陽光穏やかなある日のこと。
いつものように庭の手入れにいそしんでいたのだが、ここ最近頭を悩ますものがあった。
「さて、どうしましょうか」
眼前の梅の木を見つめて一人ぼやく。この洋館にはとてもじゃないがにつかないこの梅の木は
植えられたものではなくいつのまにかここに生えているのを見つけたものだ。
以来庭の手入れの一環としてこの梅の手入れもしている。毎年この時期になると白い花を咲かせ、
そのあとは青々とした実をつける。
それを漬けて梅酒にするのがささやかな楽しみの一つであったのだが。
「美鈴おはよー!」
「ああ、妹様。おはようございます」
この手入れの時間、ここ最近はいつもきまって妹様が庭の散歩をなさるのでよく会う。
本来夜型のはずなのだが、今ではすっかり昼夜逆転の生活を送っているらしい。
「で、何やってるの?その木がどうかしたのかな?」
「ええ、まあ。そうですね」
針葉樹の中にぽつんと梅があれば結構目立つ。
普段誰も見向きもされないので、私しか恐らく知らないのだが。
「いつもなら花が咲く時期なのですが、どうにも咲く気配がないようでして、そのことを
ちょっと心配していたんですよ」
例年の通りならば今ぐらいになれば枝一杯に白い花をつけているのはずなのだが、今年はまだ
一輪も咲いてはいない。
かろうじて蕾はあるものの、心なしか小さい気がする。
「へぇ。で、これ何の木なの?」
「梅です。あまりなじみのないものかもしれませんけど。
白い花を咲かせた後に実をつけるのですが、それをお酒にするのが趣味でして」
今年はそのささやかな楽しみが堪能できなくなるかもしれないのだ。
それは結構困る。
「それっておいしいの?」
「そうですねー。氷砂糖をこれでもかと使うのでものすごく甘くておいしいですよ?」
お酒が苦手という人でもこれなら飲める人が多いのではないのだろうか。
「えー、じゃあ私も飲んでみたいんだけどこれじゃ飲めないのかな?」
「いえ、以前作ったものがあるので差し上げることはできますよ?今年の分が作れないだけで」
「そっか。なんとかならないのかなぁ」
「うーん。それなんですが、私ではよくわからないのでちょっと専門の方に聞きに行こうかと
考えていたところでして」
イマイチはっきりとした原因がわからない。目立つところもないしお手上げ状態だ。
「パチュリーにでも聞くの?」
「いいえ。パチュリー様ではないですよ?ですので明日にでもお嬢様に許可をいただいて
出かけようと思っていたのですが…」
「お出かけ?」
お出かけ、という単語に妹様の目が輝く。
そういえばここ最近は出かけていないのであの日焼け止めも使っていなかったような気がする。
「…妹様もいっしょにいきますか?」
「うん!」
まあ、こうなりますよね。
†
ひんやりとした空気が顔をなでる。
季節的には確かにまだ肌寒い時期ではあるのだが、ここに限って言えばこの肌寒さは
年中を通してこんなものだ。
しだれ柳やら枯れ尾花といったいかにもという雰囲気。まあ実際にここにはその手のものが
ふよふよとあちらこちらに浮かんでいるのだが。
「すごーい!ほんとにいっぱいいるね!」
「ええまあ、ここはそういうところですし」
目的地である白玉楼まであとわずか。ただまっずぐにこの道を歩いていく。
生きているうちはこんなところに用はないので、妹様からすればこのあたりに大量に浮いている
霊魂もひとつの見世物のようなものだ。
「美鈴の尋ね人ってこんなところにいるの?」
「そうですねー。まあ本当はもっと適任がいらっしゃるんですが、そっちの方は今どこに
いらっしゃるのか見当もつかないのでこちらのほうにしたというところでしょうか」
夏はだいぶわかりやすいところにいるのだが、こうも時期外れだとどこにいるのか見当もつかない。
「へぇ。それで大丈夫なの?」
「うーん。今回は梅ですし、むしろこっちのほうが詳しそうだと思うぐらいですが」
あそこに梅があったかどうかは定かではないが、まあ大丈夫だろう。
そして長い長い石段をゆっくりと妹様と会話をしながら歩いていく。
もちろん飛んだほうが早いが、ここ最近はいろんなものをゆっくりと見ながら歩いていくのが
妹様の趣味だ。まあこれもそんな旅行気分の一環であり、従者たる私はそれに付き従うだけなのだが。
「美鈴はその人とは仲がいいの?」
「どうでしょうね。深くはありませんが悪くもないといったところでしょうか」
以前手合せしたり、庭についてお話したりとかるく交流がある程度。友人とまではいかない
知人程度の仲だろう。
「ですがまあ、だいぶいい人ですので心配はないかと」
少し生真面目すぎるのがちょっと気になる程度でまあほかは心配ないだろう。今回も例にもれず
事前連絡の類がない突撃訪問なのでいらっしゃるかどうかすら怪しいところではあるが。
「ふぅん。ちょっと楽しみ」
「ええ。まあすぐに仲良くなれると思いますよ?」
とまあ、そんな会話をしているうちにもう門前に到着。
こちらも先日訪れた永遠亭に負けず劣らずの豪華な和風の屋敷。門前だけでも風格がある。
「きっと中におられると思うので、正面玄関からおじゃましてあいさつしましょうか」
「はーい!」
お邪魔しますと門前をくぐり、石畳の上を歩く。
ちょうどこちらも時期であったのか、点在する梅の木が白い花や赤い花をつけているのが見て取れた。
(やはりこちらも花をつける時期。とくればますますうちの梅が気になるなぁ…)
こちらも気温や日の当たり具合でいうなら大差がない。
いったい何が違うというのだろうか。
「?、どうしたの?」
「いえいえ、ちょっとした嫉妬のようなものでしょうか」
頭にクエスチョンマークを浮かべている妹様をよそに不安だけが募る。
「ふむ。ここまで入ってきても誰も気づきませんか」
ごめんくださーい、と一声。
イマイチ人の気配のないこの屋敷。これだけ広大なのは以前は使用人がたくさんいたからだそうだが、
今はたったの二人というのがなんとも寂しい。
そしてその屋敷をたった一人切り盛りするあの子も大変だとは思うが。
