が良いかもしれん。
「いまから飯を食いにいくのじゃが、その――」
世間話をして、気を緩くさせてから本題に入らせようか。
それで飯でも一緒に食べよう、と笑顔で誘おうとしたわけじゃが、儂がちょっと離れた瞬間。
もしかしたら、このまま儂が立ち去ると思ったのかもしれん。
「駄目っ!」
羽根の風力と脚力を合わせた超加速。
風邪を切る音すら聞こえかねん速度の、まさしくそれは茶褐色の弾丸。
それが儂がおもいっきり油断しておるタイミングで、
こう、ずんっと。
「お、ぉぉぉぉ……」
空きっ腹の、ちょうど真ん中に、ぐりっとな。
後頭部が綺麗に見えるというか。
ろけっと頭突きじゃな、これ。
頭がめり込んでおるように見えるのは……気のせいかいのぅ……
というか、これ……洒落に、ならんのじゃが……
「駄目っ! 話を聞いてっ!」
うむ、話を聞くとか言う前に、あれじゃ。
苦しくて、声が出ぬ。
儂が無言で悶えておると、いうのに……
「聞いてよぉ……、聞いてってばぁっ!」
ぎゅうっ、とな。
今度は脇腹から腰あたりにおもいきり抱きついてくるんじゃよ。
儂が返事をしなかったから拒絶されていると勘違いしておるようで、ボロボロと泣きながら、力一杯にな。
じゃが、頭が腹から離れてくれたおかげで、なんとか息をすることができるようにはなったの救いか。
じゃが、うん。
ちょっと、脇腹というかな?
不意打ちで腰が、やばい。
しかも興奮して泣き続けておるこの瞬間にもどんどん力が強まっておるような。
「……はぁ、ふぅ~~、お、おぬし? わ、儂は、何も話を聞かぬというわけではないぞ?」
「……」
しかし、こういうときは焦ってはいかん。
息を整え、深呼吸して。
ゆっくりとな、抱きつくミスティアを撫でながら語りかけてやる。
「朝からずっと相談を聞き続けていたせいで腹が空いたから、どこかで飯を食べようと思っておったのじゃ。それでおぬしも一緒にどうかとおもうたのじゃが」
「……」
力で振り払うのではなく。
言い聞かせて離れて貰う。
これが大人の対応というヤツじゃ。
「おぬしも急いでここにやってきたのであれば、何も食べておらんのじゃろ?」
「う、ん……」
「ならば、腹ごしらえしてから、じっくりと話し合った方がお互いのためになるかもしれん」
ぐすぐすと、儂の服に顔を擦りながら、少しずつ腕の力を弱めていく。
これでなんとか腰の危機は回避出来た。
そう思っておったら。
「おーい、まっみぞー。ご飯の時間だよ~」
声と同時に、空からぬえが降ってきた。
斜め前、ちょうどミスティアを挟み込むような位置に。
おお、これは天の助け。
儂は、ミスティアに『大丈夫じゃ』などと優しい声を掛けながら、撫で。そしてもう片方の手で、ちょっと待てとぬえに指示を出す。
これで、
『儂の連れもちょうど良いところに来たから、一緒に昼を食べに行こう』
そういった作戦が取れるというものじゃ。
じゃから、ぬえや。
少々待っておれ。
……て、なんじゃ?
何故、そんな怖い顔をしておるのじゃ?
何故、ミスティアの後ろに近寄っておるのじゃ?
違うぞ。
じゃから、ぬえ、ちょっと待て。
おぬしの出番はこの娘が完全に離れてからであって。
やっと離れそうなところで、そのように
「マミゾウからぁっ! は~な~れ~ろ~~~っ!!」
おもいっきり、引っ張ったりするとな?
「いやぁぁぁぁっっ!」
こやつも条件反射で、おもいっきり儂に抱きついてきて、じゃな。
つまりはじゃ。
『腰-ミスティア×負担 = 危険』
これが、
『腰-(ミスティア+ぬえ)×負担』
となるわけじゃから、
「あっ……」
あっというまじゃったよ。
儂の腰から、聞こえてはいけない音がしたのは。
「……あの、マミゾウ? えと、ほら。どこか痛むところとかないかなーっとか」
「腰」
「だよねぇ……」
畳の上でうつ伏せに寝転がる儂の左側、ちょうど顔の横でぬえが座り込みつつ儂を見下ろしてくる。
「ほら、私もほら、揉んであげようかなぁとか」
「いらぬ、おぬしの力加減はあてにならん」
じゃが、儂はぷいっとぬえとは反対側へと顔を送る。
するとそこには、儂の腰を痛めつけた下手人その2が正座しておるわけで、
「ね、ねえ? 私、歌得意だから、気分転換にどうかなとか」
「やめぃ、腰に響く」
儂がぬえやミスティアとの会話を短く切り捨てておるのは、怒りだけではないというのに。
それなのにこやつらは……
「あ、じゃあ針治療は? 私、爪を針みたいにしてちくちくできるし」
「……治療経験は何回じゃ?」
「見てただけ」
「誰がやるかっ」
間違っても一か八かを求める場面ではない。
うむ、やはりここは今のように。
畳に全身を預けながらの、まっさぁじ。
熟練の者の優しい揉みほぐしが必要であるわけで、とと、そんなことを言う前に、じゃ。
一応儂が何故怒っておるのかを伝えるのが先決か。
黙っておればわかるかとも思ったんじゃがな。
「はぁ」
地面に這い蹲り、のたうつこともできない苦しみ。
それがやっと緩和されてきたというのにこやつらと来たら。
そもそも、基本がなっておらん。
儂はミスティアとぬえのちょうど真ん中の、何もない壁へ視線を送りながら。
「ぬえや、外の世界で教えんかったか? 悪いことをしたら、何をいえばいいかを。その言葉がまだ聞こえてこんのじゃが?」
その言葉を聞かん限り許すつもりはない。
細目でそう訴えて、やっとぬえにも伝わったようじゃ。
あっ、と小さな声を上げてから、慌ててぺこりっと頭を下げ。
「ごめんなさいっ!」
「ご、ごめんなさい」
ぬえに従うようにして、ミスティアも頭を下げた。
「うむ、それでよい」
妖獣の再生能力を考えれば、目くじらを立て続ける問題でもないからのぅ。それでもけじめというのが必要じゃから、敢えて怒って見せたわけであって。
「そうやって誠心誠意を尽くすことが大切なのじゃ」
うんうん、と儂が小さく頷いておると。
「あの、マミゾウさん?」
部屋の一角、書物が散乱しておるところから声がする。悲しいかな、今の儂ではその姿を確認することはできないが。まあ、声音でわかる。
その子供っぽい、高い音程を持ち主とは最近交流があるからな。人里と寺を行き来するようになった頃、妖怪の情報を集めておる屋敷から招待があって。そのときにであった知識人じゃ。
「なんじゃ、阿求殿。儂は今、二人に大事な話をじゃな」
「……大事な話、ですか。ふーん。そうですか」
な、なんじゃろうなぁ……
目では見えぬのに、阿求殿の方からどんよりとした闇の気質が噴き上がっておるように感じるのは……
「ところでマミゾウさん? いきなりお二人に担がれてやってきた挙句、挨拶もなしに仕事部屋に横になるという行為は、誠心誠意という言葉で形容できますかね?」
「うっ、う、うむぅ……まぁ、き、緊急事態じゃったからな! 特例とかそういうやつで!」
「そして、私と、今さっきまで。大事な、だ~い~じ~な~お話をしていた慧音さんに腰を揉ませているのは? それこそ十分無礼にあたるとは思いませんか?」
阿求殿の言うとおり、儂の臀部の上で儂をまたぐようにして膝で立ち。優しく腰を揉んでくれておるのは慧音殿に相違ない。
お陰様で大分楽になった。
しかし、また別の危機が迫っておるような……
「……い、いや、違うんじゃよ? 本当はそういった治療のできる場所を探しておったんじゃよ? しかし偶然にも休業中で、じゃな? しかし竹林までいくのも辛かったからのぅ、ならば阿求殿の使用人であればそういった心得があるかもしれんと思い、尋ねてみたら、使用人も出払っておるという、偶然に偶然が重なってじゃな……」
「なるほどなるほど、その偶然のせいで私の仕事が中断しっぱなしというわけなんですね? マミゾウさんの責任ではなく?」
「そうか、私は使用人扱いでマミゾウの腰を揉まされているのか、へぇ~」
背中の上から底冷えのする声が落ちてきた。
阿求殿の方からはコンコンっと仕事机を爪で叩く音が聞こえてくる。
これは、ちょっと、ほんのちょっぴり……
まずいかも……。
「……ああー、うー、ま、まあ、あれじゃ。慧音殿が上手そうだったとかいうわけではなくてじゃな。そう、そうじゃ! これも一重に人間と妖怪との交流。友好の印となって後世に受け継がれて――」
不思議じゃなぁ。
なにやら、言葉を続ける度に慧音殿の手の圧力が上がっておるような気が……
「慧音さん」
「なにかな?」
いや、しかし! 二ッ岩マミゾウ! ここで引いては女がすたると――
「……やぁぁぁっておしまいっ」
「あ、ちょ、その力の入れ方は危なっ! ――っ!?」
うん、引こう。
「すまぬ、邪魔してすまんかったのじゃぁぁぁあああっ!」
ばんばんばん、と畳を両手で盛大に叩いた。
なのに、阿求殿は制止の声をださぬ。
いや、うん、無理。もう痛みとかそういうのじゃなくて無理。
「……どうです。お二人とも、悪いことをしたらすぐ謝らないとこんな風になるわけです」
『なるほどぉ~』
感心しとる場合か、なんて突っ込める余裕などあるはずもない。
儂ができたことは手足や尻尾まで使って『ぎぶあっぷ』を表現することだけ。
なのに制止の声が――
「さて、マミゾウさんも反省したところですし、昼の休憩といたしましょう」
「はひぃ……はぁ……」
やっと慧音殿が力を緩めてくれた。
荒療治というやつじゃろうか、不思議と傷みは緩和しておるが、横になったままでは何をされるかわからない。
儂は少々足を引きずるようにして、畳の上を滑り。
荒い息を整えて、這うように上体を起こそうとすれば、
「ぷっ……」
そこには口を押さえて肩を震わせている小童が二人。
笑っておるじゃろ?