「はーい!いまいきますー」
どこからか声がした。どうやらいらっしゃる様子。
どたどたと慌ただしい足音とともに、この屋敷でただ一人の従者が玄関口に現れる。
「どうもお待たせしました。……と、美鈴さんでしたか」
こんなところに何の用で、と聞き返す。ここの庭師の魂魄妖夢さんだ。
「ああどうも。お忙しいところすみません。ちょっと用事がありまして…」
「いえいえ。ちょっと今取り込んでいて遅れましたが。それで用事とは?」
なんとも慌ただしかったのは別のお客様がいたからなのだとか。ちょっと間が悪い時に来てしまったようだ。
「いやまあ、貴女に聞きたいことがありまして。急な話なのですが相談に来た次第です」
「私にですか?」
きょとんとする妖夢さん。ここにくる客人はほとんど個々の主である幽々子さんのお客様であるので
自分あてというのが珍しいらしい。
「はあ、まあ私にできることがあるなら助力は致しますが」
「助かります。あ、今回は私の主も一緒にいらっしゃるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、噂の妹さんですか」
噂かねがねといった様子。いったいどこでそのうわさが出回っているのか。
「ヨウムっていうの?私はフランって言うんだよ!よろしくね!」
「ええ、よろしくお願いしますフランさん」
二人は特段問題ない様子。とりあえずはよかった。
「ずいぶんと知れ渡っているようですが、一体どこでそれを聞いたんです?」
「ああ、知らないんですか?天狗の方が面白がって記事にしてるみたいで、あの新聞の購読者なら
ほとんど知ってると思いますよ?」
風のうわさにしてはずいぶんと広がっていると思ったが、どうやら原因はそれらしい。
一回も接触はしてないはずなのだが、隠し撮りでもしていたのだろうか。
「はあ、そうですか。今度確認することにします」
「え?もしかして私たち有名人なのかな?」
キラキラした表情で尋ねる妹様。異変でもないのにこれだけ注目を浴びるのも珍しいのだろう。
「そうですね。結構有名だと思いますよ?あちこちでアレを配っているらしいので」
「全然気づきませんでしたね。うちはお嬢様は新聞を読まないしパチュリー様もアレには
興味がないようでしてとってないんですよねあの新聞」
こんどから咲夜さんとお嬢様に折り入って頼んで取ってもらうようにしよう。
何が書かれているかわかったものじゃない。
「はあ、気を付けてくださいとしか私は言えませんが…」
「まあ今のところ変な噂にはなってないみたいなのでいいですけど」
「そうですね。――ああ、立ち話もなんですのでどうぞこちらに」
「あ、すみません。失礼します」
「おじゃましまーす!」
案内されて屋敷の中へ入る。永遠亭に行った際もそうだったが、洋館にはない靴を脱ぐという
作法も前回の訪問で覚えたらしく妹様が私に言われるまでもなくすんなりやっているのが目に入った。
「妹様もだいぶ慣れてきた感じでしょうか?」
「そうだねー。またたぶんカグヤに会いに行くと思うし」
ずいぶんと仲がよろしいようで。いったい何をお話しされたのかは全く分からないのだが。
「ああ、そういえば以前は永遠亭を訪問されたのだとか。あの姫様と意気投合するというのは
なかなかすごいですねフランさん」
「…それも新聞情報でしょうか?」
「ええ。なんといいますか、もう一種のコラムのようになってまして。時折そのことが紙面の端のほうに
大雑把に書いてありますよ」
これは本格的にあの天狗を問いたださなければなるまい。
「でもまあ微笑ましい記事ばかりで何とも言えない不思議な感じでしたね。幽々子様もそういえば
一度会ってみたいとか仰っていたような気がします」
「そうですか。まあ妹様もお話は好きなのでいいとは思いますが」
なにせ突撃訪問した身であるので、それぐらいなら引き受けないと。
「うん。いーよ!いろんなお話しするの楽しいし」
「そうですか。では幽々子様もお呼びするとします」
とまあ、軽く雑談もこなしたところで広めの客間らしき部屋へと通される。
妖夢さんは幽々子さんを呼んでくると仰ってその場をすぐ離れてしまった。まあもう一人の
お客様のこともあるだろうし、大変だとは思う。何か手伝えばよかっただろうか。
「お待たせしました」
数分とかからず妖夢さんがかえってくる。近くにいたのだろうか。
「こんにちは門番さん。おひさしぶりかしら?」
「そうですね。幽々子さんとはだいぶ間が空いていると思います」
こちらも手合せはしたことがあるし妖夢さんほどではないが宴会で軽くお話しする程度の間柄だ。
知らぬ仲ではない。
「で、貴女がフランちゃん?」
「そうだよ?あなたがユユコ?よろしくね!」
「ええ、よろしくね」
軽く挨拶を交わす。
そのあと幽々子さんがお茶でもしながら雑談でもしましょうかと切り出した時に、妖夢さんが
思い出したように口を開く。
「そういえばここに来たのはそもそもして私に聞きたいことがあったからだとかなんとか」
「へぇ。妖夢にねえ。いったい何なのかしら?」
「ああ、その件なんですが…」
自分でも忘れてしまいそうになっていた本題を妖夢さんが切り出してきた。そのためにここへ
赴いたというのにあの新聞にすっかり気を取られていたようだ。
そんなわけでざっと事情を話す。
「…成程。そちらの梅が花をつけないので相談しに来たと」
「ええ、妖夢さんも梅の世話をしているようですし、何か御存じかと思いまして」
「とは申されましても…聞く限りではあまり異常は見られないようですし、実物を見てみないと何とも…」
「ですよねぇ…」
もしかしたらと思ったが、やはり見てみないとわからないとのこと。
わざわざ忙しい中足を運んでいただくのもなんだか申し訳ない。
「あと私なんかよりずっと花のことなら詳しい方がいらっしゃるじゃないですか。そちらのほうに聞かれてみては?」
「あー。幽香さんは今どこにいらっしゃるか見当がつかないのでちょっと…」
「いますよ?」
「へえ、それなら早いですね――はい?」
今、何と仰ったでしょうか?