お主等? ん?
楽しんでおるじゃろ?
「なんじゃ? 言いたいことがあるならはっきり言わんかっ!」
すると、二人は顔を見合わせ。
満面の笑みで声を揃えおった。
『人間との友好! ご苦労様!』
「キシャー!!」
儂は躊躇うことなく、二人に飛び掛かる。
儂とぬえとミスティアは全員が畳の上で膝を付きながら、壮絶な――血で血を洗う戦いに没頭した。
『頬の引っ張りっこ』と呼ばれる古代からの決闘じゃ。
「……元気がいいのはわかるんですけどね。まったくもう」
ふふ、阿求殿。
こうなっては家主でも止めることできんぞ。
止めようとしたその瞬間、おぬしも地獄に引き込まれてることに
「さて、今ほど使用人が戻ったようなので、昼食を準備させますが? そうやって暴れられると約3人分の御膳を置く場所がなくなりますので。
要らないということでよろし――」
ぴたっ
「……こほんっ! 暴れるとはなんのことじゃ? 儂はただ、食事前の運動をしておっただけで、のう? いやぁ、稗田家の昼食、楽しみじゃなぁ」
腹が減っては戦ができぬ。
昼食をとっておらぬことを思い出したら、腹が空いてきたぞぃ。
「……」
「……」
ん? なんじゃ、おぬしら儂のことをそんなに見つめて。
「……慧音さん、やぁぁっておしまい!」
「みゅにょぉぉわぁぁあああ!」
容赦のない暴力が、再度儂の腰を襲ったのじゃった。
「酷いのぅ……阿求殿は酷いのぅ……」
「反省の色がないからです」
食事をご馳走になってから、皆で畳の上に座り一息付いた頃。儂は抗議のつもりでわざとらしく腰をさすってみる。
「いやいや、儂とてあれだけされれば」
「心からそう思う人は、昼食時に酒を付けて欲しいとか言いませんので」
「いやん」
しかし阿求殿はまったく動じずに、的確な突っ込みを返してくる。
さすが阿礼乙女、侮りがたし。
そんな食後のひとときを楽しんでおると、
くぃくぃ
「ん?」
ミスティアが後ろから儂の背中の服を引っ張ってきた。
お腹も膨れたからそろそろ、自分の相談事を聞けと伝えておるのじゃろうな。居心地悪そうに膝立ちし、早く早くと儂を急かしてくる。
しかも、阿求殿や慧音殿を急に警戒しはじめた。
それで儂は、ミスティアの行動を気にしつつ阿求殿と慧音殿に向き直った。
「ところでご両人。最近人里近辺、もしくは幻想郷の中で異変のようなものはあったかのぅ?」
すると、ミスティアの動きがぴたり、と止まる。
「いえ、特には聞いていませんね。里の外の情報であれば私よりも慧音さんの方が」
「いやいや私もそういうことは聞いていないよ。満月の夜もまだ遠いしね」
「そうか、ふむ」
人里のこの二人の耳には、事件の情報はない。
しかし、じゃ。
儂の後ろで安心したかのように目を伏せるミスティアの動きからして、こやつの周辺で何かおかしなことが起きているのは間違いないようじゃ。
「そうか、ふむ。人間と妖怪の間で事件が起きていれば、儲けどきなんじゃが」
試しに、わざとらしい独り言をつぶやいてみるが。
それでもミスティアは乗ってこんかった。
他の人間と比較して妖怪寄りの二人の前であれば、ぽろりとそれっぽいことを漏らすかと思ったんじゃが。
「マミゾウ、そんな夜雀ほっといて帰ろうよ。どうせろくな相談じゃないって」
「ち、ちがうよっ!」
ミスティアは釣れなかったが、それまで黙っていたぬえが何故か釣れた。
しかもミスティアにとって最悪のたいみんぐで。
「相談事、ですか? もしよろしければ私たちもその話に乗らせて貰えないでしょうか? 私も慧音さんも妖怪をよく知る立場にあります。ですから、ある程度の手助けはできるかもしれません」
「え、えっと……それは……」
ミスティアの瞳は面白いくらいに泳いでおったよ。
一度阿求殿を見て、慧音殿を見て。
何もない天井や、廊下の方すら見て。
声を小さくさせつつ、最後は救いを求めるように儂の顔の上ときたものじゃ。
それほど抵抗があるのなら仕方あるまい。
「おっと、すまぬな。阿求殿。ミスティア殿との相談は儂が先約じゃ。横から出てきて儂の楽しみをかっさらうのはやめて欲しいのじゃが?」
「そういったことなら仕方ありませんね、こちらは下がりましょう。ただし、問題が発生したときはすぐに対処させていただきますので」
「そうしてくれると助かる」
と、優しく阿求殿へ言葉を飛ばしてから。
どんっと、尻尾を一度畳の上に押し付けて
「ところでぬえ? 儂のところに来た客人の情報を他人に話すとは、どういった了見じゃ? ん?」
「……う」
「お前はそれほどに偉くなったのかのぅ?」
「そ、そうじゃ……ないけど、でも……」
「なら、儂の仕事については黙っておれ。よいな?」
「う゛~~」
眼鏡の奧の目を細めつつ、ぬえに釘を刺しておく。
本人から話を持ち出させるならまだしも、無理矢理引き出す場面でもないからのぅ。
「さて、阿求殿、慧音殿お邪魔したな。また茶でも飲みに来るとするのじゃて」
「できればちゃんとしたお茶請けをお持ちくださいね」
「ああ、そうしよう」
そして儂は、ほっと一息つくミスティアを連れて、部屋を後にした。
ミスティアの奇妙な行動も話し合いの中でわかってくるはずじゃろうし、落ち着きを取り戻しておるうちにこやつの相談事を聞き出すのが最優先。
ただ、こやつが妖怪に対して比較的好意的な二人の前で話そうともしなかったこと。そもそも素直に相談所に入ってこなかったこと。
そして、阿求殿の部屋から出て、廊下、さらに玄関まで、ずっと警戒しながら歩いているところを見ると。
万が一にも『人間』という部類に聞かれては困る話。
という結論が導き出されるわけじゃからな、里の相談所も不味いかのぅ。
ま、たまには自然溢れる場所で話し合いも悪くない。
などと、思いながら里の出口まで歩いていこうとしたら、じゃ、
背中を刺してくるような気配が生まれたんじゃよ。
もちろん、それは……
「う゛~~」
阿求殿の屋敷の門から睨む、不機嫌そうな正体不明の視線じゃった。
……まったく、何をやっておるのやら。
◇ ◇ ◇
人里から少し離れた林の中。
昼過ぎの強い日差しも木々の腕に阻まれて、ちょうど心地よい暖かさになっておる。
程良い湿気も、林独特の香りもまた、頭をすっとさせてくれるのぅ。
夏が終わり、霞み始めた深い緑がまた哀愁をそそるというか。
盛者必衰というか。
そういった秋の風情を探しながら進んでおったら、やっと決心したのじゃろうか。横を歩いておったミスティアが口を開き始めた。