「ですからここにいらっしゃいますよ幽香さん」
案内しましょうか?と妖夢さんが仰る前で唖然とする私。
存外尋ね人というのは身近にいるものなのだと痛感した。
†
「今が丁度梅の花の時期ですので、ここの花を見に来たそうですよ?」
「はあ、そうですか」
本来頼ろうとしていたあの方――風見幽香さんがここにいらっしゃったのはちょっと驚いたが
まあよくよく考えるとありえなくもない話だ。
四季を通して花のあるところを移動しているそうだが、確かにここの梅の花であるならば
引き寄せられてもおかしくはない。
妹様は幽々子さんとのお話に花を咲かせているようだったのでそのままにした。
邪魔するわけにもいかない。
目下私はあの梅の花を咲かせることに尽力することにする。
「私たちよりも先にきていた客人がお二人とも相手をせずに大丈夫なのかとは少し思っていましたがね」
「まああの方は一人で見ているとのことでお構いなくと仰られたので。ちょうど美鈴さんが来る
少し前ですね。幽香さんが来られたのは」
入れ違い、とはちょっと違うか。まあなんともいえずベストタイミングだったらしい。
「まあなんにせよ私よりかは詳しいのは確かですし、確実に力になってくれるとは思いますよ?」
「妖夢さんもそれなりに詳しいとは思いますが、まあそうですね」
なんてったってフラワーマスター。花に関してなら幽香さんは協力はしてくれるだろう。
面識がない訳でないし、問題はない。
と、思う。
「ああ、あそこにいらしゃいますね」
そんな会話をしていると庭の隅の白梅をじぃっ、と見つめている日傘をさしている人影を発見する。
「…あら。お構いなくって言ったはずだけど?」
「いえ、用があるのは私ではなくてですね…」
「どうも幽香さん。用があるのは私なんですよ」
観賞のお邪魔をしてしまったせいか少し不機嫌のご様子。
「あそこの門番が私に何の用かしら?ここで会うというのも珍しいけど」
「ちょっとうちの庭の梅についてご相談がありまして」
「へぇ。あの館に梅なんてあったかしら?」
「いやまああるんですよ。端のほうに。
で、まあこれが最近調子が悪いようでしてその相談をと思いまして」
一度うちの庭を観賞しに来たことがあったが、あれは裏庭の目立たないところにあるので
気づかないのも無理はない。
「ああ、それは私からもお願いします。私では助力できなかったので」
乗り気ではない様子を察して妖夢さんが一言添えてくれた。
あとでお礼をしなくては。
「ふぅん。まあここの梅を見せてもらったことだし。それぐらいのお願いは聞いてあげるわ。」
「ありがとうございます。その梅っていうのがですね――」
「待った。妖夢が話を聞いてもわからなかった以上私に話しても無駄ね」
「はあ、ではどうなされるのでしょうか?」
幽香さんは一人しばらく考えた後
「このまま行こうかと思ったけど、今日はここの梅を見ていたいし…明日にでもお邪魔して
その梅を見ることにするわ」
なんでもまだ半分ほどしか見回っていないそうでそちらのほうが気になるとのこと。
無理にせかして機嫌を損ねてしまうのもアレなのでここは黙ってうなずく。
「よろしい。それじゃ私はまだこのあたりの花を見ているから」
また今度。とだけ言い残して鑑賞の続きであろうと思うがどこかへ行ってしまった。
一応約束はしたので大丈夫…なのだろうか。
とりあえず話をつけることができたので妹様のところへ戻ることにする。
「あ、美鈴みっけ!」
戻ろうとした矢先、妹様のほうからこちらに来た。
――なにやら鉢植えを抱えて。
「…その盆栽はどうしたんですか?」
「ユユコとお話してる時にね、私も美鈴みたいに何か育てたいなぁっていったらこれをくれたの!」
そういって自慢げに抱えている盆栽を見せてくる。
育てる以前にもともとからして相当いいものだとは思うが。
「これでおそろいだね!」
「はあ、そうですね…」
ちなみにそれは桜です。梅じゃないです。
「よくくれましたね。そんないいものを」
「え?そうなの?好きなのを持って行っていいよっていうからこれにしたんだけど普通にくれたよ?」
なんでも快くくれたのだとか。
気前がいいというかなんというか、妹様は幻想郷のお偉方と仲よくなるのがお上手なのだろうか。
確かそういえば吸血鬼にはチャームのまじないがあるのだとかなんとか。
それにあてられたのかもしれない。
「しかしまあ、輝夜さんといい幽々子さんといい、仲良くなるのが早いですね」
「うん。楽しくお話できて私も楽しかった!みんないい人だよ?」
そして満面の笑み。これにやられたか。
この調子だとお嬢様を超えてしまうかもしれない。
「そうですか。それはよかった。
ああ、私は用事が済みましたが、妹様はどうなさいますか?」
「え?もうお話終わったし何もないよ?」
「そうですか。じゃあ帰りましょうか」
「うん!」
妹様も思う存分話されて満足している様子なので今日はこれで帰ることにした。幽香さんがいるし
これ以上お邪魔しているのも邪魔だろう。
ちなみに、この時に頂いた桜は妖夢さんのお気に入りだったとかなんとか。
あとで私が梅酒を持って慰めに行くのはまた別のお話。
†
「おはよう門番さん。件の梅はどこかしら?」
早朝庭いじりよりも先に、前日の約束を果たすべく幽香さんが来られた。あまりにも早かったので
少しびっくりしたがそのまま館の中へ案内してみてもらうことにする。
「ずいぶん早く来られましたね」
「昨日は向こうの梅が先だったからね。とはいえこっちのほうも不調だそうだからそんなに長く
ほっとくわけにはいかないでしょ?」
これは私に対してではなく梅に対していってる、のだと思う。
「はあ、とはいえ早朝からすみません」
「いいわよ謝らなくても。一応これも義理だからね」
約束をきっちり守り義理を果たそうとするあたりしっかりした人だなぁとは思う。
強い妖怪ほどその手の礼節には厳しいのだ。
「美鈴おはよー!」
「おはようございます妹様」
「おはよう妹さん」
「あ、もうユーカがいるんだ。おはようユーカ!」
妹様と幽香さんが会うのは昨日のことを含めて二度目。
といっても昨日は軽く会釈する程度にとどまっているので実質初対面に近い。
「ねえユーカ。美鈴の梅元気になるかなぁ?」
「さぁどうでしょう。見てみないとわからないわ」
心配そうな妹様をたしなめるように軽く言葉を交わす。
ちなみに呼び捨てにされているのは気にしていないご様子。
「あ、これですね。この梅なんですけど」
そんなこんなであの梅の前に到着。早速見て頂くことに。
「へぇ。これね。確かに蕾が小さいし元気がなさげ。けどこれといって異常は
見当たらないみたいだし…」
そういって一人、この木の周りを隅々まで見回って調べていく。
発言から察するにほとんど問題はないようだが、何かわかるのだろうか。
「…ふむ。なるほどね」
そういうことか、と一人納得する幽香さん。こっちはさっぱりわからない。
「原因わかったんですか?」
「すごく単純だったわ。どうやらあなたが原因みたいね?」
「…はい?」
なんか、突拍子もない答えが返ってきた。
「私が原因って、何か余計なことをしていたのでしょうか?」
「そうね。当たらずとも遠からず。しなかったからでもあるし、しすぎたせいでもある」
「???」
ますますわからない。
「?、美鈴が何かしたからこうなってるの?」
「そうよ妹さん。この子だって生きてるんだもの。あの門番の行動次第で機嫌を損ねて
しまったり…そうね、嫉妬とかしちゃうかもね」
「嫉妬?」
この梅が?私に?
「正確にはそこの妹さんに、かしら?貴女この子の前でずっと妹さんとお話ししてたでしょ?
それが気に入らなかったみたいね」
なんでもほったらかして妹様とずっと会話しているのを見て起こしたストライキのようなものらしい。
そういえば以前は手入れの時によく話しかけていた気がする。
独り言だったので気にしていなかったが。
「それと貴女この子に気を送り込んでたでしょ?それがないことも少し怒ってるみたいよ?」
「…ああ、そういえば今年はまだそれをやっていませんでしたね」
昨年までは青々とした実をたくさんつけるようにとおまじないを兼ねてこの木に
気を送り込んで成長を促していた。
いつも花が咲くと思い出してやっていたのだがどうやらそれも原因らしい。
「唯一知ってる人が他の奴と仲良くしているのを目の前で見ちゃってるんだもの。
嫉妬ぐらいしちゃうわ」
心なしか幽香さんも怒っている気がする。この木を代弁するかのように。
確かに妹様にこの木を紹介したのはこの前が初めてだが、いつもこのあたりで出会うので
よく会話をする。それを遠くから見ていたとでもいうのだろうか。
「そうですか。それは悪いことをしましたね」
そういって梅の木に手を当て気を送り込む。
「ですがまあ、あなたも大切ですが妹様は私にとって特別な方です。
わかっていただけると助かるのですが…」
祈るように、願うように。そっと手を当てつぶやいた。
「私からもお願い!美鈴を心配させないで!」
妹様も一緒に重ねて手を当ててくれる。もちろん妹様は気など送り込めないから形だけのだが、
それでも意味のある形だった。
「…だそうだけど、あなたはこれをどう思う?」
見つめる視線投げかける言葉はあの木の蕾に向けられる。どこか弱弱しくいまにも
そのまま落ちてしまいそうなあの蕾に。
「あ…」
思わず息を漏らす。隣にいる幽香さんが優しく微笑むのを見て、私はその視線の先を追う。
そしてほとんどの蕾はまだそのままだが、ひとつだけその視線の先にある違うものを見つけた。
一輪、小さくとも綺麗な白い花を。
†
あの花が咲くのを確認した後、幽香さんはすぐに帰ると仰った。
幽香さん曰くこれから順当に花が咲くとのことなので、これでひとまず安心といったところだ。
「まあ、あの子もわかっただろうけど気にかけてあげるのを忘れないことね」
「そうですね。善処します」
「今すぐ善処せよ。…っと、妹さんはどうしたのかしら?」
幽香さんに言われてあたりを見回すと、妹様がいないことに気付く。
「ふむ。お散歩の続きに行ったのか、あるいはお部屋に戻られたのかと」
「そう。ならいいわ」
少し心配してくれた、のだろうか。
妹様もいったいどこに行ったのか。挨拶ぐらいはすればいいと思うのだが。
「…あら、あんなところに。あの子何やってるのかしら?」
「はい?どこですか?」
ほら、と幽香さんが指さす方向を見ると、あの梅の木の下で何やらやっている。
「何をなさってるんですか妹様?」
「あ、美鈴」
近づいてみると妹様の視線の先、梅の木の下の根元付近に鉢植えが添えられているのが見えた。
この間頂いた桜の木だ。
「うんとね、この子が寂しくならないように私のを持ってきたの!」
自室に置くには日が当たらなさすぎるので、私が預かって門前においていたはずなのだが、
わざわざ持ってきたらしい。
「…そうですか。お気づかいありがとうございます」
「うん!」
この梅も、この方の優しさをわかってくれるだろうか。
「へぇ、優しいのね、貴女」
「?、そうかな。だってこっちのほうが両方とも寂しくないでしょ?」
くすくす、と梅のふもとまで来ていた幽香さんがほほ笑みながら妹様の頭をなでる。
「ふふ、この子たちも良い方に巡り合ったみたいで幸せそうだわ」
大切にしてあげてね、とだけ妹様に告げる。
「ユユコにもらった大切なものだもの!毎日私がちゃんとお世話するよ!」
「そう、それは良いことだわ。私の花たちに負けないぐらい綺麗に咲かせてあげてね」
「うん!
…そうだ!ユーカのも見てみたいな!」
思い立ったように、妹様が幽香さんの花たちを見てみたいと仰る。
「私のお花が咲いたら見せてあげるからさ!ユーカのも見せてよ!」
「そうね…ええ、春になったら私のお花たちを紹介してあげるわ」
楽しみにしてね、と幽香さん。まさかこの方の花畑に招待されるとは。
「だから貴女もお世話を欠かさないこと。いい?」
「うん!約束する!」
「ええ、約束しましょ」
私としたように、幽香さんとも指切りをする。
「…さて、思いのほか長居してしまったわね」
「いえ、助かりましたし妹様もご機嫌の様子なので。ありがとうございました」
「またね!」
「ええ、また今度」
この時期、一体どこに行かれるのかは全く分からないが次に会うのは春だそうで、
場所はおそらくあそこだろう。
そのまま幽香さんを門前まで二人でお見送りをし、別れを告げる。
そしてそのあと妹様がまた梅の前までいこうと仰られたので、そこまで二人で歩いていく。
「戻って何をするんです?」
「え?ただのお話だけど?」
「それならばいつものように門前ですればいいと思うのですが…」
「…もう、美鈴はわかってないなぁ…」
むすっと、ふてくされたような顔をする。何か忘れていたことがあったのだろうか。
「ユーカにいわれたでしょ?ほったらかしにしたからしっとしちゃったんだって。
だから――今度からみんなでお話ししようよ」
私と、だけでなく。
あの木たちを含めてみんなでお話ししよう。
今度は仲間外れにしないように、だそうで。
「ああ…はい。わかりました」
今度はあの場所が妹様との歓談の場所になるようだ。門番の仕事がある以上頻繁には
立ち寄れそうにないが、朝の数刻なら問題ないだろう。
なにより命令である。これは守らねばなるまい。
輝夜さんに幽々子さん、そして幽香さんがどうしてこの方にあれほどの好意を抱かれたのかを
ようやっと理解する。
こうでもならない限り理解できないとなると、ちょっと従者失格かもしれない。
まあ、それを踏まえてゆっくりと今日は妹様とお話をすることにする。