木々に包まれて、安心したこともあるのじゃろう。
「人が変わった?」
「う、うん」
「ふーむ」
ミスティアの話の中に出てくるのは一応妖怪じゃから、妖怪が変わったと言うべきか。などと、儂がくだらんことを考えておると、ミスティアは身振り手振りを加えつつ、儂に説明を続け……
「え、えっと昨日、神社で響子と歌の相談で、でもルーミアとも一緒でお墓で、でもルーミアが迷子で……」
「まあ、落ち着け」
いつまにか暗号が完成しておった。
しかし夜雀の暗号などわかるはずもないからのぅ。儂は順番にミスティアの話を整理していった。
「まず、事件は昨日の夕方に起きた。それで良いか?」
「うん、響子と歌の関係で打ち合わせしようかと思って、神社に行く準備をしてたの」
このミスティアという妖怪。
どうやら寺の響子と友人らしく、たびたび『らいぶ』なるものを開催しておるらしい。まあ、観客を集めてそこで歌を披露する。外の世界のものとまるで同じものじゃな。
「寺で晩酌をしておるとき、たまに聞こえる妙な音楽のことか」
「たぶんそれかな。『妙』は余計だけど。それで、響子と約束してたから寺に行こうとしてたんだけど……」
そこで、ミスティアが歩きながら肩を落とす。
「……もう一つ用事あったの忘れてたんだ。ルーミアとの約束」
「あー、外で言う『だぶるぶっきんぐ』と言うヤツじゃな。そのルーミアというのも妖怪か?」
「うん、闇使いの妖怪。能力が闇に関係して仲間だったり、人食い仲間だったりするから気があって。仲良くしてたの」
何やら物騒な単語が出てきたが、それは良いとしてじゃ。
そのルーミアという言葉が出てくると同時に、表情が極端に暗くなったところを見ると、響子ではなくそちらが事件の本命のようだ。
「夜ご飯、私がご馳走するって約束してたのすっかり忘れてて、それでお寺での用事終わってからってお願いしたんだけど、『暇だから付いていく』って聞かなくて。でも私と響子と打ち合わせしてたら、やっぱり退屈だったみたいで途中からお墓の方に飛んで行っちゃったんだよ」
「墓と言えば、芳香がうろついておったか。人間であればあぶないが、妖怪なら暇つぶしにはなるかもしれんな」
たまに、小傘もおちょくられておるし。
と、後の言葉を喉で止めて、儂がミスティアの言葉を待っておると、いきなりゆらゆらと歩いておったミスティアが、こつんっと木の幹に額をぶつけて止まる。
「うん、妖怪なら噛み付かれても平気かなって思ってたんだけど……」
そして、木の幹をぐっと掴んで。
「何かあったとしても、弾幕勝負になるから大丈夫。そう思ってた……」
強く力を込めながら爪を立て、
「だから響子との用事を終わらせて、急いでお墓のところに行ったんだ」
ついにはがりがりと、力任せに幹を削って、
「用事を忘れて待たせたのはこっちだから、少しくらい怒ってるとは思った。でも、謝れば許してくれるって! だって私達友達だから、それくらいのこと大丈夫だって、信じてた! それでね、私、お墓でルーミアを見つけて、ごめんって声掛けた……。そしたら、ルーミアがにこって笑ってね……」
最後にまた、力無く頭をごんっと。木の幹にぶつけた。
羽根を力無く下げ、今にも崩れ落ちそうな背中を儂に晒したまま。
「私を、食べようとしたんだ……」
少しだけ、嗚咽の籠もった声を漏らした。
小さな背中を震わせながら……
「最初は遊びだと思ったけど、ルーミアの爪がほっぺたに掠ったときにわかったんだ。あ、これ、本気だって……。本気で逃げないと食べられる、死んじゃうって思って、必死に霧の湖まで」
そこで妖精たちの間を飛び、ルーミアの気を紛らわせて何とか逃げ切った。
そう続けるミスティアはもう、嗚咽を隠すことはなかったのじゃて。
くるりと振り返り、涙の溜まった瞳で儂を見上げて。
「ルーミアは私に怒って、そんなことをしただけかもしれない。でも、私、違うって思った。絶対、いつものルーミアと違うって思った!」
「……根拠は?」
じゃから、儂もふざけることなく返した。
できるだけ感情を持って行かれぬよう、単純な返しでな。
外見が違った。
行動に違和感があった。
そんな情報を少しでも収集しようとしたんじゃ。
しかし、な。
はは、こやつときたら。
「友達だからっ!」
言い切りおった。
すっぱり、きっぱりと。
なんとも気持ちいいくらいにな。
「ルーミアは私の友達だから、あんなことするはずない! 何か異変に巻き込まれたんだ!」
先ほどの鳴き声から察して、怖い思いもしたのじゃろう。
痛い思いもしたのかもしれん。
しかし、こやつは信じると言う。
『友達だから』
友達を理由無く食べたりするはずがない。
酷いことをするはずがない。
「これが根拠ってヤツよっ!」
それを腹の底から信じると、儂に断言してきおる。
まさしく、その顔じゃ。
いやはや、呆れるを通り越してこれは……
くくっ、ふはははっ
「あ~っはっはっはっ!」
「な、何で笑うのよ! こっちは真剣にっ!」
「いや、ふははっ、すまん。悪気はないんじゃ。いや、久々に気持ちの良い啖呵を聞かせて貰ってな、感動しておったところじゃよ」
「じゃあ、笑わないでよ!」
「わかっておらんなぁ、ほれ、ミスティアや。悲しいときも、嬉しいときも涙が出るじゃろう? それの笑いばぁじょんじゃな」
「うー、なんだか誤魔化されてる気がする……」
いやぁ、しかし。
これほどまで楽しませて貰えるとは思わなんだ。
それにしても、妖怪同士での友情、か。
いやはや、懐かしい感情じゃ。
「で、それで……相談したんだけど……」
自分の言いたかったことを伝え終えたミスティアが、少々不安な顔をしておる。まあ、儂の仕事は相談を受けること。そうして、答えの出るような『あどばいす』を送ることじゃ。
しかし、根拠が根拠じゃしな。
「……ふむ、詳しい原因がわからぬからのぅ、今の段階ではどうしようもない。解決策のようなモノを出せと言うのが無理な話じゃ」
「……そ、そっか。そうだよね……。友達だからってだけじゃ……、わかんないよね……」
「そうじゃな、今は無理じゃ」
「……」
あーあ、何を泣きそうになっておるか。
まったく、若い頃のあやつを見ておるようじゃ。
勢いのままに突っ走って、答えを導き出すための情報を揃えようともせぬ。
じゃから、儂の本音も感じ取ることができんわけだ。
「今は、無理じゃが……、ミスティアや。今夜の予定は空いておるかの?」
「……ぐすっ……え?」
儂が駄目と答えて終わり。そう思っておったのか?