もちろん、みんなで。
いつものように庭の手入れにいそしんでいたのだが、ここ最近頭を悩ますものがあった。
「さて、どうしましょうか」
眼前の梅の木を見つめて一人ぼやく。この洋館にはとてもじゃないがにつかないこの梅の木は
植えられたものではなくいつのまにかここに生えているのを見つけたものだ。
以来庭の手入れの一環としてこの梅の手入れもしている。毎年この時期になると白い花を咲かせ、
そのあとは青々とした実をつける。
それを漬けて梅酒にするのがささやかな楽しみの一つであったのだが。
「美鈴おはよー!」
「ああ、妹様。おはようございます」
この手入れの時間、ここ最近はいつもきまって妹様が庭の散歩をなさるのでよく会う。
本来夜型のはずなのだが、今ではすっかり昼夜逆転の生活を送っているらしい。
「で、何やってるの?その木がどうかしたのかな?」
「ええ、まあ。そうですね」
針葉樹の中にぽつんと梅があれば結構目立つ。
普段誰も見向きもされないので、私しか恐らく知らないのだが。
「いつもなら花が咲く時期なのですが、どうにも咲く気配がないようでして、そのことを
ちょっと心配していたんですよ」
例年の通りならば今ぐらいになれば枝一杯に白い花をつけているのはずなのだが、今年はまだ
一輪も咲いてはいない。
かろうじて蕾はあるものの、心なしか小さい気がする。
「へぇ。で、これ何の木なの?」
「梅です。あまりなじみのないものかもしれませんけど。
白い花を咲かせた後に実をつけるのですが、それをお酒にするのが趣味でして」
今年はそのささやかな楽しみが堪能できなくなるかもしれないのだ。
それは結構困る。
「それっておいしいの?」
「そうですねー。氷砂糖をこれでもかと使うのでものすごく甘くておいしいですよ?」
お酒が苦手という人でもこれなら飲める人が多いのではないのだろうか。
「えー、じゃあ私も飲んでみたいんだけどこれじゃ飲めないのかな?」
「いえ、以前作ったものがあるので差し上げることはできますよ?今年の分が作れないだけで」
「そっか。なんとかならないのかなぁ」
「うーん。それなんですが、私ではよくわからないのでちょっと専門の方に聞きに行こうかと
考えていたところでして」
イマイチはっきりとした原因がわからない。目立つところもないしお手上げ状態だ。
「パチュリーにでも聞くの?」
「いいえ。パチュリー様ではないですよ?ですので明日にでもお嬢様に許可をいただいて
出かけようと思っていたのですが…」
「お出かけ?」
お出かけ、という単語に妹様の目が輝く。
そういえばここ最近は出かけていないのであの日焼け止めも使っていなかったような気がする。
「…妹様もいっしょにいきますか?」
「うん!」
まあ、こうなりますよね。
†
ひんやりとした空気が顔をなでる。
季節的には確かにまだ肌寒い時期ではあるのだが、ここに限って言えばこの肌寒さは
年中を通してこんなものだ。
しだれ柳やら枯れ尾花といったいかにもという雰囲気。まあ実際にここにはその手のものが
ふよふよとあちらこちらに浮かんでいるのだが。
「すごーい!ほんとにいっぱいいるね!」
「ええまあ、ここはそういうところですし」
目的地である白玉楼まであとわずか。ただまっずぐにこの道を歩いていく。
生きているうちはこんなところに用はないので、妹様からすればこのあたりに大量に浮いている
霊魂もひとつの見世物のようなものだ。
「美鈴の尋ね人ってこんなところにいるの?」
「そうですねー。まあ本当はもっと適任がいらっしゃるんですが、そっちの方は今どこに
いらっしゃるのか見当もつかないのでこちらのほうにしたというところでしょうか」
夏はだいぶわかりやすいところにいるのだが、こうも時期外れだとどこにいるのか見当もつかない。
「へぇ。それで大丈夫なの?」
「うーん。今回は梅ですし、むしろこっちのほうが詳しそうだと思うぐらいですが」
あそこに梅があったかどうかは定かではないが、まあ大丈夫だろう。
そして長い長い石段をゆっくりと妹様と会話をしながら歩いていく。
もちろん飛んだほうが早いが、ここ最近はいろんなものをゆっくりと見ながら歩いていくのが
妹様の趣味だ。まあこれもそんな旅行気分の一環であり、従者たる私はそれに付き従うだけなのだが。
「美鈴はその人とは仲がいいの?」
「どうでしょうね。深くはありませんが悪くもないといったところでしょうか」
以前手合せしたり、庭についてお話したりとかるく交流がある程度。友人とまではいかない
知人程度の仲だろう。
「ですがまあ、だいぶいい人ですので心配はないかと」
少し生真面目すぎるのがちょっと気になる程度でまあほかは心配ないだろう。今回も例にもれず
事前連絡の類がない突撃訪問なのでいらっしゃるかどうかすら怪しいところではあるが。
「ふぅん。ちょっと楽しみ」
「ええ。まあすぐに仲良くなれると思いますよ?」
とまあ、そんな会話をしているうちにもう門前に到着。
こちらも先日訪れた永遠亭に負けず劣らずの豪華な和風の屋敷。門前だけでも風格がある。
「きっと中におられると思うので、正面玄関からおじゃましてあいさつしましょうか」
「はーい!」
お邪魔しますと門前をくぐり、石畳の上を歩く。
ちょうどこちらも時期であったのか、点在する梅の木が白い花や赤い花をつけているのが見て取れた。
(やはりこちらも花をつける時期。とくればますますうちの梅が気になるなぁ…)
こちらも気温や日の当たり具合でいうなら大差がない。
いったい何が違うというのだろうか。
「?、どうしたの?」
「いえいえ、ちょっとした嫉妬のようなものでしょうか」
頭にクエスチョンマークを浮かべている妹様をよそに不安だけが募る。
「ふむ。ここまで入ってきても誰も気づきませんか」
ごめんくださーい、と一声。
イマイチ人の気配のないこの屋敷。これだけ広大なのは以前は使用人がたくさんいたからだそうだが、
今はたったの二人というのがなんとも寂しい。
そしてその屋敷をたった一人切り盛りするあの子も大変だとは思うが。
「はーい!いまいきますー」
どこからか声がした。どうやらいらっしゃる様子。
どたどたと慌ただしい足音とともに、この屋敷でただ一人の従者が玄関口に現れる。
「どうもお待たせしました。……と、美鈴さんでしたか」
こんなところに何の用で、と聞き返す。ここの庭師の魂魄妖夢さんだ。
「ああどうも。お忙しいところすみません。ちょっと用事がありまして…」
「いえいえ。ちょっと今取り込んでいて遅れましたが。それで用事とは?」
なんとも慌ただしかったのは別のお客様がいたからなのだとか。ちょっと間が悪い時に来てしまったようだ。
「いやまあ、貴女に聞きたいことがありまして。急な話なのですが相談に来た次第です」
「私にですか?」
きょとんとする妖夢さん。ここにくる客人はほとんど個々の主である幽々子さんのお客様であるので
自分あてというのが珍しいらしい。
「はあ、まあ私にできることがあるなら助力は致しますが」
「助かります。あ、今回は私の主も一緒にいらっしゃるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、噂の妹さんですか」
噂かねがねといった様子。いったいどこでそのうわさが出回っているのか。
「ヨウムっていうの?私はフランって言うんだよ!よろしくね!」
「ええ、よろしくお願いしますフランさん」
二人は特段問題ない様子。とりあえずはよかった。
「ずいぶんと知れ渡っているようですが、一体どこでそれを聞いたんです?」
「ああ、知らないんですか?天狗の方が面白がって記事にしてるみたいで、あの新聞の購読者なら
ほとんど知ってると思いますよ?」
風のうわさにしてはずいぶんと広がっていると思ったが、どうやら原因はそれらしい。
一回も接触はしてないはずなのだが、隠し撮りでもしていたのだろうか。
「はあ、そうですか。今度確認することにします」
「え?もしかして私たち有名人なのかな?」
キラキラした表情で尋ねる妹様。異変でもないのにこれだけ注目を浴びるのも珍しいのだろう。
「そうですね。結構有名だと思いますよ?あちこちでアレを配っているらしいので」
「全然気づきませんでしたね。うちはお嬢様は新聞を読まないしパチュリー様もアレには
興味がないようでしてとってないんですよねあの新聞」
こんどから咲夜さんとお嬢様に折り入って頼んで取ってもらうようにしよう。
何が書かれているかわかったものじゃない。
「はあ、気を付けてくださいとしか私は言えませんが…」
「まあ今のところ変な噂にはなってないみたいなのでいいですけど」
「そうですね。――ああ、立ち話もなんですのでどうぞこちらに」
「あ、すみません。失礼します」
「おじゃましまーす!」
案内されて屋敷の中へ入る。永遠亭に行った際もそうだったが、洋館にはない靴を脱ぐという
作法も前回の訪問で覚えたらしく妹様が私に言われるまでもなくすんなりやっているのが目に入った。
「妹様もだいぶ慣れてきた感じでしょうか?」
「そうだねー。またたぶんカグヤに会いに行くと思うし」
ずいぶんと仲がよろしいようで。いったい何をお話しされたのかは全く分からないのだが。
「ああ、そういえば以前は永遠亭を訪問されたのだとか。あの姫様と意気投合するというのは
なかなかすごいですねフランさん」
「…それも新聞情報でしょうか?」
「ええ。なんといいますか、もう一種のコラムのようになってまして。時折そのことが紙面の端のほうに
大雑把に書いてありますよ」
これは本格的にあの天狗を問いたださなければなるまい。
「でもまあ微笑ましい記事ばかりで何とも言えない不思議な感じでしたね。幽々子様もそういえば
一度会ってみたいとか仰っていたような気がします」
「そうですか。まあ妹様もお話は好きなのでいいとは思いますが」
なにせ突撃訪問した身であるので、それぐらいなら引き受けないと。
「うん。いーよ!いろんなお話しするの楽しいし」
「そうですか。では幽々子様もお呼びするとします」
とまあ、軽く雑談もこなしたところで広めの客間らしき部屋へと通される。
妖夢さんは幽々子さんを呼んでくると仰ってその場をすぐ離れてしまった。まあもう一人の
お客様のこともあるだろうし、大変だとは思う。何か手伝えばよかっただろうか。
「お待たせしました」
数分とかからず妖夢さんがかえってくる。近くにいたのだろうか。
「こんにちは門番さん。おひさしぶりかしら?」
「そうですね。幽々子さんとはだいぶ間が空いていると思います」
こちらも手合せはしたことがあるし妖夢さんほどではないが宴会で軽くお話しする程度の間柄だ。
知らぬ仲ではない。
「で、貴女がフランちゃん?」
「そうだよ?あなたがユユコ?よろしくね!」
「ええ、よろしくね」
軽く挨拶を交わす。
そのあと幽々子さんがお茶でもしながら雑談でもしましょうかと切り出した時に、妖夢さんが
思い出したように口を開く。
「そういえばここに来たのはそもそもして私に聞きたいことがあったからだとかなんとか」
「へぇ。妖夢にねえ。いったい何なのかしら?」
「ああ、その件なんですが…」
自分でも忘れてしまいそうになっていた本題を妖夢さんが切り出してきた。そのためにここへ
赴いたというのにあの新聞にすっかり気を取られていたようだ。
そんなわけでざっと事情を話す。
「…成程。そちらの梅が花をつけないので相談しに来たと」
「ええ、妖夢さんも梅の世話をしているようですし、何か御存じかと思いまして」
「とは申されましても…聞く限りではあまり異常は見られないようですし、実物を見てみないと何とも…」
「ですよねぇ…」
もしかしたらと思ったが、やはり見てみないとわからないとのこと。
わざわざ忙しい中足を運んでいただくのもなんだか申し訳ない。
「あと私なんかよりずっと花のことなら詳しい方がいらっしゃるじゃないですか。そちらのほうに聞かれてみては?」
「あー。幽香さんは今どこにいらっしゃるか見当がつかないのでちょっと…」
「いますよ?」
「へえ、それなら早いですね――はい?」
今、何と仰ったでしょうか?