まったく、失敬なヤツじゃ。
「夜は暇か? と、聞いておるのじゃが」
「……っ! 暇っ! すっごい暇! お店あるけど暇!」
「はははっ、しょうのないやつじゃのぅ」
おぬしの気持ちいくらいの叫びが、儂の胸に火を付けたんじゃ。
それくらい面倒を見て貰わんとな。
もちろん、この妙な事件が終わるまでじゃ。
「さあ、そうと決まれば準備じゃ! おぬしは霧の湖まで行って、聞き込み。ルーミアの位置を探っておくのじゃ」
「うん、わかった! 居場所がわかったらどうすればいい? 伝えに戻ったら動いちゃうかも知れないし」
うむ、それはごもっとも。
場所によっては移動に相当時間が掛かるからな。
「じゃから、儂らのほうの準備ができ次第ミスティアに合流する。見つけても見つけられなくてもな。ミスティアは早くに見つけても動かず、ずっと見張り続けることじゃ。頼めるか?」
「え? まあ、それでもいいんだけど……、それだと今度私の場所がわからないと同じことになるよね?」
またしても、ごもっとも。
しかし、それも想定済みじゃ。
儂は、近くにあった木の幹をとんとんっと叩いて。
「じゃから、さっき言うたじゃろ?」
軽く身体を捻り、半身でミスティアに声をとばしつつ、
「儂‘ら’の方の準備、となっ!」
どこぉんっ
『必殺、ムシ取り回し蹴りっ!!』
と、ひねりを利用した蹴りを木の幹にお見舞いじゃ。
儂がいくら可愛く見えようとも、妖獣の身体能力を生かした一撃じゃ。
人間とは比較にならん。
それゆえ、大袈裟なくらいに木が左右に震えてな。
夏場ならこう、ぽとぽとーっとカブトムシやら何やらが落ちてくるのじゃ。
外界の子供達の前で試したら大喜びじゃったよ。
で?
これが作戦と関係あるか、じゃと?
もちろん、大ありじゃ。
しっかりと落ちてきたではないか。
「……き、奇遇だね。マミゾウ」
背中から妙な羽根を6本生やした。
覗き見大好きなムシが、尻をさすっておるじゃろ?
◇ ◇ ◇
「う゛~」
命蓮寺の自室。
そこで儂は筆を口にくわえ、キセル代わりに上下させる。
筆を何に使っていたかと言えば、もちろん筆記のため。儂が座る職務机には、その名残がしっかりと残っておった。
『命蓮寺でルーミアという妖怪の様子がおかしくなった』
『しかし昨夜は満月ではなかったので、酷い興奮状態というのも考えにくい』
この二つが、今わかっておることと、
『人食い妖怪と名が知れているので、それを人間に悟られたくない』
『だから巫女に悟られる前に解決したい』
これが、ルーミアの友人であるミスティアの希望。
そして、儂を含め命蓮寺が最も注意すべきことは、
『様子のおかしなルーミアが人里付近で騒ぎを起こすと、人間と妖怪の関係が悪化しかねない』
こういうことじゃな。
金貸し手帖の1枚を破り取って、情報を記載していこうと思ったわけじゃが。よく考えるとこの程度しか情報がない。儂が昨夜ここにいればまだ事件に係わる情報が仕入れられたのかも知れんが、昨日は人里で別件の仕事をしておったからな。正座を崩しあぐらをかいたり、筆をキセルに換えて一服しても、妙案が思いつくはずもない。
しかし大見得を切った以上は、なんとかせんといかんじゃろうし。
儂は外から持ち込んだ懐中時計を開いて、ふぅっと息を吐く。
作戦決行は夜。
人食いのルーミアが暴走したときのことも考えて、人間があまり出歩かない時間帯を選んだ。それより前にルーミアが人里へ舞い込んだりすれば、まあ。お手上げじゃ。慧音殿くらいに頑張って貰うしかあるまいな。
じゃからミスティアは、『少しでも早く!』と儂に訴える素振りも見せたが、原因が不明なまま動いても危険じゃ。
「……まさか、とは思うがな」
儂がこの世界に呼ばれた理由。
あの神子と呼ばれるものたちが、大々的な妖怪退治を画策し、その一手としてルーミアを暴走させた。
と、考えたとすれば、儂らが動くのは敵の思う壷という可能性がある。
墓地にもあちらの陣営の手のモノ(?)が出入りしておるわけじゃし、まあ、足止めと連絡用にぬえを送り込んでおるから、そうそう間違いは起きぬと信じたいところじゃがな。
……昼間の様子を見る限り、仲良くできるかは不安じゃが。
「さて、悩んでも始まらんかのぅ」
儂は、キセルをふーっと吹かした後。
空が藍色に染まり始めているのを確認してから、墓地へと足を向けた。
ゆっくりと進んでおったせいか墓地についたころにはすっかり暗くなっておった。
この時間ならあやつもここにおるかもしれんし。
さて調査開始、と眼鏡の位置を整えたときじゃったよ。
墓地から妙なつぶやきが聞こえてきたのは、
それは愛らしい、人間の子供のような声で……
「……えっと、昨日は正面から行って駄目だったから」
ぶつぶつ……
「今日は、プランBでいこう! って、プランBってなんだっけなぁ。ああ、そうだそうだ、これだ。物陰から隠れて、大作戦」
ぶつぶつ……
「掛け声は……掛け声はどうしようかな。昨日はうらめしやーだったから今日はあっちでいこう」
ぶつぶつ……
「おどろ……」
「おどろけーっ!」
「う、うわぁぁぁっ!?」
あー、うん。小傘や。
そうやって仰向けに転がったまま怯えた目を向けられると、儂の罪悪感が半端ないんじゃが……
「いきなりなにするの! びっくりするじゃない!」
ただ、儂だとわかった直後の、こやつ変わり身の速さも半端ない。
傘を杖代わりにして立ち上がると、儂を指差して怒鳴りつけてきおった。
しかし、驚かせる妖怪としてその台詞もどうかと思うぞ……
「あぁ、あぁ、悪かった。しかし、知り合いが墓に隠れて何かこそこそしておったら声を掛けたくなるのが世の常ではないか」
もしくは、どん引きして離れるかの2択じゃがな。
「なら普通に挨拶してよ。おかげでまた隠れ直さないといけないじゃない!」
そしてまた知らされる衝撃の事実。
「……隠れておったのか?」
「隠れてたよ! 完璧だよ!」
……いや、完璧って。
墓の影から頭やら尻やら、さらにそのでっかい傘やらがおもいっきりはみ出しておった気が。
「いや、しかし、儂の目からしたら到底隠れておるようには思えなかったが」
「それも計算のうちなんだよ! まったくもう! マミゾウは驚かせる専門の妖怪じゃないんだから、その辺わからないんだろうね!」
「む? 何か理由があったのか?」
「当然」
自信満々に頷く。
ただ、そのあまりの強気が気になって。
「小傘や、もしよければその理由を教えては貰えんか?」
さきほどのバレバレな理由に何があるのかと、尋ねた。
すると、小傘は待ってましたと言わんばかりに腕を組み。
「驚かせすぎて、心臓発作とか起きたら嫌だから!!」
……え?