「ですからここにいらっしゃいますよ幽香さん」
案内しましょうか?と妖夢さんが仰る前で唖然とする私。
存外尋ね人というのは身近にいるものなのだと痛感した。
†
「今が丁度梅の花の時期ですので、ここの花を見に来たそうですよ?」
「はあ、そうですか」
本来頼ろうとしていたあの方――風見幽香さんがここにいらっしゃったのはちょっと驚いたが
まあよくよく考えるとありえなくもない話だ。
四季を通して花のあるところを移動しているそうだが、確かにここの梅の花であるならば
引き寄せられてもおかしくはない。
妹様は幽々子さんとのお話に花を咲かせているようだったのでそのままにした。
邪魔するわけにもいかない。
目下私はあの梅の花を咲かせることに尽力することにする。
「私たちよりも先にきていた客人がお二人とも相手をせずに大丈夫なのかとは少し思っていましたがね」
「まああの方は一人で見ているとのことでお構いなくと仰られたので。ちょうど美鈴さんが来る
少し前ですね。幽香さんが来られたのは」
入れ違い、とはちょっと違うか。まあなんともいえずベストタイミングだったらしい。
「まあなんにせよ私よりかは詳しいのは確かですし、確実に力になってくれるとは思いますよ?」
「妖夢さんもそれなりに詳しいとは思いますが、まあそうですね」
なんてったってフラワーマスター。花に関してなら幽香さんは協力はしてくれるだろう。
面識がない訳でないし、問題はない。
と、思う。
「ああ、あそこにいらしゃいますね」
そんな会話をしていると庭の隅の白梅をじぃっ、と見つめている日傘をさしている人影を発見する。
「…あら。お構いなくって言ったはずだけど?」
「いえ、用があるのは私ではなくてですね…」
「どうも幽香さん。用があるのは私なんですよ」
観賞のお邪魔をしてしまったせいか少し不機嫌のご様子。
「あそこの門番が私に何の用かしら?ここで会うというのも珍しいけど」
「ちょっとうちの庭の梅についてご相談がありまして」
「へぇ。あの館に梅なんてあったかしら?」
「いやまああるんですよ。端のほうに。
で、まあこれが最近調子が悪いようでしてその相談をと思いまして」
一度うちの庭を観賞しに来たことがあったが、あれは裏庭の目立たないところにあるので
気づかないのも無理はない。
「ああ、それは私からもお願いします。私では助力できなかったので」
乗り気ではない様子を察して妖夢さんが一言添えてくれた。
あとでお礼をしなくては。
「ふぅん。まあここの梅を見せてもらったことだし。それぐらいのお願いは聞いてあげるわ。」
「ありがとうございます。その梅っていうのがですね――」
「待った。妖夢が話を聞いてもわからなかった以上私に話しても無駄ね」
「はあ、ではどうなされるのでしょうか?」
幽香さんは一人しばらく考えた後
「このまま行こうかと思ったけど、今日はここの梅を見ていたいし…明日にでもお邪魔して
その梅を見ることにするわ」
なんでもまだ半分ほどしか見回っていないそうでそちらのほうが気になるとのこと。
無理にせかして機嫌を損ねてしまうのもアレなのでここは黙ってうなずく。
「よろしい。それじゃ私はまだこのあたりの花を見ているから」
また今度。とだけ言い残して鑑賞の続きであろうと思うがどこかへ行ってしまった。
一応約束はしたので大丈夫…なのだろうか。
とりあえず話をつけることができたので妹様のところへ戻ることにする。
「あ、美鈴みっけ!」
戻ろうとした矢先、妹様のほうからこちらに来た。
――なにやら鉢植えを抱えて。
「…その盆栽はどうしたんですか?」
「ユユコとお話してる時にね、私も美鈴みたいに何か育てたいなぁっていったらこれをくれたの!」
そういって自慢げに抱えている盆栽を見せてくる。
育てる以前にもともとからして相当いいものだとは思うが。
「これでおそろいだね!」
「はあ、そうですね…」
ちなみにそれは桜です。梅じゃないです。
「よくくれましたね。そんないいものを」
「え?そうなの?好きなのを持って行っていいよっていうからこれにしたんだけど普通にくれたよ?」
なんでも快くくれたのだとか。
気前がいいというかなんというか、妹様は幻想郷のお偉方と仲よくなるのがお上手なのだろうか。
確かそういえば吸血鬼にはチャームのまじないがあるのだとかなんとか。
それにあてられたのかもしれない。
「しかしまあ、輝夜さんといい幽々子さんといい、仲良くなるのが早いですね」
「うん。楽しくお話できて私も楽しかった!みんないい人だよ?」
そして満面の笑み。これにやられたか。
この調子だとお嬢様を超えてしまうかもしれない。
「そうですか。それはよかった。
ああ、私は用事が済みましたが、妹様はどうなさいますか?」
「え?もうお話終わったし何もないよ?」
「そうですか。じゃあ帰りましょうか」
「うん!」
妹様も思う存分話されて満足している様子なので今日はこれで帰ることにした。幽香さんがいるし
これ以上お邪魔しているのも邪魔だろう。
ちなみに、この時に頂いた桜は妖夢さんのお気に入りだったとかなんとか。
あとで私が梅酒を持って慰めに行くのはまた別のお話。
†
「おはよう門番さん。件の梅はどこかしら?」
早朝庭いじりよりも先に、前日の約束を果たすべく幽香さんが来られた。あまりにも早かったので
少しびっくりしたがそのまま館の中へ案内してみてもらうことにする。
「ずいぶん早く来られましたね」
「昨日は向こうの梅が先だったからね。とはいえこっちのほうも不調だそうだからそんなに長く
ほっとくわけにはいかないでしょ?」
これは私に対してではなく梅に対していってる、のだと思う。
「はあ、とはいえ早朝からすみません」
「いいわよ謝らなくても。一応これも義理だからね」
約束をきっちり守り義理を果たそうとするあたりしっかりした人だなぁとは思う。
強い妖怪ほどその手の礼節には厳しいのだ。
「美鈴おはよー!」
「おはようございます妹様」
「おはよう妹さん」
「あ、もうユーカがいるんだ。おはようユーカ!」
妹様と幽香さんが会うのは昨日のことを含めて二度目。
といっても昨日は軽く会釈する程度にとどまっているので実質初対面に近い。
「ねえユーカ。美鈴の梅元気になるかなぁ?」
「さぁどうでしょう。見てみないとわからないわ」
心配そうな妹様をたしなめるように軽く言葉を交わす。
ちなみに呼び捨てにされているのは気にしていないご様子。
「あ、これですね。この梅なんですけど」
そんなこんなであの梅の前に到着。早速見て頂くことに。
「へぇ。これね。確かに蕾が小さいし元気がなさげ。けどこれといって異常は
見当たらないみたいだし…」
そういって一人、この木の周りを隅々まで見回って調べていく。
発言から察するにほとんど問題はないようだが、何かわかるのだろうか。
「…ふむ。なるほどね」
そういうことか、と一人納得する幽香さん。こっちはさっぱりわからない。
「原因わかったんですか?」
「すごく単純だったわ。どうやらあなたが原因みたいね?」
「…はい?」
なんか、突拍子もない答えが返ってきた。
「私が原因って、何か余計なことをしていたのでしょうか?」
「そうね。当たらずとも遠からず。しなかったからでもあるし、しすぎたせいでもある」
「???」
ますますわからない。
「?、美鈴が何かしたからこうなってるの?」
「そうよ妹さん。この子だって生きてるんだもの。あの門番の行動次第で機嫌を損ねて
しまったり…そうね、嫉妬とかしちゃうかもね」
「嫉妬?」
この梅が?私に?