「私が本気出したら、きっと、こう。声を掛けただけで人間が驚き狂っちゃうから、手加減する必要があるんだよ!」
……あ、うん。
「だからこそ! 食べ物が減らないように生かしたまま驚かす! そのためには、微調整と思いやりが必要なの!」
……なるほど、思いやり……か。
小傘が本格的にこの稼業に向いておらんのは理解出来た。
いつもお腹空いたとウロウロしておる理由もな。
「あれ? ちょっとお腹膨れた。マミゾウってばびっくりしちゃった?」
「うむ、負の方向にじゃがな」
「えへへ~、やっぱり私ってば凄いな~。会話だけで大妖怪驚かせちゃうもんな~」
「……さすが小傘じゃな」
「えへへ♪ って、なんで目をそむけるの?」
しかし、いつまでも小傘と遊んでおるわけにもいかん。
儂は小傘に声を掛けた本当の目的を果たすことにする。
気配を探り、周囲に誰もおらんことを確認してから、
「ところで小傘や、今日儂のところに相談に来たじゃろ?」
一応ぷらいべぇと、じゃからな小声で話しかけた。
すると、小傘はこくこくと頷く。
「あー、おどろかそうとしたけど、おどろかされちゃったってやつ?」
「ふむ、それじゃ」
「うん、そうなんだよ。昨日の夜、またあの芳香ってやつが墓を出歩いてたから、今度こそは負けないぞ! 弾幕勝負で驚かせてやるぞ! って突撃したんだけどね」
やっぱり芳香が頑丈だし、感覚が鈍くて驚いてくれなかった、と。
相談を受けたときと、同じような内容が続いていく。
で、逆に噛み付かれそうになって逃げ回っていた。
そこで、小傘が朝、妙なことを言っていたのだ。
「なんか横から変なのが飛んできて、あなたは食べられる? みたいなことを聞いてきたから、慌ててお墓を出たんだけど」
やはり、出てきた。
その第三者の妖怪。
ぬえやミスティアと別れてから、ルーミアという妖怪の情報を調べた結果。その口調が小傘の言っておった妖怪と一致しそうだと思っておったが、
「なるほど、墓に来ておったのは間違いない、か」
小傘と芳香のやりとりを遊びととったか、それとも、とりあえず声がしたから寄ってきただけか。
寺に来ていたルーミアが反応したのは間違いないようだ。
しかし、その際、小傘にしっかり問いかけているところを見ると、当時はまだ平静を保っていたようにも感じられる。
「……ということは」
ルーミアが登場してから小傘は墓地から逃げた。
そこまでルーミアがいつもどおりだったと仮定するのなら……
「ありがとう、小傘。助かった」
「はいはーい」
また墓に隠れる小傘と別れて、墓地の中を歩きつつ。
儂は小傘が目撃したと言った場所へと移動する。
本当なら一緒に動けば効率的なんじゃが。
まあ、とある可能性が浮かび上がってもうたからな。
「はぁ……」
儂はぽんぽんっと墓石の頭を撫でながらゆっくりと進み。
現場まで来て、ぴたりと立ち止まる。
周囲に気配を配りつつ、芳香の姿を探してみても居ないようだ。
土質も特に変化はなく、潜ったというわけでもなさそうで……
そうやって足を止めて、ぺたぺたと土を触っておった。
その土がな、急に消えたのじゃ。
「何じゃとっ!?」
いや、消えたと言うより。
地面にぽっかり穴が空いたというべきか。
大人一人が悠々と通れそうな。直径3尺ほどの穴が。
まるで奈落への道だと言わんばかりに、口を開けた。
儂は慌てて手を伸ばし、穴の淵に手を掛けることで落下は免れたゆえ、その闇の底に落ちずには住んだのじゃが。
「こんばんは、命蓮寺の居候さん?」
その闇の中にはな、鬼でも悪魔でもなく。
仙人が待ち構えておったよ。
いつものとおりの軽い挨拶。
そんな微笑みを顔に乗せながら。
普段と変わらぬ表情を作り出しながら、じゃ。
「少々おつきあい願えるかしら?」
蒼い髪から抜き取った簪を儂の胸あたりに押し当てようとしてくる。
平気な顔をしたまま、な。
儂は重心が崩れ、穴の入り口に手と膝をあてがった状態じゃ。
ここから立て直す動作と、この邪仙が手を1寸ほど動かす速度。
どちらが速いかなど、試すまでもない。
「拒否権は?」
「あるとお思いで?」
「はは、まさか」
予想外じゃったよ。
挨拶よりも前に、捕らわれるとはな。
ルーミアが芳香と接触したのなら、こやつと接触した可能性もある。そう思って用心したつもりじゃったが……
今の姿勢では、身体を支えることしか許されておらんようじゃし。
「では、短刀直入にお伺いさせていただきます。先日のあの闇を操る妖怪、それは貴方達側の差し金ですか?」
「……それは儂個人か? それとも命蓮寺か?」
「もちろん両方ですわ」
差し金という単語を選んだということは。
つまり、ルーミアに対し、こやつは敵意をもっておる。
しかも明確で強いものを。
ならば……
「おぬし達の陣営とその闇の妖怪で、何かあったか?」
「質問しているのは、こちらですよ?」
簪がまた、服に触れそうになる位置まで動く。
ふむ、なるほど。
言葉での威嚇のみか。では……
「ほうほう、ではおぬしの大事な芳香に何かしでかした、と?」
「……」
そう聞いたときじゃったよ。
微動だにしておらんかった青娥の眉がぴくりと動き、
その簪が儂の太ももに素早くあてがわれた。
「っ!?」
刺された。というわけではない。
信じられんことなんじゃが……
儂のふとももに、大人の腕が通りそうな穴が一瞬のうちに空き、それが瞬きをしておる間に、閉じる。
「質問を返すな、と、お願いしたつもりですが?」
なるほど、芳香が本命か。
それで、今度はおぬしが儂の出方を見る番。
簪による傷みと恐怖、か。
そもそも、今の攻撃に傷みというものがあるのか。
はてさて、どう判断したモノかのぅ。
「……その妖怪の話は小傘から聞いただけじゃ。会ったこともない。命蓮寺がどうこうしたか、ということも考え難いじゃろ」
「へぇ、なかなか強情で」
会話の途中でまた青娥の手が動き、また同じ場所に穴を開ける。
しかしそれでも儂は言葉を止めずに答えたわけじゃが。
青娥の反応を見るに、痛がった方が自然なんじゃろうか。
「その答えに嘘偽りは?」
「ない」
今度は儂の顔の前にその簪を持ってきて、ゆっくりと近づけ始める。
それでも儂は言葉を変えることなく、まっすぐに青娥に瞳を併せてやる。
「……まあ、そうでしょうね。あなたがあの妖怪と関係したとして利点がない」
簪の力で干渉し続けておった穴から別な穴を繋げ、青娥が地上へと躍り出る。それを合図にしたかのように、さっきまで存在していた穴が幻のように消え去り、儂の身体は地面に倒れ込んでしまう。
「もうしわけありませんでした。そちらの陣営がちょっかいを出してきたのかと思って、少々警戒してしまいまして」
こっちの身体を刺しておいて、軽く謝るだけで済まそうとする。
まあ、こやつの恐ろしさはここにある気がするが……
おもしろい情報も得たから良しとしようか。
「申し訳ないというなら、最後に一つだけ質問をさせてくれんか?」
「ええ、わかっております。芳香のことでしょう? しかし、かつて敵陣営であったあなたにこちらの手勢の状況を教えるのはあまり得策とは思えません。まあ、それでも私は優しいお姉さんで通しているので、特別に」
倒れたままの儂の側にしゃがみ込みつつ、青娥は顎を両手で支えるようにして。
「芳香はその夜、少々錯乱してしまいましたので、調整を行いました。現在は大事を取って休ませてはいますが、動作的に問題はありません。これでよろしいですか?」
「ああ、助かる」
あの、きょぉんしぃ、と言うヤツが動作不良を起こした。
それだけで幾分か状況は進んだ。
「それと、もし。その闇の妖怪の様子もおかしくなっていたとしても、時間が解決するとおもいますので、放っておいて平気だと思いますわ」
「……ん?」
「私が芳香から引き出した情報が、全て正しいのならば、ですが♪」
それ以上はなし。
そう告げるように、青娥は唇に右手の人差し指を当てる。
その仕草だけ見るならば、近所の魅力的なお姉さんくらいで通りそうなのじゃがな……
「さて、そこまで教えてくれたおぬしに対し、儂も少し忠告しておこうかのぅ」
そうやって『儂』が声を上げたとき。
青娥の顔に初めて驚きの表情が浮かんだよ。
そりゃあそうじゃろうな。
「あまり他人の墓石に穴を開けては怒られるぞい♪」
さっきまで倒れておった儂の姿が倒れた墓石に変化したのじゃから。
本物の『儂』はすぐ近くの、別の墓石の上でじっとしておっただけ。
まあ、罰当たりにも。
供物に変化して、じゃがな。
「……人と話すときは偽物を使わない方がよろしいかと、その方が好感を持てますが」
じゃから穴を開けられたときは本当に焦った。
あのまま開け続けたままであれば、内側の構造がばれてしまったからのぅ。
まあ、偽物の儂の表情を楽しもうとしておったのも、こやつのミスではあるが。
「いやいや、妖怪となったとはいえ、儂のようなものが仙人様の前に立つのはおこがましいと思っておったからな。次からは気を付けようかのぅ」
「うふふふ」
「はははは」
そしてお互い視線をぶつけたまま、笑い声を上げ。
どちらからと言わず、離れた。
まったく、あの陣営の中であやつとだけはやり合いたくなかったというに……
そう悪態を付きながら神社へと戻ったら、ちょうどぬえが迎えに来たところじゃった。
「マミゾウっ! 早く早く!」
どうやら、手応えがあったようじゃな。
◇ ◇ ◇
「霧の、湖?」
ぬえが案内した場所は、意外な場所じゃった。
夜には霧が消え、夜目が利く者にだけ穏やかな自然の美しさを見せてくれる霧の湖の周辺。確かミスティアは昨夜ここに逃げ込んでなんとかルーミアを振り切ったと言っておったはずじゃが。
「……移動しておらんと言うことか?」
「そうみたい、かな?」
儂と別れたぬえとミスティアがまず最初に聞き込みをしたのも、当然ここ。
ぬえの話だとそのあたりに漂う妖精から当たっていこうとして、
『変なのが居ついて、みんなと遊べない!』
いきなり大当たりを引いたというわけじゃ。
儂が読んだ書物の中に、『ルーミアは強い日差しが嫌い』というような一文があった気がしたが、もしかすると霧で日光が薄く遮断されているからこそ、ここを気に入ったのかもしれん。
闇で身体を覆わなくても過ごせる環境、という意味でな。
などと推測しつつ、湖を覆う林のところまでやってくると。
「こっち、こっち」
ミスティアが小声で手招きしてきた。
「ここから入って少しいった場所にルーミアが居たって、チルノが」
湖の妖精たちだけでなく、チルノや大妖精等、妖精の中でも比較的知能の高い個体と協力体制を結び、霧が消えた直後に大捜索を実施したらしく。
その結果、大まかな位置を掴んだようじゃ。
瞬間移動もできる個体さえいるようじゃから、確かに妖精はそういった仕事に向いておるかもしれんな。かくれんぼ感覚といったところか。
儂が感心して頷いておると、ミスティアは何故かもじもじしつつ儂の服を掴み。
「ところで、マミゾウの方は……」
ああ、そうか。
ルーミアがおかしくなった原因がわかったか、ということか。
「もちろんじゃとも、儂を誰だと思っておる?」
「やったっ!」
「解決策についても案はある、が。その時になったら説明するわい」
ん、実はまだ不確定なところもあるからな。青娥と小傘の証言。それにミスティアから聞いておった内容を足しあわせてから、ルーミアという妖怪の現状を把握すれば見えて来るじゃろう。
ちょうどここにはおあつらえ向きなものもあるしのぅ。
「ふむ……」
しかし、位置を易々と知ることができた、か。
後は林のどこに隠れたか。
それによっては作戦の立て方も変わって――
ぽんぽん
「ん?」
「ほらほら、ぼーっと突っ立ってたらミスティアに怒られるよ?」
「ああ、そうじゃな」
こやつもおるし問題なかろう。
「頼りにしておるぞ。ぬえや」
「やだよ、めんどい」
とか言いながら。
しっかり儂の後ろに張り付くぬえを頼もしく感じつつ、儂らはミスティアと共に薄暗い林へと足を進めたのじゃった。
外から見るとかなり生い茂って見えるのじゃが、中に入ればこれがなかなか。
森というほど、木々の間隔は狭くなく。儂ら三人が歩いてもそうそう苦にならん。ところどころで月明かりが漏れておって、暗がりの中に差し込むぼんやりとした光が実に幻想的であった。
本来ならば、風景を楽しみながら散歩し、湖の畔で月見酒。と、しゃれ込みたいところであるが、今日ばかりはさすがにふざけてはおれん。
「ルーミア! ルーミア~っ!」
先を進みながら大声を張り上げるミスティアと、それに続く儂とぬえ。
放っておくとどんどん先に進んでしまうミスティアの安全を気にしつつ、周囲も探らなければならんというのが、地味に疲れる。
ミスティアが襲われたときと同じように、ルーミアが無言で飛び掛かってくる可能性もあるわけじゃからな。
本当ならミスティアが声を出すのも止めさせたいところでもあるが、
「嫌っ!」
と、静かに探すという案を全力で拒否してくるのだから仕方ない。そのため、儂はいつも以上に気疲れするということじゃ。
「……じゃじゃ馬具合は誰かさんとそっくりじゃな」
「なんかいった?」
「いやいや、単なる独りごとじゃ」
ときおりぬえをいじることでしか、心の安まりがない。
ぬえもぬえで、儂と同じように探りを入れてくれれば助かるのじゃが……
「っと?」
儂は月の光が差し込む、少しだけ広い空間で足を止めた。
昼間は日もあたるようで、周囲よりも草が多く見えた。
こうやって命の歯車が回っておるようなところであれば、虫たちもあつまるからな、それを狙う鳥が近くにいることも多いが……
「妙じゃな」
先程まで聞こえておった鳥の声が、急に小さくなった。
鳥などを狙う野生動物の気配も薄い。
見上げてみれば、小鳥たちが好みそうな果実だってある。食べかけのものも見受けられる。
ということは、普段は鳥たちの餌場としても使われているはず。
儂と同じことを気付いたか、それとも儂と同時に足を止めただけか。ぬえも立ち止まって周囲を探り始めたとき。
「あれ?」
数歩先を進んでいたミスティアが、近くの木の幹を指差す。
念のためぬえに待機と言いつけてから、儂もその木に近寄ってみて。
「……ふむ」
「なんだろうこれ」
疑問を持つのは当然のこと。
ちょうどミスティアの視線の高さのところで、木の幹が斜めに削られていた。何か鋭い物体で斜めに、右から左に振り下ろされた傷に見える。
それが短い間隔で5本。
後ろにおったぬえに同じような傷があるか確認させたが、首を横に振るばかり。
「あ、こっちにも」
その間にもミスティアは、新たな傷を見つけ一歩先に進む。
「こっちにもある……」
そして、また見つける。
後ろに下がっておるぬえと境界線でも引かれておるように、とある場所からいきなり現れた幹の傷。
「……でも、こんなところに肉食獣なんていたっけ……」
ミスティアが自分の爪を伸ばし、まるでその5本をなぞるように動かした。
そのときじゃったよ。
ぞわり、と。
儂の肌が妙な気配を感じたのは。
「ミスティア」
「何?」
「そのまま右手を肩の高さに」
そして、明確な敵意もな。
位置は、儂とミスティアと木の幹の傷を確認可能な……
斜め上の、太い枝の上。
狙いは明らかに、儂とミスティア。
「えっ……」
そやつが枝を蹴る音でやっとミスティアが気付き、顔を上げるが。もう反撃は間に合わぬ。
それほど目標は速い。
体勢不十分でミスティアができることと言えば、
せいぜいが肩の高さまで上げた手の爪で、急所を防御することだけ。
もちろん、こうなっては儂も防御の一手しかない。
しかし儂は防御に使う腕も下げっぱなし、で無防備じゃ。
迫り来る野獣の前で命を散らせてしまうかもしれん。
儂が見上げている間にも、視界の中でどんどん大きくなる敵の影。
そやつは、防御を固めつつあるミスティアを狙うのを止め、儂の方へと狙いを絞る。
爪を伸ばし、その白銀を月明かりの下に晒して。
儂の頭上から爪を振り下ろそうとした。
「ま、マミゾウ!」
間近で聞こえるミスティアの悲鳴。
ああ、こんなところで命を落とすなど。なんと可愛そうな儂……
美狸薄命、と言いたいところじゃが
がきんっ!