「正確にはそこの妹さんに、かしら?貴女この子の前でずっと妹さんとお話ししてたでしょ?
それが気に入らなかったみたいね」
なんでもほったらかして妹様とずっと会話しているのを見て起こしたストライキのようなものらしい。
そういえば以前は手入れの時によく話しかけていた気がする。
独り言だったので気にしていなかったが。
「それと貴女この子に気を送り込んでたでしょ?それがないことも少し怒ってるみたいよ?」
「…ああ、そういえば今年はまだそれをやっていませんでしたね」
昨年までは青々とした実をたくさんつけるようにとおまじないを兼ねてこの木に
気を送り込んで成長を促していた。
いつも花が咲くと思い出してやっていたのだがどうやらそれも原因らしい。
「唯一知ってる人が他の奴と仲良くしているのを目の前で見ちゃってるんだもの。
嫉妬ぐらいしちゃうわ」
心なしか幽香さんも怒っている気がする。この木を代弁するかのように。
確かに妹様にこの木を紹介したのはこの前が初めてだが、いつもこのあたりで出会うので
よく会話をする。それを遠くから見ていたとでもいうのだろうか。
「そうですか。それは悪いことをしましたね」
そういって梅の木に手を当て気を送り込む。
「ですがまあ、あなたも大切ですが妹様は私にとって特別な方です。
わかっていただけると助かるのですが…」
祈るように、願うように。そっと手を当てつぶやいた。
「私からもお願い!美鈴を心配させないで!」
妹様も一緒に重ねて手を当ててくれる。もちろん妹様は気など送り込めないから形だけのだが、
それでも意味のある形だった。
「…だそうだけど、あなたはこれをどう思う?」
見つめる視線投げかける言葉はあの木の蕾に向けられる。どこか弱弱しくいまにも
そのまま落ちてしまいそうなあの蕾に。
「あ…」
思わず息を漏らす。隣にいる幽香さんが優しく微笑むのを見て、私はその視線の先を追う。
そしてほとんどの蕾はまだそのままだが、ひとつだけその視線の先にある違うものを見つけた。
一輪、小さくとも綺麗な白い花を。
†
あの花が咲くのを確認した後、幽香さんはすぐに帰ると仰った。
幽香さん曰くこれから順当に花が咲くとのことなので、これでひとまず安心といったところだ。
「まあ、あの子もわかっただろうけど気にかけてあげるのを忘れないことね」
「そうですね。善処します」
「今すぐ善処せよ。…っと、妹さんはどうしたのかしら?」
幽香さんに言われてあたりを見回すと、妹様がいないことに気付く。
「ふむ。お散歩の続きに行ったのか、あるいはお部屋に戻られたのかと」
「そう。ならいいわ」
少し心配してくれた、のだろうか。
妹様もいったいどこに行ったのか。挨拶ぐらいはすればいいと思うのだが。
「…あら、あんなところに。あの子何やってるのかしら?」
「はい?どこですか?」
ほら、と幽香さんが指さす方向を見ると、あの梅の木の下で何やらやっている。
「何をなさってるんですか妹様?」
「あ、美鈴」
近づいてみると妹様の視線の先、梅の木の下の根元付近に鉢植えが添えられているのが見えた。
この間頂いた桜の木だ。
「うんとね、この子が寂しくならないように私のを持ってきたの!」
自室に置くには日が当たらなさすぎるので、私が預かって門前においていたはずなのだが、
わざわざ持ってきたらしい。
「…そうですか。お気づかいありがとうございます」
「うん!」
この梅も、この方の優しさをわかってくれるだろうか。
「へぇ、優しいのね、貴女」
「?、そうかな。だってこっちのほうが両方とも寂しくないでしょ?」
くすくす、と梅のふもとまで来ていた幽香さんがほほ笑みながら妹様の頭をなでる。
「ふふ、この子たちも良い方に巡り合ったみたいで幸せそうだわ」
大切にしてあげてね、とだけ妹様に告げる。
「ユユコにもらった大切なものだもの!毎日私がちゃんとお世話するよ!」
「そう、それは良いことだわ。私の花たちに負けないぐらい綺麗に咲かせてあげてね」
「うん!
…そうだ!ユーカのも見てみたいな!」
思い立ったように、妹様が幽香さんの花たちを見てみたいと仰る。
「私のお花が咲いたら見せてあげるからさ!ユーカのも見せてよ!」
「そうね…ええ、春になったら私のお花たちを紹介してあげるわ」
楽しみにしてね、と幽香さん。まさかこの方の花畑に招待されるとは。
「だから貴女もお世話を欠かさないこと。いい?」
「うん!約束する!」
「ええ、約束しましょ」
私としたように、幽香さんとも指切りをする。
「…さて、思いのほか長居してしまったわね」
「いえ、助かりましたし妹様もご機嫌の様子なので。ありがとうございました」
「またね!」
「ええ、また今度」
この時期、一体どこに行かれるのかは全く分からないが次に会うのは春だそうで、
場所はおそらくあそこだろう。
そのまま幽香さんを門前まで二人でお見送りをし、別れを告げる。
そしてそのあと妹様がまた梅の前までいこうと仰られたので、そこまで二人で歩いていく。
「戻って何をするんです?」
「え?ただのお話だけど?」
「それならばいつものように門前ですればいいと思うのですが…」
「…もう、美鈴はわかってないなぁ…」
むすっと、ふてくされたような顔をする。何か忘れていたことがあったのだろうか。
「ユーカにいわれたでしょ?ほったらかしにしたからしっとしちゃったんだって。
だから――今度からみんなでお話ししようよ」
私と、だけでなく。
あの木たちを含めてみんなでお話ししよう。
今度は仲間外れにしないように、だそうで。
「ああ…はい。わかりました」
今度はあの場所が妹様との歓談の場所になるようだ。門番の仕事がある以上頻繁には
立ち寄れそうにないが、朝の数刻なら問題ないだろう。
なにより命令である。これは守らねばなるまい。
輝夜さんに幽々子さん、そして幽香さんがどうしてこの方にあれほどの好意を抱かれたのかを
ようやっと理解する。
こうでもならない限り理解できないとなると、ちょっと従者失格かもしれない。
まあ、それを踏まえてゆっくりと今日は妹様とお話をすることにする。
もちろん、みんなで。
妖怪の山では一騒動ありそうですが、楽しみにさせていただきます。
欲を言うならそろそろ一波乱あって欲しい所。せっかくフランのフットワークが軽くなったのだし
フラン怖いもの知らずだなーw
もらった盆栽何年物なんだろ
多分100年越えてるよね・・・