可愛い乙女には、必ず騎士がいるものと相場が決まっておるのでな。
そやつが出現させた槍の先で、しっかりと襲撃者の爪が止められておったよ。
手を伸ばせば届きそうな、至近距離ではあったがな。
その妙な羽根をつけた騎士様は、軽々と槍を跳ね上げて襲撃者を放り投げてからこう、優しい言葉を……
「うすのろ」
酷い物言いじゃな、おい。
「なにしてんのマミゾウっ! 今の絶対避けられたでしょ? ぐーたら生活で鈍っちゃった?」
槍を構えつつ、おもむろに儂の前へと移動する。
その中でも悪態をつくのを忘れない。
じゃが儂もそんな皮肉を鼻で笑い。
「では聞くが、儂が避けた後。おぬしはミスティアを守るつもりがあったかのぅ?」
「……気が向いたら守ってたかもね!」
やはり、守る気などなかったなこやつ。
何やら妙なところでミスティアに対抗意識を燃やしておった感じじゃからな。
「まあまあそう怒るな。おかげで。上手くいったじゃろ?」
それと、本人は気付いておらぬようじゃが。
ぬえは上からの攻撃を防御した後、槍を使って相手を放り投げる癖がある。
正確に、真後ろにな。
細い身体をしておるくせに馬鹿力じゃから、今回の襲撃者も例に漏れず、儂の狙い通りに真後ろへ。そやつを月明かりが届く広場の端まで放り投げた。
顔と姿を充分確認出来るところに運んでくれるというわけじゃ。
それを間髪入れずにミスティアに見せてやれば
「ルーミア!」
当たりかどうかわかるというもの。
うむ、良い流れではないか。
「……なんかマミゾウに踊らされてる気がしておもしろくない」
声に反応して、また飛び掛かってくるルーミア。
会話しようとする意志も感じられないことから、ミスティアの言う暴走状態は続いていると考えられる。躊躇無くぬえに突っ込む速さは儂でも見張るものがあるのじゃが、
「よっ、と」
ぬえはその突進を平然と槍の先端で受け止めて、また軽々と弾き飛ばす。
「――っ!」
ぬえに何度も邪魔され、怒りの咆吼を上げるルーミアはまさに野獣そのもの。
正気とは思えぬ叫び声をあげて、両手の爪をさらに長くして突進と連打を繰り出す。
……もし、もしも、こやつが正常であれば、
二つ名のとおり闇を使った弾幕でぬえを翻弄できたかもしれんが、
「で、このあとどうするの?」
聖の動きを追えるこやつが、
力比べで星と渡り合えるこやつが、
速いだけの単純な攻撃を止められぬわけがない。
槍を片手に持って軽々と防ぎつつ、儂に指示を仰ぐ余裕すら見せておるよ。
「……ふむ、そうじゃな」
捜索と、遭遇までは完璧じゃ。
あとは無力化と、正気に戻す作業が必要になるわけじゃが……
現地でのこやつの動きから推測するに、なんらかの影響で自然界の野獣に近い性質をもってしまっておる。
獣染みた攻撃だけではなく、爪の傷で縄張りを主張するというやり方も、獣そのもの。
『闇の中で人間を襲う獣』
それがルーミアという妖怪の起源であると推測するなら、感情というものを抑制され、存在の基盤が表に出てきてしまっているような、そんな感覚じゃな。
ただ、獣に近いというのであれば、ぬえに勝てぬと判断した瞬間身を引いてしまう可能性もある。
まあぬえもそれを理解しておるようで、ちゃっかり逃げ道を封じる立ち回りをしておるのじゃが。
「ね、ねえ、あんまり痛そうなこととかは……」
ミスティアはこのまま力ずくでぬえが取り押さえると思っておるようじゃな。確かにそれも可能かも知れぬが、暴れすぎて傷つけてしまう恐れもある。
まあ、そのような手段、とるつもりもない。
迷っては見せておるが、作戦は最初から決定済みじゃ。
「ねえ~、まだ~、決まらないならこのまま抑えちゃうよ?」
ふむ、ここじゃな。
ぬえからこの台詞が出たと言うことは。
疲労によってルーミアの動きが一層単純になり、防御が簡単になった証拠。
さてさて、そろそろ動くとするか。
興奮して暴れる子供を戒めるには、やはりこれが手っ取り早いからのぅ。
「ほれ、ほれ、ほれっと」
儂はミスティアよりも前に、湖の方へと足を進めると。
ぽん、ぽん、ぽんっと。
木の幹に力を込めていく。
そうやってぬえと10歩以上距離をとってからじゃな。
「おーい、ぬえや~。ルーミアをこっちに投げろー」
腕を振って指示を出したら、
「はぁ!?」
「なんでっ!?」
二人から抗議の声が飛んできた。
今引き離したら逃げるのではないか、そう思ったのじゃろう。
「いいから早う! 早う!」
「あー、もう! どうなってもぉ~」
しかし、儂が何度も命令をするものじゃからな。
ぬえが半ばやけになりつつ、その槍の先端をルーミアの股ぐらに差し込んで。
「しらないからねー!」
ぽーい、と。
綺麗な放物線を描いて、ルーミアを儂の近くに投擲。
ぬえと距離を取れたことで、ルーミアは逃げようとするが。
ぱんっ
と儂が手を叩くと。
さっき儂が触れた木の幹から、儂の偽物が大量に生まれてのぅ。
「ほーれほーれ」
ルーミアが主張する縄張りの印。
動物にとって大事な餌場の主張を、手で削って、貶してやる。
これ以上ないというくらいに馬鹿にした表情でな。
すると、じゃ。
逃げようとしておったルーミアが、儂に向かって大きく吠えて。
「おっとっと」
とんでもない速度で地を蹴ってきた。
しかし儂は生み出した偽物二体でそれを防ぎ、奧へと逃げる。
また近寄ってくれば、偽物で防ぎ。
また逃げる。
そうやっていたちごっこを繰り返して距離を稼ぎながら、逃げた先。
「む?」
まあ当然といえば当然なのじゃが。
風景が開けた。
奧に進むと言うことは湖の中心部に向かうということ。
儂の視界に、星空の下で煌めく湖が飛び込んできたよ。
偽物にする物体が存在しない。
そんな盾を置けない場所に出た儂は、
とんっと。
湖のほとり、地面と水面の境界付近で足を慣らしてから、ルーミアを待つ。
と、いくばくかもせぬうちに。
茂みを突き破ってルーミアが現れた。
「グルル……」
もう逃げ場はないぞ。
そう儂に告げているかのように、両腕を拡げて儂との距離を測っておる。
ルーミアから見れば儂は、広場の中央に陣取って見えるじゃろう。
少しでも逃げ場を広くするため、そこを選んだと。
まあ、儂は背水の陣を敷いたつもりなんじゃがな。
引けぬという意味で。
「――っ!」
そんな儂に向かって、とうとうルーミアが地を蹴った。
疲労していながらも充分すぎる速度で、儂を切り裂こうと腕を引き絞っておる。じゃがそんな全力を受け止めるほど、儂も愚かではない。
疲労によって、必要以上に大きくなった動き。
それこそ儂が狙った通り。
それを避けるなど、儂でも用意で、
……ずるっ
ん? え、あ、何じゃ?
何故かルーミアが斜めじゃぞ?
そ、そうか!
やはり水辺の土はぬかるみやすく、不安定!
それで、ちょっぴり、滑ったというわけか!
なーるほど、それなら納得――
「ちょ、ちょっと待てぃっ!」
な、納得しておる場合かっ! なんとか踏ん張らねばぁぁぁ。
いや、いやいやいや!
駄目じゃ!
今身を起こしたら死ねる!
おもいっきり爪の餌食確定ではないか!
っていうかもう、目の前にルーミアがっ!
くぅぅぅぅっ! 仕方ないっ!
これだけは、これだけはやりたくなかったのじゃが。
儂は滑る動きに逆らわず、その身から力を全て抜く。
それだけで儂の身体はすとんっと真下に落ちて、
「っ!?」
ふんばろうとする儂の動きを見ておったルーミアは、そこで儂を見失った。浮き上がってくるはず、と見て力を込めた爪は空を切り、儂の上を通り過ぎていった。それで儂は、というと。
「ふぎゅっ!」
あれじゃな、無理な姿勢で力を抜いたたため、尻尾を逃がせず、腰で尻尾を踏みつけることとなってしまった。。
猛烈な傷みが尻尾から全身に走るが、そうやってじっとしてはおられん。
儂がまだ姿勢を立て直しておらぬのを、ルーミアはしっかり見ておるからな。
ゆえにルーミアは少しでも速く切り返すため、空中で妖力を使って切り返さず。地面を蹴って儂を追いつめることを選んだ。
そうじゃ、それでいい。
ルーミアには儂が、平地の中心に立っておるようにみえたはずじゃからな。
じゃが、儂はそんなつもりはない。
儂は最初から、背水の陣。
『地面と水面の境界付近』に立っておった。
さて、ルーミアよ、その足を付こうとしておる場所。
儂の場所よりも湖に近いそこ……
そこは本当に、地面かのぅ?
その『地面』にルーミアが足を付く。
その瞬間じゃ。
儂は指をぱちんっと鳴らす。
すると、ルーミアの身体が儂が作り出した偽物の地面に、
いや、深い藍色の水面に吸い込まれて。
ざぱぁぁぁんっっ!
と、盛大な水飛沫を上げおった。
まあ、昔から言うじゃろ。頭に血が上った馬鹿を止めるには、
「水で頭を冷やすのが一番、とな」
ま、ちょぉっと格好が付かんところもあったが、これでよかろう。
儂がぱんぱんっと服や肌に付いた土を払っておると、
「何してんのかなもう……」
ぬえがやってきて、ばしゃばしゃと水面付近で暴れ続けるルーミアと儂の間に入ろうとする。
「化かしが専門の癖に、なにやってんの! あれくらいで暗示を受けてたり、暴走してたりするヤツが止まるわけ無いじゃん!」
じゃが、儂はそれに首を振って答え。
「これで解決じゃよ」
「はっ?」
「ルーミアを見付けた位置が湖から離れすぎておったからどうしようかと思ったが、上手く誘いに乗ってくれて良かったのじゃ。近ければ無理矢理ぬえに叩きつけてもらうつもりだったのじゃが、ミスティアが荒々しいことをするなとも言うておったしな、結果お~らぃというやつじゃて」
「は? だから何言ってるかな! こんなので正気に戻るわけ……」
と、そこで儂は、ふぅっと息を吐き。
いつもまにか静まった水面へと視線を飛ばし、
「これで、解決じゃろ?」
声を送れば。
『なんで水の中に入ってるんだろう』
そう言いたげに、水面で目をぱちぱちさせながら浮かぶルーミアと。
「あ、ありがとう! ありがとう、マミゾウっ!」
空中に浮かび、ルーミアに向かってぽたりぽたりっと涙を落とす。
そんなミスティアの震える声が、全てを物語っておった。
「……へ?」
棒立ちで口をあんぐりと開けたままの、ぬえだけを置き去りにして。
◇ ◇ ◇
「うん、食べた」
『えぇぇっ!?』
ミスティアが泣きやむのを待ってから、儂は種明かしと言わんばかりに湖から引き上げたルーミアの横に立ち、簡単な質問をした。
すると何度それを聞いても。
「なんかヒラヒラして美味しそうだったから、食べた」
『えぇぇぇっ!?』
食べたと答え。
再びぬえとミスティアの声が重なる。
そのルーミアが食べたと主張する物体が、ルーミアの口の中から取り出された。
ふやけて破れた、長方形の紙が、だ。
「普通これ食べないよ、ルーミア!」
水でふやけ、文字が滲んでおるが、明らかにアレ。
芳香の額にくっついてる札じゃった。
「でもお腹空いてたし」
「空いててもだめ!」
「そーなのかー」
ミスティアと約束した夕食にありつけなかったことが大きかったようじゃな。その空腹を紛らわせるため、何か食べ物を探しておったルーミアが、小傘と芳香を見付け、
「さきほどあの邪仙と話をしてみたら、ルーミアとあった後で芳香がおかしくなったと言うておった。アレがおかしくなる原因を考えれば、札が原因である可能性が高い。その後、感情というか思考が抑え込まれたルーミアを見て、納得したというわけじゃよ。こやつ、食いおったな、と」
死体を意のままにし、操る技法。
その要となる札が悪さをしておるのであれば、意識を押さえ込まれても不自然ではない。すべての情報をつなぎ合わせて儂はそう確信した。
ただし、身体のどこかに張り付いておる可能性もあったからのぅ。
ぬえと戦わせて、その間に観察させて貰ったがそれらしいものもなかった。
じゃから外側ではなく、内側にある可能性が高い。とな。
青娥が『時間が解決する』と言うておったのも手がかりとなった。これこそ芳香の札をルーミアが食べたことを知っておったからこそ出た台詞に違いない。ルーミアが飲食をしている間に自然と戻るかもしれない、という意味でな。
「まあ、それで大量の水を使ったというわけじゃ。飲ませるときに暴れられても面倒じゃから。水場に放り込んでやろうと、な。それで双方傷つき難い方法を選んだ」
まあ、尻尾がじんじんするといういらぬ被害を生んだが、結果は上々。
何も知らぬまま儂の策に乗せられたぬえは不満そうではあるが、問題なさそうじゃな。
「ルーミア、何か変なところない?」
「お腹」
「だからそれお腹空いてるだけでしょ!」
ほれ、このとおり。
二人のやり取りを見ているだけで、自然と笑みが零れてしまう。ぬえもどうやら儂と同じようで、こっそり横目で覗いてやったら恥ずかしそうに咳払いしおった。
そんな儂らの真ん前に立ち、ミスティアは深々と頭を下げ、
「本当にありがとう!」
安心しきった様子で微笑みを向けてきた。
きっとこの顔がこやつ本来の表情なのだろう。外見に見合った、元気一杯の少女のソレじゃ。
「礼は後でよいから、早くルーミアに飯を食わせてやれ。また妙なものを口に入れてはたまらんからな」
「んー、私食べ物しか口に入れないけど?」
「ルーミア、今言っても説得力全然無いからね……、ほら、屋台に行くよ」
「はーい!」
ミスティアに続いて飛び上がっていくルーミア。
これでルーミアも1日ごしの晩飯にありつけるのであろうな。
そうやって二人が帰っていく姿を何気なく追ってみたが、
……なかなか良い風景ではないか。
「ふむ」
半分ほど欠けた月夜ではあるが、雲一つない空。
そこへ向かって進む二つの影の周囲で、星が盛大に輝いておる。
まるで、二人を包んでおる。
おめでとうと、祝福しておるわい。
いやはや、ここで酒の瓢箪がないのが実に悔やまれるのぅ。
「マミゾウ、私達も戻ろうか。聖達も心配してるかもしれないし」
そうじゃな。
この風景を瞼に収めて、命蓮寺の中庭でのんびり飲むのも悪くない。
ここで一区切りと。
儂自身の体に言い聞かせるようにして、夜空に向かって大きく伸びを――
「……」
うむ、伸びを……
「……」
伸び……
「マミゾウ?」
手を空に向かって掲げ、夜空を見上げたまま動こうとしない。
そんな儂に、ぬえが声を掛ける。
何してるの?
と、言わんばかりに。
そこで儂はこう、伝えたよ。
「月が、綺麗じゃなぁ……」
「うん、欠けてるけどね」
身体を小刻みに揺らしつつ。
「星も、綺麗じゃなぁ……」
「うん、晴れてるからね」
脂汗をだらだら流しつつ、
「湖は、綺麗かのぅ?」
決して見ることのできない湖のことをぬえに問いかけた。
ゆえに、ぬえは儂の肩をやさしく抱き。
「……永遠亭、いこっか」
「うむ、慎重にな……慎重にじゃぞ!」
「ああもう、これだからマミゾウは……」
盛大に伸びをした瞬間。
腰を再度やらかした儂は、ぬえに抱えられながら飛び立ち。
そして……
診断結果:慢性的な運動不足
「とりあえず湿布だしておきますね」
「く、うぷぷっ! 事件解決おめでとうマミゾ――、ぷふぅ~っ!」
「わ、笑うな! 笑うではない!」
不名誉な報酬を永遠亭から手に入れてしもうたのじゃった。
始まりから終わりまで、すっと通ったお話ですね。引っ掛かることなく読めました。
それから、ほどよく先を読ませる謎の残し方と、所々にあるユーモアで楽しめました。
不満があるとすれば、運動不足のせいでマミゾウさんが激しく動けなかったこと!
せっかくの一人称だから、大きく動いて欲しかった、というのは、完全に私の趣向なんだけど。
でも、大きく動かずどっしり構えているのが魅力なのかもしれない。
それとも優しいお姉さん? うむむ……。
邪仙と対峙するマミゾウさん良かった
マミゾウもカッコいいけれど、暴走ルーミアを軽々と扱うぬえも魅力的でした
やっぱりストーリーがしっかりしている作品は良いですね。
無駄に冗長でもなく、文章も読みやすく楽しめました。
単純に読んでいて面白い、というのは素晴らしい魅力ですね。